阿武隈「北上さんなんて、大っ嫌い!!」 (376)

このSSは以下の成分を含みます

※亀更新
※地の文
※キャラ崩壊
※申し訳程度の史実要素
※唐突なシリアス

これらが苦手な人は540゚栗田ターンを決めてお帰り下さい

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1428240085

酉付け損ねた
こちらでいきます


「……北上さんのバカぁっ!!もぉ、北上さんなんか大っ嫌い!!左足の親指から小指まで全部突き指しちゃえ~~っ!」

泣きながら走っていくお団子ツインテールの艦娘の背中を見ながら、北上がけらけら笑っている。

「……ずいぶんと個性的な悪口だったな」

「もぅ、北上さんったら、いつもあの子にばっかりちょっかいかけすぎですよ」

提督と大井が呆れ顔で見送る。

「あはは~、けど阿武隈ってさー、見てるとな~んかちょっかいかけたい気分にならない?」

「まぁ、解らんでもないが……」

「もう、提督まで……」

やや複雑そうな表情を浮かべる大井。

「……まあ、艦娘同士の個人的ないざこざにまで口をはさむ気はないが、笑い話で済むくらいにしとけよ。本気で仲違いして任務にも支障をきたすようになったら冗談じゃ済まんからな」

「そうですよ。わたしや提督以上に仲良くなったりする必要はありませんけど、つまらないことで北上さんの評判に傷が付くのは、わたしイヤですからね」

「わーかってますって。提督や大井っちに迷惑はかけたくないし。大丈夫だよ~」

北上はぱたぱたと顔の前で手を振り、少し遠い目をした。



「阿武隈、かぁ……」

~軽巡寮~


「……もうっ!ほんっと何なのよあの人!布団干すたんびに雨に降られちゃえばいいのに!ついでに毎回傘忘れちゃえばいいのに!きらい、キライ、大っ嫌い!」

「機雷機雷ってうるさいなー。なに?ま~た北上さん?」

三段ベッドの下段で枕にぼふんぼふんとパンチを食らわせながら阿武隈が騒いでいると、同室の鬼怒が声をかけてきた。

「そうよ!いっつもいっつも、前髪わしゃわしゃしてきたり、からかってきたり悪戯してきたり!出撃しても早く帰りたいとかめんどくさいとかやる気のないことばっか言うし!そのくせMVPだけはちゃっかり持っていくし!こないだなんか、あたしが一生懸命育ててたしょくぶつの森、ちょっと離れた隙に勝手に荒らしちゃうし!あぁ、あの伐採魔のせいで、あたしが手塩にかけたサボテン畑が……」

「阿武隈ちゃんの趣味ってちょっと変わってるよねー」

「サボテン可愛いもん!」


「……どーでもいいけどあんた達うっさい、特に阿武隈」

最上段のベッドからごそごそと不機嫌そうに顔を出したのはもう一人の同室の姉、五十鈴である。

「……あ、ごめん五十鈴お姉ちゃん、起こしちゃった?」

「そりゃ起きるわよ、あんだけ騒いでたら……あー、今から寝直してたら夕方からの出撃間に合わないな……いいやもう、シャワー浴びちゃお。なんか飲み物あったっけ?」

あくびをしながら降りてくる五十鈴に、鬼怒が冷蔵庫を指差す。

「さっき見たとき、まだ牛乳2本あったよー」

「ちょっとぉ、鬼怒ちゃんそれ、あたしのなんですけど!?」


「いいじゃん別にー。言っとくけど阿武隈ちゃん、牛乳飲んだからって、胸部装甲は別に厚くならないからね?」

「……べっ、別にそんなので飲んでる訳じゃないもん!好きだからだもん!」

「あーはいはいわかったわかった。ムキになんじゃないの。あと鬼怒も余計なこと言わない。とりあえず一本もらうね」

阿武隈の頭をぽんぽんとはたいて五十鈴が通り過ぎる。ついでに鬼怒の頭にはぺしっと軽くチョップを喰らわす。

横暴だー差別だーえこひいきだー、などと鬼怒が騒いでるが、五十鈴は取り合わずに冷蔵庫から牛乳瓶を1本取り出した。

キャップを外して牛乳瓶に口をつけると、腰に手を当て、胸を反らしてぐびぐびと飲み干していく。

細い喉が牛乳を嚥下していくごとにかすかに動くのが妙になまめかしい。

さらに、ただでさえ豊満な五十鈴の胸部装甲が、胸を反らすとなんというかこう、さらに強調される。


たゆんたゆん。


思わず自分の胸に手を当てて見下ろす阿武隈。


すっとーん。


「あたしも改二になったらちょっとは違うのかなぁ……」

「いやどーかなー…龍驤さんとかの例もあるからねぇ……」


「……馬鹿なことばっか言ってんじゃないの」

ぷはぁ、と息をついて口のまわりの白いヒゲを拭いながら、五十鈴が顔をしかめる。

「とりあえず阿武隈、あんまり度が過ぎるようなら、あたしから北上に言おうか?」

「……ううん、いい」

この程度のことでいちいち姉に頼る訳にはいかない。それこそ北上に、にやにやしながら馬鹿にされるのがオチだ。

いや案外、すんなりと「あっそぉ?ふーん、解ったよ気をつけるねー」とかの一言で以後関わってこなくなる可能性もある。

あるのだが。

それはそれで、なんか腹が立つ。

今日は投下ここまで
お目汚し失礼

コメント感謝
感想とか書いてくれるとモチベとかいろいろ気分が昂揚します

アンソロ数冊しか買ってないけど阿武隈が川内型の部屋に逃げ込む話あったなー。鬼怒が無言で「鬼怒っ!」ってポーズ取るとこ笑った

陽抜いいよね
阿武隈カッコ良かった
この阿武隈ちゃんはあそこまで成長してないです。まだ。

短いけど投下


「……けど、あたしは北上さん結構好きだけどなー。大井さんとかに比べるとあんま怖くないし、意外とお茶目で面白いし。あと、なんと言っても強いしねー!」

鬼怒の言葉がちくりと胸に刺さる。

そうなのだ。

元は自分たちと同じ軽巡の出でありながら、重雷装巡洋艦、それも改二にいちはやく改装され、今や鎮守府の全艦娘たちの中でも最強戦力の一角。

数々の戦役で敵の旗艦や主力を沈めたことは数知れず。
鎮守府内でも最高の練度を誇り、提督の信頼も厚い。

主席および次席秘書艦にして、鎮守府内で最初に、かつ同時にケッコンカッコカリを果たした二人の重雷装艦コンビ、北上と大井については、駆逐艦や軽巡たちの中でも密かに憧れや目標にしている者は多かった。


(……あっ、あたしは別に憧れてなんかいないけどっ!)


「だいたい阿武隈ちゃんって北上さんのこと嫌ってるけどさー。北上さんは、むしろ阿武隈ちゃんのことお気に入りだよね?」

頬杖をついたまま器用に首をかしげる鬼怒。

「そっ、そんなことない!……もん!」

馴れ馴れしくて意地悪で。

いつもへらへらしてて適当で。

何考えてるか解んないとこあるし。

そう、思えば、初対面からそうだった。

――
――――


着任初日。

小さな背中に大きな荷物を背負い、提督の執務室のドアの前に立った阿武隈は、手鏡を取り出して前髪を整えてから、深呼吸をした。

「……そんな緊張しなくても大丈夫だってば。うちの提督、見た目はいかついけど、割と大らかっていうかフレンドリーだから」

五十鈴が呆れたように阿武隈を見下ろす。

「だって、初対面の印象でだらしない子だって思われたらやだもん!ねえ五十鈴お姉ちゃん、あたし大丈夫かなぁ?前髪おかしくない?」

「だいじょぶだいじょぶあんたはちゃんと可愛い。……ほら、行くわよ」

ノックした後、「失礼します」と五十鈴が扉を開ける。

「こ、こんにちはっ!!軽巡、阿武隈です!!」

ぶんっと勢いよく金髪お団子ツインテールの頭を下げた後、かぁっと顔が熱くなる。

……しまった、「こんにちは」じゃなくて「はじめまして」だった。

それにどうせなら抱負とか自己アピールとか、もっと気の効いた言葉を付け加えれば良かったのに。

ああ、ドアを入るところからやり直したい。


……だが、いつまで経っても返事は返ってこなかった。

「ちょっと、提督は?あたし、この時間に着任の挨拶に来るってあんたに伝えてなかったっけ?」

「あー!ごめんごめん、提督に言うのうっかり忘れてたわ。今、大井っちと一緒に工廠に行ってるけど、そろそろ帰ってくると思うよー」

「……もう!せっかくあたしの妹が着任したっていうのに!あんた一応主席秘書艦でしょ?適当なのもいい加減にしなさいよ……っていうか阿武隈、あんたいつまで頭下げてんの」

「ふえっ!?」

顔をあげると、まず正面の壁にかかった「夜戦主義」という大きな掛け軸が目に入る。

その下には提督の席だろうか、立派な机と椅子があり、椅子ではなく机に一人の少女が腰かけて、脚をぶらぶらさせていた。

この人が秘書艦……なのか?

とりあえず短いけどここまで。
今夜遅くか明日また来ます

来ました
書きため分に修正加えながらぼちぼち投下します

見たことのないクリーム色の丈の短いセーラー服型の制服。長い三つ編みのおさげの黒髪。腕にも脚にも、これでもかと言わんばかりに魚雷発射管が装着されている。

「あー。はじめまして、ってゆーか久し振り、ってゆーか……やっぱ、はじめまして、かな?あたしは北上。球磨型の重雷装巡洋艦、ハイパー北上さまだよー」

ひらひらと手を振るとおさげの艦娘は、よっ、と声をあげて机から飛び降りた。

弾むような足取りで阿武隈に近づくと、いきなり阿武隈の頭をがしっ、とつかんで、前髪をわしゃわしゃとかき回してくる。

「なーにさ阿武隈ー?ずいぶんとまあ、可愛くなっちゃってー?」

「ちょっとやめてよぉ!前髪直したばかりなのにぃ!」

「前髪なんか別に気にすることないじゃーん。どーせ海に出れば、風と海水で、ばさばさになるんだし」

「それでもやなの!」

「新人のくせに生意気だなー」

「馬鹿にしないで!あたしだって、やれば出来るんだから!」

「ほ~、その負けん気、いいねぇ、しびれるねぇ。……よし決めた。阿武隈、あんたの教導、あたしがやるから」

「ふえぇっ!?」

五十鈴が顔に手のひらを押し当てて、ため息をつく。

「あんたがそう言うなら任せるけどさ……北上、あんた、あたしの妹、あんまいじめないでよね?」

「ふえぇっ!?そんなぁ!?やだぁ、五十鈴お姉ちゃ~ん!」


――それが、艦娘・阿武隈と艦娘・北上の初対面だった。

――――
――



「……そりゃ、あたしだって、あの人たちが凄い艦だってのはわかってるけど……」

初対面での馴れ馴れしさやその後のあれこれで、すっかり自分の中で「変な人」とのイメージが定着してしまった北上だが、出撃や演習でその実力は嫌というほど見せつけられている。

「凄かったよねー、特にこの前の合同演習!まじパナイって思ったもん!」


各地に点在する各鎮守府は、それぞれ完全に独立した運営方式をとっており、大本営からの直々の命令を受けた大規模合同作戦でもない限り、お互いに関わることはほとんどない。

