魔道士「僕のお嫁さんを召喚するよ☆」 (144)

町娘「…あれ?」

魔道士「チャオ~♪やったね召喚大成功ッ!」

町娘「えぇと、ここはどこ…?貴方は…」

魔道士「あぁ、びっくりさせてゴメンね!僕は魔道士、君を召喚したのは僕さ!」

町娘「召喚…?えと、一体何の目的で…」

魔道士「お嬢さん」スッ

町娘「え、これ…指輪?」

魔道士「僕のお嫁さんになって貰おうかと☆」キラリン

町娘「…」

町娘「はいいいいぃぃぃぃ!?」

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>先刻…

御曹司「ウヒヒヒヒ。いいんだね?本当にいいんだね?」

町娘「はい…」

私は町娘。両親は亡く、弟と共に叔父叔母の下で暮らしている。
生活は貧しく、2人の経営する食堂は借金を抱えている。

御曹司「いやぁこんなに若くて綺麗な町娘ちゃんがボクのお嫁さんになってくれるなんて、夢のようだぁ」ヌフフ

町娘「あの…その代わりに…」

御曹司「わかってるってぇ、借金は全部チャラにしてあげるからぁ。だからもっと喜んで、ね?」フヒッ

町娘(ウエッ)

叔父(クッ…すまん、町娘)

叔母(私達が不甲斐ないばかりに、こんな男に…!!)

御曹司は町の大銀行の次男坊なのだけれど、それだけの家柄と財産がありながら30手前になる現在まで独身だったのは、容姿と人間性のせいだろう。
長年の贅沢三昧のせいで体は脂肪で肥え、ちょっと歩けばハァハァ息切れする。肌はいつもギトギト光っていて、よく見たらブツブツもできている。
おまけに性格も典型的な「嫌なボンボン」そのもので、金目当ての女ですら彼には近寄りたくないのだ。

町娘(でも…)

お世話になった叔父さんと叔母さんに、恩を返さないといけない。
それに…弟は体が弱くて、このまま貧しい生活を続けていたら長生きできないだろう。

御曹司「じゃあ、じゃあボクのお嫁さんになる証としてぇ…」サワッ

町娘「…っ」ゾワァ

御曹司は私の手を取り、ゴテゴテしたデザインの指輪をはめてきた。
そのまま顔はこちらに迫り…

御曹司「チュウしてよ、ね、ね?」

町娘(嫌あ゛ああぁぁぁ…)ゾゾー

その時だった。

町娘「…あれ?」

唐突に場面は切り替わり、私は知らない場所にいた。
木造の狭い部屋。床や机には書類が散乱している。

魔道士「チャオ~♪やったね召喚大成功ッ!」

目の前にいるのは知らない男の人。彼は私を見るなり、明るくそう言った。

町娘「えぇと、ここはどこ…?貴方は…」

魔道士「あぁ、びっくりさせてゴメンね!僕は魔道士、君を召喚したのは僕さ!」

彼は物語に出てくる魔道士が着ているようなマントと三角帽子を着用していて、胡散臭い雰囲気を全身に纏う。
見ての通り怪しいんだけれど、その妙な格好も彼自身が美形な為か、奇妙な魅力を醸し出していた。

町娘「召喚…?えと、一体何の目的で…」

私は当然の疑問を口にする…と同時、魔道士は私の目の前に跪く。

魔道士「お嬢さん」スッ

そして魔道士が差し出したのは…

町娘「え、これ…指輪?」

それを確認すると、彼はニッコリと笑顔になる。

魔道士「僕のお嫁さんになって貰おうかと☆」キラリン

町娘「…」

町娘「はいいいいぃぃぃぃ!?」

わけがわからなかった。

ひとまず私と魔道士さんはテーブルを挟んで席についた。ちなみに提供された紅茶は、何か怖くて飲めなかった。
魔道士さんによると、彼は1000年近く続く魔導名家の若き当主らしい。

魔道士「当主になる為に頑張ってたら、気付けば結婚適齢期になっていてね~」

町娘「はぁ…」

魔道士「それで今回、僕のお嫁さんを召喚したってわけさ♪」

町娘「いや、あの何で私なんですか…?」

魔道士「運命ってやつじゃないかな?」

町娘「運命って言われても…」

魔道士「僕は僕のお嫁さんになる人来て~って召喚したんだから、君は僕のお嫁さんになる人なんだよ」

町娘「私の意思は!?」

魔道士「後から追いついてくるんじゃない?何せ運命なんだし~」

町娘「運命だからで片付く問題じゃありませんよ!?」

魔道士「運命に逆らうのかい?ハハッ、なかなかお転婆な娘さんだね♪」

町娘「貴方は運命だからで全て受け入れるんですか!?」

魔道士「だって僕は僕のお嫁さんになる人を召喚したんだから、君をお嫁さんにするつもりだし☆」キラリン

町娘(どうしようこの人…話が噛み合わない)ズーン

そんな感じで困惑していた時だった。

ドタドタ

町娘「ん?何か外が騒がしいですね…」

魔道士「お客さんかな?」

「オラァ出てこいこのインチキ魔道士がああぁ!!」ドンドン

町娘「え、何」

魔道士「オーケー、今開けるよ」

魔道士さんはドアの鍵を開けた。すると…

黒服A「オイコラァ、この人さらいが!!」

黒服B「ナメとんのかコラァ!!」

町娘(ひえええええぇぇ)

ガラの悪い男の人たちが、なだれ込むように入ってきた。

魔道士「チャオ☆僕に何か御用かな?」

黒服A「しらばっくれるな!!御曹司様の婚約者様をさらったのはお前だろう!!」

町娘「…え?」

御曹司の名が出てきた所で、ようやく彼らが御曹司の手先だと気付く。
黒服達が魔道士さんに凄んでいたその時、遅れて3名が入り口から中に入ってきた。

叔父「良かった町娘…無事だったんだな」

叔母「どうしてこんな所に…」

御曹司「全く、ボクのお嫁さんをさらうなんてふてぶてしい男だな」ブヒー

町娘「叔父さん叔母さん…どうしてここがわかったの?」

魔道士「その指輪のせいだね」

魔道士さんは先ほど御曹司に贈られた、あのゴテゴテしたデザインの指輪を指差した。

魔道士「その指輪から、探知型の魔力を感じるよ。束縛するタイプの人が恋人に送る定番アイテムさ♪」

御曹司「うるさぁい!ボクと町娘ちゃんがイイ所だったっていうのに、邪魔しやがって!」フンガー

魔道士「それを言うなら、僕と彼女もいい所だったのに君たちに乱入されたしなぁ…そうだ、おあいこってのはどうだい?」

御曹司「あいこなわけあるかあああぁぁ!!人さらいの罪で通報してやる!!」

魔道士「ノー。この家は無国籍の地に建っているから、君たちの国の法で僕は裁けないんだなぁ☆」

御曹司「ふがああああぁぁぁ」


町娘(うわー…どうしよう)

叔父「大丈夫だったか、町娘」

町娘「えぇ…でも来るのが早かったですね、皆さん」

叔父「そうかお前は知らなかったか…我々の住む町のはずれにある森に、代々魔導の商売で食っている一族が住んでいてな」

叔母「数年前、一族は別の土地に移って行ったのだけど…ここ数日の間に、現当主だけがここに帰ってきたそうなの」

町娘「その現当主が…」


魔道士「ま、せっかくだしお茶でも飲んでいってよ☆ いい感じにブレンドした、自慢の一品なんだ★」キラリン

このいかにも胡散臭くて、さわやかな態度で本心を隠している彼、魔道士ということか。

御曹司「フーッ、フーッ」ゼェゼェ

叔父「ところで魔道士殿、町娘に何か御用でもありましたか?先刻は町娘と御曹司殿の縁談を進めている最中でしてね…」

魔道士「ノンノン、その縁談はストップだよ」

叔父「何?」

魔道士「僕も彼女にプロポーズしていた所なのさ。いくらここが無国籍でも、重婚はいただけないなぁ」

叔父「な」

叔母「え」

御曹司「何だとおおおぉぉぉゥ!?」フガーッ

町娘「わ、私まだ何の返事もしていませんし」

御曹司「そ、そうだよねぇ~町娘ちゃん。ボクと結婚するのに、こんな胡散臭い男からのプロポーズ受け入れるわけないよねぇ~?」ニィーッ

町娘「」ゾワワァ

魔道士「ワオ。もしかして脅迫でもされてるのかな?」

御曹司「何をおおぉぉ」フンガー

町娘「い、いえ…ま、まぁうちは確かに御曹司さんのお家に借金をしていますが…」

御曹司「町娘ちゃんは自分の意思でボクのお嫁さんになるって言ったんだ!だから借金をチャラにする、何もおかしなことはないだろぉ?」ニーッ

魔道士「あ、ナルホド。脅迫じゃなくて借金のカタね!」

御曹司「人聞きの悪いことを言うなああぁぁ」フガーッ

町娘(事実だもん)

じゃないと、誰が好き好んでこんな男に嫁入りするものか。そんなこと、口には出せないけれど。

魔道士「じゃあさ、僕が肩代わりしてあげるよ」

町娘「――え?」

御曹司「は…?」

魔道士「だからさ」

魔道士さんは相変わらずの本心が見えない笑顔で、明るく言った。

魔道士「借金は僕が肩代わりするから、その結婚は待った…ってことで♪」

御曹司「待てコラアアアァァ」ブヒイイィィ

即座に反応したのは、御曹司だった。

御曹司「か、か金の力で町娘ちゃんを手に入れようってのかあぁ!!」

魔道士「あれ?それは君のやり方じゃないかな?」

御曹司「う、う、うるさぁい!」

図星をつかれた御曹司は顔を真っ赤にして、今度は私の方に向いた。

御曹司「やめた方がいいぞ町娘ちゃん!こんな胡散臭い一族の男、何か企んでいるに決まっている!」

魔道士「僕は彼女をお嫁さんにしたいだけなんだけど…」

御曹司「ま町娘ちゃんはボボボクのお嫁さんになるんだもんね!?ね、ね!?」フーッフーッ

町娘(ぎゃああああぁぁぁ)

不潔感ある顔を近づけられ、私は思わずのけぞった。
中身はともかく、外見だけなら魔道士の圧勝なのだが…。

魔道士「まぁまぁ、僕は結婚を条件に借金を肩代わりしようって言ってるんじゃないよ」

町娘「…え?」

魔道士「丁度、僕の身の回りのことをやってくれる人が欲しかったんだ。もしやってくれるなら、給料先払いで借金を肩代わりしてもいいよ?」

叔父「ほ、本当ですか…」

御曹司「ま、待てえぇ!!」

御曹司は懐から借用書を取り出した。

御曹司「わかっているのか、利子を含めてこれだけの金額だぞ!!フヒッ、お前のような胡散臭い魔道士に支払えるわけが…」

魔道士「フム…オーケー、一括払いで♪」

御曹司「フヒッ!?」

御曹司「ゼハッゼハッ…」

黒服A「御曹司様!クッ、興奮のあまり息切れされている…!!」

魔道士「ねぇどうする?僕の所で働いてみない?」

町娘「うぅ…」

どちらにせよいい話ではない。この魔道士という人、いきなり人を召喚してプロポーズするような変人だし、魔導一族なんて聞いただけで不気味だし、何より彼自身胡散臭いし…。
身の回りのことをするだけと言われても、何をされるかわかったもんじゃ…。

御曹司「ももも勿論断るよねっ!?」ブヒッ

町娘「」ギョッ

御曹司「ボボボクのお嫁さんになるもんね、フヒッ、こぉんな胡散臭い男の所になんかぁ」ブヒーブヒー

町娘「…」

町娘「お受け致します、魔道士さん」

御曹司「ぶひゃああああぁぁっ!?」

魔道士「オーケー♪やったね☆」イケメンスマイルキラーン

その後ショックの為か魂の抜けた御曹司は、黒服に抱えられるようにして帰っていった。

叔母「見ず知らずの方に助けて頂けるなんて…何とお礼を申し上げればいいのか」

魔道士「ハハッ、将来のお嫁さんの為ならこれくらい」

町娘「違いますってば」

叔父「な、なぁ、助けて貰って何だが…町娘に変なことしたりしないよな?」

魔道士「変なことって?」

叔父「その…体を触ったり…」

魔道士「ノ~ン。バージンロードは純潔で歩くものだし、そんなことしないさ」

町娘(どうして結婚前提で話をするんだろう)

