ほむら「まど化」 (66)
◆
ほむら「わるぷるぎすのよるをたおせない」
ほむら「ひっくりかえった、わるぷるぎすのよる」
ほむら「あのぜつぼうをくつがえすすべを、わたしはもちえない」
ほむら「まみ、わたし、きょうこのべすとめんばーが、またたくまにかいめつした」
ほむら「かてない」
ほむら「たとえ、みたきはらに、あらたなまほうしょうじょをよびこもうにも――」
ほむら「…………」
ほむら「時間……時間……時間……」
ほむら「…………」
ほむら「――私の、結論は一つ」
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ほむら「まどかに契約してもらう以外、彼女を救う方法は存在しない」
ほむら「インキュベーターに騙される前の彼女を救う」
ほむら「私がまどかから託された、今もなお私が私であり続ける理由」
ほむら「私が、この醜く矮小な人生にしがみつく意義」
ほむら「彼女を救う」
ほむら「彼女を救うという目的から、彼女を魔法少女にさせてはいけない、ということは必ずしも帰結しない」
ほむら「それは、私がやりたいこと、やりたかったこと、私にとっての理想、願いに過ぎない」
ほむら「私の力で」
ほむら「……そういった感傷などの不必要なものは、全て切り捨てるべきだ」
ほむら「目的がある」
ほむら「彼女を救う」
ほむら「私はそのために、己の全てを賭け、世界の不条理に挑む」
ほむら「この決断こそが、無力な私でも可能な最善を選択しうる、たった一つの冴えたやり方なのだ」
◇
ワルプルギスの夜「アハハハハハハハハハ」
まどか「キュゥべえ。わたしと契約して」
QB「うん」
QB「さあ、こっちに来て」
QB「君の途方もない素質から推測するに、きっとどんな願いだって叶えられるだろう」
QB「鹿目まどか。君はその魂を対価に、いったい何を願うのかな?」
まどか「……」
まどか「わたしは、あのワルプルギスの夜を倒せる魔法少女になって」
まどか「無事にワルプルギスの夜を倒したあと」
まどか「魔法少女をやめて元の普通の人間に戻り」
まどか「そのまま普通の人間として生きて、幸せに一生涯を終えたい」
QB「……その願いは、魔法少女の、希望から絶望への転落という摂理を拒否する、というわけだね?」
まどか「叶えられるよね?」
QB「ああ、叶えられるはずさ」
QB「それがキミの持つ、素質の大きさというものだからね」
QB「……やれやれ、キミにそんな願いをするよう唆したのは、暁美ほむらだろう?」
まどか「…………」
QB「…………」
QB「まあ、終わったことにあれこれ言うなんて無意味だ。これくらいにしておこう」
QB「嘘偽りのないキミの願い。ボクはそれを叶えよう」
QB「受け取るがいい」
QB「これが君の力、ワルプルギスの夜をも覆す力、そのためのソウルジェムだ――」
◆
枕の傍で目覚まし時計がけたたましく鳴っている。
私は今日もまた、一つの夢の中から覚めた。
そして、実感が夢のようにぼやけた日常の世界に精一杯自らを投げ込む。
立ち上がり、ベッドを整え、パジャマから制服に着替える。
身体に染みついている動作。
なにも考えていなくてもできる。
そこに私という意識は必要ない。
私という夢。
毎日、布団の中で、私はワルプルギスの夜の夢を見る。
死んだまどかの夢を見る。
さまざまな痛み、恐怖、苦しみ、絶望――
それらのすべてに、己を完膚なきまで押しつぶされそうになったとき、決まって夢は覚める。
まどかを救うための日々。
費やした一秒一秒が、私に深々と刻み込んだ外傷。
それはいつまでもどこまでも私を苛み続ける。
そういった記憶が生み出す夢に比べて、最近、現実の生活はあまりに刺激が薄い。
私は本当に、生きているのだろうか? と考えることがある。
あのとき、実は死んでしまっていたのではないか?
