妹「お兄ちゃん大好き♪」(71)

「僕もだよ」

即答した。
考えるまでもない。

狂っていようが、壊れていようが、それこそ終わっていようが、
……どんな妹であれ、妹なんだから。

妹を愛すのに、理由は要らない。

「えへへへ~♪」

妹はボクの返答に満足したのか、ウンウンと首を縦に振りながら
嬉しそうにはにかむ。

はにかんで、そして……

「じゃあ明日!あたしと一緒に人を殺してくれるかな?」

と、まるでショッピングにでも誘うような口調で、笑顔で
聞いてきた。

「もちろんさ」

これまた間髪いれずに僕は答えたのだった。

明日は大変な一日になりそうだ。

翌日。

「もしも~~~し!起きてますかぁ!!!」

「ふぅぁっ!?」

まだ日も登らない時間に、妹が部屋のドアを蹴破って
元気よく入ってきた。

いや、本当元気だね。びっくりしたよ。

「起きてるよ」

寝ぼけ眼のまま、包丁を器用にクルクル回している妹に、そう挨拶する。

「良かった~♪ちゃんと起きてるなんて、お兄ちゃんエライエライ~♪」

「……」

もしボクが起きていなかったら、妹はどうする気だったんだろう?
その手に持っている包丁でボクを優しく起こしてくれていたんだろうか?

その場合、目覚めたとしてもすぐにまた眠る可能性が。
主に二度と目覚めない方向で。

「あ、コレ?」

そんなボクの視線を感じ取ったか、妹は手元の包丁を見ながら答える。

「コレね、朝ごはんの準備してたから」

なんだ、家庭的な良い子じゃないか。

「ついでに今日のターゲットを殺すのにも使えるし」

さすがボクの妹。今日もぶっ飛んでる。

「あとお兄ちゃんが起きてなかったら、これで……」

その先は聞きたくない。

「一本で三つの事に使えるなんて優秀ね!」

主に使い方が間違ってるのが二つあると思うけど、あえて言うまい。

「それより、もしかしてもう出かけるのか?」

妹の張り切り具合を目の当たりにして、ボクは尋ねる。
きっとコレを聞かなきゃならんのだろう。

妹がさっきからソワソワしてるし、どうやら準備もとっくに終わってる
みたいだしね。

「うん♪お弁当作ったし、準備バッチシ!」

……やっぱり。

それにしても、人を殺しに行くのにお弁当を持参するとは、
なかなかどうして楽しい現場になりそうだなと思う。

「そっか。じゃ行くか」

「うんうん、レッツGO~~~♪」

ボクは昨夜用意していたリュックサックを背負い、
妹が持っていた弁当を受け取りながら、ジャージ姿
のまま部屋を出る。


このとき、時計の針は午前4時23分を指していた。

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     /     \   ヽ    ヽ \
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  ヽ _,, -‐ '''  ̄    ヽ    ̄/`ヽ、_ ̄''''''─-‐─-、

  /                \  /        ̄`ヾニ_   \‐-

さて、突然だが、僕は迷子だ。

いや、比喩とかじゃなくて。
人生の迷い子とかそんな格好良い感じの二つ名でもなくて。

純粋に迷子なのだ。

家を出て数分。

そう、まだ数分しか経っていないにも関わらず、ボクと妹は
現在お互いがドコにいるのか分からない状態に陥っている。

なぜか?……いちいち言い訳を考えるまでもない。

妹が全速力で走って、ボクがそれに追いつけなかった。
只それだけだからだ。

こちとら弁当とリュックを持って妹を追いかける、若干運動不足
気味の兄。

かたや中学生のころからハーフマラソンを難なく走破する
化け物じみた運動神経と体力を保有する妹。

瞬く間に、妹はボクの視界から姿を消した。

「困ったね、どうも」

一人、誰もいない早朝の道端で呟く。

こんな早朝だ。
妹がどっちの方向に行ったか誰かに尋ねようにも無理がある。

まあ、
「包丁持って全速力で走ってる女の子見かけませんでしたか?」
なーんて尋ねても、まともな返答は期待できないのだけれど。

むしろ、そんな質問してるボクの方が、そのまま警察にしょっ引かれ
てしまいそう。

やれやれ。どうやって探したものか。

リュックに入れておいた携帯に手を伸ばながら
「こんなとき、あいつが携帯持っててくれたらなあ」
と溜息を吐く。

持っていても果たして手に取ってくれるかは疑問だが。

「困ったね」

「うん」

本気で困った。今頃どっかで人を殺して泣いてるんじゃないだろうか?

