教室…
夕暮れ…
女「そうだね…じゃあ私、もう行くね…バイバイ…」ウルウル…
…タッタッタッタッ…
男「これで…よかったんだよな…」
男「なぁ…お前もそう思うだろ…」
モブ「さぁな…。けどさ、お前は今アイツを追い掛けなくて、後悔しないのか?」
男「それは…」
モブ「今ならまだ間に合うぞ…きっと」
男「…仮に追い掛けて行ったとして、俺はアイツの前で…どんな顔してやりゃいいんだ…」ワナワナ…
モブ「バカかお前は?泣きたければ泣け…笑たきゃ笑ってみせろ。アイツはただお前に傍にいて欲しいだけなんだ…」
モブ「俺でも、他の誰でもない…お前さんにな!」
男「…!…モブ…」ハッ…
モブ「…ほら、さっさと行ってこい!」シッシッ!
男「…あぁ!」ダダダッ!
モブ「行ったか…」
モブ「これでアイツら多分うまくいくだろうな…」
モブ「これでこの物語は終わりか…」
モブ「次の物語はどんな場所が舞台になるんだろうな…」
モブ「さて、俺も次に行きますか…」
…スタスタスタ…ガラ…
モブ「俺は…いつになったら主人公になれるんだろな…」
誰もいなくなった教室を出て、
夕焼け色に染まった校舎をあとにし、
俺は一人家路を急いだ。
家に着き、玄関のドアを開ける。
モブ母「おかえり」
モブ「ただいま、母さん」
今まさに俺を出迎えてくれたこの人が俺の母親だ。
ガキの頃から女手ひとりで俺を育ててくれた優しい人…という設定。
“今回の物語の中”での俺の母親である。
モブ母「あら?今日は疲れた顔してるわね?」
モブ「そ、そんなことないよ…」ハハ…
…恐らくは、明日には消えてしまうであろう存在だ。
自宅…
夜…
モブ母「おやすみなさい」
モブ「あぁ…おやすみ」
リビングで就寝の挨拶を交し、寝室へと向かう自分の母…ということになっている人の背に向かって…俺は…
モブ「母さん…さ…」
『…さようなら…ありがとうございました…』…そう言おうとしたのだが、
モブ母「なぁに?」クルリ…
モブ「…いや、いつもありがとね…おやすみ」
モブ母「ふふ…変なの…おやすみ…」ガチャ…パタン…
突然振り返った母と目が合った気恥ずかしさからか…
それとも、せめても最期の最期に心配をかけたくないというつまらない意地からか…
この物語での最後の会話はそんな他愛のないものになってしまった。
…その夜、夢を見た。
*「へぇ…君、モブくんって言うんだぁ…どこに住んでるの?」
モブ「住んでるところは…ちょくちょく変わるんだ」
*「それって親が転勤族ってことか?」
モブ「そ、そう!そうなんだよ!振り回されて困るんだけどね…」ハハ…
*「なんか大変そうね…年はいくつなのかしら?」
モブ「年は…毎回微妙に変わるっていうか…なんていうか…」アセアセ…
*「毎回…?それってどういう意味…?」キョトン…
モブ「ど、どういう意味って言われても…」
…わからない…
*「なぁ…なんでなんだよ?」
…わからない…わからない…
*「モブ…くん?」ジー
…わからない!わからない!わからない!…
モブ「そんなの俺にも分かんないよ!」ガバッ!
先生「ど…どうしたの?いきなり?」ビクッ!
