安部菜々、プリキュアになる。 (42)
ちょっとテンション高めの、モバマスSSです。
主な登場人物は、
・安部菜々
・双葉杏
・輿水幸子
です。
いろんなネタが入ってますので、どうか生温かい目で……
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「プリキュアに……興味はありませんか?」
「……は?」
プロデューサーの事務室で、安部菜々は素っ頓狂な声を上げた。
普段彼女は、ウサミン星からやってきたウサミン星人としてアイドル活動にいそしんでいる。
そんな彼女が、演じているキャラの事などすっかり頭から抜け落ちてしまうくらいには、プロデューサーの言っている意味が理解出来なかった。
数秒間は固まっていただろう菜々は、ようやくその口を開く。
「プリキュア……ですか?」
「はい、プリキュアです」
「……あ、もしかして、声優のお仕事ですか!!?」
困惑の表情から一変。菜々の顔はパァっと明るくなる。
プリキュアといえば、様々な理由でピンチになった妖精が少女のもとにやってきて、伝説の戦士へと変身させるという、最近流行りの戦って踊れる女の子だ。
菜々は、プリキュアについてはよく知らなかった。
たが、プロデューサーからそんな話を持ち掛けられたとなれば、それはまさに念願の声優のお仕事なのではないだろうか、と嬉しい想像が膨らんでいく。
「いえ、声優の話ではないです」
「え」
プロデューサーの低い声で否定され、またしても菜々の表情は一変して困惑の表情へとなる。
「じゃあ、なんの話なんですか?」
「ですから、プリキュアです」
「……はぁ」
やはり分からないと菜々は首を傾げる。このプロデューサーは、どうにも口数が少なく情報に欠けるところがあった。
プロデューサー自身もどう言ったものかと考えるように手を首の後ろにまわした。
「その、菜々さんにプリキュアになっていただきたいのです」
「なる? やるとか演じるとかじゃなくてですか?」
「はい」
「……すいません、もうちょーっとだけ分かりやすく言って貰えませんか?」
やはりプロデューサーの言っている意味が分からない。菜々は困り果てながらも彼に噛み砕いて話すように要求した。
菜々的に可愛くお願いしたつもりだ。
数秒の間。
プロデューサーは観念したように、仕方がありません……と呟くと、菜々の目を見た。
まっすぐ見つめられ、ドキッとする菜々。
そんなドキドキも束の間。
ボワンッ! と、突然プロデューサーの体が煙に包まれる。
驚く菜々がどうしていいか対応に困っていると、プロデューサーを包んだ煙が晴れ、視界が鮮明になる。
煙が晴れた先には、先程までそこにいたプロデューサーの姿はなく、代わりに小動物らしき生き物がいた。
菜々が言葉を失うほどの衝撃を受けている中、その生き物は口を開いた。
「実は私……異世界から来た妖精でして」
「えええぇぇぇぇェェェエエエエぇぇええええぇぇえぇぇえぇえぇえエえぇえエエええぇぇぇえェェェええぇぇええええーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!」
叫んだ。
人間、驚きでここまで叫べるものかと菜々自身感心するほどに驚愕の声をあげた。
菜々の人生、ここまで声を荒げたのは初めての事だ。
これでもかと言うくらい開いた瞳は、その目の前の生物に釘付けである。
元プロデューサーの見た目は、ハムスター……いや、どちらかと言えばネズミのように見えた。顔のパーツはどうみてもプロデューサーだが。
「私の住んでいたのはトゥケウィッチという世界でして」
「ちょちょちょっ! 進めるんですか! この、ナナを完全に置いてけぼりにした状況で話進めちゃうんですか!?」
かつてプロデューサーだったものは、菜々の驚愕などそっちのけて説明を始める。
見た目は変わっても、声の低さや雰囲気はまさしくプロデューサーだ。
菜々は今だに状況が飲み込めない。
「私の世界は、マースコミディアという組織に滅ぼされました。そのマースコミディアがこの世界にも手を伸ばしてきているのです」
「……」
キョロキョロとまわりにカメラがないかを探す菜々。そろそろドッキリと書かれた看板を持ったスタッフが駆け込んできても良いはずだと身構える。
「正体を知られたからには、菜々さんにはプリキュアになっていただくしかありません」
「メチャクチャ強引な手に出ましたね!!!」
カメラがあるかもしれないという心配がありながらも、我慢出来ずにツッコんでしまった。
彼がそんな事を言うと極道のソレに聞こえてしまう。
生きて帰すわけにはいかない的な。
「せめて、変身アイテムだけでも……」
名刺を差し出すように変身アイテムを渡してくるプロデューサー、もとい元プロデューサーのネズミ。
菜々はもう考えるのを止めてそれを手に取った。
それは器のようなものだったが、それには目もくれず、菜々は呆然としたような遠い目をしながら元プロデューサーの生き物を眺める。
間近で見てわかったが、あれはどう考えても作り物とか、そういう類のものではない。あまりにリアル過ぎる。
ネズミにしては猫くらい大きいし、顔は見るからにプロデューサーだ。
これがドッキリなら大したものだと、菜々は受け入れられない現実を前に微笑を浮かべるしかなかった。目はまったく笑っていない。
「それで、その……マースコミディアってのはなんなんですか?」
とりあえず、出来る限り情報を得ようと、プロデューサーに菜々は尋ねる。
もう、半分諦めていた。
「はい……言ってしまえば、人々の中に眠る『アイドル力』を狙ってくる組織です」
「アイドル力?」
「……かつて、私の世界にもあなた方のような存在がいました。名前は、アイドールでした」
「すんげぇパチモンくさい名前ですね」
「アイドールとは、皆から愛され、また人々を愛す存在。1人に注がれる愛は多く、また1人が捧げる愛も多くなります。しかし、時と共に捧げられる愛も少なくなりました。それでも、アイドールは変わらぬ量の愛を捧げました。最後には、愛を捧げるためだけに生きる人形のようになってしまったのです……故にアイドール」
「………………」
「そして、マースコミディアは、アイドールを哀れなマリオネットと呼び、そんな役から解放すると唄って、彼女達のアイドル力を奪い始めました。やがて、全ての人々が持つアイドル力が次々に奪われ、アイドル力を刈り取られるだけ刈り取られた私の世界は滅ぼされました。復興の目処は……ありません。そんなマースコミディアが……」
「重いわっっっ!!!!!!!!」
思わず元プロデューサーの話を中断させてしまう。普段の口調を乱すくらいには菜々も動揺した。
長い上に重い。
迂闊に聞いたら、とんでもない地雷を踏んでしまったようだ。
「プロデューサー……重い、重いですよ……なんていうか、すでにナナの心折れそうです」
「はぁ……その、すいません」
「あー、いいですいいです。それで? 結局アイドル力ってのはなんなんですか?」
