まどか「静かな安らぎ」 (43)

そこは見たこともない、あやふやな世界でした。

何もない真っ暗な世界で、きょろきょろと周りを見渡しても何にもなくって

まるで私だけが誰もいない別の世界に迷い込んだような気になって…

「ここは…」

唖然とする私の前でコツンという物音がして、私はそれを見ます。

すると、ふとモワモワとした人形のようなものが私をじっと見つめていました。

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「あなたは…だれ?」

「………」

呼びかけても反応はありません。

モワモワとしていたものは白い塊になり、やがてハッキリとした人の形に変わります。

そして、それはゆっくりと動き出して、
コツ…コツ…と、歩く音が私に近づいてきて

私は思わず後退りました。

「だ、だれ………いやっ」

あたふたする私とは反対に、それはどんどん私に歩み寄ってきて

そして、

「いやっーーーーーー」



私に手を伸ばすのでした。


……

ジリリリリリリリ………!

「…ふわっ!?」

そのけたたましい音に、ガバッと身体を起こすとーーー

そこは、見慣れた自分の部屋でした。

枕元には、お気に入りのクマさんがあって、カッパさんのぬいぐるみがあって、大好きな花柄のクッションがあります。

ぼんやりと顔を横に向けると、
カーテンの向こうからは、眩しい光が注ぎ込んでいました。

「もう………朝?」

出窓ににじり寄って窓を開けると、心地良い風が流れてきます。

ついさっきまで変なものを見ていたような気も薄れて、私はグッと背を伸ばしました。




「おはよーパパ」

「おはよう、まどか」

キッチンで料理を作ってるパパに呼びかけて、手洗い場へと向かった先では、既にママが場所を占領して歯を磨いていました。

「おはよー」

「おっ、おはよ」

ママは、少し横にずれて隙間を開けてくれます。

私はそこに入り込み、歯ブラシとコップを取り出しました。

休み時間にはいつも3人でお喋りをして、昼休みには一緒にお食事をして、放課後は一緒にお店に行ったり、そこでお買い物をしたりーーーーー

アメリカでも同じような生活を送っていたけれど、何となく日本は落ち着くというか、さやかちゃんや杏子ちゃんがとても身近に思えるというか、


私は今の生活がとても幸せに感じるのでした。

「おっはよー!」

見慣れた2人の後ろ姿に駆け寄ると、

「おっせーぞ、まどか」

「昨夜もお疲れ!」

腕を腰に回して呼びかける杏子ちゃんに、Vサインを見せて笑うさやかちゃんが出迎えてくれました。

こうして3人で集まった時の感覚が心地よくて、私はつい微笑んでしまいます。

杏子ちゃんは鞄を肩にかけて、さやかちゃんは手に鞄を持って、私は2人に着いて行って

歩きながらふと、杏子ちゃんが言いました。

「いや〜昨日は大変だったよ。もう終わらないかと思っちまった」

「あっはは、昨日は大量にあったからね」

「昨日は夜までごめんね、マミさんにも迷惑をかけてしまって」

杏子ちゃんは、「気にすんな」と首を振ります。

昨日の夜何をしていたかというと、マミさんの住むマンションで皆でお勉強会をしていたのです。

よく3人で学校で一緒に宿題をしたりするのだけれど、昨日はなかなか終わらなくて杏子ちゃんが居候させてもらっているというマミさんの所で、所々マミさんに教えて貰いながら宿題を済ませたのでした。