魔道士「料理と掃除さえしてくれれば大体オーケーさ。そうだ、ハイこれ君の部屋の鍵」

町娘「す、住み込みですか!?」

魔道士「身の回りのことしてもらうんだもの、住み込みの方がいいじゃない」

叔父「それに御曹司の奴、何をしでかすかわかったもんじゃない。町に戻るより、ここにいた方が安全だろう」

町娘「…」

そうだ。町では決して好かれていない御曹司だけど、それでも大きな権力を持っている。
正直魔道士さんの所にいるのも怖いけれど、町に戻れば何をされるか…。

町娘「…わかりました」

叔母「町娘…貴方にこれを預けておくわ」スッ

町娘「!!これは、叔母さんの大事な…」

叔母「メリケンサックよ。何かされそうになったらこれで身を守りなさい」

町娘「ありがとう、叔母さん!!」ギュウ

魔道士「アハッ、信用ゼロ☆」

町娘「あ…でも荷物を取りに、一旦町に戻りたいです。それに、弟にも挨拶したいし…」

歳の離れた弟のことを思い出す。
体が弱く大人しい性格のせいか友達もなく、かなりのお姉ちゃん子なのだ。
私と離れて暮らすと聞いたら、寂しがるんじゃないのか…。

魔道士「じゃ、魔法で町まで転送するよ。夕方頃また召喚してもいいかな?」

町娘「えぇ、それで大丈夫です」

こうして私達3人は魔道士さんによる魔法で、家に戻ってきた。
ちなみに御曹司は道中を馬車で帰っている最中なのか、まだ町には戻ってきていない様子だ。

弟「お姉ちゃん!」

家に戻ると早速、弟が私に駆け寄ってきた。

町娘「ただいま弟君。どうしたの、そんなに怖い顔して」

弟「お姉ちゃん、ちゃんと断ってきたよね!?あんな奴と結婚なんかしないよね!?」

町娘「…」

弟には、御曹司にプロポーズの返事をしに行くと言って出て行ったのだ。受けると言ったら、絶対に引き止めてきただろうから。

町娘「えぇ、断ってきたわ」

弟「良かったぁ」

弟はホッとした顔でようやく笑った。

弟「僕も一生懸命働いて借金返すから!お姉ちゃんに辛い思いさせないからね!」

町娘「それなんだけど…」

弟「?」

私は、魔道士のことを弟に伝えた。

そんな胡散臭い奴、と反対されるかと思ったが、反応は違った。

弟「魔導一族の当主!?かっこいいねー!!」キラキラ

家にこもりがちで本が大好きな弟には、魔道士という職業はかっこいいものらしい。

弟「僕も会ってみたいなぁ。魔法道具は売っているけど、魔法使いって見たことないから」

町娘「まぁ、今度ね」

弟「でもお姉ちゃんて色んな人からモテるよね」

町娘「そんなことないわよ」

流行遅れの古着を着て、装飾品の一つもつけていない私に、同年代の女の子のような華やかさはない。
それに毎日家の手伝いで忙しく、恋愛が生まれそうな場とも無縁なのだ。

弟「御曹司の奴が邪魔してるだけだよ。お姉ちゃん綺麗だねって、よく言われるよ」

町娘「だっ、誰に?」

弟「パン屋の兄ちゃんでしょ、あと傘屋の兄ちゃんに…」

弟に言われた名前を聞いて顔を思い浮かべる。
弟は「兄ちゃん」と呼んでいるが私より結構年上で、しかもどちらも妻帯者だ。

弟「そうだ、絵描きの兄ちゃんにも!」

町娘「絵描き?」

ワンテンポ遅れて、太めな外見をを思い出す。
そういえばちょっと昔にそんな知り合いもいた。気弱だけど温厚な青年だった。
私よりも、弟と親しかったと思うが…。

町娘「そういえば全然見かけなくなったわね、彼」

弟「うん、元々この町の人じゃなかったからね。でもお姉ちゃん、それだけモテるんだよ」

町娘「あはは、ありがとう」

それは社交辞令の範疇だろうけど、弟はまだそれがわかる年齢じゃない。
とにかくまぁ、弟のことは心配なさそうで安心した。あとはあの魔道士、本当に悪い人じゃなければいいんだけれど…。

魔道士「美味しいね~♪正に家庭料理だね!」

魔道士さんは夕飯に提供した煮物と魚のフライを満足気に完食した。

魔道士「とっても満足だけれど、明日からはもうちょっと量減らしてもいいよ」

町娘「あっ、多かったですか?」

魔道士「いやぁ、ダイエット中なんだ☆」キラリン

町娘(十分スタイルいいのに…)

魔道士「こんなに美味しいものが毎日食べられるなんて、満足度は報酬以上★」

町娘「今まで何を食べていらしたんですか?」

魔道士「これ。お湯を入れて3分で食べられるようになる、魔法非常食♪」

町娘「どんな味なんですか?」

魔道士「激マズさ!」

町娘「どうしてそんなの毎日食べていたんですか!?」

魔道士「他に食べるものないんだもん」

町娘「移動魔法で町に行って食べたりとか…」

魔道士「…」ハッ

魔道士「天才ッ☆」ビシィッ

町娘(いや真っ先に思い浮かぶ事じゃない?)

魔道士「でもどうせならやっぱり、お嫁さんの手料理を食べていたいよ」

町娘「違いますって」

魔道士「難易度高いなぁ…もう、コレを使うしかなさそうだ」ゴソッ

町娘「!?」(まさか惚れ薬とか!?)

魔道士「ハイ★」

町娘「…ぬいぐるみ?」

魔道士「女の子はぬいぐるみ好きかなって…いらない?」

町娘(どうしよう。発言に反してやり方は結構真っ当)

>夜

あの後後片付けをしてベッドメイクをした後お風呂を借りて、その後お風呂掃除をして私の仕事は終わった。

町娘(ふぅ。今日は無事仕事を終えたぞぉ)

町娘(何か色々あって疲れたなぁ)

町娘(でも御曹司との結婚が白紙になって良かった…)

町娘(…けど魔道士さんも変な人だし、油断はできないな)

町娘(明日からどうなるかなぁ…)

町娘「すやすや」

今日はここまで。
うざイケメン大好きです。
スレ進行はゆっくりめでいきたいです。

最近勇者暗黒騎士以外の頻度高くなってきた?

ジェハみたいなタイプかな?

>翌朝

町娘「うーん」

朝食のサラダとスープはできていて、あとはパンを焼くだけなんだけれど、なかなか魔道士さんが起きてこない。
スープは温め直せばいいのだけど、パンは時間がたてば固くなってしまうし、起きてから焼いた方がいい。

町娘(結構遅い時間だし…起こした方がいいかしら。でも、元々遅起きの人なのかも…)

と、悩んでいたその時。

どんがらがっしゃーん

町娘「!?」

魔道士「チャオ☆…アイタタタ」

町娘「魔道士さん…その格好」

魔道士「ん?」

昨日と同じ服…なのはいいけど、服はシワだらけで髪の毛もぐしゃぐしゃ。おまけに頬には何かを圧迫したような跡がくっきりついている。

魔道士「いやぁ、昨晩机で読書してたらそのまま寝ちゃって♪さっき、椅子から転げ落ちちゃったんだ~」

町娘「…」

魔道士「まぁ、よくあることだから★」

町娘「…さい」

魔道士「え?」

町娘「着替えて、髪整えて、顔洗ってきなさあああぁぁい!!」

魔道士「うひゃあ!?」

魔道士「まさか怒られるなんて思わなかったなぁ~」

魔道士さんは「しゅん」とした顔で朝食を取っていた。
本当に今まで、一人暮らしでだらけていたのだろう。

町娘「昨日ベッドメイクしておいたのにベッドで寝てないだなんて!今晩はベッドで寝て下さいよ!」

魔道士「わかったよぅ…そんなに怒らなくたってぇ」イジイジ

町娘「大の男がいじけないで下さい」

魔道士「町娘ちゃん意外と尻に敷くタイプ?」

町娘「何かおっしゃいました?」ゴゴゴ

魔道士「ごめん☆」

朝食後魔道士さんは部屋に戻り(その前にちゃんと歯を磨かせた)、こもってしまった。
あの部屋は仕事部屋と聞いていたので、きっと魔法道具を作ったりしているのだろう。

町娘(今日は掃除をしよう)

仕事部屋だけはいじらないでほしいと言われた為、まずは来客が最初に目にする、玄関から掃除することにした。

町娘(うわぁ)

床は砂だらけで、靴入れの靴は並べられているというより「放り込まれている」状態。
せっかく飾ってある絵画やツボにはホコリがかぶっていて、高価そうな品々なのに色々台無しだ。

町娘(これは掃除のしがいがあるなぁ…)

掃除は高い所からするのが基本、ということでとりあえず高い場所のホコリを落とす作業から入る。
空中に舞うホコリがはっきり見えた。

町娘(他の部屋も汚れているんだろうな…)

私が使わせてもらっている部屋は物が少ないので、対して汚れてはいなかった。
台所も一応食べ物を扱う所ということで最低限の掃除はされていた。…まぁ、調理道具がごちゃごちゃになっていたけど。

町娘(魔道士さん、本当にだらしない人っぽい)

そんな魔道士さんの家だったけれど、お客さんが来ることもあった。

魔道士「町娘ちゃん、紅茶2人分淹れてくれるかな」

町娘「はい」

お客さんに紅茶を出す時に、2人の会話が耳に入ってきた。

客「というわけで、この間のランプを10個ばかり作ってもらえませんかね」

魔道士「材料代と手間賃を考えたら…料金はこれ位になるね」カリカリ

町娘(た、高っ!?ゼロ1つ多くない!?)

客「相変わらずいいお値段しますね…」

魔道士「でも出来上がる品は一級品、決して不相応な値段じゃないよ」

客「そうですね。じゃあ、それで…」

魔道士さんに聞いたけれど、彼は自分で魔法道具の材料を目利きして集めているので、その分の費用もあって商品の値段が高上がりになるらしい。
ちなみに彼の言う手間賃とは「それを手に入れる為」「それを作る為」どれだけの魔力を消費したか、が基準になるそうだ。

町娘「魔力とか魔法、って聞くと何でもできそうなイメージですけれど」

魔道士「それは物語の中の話だね~。例えば掃除も魔法でできなくはないんだけれど、割に合わないくらい魔力を消耗するんだよね~」

町娘「だからって自力でもやらないって駄目じゃないですか」

魔道士「できないんだもん☆」

町娘「みっちり叩き込みましょうか?」ニッコリ

魔道士「あっ★仕事があるから部屋にこもるね~」ソソクサ

町娘(逃げた)

とまぁ、生活に関することはまるで駄目な魔道士さんだったけれど、魔法に関しては本当に一級のようで。

「素晴らしい出来でした!また宜しくお願いします!」
「本当に助かりました、これお礼に受け取って下さい!」
「お値段以上の仕事ぶり、流石です」

魔道士「町娘ちゃん、お菓子頂いたから食べない?」

町娘「あ、頂きます。魔道士さん、大人気ですね」

魔道士「ん~、魔法の使い手は年々減ってきているからね~」

町娘「ところで、いつもどんなものを作っているんですか?」

魔道士「実用的なものだと風邪薬とか、伸びる剣とか、単純作業を手伝ってくれるお人形さんとか」

町娘「実用的じゃないものだと?」

魔道士「びっくり箱とか、吹っ飛ぶ布団とか、増えるワカメとか」

町娘「あー、本当にピンからキリまでなんですねー」

魔道士「町娘ちゃんにあげた指輪も実は魔法道具なんだ☆」

町娘「どんな?」

魔道士「はめたまま眠ると僕の夢を見るんだ★どうかな、毎晩夢に出てくる僕は」

町娘「指輪はめたまま寝ませんよ。そもそも家事に支障出るので普段もつけてませんし」

魔道士「オーノー」

魔道士「町娘ちゃんゴメーン☆森に生えているタンポポをカゴ一杯に摘んできてくれないかな?」

ある日そうお願いされ、私は森にタンポポを集めに行った。
この森は危険な魔物もおらず、子供の遊び場になる程なので、特に問題なく集めることができた。

町娘(そろそろ戻ろう)

町娘「只今戻りましたー…って、あれ?」

弟「あ、お姉ちゃん」

町娘「弟君!?何でここに!?」

魔道士さんの家に戻ると、弟が出迎えてくれた。

弟「お姉ちゃんに会いに来たの」

町娘「そう…偉いねぇ弟君、1人で来れたんだ~」

弟「えへへ」

と、弟の頭をナデナデしていたその時。

魔道士「フハハハハ!!ここにいたか勇者よ!!我の技からは逃げられんぞおおぉぉ!!」バッ

ダミ声の魔道士さんが唐突に姿を現した。このテンション、何やら異様だ。

町娘「………何ですか?」

魔道士「あ、おかえり☆」キラリン

弟「あのね、勇者ゴッコしてたの。魔道士兄ちゃんは魔王の役ね」

魔道士「ゴメンね~町娘ちゃんにタンポポ摘みに行かせてる時に遊んじゃって」

町娘「あ、いえ。どうぞ続けて下さい」

弟「喰らえー、雷鳴烈風波~」ビシッ

魔道士「ぐああああぁぁぁ、やられ…グハッ」パタッ

弟「やったー、魔王を倒したぞー!」

魔道士「こうして勇者によって世界に平和は戻ったのであった(裏声)」

町娘(ものっすごく打ち解けてる…)

魔道士「あー楽しかった。町娘ちゃん、紅茶淹れてくれるかな?あ、弟君はジュースの方がいい?」

弟「うん!」

町娘「今用意致しますねー。あ、これタンポポ置いておきますね」

魔道士「ありがと~♪これで発注品が完成するよ」

弟「なになに、何を作るの!?見せて見せて!」

町娘「こら、邪魔しちゃ駄目よ」

魔道士「いいんだよ、あとはもう仕上げ段階だしね。ちょっと待ってて~♪」

そう言って魔道士さんは一旦部屋に戻り、何かを持って戻ってきた。
何やら、可愛らしい木彫りの熊に見えるけれど。

魔道士「これは厄除けの人形なんだ~。娘さんの誕生日にって、パパさんから注文されたんだよ」

弟「へぇ~、この熊さんが厄をよけてくれるんだ」

魔道士「そ☆でも女の子にプレゼントするには、このままじゃ味気ないでしょ?だから…」

魔道士さんはタンポポを手に取って、何かをしている。

魔道士「こうやって花を枯れないようにする魔法をこめて…」

町娘「…」

弟「…」

魔法を使ったかと思いきや、今度は手作業で、熊にタンポポで装飾を始めた。
そしてその出来栄えは…

魔道士「完成~♪どうかなこれ?」

弟「す、凄い!熊さんが華やかになったよ!」

魔道士「ア、ハーン★」

装飾は見事で、熊はとても可愛らしくなった。
手先の器用さとセンスの良さが意外で、少し彼の見方が変わった。

町娘(…ていうかこれだけ器用なら料理とかもできるんじゃ)

今日はここまで。次の更新は未定。
魔道士の口調なかなか難しいです。

>>18
書きたい気持ちはあるんですが、読む方は飽きてるかなーとか考えると踏み出せなかったり(´・ω・`)

>>19
どんなキャラだろうとググったらピクシブ辞典に太字で変態と書かれててワロタwww

暗黒騎士出さなくても暗黒騎士の人ってすぐバレますねw
女性向けに特化した作風がツボなので応援していますw

叔父叔母さ娘を借金の方に売り飛ばそうとしてたのはお前らの方なのになんか生意気すぎじゃないか?