「アイドル力とは、自身や個性を輝かせる力のことです。それを奪われた人間は、堕落し、自身を見失います。すなわち、個性の消失。つまり、人としての死です。全世界の人々からアイドル力がなくなれば、それはすなわち無個性のはびこる混沌の世となります」
これまた重い話だな、と菜々は軽く目眩がした。
「っていうか、妖精になってからのプロデューサーめちゃくちゃ喋りますね。普段の寡黙キャラどこ行ったんですか」
「いえ、そんなことはないです。あ、そんなことはないですピー」
「あんた今の今まで語尾付け忘れてたなっ!!! キャラ作りずさんかっ!!!」
菜々はプロデューサーを指差して批難した。
プロデューサーのペースに乗せられて、普段のキャラの面影もない菜々だが、そこはツッコんではいけない。
彼女はキャラ作りがずさんなわけではない。ただ、目の前の事が非日常過ぎて動揺し、混乱しているだけなのだ。
決して、キャラ作りがずさんなわけではない。
「マースコミディアはこの世界にも魔の手を伸ばしています。それを阻止するためには、プリキュアが必要なのです。あ、なのですピー」
「……もうツッコまなくてもいいですかね」
語尾を付けるのに慣れてないのか、はたまたこちらの世界に長く居すぎて語尾をつける習慣が消えたのかは分からない。
だから菜々も深くは追求しなかった。
「実を言うと、業界の8割以上のアイドル事務所は、この世界でも強力なアイドル力を持つ少女たちを保護するために存在します……ピー。また、プリキュア候補を探すためのものでもあります……ピー」
「え、そうなんですかっ?」
思いもよらぬ事実に驚きの声をあげる菜々。しかし、裏を返せば、菜々自身もそのアイドル力とやらが高いということだ。
そのことを嬉しく思わなかったと言えば、嘘になる。
ボワンッと再び元の高身長なプロデューサーの姿に戻った。目の前で。
それを見て、改めてドッキリではないなと痛感する菜々だった。
「プリキュア……やっていただけますか?」
見下げていた視線が一気に上を向く。190は超えているであろう巨躯からの誘いは、非常に威圧感があった。
ふと、初めてプロデューサーと出会った時の事を思い出す。
初めての時も、こんな感じだったと菜々は苦笑した。
結局、何者であってもプロデューサーはプロデューサーだ。
「分かりました! ナナ、プリキュアになりますっ! キャハッ」
顔の横にピースを作り、全開の笑顔で了承する。
どんな理由であれ、プロデューサーは菜々を頼ってきたのだ。その事が、どこか嬉しかった。
「よかった……です。有難う御座います、菜々さん」
「それでその……なんでナナ……だったんですか……?」
「……笑顔、です」
「嘘だッッッ!!!!!!!!」
このプロデューサー、理由を尋ねるとすぐこれだ。
本当は、何も考えてなくて、ルーレットか何かで適当に決めたのではないだろうかと思ってしまう。
「あの、プロッ……」
「わわわ、ちょっ、マズいですって!!」
菜々が、プロデューサーに真意を訪ねようとした時、誰かの悲鳴に似た叫び声とともに、勢いよく扉が開け放たれた。
ビクリとする菜々。プロデューサーは、特に驚いた様子もなくその光景を見ていた。
部屋の入り口では、2人の少女が重なり合うように倒れている。
「あー、見つかっちゃいましたか……やっぱりカワイイボクを隠しておけるだけの力がこの扉にはなかったってことですね!」
「そんなことより重い……もういいや、ここで寝ちゃおう……」
「わわっ! ごめんなさい!」
慌てて重なっていた上の少女が起き上がる。
「幸子ちゃん、杏ちゃんっ!」
菜々は突如この空間に現れた2人の名前を呼んだ。
輿水幸子と双葉杏。俗に言う「発言が実力に見合わない系アイドル」と「働かない系アイドル」だ。
「ど、どこから聞いてたんですか?」
菜々は恐る恐る聞いた。扉から現れたということは、少なくともさっきの会話を聞いていただろうし、最悪プロデューサーの正体も見られている。
「全然っ! ほーんのついさっきからですよ……えーっと、プロデューサーが、『菜々さん……あとで事務室に来ていただけますか……?』って言った辺りですかね」
「冒 頭 よ り も 前 ! !」
菜々が呼び出された瞬間から見られていた。
要は、ずっと見ていたわけだ。一部始終を。
「私は止めたんだよー。でも、幸子ちゃんがどうしても気になるって」
杏は今だに床に寝っ転がりながらのんびりしている。むしろ、あのうさぎの人形を枕に今にも寝てしまいそうだ。
あの光景を見て、この状況でよく寝ようと思えるものだと、菜々は半分感心していた。彼女のメンタルが強すぎる。
「杏ちゃん、床は汚いからとりあえず起きましょう」
「……ぐぬ。まるで歳上のお姉さんだな」
「そりゃ、あなたよりは上……ぇじゃなく同い年ですからね!! えぇ! 同い年の子が床で寝てたら起こしますよ!!! 女の子として!!」
テンパりながら答える菜々。
そう。あくまで、杏と菜々は同い年である。
「……仕方ありません。この2人にもプリキュアになっていただきましょう」
「決め方雑っ!!!!」
プロデューサーの決断に菜々は驚きの声を上げた。
本当に、自分はクジか何かで、たまたま当たっただけなのではないかという疑問がより一層深まった。
――*――*――*――
「なるほど、要はこのカワイイボクがプリキュアになって、マースコミディアとかいう悪党を可愛く可憐に倒せばいいわけですねっ!」
「概ね、その通りです」
「っていうか、飲み込み早くないですか」
プロデューサーの説明を一通り受けた幸子は、あっさりと信じた。その上協力的だ。
菜々は、プロデューサーが目の前で妖精(?)に変わったのを見てもまだ信じられなかったというのに。
「というか、プリキュアって何か分かるんですか?」
菜々の素朴な疑問に幸子はケロッとした表情で答える。
「……え? 今アニメでやってるじゃないですか。結構流行ってますよ? ほら、悪と闘う女の子ですよ」
「あぁ、分かりました。セーラームーン的なやつですね。昔はよく観てました」
「セーラー……え、なんですかそれ? そんな番組やってましたか……?」
「え……? あ゛っ……さ、ささ再放送です!! 再放送で観たことあっただけです! プリキュアですよね! えぇ、菜々も毎回観てますよ!!」
「え? 17歳にもなって観てるんですか……?」
「……あっれー」
もう何も言葉の出てこない菜々だ。
ボロが出過ぎてボロボロ。
いや、もちろん、彼女はプリキュアを欠かさず見ているのだろう。
「それよりも、最初にこのボクに声をかけなかったプロデューサーさんは何も分かっていませんね! ボクにかかればそんな奴らあっという間に倒せるというのに!」
シュッシュッとゆるふわなパンチを空間にお見舞いする幸子。
プロデューサーはというと、「はぁ、すいません」とそんな幸子を見ながら首の後ろに手を当てていた。
「わ、私は嫌だ! 明らかに大変そうな匂いがプンプンじゃないか! 私より、適任は人はたくさんいるって、考え直してよプロデューサー」
杏は半泣きになりながらプロデューサーに擦り寄った。話を聞く限りだと、確かに大変そうだし、杏向きではないと思う。
