葉山「だから俺は君が嫌いだ、比企谷」 (190)
『失って初めて気付く大切さ』と言うと少し大仰かもしれない。
ただ、今になって思えば、奉仕部は俺にとってかけがえのないものであった。
いつまでも続けばいいと思えたあの平和な日々だったが、時間は残酷なほど正確に進んでいく。
生きとし生けるものに対し平等に課せられる時間の経過は、すべからく俺たちにも適用され。
俺たちは総武高校を卒業し、それぞれの未来へと歩み始めた。
誰かが言った。『時間が一番残酷で優しい』と。
誰かが言った。『けれども、その時間を優しくするのも残酷にするのも所詮は人間なのだ』と。
目を閉じ、奉仕部の一員として過ごしてきた高校時代を思い返す。
身体の奥底。心がじんわりと暖かくなるのを感じる。
誰かの言葉を真に受けるのであれば。
俺は時間を優しいものに変えることが出来たということだろうか。
楽しいことばかりでは無かった。楽しいこと以上に辛いことが多かった。
……それでも。
俺の高校生活は――
「ふぅー、さっぱりした。あ、お帰り比企谷。シャワー借りてたぞ。」
「……おい」
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「遅かったな。今日はバイトだったのか?」
「……そうだよ」
「そっか、お疲れさん。悪いけど今日泊まらせてくれ」
「泊まらせて『くれ』っていうことは俺に許可を求めているんだよな?俺がお前の宿泊の可否を決めていいんだよな?」
いつの間にか俺の部屋の合鍵を作り、家主が不在の部屋に上がりこみ、勝手にシャワーを使い、ジャージにTシャツという寝る気満々の格好をしてどの口がほざくか。
「まぁそう固いこと言うなって」
「ったく。せめて事前に連絡ぐらい寄越せ」
「ははは、ごめんよ。」
「……それで?今日はいったいどうしたんだ、葉山。」
高校を卒業した俺たちはそれぞれの未来へと歩み始めた。
雪ノ下と葉山はそれぞれ国内でも有数の偏差値を誇る都内の国立大学へ。
由比ヶ浜と三浦もそれぞれ都内の短大へ。
戸塚はかねてから進学を希望していた有名私大の埼玉のキャンバスへ。
川崎は千葉の国立大学に合格し、見事学問と家庭の両立を成し遂げた。
材木座は俺たち奉仕部の三人に安易な理由で進学先を決めるなと吊るし上げにあったにも関わらず、それでもなお行きたいのだと涙を流しながら進学を希望した都内のアニメ専門学校に入学を果たした。
そして俺も、まぁそこそこ名の知れた有名私大にひっかかることができた。
そして、俺の合格を心から喜んでくれた小町と両親に家を追い出され、都内のアパートにて一人暮らし始めて早一年半。
炊事家事全般をやらねばならない面倒くささと小町のいない寂しさに死んでしまうかと危惧していた入学直後のあの頃。
しかし人間の環境適応能力を侮るなかれ。
こんな俺でさえ、半年を過ぎるころには一人での生活にも慣れていき始め、
住めば都とは良く言ったものだと先人の言葉に感心していた矢先、俺は驚愕の事実を知る。
都内に進学し、一人暮らしを始めた者たち全員の生活圏がかぶっていることに。
一人暮らしを始めた者たちが皆、互いの部屋を気軽に行き来できるほどに近くに住んでいたことに。
気づいたときには手遅れなわけで。
始めに部屋に訪れてきたのは雪ノ下と由比ヶ浜なわけで。
その後材木座が来るようになったわけで。
由比ヶ浜から話を聞いた葉山が三浦を連れてくるようになったわけで。
いつの間にか雪ノ下も由比ヶ浜も葉山も、あの三浦でさえ暇さえあれば一人でくるようになったわけで。
(三浦と二人きりは正直きまずいのだがなぜか長居していくんだよなぁ……。)
二年になってからは同じく都内の大学に進学した一色も入り浸るようになったわけで。
どこからか話を聞いたのか城廻先輩も顔を出すようになったわけで。
気がつけば我が城は地域のコミュニティセンターと化していたわけで。
そんな中、とりわけ俺の部屋に来る回数が多いのが……。
「疲れてるだろ比企谷。晩飯まだか?俺が作っておくから先にシャワーでも浴びてきなよ」
こいつ、葉山隼人なわけで。
「キッチン借りるぞ。あ、あとこのパスタもらうぞ。」
いつの間にか勝手知ったる我が家のように振舞うようになったわけで。
「そろそろ油がなくなりそうだな。後で買ってくるか。あ、トイレットペーパーも買っておくか。」
俺の部屋の生活用品の在庫状況に俺よりも詳しくなっていたりするわけで。
……というか俺は早々に自炊生活ギブアップしたからな。調味料に関してはお前が使ってるだけだからな。
「……ごちそうさん。」
「ああ、お粗末さま。」
「ったく、俺の部屋は終電を逃したときのホテルじゃないぞ。」
「いやぁ、悪い悪い。」
「それにこの時間ならまだ終電が残ってるだろ。飲み会のあとで帰るのがめんどくさくなったからってうちに来るなよ。」
「ははは、だからごめんって。それよりホラ。」
「……?なんだこの箱?」
「雪乃ちゃんと結衣から聞いたよ。きみ、先週誕生日だったんだって?」
「だから、ちょっと遅いけど。誕生日おめでとう。比企谷。」
そう言いながら微笑んだやつの顔は、同姓である俺ですら見とれてしまうほど美しかった。
「お、おう……ありがとな。」
「ふふっ、どういたしまして。」
顔が熱くなっているのがわかる。
「……これ、開けていいか?」
気恥ずかしさをごまかすように話を振る。
「もちろん。」
「もう寝ます!真面目な話して損した!!ベッド借りますから先輩は床で寝てくださいね!!」
「いやもう寝ますじゃねーよ。帰れよお前!!」
「寝ます!!寝ますったら寝ます!!」
ポイポイーっと、カーディガンを脱ぎ、靴下を脱ぎ、俺に投げつける。
「コラ、脱いだ服はたたみなさいっていつも言ってるでしょ。」
「おやすみなさい!!」
「おま……。」
どうやら一色さんはかなりご立腹のようだ。ごめんな。
八幡に!!は要らないだろ
「ヒッキーってさ、白鳥みたいだよね。」
「……は?」
「表向きはなんでもない風を装っているけど実は見えないところでチョー努力してるところとか。」
「急にどうした。話の脈絡がなさすぎてびびるぞ。」
「んふふー!!」
「お前……少し飲みすぎじゃないのか由比ヶ浜。」
「いいのいいの!ヒッキーと飲むのも久しぶりだし、今日はたくさん飲もー!!」
先週もウチに来てましたよね由比ヶ浜さん??
