咲「さあ、夢を見よう。」 (145)
久「おっひさー。……って言うほど久しぶりでもないけど。先月の同窓会以来かしら?」
久「いつかはこういう日も来ると思ってたけどね。まさか、あなた相手にあの子の話をすることになるなんて思わなかったわ」
久「でも、私の話なんて本当に必要なの? ……ああ。そういうことじゃなくて、『高校時代の先輩』の話が欲しいってことか」
久「とは言っても、私から話すことはそんなにないのよねぇ。なにせ、清澄であの子と過ごした年月は部員の中じゃ私が一番短いわけだし」
久「特にプロに入る前後となると……。……一般人とそう変わらない印象論でよければ、話しても構わないけど」
久「あっ、それでもいいの? ……うーん。なにから話そうかしら……」
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久「なんていうか、あの子……昔からあまり人気がないわよねぇ? 大差での勝ちが当たり前とか、満貫役満連発のど派手なスタイルってわけでじゃないし」
久「和了形があそこまで特異な子は珍しいし、IHの時期はずいぶん話題にもなったものだけど。世間が慣れちゃったのかしらね」
久「あの子が大学に進んで、名前を聞かなくなってからは結構心配したものよ? 一時の不調だってわかって、プロには進めたことを知ってホッとしたわ」
久「優しい子だったし、プロでやれるかも心配だったけど。事実、春先は病気もしちゃってダメダメだったし」
久「それでもなんだかんだ復調して、選抜された若手雀士が戦うフレッシュオールスターに参加できたのは流石よね」
久「私? 私はまあ……そこそこよ。社会人のチームも、それなりに楽しく、張り合い持ってやれてるわ」
久「そうそう。プロには進めなかったけど、長野はプロとアマの交流戦が盛んだしね。この前なんて、靖子と一騎打ちみたいな展開になっちゃって…………」
由暉子「……あの、私の胸に何かついてますか? さっきから視線を感じるような気がするのですけれど」
由暉子「『今取れた』、ですか? そうですか。そんなに大きなホコリがついてたなんて気が付きませんでした。ありがとうございます」
由暉子「あっ、はい。確か、フレッシュオールスターに出た頃の宮永さんのお話が聞きたいんでしたよね」
由暉子「……そう、ですね。あの時期の宮永さんは、プロに慣れることに苦労されてるみたいでした」
由暉子「それでも、元気になってからは安定感のある打牌を続けていたと記憶しています。……はい。きっと、オールスターにも選ばれるだろうなと思ってました」
由暉子「……そうですね。あのとき私は、幸運にも高鴨さんと一緒にMVPをいただくことができて。宮永さんも優秀選手賞を取りました……よね?」
由暉子「そうそう。南浦さんと、宮永さんが優秀選手でした。懐かしいですね……」
由暉子「は? ……いえ、そのことに私は異論ありませんでした。投票してくださった記者の皆さんには申し訳ないですが、あの年のルーキーオブザイヤーは誰が見ても明らかでしたでしょうし」
由暉子「はい。私は高卒で、宮永さんは大卒。年齢も成績も近いなら、年数が若い方が取るのが普通ですしね」
由暉子「いえ、『近い成績』なんて言えるんでしょうか。あの年の天和戦……」
由暉子「……はい。九冠の内最も権威あるタイトル、『天和』です。三日間の特別リーグ戦の上に、決勝の一局を戦うその年の王者決定戦……」
由暉子「私も参加こそしましたが、決勝に残ることはできませんでした。それをあの時、宮永さんは……」
由暉子「ええ。戒能良子さん、三尋木咏さん、それと、宮永さんとお姉さんの四人の決勝卓でした。あの卓で3位になれたのは相当なことだと思います」
由暉子「3位どころじゃない。それからの宮永さんは、もっと、」
由暉子「……はい。正直、あの発表は今も私には疑問です。あれほどの打ち手だったのに、どうして……」
トシ「あらあら懐かしい。確か、10年前のIH以来かしら? 直接顔を合わせたことはないけどねぇ」
トシ「そりゃ貴方たちのことは忘れないわよ。あの年、私が目をかけてきた秘蔵っ子たちが負けちゃったんだもの。貴方のことも、名前だけはしっかり憶えてたよ」
トシ「『雀王』・『王位』・『名人』・『雀聖』・『王座』・『竜王』……それと、上半期、下半期、アマプロ交流のオールスター戦『地和』・『天和』・『人和』」
トシ「ええ。宮守女子が敗れたあのIHの頃から注目してて、天和戦で3位に残ったときも、そのくらいはやると思ってたけどね」
トシ「チーム戦でも個人戦でも大暴れで、異常と言って差し支えないほどの成績だった。誰もが全盛期の小鍛治健夜と比較し、姿を重ねたくなるほどに」
トシ「春先の雀王戦を制して、王位も手にしたあたりかね。世間もやっと注目し始めた」
トシ「私? もちろん驚かなかったわよ。その後の宮永咲の快進撃を見ても、ね」
靖子「あのときの咲の印象、ね。今も同じチームにいて一緒に打ってるわけだけど、正直昔も今もそこまで変わったわけじゃないよ」
靖子「真面目なやつだとは思ったな。僅差勝ちが多いせいで世間は色々言うみたいだが、むしろ、こっちが心配になるほど一局を集中して打ってると思うよ」
靖子「ん? 確かに、それだけ対局を楽しめているという見方もありだな。あいつ自身よく『楽しい』って口にするし」
靖子「そうそう。本人に聞いたけど、あのプレイスタイルは子供の頃の嫌な思い出が元になってるんだったな」
靖子「高校のときからそうだったけど、±0や僅差で勝とうとするのはその時のあれこれが原因になってるのかもしれん。もっとも、それ以上は本人にも分からないメンタルの問題になるんだろうがな」
靖子「……ああ。咲が勝つ度に、粗探しやバッシングの声が強まるのは歯痒かったよ。勝つのと楽しませるのは別だし、勝手に騒ぐ分は構わないんだけどね」
靖子「ああ。確かに、昔の小鍛治さんも似たような批判を受けてたよ」
靖子「ただ、『本気で打て』なんて言われたことはないんじゃないか? プレイスタイルのせいか知らないけど、いらん誤解を受けたって意味じゃ咲は小鍛治さんよりずっと辛かったろうよ」
靖子「逆に、咲と僅差の勝負を演じ続けたライバルの方を評価する方向で行って欲しいもんだがね。二年前の地和戦だったかな、あいつが出てきたのは……」
~~~~~~
みさき「さあ上半期の王者決定戦、地和戦の決勝卓がいよいよスタートというところでしょうか。野依プロ、注目はどの選手でしょうか。……野依プロ?」
理沙「宮永!」
みさき「確かに宮永咲は、この間の名人戦やその前の雀聖戦も制し現在四冠を獲得しておりますが……対抗馬になりうるとすれば、どの選手でしょうか?」
理沙「ぜんぶ」
みさき「……そういう社交辞令というか、どっちつかずな発言ではなくてですね。キーパーソンとなる選手が知りたいんです」
理沙「!!」
みさき「どうでしょう、野依プロ?」
理沙「……!」
理沙「……大星っ!」
みさき「……大星淡は、宮永選手と同い年のプロ一年目。去年まで海外留学をしていた関係でデビューこそ遅れましたが、前哨戦である名古屋杯を勝ち上がってここまで来ております」
みさき「しかし、個人戦でのビッグタイトルを戦った経験は今のところゼロ。これが初のタイトル挑戦となりますが、どの辺りに注目すべきでしょうか?」
理沙「リーチ!」
みさき「リーチを多用する攻撃的なスタイルが宮永の牙城を崩すカギ、ということでしょうか。くしくも、二人ともカンを多用する打ち手でもあります」
理沙「二人も注目!」
みさき「その通りですね。雀王・雀聖戦と共に宮永選手に敗れ、雪辱を期す現地和位の三尋木選手。名人戦で2位に惜敗した藤白七実にも、地和位を得る可能性は十二分に存在します」
みさき「……ただ今、サイコロが振られて場決めが終わったようです。起家は三尋木選手。第41回地和位戦が……今、始まりました!」
みさき「試合終了ー! 大星選手との激しい1位争いの末に、宮永選手がついに五冠目を手にしました! 上半期の個人タイトル全てを無敗での制覇です!」
みさき「戦前の予想では、前保持者の三尋木選手と宮永選手のデッドヒートに、藤白と大星がどこまで割って入れるかというものでした」
みさき「しかし現実は予想を裏切り、ラストの半荘からは大星選手が頭一つ抜け出し、それを宮永選手が南三局で捉え、終局まで凌ぎきるという展開でした」
理沙「すごい見応え!」
みさき「試合前の野依プロの予想通りでしたね」
理沙「……うれしい!」
みさき「ありがとうございます。解説は野依理沙、実況は私、村吉みさきでお送りいたしました……」
~~~~~
界「……ああ、スマンスマン。ちょっと所用がたてこんでて、待たせちゃったな」
界「実の娘だし、あいつについては語りたいことが色々とあるんだけどな……。高校の時点から麻雀に関しては完全に俺の下を離れてたよ、咲は」
界「プロ雀士としてのあいつは、正直よく分からないところなんだけどなぁ。なんせ、俺の想像もつかない場所へ行っちまった」
界「照もそうだったが、親としては寂しいような嬉しいような微妙な気持ちだよ。プロ入りに賛成はしたが、ここまでやるなんて思えるはずもなかったしな」