彼女からすると、幸子に無理やり付き合わされた結果、さらに面倒なことに巻き込まれようとしているのだ。
働きたくないと謳歌するだけあって、そんなことは彼女の望む話じゃない。
そりゃ半泣きにだってなる。
すると、プロデューサーは杏の顔の前にピースを作った。
突然のジャンケン? と菜々は首を傾げる。
「1回の出動ごとに飴を2つ。敵を倒すごとにさらに報酬は弾みます」
「あ、飴ちゃんくれるの!? って、だ、騙されないぞ……いつまでも杏が飴で動かせると思ったら大間違いだ!」
「……3つ」
「無駄だよプロデューサー!」
「それでは、4つでどうでしょう」
「…………もう一声」
「5つ」
「乗った!」
「チョロいなこの子!!」
契約金……もとい、契約飴として飴を5つもらった杏は満足そうに飴を舐めていた。杏との契約はあっさり成立。
ある意味、扱いやすさで言ったら彼女がダントツなのかもしれない。
これで晴れて、3人の同意が得られたわけだ。
安部菜々、永遠の17歳。
双葉杏、17歳。
輿水幸子、14歳。
やたら平均年齢の高いプリキュアチームである。
プロデューサーの前に、全員が集合した。
「では、残りのお2人にもこれを」
そう言うと、プロデューサーは幸子と杏にあるものを渡す。これは、菜々に変身アイテムと言って渡したものだ。
改めて、手に持った菜々は、それを観察するように顔の前でクルクル回した。
「プロデューサー、これは? 変身アイテムっぽいのは分かるんですが」
幸子が皆の声を代表して尋ねる。
「これは、『シンデレラ香炉』といいます」
「香炉……あ、蓋あけると中に灰みたいなのが入ってますね」
「変身時にはその灰をかぶってもらいます」
「「「これかぶるのっ!!!!!????」」」
全員が声を揃える。
変身といえば、カード使ったりとか、呪文を唱えたりとか、香水を体に吹き付けたりとか、もっと可愛らしいものかと思っていた。
だが、現実はこれである。
プロデューサー曰く、魔法の灰らしく、これを被ることで変身出来るらしい。少量ではあまり効果がないらしく、結構どっさり被らねばならないようだ。
「かぶり方は……お任せいたします」
「ぼ、ボクにかかれば、灰を可愛く被るなんて朝飯前ですけどねっ」
強がる幸子も苦笑いだった。
「チーム名や、個人の名前はこちらで考えたのですが、皆さんの意見を伺ってもいいですか?」
「ちなみに、どんなのですか?」
菜々がプロデューサーに尋ねると、彼は一枚のプリントを渡してきた。
それを受け取った菜々は、そこに書かれている文字に目を通す。
『安部菜々:キュアセブン。決め台詞:魑魅魍魎跋扈するこの地獄変、ウサミン星人はここにいる。キュアセブン爆現!』
「746くらい数字が多いんですけどッッ!!!!!!???」
「気に入りませんか……」
「当たり前ですよ!!! まだ眼鏡でジュワッと変身の方が納得ですよ!!!」
菜々はそのプリントを地面に叩きつけた。
プロデューサーのアイディアに菜々の怒りは爆発だ。
ちなみに、幸子が杏に「眼鏡でジュワッと変身って?」と聞いており、また聞かれた杏も首をかしげていた。
菜々は、この会話が聞こえていたが、あえて聞こえていないふりをする。
若い子は知らないようだ。いや、菜々も若い杏と同い年ではあるが。
「無難にキュアウサミンとかがいいです」
「そうですか……ではそのように」
「それであの……プロデューサー」
プロデューサーに近寄り小声で話しかける菜々。
「変身後の衣装なんですが、へそ出しとかないですよね?」
「……は?」
「いや、あくまで参考なんですけどね、えぇ」
「流石にそこまでは分かりません……すみません」
「そ、そうですか」
不安そうに、菜々はプロデューサーから離れる。あべななさんじゅうななさい。へそ出しはNGの清純な女の子だ。
「それで、決め台詞は……」
その時、プロデューサーがハッとした顔で窓の外を見た。
遠くを見つめる彼の瞳は、真剣そのもの。
何かを感じ取っているプロデューサーは、重々しくその口を開いた。
「……マースコミディアが現れたようです」
――*――*――*――
緊急出動した菜々達3人。
空を見上げると、空はどんよりと暗く、またいつも見慣れている風景も、どこか薄暗い気がした。
いつもよりもひんやりとした風が街をすり抜ける。
その風に不快感を覚えながら、菜々たちは街を走っていた。
街中では、人々が力でも抜けたように小さくうずくまっている。
よく見ると、体から黒いオーラのようなものが吹き出ていた。
「どうして皆あんなことに……?」
「マースコミディアが現れた証拠です。彼らは徐々にですが、アイドル力を失っていっています」
「そんな……」
………………………………。
「うわぁ!!! プロデューサーいつの間にネズミになってたんですか!!!!!!」
何気なく会話していた菜々だったが、その声の出処に驚く。
菜々の肩に、ネズミと化したプロデューサーがいた。
サイズがサイズだけに、乗られるとなかなか重い。
「プロデューサー! 何やってるんですか! 乗るならボクの肩に乗ってくださいよ!」
「どうでもいいよっっっっっっっっ!!!」
肩にプロデューサーが乗っているせいか、がっくりと肩を落とす菜々。
ちなみに、事務室から5メートル先でダウンした杏を、今は幸子が運搬していた。
「近いです!」
プロデューサーが叫ぶとほぼ同時、菜々達の前に巨大な『ナニか』が降ってきた。
その振動でバランスを崩し倒れ込む3人。
人型をした、でも人ではない巨大な化物。
その化物は大きく息をすい、吠えるように叫ぶ。
「スキャンダァァアアアアアアアルッッッッッ!!!!!!」
「こいつは、マースコミディアが人のアイドル力を元に作り出す『スキャンダール』です!」
プロデューサーの解説途中にもかかわらず、敵はその拳を大きく振りかぶり、そして菜々達目掛けて振り下ろした。
間一髪で回避する菜々。
菜々よりも後ろにいた幸子も杏も、回避出来たようで無事だ。
「はーっはっはっは!!! いいぞスキャンダール! 暴れろ!」
スキャンダールの上空。空中に浮くそいつは、腕を組みながらその状況を上機嫌に眺めていた。
人に近い姿をしているが、そもそも人は浮かない。
「あいつは、マースコミディアの幹部の1人、キャスータです」
プロデューサーによると、どうやら敵組織の幹部らしい。
目の前にいるスキャンダールを生み出したのも、こいつで間違いないだろう。
「やめてください!!」
菜々は、スキャンダールを目の前に堂々と立ちはだかる。
その姿が目に入ったのか、キャスターという名の幹部は、目をギラつかせる。
「なんだぁ? てめぇは」
上機嫌に水を刺されたように不快な顔をする彼は、舐めるように菜々を見た。
その視線に冷や汗が吹き出る菜々。
危険だと、本能が告げた。
威圧的な瞳が菜々を射抜く。僅かだが、自分の脚が笑っているのが分かった。
だが、菜々は引かなかった。
止めに入ったのは、街をめちゃくちゃにする彼の行動が許せなかったから。
引かなかったのは、自分が逃げれば皆が危険になると思ったから。
