恭子「宮永を監禁してもうた……」 (193)
降り注ぐ太陽の熱が熱い。
肌にまとわりつくような汗。べたつく不快感。
照りつける夏の陽の下。
ボーっと突っ立ったまま、恭子は眩暈のする様な感覚に
眉をひそめて通学路に立っていた。
制服には薄っすらと汗が滲み、
小刻みに手が震えている。
洋榎「恭子、どうしたんや?顔色が悪いで」
立ち尽くす恭子に、不意に心配げに声をかけきたのは
同じ麻雀部の洋榎だった。
いや、もう引退してるから元がつくが。
聞こえているのかいないのか。
恭子は振り返ることもなく、額に手を当て立ったままだ。
洋榎は仕方なく恭子に近寄って、その肩を軽く掴んだ。
その途端ぐらりと恭子の体が傾いだ。
洋榎「恭子!!」
焦った洋榎が叫ぶが、
倒れこんだ恭子は既に意識がなかった。
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遠くからぼんやりと聞こえてくるチャイムの音を耳にしながら
恭子は薄っすらと目を開けた。
白い天井と、そこから垂れ下がる真っ白なカーテンが
ここが保健室であるということを教えてくれた。
覚醒しきらない頭が思考を阻む。
何度か瞬きをすると、ぼやけていた視界がクリアになってくる。
恭子「あ……、私また倒れたんか……」
だるそうに額に手の甲を乗せてため息を吐く。
今日起きてから、一体何度ため息をついたことだろうか。
恭子「何でこんなことになってしまったんかな」
答えなど解っていると言わんばかりの口元を堅く結んだ。
恭子「全部アイツのせい、やんな」
保健室のベッドに横たわったまま彼女のことを考えている自分に気づき、
恭子は薄く苦笑を浮かべた。
拭っても拭っても、拭い去れない記憶の断片。
目を閉じると鮮やかに蘇る彼女の面影。
恭子「宮永咲……」
彼女の存在こそがこの何日も恭子の思考をかき乱し、
眠りすら妨げていた。
インターハイ決勝戦。
恭子は咲の姿に釘付けになっていた。
ビジョンを通して、じっと瞳を凝らして咲を見つける。
咲が眉を顰めれば自分も顰める。
咲が驚けば自分も驚く。
相手の表情につられている自分。
怖いと感じながらも、瞳をそらす事などできなかった。
それからというもの、恭子の生活は一変した。
遠く長野の地まで足を運び、遠くから咲の姿を眺める。
眩暈のしそうな感覚が、咲を視界に捉えている時だけ和らいだ。
それは不思議な感覚。
恭子はひたすら求めた。
麻薬患者が薬を求めでもするかのように。
その日の夜。
恭子は眠れないままにベッドの中で瞳を開けたまま天井を見つめていた。
薄暗い部屋の中、視界は冷めるばかり。
恭子「……また、眠れんわ……」
当たり前になりつつある言葉を吐き、
のそりと体を起こした。
恭子「水でも飲んでくるかな」
部屋を後にして深夜の階段を降りかかり
点いている筈のないリビングの電気に気がつき、一瞬足を止めた。
首を傾げ、恭子は再び歩き出す。
半開きだった扉を開けると、母親が何やら忙しく出かける用意をしていた。
時計を見ると深夜3時を回っている。
恭子「何や、こんな時間に」
怪訝な顔で立ち尽くしている娘に気がつき
母親は手を止めてこちらを見た。
母「ああ、起こしてしもうた?ごめんな」
謝りながら再び手を動かしはじめる。
そんな母親を横目で見ながらソファに腰掛けた。
もの言いたげな娘に、母親は手を休めずに口を開く。
母「おばあちゃんがな、倒れたらしいんよ。暫く向こうで看病せんとあかんから、留守番頼まれてくれるか」
母親の顔色は思わしくない。
恭子(心配、なんやろな……、大丈夫なんかな……)
そう思いながら恭子は返事をする。
恭子「心配いらんで。小さい子供でもないし、まだあと2週間は夏休みやしな」
自分のことは心配いらない。
そう告げた娘の気遣いに母親は安堵の表情を浮かべた。
母「そうか?なら行ってくるな」
恭子「気いつけてな」
母に声をかけながら立ち上がり、コップを持って水道の蛇口を捻る。
生温かい水を2、3口飲んでリビングを後にした。
恭子(ほな、この家に一人か……)
父親は出張中。いつ帰ってくるかなんて分からない。
そして母は祖母の看病。
恭子はため息を吐いて自分の部屋に向かった。
恭子(気分は滅入る一方やな)
階段を上がっていく足取りが重い。
相変わらず気分は晴れなかった。
部屋のベッドに戻り横になる。
見飽きた天井を見つめ、小さく首を振った。
恭子(ついてへんことばっかりや)
心の中で呟きつつ眠ろうと目を閉じた。
耳鳴りがする。
瞳の奥がズキズキと痛む。
恭子はもそりと身体を起こした。
掛け布団が半分ほどベッドから落ちている。
恭子「……いつの間にか寝とったんか」
いまいち覚醒しきらない頭で窓に視線を向ける。
もう陽は高く昇っているようだった。
ついていたはずのエアコンが止まっている。
恭子「寝苦しいはずやわ……」
小さな欠伸をして時計を見た。
恭子(11時半か……)
今日は日曜で急ぐ用事もない。
恭子はゆっくりとベッドから起き出して下へと降りていった。
がらんと静まったリビングのテーブルには書置きが置いてあった。
母からの手紙だ。
恭子「どうせ当たり前のことしか書いてへんやろ」
ちらっとそれを見ただけで、気分転換にシャワーを浴びようと
リビングを後にした。
シャワーを浴びた後、部屋でDVDを見たり勉強したりして何気なく過ごした。
一度洋榎から一緒に遊ばないかと電話があったものの、
面倒に感じてそれも断りひとり部屋で過ごしていた。
不意にぐぅっと自身のお腹が鳴る。
そういえば朝から何も食べてないことに気づく。
恭子「何か食べるかな」
独り言をぼやきながら開けた冷蔵庫には何も入っていない。
料理の苦手な恭子は仕方なくコンビニに買い物に行くことにした。
外へ出ると、生温かい空気が恭子の身体を包んだ。
特に急ぐ理由もなくのんびりとした足取りで歩道を歩く。
ふと前を歩く人影に気がついた。
特徴的な、尖った前髪。
恭子の鼓動は一瞬にして高鳴った。
見間違えかと目を凝らすが、確かにそこにいたのは咲だ。
あれだけ見続けてきた相手を見間違うはずもない。
引き寄せられる様に速まる足に自分自身で戸惑いを感じながら、
咲へと歩み寄っていった。
恭子「宮永……?何であんたがこんな所におるんや?」
不意に名前を呼ばれ、咲が戸惑い気味に振り返る。
咲「あ……姫松の、末原恭子さん……」
恭子の顔が一瞬緩む。
恭子「私の名前、ちゃんと知っとったんやな」
小さく笑った恭子に気づかず、咲はぼそりと答える。
咲「こないだのインハイで対戦したばかりですし。それに……」
咲「末原さん、最近うちの学校でよく見かけたから」
咲はちらりと恭子を見た。
その瞳が「何をしに来ていたの?」そう問いかけている。
恭子はそれに気づかないふりで視線をそらし、言葉を続けた。
恭子「それにしても、どないしたん?ここへは旅行か何かか?」
咲「お父さんが今大阪に出張してて。それで服とかを届けに来てたんです」
恭子「ふーん。ほんなら今から帰る途中やったん?」
咲「はい。でも道に迷ってしまって……」
じわりと潤んだ咲の瞳に釘付けになる。
同時に思いがけない幸運に口の端がつり上がった。
恭子「なあ宮永、お腹空いてへん?うちの家、すぐそこやから良かったら寄ってかへんか?」
咲「え、でも……」
恭子「その後で私がちゃんと駅まで送り届けてやるから」
咲「いいんですか?あ、ありがとうございますっ」
恭子「ほんなら……」
言葉を続けようとした恭子の身体が大きくよろめいた。
咲「末原さん!?」
意識が薄れそうになる中、恭子は片膝をついて頭を抱え込んだ。
咲は咄嗟の事に訳が分からず恭子の肩を揺さぶった。
咲「大丈夫ですか末原さん!?」
心配そうに覗き込んでくる咲。
恭子はゆっくりと顔を上げ、咲を見て微笑んだ。
恭子「……大丈夫や。すまんな、ビックリさせて」
咲「いえ……あの、私の肩に掴まってください」
恭子「ありがとうな、宮永」
咲に凭れかかる形になった恭子の鼓動がばくばくと音を立てる。
自分の身体に咲が密着している。
乾ききった喉にごくりと生唾を飲み込んだ。
恭子(離したくない……)
揺らぐ瞳をぐっと瞑り、咲に触れている部分に熱が点る。
恭子(離されへん……コレを離したら、もう二度と触れられんかもしれへん……)
熱かった。インターハイの日から。
眠りすら妨げられ、食欲すら忘れ、それほどまでに想った相手が今傍にある。
焦がれ続けた咲の身体から手を離してしまう事など
到底出来るはずもなかった。
咲「末原さん、本当に大丈夫ですか?」
気遣うような咲の声音などもはや恭子には聞こえていなかった。
見開いた目は僅かに笑み、咲を見つめている。
その瞳の色が濁りきっていたことに、咲は気づくことが出来なかった。
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――――――――
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長野某所
???「(キュピーン!)咲さんに危険が迫っています!!」
東京某所
???「(ピキーン!)…咲が危ない」ギュルギュルギュル
手足が重たい。
咲は閉じていた目をうっすらと開けた。
薄暗い視界に見慣れない棚が見える。
少し視線をずらすとベッドの脚らしきものが見えた。
咲(ここ、どこ……?)
静けさの広がる室内には、規則正しい時計の音が木霊しているだけで
他に聞こえてくる音といえば、冷たい風を絶えず送りだしている
エアコンの低いモーター音だけだった。
はっきりと覚醒しきらぬ頭。
曖昧な記憶。
思考を巡らせようと、咲は床に転がっていた身体を起こそうとして
初めて自分が置かれている状況に気がついた。
両腕は後ろ手に縛られ、両足も同じように拘束されている。
口は何かテープのようなものでとめられ、
声を出すこともできない……そんな状況だった。
時間がたつにつれ段々と記憶が鮮明になっていく。
確か、父の出張先から帰る際、恭子と出会って彼女の家に招待されたはず。
そこで出された紅茶を一口飲んだ途端、
急激に意識が薄れていって……
そこから先の記憶はぷつりと途切れていた。
咲「……っ」
まさか、この状況は恭子が仕出かしたものなのか。
でも一体何のために?
