【イリヤの空、UFOの夏】ハッピサマーウエディング (19)

その日、浅羽直之の隣の席に座っていたクラスメートはこう語る。

「いやー、すごかったですよ。俺とあいつは高校からの仲で、あいつのことなんて少ししか知りませんでしたけど。そん時のあいつって、割と穏やかっていうか。そんなに自己主張する方ってわけでもなかったんですけど。あいつ、いきなり立ち上がって『先生、僕その子に学校案内してきます!』って。あの子もびっりしたんじゃないかなー。あ、でも、浅羽とあの子が教室出る時、あの子は笑ってましたね」

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その日、浅羽直之を接客した自転車屋の店員はこう語る。

「うちはアフターサービスの充実もウリの一つなんですけどね。彼、前買った自転車に荷台つけてくれって。もちろん、喜んで対応したんですけど。ほら、あそこから外見えるのわかります?私、その時も見てたんですけど。彼、そこの電柱のとこに立ってた女の子を買ったばかりの荷台に乗せてまして。なるほど、そういうことかーって思いましたね」

その日、浅羽直之を目撃した雑貨屋の店員はこう語る。

「彼のことは前から知ってましたよ。うちは文房具も扱ってるんで彼も前から見てました……けど、まさかあの子がねえ……いや、あの子、女物のアクセサリーのコーナーを見てたんですよ。まあ十中八九プレゼントでしょうねえ。え? へえ、その時の彼女と結婚! それはすごいですね。だって、その時あの子高校生くらいでしたよ? あれからもう何年か経つから……へえ、すごいなあ」

その日、浅羽直之から相談を受けた椎名真由美はこう語る。

「……いや、確かに相談しろって言ったのは私ですけどね。あの子あれから遠慮がなくなったというか、肝が太くなったというか……まあわあれくらいの方が彼女にはふさわしいんですかね。ええ、実際お似合いだと思いますよ。あの子もレジ打ちとかだいぶ慣れてきたみたいですし、あの二人ならなんとかなるんじゃないですかね」

その日、浅羽直之と居酒屋に行った榎本はこう語る。

「あいつ、酒癖悪いんだよなあ……まあ、男一人で店切り盛りしてかんといかんからな。色々たまってるんじゃねえの、知らんけど。あいつにもそのへんのことは愚痴ってないみたいだしな……ま、そこは評価できるかな。うん、これからも付き合ってやってもいいな。まあ、世話見てやるって言っちゃったしな、俺」

担任教師が何かを言っていることはわかった。
まわりがざわついているのもわかった。
それでも、今の浅羽直之には、彼女以外を情報として捉えることができなかった。
腰まで伸びた紫がかった黒髪は、あの頃と変わらない。
少しだけ背が伸びただろうか。よく見たら腰周りとか、浅羽が思わず目をやってしまう首から下とお腹から上の部分も、以前よりふっくらしているように思える。
これが、本当の彼女なんだと、浅羽はボンヤリ思った。
ブラックマンタになんて乗らなくていい、地球の平和なんて守らなくていい、等身大の、16歳の彼女がそこにいた。
担任から自己紹介を促された彼女がゆっくりと口を開く。
透明感のある、空のような声で紡がれたその名は───

「伊里野加奈、です。よろしくお願いします」

夢を見ていた。学生時代、伊里野が転校してくる夢だ。
今の浅羽は、しがない理髪店の店長だ。
懐かしい夢を見たな、と思いながら乾いた喉を潤すために台所に出る。
「あっ、浅羽。お昼出来たよ。食べよ?」

出迎えたのは、あの日追い求めた女の子。
旧姓伊里野──浅羽加奈、その人だった。

夏が始まる。暑い、暑い、二人の夏が。

終わりです
毎年この時期になると読み返したくなります
雲一つない太陽光が容赦なく差し込む空も彼女が守った空だと考えるとなんだか特別に感じますね

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