だから、菜々は力を込めて叫ぶ。
「通りすがりのウサミン星人です! 覚えておいてください! 皆、いきますよ!」
すっと、ポケットからシンデレラ香炉を取り出す菜々。
「待ってください菜々さん! ボク達まだ名前も決め台詞も決まってませんよ!」
「チーム名も決まってないぞー」
「あ、そうでした。どうしますか?」
怒りを顕にした表情から一転して、ケロッといつもの菜々に戻る。幸子と杏の言葉に引き寄せられるように、彼女は敵に背を向け、3人で小さな円を作った。
「やっぱり、チーム名に『カワイイボク』が入ってるのがいいと思うんですよ」
「嫌ですよ、そんな野球とどすえが後半に付きそうな名前」
「仕方ないですね。カワイイボクは名前の方にします。キュアカワイイボク」
「語呂悪っ」
「杏は、キュアニートで」
「杏ちゃんは、もうちょっと考えましょうよ!!!」
「えぇー、じゃぁキュアダラダラ。あるいは、キュアフニャフニャ」
「キュアフニャフニャ凄いカワイイからもうそれにしましょう」
「チーム名はどうしますか?」
「ウサミンプリキュアってのはどうでしょう!」
「菜々さんのと名前が被ります。そういうのは次作品でやってください! プリンセスがチーム名で、プリンセスの名前がいたらおかしいでしょう!」
「低身長プリキュア……これでいいよね。杏もう寝る……」
「確かに比較的小さめなメンバーだけどもっ! 寝ないで杏ちゃん!」
「……ちなみにですが、こちらで考えたのは『シンデレラプリキュア』です」
「あぁ、それいいですねプロデューサー」
「てめぇら!!! いつまでコソコソ話してんだ!!!!!」
勢い良く啖呵を切ったものの、一向に仕掛けてくる気配のない3人に、敵もとうとうブチ切れた。
むしろ、よく待ってくれたものだ。
叫び声にビクリとした3人は、速やかに解散する。
「今から変身しまーす! 変身中の攻撃はNGだぞ! キャハっ!」
今にも頭の血管から血が吹き出そうな敵を目の前に、菜々はごまかすように笑った。もちろん、顔の横のブイサインも忘れない。
内心はヒヤヒヤしているが、それを表に出さないのは、流石アイドルと言ったところだろうか。
気を取り直して、と菜々をセンターに3人は並んだ。
「ちょっ! なんでカワイイボクがセンターじゃないんですか!」
「早くしましょうよ!!!!!」
自分がセンターでないことに若干不満そうな幸子だったが、敵の噴火寸前の顔を見て大人しく菜々のいうことに従った。
横にいる杏は、やはりというか、いかにもやる気のなさそうな顔をしている。
というか、ホントに律儀に待つ敵である。
「行きますよ……プリキュア! メルヘンチェーンジっ! ……ゴホッ!」
菜々は、シンデレラ香炉から魔法の灰を取り出すと、自分の頭上目掛けて思いっきり投げた。顔の横にブイサインで決めポーズまで取ったのに、灰が原因で咳き込んでしまったので台無しだ。
「見ていてくださいプロデューサー……ボクの、最初のカワイイの変身を! 変身っ! ……ふぇ……へ……ヘックチュン!!」
幸子は、取り出した魔法の灰を、自分の体へとゆっくりふりかけた。もちろん、プロデューサーにアピールするように。
最後にプロデューサーに向けた決め顔は、残念ながらくしゃみを我慢する表情という、どこか残念な感じになってしまった。
「…………ジュワッ! ……ゲホッ! ゲホッ! ぶぇぇ!! 口に入った!!」
杏は、香炉を右手でまっすぐ持ち上げ、そのままひっくり返して頭からどっさり被った。残念ながら、光の巨人のようにうまくは行かなかった。
アイテムがアイテムだから仕方がない。
「あの……皆さん、もっと統一性を……」
ネズミの姿をしたプロデューサーがおろおろとしていると、灰を被った彼女たちの体が光へと包まれる。
誰一人、プロデューサーの言葉など聞かないまま、変身が始まってしまった。
魔法の灰を被った彼女たちは、光る布一枚に体を包まれる。なんというか、風呂上がりのようにも見える。
そんな彼女たちは、次々と衣装が変わっていった。
もともと着ていた服はどこへやら。
キラキラと光が形を作り、服や靴に変わる。ヒラヒラとした布が、彼女たちの体を包む。
その変身途中、菜々の肩に一瞬だが注目が生まれた。
(……湿布、ですね)
(菜々さん……湿布が……)
(介の字貼り……)
だが誰も触れなかった。よほど疲労が溜まっているのだろうと、誰もが見て見ぬふりをした。
変身完了後の彼女たちの姿は、シンデレラの名に相応しいような、豪華なドレスのような衣装を身にまとっていた。
菜々はピンク、幸子はブルー、杏はオレンジといった配色だ。
変身が完了した彼女たちは、順番に名乗りを上げていく。
「ウサミン星より電波を受信! デリート許可降りました! ウサミン星に代わってお仕置きです!! ……あ、キュアウサミン!!」
「ある時は学生のカワイイボク! またある時はアイドルのカワイイボク! しかして、その実体は! キュートな戦士、キュアカワイイボク!! ボクの可愛さに、あなたが泣きました」
「働くは不労のため。 闘うは飴のため。とっととお家に帰しておくれ。キュアフニャフニャー」
「トップアイドル目指して突き進む」
「歌って踊れる女の子」
「光り輝けー」
「「「シンデレラプリキュア!」」」
決めポーズを取る3人。統一性もへったくれもない変身だったが、最後だけは揃えられたようだ。
プロデューサーも、とりあえずは胸を撫で下ろした。
「変身までが長えんだよ!!」
敵は声を荒げる。
「あんまり敵に隙見せんじゃねぇよ……」
「優 し い っ ! !」
キャスータさん、めっちゃいい人だった。
さすがは、変身が完了するまで律儀に待っててくれてただけはある。
菜々は、ちらりと自分の服装を見る。
へそ出しがないことに、ホッと息を吐いた。
湿布が露出していたことを彼女は知らない。
ここで初めて自分の着ている衣装を見る。
菜々が想像していたより、ずっと可愛らしい服だった。もっと、戦闘スーツのようなものだと思っていた。
ゴムで出来ていて、多少の衝撃は跳ね返し巨大化しても破れないような。
幸子も杏も、自分の服を見て感心していた。
「何がシンデレラプリキュアだ! 行けっ! スキャンダール!!」
「スキャンダァァアアアアアアアル!!!」
自分の衣装に注目している3人目掛けて、また拳を振るうスキャンダール。
菜々たちは、さっき同様それを避けた。
が、さっきと違うのは、プリキュアになったにもかかわらず、いつもと同じ容量で避けてしまったことだ。
「……え? えぇぇえええええっっっ!!! 高っ!!!」
思い切って後ろにステップを踏んだ菜々は、自分の身長の何倍もの高さまで到達していた。
「へ? ……ゴゴガガガっ!!」
勢い良く後ろに下がった幸子は、凄まじいスピードでビルに突撃、背中を強打。見事にビルの壁に埋まってしまった。
「おぉ」
横に軽く避けただけの杏は、それだけで道路の向かい側の歩道まで移動していた。
全員が、己の身体能力の上昇に驚く。
「そうと分かれば、ウサミンキーック!!」