界「咲はなぁ……昔から運動が苦手で、どんくさいし、迷子にはなるし、本を読むのが好きで、料理ができることがちょっとした自慢で……」
界「親の俺も不思議だよ。小さい頃にいらねえ苦労させちまったのに、あいつがプロ雀士やってるなんて、今でも半信半疑さ」
界「12年ぶりだっけか? 王位と王座を連覇したのは小鍛治健夜が最後だったらしいが、麻雀打ってるあいつの前にゃ、そんなジンクスも通用しねえんだよなぁ」
風呂入るので中断します
界「ところで君、ブックメーカーって知ってるか? ……そうそう。あらゆることを賭けにして提供する、海外サービスのことなんだが」
界「あれは、二年前の竜王位に参戦するメンツが固まった頃だったかな。優勝選手を当てる賭けが開かれたんで興味本位で覗いてみたが、咲の倍率はどうなってたと思う?」
界「……1.2倍。ひょっとしたら1.1倍だったかもしんねえ。とにかく、そいつらからほぼ絶対の信頼をあいつは得てたってことだ」
界「信じられるか? 麻雀という、運が大きく大きく絡むゲームに延々勝ち続ける咲と、それを確信し続ける奴らがこの世界にうじゃうじゃといたなんてよ」
界「チーム戦でもずーっと収支1位で卓終わらせてただろ、あいつは。それも、普通ならあり得るはずのない『勝って当然だ』って声と『早く負けちまえ』の声を浴び続けてよ」
界「俺の印象だと、後者の声の方が前者より大きかったような気はするな。さっきも言ったけど、あの時期のあいつは、俺の想像もつかないような世界で戦い続けてたんだよなぁ」
~~~~~
(ブーーーーーーーーーーーーッ……)
憩「ああー! 届かんかったか~! ……悔しいけどおめでとうな、咲ちゃん」
咲「えっ!? あ、ありがとうございます。荒川さん」
憩「やめてくださいよーぅ。一歳違いなんてこの世界じゃ同い年みたいなもんやし、気軽に憩ちゃんって呼んでなー」
咲「あ、あうぅ……。……えっと、明華さんも、淡ちゃんも、お疲れ様でした。結果とか以前に、とても楽しかったです!」
明華「……」
淡「……」
咲「……うぅ」
明華「……いい対局でしたね。勝てたら言うことなかったんですけど」
咲「!」
憩「……」
明華「次は、貴方たちの方から私のホームに来てくださいませんか? それで、今度こそ誰が一番強いかを決めましょうか」
咲「……はい! いつか、きっと」
憩「えぇー。フランスとか、上品すぎてうちが行ったら息つまってまいますわーぁ。もっかいここでやって、うちが勝てたらええんやけどなーぁ」
明華「うふふ……」
咲「あははっ」
淡「………」
淡「……ばっかじゃないの」
憩「淡ちゃん?」
淡「なんでもない。……私は取材受けてくるけど、アンタたちも報道陣待たせない方がいーと思うよ」
咲「あ、淡ちゃ……! ……行っちゃいましたね」
憩「……うちのせいやったかもな。きっと、この中で一番悔しいのはあの子なんに……」
明華「憩のせいではありませんよ。……それでは、私も失礼させていただきますね」
咲「……」
憩「ほら、咲ちゃん! 勝ったあなたが行かんとお話しにならんて! はよ行きましょう?」
咲「……は、はいっ」
『宮永選手!今年無敗での竜王位戴冠おめでとうございます!』
咲「あ、ありがとうございます。いつもぎりぎりで申し訳ないですけど、応援してくれる皆さんの期待に応えることができてホッとしています」
『王座戦では余裕を持って制した大星選手相手に、今回は400点差の微差で勝利しました。そのことに、なにか感じたことはありますでしょうか?』
咲「あ、あの。たまたまというか、必死で頑張った結果そうなってるだけで……。あわ、大星選手には負けたくなかったですし、点差に関わらず、とにかく勝てて良かったです」
『これで手にした個人戦タイトルは怒涛の七冠となりました! 次の目標は、やはり小鍛治選手以来の八冠・九冠制覇でしょうか!?』
咲「……以前も言いましたが、私にはここまでの道のりすら途方もないことなんです。応援してくれる皆さんや、支えてくれる家族、チームメイトや関係者の方々のお陰でどうにかここに立てているだけで……」
咲「それでも、皆さんに期待していただけるのは嬉しいですし、強いモチベーションになります」
咲「チーム戦のリーグもひと段落しますし、これからは天和位戦に合わせて調整して、優勝を狙いたいと思います。応援、ありがとうございました」
『ありがとうございました。本年度の竜王戦を制した、宮永咲さんにお話ししていただきました!』
照「……うん。親しいかどうかは微妙だけど、見知った仲だしね。普通の記者相手にとるような態度はとらないよ」
照「『営業モード』? ……まあ、呼び方は自由だから別にいいけど。でも、あなたも『素』に近い方の私の話を聞きたいよね?」
照「それで、天和位戦での咲の話をすればいいんだっけ? ……うん。あの日は私が解説に呼ばれてたし、よく覚えてるよ」
照「そりゃぁ、私も出たかったけど。あの年は海外遠征ばかりだったし、私が出場する資格はなかったんじゃないかな。……うん」
照「……そうだね。とりあえず、私が日本に戻ってきてからのことを話し始めることにするね……」
とりあえずここまでで中断です。来週までには終わらせたいです
書き溜めひと段落したのでできたところまで投下します。若干修正したい箇所もあるので、>19 の部分からまた投下します
『宮永選手!今年無敗での竜王位戴冠おめでとうございます!』
咲「あ、ありがとうございます。いつもぎりぎりで申し訳ないですけど、応援してくれる皆さんの期待に応えることができてホッとしています」
『王座戦では余裕を持って制した大星選手相手に、今回は400点差の微差で勝利しました。そのことに、なにか感じたことはありますでしょうか?』
咲「あ、あの。たまたまというか、必死で頑張った結果そうなってるだけで……。あわ、大星選手には負けたくなかったですし、点差に関わらず、とにかく勝てて良かったです」
『これで手にした個人戦タイトルは怒涛の七冠となりました! 次の目標は、やはり小鍛治選手以来の八冠・九冠制覇でしょうか!?』
咲「……以前も言いましたが、私にはここまでの道のりすら途方もないことなんです。応援してくれる皆さんや、支えてくれる家族、チームメイトや関係者の方々のお陰でどうにかここに立てているだけで……」
咲「それでも、皆さんに期待していただけるのは嬉しいですし、強いモチベーションになります」
咲「チーム戦のリーグもひと段落しますし、これからは天和位戦に合わせて調整して、優勝を狙いたいと思います。応援、ありがとうございました」
『ありがとうございました。本年度の竜王戦を制した、宮永咲選手にお話ししていただきました!』
~~~~~
照「……うん。親しいかどうかは微妙だけど、見知った仲だしね。普通の記者相手にとるような態度はとらないよ」
照「『営業モード』? ……まあ、呼び方は自由だから別にいいけど。でも、あなたも『素』に近い方の私の話を聞きたいよね?」
照「それで、天和位戦での咲の話をすればいいんだっけ? ……うん。あの日は私が解説に呼ばれてたし、よく覚えてるよ」
照「そりゃぁ、私も出たかったけど。あの年は海外遠征ばかりだったし、私が出場する資格はなかったんじゃないかな。……うん」
照「……そうだね。とりあえず、私が日本に戻ってきたとこから始めることにするね……」
照「まず、日本中が咲一色だったことに驚いたかな。連絡はたまに取り合ってたけど、国内のことはあまり興味がなかったから」
照「……うん。私も相当な注目を浴びてた自負はあるけど、代表戦でもないのにあそこまで麻雀が注目されてたのは初めて見たよ」
照「天和戦の前日までは、家で咲と打ったよ。お遊びみたいなものだけど、やっぱり途中から本気になっちゃって……」
照「調子はよさげだったし、天和戦も予選リーグは確実に勝てるだろうな、って思った」
照「そう。三日間のリーグ戦の後に半荘2回の決勝戦で順位を決める……あの形式は、IHのそれと似てて咲が昔から慣れてるものだったしね」
照「身内びいきを差し引いても、咲が本命だと思ってたよ」
照「…………」
照「…………うん。あの事故が起こるまでは、ね……」
照「……うん。事故自体は、それでも軽かったからよかった。雨の中飛び出してきた子供を運転手が避けて、車は電柱に当たって……」
照「『はじめて聞いた』? 『事故があったのは知ってたけど』……って」
照「……きっと、咲はその子をかばったんだね。なにかあった時に、そのことが露見して子供が糾弾されたりしないように」
照「…………」
照「……試合後の検診で、ただの打撲と出血だと聞いてからは安心したけど。家族のことだし、あのときは正直肝が冷えた」
照「血のにじんだ包帯とガーゼで、顔の半分も覆われて……咲の姿を見たときは……本当に、本当になんて言ったらよかったか……!」
照「……そうだね。咲は周りに『平気だ』って言いながら卓についてた。でも、身体は平気でも、大一番を前に緊張で張りつめた中であんなことが起きて、精神が平気でいられるはずがない」
照「今でもそう断言できる。他でもない、この私なら」
~~~~~
照「……遅い」
えり「……宮永プロ。お気持ちはわかりますけど、そろそろ打ち合わせに……」