「最初のころはね、ああ、なんて不器用な人なんだろうって思ったんだけどさ。」
「んん?なんの話だ?」
「白鳥の話!ヒッキーの話!!」
「お、おう……。」
「いつも誰かのことばっかりで、自分のことなんて気にもとめない。」
「人のことに対してはいつも全力なのに、自分のことに関してはからっきし。」
「誰かのためにと……人一倍考えて、人一倍働いてるのに誰も評価してくれない。」
「すごくそんな役回りの人なんだなぁと思ってた。」
誤:「すごくそんな役回りの人なんだなぁと思ってた。」
正:「すごく損な役回りの人なんだなぁと思ってた。」
「本当は嫌な思い、つらい思いをたくさんしてるのにそれを表に出さない。」
「悩んでいることがあってもそれを誰にも相談しないで一人で苦しんでて。」
「いつだって一人ですべてを背負い込んで。」
「私ね、そんなヒッキーがちょっと嫌だったんだ。」
「……知ってた。」
「ヒッキーはもっとみんなに評価されるべきだ。認められるべきだってそう思ってた。」
「……知ってた。」
「でもまぁ、そんなヒッキーもいいかなって最近は思えるようになってきた。」
「知って……え?」
「みんながヒッキーの悩みに気づかなくても。」
「みんながヒッキーの頑張りを見てなくても。」
「みんながヒッキーの良さを知らなくても。」
「私だけは、ヒッキーのことを見ていよう。そう思うようにしたんだ。」
「そう思えるようになってから、なんだか身体がスッと軽くなった気がする。」
「だから私はね、私だけはね。」
「いつまでもいつまでも、ずっとずっとヒッキーの頑張ってるところを見ているからね。」
「えへへ。」
満面の笑みでとんでもないことをのたまう由比ヶ浜。
これは俺の思い上がりだろうか、気持ち悪い勘違いなのだろうか。
いや、そんなことはない。
由比ヶ浜は気づいているのだろうか。
そう、お前が言っていることは、まるで――
「あっ、ヒッキー!ヤバい!!」
今の今までふにゃふにゃヘラヘラと楽しそうに飲んでいた由比ヶ浜が急に立ち上がる。
「……どうしたよ。」
「私吐きそう!!」
「……トイレ行って来い。」
トイレに駆け込む由比ヶ浜。
ほどなくして聞こえてくるえずき。
オロロロロロー。
……千年の恋も冷める瞬間。
いや、俺は別にこれぐらいじゃ冷めないけどね。
なんかいいこと言ってたけどそこからのギャップでちょっとドン引きしただけだからね?
いやちょっとドン引きってなんだよ意味わかんねぇな。
そもそも千年の恋とか言っちゃったけどそれはアレだからね。違うからね。言葉のあや的なやつだからね。
……って俺はなに自分で自分に言い訳してんだ。
「……ふっ、はははっ。」
「あはははははっ!!」
「お゛ぇ゛ぇぇぇぇ。」
……。
……。
……。
「……落ち着いたか?」
「……うん、わりと。」
「飲みすぎだ。」
「……うん、だね。」
「アホかお前。」
「……うるさいし。」
「水飲むか。」
「……うん、飲む。」
「うぅ……、気持ち悪い。」
「気持ち悪いよぉヒッキー。」
「自業自得だ。仕方ない。」
「ヒッキー気持ち悪い。」
「その言い方は語弊があるからやめなさい。」
「ヒッキーマジキモい。」
「……悪意しか感じられなくなったぞオイ。」
「ふふふっ。」
「あー、楽しいなぁ」
なにげなく発した由比ヶ浜の一言が耳に残る。
「ヒッキーはさ、今の生活楽しい?」
そんなこと決まってる。
こんな素敵な女の子に想いを寄せられて。
あんなに多くの仲間に囲まれて。
休む暇もないほどの騒々しい毎日が。
「……楽しくないわけないだろう。」
「あーあ、なんでそういう言い方しかできないのかなー。」
言葉とは裏腹に嬉しそうに笑う由比ヶ浜。
ああ、こんな日々がいつまでも続けばいいのに。
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