そんなこと分かるよしもなく、咲は床に転がったまま暫し絶句する。
ふいに自分の後ろで扉の開く音が聞こえた。
瞬間、咲の身体が強張る。
恭子が今、自分の後ろに立っている……
薄暗い部屋の床に、扉の隙間から洩れる明かりが細長く伸びていた。
その明かりが段々と伸び、幅を広げていく。
そこに映し出される影。
恭子「……起きたんか」
咲「っ!!」
聞こえてきた声に、咲は息を飲み込んだ。
近づいてくる足音。
手を伸ばされた気配に身体がぎゅっと縮こまる。
咲(誰か助けてっ!!)
ぐいっと顔をそちらに向けられた咲は恐怖に瞳を閉じ、
口を塞がれていることも忘れ叫んだ。
実際は頼りないような呻き声を上げたようにしか聞こえなかったのだが。
咲「ん~~っ!!んん~~っ!!」
そんな咲を恭子は両手で揺すった。
恭子「静かにせい!騒ぐなって……」
しかしパニックに陥っていた咲にそんな声が届くはずもない。
咲「んん~~っ!!ん~っ!!ん~っ!!」
次の瞬間、咲の右頬に平手が飛んできた。
バシッ!という音が耳元で響き、痛みが咲を襲う。
咲「……っ」
その衝撃に咲は一瞬動きをとめた。
驚きで見開かれた瞳を恭子に向ける。
恭子「かんにんな……こうせな静かにしてくれへんやろ」
そう呟きながら、咲の身体を抱き上げてベッドの上に乗せた。
スプリングの軋む音が静けさの中に響く。
恭子はベッドの縁に座ると、果物ナイフを取り出して咲の顔に近づける。
キラリと光る刃先が、咲の恐怖心をじわじわと煽っていく。
咲「ん~……」
怯えた声音をくぐもらせ、咲は刃先から視線を逸らす。
ヒヤリとした冷たい感触を頬に感じた。
多分、少しでも動けばそこに傷がつく……
震える身体をどうすることもできないまま身を堅くした。
恭子「暴れへんって約束してな……。そんで、叫ばへんと……」
相手の言葉に咲は小刻みに頷く。
恭子はその返事に小さくため息を漏らし、咲の口元のテープをビリッと剥がした。
咲「助けて~~!!」
瞬間、咲が力いっぱい叫ぶ。
恭子は慌ててその口を手のひらで押さえた。
咲「ぅっ!!」
そして再び部屋に頬を打つ音が響いた。
じんじんと広がる痛み。切れた咲の口元に赤い血が滲む。
激痛と恭子の気迫に咲は力なく押し黙る。
そんな咲の喉元にナイフが突きつけられた。
恭子「今度やったら容赦せえへんからな」
咲「ひいっ……」
身体を大きく震わせながら頷く。
殺されるかもしれないという恐怖に咲の瞳が揺れる。
口元が自由になっても叫ぶことはできなかった。
咲の様子を見て安心したようにナイフをしまい込む。
一瞬の沈黙の後、恭子は咲の切れた口元へと手を伸ばした。
咲「……っ!!」
また殴られる!そう思った咲は思わず目をぎゅっと閉じた。
しかしその手は優しく傷に触れてきた。
顎に人差し指を添え、まるでキスでもするかのように……
親指で優しく傷を撫でられる。
戸惑う咲の目に、恭子の済まなそうな表情が映る。
咲(どうして……)
恭子「痛かったやろ……すまへん。あんなに暴れるとは思わんかったから」
その恭子の言葉に、咲の中で困惑が広がる。
咲「どうして末原さんは、こんなことするんですか……?」
遠慮がちに聞いた咲に恭子は苦笑した。
そして答える。魔が差したのだと。
咲「それなら……家に帰してください。今なら、なかったことにしますから……」
震える声音で囁く咲の言葉に、恭子は一瞬動きを止めた。
咲をじっと見つめた後、首を横に振る。
恭子「それは無理や。あんたは帰せへん」
咲「どうしてっ」
恭子「あんたの事が好きやからや」
諦めに似た苦笑を浮かべながら恭子が囁く。
咲は言われた言葉を一瞬理解できなかった。
咲(え……?末原さんが、私を好き……?)
沸いてきた疑問は、頬に感じる冷たい刃物の感触によってすぐにかき消される。
咲「あ、あのっ……私、悪いんですけど……」
恭子「言わんでも分かっとるわ。あんたが私のことなんて何とも思ってないことくらい」
咲「な、なら……」
間髪いれずに咲が身を乗り出す。
が、恭子は咲の身体をベッドに押し倒して馬乗りになった。
咲「っ!!」
咲の顔が一気に強張る。
力強く掴まれた肩が軋む。
咲(い、いや……っ)
小さく首を振る咲を、恭子は静かに見下ろす。
押し付けられていた肩の痛みが徐々に和らいでいく。
恭子「そんな怯えた顔して……ヤられると思ったんやろ」
苦笑した恭子は咲の上から退き、背を向けた。
恭子「やるだけで満足できるんなら、あんたが気失ってる時とっくにやっとるわ」
小さく呟いた恭子は振り返り、咲の頬を撫でた。
ぞっとするほどの優しい手つきだった。
咲「……っ」
思わず咲はふるりと身体を震わせる。
恭子「私はな、愛されたいんや……あんたに」
咲は黙ったまま恭子を見つめた。
その秀麗な顔が苦痛に歪むのを、静かに見ていた。
恭子「だからあんたを帰さへん。あんたが私のことを好きになってくれるまで……」
咲「……私、あなたのことを好きになったりしません」
咲「こんな事されて……好きになんてなれる訳ありません……」
声を震わせながら、でも最後まで言い切った咲。
その言葉に恭子は小さく笑った。
恭子「そうかも知れへんな……。けど、試してみな分からんやろ」
恭子「せやから、宮永にはこれから私と過ごしてもらうで……帰ることは諦めてな」
静かな口調でそう告げた恭子は、
咲の口に再びテープを貼り付けた。
咲「ん~~っ!!」
途端に暴れ出した咲の喉元にナイフを近づける。
そして切なげな声音で言った。
恭子「逃げようとか思わんでな。宮永を傷つけたいわけとちゃうんやから……」
咲は黙る。
だが頷きもしない。
ベッドの下に降り、
恭子は床に布団を敷いて寝転がる。
その夜はそのまま何も起こらずに更けていった。
咲の不安な心と。
恭子の痛いほどの妄執を抱えたまま。
とりあえずここまで。
続きはまた来週。
咲「先輩!?何やってるんですか!やめてくださいよ、ホントに!?」
恭子「暴れんな!暴れんなや…!」
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――――――――
―――――
身体にまとわりつく汗の不快感に咲は目を覚ました。
頭がズキズキと痛む。
いや、頭だけでなく体中が痛んだ。
無理な体勢で身体を縛られたまま、気を失うように眠りについた咲は
朦朧としている頭を軽く振った。
身体の上には冷房の冷たい風から気遣うように
夏掛けの布団が掛けられていた。
しかし冷房は止まっている。
おそらくタイマーが切れたのだ。
今は8月の中旬。
どの位前に冷房が止まったのかは分からないが、
部屋の気温は上がりに上がっていた。
締め切った室内は外の気温をはるかに上回る。
その上、咲の身体には薄いとはいえ布団が掛けられている。
咲(暑い……、誰か助けて……)
咲の寝かされている場所から時計が見えた。
時間は昼の12時を過ぎたところだった。
咲は仕方なく布団からだけでも逃れようと、
身体をくねらせて掛け布団を退かそうとした。
ダンッ!!
大きな音を響かせて、咲の身体がベッドから落ちた。
咲「んっ~~!!」
痛いと叫んだつもりでも、今の咲にはそれが不可能。
口を止めているテープが声を出すことを阻止する。
どうにか自分の身体を覆っていた布団から逃げ出せたものの、
蒸し暑い部屋に取り残されている状況は変わらない。
咲は助けを呼ぼうと壁を思い切り蹴り、
ありったけの声で叫んだ。
どんどんと蹴る足が痛い。
荒くなる呼吸が苦しい。
だがどんなに壁を蹴っても何の反応もなかった。
静かすぎるほど静かで、周りには誰もいないようだった。
この家の住人は今誰もいないのかも知れない。
そう思い、咲は床に耳を当てた。
案の定、この家からは何の音も聞こえてこない。
換気扇のようなモーター音が響いているだけ。
咲はがっくりと肩を落とした。
咲(誰もいないんじゃ騒いだって無駄だよ……)
深くため息を吐いた咲は、
なるべく動かないよう静かに恭子の帰りを待つことにした。
咲(下手に動いてたら体温が上がっちゃうし)
何もしていなくてもじわじわと汗が滲んでくる。
咲はさっきまで暴れていた事を後悔した。
叫んだ喉が痛い。
額を流れる汗が目に入る。
咲(辛い……)
汗を拭うことも出来ない。
長時間塞がれた口で酸素が不足し、意識が朦朧としてくる。
暑さと息苦しさがこんなにも辛いものだという事を、
咲は初めて知った。
時刻を見ると午後3時すぎ。
咲の思考は止まりつつあった。
咲(もう……考える事が面倒くさい……)
その時、玄関からガチャッと扉の開く音がした。
咲は霞がかった意識の中でそれを聞いていた。
階段を上がってくる恭子らしき人物の足音。
咲(はや、く……来て……)
漸く部屋の扉が開かれる。
恭子は一瞬ぎょっとして咲を凝視した。
蒸し返るような暑さの部屋に、
咲の瞳は虚ろに開かれたまま床に横たわっている。
汗で髪は肌に張り付き、床には汗の水溜まりが出来ていた。
慌てて恭子は咲へと駆け寄った。
恭子「宮永!!大丈夫か!?」
咲の口からテープを剥がすと、
何やらもぞっと口を動かした。
恭子「ん、何や?」
咲の口に耳元を近づけると、
僅かに囁かれた声が聞こえてきた。
咲「……み、ず……」
恭子「!!待っててや、今持ってくるから!!」
そう叫ぶと咲を床に寝かせたまま1階へと下りていった。
咲(た、助かった……)
咲は大きく息を吐いた。
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――――――――
―――――
ようやく冷房がかけられた部屋のなか。
咲は恭子が手に持ったペットボトルのミネラルウォーターを夢中でストローで飲んでいた。
恭子「すまんかったな。冷房のタイマーが切れてるとは思わんかった……」
恭子「学校の図書室で調べ物しとってんけど、早めに切り上げてよかったわ」
他に目もくれず夢中で水を飲む咲へと言う。
口の端から、急ぎすぎて零れた水が僅かに滴る。
そんな咲の口元に思わず恭子は釘付けになった。
ストローを咥える唇が愛らしく光る
恭子「………」
咲はそんな恭子の視線に気づかず水を飲み干していく。
やがてペットボトルが空になると息をついた。
咲「はぁ……、生き返った……」
部屋の中が涼しくなってくると、乾いた汗がべたつき出す。
咲はその不快感を我慢して再び息をつこうとする。
すると突然恭子に抱え上げられた。
咲「わっ!?」
恭子「昨日も思ったけど、あんた軽すぎやで」
苦笑しながら柔らかなベッドの上に咲を優しく下ろした。
そして頭を撫でられる。
恭子「お腹空いたやろ。ご飯買ってきたから、今持ってくるわ」
そう言って恭子は再び1階へと降りていく。
咲(変な人……)
自分の頬をぶった時のように恐ろしく怖い部分もあれば、
さりげなく優しい部分もある。
咲は戸惑いを感じずにはいられなかった。
恭子の買ってきたテイクアウトのお寿司を食べ、お茶を飲む。
人心地ついたところで恭子に声をかけられる。
恭子「食事も済んだし、手貸してや」
恭子の手には縄が握られていた。
それを見た咲の顔が歪む。
咲「あの、私逃げませんから……縛るのはやめてください」
恭子「それは無理な相談やな。なんぼ言われても、今は必要やからな」
きっぱりと拒絶した恭子は咲の手を再び後ろ手に縛りあげる。
咲「つぅっ」
小さく洩れた悲鳴に、恭子は堪忍なと呟いた。
両足も結び終わった恭子は咲をじっと見つめる。
そして人差し指で咲の唇に触れた。
咲「っ!?」
一瞬驚いたように、咲の瞳が恭子を見た。
恭子「腫れとるな……。痛いか?」
その瞳は明らかに心配しているようだった。
咲は顔を逸らして恭子の指を拒んだ。
咲「末原さんが、ぶったんじゃないですか……」
非難するような声音に、恭子は無言ですっくと立ち上がる。
咲(怒らせちゃった?でも本当のことだし……)
不安の入り混じった、僅かな恐怖心が生まれる。
しかし恭子は部屋の棚から箱を取り出して咲の前に座った。
箱を開け、中から何やら取り出す。
咲(オキシドール……?)