モブ「あ…その…えーと…」キョロキョロ…
自分の盛大な寝言で目が覚めるとそこはイキナリ教室だった…
次の世界…
教室…
朝…
???「えらいアグレッシブな寝言ですなぁ、モブさんや…」ニヤニヤ…
急な環境の変化に戸惑っていると、ふいに背後から話しかけられた。
『誰?君…』…と、当然の疑問が一瞬頭をよぎったが…
モブ「うるせーな、幼…お前こそさっきまで寝てただろ…ヨダレ出てるぞヨダレ…」
俺は自然とその人物の名を口にしていた。…それと同時にこの世界での自分の設定を理解する。
どうやら今回は前回に引き続き高校生ということらしい。
幼馴染「え!?…ホントに!?…(ゴシゴシ…)…ねぇ、もうとれた?」アセアセ…
モブ「あ…今度は寝グセが…」
幼馴染「うそー!?」クシクシ…
…アハハハ…ワイワイ…ガヤガヤ…
男子生徒「お前らってホント仲良いよな」ハハハ…
女子生徒「そうだよねー」フフ…
モブ゙・幼「「どこがだ!!」」
男子生徒「そういうとこがだよ」
…ワハハハ…ワイワイ…ガヤガヤ…
俺達のやりとりで再び教室内が騒がしくなる。
皆の注目が集まっている…
そしてなんといってもこの幼馴染みという存在…
今回は…もしかすると…
先生「はいそこまで!みんな静かにしなさ~い!ホームルーム始めるわよ」
だが…俺の淡い期待は直ぐに打ち砕かれる事となる…
先生「今日はこのクラスに転校生が来ま~す!」
男「…ッ!」
幼馴染「こんな時期に転校生なんて珍しいね~!イケメンだったらいいなぁ~」ワクワク…
…ガラッ…
転校生「今日から皆さんと同じクラスになる男と言います…よろしくお願いします」ニコ…
幼馴染「おぉ~!なかなかのイケメン…」キラキラ…
…ワイワイ…ガヤガヤ…
あぁ…そういうパターンね…
もう数えきれないくらい脇役をやってきたから分かるんだよな。
物語の主人公が持つ独特のオーラというか存在感のようなものというか…。
…とにかく、今回の物語の主人公はどうやらこの転校生らしい。
またしても選ばれなかった事実に落胆しつつも、
うつむいていては余計に気が滅入ってしまうと思い顔を上げる。
すると、転校生と目が合った。
モブ「…」ジー
転校生「…?」
すっと鼻筋の通った凛々しい顔に、艶のある明るい栗色の髪。
その髪型はありきたりだが、今時にしては逆に珍しい、いわゆる坊っちゃん刈りのような感じだ。
そして左耳には控え目ながらも凝った意匠が印象的な小さな銀のカフスがひとつ…
先生「じゃあ自己紹介も済んだことだし、授業始めるわよ」
先生「男くんの席は一番後ろの窓際に用意しておいたからそこに座ってね」
男「はい。わかりました」スタスタ…
転校生は担任に言われた通りに席に着いた。
最後列にして窓際。陽当たり良好かつ静かで風通しの良いその場所は誰もが羨む特等席だ。
ちなみにその特等席の右隣は俺の席だったりする。
転校生「…」アセアセ…
授業開始数分にしてお隣の転校生の挙動が少々怪しくなってきた。
…察するに教科書を忘れたらしい。
モブ「なぁ…良かったら俺の教科書見る?」
転校生「…!…いいの?…ありがとう」ニコ…
うんうん…爽やかでいい笑顔だなぁ。これが女の子だったら良かったのになぁ。
…などとバカな事を考えている内に転校生はいそいそと机をくっつけて来た。
休み時間…
まだ必死にノートをとっている転校生を尻目に、席を立って教室から出ようとした時だった。
転校生「さっきは教科書見せてくれてありがとう…えっと…」
モブ「あぁ…そういやまだ言ってなかったよな。俺はモブ。よろしくな」
転校生「うん!こちらこそよろしく!…ボクは…」
モブ「男くんだろ?ホームルームん時に聞いたよ」
男「う、うん…」
彼はまだ何かを俺に言おうとしていたようだが、
瞬く間にクラスの連中(主に女子)に取り囲まれて質問責めに合い、身動きが出来なくなった。
モブ(やっぱりな…)
早く席をたって正解だった。もう少し遅れていたら俺も巻き込まれるところだ。
背後から何やら助けを求める視線を感じたような気がしたが俺は足早に教室を出た。
…脇役に馴れすぎたからだろうか…
…俺は皆でワイワイやるよりも、それを遠くから眺める事の方が好きなのだ…
…昔は…そうじゃなかった気するんだけどな…
廊下…
モブ(昔は…か…)
トイレで用を足し、教室へ戻る途中、俺はあれこれと考え事をしていた。
何度も何度も色んな物語で脇役を繰り返し演じさせられる中でどうしても気になったことがあった。
だから俺は俺と同じく脇役を演じさせられているであろう登場人物達に幾度か尋ねてみた事がある。
『なぁ…お前も、何回も繰り返しているのか?』…と。
その問いに対して返ってくる答えは大体こうだ…
『え?何のこと?』
『お前…頭大丈夫か?』
『ねぇ…疲れてるんじゃないの?』
面食らったような顔をされるか、正気を疑われるか、体調を気遣われるかの3パターン。
モブ(何で俺だけ…何回も何回も色んな物語で脇役を演じさせられてる事…自覚してるんだろな…)
…その事を自覚してしまった時から何度考えてもわからない…
…俺がおかしいのか…それとも周りのみんながおかしいのか…
…それとも…
こればっかりはいくら考えてもやはり分からない。
けれども考えずにはいられない。
何の為にこんな事をしなければならないのか?