後方のビルの壁にうまいこと着地した菜々は、壁を蹴りスキャンダールに向かって飛び蹴りをかました。
それを受けたスキャンダールは、ボールのように吹き飛び、ビルをいくつも破壊しながら後方に飛んでいった。
「…………あわわわわ」
自分の蹴りで、ビルが倒壊していく様を顔を青ざめながら見る菜々。さながら、怪獣映画で怪獣が突進でもしたような惨劇が目の前に広がっていた。
さっきとは別の意味で冷や汗が吹き出る菜々。想像以上に強すぎる自分の力で、敵よりも街を破壊してしまいそうだった。いや、既に破壊している。
「なるほど、だいたい分かりました……」
コンクリートの塊から、瓦礫をどけて登場する幸子。まだ直接的な戦闘はしていないのに、その姿はもうボロボロだ。
体の砂埃を払う。そして、その瞳が敵を捉えると、幸子は敵目掛けて突進した。
さっきの幸子同様ビルの壁に埋まっている敵は、今だに動く気配はない。
「これで決まりですよ!! あっけなかったですね!」
にやりと笑いながら、敵の数メートル前で飛び跳ね、ドロップキックを繰り出す幸子。
だが、幸子がジャンプすると同時に、敵はビルの呪縛から抜け出してきた。
「……あ。ガガゴゴボバッッッ!!!!」
敵がいなくなったが、繰り出した蹴りは急には止まらない。幸子は、そのまま敵のいなくなったビルに突っ込み、コンクリートを砕きながら全身すっぽりと刺さってしまった。
その光景を、プロデューサーは手を目に当てて、見ていられないといった様子で顔をそらしていた。
再び戻ってきたスキャンダールは、菜々と激闘を繰り返す。なんとなくコツを掴みつつある菜々は、スキャンダールと良い勝負をしていた。
ちなみに、杏はというと、菜々が戦っていることをいいことに気の陰に隠れて休んでいた。
「プロデューサーさん! こんな殴る蹴るだけじゃ埒が明きません! なにかないんですか!?」
すると、プロデューサーは、どこからか小さなガラスの靴の形をしたアイテムを取り出した。
「これをっ! それを、シンデレラ香炉の上部に挿してください!」
投げられたものを見事キャッチした菜々は、敵と距離を取る。そして、シンデレラ香炉を取り出し、言われたとおりにその小さなガラスの靴を挿した。
『グラススリッパァ!! シンデレラ武装!』
挿入と同時にやたらテンションの高い声がシンデレラ香炉から鳴り響き、カボチャの形をした光の塊のようなものが現れる。
それを掴むと、光は形を変え、手に馴染むように武器へと形状変化する。
気がつくと、菜々の手には、しっかりと形と質量を持つ武器が握られていた。
「……シンデレラ鈍器です」
「物騒だよ!!!」
菜々は握っていた金棒を怒りに任せて投げ捨てた。放り投げだされた鈍器は、ビルを直撃し、また1つ、ビルが倒壊した。
確かに物騒だった。
「……プロデューサーさん! 他には!」
菜々は何も見なかったことにした。
「シンデレラチャカ」
「却下!」
「シンデレラドス」
「なんでさっきから血なまぐさいんですか!! 名前が極道のそれですよね!!」
「はぁ、すいません」
「もうそのアイテム全部貸してください! ナナが自分で使えそうなの探します! 全部で何個あるんですか!」
「346個……です」
「多 い ! ! 親御さん涙目ですよ!!!」
アイテム数が尋常じゃなかった。それだけ種類が豊富ということなのだろうが、それにしても多い。スイッチ40個でも充分多かったというのに。
とりあえず、10個ほど受け取った菜々。
試しに順番に挿していった。もちろん、さっき会話の間にも敵と戦っていたが、菜々は何度か敵を遠くまで蹴り飛ばし、時間を稼いでいた。
今も、敵は遠くからこちらに向かって走ってきている途中だ。
菜々がグラススリッパを挿す。
『グラススリッパァ!! シンデレラ武装!』
今度手に現れたのは、りんごだった。真っ赤でつやつやしていて、新鮮さあふれる美味しそうなりんご。
食べることによってパワーアップを果たすものなのだろうかと、菜々はそのりんごに恐る恐る口を近づけた。
「……それは、シンデレラ毒リンゴです!」
「白 雪 姫 ! ! ! 」
菜々はりんごを握りつぶした。プリキュアとなった彼女は握れるサイズなら石だって砕くことが出来る。りんごを握力で破壊することなど造作もないことだ。
そうこうしている間に、敵はもうすぐそこまで迫ってきていた。
まともなものはないんですか! と1人突っ込みをしながらまたグラススリッパをシンデレラ香炉に挿しこんだ。
『ファイナル シンデレライドゥ……』
「なんかライドとか言ってるんですけどっ!!!?」
さっきまでと明らかに違う音声に戸惑う菜々。今度はさっきまでのテンション高い声ではなく、低くて渋く落ち着いた声だ。シンデレラ香炉がテュィーン、テュィーンという待機音を発しながら光っていた。
もう一段階、菜々はグラススリッパを挿しこんだ。
どうやら正解だったようで、待機音が鳴り止み再び音声が流れる。
『ウウウウサミン!!』
ボゥ!!!!!!
シンデレラ香炉のすぐ前に突如ドッチボールくらいの光の玉が現れたかと思うと、光の玉からピンク色のビームが発射された。
その勢いは凄まじく、反動で菜々は地面に脚を食い込ませながら耐えるという状況になった。
発射されたビームは、敵を包んでしまうほど大きい。
「ス、スキャンダッ…………あばばばばばばばばばぁぁあああああああーーー!!!! あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ーーーッッッッッッ!!!!!!!」
敵は断末魔を上げながら、エネルギー波のようなビームを正面から受け、爆発四散。完全消滅だ。浄化なんて生ぬるいものでは、断じてない。
肉片どころか細胞1つ残らない。
「ふぅー、ようやく出てこれましたよ……え?」
カッ!!!!
スキャンダールを消滅させたビームは、その有り余るエネルギーを残したまま突き進み、不運にも直線上にいて、かつ今しがたビルから抜け出して来た幸子に直撃した。
スキャンダールと似たような断末魔が街に轟く。
「………………………………」
菜々は、その光景をただ呆然と眺めているしかなかった。ビームが通った道には草一本残らず、その圧倒的破壊力を物語るように菜々の目の前に一本の荒野が出来ていた。
いまだ冷めきっていないビームの熱からか、煙が漂い、地面の焼け焦げた匂いが風に乗って菜々の鼻をくすぐる。
「……ウサミンビーム……ですか」
「呑気に言ってる場合か!!!!!!」
「あ……あぁぁっ……!」
「敵がめっちゃ怯えてる!!!」
顔面蒼白になりながら、キャスータは震えていた。予想以上の威力に戦慄しているようだ。
それは菜々も同じだが。
あまりの必殺技に、菜々自身もう呆けるしかなかった。
完全に、本気出せば地球を破壊できるレベルである。
「……ぅ、うわぁああ!! 化物だぁ!!」
キャスータが逃げるように背を向ける。
その刹那、キャスータの心の臓を何かが貫く。
「……が」
キャスータは、そのまま糸が切れたように地面へと頭から落下する。だが、彼の体は地面にぶつかる前に消えてしまった。
「敵に背を向ける仲間などいらぬ」