「誰を探してるの?」

「妹」

に決まってるだろ。いちいち聞くなよ。

「そっか、妹さんか」

「そうなんだよ、さっきそこの道ではぐれちゃ……へ?」

振り向くと後ろに女が立っていた。しかも美人だ。

「よっす」

女は、僕の肩をポンポンとを叩くと、そう挨拶した。

「……うっす」

一瞬何がなんだかよく分からなくなってしまったが、とりあえず
僕もそう返しておいた。

挨拶されたのに返さないのはボクの主義に反するし。

「うんうん♪」

すると、女は満足そうに微笑む。
しかし誰だろう?心当たりがない。
一呼吸置いて思考を巡らしてみるも、やはり思い当たる筋は無い。

「……あのぅ、どちら様ですか」

「え、あたしのこと知らないの!?」

女はビックリしながら、さも自分の事をボクが知っているかのように叫ぶ。

けど、

「うん」

知らない。

「ホントに!?」

「イエス」

「ホントにホント!?」

「I don't know」

「……」

「ハァァァ~~~」

いや、そんな溜息吐かれても。知らないものは知らない。

「ゴメンナサイ」

「むぅぅ~~~」

女は顔をリンゴみたく膨らませる。ちょっと可愛い。
口をアヒル口にしなければもっと良いのに。
……おっと、これはどうでも良いな。

しかし、どうやら初対面ではなかったらしい。

「ホントに申し訳ないんですが、記憶にないんですよ。あなた
みたいな美人、一度会ったら忘れるハズないんですがね」

うん。この場はこれで誤魔化しておこう。
こういう台詞を言われて気を悪くする女性はいまい。

もしいるとすれば、それは日常的におべっか言われ過ぎて
少々気疲れしている方くらいだ。

いや、本気で美人だと思ってるんだよ? ボクの好みじゃないだけで。

「それ、本気で思ってる?」

「そりゃ勿論」

美人なのは間違いない。

「神さまに誓って?」

「妹に誓って」

こういった問答に対する決まり文句をボクが言い終えると

「ハァァァァ~~~」

ってな具合に、女はもう一度深く溜息を吐いてから

「仕方ないか……4年ぶりだもんね」

と、呟いた。

どうやらボクと彼女は4年前に面識があるらしい。
はて、4年前……。
ということは中学時代?

うんうんと唸りながら、記憶のピントを中学時代に
合わせてみるが、やはりそれらしい記憶は見つからない。

そしてそんなボクを傍らに、

「その顔見てハッキリした。やっぱり覚えてないんだ」

「それに……相変わらず妹LOVEなんだね」

彼女はボクの顔を値踏みするかのごとく覗き込みながら、
心底落胆した面持ちでボソッと言い放つ。

「そりゃもう、妹を愛せない兄は兄失格ですから」

「この……シスコンめ」

落胆を見せる彼女と対照的に

「ハハッ」

ボクは笑った。

とにもかくにも。
せっかくこんな、新聞配達関係の人くらいしか起きていないような
時間帯に出会ったのだから、いろいろ話を聞いてみると、どうやら
彼女はボクの同級生だったそうな。