あるいは、あのときかもしれない。
あのときでなければ、あのときだろうか。
一つ一つあのときを数えだせば、きっと山ほど見つかるだろう。
しかし、それでも私は生きている。
まどかが人間として生きて、ワルプルギスの夜を越えられている世界で。
まどかを救うことができた。
達成感よりも、夢のようだという感覚が先立ち、それがそのままずっと臓腑の底で停滞し続けている。
だが、この夢のような実感も、いつかは適度に強まって、私も人並みに生きることができるかもしれない。
少なくとも、そうなったらいいなと願っている。
リビングに出向き、インスタントコーヒーの用意を始める。
その作業をこなしながら、昨日テーブルの上に無造作に置いておいたバナナの房から一本、手際よく剥いて、パクリと一口噛みしめた。
◇
まどか「ほむらちゃん、おはよ~!」
ほむら「おはよう、まどか」
まどか「今日は調子、良さそうだね」
ほむら「うん。いつもより、頭の中がすっきりしてる気がする」
まどか「段々、良くなってきたのかな?」
ほむら「どうだろう」
ほむら「長い目で見たら、まだよくわからないわ」
ほむら「ワルプルギスの夜を越えられたのだから、これ以上悪くなることはないでしょうけど……」
まどか「……そっか」
まどか「けど、どちらにせよ、これから時間はたくさんあるもんね!」
まどか「ちょっとずつ頑張っていこう!」
ほむら「……うん、そうだね」
ほむら(これからの、時間)
ほむら(……私の所持する武器が、底を尽きたとき、私は――)
まどか「ほむらちゃん?」
ほむら「なにかしら」
まどか「難しい顔して、どうしたの?」
ほむら「ううん、なんでもないわ」
まどか「えー? 本当ー?」
ほむら(今、武器のことを気にしてもしょうがない)
ほむら(それより、まどかとこうして二人でいられる時間を精一杯楽しまなくちゃ、損ってものよ)
ほむら「美樹さやかはどうしたの?」
まどか「さやかちゃん? 忘れ物しちゃったことに気付いて、後から来るんだって」
ほむら「そう。そそっかしいわね。相変わらずあの子は」
まどか「ふふっ、そうだね」
ほむら「そそっかしいと言えば――」
◆
時々考える。
まどかは私が頭のおかしい女だから、私に優しく構ってくれているのではないか、と。
もっとも、客観的に見て、まどかが向けてくれる好意をあまりに台無しにする発想だから、ただ頭の中で考えるだけだ。
これは、そうではない、という結論を得て安心するための、言ってしまえば儀式のようなものだった。
しかし、結論とは別に、何かしらの疑問がないわけでもない。
私はどうやってまどかと仲良くなったのだろう?
どうやって、彼女を救ったのだろう?
今回、時間遡行の結果病院で目覚め、それから彼女を救うまでの間、控えめに言っての話だが、私はかなりの頻度で錯乱していた。
焼けつくような目的意識に急き立てられて、常に動いていたのは覚えている。
自らの無力さを前面に押し出して、まどかに取り入ったことも覚えている。
他の記憶はほとんど残っていない。
一応、まどかの願いをどういったものにするのが良いか、彼女と吟味して、これだと決めた記憶などは鮮明に残っている。
けれど、あの奇跡がどうやって起こされたのか、もたらされたのか、改めて全体を俯瞰できるほどの詳細は思い出せない。
これもまた、私が現状に夢のようだという感覚を覚える理由の一つだろう。
ある意味で、まどかがワルプルギスの夜を越えられたという事実は、私が尽力したから、ではないのだ。
私が何もしなければ、おそらく起こりえなかったことではあるにせよ。
だけどそれでも、私の力によるものだ、と胸を張って言えないにせよ、結果としてまどかを救うことができた。
ならば私はそれで満足だ。