咲が面食らって見ていると、
恭子は咲の頬にガーゼを当てて消毒を始めた。
咲「ぅ……」
途端に顔を顰めた咲の傷を、
しみるのを和らげるかのようにフウと息を吹いた。
咲「……っ」
その優しげな表情に咲は一瞬戸惑う。
恭子「傷、痛そうやからテープはせえへんよ。その代わりタオルで口塞がせてな」
そう言いながらタオルで猿轡をさせられる。
先ほどまで揺れ動いていた心は一瞬で霧散した。
咲(ちょっとでもいい人だなんて思った私が馬鹿だったよ……)
ふて腐れて恭子に背を向けベッドに横になる咲に、
恭子は眉を潜ませた。
恭子(嫌われる一方なんは分かっとる。けど……)
恭子(こうして全身で拒絶されるんを見るのは……やっぱり辛いもんがあるな)
こんなことを仕出かして、二人の心が合わさるなんて都合の良い事あるはずがない。
分かっていながら、それでも咲を望んでしまう妄執から逃れられない。
恭子は小さくため息をついて部屋を後にした。
ベッドの上の咲がいったい何を考えているのかと気になりながら。
――――――――――――
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―――――
続きはまた来週。
しばらく静かに横になっていた咲は、ゆっくりと身体を起こして恭子を見た。
恭子は「どうかしたんか?」と尋ねながら、咲の口を塞いでいるタオルを外す。
咲はわずかに視線を外し、小さな声で口を開いた。
咲「……おトイレに……いきたいです」
「ああ」と小さく頷き、恭子は咲の両足を拘束しているロープを解いた。
恭子「分かってるとは思うけど、逃げようなんて考えんといてや」
小さく頷いた咲に満足して、トイレへと案内する。
トイレに窓はない。
換気扇も天井についている為、そこから助けを求めることもできない。
トイレの前で咲の両腕を解放する。
恭子「ここで待っとる。早よ行ってき」
咲は恭子をちらりと見た後トイレへと入った。
咲(窓、ないんだ……)
予想していたにしろ、実際目の当たりにするとがっかりするものだ。
仕方ないとため息をはいた咲は、両腕をめいっぱい伸ばして伸びをした。
久しぶりの開放感。
食事の後からずっと拘束されていた身体のあちこちが酷く軋んでいる。
用を足し、手を洗うと渋々戸を開ける。
待っていた恭子と視線が合う。
恭子「もう、ええんか?」
咲はこくりと頷く。
そしてまた咲の両腕は後ろに縛られた。
縄の感触に嫌気がさす。
部屋に戻ってくると、今度は両足を縛られる。
咲「あの、私逃げませんから……」
恭子「さっきも言ったやろ。それはあかんて」
縄を結び終えた恭子は咲を見やる。
恭子「今逃げないとあんたが本気で思ったとしても、両手と両足が自由になったら気も変わるかも知れへんやろ」
咲「……」
黙り込む咲から視線を外して恭子は立ち上がった。
恭子「逃げようとしたら、私はあんたを殺す。生きていて欲しいからそれはできへん」
咲「……っ」
恭子「その代わり、一緒におる時は喋ってもええよ。タオルは外したる」
複雑な表情を浮かべながら、咲はこくりと頷く。
恭子は咲の身体を再びベッドへと乗せると、
縄が緩んでないか確認してから扉へと向かった。
慌てた咲は恭子に尋ねる。
咲「あのっ!どこに行くんですか?」
恭子は足を止め、咲を不思議そうな表情で見た。
咲も自分の言葉に少々困惑していた。
咲「えっと……末原さんの帰ってくる時間が分からないと、トイレにも行けないわけですし……」
言いながら、咲は自分の言葉に違和感を感じていた。
本当のところは少し寂しかったのかも知れない。
ただ横になっているだけで、そのまま相手の帰りを時間も分からず待っているのは・・・
恭子「買い物に行くだけや。すぐ戻るで」
小さく答えた恭子に、咲は小さく頷く。
そして再びベッドに横になった。
咲(すぐに戻ってくるなら、平気だよね……)
先ほどのように苦しい思いはしたくない。
暑さと喉の渇きに気を失いそうになるなど生まれてはじめての経験だった。
静かに扉を閉め、恭子は出ていった。
室内に再び静けさが広がっていく。
時計の音が段々と耳につき始めた。
咲(なんで……こんな事になったんだろう)
枕に額を打ちつけため息をはく。
あの日、誘われるまま恭子の家について行かなければ。
今さら後悔しても無駄とは分かっている。
咲はもう一度ため息をはくと、諦めたように目を閉じた。
――――――――――――
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―――――
ビニール袋をぶら下げて、恭子は自室の扉を開けた。
静かな室内に咲の寝息が聞こえる。
恭子は僅かに微笑み、袋を床に置いてベッドへと近づいた。
恭子「可愛い顔しよって……」
ベッドに両肘をついて、咲の顔を覗き込む。
大きな瞳は閉じられ、あどけない少女の寝顔は
今自分の置かれている状況など全く忘れ去っている。
寝汗をかいている為か、少し長めの前髪が額に張り付いていた。
そっと起こさぬように恭子は髪をかきあげてやる。
恭子「すまへんな。宮永……」
小さく洩れた言葉。
恭子「口が自由になったのに、叫ばへんかったんかいな」
僅かな苦笑が洩れる。
恭子「間抜けなやっちゃな……」
人差し指で、咲の唇をつついた。
柔らかな感触。
触れたくないと言えば嘘になる。
しかしそれでは意味がない。
恭子は咲からの愛を望んでいた。
本人の了承なく、その唇を奪う事などあってはいけない。
咲からそっと視線を外す。
気を紛らわそうと、恭子は床に座って本を読むことにした。
恭子「壊れとるな。私……」
苦笑まじりに呟く。
愛してもらえるはずなどないのに、頑なにそれを守ろうとしている自分。
そんな滑稽な己を笑わずにはいられなかった。
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――――
数時間ほどが過ぎ、咲はうっすらと瞳を開けた。
寝転がったままボーッと室内を見回し、床に座っている恭子に気づく。
咲「帰ってたんですか……末原さん」
ぼそりと言われた言葉に、
恭子は読んでいた本から顔を上げて咲を見る。
恭子「ああ。かなり前からやで」
咲は「そうですか」と呟きながら
のそりと身体を起こす。
横になっていると背中が痒い・・・
起き上がった咲は背を壁にこすり付けるように身体を動かす。
痒かったのは背中だけではない。身体中のどこかしこが痒くて仕方ない。
が、自分ではどうすることも出来ない。
忙しなく動く咲を横目で見ながら、
恭子は本をパタリと閉じた。
恭子「痒いんか。どれ、掻いてやるわ」
そう言って咲へと手を伸ばす。
咲「べ、別にいいですから」
その手を咲は怯えながら拒む。
恭子は一瞬止まった。そして小さくため息をつき微笑む。
恭子「そうか……ほな何かあったら言うて。聞けることやったら何でも聞くから」
その表情が少し傷ついているように見えたのは気のせいだろうか。
咲の心がちくりと痛んだ。
咲(どうして私が罪悪感なんて感じてるの……)
困惑する心。
咲「………」
咲は再びベッドに横になった。
しかし寝転がると身体の痒みが増していく。
それは多分布団に擦れるから。
昨日から風呂に入っていない上に、大量に汗をかいた咲の身体。
乾いた汗の不快感と、それに伴う痒みが苛立ちを増長させていく。
咲「あの、もしかしてお風呂にも入れなかったりするんですか……?」
その言葉に、恭子は再び読みかけていた本から視線を外した。
恭子「忘れてたわ……」
気の抜けた返答に咲は更に苛立った。
咲「私は人間なんです。あなたのペットじゃありません」
強い口調でそう告げる。
咲の視線を受けながら恭子はしばし考えた。
恭子(風呂か……)
忘れていたとはいえ悪いことをしたかなと少々反省する。
しかし恭子は咲を風呂に入れることをためらった。
風呂場にはトイレと違って窓がある。
人一人余裕で出れてしまうほどの窓。
そしてまた、叫ばれても面倒なことになる。
恭子(風呂場で叫ばれでもしたら、かなり響くやろうな)
大きくため息をはいた恭子は、
再び本に視線を落としながら口を開いた。
続きます。
恭子「却下や」
あっさりと言われた言葉に咲はガバッと身体を起こした。
咲「どうして!」
不満げに言い返してくる咲に、
恭子は再び本から顔を上げ咲と目を合わせる。
恭子「窓もあるし、叫ばれたら適わんからな。せやから風呂は却下」
咲「逃げませんし叫びません、だから」
恭子「いくら逃げないと約束したところで、その保障はどこにもあらへんやろ。でも……」
恭子「私と一緒に入るゆうんなら話しは別やけどな」
咲「っ!!」
恭子の言葉に咲は思わず絶句する。
そして軽蔑の眼差しで恭子を見やった。
咲「最低です……」
ぼそりと囁かれた言葉に恭子の片眉が僅かに動く。
その口元にうっすらと笑みを湛えて。
そして徐に手にしていた本を、咲めがけて投げつけた。
正確には咲に当たらない位置に脅しで投げつけたのだが。
自分の横をすり抜けていった本は、壁にぶち当たり咲の身体の横に落ちた。
一瞬の出来事に身じろぎする暇もなかった咲は小さく息をのむ。
再び心に湧き上がる恐怖心。
恭子はゆっくりと視線を上げ、咲の瞳を覗き込んだ。
恭子「せや、私は最低やで。何度も言ってるやろ……分かってるんなら大人しくしとき」
冷たい視線に咲は押し黙る。
口調は静かなものだったが、殺気を感じる。
咲は黙り込むしかなかった。
両膝を立ててその上に額を乗せ、小さく囁く。
咲「分かりました……」
恭子は立ち上がって咲の方へと近づく。
転がった本を手にし、咲の頭をふわりと撫でた。
恭子「すまへん。言い過ぎたな……」
囁く声に咲が顔を上げると、
恭子が優しげな眼差しで自分を見下ろしていた。
恭子「風呂に入りたいんは分かるけど……堪忍してや。入る方法はただ一つ、私と一緒に入ること」
咲「………」
恭子「でもな、これだけは覚えといてな。絶対に変なことはせえへん。宮永の嫌がることは一切しないから」
頭を撫でていた手が離れていく。
咲は小さく頷いた。
咲(どうして、そんな顔をするんですか……)
不思議と先ほどまでの恐怖心は消え、
その手を心地よいとさえ思ってしまった。
咲(どうして……)
そんな自分に、咲は戸惑いを隠せなかった。
――――――――――――
――――――――
――――
あれから二日が過ぎた。
恭子は買い物以外に外に出ることもなく、
四六時中咲と一緒にいる。
逃げ出す手立てを考えても中々いい案が浮かばない。
今の咲の楽しみは食事の時間だけだった。
恭子は買い物に行く前に必ず「何が食べたいか」と聞いてくる。
咲が答えると、恭子は必ずそれを買ってきた。
一日中部屋にいて縛られていると、そんな時間しか楽しみがないのだ。
咲(これじゃあまるでペットだよ……)
ベッドの上でもぞもぞと身体を動かしながら呟く。
相変わらず身体が痒い。
しかも臭い気がする。
咲(最低……)
髪がベトベトしている。
首筋に張り付くような不快感が堪らなく気持ち悪い。
恭子「ただいま。退屈やったやろ」
ビニール袋をぶら下げた恭子が、
部屋の戸を開けながら声をかけてきた。
咲「……お帰りなさい」
恭子「お望みの焼き魚弁当買ってきたで」
床に弁当を広げ、咲の元に歩み寄る。
そんな恭子の髪が少し濡れていることに気づいた。
咲「雨、降ってるんですか……?」
恭子「ん?ああ、髪か。さっき家を出る前に風呂に入ったんや」
恭子「帰ってきてからにしようと思ったんやけど、弁当が冷めるやろ」
咲「……そうですか」
ぼそりと相槌をうちながら、自由にお風呂に入れる恭子を羨ましく思った。
近づいてきた恭子に、咲は縄が解きやすいように背中を向ける。
・・・無意識に。
手馴れた手つきで縄を外した恭子が、ふいに咲の頭に触れた。
咲はびくりと身体を震わせ勢い良く振り返る。
恭子「あっ……すまへんな。枕から抜け落ちた羽が付いてたから……」
指先で摘んだ羽をひらりと咲に見せて、恭子は小首を傾げた。
咲「そう、ですか……」
ばつの悪そうな咲の表情に恭子は優しく微笑む。
恭子「なんもせえへん言うてるやろ。ほんま信用ないわ」
最後の方は苦笑まじりで、
恭子は床に座って当たり前のように手招きする。
恭子「はよ食べんと冷めるで」
優しい笑顔に、咲は頷きながら恭子の側に座って箸をとった。
ちらりと恭子を見る。
恭子「なんや?どうかしたんか?」
少々心配そうに自分を見る恭子に何でもないと告げる。
咲「……いただきます」
二人で食べる食事のひと時。
ここだけ見たら普通の友人のよう。
食べながら、咲は腕を掻いた。
咲(痒い……)
さっき恭子に頭を触られたとき、
咲の頭には「襲われる」なんて考えは微塵も浮かんではいなかった。
近くに寄ってきた恭子に「臭い」と思われるのが恥ずかしかったのだ。
夏に丸三日も風呂に入っていないなんて咲には初めての事だった。
他にもここに来て初めての事は沢山あったが。
咲(どれも有難くはないけどね……)
考えながら思わず苦笑した。
咲の笑顔を垣間見て、恭子もつられて微笑んだ。
恭子(宮永が笑ったの、ここに来てから初めてや……)
夕食の後、二人は部屋でテレビを見ていた。
ずっと退屈していた咲は夢中になって画面を眺めている。
が、それでも身体は痒い。
一度痒いと思い出すと、もはやテレビどころではない。
咲(あと何日ここにいなきゃならないんだろ……)
家に帰してくれるめどが立たないのに、
ここまで我慢していても仕方ないのではないだろうか。
帰れるとしたら・・・
父が帰ってくる予定の夏休み終了の日。
咲(そんなにお風呂を我慢なんて出来ない)
考えながら、ちらりと恭子を見た。
咲(変なことしないって言ったって信じられないよ……)
小さく首を振り、ため息を吐いた。
日増しに痒くなっていく身体。
昨日はそのせいであまり眠れなかった。
身体を塗れタオルで拭こうかと恭子に尋ねられたが、
恭子が拭くのでは一緒にお風呂に入るのと変わらない。
咲は迷っていた。
続きます。
恭子「そろそろ寝るか」
そう恭子が言ったのは11時を回った頃だった。
咲は頷く。
恭子はベッドを整え、咲を抱え上げようとした。
一瞬強張る咲の身体。
恭子「何もせえへん言うとるやろ……信用ないなぁ」
咲の頬が少し赤く染まる。
視線を逸らしながらぼそりと呟いた。
咲「臭い、ですよね……私……」
恭子は一瞬意味が分からず、
ぽかんとして咲を見つめた。
咲の表情に恥じらいが見て取れる。
ああ、とようやく気づいた。
苦笑しながら、恭子は匂いを確かめようと咲に顔を寄せる。
咲の首筋に恭子の髪が触れる。
その瞬間恭子から香るシャンプーの仄かな香り。
咲は慌てて身を引いた。
恭子は苦笑したまま、そんな咲の頭を撫でた。
恭子「しょうがないやろ。あんたが自分で入らんって言うたんやで」
咲「……」
恭子「まあ、信用しろ言うんも無理な話かも知れへんけどな……」
触られた頭さえ気になる。
咲はおずおずと恭子の顔を見上げた。
咲「……本当に、変なことしませんか……?」
小さく呟かれた言葉に、
恭子は一瞬動きを止めた。
恭子(入る気になったんか……)
咲の前にしゃがみ、恭子は咲の頬に片手を添えて
揺れる瞳を覗き込んだ。
恭子「誓ってせえへん。絶対や……宮永が望まん限りな」
咲は暫し考えるように視線を床に落とし項垂れた。
そして、小さく囁く。
咲「お風呂に入りたいです……」
恭子「……分かったわ」
薄く笑んだ恭子は咲の頭を軽く撫でる。
疚しい心がなかったとは言わないが、
何より咲のその言葉が嬉しかった。
これで一つ、咲の信頼を手に入れた。
その事実が何より嬉しかったのだ。
恭子はそのまま咲の手をひいて1階まで連れて行き、
脱衣所で咲の足の縄を解いた。
恭子「ええか宮永。風呂場での決まり事言うからちゃんと守ってな」
咲「……はい」
恭子「一つ、大声出したらあかん。そこで風呂は中断、叩かれる覚悟はしとき」
恭子「二つ、暴れてもあかん。その場合も同じや。……分かったかいな?」
咲は小さく頷く。
恭子「それと、服脱いだら縛り直すからな」
その言葉に咲が驚きをあらわに首を振った。
咲「そんな……自分で洗えないじゃないですか!」
恭子「洗わさへんよ。洗うんは私や……嫌なら部屋に戻るか?」
どちらでも良いといわんばかりに恭子は言う。
咲は抗議しようと口を開きかける。
しかし、一瞬の後そっと口を閉じた。
ここで騒いで風呂に入れないのは嫌だと考えたのだ。
咲(見られるのを我慢するんだから、触られるのも我慢できるかな)
訝しげな視線で恭子を見やる。
咲(何もしないって、信じて良いの……?)
そんな咲の視線を受け止めながら恭子も思う。
恭子(私をちゃんと信頼してくれるんやろうか……)
二人の視線が絡み合う・・・
咲(臭いのも、痒いのも嫌だしね……)
咲は深く息を吐いてから、
恭子から視線を外して言った。
咲「分かりました……末原さんのこと信じてますから」
恭子はその言葉に嬉しそうに笑った。
咲の腕を拘束している縄を解きながら言う。
恭子「じゃあ、服脱いでや」
咲は恭子に背を向け服を脱ぎ始める。
自分の汗の匂いが鼻につく。
咲(ようやくこの臭さから解放されるんだ……)
恭子は見ているのは気がひけて、
咲に背を向け入り口の前に立った。
恭子(信用してもらったんやから、守らなあかんわな……)
苦笑まじりにそう思い、小首を振る。
身に付けているものを全部脱ぐと、
咲は恭子の方に顔だけ向けた。
咲(あっ……後ろ向いてくれてたんだ)
恭子の意外な行動にほっと息をついた。
咲さん足縛られても歩けるんか
咲(変に勘ぐって悪かったかな……約束、守ってくれるよね……)
両手で前を隠した咲は恭子に声をかけた。
咲「脱ぎました」
恭子が振り返る。
その手が再び縄を拾う。
恥ずかしいであろうと配慮して足から縛ることにした。
縛り終わった恭子は立ち上がり、
視線を合わせないまま咲へと囁く。
恭子「手、貸して……」
いつものように、咲は後ろに手を差し出す。
その手が小さく震えている。
恭子は咲の手を見ながら、手馴れた動作で咲を縛り上げた。
そんな恭子の手も僅かに震えていた。
続きます。
>>92
あ、そうだった…
両足でぴょんぴょん歩きってことでw
浴室を開けると、湯煙がふわりと漂った。
イスに座るよう促されて腰掛けると、
恭子はシャワーのコックを捻った。
勢いよく出るお湯。
一瞬湯気が上がり、水の香りがした。
恭子の行動を肩越しに振り返って見ながら、
淡々と作業のようにシャワーの用意をしている様が何だか可笑しくなってきた。
咲(まるで召使みたい……)
自分の手で温度を確かめながら恭子は小さく頷き、
シャワーを一度もとの場所へ戻すと
屈んで服の袖を肩までまくった。
咲「末原さんは入らないんですか?」
恭子「私はさっき入ったからな」
そう言った恭子が再びシャワーを手に取った。
背中にお湯がかかる。
ちょうど良い加減のお湯が身体全体を包み込んでいく。
心地よい感覚に咲の顔が綻んだ瞬間。
恭子は咲の身体を手で擦り始めた。
咲「……っ」
その感触に咲の表情が強張る。
首筋、耳のまわり、項・・・
恭子「少し顔あげて」
言われて、咲はおずおずと顔を上げる。
喉の周辺を手で擦りながらシャワーで流していく。
肩、腕、背中・・・
手の平で擦られていく肌。
不快に感じない相手の手の感触に戸惑っていた。
咲(まるで人形になってるみたい……)
恭子の手は、まるで物を洗っているように淡々と作業をしている。
やましさは感じられなかった。
咲(ちゃんと約束守ってくれる人なのかも)
そう思うと、意識しまくってる自分の方が何だかやましい心があるような気がして
咲は少々恥ずかしくなった。
咲(あんまり疑うのも悪いかな)
恭子の腕が前に回される。
その間、決して咲を前から見ようとしない。
胸に手が伸びた瞬間、
咲はわずかに腰を引き振り返った。
恭子の手が止まる。
恭子「どうしたん?」
あまりに単調な口調に、咲は一瞬言葉を呑み込んだ。
咲「……何でもないです」
そう呟いて前を向く。
再び動き出す手。
恭子の手が乳房に触れる。
咲(んっ……!)