「もう…朝から疲れた」

教室で椅子に座って三人で話している時、さやかちゃんは椅子にもたれ掛かってだらーんと天井を見上げていました。

走り疲れたのか気の抜けた声で、

「昨日あんまり寝てないんだよね、家に帰り着いた時はもう夜遅かったからさ。あんたは自宅だったから大丈夫だったんだろうけど」

「もう、あたしが悪かったって」

杏子ちゃんは笑いながらも、少しだけ心配そうに謝ります。

さやかちゃんはタオルを顔にかけると、無言のまま何も言わなくて

杏子ちゃんは困ったような顔をした後、ふと私を見て言いました。

「まどか。そういえば、一限目は何だったっけ」

「えっ、確か体育だったと思うけど…」

「へぇ〜、あんたが真面目に授業の話なんてねぇ」

「お、おいさやか。まだ言うのか」

杏子ちゃんが戸惑ったように立ち上がると、さやかちゃんは可笑しそうに笑います。

相変わらず二人は言い合ってばかりいるけれど、それは本当に友達のようでーーー



そんな時、ふと明るい声が私達三人に呼びかけられました。

「皆さん、おはようございます」

「あ、仁美ちゃん」

振り向いた先には仁美ちゃんと上条くんが立っていて、私が挨拶するとさやかちゃんもタオルをとって仁美ちゃんを見ます。

「あっおはよう仁美」

仁美ちゃんはさやかちゃんに軽く会釈して、上条くんも「おはよう」と言って、

微笑ましそうに仁美ちゃんは言いました。

「ふふっ。今日は友人の方とじゃれあいっこですか?」

「えっ…あ、うん。私は不思議ちゃんだからさ」

「なぁさやか。前から思ってたんだけど、不思議ちゃんって何なのさ」

「もう、何でもいいでしょ。不思議ちゃんは不思議ちゃんさ」

「ふふっ、楽しそうで何よりですわ」

さやかちゃんは少し照れくさそうに笑うと、仁美ちゃんを見て言います。

「仁美も恭介と上手くいってるみたいじゃん。いいよねー、朝から一緒に登校って…まだ恭介のこと名字で呼んでるの?」

「え、えぇ。上条くんのことは、もう少しお近付きになってから名前でお呼びしたいのですわ」

「へぇ〜」

さやかちゃんは再び椅子にもたれかかると、背伸びをして言います。

「いいなぁ〜私も恋愛の一つや二つはしてみたいよー」

「ふんっ、さやかには好きな奴がいるじゃないか」

「わーーっ!」

さやかちゃんはびっくりしたように立ち上がって杏子ちゃんを止めます。

上条くんは全く気が付いていないみたいだけれど、さやかちゃんの様子を見ていると、さやかちゃんはとっても分かりやすいなぁと思います。

日本に帰国してさやかちゃんと仲良くなったある日の昼休みに、一緒に喋っている時、ふとさやかちゃんが言ったのでした。

「まどかはさぁ、好きな人とかいんの?」

「えっ…えぇと。私はまだ学校に慣れるので精一杯というか」

「あっはは、そうだったね。まどかはまだ転校して来たばっかりだもんね、うっかりしてたわ」

「…あの、さやかちゃんは好きな人とかいるの?」

「えっ、わたし? う〜ん……。私はさぁ、今はあんまりそんな気分じゃないというか」

「えっ、何か悩み事でも」

「いや、別に失恋とかそんなんじゃないんだけど。…う〜ん何だろうね、今はまどかや杏…あいつと一緒に居たいっていうかさぁ。こうして過ごしてるのが楽しいんだっ」

「へぇ〜」

さやかちゃんの話す姿は何となく楽しそうで、本当に悩み事なんか無さそうで嘘を吐いているようには見えなかったけど、

さやかちゃんの上条くんに対する気持ちもまた、嘘を吐いているようには見えませんでした。

そんな時、ふとさやかちゃんが私に呼びかけました。

「ねぇ。まどかはさぁ、好きな人とかいんの?」

「えっ?」

はっと顔を上げると、皆が私を見ていて返事を待っているようでした。

杏子ちゃんはニカニカと笑っていて、仁美ちゃんや上条くんも私を見ていてーーー

私は急に顔が熱くなるのを感じます。

「えっ…えぇと」

いないよ、と言おうとして黙り込み、私は何と言えばいいのか分からなくなりました。

振り返ってみれば、私は今までこういうこととは無縁の生活を送っていて

女の子なのにそういうことに無頓着だったのが少し情けなくて

「私は…なんというか。あまりそういうことには関わりが無くて…学校に慣れるので精一杯だったというか」

そう言うと、さやかちゃんが「えぇ〜」と声を上げました。

「まどか前もそれ言ってたじゃん。なになに〜本当はいるんじゃないの、私にも隠すっていうの、ほれほれ〜」

さやかちゃんは私の頬をつねりながらニカニカと笑います。

「ちょっと、さやかちゃん…」

さやかちゃんの腕を退かそうともがきながら考えたけれど、

私もさやかちゃんが言ったように、皆と一緒にいるだけで楽しくてそれでもう十分というかーーー


…本当は、少しだけ恋愛をしてみたい気持ちはあるけど

帰国してから友達もできて、皆で笑っているだけで嬉しくて



そんな日々がいつまでも続いて欲しいと思うのでした。

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