私は狂気を伴う疑問を胸中に抱えるにあたって、そのように考え、そして、それに納得しているつもりだった。
◇
さやか「今日も今日とて、まどかは私の嫁になるのだぁー!」ギュゥ
まどか「も、もうさやかちゃんったら……恥ずかしいよ……人がいっぱいいるのに」
ほむら「…………」
さやか「ん? ほむらもあたしと一緒に、まどかとくっつきたい感じ?」
まどか「え、ええっ!?」ビクッ
ほむら「いいえ。私はここで見ているだけで十分よ、さやか」
ほむら(……まどかとくっついているのが妬ましくない、と言ったら嘘になるけど)
ほむら(でも、今しばらくはあなたに譲るわ、さやか)
ほむら(失恋の苦しみを少しでも埋めることができるものがあるとしたら、それは、気の許せる友達の温もりだろうから)
さやか「ほれほれー、うりうりー!」コチョコチョ
まどか「わー! や、やめてー! くすぐったいよ~!」アハハハハ
まどか「最近、さやかちゃん、こういうの多すぎぃ~!」アハハハハ
さやか「えぇ゛~。よいではないか~、よいではないか~」コチョコチョ
ほむら「…………」
ほむら(私だって、まどかの親しい友達なのだから、やろうと思えば、これくらいのスキンシップ造作もなくやれるわ)
◆
今宵、頭上にかかったおぼろ月は、見滝原の街並みの輝きで逆に照らされているかのごとき風情である。
「おい、暁美ほむら」
倒しやすい魔女を捜索していると、突如、背後のやや離れたところから声をかけられた。
振り向かずに、とぼしい光を投げかける夜空を見上げつつ、私は足を止める。
少し間が空いたのち、すぐ後ろまでやって来た杏子の呼気と気配を感じた。
「なんのよう?」
「最近、テレビでも新聞でもなんでもいいけど、ニュース見てるか?」
「いいえ」
ニュースに意識を向けている余裕など、今の私の生活にはない。
一日において、意識をはっきり保てる時間は、私にとって限られている。
やるべきことを、できるうちに済ませなければいけない。
優先順位からして、世間の動向に意識を向けるのは、相当先のことになりそうだ。
「じゃあ、あれとか、あれとか、ニュース、知らないんだな? マミから聞いてないのか?」
「にゅーす?」
「……なんだ、今日は具合悪いのかよ」
「ええ、そうね。すこしあたまがぼうっとして、しゅうちゅうできない」
本当を言えば気分も悪かったけれど、それを言う必要はないと思った。
一度、壊れてしまった私の心。
希薄な現実と、私自身は、私の内面にたびたび狂気を呼び寄せる。
意識が曖昧にぼやけ、思考がままならなくなる。
あのとき、現実を生のままで受け入れられなくなった。
目的のためだけに、自らを研ぎ澄ました。
たくさんのものを捨てた。
恐怖も、苦痛も、喜びも、矜持も。
そして、まどかを救った。
その副作用が不定期に、ツケの支払いを求めて私の元へやってくる。
いや、やってくる、よりも、こみ上げてくる、とするのが正しいだろう。
「しゃーねな。具合悪くていいから、とりあえずこれ見ろ」
杏子は私に、新聞紙の一部を差し出した。
クシャクシャに丸められていたそれは、もしかするとゴミ箱から拾われたものなのかもしれない。
どうでもいいことだ。
紙面を広げて、上手く機能しない頭を散々苦労しながら働かせて、文面を読む。
そこに書かれていたのは、どう見ても普通の事件だった。
少女が一人、通り魔に強姦され、殺されたらしい。
痛ましくはあるが、少なくとも風見野から見滝原までやって来て、わざわざ読ませる内容ではない。
私は首を傾げた。
「写真だよ、写真」
写真?
私は杏子に促されるまま、新聞上の写真に目を通した。
そして、紙上の一点から視線を外せなくなる。
被害者の写真。
それは、まどかにしか見えなかった。
「アンタの大切にしてる、鹿目ってやつにそっくりだろ? しかも、それ一件だけじゃないんだ」
そっくり?
