P「ヒーロー性欠落症候群」 (81)

地の文あり

 
 
彼女が抱えている【病気】のお話

 
 


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俺が南条光に出会ったのは、今から数ヶ月前の事。
その時はまだ、彼女の事がいつだって自分の夢を全力で追い続ける眩しい人に見えたんだ。
さながら、努力の天才。
さながら、漫画の主人公。

だからこそ出会って数分と経たないうちに、アイドルにスカウトした。
最初は嫌がっていたものの、これも君の夢に繋がるだろう、と説得したところ最初の嫌がりようはどこへやら、あっさりと了承してくれたんだ。
光となら、どんな壁も乗り越えてくれる彼女となら、トップアイドルになれる。そう、確信を持てたんだ。
だけどこの数週間、彼女と話すたび、仕事を一緒にするたびに、彼女の言動や行動に言い知れぬ不安を覚えるようになっていた。

最初はほんの些細な事だった。
「プロデューサー。いつになったらあたしはヒーローになれるんだ?」
昼下がりの事務所で、光が言ったそんな一言から疑惑は始まる。
「……えっと」
困惑する俺をよそに、光は熱く語りだす。
「どんどん夢に近づいて行ってるのは実感しているんだ。だけど、そろそろヒーローの予行練習をしたい!」

つまりは、アクション系の仕事がしたいという事か?
「わかった。じゃあそういう仕事を探してみるよ」
「うん!頼んだぞP!」
この時の俺は、彼女の言葉をそんなに真剣に捉えちゃいなかったんだ。
だって14歳の、しかも少女が、本気でヒーローに憧れてるなんてありえないと思ってたから。
いつか現実を知って、大人しくなるだろうと考えていたから。

「本当か?本当にヒーローなんだな!?ヒロインじゃなくて!!」
興奮気味に俺に迫ってくる光。それだけ待っていたという事だろう。
「ああ。ワイヤーアクションとかもあるから、結構辛いかもしれないが……」
あの日の後、俺は敢えてキツめのヒーローショーの仕事をもらってきた。
アクションや演技に使う体力はアイドルの物とは本質的に違う以上、恐らく今の光にとって非常に厳しいものになるだろう。
この仕事に懲りて、アイドルの道を本格的に歩んで欲しいと俺は願っていた。

「光ー?どこだー?」
それから数日経ったある日。インタビューの仕事の時間になっても光が事務所にやって来ない。
不機嫌そうな記者に態度で促され、仕方なく光を探すが、どこに行ったのかさっぱり分らない。何をしているんだ?
「……っ!……っ!」
一通り事務所内を探し回って、まさかと思いレッスン場に赴くと、ドア越しに声が聞こえてくる。
間違いない。光の声だ。

「光ー。お前仕事の時間―――」
レッスン場のドアを開ける、瞬間、俺は目の前の光景に絶句した。
「あ、ああ……Pか。ごめん。仕事、忘れてた」
ふらふらになりながら、レッスン場の中を走っている光。それだけなら、まだ、いい。
問題は表情だ。目の焦点が全く合っていない、そして顔からも生気が全く感じられない。
そして汗を一滴もかいていないのが、更に不気味さに拍車をかけていた。
いったい何時間走ればこんな状態になるんだ?
背中の辺りが気持ち悪い湿気を孕んでいく。

「お前、何時間走って……」
「アクションは……体力が重要だからな……」
そんな状態になっても尚走り続けようとする光を無理矢理抱きとめる。
誰が見ても満身創痍な彼女は、あっさりと俺の手の中に収まった。
「っ、びょ、病院!!」
携帯を取り出し、震える手で病院へ電話をかける。
想像以上に軽いこの体に、こいつはどれだけ重い物を背負っているんだ?

結局その後、光は救急搬送され一命は取り留めた。
医者曰く、「この状態でどうして走ってられるのか考えられない」との事。
なんと数時間走りながら、水分を一度も補給していなかったらしい。
塩分も補給していない事を考えると、俺が見つけなければどうなっていたか……

夜。お見舞いも兼ねて、光の病室を尋ねる。
ドアを開けると、腕に長い長い管を刺した何かが上半身だけを起こしてこちらを見ていた。
病室内は電気もついておらず、ただ爛々とした目だけが闇の中で輝いている。
「ひ、光?」
恐るおそる声をかける。もしかして病室を間違ってしまったのだろうか?