照「迷惑かけて申し訳ありません。でも、あと10分……対局の、30分前になるまでは」
えり「私は、大丈夫ですけど。……宮永プロは、妹さんと一緒には来られなかったんですか?」
照「決勝だけ解説する私と違って、咲は昨日まで近くのホテルに宿泊してましたから。……ひどい雨も降ってるし、まさか迷子に」
えり「……選手の送り迎えは協会のスタッフがしてますし、それはないのでは……」
(ガンバッチャッタガンバッタワレワレ……)
えり「! 宮永プロ、電話が……!」
照「はい! ……咲? 私だよ! こんなに遅れて、なにがあったの?」
照「うん、うん…………わかった。本当に大丈夫なんだね?」
えり「……」
照「うん。……それじゃ、会場で」
えり「……妹さん、なんと?」
照「……送迎の車が事故に遭って、色々と手間取ったらしいです」
えり「!」
照「あ、でも、重傷人とかは出なかったみたいで。……怪我人の応急処置と現場検証が落ち着いたので、今から別の車でこっちに向かってくるそうです」
えり「そうですか、それはよかった……。……私、運営の方に連絡が入ってるかどうか聞いてきますね」
照「ありがとうございます」
照「……遅い」
えり「……宮永プロ? お気持ちは分かりますけど、あれから20分近くも経ってますし……」
照「お願いだから、もう少しだけ。……あと、『照さん』とか『照』とかで構わないですよ。『宮永プロ』だと紛らわしいですし」
えり「えっ!? ……け、検討させていただきますね……」
照「ん。そうしてくださると助かりま……咲!?」
えり「妹さんですか? よかったですね、間に合っ……」
えり「って……!?」
照「……っ!!」
咲「どうしたの、お姉ちゃん? 中継はもう始まってるだろうし、選手の控え室なんて来てないで、早く行かないと」
照「……本当に、大丈夫なの」
咲「……大丈夫だよ。ちょっとだけ、痛みはするけど……。包帯のせいで、ひどく見えちゃうのかな?」
照「無理、してないよね?」
咲「してないよ。対局遅らせちゃって関係者に迷惑かけてるんだし、このくらいの怪我で泣きごとなんて……」
咲「…………」
照「……咲?」
咲「な、なんでもない。ちょっと、頭痛がしただけだから」
照「咲……私もあなたの気持ちはわかるし、無理にとは言わない」
照「でも、今のあなたはお世辞にも完調とは言い難い。……そんな状態で打つくらいなら、いっそ」
咲「……何度も言わせないで!」
照「!」
咲「せっかくここまで調整してきて、皆にも支えてもらってこの舞台まで来られたんだから! 私は、ここで立ち止まってちゃいけない! こんなことで、諦めるなんて……!」
照「……っ」
咲「…………」
照「…………」
咲「……大声出してごめんなさい。対局室、下見に行ってくるね……」
照「待って。まだ話は」
咲「またね、お姉ちゃん。解説者として、あからさまにならないくらいに私のこと応援してくれると嬉しいな、なんて」
照「……っ!」
照(……ごめん、咲……!)
咲「……それじゃ、行ってくるね!」
照「さ、咲……!」
照「…………」
照(咲……)
照(……あの態度、やっぱり最後に『視られた』ことも気付かずに……?)
『テルサーン? テルサーン、ソロソロチュウケイハジマリマスヨー?』
照「す、すみません! 今行きます!」
照「………っく」
照(咲……っ! どうか……!)
照(対局が始まった……。咲は、格好こそ痛々しいけど平気そうに卓に座ってる、けど……)
照(こんな状態で解説……いやだなぁ。でも、私はプロだしきちんと仕事はしないと)
照(……このメンバーが打ってるなんて、今年の天和位はかなりレベルは高かったんだろうな。だからこそ、咲が……)
照(お願い咲、無理だけはしないで……! あなたにはこの天和位だけじゃない、これから先も彼女たちと同じ、それ以上の打ち手と全力で麻雀できる日が待ってる……)
照(だから、咲……咲…………)
照(…………)
えり「……第42回天和位戦もいよいよ大詰め、最後の南場を残すのみとなりました。……照さん、ここまでを振り返っていかがでしょうか?」
照「その前に、現在のスコアをもう一度……。……今、画面出ましたね?」
天江衣 35100
大星淡 30800
高鴨穏乃 24300
宮永咲 9800
照「見ての通り、打点の高さに優れる天江選手と大星選手が上位に立っています。それを、高鴨選手と……やや離された宮永選手が追う形ですね」
えり「高鴨選手は先ほどの東三局と四局で連続和了。うち一つは大星選手に対する満貫の直撃でした。勢いがあるのは、やはり彼女でしょうか?」
照「高鴨選手もですが、天江選手も場や時刻が進むほどに成績が良化していく性質があります」
照「大星選手と宮永選手はそういった場に関わらず強さを見せますが、特に大星選手は頭に血が上りやすい傾向があるので、若干心配ではありますね」
えり「照さんは大星選手と高校の先輩後輩同士でしたが、その頃からそうした傾向が?」
照「そうですね。……ただ、今年の大星選手は非常に安定した成績を収めていますし、先ほどの直撃も、却って一息入れるいい機会になったかもしれません」
えり「宮永選手はどうでしょう? 逆転の目は充分にあるでしょうが、やはり、厳しいですか?」
照「……前半の東場は、他家を見つつ嶺上開花で和了るという普段通りの麻雀ができていましたが。途中からどうも元気がないですね」
えり「……それは、やっぱり……その、」
照「……対局直前に本人と少し話をしましたが、報道陣に伝えたのと同様に『大丈夫』とのことでした」
照「アクシデントの影響がゼロとは言えませんが、ここまで来た以上、私たちに言えることは…………ありません」
照「……宮永選手には、奮起して本来の麻雀を見せて欲しいところです」
えり「……ありがとうございました。そろそろ、卓上に目を戻していきましょう」
えり「さあ下半期、そしてこの一年間の総決算ともいえる冬のタイトル天和戦。いよいよ、最後の南場がスタートします……!」
南一局 親:大星
淡「……」
穏乃「……」
衣「……チー」
穏乃「! ……はい」
穏乃(海底コース……。それでも、始まってばかりの5順目で天江さんが鳴くことはかなり稀だったはず……?)
穏乃「……」
衣「……」
咲「……」
淡「…………」
淡(揃いそうで揃わない。衣とやるときはいつもこうだって分かってたけど、やっぱりムカつくなー……)
衣「……」
淡「ポンッ!」
穏乃(仕掛けてきた? 張ったかもしんないし、ここは慎重にいきたいけど……)
衣「……」
咲「……」
淡「……」
穏乃「……「ロン」
淡「中ドラ2。5800」
穏乃「……はい」
大星淡 36600
天江衣 35100
高鴨穏乃 18500
宮永咲 9800
えり「後半戦初の和了は大星選手です。これで東三局以来のトップの座を奪い返しました」
照「今のは、火力重視の普段のものとは違い速攻を重点に置いた和了でしたね」
えり「前二局で高鴨選手に傾きかけた流れを、引き戻そうとしたと?」
照「断定はできません。ですが、天江選手と大星選手の相乗支配によって全員の手が遅くなる中で、数少ない速攻の機会を狙うのはありそうな戦術です」
えり「……いわゆる、『絶対安全圏』に『一向聴地獄』という代物ですか」
照「ええ。しかし、それも常に適用されるというわけではないでしょう」
照「あの卓には、それらをすり抜け……いえ。それらの遙か高みから、駆け抜けていける打ち手がいますから」
南一局 一本場 親:大星
淡「……ノーテン」
穏乃「ノーテンです」
衣「テンパイ」
咲「ノーテン」
淡(……わかりやすいことしてくれちゃって。そんなに私が怖いのかな)
穏乃「……」
衣(行住坐臥。望外の点棒を得、先刻よりは手を作るのも易かったが……。……あと一局は判断を待ってもよかろう)
咲「……」
天江衣 38100
大星淡 35600
高鴨穏乃 17500
宮永咲 8800
南二局 流れ二本場 親:高鴨
淡「テンパイ」
穏乃「テンパイ」
衣「……テンパイ」
咲「……ノーテン」
天江衣 39100
大星淡 36600
高鴨穏乃 18500
宮永咲 5800
えり「一転、静かな試合運びとなりました。天江選手がトップに返り咲き、上位二人は下位との差を後半戦開始時よりも広げています」
照「今、場の主導権は高鴨選手が握っていますね。大星選手は、高鴨選手の出方をうかがいながら出し抜く機を見計らっているのかと」
えり「20000点差で3位の高鴨選手が……ですか? それでは、首位の天江選手と最下位に甘んじる宮永選手はどうでしょう?」
照「……カメラからの表情では読み取れませんね。ただ、宮永選手に関しては……」
えり「……唯一の連続ノーテンとまさに包囲された形となっていますね。しかし、得意の対子手を作りながらいずれも一向聴までは……」
照「いえ、それは恐らく他家の想定内のはず。私が言いたいのは、むしろ……」
えり「? 宮永選手をマークすることが、場の三人には織り込み済みということでしょうか?」
照「それもありますが、互いにマークし合いつつ得意の形に持っていこうとしている他家とは違うなにかを、宮永選手からは感じます。……この感じは……」
照(……あの子だけが、なにかに縋っている……?)