しかも中学で三年間クラスも同じ。

…………。

「なんか、ゴメンね」

これにはさすがのボクも謝らざるを得ない。
三年間もクラスが一緒だったのに、顔も名前も思い出せないのは、
我ながらどうかと思う。

「ううん、もう良いの!思えばあたし、存在感薄かったし!
覚えてなくても当然かも!」

けど、こんなにも不甲斐ないボクを、ポニーテールを揺らし
ながら彼女は許してくれた。

……ええ子や。

「いやいや。けどさ、忘れてたボクが言うのもなんだけど、
一応さん美人になっ……」

「イ・チ・ヨ・ウ!!!」

「……い、壱葉さん。これまた凄い美人になりましたね」

ちなみに彼女の名前は『壱葉』さん。間違って『一応』さんとでも
呼んだりしたら、今みたく烈火のごとく叱られる。

どうやら小さい頃から『一応女の子』とか『一応クラスメイト』とか
散々からかわれたようで、自分の名字にひどくコンプレックスを
持っているご様子。

叱られたがりなドMな男性諸君以外は、くれぐれも間違って
呼んだりしない事だ。

「えぇ~?そっかなぁ?」

壱葉さんは腰をくねらせながらブリっ子ポーズをとる。
顔が綺麗なだけに、似合わぬ行動とのギャップがまた凄まじい。

しかもジョギングタイツにTシャツという恰好なもんだから、
さらにチグハグに見える。

「綺麗になったって。ボクが保証するよ」

「またまたぁ~♪人を乗せるのが上手いんだからっ!」

「ボクはあんまり嘘は吐かない主義だよ?」

冗談は言うけど。

「もう!あんまりそんな事言ってると……本気にしちゃうからね!」

…………え?

「それってもしかし……」

「ん?」

『もしかしてボクのこと……』と、喉まで台詞が出かかったが、
すんでの所でなんとか最後まで言い終わる前にとどまれた。

危ない危ない。

男って奴はどうしてこう、勘違いする生き物なんだ。
過去にも似たような状況で手痛い失敗した経験があるというのに。
まるで懲りてない。

そもそも今はこんな所でランニング美女と乳繰り合ってる暇はないだろうに。
早く妹を探さないと今頃あいつ…………あ。

あああああああぁぁぁぁ…… 。

「あぅうぅぅぅ……」

「どしたの?」

……しまった。すっかり忘れていた。ボクは馬鹿か?