洩れそうになる声。咲の身体が緊張する。
自分以外の人の手の感触。
鼓動が高まる・・・
しかし恭子の手は何度か普通に咲の乳房を擦った後、
何事もなかったかのように下へと降りていった。
太股、膝、脛・・・
淡々とお湯を流し、咲の肌を湯に馴染ませていく。
咲(この人って……)
少々安心したようにほうっと息をついた。
鼓動が治まっていく。
恭子「目ぇ瞑って、ちょっと下向いて」
咲「はい」
言われた通り下を向き、目を閉じる。
頭にお湯がかけられていく。
シャワーの音が耳に心地よい。
咲(気持ちいい……)
わしわしと恭子に頭を擦られる。
咲(何だかシャンプーされてる犬になった気分……)
身体からシャワーが外され、出しっぱなしのお湯はタイルに打ちつけられている。
恭子はシャンプーを掌にとると泡立て、咲の髪を両手で洗い始めた。
恭子「泡立たへんな……」
苦笑まじりに恭子が呟く。
3度洗って、ようやく泡立つ髪。
シャンプーの清潔な香りが咲の鼻孔を擽った。
リンスも終わり、恭子がハンドタオルで顔を拭く。
恭子「目、開けてもええで」
ゆっくりと目を開ける咲。
振り返り、恭子の様子を伺う。
そんな咲の視線に恭子は苦笑する。
恭子「何や?信用できへんの?」
咲はあわてて前を向く。
咲「違いますけど……」
恭子「そうか……」
言いながら恭子はスポンジにボディソープを泡立てていく。
そして先ほどと同じ順番で咲の身体が洗われていった。
手で触られていた時よりくすぐったくて、咲は時折身を捩る。
そんな咲に苦笑いする恭子。
お腹を洗い終えた所で恭子の手が止まった。
スポンジを反対の手に持ち替え、咲の股の間へと手を伸ばす。
咲「ひっ……!」
突然の出来事に、身体の力を抜いて安心しきっていた咲は驚き、
喉から上擦った声が洩れた。
咲「や……」
思わず身を捩るが、恭子は構わず続ける。
恭子「何や宮永。ここ洗う時手で洗わんのか?」
普通に聞いてくる恭子。
咲は戸惑いながら答える。
咲「じ、自分で洗う時は、手ですけど……」
泡がぬるぬると咲の股間を滑る。
口を開けば声が出そうで、咲は唇を噛み締めた。
恭子「せやろ。こないにデリケートとこ、ガサガサなスポンジで擦るんはちょっとな」
言いながら恭子の手が動く。
敏感な部分を指が掠め、思わず身体が震える。
咲「ん……っ」
艶めいた咲の吐息が僅かに恭子の耳に届く。
恭子はそれを聞こえない素振りで再びスポンジを握った。
咲「はぁ……」
咲の口から小さく安堵の息が洩れる。
しかし、自分の身体の異変に気が付き戸惑う。
紅潮する頬。高まったままの鼓動。荒い息づかい・・・
そんな自分の状況に恭子が気づいていないわけがない。
こみ上げる羞恥心が咲の心を襲う。
しかし恭子はそんな咲の心中を察してか、
身体を洗い続けながら言った。
恭子「気にすることあらへんよ。刺激を与えられたら誰だってそうなるやろ」
咲は何も言えなかった。
淡々と自分の身体を洗う恭子を責めることはできない。
必要以上に相手がそこに触れていたわけではなかったから。
咲は目を閉じて、身体が冷めるのを待った。
恥ずかしさに耐えながら。
高鳴った鼓動が治まっていくのを・・・
恭子「ほな、上がりたくなったら声かけてや」
咲を湯船に入れると、恭子は浴室の扉に手をかける。
脱衣所にいるからと告げてその場から出て行った。
お湯の中で自由のきかない手足に、
咲は少々不満そうに顔を顰めながら思った。
咲(ここで大声出したら飛んでくるのかな……)
窓を見ながら考える。
咲(叫んだところでこんな時間だし、誰も聞いてくれないかな)
それに、叫べばまた叩かれる。
静かに首を横に振った。
咲(せっかく猿轡がなくなったのに、そんな事したらまた振り出しだよ)
綺麗になった自分の身体を見下ろす。
咲(末原さん、本当に何もしてこなかった……)
自分の中で冷め切らない熱。
見た目には治まっていたが、咲の身体の中には残っていた。
それが、何だか複雑な気分だった。
触られるのを嫌だと思いながら、そう感じなかった自分の身体。
咲は肩までお湯に浸かって大きくため息を吐いた。
咲(何なんだろ私……)
ぼそりと呟く。
恭子「宮永~、まだか~」
ガラスの扉の向こうから恭子の声が響いてきた。
少し間を置いた後、咲は返事を返す。
咲「もう上がります」
開かれた扉から恭子が顔を出す。
恭子「さっぱりしたやろ」
微笑みながら言う恭子に、咲も僅かに笑みを返した。
小さく頷いて。
続きます。
智葉←咲←淡の人?
――――――――――――
――――――――
――――
恭子「ほな、寝よか」
パチッと電気を切るスイッチの音が鳴り、
部屋の中に暗闇が訪れた。
咲は相変わらず縛られたまま眠りにつく。
風呂に入れるようになって3日ほどが過ぎていた。
ここに来て、もう一週間ほど経とうとしている。
咲(眠れない……)
部屋の中はクーラーの冷たい風が漂っている。
さして熱いはずなどないのだが、咲は寝苦しさに何度か寝返りをうった。
暗闇を見つめていた大きな瞳を無理やり瞑り、
眠ろうと努力する。
しかし、閉じた瞳はすぐに開けられた。
咲(やっぱり眠れない……)
この一週間、ずっと家の中に閉じ込められていた。
楽しみといったら食事とテレビと・・・恭子との会話。
他に何もすることが出来ず、
この部屋から出れるのは風呂とトイレの時だけなのだ。
運動らしき運動をしていないのに、眠れるはずなどない。
それに・・・
咲「はぁ……」
無意識に吐いたため息。
ベッドの下に客用の布団を敷いて横になっていた恭子が、
僅かに顔を上げて咲を見た。
恭子「何や、眠れんのかいな」
もうちょっと起きとくか?と尋ねながら
恭子は身体を起こそうとした。
咲「いえ……いいです」
短く返事をして、咲は再び目を閉じる。
チッ・・・チッ・・・チッ・・・
小刻みに時を刻む時計。
音が段々と煩くなっていくような感覚に、
咲は瞼をぎゅっと瞑り唇を噛んだ。
解っている。
眠れないのは身体が熱いせい。
有り余る体力と、連日恭子に身体を洗われている感触が
咲の中に悶々と溜まる熱として渦巻く。
咲(どうしよう……)
咲だってお年頃。
こんな時何をすればすぐに眠れるかなど知識としては知っている。
今まで欲が薄く、そんな事に興味を持つこともなかったが。
しかしそんな事を人の家で出来るわけもなく、
まして両手を縛られたこの状態で出来るわけもない。
咲(……はぁ)
何か考えよう・・・
そう思えば思うほど下腹部が疼く。
咲(やばいかな……)
そう思いながら何度目かのため息を吐いた時。
恭子が再び顔を上げた。
恭子「何や、やっぱり眠れんのかいな」
言いながら体を起こし、部屋の電気をつけた。
恭子はベッドに近寄り咲の顔を覗きこむ。
恭子「あれ……宮永、何か顔赤いんとちゃうか?」
咲の額に手を伸ばす恭子に、
とっさに身体を引いてそれを避けた。
咲「そんなこと、ないです」
ちょっと焦ったようなその顔が恭子に不信感を与える。
恭子「そうか?ならちょっと熱測らせてみい」
咲「やっ!」
恭子の声に必要以上に拒む咲。
眉を顰めた恭子はすばやく咲の額に掌を当てた。
咲(あ……心地いいかも……)
少し冷たい恭子の掌の感触に、咲はほうと息をつく。
恭子「熱はないようやな」
咲「……」
恭子「汗かいとるな。暑かったんか?」
立ち上がった恭子は引き出しからフェイスタオルを取り出し、
咲の身体を拭こうと掛け布団をまくった。
咲「あっ……!」
ロングTシャツを着せた咲の下半身。
めくれて見えていた下着が濡れているのが目に映った。
咲「うう……」
恥ずかしさのあまり咲は枕に顔を埋める。
恭子(まぁ、連日風呂で私が弄ってるからな……)
他人の手で触られて熱が灯るのは誰しもありえる生理現象だろう。
微妙な空気が漂う中、恭子は静かに口を開く。
恭子「自分でするか……?それやったら私は下の部屋に行っとくし……」
咲「い、いえ……人の家じゃ、その……」
言い辛そうに咲は言葉を濁す。
咲「それに、したことないですし……」
小さく返答が返ってくる。
恭子は目を見開いて振り返った。
恭子「したことないんか……?」
咲「は、はい……」
恥ずかしげに答える咲に、恭子の鼓動が跳ね上がる。