貫いた何かが飛んできた方向、その方向に目を向けると、3人の人ならざる者が浮かんでいた。
「やつは我々の中でも最弱……」
「まったく、マースコミディアのいい面汚しよ」
「今度は我々が相手をしよう、シンデレラプリキュア」
「あ、あれは! アナウンーサ! レーポタ! コーメンテタ!」
プロデューサーが目を見開く。その様子を見て、菜々はその3人が只者でないことが分かった。
ギリっと戦闘態勢に入る。
「杏さん! 飴を10個追加します! 菜々さんのサポートを!」
すると、どこからともなく杏は降ってきた。
ずんっ! と地面にヒビを入れて立ち上がった杏の顔は、というか、目は輝いている。
「プロデューサー! 絶対だからね!」
杏の意識は目の前の敵より、飴に向いている。
ふんすふんすと鼻を鳴らす杏は、いつもよりエンジンがかかっているようにも見えた。ギアが入ったようだ。
「ぼ、ボクもいますよ……カワイイボクは、ビームごときでは死にません……」
満身創痍。まさにその言葉がぴったりな幸子は、ボロボロの衣装を身にまといながら菜々と杏の隣に並んだ。
なんとか生きていたようだ。
しかし、肌は黒いススだらけであり、髪もアフロだ。
皆の視線が頭に集まっていることに気づいた幸子は、ぐしゃぐしゃーっと髪の毛を引っ掻き回す。するとどうだろう。髪はいつもの幸子ヘアーに戻った。
だが戻ったのは髪だけで、それ以外がボロボロであるのには変わらない。
一度もまともに交戦していないはずなのに、ここまでボロボロになれるのも凄い。
「行くぞっ!!!」
敵のリーダーらしき人物が声を上げると、それぞれが狙ったターゲットへと突っ込んでいく。
「キュアウサミン。お前の相手はこのアナウンーサが相手だ」
今しがた声を上げた敵が、菜々の目の前に来るやいなや、腕を組んでこちらを見下ろしていた。
その視線から、キャスータよりもヤバイと本能で感じた。
冷や汗が流れ落ちる。
「あなたの相手はこの私……世界で一番美しいレーポタよ」
「残念! 一番カワイイのはこのボクなんですよ!」
敵に合わせるように堂々と胸を張る幸子。お互いがお互いを相容れない存在だと認識した時、にぃっと口角を釣り上げた。
「ちっ、俺はこの一番弱そうなのか」
杏を相手に不満そうにするのはコーメンテタ。今の杏は課金アイテム:飴によってやる気ゲージを最高潮にまで上げている、言わば杏激情態だ。
速やかに休憩するため、そして、早く飴を貰うために、杏は戦闘態勢へと移行した。
――*――*――*――
『グラススリッパァ!! シンデレラ武装!』
杏は、いつの間にか手に入れていたグラススリッパにより武器を取り出し、敵目掛けて突っ込んでいった。
「シンデレラ鈍器」
握った武器を敵目掛けて振り下ろす。が、敵はそれをなんなく受け止めた。
拮抗する力。押すことも引くこともかなわず、杏はそのまま静止するしかない。
「……っ! 熱っ!!」
手に熱を感じた杏は、慌てて武器を手放し、敵を蹴って距離を取った。
地面に着地した彼女は、熱を帯びている手に息を吹き付け冷ましている。
「俺の能力は炎!」
コーメンテタは手から炎を出して振り回す。彼女の武器が熱くなったのは、彼が握りながら炎を噴出したからに他ならない。
「そんなのアリっ!?」
火炎弾をひたすら放ってくる。杏はあわあわと避けるしかなかった。
「杏ちゃん!」
「よそ見をしている場合か?」
「きゃぁ!」
敵の攻撃を受け、吹き飛ぶ菜々。その体は建物へと直撃し、砂埃を舞い上げた。
瓦礫を弾くように飛び出てくる。ほぼ無傷に近いのはプリキュアの力あってこそのものだ。
意を決した彼女は、グラススリッパを取り出す。
『グラススリッパァ!! シンデレラ武装!』
「これは……バズーカ?」
どうしてこうも実用的な武器ばかりが出てくるのだろうと、疑問に思ったが、そんなことを気にしている場合ではなかったので、構わずそれを使用した。
「プリキュア、ウサミンバズーカ!」
引き金を引くと、弾が勢い良く発射される。本当なら反動が彼女を襲うはずだが、プリキュア化の影響か、まるで反動を感じなかった。
適当に撃ったにもかかわらず、弾は確実に敵を捉えて突き進んでいた。
「ぬぅん!」
アナウンーサは、迫る弾を殴って方向転換させた。衝撃を受けた弾は、彼から少し離れた所で爆発する。
爆発で赤く照らされたアナウンーサはとても不気味だった。温かい爆風が菜々の肌を撫でる。
「我が能力は筋肉!」
「それ能力でもなんでもないじゃないですか!!」
単なる筋肉バカじゃん!! と菜々はツッコむが、単純な能力ほど強い。あまり笑っていられる状況でもなかった。
「あぁ! ボクのカワイイパンツが見えそうです!」
幸子は、スカートを抑えるが、抑え方がどう見ても甘い。見えるか見えないかのギリギリのラインを攻めていた。
「くっ、私の風の能力を利用してパンチラを演出するとは……やるな」
レーポタは「こいつ、出来る!」と言った表情でにやりと笑う。
「今度はボクの番です! 世界で一番美しいなら、攻撃を喰らった姿も美しいはずですよね!」
「無論だ、来い!」
幸子は、グラススリッパを取り出し、シンデレラ香炉に挿しこんだ。
『グラススリッパァ!! シンデレラ武装!』
「シンデレラチャカ」
パンパンッ!
「ぐあぁぁああ!!!」
まともに銃撃を喰らった敵は、地面に落ち、痛さでのた打ち回っていた。
幸子は、シンデレラチャカから漏れる煙に向かってふっと息を吹き付ける。
到底美しいとはかけ離れた敵の痴態に、幸子はにやりと笑った。
「全然美しくないですね! やっぱりボクが一番カワイイんですよ」
「あんなの美しく受けれるかぁ!!」
ある程度痛みが収まったのか、敵は勢い良く立ち上がった。
完全に怒っている。
「もう勝敗は決しました!」
再びシンデレラチャカを敵に向け、引き金を引く幸子。わりと容赦ない。
だが、弾はレーポタに当たることはない。
首を傾げて、もう一度撃つがやはり当たらない。
「今後お前が放つ全ての攻撃は、私の纏う風で防御される!」
よく見ると、彼女の周りを風が吹き荒れていた。どうやら、弾はその風に流されて目標から逸れたようだ。
「……し、仕方ないですね……今日のところは見逃してあげましょう」
「私が見逃すかぁ!!」
「ひぃぃ!!」
怒りに任せて飛びかかってくるレーポタ。幸子はそれを必死に避けた。
幸子の、捕まったらアウトのドキドキ鬼ごっこが始まった。
「おら、どうしたキュアフニャフニャ! 避けるだけじゃ俺は倒せねぇぞ!」
炎の弾をかわし続ける杏。ひたすら避けるだけの作業になっているためか、杏のモチベーションはどんどん下がってきていた。
なんかもう面倒くさい……そんな言葉が杏の口から漏れる。
一撃喰らって死んだふりでもしようかな、と杏の思考がその結論に至る直前、プロデューサーの声が聞こえた。
「杏さん! 今ここでやつらを倒さないと、しょっちゅう闘いに呼び出されますよ!!」
その言葉の威力は絶大だった。鈍っていた杏の思考の歯車にオイルとして流れ込む。
(しょっちゅう、闘いに呼び出される……?)