これは、まどかの顔だ。
「アタシが知ってる限り、似た事件は三件ある。全員そっくりそのまま同じ顔」
三件。
三人のまどかの死。
さきほどからの気分の悪さが、途端に明白な吐き気に変わる。
思わず、新聞紙を片手に持ちながら、もう片方で口を押える。
「共通点は日本に住んでいること、日本人であること、あと、少女であること――」
私は嘔吐した。
まどかが死んだ。
まどかを救えなかった。
私は涙を滂沱として流した。
死んだのは、まどかではない。
頭ではわかっていた。
それでも、突然のショックが酷過ぎて、反応を返さずにいられなかった。
杏子が慌てて、私の背中をさすり、何か、呼びかけている。
心配してくれているらしい。
彼女に何か答えようとして、けれど何も言葉が見つからない。歯がゆく思う。
ますますぼやける思考。
しかし、私の中で茫漠とした不穏が、そこかしこから噴出し始めたことだけははっきりしていた。
◇
ほむら「…………」
プルルルルル プルルルルル
ほむら「……はい、もしもし」
まどか「ほ、ほ、ほむらちゃん、ほむらちゃん、ほむらちゃん、あの、ほむらちゃん、ね――」
ほむら「落ち着いて」
ほむら「まどか、どうしたの? こんな時間に」
まどか「…………」
まどか「あ……えっと……」
ほむら「まどか。落ち着いて。深呼吸して」
まどか「…………う、うん」
ほむら「ちょっと、落ち着いた?」
まどか「……多分」
ほむら「そう。良かった。なら、何があったのか、冷静に、話してみて」
まどか「……うん」
まどか「………………」
まどか「わたし、今、夢を見てるわけじゃないんだよね?」
ほむら「ええ。私も起きてるわ。ちゃんと現実よ」
ほむら「だから大丈夫。自分が見たことを、自分が見たとおりに、まず言ってみて」
まどか「………………」
まどか「――パパとママとタツヤが……わたしになっちゃった……みたい……なの」
ここまで
現行のスレに一部明らかに触発されたけど
やりたいことやるための舞台装置として利用してるだけだし別にいいよね
多分
◆
夜天は黒々とした雲に覆われて、闇の帳を地に巡らせていた。
リビングの一角、壁面を丸ごと取り替えたほどに広い窓から街の景色を望む。
見滝原の繁栄の象徴たる摩天楼の乱立。
曙光が降り注ぐまでの間、毎夜この街を輝かせているのは、この街そのものが放つ煌めきである。
刻限は深夜。日がな一日眠らない見滝原。そこに今、暗雲が垂れこめていた。
私が遣る方なく窓の外に視線を投げていると、窓に照り返す室内の照明が、巴マミ――家主の入室を知らせる。
「まどかの様子はどう?」
「寝ているわ……。可哀想に、さっきまで震えていたけど、私の魔法で眠らせたの」
巴マミが、トレイに紅茶とアップルパイを載せてやって来た。
アップルパイ。
マミのアップルパイは絶品だよ、とどこか恥ずかしげな顔で言っていた杏子のことを不意に思い出した。
断片的な記憶。
あれは、今回の出来事だっただろうか? それとも、別の時間軸の出来事だっただろうか?
巴マミがトレイからソーサーをこちらへ差し出す際、皿がテーブルと触れあい立てたチィン、という音が無性に耳に残った。
「これからどうするの?」
「これから?」
「鹿目さんよ。彼女、このまま私の家に置いておくだけじゃ、どうにもならいでしょう?」
「……明日になれば、私の家に連れていくわ」
「そういう話じゃない。わかってるでしょ、暁美さん」
巴マミが私を見つめながら一口、自ら淹れた紅茶を口に含んだ。
一方、私は下を向き、テーブルを眺めることで、まっすぐな瞳から目を逸らす。
巴マミのまなじりが描くやや下りがちの曲線は、彼女の顔かたちに常に柔らかな印象を纏わせる。
明らかに敵対している場合を除いて、巴マミの無表情からその胸中を窺い知るのは困難だ。
彼女は今、私を目の前にして、何を思っているのだろう。
唇を噛む。
私は、巴マミとこうやって面と向かい話し合うのが昔からずっと苦手だった。
もちろん、昔というのは、あくまでも繰り返したループを直線的な経過と捉えた上での話だ。
そっと深呼吸する。
巴マミに倣い、ソーサーからティーカップを持ち上げ、紅茶を一口含む。
紅茶の銘柄なんて私はまるで知らない。