ここで「してやろうか」・・・そう言っていいものか。
恭子(……いや。拒否られるんがオチやろうな……でも……)
手にしたタオルをぎゅっと握ったまま恭子は黙り込む。
口を開けばあらぬ事を言ってしまいそうで。
そんな自分を必死に自制する。
僅かに顔を上げた咲は、しばし恭子を見つめる。
そしてためらいがちにゆっくりと口を開いた。
咲「あの……、末原さんがしてくれませんか……?」
思わぬ咲の言葉に恭子は耳を疑う。
恭子(本気なんか?宮永……)
咲はじっと見つめてくる恭子と視線を交わしながら考える。
毎日お風呂で自分の身体に触れてくる恭子の手。
咲はその手にちゃんと触れてほしかった。
何の意図もなく、平然と自分の身体を洗う為だけに触れてくる。
自分のことが好きだと言いながら、自分の身体には興味がない・・・
そう言われている気がして少ししゃくだったのだ。
そして、他人のぬくもりにも興味があったのかも知れない。
頑として約束を守ろうと努めてくれている。
そんな恭子の手に、触れられてみたい、と・・・
自分を見つめたまま身動ぎもしない恭子に、
咲はもう一度同じ事を言った。
咲「末原さんが、してください……」
その瞳は僅かに揺れ、
それでも恭子をしっかりと捕らえていた。
恭子「……。ええよ……」
静かに答え恭子は立ち上がる。
近づいてくる恭子を見つめながら咲は自分自身に問いかけていた。
後悔するだろうか、今の言葉を・・・
咲(……)
でも、それでも良いと思える。
確かに自分が望んだことだから。
静まりきった部屋とは裏腹に、
二人の忙しく高鳴った鼓動が闇夜を揺るがす。
続きます。次回微エロ注意
>>114
智葉咲なら前回書きました
>>126 スレタイ教えてー
>>129
前作 咲「命にかえてもお嬢をお守りします」です
恭子がベッドの端に片膝を乗せる。
ギシッと僅かな音を立てて軋むスプリング。
恭子「……」
咲を見下ろすその瞳。
何か言いたげで、でも黙ったまま。
その手が咲の身体を拘束している縄を解く。
咲「……!!」
恭子の手が咲の下半身に伸びる。
スルスルと下着を下ろされていく感覚に、咲の身体は緊張に強張った。
あらわになった秘所をゆるく撫でられる。
咲「んっ……」
反射的に出た甘い吐息。
咲は自分を見つめる恭子の視線を避けるように、
眉間に手の甲を乗せた。
恭子は咲の秘所へと顔を近づけ、そこを舐めはじめた。
咲「ひっ!!」
生暖かい舌の感触に、咲の喉から引きつった声が洩れる。
咲「そ、そんなところ……汚いですからっ……んっ」
恭子「汚くなんてない、綺麗や……」
弱弱しく発せられる言葉に、恭子はかぶりを振りつつ続ける。
ぱさりと落ちてくる恭子の髪が咲の下腹部を擽った。
視界を覆っていた手を恐る恐る退かし、
咲は恭子の姿を見つめる。
秘所を舌で弄られる感覚と、
瞳が捉えたその姿が咲の心を煽っていく。
咲「あっ……はぁっ……」
自身の乱れていく呼吸に気づきもしないで、
咲はきつく恭子の片手を握っていた。
咲「んっ……も、もぅ……っ」
恭子「もうイきそうか?」
目線だけを上げ、割れ目に沿って舌を滑らせながら
イってもええよと恭子が囁く。
咲「んぁっ……あっ……ああっ……!!」
上部のぷくりと膨れた突起を舌で弄られた途端、
恭子の手を握ったまま喉元を仰け反らせ、果てた。
恭子は顔を挙げ、咲の脱力した姿を見つめる。
荒い息をしながら力の抜け切ったその格好は、堪らなくそそるものだった。
必死で押し殺そうとする欲望。
その情欲を挑発するかのような艶かしい肢体。
薄暗い部屋に、乱れた想い人。
恭子はぐっと唇を噛み締め、
咲の髪を掻き撫でた。
気だるい瞼を開け、咲は恭子を見やる。
咲(別にいいかな……、このまま処女を奪われても……)
相手のもたらした予想以上の快感に、
咲は薄っすらとそう思った。
近寄ってくる恭子の顔。
髪を撫でてくるその表情は酷く切なげで、咲の心を締め付けた。
離れていく恭子の手にほんの少し淋しさを感じながら、
それでも咲はこれ以上相手の顔を見てはいけない気がして
ゆっくりと視線をずらした。
さっき見た恭子の表情。
そこには性欲なんて微塵も感じないように見えた。
咲は開けた瞳を室内に泳がせたまま、
恭子が自分に服を着せてくれているのを感じていた。
咲(この人、本当に私のこと好きなのかな……)
恭子「さっ、寝るか……」
そう言って恭子がベッドを降りた。
咲「……はい……」
やがて室内に再び静寂が広がった。
しかし咲の瞳は開かれたまま。
満足した体とは裏腹に、心には空虚な穴が開いたようだった。
定期的に繰り返される瞬き以外に目が閉じられることはなく、
カーテンの隙間から朝日が差し込むまで咲は起きていた。
静かに寝息を立て、下で寝ている恭子の横顔を見ながら。
咲は眠れない理由すら考えずに、
ただただ見つめているだけだった。
咲(末原さんの考えている事なんて分からないよ……)
覚えているのはそれだけ。
他に何を思っていたかは思い出せない。
ただ言えるのは、
何だかとても寂しかったのだ。
その日咲が眠りについたのは、
恭子が目を覚ます少し前だった。
眠るというよりは意識を失うに近い形で目を閉じた咲。
目覚めた恭子は身体を起こして、
そっと咲の頬を撫でた。
恭子「可愛い寝顔しおって……」
昨夜の事が嘘のような、心地よい朝のまどろみのなか。
恭子は苦笑しながら立ち上がる。
恭子「朝飯でも作るかな……」
言いながら扉に向かった足元に、
無造作に投げ出されたままのロープ。
恭子はそれを拾いあげ、眠っている咲を見た。
小さく首を振り、ロープを手放して部屋を後にした。
そうしてまた新たな一日がはじまる。
なあ、今日はどの位仲良くなれるかな・・・
外は晴天の散歩日和。
一緒に外出するのも・・・悪くないかもしれへんな。
――――――――――――
――――――――
――――
足先が冷える感覚が咲の覚醒しきらぬ頭に目覚めを促す。
膝を曲げ、スルスルとシーツを這うように足を布団の中に引き入れた。
肌蹴た掛け布団を軽く握り、自分で肩に掛け直す。
咲「……クーラー効きすぎ……寒……」
ぼそっと呟きながら瞳を開くと、そこに恭子の姿はない。
客用の布団は几帳面に畳まれている。
咲「末原さん……?」
いない相手を探すように室内を見回しながら起き上がる。
膝を立てて座り、欠伸をしながら寝癖のついた髪をとかすように指で梳いた。
咲「出かけたのかな……って、あれ……?」
自分の手をまじまじと見つめる。
手が縛られていない。
足も自由だった。
咲「どうなってるの……」
小さく呟きつつベッドから起きだし、部屋の扉を開けた。
一階のリビングからTVの音が聞こえてくる。
咲(末原さん、下にいるんだ)
ふっと安堵感が咲の胸に湧いた。
トンッ・・トンッ・・トンッ・・
軽やかな足取りで階段を降り、
開け放たれたままのリビングの戸をくぐった。
TVの前のソファにゆったりと座ってくつろいでいる恭子。
手足を投げ出すように座り、指先で自分の髪の毛先を弄んでいる。
咲の頬が瞬間熱くなった。
咲(あの手で、昨夜……)
そんな咲の姿に気が付いた恭子はそちらに目を向けた。
リビングに降り注ぐ暖かな日差しを背に微笑む恭子。
咲の口元が僅かに緩んだ。
恭子「おはよう」
咲「おはようございます」
かけられた言葉に、咲もすぐさま挨拶を返す。
恭子はゆっくりと立ち上がり咲の元へと歩み寄る。
恭子「寝癖ついてるで。よう眠れたか?」
伸ばした手で咲の髪を撫でた後、
そのままキッチンへと入っていった。
恭子「お腹すいたやろ。今朝食作るから待っててな」
咲「あ……、私も手伝います」
恭子「それは助かるわ。実は私、料理は苦手やねん」
キッチンで二人並んで作業をする。
咲「ハムエッグとサラダ、出来ました」
恭子「食パンも焼けたで」
出来上がった料理をトレイに乗せ、
テーブルへと運んで並べていく。
恭子「飲み物は麦茶でええか?」
咲「はい」
恭子「じゃあ冷めないうちに食べよか」
咲「はい。いただきます」
他愛もない話をしながら食事が進んでいく。
そんな中。
恭子「なあ、食事が終わったら散歩にでも出かけよか」
咲「げほっ……!」
恭子の突然の言葉に咲は噴出した。
咲(本気……?)
