いつものようにシャーロックをお面でぶっ叩いた。
それは小衣達にとっては当たり前の光景で、
シャーロックは何事もなかったかのように起き上って、
またあたしの事を「ココロちゃん」と呼ぶだろう。
でも今日は違った。
シャーロックが足を滑らせ階段から転げ落ちた。
別にそれくらいなら何とも思わない。
だってアホなあいつはどんな酷いことにあってもへらへら笑って起き上ってくるからだ。
頭から血を流して「ココロちゃん」といって起き上ってくる。
だからまたあたしはお面を準備して立っていた。
でも何分たってもシャーロックは起き上がってこない。
何をやっているんだ、と近づいて体をゆすってみる。
ピクリとも動かないシャーロックの体は何だかいつもより重たい。
あたしはふざけているんだと思って、
寝ているシャーロックの頭に軽くチョップをかます。
すると触れたシャーロックの帽子からグジュ、
と湿った布のような感触がして、手にべっとりと何かがこびり付いた。
真っ赤な、シャーロックの探偵服のような色の水。
「は?」
あたしは警察官だ。
でもあたしの仕事は怪盗を追うことで、
血なまぐさい、暴力をともなう現場には赴いたことはない。
そのせいか、手にべったりとこびり付いたシャーロックの血はまったく現実味がなくて、
あたしはいつまでもただただ茫然としていた。
しばらくそうしていると、ポケットに入れた携帯が震えだした。
次子からの着信だ。
「……はい」
『おい小衣ー、いつまで休憩してんだー?シャーロックと遊びてーのはわかるけどさー』
「あ……」
そう、いまは職務の休憩中で、シャーロックが遊びに来たから渋々付き合ってやっていたのだ。
「……」
『おい小衣ー。こーこーろー!聞いてんのかー?』
「……次子」
『んー?』
「……助けて」
『……は?』
いつまでも起きてこないシャーロックを前に、あたしの無意識な部分、
今の状況を理解したくはないけど理解してしまっているあたしがそんな言葉をつぶやいていた。
『おい……小衣……今』
「助けて……シャーロック、が……」
『いまどこだ!?すぐに行く!』
「近くの……公園」
『わかった!』
そう言い終わるやいなや通話が切れた。
職場からそう離れていないこの公園の、あまり人通りのない端の階段。
次子と平乃が一分もしないうちに駆け付けてきた。
「小衣!」
「小衣さん!……っ!」
その声にゆっくりと振り向くと、
信じられない、といったような表情で立ち尽くす二人がいた。
「平乃……救急車!」
「は、はいっ!」
来た道を引き返していく平乃。
それを何となく見つめる。
「おい小衣!……くそっどけっ!血が……おいシャーロック!」
突き飛ばされ尻もちをついてしまった。
……この天才美少女明智小衣になんてことするのよ!
その言葉は心のなかで響いて声になることはなかった。
~~~~~
「うっ……う……うぅ……どう、して……シャロが……」
病院の待合室には泣き崩れたエルキュールの声だけが響いていた。
そばにいるお花畑はきっと大丈夫、とエルキュールを慰め、
黄色は俯き、立ち尽くしている。
その表情はよく見えないけど、肩が小さく震えていた。
「……小衣」
その様子をぼんやり眺めていると肩に手を置かれた。
振り向くとそこには次子と平乃が。
「その、悪いんだけどさ……事情、聞かせてもらうぞ」
「……」
事情も何も小衣がシャーロックをぶっ叩いたらシャーロックが階段から落ちた。
それだけだ。
それをそのまま伝えるとぐっとこらえた様な表情で次子は俯いた。
「次子さん……」
「私達の、せいだ。いつも小衣を止めなかったから」
沈黙の中、しばらくして医者から状況を聞きにいった咲が戻ってきた。
「……命に別条はないって。とくに後遺症もないみたい」
「そ、そうか!」
「よ、良かったです……」
その言葉と、喜んでいる次子と平乃、ミルキィホームズの連中を見て
あたしのいつからか強張っていた体から力が抜けた。
「あ……あ……」
「良かったな……小衣」
頭を撫でられるような感触に、安心が増していき、胸からいろいろなものが溢れ出してきた。
「ぅ……あ……ぅあああああああああああん!!!ああああああああ!!!」
涙が止まらず、あたしは一晩中ただただ泣き続けた。
~~~~~
「あー!ココロちゃん!お見舞いに来てくれたんだねー!」
「こ、ココロちゃん……いう、な」