そこから杏の思考は加速した。
仕事の時休みの時寝ている時、彼らが出現したら出動しなくてはならない。つまり、杏の願いとはまるで正反対。休みたくても、休めない。
杏は逃げるのを止める。
「ついに観念したか!」
コーメンテタは、特大の炎の弾を杏に撃った。
杏は、それを片手で弾く。
「な、なにっ!!」
「今後働かなくて済むように……杏、ちょっと本気出しちゃおっかなー!」
杏は、素早く動き始める。
弾かれたことに驚愕するコーメンテタだが、すぐに敵が動き出したことに反応して反撃を開始した。
「その炎の弾の連続使用回数は、10発!」
攻撃を避けながら杏は接近する。
「超高温に発熱した手のひらが、空気中のチリに発火することで炎の弾を作り出している。そして、10発撃つと、発火に至るだけのチリが周りからなくなる」
杏は、グラススリッパを避けながら取り出した。
「周りにチリが満ちるまでの、インターバルは約3秒」
『グラススリッパァ!! シンデレラ武装!』
手榴弾のようなものが、杏の手に落ちる。
ピンを抜き、時間をはかる。おおよその手榴弾は約4秒ほどで爆発するのだ。
プリキュアとなった彼女が投げれば、敵まで約0.05秒で到達する。最後の一撃を避け終わった杏は、時間を測って敵に向かって手榴弾を投げた。
杏がピンを抜いたのは、最後の攻撃が終わる2秒前。つまり、敵に手榴弾が到達する時、まだ彼には1秒のインターバルが存在する。
「シンデレラ手榴弾!」
正確に計算したため、杏の投げた手榴弾は、敵の目の前で爆発した。
「ぐっ、この程度で、俺がやられると思ったか!」
爆風の中から、敵が現れる。
だが、同時に彼の目の前に杏が現れた。
「それはフェイクだよ」
『ファイナル シンデレライドゥ』
待機音を鳴らすシンデレラ香炉を構える杏。コーメンテタは、慌てて炎の弾を作り出そうとした。が、それは叶わない。ただ、手が高温になるだけだ。
インターバルの3秒はもう終わっているはずなのに。
「チリは、今の手榴弾の爆風で弾き飛ばしたからないよ」
「……完敗だ」
『フフフフニャフニャ!』
放たれたビーム。菜々とは違い、オレンジ色をしていた。だが、威力は遜色ないようで、敵を木っ端微塵に吹き飛ばす。
空中のため、杏自身も反動を抑えることが出来ずに吹き飛ぶ。
だが、杏は上手にビルの壁に着地して、体勢を整える。
そんな杏の瞳に、ひたすら逃げまとう幸子の姿が見えた。
「うわっ! うわわっ!! ひ、卑怯ですよそんな防御! 正々堂々勝負してください!」
色々な武器を出しては、攻撃しているが、まるでレーポタには当たらない。涙目で幸子は逃走する。
「お前こそ逃げてないで正々堂々勝負しろ!」
「それは無理な相談ですー!」
風の塊を放つレーポタ。幸子は直撃しないように避けるだけだ。
「……サポートする」
逃走する幸子の隣に、気が付くと杏が並んでいた。
杏は幸子と共に動きながら、いつの間にか取り出したシンデレラ手榴弾を地面に向けて投げた。追ってきていたレーポタは脚を止める。
爆発で砂埃が舞った。
「目くらましか! 小癪な!」
レーポタは、纏う風で砂埃を払った。
だんだん視界がクリアになってくる。
「防御している風の視覚化完了っ。風の流れ把握。ファイヤー」
間の抜けた声を出しながら、杏はシンデレラチャカの引き金を引く。
銃口を向けた先は、お世辞にも的を狙っているとは言えない方向だ。
だが、風に流される銃弾は、方向を徐々に変え、レーポタの肩を射抜いた。
「ぐっ!」
レーポタが攻撃を喰らったことにより、纏う風の流れに隙間が出来た。
そこに滑り込むように入った杏。
『ファイナル シンデレライドゥ』
レーポタのすぐ目の前。風が杏の髪を激しくなびかせる。
「この距離なら、防御の風も関係ないよね」
『フフフフニャフニャ!』
近距離で放たれるビーム。それは纏う風ごと吹き飛ばす。レーポタも、コーメンテタ同様木っ端微塵に吹き飛んだ。
後ろにあったビルも吹き飛ぶが、特に杏は気にしない。
「ふー、終わりー」
「……もう杏さん1人でいいんじゃないですかね……」
幸子は笑顔を強張らせながらそんな事を呟く。
事実、敵2人をあっという間に撃退したのだ。その実力は間違っても低くない。
やる気を出せばやれるアイドル。それが双葉杏という人間だ。
「きゃぁぁ!!」
敵を倒して一段落する2人の間に、悲鳴と共に菜々が吹き飛ばされてきた。
アスファルトの地面に食い込む彼女はボロボロだ。幸子ほどではないが。
「ふん、レーポタもコーメンテタもやられたか……」
すっと地面に降り立つアナウンーサ。その体は、筋肉でさっきの倍に膨らんでいた。
ゴキッ、ゴキッと首を鳴らす。その事に怯えた幸子は杏にすがり付いた。
「あ、杏さん! あんなやつボクでも倒せますが、ここは杏さんに譲ってあげます! さっきみたいにチャチャーっと倒しちゃってください!」
すがられた杏は、考えるように目を閉じ、うーんと唸る。
そして、数秒間考えた末の答えを告げた。
「ごめん、筋肉バカに通用する小細工がないや。だから無理」
「えぇぇぇぇぇえええええー!!!!」
幸子は叫んだ。杏と、一歩ずつ歩いてくる敵を交互に見る。
すると、地面に埋まっていた菜々が満身創痍で立ち上がってきた。片腕を押さえている事から、決してダメージは少なくない。
「菜々、まだいけ……ます!」
「哀れだな」
「哀れ……?」
「見るに耐えないと言っている!」
声を張り上げながら、アナウンーサは菜々に向かってダッシュした。そのまま菜々を蹴り上げる。
自分でジャンプするよりも遥かに高い所に打ち上げられた菜々は、空中でくるりと1回転してなんとか体勢を整えた。
「お前はなぜアイドルをやっている!」
上から降ってきたアナウンーサの攻撃を受けて、菜々は再び地面へと急降下する。だが、今度はしっかりと着地出来たようだ。
「アイドルなど、所詮使い捨ての消耗品。飽きたら捨てられ忘れられる。前の世界のアイドールもそうだった」
それは、プロデューサーの世界のことだ。その話は、プリキュアに誘われるときに聞いている。
「アイドルは自己犠牲によって成り立つ。自分の大切な時間を削りファンのために費やし、民衆のために動く。プリキュアも自己犠牲の1つだ。この世界の人間のために闘って何になる。お前のなんのメリットがある」
「杏は飴がもらえる……」
「しーっ! 今は黙っておきましょうよ!」
「アイドルとは民衆に振り回される哀れなマリオネットよ。やつらはすぐに手のひらを返すぞ。次から次へと現れては消えていく、まるで泡のような存在だ。そこに自分の意志など、存在しない。そんなアイドルを、お前はなぜやっている」
アナウンーサのパンチを、菜々は片手で受け止めた。その事に、アナウンーサは驚きを隠せない。
「確かに、あなたの言うとおりかもしれません」
今度は、蹴りが繰り出される。菜々は、それを動きもせずに受け止めた。
「辛いことも多いし、大変だし、沢山の人が挫折していなくなっていきます。ファンの方も、ずっと自分のファンである保証はどこにもありません」
「ならばなぜ!」
「そんなの、菜々がアイドルが好きだからに決まってるじゃないですか」
笑顔で答えた菜々は、アナウンーサの懐に入り込み、重い一撃を放つ。
彼はその攻撃の威力に耐えられないように、後方へと吹き飛んでいった。
「消耗品かもしれない。哀れなマリオネットかもしれない。それでも、菜々はアイドルに夢を見て、追い掛けている。好きな事だから、時間を費やすことはなんの苦痛でもないんです」