その後すっかり仲良くなった2人は夕方まで遊び通した。

魔道士「さて、もう薄暗いし帰りは魔法で転送するよ」

町娘「あ、すみません…」

この間は普通に町まで転送して貰ったけれど、魔道士さんの商売は「どれだけ魔力を消費したか」で報酬を得ている。
町への転送だって、魔力を消費するわけで…。

町娘「この分はお給料から差し引いて…」

魔道士「今日の晩御飯、一緒に食べてくれればそれでいいよ♪」

町娘「えっ」

弟「えー、お姉ちゃんと魔道士の兄ちゃん、一緒にご飯食べてないの?」

魔道士「いつも断られちゃってさ☆」

町娘「私は使用人なので、食卓を共にするわけにはいきません」

魔道士「そんなカタいこと言わないでさ~、僕の寂しさを埋めてよ~」

町娘「はいはい、それなら早く身を固めて下さい」

弟「ねぇ魔道士の兄ちゃん」

魔道士「ん?何だい?」

弟「魔道士の兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと好きなの?」

魔道士「!?」

町娘「!?」

突然何を…っていうか、珍しく魔道士さんが目を見開いた。

弟「結婚してって言う位だから好きなんだよね?」

魔道士「…アハハ~★それは運命だから~」

弟「運命とかじゃなくて、気持ちの問題だよ!ねぇどうなの!?」

魔道士「それは~…だね~♪」

町娘「ちょっ、返事しなくていいです!弟君、変なこと聞かないの!」

弟「僕は魔道士の兄ちゃんが兄ちゃんになってくれたらいいなーって思うよ」

町娘「んなぁ!?」

魔道士「安心して、将来そうなるから☆」

町娘「な・り・ま・せ・ん!弟君も、もう早く帰りなさい」

弟「はーい。また来るねー」

魔道士「バーイ★」

そうして弟は魔道士さんの魔法で転送されて行った。

魔道士「さて…これで晩御飯はご一緒してくれるね?」

町娘「うぐ」(忘れてなかった…)

町娘「でも、驚きました」

魔道士「何が?」

夕飯のカレーを食べながら、私は話を振った。

町娘「弟君、あれで結構人見知りする方なんです。なのに初対面で打ち解けるなんて」

魔道士「アハハ、彼とは気が合うねぇ」

町娘「どうやって仲良くなったんですか?」

魔道士「やっぱり最初は人見知りしてたから、魔法人形で話しかけてみたり、本の話を振ってみたりしたら凄く食いついてきてね」

町娘「弟君、魔法も本も大好きですから」

魔道士「ツボだったってわけだ♪」

町娘「…知ってたんですか、弟君の趣味」ジー

魔道士「まさか☆君の弟のことまで調べないよ」

町娘「ですよねー」

魔道士「でも、いい弟さんだね♪心配かけちゃいけないよ」

町娘「えっ」

弟『僕は魔道士の兄ちゃんが兄ちゃんになってくれたらいいなーって思うよ』


町娘「お、弟をダシにしようったってそうは…」

魔道士「じゃなくて★」

町娘「え…え?」

魔道士「弟君は君を心配して来たんだよ。僕が君に嫌なことしていないか…とかね♪」

町娘「…そりゃあ離れて暮らせば心配は沸くものでしょう。実際は心配するようなことしていませんし」

魔道士「けど君は心配な子だ」

町娘「え?」

魔道士「例えば借金のカタに嫌な男と結婚しようとしたり、ね」

町娘「それは…」

貧しいのに、私と弟を引き取ってくれた叔父さんと叔母さん。
2人とも私のことを思いやってくれていた。だから御曹司との結婚だって反対されたけれど――

町娘『私は大丈夫だから』

それ以外、解決策が思いつかなかったから。


魔道士「僕は君と同じ状況に立っていないからあれこれ言うことはできないけど、君は大事なものの為なら自分を犠牲にしてしまう。そういう所が心配なんだろうね」

町娘「…」

魔道士「自分を大事にしなよ。じゃないと――」

魔道士「…」

町娘(な、何?)

魔道士さんは黙ると同時、真剣な表情に変わる。
続きの言葉が聞きたいわけじゃない。ただ、いつもと違う様子が気になって――

町娘「何…ですか?」

魔道士「いやぁ」

そしてその顔はいつもの笑みを取り戻し。

魔道士「僕のお嫁さんにして、守ってあげなきゃなーって思っちゃうじゃない☆」

町娘「…」

やっぱり、真面目な返答は期待できなかった。

町娘(あーもー)

魔道士との会話は何だか疲れる。
そりゃ、借金を肩代わりしてくれたり、弟とすぐ打ち解けた様子を見ると、いい人なのだが――

町娘(やっぱり胡散臭いのよね…)

作ったような笑顔。建前を並べた言葉。
そんな作り物で隠した本音が見えなさすぎて、もどかしい。

彼は私を「お嫁さんにする」と言うばかり。
下心が露出した発言なのに、その胡散臭さのせいでまるで下心は感じられない。

町娘(あーホント、何考えてるのか…)

町娘(…って、魔道士さんのこと気になってるわけじゃないし!?)

町娘(これも魔道士さんが胡散臭いのが悪い!もう今日は寝よう!)

短いですがここまで。今作はあまり長くならない…と思います(自信ない

>>30
ありがとうございます~。
書きやすいように書いてたら女性向けとチラホラ言われるようになりましたわ~。

>>31
ご意見参考に、今回の更新でちょっと描写を足しました<(__)>
御曹司に嫁入りしたり魔道士の所にいたりというのは町娘自身で決めたことで、叔父叔母は強く反対しなかったものの、正直な感情が表に出てしまう…って感じですかね。

>翌日

今日もお客さんが訪れて、私は魔道士さんブレンドの紅茶を差し出す。

魔道士「ありがと☆」

客「で、魔物退治の依頼ですが…」

町娘(え、魔道士さん魔物対峙まで引き受けてるの!?)

魔道士「あんまり好きな仕事じゃないんだよねぇ…傭兵さんとかに依頼した方が安上がりだと思うけど」

客「近頃の傭兵はどうもガラが悪く、その…どうも頼みにくいので」

魔道士「うーん、どれ位の魔力を消費するかは魔物次第だから正確な値段は出せないけど、前払いで最低これ位はいるね」カキカキ

町娘(前払いでこの値段!?物作りと比べ物にならない…)

客「わかりました。値段に見合う仕事をすると評判の魔道士様です、期待しています」

魔道士「あらら、断られるかと思ったのに。ま、引き受けたからには頑張るよ♪」

町娘(何か…ここで生活していると、金銭感覚がおかしくなりそう…)

町娘「お弁当できました」

魔道士「ありがと☆じゃ、行ってくるね~」

町娘「でも魔道士さんって戦うイメージありませんよね」

魔道士「好きじゃないからね~♪でも材料採取で魔物と戦うことはあるよ」

町娘「へぇ意外」

魔道士「フフ~ン、見直してくれた?」

町娘「いえ、外出するんだなぁって」

魔道士「ノ~ン。引きこもりじゃダイエットはできなかったさ」

町娘「じゃあ前は太っていらしたんですか?」

魔道士「黒歴史に触れるのはノンノノン★じゃ、行ってくるね~」

町娘「あ、はい」

町娘(今日もお掃除しようっと)

毎日掃除をしているお陰で、来たばかりの頃よりは大分この家も綺麗になった。

町娘(…でも、この部屋は)

仕事部屋の前で立ち止まる。ここだけはいじらないでほしいと言われたので入ったことはない。
けどあの魔道士さんのことだから、物凄く散らかしている気がする。

町娘(あぁー掃除したい)

魔道士さんは1日の大半を仕事部屋で過ごしているので、この部屋が1番汚れていると思う。
元々この家は部屋数が多くないし、ほとんど使っていない部屋を掃除するのに大して時間はかからなかった。

町娘(まぁでも、下手にいじって物を壊したりしたら大変だし)

仕事部屋の掃除は諦めて、今日は洗濯に力を入れることにした。
ちなみにここに来てから何度か彼の衣類を洗ったことはあるが、下着だけはいつも洗濯カゴに入っていない。

町娘(自分で洗ってるのかな…?)

まぁ、男性の下着を見るのは何だか気まずいので、彼がそれで構わないならいいけれど。

魔道士「只今~♪」

夕方頃、魔道士さんは転送魔法で戻ってきた。

町娘「お帰りなさい。お怪我はありませんか?」

魔道士「薬草持っていったから、もう平気さ☆」

町娘「そうですか。あ、ローブの脇が破れてます。縫いますので、脱いで下さい」

魔道士「ここで?」

町娘「…いえ、お部屋で脱いできて下さい」

魔道士「ハ~イ★」

この、下着すら見せない人に「ここで脱げ」と言えばどんな反応をしたのか。いや、別に試してみたいとも思わないけど。

魔道士「はい、お願いね~」

魔道士さんは白いワイシャツに着替えて、ローブを持ってきた。
普段の「いかにもって感じの魔法使い」な格好でなく、こういう格好をしていれば胡散臭さを感じない美男子なのだが…。

魔道士「そんなに熱い視線で見つめちゃダ~メ♪」

町娘「見つめてません!」

こういう所がとても残念としか。

魔道士「~♪あれ、手紙来てるね?」

町娘「えっ」

魔道士さんが指差した郵便受けには、確かに手紙が挟まっていた。

町娘「す、すみません!気付きませんで…」

魔道士「ううん、僕の所に郵便が来るなんて珍しいしね。えーと…おや、君にだよ」

町娘「私に…?」

魔道士さんに手紙を受け取り、すぐに差出人の名を確認する…と、嫌な名が。

町娘「げ。御曹司から…」

魔道士「おやおや、何だろねぇ」

町娘「えーと…あっ、これ終戦記念日のパーティーの招待状だわ」

魔道士「いいなぁ」

町娘「行きたくありませんよ…」

主催が御曹司というだけで、嫌な予感しかしない。
勿論、返事は欠席…と思ったが、手紙に書いてある追伸に目が行った。

町娘「叔父さん達も招待してる…ですって」

それだけの一文に、脅迫めいたものを感じる。
嫌われ者ではあるが。それでも町では多大な権力を持つ御曹司。もし欠席すれば、(半強制的に)招待された叔父達はどんな目に遭うか…。

町娘「すみません、この日は休みを頂いてもよろしいでしょうか」

魔道士「オーケー。久々にお家に帰ってゆっくりするといいよ」

町娘(ゆっくりどころじゃないなぁ…)

今から、物凄く憂鬱だった。

>そして当日…

町娘(うー…)

町へは魔道士さんが魔法で転送してくれた(また夕飯を一緒に取るという条件で)
パーティーは町の人達も招待されている、格式の高くないもので、ちょっとお洒落な普段着で浮くことはなかった。(それでも流行遅れなのしか持ってないのだけれど)

しかし…

町娘「な、何か…視線が気になるなぁ」

久しぶりに会った人達は私のことを遠目で見ている。
どうも、どう声をかけていいのかわからないと思われているというか、敬遠されている感じがする。

叔父「お前が御曹司を振ったことが知れ渡っているからなー…」

町娘「叔父さん達、私がいない間に御曹司に嫌がらせはされなかった?」

叔母「それは大丈夫だったわ」

叔父「あの魔道士殿が借金を返済して下さったおかげで、御曹司と関わりが無くなったしな」

借金があった頃は大変だった。御曹司からの求愛が毎日のように…あぁ思い出しただけで肌寒い。

弟「ね、ねぇお姉ちゃん。あの料理、食べていいの…?」ゴクリ

パーティー会場にある豪勢な料理に、さっきから弟が目を奪われている。
御曹司からの施しなど受けたくないのが本音だろうが、それでも欲求は嘘をつき通せないようで。

町娘「えぇ、いいわよ」

弟「うん…それじゃあ」

御曹司もまさか「パーティーの食べ物を食べたんだから結婚しろ」なんて無茶苦茶な要求はしてくるまい。
私は警戒しつつも、弟達と一緒にパーティーの料理を皿に盛った。

その時。

御曹司「やぁやぁ皆、よく集まってくれたねぇ」

パーティー会場の壇上に御曹司が現れた。
会場に集まった皆の緊張感が一気に高まるのを感じた。

御曹司「今日はめでたい終戦記念日だ、この平和に感謝しながら楽しんでいってくれたまえ」

弟「毎年こんなことやってなかったのに、何で急に…」

町娘「…」

私は警戒する。御曹司は会場の全員に呼びかけているようだけれど、視線は私の方を向いているのだ。
やはり、何か企んでいるとしか思えない。

御曹司「そもそも終戦記念日とは、遠い昔起こった世界大戦が終焉した日であり~…」

町娘(もう戦争を起こさないようにと、全ての国の王が交わした平和条約は現代まで生きている…)

無学な私でもそれは知っていた。

御曹司「ところで戦争は悪だが、戦争によって発達した技術もあるのは知っているだろうか?」フヒッ

御曹司が嫌な笑みを浮かべながら、壇上の近くにいた人達に尋ねる。彼らは戦闘技術、爆薬、といった答えを口にする。

御曹司「勿論それらは正解だ…だけどフヒッ、最も発展したものがフヒッ」

そう言って御曹司は、不敵な笑みで私の方を見た。

御曹司「魔法技術…ってわけだ」

町娘「…!」

魔法については全く詳しくない。
町を歩けば魔法道具を見かけ、魔法を題材にした物語が溢れている。だけどその使い手は年々減っている、ということを知っている位。
この町に魔法使いはいなかったので、魔道士さんは初めて会った魔法使い、ということになる。

御曹司「魔法そのものは遠い昔から存在していたが、その力は脆弱だった。だが戦争により魔法使い達は自分達の力を認めさせる方法を編み出したんだ」

御曹司「戦争での人殺しでなぁ…」フヒヒッ

魔法を題材にした物語で、魔法使いによる戦闘物はそれなりに人気のあるジャンルだ。
だけどあくまでフィクションだから楽しめるものであり、それが事実だったりすると…。

御曹司「戦争に魔法が取り入れられてから、戦争による死者の数は急激に増えたようだフヒ、それこそ年間万単位で…」

叔母「な、何か嫌な話ね」

叔母さんがそっと耳打ちする。叔母さんだけじゃない、御曹司の話を聞いて顔色を悪くしている人達もいる。

町娘(何のつもりよ…?)