誰がこんなことを強いているのか?
それから…
モブ「いつまでこんなことやり続けなきゃいけないんだろな…」ボソ…
とどのつまり、俺は繰り返す事に疲れてきているのだ。
物語が変わる度…舞台が変わる度に周囲の人間関係もまた変わる。
その都度、情がうつってしまった人達とも別れなければならない。
俺が望んでいようが、いまいが…こちらの都合などおかまいなしだ。
正直、別れは…辛い。
*『ねぇ…私達、これからもずっと一緒…だよね…?』
…もう、あんな思いをすることは二度とゴメンだから…
だから俺は人間関係において“なるべく当たり障りなく円滑に…そして後ぐされなく”…という事を心掛けている。
モブ(俺が強制的に舞台から去ったその物語はその後どうなるんだろな…)
俺がいなくなった物語の世界は、そのまま消えてしまうのか…
はたまた、俺というひとつの部品が無くなった状態でも、舞台は続いていくのか…
モブ(あの子は…どこかで元気にしているだろうか…)
…今となってはそれも…分からない…
分からない事だらけだけど、これだけは間違いないんじゃないかと思える事がひとつだけある。
物語の主人公になれればきっと、自分の周りの人間関係も…何もかもがずっと続いていくんだ。
…確信なんかない。
…根拠もない。
…もしかしたら、ただ思い込みたいだけなのかもしれない。
…だけど、愚直なまでに信じていたい。
モブ「俺は…いつか、俺が主人公であれる舞台に立ちたい…」
…幸せそうにしているみんなを、ただただ黙って見送るのはもう嫌だから…
…“与えられた役割としての俺”ではなく…“俺としての俺”でありたいから…
…だから…
モブ「俺も…主人公に…なりたい…」
いつの日か、俺にもスポットライトが当たる日が来る事を願い…
目尻に溜った涙を拭って、俺は教室に足を踏み入れた。
昼休み 教室…
午前の授業が全て終了し、昼休みとあいなった。
男子生徒「俺、学食行ってくるわ」スタスタ…
女子生徒「あ!待って…私も行く~!」スタスタ…
級友達は皆、昼食を摂る為、思い思いの場所に散って行く。
そんな光景を横目に、俺は席から微動だにせず、おもむろに弁当箱を取り出して蓋を開ける。
モブ「…」
…途端、なんとも複雑な気分になった。
その理由は弁当箱の中身だ。
嫌いな物がたくさん入っていたとか、
冷凍物ばかりの手抜きだったからがっかりしたとかそういうことではなく…
むしろその逆で、どれも手の込んだ愛情たっぷりの品ばかりだったからだ。
…こういうまっすぐ愛情を向けられると素直に受け取っていいのか躊躇してしまう…
モブ「きっと俺は…カッコウの子供みたいなモンだからな…」ボソ…
カッコウという鳥には託卵という習性があり、
親鳥は別の鳥の巣へ卵を産み付ける。
そしていち早く卵から孵ったカッコウの雛は…
…残酷にもその巣の本来の子供である他の全ての卵達を巣から突き落として亡き者にし…
…何食わぬ顔で本物になりすまして巣を乗っとってしまうのである。
…俺はまさしくその人間版のようなものだ…
ヒトの親も同様に愛する我が子に対して愛情をせっせと注ぐ。
…だがある日、不幸にもその子供には“俺”という卵が産み付けられ…
そこから孵った俺の自我が全てを乗っとり本人になりすまして図々しく生きていく…
…そう思うと、自分に向けられる愛情の大きければ大きいほどに罪悪感もまた重くのしかかる…
モブ(それにしても…だ)
モブ(俺はこんなに気苦労が絶えないというのに…)
毎度のごとく俺を他人様の許へ産みつけてはどこかに去っていく、
無責任な親鳥は今頃どこで何をしていることやら…
…いつか会う機会があれば愚痴のひとつやふたつ言ってやりたいくらいだ…
…まぁ、その親鳥なるバカげた俺の妄想の産物が実在すればの話だが…
……………。
モブ(はぁ…なんか不毛だな…)ハァ…
この手の事を延々と考えていると食欲が失せてしまいかねないので、
早々に頭を切り替えて弁当に集中することにした。
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