唯一の例外と言えるのが合同模擬戦演習で、これは大本営から指定を受けて「攻撃側」と「防御側」に割り振りをされた数ヶ所の鎮守府の艦娘同士が、それぞれ艦隊を組んで模擬戦闘を行うものである。

基本的に艦娘の戦いは深海棲艦に支配された海域への出撃が主になるため、演習のシステムも、防御側より攻撃側の提督や艦娘たちに経験を積ませる、ということが主眼になっている。

具体的に言うと、例えば、攻撃側の鎮守府には防御側の編成があらかじめ知らされているため、相手に合わせた編成や装備などの対策を練ることができる。

実際に演習を申し込むかどうかの選択権も与えられるので、演習においては「数百戦、数千戦無敗」の鎮守府もざらにあったりするわけだ。


一方、防御側を割り当てられた鎮守府には、挑まれた場合の拒否権がない。そのかわり、使用した弾薬や燃料は大本営に補填してもらうことができるので、メリットも大してない代わりに、デメリットもほとんど生じない形になっている。

もちろん編成はそれぞれの鎮守府に任されているが、一般的に、防御側が練度の高い艦娘を演習に出してくれればこの上なく実戦的な訓練になるため、攻撃側には歓迎される。

ごくまれにではあるが、防御側で、単艦でありながら空母の艦載機攻撃や戦艦の砲撃を全てかいくぐり、戦術的勝利をもぎ取るような剛の者もいたりして、そうした艦娘は、防御側のみならず攻撃側の鎮守府でも、ちょっとした英雄扱いされるのが通例だ。


ただし、防御側を受け持つ鎮守府の提督達の中には、わざと着任したてで練度の極端に低い艦娘を演習に出す者もいたりするわけで。

そうなると、単なる棒立ちの相手を撃つためにわざわざ貴重な弾や燃料を消費するも同然、ということになり、

「自分の鎮守府で、動かない標的相手に訓練してた方がマシだった」レベルのろくでもない経験にしかならなかったりする。

こうした「嫌がらせ編成」を、阿武隈や北上の所属しているこの鎮守府の提督は、ことのほか嫌っていた。

今日も仕事中にちょびっと投下
演習編めっちゃ長くなりそう……


大和と武蔵は、内心猛り狂っていた。

「大和ホテル」に「武蔵旅館」。

前の世界で、戦時窮乏の折にもかかわらず豪華な内装、冷房の効いた艦内、軍楽隊つきの料理……それらに満たされた戦艦・大和と戦艦・武蔵は、他の艦の乗組員達からそう揶揄されていた。

感情も意志も持たなかった軍艦時代の事とはいえ、あの頃を思い出すと、艦娘として新たに生を受けた今、忸怩たる思いを禁じ得ない。

しかも大和達は艦娘として生を受けた今回もまた、言わば飼い殺し同然の扱いを受けている。

ただ【提督】の身の回りの世話をすることと後方の任務だけを命じられ、他のことは己の艤装の手入れ以外、何も許されない。

出撃はもちろん、演習にさえ出させてもらえない日々。


――ああ、お前たちは美しいなあ。

――お前たちは他の艦とは違う。特別な存在なんだ。

――出撃?まだ必要ないよ。そのうち、今の戦力で問題が出てきたらお前たちの力を借りることにしよう。それまでは私のために後方で尽くしていてくれ。

――今回もまた勝利できたよ。お前たちが見守ってくれていたおかげだな。

――演習?わざわざ他の鎮守府に出向く必要などないだろう。受け手側でならまあ……好きにしろ。

――また今日も、潜水艦部隊からの申し込みだけだ。残りは全部辞退してきた。全く、情けない連中ばかりだな。

――お前たちは象徴なのだ。そのまま、ただ存在しているだけで相手を圧倒し、味方を鼓舞してくれる。存在してくれているだけで充分意味のある存在なのだ。




大和と武蔵にとって不幸だったのは、彼女たちの【提督】が、彼女たちを使わなくても現状の担当海域を維持できる程度には、それなりに有能だったことだろう。


【提督】は、彼女たちを軽んじていたわけでも疎んじていた訳でもない。
だが、彼の愛情の注ぎ方は言うなれば――


綺麗に作り上げた艦船模型を池やプールに浮かべようとは絶対にせず、最初から最後までガラスケースの中で愛でるような。

新車のシートにかけられたビニールを延々破こうとしなかったり、新しいスニーカーを雨の日に使うことを嫌がるような。

日本刀の真剣を、護身用でも心身鍛練用でもなく、観賞用として所有するような。


美しさを愛でるという点だけ見れば決して間違ってはいない、しかし、だとしてもやはりどこか歪な、そういう愛し方であった。


北上と大井が最後に浮かべたにやりとした表情を思い浮かべ、大和と武蔵は歯を噛み締める。



……お前たちに何が解る。

……戦えない身のもどかしさの何が解る。

……自分よりか弱い者たちに戦の負担を押し付けて、ただ日々を過ごす辛さの何が解るというのだ。



それが――【提督】の方針が、決して悪意から来る結果ではないだけに、強くは逆らえないこの苛立ちを。




今の自分たちが練度において劣っているのは百も承知。


だが……『大和ホテル』に『武蔵旅館』――その呼び方だけは許せない。



その侮辱のツケ――存分に払ってもらおう。

とりあえずここまで
続きは深夜に
特に理由のない暴力が大和型を襲う――!!(※嘘です)

初春

満潮
古鷹
名取
大鳳

で、【名はNAMEと読め】って艦隊には当たりましたね
全力で叩き潰しましたが
今帰りました
風呂入って日付が変わるくらいからぼちぼち投下します

今回はいつにも増して独自設定(解釈)マシマシですので生温かい目でよろしくお願いします
あとガラケーで書きためメモ修正しながらなので投下速度一定しません
ツッコミ、感想などは投下中でもご自由にどうぞ

では再開します


東西南北に四辺を配した正方形に区切られた、演習用の水域。

今回の模擬戦では、北東の隅から北上と大井、南西の隅から大和型2隻が入場し、お互いに索敵しながら戦う形になる。

演習開始のサイレンが鳴り響くと同時に、大和と武蔵は零式水上観測機を発艦させた。

それに少し遅れて、北上と大井は猛然と主機の回転数を上げ、二手に分かれて走り出す。

北上は西方向、大井は南方向に。ちょうど演習水域の外周をなぞるような形で別行動を取るようだ。




「互角の戦いにもちこめる夜戦まで、せめてどちらか一人は生き残れるよう二手に分かれた……?でも」

モニターの点を見ながら、阿武隈は呟く。

相手が予期していないところへの奇襲ならばともかく、これは戦闘を前提とした演習だ。

まして、大和型には、水上観測機が初期装備として支給されている。

「……ああっ、見つかっちゃった!」

北上、大井のそれぞれの動きが相手の水観に捕捉されるまで、演習開始から大した時間はかからなかった。

「……何考えてんの!?ただでさえ分が悪いのに、動きが相手に丸見えの状態で戦力を分散するなんて!?……これじゃ各個撃破のいい的じゃない!」

イライラと爪を噛む阿武隈。


ほう、と感心したように提督が声をあげた。

「戦術の基本は押さえているようだな。流石はかつての一水戦旗艦」

軍帽をかぶった巨体の男は、やや垂れ気味の目を優しげに細めた。

ぶ厚い手のひらを阿武隈の頭にぽんと載せ、わしゃわしゃとかき回す。

「わぁ!あんまり触らないでくださいよぉ!あたしの前髪崩れやすいんだから!……提督、ちょっと北上さんみたいです」

「……おお、すまんすまん。つい癖でな」

気まずそうに提督が手を引っ込める。

手のひらの温かさが離れていく事に、ほんの少しだけ残念な気持ちが湧き上がってきて、阿武隈は自分に対して焦りを覚えた。それをかき消すかのように首を振って目をモニターに向ける。

水観で相手の位置を捕捉した大和と武蔵は、それぞれが東と北へ進路を向け、大井と北上の進行予測位置に向けて、二手に別れたところのようだ。

「火力で勝るぶん、一対一でも押し勝てると思ったか……いや、これはさっきの挑発が効いてるな」

提督の呟きが耳に入る。

北上と大井が、敢えて相手を怒らせて、一対一の状況に持ち込んだ、ということだろうか。

だがそれに何の意味がある?


北上と大井、大和と武蔵がそれぞれ演習海域の外周をなぞるように移動する。

このままそれぞれが外周沿いに航行するとすれば、北西と南東の隅で、もしくはそこを先に通り過ぎた大井と北上が、西辺上と南辺上で、武蔵・大和とそれぞれ会敵することになるだろう。

だが、北上と大井は、外周の一辺の半分程を移動したところで、それぞれ九〇度転進した。演習海域の中心で合流を図るつもりのようだ。

「一対一の戦いを挑むと見せかけて相手を分断。そこから速力を活かして相手より先に合流。分進合撃で二対一に持ちこむつもり……?」

モニターを見ながら阿武隈は息を呑む。

「……無線で連絡を取り合った様子もないのにほぼ同時に転進か。この連携の取れたタイミング、転進の旋回半径の小ささ……流石に見事な練度だ。だが」

武蔵が獰猛な笑みを浮かべ、北に向かって進路を取る。

「その動きはこちらから全て丸見えです。それに……」

大和もまた、東に九〇度転進する。

俯瞰して見れば、大井と北上はそれぞれ北と東から演習水域の中心点で合流を図り、それに遅れる形で大和が西から、武蔵が南から中心点に向かうように見えただろう。

だが、大和と武蔵は中心点を視界におさめる遙か手前で足を止めた。

二人の艤装が唸りをあげ、砲塔が旋回する。

「私たちの射程……お忘れではないかしら?」

大和が、武蔵のものとは違う、しかし見ようによってはさらに獰猛な、婉然たる笑みを浮かべる。

>>59訂正


北上と大井、大和と武蔵がそれぞれ演習海域の外周をなぞるように移動する。

このままそれぞれが外周沿いに航行するとすれば、北西と南東の隅で、もしくはそこを先に通り過ぎた北上と大井が、西辺上と南辺上で、武蔵・大和とそれぞれ会敵することになるだろう。