しかし会場の空気が重くなっても、御曹司は構わず話を続けた。

御曹司「ところで、元々脆弱なものだった魔法の力を強めたのは、何だったと思う?」

急な話題の転換に、私は考えが追いつかなかった。

御曹司「最も魔力を有する生き物は何だと思う?フヒヒッ…答えは蛇だよ」フヒッ

子供の頃、蛇にイタズラすると祟られるとか聞かされたことはある。
まぁ、そもそも蛇が苦手なのでイタズラなんてできないんだけれど。

御曹司「魔法使い達は蛇の生き血を搾り取って魔力を抽出し、自分の力にする方法を編み出した…フヒヒヒ」

叔母「嫌ね、気持ち悪い」

御曹司「こうして蛇の魔力を取り入れた魔法使い達は力を上げた…だけれどね」ニヤーッ

町娘「…?」

御曹司「魔法使いの中でも古い歴史を持つ、魔導名家のやることはまた違った…」ニヤニヤ

町娘(魔道士さんの家だわ…)

会場の何人かが私の方をチラッと見た。魔導名家は、私より上の世代の人達なら誰でも知っている存在らしい。

御曹司「魔導名家はその方法で代々、他の魔法使いの追随を許さない力を保ち続けてきたという…フヒヒヒヒ」

誰かが「その方法とは?」と尋ねる。会場の人達は互いに顔を合わせるが、誰もその方法は知らないようだ。

御曹司「一族の秘技らしいけどなァ…それを知った時はボクもゾッとしたよぉ」ニタニタ

町娘(ゾッとする方法…?)

御曹司「ほら、蛇から魔力を抽出する方法があると言っていただろ…?」


御曹司「それなら、人間からも魔力を抽出できるだろォ?」

町娘「…!?」

会場がざわつき始めた。

御曹司「そう、魔導名家の奴らは人体実験を繰り返し――」

弟「それって…」ブルッ

御曹司「同属である魔法使いの生き血から魔力を抽出した…」

叔母「ひっ」

御曹司「戦争に積極的な魔導名家の力が上がるのは国にとっても都合がいいから、国はそれを黙認していたそうだよォ~」

御曹司「けど戦争が終わった今でも、魔導名家の者は力を維持する為に――」

叔父「まさか…」

御曹司「魔導名家では代々、死期が近くなった親の魔力をその子が吸収して力を保っているそうなんだァ~」

町娘「…っ!!」

今日はここまで。
ひねった設定を考えるのは本当に苦手であります。


親の意思による一子相伝なら問題あるまいに

叔父叔母さやっぱりただの馬鹿というか脳無しのキチガイなのかな?

せっかく借金返済で御曹司と関係切れたって言いながら招待状きたらホイホイパーティてるって頭おかしいんじゃね?

自分からバンバン近づいていってるやんそら色々騙されたりしたりして借金しますわ。

>>52
身分差って物があるからな
現代の感覚で解釈したらあかん
嫌いだったら断ればいいで済まされないから苦労するんや

魔道士『当主になる為に頑張ってたら、気付けば結婚適齢期になっていてね~』


魔道士さんは魔導名家の現当主。
家族の話は聞いていないけれど――


客『相変わらずいいお値段しますね…』

魔道士『でも出来上がる品は一級品、決して不相応な値段じゃないよ』


あれだけ高値で売り込んでも客足が絶えない位、魔道士さんの実力は確かだ。

だけど、その力が――


御曹司『魔導名家では代々、死期が近くなった親の魔力をその子が吸収して力を保っているそうなんだァ~』


魔導名家に代々伝わる方法――親の生き血で得たものだとしたら――


魔道士『運命に逆らうのかい?ハハッ、なかなかお転婆な娘さんだね♪』

魔道士『フム…オーケー、一括払いで♪』

魔道士『…アハハ~★それは運命だから~』


あの胡散臭い笑顔の裏で、そんなことをしていたのなら――

気付けばパーティー会場は静まり返っていた。

弟「お、お姉ちゃん…」

弟は真っ青な顔をして私の袖を掴んでいた。
弟だけじゃない、何人かは気分を悪くしたようで、会場から外に出て行った。

それから周囲から聞こえてきたのは…

「あの魔道士、そんなことを…」
「そんな人が近くに住んでいるなんて嫌ねぇ…他にも何か変なことやってるんじゃないの」
「あぁ、おぞましい」

魔道士さんを軽蔑する声。

弟「ねぇ…お姉ちゃん、魔道士兄ちゃんも、そんなことしたの…?」

町娘「それは…」

御曹司「してただろうさ~。だってあの一族の末裔だもの~」

町娘「!」

御曹司がニタニタ、嫌な笑みを浮かべながら寄ってくる。
人々の注目は当然、こちらに集まった。

御曹司「町娘ちゃん、愛しい君の為にここまで調べたんだよフヒッ。あんな男に奉公することはないよォ~」

町娘「私は…」

御曹司「町に帰っておいでェ。あんな男と関わって良いことは無いよォ」フヒィ

町娘「…」

町娘「それはできません」

御曹司「フヒッ!?」

魔道士さんのことはよくわからない。
こちらが知ろうとしても、いつも作り物の笑顔で誤魔化されるから。

だけど、彼を信じているとか信じていないとか、そういう話じゃなく――

町娘「彼に恩があるのは事実です。なので借金分を返済するまでは、彼の所にいます」

御曹司「何なら、あの魔道士から払われた金を突っ返してやってもいいんだよ!?あいつ、君をお嫁さんにしたいとか言ってるし、何されるかわかんないよ!!」

町娘「少なくとも、私に手を出そうとする様子はありませんよ」

御曹司「けど、君をそんな奴の所にやった叔父達が白い目で見られるよ!」

町娘「…っ」

はっきりと、これは脅しだとわかった。
わざわざ大勢の前であんなことをばらしたのは、私を魔道士さんの所にいられなくする為だ。

叔父さん達の顔を見ると、複雑な表情で黙り込んでいた。
どちらにしろ状況は悪いのだ。魔道士さんの所にいるのも、帰ってきて御曹司の所に嫁入りするのも。

どちらにしろ悪い、なのだとしたら――

町娘「私は魔道士さんの所にいます」

そっちの方が、遥かにマシに思えた。

御曹司「どうしてそうなるかなぁ!?」フヒーッ

御曹司は顔を真っ赤にして叫んだ。

御曹司「そんなにまで非人道的な奴といる必要がどこにあるんだよォ!?ボクの所に来た方が絶対いいだろォ!?」

町娘「だって、まだわからないですから…」

御曹司「何がァ!?」フーッフーッ

町娘「その話が本当かどうか」

御曹司「本当だよ、本当!!歴史や戦争の研究者に聞いた紛れもない事実なんだよ!」フーッ

町娘「だとしても、魔道士さんがそれをやったかどうかはわかりません」

半分、私は意地になっていた。
頭の悪い選択かもしれない。だけどこの御曹司から逃げられるならと思うと、目先しか見えてなくてもそちらを選んでしまう。

御曹司「やったに決まってるだろォ!!あいつら魔導名家はそういう、薄汚いことをやっている一族なんだよおオォォ!!」


「ア、ハーン☆ちょ~っと情報収集が中途半端だねぇ」


町娘「!?」

御曹司「!?」


その声が聞こえたと同時――

魔道士「チャオ~★」

煙と共に魔道士さんが何もない空間から現れた。
会場はざわつきだす。

御曹司「な、何だお前はぁ!?フヒッ、招待状を送ってない奴は入ってくるなよォ!!」

魔道士「カタいこと言わずに♪それよりも、よくうちの一族について調べたねぇ。感心感心」パチパチ

御曹司「うるさい、薄汚い一族の当主がアアァ!!」フヒイイイィィ

魔道士「うーん、僕の名誉回復の為に言いたいことがあるんだけどねぇ」

魔道士さんは手を掲げ、何もない空間から紙を出した。
あれは確か、魔法道具で撮れる「写真」というものだ。

魔道士「ここに写っているのは僕のパパとママなんだけど~」

そう言いながら、魔道士さんは写真を拡大させパーティー会場の全員に見せる。
そこにはやや小太りな中年男性と、控えめな感じのする綺麗な女性と、真ん中に魔道士さんが写っていた。

魔道士「これ結構最近の写真で、パパもママも生きているんだよね~。今は魔法商売を引退して、外国で隠居生活送っているけど☆」

御曹司「フヒッ!?」

確かに写真の魔道士さんは、今の姿と変わりがない。

魔道士「っていうわけで僕の魔力は純正なんだよね~。嘘だと思うならパパとママを呼ぼうか?」

御曹司「だ、だだだとしても!!」

魔道士「何だい?」

御曹司「お前の一族が長いこと、代々それをやってきたのは事実だろォ!?」

魔道士「うん、事実だね」

御曹司「」

あっさり認める魔道士さんに、御曹司はかえって何も言えなくなったようだ。

魔道士「でも、僕自身がクリーンなら問題ないじゃない」

御曹司「お、お前が薄汚い、血塗られた一族であるという事実はあぁ…」

魔道士「その発言は自分の首を絞めるよミスター御曹司」

御曹司「何ッ!?」

魔道士「君のご先祖様は戦争時代、国のお金持ちに詐欺を働いて大金を得て…」

御曹司「わあああぁぁ、うわあああああぁぁぁ」

御曹司は魔道士さんの声をかき消そうと、必死になって叫び始めた。
だけど今更手遅れだ。…っていうかその事実は有名だから、誤魔化しても意味ないのだけれど。

魔道士「それにねぇ」

御曹司の叫び声が枯れた頃、魔道士さんは声を挟んだ。

魔道士「確かに代々その手法は行われているけど、僕はそれをやらないつもりだよ」

御曹司「口だけなら何とでも言えるがなぁ!!」

魔道士「ハハッ、一族でも屈指のマザコンかつファザコンな僕が、そんなグロテスクな事できるわけないじゃな~い♪」

冗談めかして言う魔道士さんに空気は和らぎ、笑い声を漏らす人もいた。

御曹司「だが魔法使いにとって、膨大な魔力は魅力的なはずだろう!?」フンガー

魔道士「パパとママの生き血を搾り取ってまで手に入れたいものじゃないねぇ」

魔道士さんは躊躇せず答える。

魔道士「それに僕に、身の丈以上の魔力は必要ないよ」

そう言うと魔道士さんは指をパチンと鳴らし…

「うわっ」
「あっ!?」

町娘「えっ!?」

景色が一瞬で変わった。
パーティーの招待客の衣装が一瞬にして、豪華なドレスとタキシードに変わったのだ。

魔道士「魔法は12時で解ける。けど、夢を見るには十分な時間」

魔道士さんの笑みは自信満々だ。
こんなことを一瞬でやってのける実力を見せつけて、彼は言葉を続ける。

魔道士「僕に、これ以上の魔力は必要ない」

魔道士「それじゃあ皆さん、引き続きパーティーを楽しんでね。バーイ★」

魔道士さんはそう言うと、その場を颯爽と後にする。

「あいつの言ったこと本当かなぁ…?」
「本当なんじゃない?あー心配して損した」

周囲の声を聞く感じ、魔道士さんの弁解は上手くいったようだ。
中には魔道士さんを「かっこいい」と言う女性の声も…。

弟「良かったね、お姉ちゃん」

町娘「そうね」

正直魔道士さんが現れるまで半信半疑ではあったが、彼からの弁解を聞いてほっとした。
これで私が彼の元にいても、叔父さんや叔母さんが白い目で見られることはなくなっただろう。