それでも、彼女とはじめて会ったときとまったく同じおいしさが、舌に染み渡るのはわかった。
もう一度、深呼吸。私は、頭の中で言葉をまとめて、話を切り出す。
「いったい何が起こっているのか、全貌を把握している存在がいるとしたら、その最有力候補はキュゥべえよ」
「そうね」
「だからできるだけ早く、何か知らないかとあいつに訊ねる。騒動の原因がわからなければ、適切に動きようがない」
「うん」
「でもその前に、自分たちなりの推測をしておくのは悪いことじゃない」
私は目線を上げて、巴マミを見据えた。
「まどかとそっくりな三人の少女の死、あなたはどう思ってる?」
「どう思ってると言われても……」
巴マミは困り顔を浮かべた。
「事件の発生地域はバラバラ。ニュースだけでは、これといった共通点もわからなかった。
まあ、鹿目さんのご家族が鹿目さんになってしまったことと、まったく無関係ではないでしょうけど。
暁美さんには、何かこれだと言える見通しがあったりするの?」
「あるわけないでしょ。……だけど、凄く気になってることならあるわ。
ネットや記事をいくら探しても、少女たちの顔が瓜二つなことに触れてる人が、まったく見当たらないのよね。
しかも、なお悪いのは、まどかのご家族の場合も、彼らがまどかになっていることに誰も違和感をもっていないようだった」
「……つまり、事件について、情報統制が敷かれているか、あるいは――」
「被害者三人に、まどかの家族と同様の現象があったと仮定すると、影響は三人のみに限らない公算が高い。
ようするに、実は、人々の認識に及ぶ深刻な規模の事実の改竄が起こっているのかもしれない」
「なるほど、ね……」
私の仮説を聞き終えて、巴マミが何も言わずにただ深いため息をつく。
これからどうすればいいのだろう。
私も彼女と同様に、ため息をこぼす。
そして、心の深いところで巴マミとほんの少し打ち解けるような、しかし、それでいて胸が灼けつく嫌な息苦しさを感じていた。
◇
QB「美樹さやかの件は残念だったね、まどか」
まどか「…………」
QB「彼女はキミとの接触があまりに多すぎた」
QB「もっとも、ボクと魔法少女の契約を交わしていれば、避けることのできた事態だったけれど」
まどか「…………」
まどか「……全部、何もかも、私の……せい、なんだよね」
QB「キミの願いがこの事態の原因となった、という意味ではそうだね」
QB「『普通の人間』に戻る、というキミの願いの強制力が、『普通の人間』という言葉の意味を、キミという個体を基準に確定した」
QB「そして、願いが生み出した歪みは現在、新たな定義に基づき、世界中の普通の人間たちをまどかという概念で統一しようとしている」
まどか「……でも、じゃあなんでっ! あんな、あんなことに――」
QB「キミは、本来ならば願い事をかなえ、魔法少女から魔女になるはずだったからね」
QB「キミが背負うことを放棄した摂理を、新しく発生したまどかたちが少しずつ肩代わりしてるんだ」
まどか「…………」
QB「ボク個人の意見としては、キミがこのことで気に病む必要は別にないと思うよ」
QB「他人を害する意思などキミ本人には一切なく、願いの生んだ歪みが、予想外の事態を引き起こしてしまっただけなんだから」
QB「ましてやこの規模だ。人ひとりが背負いきれる責任じゃない」
まどか「……だからって! そんなの――」
QB「納得、できないだろうね」
QB「人間が概ねそういう生き物なのは、ボクもよく知っているよ」
QB「罪悪感というものが個体にシステムとして導入されているのは、ボクらからすれば知的生命体として未成熟なだけに見えてしまうけど」
まどか「…………」
QB「なんにせよ、これまで起きたことはまだまだ序の口に過ぎない」
QB「なぜか各地で続々と人間が発狂している、というのが今のところ世間一般の認識だ」
QB「発狂している人たちや、それ以外の人間たちの間で、もっと根源的に進行している変化にはまるで気付いていない」
QB「いずれはこの世界から、鹿目まどかでない人間がいなくなる」
QB「まどか、すなわち人間、となる未来が遠からず到来する」
QB「そして、凶暴になるかどうかは個体差があるだろうが、少なくともまどかたち全ての理性のたがが外れることだろう」
