爽「ブランコをこいだ日」 (41)
獅子原爽は嘘がキライだ。
揺杏「あ、チカセン髪切った? いいじゃん」
爽「そう? ほとんど変わんなくね」
誓子「あんたは人づきあいってものをねえ……」
だからどんな時でも隠しごとなんかしない。
由暉子「どうでしたか、今回は自信作なんですが」
揺杏「あー、そーね、うーん……」
爽「みんな表現が回りくどくて読みにくいってさ」
誓子「もうちょっと言い方ってものがあるでしょ……」
嘘などつかない。それが爽なりの誇りであり信念らしかった。
これはそんな爽が出会った事件――
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揺杏「おっすー。爽いる?」
爽「なんだ、今帰るとこだよ」
揺杏「やっぱ今日も午後はサボり? いいねー推薦組は」
爽「賢い選択だろ?」
揺杏「んなことやってると大学入ってから苦労するんじゃないのー?」
爽「そんなヘマはしないよ」
揺杏「ふーん。3年生って一応全員合格判定模試受けたんでしょ? 当然合格ラインだよね?」
爽「あ、えーっと、どうだったかな。確かB? だったかな……」
揺杏「Dだろ。チカセンに聞いたんだよ」
爽「うっ」
揺杏「おまえウソつかないとか言ってるけど、ただウソつくのがヘタなだけだろ」
爽「ちっくしょ。私は本当にウソがキライなの!」
誓子「なに言ってるの。じゃあなに、私に模試なんてなかったってウソつけっていうの?」
爽「いや、そこまでは言ってねーよ」
誓子「あ、そうそう、例の買い物あさってね」
爽「え、なんだっけそれ」
誓子「はあ……教会の備品買ったから荷物持ち頼んだじゃない。ザンギバーガーおごる条件で」
爽「ああ、メンドーだからあれパス」
誓子「へー、ウソつく気なんだ」
爽「ばっか、ウソつくかよ! 行ってやろうじゃんか!」
誓子「よーし。じゃああさっての夕方4時半、有珠山公園ね」
揺杏「わォ、デートかぁ」
爽「なに言ってんだよ。そんじゃな」
揺杏「あ、ちょい待ち。今日も成香のとこ行くんでしょ?」
爽「うん、そのつもり」
揺杏「これ、クッキー焼いたからさ、お見舞いに持ってってよ。成香によろしく」
爽「ああ、サンキュ」
誓子「あーあ、私も受験さえなければ……予備校さえなければ……」
爽「成香のこと気にして浪人したなんてなったら、あいつ責任感じちゃうぞ。
受験終わったらめいっぱい遊んでやろう。それまでは私がチカの分まで見舞ってやるさ」
誓子「うん、お願いね」
―――――――――
――――――
―――
爽(病院か……健康優良児の私には縁の無いところだな。裏技チックだけどさ。
しっかし地元から離れた総合病院じゃあ学校終わってからじゃ間に合わないし、
クラスの子も見舞いに来られなくて、成香も寂しいだろうな)
爽「おっす、成香」
成香「爽さん? こんにちは。今日も来てくれたんですね」
爽「おう。ほらこれ、おみやげ。揺杏が焼いてくれたクッキーだ。絶品だぞ」
成香「わあ! ありがとうございます」
爽「チカも来たがってたんだけどな……」
成香「受験生ですからしょうがないですよ。入院してすぐに1回来てくれましたし。
揺杏ちゃんやユキちゃんも。爽さんは学校大丈夫なんですか?」
爽「私はもう進学先も決まってるし、自由の身なんだよ。なんなら家庭教師やってやろうか」
成香「そうですね、3学期は全く授業出てませんから、復帰するのが大変そうです……」
爽「……」
爽(冬休みの始め、飛行機の墜落事故があった。
それから2週間後、事故現場付近で1人の女の子が保護された。それが成香だった)
成香『お姉ちゃんを待ってるんです。お姉ちゃんと飛行機に乗ってたら、突然飛行機が揺れて……。
それで、気づいたら森にいたんです。お姉ちゃんも近くにいて、ここで暮らそうって』
爽(大騒ぎになった。東北の雪山で、成香は2週間もどうして生きて来られたのだろう。
同乗していた成香の姉も、遺体が確認されている。そのことを告げられても成香は……)
成香『ううん、お姉ちゃんは迎えに来ます。だって……お姉ちゃんでしたから……』
爽(成香は事故の影響で両目の視力を失っている。
じゃあ、成香の側にいたのは誰だ? 2週間の間、成香は誰と一緒にいたんだ?)
