二宮飛鳥「盗んだバイク、ではないけれど」 (15)
とある休日。
見慣れた彼の姿を視界に捉えたのは、街をぶらついていた午前中のことだった。
「やあ、P」
「ん? おう、飛鳥じゃないか。奇遇だな」
声をかけると、向こうもボクの存在に気づいて近寄ってくる。
そんな彼の様子を見つめながら、ボクの関心は彼が隣に連れているある物に向けられていた。
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「キミ、バイクを持っていたのかい」
「ああ。親父のお下がりを譲ってもらったんだ」
「でも、バイクで通勤してくるのを見たことがないけど」
「家から事務所までは歩いてすぐの距離だからな。いちいちコイツのエンジン吹かせるのも手間なんだ」
苦笑を浮かべながら、Pは黒い車体を軽く叩く。
ボクはバイクに詳しくはないけれど、それでもこれが大型二輪に属するものだというのはなんとなく判断できた。
「結構な暴れ馬で、最初は乗りこなすのに苦労したもんだ。一度美世さんに貸したことがあるんだが、難なく運転してるのを見てさすがだと思ったなあ」
「容易に想像できる光景だね」
彼女は車やバイクが好きだから、運転の腕も確かなのだろう。
「でも、少し意外だな。Pがこんな重量級を乗り回しているなんて」
「俺だって大人の男だぞ? 多少ワイルドな部分も持ち合わせてるもんだ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
そういうもの、らしい。
「飛鳥は、バイク乗ったことあるか? 誰かの後ろに乗せてもらったりとか」
「ないよ。父も母も車しか運転しないから」
「そうか。いいもんだぞー、バイクで風を切るっていうのも」
「らしいね。実はボクも、前々から興味は持っていたんだ」
将来免許を取ったら、気の向くままにバイクで一人旅――なんてことに密かに憧れていたりする。
理由は、と聞かれれば……恥ずかしながら『格好良さそうだから』という子供染みた答えがまず初めに出てきてしまうけれど。
「……そうだ。飛鳥、これから暇か」
「特に用事はないけど」
「せっかくだし、俺と一緒に走ってみるか?」
バイクの後部座席をぽんぽんと叩きながら、Pはボクに笑いかける。
自分が楽しんでいる遊びに友人を誘うような、そんな気楽な感じだった。
「いいのかい」
「もちろん。といっても、そう遠出をするわけでもないけどな」
とりあえず海目指すか、なんて言いながら、彼は予備のヘルメットをボクに差し出した。
春風を正面から突っ切りながら、ボクとPを乗せたバイクは進んでいく。
唸りをあげるエンジンの音を聞いていると、なるほどPが言った通りの暴れ馬だなと素直に思えた。
「飛鳥。もっとしっかりつかまっとけ。振り落とされるぞ?」
「あ、あぁ」
彼の腰にまわしていた両腕に、力をこめる。
普段はPとここまで密着することはないので、どうにも変な気分になってしまう。
「そうそう。俺の腹を締め付けるくらいでいいぞ」
「それはやりすぎだろう」
「そのくらい遠慮なく力を入れろってことだよ」
笑いながら答えるPの顔は見えないけれど、声を聞くだけで上機嫌なのが伝わってくる。いつもはもっと落ち着いた雰囲気の人だけど、今はなんとなく子供っぽい。
「キミ……」
「ん?」
「意外とお腹が柔らかいね」
「なに!? まさか最近大人組に巻き込まれてビール飲みまくってたのが原因で」
「冗談だよ」
「……なんだ、驚かすなよ。20代ですでにメタボおじさんの兆候が出てるのかと思っただろ」
Pのテンションにつられて、ボクもつい下らない冗談を口にしたりしてしまう。
いつもと少し趣向の違う言葉のやり取りは、新鮮で、それでいて楽しいものだった。
「本当に大丈夫だよな? 平均的な腹だよな?」
「多分ね。……そもそも、男の腹の肉つき具合なんて知らないよ。触ったことがあるのはキミと父親のくらいだ」
「それもそうか」
納得したようにうなずくP。まあ、ボクの父の腹よりは引き締まっていたから、おそらく心配ないだろう。
「風が気持ちいいね」
「だろ?」