だが、北上と大井は、外周の一辺の半分程を移動したところで、それぞれ九〇度転進した。演習海域の中心で合流を図るつもりのようだ。

「一対一の戦いを挑むと見せかけて相手を分断。そこから速力を活かして相手より先に合流。分進合撃で二対一に持ちこむつもり……?」

モニターを見ながら阿武隈は息を呑む。

「……無線で連絡を取り合った様子もないのにほぼ同時に転進か。この連携の取れたタイミング、転進の旋回半径の小ささ……流石に見事な練度だ。だが」

武蔵が獰猛な笑みを浮かべ、東に向かって進路を取る。

「その動きはこちらから全て丸見えです。それに……」

大和もまた、北に九〇度転進する。

俯瞰して見れば、大井と北上はそれぞれ北と東から演習水域の中心点で合流を図り、それに遅れる形で武蔵が西から、大和が南から中心点に向かうように見えただろう。

だが、大和と武蔵は中心点を視界におさめる遙か手前で足を止めた。

二人の艤装が唸りをあげ、砲塔が旋回する。

「私たちの射程……お忘れではないかしら?」

大和が、武蔵のものとは違う、しかし見ようによってはさらに獰猛な、婉然たる笑みを浮かべる。



およそ軍艦に積まれた砲の中で、名実ともに最大の威力と射程を誇る史上最強の砲。

戦艦だろうと空母だろうと、水平線の彼方から、成層圏の高みから、相手を一方的に粉砕するその砲の名は――46cm三連装砲。

北上と大井が合流するだろう、演習海域の中心点。

大和と武蔵の巨大な主砲は水観の目を通し、ほぼ同時にその位置に狙いを定めていた。

こちらの攻撃は届き、相手の射程からは外れる、格好のアウトレンジ十字砲火の態勢。

相手の合流位置までの距離と速度と着弾までの時間を概算し、タイミングを計る。


――あと十秒……。

――五秒……三……二……一……



「敵艦補足!全主砲、薙ぎ払え!」

「遠慮はしない、撃てぇ!」

轟音が鳴り響いた。



「きゃあああっ!?」

「がっ……!?」




鳴り響いた轟音と共に膝を折ったのは。

北上と大井ではなく、大和と武蔵の方だった。

「雷撃……馬鹿なっ?」

衝撃と共に足元から吹き上がった巨大な水柱。

それには、色鮮やかな朱色が付いていた。

武蔵の左脚と左の主砲、大和の右半身ほとんどが朱色に染まる。

と同時に、武蔵と大和の主機の回転が勢いを失い、動かそうとした砲塔がきしむような音を立てた。

「ぐっ……!?」

模擬弾自体、当たれば当然それなりの威力はあるが、その程度では艦娘の艤装を傷つけるには勿論至らない。

この動作不良は、模擬戦演習用の砲弾や魚雷に内包された、朱色の染料によるものだ。

ただのペイント弾では、血の気の多い年少の艦娘たちや興奮した艦娘が、受けたはずの損傷を無視して砲や主機を普段通りに動かし、演習を続行しようとすることも多い。

そのため、この染料には艦娘の艤装の作動を阻害する特殊な成分が含まれていた。これにより、中破や大破の判定をより精密に行うことが可能となっている。

一説によれば、艦娘たちが反乱を起こそうとした時のために開発されたとも言われるが。

「くそっ、どういうことだ!?」

作動不良の度合いから見て、武蔵は中破、大和はほぼ大破。


だが、大和と武蔵の頭を占めていたのは、自らの損傷具合よりも、不可解な出来事に対する疑問だった。


いったい今……自分たちはどこから撃たれた?

いや、それ以前に奴らはいつ、魚雷を撃った?

奴らの姿は水観がずっと捉えていた。

奴らは一発の魚雷も発射していない。

奴らは何をした?

自分たちは……何をされたのだ?


甲標的、という名の装備がある。




本来の――「あちらの世界」でのそれは、魚雷発射機構を備えた小型の有人潜航艇を指す名であった。

だが、艦娘の一部が使うその名の装備は、あの世界のもののように、誰かが乗り込んで操縦するものでは勿論ない。

水上機母艦や潜水艦、重雷装巡洋艦のみに搭載できる特殊な形状のその兵器は、通常の魚雷と同じように発射され、最初はゆるゆると直進する。

そしてその航続距離が限界に達したその瞬間、後部の推進機構を切り離し、前部に内蔵された第二の推進機構を作動させて再加速する。

無理に喩えようとするならば、それはむしろ、多段式の打ち上げロケットに近い。



大和と武蔵は知らなかった。

実戦からも演習からも遠ざけられていたが故に、その威力を。



大和と武蔵は知らなかった。

二段階に渡る加速が生み出すその射程を。



大和と武蔵は知らなかった。

その牙の届く距離が――自分たちの46cm主砲をもさらに超えるものであることを。


「……水観の目に頼り過ぎたな」

提督が呟く。

北上と大井が甲標的を発射、というよりひそかに「発進」させたのは、大和型の水観が彼女たちを補足するよりずっと前。

はっきり言えば、演習開始のサイレンが鳴った、その直後だった。

甲標的の第一段階の航行速度をわざと落とし、ゆるゆると進ませる。

大和と武蔵がその進行方向、射線上に到着したのを見計らうように二段階目の加速が発動。

大和型二人の主砲が標的の姿を捉えたちょうどその時に、足下から彼女たちを襲ったのであった。

「自分たちの姿が水観に捕捉されることは最初から折り込み済み……ううん、むしろ、自分たち自身を囮にして、相手の思考と進路を誘導した……?」

阿武隈は呆然とした。理屈の上では解る。だが考えるのと実行するのとでは雲泥の差だ。

「そうね……【アウトレンジから一方的に十字砲火を加えることができる有利な位置】を鼻先にちらつかせて誘い込む、そこまではまだいいわ」

五十鈴か呆れたように口にする。

「……問題はその位置とタイミングを完璧に読み切る勘と、あれだけの距離を進ませながら狙い通りの位置に甲標的を到達させる職人技よね」


(……ううん、それだけじゃない)

阿武隈はぞくりとした戦慄を覚える。

(……凄いのは、読みを的中させたことじゃない。その読みに全てを預けて前に進むことが出来ること)



大和と武蔵が予測と違う動きをしていたら?

甲標的が少しでも早かったり遅かったり進路がズレていたら?

数秒、数メートル、一度の角度の誤差で、この結果はなかったはずだ。

自分たちの読みや狙いが外れることなど微塵も考えない、己の判断と技術に対する絶対の――自信。




「……ああ、それはただの慢心。あいつらのことだから、多分初撃が外れたら外れたで相手の砲撃全部よければいいやとか考えてんのよきっと」

「ああ、実際、それでしょっちゅう大破撤退食らって帰って来るんだよなぁ」

「……ええ―」

とりあえずここまで

>>59のミスは我ながら凹む……真面目に読んでた人混乱させたらごめんなさい


「それよりあんた、大事なことを見逃してるわよ。あいつらが誘導したのは、相手の思考と進路だけじゃない。もっと基本的なこと……視線よ」

「視線?」

「より正確に言うなら、視界、だな」

水上機を索敵や着弾観測に使うのは確かに有効な手段だが、水上機を「目」として使っている間、どうしても視界と意識はそこに向けて限定され、自分自身の周囲への警戒がおろそかになる。

潜水艦をはじめとする伏兵の待ち伏せ雷撃に大型艦が不覚を取る例の多くは、この瞬間を狙われたためだ。

双眼鏡を使って遠くを見ている時、こっそり近づいてきた暴漢にいきなり横面を張りとばされるようなもの、とイメージすれば解りやすいだろうか。

このため水上機を「目」として使う時には随伴艦を周囲の警戒に当たらせるか、こまめに水上機とのリンクを切って周辺警戒も並行して行うのが鉄則である。

ベテランならば、たとえ伏兵が存在しないことが明らかな演習であっても、随伴艦無しで水上機とのリンクを繋ぎっぱなしにしたりなど決してしない。


だが練度がほぼゼロの大和型二人にとって、敵が二人と決まっていて、しかもその両方の動きが水観で把握出来ている以上――周辺警戒のために水観とのリンクを切るよりは、そのまま水観の「目」で北上と大井を監視し続けた方が効率的に思えてしまったのである。

「練度不足がもろに出たな……水観を素直に飛ばし過ぎた。北上と大井に対空兵装がないことを見越しての事だろうが……二人からすれば逆に、あれで大和と武蔵のいる方向が丸わかりだ」


一方、演習水域では。


「こ、こんなところで・・・!傾斜復元しないと・・・!」

「そんな攻撃、蚊に刺されたような物だ!まだだ…まだこの程度で、この武蔵は…沈まんぞ!」

大和と武蔵が必死に反撃に出る。

バランスを崩しながらも、辛うじて無事だった副砲を大和が斉射し、武蔵が右の主砲を放つ。

だが、当たらない。

至近弾による水面のうねりを足場にし、主砲による水柱をかいくぐり、合流を果たした北上と大井は単縦陣でジグザグに航跡を描きながら二人の大和型に襲いかかっていく。

艦娘の航行はよく水上スケートに喩えられるが、北上と大井の動きはまるでスキーのモーグル競技。

荒れ狂う水面の反動を膝のクッションで吸収し、跳ね上がろうとする主機の動きを強引にねじ伏せ肉薄していく。

それはまるで、傷ついた二頭の鯨に襲いかかる、つがいの鯱。

圧倒的だったはずの射程の差を一気に食らい尽くし、急激に相互の距離を詰めていく。



「うふふ、私、砲雷撃戦て聞くと、燃えちゃいます!」

大井が両手に装備した主砲を交互に放つ。

装備しているのは20.3cm・2号連装砲。普通なら重巡以上が使うべき装備。通常の軽巡なら両手でも扱える代物ではない。

それを片手に一基ずつ、両手で4門の砲口から火を吐きながら大和に向かって猛撃する。

「……海の藻屑となりなさいな!」

大和の残った半身が朱に染まり、主機と砲塔が完全に動きを止める。

「……大井っちー、それじゃ完全に悪役だよー。これ演習演習」

北上が苦笑しながら大井と分かれて旋回し、武蔵に向かって主機を駆る。

態勢を崩しながらも、武蔵のその目は戦意を失ってはいない。

「くっ、いいぞ、当ててこい!私はここだ!」

武蔵が吠える。

「……上等」

北上の頬に笑みが浮かぶ。

「……けど武蔵っち、こうされたら撃てるかな?」

ジグザグに航行しながらも真っ直ぐ武蔵に向かっていた北上の姿が急激に右に流れる。

それを狙おうと身体をひねり、砲塔を旋回させようとした武蔵の動きが止まった。

主砲の狙う北上のさらに後方。そこには完全に動きの止まった僚艦、大和の姿。

狙いを外せば、大和に当たる。

「くっ……!」

武蔵は一瞬歯を食いしばり……観念したように目を閉じて、身体の力を抜いた。


「……甘いよ、武蔵っち」

北上がどこか優しげな笑みを浮かべた。

「だけどその甘さ……嫌いじゃあないね」

その両腕両脚に装着された魚雷発射管の発射口が、ガシャガシャと一斉に開く。

「まー、あたしはやっぱ、基本雷撃よねぇ」

片舷二十門、両舷四十門の魚雷を全て発射し、全力で叩き込んだのは、北上なりの礼儀だったのか。

巨大な朱色の水柱が轟音と共に連鎖して吹き上がり、その水柱が全ておさまった時。


大和型二隻の轟沈判定と、演習終了を告げるサイレンが水域に鳴り響いた。

とりあえずここまで
模擬戦は終了
けど模擬戦演習編はもうちょっとだけつづくんじゃよ

また来ます

今仕事終わりました
予想外にコメント増えててウレションしました
全てのコメントに感謝です

書きためがほぼ尽きたのと仕事忙しくなるのとで、ここからは投下頻度・量がかなり落ちることになると思いますご了承下さい

帰って飯食ってウレションしたパンツを洗ってから日付が変わる頃にほんのちょっぴりだけ投下します

では後ほど

きりの良さそうなとこまで書けたので投下します
ガラケーで修正・編集しながらなので投下速度安定しませんご了承下さい
感想や雑談などは投下中でもご自由にして下さって結構です

では後ほど


「……は~、疲れた~、早く帰りた―い」

「はい北上さん、さっきそこの売店で買っておきましたよ、冷たい飲み物♪」

「おぉ、さっすが大井っち、気が効くね~♪」

合同演習会場のモニタールーム。各演習を終えた艦娘達が、各鎮守府ごとに集まっている。

そこに戻ってきた北上と大井を見つけた同鎮守府の艦娘たちが、わっと歓声をあげた。

「お帰りなさい、凄かったのです!」

「なかなかやるじゃない!一人前のレディーとして扱ってあげるわ!」

「……ハラショー」

「輸送任務より、やっぱ戦闘よね!」

全五戦あった模擬戦演習に参加した者、見学に来た者。

流石に大型艦達は自重しているが、特に年少の駆逐艦たちなどは興奮して大騒ぎである。

飛び付いてきた駆逐艦たちに肩を叩かれたり袖を引っ張られたり。中には無理に腕を伸ばして頭を撫でようとする者などもいたりして。北上も大井ももみくちゃにされている。

「……あーもー、駆逐艦うっざーい!寄るな触るな懐くな~!……あっこら!しがみついて来るんじゃないっての!」

「ちょっと!あなた達!北上さんは疲れてるのよ!……あいたた、誰よ髪引っ張ったの!」


その中で阿武隈は、騒ぎの輪に加わらず提督や五十鈴の傍で立ち尽くしていた。

「……ほら、あんたの教導の凱旋よ?行かなくてもいいの?」

五十鈴がちらりと横目で見るが、阿武隈は動かない。

「……ま、好きにしなさい」

五十鈴はため息をつき、意地っ張りなんだから、と声を出さず、唇の動きだけで呟いた。

阿武隈の頭の中では、さっき見た模擬戦演習の光景が早回しでぐるぐる流れている。


(凄い、凄かった……!)