「妹と……はぐれたんだった」

「あ!ゴメン!ゴメンなさい!」

「……あぁー」

今度はさっきとは正反対に壱葉さんが平謝りに平謝りだった。

「久し振りに会えて嬉しくて、テンション上がっちゃって、話し
こんじゃったりしちゃって!」

「アゥアゥ」

「本当にゴメンなさい!」

「アゥアゥアー……」

だがしかし、彼女の所為ばかりとは言えないだろう。
ボクだってテンション上がって昔話に花を咲かせてたんだから同罪だ。

いやむしろ、妹の脚力について行けず早々に見失ったボクの責任の方が
大きい。彼女を責めるのはお門違いだ。

「…………ふぅ」

大きな溜息をひとつ、肺の底から捻り出す。
……とにもかくにも、妹の捜索を開始する必要がある。

このままだと妹は『一人で』人を殺す事になってしまう。
あいつの傍に、隣に、ボクがいてやらなくちゃ。

『ボク』が『一緒に』人を殺すのが、あいつの望みなのだから。

「ゴメンなさい!ゴメンなさい!」

顔を上げると、壱葉さんは未だボクに謝り続けていた。
なんと真面目な……。
将来、悪い男に引っかからないかボクは心配ですよ。

……ところで、さっきから壱葉さんがペコペコお辞儀をする
度にTシャツに収まりきれてない胸が

             『ここが見せ場だ!』

とでも言わんばかりにブルンブルン揺れているのだが、彼女は
気づいていないのだろうか?
それとも、ささやかとはとても言えない、激しい自己主張なのか。

どっちにしろ、オッパイ星人にはたまらない。

ボクも妹を探す必要がないのなら、あと小一時間は鑑賞して
いたいのだが、そういうわけにもいかない。

そんなこんなで、現在一人で妹を捜索中。

時刻は午前6時32分になったところ。
あろうことか、妹とはぐれて既に2時間近くが経過している。

その2時間近くのうちの8割以上を、壱葉さんとの他愛もない
雑談に費やしていたボクが言うのもどうかと思うが、これはヤバい。

妹のヤツ、下手したら本気で、もう人を殺していてもおかしくない。
それに、この時間帯になると、いくら日曜とは言ってもかなりの人
が活動を始める。

万が一、妹が人を殺していたら……。
いや、人を殺していなくとも、まだ包丁片手に笑顔で街を駆けずり
回っているんだとしたら、デカイ騒ぎになる。

「きゃぁっ!」

「うっ、うわぁぁ!?」

「おいおい、こりゃあ一体……」

「ちょっとぉ、コレ……」

「ひ、ひっ人が……!」

そうそう、こんな感じで…………って、あれ?
あの、もしかして……。

「ビンゴ?」

「ハッ、ハッ…………はあ……はあ、はあ」

一も二もなく、叫び声のする方に駆け付けたボクの目に飛び込んで
きたのは、悲惨な光景だった。

人が数人『ソレ』から離れて群がっている。
しかし、決して『ソレ』の傍には近づこうとしない。

当然だ。

そこにあるのは、黒い空間。
大量の、カラス。

バサバサバサ、バサバサバサと。

まるで、『ソレ』を隠すように。
あるいは、『ソレ』を他の者には盗られまいと攻撃するように。
カラス達は、『ナニか』に群がっていた。

「……っ」

ゴクリと、唾を飲み込む。
群がるカラスの隙間から、若干食み出て見える、赤い血だまり。
鼻をつく、独特の香り。

ここで何が起きたのか、ここにナニが存在するのか、理解する
には充分だ。

「マジ……かよ」

そう呟きながら、誰も近づこうとはしない『ソレ』に向かって、
ボクは一歩ずつ足を踏み出す。

「…………」

そろり、そろりと、カラスを刺激しないように。

やがて、黒い空間の中にすっぽりと埋没したボクが見たのは、
死体だった。

ボクと、あまり年も変わらなさそうな、若い男の死体。

「……うぅっ」

思わず口に手をあてがう。
強烈な吐き気。それから眩暈。

目の前にある死体から発せられる臭いが、容赦なくボクの
嗅覚を刺激する。

……夏だもんな。そりゃこうなるか。

長時間の接近は不可だと悟り、素早く死体の状況を確認する。

男は左手を腹の下に潜り込ませ、右手は、まるで誰かに助けを
求めるかのように伸ばしている。

赤い血だまりの広がり方と倒れ方から見ても、出血は主に腹部から。
一目で分かる、誰かに刺されたんだという状況。

