ブラック系鎮守府【艦これ】 (40)
地の文だらけ
暴力表現過多
以上があります。お気を付け下さい
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車輪が穴を蹴りとばして車が跳ねる。尻が痛いわけじゃないが、曲がりなりにも鎮守府へ続く道だろうに、整備不良にも程がある。
「は、ここが素敵な鎮守府ってか。左遷先には悪くねえな」
煙草の煙に顔を顰める憲兵も、注意をしようとはしない。面倒を起こしたくないのだろう。
気持ちは分からんでもない。自分で言うのもなんだが比類ない戦果を叩き出しながら、上官を殴り殺しかけたイカレ野郎だ。
そんな奴対しては、なるべく絡まず絡まれないようにするのが普通の対応ってなもんだろう。
「で? 鎮守府にいるのは?」
俺の言葉に対し突き出される資料は六枚。どれも眉目秀麗な少女の写真が載っているが、文字を読めばそれが悪鬼にも見えるかもしれない。
「ははあ、どいつもこいつもクズばっかりか。そりゃ荒れるはずだ」
目を向けた鎮守府は、細かく手入れがされているのだろう。清潔で小奇麗で、どこか優雅なとも言える気配さえ漂っている。
「いいねえ……歯応えがありそうだ」
それはまるで、朽ち果てた周囲の建物を喰らい成長する、化物のようだった。
「これはまた、綺麗なもんだ」
見送り、というより監視の目を背に受けながら、明るい廊下を進む。
埃一つないわけじゃないが、多少の汚れがかえって親しみやすい生活感を醸し出している。
「俺の部屋と手足共はどこにあるのかね、っと」
「……奴らの前でその呼び方はしない方がいい」
「御忠告どうも。憲兵さんでも怖がるとなると、資料以上ってことかね」
「……」
苦虫を噛み潰した顔、つまり手に負えず服従したわけだ。
「あー、あんたら帰っていいぜ。負けてる奴に傍に居られると俺まで舐められる」
「っ……好きにしろ」
露骨に馬鹿にした言葉と態度にも、舌打ちが精いっぱいか。それじゃあダメだろうよ。
加えて言えば、馬鹿にされた怒りを乱暴な足音でしか消化できないなんて最悪だ。
「……艦娘の気配。ここか」
なるほど、丁度昼の頃合い、艦娘も食事を取る以上は食堂に集まるのも道理というわけだ。
「これはバレてるな」
扉越しに感じる、探る様な気配。少しでもビビればその瞬間に飽きて見向きもされないだろう。
そしてそれは、俺が扉を開ける上でなんら障害になるものじゃない。
「失礼する。本日この鎮守府に着任した――」
火薬の爆ぜる音。一瞬の後に風切音が耳の近くを掠め、最後に壁を砕く音を残して消える。
「君達の上司だ。以後俺の下で手足となって働くように」
俺の言葉に怒りを露わにする艦娘は……一隻だけか。一番の下っ端だな、あの駆逐艦。
撃った本人はニンマリと笑い、立ち上がる。迷いのない足取りは真っ直ぐに俺に向かっていた。
「わりいな提督様、服が白いからゴキブリでも出たのかと思ったぜ」
「そうか。で、返事と自己紹介は?」
ニイ、と口角が上がるのが良く見える。剥き出しの歯と殺意を、口付けでもしそうなほど近くに寄せて呟いた。
「オレの名は天龍だ。怖いか? 提督サマ」
顎の下に突き付けられた銃口から音が出る、三秒前のことだった。
「おいおい大和ぉ……腕ごと弾くのは反則じゃねーか?」
「仕方ありません。こうでもしないと貴方は提督を殺していたでしょうから」
申し訳なさそうな色など微塵にも無く、鉄塊を投擲した女性は優雅にお茶なぞ啜っている。
洗練された仕草とは正反対のドロリと濁った瞳を向けられれば、怯える奴もいるだろう。駆逐艦なんて震えを隠せていないほど。
「それにしたってよぉ、腕どうすんだよ腕! こんなもん魚の餌にしかなんねーじゃねーか」
ケラケラと笑いながら千切れかけた腕を振り回すものだから、血が人の服を汚しやがる。あと天井から落ちてくる破片が鬱陶しい。
「ならドブにでも撒いて来たらどうかしら。海に捨てるのはお魚さん達に迷惑でしょう?」
「は、環境に配慮したお優しい言葉だなオイ。オレみたいな海にいる方が長い奴じゃ思いつかねーよ」
俺の事など目に入らないとばかりに、天龍は身体ごと大和に向き直る。露骨な挑発にお互い殺気立ち、今にも弾けてしまいそうだ。
足元に転がった拳銃を拾ってみれば中にはまだ数発を残していた。きちんと手入れされているのは良いが、艦娘が拳銃というのも妙な話。
知らず笑みが零れてしまっていたらしい。笑みを浮かべる艦娘に指摘され手を当てると、唇がしっかりと歪んでいる。
「悪いな、だらしない顔を見せた」