艦娘とは……鍛えれば、磨き上げれば、あそこまでの高みに辿り着けるものなのか――。


(……とてもかなわない、今はまだ)

ぎゅっ、と服の裾を握りしめる。

(……けど、あたしだって……!)


「だーっ、いい加減にしろ~っ!」

「……あ、キレた」

「予想より早かったな」

五十鈴と提督が呟く。


うがーっと両手をあげて群がる駆逐艦たちを振り飛ばし、ほうほうの体で北上と大井が提督の前に辿り着く。

「あ~、ひどい目にあった。駆逐艦、ほんとまじウザい」

「大丈夫ですか、北上さん?」

「……ご苦労だったな、見事な戦いだった」

提督が声をかけると、北上と大井は姿勢を正して敬礼する。表情に疲れは見えるが、その瞳は誇らしげにきらきらと輝いている。

「雷巡北上に雷巡大井、ただ今帰投しましたよっ、と」

「相手戦艦2隻、全隻撃沈。当方の損害は北上、大井ともに皆無。完全勝利です提督」

「……うむ」

真面目くさった表情で答礼した提督が、手を下ろすと同時に破顔し、がばっと両腕を広げる。

「よくやったな!やっぱりお前たちは最高の艦娘だ!」

「きゃっ!」

「あたた、痛い、痛いってば提督」

いきなり二人を抱き寄せたかと思うと、分厚い手のひらで北上と大井の髪を交互にわしゃわしゃとかき回す。

「……あれに毎回やられちゃうのよねぇ」

五十鈴がやれやれといった表情になる。


彼女たちの提督は、決して切れ者という印象ではない。

その外見は人並み外れた巨体にごつごつした大きな顔。短い髪はぼさぼさで一見いかつい見た目だが、やや垂れ目気味の目と丸っこい鼻が、ふと笑った顔を見たくなるような、奇妙な愛嬌を与えている。

そして実際よく笑い、よく泣く。

ここまで艦娘の轟沈者をほとんど出さずに深海棲艦の侵攻を食い止め、それどころかこれまで敵に支配されていた海域をじりじりと奪い返してきている以上、もちろん無能ということは有り得ない。

だが完全無欠の軍人などでは全くなく、しょっちゅう書類の書き間違いはするし、作戦ミスを指摘されればその度に激しく落ち込む。

艦娘の悪戯にムキになって反応し、鎮守府中を巻き込んだ追っかけっこにまで発展したこともある。

下世話な冗談も口にするしセクハラめいた言動で艦娘たちからひんしゅくを買うこともしばしばだ。

だが、傷ついた艦娘のことを大げさなくらいに心配し、戦果をあげた艦娘は恥ずかしくなるくらいに賞賛するこの提督を、配下の艦娘たちは嫌いにはなれなかった。


「あ、あの提督、もうそのくらいで……みんな見てますし……」

「もー提督、触るのやーめーてーよー!撫でられ過ぎてハゲたらどーすんのさ~!」

顔を赤らめ、眉をしかめ。

けれども大井と北上はその手の平を振り払おうとはせず、笑顔でされるがままになっている。

(……いつもいつも、何考えてんだか解んないような、へらへらした笑い顔ばっかしてるくせに)

阿武隈はその光景をぼんやりと見つめる。

(……あんな笑顔もするんだ、あの人)

そう思った瞬間、ようやく提督の手のひらから解放された北上が振り返り、阿武隈と目が合った。

なぜか阿武隈はどきりとする。


「ふふ~ん、これが重雷装艦の実力ってやつよ。・・・…どーよ阿武隈?あたしらの戦いっぷり、ちゃんと見てた~?」

「……ドヤ顔うざいです」

近づいてきた北上の顔から、阿武隈はぷいっと視線をそらす。

「なっまいきだなー」

むう、とむくれ顔になる北上。


「……ま、まあ……」

ん?と眉を上げる北上。

「ちょっとは……凄かった……けど」

視線をそらしたまま、ぼそぼそと小声で言う阿武隈。



だが、数秒たっても返事はなく、沈黙のまま。



(……何よぉ!……なんで……なんで黙ってるわけ?沈黙が痛いんですけど!)



ついに耐えかねてそろそろと視線を戻す阿武隈の目の前に。



すっごい悪い笑顔でにやつく北上の顔があった。

(~~~~!!!!!)

「ごっめ~ん、聞こえなかったよ~♪ねえ何て?ねえねえ今何て言ったの?」

「なっ!何も言ってないしっ!」

「え~言ってたじゃ~ん♪ほらほら照れなくていいから~。え?「す」……何だって?」

「すっごく!ムカつくんですけど!!」

「あれれ~?おかしいぞ~?何かさっきと違うよね~?」


「……あれは……確かにイラッとくるわね」

「なんか……すまんな……うちの主席秘書艦があんなで」

「ちょっと、阿武隈さん!あなた北上さんに何てこと言うのよ!」

呆れ顔で言葉を交わす五十鈴と提督。その横で柳眉を逆立てる大井。


視線の向こうでは、北上と阿武隈がぎゃーぎゃー騒ぎ続けている。



「ん~、阿武隈ってば可愛いね~♪ほらほら撫でてあげるよ~」

「もぉ、前髪触んないでってば!……って、ひゃぁん!?なんか、なんか垂れて来たぁ!」

「へっ?」

「きゃ―!ち……ちちち血……!?」

「あっごめん。さっき武蔵っちと握手したまま、手洗ってなかったわ」

「きゃあああ!嘘でしょぉぉっ!?」

北上から飛び離れた阿武隈が部屋の窓に駆け寄り、自分の顔を窓ガラスに映す。

「きゃー!!!イヤあぁっ!?なんか付いてるぅぅっ!?」

ぐしゃぐしゃになった阿武隈の金髪の前髪とおでこに、演習用の朱色の染料がべったりとへばりついていた。

「……なんて事すんのよこのクズ型雷巡っ!北上さんのバカ、意地悪、大北上ぃっ!!」

窓から駆け戻った阿武隈が北上に突進する。

「あ、いやごめん、これホントわざとじゃなくて」

「嘘、ウソ、大嘘つき!信じらんないこの人!もぉ許さないんだからっ!!きらい、キライ、大っ嫌い!!こんのぉっ!!」



「……おお、ドロップキック」

「……意外とやるわねあの子も」

「言ってる場合ですか!あぁ北上さん、早く止めないと……」


「……ほんと北上さんなんか、大っ嫌い!階段昇るたびにすねぶつけちゃえばいいのに!左手の人差し指、同時にさか剥けと深爪と突き指になっちゃえばいいのに!」

「阿武隈ちゃんおさえて!洗面所行って顔洗って来よ?ね?」

周りになだめられながら、阿武隈は北上を睨みつけ、はぁはぁ荒い息をはいている。

「……実に多彩というか独創的だな、あの悪口のセンスは」

「……言っとくけど、あたしが仕込んだ訳じゃないからね?」

しみじみ呟く提督を横目で見ながら五十鈴が釘を刺す。

涙目でぷるぷる震えていた阿武隈は、憤然と部屋の出口に向かい、そこで振り返ると、


「北上さんなんか……北上さんなんか…………」


すうぅっ、と息を吸い込み。





「鼻毛伸びろ~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!」




部屋中に響き渡る大声で叫ぶと、阿武隈は泣きながら部屋の外に駆け出して行った。


提督と五十鈴は顔を見合わせる。

「……流石に『鼻毛伸びろ』ってのは、あたしも初めて聞いたわ」

「……北上のやつも呆然としてるな」


座り込んでなにやら地味に凹んでいる様子の北上を、大井が必死で慰めている。


何度目かのため息をついて背後から北上のもとに近づくと、提督はごつんと北上の頭に拳骨をくらわし、五十鈴はぺしんと北上の頭をはたいた。

「あう、ひどいよ提督。五十鈴っちまで~」

「……今のはお前が悪い」

「……自業自得よ。あたしの妹いじめんなって言ったでしょ」


なだめようとする大井を手で制し、提督は北上を見ながらにやりと笑った。

「……お前が言い出した事だ。ちゃんと責任持って面倒見るんだろうな?」

少しすねたような表情で提督を見上げた後北上は、よっ、と声をあげて立ち上がった。

「……任せといてよ。ガンガン鍛えるからさ」

提督、五十鈴、大井の顔を順々に見渡し、最後に阿武隈の駈け出して行った出口に目を向けて、にかっと笑う。




「どんどん強化してやってよね。……あいつ絶対、いい艦(ふね)になるからさ♪」



そう言った北上の言葉を、想いを、阿武隈が知ることになるのは――ここから随分、先の話である。

とりあえず投下終了
お目汚し失礼

ちょっぴりだけだけど投下

《~幕間~その1》


「……全く、騒がしい連中だな。美しさのかけらもない」

そう呟いたのは細身の軍人だった。

海軍上級将校の軍服はしわひとつなく整えられている。

縁なしの眼鏡と隙の無さ過ぎる鋭い目つきがやや険のある印象を与えるが、貴族的な顔立ちは眉目秀麗で、道を歩けば女性たちの視線を集めるだろうことは間違いない。


「……ですが、私たちは完敗しました」


傍らに立つ二人の大和型の艦娘が、彼女たちの【提督】に向かって、意を決したように言葉を発する。

演習で付けられた染料は全て洗い流され、その身体と艤装はもとの傷一つない輝きを取り戻している。

「奴らの艤装……私たちのものに比べれば確かに貧弱だった。傷だらけに見えた」

「ですが……私たちのものよりも……何倍も、何十倍も美しく思えました」


【提督】は応えない。


「……提督。私たちはお前の部下ではあるがその前に艦娘だ。戦艦だ。戦う艦なのだ。負けたままで終わることはできん」

「どうか、私たちに戦う機会を与えて下さい。傷ついた大和型戦艦の誇りを取り戻す機会を与えてください」



「……言ったはずだ。お前たちは存在するだけで充分な価値があるのだと。お前たちは何も負けてなどいない。何の傷をも負ってなどいない。気にすることなど何もない」

「「……提督!!」」


詰め寄ろうとする二人の艦娘には視線を向けず、彼女たちの【提督】は踵を返す。

「……鎮守府に戻るぞ、長居は無用だ」

「そんな……!!」

これは無能提督


絶望的な気持ちで立ち尽くす二人の大和型に、【提督】は背を向けたまま言葉を続ける。

「……今日の敗北はお前たちの敗北ではない、私の敗北だ。傷ついたのはお前たちの誇りではない。私のプライドだ。勘違いするな」

大和型の二人は息を呑む。

「……お客さま扱いはここまでだ。明日からは他の者と同様に、いやそれ以上に練成と出撃に励んでもらう。いやだ苦しいなどと泣き言を吐こうと一切容赦はしない。覚悟をしておけ」