南二局 三本場 親:高鴨
淡「……」
穏乃「……」
衣「……」
咲「……」
淡「……」
穏乃「ツモ。2000の三本場は2300オール」
淡「……ッ」
衣(……否、まだ断定できぬ)
咲「……」
天江衣 36800
大星淡 34300
高鴨穏乃 25400
宮永咲 3500
南二局 四本場 親:高鴨
淡「……ノーテンッ」
穏乃「テンパイ」
衣「ノーテンだ」
咲「……テンパイ」
淡(くっそぅ……衣も穏乃も警戒しなきゃいけないとか面倒くさすぎ! サキは相変わらずよくわかんないし……)
穏乃「……フー」
衣(……穏乃め、衣たちの気を誘い欺罔しようとは大した度胸だ。恐らくは彼奴を囮に使おうと画策したか……)
咲「……」
衣(……まあいい。これで衣の肚も決まったぞ)
天江衣 35300
大星淡 32800
高鴨穏乃 26900
宮永咲 5000
南二局 五本場 親:高鴨
淡「……」
穏乃「……」
衣「……「ロン」
穏乃「3900は5400です!」
衣「なっ……!」
淡(た、高鴨穏乃……!!)
咲「……っ」
大星淡 32800
高鴨穏乃 32300
天江衣 29900
宮永咲 5000
えり「て、照さんの解説通りに高鴨選手が急浮上! この和了で首位と500点差の2位に浮上しました!」
照「きっと、三本場か四本場の時点で大星、天江両選手は高鴨選手の狙いに気が付いたはずです」
照「つまり、後半戦から動きを見せず、かつ実績でずば抜けている宮永選手を二人がマークしている内に連荘か高目で点棒を奪う。恐らくはそれが高鴨選手の狙いだったはず」
えり「あの……それでは宮永選手は?」
照「微妙ですが、宮永選手もそれを看破している節はあります。高鴨選手の作戦が看破されたとき、両選手から自分へのマークは相対的に薄くなりますから」
照「その証拠に、四本場では流局ながら久しぶりの得点。振り込みもありません」
えり「なるほど……。では、策を見破られながらも高鴨選手が直撃を奪えたのはなぜでしょう?」
照「もちろん、運もあります。ですが高鴨選手は、二人が自分を意識し、仕留めに来る……その態勢を整える際に生じる、一瞬の隙を狙い撃ったように見えました」
えり「つまり、見破られることを考慮した上での策だったというわけですね。普段の試合でも時たま見せる独特な感性を、ここでも十二分に発揮したということですか」
照「ええ。しかし、その策を見せきった高鴨選手はこれからどうするか……注目のしどころですね」
南二局 六本場 親:高鴨
淡「……」
淡(逆転はされたけど、絶対安全圏にいる以上速度では私が有利。だからこそ……)
穏乃「……」
穏乃(……対局前に考えた範囲じゃ、ここまでが限界! あとは野となれ、山となれ!)
衣「……」
衣(穏乃の奴、心憎い真似をする。衣の採るべき由は……)
咲「……」
咲(……どんな手でも。どんなことが、あっても……)
淡「リーチ!!」
淡(速度で私が優位な以上……待つことなしに、一番の形で攻めにいく!!)
穏乃(はやっ……6順目!?)
衣(気が充溢しているな。ここで衣の支配を破るとは……寧ろ欣喜雀躍の心地だ!)
咲「……」
淡「……」
咲「ポン」
淡(サキがポンか。生牌注意したいけど……しょうがないし、このまま和了る!)
淡(カドまであと少し……いや、その前に和了るつもりでいく!)
穏乃(マズい……覚悟はしてたけど、また一向聴からちっとも進まない……)
衣(お前らには和了らせぬよ。なぜなら……)
咲「……チー」
咲「……」
淡「……」
衣「ポン」
穏乃(海底コース? ……いや違う。じゃあ、なんで……)
咲「……」
咲「ロン。1000の六本場は2800」
穏乃「! ……はい」
衣「…………」
淡(サキが!? ……ううん。この和了は、今まで私が対戦してきたサキとなんか違うような……)
淡(それに、カドを過ぎてカンしたのに和了牌を引けなかったは穏乃のせい? ……いや、もしかしてっ)
淡「……なるほどね。そういう手も、たまには使うんだ?」
咲「……えっ? 淡ちゃん、今なんて……」
淡「なんでもないよ。サキは気にしないで」
穏乃「大星さん? わかってると思うけど、あまり露骨なのは」
淡「ご忠告どうも。三味線なんかで勝っても嬉しくないし、さっさと進めるよっ!」
淡(ていうか今の、アンタたち二人に言ったんじゃないし……)
大星淡 31800
天江衣 29900
高鴨穏乃 29500
宮永咲 8800
えり「長かった南二局がようやく終わりました。宮永選手は後半戦初の和了。高鴨選手の躍進により、順位間の点差は南場の開始前より明らかに小さくなっております」
照「……今の宮永選手は、なんとか拾ったという感じの和了でしたね」
えり「確かに、和了形は最安手の喰いタンのみでした。しかし、これで高鴨選手の流れを喰い取ったとも考えられるのではないでしょうか?」
照「おっしゃる通り、どんな手であっても、あの状況で和了り、得点することで宮永選手はかなり楽になれたと思います」
照「しかし、宮永選手一人の力であれを和了れたというわけではないでしょう。大星選手のリーチや天江選手の鳴きが場全体を左右した結果がああいう形に現れた、と私は考えます」
えり「照さんの言う通りであれば、まさに今年一番の、天和戦に相応しい駆け引きと運比べ、力比べが行われているといえるでしょう」
えり「いよいよ、足かけ四日間にわたる天和戦、選ばれた四者の決着が近付いてきました! 残すは南三局と南四局です!」
時間きついので中断します。また時間見て続き投下します
南三局 親:天江
淡「……」
穏乃「……」
咲「ポン」
淡(まだ7順目なのに? ……いや、必要以上に警戒することはない)
穏乃(ヤバそうな気配はしないけど……生牌切る時だけ要注意っ)
衣「……」
咲「……」
衣(ふっ。穏乃め、利用していた傀儡にしっぺ返しを食らったばかりというのに元気だな)
衣(否、傀儡と称して遊ぶには軽々か。如何な状態にあれど、ここに座って打つ限りは遍く対局者を軽視してはならぬ)
衣(……が、殊ここに於いて咲を使わない手は……ないだろうな)
衣(四人が四人共重い手作りを強いられている中であっても、頻繁に不均衡が生じ、誰もがその機を逃さんとしている)
衣(衣と淡、そして後半からの穏乃の支配によって卓上は正に黄塵万丈といった具合だ)
衣(その中で、咲。努々侮るまいが、余裕のないこの姿……まるでめしいた駑馬にしか見えぬ)
衣(余力は感じる。が、さながら五里霧中のこの状況……尻を叩かれ、半歩先の草の匂いでも感じ取れば走らずにはいられんだろうな)
衣「……」
咲「……チー」
淡(はぁっ!?)
穏乃(宮永さん? この順目でその鳴きは……)
淡「……っ」
穏乃「……っく」
衣「リーチ」
咲「……!」
咲(……海底コース……)
淡(なに「しまった」みたいな表情してんの!? サキのばかばかばか……!)
淡(どんだけ点欲しいのかはわかるけど……そんな牌鳴いて衣に主導権渡すなんて)
穏乃(……止められないっ)
衣「ツモ! リーチ一発、ドラ1海底撈月4000オール!」
天江衣 41900
大星淡 27800
高鴨穏乃 25500
宮永咲 4800
えり「天江選手、ここにきて得意の海底撈月から満貫手を和了。2位以下に差をつけ、再びトップに立ちましたが?」
照「……副露を利用して最後のツモ番が自分に回ってくるようにする。天江選手の得意パターンです」
えり「この局で言えば、他家の副露を利用したということでしょうか?」
照「私にはそう見えました。天江選手は、他家のテンパイ気配や手役の大きさを敏感に察知できる打ち手です」
照「先ほども言ったように、今の宮永選手はとにかく得点に飢えており鳴きも増やしています。そこを、天江選手は上手く釣り出して海底コースに持ち込んだようです」
えり「ところで、これで後半戦の南場は今のところ全て親の連荘となっていますが……現在親の天江選手と、ラス親の宮永選手はどう出るとお考えでしょうか?」
照「……わかりません。きっと、対局者たちも積み棒に関係なく一局一局で最善を尽くすことに懸命になっていると思います」
えり「ありがとうございました。さあ、南三局の一本場です!」
南三局 一本場 親:天江
淡「……」
淡(……ここ。この局か、次の局のどちらかで和了る。絶対に和了ってやる!)