気候がちょうど良いというのもあるかもしれないけど、バイクの上で風を受けるのは想像以上にいいものだった。
ほのかに漂い始めた潮の香りが、海に近づいていることを教えてくれる。
「二人乗りは、よくするのかい」
「時々な」
「事務所の子を乗せたり?」
「いや、乗せるのは昔なじみの野郎ばっかりだ。考えてみれば、後部座席に女の子を乗せたのは今日が初めてだな」
「そう……ボクが最初か」
「なんかうれしそうだな」
「そうだね。キミの初めての相手というのも、悪くない」
正直自分でもよくわからないけど、気分は良かった。感情なんて理屈で測れるものではないから、深く考えることはしない。
考察を深めることはひとりでもできる。今は彼と一緒に、風を感じていたいと思った。
短いツーリングの後、ボクらは浜辺にたどり着いた。
「誰もいないね」
「シーズンじゃないからな。夏なら人であふれかえってそうだ」
「でも、この景色を独占できるのはいい」
打ちつける波の音に耳を傾けながら、しばらくの間二人で海を眺める。
「P。キミは海を見て、何を感じる?」
「え? そうだな……きれいだけど、ちょっと怖いかな」
「怖い?」
「ガキの頃、溺れかけたことがあるんだ。浮き輪が外れちゃってさ……マジで怖かったから、いまだに若干トラウマ気味」
頬をかきながら苦笑いを浮かべるPは、ため息混じりにそうつぶやいた。
とはいえ、別に海を見るのも嫌いという様子ではない。
「飛鳥は? 海を見てどう思うんだ」
「ボクは……青いな、と思う」
「……それだけ?」
「うまく言葉に表せないんだ。美しくもあり、神秘的でもあり、あまりの雄大さに恐怖さえ覚えなくもない」
色々な感情がごちゃ混ぜになって、なんと言ったらいいものか。
本気で頭を悩ませていると、Pはそんなボクを見て微笑んだ。
「やっぱり、飛鳥は感受性が豊かな子だな」
「それ、褒めているのかい?」
「当たり前だろ。アイドル向きな性質でもあるしな」
ぽん、と軽く頭をなでられる。少しくすぐったい。
十分海を眺めたところで、そろそろ帰路につくことにした。
「……今日はありがとう」
再びバイクにまたがり、Pがエンジンをかけようとする。そのタイミングで、ボクは彼にお礼の言葉を口にした。
「プライベートでキミとの時間を持てて、楽しかった」
「こちらこそ。またこうやって一緒に走れるといいな」
「互いが望みさえすれば、いくらでも機会はあるさ」
いつも接している人間相手でも、時と場所が異なれば受ける印象は大きく変わる。
今日の出来事は客観的には日常の一部だけれど、ボクにとってはひとつの非日常だった。
「また、ふたりで」
「そうだな。バイクに3人は乗れないし」
「……デリカシーがあるのかないのか、判断に困る返答だね」
「え?」
「なんでもない」
わからない、といった顔をするPだけど、ボクは気にせず答えないことにした。
「ほら、そろそろ行こう」
「あ、ああ」
ボクに急かされ、再びエンジンをかけようとするP。
しかし、キーを挿そうとした右手が直前で止まり、彼の視線は後部座席に座るボクへ向けられた。
「……なんだい?」
「いや……」
しばらく口を開いたり閉じたりしていた彼は、やがてしっかりとボクを見据えたうえで言葉を紡ぐ。
「あれだ。俺も……飛鳥とふたりきりでいる時間は、好きだ。今日一緒にいて、そう思った」
「………」
……参ったな。
ちゃんとデリカシー、あるじゃないか。
「飛鳥?」
「そうだね。ボクもそう思う」
変な表情になっているかもしれないので、さっさとヘルメットを被ってしまおう。
ボクの返事を聞いて、Pは満足そうにうなずいた。
「じゃあ、帰るか」
エンジンがかかり、騒がしい音が周囲に響き始める。
いつか免許をとって、自分でバイクを運転できるようになったとしても……たまにはこうやって、彼の腰に腕を回していたい。ふとそんなことを思った。
終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。
成長した飛鳥くんはバイクに乗る姿が似合いそう。
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