QB「そうなれば、発狂している、という認識すら、人間たち、まどかの間にはまともに成立しなくなるわけだ」
まどか「…………」
◆
朝焼けが美しい。
しかし、だからといって、重く沈んだ私の心がその美しさで晴れ晴れするようなことはなかった。
マンションの廊下、柵からいくらか身を乗り出して、私は道路を見下ろす。
地上では、マドカが二匹、激しい取っ組み合いをしていた。
どうやら互いに飢えを満たすつもりらしい。
私は魔法少女に変身して、盾から拳銃を取り出し、それをマドカたちに向けて構える。
魔法少女の視力をもってすれば、ここから眼下の様子を細かに観察することは、それほど難しいことではない。
だが、拳銃の射程で、あの二匹のどちらかの頭部をここから一発で撃ち抜くのは難しいだろう。
撃ち抜くならば、もっと距離を詰めて確実性を高めるべきだ。
けれども、撃ち抜く必要はない。
ここから引き金を引くことができさえすればいいのだ。
銃を構える。
撃鉄を起こす。
そして、撃――とうとした瞬間、指が激しく痙攣した。
銃を取り落としそうになる。
あれは、まどかではない。
吐き気がこみ上げる。
まどかではない。
いくら頭でそう思っても、引き金を引くはずの指は硬直し、動かない。
あのときの、まどかに頼まれて、まどかのソウルジェムを撃ち抜いた記憶が、私の指を動かなくさせてしまう。
もう二度と、私は――
もう二度と、私は――
私がもたもたしている内に、どうやら戦いの勝者が決定したらしい。
気が付けば、馬乗りになったマドカが、身体の下敷きにした相手に噛みついている。
ここからは、マドカの上半身が遮蔽物となり、食事の様子があまりよく見えないのは私にとって幸いだった。
しばらく銃を構え続ける。
無意味な汗が全身からじわりじわりと流れる。
そして、今日も無理だった、と私は諦めた。
他の手段ならともかく、私はマドカを銃で殺せない。
たとえ、その出自から言って、それをまどかとみなすのがどれほどおろかなことであったとしても。
二度と、私は、まどかを撃てない。
拳銃を盾にしまい、魔法少女の変身をとき、気分の悪さを堪えながら、すごすごと巴マミの家の中へ舞い戻るしかなかった。
ここまで
一応話の中で設定や状況色々少しずつ補足していくつもりだけど
全部書いてたらテンポ悪いから既にイベントせっせと飛ばしてるし、最終的に納得いく補足ができるかは知らない
はっきり言って、ゾンビものめいたことまどマギSSとしてやりたい、だから説明をあまり真剣にくどくどやってもなあとも思う
QB「どんな希望も、それが条理にそぐわない物である限り、必ず何らかの歪みを産み出すことになる」
辺りのセリフとかから結果ありきな面はあるけど理由づけしてるとは一応
魔法少女まどかが普通の人間まどかになった。
「普通の人間とはまどかである」という定義の書き換えが生じて、やがては全人類がまど化する。
しかも地上最強の魔法少女が普通の人間に「退化」したので、まど化した人類にもそれが反映して同様の規模で退化して、ケダモノやゾンビになってしまう。
という解釈でいいのか
◇
杏子「そろそろこれだって、見分けつけられる物が欲しいよな」
マミ「見分け?」
杏子「外の愚図共と、ウチのまどかを区別する目印さ」
杏子「どこで調達してきたものやら、外の奴らもみんな赤いリボンつけてて、見分け辛いったらない」
杏子「みんな同じ顔で、気味悪いったらないぜ」
まどか「…………」
マミ「ちょ、ちょっと、佐倉さん」
杏子「なんだよ、マミ」
マミ「鹿目さんの前で、そんな……」
杏子「なに? まどかを一人のけ者にして、そういうのはコソコソ話せって?」
マミ「ううん」
マミ「そうじゃない。そういう話じゃないわ」
マミ「ただ、だからって――」
杏子「別に、遠慮したから、事態が好転するわけでもないだろ」
杏子「なあ、まどか」
まどか「……なに」
杏子「そのリボン、外してみてくれないか?」
杏子「他の奴らが全員つけてて、アンタだけつけてないとなったら、多分良い目印になる」
まどか「……うん」スルスル
杏子「ありがと。これで――」
杏子「…………」
杏子「……あーあ」
マミ「?」
マミ「どうしたの?」
杏子「外、見てみろよ」