弟「そんなことする兄ちゃんの所に、お姉ちゃんをお嫁に行かせるわけにはいかないもんねぇ」

町娘「!?こ、こらっ」

弟「へへへっ」

私が叱ろうとすると、弟は人々の間を縫って逃げてしまった。
全く、弟の中では私と魔道士さんはどんな仲だと思っているのか…。

町娘「…もう」

とりあえず、そこで目論見が外れて意気消沈している御曹司を放っておいて、私は魔道士さんを追いかけた。

町娘「魔道士さん!」

魔道士「おや町娘ちゃん。どうしたの?」

まだ廊下にいた魔道士さんを呼び止めた。

町娘「どうしてここに?」

魔道士「だって、ミスター御曹司が良からぬことを考えているのは明らかだったし☆」

町娘(ま…そりゃそうよね)

魔道士「でも、君に良からぬことをするかもって予想してたけど、僕の悪評をふりまく程度だったから安心したよ」

町娘「良かったんですか、バラされちゃって…」

魔道士「どうだろうねぇ」

町娘「え?」

魔道士さんは滅多に見せない苦笑いを見せた。

魔道士「君は軽蔑した?僕が薄汚い一族の末裔だなんて」

町娘「いいえ」

私は即答する。

町娘「貴方の一族の風習については正直理解できませんけど、それをやっていないのなら貴方に悪い感情を抱く理由はありません」

魔道士「そっかー、良かった☆」

魔道士さんは満面の笑みになる。何だか、ほっとしたように見える。

町娘「…」ジー

魔道士「ん、どうかした?」

町娘「いえ。何だかようやく魔道士さんの本音が見えたかなって」

魔道士「~?」

魔道士さんはよくわからないといった風に顎に手を当てる。
だけど「まぁいいか」とすぐに止めた。

魔道士「それよりも」

町娘「はい?」

魔道士「ドレス、よく似合っているよ♪」

町娘「あ…はい」

魔法で造られた、豪華なドレス。私のような貧相な娘には不釣り合いに思えていただけに、ちょっと恥ずかしい。

魔道士「本当は、この魔法使いたくなかったんだ」

町娘「え…?」

魔道士「だって――」

魔道士さんは私の前に膝をつき、私の手を取った。

魔道士「君は、僕だけのお姫様でいてほしいから――」

町娘「………っ!?」

その言葉に、頭が沸騰しかけた。

町娘(待っておかしい)

魔道士さんは「運命の相手」という条件で召喚魔法を使い、それで私が引っかかったから私と結婚したいと思っているだけだ。
その結婚したいと思う経緯に、恋愛感情だとかそういったものは一切ないはず。

なのに、これじゃあまるで――

町娘(お、おおお姫様って…)

まるで、私のことを――

町娘(…ってえええぇ、そんなわけないじゃなあああぁぁいっ!!!)

魔道士「町娘ちゃん?」

町娘「ああぁもう、魔道士さんもう帰って下さい!!」

魔道士「え、うん」

魔道士さんはキョトンとしている。
あれだけ凄いことを言っておいて、何て鈍いんだろう。

魔道士「じゃあ明日迎えにくるね~。バーイ★」

魔道士さんはそう言い残すとそこから去って行った。
私もこのまま帰ってもいいのだけれど…今日は叔父さんの家に泊まることになっているので、パーティーが終わるまで適当に過ごすことにした。

今日はここまで。
イチャイチャを書くのが好きなのに町娘が全然なびかぬ…(´・ω・`)


>>51
問題ないですかねw
作者的には結構引きますねぇw

>>52
>嫌われ者ではあるが。それでも町では多大な権力を持つ御曹司。もし欠席すれば、(半強制的に)招待された叔父達はどんな目に遭うか…。
という描写と、>>53さんの説明の通り、御曹司の権力により半強制的に招待されてます。
説明不足すみませんです。

>>53
補足ありがとうございます。

御曹司「くそおぉ…」

一方目論見が外れた御曹司は、庭で貧乏ゆすりをしていた。
魔道士の評判を落とす為に手を尽くして調べたことなのに、魔道士自身にまるでダメージを与えることができなかったのは想定外。

御曹司(ああぁ、これじゃあ町娘ちゃんをあいつに取られちゃうじゃないかああぁ!嫌なタイミングで現れやがって、あの色男が!)フガー

嫌われ者という自覚のない御曹司は、自分自身が避けられているとは思ってもいなかった。

御曹司(どうにか町娘ちゃんをあいつと引き離せないか…)

御曹司(家族からの説得があればボクの所に来るだろうが…クソ、叔父達もボクに協力的じゃないし)

思うようにいかない鬱憤は、八つ当たりのように町娘の家族たちに溜まっていく。
そして妄想は、町娘の家族が邪魔をしているのではないかという所まで膨らむ。

御曹司「…ん?」

その時だった。

弟「えっとー」キョロキョロ

迷子になっている弟を見つけたのは。

御曹司(あのガキ、ボクと顔を合わせる度に嫌な顔しやがって)

勿論、弟だけが特別御曹司を嫌っているわけではなく、子供である分感情を隠すのが下手なだけである。

御曹司(あ。もしかしてあいつが町娘ちゃんに、ボクとの結婚を反対しているんじゃないのか?)

叔父や叔母は自分との結婚を認めていた。(正確には、諦めていた)
なら町娘が自分との結婚を躊躇する理由は…御曹司はそれに疑いを持たなかった。

弟(うわー大きな池)

御曹司「…」

池の魚に夢中になっている弟は、御曹司の接近に気がつかない。
御曹司にとっては、軽い気持ちの悪意だった。

――どん

弟「――っ!?」

叔父「そろそろ帰るか」

叔母「そうね」

いい時間になってきて、帰り始める人も出てきた。
それにもう、子供は寝る時間だ。

町娘「弟君がさっきから見当たらないのよ」

叔父「この屋敷は広いし、迷っているのかもしれんな」

叔母「それは大変だわ。使用人さんに言わないと」

町娘「もうあの子ったら…」

やんちゃな性格ではないので、どこかの部屋に入ってイラズラとかはしていないと思うが。

そう思っていた時、丁度いいタイミングで屋敷の使用人らしき人がこちらに寄ってきた。

叔母「あ、丁度良かった。あの、これ位の男の子見ませんでしたか?」

使用人「それが…」

使用人は慌てた様子だった。

叔父「どうされました?」

使用人「町娘さんの弟さんらしき男の子が、池に落ちたようで」

町娘「…えっ」

あの後すぐに弟を引き取って家に戻った。
お風呂に入れて着替えさせ、暖かいベッドに入れてやった。

弟「ゴホゴホ」

町娘「ひどい熱だわ!」

どうやら体が冷えて風邪を引いたらしい。
元々弟は体が弱い。一旦体調を崩すと、しばらくは長引く。

医者からは風邪薬が出され、一晩様子を見るよう言われた。

町娘「…それにしても弟君が池に落ちるなんて、変ね」

叔母「そうねぇ…」

庭はまだ、池が見えなくなる程暗くはなっていなかった。
はしゃぎすぎて池に落ちる程、やんちゃな弟だとも思えない。

弟「うーん…」

けど弟は熱にうなされていて、とても話を聞ける状況じゃない。
それに何にせよ、池に落ちたのは事実なのだ。

町娘「今晩は私が弟君を看病するわ」

叔母「ごめんね町娘、今日はゆっくり休んでもらおうと思ったのに」

町娘「ううん、気にしないで。叔母さんだって普段から働き詰めじゃない」

それに、私の弟なんだし。
とにかく明日まで、様子を見よう。薬も出たし、明日には少しは良くなっているだろう。

そう思ったが。

弟「うぅーん…」

翌朝になっても弟の熱は下がらなかった。
それどころか、顔色も悪くなったような…。

町娘「ああぁ、どうしよう…」

叔母「落ち着いて、お医者さんを呼んだわ!」

医者は弟の様子を難しそうな顔をして見ていた。
私はその様子に、嫌なものを感じる。

町娘「あの、弟の病状は…」

医者「風邪で抵抗力が落ちた所で、別のウイルスに感染した様子だ」

町娘「別のウイルス!?」

叔父「落ち着きなさい町娘」

医者に詰め寄る私を、叔父さんがたしなめる。

医者「発熱、嘔吐、耳鳴り、幻覚…時間が経てば経つ程症状は重くなり、最悪の場合…」

町娘「な、治せないんですか!?」

医者「この病気に効く薬なら作れる。だが――」

町娘「だが?」

医者「薬の材料が、狼の森という危険な場所に生えていてね。それの採取を依頼すれば、かなりの高額になる」

町娘「――っ!」

叔父「そ、それはどの位の…」

医者「大体相場は…」

叔父「うっ」

その額を聞いて叔父はたじろぐ。
貧しいうちには、とても払えそうにない額だ。

叔父「だ、だが弟の為だ…借金してでも薬を手に入れないと…」

叔母「また御曹司の家にお金を借りるの…?」

叔父「仕方あるまい…!!」

叔父さんの顔が歪む。借金を抱えるとどれだけ肩身の狭い思いをするか、よくわかっているのだ。
それに、自分たちは1度御曹司を怒らせている。それなのにまたお金を借りれば、どんな嫌な思いをするか…。

勿論、それを我慢すれば弟は助かるのだから、私なら耐えられる。
だけど自分と弟は厄介になっている身で、叔父さんと叔母さんにあまり迷惑をかけたくはない。

叔母「そうだわ町娘」

と、思いついたように叔母さんが言った。

叔母「魔道士さんに材料収集を頼めないかしら?」

町娘「それは――」

魔道士さんは「どれだけ魔力を使ったか」で商売をやっている。
材料収集など頼めば、勿論魔力を使うだろう。相場より高い料金を取る魔道士さんに頼めば、かえって高上がりになること間違いなし。

でも、魔道士さんなら――

魔道士『今日の晩御飯、一緒に食べてくれればそれでいいよ♪』

正規料金を取らず、頼まれてくれるかもしれない。

だけど。

魔道士『例えば掃除も魔法でできなくはないんだけれど、割に合わないくらい魔力を消耗するんだよね~』

魔力とはどんなものかわからないけど、消耗すれば疲れを伴うものなのかもしれない。
それでなくとも、魔道士さんが仕事をする上で大事な力だ。

働いて返す、そういう手段もある。だけどこれ以上魔道士さんの好意に甘えるのも申し訳なくて。


町娘「頼んでみるから、任せて叔母さん」

私は嘘をついた。

町娘「あの、どんな材料なのか教えて頂けません?」

医者「あぁ、この本に載ってる…これだね」

町娘「ありがとうございます」

町娘「じゃ、魔道士さんの所に行ってくるね」

魔道士「チャオ~☆」

待ち合わせをしていた魔道士さんと会う。

町娘「すみません魔道士さん、もう少しお休みを頂けませんか?」

魔道士「うん?いいけど、どうしたの?」

町娘「弟が熱を出してしまったので、看病をしたいと思いまして」

魔道士「それはいけないね~。いいよ、熱が下がるまでついていてあげて」

町娘「ありがとうございます」

魔道士「じゃあ、弟君の熱が下がったらまた一緒に遊ぼうって言っておいて♪バーイ★」ドロン

魔道士さんは煙と共に姿を消す。
私はポケットに入れているメリケンサックを取り出す。

町娘(ごめんなさい、嘘ついて…)

私は一直線に町を出た。

狼の森。ウルフの生息場所だというが、狩りによってウルフの数は年々減少していると聞いた。
事実、森に足を踏み入れて1時間程経ったが、それらしき姿は見かけていない。

町娘(このまま現れないでよ~…)

でも怖気づいている場合ではない。弟の命がかかっているのだ。

町娘(どこかしら)

歩き続けて、流石に足が痛くなってきた、
まさかここまで見つからないとは思っていなかった。

町娘(まぁ、簡単に見つけられたらそんな高額にはならないはずだしね…)

やっぱり誰かに依頼すべきだったか。
だけど、誰にも迷惑はかけたくない。

その時だった。

町娘「あっ」

ふと視線を移した所に、目立つ色の草が生えていた。
あれは――間違いない。

町娘「あった…!」

目的のものを見つけた興奮で私は走り出す。

と、同時。

グルルル…

町娘「!?」

唸り声が聞こえ、ガサガサという音が寄ってきた。
私はビクッと肩を鳴らす。

町娘(ウ、ウルフだ…)

姿を現したのは1匹のウルフ。さほど体は大きくない。
だけどその目は殺気がこもっていて…。

町娘(う、ううぅ)

いや、ウルフがいるのは覚悟して来た。
だから大丈夫、大丈夫…だけどメリケンをはめた手は震えている。

町娘(きゅ、急所を叩けば怯んで逃げるはず…!!)

だけど、急所ってどこ?

そんな感じで頭が混乱している時に。

ガアアァッ!!

町娘「きゃあーっ!?」

ゴッ

そんな音が聞こえた。

町娘「…え?」

大きめの石が地面に転がる。
その石が飛んできた方向を、ウルフが睨んでいた。

町娘「あ…!!」

そして、その先にいたのは。

魔道士「もう町娘ちゃん、君って本当にじゃじゃ馬だね☆」キラリン

町娘「魔道士さん!?どうしてここに!?」

そんな疑問が口から出たが、会話を交わしている余裕はなかった。
魔道士さんの投石に怒ったウルフは、今度は魔道士さんに飛びかかる。

町娘「きゃああぁっ!」

魔道士「もう~」

だけど魔道士さんは、余裕の顔で見慣れない杖を掲げていた。
そして――

魔道士「てやっ!」ドゴッ

町娘(物理攻撃!?)