「いいえ。この中で笑みを浮かべる程度の胆力はお持ちのようですから、私は嬉しい限りです……申し遅れました、私は軽空母の鳳翔と申します」
菖蒲のような女性はたおやかに腰を折る。にこにこという擬音さえ聞こえそうなほどの笑みが仮面のように貼り付いていた。
「私は任務に全力を尽くす所存です。そのためであれば提督の手足となることに異論はありません」
好意的に受け入れている、と見るにはどうにも異質だ。俺に向けた顔は笑っているくせに目は何の色も無い。大和の濁った目とはまた違う、透明な瞳。
「任務に全力、ね……任務のためなら俺に逆らうこともあるか?」
任務のために俺の手足になる、ということは任務にそぐわない命令なら反旗を翻すこともあるだろう。
そう捉えて訊いてみれば、鳳翔は仮面の笑顔のままなんてこともないように返してくる。
「はい。提督の命令が任務の遂行や今後の運営に支障をきたすようであれば、あらゆる手段をもって提督を排除いたしますので」
よろしくお願い致します、ともう一度丁寧に礼をして鳳翔は一歩下がる。これ以上言うことは無い、ということか。
特に驚くべき事でも無い。左遷の原因となった行為も車中で見た資料にも書いてあったし、主張自体も以前から同じものらしい。
なにより、任務に支障の出ない範囲であれば基本的に上官に絶対服従するとのことだからな。
「よし。じゃあ後の三隻、名前を言え」
「っ、何よその言い方……! クズの癖に、偉そうに言ってんじゃないわよッ!」
残る艦娘は水を向けた先の三隻だけ。うち一隻は件の雑魚駆逐艦で、どうやら物怖じしない俺に得体の知れなさでも感じているらしい。
強気に吐き捨てる言葉だけでなく、身体そのものが小さく震えている。周りの奴も無言で嗤っているが知らぬは本人ばかりなりだろう。
「アンタみたいなクソ男、私が殺してやるんだから……! 何、笑ってんのよッ!? ゴミ、このクズ!!」
「く、ふふ、すまん……! くはっ!」
「笑うな、笑うなあああああッ!! 殺す、殺してやる! 絶対殺してやるっ!!」
足りない語彙、幼い感情表出、しまいには泣きそうに地団駄を踏む子供。これを笑わずして何を笑えというのやら。
ああマズイ、笑いすぎて声が出ない。でも仕方ないじゃないか。こんなに真っ赤になってガキ臭い殺意をぶつけてくるなんて、面白すぎる。
「くふ、ははは……ああ、えーとお前が曙だな……ふふ、分かった分かった。じゃあ次は隣のお前だ」
「っ! 無視、するなああああああ!!!」
絶叫と共に曙の腕が持ち上げられる。年季が入りながらも磨き上げられた連装砲は悪くないが、場所が悪い。
怒りの表情を浮かべる曙は全く気付いていない。首根っこに掛けられる寸前の、細く白い腕に。
「それは駄目っぽい」
「え、ぎうっ!?」
曙が振り返る暇もなく、絡め取られた上半身が床へと叩きつけられる。骨を打つような音と悲鳴が響くが気にするような奴は居ない。
「が、はっ……い、だいぃ……!」
「ここで撃ったら食堂が壊れちゃうっぽい。それにイキナリ殺すと面倒くさいし」
「わが、っだから! はなして、いだい、痛いいいぃ!!」
そりゃあ叫びたくもなるだろう。連装砲を付けていた腕は限界一杯まで曲げられて、肘が「く」の字を描いている。
それが普通の関節とは逆向きになっているのだから、艦娘でも痛いに決まってる。それを握手でもするみたいに涼しい顔でやってのけるんだから、もう一隻の駆逐艦は相当だ。
「んー、曙ちゃんを放すとまた撃とうとするっぽい? 感情、抑えられないよね」
ああ、確か曙の前科は感情任せにふるった暴力だったな。自制の利かないガキだが、自分より強い者には絶対に手を出さない臆病者。だからこそ生きてここに送られたワケだが。
「撃たないっ! 撃たないから、放してくださいいい!」
「お、駆逐艦相手に敬語を使うのか。面白いな」
口から漏れたのは素直な感想だ。更に言えば面白いのに加えて可愛くもある。頭の悪い小動物を相手にしているような、そんな気分。
「ふふ、可愛いでしょう? こんな子だから私達も随分と可愛がっているんですよ」
俺の言葉に同調するように、鳳翔がうっとりと呟いた。
「それは……可愛がってるのか? それとも『可愛がり』か」
「どちらでも、ですよ」
それは本心なのだろう。仮面の笑顔が本当の笑顔になった、その時。
「ぎ、ぃいいいいい!? いだいだいいいいいい!!!」
ゴギャ、という鈍い音と共に曙の腕は90度ほど曲がった。もちろん、普通ならあり得ない方向に。
蛙を潰してもここまで悲惨な声は出ないだろう。傷だらけのレコードのような悲鳴が断続的に続き、のた打ち回る少女は水を失った魚に見える。