淡(配牌も第一ツモ後も相変わらずの一向聴。それでも、勝つためにはここで……)
穏乃「……」
穏乃(積み棒のお陰で、8000の直撃でも1位を取れる。それでもオーラスが残ってるし、本場よりもそこだけを目標に)
穏乃(まずは、点を取られない! んでもって、どんな安手でもいいからオーラス前に先手取ろう!)
衣「……」
衣(やはり、先刻のは衣の麻雀ではなかったな。同じ手を続けて二度食う手合いでもなかろうし)
衣(それでも差は開けた。2位3位の二人、親番が回らぬ以上択は限られている……ここで畳み掛けない道理はない!)
咲「……」
咲(…………)
咲(……この位置じゃ、やれることは決まってるよね。……そのときが来たら、必ず……!)
淡「……っ」
淡(迷うな私! ここで行かないでいつ行くっての……!)
淡「リーチッッ!!!」
穏乃(きたっ。あと2順か3順後にはカドを越えるけど……私がすべきことは……)
衣(副露でズラすか……? 否、急を凌ぐだけで躱せるはずがあるものか! ここは支配に全力を注ぐ!)
咲(……)
えり「このリーチは大きい! このまま誰かが和了ることになれば、誰であれターニングポイントの和了になるでしょう!」
照「針生さんのおっしゃる通り。後半戦南場の卓は、流局も多くある意味停滞していると言っていい状態でした」
えり「天江選手の満貫和了がその空気を破ったということでしょうか」
照「そういう見方もあります。大星選手の手牌は、リーチ以外に三色と赤ドラ1つがあるので満貫以上が確定していますし」
えり「大星選手はこの天和戦において予選リーグで4度、決勝での前半戦で1度カン裏4つをつけて倍満以上を和了していますが……」
照「今回は、リーチ以外の役も付いていますしカン材を引いても宣言しないと思います。得意技とはいえ、カンにはリターン以上にリスクも伴いますから」
照「それでもなお、強固な攻めの意志を持って宣言するのであれば……」
えり「……であれば?」
照「その意志に、牌はきっと応えてくれるでしょう」
照「あわ……大星選手は、今も昔もそういう打ち手ですから」
淡「カン!」
穏乃「!!」
衣(及ばぬか……いや!)
咲「……」
淡「……」
穏乃「……っ」
衣「…………」
穏乃(……いつもと違って、カンしてからの即和了じゃない。やっぱり、私たちの支配は効いている……?)
衣(しかし、一向聴が既に破られている中では依然安心できぬ。如何なる手を使ってでも完歩を伸ばし、大星に並ばなければ)
咲(…………)
淡「……っツモ!!」
穏乃「!」
衣「っ」
咲「あ……」
淡「リーチ、ツモ、三色赤1……」
穏乃「……っ」
衣「……」
咲「……」
淡「裏3は、4100-8100!」
穏乃(裏4じゃなくて3ってことは、もしかして……)
衣(穏乃にカン裏を支配されて尚……或いは、能力に依らず己が天命を以てドラを引き込んだということか……)
咲(…………)
大星淡 44100
天江衣 33800
高鴨穏乃 21400
宮永咲 700
えり「大星選手、オーラスを前に倍満和了ー! 果敢に打って出る姿勢が、これ以上ない結果として現れました」
照「見事、だと思います」
えり「この天和戦も、残るはただ一局となります! ここまで来ると、やはり勢いや流れからして大星選手が優勢でしょうか?」
照「……そう、ですね。2位の天江選手がまくるには5200以上の直撃かハネ満以上をツモ和了る必要がありますし、点数的にも大星選手が俄然有利です」
えり「長かった天和戦もこれで最後。……気が早いようですが、宮永プロ。ここまでこの対局を見てきて、なにか特別感じたことなどありますでしょうか?」
照「…………」
照(…………)
照「……やっと、ここまできたな……という感じです」
えり「そうですね。この一年の締めくくりともいえるタイトル戦ですから、TVなどでご覧の方々も同じことを思っているでしょう」
照「いや、私が言いたいのは……」
えり「?」
照「……なんでもないです。針生さん、実況解説に戻りましょう」
えり「そうですね。2位に10300点差をつけて現在の1位は大星選手、オーラス南四局のツモは既に3順目に入ろうというところです……」
照(咲……。あなたは、本当によく頑張ってる。あの状態でこのメンツ相手にここまでやれるなんて、正直考えてもなかったよ)
照(きっとあなたは、こんな絶望的な状況でも諦めず逆転を狙って、この麻雀を楽しんですらいるのかもしれない。……でも、そんなことはもうどうでもいい)
照(咲……! どうか、この対局を無事に終えてまたいつものように…………)
えり「ーーーー!!!」
照「……っ?」
えり「宮永選手が、逆転に望みをつなぐ3900の首位直撃! 2位以下との差も詰まって、まだまだ天和位の行方はわからなくなってきました!」
照「……えっと、今の和了は……字牌アタマの対々です、ね」
えり「場風の南をアタマにしてのカンチャン待ちでした。喉から手が出るほど得点が欲しい中で宮永選手、あくまで冷静です」
照「……そうですね。宮永選手は、まだ、諦めていません……!」
えり「天和戦は親の和了やめが認められているので、宮永選手の逆転和了、優勝も十分にあり得ます。これはその序曲となるでしょうか」
照「……宮永選手にはっ、それを期待したいところ、です……!」
照「……っ」
照(……咲!!)
大星淡 40200
天江衣 33800
高鴨穏乃 21400
宮永咲 4600
南四局(オーラス) 一本場 親:宮永
淡「……」
穏乃「……」
衣「……!」
咲「……」
淡(……クッ。やっぱ南三みたいにはいかないか……)
穏乃(大丈夫……私は大丈夫……)
衣(……? 充溢するかと思えば、瞬時に霧散した今の気。……衣が和了るのが最優先だが、ここに至っては見逃せぬか)
咲(……)
えり「静かな試合運びですが、10順目の段階で全選手が二向聴までに手を進めています」
照「……天江選手がいることを考えると、共に二向聴の高鴨選手と宮永選手が敢えて手を崩していると言った方が妥当でしょう」
えり「そうですか。……手を見る限り、高鴨選手は三色を。宮永選手は一九牌を集めての対子形を狙っていると思われますが?」
照「私もそう思います。高鴨選手はチャンタもあるでしょうが、宮永選手はとにかく対子を集めて得意技の嶺上開花を……或いは、七対子もあるかもしれません」
えり「宮永選手は親番なので、2位3位の二人よりは選択肢が広いですが。それだけに臨機応変な立ち回りを要求されますね」
照「大星選手は一向聴から手が進む気配がありません。ですが、誰がどんな形でこの緊張を破ってもおかしくはないでしょう……」
淡「……」
穏乃「……」
衣「……」
咲「……」
淡「……フー」
穏乃「……」
衣(……テンパイ。だが……)
咲「……」
淡「……」
穏乃「……」
衣「……」
咲「……」
衣「ポン」
淡(またなにか仕掛けてる? 海底コースでもなさそうだけど……ツキがない局は、現物優先で慎重にいくか)
穏乃(あと3順しかない……でも、絶対に引く!)
衣(……)
咲(…………)
淡「ノーテン」
穏乃「……ノーテンです」
衣「テンパイだ」
咲「テンパイ」
大星淡 38700
天江衣 35300
高鴨穏乃 19900
宮永咲 6100
淡(サキは……また対々か。衣は……リーチかけるか海底で和了るかしてれば私をまくれたっぽいけど、二の足踏んでる内は怖がる必要もないかな)
淡(……いや、ここまで来て他家を気にしてなんていられない。予定通り抜け出したのは私なんだし、このままラストまで逃げきってやる!)
穏乃(やっぱり狙いすぎたかな……。……ううん、選んだルートに後悔はしない! 山と違って引き返せるわけでもないし!)
穏乃(幸い大星さんとの点差は開かなかったし、またやり直しだねっ! まだまだこれから!)
衣(衣の予感が正しければ、彼奴は倍満程度の手を作っていたはず。ドラなしとすればチャンタに三色。ダマであれば一盃口も有り得たか)
衣(いずれにせよこの点差ならば、和了るだけで勝利は必定。最後の最後に真っ向勝負とは、おかしなものだ!)