飛びかかってきたウルフの鼻を、杖で思い切り殴った。

魔道士「…っ」

だけど魔道士さんも無事ではなかった。
殴るのと同時、ウルフの爪が魔道士さんの左腕から胸を引き裂いたのだ。

魔道士「エレガントじゃないな~」

それでも余裕を崩さない魔道士さんとは対照的に、攻撃に怯んだウルフはそこから脱兎のごとく逃げ出す。
おかげで、危険は脱したけど…。

町娘「ま、魔道士さん!大丈夫ですか!?」

魔道士「平気平気、念のため薬草持ってきたから☆」

町娘「どうしてここに…」

魔道士「いやぁ、お見舞いの品を持って弟君の所に行ったら、君がいないじゃない?それで事の経緯を聞いたわけさ~」

叔母さんは私が魔道士さんに材料の採取を依頼したと思っているだろうから、最初は話が噛み合わなかっただろう。
だけど、それよりも。

町娘「どうして私がここにいるとわかったんですか?」

魔道士「運命ってやつ?」

町娘「ふざけないで」

魔道士「むしろ、他のパターンは考えつかなかったよ★」

私の行動は、予想できる範疇にあるということか。

町娘「…魔道士さん、ご迷惑おかけしました」

魔道士「気にしないで~、僕が勝手に来たんだし~♪」

町娘「いえ、あの、でも、この分はちゃんと働いてお返ししますので…」

魔道士「いいのいいの☆だって僕、魔法使ってないよ」

町娘「あ…」

確かに投石といい、杖での物理攻撃といい、魔法ではなかった。
…まさか私の心配まで読んで、それで魔法を使わなかったのか。

町娘「本当に――」

魔道士「それよりも材料取って帰ろ~♪」

魔道士さんは薬草を摘み取る。
私に気を使わせまいとしてくれているのが、見て取れた。

魔道士「帰りの転移魔法の分は、また一緒に御飯食べてくれればいいよ。弟君が治ったら3人で★」

何て、いい人なんだろう。

町娘「…はい!」

今日はここまで。
魔道士をチャオさんと呼びたい。

その後薬草を持って帰り、薬を調合して弟に飲ませた。(ついでに、叔父さんと叔母さんからこってり絞られた)

町娘「弟君おはよう、お粥食べれる?」

弟「うん、食べられるよ」

薬のおかげか、数日で弟の容態は大分回復した。
前はずっと意識が朦朧としていたのに、今では上半身を起こせるようになった。

これで心配はいらない。――弟は。


>病院

魔道士「アイタター☆」

医者「この馬鹿モンが。薬草の力を過信するからだ!」

町娘「こんにちは。魔道士さんの傷、やっぱりひどいんですか?」

魔道士「チャオ★ハッハハ、町娘ちゃんが痛いの痛いのとんでけ☆ってしてくれたら治るよ★」キラリーンキラキラ

医者「消毒液を喰らえ」チョンチョン

魔道士「アハアアァァァンッ!!」

町娘(ものっすごい苦痛に歪んだ笑顔)

どうやら魔道士さんはろくな手当をしなかったせいで、傷が悪くなっていたらしい。
それで医者通いになってしまい、私が弟の看病の為戻っている間でも顔をよく合わせた。

魔道士「ハイこれ~♪飲むといい夢が見れるジュースだよ」

弟「ありがとう魔道士の兄ちゃん」

町娘「お見舞いに来て下さるのは嬉しいんですけれど、魔道士さんもお体休めて下さいね」

魔道士「町娘ちゃんに心配してもらえるなら、怪我した甲斐があったよ☆」

町娘「傷口にこれ塗りましょうか」←塩

魔道士「ナイスブラックジョーク★実際やるのはやめてね?♪」

叔母「町娘ごめんねー、ちょっとこっち手伝ってくれるー?」

町娘「はーい。じゃあ弟君、静かにしてるのよ?」

弟「うん、わかったー」

魔道士「お手伝い頑張って☆」

町娘「ふー」

昼食の時間帯は食堂に来るお客さんが増え、結構忙しい。
子供の頃から食堂の手伝いで鍛えられたお陰で、家事の手際が大分良くなったのだけれど。

叔母「そろそろ一息つけそうね。町娘、ありがとう」

町娘「ううん」

ちょっとだけ横になろうかと、部屋まで戻る。
その途中、弟の部屋の前を通った。

弟「~なんだね」

魔道士「そうそう、だから~」

町娘(魔道士さんまだ帰ってなかったんだ。盛り上がってるなぁ)

立ち聞きするつもりはないので、そのまま通り過ぎよう――と思ったが。

弟「ねぇ、魔道士の兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと好きなの?」

町娘「――っ!?」

弟は以前にもそんなことを聞いていた。
その時魔道士さんは「運命だから」と曖昧な返事をし、話はそのまま有耶無耶になった。

魔道士「何で?」

弟「そりゃ気になるもん、弟として」

弟の口調はやや強い。

弟「大事にしてくれる人にじゃないと、お姉ちゃんはお嫁に行かせられないよ」

魔道士「ハハ参ったねぇ」

弟「魔道士の兄ちゃんは、お姉ちゃんに嫌なことしない人だとはわかってるけど」

町娘(な、なな何言っちゃってるのよ弟君たら!!)

今にでも割って入って止めたかったが、それもできない。
なのに、会話を無視してそこから立ち去ることもできなくて。

魔道士「大事にするよ、僕は」

そして――

魔道士「好きさ、町娘ちゃんの事が」

町娘「――!!」

顔の熱が急上昇して、頭が沸騰する。

魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』
魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』
魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』
魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』
魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』

頭の中で言葉がぐるぐる回る。

魔道士さんは私の名前を言った?
好きの意味、間違ってない?

魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』
魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』
魔道士『好きさ、町娘ちゃんの…』

ぐるぐるぐるぐる…


町娘(いやあああぁぁ、もおおおぉぉ!!)


それ以上魔道士さんの声を聞けなくて、私は部屋まで駆けた。

町娘(どうして…)

枕に顔を埋めながら、私はあれこれ考える。

好き。好感を持っていること。愛情を持っていること。

わからない。いつの間に魔道士さんは、そう思うようになったの?

町娘(運命――だから?)

魔道士さんは最初から、その理由で私に求婚していた。
だけど、感情は追いついてくるものなの?
私のどこを好きになったの?

町娘(私なんて貧相だしひねくれてるし…)

わからない。
だけど聞けない。「私のどこが好きですか?」だなんて。

町娘(ああああぁぁ、もうっ!!)

もう、それしか考えられない。これも全部魔道士さんのせいだ。

町娘(魔道士さんの顔…まともに見られなくなるよ…)

それからまた数日経ち。

弟「復活したー!ででーん!」ピョンピョン

叔父「おぉ、良かった良かった」

弟「今までごめんね、僕もお手伝いに復帰するね叔父さん叔母さん」

看病の甲斐あって、弟はすっかり元気になった。

弟「お姉ちゃん、僕もう大丈夫だから、魔道士さんの所行ってあげて」

叔母「そうねぇ…怪我がなかなか治らない様子だし、看病が必要かもね」

町娘「そ、そそそうよね」

弟「?」

あの日以来、魔道士さんは何度か家に来たが、まともに顔を合わせられなかった。
だって、あんなこと言ってるのを聞いてしまったら――

魔道士「チャオ~★お見舞いに来たよ~♪」

町娘「うわぁ!?」

弟「あ、魔道士の兄ちゃん!こんにちは!」

魔道士「おや弟く~ん、もうベッドから出ても大丈夫なのかい?」

弟「うん!心配してくれてありがとうね兄ちゃん!」

魔道士「イエイエ☆町娘ちゃんも毎日看病お疲れ様♪」

町娘「い、いえいえいえいえいえ、ま、まぁ」

魔道士「~?」

弟「魔道士の兄ちゃん、お姉ちゃんを連れ帰っても大丈夫だよもう」

町娘「!!!」

魔道士「そう~?もうちょっとこっちでゆっくりしていかなくて大丈夫かい町娘ちゃん」

町娘「え、あ、はい!それは全然大丈夫ですけど」アワワ

魔道士「~?」

魔道士さんの好意に甘えていたけど、肩代わりしてもらった借金分はまだ返していない。
だから早く魔道士さんの所での仕事に復帰しないと。…わかっては、いるんだけれど。

魔道士「じゃあ準備できたら教えてね~、ここで待ってるから★」

町娘「は、はい」

大した荷物はない。
だけどここは一旦、魔道士さんと距離を取る。

町娘(平常心平常心…)スーハー

そして久々に戻る魔道士さんの家。

町娘「…」

魔道士「アッハハ~☆生活感が出ちゃったかな~」

ゴミ箱一杯の、市販弁当の容器。
シンクに溜まった食器類。
床に散らかっているホコリや食べカス。

魔道士「でも町娘ちゃんの仕事増やさないように、汚さないようにしたよ★」

町娘「魔道士さん…仕事部屋」

魔道士「え?」

町娘「大掃除するから、仕事部屋にこもってなさあああぁぁい!!」

魔道士「Oh!?」ビクゥ

今日はここまで。
スレを追ってくれている知人がチャオるようになりました。楽しそうで何よりだと思いました。

町娘「もう魔道士さんたら、ちょっといない間にこんなに汚して…」

仕事部屋以外の活動拠点である食堂と寝室の散らかりっぷりが特にひどかった。
シーツはぐちゃぐちゃ、本は床に積み重なっているし、服も脱いだら脱ぎっぱなし。

町娘(これで汚さないようにしてたって言うんだから…)

やっぱりズボラな人は、綺麗とか汚いとかいう感覚に大雑把なのだろう。

町娘(さてと、次は私室ね)

寝室に積み重なっていた本を持って行く。この本は元々、私室の本棚にあったものだ。
この私室はほとんど私物置き場と化していたので、ほとんど汚れていない…と思いたい。

町娘(あー)

出したものが出しっぱなしになっていて、やはり綺麗ではなかった。
まぁ、物を片付けるだけなので他の部屋に比べれば綺麗かもしれないが。

とりあえず寝室から持ってきた本を並べることにした。

町娘(ん?)

と、机の上に散らかっている紙類が目に入った。

町娘(大事な書類かな?触ってもいいのかな…)

そう思いながら紙類を見ると。

町娘(あ、これ…絵だ)

ぱっと目に入ったのは、鉛筆で描かれたようなウサギの絵だった。
散乱させておいては見栄えが悪いので、整えることにした。

町娘(丁寧に描かれてるなぁ)

つい、興味本位で1枚1枚ぺらぺらと見てしまう。
動物の他にも、花だったり街の風景画だったりがあって、白黒なものも色付きのものもある。

町娘(誰かから貰ったのかな?)

と。

町娘「…っ!?」

何気なく見てたら、目に入った絵に驚いた。

町娘「これ…」

他の絵よりも丁寧に着色された、女性の絵だった。
そこに描かれている女性は間違いなく…。

町娘「私…よね?」

魔道士「町娘ちゃーん、どこかなー?」

廊下から魔道士さんの声がした。

町娘「あ、はーい。私室でーす」

魔道士「今来たお客さんから野菜沢山貰ったから…うわわぁ!?」

町娘「」ビクゥ

私室に入ってくるなり、魔道士さんはらしくない大声をあげた。

町娘「ど、どうしました?」ドキドキ

魔道士「み、見ちゃった!?その、絵!」

町娘「え、あ、いいえっ!?」

しまった。つい咄嗟に嘘が。

魔道士「ならいいんだ、アハン…あ、その絵は僕が整理しておくよ…」

町娘「あ、はい…」

この魔道士さんが動揺するなんて、よほど見られたくないものだったのか。

町娘「でも、可愛い絵ですね」

私は1番上に乗っている、ウサギの絵を指して言った。

町娘「貰ったんですか?」

魔道士「まぁ…そうそう、貰ったんだよ~♪」

町娘「せっかくですし、どこかに飾らないんですか?」

魔道士「いやぁ恥ずか…じゃなくて、飾る場所がないしね~」

町娘(ないかなぁ?)