「その好きが、いつまでも続くと思うのか?」
立ち上がったアナウンーサは問う。菜々は、胸に手を当て考えた。
「分かりません。でも、1人でも菜々のことをアイドルとして応援してくれているファンがいるのなら、菜々はアイドルなんです。応援してくれてる人がいるのに、嫌いになるはずがありません!」
『ファイナル シンデレライドゥ』
「この力も、菜々の事を応援してくれている人、菜々のファンになってくれるかもしれない人達を守る力です。メリットなんて関係ない。菜々がやりたいからやる! ただそれだけなんです!」
『ウウウウサミン!!』
発射されるウサミンビーム。アナウンーサは、そのビームを真正面から受け止めた。膨れ上がった筋肉により、なおさら巨大になる。
両者とも、地面に脚を食い込ませながら耐えていた。
「……アイドルは、いずれ自分自身を破滅に追い込む。破滅せずにいられるのはほんの一部だ。お前は、そんなアイドルをしながら、プリキュアをして、身も心もボロボロになるのか?」
「ボロボロになるかもしれない……でも、菜々はアイドルもプリキュアも途中で諦めません!」
菜々の気持ちに同調するように、ウサミンビームも威力を増す。
「ふっ、素晴らしいアイドル力だ。最高に輝いてる。見ものだろうな。そんなお前が、世界に絶望して己の輝きを失っていく様は」
アナウンーサの手は消滅した。それでも体全体でビームを支える。
「見せてもらうぞ……お前がいつまでその戯れ言をほざいてられるかを」
その直後、ウサミンビームはアナウンーサの体をまるまる飲み込んだ。
確かな手応え。敵が完全に消滅したのが、分かった。
「見ていてください……菜々は、絶対に……」
力が抜けたように、その場にしゃがみ込む菜々。そこに幸子と杏とプロデューサーが駆け寄った。
「へへ、プロデューサー……やりました。ブイっ」
ボロボロになりながら、プロデューサーにブイサインを作る菜々。
「えぇ。お見事でした」
「プロデューサー! ボクも頑張ったと思います!」
「…………そう、思います」
「なんですか今の間は」
不満げな幸子。プロデューサーも苦笑いだった。
「杏さんは、これを。出動で5個。敵の撃退数×2で14個。追加分で10個。計29個の飴です」
「やった! ありがとうプロデューサー」
嬉しそうに飴を頬張る杏。ちなみにだが、彼女が1番元気だ。服も特に汚れていない。
序盤隠れていたというのもあるかもしれないが、彼女の場合最初から戦っていても、わりとこの状態だったのかもしれない。
そう思うと、杏の潜在能力の高さに驚愕するしかない。
「でもプロデューサー。幹部倒しちゃったんだし、もうボク達出動することないですよね」
「いえ……」
「……? まだ幹部がいるんですか?」
プロデューサーの煮え切らない態度に疑問を感じた菜々は、率直に聞いた。
「マースコミディアの幹部は全員で765人いるので……」
「「「はぁぁぁぁあああああああ!!!!!?????」」」
全員が驚きを隠せない。というより、もはやそれは幹部なのか?
「多い! 多いですよプロデューサー! 1年じゃ終わりませんよ! 1話に何人幹部出すつもりなんですか!!」
「……検討中です」
「ぼ、ボクにかかればそんな数……かず……お、多すぎですよ!!!」
「今日で終わりだと思ってたのにぃ……これじゃ本気出した意味がないよぉ……こんなはずじゃ……」
三者三様の反応を示す。特に杏の凹み具合が尋常じゃなかった。
「それから、プリキュアの戦闘で破壊したものは元に戻りませんので、次回から気をつけてください」
「「「えぇぇぇええええええーーーー!!!!!!」」」
またもや衝撃の真実が打ち明けられる。なぜ、そんなに大事な事を先に言わないのか。
「ちょっ、ナナもう数え切れないくらいのビル沈めましたよ!!?」
「だからその……次回から気をつけてください」
「気をつけてのレベルじゃないよッッッ!!!!」
さっきまでボロボロだったとは思えないくらい元気にツッコむ菜々。疲れを忘れるほど、衝撃的だったらしい。
「アニメみたいに、敵が帰ったら全部元に戻るってことはっ!?」
「非科学的です」
「プリキュアも充分非科学的だとボク思います!!!!」
そう、現実はアニメのように甘くない。
壊れたものは、ずっと壊れたままなのだ。
怪獣同士が戦った後のような荒廃した街に、シンデレラプリキュアの3人は呆然と立ち尽くす。
幹部全員を倒す頃には、自分たちの手で地球が滅んでいるかもしれないと思う菜々だった。
――*――*――*――
「――ん……――――さん……――――菜々さん!」
はっ!
菜々は呼ばれる声に導かれ、目を覚ました。
「あれ……? プロデューサー……?」
「大丈夫ですか、菜々さん」
「あ、もしかして、またマースコミディアですか……?」
寝ぼけながら尋ねると、プロデューサーはキョトンとした表情で「は?」と言った。本気で菜々の言っている意味がわからないようだ。
「あれ? プロデューサー、もうネズミの姿にはならないんですか……?」
「寝ぼけてるんですか?」
ぼーっとした頭を振り払い、菜々は目をこすりながら周りを見る。
そこは、菜々がいつもいるアイドル事務所。
「いつまで経っても事務室にこなかったので……」
プロデューサーが申し訳なさそうに首に手を回した。
そこで菜々は思い出した。
プロデューサーに呼び出されて、ここで待機してしている間にウトウトとしてきたことを。
時計を見ると、呼び出された時間より20分ほど経っていた。
彼女が眠っていたテーブルの向かい側では、赤城みりあなどの幼い組がプリキュアについての話をしている。
ようやく全ての状況を理解した菜々は、跳ねるように立ち上がった。
「ご、ごめんなさいプロデューサー!!!」
深々と頭を下げる。
彼も怒っているわけではなく、困った表情をしながら顔をあげるように促した。
そう、全部夢。
菜々が寝ている間に見た、夢だったのだ。
(なんか、ナナ凄い恥ずかしいですね……)
顔が赤くなっているのか、熱を覚ますように菜々は頬に手を当てた。
寝ぼけながらプロデューサーに恥ずかしいことを聞いてしまってもいる。
「では、事務室に来ていただけますか?」
「は、はい!」
大きな体のプロデューサーの背中を追う菜々。
今でも、夢の事は鮮明に覚えていた。
(うん、プリキュアではないけど、菜々はアイドルを絶対諦めないですよ)
そう心に強く誓う。
夢の中に出てきた敵は、菜々の弱い心が生み出したものだったのかもしれない。
これから、またアイドルとしての新しいお仕事が待っている。
どんな仕事なのだろうか、と期待に胸を高鳴らせながら、プロデューサーの事務室への扉をくぐった。
菜々の、トップアイドルへと続く坂道は、まだ登り始めたばかりだ。
「単刀直入に申し上げます。菜々さん。私と契約して、魔法少女になっていただけないでしょうか」
「…………はい?」
……ちゃんと、坂道登っているのだろうか……。
――END――
ピクシブにも同じものを投稿しているので、普通に見たいよ! って方はどうぞ。
「安部菜々、プリキュアになる。」/「ぬらヘグ」の小説 [pixiv] http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5089981
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