最近、俺はよくカフェで読書をするようになった。
近所のいわゆるパン屋とカフェが合体したようなカフェで
パンを一つ二つとコーヒーを注文し、持ち込んだ小説を読むのである。
500円を少しオーバーするぐらいの金額で、
コーヒーとパンで腹を多少満たし、1~2時間は優雅に時間を潰せるのだから、
コストパフォーマンスは決して悪くないといえるだろう。
読書なら家でもできる、コーヒーとパンなんかそこらのコンビニでも買えるだろ、
と思う人もいるかもしれない。
しかし、俺はどうも自宅ではなかなか読書が進まない性質なのだ。
本を読もうと決心しても、結局パソコンやらテレビやらに走ってしまって、
なかなか読み進めることができないのだ。
ようするに、受験生の「家では勉強に集中できない理論」と似たようなものである。
ただし、カフェで読書なんかしちゃったりしてる自分に酔ってるんだろ、
といわれたらあながち否定はできないのだが……。
さて、本題に入ろう。
あの日も俺は行きつけのカフェでコーヒーを飲みつつ読書をしていた。
しかし、この時の小説はどうも自分には合わず、
ページをめくる手がイマイチ進まないでいた。
たまたま手に取り、裏表紙に書かれている“あらすじ”が面白そうだったから
買ってみたのだが──
まぁ、よくあることだ。
俺(……なんかこれ、あんま面白くねえな)
俺「……」チラッ
俺(店も混んできたし……そろそろ出よっかな)
俺(まだ30分ぐらいしか経ってないけど、今日はもういいや)
席を立つため、チビチビ飲んでいたコーヒーをグイッと飲み干してしまおう、と決めた。
まさにその時であった。
男「失礼します」スッ…
俺「……え」
いきなり、俺の前にある座席に一人の男が腰かけた。相席する格好になった。
混んでいるとはいえ、まだ空いている席はあるにもかかわらず、だ。
え、なんなのこいつ。
俺の知り合い? セールスマン? ホモ? 宗教勧誘? 嫌がらせ?
──色んな可能性が頭を駆けめぐった。
はっきりいって不愉快であったが、どうせもう店を出るところだったし、
他の席に移動しろよといってケンカになってもイヤなので俺はせいぜい、
「『失礼します』とかいってるけど、絶対失礼だと思ってないだろ。ウソつけよ」
と心の中で毒づくのがせいぜいであった。
男「……」モグモグ…
俺(俺に用があるのかと思いきや……食べ始めちゃったよ)
男がトレイに乗せて持ってきた商品は、チョココロネとレーズンパンと、ココア。
俺とはだいぶ好みがちがう。
俺はチョコレートもレーズンも、そしてココアもあまり好きではない。
もういいや、とっとと店を出よう。
ところが、次に男が口走った言葉によって俺は店から出るわけにはいかなくなった。
男「実はボク……能力者なんです」
俺「ハァ?」
俺(今の、聞き間違いじゃないよな……)
俺「いきなりなにを言いだすかと思えば……能力者?」
男「はい」
能力者と聞いて、俺は瞬時にいくつかのフィクション作品と、
それに登場するキャラクターを思い浮かべていた。
個性豊かな能力者たちが、能力を生かして活躍する様を脳裏に描いていた。
目の前のこいつが、彼らと同類?
こんな冴えない風貌の、断りもなく相席してくるような奴が?
ありえない。信じられるわけがなかった。
俺「能力者っていうと……つまりアレ?」
俺「ようするに、普通の人間にはない特別な力を持ってるわけ?」
男「そうです」
俺「すごいあっさり言い切ったね」
男「事実ですから」
俺「ウソだね、とても信じられない」
男「でも、本当なんです」
俺は初対面の人には敬語や丁寧語で接することにしているのだが、
この時はそんなことは忘れていた。
男の宇宙人的なわけの分からなさに、敬語を使ったら負けだ、とか
そういう気持ちの作用があったのかもしれない。
俺「だってさ──」
俺「能力者といえば、もっと普通の人とはちがう雰囲気をかもし出してるってもんよ?」
俺「オーラっていうのかな……アンタからは全然そういうのを感じない」
男「いえいえ、本当の能力者というのは案外ボクのような人間なんですよ」
男「普通の人間とはちがう、なんてオーラを出してたら」
男「すぐさま回りから阻害されたり、イジメられたりしてしまいますから」
俺「能ある鷹は~ってこと?」
男「はい」
俺「……悪いけど、やっぱり信じられない」
男「じゃあ、どうすれば信じてくれますか」
この時、自分のことを“爪を隠す鷹”といわれて全く謙遜しなかったこいつに、
かなりイラッときたのを覚えている。
俺「そんなもん、決まってるだろ」
俺「なんかやってみせてくれよ。もちろん今ここで」
俺「火を出すとか、水を出すとか、あ、俺には危害を加えないでね」
男「いや、そういうのじゃないんですよね、ボクの能力って」
俺「ハァ?」
俺「いきなりボクは能力者です、だなんて打ち明けてきて」
俺「なんの証拠もないのに、信じて下さい、だぁ~?」
俺「信じられるわけねーだろ!」
自分でも内心驚くほどに、声が荒くなってしまった。
男「能力なら……もう使ってますよ」
男「というより、ボクは常にその能力を使っている状態なんです」
男「常時発動型、とでもいえばいいのかな?」
俺「なにいってんだ、ウソつけよ」
男「なぜなら、ボクの能力は──」
男「“自分のいうことを誰にも信じてもらえない”という能力なんです」
俺「……へ?」
頭の中が真っ白になった。
呆気に取られている俺を尻目に、男は続ける。
男「いや……信じてもらえないだけじゃない」
男「ボクの言葉を聞いた相手はね、ボクの言葉を積極的に否定したくなるんですよ」
男「現に、今あなたはボクが能力者であることを声を荒げてまで否定している!」
俺「いやいやいやいや、なにいってんだよ」
俺「いきなりアンタみたいなのがやってきたら、否定したくなっちゃうだろ!」
男「そうなんですよね……ボクの能力によって」
俺「……」イラッ…
あざけりすら含んだ男の言葉に、俺はますます反論したくなってきた。
俺のこの苛立ちや焦りは、全てこの男の能力によるもの?
