女剣士「死に場所を求めて……」 (18)
私は飢えていた。
命を投げ出した試合。
命を『私』を晒け出した死合いに飢えていた。
そう、言わば全てだ。
己の持ちうる技術、存在そのものを賭けて戦える存在を求めていた。
しかし、そんな相手に簡単に出逢えるものではない。
私は日のある内から酒場で『それ』を捜す。
兵は時間を選ばない、紛い物もいれば本物がいることもある。
今まで『本物』と思った者と戦ったが、全ての試合に勝利した。
しかし今日は違った。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427466402
自称用心棒、自称賞金稼ぎ、その他諸々……
そんな彼等とは明らかに毛色が違うモノがいる。
見るからに未成年。
振る舞いからして店の客寄せ、又は従業員でもなさそうだ。
酒場に似付かわしくない存在だ。
だというのに、誰もが彼を認めている様子。
正直気に入らない。
小僧一人に呑まれる客と私自身に腹が立つ。
しかし私は苛立ちとは逆に彼を見て確かに感じた。
肌、皮膚、肉と精神、五感が感じた。
『彼』。
いや、この場に似付かわしくない『あの少年』こそ……
真の兵だと……
画像貼れるのか……ふーん…
肉が強張り脚は震えているが不思議と迷いはなかった。
私が何を目的に立ち上がるのかを察したのか、賑やかだった店内が静まり返る。
席を立った時の椅子の音だけが響く。
そののちに鳴った音と言えば私自身の足音くらいだ。
求めるモノに近付く、体は何とか拒否しようとしている。
私はそれを抑え込み重い一歩を踏み出す。
床の軋む音さえ骨に響くようだ……
客の視線全てをこの身に浴びているが嫌悪感はない。
それは『女』としてではないからだろう。
無謀な挑戦者か、或いは死にたがり。
そう思われているに違いなかった。
私の腰にある剣を見ては溜め息を漏らす者ばかり。
時間が酷くゆっくりに感じられた。
「やあ、何の用だい?」
正面に立ち席に着いた私に、まだ幼さが残る笑みで問う。
何の用かだと……笑わせるな。
目的など初めから分かっているのに何を言うか。
そう言ってやりたかったが小僧相手にむきになりたくはなかった。
「この酒、珍しい色してるだろ?
これ実は俺が無理言って作らせて貰ったんだ。
あんたも一杯飲むかい?」
「いらん。酒を飲みに来たわけじゃない」
生意気にも酒を嗜む姿に腹が立ったが何故か様になっている。
腰に差す物から見ても、ただの小僧ではなさそうだ。
「そんなに斬り合いがしたいのかい?」
「ああそうだ。私と試合いして欲しい」
汗が頬を伝い、膝は情けなく震えている。
事実、私は臆している。
にもかかわらず、口から出たのは逆の言葉だった。
目の前でゆったりと酒を飲む異様な雰囲気の小僧を、私は心底怖れている。
「その前に一つ訊きたいんだけどいいかな?」
「何だ」
「俺はあんたを斬り殺した後で全て奪うが構わないな」
喉元に刃を突き付けられたような心地がした。
汗から熱が抜け、冷水が首筋を伝っていくようだった。
「どうした。答えろ」
先刻までのおどけた表情や『子供らしさ』は完全に消え失せた。
その異様さ、体感したことのない圧力が私を包む。
『物の怪』
ふと、そんな言葉が浮かんだ。
「ふふ、俺が怖いのか?まあ無理もないけどな」
「黙れ……いいだろう、私が死んだら好きにするがいい」
当たり前のことだ。
試合ったなら者なら誰しもそうする。
試合いに勝つ度私もそうしてきた。
敗者。死体に権利などない、命を含め全てを奪われる。
そんなことは分かり切っていたはずだ。
だと言うのに……
面と向かって改めて訊かれて血の気が引いた。
遠くから声が聞こえる。
彼等は何やら賭けをしているようだ。
途切れ途切れだが、無謀な挑戦者が何分立っていられるかなどと言っている。
「相変わらず喧しい連中だ。さあ、外に出ようか」