「もう、いけませんよ夕立さん。修理用バケツもタダじゃないんですから」
「ごめんなさい……でも放っておいたらもっとメンドくさかったっぽいー」
「俺としちゃあ一応助かったからいいけどな。それで? 後の二隻も自己紹介してみろよ」
悲鳴の中でも正常運転の鳳翔と夕立。残りの二隻や、メンチを切り合う天龍と大和もこれっぽっちも気にしていない。
二人のうち一人が前に出る。浮かべた笑みはカメラの向こうだが、レンズ越しでもウザったい視線を向けてきている。
「どもども、青葉と申しますぅ。この度の当鎮守府着任に付きまして、何か一言いただけますかぁ?」
「あ? まあなんだ、お前らクズの集まりは俺の言う事聞け。それでいいか?」
「おおー、自信満々で在り来たりなお言葉ですね! 大体どの人も同じこと言いますよ。大抵死にますけど」
「そりゃありがたい情報だ。で、貴重な大抵じゃない方は逃げるか行方不明かってことか」
「それか魚の餌ですねぇ。最後までこの青葉が撮ってましたけど、見ます?」
時々シャッターを切る音がする。俺の顔なんて撮って楽しいのか分からんが、特別減る物でも無い。
「いらん。じゃあ次のお前で最後だな」
おおかた着任時と最後で顔の違いでも見て楽しむのだろう。気にするだけ無駄というものだ。
おそらくこの中で一番ヤバイのは最後の一隻だ。
「工作船明石です。艤装の整備などは私が一括して担当していますから、必要があれば言って下さいね」
「ああ、お前が頼りだ。だから壊すなよ?」
何を、と言うまでもない。それは明石も心得ているのだろうが……目を見れば分かる。
「それはもちろんですよ! 数も少ないですし、なにより私の艤装では返り討ちがいいとこですからね」
コイツの目は俺の方を向いてはいるが、実際に映しているのは泣き伏せる曙だ。
「痛いよぉ……いたい……たすけて……」
すすり泣く声を聞く程に深まる笑顔。今にも曙に襲い掛かる姿が幻視できるほど、明石の目は凶悪な愉悦の色を宿している。
徐々に赤く染まり出した頬、蕩けるような吐息。男なら是非とも一夜を共にしたいくらいだが、止めておいた方がいいだろう。
「ぁあ……本当に曙ちゃんは可愛いですね。ここが前の鎮守府ならすぐにでも……!」
「いけませんよ明石さん。曙ちゃんは貴重な戦力ですから、解体したら任務に支障をきたします」
「ええ、ええ! 分かっています! だからこうして我慢して我慢して、我慢を重ねてるんじゃないですか!」
我慢しているのは本当のようで、爪が食い込んだ腕からは血が滲み出ているほど。
そして哀れな曙はといえば、泣きべそをかいて明石の方を見るや否や悲鳴を上げている。
「やだ、やめて、壊さないでっ! お願いじまず、じにだぐないぃいいい!!」
それを聞いて明石の目がますます輝いているのが分からないのだろうか。馬鹿な子ほど可愛いと言うが、どうやら真実らしい。
折れた腕もそのままに土下座なんてして、ガタガタ震えて命乞い。思わず撫でてやりたくなるじゃないか。
「明石、曙の解体は許可しない。敵だけにしろ」
「うぅ……分かってますよ。私だってこんな可愛い子を解体したら、敵じゃ味気なく感じちゃいますからね。深海棲艦で我慢、我慢しますとも!」
何時の間にやら出来上がった輪の中心は、おそらくこの鎮守府のアイドルマスコットであろう曙。
取り囲むように立つ俺達は一応に笑顔だ。殺し合いそうだった天龍と大和でさえ、微笑を湛えて曙を見ている。
「天龍さん、今日はここまでにしておきましょう。私は秘書艦として提督を案内しなければいけませんから」
「りょーかい……ったくよお、曙のガキを見てるとヤル気が削がれるんだよなぁ。オレは風呂入って来るから後は任せるぜ」
千切れかけの腕をブラブラ揺らしながら、天龍は曙を拾い上げて肩に担いでいる。一緒に修理に行くのだろう。
「行ってらっしゃい。お夕飯はカレーでよろしいですか? もしお嫌いでしたら遠慮なく仰って下さいね」
着いていこうとする明石と青葉を押さえた鳳翔が声を掛けたのは、どうやら俺に対してらしい。涼しげな顔で大したものだ。
「別に嫌いなものは無いから好きにしてくれ。大和、俺の部屋の案内を頼む」
「はい、どうぞこちらへ」
さきほどの微笑はどこへやら。表情の無い顔に淀んだ目を乗せて、機械のように俺を先導し始める。
食堂から響く姦しさを背中に受けながら、俺は揺れる尻を追うのだった。
とりあえずここまでで。
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