――――――――――――――――――――――――――――――――
病院から程近い書店で殺人事件が起こり、現場を警官が封鎖している。そこに和装の女が入っていく。
女の名は熊倉トシ――宮守女子高校麻雀部顧問であり、
その実態は全国を飛び回り妖怪を退治する法力僧である。
トシ「どうも、刑事さん。ひどいもんだね、目をえぐり取られちまってる」
刑事「ああ熊倉さん。今目撃者から話を聞いてたんですが、
犯人は……鎌を持った山女のようだったそうです」
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爽「おお、目の手術あさってか!」
成香「はい……でも、うまくいくか、ちょっと怖いです……」
爽「ばっか、大丈夫だって。じゃあ手術の時、私がついててやる!」
成香「本当ですか!? うれしいです! ……爽さんなら、悪夢なんかものともしないんでしょうね」
爽「悪夢? 私だってヤバイ夢見て跳ね起きることあるよ。なに、どんな夢?」
成香「夜に、寝てる私の目に誰かが何かを押しつけるんです……。それで、私が目を覚ますと、
お姉ちゃんが立ってて言うんです。“これもダメかー”って」
爽「姉ちゃんが見えるのか?」
成香「いえ、感じだけですけど、でも森の中でずっといっしょだったお姉ちゃんでした」
爽「そっか、姉ちゃんか……」
成香「死んだってみんな言うけど、きっと生きてて迎えに来てくれるんですよ」
爽「成香……おまえの姉ちゃん……」
成香「え?」
爽「いや……退院したら温泉でも行くか」
爽(やっぱり、あの飛行機事故で死んでるんだ、なんて言えないよな)
爽が病室を後にすると、入口付近でなにやら悶着している様子がうかがえた。
爽(なんだろ……あれ、あの看護師さんに囲まれてるでっかい女の人って、宮守の姉帯さんじゃないか。
あの真っ黒い制服、インハイで見たもんな。でもなんか、薄汚れてんなあ)
豊音「あの、これ、なるかに……」
面会を断られた豊音はパンをひとつ看護師に手渡すと、病院を出て行った。
爽(あ、あの看護師さん、パン捨てやがった。まあ衛生上しょーがないか……)
パンを拾い上げ、爽は豊音を追う。
爽(いた……成香の部屋を見てるのか?)
爽「ねえ」
豊音「?」
爽「これ、パン……成香には渡らないみたいだから」
豊音「なるかは、食べてくれないかな……」
爽「いや、そんなことないと思うけど……。あの、姉帯さんだよね、宮守女子の」
豊音「うん。そーだよ。あ! 獅子原さん! 有珠山高校の」
爽「そう。インハイで当たったよね、個人戦で」
豊音「そっか、なるかも麻雀部だもんね……」
爽「成香に会いに来たの?」
豊音「……私、なるかの遠い親戚なんだ」
爽「えー! マジか、成香も教えてくれればいいのに。
でもどうしたの、制服なんか着ちゃって。それにずいぶん汚れちゃってるじゃん」
豊音「急いでて……あはは、転んじゃったよー。獅子原さんこそ制服だねー?」
爽「ああ、学校から直接来たからさ。家寄ってると面会時間激減しちゃうんだよなー。
でもせっかく遠くから来たのに会えないなんてなー。裏口から入っちゃおっか」
豊音「え?」
爽「成香もきっと喜ぶよ。姉帯さんのことは雑誌で見てたし。あさって手術だから、気も紛れるだろ」
爽(元々怖がりの成香が手術なんて、そりゃあ怖いよな。私だってイヤだもんな)
豊音「そっかー。なるか、怖いか……」
爽「ん? げ、裏口にも看護師さんがいるな。どっか行くまで待つか。
ねえ、このパン初めて見たけど、すっごい甘そうだね」
豊音「あ、うん。なるかそれ好きだって、それ食べると笑ったんだ……。
そうだよ、目さえよくなれば……また……」
爽「あれ、会っていかないの? もうちょっと待とうよ」