自分を見て微笑む恭子に戸惑いながら、
咲は首を縦に降って答える。
恭子「ほな、早よ食べて行こか」
楽しげに食事を続ける恭子に咲は苦笑いする。
咲(この人解ってるのかな……、私が逃げるかもしれないって事)
――――
――――――――
――――――――――――
恭子「ほら、宮永の分の帽子や」
咲「ありがとうございます」
玄関を出ると眩しいほどの日差しが身体に降り注がれる。
ジリジリと肌が焼かれていくような感覚に、咲は口元を緩ませた。
久しぶりの外出。久しぶりの太陽。
咲は歩きながら大きく伸びをした。
咲(気持ちいいな……)
肩を並べて歩く少女ふたり。
端から見れば只の友人に見えるだろう。
だって咲は楽しげに笑っているから。
咲を見つめながら、恭子も穏やかに微笑んでいるから。
公園のベンチに並んで腰を下ろす。
太陽が二人の肌を焼いていく。
恭子「あっついなぁ」
額の汗を軽く拭い、恭子はぱたぱたと手で顔を仰いだ。
恭子「夜に来ればよかったやろか……」
独り言のように呟かれた言葉に、
咲は笑顔で首を横に振った。
咲「昼でよかったです。こうして太陽に当たるの久しぶりですし」
恭子「そっか。……せや、ちょっとジュースでも買ってくるわ。宮永はここで待っといてな」
咲「はい」
遠ざかっていく恭子の背中を見送りながら、咲は空を見上げた。
澄み切った水色の高い空に、綿あめみたいなふわふわで真っ白な雲が浮かんでいる。
咲「本当、気持ちいい……」
微笑んだまま、真夏のキツイ日差しを楽しむかのように瞳を閉じた。
瞼の裏が赤く見える・・・久々のこの感じ。
咲は穏やかに日向ぼっこを楽しんでいた。
――――――――――――
――――――――
――――
咲(遅いな……)
辺りを見回しながら、帰ってくるはずの人物の姿を探す。
自動販売機なんて公園の入り口にあったはずなのに・・・
咲(どこまで買いにいったんだろ……)
広場の隅にある時計は、あれからもう20分も経過している。
咲は前のめりに脱力して、自分の膝の上に額をつけた。
咲(ひょっとして置き去りにされたのかな)
嫌な予感が一瞬心に浮かんだ。
さっきまで楽しんでいた太陽の日差しが、急に暑苦しく感じてきた。
咲(どこに行ったの……)
勝手に自分を連れ去ってきて。
今度は勝手に捨てるんだろうか。
そう思って咲がふらりと顔を上げた時。
恭子の声が聞こえた。
恭子「すまんかったな。長いこと一人にしてしもうて」
済まなそうに苦笑しながら恭子が駆け寄ってきた。
咲「お……遅いですよ!」
ほっとした咲は思わず大きな声を出す。
恭子はさしてそれを気にする素振りもなく近づいてきた。
そして咲の額に冷たい缶をぴたりと当てた。
恭子「ほら、宮永の好きなお茶や。公園の自販機売り切れててん。せやからちょっと遠出してもうたわ」
堪忍な、と言いながら恭子が咲の隣に座る。
額には玉の汗が光っている。
咲(そんなの見せられちゃ、文句も言えないじゃない)
お茶の缶を受け取った咲は「どうも」と照れくさそうにお礼を言う。
それに笑顔で返してくれた恭子に安堵し、ほうと息を吐いた。
咲(置いていかれたんじゃなかったんだ……)
何故か安心している自分に咲は気付かないまま。
真夏のきつい日差しの中、二人にとって心地良い時間が過ぎていった。
続きます。
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咲「暑い……」
恭子の家の玄関に座りこんだ咲は、
Tシャツの襟首を摘んでパタパタと仰ぎながらその場に脱力した。
後ろから入ってきた恭子はそんな咲の姿に笑いながら通り過ぎていく。
恭子「久しぶりに太陽に当たったから疲れたやろ」
言いながら風呂場に向かう。
恭子「このまま買い物に出るから、先に風呂に入っとってや」
風呂掃除をしているらしき恭子の声が玄関から聞こえてきた。
疲れた身体を起こし、咲は風呂場に向かった。
扉から覗くと、恭子は泡だらけになっている浴槽をシャワーで流している最中だった。
咲「私一人で入るんですか?」
不意に聞こえてきた咲の声に、恭子は少々驚いた顔を向ける。
恭子「何や、寂しいんか?」
冗談のように言われたその言葉に、
咲は顔を赤らめ「そんなわけないです…」と答える。
恭子「はいはい。ほな行ってくるし」
シャワーを止め、蛇口をひねって浴槽にお湯を貯め始めた恭子は
そのまま玄関へ向かおうとする。
咲はとっさに恭子の服を掴んだ。
咲「やっぱり、その……一緒に入りませんか?末原さんも早くさっぱりしたいでしょう」
遠慮がちにそう告げる咲に、恭子は戸惑いながら答える。
恭子「あかんて……一緒に入ったら我慢できなくなるやろ……」
その言葉に咲は一瞬怯んだが、すぐさま続けた。
咲「昨日だって、全然平気そうだったじゃないですか……」
恭子「えっ?」
咲「とにかく、早いとこ一緒に入って汗を流しましょう」
引かない咲に、恭子は苦笑を浮かべながら
服を握ったままの咲の手を取った。
恭子「そうやな。私も汗だくになったし……なら一緒に入るか」
まだお湯が溜まりきっていない浴槽。
恭子「ま、身体洗ってるうちに溜まるやろうな」
言いながら、いつものように咲の服を脱がせる恭子。
何の抵抗もなく脱がされている咲。
その後恭子自身も服を脱ぎ始める。
はじめて見る恭子の裸体に咲はどきっとする。
咲「さ、先に入ってますから!」
慌てて浴室の扉を開ける咲。
わかった、と短い返事を背中で聞きながら、
咲はシャワーのコックを捻った。
ぬるいお湯が勢いよく流れ出てくる。
咲(何どきどきしてるの私……)
少しばかり早くなった鼓動を落ち着けようと、
咲はシャワーの温度を少し下げた。
背後から扉の開く音が聞こえ、
自分へと歩いてくる恭子の気配。
恭子「なんや、水浴びしとるんか?」
シャワーの水に手をかざした恭子の声が浴室に響く。
咲はそれが水だということにも気がついていなかった。
恭子「もうちょい温度上げてええか?」
言いながら、咲の真後ろから蛇口に手を伸ばす。
先ほどとそう変わらない位の温度に上げ、恭子はシャワーを手にした。
恭子「ほな、頭から流すで」
こくんと咲が頷く。
目をつむって大人しく洗われる。
その手の心地よさが、咲は好きだった。
髪を洗い終え、普段を変わらない手つきで咲の身体をスポンジで洗っていく恭子。
もちろんデリケートな部分は手で洗う。
そこでいつも咲の身体はびくりと揺れる。
恭子はさして気にする素振りも見せずに洗っていく。
咲「……ぁっ……」
浴室に響く甘い声。
恭子はわずかに息を飲んだ。
咲「んっ……」
念入りに泡のついた手で秘所を擦られ、
鼻から抜けたような声が洩れる。
咲(あ……、いつもより気持ちいいかも……)
思い出してしまう、昨夜の感触。
絶頂した時の開放感・・・
咲「はぁっ……あっ……」
恭子「……このままここでイクか……?」
背後から囁いてくる恭子に咲はこくりと頷いた。
恭子は「わかった」と短く返事をし、指を忙しなく動かした。
くちゅくちゅと淫猥な音がシャワーの水音に混じる。
恭子はもう片方の手で咲の胸に手を伸ばし、乳首を軽く摘んだ。
咲「あぅ……」
短く洩れた甘い声が、そこがイイのだと教えてくれる。
恭子「気持ちええか……?」
心なしか少々乱れたような恭子の声が、
咲の鼓膜を甘く揺るがせた。
咲「あぁっ……そんなにしたらイク……っ」
ぬるぬるとした指の感触に秘所と胸を弄られる刺激。
咲は耐え切れない快感を持て余した。
恭子「いきたいか?」
尋ねてくる恭子に何度も頷く。
それに答えるように、恭子は手を早めた。
咲「あっ!あぁ……っ」
びくりと一際身体をしならせ咲が絶頂する。
恭子は後ろから咲を支えたまま満足げに微笑んだ。
流れ出るシャワーのお湯が、咲の身体を綺麗に洗い流していく。
乱れていた呼吸が元に戻った頃。
咲は恭子を振り返った。
咲(あ……)
恭子の股の間から零れる透明の蜜。
咲(この人、我慢してたんだ……)
自分との約束を頑なに守ろうとしている恭子。
だがその息は荒く、頬は赤く染まっている。
咲はそっと恭子の秘所へと手を伸ばした。
恭子「なっ!」
驚いて目を大きく見開く恭子。
恭子「宮永!?」
恐る恐る触れてきた咲の指が恭子の秘所を弄った。
咲「末原さんだって辛いでしょう……?」
恭子はぎゅっと目を瞑り、その感触に身体を震わせる。
恭子「あかんて……、あっ……」
僅かに洩れた相手の声に、
咲は恭子にしてもらった時のように指を忙しなく動かした。
咲「私だけ良くしてもらったら悪いし……」
恭子「……あぁっ!」
私だけ触って貰ったら悪いなんて、半分言い訳。
本当はちょっと貴方に触れてみたかったの・・・
湯煙が上がる浴室の中。
恭子も高い声を上げて絶頂する。
やがて乱れた呼吸は元に戻り、
咲の濡れた髪をくしゃっと掻き撫でた。
恭子「とんでもないやっちゃな……」
苦笑まじりにそう言う恭子。
咲も同じように笑った。
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――――――――
――――
あれからどのくらいたったのだろう・・・
今日が何日なのか注意深くTVを見ていなければ解らない。
咲は日付を忘れてしまうほど、今の生活に慣れ親しんでいた。
一人、部屋の中でぼーっとTVを見ている。
部屋のベッドに寄りかかり、膝を抱えてため息を吐く。
一緒に笑う相手がいなければバラエティ番組なんて面白くもない。
恭子は学校の図書室に行っている。
もうそろそろ帰ってきても良さそうな時間だ。
階下で鍵の開ける音がした。
咲はぱっと顔を上げる。
急いで階段を下りると、そこには見慣れた顔が微笑んでいた。
恭子「ただいま。大人しくしとったか?」
優しげな声音で尋ねてくる恭子に咲はこくりと頷く。
恭子「ご飯買ってきたから食事にしようか。腹減ったやろ」
そのままリビングに向かう恭子の背中についていくように、
咲もリビングに入った。
恭子「今日はお寿司やで」
咲「本当?」
嬉しそうな咲の頭を恭子が軽く撫でる。
その手の感触に咲は心地良さげに目を細める。
その時。
恭子の制服のポケットから音楽が鳴り響いた。
咲「電話ですか……?」
恭子「そうみたいやな……」
ポケットから携帯を出しながら、
恭子は廊下へと出て行く。
恭子「もしもし、漫ちゃんか……なんや、急ぎの用事か?」
廊下から恭子の声が聞こえてくる。
咲はその声に聞き入った。
恭子「はっ?……今からって、あかんわ……そんなん言われても……」
少し焦ったような恭子の声。
咲(何か困った事でもあったのかな……)
恭子「……分かった。少しだけやで」
困った様子でリビングへと戻ってきた恭子は、
寿司の入ったビニール袋を持って咲に声をかける。
恭子「これ持ってって上で食べといて」
咲「末原さんは?」
恭子「これから漫ちゃんが来るねんて……」
恭子「もう家の近くに来てる言うから、悪いけど2階上がっててくれへんか」
そう言われて嫌だと言うわけにもいかず、
咲は渋々2階へと上がった。
程なく鳴り響くインターホン。
鍵の開く音とともに、二人の声が聞こえてくる。
咲はプラスチックの容器を開けながら
かっぱ巻きを口に放り込んだ。
咲(一人だと……味気ない……)
少し開いた扉から二人の声が微かに聞こえてくる。
面白くない。
それじゃなくても今日は恭子が長めに外出していたせいで、
ろくに話もしていないのに・・・
咲(断ったらいいじゃない。私のこと好きなんでしょ……)
そう思いながらため息を吐く。
扉を開け、階段のところまで足を進めた咲は
二人の会話を聞くことにした。
恭子「何や突然訪ねてきたりして」
漫「先輩、最近私のことを避けてるから……」
恭子「避けてなんてないわ。さっき学校でも言うたやろ」
漫「そうですけど……」
恭子「わざわざ家に来んでも、電話で話せばええやん」
漫「他にも話がありましたし……」
恭子「話?」
漫「先輩、最近付き合い悪いですし。部にも全然顔を出してくれません」
恭子「そんなん言われても、私はもう引退した身やし。それに用事もあったしな」
漫「………先輩。最近清澄へ行かなくなりましたね」
恭子「………」
漫「宮永咲が部活を休んでるからですか?」
恭子「……漫ちゃんには関係あらへんよ」
漫「関係なくなんてありません!私は……」
咲はその言葉に足元を見つめていた顔を上げた。
咲(あの人、末原さんのこと好きなんだ)
流石にこういう事に関して鈍感な咲でも、
漫の態度には気が付いた。
漫「私、先輩のことだから気にするんです」
恭子「………」
漫「好きです。末原先輩」
恭子「……漫ちゃん。外散歩しながら話そか」
咲は慌てて下から見えない位置まで移動した。
家を出て行く二人の足音。
咲は閉められた扉の音を耳にしながら、
ただ立ち尽くしていた。
――――――――――――
――――――――
――――
あれから一時間以上。
二人の出て行った扉は開く様子もない。
咲(末原さんは知ってたのかな、あの人の気持ち……)
空虚な瞳が天井を仰ぐ。
TVをつける気にもなれず、咲はベッドへと横たわっていた。
咲(何話してるんだろう……)
考えまいとしても浮かんでくる思い。
咲はぼーっと考える。
咲(……そうだ。私なんでここにいるの……?)