マミ「外?」
杏子「あの愚図共、全員ってわけじゃないけど、まどかが外した途端、リボン外し始めやがった」
◆
マンションの屋上、魔法少女姿で、私は夜風にあたっていた。
最近まで灯りが方々に広がっていた見滝原の夜景も、マドカたちが跋扈するようになってからは、まるで夜の間だけ原始時代に戻ったかのようだった。
静かな時間。
自分も、周りも、言葉を必要としない。
風が、遠くから音を運んでくる。
風の音――やってきてはすぐに、私の髪を後ろに吹き流していく。
その中で、私は一人佇んでいる。
みんなで暮らしていると、こうして一人でいる時間、それがとても貴重で尊い物に思えるときがある。
食料、服、などなど、日々生きるのに必要な物資は、魔法でどうにかこうにか調達可能だった。
むしろ本当の問題はもっと単純で、どうして生きるのか? その疑問がしばしば私を苛んだ。
多分、巴マミや、杏子、まどかも内心似たことを考えているだろう。
時折息がつまる。
こうやって、一人になる時間がどうしても必要だった。
魔法少女としての私。
まどかを守る私。
左手に視線を落とす。
そこに、盾を出現させてはいない。
させる必要もない。
戦いのときを除けば、時間を遡るくらいしか能のない代物。
この騒動が始まったのは、ワルプルギスの夜の襲来から、一か月以上すぎてのことだ。
今、時間遡行をしても、まどかはその先にいないだろう。
なんで、こんなに時間が経ってしまってから、こんなことに。
もう、間に合わない。
やり直すには、何もかも手遅れだった。
しかし、まどかは、私の手の届くところでまだ生きている。
もはや今となっては、私にできることは、今というこの時間にしがみつき続けることだけ。
退くこと、逃れることは許されない。
たとえ、歩き続けたその先に、何もないのだとしても。
痛みを感じるくらい強く、激しく、右手で左腕を掴む。
何もない。
未来の展望も、過去へ遡り、仕切り直すための片道切符も。
一寸先は闇。
きっと奈落が、いたるところで待ちうけているに違いない。
己の肉体と、ソウルジェム、魔法少女としての私。
確かなのは、ただそれだけ。
まどか。
私の唯一の道しるべ。
私の行く先を示してくれる存在。
私は、ただそのためだけに、今もなお生きていた。
◇
まどか「…………」
ほむら「まどか」
まどか「……ほむらちゃん?」
ほむら「お願い、生きて」
ほむら「死なないで」
ほむら「私にできることなら、なんだってするから」
ほむら「だから、一緒にいて」
まどか「……」
まどか「もう、突然どうしたの?」
まどか「こんな時間だよ?」
ほむら「…………不安になったの」
ほむら「あなたを守れないんじゃ、ないかって」
ほむら「ひどい、夢を見て」グスッ
ほむら「もう、何もかも、終わってしまったような気がして……」ポロポロ
まどか「ううん、終わってないよ」
まどか「大丈夫、私は生きてる」
まどか「傍にいるから」
まどか「今日は、一緒に寝よっか、ほむらちゃん」
ほむら「……うん」
◆
「今日もグリーフシードは大量だね」
滅多に乱れることのないいつもの飄々とした口振りで、キュゥべえが私に話しかけてくる。
足元に転がる一か所にまとめられた小粒な結晶状のグリーフシードたちを、ためつすがめつしながら、長いその両耳で触れて意味もなく弄っている。
いかにもマスコットらしく可愛らしい容姿と所作。
私からすれば、心根の邪悪さが外面の良さに透けるようで、吐き気を催すばかりだった。
「ええ、そうね」
短く返し、会話を早々に切り上げようとする。
今日は気分が悪かった。
極端に思考がぼやけ、その隙間を不安と後悔が埋めていく。
以前までの錯乱が、いまだに後遺症として尾を引いている証。
しかし、こちらのそんな事情を知ってか知らずか、キュゥべえは私との会話をすぐに切り上げるつもりなどないようだった。
「外のマドカたちの変貌は、ちょうど小康状態に入っているようだ」
「そう」
「外から帰ってきて、今日もすこぶる機嫌が悪そうだね」
「ええ」
「いったい外に出ることの、何がそんなに不満なんだい?
魔女と戦うよりも、あちこちに落ちているグリーフシードを拾って持ち帰る方が、よっぽど安全じゃないか」
何が?