それが私のことだと気付くまで、暫く時間が掛かった。
「ふふ、俺が怖いのか?まあ無理もないけどな」
「黙れ……いいだろう、私が死んだら好きにするがいい」
当たり前のことだ。
試合った者なら誰しもそうする。
試合いに勝つ度私もそうしてきた。
敗者。死体に権利などない、命を含め全てを奪われる。
そんなことは分かり切っていたはずだ。
だと言うのに……
面と向かって改めて訊かれると血の気が引いた。
遠くから声が聞こえる。
彼等は何やら賭けをしているようだ。
途切れ途切れだが、無謀な挑戦者が何分立っていられるかなどと言っている。
「相変わらず喧しい連中だ。さあ、外に出ようか」
それが私のことだと気付くまで、暫く時間が掛かった。
※※※※※
「あんたの好きな時に斬りかかって来ていいぞ?待っててやる」
剣も抜かず無防備な小僧相手に、何も言い返すことが出来ない。
嘗めるな小僧と言ってやりたかったが、唇は微動だにしない。
遠巻きに見る群集の声など気にならなかった。
目の前に立つ者が何なのか、私には最早分からなくなっていたからだ。
身長や筋力は私の方が圧倒的に有利なはずだ。
そう思ってみるものの、試合の後に自分が立っている姿が想像出来ない。
「お、来た。思ったより速いな」
相手が何者か分からぬまま、気付けば走っていた。
いつも通り、上段に構え真っ直ぐに間合いを詰める。
あっという間に私の間合いだ。
勢いの乗った剣を叩きつけるように振り下ろす。
ここで初めて動いた。
小さな体は私の懐に入り込むと同時、柄を握る手を両手で包んだ。
圧を強め潰そうとするも無駄に終わり、剣の勢いは完全に止められた。
別に驚きはしない、初撃を止められたことなど多々あったからだ。
ただ、死合う相手の『姿』が小僧だということだけだ。
「あんた、生きたいとは?」
「……戦いの最中に死にたいとは思う。が、生きたいと考えたことはない」
とは返したものの、言葉とは裏腹に体は生きようとする。
汗一つない、涼やかな顔だ。
よくよく見れば可愛らしい顔をしているな。
私はどうだろうか?
きっと見るに耐えない酷い面をしているに違いない。
「中々に重いが、終わりか」
「ああ、次で終いだ」
元々は生き延びる為、勝つ為に身に付けた技術。
掴まれた手を力任せに解き、左手で背にある短剣を抜く。
後は腹に短剣を突き立てるだけだ。
いつもなら、これで終わる。
「うん。止めたわけだが……続けるか?」
容易く腕を取られ、突き刺すには至らない。
初見で看破されたことに不思議と怒りや驚きは一切なかった。
私は冷静だ。後は残る一つの仕掛けを作動させるだけだ。
「……これ、あんたの手造り?」
「ああ、そうだ」
柄から離れた刃は腹部に刺さったが、さほど勢いはなく傷は浅い。
更に深く押し込むべく、右足がいち早く反応した。
刃が深く突き刺さる。
しかしそれだけでは止まらず、私の足の甲を貫いた。
全身に痺れに似た痛みが走る。
ああそうか……
あの一瞬で刃を抜き、私の足裏に向けたのか……
何をされたのか理解した時、私は体勢を崩し小僧の姿をした物の怪を見上げていた。
一つの言葉が浮かび、口にした。
「……怖い」
「それは死ぬことが?」
「いや、お前という存在がだ」
呑み込まれそうな、夜の海のような不気味さ、怖ろしさ。
知らないから怖ろしいだけなのかもしれない。
姿や所作を見れば実力を測ることは出来るが、この物の怪には通じない。
何も知らずに戦ったのは、これが初めてかもしれない。
しかし私には、どうしても同じ人間だとは思えなかった。
「俺もあんたが怖いよ。
死を前にして平気でいられるんだから。」
「私が怖い?ふん、物の怪が何を言う。」
「ふふ、俺は物の怪かあ。
面白いけど……『死人』に言われたくはないかな」
つづく
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません