【ミリオンライブ】「同級生の所恵美」 (19)
生まれて初めて、神様という奴を本気で恨んだ。
高校生活最後の学年での転校で配属されたクラスは、遊びの一切ない高校生活のほとんどを勉学に捧げる奴らが集まった、いわゆる一つの地獄ってやつだった。
実際、俺の自己紹介にも眉一つ動かさず、機械的な拍手をするクラスメイトを見た時には、寒気しか覚えなかった。
そんな中、唯一、俺にまともに接触をしようとした人物がいた。
そいつは血の通った笑顔で俺に笑いかけ、担任に「アタシの隣空いてるしそこ座ってもらったらどうですかー?」と進言までしてくれた。
礼を述べる俺に向かって、そいつは所恵美と名乗った。
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それから先、所と行動を共にすることが非常に多くなった。
所の家が俺の家から徒歩5分ほどということもあり、登下校から昼休みから何から何まで一緒だった。
休日も大体……というか、俺の朝は、所が連打するチャイムの音で始まった。
転校してから一月ほどは街の遊び場を教えてもらったが、それからほどなくして、朝から夜まで一日中所と一緒にいることが多くなった。
所が昼飯に作る炒飯はそれはそれは美味しかったし、気づいた時には所は俺よりモンハンが上手くなっていた。
所と親しくなり数ヶ月ほど立ったある日のこと。
彼女が嬉しそうな顔をしながら俺の机にやってきた。
「おっはよ!いやー、今日も寒いねー」
「おう。なんか嬉しそうだな」
「あっ、わかっちゃう?わかっちゃうかー。実はね、これに応募してきたのさっ」
カバンから取り出された書類を机にぶちまける。それは、近々この近くにアイドルの劇場が出来るというチラシだった。所が応募したのはその一期生募集のオーディションらしい。
「アイドルね。なんでまた」
「んー。この三年間楽しかった思い出があんまなくてさ。最後にドーンとデカい花火を打ちあげようと思いまして!」
「……なるほどね」
確かに、この学校はいささか息苦しい。所のような性格ならなおのことそう感じることが多かっただろう。
「まあ落ちるだろうけどさ。応援よろよろって感じで、一つよろしく頼むよ」
「……ああうん。じゃあ俺が予約するわ」
「予約?なんの」
「お前のファン一号」
それから2週間ほどで、所恵美のアイドルデビューが決まった。
本人が一番驚いたようで「いやー、まいったなー。あはは」などと笑っていた。
「所がアイドルか……なに、フリフリの衣装着たりするわけ?」
「まあ、そりゃそうだろうねえ。絶対似合うと思うけど」
「冗談きついって! アタシがアイドルとかさー。マジ選んだ人節穴だってー」
「……じゃあ、俺もか」
「へ」
「予約したろ。お前のファン一号」
「あー……仕方ない。ファンの期待は裏切らんないし。やりますか。アイドル!」
うん。それでいい。所は笑ってるくらいがちょうどいい。
最初は、下校する時間が早くなった。
それからすぐ、朝から来ることもなくなった。
今では、週に一度学校に来ればいいほうだ。
半年前までやたらに騒がしかった俺の右隣は、急に静かになってしまった。
けど、俺には彼女を応援する義務がある。
自分からファン一号を名乗ってしまった以上「アイドルなんてやめてまた一緒にグダグダしよう」なんて口が裂けても言えない。
それに、登校してきた時はだいたい所は俺と絡んでくれた。
流石に今までどおりとまでは言わないが、彼女が俺に声をかけてくれるだけで良かった。
「はいこれ、今度のライブのチケット」
「……いくらだ? 今手持ちあるかな……」
「いやいやいやいやタダでいいって! あんたから金なんて取れないって」
「そういうのはよくないだろ」
「まああれだよ。ファン一号特権ってやつ?」
「それならなおさら良くない。俺がそんなことをしてたらお前のファンみんながそういうふうに思われる」
「真面目か! あはははは!」
いつも通りのバカ話。こんな会話がいつまでも続けばいいなと俺は思っていた。
卒業式の十日前ほどか。所の初めてのライブがあった。
彼女が華やかな道を歩むのと裏腹に、俺はというと地元の大学に行くことしか決まってなかった。特にやりたいことがあるわけでもない。流されるままに選んだ道だった。
所のライブはすごかった。500人ほどしかいない会場にも関わらず、熱狂的というか、本当にこいつらみんなこいつが好きなんだなって思った。
トークパートで所が「アフタースクールパーリータイムは友達のために歌った歌」と言った時、明らかに俺と目が合った。しかもウインクまでしてきた。
そのウインクを見た俺の隣の奴が「今俺にウインクした!!!」って叫んでいた。
なんというか、本当に心得てるなと思う。
