【ゆるゆり】千鶴「ただいま」 (20)

千鶴のSS少ないから自給自足
短いですが千鶴視点で
千鶴の過去について自分なりの勝手な解釈(ねつ造ともいう)があるので注意

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1428237359

向こうでは咲き始めた桜も,こっちではまだ咲いていない。
けれど蕾はだいぶ膨らんでいて,今か今かと待ち望んでいるようだった。
ぽかぽか温かい春の陽気の中,荷物をたくさん詰めこんだキャリーバックを転がしておばあちゃんの家へと向かう。

春と言えば出会いと別れの季節。昔から転校が多かったせいで,たぶん人一倍,出会いと別れを経験しているような気がする。
でも,今年の春はきっと別れと新たな出会いと,そして再会の季節。

受験を乗り越えて,私もついに大学生。偶然にも私の学びたい分野とレベルが合致した大学が,ここ,富山の地にあったのだ。
晴れて合格通知を手にした私は再びおばあちゃんの家に住ませてもらうことに決まった。
姉さんは別の大学に進学し,この春からは離れ離れ。そのため一人で鉄道を乗り継いで富山まで戻ってきた。

「戻ってきた」というのは,七森中を卒業した後,私たちは引っ越したからだ。
ただ学校がバラバラになるだけではなくて,地理的にも離れてしまう。
そんなことは何回も経験して来たのに,このときはいつもと違ってた。

中二の体育ときに仲良くなった二人を含む友達と,生徒会,そして娯楽部のみんなと「連絡するから」,「絶対また会おう」って別れを惜しんで。
そしたら胸がじんじん熱くなって,きゅって締め付けられるような感覚がして,気付いたら涙が零れていた。前に転校したときも,その前も泣かなかったのに,堰を切ったように涙は止まってくれなかった。
もらい泣きっていうのだろうか,他のみんなも涙を流して嗚咽交じりの声でたくさんの言葉を交わした。

あんなに泣いたのは小学校の低学年以だろうか。
一回目の転校,二回目の転校はこのときみたいに泣いたのに,三回目からは泣かなくなっていった。
別れることに慣れたのか,それとも諦めていたのか。

友達を作ってもすぐに離れ離れになってしまう。
「連絡するよ」「手紙書くから」別れの時はそんな言葉を交わすけど,手紙はだんだん頻度が減って,いつの間にか書かなくなって。
忘れたくないのに,だんだんその子の記憶が薄れていって怖かった。

忘れていくことが怖いから,思い出を作らないように,人と距離を取るようになっていた。関西弁も意識して使わないようにした。
転校初日には必ず質問攻めにあう。関西弁だと珍しがられて,興味の対象の一つとなる。
それならばできるだけ珍しがられないように,少し距離を置くためにって,標準語で話すように努めていた。
今となっては標準語で話すのが自分の中で普通になってしまったのだけれど。

中学の最初の夏休み,大阪のおばあちゃんの家に行く途中の駅で電車を降りて観光したことがある。
たった一年しか住んでいなかったけれど,その町は昔住んでいた町。
あの頃はまだ小さくて特に興味がなかったお城を,歴史に興味を持ち始めた当時,もう一度見に行こうとその町に寄ったのだ。

時間がゆっくり流れているような落ち着いた城下町,町並みも昔とほとんど変わらないままで。
それなのに,ここで過ごした日々は果てしなく遠い過去のような気がした。
それほど遠い昔ではないのに,その頃のことは陽炎の向こうでぼんやりとしてゆらゆらと揺れていた。
ふと目を離せば露と消えてしまいそうなくらいおぼろげで,不確かなものだった。

通学で何回も通った道,友達と一緒に遊んだ公園,春にプチ遠足でお花見をしたお城。
けれど一緒にいたはずの子のことが今一つ思い出せない。
あんなに一緒に居たのに,あんなに楽しかったのに,どうして……?

胸が締め付けられて,息がつまりそうだった。

そんなことがあったから,この町に戻るのは少し怖かった。
三年前にこの場所で過ごした思い出を思い出せなかったらどうしようって,少し不安だった。
けれど,その心配は杞憂だった。中二の頃仲良くなった二人と帰った道,連れられて寄り道したアイス屋さん,そして――


あの子と出会った公園。
あの子とここで出会わなければ,こんな風に中学のことを思い出せなかっただろう。ぽっかりと穴が開いた空白の中学生活だっただろう。
でも,あの子は気付かせてくれた。ずっと遠い町に忘れてきた,とっても大切なもの――



せっかくだから,この公園の中を通っていこう。私の思い出の場所だから。
今も色あせずにしっかりと心に残っている。私を変えてくれた,そんな場所。

昔,私が本を読んでいたあのベンチに一人の青い髪の女の子が座っていた。
どことなくあの子の面影を感じて,なんだか懐かしい気持ちに包まれる。もしかして……






「千鶴お姉ちゃん?」




やっぱり!もうあれから三年たつんだ,しばらく見ない間に大きくなったね。


「楓ちゃん」


楓ちゃんは私の声に応えるように走り出す。


「千鶴お姉ちゃん!!」

あのときと変わらない無邪気な笑顔を浮かべて,私の胸に飛び込んできた。
助走をつけたハグに少しよろめいたけど,しっかりと受け止める。

「千鶴お姉ちゃんがいなくなって寂しかったの」

ひしと抱きつく楓ちゃんを抱きしめ返して,頭をなでる。

「ごめん……寂しい思いさせて」

「ううん,しょうがないことだから。ただの楓のワガママだから……でも,ずっと待ってたの」

「ありがとう,待っててくれて」

「うん……!千鶴お姉ちゃん」

楓ちゃんは抱きしめていた腕を緩めて私を見つめる。





「おかえりなさい!」




昔と同じ,まぶしいほどの笑顔を見せてくれた。

この町は思い出の詰まった,私に大切なことを思い出させてくれた,そんな素敵な町。
これから色んなことがあるだろうけれど,この町でならきっと頑張っていける。
この町で,一歩踏み出すきっかけをくれた楓ちゃんに一番に出会えたことがすごく嬉しい。


きっと今はあのときよりも自然に,柔らかく笑えるはずだから,最高の笑顔を楓ちゃんにあげよう。







「ただいま,楓ちゃん」



短いですがこれにて終了です。新年度が始まったので書いてみました
ちづるんのSSもっと増えますように!

ありがとうございました

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom