カイパーベルト――太陽系の海王星より外側に位置する無数の氷で出来た小天体の帯。
そのカイパーベルトの中で、二つの艦隊が冥王星へと向かっていた。
一つは地球連合軍の、もう一つはグランゼーラ革命軍の艦隊だ。
悪魔の兵器を巡り対立する二つの勢力の艦隊だが、目的は奇しくも同じであった。
――冥王星の基地グリトニルを占拠した太陽系解放同盟を倒すことだ。
これは、後に「第三次グリトニル戦役」あるいは「苦いチョコレート作戦」と呼ばれる
冥王星の基地での戦いの前日譚である。
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【革命軍の艦隊にて】
宇宙には季節が無い。
今が夏なのか、冬なのかは暦の上でしか知り得ない。
星の動きでも知ることが出来ると言うが、それでも桜が散ったり、白い雪が舞うなんて事が起こらない宇宙では、
季節感など感じることができないのだ。
私は外を流れる流星群を見ながら、紅茶を飲む。
ジャムの入った紅茶はほんのり甘酸っぱく、先の作戦で緊張した気持ちを和らげてくれる。
革命軍提督「やはり、紅茶は砂糖かジャムを入れたほうが美味しいな。
ブランデーを入れるなんて考えられん。」
私は昔を思い出しつつ、つぶやいた。
かつて士官学校時代、同期として一緒に入学した生徒がブランデー入の紅茶というものを飲んでいた事があった。
彼女はある小説の登場人物の真似をしていたと語っていたが、正直、苦さが増すだけな気がしてならない。
革命軍提督(彼女は、地球連合軍で頑張っているのだろうか。)
私は地球連合軍から逃げ出したいわゆる脱走兵であったが、
地球連合軍から逃げている最中にグランゼーラ革命軍のエマ・クロフォード中尉と出会い、
更に火星にて革命軍の司令官ハルバーから直々に革命軍特別艦隊の指揮権を受託した。
その後、私は革命軍の提督として地球軍に占領された要塞ゲイルロズを解放し、
革命軍から分裂した太陽系解放同盟を討つ為に、冥王星の基地グリトニルを目指している。
革命軍提督「地球軍、革命軍だけでなく解放同盟という勢力まで出てくるとはな。」
解放同盟という新勢力について考えようとした直後、ドアからノックする音が聞こえた。
革命軍提督(……うむっ、緊急連絡かな。)
革命軍提督「入っていいぞ。」
私はそう告げると、「失礼します」という声とともにアイリ・ヒューゲル少尉が入ってきた。
ヒューゲル少尉は幼い見た目だが、高名な戦術家の子孫であり、彼女も幼い頃から兵法を学んできたという。
私が地球連合軍に所属していた頃から信頼している部下の一人だ。
ヒューゲル少尉「提督、進軍の状況を伝えに来ました。」
革命軍提督「そうか……。それで、あとどのくらいでグリトニルに付くのだ?」
ヒューゲル少尉「はい、このままのスピードで進軍を続ければ、
明日、2月14日の午前9時には冥王星に着きます。
その後順調に進めば、午後7時にグリトニルのレーダー範囲に入るとの予測です。」
革命軍提督「なるほど……。そのままのスピードで進軍し、冥王星に近づいたら偵察機部隊を展開しよう。
各部隊には準備を怠るなと伝えておいてくれ。」
ヒューゲル少尉「かしこまりました。……ところで提督。明日は2月14日ですね。」
ヒューゲル少尉はニヤニヤしながら言った。
ヒューゲル少尉「去年は忙しくて渡すことが出来ませんでしたが、
今年こそは準備出来そうなので、楽しみにしててください!」
そう言って、ヒューゲル少尉は部屋を出ていった。
革命軍提督(2月14日……いったい何の日だろうか。)
【地球軍の艦隊にて】
地球軍提督「ふふふ……紅茶だ!紅茶が飲める!」
