「囚人番号」 (11)


最初は何の事やらわからなかった。

刺青を入れた覚えもない。

少し崩れたような真っ黒い数字が、彼の腕で踊っている。


何より不思議な事は、数字が日ごとに変化している事だった。

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はじめは何の事やら分からず、友人に相談してみようにも、彼らには数字が見えていなかった。

首を傾げ日常を生きる。


今朝は3344だった。

だから何だ。

幻覚にしては余りに綺麗に見えすぎていた。

第一、おかしくなってしまう程歪んだ生活はしていない。


日に日に変化する数字を、ああ今日は7が多いな、とか、今日は昨日より少なくて残念だな、とか、おみくじ感覚で眺める毎日だった。

仕事中は袖で隠れるから気にしなくていい。


そのうち男は、数字の変化に法則がある事に気が付いた。


善行をすると減り、悪行をすると増える。


数字の増減の大きさまでは分からないものの、翌日の数字はある程度思い通りになっていった。


善行をすれば減ることに気が付いてからというもの、男は数字を減らすことに躍起になった。

昨日まで横を素通りしていたゴミを拾い、無視していたお年寄りに手を差し伸べ、倒れている自転車を起こした。


そうして減った数字の大きさは、男の努力を表しているようで嬉しかった。


翌朝が楽しみになって、寝坊や遅刻もなくなった。

また、仕事の付き合いもあったものの、遅くまで飲み歩くことも次第に減っていった。

数字はここ数年で目に見えて減った。

はじめは四桁あった数字だったが、次第に三桁になり、そこからは早く減り始め、男の善行がすっかり周りから一目置かれた頃には百を切っていた。


どこにっても善人として慕われた。

人に好かれるのは気分がいい。


しかし男には、慢心も驕りもなかった。

正確に言えばあったのだが、こっぴどく数字が増えて以来慎むようになった。


数字に振り回された人生だったが、中々に満足していた。


晩年、数字はとうとう一桁になった。


腕に刻まれた数字はすっかり小さくなって、数字に合わせるように、男の背も力も小さくなった。

彼はすっかり老人になっていた。


晴れた日には外に出て妻の墓を参り、雨の日には家でゆっくり椅子にもたれて読書をした。

穏やかな余生は、数字を減らさないための習慣がそうさせているのだと、彼は良く知っていた。


それでも満足だった。


或る日男はお気に入りのハンチングと背広で散歩に出かけた。

桜の咲ききっていない、涼しい春の事。


いつもの公園に差し掛かると、気持ちのいい風が吹いた。

転がったボールを追いかけて、子供が公園を出てきた。


キラキラした目を輝かせて、ボールに夢中だった子供は、何も見えていなかった。

道路の白線も、突っ込んでくるトラックも。


老人は全部見えていた。

頭をよぎったのは、善い行いをすれば減る、あの数字の事。


迷いは全くなかった。


「案外この方法が一番だったんだよなあ、下手に収監するより」

「ああ、わざわざ囚人の世話をする手間も省けた」

「あの数字のおかげで皆模範囚だ。今時堕天なんて流行らないし」

「帰ってきた後も再犯なんか無いらしいぜ。習慣が身についてるから」

「考えた奴は天才だな。ま、現世に落とされるなんてまっぴらごめんだけど」

「はは、言えてる」

「お、また一人戻ってきたぞ」

「子供を庇って事故死か、善人らしい最期じゃないか」


二人の天使はくだらない談笑をやめ、背中に純白の翼を生やした男を迎え入れた。

その腕に数字はなかった。

おしまいです。見てくれた人ありがとうございます。
以前石英がどうたらいうのを書いていたものです。テスト勉強したくなくて書きました。

またノンジャンルで投下していきますので見かけたらよろしくお願いします。

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