「「……はっ!」」

大和型の二人は彼女たちの【提督】に敬礼し、その背中に従って足を踏み出す。


その瞳には覇気がみなぎり、その歩みには誇りが満ちている。


彼女たちの活躍が近隣の海に轟き渡るのは――そう遠い日の事ではなさそうである。


《~幕間~その1・了》

ごめんなさい俺が間違ってました

《~幕間~その2》



――嗚呼。



――なんて――なんて凄い艦なんだろう。


――なんて凄いことをやってのけるのだろう。




――あんまりにも輝かしくて。


――あまりにも眩しくて。




――あんな風になりたかった。


――あんな風で在りたかった。





――今からでも間に合うだろうか。


――これからでも辿り着けるだろうか。




――あの高みに。あの輝きに。


――自分の手は――――届くのだろうか。



《~幕間~その2・了》

投下終了
これにて第一部・完というところです

ここからはまだ構想固まっていない部分があるので投下頻度は一気に亀化する予定
週1~週2ペースになるかもです
ご了承下さい

>>118>>120
投下間隔が微妙に空いたばっかりに……なんかごめんなさいwww
ある意味理想的な反応ですありがとうございますw

書きためできたぶん投下します
例によって投下速度その他はお察し下さい
投下中の内容へのツッコミ感想ご自由にどうぞ


「……あ゛う゛ぅ……身体中がいだいよぉ……五十鈴お姉ちゃぁん……いっそ、いっそひと思いにごろじで……」

「……今日はまた、ずいぶん絞られたみたいねぇ」

軽巡寮の三人部屋。

三段ベッドの三段目に横たわり、疲労と打撲と筋肉痛とに呻いている阿武隈を見て、五十鈴は苦笑した。

「あの人絶対、あたしを合法的に殺す気なんだと思うの……」

部屋に戻ってシャワーを浴びた後、いつものように髪を念入りにドライヤーしてとかす気力もなく、部屋着に着替えるなりベッドに倒れ込んだ阿武隈である。

「……あー、あたしも大井さんに教導についててもらった時、そう思ったなー。てゆーか阿武隈ちゃん、おへそ出てる」

上の段のベッドから覗いた鬼怒が手をのばして阿武隈のわき腹をつんつんとつつく。

「ひゃうんっ!?……って、あだだだだ」

悲鳴をあげて鬼怒の手をはねのけようとする阿武隈だが、その動きさえ全身の痛みでままならず、うーうー呻くばかりである。

「……やめなさいっての」

丸めた雑誌で鬼怒の頭をぽかりとやり、五十鈴は阿武隈の部屋着の裾を直してやった。


教導艦といっても北上自身、秘書艦としての業務や出撃、演習等もあるため、毎日つきっきりで阿武隈の指導に当たる訳ではない。

座学にしろ実技にしろ、新しく着任した艦娘の訓練は数人のベテランがローテーションを組んで、得意分野ごとに持ち回りで行うのが基本である。

ただ週に一~二日程度だが北上が身体を空けられる日があり、そうした日は朝から晩まで足腰たたなくなるまでしごかれるのが常だった。

「明日が休みの日で良かったわね」

「う゛~、前回の休みも前々回の休みも筋肉痛で動けなかったから、明日こそはお出かけして美容院行こうって思ってたのにぃ……。絶対あの人、あたしの休みを潰させるためにわざとやってるに決まってる……」

「被害妄想だなぁ」

鬼怒が呆れる。

「贅沢言ってんじゃないの。うちの鎮守府でも最高練度の艦娘に鍛えてもらってるのよ?ありがたいと思いなさいな」

「……だってあの人、自分からはめんどくさがってほとんど教えてくれないし。……魚雷の構造とか雷撃理論に関してだけは、三時間ぶっ続けで話してたけど」

「あ―……」


教官役を務める艦娘の教え方にもそれぞれ個性がある。

激しく叱咤激励する者、にこにこ笑いながら容赦なく反復練習を繰り返させる者、イラストやボードを使いながら説明する者、要所にボケを入れて笑いを取りながら講義する者……。

「大井さんとかも凄かったな~。あの人すんげーおっかないの。講義中ぼーっとしてたりすると、背中向けたままいきなり「はい鬼怒さん!私、今何について説明してたかしら?」とか質問してくるし。答えられなかったら舌打ちして、笑顔で「……撃ってもいいですか?」とか訊いてくるし」

何かを思い出したのだろう、鬼怒がぶるっと身体を震わせた。

「あいつは元練習艦の経験もあるからその辺厳しいわよね。そのぶん教えるのも上手いけど」

五十鈴が笑いながら応じる。

対して北上の指導は対照的だ。北上は訓練中、艦娘同士のおしゃべりなどに対しては寛容で、声を荒げて注意したり怒鳴ったりすることもほとんどない。

雷撃訓練ひとつとっても「まずは自由にやってみな」とほとんど指示や説明なしにぶっつけでやらせていく。

お眼鏡にかなえば「ほい訓練しゅーりょー。遊び行っていーよー」と終了時間前だろうと解放される。

ただし、気に入らないことがあれば「はいもっぺんやり直し~」である。

どこが悪かったのか訊いても「自分で考えな」としか答えないので、下手すると一人だけ延々居残りさせられる羽目になる。

ある意味大井が教官の時以上に気が抜けない。

「……なんかあの人、あたしに対して特に点が辛いような気がする……今日もあたしだけ居残り食らったし」

「それだけ期待が高いんでしょ。鍛えられたおかげで練度も上がって、早々と改造も受けられたんじゃない。提督も褒めてたわよ、普通の軽巡よりかなりのハイペースだって。あたしも鼻が高かったわ」

「あたしもあたしもー!阿武隈ちゃんと同じくらいのペースで改造受けたよー!!」

鬼怒がはいはいと手を挙げるが、阿武隈の表情は晴れない。


もともと阿武隈は着任当初の成績だけを比べれば、長良型の姉妹の中でも特に早熟で優秀だった。

「軽巡の枠を大きくはみ出している」とまで評される一番上の姉。

対潜スナイパーとしては全艦娘の中でも突出した能力を誇る五十鈴。

夜戦火力に定評のある三番目の姉。


その姉たちをも超える成績を修めたことが誇らしくて。

いつか自分も艦娘としてあの姉たちに追いつくのだと、姉たちをも超える艦娘になるのだと、その目標は高く、希望は熱かった。

しかし、鍛錬を重ね経験を積み、練度を上げれば上げるほど、阿武隈にとって姉たちとの差は埋めがたく、広がる一方に思えてしまう。



――ましてや、あの人と比べると。



どうしても見劣りのする自分を思わずにはいられない。

おっとりとした二つ上の姉や、良くも悪くも図太いというかマイペースな性格の鬼怒はそのあたりを気にすることはないが、その点阿武隈には、理想と現実、他者と自分を比べて落ち込むような繊細さ、悪く言えば脆さが垣間見えるところがあった。


(……だからこそ、あたしだとついつい甘やかしちゃいそうで、教導をあいつに任しちゃったんだけど……)

五十鈴としてもそれが良かったのか悪かったのかは未だ判断をつけかねるところである。


「……やっぱ、あたしじゃ無理なのかなぁ?お姉ちゃんたちみたいになるのって……」

「……なーに言ってんの阿武隈ちゃん!キスカの英雄、奇跡の艦の名が泣くよ?」

いつになく弱気な発言に、鬼怒がベッドの上の段からぺしぺし頭を叩いてくる。

「訓練あるのみ!ハッスルハッスル、だよ!」

「あだだっ!もぉ、鬼怒ちゃん、やめてよぉ!」

今度は五十鈴は鬼怒を止めようとはしなかった。

「そんな弱気じゃ、北上に笑われちゃうわよ?」

「別にいいもん、あんな人!!」

何かを思い出したようにいきなり阿武隈の声のトーンが跳ね上がる。

「大っ嫌い!今日なんか特にひどかったんだから!」

「どしたん?しごかれただけじゃなくてまた何かあったの?」

阿武隈の剣幕にやや圧されながら鬼怒が尋ねる。

「ひっどいんだから!今日の訓練さんざん居残りさせといて、最後にあの人、何したと思う?」

「『阿武隈~、今日は結構頑張ったからさ~、これで美味しいものでも食べなよ~』とか猫なで声で言ってきてさ!」

声真似のクオリティが妙に高い。

「封筒渡してくるから、とりあえず受け取ったの!それであの人が帰った後で開けてみたら……」


「開けてみたら?」



「……割り箸2本入ってた」


くっ、と鬼怒と五十鈴の肩が震える。


「……ご丁寧に、『や~い騙されてやんの』ってメモ付き」


耐えきれずに、ぷ―っと吹き出す鬼怒と五十鈴。

「笑い事じゃないもん!ほんと意地悪ばっか!道歩くたんびに犬に吠えられればいいのに!」

笑い転げる鬼怒と五十鈴に、阿武隈はますますヒートアップしている。


「絶対許さない!いつか必ず凄い艦娘になって、北上さんをぎゃふんって言わせてやるんだから!」

(……とりあえず、元気は出たみたいね)

笑いすぎて涙目になった目を拭いながら、ぷりぷり怒っている阿武隈を横目に五十鈴は立ち上がった。

「……とりあえず、ご飯は後で運んだげるから、あんたは寝てなさい、身体は冷やさないようにね。……あと、冷蔵庫に間宮さんのプリンが入ってるから、欲しかったら食べなさい」

「ほんと!?食べる!!」

さっきまでの様子が嘘のようにキラキラした表情で阿武隈がベッドから這いだしてくる。

世にスイーツは数あれど、間宮のプリンは羊羹と並んで絶品中の絶品メニュー、文字通り疲れも吹き飛ばす美味しさだ。

「えー、なんで阿武隈ちゃんだけー?ずるいずるーい!あたしのはー?」

ほくほく顔で冷蔵庫の中を漁りだす阿武隈を指差して、鬼怒がぷぅ、と口をとがらせる。


「ひとつしかないんだからしょうがないわよ。そもそもあれ、あたしが買ったんじゃなくて、最初っから阿武隈への贈り物だからね」

「贈り物って誰からー?」

五十鈴はくすりと笑って、意味ありげな目つきで阿武隈をちらりと見た。

「北上からよ。阿武隈が帰る少し前にあいつが来て置いてったの」

プリンをスプーンですくおうとしていた阿武隈の手がぴたりと止まる。

「今日は結構頑張ってたから、ご褒美に渡しといてやってくれ、ってさ」

少しだけ悪い笑顔になる五十鈴。

「……い~い先輩もったわねぇ、あ・ぶ・く・ま♪」

くすくす笑いながら五十鈴が出て行った後も、阿武隈は固まったままだった。

「えーと、阿武隈ちゃん?食べないの?」

「……」

何やら心の中で葛藤があるようだ。

「……お~い」

「う、うるさいなぁ!ちゃんと食べるわよ!間宮さんのプリンに罪があるわけじゃないもんね!!」

「……いやそーじゃなくてあたしにもちょっとひと口……」

「さっき大笑いしてた人にはあげない!」

「そんな殺生なー!!」


阿武隈は両手を合わせて拝み倒す鬼怒を無視して、スプーンを口に運んだ。

ひんやりしたなめらかな舌触りと、とろけるような上品な甘さが口の中に広がる。身体中に沁みわたって、疲れを一気に溶かしていくようだ。

(……ふ、ふんだ!こんなことでごまかされたりなんかしないもん!)