咲(……)
咲(……………………)
えり「まさに、息詰まる攻防が繰り広げられています。一向聴で止まったとはいえ、高鴨選手の大胆な手作りには私たちも思わず息を呑みました」
照「……宮永選手も、これまでと比べて手は作れています。1位との差が詰まってきたことによる天江選手と高鴨選手の緊張を、上手く利用しているようです」
えり「しかし、トップは依然大星選手。僅差で2位の天江選手が和了らない場合、高確率でこの選手が優勝して対局を終えることになります」
照「流局での対局終了もあるルールなので、とにかく和了らないと天江選手は勝てませんね」
えり「高鴨、宮永両選手の優勝はやや厳しいかというところですが、今の手作りを見た後ではそうと決めきれないところもあります」
照「後半戦で幾度も勝負をかけリードを奪った大星選手、ここぞの場面で勝負を仕掛け他家に牽制を加えつつ好位についた天江選手」
照「早めに仕掛け点を奪いなおも逆転を狙う高鴨選手、そして、序盤から厳しい状況にあった宮永選手も、よく踏ん張っています」
えり「宮永選手、いま白を引いて發と共に対子で揃え一向聴。無理をせずとも、役牌二つでいい手を作れる手牌ですね」
照「……いや待ってください。既に槓子を一組作っていて、他の手牌も……」
えり「さあ、ツモがもうひと回りして……あっ!」
えり「宮永選手、このツモは……!」
照「……まさか、」
咲「カン」
淡「は?」
穏乃「……!」
衣「な……っ」
えり「宮永選手、四索をツモって暗槓を宣言! 先ほどのツモでテンパイしているので嶺上開花も……」
照「いや、まだ……」
咲「もいっこ、カン!」
淡「……!!」
穏乃「……」
衣「……っ!」
えり「嶺上牌の七筒をカン材に使い、二連続の暗槓! 槓ドラは……白! 白です!」
照(……咲!)
咲「ツモ」
淡「……ッッ」
穏乃「……」
衣「…………」
咲「ツモ対々、三暗刻、白、ドラ3嶺上開花」
咲「8000の二本場は8200オール。……和了やめです」
宮永咲 30700
大星淡 30500
天江衣 27100
高鴨穏乃 11700
えり「み、宮永です! 宮永、宮永咲がここで出てきました!」
えり「勝ったのは宮永咲! 宮永咲! 小鍛治健夜以来、年間無敗での八冠を達成!」
えり「照さん! 妹である宮永選手が、見ての通り鮮やかな逆転劇を……」
照「…………っ」
えり「あの、照さん?」
照「……っく、くっ、くぅ……ぅぅっ!」
照「……ごめんなさい。いまっ、い、今だけは…………ごめんなさいっ」
えり「……実況の私も、思わず感動したと言いたくなるほど見事な和了でした。名残惜しいですが、そろそろ実況解説を終了し各選手へのインタビューチュウケイに移らせていただきたいと思います」
えり「解説は宮永照選手。実況は私、針生えりでお送りしました。ありがとうございました」
照「……グスッ」
~~~~~
照「……思い返すと、あのときは解説として失格だった。咲のことが気になって呆けちゃった局もあったし」
照「うん、そのことは知ってる。妹想いだって世間に思われても気にはしないけど、最後に泣いちゃったのは自分でも恥ずかしかったかな」
照「……私から聞いても同じだよ。もしかすると、咲自身あの局でどうやってあそこまで持っていけたか覚えてないのかもしれない」
照「『自然と道が開いてた』とか『牌が応えてくれた』とか、抽象的なことばかり。……咲らしいといえば、らしいけどね」
照「……えっ? 家族麻雀ではどっちが優勢だったのか、って……?」
照「…………」
照「……秘密、です……」
今回ここまでです
絃「どうも。宮永さんの話を私に……というのは、やはりあの大会のことですか?」
絃「そうそう。その時まではほとんど無敵だった宮永さんは、個人戦での復帰緒戦のあの大会で惨敗……というほど酷い結果でもなかったですけど」
絃「その大会ではいろいろあって、とにかく、久しぶりに1位も連対も外してしまって」
絃「それで勝ったのが、私でした」
絃「……」
絃「……そうですね。見ようによっては、私が勝ったというより宮永さんが負けた、と言った方がしっくりくるような試合でした」
絃「ところで。その話を振るんでしたら、私よりもふさわしい選手がいるのでは? と思いますが」
絃「そうです」
絃「宮永さんを執拗なマークで潰した、愛宕さんのことです」
絃「……そうですね。彼女のしたことに関しては、もう幾度となくたくさんの方が記事を書かれていますね」
絃「あの対局を見ていた人なら、誰もが気になることだったと思います。同席していた、私も同じように感じていました」
絃「あの時期、他家が宮永さんのツモやカン材を喰い取るのはよく見た光景でしたが、あそこまでしつこく狙っていたのは……」
絃「……そうそう。あの卓で愛宕さんが和了ったロンは、全部宮永さんからでしたね。山越しも二回はありましたっけ」
絃「半ば偶然とは思いますが、狙ったような槍槓もありましたし、あれは威嚇やブラフではなく完全に宮永さん一人を標的にしていたのだと思います」
絃「いえ、全然構わないと思いますよ? 少なくともルール上はなんの違反もありませんし、愛宕さんは、宮永さんより上の順位に行きさえすれば勝てると思ったのかもしれませんし」
絃「事実、愛宕さんは宮永さんより上の3位でしたしね。私としては、漁夫の利を得たようで釈然としない点もありましたが……」
絃「ま、そのくらいですか。申し訳ないですけど、一年近く前の対局なのでそれ以上のことはあんまり……」
絃「……いえいえ、こちらこそ。取材とはいえ、思い出を振り返るようなお話ができて楽しかったです」
郝「へぇー……。愛宕さんは、高校時代に清澄と対戦したのを参考にあの局を打っていたんですか」
郝「確か、あの年の姫松の大将は……末原……でしたっけ? 分析派の打ち手だったと記憶していますが、愛宕さんはその方の打牌を参考にしていたのかもしれないですね」
郝「覚えてますよー。当時は私にとって初の日本、初のインハイでしたし、智葉やネリーが対戦してた打ち手たちは特に印象深い人ばっかりで……」
郝「おっと、話を逸らしてしまってすいません。今は咲の話でしたね」
郝「私から見た咲のことを訊きたい、と伺っているのですが、どの時期の話をすれば?」
郝「去年の春~夏……ですか。……とすると、咲の海外遠征についてもなにか言った方がいいですかね?」
郝「……わかりました。では、そのことから話すとしましょう」
郝「私が咲と初めて話したのは、高一の季節休みの頃です。智葉と照が元々親交があったのですが、その縁で、照や咲とたまに中国麻將を打つようになりました」
郝「元は智葉が照に持ちかけたそうで、名目上は『海外のルールで戦う予行演習』でした。ですが、実際は遊びやレクリエーションのようなものです」
郝「とはいえ、全員が真剣にやっていました。当然一番強いのは私なわけですが、ルールに順応してからは照も咲もいい打牌をするようになりましたよ」
郝「その上で言いますが、あの時期……」
郝「去年一昨年の絶頂期であれば、咲は間違いなく海外でも通用したと思っています」
郝「まあ、調整に多少の苦労などはしたでしょうがね」
郝「事実、あのときの咲は海外の強豪を招待して行われる雀王戦、それと竜王戦を見事に制覇しましたでしょ?」
郝「……日本の招待タイトルは、賞金が高いので海外でも結構有名なんですよ。友人の明華も、あの年の竜王戦に参加していましたね」
郝「それもあって、咲の名前は私たちの国でもしばしば話題にあがりましたね。『日本にえらく強い打ち手が出てきた』と」
郝「照が海外遠征している時期でしたが、姉妹でどうこうというより咲個人の強さだけでも結構な注目を浴びていたと記憶しています」
郝「……あ、そうなんですか。日本代表として親善試合を戦っていたときも、常に1位を確保してたと」
郝「大きな国際大会に参加してたわけではないですよね? でも、それはそれで参考にはなるのでしょうね」
郝「ま、それだけ咲は海外から注目も浴びてたわけです。だからこそ気になるのですが……」
郝「なぜ、咲は個人戦から身を退いたのでしょうね?」
郝「…………」
郝「……ご存知かと思いますが、私は一週間後の雀王戦に備えてこうして来日しています」
郝「去年はあいにく都合がつかないので参加できませんでしたが、無敗の名を剥奪されてなお、咲がこのタイトルを二連覇したと聞いた時は思わず胸が高鳴りました。それなのに……」
郝「……ええ。今、私も貴方と同じくあのときのことを思い出してました」
郝「咲が海外遠征の意志を表明した、あのときのことをです」
郝「咲は、大阪の大会で連対から外れたんですよね? それを除けば、上半期はチーム戦でも個人戦でも連対だけは外していなかったと聞いています」