当たり前のように他人のベッドに横になっている自分。
がばっと身体を起こし、部屋の中を見回した。
見慣れた家具。見慣れた布団。
使い慣れたTVやゲーム。
心地よく感じ始めていた部屋の空気。
咲(ここは私の部屋じゃない……)
ゆらりとベッドから立ち上がる。
棚に置いてあった自分の鞄を手に取った。
咲(もう、帰ろう……)
階段へと降りていく。
咲(手も足も自由なんだ……)
ここに留まる理由なんて一つもない。
咲(もう……帰ってやる……)
玄関のドアノブを握った手が僅かに震えている。
その手にぽたりと、目から流れ出た雫が落ちてきた。
何だか寂しかった
何だか悔しかった
帰りを待っていたのは私だけで
話したかったのも私だけで
あの人は私を好きだと言ったくせに
余裕がなくなっているのはいつも私・・・
こんな所・・・こんな所・・・
開けられた扉が小さな音を立てて軋んだ。
赤く寂しげな夕焼けが、頬の濡れた咲の姿を映し出す。
咲(せめて夜なら良かったかな……)
戸惑いがちに踏み出した足が、
寂しく長い影を引きずった。
咲(私がいなくなったら、あの人は少しは悲しんでくれるのかな……)
心の中で呟いた言葉。
沈む夕日は聞いていただろうか。
赤く輝き沈んでいく太陽は、
最後の光を切ない色で灯し夜を連れてやってくる
――――
――――――――
――――――――――――
家の玄関を開けると、つんと埃の匂いが立ち込める。
留守電には部内の皆、とりわけ和からのメッセージが山ほど入れられていた。
心配してくれていたのだろう。
早く返事を返さなくてはとは思うものの、今は誰かと会話する気にはなれなかった。
咲はベッドへと横たわる。久しぶりの自分の布団。
この上で眠っていたのが嘘のように違和感を感じた。
折角帰ってきた家なのに・・・
咲(全然嬉しくないなんて……)
こんなにも心が空虚なのは何故なのか。
咲は自分で自分の心を計りかねていた。
恭子と過ごしてきたこの2週間。
咲にとって決して嫌なものではなかったのだ。
何時でも自分を大切にしてくれる存在が
身近にいる安心感。
最初の方こそ「逃げ出したい」なんて思ってはいたものの、
いつしか恭子の帰る時間が待ち遠しくなっていた。
玄関の開く、あの瞬間を。
咲(私は待ってたんだ……)
静かに目を開くと、星の瞬く夜空がカーテンの開いた窓から見える。
見慣れていた筈の景色なのに・・・落ち着かない。
大体自分の部屋の景色なんて、そんなにまじまじと見たことがあるはずない。
恭子の部屋にいた時は、他にすることもなかったから。
待っている間中、外の景色を眺めたり。
ぼーっと部屋の中を眺めたりしていた自分。
今となってはあの部屋が恋しいような気さえしてくる。
咲(でも、もうどうでもいい……やっと解放されたんだ……)
――――――――――――
――――――――
――――
暗くなった部屋に咲の姿はなかった。
開けた自室の扉に寄りかかったまま、
恭子はずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
恭子「当たり前のこと、やんな……」
消えた咲の鞄と靴が、
これが幻ではないと映し出す。
さらってきたこと自体が幻だった・・・
そんな感覚に一瞬囚われるも、二人分の寿司が目に映る。
そのうちの一つは半分ほど中身が減っていた。
それが先ほどまで咲がこの部屋にいた事を示している。
恭子はのろのろと起き上がり、
咲が残した寿司を一つ拾いあげた。
恭子(宮永はホンマお寿司が好きやったな……)
美味しそうに食べている姿に何度魅入られたことか。
恭子は小さく笑った。
摘み上げる指先にシャリが挟まる。
乾いた米粒。
どれくらいこの部屋で自分を待っていたのだろう。
今日だけじゃない。
この部屋で、この2週間何もしないで、ただじっと・・・
いつ帰ってくるかも解らない自分を待ち続けた咲。
そんなに心細かっただろうか。
いつまでたっても口数こそ増えはしなかった。
だが、自分を見る瞳が段々と穏やかなものになっていっている、
そんな感覚はあった。
干からびた寿司をビニール袋に詰め終わり、
恭子はゆっくりと立ち上がる。
恭子(これで良かったのかもしれへんな……)
どうせずっとここに置いておけるわけもない。
夏休みが終われば学校も始まる。
良い思い出の沢山できた、充実した夏休み。
恭子(そう思わせてもらっても……ええやろうか……)
ぽたり、ぽたりと床に雫が落ちていく。
頬を伝う涙は止まらない。
静かに更けていく夜のとばりのなか。
恭子はゆっくりとベッドに横になった。
もう何もする気が起こらない・・・
2週間ぶりに横たわった自分のベッドは、何だか他人のものの様だった。
柔らかく冷たい布団から、
咲の匂いが俄かに鼻孔を擽る。
もう動く事も面倒で、呼吸する事さえ面倒だった。
何もしたくない。何も考えない。
一人になったこの部屋では、きっと何をしても
楽しくは感じられないだろうから・・・
――――――――――――
――――――――
――――
漫「先輩、また食べてないんですね……」
鼓膜を震わす声の主に視線も向けず、
恭子はベッドに横になったまま。
漫「明日は夏休みの最終日なのに……こんな状態で学校に通えるんでしょうか」
全く手の付けられていない食事を見つめて
漫はため息を吐いた。
咲がいなくなった日から3日がたとうとしている。
その間、恭子はただ生きているだけだった。
漫が恭子の家を訪ねてきた時は
蒸し風呂の様になっていた家の廊下で恭子が倒れていた。
熱に浮かされた様に、咲の名を繰り返し呼ぶ恭子。
漫はそんな先輩を放っておく事などできなかった。
たとえそれが、自分を振った相手でも。
漫「先輩……何か食べないと身体が持ちませんよ……」
心配げに向けられた視線。
それでも恭子は動かない。
漫はグラスを恭子の唇に押し当て、
強制的に水を飲ませた。
滅多に瞬きさえしない瞳。
何も考えてなさそうな空虚なそれは生気を感じられない。
漫「明日また、来ますから」
寂しい声音で呟いた漫は部屋の扉を閉めた。
夕方の朱色の空が視界の端で輝いている。
しかしそれさえ目に入っていないのかも知れない。
恭子の目に映っているのは咲の姿だけ。
この部屋で共に過ごした残影が、部屋のあちこちに映し出される。
床に食事を広げ、二人楽しく話しながら食べたこと。
ベッドに寄りかかって、TVを見て笑う咲。
眠れない、と話し相手を求めてきたこともあった。
沢山の思い出が部屋中に込められている。
だから、ここが幸せ。
ここから動くと咲の幻が消えてしまいそうで・・・
今の自分を見たら、咲は何と言うだろうか。
恭子(そうやな、宮永ならきっと……)
咲「何してるんですか。死にそうになってますね」
ああ、多分そんな風に言ってきそうだ。
とうに夕日の沈んだ暗い部屋に、
浮かびあがる想い人の残影。
その姿がゆっくりと近づいてくる。
ベッドの端に腰を下ろした咲は、
いつもは恭子がしていたように優しく髪を撫でてきた。
咲「そんな元気のない末原さん、はじめて見たかも」
言いながら、何度もその手が髪を梳く。
恭子(そうやったか?いつもこんなんやで)
言いかけた口が、動かない。
乾いた喉から声が出ない・・・
かすれた空気だけが僅かな音として漏れ出した。
咲「そんな末原さん、魅力ないですよ」
少し切なげに見下ろされた瞳から雫が溢れ、
恭子の頬に落ちてきた。
温かい・・・温かいな・・・
波紋のように恭子の心に浸透していく。
落ちてきた雫が頬を流れる感触。
恭子(幻覚やない……!?)
久しぶりに自分の意思で瞬きをする。
手を伸ばそうとすると、咲の身体が離れていく。
恭子(待って、待ってくれや……)
だるく重い身体を起こし、めいっぱい腕を伸ばした恭子を
咲は静かに見下ろしている。
帰ってきてくれるんか・・・
戻ってきてくれるんか・・・
伸ばされた手が僅かに震える。
咲はそれを見て、小さく首を横に振った。
咲「そんな貴方なら、私はいりませんよ」
少しづつ、少しづつ遠ざかっていく咲の身体。
恭子はベッドに張り付くような重たい身体を起こし、
痺れる足で咲の傍へと駆け寄った。
そしてありったけの力でその身体を抱きしめた。
ベッドの残り香からしか感じられなかった咲の匂い。
今、確かに自分の腕の中にある。
恭子「そんなこと言わんといて……」
かすれた声が響く。
抱きしめられたまま、咲は胸に安堵感を抱えていた。
そしてゆっくりと口を開く。
咲「末原さんには私が必要ですか?」
尋ねられた問いに恭子は大きく頷く。
咲「私がいないと寂しいですか?」
頷きながら、抱きしめる力を強める。
咲「ねえ。私はどちらでもいいんですよ」
その言葉に弾かれたように、
恭子は咲の顔を覗き込んだ。
咲「末原さんが私を必要だって言うのなら、貴方の傍にいてあげます」
夢のような言葉に、恭子は言葉も発せず
ただじっと咲を見やった。
咲「その代わり、一生私だけを愛して。一瞬だって他の人なんて見たら許さない」
その瞳が魅惑的に光る。
咲「貴方は一生私だけ見てて」
愛してるなんて言わない。貴方が好きだなんて言わない。
貴方が欲しいものは私だから・・・きっと言葉なんて必要ない。
恭子「見てる……咲だけずっと見てる……」
抱きしめた腕から熱が伝わる。
もう離さない・・・そんな意思が感じられた。
貴方の欲しい言葉は、言うつもりは『今は』ないから・・・
聞きたかったら全力で私を愛して。
暗い部屋のなか、二人は静かに抱き合う。
恭子はやっと心から抱きしめた相手を放す事が出来なくて。
咲はやっと心から抱きしめて貰えた腕を手放すのが惜しくて。
だから、二人は抱き合ったまま・・・
やがて長い夜が明ける。
思いの通じ合った二人が新たに踏み出す明日が、はじまる。
カン!
これで完結です。
見てくださった方ありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
期待