……妹が、やったのか。

「…………ちっ」

よりによって、こんな目立つ場所で、こんな隠しようのない殺し方で、
殺すとは。これじゃあ隠蔽も隠匿も不可能だ。

仮に本当に妹がやったのだとしたら……間違いなく独房行きは
免れないだろう。

妹の代わりに、ボクが罪を被ることすら出来そうもないし。

……周りの野次馬たちによって、ボクが駆け付ける前に、この
男が既に殺害されていたという証言が出てくる。

わざわざ事件現場に犯人が舞い戻ったんだと、警察が無意味
な想像力を働かせて、ボクを犯人に仕立てあげてくれたら、
ありがたいが……残念ながらそれは無理だろう。

ボクはこの男を殺害したであろう凶器も持っていないし、なにより、
返り血も浴びていない。

こんな嘘、すぐに見抜かれてオシマイだ。

そして、ボクが嘘を吐いているという事実が判明したら、警察は
すぐに妹に疑いの目を向ける。

「自分が犯人だ」という嘘を吐くからには、ふつう理由があるもんだ。
すなわち、誰かを庇って嘘を吐いていると。

つまり、ボクがやったんだと警察に嘘の自首をしに行けば、
より一層妹が捕まる可能性が高くなるという事。

妹の幸せを願う兄としては、選べないルートだ。

「くそっ」

心の中で毒気づいて、そのまま踵を返す。
ここには最早、用は無い。

このまま現場に残って、証拠の隠滅でもしてやろうかと考えたが、
やっぱりんなもん、どうでもいい。

野次馬たちに目撃されて、チクられでもしたら、余計に妹が捕まる
のが早まるだけ。

なら、そんなのしない方がまだマシだ。
触らぬ神に祟りなし。

警察が駆けつけるまでにカラスが充分荒らしてくれるだろうさ。
証拠の隠滅なんざ、それで十分だ。

ボクが今しなければいけないのは、警察よりも先に妹を見つけること。
見つけて、保護して、返り血のついているであろう服や凶器の処分をする。

コレが一番、冴えた方法。

「よしっ」

気合を入れて、来た道を引き返す。
まずは家に戻ろう。
もしかしたら、妹も帰っているかもしれない。

――――妹の未来は、ボクが守る。

……でも、このときのボクは、カラスによって作り出された黒い
空間の外、人だかりの中に、壱葉さんがいたという事にまだ
気付いていなかった。

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  /                \  /        ̄`ヾニ_   \‐-

「あー、大丈夫?」

場所は変わって、ボクの部屋。
ミニテーブルにコーヒーを置きながら、尋ねる。

「……」

返事は無い。
ただの壱葉さんのようだ。

……やれやれ。

さて、妹を捜索しなければならないボクと、ポニーテールに
Tシャツ、ジョギングタイツを装備したセクシーダイナマイトボディ
の壱葉さんが、なぜボクの部屋でミニテーブルを囲み、コーヒー
を愉しんでいるかというと。

あのあと、ボクが死体から離れて、家に帰ろうと足を伸ばしたその矢先

「あ」

「ア」

壱葉さんが目の前にいた。

「あの、その、あたし……悲鳴が聞こえて……」

「……うん」

「それで、駆け付けたら」

壱葉さんはボクを指さす。

「そっか、まあ……だよね」

ボクが壱葉さんと別れてから、それほど時間も距離も離れていない
場所であの騒ぎだ。

壱葉さんが気になって、見に来ていても不思議はなかった。

「ボクも悲鳴が聞こえてね。慌てて飛んできたんだ」

ボクは白々しく答えた。

「……」

「そしたら、道端に『アレ』があった」

「ねえ。『アレ』って……」

「死体だよ……人の」

「…………」

壱葉さんは再び口を噤む。

しばらくの沈黙のあと

「送ってくよ」

と、ボクは言った。

そして、壱葉さんの手を取り、その場を離れたんだった。

以上、過去の回想終了。
現在に至るというわけだ。

ちなみに、本当はこのあと、家まで送り届けようとしたボクに
壱葉さんが急に抱きついてきて

「帰りたくない」

と仰られたので、仕方なくボクは壱葉さんを我が家に迎え入れた
というシーンが存在するのだが……、その時のボクと壱葉さんとの
ちょっぴりドロドロした諸事情により、今回は敢えてこれ以上
思い出さない事にする。