そんなバカな、ありえない。
いい加減にしろよ、この電波野郎!
俺「言葉を信じてもらえない能力? 否定されてしまう能力?」
俺「じゃあなんで、アンタはココアやパンを買えたんだよ!」
俺「ココアくださいっていったら、ウソつけよ、っていわれちゃうだろ!」
俺「だいたいそんな能力持ってたら、日常生活だってまともに送れねえだろ!」
男「簡単ですよ。無口を装い、ジェスチャーなどで生活は十分できます」
俺「いやいやいや、簡単じゃないだろ!」
男「簡単ですって」
俺「簡単じゃねえって!」
俺「アンタおかしいよ! さっきからいってることが!」
根が小心者である俺は、よほどの時でないとこんな強い口調にはならない。
たとえ強く主張しなければならない場面でも、努めて口調だけは穏やかにする。
つまり、この時俺に降りかかっていた事態は“よほど”だったということだ。
俺「っていうか、そもそもなんでアンタは俺に話しかけてきたわけ?」
俺「実は俺も能力者で、世界かなんかを救うために力を貸してほしいとか?」
男「いや……あなたを選んだ意味は、特にないんですよね。ランダムってやつです」
俺「特に意味はない? とても信じられないんだけど」
男「ボクのこの能力、はっきりいって使い道なんかないですし」
男「たまにこうやって、人をイラつかせる遊びをするのがせいぜいなんです」
男「ま、信じてもらえないでしょうけど」
俺「当たり前だろ! 信じられるか!」
俺「だいたい、もし俺が乱暴な奴だったら、アンタとっくにブン殴られてるよ?」
男「実際、殴られたこともありますよ」
男「だけど、そういうスリルを含めて楽しんでるんです」
俺「ああいえばこういう、だな! いい加減にしてくれ!」
さすがに俺もここらで熱くなりすぎたことを自覚し、ふと我に返った。
そして、思ったことは──全く信じてないとはいえこいつの作り話に乗った上で、
こいつの愚かさを指摘してしてやろうということだった。
このままこいつのペースに引っかき回されたままで話が終わってしまったら、
悔しくてたまらないからだ。
俺「……まぁ、俺はアンタの話を少しも信じてないわけなんだが──」
俺「もし仮に真実だとして……真実だとしたら、アンタは相当のバカだな」
男「ボクがバカ? どうしてです?」
俺「だってさ、アンタの能力の使い道なんて、いくらでも思いつくからさ」
俺「たとえばだ……たとえばよ?」
俺「もし、アンタが今ここで『5分後に大地震は起きません』なんて叫んだら」
俺「このカフェのお客はパニックになるぜ」
俺「なにしろ、地震が起きないってことを信じられなくなるんだからな」
俺「他にも、服従させたい奴に『ボクの命令に従わない方がいい』なんていえば」
俺「そいつはアンタのいうことを聞くようになるだろう」
俺「しかも今は通信技術が発達してるから、アンタの言葉を大勢に届かせる方法なんて」
俺「いくらでもある。テレビだとか……ネットとかでね」
俺「つまり、不特定多数の人間を意のままに操ることだってできる」
俺「まぁ、しつこいようだけど、俺はアンタのいうことを信じてないけどさ」
俺が一通り『能力の有効活用法』を話し終えると、
男はさっきまでとはうってかわって目を輝かせていた。俺は少しぎょっとしてしまった。
男「あ、ありがとうございます……!」
男「なんで今まで気がつかなかったかなぁ……あなたは天才だ!」
俺「え、えええ……!?」
我ながらどう考えても月並みなアイディアだったので、
お礼をいわれたり、天才だと持ち上げられても、まるで信じられなかった。
俺は自分が天才でもなんでもないことを自覚してるし、
俺でさえすぐ思いつくような活用法を、こいつが思いつけなかったなんてありえない。
からかわれてるのだ、と思った。
男「それではボクはこれで失礼します」
男「本当にありがとうございました! ──それじゃ!」
俺「……」
男は足早にカフェから出て行った。
俺は男の言っていたことをなにひとつ、これっぽっちも信じていなかったが、
なぜか心のどこかで
『取り返しのつかないことをしてしまった』という気分にもなっていた。
END
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