郝「前年と違って常に1位の『全勝』ではないですけど、ほとんど『無敗』のようなものですよね。それでいて、雀王や王位のようなビッグタイトルは変わらず勝ち取っていたとか」
郝「で、ええと…………そう、それです。名人戦を勝った後、咲はこう言ったんですよね」
郝「『国内での格付けは済んだので、次の地和戦を勝ったら海外遠征を考えます』と」
郝「麻雀という競技で『勝ったら』という仮定ほどアテにならないものも少ないですが……咲の実績と実力を考えると、妥当な宣言ではあると思います」
郝「それで、あの結果が待ち受けていたというわけです」
今回分終わり
~~~~~
(ブーーーーーーーーーーーーッ……)
えり「試合終了ーっ。八冠保持者宮永咲が海外遠征プランを発表した上で臨んだこの地和戦、対局者たちを待ち受けていたのは劇的な幕切れでした!」
咏「いやぁ~、見所の多い試合だったねぃ! 混ざれなかったのが悔しいっすわー、ほんと」
えり「各選手、持ち味を大いに生かし切った好勝負でしたね」
咏「それよそれ。野依さんは序盤に奪ったリードでかなりいいとこまで粘ったし、赤土さんは他家の様子を巧みに窺いながら上手いこと抜け出てきてさぁ」
咏「宮永は終盤とんでもねぇ勢いで追い込みかけたし、大星は中盤からスパートかけて見事に押し切っちまったねぃ。知らんけど」
えり「宮永選手は後半戦の東一局で倍満に振り込む不運がありましたが、それでも体勢を建て直してラストのデッドヒートを演出しましたね」
咏「わっかんないかなぁ~? あれを宮永の不運と断じちゃうようじゃぁ、えりちゃんもまだまだだねぃ」
えり「断じてはいないですけど。三尋木プロ、どういうことか説明してもらっても?」
咏「あの倍満は和了った赤土さんを褒めるべきってことさ。そりゃ多少の運の良し悪しはあったろうが、ま、あの人の読み勝ちってことだねぃ」
えり「読み、ですか。対局中は進行もあって伺えませんでしたが、どういうことか説明してもらっても?」
咏「いや知らんし。そんなことより、中継のカメラもさっさと選手インタビューの方に移した方がいんじゃね?」
えり「…………」
咏「んな表情で睨むなって、えりちゃん。尺がやばいのは事実だし、現時点の中途半端な憶測を言うより黙っといた方がいいかなって思ってさ」
えり「……えー、視聴者の皆さま。こちらの中継室からは、そろそろお別れの時間となってまいりました」
咏「カメラさん、早く早く! 私たちはいいから大星たちの方にカメラ回せってば!」
えり「はぁ……。……実況は私、針生えりと」
咏「三尋木咏でお送りしたよんっ」
えり「第42回地和位戦、激戦を終え悲願の戴冠を果たしたのは大星淡選手でした! 中継を終わります……」
~~~~~
郝「……」
郝「咲も律儀な人柄ですね。700点差の惜敗であれ、宣言にたがわず海外遠征を白紙にしたと公言したのですから」
郝「今になって惜しいとは言いません。私の相手は咲だけではありませんし、個人戦から身を退いたとて、いずれ咲とはプロの場で相見える日も来るでしょう」
郝「さて、私の話はこれで十分ですかね。名残惜しいですが、そろそろおいとま……」
郝「最後に一つだけ? 別に構いませんが、何を訊くおつもりで?」
郝「……ええ、去年も一昨年も咲とはプライベートで打ちましたよ。さっき言った二人も交えて、中国麻將の方を」
郝「え? 『その頃の咲は貴方たち三人より強かったか』ですって? 『麻將のルールに順応してからの咲がどれだけ打てたか気になる』……と」
郝「うーん……。難しい問いですね……」
郝「いえ、記録はとってませんが成績は一目瞭然でしたよ。なにせあの頃の咲は…………おっと、いけないいけない」
郝「……はぁ。さっき『難しい』と言ったのは、そういう意味ですよ。私を含め、智葉や照にも守るべき体面というものがありますし」
郝「ま、そういうことにしておいてください。今のも記事にしないで、するとしてもとても曖昧な書き方でお願いします」
郝「……あれ? そういえば、『一つだけ』と言ったのに二つも答えてしまいましたね。咲と打ったか否かというのと、咲がどのくらい強かったかというので」
郝「『腐っても鯛』というやつですか。流石、私たちと戦った清澄の元部員です」
郝「……あ、『腐っても』は謝ります。申し訳ありませんでした」
郝「咲の記事が書き上がるのを楽しみにしています。それでは、ごきげんよう」
結局……その年の宮永咲が、それ以降タイトルを手にすることはなかった。
雀聖戦は出場辞退。本人の都合と調整が合わなかったと公式発表があったが、それは海外遠征プランが立ち消えになったことと無関係ではないだろう。
迎えた王座戦。宮永咲は、高校時代のチームメイトで切磋琢磨していた原村和に玉座を明け渡すことになる。
当初法曹を志し、前年まで学業に専念していた彼女と個人戦の舞台で激突するのはこれが初めてだった。点差は、たったのリー棒2本分だった。
続く竜王戦では、成長著しい新人の夢乃マホに差し切られる形となった。1500点差の2位で、またしても高校時代の仲間にしてやられた格好だ。
大星淡との奇妙な二人旅にも、この竜王戦で一つの区切りが打たれることになる。
個人タイトル九冠のうち、二人が一つ違いの順位で終局を迎えたのは連続で10回、足かけ11回にもわたる。二人は、その年の王座戦と、後述の天和戦を除く九戦にわたり1,2位の座を占めたのであった。
そして、記憶に新しい前年の天和戦。決勝卓で4位に敗れた宮永咲は、3位となった大星淡と共に合同記者会見を開く。
その会見で宮永咲はチーム戦へ専念する意向を明かし、個人戦への出場、及びビッグタイトルへの挑戦の無期限休止を宣言したのである…………。
今回分終わり。おそらく、次の投下で完結まで行くと思います
咲「……………………」
咲「……ライターになってたのは知ってたけど、私の記事書いてたんだね」
京太郎「まぁな。ていうか、咲はこうして俺が取材に来るまで知らなかったのか?」
咲「そういうのはマネージャーさんに任せてるから。……にしてもこの記事、『再起を誓う女王に聞く』って……随分挑発的な副題だよね?」
京太郎「あくまで仮のだから、仮の」
咲「この『女王』っていうのもなんか……まあ、好きにすればいいと思うけど」
京太郎「その怒りようを見ると、個人戦から退いてモチベーションが落ちたってわけじゃないんだな?」
咲「当たり前でしょっ! ……会見でも言ったけど、ちょっと身を退いて、色々と見つめ直すだけだから。ここ二年、チーム戦にも専念できないで迷惑かけてきたし……」
京太郎「その二年間、チームのエース務め続けてたやつが言っても嫌味にしか聞こえないぞー」
咲「……ぐぅ」
京太郎「で、来年は団体での世界大会やリオデジャネイロのフリースタイル戦があるわけだが。それについてはどう思ってる?」
咲「どうかな……。団体戦の方はメンバーに選ばれれば嬉しいし、出場したい気持ちもあるけど……リオの方は、微妙かも」
京太郎「それは個人戦だからか?」
咲「……そうだね。京ちゃんならわかると思うけど、私は団体戦で戦うつもりで高校から麻雀に復帰したし、こっちの方がしっくり来るって感じもするんだ」
京太郎「話題を変えるけど。……去年から今年の春までのような麻雀を、これからも打てる自信はあるか?」
咲「ん……」
京太郎「あの時と比べて、なにか直感や読みなんかが衰えてたりする感覚は?」
咲「それはない……かなぁ。多分だけど」
京太郎「自分のことなのに自信なさげだな、咲は。そういうところは昔から変わんねえよな」
咲「むっ」
咲「自分のことだからって、何から何までわかったらスポーツ選手のトレーナーとかも必要ないでしょ!?」
京太郎「そう怒るなよ。……つーかお前、昔に比べて少しカリカリしやすくなってないか?」
咲「そりゃまあ、ね。誰かさんみたいに、嫌味な人達がいっぱい寄ってくるようになったし?」
京太郎「なっ」
咲「……冗談だよ。そういうのが嫌だと思うこともあったけど、プロの世界なら当たり前だし、京ちゃん達が思うほど私は気にしてないよ」
京太郎「そ、そりゃよかった。……次の話題に移るけど、いま現在国内で注目してる選手は誰なのか、聞かせてくれないか?」
咲「私が注目してる選手? んー…………どの選手も強い人ばっかりだしなぁ……」
京太郎「言っておくけど『みんな』とか『いない』って言うのはナシな。一人か二人、理由も込みで挙げて欲しい」
咲「うーん……」
咲「……和ちゃんとマホちゃんの二人、かなぁ。手前味噌だけど」
京太郎「よく知っていて、かつ自分に勝った相手ってわけか」
咲「そういうのもあるけど、二人とも純粋に強いと思うよ。和ちゃんはどの場所、どの大会で打っても成績を残すし、マホちゃんは勝つ時は誰が相手でも勝っちゃうでしょ?」