とにもかくにも。
ボクは家に戻ってきた。

もしかしたら妹が着替え云々をしに戻っているかもしれないと
睨んでの帰宅だったが、予想は外れ、家には誰もいなかった。

「……」

ま、いいんだけどさ。
逆に、妹がそんなに浅はかでなかったことの方が素直にうれしいから。

人を殺して、そのまま自宅に逃げ帰って籠城なんざ、見つけて下さい
と言ってるようなもんだ。

先ずは付近から離れて身を隠し、ほとぼりが冷めるのを待つ。
つかず離れず、これが最も効果的、だと思う。

あまり離れた場所に移動しすぎると、事件の前後に所在が不明
になったと不審がられるし、

かといって、堂々と殺して直帰なんかしてしまうと、警察犬とかの
追跡からすぐばれる。現場付近の家だったら尚更だ。

いや……

「……考えすぎか」

ボクは首を横に振りながら、さっきまでの自分を否定する。
妹がそんなこと、考えて行動している筈がない。

そこまで考えているんだったら、そもそもあんな殺し方は
しないし、あんな場所に放置もしない。

妹は――――ただ殺したかったから、殺したんだろう。


ウィィン

と、パソコンの起動音が、静かな部屋に響き渡る。
壱葉さんがベッドに腰掛けて動かないのを横目に、ボクが
立ち上げたんだった。

無言で検索サイトにカチャカチャとキーを打ち込む。
もちろん、打ち込む文字は決まっている。

              『殺人事件』

キーを打ちこんでエンターを押すと、パッと画面が切り替わる。

『女子高生コンクリート詰め殺人事件』

『東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件』

それから……

『本日の殺人事件ニュースの検索結果』。

迷わずカーソルを『本日の殺人事件ニュースの検索結果』に
合わせ、クリック。すぐに内容が画面上に映し出される。

結果は……

うちの近所で若い男性が殺害された――――程度しか
書かれていなかった。

「フム」

まだ、この程度しか騒ぎになっていないか。
ホッと胸を撫で下ろす。

まあ、悲鳴を聞いてボクが駆けつけてから、まだ1時間も
経ってないし、こんなものかもしれない。

逆に言えば、警察への通報があってからさほど時間も
経過してないだろうに、
「もう記事になるとは、ネット社会恐るべし」
とでも揶揄すべき状況かもしれないが。

どちらにせよ、さしたる問題ではない。

ボクは再びカチャカチャとキーを打ちこみ、別のページに飛んだ。
リンク先は……某巨大掲示板。

掲示板の検索ワードに『殺人事件』と打ち込み、ヒットしたスレッド
を片っ端からチェックする。

もしもここでも引っかかなければ、一般からの情報も、今のところ
表に出ているものはないだろう。

普段はこんな掲示板なんか覗かないが、どうでも良い情報だけは
更新されるのが早い、と友人から聞いたことがあったので、一応、
念のため。

はてさて……。

「――――くん」

う~~~ん。これは外れ。これも外れ。

「ねえ、――――くんってば!」

これも昔の殺人事件で、今日のとは違うな。

「ちょっと聞いてる?」

意外と少なかったな。それとも検索ワードが不味かったか?

「もう!こっち向いてよ!」

やれやれ。壱葉さんがどうやら元気になってしまったようだ。
残念ながら、ボクは今あなたに構ってる場合じゃねーんですよ。
ボクはブッチを決め込んでパソコンのモニターから目を離さず、
次のキーワードとして自分の住んでる街の名前を入力する。
検索開始。これならどうだ?

壱葉さんを完全に無視して突っ走るボク。さすがにやりすぎだった。

「エイッ☆」

さっきから耳元で聞こえている声を無視し続けていると、グリッと、
首を捻られた。目の前には、壱葉さんの顔。 怒ってらっしゃる。

「……ごめん。夢中で気付かなかった。どうかした?」

とりあえずボクは、嘘を吐いた。

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      /     \    丶ヘ| ヽ_  /
      /       ヽ    ヽ |    ゙̄j
     /          \    \ー-、ノ
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   _/     ヽ     ゙、    \_ゝ\
  ヽ _,, -‐ '''  ̄    ヽ    ̄/`ヽ、_ ̄''''''─-‐─-、

  /                \  /        ̄`ヾニ_   \‐-

シャワ~~~~♪

はて、シャワーを浴びているときの擬音はこれで正解だったかと
首を唸りながら、ボクは現在、脱衣所にバスタオルと着替えを
運んでいる。お姫様がシャワーを御所望されたからだ。