周りがセンター試験で沸き立つ頃。所がついに一度も学校に来ない月が生まれてしまった。
辛い。寂しい。俺の隣を埋めてくれるのはお前しかいない。
そんな言葉を何度あいつにぶつけようかと思っただろう。
けど、それはただの甘えだ。
あいつを支えたいと思ったやつが、あいつに支えられていい訳が無い。
そんな風に自分を鼓舞する日が続いていたある日のこと。
会議室から聞こえた所の笑い声に反応した俺は、一番見たくないものを見てしまった。
出来心で覗いた部屋の中には、所と担任、それに校長。それに――俺の知らない、スーツ姿の男が座っていた。
冷静に考えたらわかっただろう。その男は所のマネージャーかなにかだ。
それでも耐えきれなかった。所の隣に俺以外の誰かが座って、そいつに笑いかける所の姿を見るのが。
あいつは誰なんだと問おうとして気づいた。家が近すぎて、互いが互いの連絡先すら知らないことも。
卒業式を二日前に迎えたある日のこと。
朝も九時前からチャイムが鳴り響き、誰かと開けてみると、そこには半年ぶりのいつもの光景が広がっていた。
「やっ。久しぶり。やー、実は今度ドラマに出ることになったんだけど。なんかそれでデートすることになってさ。アタシそんな経験ないし、高校生活最後の思い出ってことでさ。今から行かない? チケットはあるからさ。じゃ、10時に迎えに来るね」
言いたいことだけ言って立ち去っていくあたり、前と全然変わってないなと思う。その変わらなさが嬉しくて、準備中も笑いが止まらなかったのはここだけの話だ。
三度目のチャイムで玄関を開ける。そこに立っていたのは、普段とは似ても似つかない格好に身を包んだ所の姿だった。
「……スカート、似合うな」
「よくいうよー。普段学校であんだけ見てたくせっ。ま。これワンピだからねー。仕方ないかな?」
クルクルその場で回る所に合わせてスカートの裾がひらりと踊る。
変わってないと言ったのは訂正しないといけない。所作から何から、所は既に立派なアイドルだった。
「やっぱり似合うじゃん。フリフリ」
「いやこれはまた別もんでしょ!」
それから久々に、所と過ごす……おそらく、最後になる休日を満喫した。
所と行った遊園地は町外れの寂れた場所にあり、そこには所のプライベートを詮索する無粋な輩は一人もいなかった。
「……役作りとは言ったけどさ。もしかしたらアタシがあんたとこうやって遊びたかっただけかもね」
夕焼けに染まった街を眺めながら、観覧車で所がそんなことを言った。
「そっか……あのさ、所。俺、所と出会えて良かった」
本当にそう思う。所がいたおかげで、俺の高校生活はすごくいいものになった。
「アタシだってそうだよ……いや、アタシなんて、あんたが引っ越してくるまで2年待ったんだからねっ!?」
ああそうか。所も俺と同じだったんだな。
「そういやそうだな。俺、引っ越してよかったよ」
「アタシも、あんたが引っ越してきてくれて良かった」
言いたいことは本当はまだある。でも、それを言ってしまったら、俺達の関係はおそらく終わってしまう。だから、これでいいんだ。
卒業式当日。当たり前のように、所恵美が俺を迎えに来た。
「こうやって一緒に行くのもひさびさだねー」
「まあお前が忙しかったからなあ」
「あー、またそういうこという」
「ん?」
「あんたさー。いつまで所なんてよそよそしい名前で呼ぶの?」
「……」
「いやだまんないでよ……恵美ってさ、呼んでよ。そう呼んでくれて大丈夫だよ? ……アタシは、あんたとはそれくらいの仲だって思ってたんだけど。アタシの勘違い?」
いいや違う。俺とお前は……親友で。仲間で。クラスメイトで。
アイドルと、ファンで。
「……恵美」
「……うん。ありがとね」
「アイドル、頑張れよ」
「うん。あんたも。大学頑張って」
「ああ」
「大学で彼女とかつくんなよ?」
「それは無理だ」
お前以上にいい女なんて出会える気がしない。
「あっはは。あんたらしいね」
笑いながら同じ速度で……いつの間にか、この半年で歩幅が恵美と同じになっていた。
そろそろ、学校が見えてくる。
教室では話せないだろうし、恵美と話せるのはこれが最後だろう。
「恵美……いいアイドルになってくれよ。俺がクラスメイトだったって自慢できるような」
「もち。あんたもちゃんと応援してよね? これからどんだけ大きい会場でライブやってもあんたは必ず見つけるんだから」
それこそ任せろ。こっちはファン一号だ。
そこから先は無言だった。
扉をあけて教室に入り自分の机に座る。
窓の外に咲く桜を眺め、これからの恵美の幸せを祈った。
end.
恵美誕生日おめでとう!
恵美に出会えて、恵美をプロデュースできて本当に良かった!絶対にトップアイドルにするからな!
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