そう叫び、狂喜乱舞し、私は鼻歌交じりに紅茶を淹れた。
そう、ブランデー入りの紅茶だ。
私の好きな物語の登場人物がこよなく愛するあのブランデー入りの紅茶。
幼い頃からの愛読書であるあの本は、今でも執務室の端末のプライベートフォルダにひっそりと入ってる。
私はあの物語に出てくる登場人物に憧れて士官学校に入り、軍人となった。
そして今、私は彼と同じように艦隊を指揮する立場となった。
地球軍提督「久々の紅茶だ!ウートガルザ・ロキの司令室に置いてあった紅茶だ!」
革命軍から要塞ゲイルロズを奪還した後、私はうっかり紅茶を補給しておくのを忘れてしまっていた。
そのために、木星のバイド殲滅作戦の最中に紅茶を切らしてしまい、今の今まで水だけしか飲むことが出来なかったのだ。
しかし、幸運にも先の戦闘で占拠したソーラー兵器ウートガルザ・ロキの司令室には紅茶が大量に備蓄されていたため、
全てを旗艦であるヘイムダル級戦艦のこの私の執務室の中に持って来てしまったのだ。
出来上がった紅茶の香りを味わい、そして一気に飲み干す。
先の戦闘で緊張した喉を潤すその紅茶は、私を幸せにしてくれた。
地球軍提督(はぁー最高だー。私は幸せだー。)
椅子に腰掛け、肩を楽にしてだらける。
そういった気の緩みからか、執務室に入ってきた人物に全く気が付かなかった。
アッテルベリ中尉「提督、リラックスしているところ悪いのですが、
緊急の連絡を持ってきました。」
突然聞こえたディートリヒ・アッテルベリ中尉の声に驚愕し、私は我に帰った。
アッテルベリ中尉は14歳という若さでジュピターアカデミーを卒業し、軍の大学も主席で卒業した優秀な人物だ。
ただ、彼はカッコイイのだが冷徹で口数が少なく、無愛想、残念なイケメンという第一印象を持つものも少なく無いだろう。
現に私も彼が配属された時は上手くやっていけるかと心配だった。
しかし、最近は艦内の空気に慣れたのか、口数が徐々に増えたようにも思える。
地球軍提督「……見てしまったね。私の至福のひと時を。」
アッテルベリ中尉「何度もノックをしたんですが、なかなか入室を許可してくれなかったので
提督の身に何か遭ったんじゃと思いまして強行突入したのですが……」
地球軍提督「……まあいい。ところで、緊急連絡とは何だい?」
アッテルベリ中尉は自身の持つ端末を取り出し、私の机へと置いた。
端末の画面にはグランゼーラ革命軍の艦隊と思しきものが映し出されている。
地球軍提督「ふむ、革命軍の艦隊のようだが……」
アッテルベリ中尉「この艦隊は、どうやら冥王星へと向かっているようです。」
冥王星……そこは現在、太陽系解放同盟の勢力圏内である。
数日前にグランゼーラ革命軍から分裂した新勢力であり、地球連合軍の弾圧から人々を開放することを目的としているらしい。
地球軍提督「となると、この艦隊は太陽系解放同盟を討伐するために冥王星へと向かっているのだろうか。」
アッテルベリ中尉「もしくは、太陽系解放同盟と合流するために向かっているのかもしれません。」
地球軍提督「……どちらにせよ、今はあの艦隊と遭遇するのは避けたほうが良さそうだ。」
我々の目的は太陽系解放同盟が占拠した冥王星の基地グリトニルを解放することだ。
グリトニルでの戦いで我々は大量の兵力を必要とするだろう。
少しでも兵力を温存するためにも、今は彼らと戦うのは得策では無い。
地球軍提督「あの艦隊の索敵範囲に気をつけて進軍するよう各艦に伝えてくれ。」
アッテルベリ中尉「わかりました。」
そう言って、アッテルベリ中尉は部屋を出ていった。
地球軍提督(やっと一人の時間になれる!)