立ち去る豊音を引き留めようと爽が腕を掴むと、豊音の抱えた風呂敷包みが落ち、
中身が散らばりそうになる。
爽「あ、ゴメン。なに、ずんだ餅?」
豊音「ダ、ダンゴだよ! さわらないで! なるかに怖いことなんて……させないよ……」
包みを拾い上げると、豊音は呟きながら去って行った。
爽「……なんか変だなー。姉帯さんってあんな感じだっけ。
もっとこう、天真爛漫な感じだと思ったけど。なんか陰があるんだよな……」
―――――――――
――――――
―――
その夜のこと、薄暗く人気のない路上に女が倒れている。
無惨にも顔を切り刻まれており、巨躯の妖(バケモノ)が今まさにその目玉を拾い上げるところであった。
トシ「遅かったか……人の眼球を集めて何をするかは知らないけど、
残念だね、あんたはここで退治するよ、豊音」
豊音「えへへ……それは無理かなー……」
トシ「ちょっと会わないうちに変わったね、ずいぶん禍々しい顔つきになったじゃないか。
それに体も一回り大きくなったかい?」
豊音「先生が小さくなったんじゃないかなー」
トシ「まだそんなにちぢむ歳じゃないよ……はっ!」
初老の女のものとは思えぬ常人離れした連撃も、豊音はことごとくかわしてしまう。
トシ「そうか……あんた……」
豊音「人の心を読むのか、と思ったでしょー。そのとおりだよ、えへへ」
トシ「そうだった、あんたの麻雀の得意技は、妖の力を応用したものだったね」
豊音「ついでになるかのためにお目々もらっちゃうよー。熊倉先生ならすぐ治るよね?」
トシ「ふん……豊音、あんたは強いけど、まったく戦い方がないわけじゃないよ」
豊音「……心を閉じたねー? さすが先生、ちょーすごいよー。
じゃあこっちも本気でいくよー!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
爽「もしもーし」
揺杏『おー。今帰り?』
爽「うん。成香クッキーおいしそうに食べてたよ。ありがとって」
揺杏『そりゃーよかった』
爽「私としてはもうちょっと甘さ控えた方が……」
揺杏『ばっか、爽に合わせてどうすんだよ。成香って甘々なのが好きだろ』
爽「ま、そりゃそーだ。でもうまかったよ、ごちそーさま」
揺杏『おそまつさま。で、元気にしてた?』
爽「あ、うん。揺杏の裁縫失敗した話したら腹抱えて笑ってたよ」
揺杏『あれ言っちゃったの? まーいいけど』
爽「本人の調子は問題なさそう。あとは手術うまくいけばな」
揺杏『そーだね。そろそろかな』
爽「あさってだって」
揺杏『そっか……応援に行こうかな』
爽「おまえはテストあるだろ。留年する気かよ。私がついててやるから大丈夫だよ」
揺杏『うん……』
爽「そうだ、病院で姉帯さんと会ったよ」
揺杏『姉帯って、宮守の?』
爽「うん。成香の遠い親戚なんだって」
揺杏『へー、聞いたことなかったな』
爽「そうだよなあ……でもさ、なんか様子が変だったんだよなー。揺杏さあ、何か知らない?」
揺杏『なんで私に聞くんだよ』
爽「他校の選手のこと詳しいだろ」
揺杏『って言ってもなあ、雑誌読んでるだけだし……あ、そーいえば』
爽「なに、なんかある?」
揺杏『雑誌の進路特集あったじゃん、インハイで活躍した3年の』
爽「ああ、私も載ってるって見せてくれたな」
揺杏『あのときは爽とか団体戦で対戦した高校の人しか見てなかったけどさ、
後でじっくり見てみたんだわ。そしたら宮守で載ってたの、小瀬川と臼沢の2人だった』
爽「うーん……」
揺杏『ちょっと引っかかったんだよね。活躍の度合いからしたら真っ先に姉帯じゃないのって。
他の高校で3人4人載ってたとこもあったから、別に人数制限ってわけじゃないだろうし』