命に別条はない、後遺症はない、
といっても頭に大きな傷を負ったシャーロックは入院することとなった。
頭に巻いた包帯が痛々しく、あたしは目を合わせられなかった。
「明智さん……こんにちは」
シャーロックのベッドの横には読み聞かせていたのだろうか、本を片手に座るエルキュールがいた。
「椅子、どうぞ」
小さく微笑み、椅子を用意してくれる。
シャーロックがこうなった原因を知っているはずなのに、
ミルキィホームズの連中が小衣に怒ることはなかった。
それ以来、なんだかこいつらには頭が上がらなくなってしまった。
「その、シャーロック……ごめん」
ちゃんと目を見て、誠意をもって謝らなきゃいけない、
そう分かってはいても素直に、目を合わせてシャーロックに謝ることができない。
「えへへ、大丈夫だよー。あたし、とーっても頑丈だし!」
そう言ってへらへらと笑うシャーロックは以前の通りで、
認めたくないけどあたしは嬉しくて気づけば泣いてしまっていた。
「こ、ココロちゃん……泣かないで……あたしは本当に大丈夫だから」
「な、泣いてないわよっ!あほシャーロック!泣いてない……」
「ココロちゃん……」
近づく声に顔をあげると、目の前にはシャーロックの顔があって
頭には撫でられる感触がした。
「ないてない……ないてないもん……ぅ……うあああああぁぁぁぁん……」
「ココロちゃん。よしよし、よしよし」
しばらくして感情もおさまってきて、恥ずかしさが全身に湧き出してきた。
シャーロックとエルキュールはにこにこした顔でこっちを見ていて、
もうこの場から一瞬でもはやく逃げ出したい気持ちにかられた。
「ふ、ふんっ!そんなに元気ならわざわざ小衣がお見舞いになんてくるんじゃなかった!」
「うふふ……」
「ありがとう、ココロちゃん」
相変わらずのへらへら顔に腹が立ってきた。
「この天才美少女明智小衣がお見舞いに来たこと、感謝しなさいよねー!」
もう早く帰ることに必死でとりあえずそんな感じの捨て台詞を吐いて病室を飛び出した。
~~~~~
「んで、お見舞いの品を渡すのを忘れた、と」
「ホント、小衣さんは素直じゃないですねぇ……」
「ツンなうー」
「うるさいうるさいうるさーい!」
g4皆で買ったお見舞いの品を渡し忘れてしまった。
iq1300の小衣が忘れるなんて一生の不覚。
「んじゃあたし達も仕事終わったらお見舞いに行くし、そん時渡しといてやるよ」
「そ……それはダメ!」
「はぁー?」
「小衣が渡して、シャーロックのあほに恩を売りつけてやるんだから!」
そうよ、シャーロックに借りがある状態なんて耐えられないし!
それだけなんだから!
「まーだそんなこと言ってんのかよー。懲りない奴だなー」
「ホント、素直じゃありませんねぇ」
「小衣ー、小衣がシャーロック用に別のプレゼント用意してるのみんな知ってるなうー」
「はっ、はぁぁぁぁぁぁっ!?」
なんで小衣が一人で買いに行ったプレゼントの事知ってるのよ!?
誰にも言わないでこっそり買いに行ったのに……
「どーせそれだけで渡すのは恥ずかしいから、一緒に渡す気なんだろー?」
「ちちちちちち違う違うちがーう!
バラバラに渡すのはめんどくさいから一緒に渡すだけなんだから!」
「私達も行くんですから面倒臭くはないでしょう?」
「そ、それは……そうだけど……」
「んじゃあ、いいよなぁ?」
言いくるめられた。
3対1なんて卑怯よ。
いくら小衣がiq13000の天才美少女だとしても3対1はずるいわ。
「そろそろ時間なうー」
「お見舞い行くか」
「そうですね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよー!」
あたしを置いてそそくさと病院に向かう次子達。
そう勤務中に特別な休憩をもらって先にお見舞いに行ったあたしにはまだ職務が残っていた。
「小衣ー、がんばってねー」
「お疲れーい!」
「お先に失礼しますね」
「あんた達、手伝いなさいよーーーーーー!!!!」
叫びも空しく3人は部屋を出て行ってしまった。
~~~~~
「「「退院おめでとー!!!」」」
何だかんだとプレゼントを渡せないままシャーロックは退院。
そしてシャーロックの退院パーティーをg4とミルキィホームズで行うこととなった。
お代は全部小衣持ちで。
「皆さん、ご心配おかけしましたー!
