男「島村卯月」 (17)

注意
・オリキャラ
・短い
・地の文のみ


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俺には幼馴染がいた。

名前は、島村卯月。

どこにでもいる、笑顔が素敵な普通の女の子。

……だった。少なくとも俺にとっては。

だが、いつしか彼女は普通の女の子ではなくなってしまっていた。

彼女がその、普通の女の子でなくなってしまったのはいつからだろうか。

彼女が、アイドルを目指したいといい始めたころだろうか。

養成所に通い始めたころだろうか。

大きな事務所に所属したころだろうか。

初ライブをこなし、人々に顔を覚えられ始めたころだろうか。

次のライブが思うようにいかず、体調を崩したころだろうか。

頑張りが認められて、多くのファンが出来たころだろうか。

大きな会場で彼女の属するグループのファンたちが埋め尽くすなか、行われたライブを終えた頃だろうか。

彼女の名前が誰も知らぬことがないほどの、大人気アイドルとなった頃だろうか。

それとも


いつかの夜、俺の知らない大人の男にすがりつくように泣いている姿を見た頃だろうか。

そのどれかは俺にはもう解らない。

いや。

解りたくないのだ。

彼女が俺の手の届かない存在になったということを認めたくないのだ。

俺の知っている女の子は、もうどこにも居ないということを、認めたくないのだ。

そうしたとしても、何も変わるはずはないのに。

テレビの向こうが彼女の居場所。

テレビの前が俺の居場所。

距離じゃない。

世界が違う。

テレビの液晶に写る絵に触っても、そのものに触ることが出来ないように。

声を掛けても、その答えがないように。

彼女と俺の世界はもう既に、無数のもので隔たれているのだ。

今の彼女と今の俺を繋いでいるものはもう何もない。

つながっているのは、今の俺と昔の彼女だけだ。

それも互いにではない。一方的な繋がり。

今を生きる俺たちにとって、何の意味もないもの。

むしろ、俺の生き方を阻害する邪魔なものだ。

それだとしても。

それだとしても、俺はそれを手放すことが出来ない。

仄かに残る温かみを、手放すこと出来ない。

生き物は、極寒の中で温かさがなければ生きていけない。

俺にとってそれは、極寒の中の熱源と同義だった。

それを捨てて極寒の中を歩いていけるほど、俺は強くなかった。

いつか、捨てなければいけない時が来ることは解っている。

自身、それを捨ててしまいたいとも願っている。

だが、俺の何かがそれを許さなかった。

この、仄かに暖かい、思い出を。

笑顔が素敵な普通の女の子と過ごしたという、思い出を。

絶対に捨てることなど、許さなかった。

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彼女が普通の女の子でなくなってから、何年過ぎただろうか。

俺が仄かな温かみに溺れ始めてから、どれほど時が立ったろうか。

結局俺は生温い泥沼のような思い出から、抜け出すことが出来ずに居た。

しかし、全く抜け出そうとしなかった訳ではない。

何度となく抜け出す努力をし、引き上げてくれる人を探した。

しかし努力は全て水泡に帰し。

引き上げてくれる人は、皆、生温い沼から離れていった。

原因は全て俺にある。

そうだと解っていても、俺はその原因を取り除くことが出来なかった。


今日も変わらず、その泥沼に身を委ねようとした時、ふと体がそこから引っ張り上げられた。

「島村卯月、アイドル引退」

その、文字列によって。

目が覚めるようだった。

ようやく、この泥沼から抜け出せるような気がした。

俺は手をつけていた仕事を放り投げ、その場から駆け出していた。

向かったのは、彼女と思い出を重ねた公園。

なぜその場所に向かったのかは解らない。

ただ、何故か。

何故か、彼女がそこに居るような気がしたからだ。

そのことに何の根拠もない。

しかし俺の脚は、そこへと駆け出していた。



心臓が暴れ、足が酷使に震える。

それでも俺は駆けた。

彼女に会うために。

仄かに暖かい泥沼から抜け出すために。


神様なんて居ない。

俺はそう思っていた。

しかし、俺はこの日、初めて神様の存在を信じた。

駆け出し、向かった先。

そこに確かに卯月は居た。

居るはずのないと思っていた彼女が確かに居た。

姿かたちは昔の彼女とは大きく違っていたが、確かに彼女は島村卯月だった。




ただ、そこに居たのは彼女だけではなかった。


そこに居たのは、巨躯、と言ってもいいほどの大男。

いつか俺が見た、卯月がすがりつき、泣いていた男だった。

二人は寄り添い合い、幸せそうに笑っていた。

それを見て、ようやく俺は認めることが出来た。




彼女は既に、笑顔が素敵な普通の女の子ではないのだと。


悲しくはなかった。

むしろ、清清しい気持ちだった。

ようやく俺は、あの生温い泥沼から抜け出せたのだ、と。

無ければ生きてゆけぬ、と思っていたものを捨てることが出来たのだ、と。

しかし。

しかし、何故か。

何故か、俺の瞳から涙があふれ出た。

何も悲しくないはずなのに。

嬉しい事の筈なのに。

ただ、ただ。

涙があふれて。

止めることが出来なかった。




終わり。
久々にSS書いた。
誤字脱字あったらごめんなさい。

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