爽「進路の種類ってどんなのがあった?」
揺杏『んーと、だいたいプロ、進学、あとは実業団だったかな。少ないけど就職とか不明ってのもあったね』
爽「……あそこ留学生いたよね」
揺杏『ウィッシュアートね、特に情報なかったな。もう国に帰ったんでしょ。
いないんじゃ進路もなにもないからねー』
爽「まあ、な」
揺杏『案外姉帯ももういなかったりして。なんかやらかして退学とか。
受験真っ只中のこの時期に、見舞いとはいえ平日に海を渡ってまで来られるなんてさ』
爽「まさかぁ」
揺杏『ま、また会ったら聞いてみれば? そうそう、宮守と言えばさ、
なんとあそこの顧問トシさんだったよ』
爽「え、トシさんって」
揺杏『ほら、中学んとき知り合って、しばらく爽入り浸ってたじゃん。
あれからだよなー、爽が丸くなったの』
爽「ああ……なつかしいな」
爽(中学のころ、ちょっとやさぐれてた私は調子に乗ってカムイの力に頼りまくって、
制御がきかずに暴走してしまったことがあった。それを助けてくれたのが、
仕事でこっちに来ていた妖怪退治の専門家、熊倉のトシさんだ)
爽(あのときトシさんの下で力の使い方を学んで、
好き勝手に暴れないように普段は具象化できるようになったんだよな。
恐ろしく強大なカムイたちを、この――“獣の槍”に)
爽の手には、その身丈を優に超える長大な槍が握られていた。
揺杏『まーおかげでお互いやんちゃすんのやめて、
こんな良いとこの高校通ってんだから、ある意味恩人だねー?』
爽「そうだな、でっかい恩人だよ。……悪いな、テスト勉強の邪魔して」
揺杏『いいって。なんなら飯食いに来てもいいんだよ』
爽「あ、ありがたいけどまだ出先でさ。考え事してたらすっかり遅くなっちゃった」
揺杏『げっ、これから帰るんじゃ大分遅くなるね。なんでもいいから腹に入れときなよ。
爽って何かに集中すると他のことなんもかも忘れちゃうんだからさー』
爽「そういや腹へったなー。でもこの辺コンビニひとつないんだよね……あ、姉帯さんのパン。
ポケットに入れたままだった、返しそびれたな。……揺杏さ、あんバターパンって見たことある?」
揺杏『なにそれ、カロリー高そ~。あ、もしかして岩手の名物じゃないの?』
爽「あ、ほんとだ。製造元が盛岡だ」
揺杏『確かでっかいコッペパンのやつでしょ。聞いたことあるよ、盛岡周辺のご当地グルメだって』
爽「ふーん、成香どこで食べたんだろうな……」
揺杏『ま、それはそうと、チカセンとの約束は忘れんなよ』
爽「へーへー」
揺杏『それと、夜道に気をつけろよ。爽のことだから大丈夫なんだろうけどさ』
爽「ああ……サンキュな」
――――――――――――――――――――――――――――――――
爽(私の変な力のことを知ってるのは揺杏とチカだけだ。
その2人でさえ、槍でバケモノ退治することがある、ぐらいしか言ってない。
だってなあ、揺杏はともかくチカなんかウザいぐらいに心配するだろうし、巻き込みたくないもんなあ)
爽(たまにボロボロの体で帰って出くわしちゃうこともあったっけ。
でも、ムリヤリ聞き出そうとはしてこなくて、見守ってくれてるっていうか……。
イイ奴らだよな、やっぱ)
爽「ん、槍が鳴ってる……来たな」
爽(妖の気配を察知すると、槍が教えてくれる。そうやってこれまでやってきたんだ)
爽「あそこか……え、あれは……トシさん!」
トシ「! 爽か、下がってな、これはあんたの仕事じゃない」
爽「でも……だって、この妖怪って、姉帯さんでしょ?」
豊音「……」
トシ「そうだよ。それでもって、目をえぐり取る妖の正体だ」
爽「そんな……じゃあ、成香に会おうとしてたのはなんでだよ!」
豊音「……なるかの目を……良くするんだ……」
爽「え?」
