ダンス・ウィズ・セブン (6)
掛け軸のかかった十畳の和室。男は座布団の上であぐらをかきながら四脚のちゃぶ台を前にして一枚の紙を眠そうな目で眺めていた。
窓際に吊るした風鈴が揺れて綺麗な音を奏でる。
「はぁ……」
心安らぐ音を耳にしながら手元の紙の内容を確認する男は欠伸に近い間抜けな声を上げた。
間抜けな声の主は軍服を着ていた。
白という清潔感はともかく軍服が醸し出す物々しい雰囲気はこの落ち着いた和室にはあまり合わない。
だが男はそんなギャップなど特に気にもかけず自分の部屋でくつろぐかのように和室で過ごしていた。
畳には男の私物と見受けられる軍事に関係する本がジャンルに関係なくごちゃごちゃと、あえて規則性があるとしたら同じような大きさの本が平積みされていた。
点在する本のブロック塀の一角に白服の軍人の地位を示す白い軍帽が置いてある。
この和室は軍人――提督と呼ばれる男の仕事部屋である執務室だった。
提督は黒い革筒に皺ひとつなくご丁寧に丸められた状態で入っていた上層部からの指示が書かれた紙を全て読み終えるとちゃぶ台の上に投げた。
「さて、どうするかな」
指示された内容について色々と思案を巡らせる。とはいえ既に提督の中でやることは決まっていた。
茶を飲みながら大まかな段取りを組み立てていく。
すると入口の障子が開いた。
「提督よ。あがらせてもらぞ」
腰まで届く艶やかな黒髪と凛々しい顔立ちが印象的な女性だった。
長門か。提督は和室にあがった長身の女性のことをそう呼んだ。
彼女はその名の通り戦艦長門の魂を持つ艦娘と呼ばれる存在だった。
今は提督の補佐する秘書艦の役目をする側らで彼の率いる艦隊の旗艦を務めている。
長門は和室を見回して「また部屋を変えたのだな」と少し呆れ気味に言った。
ああ、いいものだろう。提督は朗らかに笑った。
まったく。長門はため息をついた。この人はどうしてこうなのだ……
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提督はよく仕事場を変える。
執務室は元々、床と椅子と机のあったよくある洋風な執務室だった。
少し殺風景だが仕事場としては最適な模様だった。
だが「味気がないな」とバッサリ切った提督はテーブルやソファーを置いてみたり、床や窓を変えてみたり頻繁に執務室の模様替えをした。
この和室の模様は長門の記憶によれば一五回目の模様替えに似ていた。おそらくそこからの派生パターンなのだろう。
部屋の模様替えなど軍人にとっては不必要で非論理・非効率的なものだ。それでも提督は模様替えをする。
それが提督なのだと長門は受け入れている。もう慣れているとも言えた。
この男がその気になれば執務室をつなぐ壁の2つ3つをぶち抜いてジュークボックスとカウンターを設けてちょっとしたバーにすることも可能なのだ。
可能――というより提督は実際にやってのけた。
この時は流石の長門も堪忍袋の緒が切れて提督をひどく叱った。
直ぐに元に戻すように言ったが「折角作ったのにもったいないじゃないか」と食い下がられたので残した。
バーとなった執務室は今では艦娘たちの憩いの場となっている。つまり今の執務室は二代目ということだ。
今度、あそこに玉突きの台を入れてビリヤードバーしないか。
長門にこっぴどく叱られた提督はまるで反省してないのか楽しそうに言った。
提督は長門の頭を悩ませる。これまで何度ため息をついたかは覚えていない。
我ながらよく付いてきていると思った。
「そうだ長門」
「ん?」
「今度、舞踏会を開こうと思うんだ」
「…………」
提督の突拍子しもない言葉に長門のため息の記録がまた一つ増えた。
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