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その日、コンビニのレジで煙草を買うと店先のガードレールに腰掛け
「また受験失敗か」
そう呟いて、煙草に火をつけた。
煙を肺に入れた途端、頭がクラクラしたが
それは何も久しぶりに吸った煙草のせいだけじゃなかった。
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『実家に帰っておいで』
先日、母親に言われた言葉が今でも頭の中で鳴り響いていた。
医大生になりたくて、浪人3年目を迎えたその日、私は考えた。
私の人生はいったい何なのだろうか。
毎日のように記号を暗記し一日中勉強漬けで
友人はおろか恋人すらいなく
それどころか自分のことさえろくに、見れていない。
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駅のホームで自分の生き方について考え込んでいた。
自分は何のために生きているのか
何のために苦しんでいるのか
それが何なのかわからない。
それが何なのか考える時間さえない。
いっそのことすべてを終わりにしたい。
『快列車が通過します』
『白線の内側までお下がりください──』
このラインを一歩踏み出せば
死ぬ……。
生と死の境界線なんて、あいまいだ。
私は白線に一歩足を踏み入れ、レールを見下ろした。
列車が迫ってくると象のような鳴き声のクラクションが鳴り響いた。
ぶんなぐるような風が、私の前髪を持ち上げた。
その後に、私を置き去りにしていくようにして列車は通過していった。
結局のところ、死ぬ勇気すらなかった。
「大切なことって、なんだっけ」
その呟きは、列車の窓ガラスに反射して返ってきた。
地元の田舎町まで、夜行列車で12時間ほど。
荷物は事前に向こうに送り届けたから、私は手荷物一つでシートにもたれた。
列車が動き出すと、流れる都会の景色に目をやった。
この東京に引っ越してきたのは中学のときだった。
ふと、少年時代のことを思い出しながら、私は眠りに入った。
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小学6年生の夏休みだった。
あのころはすべてが冒険で、すべてが楽しかった。
畑や田んぼ、野山を駆け回って、男女気兼ねなく遊んでいた。
見上げた空に浮かぶ太陽は、時が止まっているみたいに動かなかった。
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秘密基地を作ることになって、なるべく見つからない場所を探し回った。
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それから行くのがちょっと危険な竹林に、みんなで秘密基地を作った。
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最初はダンボールを敷いただけの物足りない感じだったが
みんなはどこから探してくるのか、毛布とか木の椅子とかいろんなものを持ち込んできた。
ヒモを木にくくりつけてビニールシートの屋根を張って、それなりに快適な基地が完成した。
レースのカーテンを拾ってきて、窓っぽいとこにつけたときは全員大喜びだった。
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思い出はなぜだか夕焼けに染まっている。
夕方まで秘密基地で遊び、ヒグラシの鳴き声がきこえてきて、それがお別れの合図だった。
どろどろになって家に帰ると、母親に「靴下脱いであがってよ」って怒られた。
夕飯を食べ終えて、父親のビールと野球中継をぼんやりと眺めながら
明日はなにをして遊ぼうかとワクワクしながら
遊び疲れの眠気に襲われて、気が付くと布団の上で眠っていた。
俺たちのグループは男女ごちゃまぜで、その中には好きな女の子がいた。
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その日、緑化委員会の仕事で花壇に水遣りをやる仕事があった。
仕方なくわざわざ学校まで歩いていった。
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本来なら夏休みにわざわざ学校に行くのも面倒くさがる人も多いので
サボる生徒も多かったが、俺はその日、喜々として水遣り当番の仕事に行った。
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その日の水遣り担当は、好きな女の子と二人きりだったからだ。
ホースで水遣りをしながら、お互い顔を見合わせた。
照れくさくてろくに会話ができないまま仕事が終わってしまったけど
彼女は帰り際に「ばいばい」と優しく微笑んで手を振った。