豊音「インターハイが終わって山に帰ってからね……またぼっちになっちゃったんだ……。
そしたらおっきな事故があってね、なるかがいたんだよ。だから村に連れてったんだ」
爽「事故現場って、姉帯さんの村の近くだったんだ……」
トシ「村ってのは、妖の棲み処のことさ」
豊音「なるかは目が見えなくなってたけど、私のことお姉ちゃん、お姉ちゃんって頼ってくれたんだー。
パンとってきて食べさせてあげたり、薬ぬったりしてあげたっけ。
なるかが笑うと、ちょーうれしいんだよー。でも、どんどん目が悪くなって……」
トシ「それで人間の下に帰して、目が治ってると思ったらまだ治ってなかった。
ならほかの人間の目をやれば治ると考えたのか……」
豊音「なるかの目をね、良い目と入れ替えるんだ。目なら集めたよ、えへへ……」
爽「そんなんじゃダメだ……ちゃんと手術しなきゃ……」
豊音「手術なんてなるかは怖がるよ!」
爽「うわっ!」
豊音は瞬時に爽の懐に潜り込む。爽が槍で防御するも、豊音はその動きを見透かし、鎌を突き立てる。
豊音「間に合わないねー、えへへ」
トシ「ふっ!」
が、一瞬早くトシが割って入り、豊音の鎌を弾く。
豊音「ちぇっ、なるかは私のだよ、ぼっちじゃないよー……」
そう言って豊音は闇夜に溶けていった。
トシ「……逃げられたか」
爽「トシさん、どういうこと? なんで姉帯さんが……」
トシ「爽、久し振りだね。ちゃんと槍を使えてるみたいだね」
爽「あ、うん、おかげさまで……。ねえ、また妖怪退治でこっちに来たの?」
トシ「ああ、そうだよ」
爽「それって、姉帯さんのこと?」
トシ「……そうだ」
爽「え、なんで、だって姉帯さんは宮守の生徒で、インハイで大活躍で……」
トシ「豊音はね、元々山に棲む妖だったんだよ。ずっとひとりぼっちだったのが、
人間の世界に興味を持ち始めた。なんかのはずみでそれを知ってしまったもんでね、
条件付きで人として生活させてみることにしたのさ」
爽「条件って?」
トシ「もちろん人に害をなさないとかそういうのが第一。
あとはインターハイで決勝まで行ければその後も生活する、だめなら山に帰るってことだ」
爽「あ……」
トシ「結果は知ってるだろう? 団体は2回戦止まり。個人戦は準決勝までは辿り着いた。
持てる力をすべて注ぎ込んだけど、そこで力尽きた。有珠山のエース相手にね」
爽「私が……」
トシ「あんたが気に病むことはないよ。他のブロックにも宮永や荒川なんかがいた。
どの道突破は困難だったさ。それにあんたも全力でやり切ったんだろう?」
爽「うん、おかげで決勝はボロボロだったな」
トシ「だからこそ神代、大星を交えたあの試合は、大会ベストマッチにも選ばれているんだよ」
爽「じゃあ、個人戦終わったらすぐ山に帰ったの?」
トシ「ああ、すぐにね。掟は絶対だ。豊音もそこは納得していた……はずだった」
爽「はず、って」
トシ「私の想像以上にあの子は人の世界に馴染みすぎた。部の子たちの懐が広すぎたのもあるだろうね。
おそらくその想い出が強烈すぎて、再び人間と接触したとき、自分を慕う子に情が募るあまり、
制御がきかなくなったんだろう。土地のしばり、妖の掟を破ってしまった」
爽「だからって、退治するなんてさあ」
トシ「それだけじゃない。あの子は人の掟も破ってしまった。
あの子が葬り去った魂は、ひとつやふたつじゃ済まないよ」
爽「……」
トシ「話が長くなった……あの子を追わなきゃね」
爽「トシさん、私があいつを止める」
トシ「ダメだね。あの子は人の心を読む妖だ。心を攻撃に出しすぎるあんたじゃ勝ち目はないよ」
爽「それでも……見てられないんだよ。なんとかやめさせるからさあ。
あいつは成香のために……」
トシ「バカが! ひとつ教えておく。戦いは敵の気持ちを理解したら負けるんだよ。