ともすれば無暗に叫び出しそうな激情が、一瞬でこみ上げる。
不満がないわけないじゃない。
こんなひどい外の有り様で。
まどかが、家族を喪って、さやかも、仁美も喪って、私たちと一緒に、こんな――
外にいる、マドカたち、まどかもどきたち。
やるせない思い。
それを、どうしようもなくなって、かろうじて理性を保ちつつもキュゥべえにぶちまける。
「あんな、汚らしい、まどかの張りぼてみたいな奴らがッ――」
「なるほど。つまりキミ、は外のマドカと鹿目まどかをある程度同一視してるわけか。それがキミの苦悩の原因なんだね」
同一視。
それを聞いて、脳の血管が、千切れたかと思った。
怒り。
はっきり言って、殺意に限りなく近い。
衝動的に、魔法少女に変身し、盾から銃を――デザートイーグルを取り出す
私は、外のマドカと、まどかの区別くらいちゃんとついている。
なのに、つまらない誤解に過ぎないにせよ、こいつの口からそんな謂れをされるなんて。
そのことが、私の頭の中を、ぐつぐつに沸騰させて、理性をドロドロ溶かしていくようだった。
「だいたいッ! 世界がこんなことになったのは、全部あなたのせいじゃないッ!」
「ボクのせいって? ボクはまどかの願いを素質に応じて叶えただけだ。
それがボクにとってデメリットがなかったのは、結果論に過ぎない。
あの願いを考えるのに、キミも参加していたんだろう?
なのに、願いの内容にかかわっていないボクを一方的に責めるのは、おかしいじゃないか」
「……だけど、あなたは、私たちにとってアレが絶対良くないことになると、わかっていたんでしょうッ!」
「うん。それは否定しないよ。どういう形になるか、予想は全然ついてなかったけれど。
どんな希望も、それが条理にそぐわない物である限り、必ず何らかの歪みを産み出すことになる。
やがてそこから災厄が生じるのは当然の摂理だ。
それをキミたちが避けるためには、今思えば、この世界を一度完全に真っ白に壊してから、全部造り直すくらいしなきゃ駄目だっただろう」
まったくもって他人事だという目。赤い目が、冷徹に、非情な色で、こちらを見据えている。
私はデザートイーグルの引き金を引いた。
銃声が部屋に響く。
キュゥべえの顔に大穴が開き、倒れ込んだ身体の下敷きになったグリーフシードが辺りに乱雑に散らばった。
「やれやれ、銃弾を無駄にするのは良くないよ、ほむら。
キミは、これ以上銃弾や武器を効果的に補充する術を有していないんだろう?
軍の基地や、そうでなくても銃火器は、大抵魔法少女の手に握られている。
彼女らの誰かと争って、キミが難なく目的の品を奪えると言うなら、話は別だけど」
どこからともなく新たなキュゥべえが現れて、死体を食らう。
それと同時に、手際よく耳でグリーフシードをすくいあげ、背中で吸収する。
一発撃ったことで、音のおかげか否か意識が少し晴れ、私は平常通りとまではいかないが冷静になった。
銃声を、間違いなくまどかたちに聞かれただろう。
後で、銃声をどう誤魔化したらいいものか。
そもそも誤魔化す必要はあるのか。
思案を巡らせた。
「キミがボクのことをどう思っていようが、キミが今後穏便に生きていこうとするなら、たまった消費済みグリーフシードは処理しなければならない。
だから、今更争ってもしょうがないと思わないかい?
ボクは身体がもったいないし、キミにとっても、エネルギーを浪費してしまうばかりだ」
インキュベーターは、小首を傾げながら、一切の感情を持たない瞳で私を見つめて、そんなことをのたまった。
ここまで
もはや本文まとめて抽出できるくらいしかメリットない奴いらんな、と外して書いてたらいきなりこれだ
要説明事項が積み重なっていく 一応細かい説明の長文は作ったからあまりに???ならいずれ貼るかも
>>48
ソウルジェム(物理的な魂)→魔女
マドカ(非物理的な魂)→凶暴化(というか変貌)
であって、「退化」どうこうではないし
>まどか「そのまま普通の人間として生きて、幸せに一生涯を終えたい」
がなけりゃまどかも凶暴化してる
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