そうして夕陽を背景に去っていく彼女の後姿を、いまでも憶えている。
列車の振動で頭を打って目を覚ました。
いつのまにか眠っていたらしい。
私はコーヒーを注文すると、再び流れる夜の景色を眺めた。
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小学6年生のころの自分。
あのときのの自分は、確かに生きていたというのに
いつのまにかなんとなく一日や過ぎるように感じられた。
当時の自分は、大人になるという意味がよくわからなかった。
それに気付いたのは、私が中学生にあがってからのことだった。
時の流れが速く感るようになるほど、純粋な感動が薄れていくのを知って
少し心のどこかが寂しくなったのを憶えている。
夏休み最後の日のことだった。
俺は、みんなに伝えなきゃいけないことがあった。
「勉強が忙しくなるから、もうみんなと遊べない」
すごく悲しかった。
しんみりとした空気が自分たちを取り巻いて流れた。
中学受験で東京に引っ越すことになった。
当時自分は、その意味がわからなくて、妙な理不尽さを感じた。
その夜、布団の中で、俺はひっそりと泣いた。
そして受験に合格して、俺は私立の中学校に行くことになった。
引っ越した先の東京は
秘密基地も作る隙間もないくらい高層ビルやマンションが並んでいた。
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14歳の自分はひたすら勉強する生活を送っていた。
学年があがるごとに、時間の流れが速く感じるようになった。
来年になればいつもの夏がやってくると思い込んでいたけど、あの夏とは別れたまま。
同じ季節は巡るのに、なぜか季節の色だけが変わってしまった感じがした。
あの頃から、急に夏の色が変わってしまったのが、わかった。
それから流れるようにして、偏差値の高い高校に入学した。
高校にあがってからもひたすら勉強漬けだった。
友達も作らず、夏休みに出かけることもなく、常に上の成績を目指して頑張った。
うちの家系はみんな高学歴だった。
だから、そういったプレッシャーもあった。
必ず良い大学に入らなきゃいけないという意識が、まるでみえない鎖が体中を縛り付けているような重さを感じた。
ふと、小学生のころに戻りたいと思う自分がいることに気付いた。
初めての大学受験。
あれだけ勉強したのに、なぜか自分の番号だけがなかった。
私はその場に膝をついてふさぎこんだ。
頭の中が真っ白で埋め尽くされた。
途端に、目の前の道が消えてしまったような感覚で、
これからどうすればいいのかもわからず、ただ不安に胸が押し潰されそうになった。
目の前に広がる景色はずっと闇の中だった。
けれど、私はその真っ暗な空間を、ひたすら走り続けた。
あの時の自分にはその選択肢しかなかった。
月日が流れ
3回目の落第で私はほとんど自信を失っていた。
気が付けば、もう21歳になっていた。
桜の木、道路標識、ガードレール、並木道。
目に映るものがすべてが、色褪せてみえた。
列車の窓から見える景色を、ぼんやりと眺めていた。
夜が明けるごとに、畑や田んぼが多くなり
いつの間にか田舎町に移り変わっていく様子を眺め続けた。
流れる景色の中に、ある竹林が一瞬だけ見えた。
そう、あの場所だ。
あの場所で、まだ私が少年だったころ──
あれ以来、虫除けスプレーの匂いを嗅ぐたびに、小6の夏を思い出すようになった。
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あのころは蝉の声が朝からきこえると、それだけでわくわくした。
朝のラジオ体操終わったら、ご飯を食べてからまた同じグループで集まった。
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毎日のように竹林に入って、みんなで秘密基地で遊んだ。
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飽きもせずにアイスを食べたり、市民プールで大騒ぎをした。
学区外に行くのは大冒険だった。
抜け道や細い道を探しては、無意味に探険したり駆け回ったりした。
夕立が振った日に、わざと雨に打たれたりした。
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近くの小川でザリガニ釣りをした。
セミの抜け殻集めたりもした。
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そんなに得意でもないサッカーに明け暮れた。
缶蹴りをするたびに、違う友達とTシャツを取り替えて鬼を攪乱させたりした。
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秘密基地からロケット花火を飛ばしたりした。
綺麗な石をあつめて詰め込んだクッキーの缶は宝石箱になった。
「ん……」
駅員に起こされて目を覚ます。
地元の終点駅についたらしい。
無人駅の改札を出ると、朝日が差し込んだ。
眩暈がして思わず目の間を指でつまんだ。
徹夜明けで勉強して、気晴らしに散歩に出ようと外に出た日のことをふと思い出した。
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十年前と変わらない田舎町の風景。
飽きるほどに通った公園なのに、いつまでも飽きなかったのはどうしてだろう。
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あのころの私は人一倍夢見がちで
大人になれあ何でもできると思っていた馬鹿なやつだった。
私は、このまま実家のある方へ向かおうとしたが
列車の景色から見えた竹林のことを思い出して、少し寄り道することにしてみた。
小学6年生のある日のこと。
俺のお別れ会をクラスでやることになった。
印刷機でプリントされたメッセージカードに
クラスのみんなのお別れの言葉が書いてあったけど、今じゃその内容は良く憶えていない。
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急な上り坂をひたすら進んでいった。
私は靴で木の枝を踏み潰しながら、ひたすら歩いた。
林の中はおそろしく静かで、人の気配はおろか、鳥の鳴き声さえしなかった。
あれから10年が経った今。
まだ、あの秘密基地は残っているんだろうか──。
転校する前の日のことだった。
帰り道、後ろから追いかけてきたのは、俺の好きな女の子だった。
彼女は息を切らして、
「もう帰っちゃったかと思って、走ってきちゃった」
そう微笑んで言った。
「これ、あげる」
ビニールの包みをあけてみると、中にはミサンガが入っていた。
「昨日、編んだの。へたくそでごめんね」
俺はそのとき、なにを言えばいいのかわからなかった。
ただひたすら考え込んだあげく「ありがとう」という言葉しか出てこなかった。
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「……遠くにいっても、忘れないでね」
その日、大きな夕日を二人で見た。
まだ黄金色に光る夕日があまりにも美しくて、ついその場で立ち尽くしていた。
10年前と変わらない風景を、私は突き進んでいく。
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もうすぐ、あの場所にたどり着く。
もう10年も経っているのだから、壊されていてもおかしくはないだろうと思った。
それでも自分を突き動かすのはいったい何だろう。
いろんな思いをめぐらせながら、私は崖の向こうへ進んでいった。
──「ねえ、そうだ。ちょっと寄り道していこうよ」
ミサンガをもらったその日、俺は彼女に手を引かれながら竹林に向かった。
ランドセルを揺らしながら竹林を抜け
少し高い崖をよじ登る。
そこにいたのは、いつものグループのみんなだった。
全員そろっていたことに、びっくりした。
自分がここに来るのをずっと待っていたらしい。
リーダー格のひとりが、前に出てきて言った。
「この秘密基地、おまえにやるよ」
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私は、崖をよじ登って、奥へ進んでいく。
途中段差につまづいて転びそうになった。
息を切らして、泥だらけになりながら前に進んだ。
そして、私は足を止めた。
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この場所だ。
そこには、10年前と変わらずビニールシートで被われた秘密基地が
きらきらとちらつく木漏れ日を浴びながら佇んでいた。
カーテンの出入り口につけられた板には、全員の名前が彫刻刀で彫られていた。
そして、一番大きく彫られているのは、私の名前だった。
──『けんちゃんのきち』
レースのカーテンには、マジックペンで全員から私への色あせたメッセージが書き残されていた。
「ぜったいに また かえってこいよ」
秘密基地をもらったあの日、みんなの前で泣いてしまった。
背中を軽く叩かれながら、みんなに励まされた。
ミサンガをもらったあの日、「ばいばい」と手を振って彼女とお別れをした。
最後まで、好きだって言えなかった。
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ふと、胸の奥に熱いものを感じた。
その場に膝をついて、顔を両手でおさえて
目からあふれ出る涙は止まらなくて。
「……帰ってきたよ」
綺麗な石を詰め込んだクッキーの缶の中には、今もあの夏の空気が入っている。
<了>
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