また目のない死体が出る――その死体は爽、あんただ」
爽「……」
―――――――――
――――――
―――
翌日、有珠山高校の麻雀部部室では、爽と揺杏が昼食をとりながら話をしていたが、
いつものようなおちゃらけた様子はなかった。
揺杏「私さ、昨日成香の家に電話してみたんだよ」
爽「牧場の?」
揺杏「うん。成香、退院したら実家に戻るって聞いてさ。余計なお世話かもしれないけど、
同じ部で同じ学年なの私だけだし、何か力になれることあったらと思って」
爽「そっか、今まで学校近いからって、姉ちゃんと2人暮らしだったもんな……」
揺杏「でも、成香がイヤがってるんだって」
爽「……」
揺杏「こんなこと言っちゃあれだけどさ、成香の姉ちゃんってけっこう荒れてたらしいじゃん」
爽「らしいね」
揺杏「酒乱だったとか、成香にもつらく当たってたとか……どこまでホントかわかんないけどさ」
爽「……」
揺杏「それでも、姉ちゃんと暮らしたがってるってのはなあ……」
―――――――――
――――――
―――
爽「なあ成香さ、実家からだと学校通うの大変だろうけどさ、お父さんもお母さんもいい人じゃん。
それでも……お姉ちゃんと一緒の方が、森の中でもいいのか?」
成香「……森の中のほうがお姉ちゃん、優しかったんです」
『これ、食べて』
『さむくないかなー?』
『目が痛くなくなったら迎えに行くよー。またここで暮らそーね』
成香「森だとお姉ちゃんお酒飲まないから、いつもいっしょなんです。
私、森でのお姉ちゃんが好きなんです」
爽(豊音、おまえマジかよ……マジで成香の姉ちゃんになれると思ってんのかよ!)
成香「爽さん、明日の手術、来てくださいね。約束ですよ」
爽「あ、ああ……」
爽(目がよくなった成香の前に出てきて、姉ちゃんだなんて言えるわけねーだろ! ばかやろう!)
―――――――――
――――――
―――
手術当日――成香が手術室に入り、扉が閉まる。それを追うようにして、豊音が迫る。
豊音「えへへ……また新しい目を集めたよー。きっとぴったり合う目玉をなるかの目に押しつけたら、
す~っと中に入っていくんだよー。なるか、待っててね。今お姉ちゃんが治してあげるからね……」
爽「豊音……ダメだよ」
そこに爽の声が掛かる。手術室前のソファーの陰に座り込み、豊音を待ち構えていたのだ。
爽「結局答えなんて出なかった……おまえを退治するのか、それともしないのか。
でもひとつはハッキリしてる」
爽の大きな目が、真っ直ぐ豊音を射貫いた。
爽「ここは通せねえ!!」
豊音の猛攻を爽は凌いでいくが、心を読む豊音の鎌が徐々に爽の体を捉えていく。
爽「ぐっ!」
豊音「なるかは私と暮らすんだ!」
爽「そんなことできるか! 山に帰れよ! 成香は手術して目を治すんだ!
そうなったら人間の世界で暮らすのが幸せなんだよ!」
豊音「うるさい! なるかは私と暮らすって言ったんだから!」
爽「くそっ!」
爽の斬撃が豊音の持つ包みを掠め、中の目玉がこぼれ落ちた。
それを目の当たりにした爽の身の毛がよだつ。
豊音「えへへ……私はなるかのお姉ちゃんだあ。なるかの目を治すためならなんでもするよー。
人間だっていくらでも……殺しちゃうよー!」
爽「バ……バカヤロォォォ!!」
激昂する爽であったが、その槍は豊音の体に触れることができず、逆に豊音の鎌に切り刻まれていく。
豊音「ムダだよー。私には考えがぜーんぶわかっちゃうんだから」
爽「く……こいつには勝てる気がしない。心を読まれるのもあるけど、それだけじゃなくて……」
爽(こいつは成香の目を治したいだけなんだ。一緒に暮らしたいだけなんだ……。
トシさん……どうやら私、負けそうだ。だけど!)