まあ、ボクと出会う前まで彼女はランニングしていた訳だし、
暑くて汗もかいているから水浴びしたいというのは分からん
でもないが。

「……でも普通、4年振りに再開した同級生の家に突然上がり
こんで、シャワー借りるかな?」

ボクは風呂場の艶めかしいシルエットに向かって、聞こえない
程度の小声で囁いた。

「なにか言った?」

シルエットが反応する。……どんな地獄耳だよ。

「うんにゃ。それより湯加減はいかがです、お姫様?」

「うむ!悪うないぞよ♪」

ノリノリである。とてもさっきまで、人の死体を見て落ち込んで
いた人間とは思えない。

「ハァ……」

溜息を吐きながら、着替えを置く。

もちろん、ボクは女装癖や女性物の下着を集める趣味は
持ち合わせていないので、着替えは妹のを拝借している。

「……怒られは、しないだろうけどさ」

妹は性格はアレでも、外見には中々気を使う奴なので、服で
困っている人が居たなら、自分の服くらい文句言わず貸すだろう。
……ボクの勝手な想像だけど。

「いいや、こっそり返しとけばバレないだろ」

バレたらバレたで、謝まりゃいい。それより問題は、

「……サイズ、合うのか?」

だった。

妹贔屓で知られるボクだが、妹と壱葉さんを比べると、
比べると、比べると、うん。

比べるまでもなく、勝敗は明らかだ。
いや、どっちが勝ってどっちが負けたとか言うつもりはない。

そもそも体型に勝ち負けなどは存在しないし、人にはそれぞれ
好みの体型とでも言うべきものが存在する。
昨今は幼女趣味と呼ばれる人達がいるくらいだし。

「けどなぁ……」

あんまりにも、あんまりだ。

ボクは、洗濯機の横に備えられているカゴの中に無造作に
放り込まれている壱葉さんの下着を眺めながら、そう思った。

ちなみにこの時「壱葉さんスリーサイズいくつですか?」とか
聞こうとも考えたが、女性にサイズを尋ねるなんて、年配の
女性に年を聞くのと同じくらいタブーかも、とか、逆に答えられたら
どういう反応をすんだよ、とか、そもそも聞いてどうするんだ、とか 、
とか、とかとか、色々頭を駆け巡り、結局やめた。

別にいいや。
下着のサイズが合わなくて困るのはボクじゃないし。

あまりにもサイズが合わなけりゃノーブラノーパンという
選択肢もあるし。それに洗濯機廻してないんだから、
着ようと思えば脱いだの着られるし。うん。

「じゃ、着替えここに置いとくから」

ボクは壱葉さんにそう言って、背を向けた。
先程の検索結果の続きも気になるし、さっさと戻ろう。

――――けど、そんなボクの思惑とは裏腹に、


「ピンポンパンポン☆」

「御免くださぁい」

玄関からインターホンと声が鳴り響く。
どうやらお客、新しい登場人物のお出ましみたいだ。


物語が狂い始めたと、ボクが思った。

「どうぞ。粗茶ですけど」

「ああ、お構いなく」

「どもども~」

二人の前にお茶を置く。
さっきからコーヒー煎れたり、着替えを出したり、ずいぶん
甲斐甲斐しく働くな、ボク。自分で自分を褒めてやりたくなる。

ま、それはそうと……

「何の用です? 刑事さん」

ボクは笑みを崩さないまま、二人の顔を見ながら訊ねた。

「そんなに緊張しなくても良いさ。二、三聞きたい事がある
だけだからな」

「そうですそうです!」

男の刑事はこちらの様子を監視するかのようにジッと
ボクを見据える。
反対に女の刑事(?)はニコニコと笑顔を垂れ流してる
だけで、どこを見てるかは不明。
なんなんだ、こいつら。

先ほど。

「ピンポンパンポン☆」

「御免くださぁい」

玄関からチャイムと声がした。

「……」

多少訝しみながらも、とりあえず覗き穴から確認すると、
表にはスーツ姿の二人組が立っていた。

一人は中肉中背の四十代と思われる男。
それともう一人、身長こそあまり低くないが、やたら童顔
の年齢不詳女。

「……」

怪しい。今は壱葉さんもシャワー浴びてる事だし、お帰り
願いたい気分だ。

「開けてくださ~い」

ダンダン、と女がドアを叩く。

どうだろう?このまま居留守を決め込んでみるか。
こっちが黙っていれば大人しく帰るかもしれないし。

「開けてくださいってばぁ!聞きたい事があるんですよぅ!」

諦めてくんないかなぁ。

「スゥゥゥゥ……」

ん、次は男の方か。息吸い込んでなんのつも……。

「戻ってるのは知っている! 大人しく開けろ。 警察だ!」

「!?」

け、警察?つか、なんでそんな大声?