魔道士「もしかして気に入った?」

町娘「えぇ」

魔道士「それじゃ、何枚かあげるよ」

町娘「いいんですか?」

魔道士「オーケーオーケー。それよりも野菜沢山貰ったんだけど、うちで処理し切れない分君の実家で使ってくれないかな?」

町娘「それは助かります」

魔道士「じゃあ絵は僕が整理しておくから、野菜の整理お願いね~」

町娘「…」

そう言って魔道士さんは私の手から絵の束を取った。
何だか不審な様子だった。

>翌日

町娘(やっぱり、私の絵は抜かれている…)

魔道士さんから貰った絵をペラペラ見たが、何度確認しても無かった。

町娘「ただいまー」

叔母「あら町娘、どうしたの?」

町娘「野菜貰ったから、おすそわけ」

叔母「あらありがたいわね」

弟「あ、お姉ちゃん。魔道士の兄ちゃんは?」

町娘「今、病院よ。そうだ弟君、この絵お部屋に飾らない?」

弟「見せて」

弟の殺風景な部屋が少しは賑やかになるかと思い、弟に絵を手渡す。
弟は絵を両手で持って、じっくり見ていた。…何やら、難しい顔をしているけど。

町娘「どうしたの?気に入らなかった?」

弟「ううん。動物とか花とか綺麗だけど…」

弟は絵を何枚かパラパラと見ていた。

弟「絵描き兄ちゃんの絵に似てるなって」

町娘「絵描きさん?」

その名は古い知り合い。
元々別の所から来たらしいけれど、昔少しの期間この町で絵描きをやっていた。


絵描き『あのー…』

町娘『こんにちは絵描きさん。あら、背中にいるのは…』

弟『すやすや』

町娘『もう弟君たら。すみません、背負わせちゃって』

絵描き『いいえ…一緒に遊べて楽しかったです…』

絵描きさんの笑顔はいつも控えめだけど、優しい。
その優しい雰囲気に、弟は心を許しているのだ。

町娘『絵描きさん、良かったらうちで晩ご飯食べていきません?』

絵描き『え、ご、ごはん!?』ドキッ

町娘『いつもお世話になっているお礼です。それに、弟君も喜びますし』

絵描き『あの、でも僕…』モジモジ

町娘『ね、さぁ入って入って』

絵描き『は、はい!』


気弱だけど温厚な絵描きさん。友達の少ない弟と仲良くしてくれて、思い出は少ないけど、悪い印象の無かった人だ。

弟「ほら、これ。絵描き兄ちゃんに貰ったスケッチブック」

ページをめくると動物や花や風景画やら、とにかく色々な絵があった。
確かに魔道士さんに貰った絵に似てるけど…。

町娘「絵柄が似てる絵描きさんなんてよくいるものじゃないの?」

弟「似てるってもんじゃないよ、この癖や色の付け方が同じじゃない、ほらほら」

町娘「???」

恥ずかしい話だけれど、芸術センスのない私にはさっぱりだ。

弟「魔道士兄ちゃん、絵描き兄ちゃんに絵を貰ったんじゃないかな」

叔父「絵描きって、あの太った兄ちゃんか」

弟の声が聞こえたのか、厨房にいた叔父さんが声をかけてきた。

叔父「確かあの絵描き、魔導名家の出身だぞ」

弟「何それ初耳」

町娘「ってことは、魔道士さんと親戚かしら」

魔道士「チャオ~★ゆっくりできたかな~?」

丁度いいタイミングで魔道士さんが店に入ってきた。
魔道士さんはにこやかに叔父さん達と挨拶を交わす。

町娘「あの魔道士さん」

魔道士「何だい?」

絵描きさんって知っていますか――そう尋ねようとした時だった。

弟「あ、わかった!」

弟が急に声をあげた。

町娘「ど、どうしたの弟君?」

弟「魔道士の兄ちゃんて僕の好みを把握してるし、それにどっかで会ったことあるような気がしてたんだよね」

魔道士「…っ」ギクッ

弟「あぁ、もう気付かなかったよ~」

そう言って弟は魔道士さんの手を取った。

弟「魔道士兄ちゃんは、絵描き兄ちゃんだったんだね!」

魔道士「~っ…」

町娘「………え?」

絵描きさん。体型は太め。顔つきは癒し系。全体的な雰囲気は地味というか大人しくて…。

町娘「全然違うじゃない!?」

弟「体型と顔つきと髪型と性格と名前を変えれば魔道士兄ちゃんだよ」

町娘「それほぼ全部変わってない?」

弟「あの頃の兄ちゃんも優しくて好きだったけど、痩せてかっこよくなって明るくなったんでしょ、ねぇ兄ちゃん」

魔道士「それは…だねェ」

魔道士さんは苦笑いを浮かべ、弟と目を合わせない。
だがその様子を見て、弟は確信を持ったように頷いた。

弟「あ、その表情、絵描き兄ちゃんと一緒だ!やっぱそうだ、ねぇねぇそうでしょ!」

魔道士「~っ」

町娘「こ、こら、困っているからやめなさい」

弟「はーい」

町娘「魔道士さんすみませんね、弟が…」

と言ったが、魔道士さんは相変わらずこちらに目を合わせてくれなかった。

町娘「魔道士さん?」

魔道士「そ、そのォー…」

魔道士さんの顔に汗が浮かんでいる。
もしかして本当にまずいことをしたのではないか…。

魔道士「そ、う、だッ!」

魔道士さんの声は上ずっていた。

魔道士「アハハ~ン、急用を思い出したから急いで帰るねッ!!後で迎えに来るからッ!!」ドロン

町娘「あ」

何か言う前に魔道士さんは煙と共に消えてしまった。

弟「あれー、どうしたんだろうね兄ちゃん」

町娘「さぁ…?」

とりあえず置いてけぼりを喰らってしまったので、迎えに来るまでここに残ることにした。

町娘(本当に魔道士さんは絵描きさんなの…?)

店の掃除をしながら考える。
私は絵描きさんのことをよく覚えていないから、2人の共通点なんて見つけられない。

だけど魔道士さんの挙動不審な様子は、「そうです」と答えているようなものではないか…。

町娘(けど、そうだとしたら…)


魔道士『僕は僕のお嫁さんになる人来て~って召喚したんだから、君は僕のお嫁さんになる人なんだよ』


絵描きさんなら私を知っていたはず。
なのにどうして、まるで初対面かのように振舞ってプロポーズしてきたのか。

魔道士さんが抜いた私の絵。あれは私がいない間、魔道士さんが描いたものなのか。

それに――


魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』


町娘「」ボッ

町娘「あーもうわけわかんなああぁぁいっ!!」

魔道士「…」

魔道士は昔を思い返していた。
それはまだ自分が絵描きを名乗っていた頃。

あの頃の自分は内向的だった。太っているせいで人の目が気になって、いつも人に怯えていた。
実際、人と関わって嫌な目にも遭ってきた。だから人を避けて、絵ばかり描いていた。

町娘『素敵ですね』

だから普通に声をかけてくれる女の子は初めてで。

町娘『絵描きさん、ご飯食べて行きませんか?』

町娘は、いつもオドオドしている自分に優しくしてくれた。
別に自分に好意があったとは思っていない。彼女は誰にでも優しいのかもしれない。

だとしても。

魔道士(僕は、町娘ちゃんをずっと――)

それは、運命なんかじゃない。

魔道士「――駄目だな、これじゃあ」

ダイエットして、理想の体型を手に入れても。
必死に勉強して、魔導名家の当主に相応しい力を手に入れても。

中身は臆病な昔のまま。
まるで道化師のように振舞わないと、町娘とまともに話すこともできない。

魔道士(本当の気持ちを伝えなきゃいけないのにね…)

今日はここまで。
絵描きの存在については>>12でも軽く出てます。

pixivに低クオリティな絵を投稿したので、興味ある方はスレタイで検索を…(´・ω|壁

>一方その頃

御曹司「フ、フヒヒッ、手に入れたぞぅ…」

わざわざ他国の魔法使いに依頼し、ある物を入手した。
これで計画は上手くいく――

御曹司「あのキザ魔道士めぇ…ギャフンと言わせてやる!」フヒィー

御曹司は興奮を抑えきれず、急いで箱を開ける。
そこに入っていたのは、香料のビンだった。ラベルにはしっかりと、香料の効力を抑える魔法陣が描かれている。

御曹司「フヒッ、フヒヒ…これが、魔物を引き寄せる香料かぁ…」

本当ならこれを使って、魔道士を魔物に惨殺させたい所だが、あの魔道士はそう簡単にやられない実力者だと聞く。
それに魔道士は確かに忌々しい奴だが、自分としては町娘が戻ってくればいいのだ。
その為に、この間失敗した、魔道士の評判を下げることに再挑戦してみようと思う。

御曹司(作戦は至ってシンプル)ヌフフ

御曹司は香料のビンを持って町の外に出た。
そして周囲を見回し、誰もいないことを確認する。

御曹司「よし!」

そしてビンのフタを開けると、中身を全てそこに撒き散らした。
空になったビンは、見つかりやすいようその辺に捨てておく。

御曹司(さてと、ボクはここから逃亡~)

衛兵A「…ん?」

町の周辺を警備していた衛兵が、異変に真っ先に気付いた。

衛兵A「おい、魔物の気配が近付いてきてないか?」

衛兵B「確かに。それにこの数…多くないか?」

衛兵C「チッ…ずっと平和ボケしてたツケがきやがったか」


御曹司「ヌフフフフ~」

御曹司は物陰から、衛兵達の様子を伺っていた。
これから魔物が町にやってくる。衛兵達はそれを撃退した後、原因を探るだろう。

御曹司(そして、あの魔法陣が描かれたビンを見つけるってわけさ~)

魔道士が香料を撒き散らした犯人だ、とまでいかなくていい。
ただ、原因となった香料を作ったという嫌疑がかかるだけで、魔道士の評判は大分悪くなるだろう。


御曹司(さー、さっさと魔物の群れを蹴散らしてビンを見つけるんだ!)

御曹司(いいぞー、やれやれー)ヒヒヒ

御曹司(でも流石に数が多いか、ちょっと苦戦してるな)

御曹司(…あれ、ちょっとどころじゃない?)

御曹司(…)

御曹司(………まずい)

衛兵A「ハァ、ハァ…キリがないぞ…!!」

衛兵B「何なんだ、この魔物の急襲は!?」

衛兵C「このままでは町に侵入される!おい、警報を出せ!」

御曹司(これ…やばくね?)

御曹司はラベルの注意書きを読んでいなかった。
そのせいで、適量の何倍もの香料を撒き散らしたことにまるで気付いておらず…

御曹司(効き目が強すぎないか、次から次へと…)

衛兵A「しまった!1匹通してしまった!」

御曹司「!?」

魔物「ガアァァ――ッ!!」

御曹司「うわああぁぁ!?」

衛兵A「あっ、御曹司さんが!!今助けます!」

御曹司「ひいいいぃぃん」

御曹司は魔物に襲われた恐怖に耐えられず、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら一目散に逃げ出した。

「警報警報~!!」カンカァン

町娘「珍しいわね」

叔父「そうだな」

店で掃除をしていた私は、珍しい鐘の声にすぐに耳を向けた。

「町の入り口に大量の魔物が流れ込んできている!町に侵入される恐れがあるので、室内に避難するように!!」

弟「魔物…っ!?」

町娘「ええぇ…入り口にバリケード張っておく?」

叔母「そうね、魔物が入ってきたら大変だものね…」

と、その時。

がらがらがっしゃーん

町娘「!?」

なだれ込むように入ってきた何かが私に飛びついてきた。

御曹司「ゼハッゼハッ、まま町娘ちゃああぁぁん」ヒーハーヒーハー

町娘「ぎゃあああぁぁ!?」バキィ

御曹司「ガハッ」

町娘「あ、御曹司さん!?しまった、怪物かと思ってつい…」

弟「のびてるよ」

御曹司「」ピヨピヨ

叔父「たまたま外にいたのを、うちに避難してきたのかもしれねぇな…仕方ない、匿うか」

弟「仕方ないね」

相当に不本意だけど仕方ない。
とりあえず御曹司が開けっ放しにした入り口を閉めようと、私は戸に近づいていった。

その時。

叔母「危ない町娘!」

町娘「――えっ!?」

叔母さんが飛び出してきて、何かを思い切り殴ったのが目に入った。
叔母さんの一擊で吹っ飛んだのは…魔物だ!

叔母「怪我はない、町娘?」

町娘「え、えぇ…あっ!?」

安心したのも束の間、外を見て呆然とする。
そこには既に5匹位の魔物がいて、しかもこちらに向かってきていた。

叔母「もうこんなに入り込んできたのね!」

叔母さんは愛用のメリケンサックを装備して構える。
魔物達は突っ込んでくるが――私は気付いた。

町娘(あの魔物達…私を見てない!?)



御曹司の服に着いた香料が、御曹司が町娘に飛びついたのと同時に付着したことに、町娘が気付くわけがなかった。

叔母「くっ…!」

5匹もの魔物を叔母さん1人で食い止められるわけもなく、魔物達はこちらに突っ込んでくる。

町娘「きゃあぁ!?」

私は逃げた。やはり全員、こちらを狙っている。
(香料は御曹司にも付着しているが、魔物は本能的に動く獲物である町娘を狙っていた)

町娘(私を狙う理由はわからないけど…)

ここは店の中。それに、弟もいる。
こんな所で魔物とドンパチやるわけにはいかない。

町娘「…っ、こっちよ!」

叔母「あっ、町娘!?」

叔母さんの静止の声も聞かず、私は店を飛び出した。
案の定、魔物達は全員私を追いかけてきた。

町娘(これで皆に危険はない――)

だが安心していられなかった。
魔物達を振り切らねば、自分が魔物にやられるだけだ。

町娘(衛兵さんの所に逃げよう!!)