爽「このままでいいワケあるかぁ!」
爽は何度も豊音に飛び掛かり、その度に弾き飛ばされてしまう。
爽「なんでだよ……なんでこんなやり方しか思いつかなかったんだよ。
自分のために人殺ししてる姉ちゃんを、成香がよろこぶとでも思うかよ!」
豊音「!」
爽「成香の目は手術で治るんだよ! そんな腐りかけた目ン玉なんてなんの役にも立たねーんだ!」
豊音「ウソだあぁ!」
爽「読めるんだろ! 私の心を!」
豊音「! そんな……なるかぁぁ……うわあああぁぁ!」
錯乱した豊音は爽もろとも外に飛び出し、鎌を振り乱す。
爽「やめろ! 豊音!」
そして我を失ったまま、居合わせた入院患者に襲い掛かった。
爽「バカヤローッ!!」
爽の槍が、豊音の首を貫いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
無事に手術を終えた成香は、目に包帯を巻かれ眠っている。
静かな病室に、血に塗れた豊音が入ってくる。
豊音「なるか……お姉ちゃん、一生けんめい集めたけど……やり方まちがえちゃったみたいだねー。
なるかの笑った顔、もう一回見たかったけど、お姉ちゃんもう行かなきゃ……」
豊音「それから、ウソついててごめんね……私、なるかのお姉ちゃんじゃないんだ……」
病室を出ると、豊音は壁にもたれ崩れ落ちていく。その向かいには爽が立っている。
豊音「ねえ……なるかは、目よくなるかな?」
爽「ああ……」
豊音「そしたらさ、私を見てさ……お姉ちゃん、なんて言ってくれるかなぁ?」
爽「……あったりまえだろ!」
豊音「……」
爽「……」
豊音「えへへ……あなたやさしいねー。なるかみたいだよー……」
豊音の体は霧のように消えていった。
爽が病室に入ると、成香は眠りから覚め、体を起こしていた。
成香「爽さん? やっぱり来てくれたんですね!」
爽「ゴメンな、遅くなって……」
成香「ううん、いいんです。お姉ちゃんは?」
爽「え……」
成香「さっきお姉ちゃんの声が聞こえたんです。お姉ちゃん来たんですよね?」
爽「……うん」
成香「やっぱり!」
爽「でもお姉ちゃんは……遠くに行くってさ。成香の目が治ってすごくうれしい、元気でな、って」
そう言って爽は、ポケットから取り出したパンを成香の手に持たせてやる。
成香「あ……お姉ちゃんの食べさせてくれたパン……」
トシ「ま、あいつにしては上出来か……つらい戦いだったね、爽。
……豊音……」
―――――――――
――――――
―――
誓子「爽、来てるかな。そりゃイメージに反してウソはつかないけど、
約束忘れられることはよくあったからなあ……わわっ、いたいた」
雪の積もった人気のない公園で、爽はひとりブランコをこいでいた。
爽「そんなに驚くなよ」
誓子「さ、行こっか」
爽「んー」
誓子「ちょっと、危ないわよ!」
爽は生返事をすると、ブランコを一層大きく揺らす。そしてそのまま宙に跳び出した。
誓子「わわっ! わわわっ!」
華麗な宙返りを見せながらも着地に失敗し、雪上を転がる爽の下に駆け寄る誓子。
誓子「なにやってるの! もー、あんたはねえ……」
爽「チカ……」
誓子「え?」
爽「私さあ……ウソついちまった」
誓子「……」
爽「ははっ、笑っちゃうよなぁ。この私がだよ、ウソだぞ。ひゃひゃひゃ!」
呆気にとられる誓子にもたれ掛かる爽。
誓子「ちょっと……!」
爽「そのまんまでな……」
誓子は一瞬たじろぐが、胸に顔をうずめてくる爽の表情が歪んでいくのを見て、何かを察した。
爽「う゛え゛え゛え゛え゛……う゛え゛え゛え゛え゛え゛ん……」
幼い子供のように泣きじゃくる爽の頭を、誓子はただ黙って抱いていた。
終
元ネタ
うしおととら 第三十一章「ブランコをこいだ日」
ほとんどストーリーまんまなぞっただけです。
原作の絵力と完成度がすごいので、ぜひ19,20巻をお読み下さい。
放映中のアニメじゃ飛ばされると思うので。
あと爽の主人公気質がすごいので、有珠山SS増えてほしい。
ありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
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