阿武隈は親の仇のような勢いでプリンをすくい取っては口に運んでいく。

「北上さんなんか……だい、だい、大っ嫌いなんだから!!」

「阿武隈ちゃぁん!お願いひと口、ひと口でいいから~~~~!!」




……非常に不本意で、悔しいことではあったが。



その時食べた間宮さんのプリンは――今まで食べてきた中でもこれ以上ないくらい美味しく、身体中に沁みわたる味わいだった。

とりあえず投下終了
また来ます

今仕事終わって見たらめっちゃ嬉しいコメント沢山ついてて尿漏れしました
全てのコメントに全力で感謝です
パンツ絞りながら1レスだけ投下します

《~幕間~その3》



――嗚呼。


――何故――自分はこうなんだろう。

――何故あんな風になれなかったのだろう。


――あの輝かしさに憧れて。

――あの眩しさに魅せられて。



――あんな風になりたかったのに。

――あんな風で在りたかったのに。




――もう間に合わない。

――辿り着けない。




――あの高みには。あの輝きには。


――どうあがいても届かないこの恨めしさ。



――嗚呼――――妬ましい。



《~幕間~その3・了》

投下終了
次回投下までは少し空くと思います
極力1週間~10日以内には投下しようと思ってますが遅れたらごめんなさい
ではまた来ます

今日は来ました
春イベEー5まではクリア
あとはのんびりEー6頑張ります
ちょこっと投下

――――
――


「……うぅ、せっかく気合い入れたのに、出番なかったよ……」

しょげかえる隼鷹の肩を笑いながら飛鷹が叩いている。

「ぷはぁ!海の中からたっだいま――!!」

海中から伊58のピンクの髪が飛び出して来た。

「お帰り~。ゴーヤっち、ケガはない?」

「大丈夫でち!」

「いやいや阿武隈、なかなかの名指揮官ぶりやったで、君ぃ!」

「あっ……ありがとうございます!」


戦闘終了後。

残敵の有無と戦果の確認を済ませ、帰路についた艦隊メンバーは和やかな雰囲気に包まれていた。

霧の発生で、乱戦に陥る事態も考えられたが、終わってみれば敵深海棲艦は全隻撃沈。こちらの損害は皆無。堂々たる完全勝利であった。


初の旗艦拝命での大戦果に、艦隊メンバーが口々に阿武隈をほめそやす。

「おめでとさんでち!」

「相手は霧を隠れ蓑にしようとしてたんでしょうけど、逆にそれを利用して前後から挟撃するとはねえ」

「あたしの活躍を見せられなかったのは残念だけど、こいつは、今後も使えるいい戦訓になったんじゃないかい?」

「せやなぁ、あくまでもこちらの航空戦力が圧倒的な場合に限られるけどな」

「あ、はい。今回は隼鷹さんの出番はなかったですけど、一定以上の損害を与えて対空戦力を奪った後は、高度700メートルくらいからの精密爆撃や急降下爆撃が有効だと思います」


阿武隈の表情には少し複雑な色がにじむ。

対空砲火の届かない高高度からの爆撃で損害を与えた後の精密波状爆撃。

それは「あちらの世界」で、他でもない阿武隈自身が沈められた戦法だった。

「自分を沈めた敵の戦法に学んだんか……見かけに似合わずええ根性しとるんやな、君」

龍驤が神妙な顔になる。


艦娘たちにとって、過去の世界での艦船時代の記憶は誇りの源であると同時にトラウマの源泉でもある。

鋼鉄の塊であった時代には純粋な兵器や道具として従容と受け入れられた最期の運命も、少女として艦娘として生まれ変わった現在では、それが夜な夜な自らを苦しめる記憶になっている艦娘たちは数多い。

いや、多かれ少なかれ、それは全ての艦娘が抱えている心の傷だ。

その傷を自ら抉るような作戦を採用し、成功させたことに龍驤は驚嘆を禁じ得なかった。


(……それにしても)

阿武隈はちらりと後方に目をやる。

(……あの人が、あんな声出すなんて……)

往路とは違い先頭は阿武隈と龍驤。北上は伊58と共に艦隊後尾を固めている。

当然のことながら、前方後方には彩雲を飛ばし、索敵や周辺警戒は怠らない。

北上の気だるげな態度はいつものことだが、今日はいつになく口数が少なく感じられた。

先ほども他の者が口々に阿武隈をほめそやす中、一人輪から離れて遠くを眺めたりあくびをしたりで、結局阿武隈とは一度も目を合わせようとしなかった。

(……何よぅ。……少しくらい、誉めてくれたっていいのに)

阿武隈としては少し不満である。

(けど……心配、してくれてたよね……いつもはあんな風なのに……)

軽巡ホ級が特攻まがいの突撃を仕掛けてきた時の北上の叫び声を思い出す。

と同時に、旗艦に任命された時の隼鷹の言葉も。

(旗艦に推薦してくれたこと……信頼とか期待とかしてくれたことに、少しはあたし、応えられたのかなぁ……)

と、そこで自分の思考に気づいてやや狼狽する。


(なっ、何よ、あたし?あの人なんて、北上さんなんて大っ嫌いなはずなのに!?)




(……でも)


(ここまで鍛えてくれたのは確かだし……ちょっとくらい、そう、ほんのちょっぴりくらいは感謝しないと駄目だよね。でないとあたし、イヤな子になっちゃうし)


――決めた。


鎮守府に帰ったら、心配かけたことは謝ろう。

少しだけ、お世話になったお礼を言おう。

どうせついでだ、「あちらの世界」にいた時にうっかり追突しちゃったことも、この際一緒に謝ろう。


どうせ、そっけなくあしらわれるだけなんだろうけど。


それでも――きっと、自分の中で何かは変わるはずだから。


「……なんや君ぃ、さっきから表情えらいコロコロ変わっとるけど、なんぞあったんか?」


「ふえっ!?……い、いえっ!何でもないです!」


阿武隈は隣を進む龍驤に顔を見られないよう、主機の回転を上げて鎮守府へ向かう速度をあげた。

――――
――



戦闘から2日後。

鎮守府に帰投した阿武隈達を出迎えた提督は大喜びだった。

「初の旗艦任務、ご苦労だった!勝利もだが、全員無傷で帰還できたというのが実に素晴らしい!」

「い、いえ、あたしだけじゃなく皆さんの力あっての事ですし……」

「うんうん、功を誇らず勝ちに驕らずとは、実に奥ゆかしい、いい心掛けだ!」

「あ、いえ、ほんとあたしの力じゃなくて……っていうか、ちょ、提督!前髪崩れちゃうから!もぉ、あんま撫でないで下さいってばぁ!」



……やっとのことで解放され、提督の執務室を出た阿武隈は、ふう、と息をついた。

その顔がだんだんと緩み、にんまりとした笑顔が浮かぶ。

「うふっ、うふふっ♪」

ダメだ。笑顔が押さえきれない。

初めての旗艦拝命でまさかの大戦果。提督も喜んでくれたし、みんなも褒めてくれた。ちゃんと期待に応える事ができた。

何より、誰にも怪我ひとつ負わせず、無事に連れて帰って来ることが出来た。


そう、あの時と同じように。


……これであの人が認めてくれてたら、少しでも褒めてくれてたら……今日は間違いなく、艦娘としての人生最良の日だったのに。


阿武隈の笑みが少しだけ翳る。


「ふんだ。……北上さんの、ばーか」

「誰が馬鹿だって?」

「きゃうんっ!?」

比喩でも何でもなく、文字通り阿武隈は飛び上がった。

振り返るとそこには、何とも言えない表情で北上が立っている。

「いや、北上さん、えっと……」

「……報告終わったんでしょ?ならちょっと顔貸しなよ。……少し話もあるし」

返事を待たずに北上は歩き出す。


(……なんだろ。今日はもう、訓練とかないはずだよね?)

出撃した艦隊メンバーは帰投当日の訓練や雑役が免除されている。しかも今回は勝利のご褒美にと、出撃メンバー全員に明日以降二日間の休日が与えられていた。

(……みんなで打ち上げでもするのかなぁ?)

隼鷹の酒好き宴会好きは有名だ。他のメンバーも、隼鷹ほど底なしではないものの、ビールくらいなら全員いける口である。

(けど隼鷹さん入ると、だいたい朝までコースだもんねぇ……)


だが、北上は建物を出ると鎮守府の裏手に向かって歩き出した。

「あの、北上さん、どこに行くんですか?」

「……ただの散歩みたいなもんだよ」

背を向けている北上の表情は阿武隈からは見えない。


今日の鎮守府の空には、今にも雨が降りそうな、どんよりとした雲が立ちこめている。


(うう、気まずいなぁ……けど、ちゃんと言わなきゃ。そう決めたんだし)


阿武隈は意を決して後ろから話しかけた。

「あっ、あの!今回はお疲れ様……っていうかありがとうございました!」

なぜか緊張して敬語口調になる阿武隈である。

北上は、んー、と気のない返事を返してくる。

「……あの、隼鷹さんから聞きました!今回、北上さんがあたしを旗艦に推薦してくれたんだって……」

余計なことを、とでも言いたげに北上が軽く舌打ちする。

「その……北上さんの目から見て、今回の、旗艦としてのあたしって、どうでした?」

「……あんた自身はどう思ってんのさ?」

振り返らないまま、北上が問い返す。その口調が思ったよりも優しげで、阿武隈はほっとした。

「あっ、あたし的にはオッケーってゆーか、自分なりには良く頑張れたってかなって……」

「へーえ」

「……あっ、もちろんその、なんか出来すぎって言うか、やっぱりみんなの力あってこそなんだけど……」

「優等生的な返事だねぇ」

北上は歩みを止めぬまま振り返らずにのんびりと呟く。


「……その、あたしなんかの立てた作戦にみんなが従ってくれて、頑張ってくれて、おかげで誰も傷つかずに無事帰って来れて……」

「うんうん、それで?」


北上は振り返らない。


「……そりゃ、ちょっと危なっかしいとこもあったとは思うけど……」

最後の方はごにょごにょと小声になってしまい、阿武隈は歯がゆい気持ちになる。

勢いをつけるために、わざとはしゃいだような声を出す事にした。

「でも、作戦自体は一生懸命考えたの! あたし、これでも頑張ったんだよ!?」


「……そっか」


北上は足を止めない。


(……何よ、ちょっとくらいこっち向いて喋ってくれたっていいじゃない)


「やっぱあれよね!キスカの時もそうだったけど、強く信じて諦めなければ願いは叶うって言うか」


(……ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃない)


「みんなの力が合わされば何だって出来るって改めて思ったの!」

(……ちょっとくらい認めてくれたって……いいじゃない)

「次も、その次も、その先も、今日みたいにみんなで頑張れたらいいなって……」


「……今日みたいに、か」

北上がぽつりと呟く。


「それと、あの、その……」

北上が足を止める。

鎮守府の裏手、焼却炉やガラクタ置き場のあるちょっとした空き地。

滅多に人が訪れる事もない場所のため、訓練の辛さに耐えかねた艦娘がこっそり泣きたい時や、人知れず秘密の相談をしたい時、駆逐艦同士が拳で語り合う時などによく利用されていた。