「開けない場合は公務執行妨害でしょっ引くから、その
つもりでいろ!」

はあ?い、意味分からん。公務執行妨害って、あんた……。

「警告はした! では、強行策に移らせてもらう!」

へ? へ?

「では行くぞ!」

ちょ、ハンマー?

「せーのっ!」

「ちょ、ちょっと待ったぁ!」

「ア」

「い、居ます! 居ますってば!ドア壊さないでくださいよ!」

「ふん! 最初から開けないからだ。では上がらせてもらうぞ」

「お邪魔しまぁす☆」

「あの、話だけなら玄関でも」

「悪いが、立話で話す内容でもないのでな」

「えへへ。そういうこと!」

――――てな事があったので、こいつ等に対するボクの
心証は最悪なのだが、それでも正直、こいつらがどこまで
知り得ているかは非常に気になる。

「聞きたい事、ですか」

「そうだ」

まさかとは思うが、妹の……。

「だがその前に、まずは自己紹介をしておこう」

男はすっとスーツの内ポケットに手を入れ、なにやら
黒い手帳のような物を取り出した。

「見た事あるか?警察手帳」

「俺の名前は刺賀啓二(さすが けいじ)。刑事局捜査
第一課所属。名前の通り、腕利きの刑事だ」

「あ♪あたしは荒谷(あらたに)です~。この度、新たに
配属されたんですよぅ! ヨロシク~♪」

「……どうも」

なんだかコントみたいな名前だ。しかし、まさか本当
に刑事だったとは。
いきなり懐からハンマー出して鍵ぶち壊そうなんざ
とても刑事の考える事とは思えない。本気で日本の
将来が心配だ。

「フフン!」

「えっへん☆」

しかも勝ち誇った顔してるし。

それより、ボクも自己紹介しといた方がいいのかな。この人
たちの名乗りから比べると、いささかインパクトに欠けるけど。

「えぇと、語部(かたりべ)ゆい、です」

「ふん、偽名か」

「……いえ、本名で」

「嘘を吐くな」

「……」

「なぁ、『お兄ちゃん』。俺らが何も調べずにあんたに会いに
来るはずないだろう。お前の事はちゃぁんと予習済みだ」

「……言いたいことが分かりませんが」

「ふん。俺らは、お前が親殺しだって知ってると言っているんだ。
『お兄ちゃん』」

「!?」

「……なぁ、どんな気分だったよ親殺し。実の親の腹を包丁で
何度も何度も刺し続けるのはよぅ」

違う。

「おい、聞いてるのか『お兄ちゃん』」

ボクは殺していない。

「おいっ!」

「ボクはっ!」

「お待たせ~。良いお湯だった~❤」

壱葉さんがドアを開けて部屋に入ってきたところで、刺賀刑事
の話は止まった。
それが幸か不幸か分からないが、少なくとも、この時のボクは、
心から壱葉さんに感謝した。

「あれ? え~と、どちらさまでしょうか?」

部屋に入ってくるなり、壱葉さんは固まった。

RPG風に言うならば、「壱葉さんはうろたえている」と
いったところか。当然だ。
人の家でシャワー浴びてリビングに戻ったら、知らない
人間が二人も増えているんだ。
もし、ボクが壱葉さんと同じ状況に陥ったとしても、似た
ような態度を取るだろう。

まあ、それはさておき、なんでバスタオル一枚なんだ。
着替えは置いといただろう。

「あ~っと……」

「えとえと(汗」

流石に虚をつかれたのか、刑事は二人とも固まっている。
どちらも口をパクパクさせて一言二言、やっと絞り出すのに
成功した感じ。

「……」

かくいうボクも、なんと声を掛けたらいいのかとっさには
思い浮かばない。それくらいインパクトのある登場だった。

「え、え~と、もしかして、あたし。まずった、かな?」

そりゃもう、ええ。

「あ、あははははは……」

笑って誤魔化されても……。

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