京太郎「和はともかく、マホは調子の波が大きすぎて評価に困るよな……。……竜王戦での四連続和了は日本中が度胆抜かれたけどさ」
咲「あの時のマホちゃん、まるでお姉ちゃんみたいな……いや、それよりもっと……」
京太郎「え?」
咲「な、なんでもない。……ともかく、あれは打ってる私もびっくりしたし、悔しかったなぁ」
京太郎「ちなみに、ノってる時のマホと自分とではどっちが強いと思う?」
咲「えっ? ……状況にもよるけど、同じくらいツいてるとしたら今度こそ負ける気は……って京ちゃん! こんなの、メモに取らないでよ!」
京太郎「冗談だよ、冗談。さっきの仕返しだ」
咲「もー。……その辺はただでさえ気を遣ってるんだし、こんなの記事にされたらこれからどんな顔して会えばいいのか……」
京太郎「気を遣ってるといえば……咲。ずっと気になってたんだけど、個人戦でずっと競り続けてた大星のこと。お前はどう思ってるんだ?」
咲「どう、って?」
京太郎「何度も顔突き合せて、しかも殆どお前が美味しいところ持ってってるわけだろ? 対局なんかで会ったりしたとき、互いにどういうこと話してたのかなー……とか」
咲「別に……普通だよ。公の場で淡ちゃんと話すときは気を遣うけど、それは他の対局者と一緒だし」
京太郎「記事にはしないからさ。本音のところ、昔のよしみで教えてくれって」
咲「えー?」
咲「でも、本当に大したことないよ? 今までマスコミの前で話したこと以外、特に記事になるような話もしてないし」
京太郎「確か、照さんが高校で大星と一緒だったろ。その縁でプライベートで会ったりはしなかったのか?」
咲「ないこともない、けど。淡ちゃんとは麻雀は打たなかったし、積極的に話しにも行かなかったかな」
京太郎「へー。大星の方はインタビューやなんかで咲に対抗心バリバリだったのに、お前は薄情なもんだなぁ」
咲「うぅ……そうかな……。……でも、意識はしてないわけじゃなかったし、付き合いも長いからそれなりに思うところはあるよ? 一応」
京太郎「言い方が全然思うところありそうじゃねえよ」
咲「うっ」
京太郎「……ま、高校時代からしのぎを削ってるっつってもずーっとベタベタしてきたわけじゃないしな。なんとなくだけど、言いたいことは分かるぜ」
咲「……うん。とにかく、私にとっては強力なライバルの一人だし……。……それに、多分だけど」
京太郎「だけど?」
咲「大事な、友達でもあるよ。……きっと」
京太郎「…………」
京太郎「これも記事には関係ないんだけど、ぶっちゃけ、大星は海外行って通用すると思うかね?」
咲「どうかなぁ。淡ちゃんなら力は発揮できると思うけど、海外で打つっていうのは色々な要素が絡むからなんとも言えないね」
京太郎「つーか、100%出し切れるとしてもいけるのか? って話だよな。こういう言い方は咲にも悪いけど、今年の秋以降は去年から明らかに悪化してるしさ」
咲「それは大丈夫だよ。淡ちゃんは刺激を受けるほど発奮するタイプだし、最近の負けで溜まった分も、きっとモチベーションに変えて向こうで頑張ってくれるよ」
京太郎「刺激、ねぇ……」
咲「?」
京太郎「……いや。ひょっとしてだけど、大星にとっての一番の刺激はお前の存在だったんじゃないのかな、と」
咲「私? でも、私とインハイで会う前からすごく強かったし……」
京太郎「そうじゃなくて、打つ局打つ局勝ちまくって、八冠制覇してたあの時の咲が何よりの刺激だったんじゃねーのってこと」
咲「えぇっ……?」
京太郎「これは、俺の推測が大分混じってるんだけどさ」
京太郎「咲って、少なくとも高校の時は自分から麻雀打つようなタイプじゃなかっただろ? インハイに参加したのも和や部長に言われて、それも照さんに会いたいから始めたようなもんだし」
京太郎「そういう風に、お前は『自分が自分が』って感じじゃなくて他人に求められて麻雀打つようなところがあると思うんだよな」
京太郎「きっと、プロになってからもそれは変わらなくて。あの時……新人時代の天和位戦でプロのトップクラスに直で囲まれて、その熱に中てられて無双し始めたんじゃないか……ってさ」
咲「無双っ、て」
京太郎「そうだな。『無双』じゃなくて、お前には、大星という自分と並んで走れる最強の宿敵がいた。だから、プロの世界に慣れて全盛期を迎えてからでも弛むことなく全力を出し切れたんだろ」
咲「…………」
京太郎「それが、大星が勝って満足しちゃったからか、単にツキがなくなったからか知らないけど」
京太郎「お互い並んで、併せて煽って走れる相手がいなくなったんで二人ともあの時のパフォーマンスが見せられなくなったんじゃないか、って。……勿論、部外者の勝手な邪推だけどな」
咲「…………」
咲「……でも、相手を選ぶような人が『プロ』なんて言えるのかな? 仮に京ちゃんの推測が当たっていても、誰かと並ばないせいでモチベが落ちるとしたら、それは甘えじゃない?」
京太郎「さすがトッププロ、大したプロ意識だぜ。……いや、からかってるんじゃなくて」
咲「けど、そうだね。大星さんが……。……そういう可能性もある、かもね」
京太郎「おっ? もしかして、咲も刺激を求めて海外へ打って出るとか?」
咲「そんなこと考えてないよ! ……とにかく、これからの私は、個人戦に出てたときに出来なかったあれこれや、チーム戦に集中するので忙しいし。あの会見から、その意思は変わらないよ」
京太郎「つっても、その口ぶりからすると、海外に挑戦したりまた個人戦に出たりする未来を否定するわけじゃないんだな?」
咲「まあ、可能性の一つとしてね。今はこれ以上言いませんし、言えませんからねー」
京太郎「なるほどね。……うん、取材はこれくらいでいいかな。話してくれてありがとよ、咲」
咲「……あっ。京ちゃん、ちょっと待って」
京太郎「ん?」
咲「京ちゃんが書いてきた私の記事、どんな感じなのか見せてみてよ。メモの段階でもいいからさ」
京太郎「ええ!? ……いや普通に恥ずかしいし、完成したのはお前のマネージャーにも目を通させる約束だから別にいらないと思うんだが」
咲「私が見たいって言ってるの。そもそも、昔のよしみだからって記事に書かないことまで聞いてきたり何度も嫌味や冗談を言ってきたのは誰だったっけ?」
京太郎「えぇ……。……ったく、次の予定もあるから、パパッと読んじまえよ」
咲「やたっ。どれどれ……」
京太郎「…………」
咲「ふんふむ……」
京太郎「…………」
咲「…………」
京太郎「……咲、そろそろ」
咲「……あっ、うん。記事の内容は今のところ文句ないんだけど、この部分はなに?」
京太郎「へっ?」
咲「ほら、ここ。『勝ち続けると……』ってとこ」
京太郎「ああ、それはな」
京太郎「見出しみたいなもんさ。こういうのにありがちな『〇〇の素顔を追う~』ってのじゃなくて、気取った風のキャッチコピーみたいにしてみたんだ」
咲「文字数多すぎるし、これじゃ見出しにならなくない? ……ていうか、書いてることが大げさだし恥ずかしいんだけど……」
京太郎「まあまあ。……ってわけで、咲もなにか一筆書いてくれよ」
咲「えっ!? どういうわけで!?」
京太郎「だから、この文に続く形で、手書きのメッセージをさ。そしたら多少は恰好がつくし、記事の箔も増すってもんだろ?」
咲「えぇ~っ?」
京太郎「頼む、咲! 昔馴染みを救うと思って!」
咲「もー、調子がいいんだから……。……じゃぁ、ちょっとだけね。字とか内容とか、変になってもバカにしないでよ?」
京太郎「しないしない。ま、よほどアレなのは流石にリテイクだけどな」
咲「はいはい。今考えるから、ちょっと待ってて」
京太郎「おう。書き終わるまで、俺はなんにも言わないからな」
咲「ん。…………よし、書くよ」
京太郎「……」
咲「……」
咲「……っ!」
勝ち続けると、すべての者が敵になる。
その打ち手は、完全に包囲された。
道は消えたはずだった。
宮永咲。お前は何故あの卓に花を咲かせることができたのか。
『年間全勝のレジェンド』
その戦いに、人は夢を見る。
『さあ、夢を見よう。』
以上でカン、です。ここまで読んでいただきありがとうございました。
大舞台で僅差のような圧勝を続けた競走馬テイエムオペラオーの勝ち方が、咲さんにどこか似てるなぁと思ったのがこのssを書くきっかけになりました。
タイトルとラストを飾る言葉は、同馬を扱ったJRAのCMからとりました。下にURLを貼っておきますので、興味のある方はぜひ。
再来週に開催される宝塚記念に夢を馳せて僕は寝ます。重ね重ね、このssを読んでくださって本当にありがとうございました。
https://www.youtube.com/watch?v=HDeh5It6nAs
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