入院生活はすっごく暇だったんですけど、皆さんが……」
「うまうまぁ!寿司うまー!」
「このピザも最高よぉ!うふうふふ」
「唐揚げ……おいしい……です」
「あんた達、小衣に感謝しながら食べなさいよねー!」
シャーロックの退院の言葉もそっちのけに食事にがっつくミルキィホームズども。
「相っ変わらずだなー、ミルキィホームズ」
「相変わらずですねぇ」
「相変わらずなうー」
「……やっぱこいつらアホだわ」
少なからず感謝の念を抱いていたことが馬鹿らしくなってきた。
「あのー、みなざんー……無視じないでくだざいー……」
長々と話していたらしいシャーロックの話は誰も聞いていなかった。
~~~~~
「もう食べられないよー……」
「あぁ~お花畑が~↓みえるぅ~↑」
「お腹いっぱい……です……」
「あんだけ頼んだのにさらに追加で注文しやがって……」
小衣のお給料、約1カ月分がミルキィホームズのアホのせいで吹き飛んだ。
「あの、ココロちゃん」
「あぁ!?ココロちゃん言うっ……」
「こ・こ・ろ!」
「いたぁっ!」
シャーロックのココロちゃんという言葉にいつも通りの反応しようとしたら次子にげんこつを食らった。
別にぶつきはなかったのに……
「悪いなシャーロック。これからは存分に、ココロちゃ~ん、って呼んでくれ」
シャーロックの声真似をする次子はちょっとキモい。
「はい!ありがとうございます!」
「ん、いい返事だ。そうだ、小衣に用があるんだろ?」
「はい。ココロちゃん、ちょっと風に当たりに行こう?」
「ん……いいけど」
シャーロックに手を繋がれる。
いつもなら振り払うけど、また次子に殴られるのは嫌だからそのままにする。
「えへへ……」
「な、何よ……」
「ココロちゃん、今日はありがとう。素敵なパーティーを開いてくれて」
「別に……あんた達に借りを作りたくないし」
「かまぼこもたっくさん用意してくれて……とっても嬉しかった!」
「あ、あれは……まぁ、何となくよ……」
調べに調べたおいしいかまぼこを何となく暇つぶしに全国から取り寄せただけなんだから。
それで余ったからしかたなく今回のパーティーの料理に出しただけ!
と心の中で見知らぬ誰かに言い訳する。
「その、シャーロック……頭のケガ、もう大丈夫なの?」
「うん!お医者様もすごい回復力だって!」
「そ……よ、良かった」
「ありがとう、ココロちゃん」
「……そのお礼言うのやめなさいよ。ケガさせたのは小衣、なんだから」
「んーん。心配してくれたんだもん。嬉しいよ」
気の抜けるようなヘラヘラ顔で笑うシャーロック。
そのまま手を繋いだまま、しばらく二人でぼんやりした。
「……そ、そ、そ、そうだっ!こ、これぇっ!」
病室で渡し忘れた日からずっと肌身離さず持っていたシャーロックへのプレゼント。
一時も忘れたことはないけど、ふと思い出したかのように渡す。
「?これなに?ココロちゃん」
「あ、あ、あ、あ、あんたのっ、た、退院……祝い……よ」
ホントはお見舞い品だったけど。
「ありがとう、ココロちゃん!開けていい!?」
「あ、あんたのなんだから……勝手にしなさいよ」
いそいそと、でも包装紙をやぶらないよう包みを綺麗に開けていくシャーロック。
剥がした包装紙を綺麗に畳みポケットに入れ、ゆっくり箱を開けた。
「わぁー……綺麗なペンダント……」
「小衣があげたんだから……大切にしなさいよね」
シャーロックは嬉しそうな顔でプレゼントを眼前に掲げ、まじまじとそれを眺めている。
「ピンク色で、とっても綺麗ですー……」
「ちょ、ちょっと着けてみなさいよ」
「へ?」
別にシャーロックが着けてるところが見たいとかじゃなくて
せっかく自分が選んでプレゼントしたものなんだから、
ちゃんと着けれるかどうかを見ることは当たり前のことよね。
「それ、ペンダントなんだから……」
「あっ、そうだね!よいしょ……ん……んー?うまく着けれませんー……」
普段アクセサリーなんて着けていそうもないシャーロックは不慣れな手つきで四苦八苦している。
「……ほら、ちょっと貸しなさいよ」
あたしも慣れてるわけじゃないけど、人に着ける分には簡単だ。
「ん……できた」
「ありがとう、ココロちゃん!どう?似合う?」
「……」
すごく似合ってる……気がする。
「……ココロちゃん?」
「あっ……iq130000の天才美少女明智小衣が選んだプレゼントなんだから似合って当然よ!」
「ホント?えへへ……大切にするね」
あたしのあげたペンダントを、
愛おしそうな表情で見ているシャーロックは少し大人びて見えてドキドキする。
「……なくしたりなんかしたら承知しないわよ」
「うん!」
~~~~~
「ココロちゃーん!」
胸にピンク色に光るペンダントを振り乱しながら跳びはね、
こちらに大きく手を振り走ってくるシャーロック。
「ちょっと、iq1300000の天才美少女明智小衣を待たせるなんて!
集合時間の5分前までには来なさいよね!」
「ごめんね、ペンダントに合う服を選んでたら遅くなっちゃって……」
「……そ、そう……なら、いいのよ……」
そんなこと言われたら嬉しくて何も言えなくなる。
「それじゃあ行こ!ココロちゃん!」
~~~~~
「あの様子なら大丈夫そうだな」
「えぇ。小衣さんもそこまで愚かではないでしょうし」
「デレなう-」
「シャロ……よかった」
「お花畑の~↓予感~↑」
「明智のやつ、また奢ってくれないかなー」
~~~~~
「えへへ、ココロちゃん」
「何、シャーロック」
「ココロちゃん、ココロちゃん!」
「なに!?」
「ココロちゃん、って呼べることが嬉しくて!」
「……あほシャーロック」
おわり
gdgdのままおわり 恥ずかしくてしにそう
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