そう思い紅茶に手を伸ばす。するとカップの横に置いてあるカレンダーが目に入った。
カレンダーには14日の位置にハートのマークが付けられている。
地球軍提督「そういえば、明日はバレンタインデーか。
お世話になってる部下たちにチョコレートをプレゼントするか。」
私は部屋の中で山積みになっている段ボールの中を漁る。
ウートガルザ・ロキで手に入れた物資は紅茶だけではないのだ。
地球軍提督(溶かして形を作るだけだが、まあ皆喜んでくれるだろう。)
明日が楽しみだ!
とりあえず今日はここまで
すみません遅くなりました(dat落ちギリギリ?
とりあえず1エピソードだけ投下します。
短いですがごめんなさい。
【革命軍:穏やかな厨房】
ここはグランゼーラ革命軍特別艦隊所属アングルボダ級宇宙空母内のとある厨房。
この場所に、私とクロフォード中尉が居ます。
そう、これから明日の為にチョコレートを作るのです。
ヒューゲル少尉「それにしても、中尉が料理苦手なんて意外ですね。」
クロフォード中尉「そう?人には欠点が必ずあるものよ。」
私は、クロフォード中尉が何でもできるスーパーウーマンだと思っていました。
初めて出会った地球の山岳地帯では怪しい女性だと思って距離を置いていましたが
火星の都市グラン・ゼーラで革命軍司令官ハルバーの死に立ち会った彼女の涙をこらえる姿と、
その後の副官としての活躍ぶりを見て、いつの間にか私の憧れの人となっていました。
冷静で、かっこ良くて、大人な彼女に料理(といってもチョコレートを溶かすだけですが)を教えるなんて、
私はなんて幸運なんだろう!
ヒューゲル少尉「では、さっそく作りましょうか。
まずはチョコレートを溶けやすいように……」
クロフォード中尉「ところで少尉。こんなにも大量のチョコレートをいったい何処から手に入れたの?
チョコレートの配給は月1回のはずですが……」
チョコレートは宇宙空間、特に宇宙艦隊の軍人にとっては嗜好品とされています。
そもそも必要な栄養素は食堂の食事や戦闘食で補えるのです。
だから、チョコレートなどの嗜好品は月1回の配給制となっています。
また、宇宙戦艦のように長時間の航海を行う船舶には農園区画が存在しますが、
チョコレートの原料となるカカオはどの軍艦でも栽培されていないのが現状です。
栽培が難しいのでしょうか?
ヒューゲル少尉「……えーっと、貰ったんです。
艦内のいろんな人から配給日になると貰っちゃうんです。
チョコレートだけでなく、アメとか、クッキーとか……」
私は正直に答えました。
そう、なぜか配給日になると色んな人から嗜好品を貰ってしまうのです。
私一人では食べきれない、しかし貰ったものを捨てるのは勿体無いので、
明日、お世話になった人たちに振る舞うことに決めたのです。
クロフォード中尉「はぁ……若いっていいわね。」
ヒューゲル少尉「えっ?中尉も若いじゃないですか。」
クロフォード中尉「……自覚してないのかしら?」
中尉はため息混じりにそう言いました。
私には中尉の言っていることが理解できません。
もしかして、何か傷つくようなことを言ってしまったのでしょうか。
クロフォード中尉「それはさておき、少尉、
そろそろ作らないと厨房の使用時間が過ぎますよ。」
はっと、私は時計を見ました。
時刻は午後9時20分。
私達が料理長に頼んで借りた厨房の使用時間は翌日の午前1時まで。
午前1時からは清掃員が入るそうです。
それほど時間はかからないとは思いますが、万が一の為に余裕は持っておきましょう。
ヒューゲル少尉「そうですね、さっそう作業にとりかかりましょう。
まずチョコレートが溶けやすいように……」
こうして、私達の戦いが始まりました。
まさかこの後、とんでもない事が起こるとは、この時の私はまだ知りませんでした……
ほんっと短くてごめんなさい。
一ヶ月も待たした挙句これだけの量しか投下できないなんて自分でも悲しいです。
次回は日曜か月曜の夜にでも投下する目標で居ます。
では、次回【地球軍:灼熱の鉄鍋(仮)】をお楽しみください。
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