今日もやはり訪れている者は誰もおらず、ここに居るのは北上と阿武隈の二人きりである。

散歩、というにはおかしな場所だが、阿武隈にとってはむしろ好都合といえた。

(言わなきゃ、ちゃんと伝えなきゃ……)

服の裾を握りしめ、浅く何度も呼吸をする。

すぅっと息を吸い込み、北上の背中に向かって、ありったけの勇気をこめて言葉を吐き出した。


「北上さん!今回はその……ごめんなさい!」

ぶんっと頭を下げる。

北上が振り返る。頭を下げている阿武隈にはその表情は見えない。


「……あの、心配かけちゃってごめんなさい!相手の旗艦が突っ込んできた時……あれって、やっぱり危なかったと思うし」

「……危なかったって、何がさ」

小さな声で北上が尋ねる。

「その……あたし的には、充分引き付けてから一撃で仕留めてやろうって……でも、考えてみればあそこは無理せず相手に合わせて距離を取って、隼鷹さんの艦載機が来るのを待つべきだったかな、って……」


北上の顔から――感情の色が消えていく。


「その、北上さんが魚雷を撃ってくれてなかったら、相手の反撃食らってた場合も有り得た訳だし……そのお礼も、あたし、言え、て……なくて……」


顔をあげた阿武隈の言葉が、止まった。




――なんだ。


――北上のこの表情は、なんだ。



「……あんた、何言ってんの?」



――こんな表情は知らない。


――北上のこんな声は知らない。




「何……って、その、お詫びとか、お礼……とか……」




「……あんた、やっぱり何も解ってないわ」




向けられたのは――棘よりも鋭く、氷よりも冷たい視線。




「――あんた、旗艦失格。あんたなんか、推薦するんじゃなかったよ」

とりあえず投下終了
そしてほのぼのの時間も終了だ
ここからシリアスさんの無双状態が続く
備えよう

燃弾100k使ったけど高波もローマも出ないよぉ(しめやかに失禁)

悲しみを背負いつつちょっぴり投下

――――
――



「……そう。事情は把握したわ。まったく……いつかこうなるとは思ってたけど、最悪の形にも程があるわね」

大井は深々と溜め息をついて立ち上がった。

「……とにかく、こうなった以上あなた達に出来ることは何もないわ。……五十鈴。明後日、阿武隈さんの休みが終わってからの教導は、あなたが引き継いでちょうだい。それじゃあね」

そのまま立ち去ろうとする大井の手首を、五十鈴が掴んで引き止めた。

「……ちょっと待ちなさいよ。自分勝手な言いぐさにも程があるじゃない」

「……離しなさいな」

ひどく静かな声で大井が五十鈴に向かって告げる。

「いいえ、あんたがちゃんと説明するまで帰さないわよ。 ……あんた達、あたしの妹を何だと思ってんの?」

五十鈴は引き下がらない。

「……確かに、自分のミスを棚に上げて暴言を吐いたのは阿武隈が馬鹿だったかも知れない。 ……けどね、北上の態度にだって、あたしは頭に来てんのよ。 だいいち、たった一度のミスで教導降りるだなんて、そっちの方がよっぽど無責任じゃない!」

ぎりっ、と大井の手首を掴む手に、五十鈴が力を込める。

「……ことと次第によっちゃ、あんたを叩きのめして北上のとこに直談判に行ったっていいんだからね?」


五十鈴と大井の間に目に見えない火花が散る。

一瞬、大井の瞳に不穏な光が宿り――

「……あ、あのっ!」

張り詰めた空気を破ったのは、阿武隈の声だった。

「……あたしも、納得できないです!今回の件、あたしが悪かったのはよくわかったけど! 謝る機会も挽回のチャンスも貰えないままこれでおしまいだなんて、あんまりです!!」

しばしの沈黙の後、大井は剣呑な気配をおさめて身体の力を抜いた。

五十鈴に掴まれていない方の手をあげ、溜め息をつく。

「……わかったわよ。話をしたからといって、何も変わらないとは思うけどね」

「……取りあえず五十鈴。その手を離して、お茶を淹れてもらえるかしら? ――多分、長い話になると思うから」


「……何からどう話したものかしらね……」

大井は出されたお茶にひと口だけ口をつけ、ぽつりぽつりと語り出した。

「……まず、最初にはっきり言っておくけど、今回の件に関して、私に阿武隈さんを責めるつもりはないわ」

「……たとえミスがあったとしても、阿武隈さんはよく頑張ったと思う。それについては提督も同じ意見よ。誇っていいわ」

そう言われても、阿武隈や五十鈴の表情は晴れなかった。


「ただ、北上さんは……どうしても許せなかったのよ」


「……それが解んないってのよ。 確かに教導として北上は阿武隈に目をかけてた。 普通以上に厳しく接して、よく鍛えてくれてたと思う。 むしろあたしは感謝してたくらいよ」

五十鈴の声は険しい。

「……けど、たった一度のミスも許さないって、そりゃあんまりじゃない? もう新人だなんて甘えるレベルはとうに過ぎてるにしても、出撃艦隊の旗艦としては今回が初の実戦任務。それを……」

言いつのろうとする五十鈴を、大井は片手をあげて制した。

「……誤解しないで。北上さんが許せなかったのは、阿武隈さんのミスについてじゃないわ」


「確かに厳し過ぎる物言いはしてたみたいだけど、阿武隈さんが気付いて反省しさえすれば……きっと、それについては北上さんもそこまで気にしなかったはずよ」

「じゃあ何よ。死ねとか沈めとか、暴言吐いたからだって言うの? そんなもん、教導やってりゃいくらでも浴びる言葉でしょ? ……なに今さら繊細ぶってんのよ」

新人を指導する教導艦は怖れられ、嫌われ、憎まれるのが仕事のようなものだ。 むしろそれくらい厳しく接しなければ、後輩艦娘を育てることなどできはしない。

特に血の気の多い駆逐艦などが面と向かって反抗してきたり、半ば本気で殺害予告してきたりするのは、一度でも教導艦をつとめた経験がある艦娘ならば通過儀礼とさえ言えた。

「それに比べりゃ、阿武隈の暴言なんて可愛いもんよ。……むしろここまで殺してやるの一言が出なかっただけでも特筆ものね。だいたい……」


「……お姉ちゃん、ちょっと黙ってて」


阿武隈は――決して大きくはない声で、しかしはっきりと、そう言った。

不承不承、五十鈴が矛先をおさめる。


「……何か、理由があるんですね?」


阿武隈はまっすぐ大井の目を見る。



「教えて下さい。多分あたしは……あたしだけは、知らなくちゃいけない気がする」


「……そうね。少なくとも阿武隈さん……あなたには知る権利があると思う」

大井はちらりと五十鈴の顔を見たものの、何も言わずひとつ溜め息をつくと、表情を改めた。

「ただし――今から話すことは、私と提督しか知らないこと。……絶対に他言しないと誓ってちょうだい」

阿武隈と五十鈴は視線を交わし、深く頷いた。

「……と言っても、説明しづらい上に、信じてもらえるかどうかも怪しい話ではあるんだけど……」


「……まず、核心について話す前に、はっきりさせておかなくちゃいけないことがあるわ」

大井は言葉を続ける。

「……確かに、阿武隈さんは今回ミスをした。それについて北上さんが失望したのは事実よ」

「……ただ、はっきり言って、これは北上さんがあなたに対してあまりにも期待しすぎてたせい。 これについては、あなたを責めるよりむしろ……北上さんに責任があるでしょうね」

大井の表情は苦い。


「結局のところ、いちばん決定的だったのは……教導を降りるなんて言い出すくらい、北上さんが思いつめた原因は、阿武隈さんの最後の言葉」

「北上さんは……とても傷ついたのよ、阿武隈さん。あなたが思うより……ずっと、ずっと深くね」

「どうしてそんな……」

「あなたは……あなただけは、何があってもそんな言葉を吐かない。そう信じていた北上さんを――あなたが裏切ったから」

裏切った、という言葉が阿武隈の胸に突き刺さり、阿武隈は目を伏せる。


「……けどね、阿武隈さん。北上さんが許せなかったのは、あなたがあんな言葉を吐いたことじゃない」

「……あんな言葉をあなたに吐かせてしまったのが、他でもない、自分自身だっていう事に気付いて……自分を許せなかったのよ」


うつむいた顔を阿武隈が上げた。


「それって……」


淡々とした声で大井が告げる。


「……だって阿武隈さん。あなたは北上さんにとって――」



痛みをこらえるような表情で言葉を続ける。



「――憧れそのものだったんだもの」

とりあえず投下終了
ひょっとしたら日付が変わる頃にまた来るかも
来れなかったらすいません

どちらも愛でればいいじゃない、提督だもの
再開します


大井の言葉に、阿武隈は混乱した。



「……え?」



――どういう意味だ。


――そんなはずはない。


――目指して、追いかけて、憧れたのは、いつだって自分の方で……




「……ううん、正確に言うなら、北上さんが憧れたのはあなたじゃない。『あちらの世界』にいた時のあなた……軍艦だった時の【軽巡・阿武隈】よ」

「北上さんは……『あちらの世界』にいた時に、強く、激しく、【軽巡・阿武隈】に憧れたの。そして……今も憧れ続けているの」




「何、どういうことよ、それ……」


理解に苦しむ表情で五十鈴が呟く。


「……五十鈴。私たち艦娘は、『あちらの世界』で『あの戦争』を戦った軍艦の生まれ変わりのような存在……そうよね?」

「……まあ、そうね。真実かどうかはともかくとして、少なくともあたし自身はそうとらえてるわ」

何を今さら、という顔で五十鈴が応える。


「そして、物言わぬ……意志持たぬ鉄の塊だった私たちは、この世界で艦娘として生まれ変わって――そこで初めて、自我を持った生身の存在として、意志を、感情を、心を持った……そうよね?」

訳もわからぬまま、阿武隈が頷く。


「……でもね。北上さんは、違うの。そうじゃなかったの」


大井の声はあくまでも淡々としているのに、その顔には今にも泣きだしそうな子供のような表情が浮かんでいる。


「あの子は……北上さんは、艦娘として生まれ変わる前、『あちらの世界』で【軽巡・北上】として生きていた頃から、意志を、感情を――心を持っていたのよ」




――それを船霊と呼ぶべきなのか、付喪神と呼ぶべきなのかは判らない。

ただ、それを何と呼ぼうと――確かにあの頃の【軽巡・北上】には既に、意識が、感情が、心が存在していた。


もちろんそれが、【艦娘】として生まれ変わってからの意識や心とは似て非なる……いや、おそらくは全く別のものである事は間違いない。


――だがそれは、今の自分、【艦娘・北上】に確かに地続きでつながっている。水底で結びついている。






――それがいつ頃「生まれた」のかは、いまだにひどく曖昧だ。


最初は夢見心地にいるような、ぼんやりとした意識だったと思う。


鉄の塊として、道具として、船として、兵器として――ただ与えられた役割を与えられたままに淡々とこなし受け入れる鉱物のような心。


決戦用戦力として期待され、重雷装巡洋艦として改装された時も、ああ、そうか、と思っただけだった。


結局その役割を一度も果たさないまま、高速輸送艦としての任務に従事するようになった時も、ああ、そうか、と思っただけだった。


ほんの少しだけ、残念な気持ちにはなったかも知れない。


だが結局は全てを、あるがままをあるがままに受け入れた。


兵器として、船として、道具として、鉄の塊として――それが当然のことだ。




モノクロの世界の中、白黒の意識の中、歳月が流れていく。




そしてある時――世界に、色が付いた。


「北上さんは――【軽巡・北上】はね、乗組員たちの話から、あなた達がやり遂げたキスカ撤退作戦のことを聞いて――とても、とても憧れたの」





多くの敵艦を沈めた訳でも、多くの敵兵を殺した訳でもなく。


それでもなお、奇跡と呼ばれたその作戦。


完全に包囲され、封鎖された絶望的な状況の中から、ただの一人も味方を死なせず、全ての仲間を連れ帰ったその奇跡。




……しかも、その作戦の旗艦をつとめたのは、かつて自分に衝突したこともあるあの艦だという。


なんだか少し愉快な気がして。


鉄の塊の鈍く重い心に、温かい光が灯ったような気がした。


白黒だった世界に、色が付いたような気がした。



――嗚呼。


――なんて凄い艦なんだろう。


――なんて凄いことをやってのけるんだろう。



――そんな風になりたい。

――そんな風で在りたい。



――いつかはなれるだろうか。


――いつかは辿り着けるだろうか。




――その高みに。その輝きに。


――自分の手は――――届くのだろうか。


「……たとえ第一線で活躍することはできなかったとしても、輸送艦としての役割のままその艦歴を終えることになったとしても、それが味方を救い仲間を支えることになるのなら――その在り方は、きっとあの憧れの艦の姿につながっているはず……そう思えたのね」