「ああ、Pか!ご、ごめん。点滴でここから動けないから、電気もつけられなくて」
聞こえてくる声は間違いなく光のものだった。不安が安堵へと変わっていく。
「そ、そうか。じゃあつけても大丈夫か?」
「うん!お願い!」
ぱちりと電気をつけると、先ほどまでの様子はどこへやら、元気いっぱいな光がいた。
なんだか心配して損をした気がする。

「さっきまで眠ってたから、看護師さんが電気を消したまま部屋を出て行って」
何かの曲だろうか。光はリズムよくベッドに備え付けの机を指で叩いていた。
「なるほど……それで体調は?」
「もう大丈夫だ!心配かけてごめん」
ぺこり、と可愛らしくこちらへ礼をする。
これならもう大丈夫だろう。

「いくらヒーローショーの仕事が楽しみだからって、無茶はするなよ」
「そ、そうだP!ヒーローショーの仕事、あたしは出られるのかっ!」
バン!と両手で興奮気味に机を叩く光。どうも一番の心配事がそれだったらしい。
「まだ日にちはあるから大丈夫だ。リハビリ後、正しいトレーニングで体力を付けていけば間に合うから気にするな」
頭を撫でてやると、「そうか」と嬉しそうにはにかむ。
この一件で俺は、どれだけ光がヒーローというものに固執しているのかがわかった。
……いや、わかった気になっていたんだ。

結論から言えば、ヒーローショーは大成功で終わった。
「悪の化身よ!消え去れー!!」
赤いマフラーと衣装を身に纏った光の蹴りがワイヤーに釣られ、悪役へと吸い込まれていく。
そして悪役に蹴りが命中し、台より吹っ飛ぶと同時、子供達から歓声が上がった。
「正義は勝つ!」
決めポーズで叫ぶ光は、大人の俺から見ても素晴らしく決まっていた。

地獄の特訓を努力と根性でやってのけた光には凄い才能があるとトレーナーさんは興奮していた。
皮肉のようになってしまうが、光にとっても何時間も水分補給無しで走り続けるよりは簡単だっただろう。
「P!どうだったどうだった!?」
年相応のはしゃぎようで俺に抱きついてくる光。俺はそんな彼女の頭を、優しく撫でてやった。
「沢山練習した甲斐があった!アイドルをやっていた甲斐があった!」
おいおい、アイドルは二の次かよ―――と俺は冗談のつもりで言ったのだが。

光はまるで常識知らずを相手にしたような様子で、
「当たり前だろ?」
そう、言った。
あまりにも純粋すぎるその一言に、俺は二の句が告げなくなってしまう。

「あたしはヒーローになるために、アイドルになったんだ!そうだ!もっとあたしがアイドルの仕事を頑張れば、こんな機会も増えるんじゃないか!?」
「そ……そう、だな……」
いつもより饒舌に語り始める光を前に、俺は思わず聞いてしまう。
「ど、どうして光はヒーローになりたいんだ?」
投げかけられた疑問に対し、光は一瞬の硬直の後、顎に手を当てて何事か考え始めた。

「Pになら、話してもいい。相棒だからな!」
だが一分も立たないうちに、にかっと笑顔を浮かべる。
そして俺は光が何故そこまでヒーローに憧れるのかを聞き、そして同時に驚愕した。

「あたしな、子供の頃、凄くかっこいいヒーローショーを見て、それで思ったんだ。こういうヒーローになりたいって!」
何か複雑な理由があるのだと思った。
そこまで努力するには、何か特別な思い入れがあるんじゃないのかと邪推した。
しかし、その理由はあまりにも【普通】過ぎた。

そしてその普通の理由は、俺の中にある疑問を抱かせるには十分すぎた。
「―――たった、それだけで?」
気付いた時には遅かった。思わず口をついて出てしまっていた。
「それ、だけ……?」
冷や水を浴びせられたかのように、テンションが下がる光。
表情が、仮面のように凍りついている。

「それだけでも十分なんだ!あたしがヒーローになりたいって理由はっ!!」
ぐい、と胸倉を掴まれ、壁際へと押しやられる。
14歳の女の子の力だ。大人の俺からしたら、簡単に振りほどけるはずだった。
だが、振りほどけなかった。光の表情が、あまりにも鬼気迫っていたから。要はビビってしまったのだ。

「……ごめん。あたしも、頭に血が上ってた」
必死に弁解する事数分、やっと落ち着いてくれた光が俯きながら言った。
「いや、俺こそすまなかった。光の大切なものを、踏みにじるような質問をして」
大の大人が14歳の少女に頭を下げているこの様子を、第三者が見たらどう思うだろうか。
「着替えてくる。少し、時間かかるかも」
光が逃げるようにして楽屋へと戻っていく。きっと気持ちを整理する時間が必要なのだろう。それはお互い様だ。

疲れて寝てしまった光を後部座席に乗せ、女子寮に向かって車を走らせる。
運転しながらも、あの時俺の頭のをよぎった疑問はどんどん膨らんでいく。
たったそれだけで、どうしてぶっ倒れるまで走り続けられる?
たったそれだけで、どうしてヒーローに対して以上な執着を見せられる?