私は一目散に衛兵のいる、街の入り口付近に駆ける。
入り口はそんなに遠くないから、全速力を維持できる。そこにさえ行けば――


衛兵A「下がれ下がれーっ!!」

町娘「!?」

私は目を疑った。

目に入ったのは大きな建造物――いや、違う。
実物で見たこともないような、巨大な魔物だ。本で見たことがあるけど、確か名前は――ゴーレム。

衛兵B「くっそ、何でこんな魔物まで!?」

衛兵C「怯むな!!応援が駆けつけるまで絶対に町の中に入れるなぁ!!」

町娘(な、ななな…)

私はただただ圧倒されていた。
だが、それで足を止めたのがまずかった。

ドカッ

町娘「きゃあっ!?」

私は魔物に体当たりされて吹っ飛ぶ。
その音に衛兵達が気がついてくれた。

衛兵A「町民が襲われているぞーっ!」

衛兵B「早く救助に向かえーっ!!」

町娘(ううぅ…)

今ので思い切りすりむいてしまい、激痛で動けない。
だけど私を追いかけていた魔物達はどんどん迫ってくる。

町娘(死ぬ…)

膝からドクドク流れる血を見て、そんなことを思った。

町娘(何か、あっけない人生だったなぁ…)

小さい頃に両親を亡くして、叔父さんと叔母さんに引き取られてからは、家の手伝いや弟の世話ばかりだった。
勿論、それは強要されたわけじゃなくて自分で選んだことだったけど、もしかして自分は無理していたかもしれない。

町娘(せめて人並みに恋愛はしたかったな…)

御曹司みたいな嫌な奴に目をつけられたり、魔道士さんみたいな変な人に求婚されたり。

だけど――


魔道士『好きさ、町娘ちゃんの事が』


せめて死ぬ前に――

町娘「魔道士さんに、聞いておきたかったなぁ…」


魔物が目の前に迫っているというのに、悠長な言葉しか出てこなかった。

もう私、駄目だ。

魔物が開けた大きな口が、今私の頭にかぶりつこうとしていた。

「…あああぁぁっ!!」

町娘「!?」

誰かの雄叫びと同時、ドゴォという衝撃音が鳴り響いた。
同時、私を襲った魔物は吹っ飛ばされる。

私は顔を上げ、目を疑った。

町娘「魔道士…さん?」

魔道士「…」ゼェゼェ

息を切らした魔道士さんが私を見下ろしていた。
その目線の先は――血が溢れている私の膝。
魔道士さんは私が見たことないような、悲痛な顔をしていた。

魔道士「町娘ちゃん、それ――」

と、言いかけた時。

魔道士「っ!」ドサァッ

町娘「あっ!?」

私と魔物の間に立っていた魔道士さんが、魔物の体当たりを受けて転倒した。

だけど。

魔道士「それだけは…」

魔道士さんは転倒したまま、拳をぎゅっと握り締める。
そして叫ぶ。

魔道士「それだけは、許せないだろ――ッ!!」

魔道士さんの体が発光する。
閃光は辺りを包み込み、私はあまりのまぶしさに目をつぶった。

そして再び目を開けると――

町娘「…っ!」

衛兵A「お、おぉ…!!」

魔物達が、そこらに倒れていた。

今日はここまで。
覚醒イケメン状態な魔道士より、ウザ寒いチャオさんの方が好きだったりします(ボソッ

ゴーレム「」ゴゴゴ…

だがゴーレムだけはダメージが無かったかのように、動いていた。

衛兵A「ここを通すなっ!!」

衛兵B「くっ駄目だ、食い止められん!」

町娘「~っ…」

ゴーレムの視線は私に向いていた。
あいつも私に向かってくるつもりだ…でも私は腰が抜けて、立ち上がることができなかった。

魔道士「この香り…そうか、香料のせいか」

町娘「え?」

魔道士さんの呟きを、私は理解できなかった。

そしてゴーレムは足を振り上げ――

町娘「ひっ!?」

魔道士「大丈夫、町娘ちゃん」

魔道士さんが、私を庇うように目の前に立った。

魔道士「これ以上、君を傷つけさせやしない」

町娘「魔道士さっ――」

呼びかけたと同時だった。

ゴーレム「…」ゴオォッ

魔道士「くっ!!」ガコン

ゴーレムが振り下ろした足を、魔道士さんは発光した手で受け止めた。
どんな魔法かはわからない。だけど魔道士さんはかなり辛そうで…

魔道士「…っう」

汗を流しながら、ゴーレムと押し合っていた。
だけど気を抜けば、このままゴーレムに押しつぶされてしまいそうで…

町娘「ま、魔道士さん…」

よく見ると、魔道士さんの足元に血が滴っていた。
さっきやられた時に怪我したのか、それとも治療中の傷が開いてしまったか。

町娘「魔道士さん、無理しないで下さい!ゴーレムの狙いは私なんですから!」

私の為に誰かが傷つくなんて、耐えられない。
ましてや、命に関わることになるなんて――

魔道士「それだけはできないよ」

だけど魔道士さんは、即答した。

魔道士「君がいなくなったら――僕の人生、意味が無い」

町娘「魔道士さん…!」

そう言ったと同時だった。

ゴーレム「…」ゴガッ

魔道士「っ!!」

町娘「あっ!?」

遂に耐えられなくなったのか、魔道士さんはゴーレムに蹴り飛ばされた。

町娘(もう…)

駄目だ、そう思った。

思った、けれど――

魔道士「アハハ~ン♪」

急に魔道士さんは、いつも通りの気の抜けた声を発した。

魔道士「これだからゴーレム君は単純思考で可愛いよ」

町娘「魔道士さん…!?」

魔道士「簡単な話」

魔道士さんは倒れたままゴーレムに向かい、手を掲げた。

魔道士「片方の手でゴーレム君の攻撃を受け止めて、もう片方の手に魔力を貯める」

魔道士「そして――」

呟いたと同時、魔道士さんの手から――

ドゴオオオォォン

町娘「きゃっ!?」

魔道士「飛んでけー♪」

ゴーレムは空の方に吹っ飛んでいく。そして。

ゴーレム「」ドロン

町娘「消えた…!?」

魔道士「流石にあの巨体を遠くに吹っ飛ばすのは無理だしねー。別の所に転移してもらったよ☆」キラリン

町娘「…かっこつきませんよ、倒れたまま言っても」

魔道士「しゅーん…」

衛兵A「大丈夫ですか!今、手当を!!」

衛兵達が駆け寄ってくる。私と魔道士さんは急遽、応急手当を受ける。
私は擦り傷だけで済んだけれど、魔道士さんは――

衛兵B「しっかりしろー!!まずい、意識が遠くなっている!!」

町娘「ま、魔道士さん…」

魔道士「心配、しないで…」

魔道士さんはかき消えそうな声で呟いた。

魔道士「魔力使い果たして、ねむ~~~~~~くなってるだけだから…」

町娘「本当…ですか?」

魔道士「うん、本当…フワァ目、覚めたら…いつものお調子者に戻るからさ…」フワーア

町娘「…それもいいですけど、魔道士さん」

魔道士「?」

町娘「魔道士さんの本音の方が聞きたいです」

魔道士「…」

魔道士さんは一瞬、困ったような顔をした。
だけど次の瞬間には苦笑を浮かべて、

魔道士「うん、それまで、待っ…」

魔道士「すやーすやー」

約束を交わし、彼は眠りについた。

衛兵A「はぁ…これがですか」

御曹司「そそそうだよ!これが魔物を呼び寄せたんだ!!」

御曹司は衛兵達に香料のビンを見せるが、衛兵達はなかなか信用しない。

衛兵B「ただのビンにしか見えませんが…」

御曹司「怪しいだろ!どう考えても!ほら魔法陣とか描いてあるし!!」

衛兵C「魔道士殿にどんなものか見てもらわないと何とも…」

御曹司「その魔道士が犯人に決まってる!あんな奴を信用するなーっ!」フンガー

「ほう…そのビンが騒動の元凶だと?」

御曹司「そうだ!このビンの中には魔物を呼び寄せるものが入っていて…」

富豪「何故お前がそれを知っている?」

御曹司「パ、パパ!?」

衛兵A「富豪殿!」

富豪「何故お前がそれを知っているのかと聞いたんだ」

御曹司「そ、それはー…だ、だって他に怪しいものはないし、それしか考えられないし…」タジタジ

富豪「そうか」

御曹司「そ、そうそう」

富豪「ところでお前の部屋に、こんな箱があったんだが?」

御曹司「ブーッ!!」(香料が入ってた箱!?)

富豪「そのビンがピッタリ入りそうなサイズだな?」

御曹司「た、たまたまだよ、たまたま!!」

富豪「少し調べればわかるのだぞ?」

御曹司「ち、ち、違うってば!!」

富豪「フン…まぁいい。我が家から犯罪者を出すわけにはいかん」

御曹司「そ、そう」ホッ

富豪「だが今回ばかりはお前に愛想が尽きた」

御曹司「………え?」

富豪「もう少しお前には苦労させた方が良いな。明日からうちで所持してる炭鉱へ行け、俺がいいと言うまで帰ってくることは許さん」

御曹司「フヒイイイイィィィ!?」

幸い町の被害は大したことが無くて、怪我人も衛兵を除けば私と魔道士さんだけだった。
魔力を使い果たした魔道士さんは丸一日、死んだように眠っていたが――

魔道士「チャオ~☆」

爆睡後は、とても元気になった。

魔道士「君と新婚生活を送る夢を見たよ町娘ちゃん…だけど僕は思うんだ、それはただの夢なんかじゃない、未来予知だって…」

町娘「真面目に」

魔道士「ア、ハーン…」

私が睨むと、魔道士さんは弱ったように目をそらした。

町娘「魔道士さんは、絵描きさんだったんですか?」

魔道士「うん…そうだよ」

町娘「それじゃあ私のことも、知っていましたよね?」

魔道士「…うん、知っていた」

魔道士「あの頃の僕は――太っていて、気が弱くて、人を恐れていて」

魔道士「でもこのままじゃ駄目だって思って。それで自信をつけたくて頑張ってダイエットして、魔法の腕を上げたんだ」

魔道士「だけど――」

魔道士さんは一瞬、私と目を合わせた。けれどすぐに目をそらす。
次の言葉は、なかなか出てこない。

町娘「…らしくないですね、魔道士さん」

いや、違うか。

町娘「絵描きさんの頃から変わっていない所もあるんですね」

魔道士「…」

気弱ではっきり物が言えなかった絵描きさん。
魔道士さんが常時ふざけていたのは、そんな自分を偽ってのことかもしれない。

魔道士「僕は、君が――」

魔道士さんはゴクリと喉を鳴らした後、私の方を真っ直ぐ見つめて言った。

魔道士「あの頃からずっと――好きでした!」

言った後すぐに真っ赤になって、顔を伏せてしまったけれど。

町娘「…そっちの方がいいですよ」

魔道士「え?」

私は魔道士さんに召喚された時のことを思い返す。

町娘「いきなり「お嫁さんになる人を召喚した」なんて言われるより、そっちの方がずっといいですよ」

魔道士「ア、ハ~ン…」

魔道士さんはゆっくり顔を上げる。

魔道士「でも、そういう言い方じゃないと君に告白できなかったんだよ…」

町娘「気持ちはわかりますけど…でも、そうしたら胡散臭いだけじゃないですか」

魔道士「だと思ってた★ でも、胡散臭い僕は全くの偽りじゃなくて、それも僕なんだよね☆ どっちのパターンも楽しんでほしいな★」キラリン

町娘「わけのわからない人ですね貴方は」

魔道士「アハハ~☆」

この笑顔はきっと照れ隠し。
きっと人一倍気弱な性格をカバーするために身につけた明るさなのだろう。
…ちょっと、いや、かなり行き過ぎな気がしないでもないけど。

町娘「でも――」


魔道士『あの頃からずっと――好きでした!』


魔道士さんはそれでも、誠実な言葉をくれた。
だったら私も、それに応えなきゃ。

町娘「私は――もうちょっと貴方を理解しようと頑張ってみます」

魔道士「ウン?」

町娘「ですから…」

答えるのはちょっと恥ずかしいけれど。

町娘「プロポーズの返事は、貴方をもう少し理解してからします。…それまで、貴方の側にいますから」

魔道士「…本当?」

町娘「嘘ついてどうするんですか」

魔道士「アッハァ~ン★」

魔道士さんはお腹から一杯に、ふざけた声を出した。
しかも何だか、妙に嬉しそうに。

魔道士「一歩前進、ってとこかなッ♪でもいつか絶☆対、君をお嫁さんにしてみせるよ★」

町娘「真面目に」

魔道士「真面目にだと顔が見れない…」テレテレ

町娘「中間は無いんですか、中間は!?」

最初から前途多難すぎて、頭がクラクラしてきた。

弟「でもこれにて一件落着、だね」

町娘「お、お弟君、叔父さん達も!?聞いてたの!?」

叔父「さっきからどこで会話してると思うんだ。うちだぞ、うち。大声で話せば筒抜けなボロの」

叔母「町娘もようやくいい貰い手が見つかったみたいで…」ホロリ

町娘「違うってば!!」

弟「魔道士兄ちゃん、絶対にお姉ちゃんを振り向かせてみせてよ!」

魔道士「オーケー☆」

町娘「もう、やだっ、皆出てって!!」グイグイ

弟「はーい」(やりとりは聞こえるけどね)

町娘「あと魔道士さん、人一倍照れ屋な人が何安請け合いしてるんですか!?」

魔道士「安請け合い?アハハ、僕は本気さぁ!」

町娘「あぁ、もう…」

何だかもうわけがわからなくなってきた。

魔道士「でも」

魔道士さんは急に真面目な顔になった。

魔道士「僕の方も頑張るから――真剣な自分で、君を好きだと表現できるように」

町娘「」

町娘「」ボッ

沸騰した。

町娘(な、なななななな何で!?)

今の顔はかっこよすぎた。

町娘(や、やだ、見慣れた顔なのに…急に真剣になるから…)

魔道士「あぁ…やっぱりまだ恥ずかしいな、君への気持ちを伝えるのは」

町娘「あ、慌てなくていいですからね!?」

魔道士「?」

じゃないと、私の頭の方がおかしくなる。

魔道士「それじゃ、そろそろ帰ろうか」

またいつもの日々に戻る。
魔道士さんが魔法に没頭して、私は魔道士さんの世話を焼いて。

町娘(ただ、これからはいつもと違う…)

魔道士さんの気持ちを知ったから。
それだけでいつもの日々は、いつもとガラッと変わる。

町娘「ふふ…」

これから変わっていく毎日が不安でもあり、楽しみでもあった。

町娘「魔道士さん」

魔道士「何だい?」

私を好きでいてくれる人。
彼はきっとまた、私をドキドキさせてくれるだろうから――

町娘「これからも、よろしくお願いしますね!」


fin

ご読了ありがとうございました。
魔道士のウザ寒さを表現するのに苦労しました。

ss書いてる合間に、息抜きで描いた漫画です。
見て下さると嬉しい(´・ω|壁

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