「……もちろん、北上さんがどう思おうと、それで何かが変わった訳じゃないわ」


「鋼鉄で出来た単なる軍艦として、それまで通り、与えられた軍務につくことしかできないのは、何も変わらなかった」


「でも……だからこそ、余計に、あなた達がキスカで示したあの奇跡は、北上さんの心を支える光として輝き続けたんだと思う」


「……だけどね。 北上さんの――【軽巡・北上】のその想いは、最悪の形で踏みにじられることになるわ」




「……口にするのもおぞましいあの兵器」




「あの最悪の――味方殺しの兵器の、搭載母艦として改装されることでね」


「……ねえ、阿武隈さん。ねえ、五十鈴。 あなた達に想像できる? その時の北上さんの気持ちを」

「――心を持たない、ただの鉄の艦のままだったなら、たとえどんな理不尽な命令だったとしても従容として受け入れることが出来たでしょう。 ……実際、私たちは皆、『あちらの世界』で、そうやって過ごしてきた」

「――たとえ生まれ変わった後でその記憶にさいなまれる事があったとしても、それはどうしようもない過去の出来事として、なんとか前を向くことが出来たでしょう。……実際、私たちは皆、『こちらの世界』でそうやって過ごしている」


確かに『あの敗戦』の記憶によって何らかの心の傷を負っていない艦娘など一人もいない。

だが、それはあくまでも遠い過去の、鋼鉄の記憶だ。艦娘として生まれ変わってからのような、心や感情に裏打ちされた記憶とは訳が違う。

例えば、阿武隈や五十鈴自身にも、もちろん過去の自分の記憶は存在する。

だがそれは、言わば断片的なフラッシュバックが色褪せたコマ落としのフィルムのような形で幾つか存在する程度のもの。

艦娘に生まれ変わってからの生き生きとした記憶とは全くの別物だ。


「……もしも今、『アレ』を積むようにと命令されたら、私たちは断固として拒むでしょう。 抗議して、わめいて、拒絶して、暴れて、泣いて、逆らって……何がなんでも抗うでしょう。 そんな装備を積むのは嫌だと主張して。 積まれたとしても投げ捨てて」

「……その気にさえなれば、今の私たちには、自ら解体処分や自沈処分を選んででも、理不尽な命令に抗うことができる」


「……だけどもし、それさえも許されなかったらどう?」


「意志もある。感情もある。心もある。……なのに、異を唱えることも自分の身体を思い通りに動かすことさえもできず、かつてと同じように兵器として、道具として、命じられた通りの行動しか取れないとしたら?」




「ねえ……あなた達は、それに耐えられる?」




喩えるならば、声も出せず身動きも取れないまま、辱められ、汚され、陵辱され。涙を流すことさえ禁じられたのも同然だろう。






「そんなの……そんなの無理に決まってる。耐えられっこない……」


五十鈴が瞳に恐怖の色を浮かべて、呆然とつぶやく。


阿武隈も同感だった。


「……そうね。そうよね」


暗い目で大井が呟く。


「北上さんも……耐えられなかった」



大井が膝の上で握りしめた拳に、ぎゅっと力が込められる。



「よりにもよってちょうどその頃……北上さんの改装が進む中、あなた――【軽巡・阿武隈】が、ネグロス島沖に沈んだ」



阿武隈は言葉を失う。



「……目標としていたあなたにはもう追いつけない。……それどころか、このままいけば遠からず『アレ』を積まされて、憧れとしていたあなたからは、一番遠い存在になってしまう。 そう思った北上さんは、無駄だと知りつつ心の中で叫び続けた」


「――嫌だ。嫌だ。それだけは嫌だ。やめて。やめて。お願いだから。……だけど、そう叫び続けた北上さんの心の声は、結局、誰にも届かなかった」



「……そして、その声が誰にも届くことはないと悟った時、北上さんが望んだのは――」




大井の声が震えた。




「自分が『アレ』を使わされることになる前に……一刻も早く、自分を沈めて欲しいということ、それだけだった」


「……あとは知っての通りよ」

大井は深く溜め息をついた。

「ちょうどこの時期、7月の終わり頃……『アレ』を積まれたまま停泊中だった北上さんは、呉軍港を襲った大空襲に遭遇した」

「……北上さんはむしろ、ほっとしたそうよ。……これで自分は、ちゃんと沈むことができる。これで自分は、憧れたあの姿を汚さずに沈むことができるんだ、って」

「……でも、そんな北上さんの気持ちを嘲笑うかのように……敵の空爆は他の艦にばかり集中した」

「……大破し、動けなくなった北上さんをそのままにして、飛来した敵の爆撃機は次々と他の艦を沈めていった」

「仲間達が次々と炎上し、着底していく姿を……北上さんはずっと見せつけられた。見せつけられ続けた」




助けたくても身体が動くことはなく。

叫びたくても声を出すことはできず。

泣きたくても流せる涙は存在しない。




――こんなのは違う。こんなのは間違いだ。


――こんな事を望んだんじゃない。


――こんな事を願った訳じゃない。


――沈むべきは自分なのに。自分だけだったのに。




目を逸らすことも目を閉じることも許されず北上は――全てを見届けることになった。


「……もちろん北上さんは何も悪くないわ。北上さんの想いに関係なくあの空襲は起こっていたでしょうし、結果は何も変わらなかったでしょう」

「でもあの時北上さんは……誰を巻き添えにしようと構わないから沈みたい、どうか自分を終わらせて下さいと望んでしまった。願ってしまった。祈ってしまった。それは変えようのない事実。……そのことで、いまだに北上さんは罪の意識に囚われてる」


「……生まれ変わって以来、北上さんはよく言ってたわ。 どうせ生まれ変わるんなら、軽巡なんかじゃなくて、戦艦や重巡が良かったのに……って」

「神様とやらがいるんなら、そいつはきっと、あたしの事が嫌いなんだねって……寂しそうに笑ってた」

「いつも飄々として、笑いながら過ごしてるように見えるけど、あの子の傷は……凄く深い。 そしてその傷から……今も血を流し続けてる」


「……でもね、阿武隈さん。そんな北上さんが……あなたが着任すると知った時、すごく嬉しそうにはしゃいでた」



――ねえねえ、大井っち、聞いた? あの【阿武隈】が、うちの鎮守府に着任してくるんだって!

――どんな艦娘になってるんだろね? どんなやつなんだろね?

――ああ、楽しみだなあ。

――あたし、教導やらせてもらえるかなあ。

――ううん、絶対あたしがやる。 提督が駄目って言おうがどうしようが、留守の間に勝手に決めちゃうから。

――ねえ大井っち。提督には内緒だよ?




「……正直、私は反対だった」

大井の声は苦しげだった。

「……北上さんは【軽巡・阿武隈】に憧れを抱き過ぎてた。理想の艦娘のイメージが、北上さんの中で膨らみ過ぎてた。 あなたは――ううん、あなただけじゃない。【軽巡・阿武隈】も、別に特別な艦じゃない。弱さも欠点も抱えたただの普通の軽巡洋艦だったはず」

「……いつか、北上さんの中での【軽巡・阿武隈】のイメージと、艦娘としてのあなたの姿にズレが生まれた時――北上さんがひどく傷つくことは判ってた」

「……でも、それでも……あんなにはしゃいで、あんなに嬉しそうにしてる北上さんを止めることは……私にはできなかった」


「……そして阿武隈さん。あなたは、北上さんの期待通りの素敵な艦だったわ」

「……あいつは、何があっても諦めない。どんな難題でもまっすぐ立ち向かっていく。そして何より、仲間を絶対に傷つけず、必ず生きて連れ帰る……そんな艦になれるんだ、って北上さんが信じてしまったくらいに」


「……もちろん、理想の艦娘なんてイメージとは、程遠かったみたいよ? 生意気だし、泣き虫だし、口は悪いし、ね」

大井は困ったような笑みを阿武隈に向ける。

「……でも、そんなあなたの事を語る北上さんは、楽しそうだった」

「……私が、あなたには関わり過ぎない方がいいっていくら言っても、聞いてくれなかった」


「今回の件だけど……まず、あなたは確かに旗艦としては大きなミスを犯したわ。……でも、それは誰にでも起き得ることよ。北上さんの態度は、あまりにも厳しすぎた」

「……次に、あなたは確かに自分のミスに気付けず、勘違いをしてた。……でもこれも、あなただけが悪いんじゃない。頑なにあなたへの説明を拒んで自分自身で気付かせようとした北上さんにも……問題があったと思う」

「最後の暴言も……是非は別として、心情的には理解できるわ。……さっきも言ったけど、北上さんもあなたの暴言そのものに腹を立てて、それで教導を降りるなんて言いだした訳じゃない。あなたに暴言を吐かせるようなことをしてしまった、自分自身が許せなかったのよ」

「……厳しい言い方をすれば……勝手な理想をあなたに押し付けて、勝手に北上さんが傷ついただけ」

「……そのことはもう、多分北上さんも解ってる。だから……自分からあなたの教導を降りるなんて言い出したんだと思う」

58も「アレ」積んでたからそれつながりかと思ったが違うのか


「……だからね、阿武隈さん」

大井が阿武隈に向かって微笑む。

それは、とても哀しげな微笑だった。


「……こんなことを言えた義理じゃないのは判ってる。 だけど阿武隈さん。……どうか、北上さんを今はそっとしておいてあげて。すぐにじゃなくていいから、いつか許してあげて」

「そしていつか――北上さんが望んだような、素晴らしい艦娘になってあげて。そうすれば……北上さんの気持ちも少しは救われるって……そう思うから」



大井は目を伏せ――長い、長い話が終わった。

投下終了

リアル事情で次の投稿まではかなり間が空きそうです
今月中にはひょっとしたら難しいかも……
ただ遅くはなっても必ずまた来ますのでよろしくお願いします

>>300
裏話になっちゃいますがプロット段階ではそれもからめようかと思ってました
ただ長くなり過ぎるのと阿武隈と北上に当てるべき焦点がぼやけそうだったので削った次第です
いつかゴーヤ主人公で書くならそのへんも触れたいですねw

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