自分が14歳の頃は何を考えていたか。そうだ、教師になろうと思っていたはずだ。
とても好きな先生がいて、その人のようになろうと考えていた。
しかし14歳で、その時、教師になるための努力をしていたかと問われると、「NO」としか答えられない。
いやむしろ大半の人間が「NO」と答えるだろう。

しかし後ろで寝ている彼女はどうだ。
見ようによっては、素晴らしく立派に見えるかもしれない。
叶うかもわからない未来に向かって、ありふれた理由を手に、ひたむきに走り続ける少女。

しかし俺はそんな彼女に、恐怖心にも似た何かを覚えていた。
ヒーローになるためなら彼女は何でもしてしまうのではないか、
このアイドルという職業さえも、簡単に放棄してしまうのではないか。
思えば前兆はあった。

散々アイドルになる事を嫌がったのに、彼女の夢を肯定した瞬間の手のひら返し。
病院に送られるまで走り続けての体力作り。
夢の一部を否定された事に対する異常なまでの感情の昂ぶり。
これらの全ての根底に存在しているのは、光の「ヒーローになりたい」という願いだけ。

「ん……P……ごめん……」
どきりとしてミラー越しに光の様子を伺う。しかし彼女は規則正しい寝息をたてていた。
―――彼女はどこまでの事ならするのだろう。
頭を二三度降って、運転に集中する。
ただ一度浮かんだ嫌な考えは、暫く消える事はなかった。

そして事件は起こってしまった。
「動くな!!」
光がデパートにて、最新のおもちゃ事情について学ぶ番組の収録中、
よりにもよっておもちゃ売り場のフロアに、拳銃を持った男が押し入ってきたのだ。
強盗なんて100年生きてたとしても一回遭遇するかどうかなのに、どうしてこのタイミングで!

「光、じっとしてろ」
そう言って光を抱きしめる。プロデューサーとして、彼女だけは守りきらなければと思っての行動だった。
男が何かを叫んでいる。よほどの興奮状態であるのだろう。近づくのは危険だ。
運がいい事に、俺達のちょうど後ろに非常階段がある。そこまで光を移動させる事ができれば―――

と、そこで気付いた。光が震えている。
いくらヒーローに憧れるとはいえ、中身は14歳の少女、このような危険に直面したなら当然か。
しかし、彼女が震えていたのは恐怖からではなく、
瞳の奥に宿る正義の心は、もう隠せないほどに燃え上がっていた。
それに気付いた時には、光は俺の腕の中から男に向かって走り出していた。

「悪人め!覚悟しろ!!」
そう言って、おもちゃの剣を片手に走っていく光、
「っ、馬鹿!!」
慌てて光を追いかけようとするが、足が思うように動かない。恐怖で震えていたのは俺の方だった。
「―――!―――!」
興奮状態の男は金切り声をあげながら、拳銃を走ってくる光へと向ける。

しかし光は怯む事なく、全速力で駆けていく。
その姿はまさしくヒーロー。
その姿はまさしく愚か者。
おもちゃの剣が振り上げられる、
同時に発砲音がフロア内に鳴り響いた。

「なぁP!やっと見つけたんだ!」
「……そうか」
とある仮面ライダーのDVDを嬉しそうに【左手】で俺に向かって掲げる光。

結果として言えば、幸運にも銃弾は逸れて光の右腕を捉えた。
だが光は左手だけでおもちゃの剣を振り抜き、男の頭にクリーンヒット。
男は気絶、光は右腕を銃弾で貫かれて負傷という結果に終わった。
笑い話や作り話のようだが、包帯まみれの光の右腕を見るといつも現実に引き戻される。
傷は完治し、痕は残らないとお医者様は言っていたが、どうしても直視する事ができない。

あの日から俺は光に付きっ切りでプロデュースする事になった。
他のメンバーに関しては、ちひろさんがもっと有能なプロデューサーを配属してくれるらしい。
今回の件、下手をすれば裁判、最低でも辞職は覚悟していたのだが、光の親御さんが
「いつもの事ですから」
と、口ぞえをしてくれたお陰で訴えられる事も、職を失う事もなかった。

その時の光のご両親の顔は忘れる事はできない。
まるで全てを諦めているかのような―――そんな表情。
後で話を聞いてみれば、動物を守るために車に轢かれる事などしょっちゅうで、
困っている人を見つけたからと台風の中出かけていくのも日常茶飯事なのだと言う。

「ほら見てくれ!この仮面ライダー!」
光はDVDの仮面ライダーのある部分を俺の顔へと近づける。
俺はこの後に続く言葉がなんとなく予想できてしまって、背筋がゾッとした。

ありふれた理由だけで、自分の限界を越えるような体力作りをして
自分の夢のためならアイドルを辞める事も恐らく厭わない、
そして困ってる人や悪人がいると、平気で自分の命さえもかけられる彼女は
いつものように素敵な笑顔を浮かべて、こう言った。

「なぁP! 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もし片腕がなくなっても、ヒーローになれるんだ!」

 
 
おわり

挫折を知らない人間は見ていて恐ろしいものを感じてしまいます。
 
では、ありがとうございました。

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