エレン・イェーガー ~土下座を極めし者~ (97)

それはエレンがまだ幼いころであった。

父グリシャが母カルラに対して、手を突き、膝を突き、頭を下げていたのだ。

グリシャは時々頭を上げながら、何度も謝罪の言葉を述べた。

エレンは父の滑稽で愚かな姿を見て、それまで感じたことのない感情を覚えた。

歓びや哀しみとは違う、全く別のものだ。

エレンはすっかり土下座の魅力に取り憑かれてしまった。

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翌日エレンは父に教えを乞うた。

あの哀れな姿、どうすれば再現できるのか、とても気になっていたのである。

勿論エレンにも人の気持ちを察することはできる。

だからその日でなく明日にしよう、そう思ったのだった。

エレンは父に頼んだ。

「あの土下座をもう一度見せて。」

父は驚いた。母は笑った。エレンの目はまるで星のように輝き、父を見つめている。

父は、また今度な、と言った。

エレンは察した。まだ昨日のことを引きずっているのだろう、と。

ほとぼりが冷めるまでは、頼むのは止めることにした。

一週間後、エレンはまた父に教えを乞うた。

父はエレンに尋ねた。

「何で土下座を見たいんだ?」

エレンはゾクゾクするからだと答えた。

父はしばらく黙り、こう言った。

「私は教えることは出来ない。」

エレンは思い出した。

肉食動物が我が子を育てる時、あえて厳しくし、自力で這い上がるのを待つ。

以前、親友のアルミンが見せてくれた本に載っていたことだ。

その日からエレンは自分で土下座の特訓をすることにした。

美しい姿勢、鮮やかな動き、そしていかに相手の心を揺れ動かすか。

空いた時間はなるべく特訓に充てることにした。

雨の日も、風の日も、毎日毎日特訓を続けていた。

そんなある日、エレンはアルミンがいじめられているのを見つけた。

いつもならつかみかかり、喧嘩をするのだが、今のエレンは違った。

今のエレンには土下座の訓練で得られた、洗練された精神があるのだ。

エレンは考えた。

土下座で解決することは出来ないのだろうか、と。

エレンはいじめっ子の前に立ち、土下座をした。

今の自分に出来る最高のパフォーマンスを見せつけた。

いじめっ子たちはエレンを嘲笑った。

エレンは全く不快感を覚えなかった。むしろ自分に酔っていた。

土下座とは滑稽であり、哀れであり、そして美しい。

エレンの心の中はとても静かであった。

するとどうしたことであろうか。

いじめっ子たちが引き上げていったのだ。

エレンは喜びに打ち震えた。

自分の土下座が親友を守っただけでなく、争いを起こさずに済んだのだ。。

エレンは確信した。

土下座は人類を、世界を救うのだ、と。

それからエレンはもっと修行に打ち込んだ。

土下座に磨きをかけねばならない。そう思った。

なにせ土下座がこの世界に希望をもたらすのだから。

また、時々町に出かけては腕試しをしていた。

町で起きた争いに首をつっこんでは、自分の技を披露し、解決していった。

エレンがその場を去るとき、大抵の人は何も言わない。

しかし、つい先日、一人の男が尋ねてきた。

「君は何がしたいんだい?」

エレンは笑みを浮かべながらこう答えた。

「高みへ行くためです。」

ある日、エレンが土下座の修行をしていた時、調査兵団の帰還の鐘が鳴った。

エレンは修行を中断し、走って門へと向かった。

エレンには憧れている人がいる。

調査兵団兵士長、リヴァイである。

人類最強と名高い、リヴァイ兵士長。

エレンは彼がどれほど高等な土下座が出来るのか知りたかった。

一個旅団並みの土下座はいったいどのようなものか。

エレンには想像できなかった。

彼は修行を終え、家に帰った。

すると、母がエレンを叱ってきた。

「何で土下座ばかりするの!みっともない!」

どんな罵声を浴びても怒らないエレンも、頭にきてしまった。

自分の誇りである、土下座を、みっともないと言われたのだから。

エレンは家を飛び出した。

エレンはアルミンに先程の出来事を話した。

アルミンは何も言わなかった。

エレンは、怒るほどのことでもなかった、と思うようになった。

そして家に戻ろうとしたその時、地響きがした。

人々が顔を上げている。壁の方だ。

エレンも壁を見た。

巨人だ。

巨人は壁を壊した。

その瓦礫の一部はエレンの家の方角に飛んでいった。

エレンは走った。家へ。母の元へ。

しかし家は崩壊していた。

母は瓦礫により足を負傷し、逃げ出すことは不可能だ。

巨人がすぐそこまで来ている。

エレンは思った。

自分がこの巨人を何とかするしかないのだと。

エレンは己の経験と技術の全てを凝縮させ、全力の土下座をした。

その姿は今までのどの土下座よりも美しかった。

しかし現実は残酷だった。

巨人は全く足を止めない。

エレンは焦った。

自分の自慢の土下座が、まるで歯が立たない。

死を覚悟した。

「大丈夫か!エレン!」

ハンネスが来た。

「ハンネスさん!巨人が!母さんが!」

もう穏やかなエレンは消えていた。

母はもう助からない。自分が無力であることに絶望を感じた。

ハンネスはエレンとミカサを抱え、逃げていった。

母は泣いている。

しばらくして、エレンは難民生活を強いられることとなった。

エレンは決意した。

もっと強くならなければならない。今の土下座では巨人には絶対に勝てない。

土下座にさらなる磨きをかけるため、訓練兵団に入団することを決意したのであった。

2年後、エレンは訓練兵団に入団した。

自分と志を同じにするものがこんなにもいる。

少し嬉しく思うエレンであった。

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