愛「おめでとうございます!」雪歩「ありがとうございます」 (12)

・あいゆき 及び 微あいはる


春香「雪歩」

雪歩「なぁに、春香ちゃん?」

 みんなの仕事が終わり、少しだけ作ってくれた時間で、事務所で簡単な誕生日のお祝いをしてもらえた。
 今日は大勢に祝福してもらえた。こんな私のためにという思いがどうしても消えないけど、それを上回る喜びがある。
 それは、しっかり享受したい。
 喜びを喜びとして受け止められて、あとには感謝が残った。
 一人、また一人と帰って行く中、私は春香ちゃんに呼び止められた。

春香「ちょっと時間あるよね? 公園に寄ってみるといいよ」

雪歩「公園?」

 そういわれても、それだけじゃどこのことか分からない。
 この場合、帰路の途中にある公園なんだろうけど……。

春香「雪歩なら分かる所」

雪歩「?」

 ますます分からない。
 ちょっと意地悪になったらしい春香ちゃんは、ニヤニヤしながら背中に回り、私の両肩を掴んだ。ほんのり体重がかかり、気配が凄く近くなる。
 ……うん。
 必要以上に顔を近づけられてる。どうしちゃったの? 春香ちゃんどうしちゃったの?

春香「本日最後の春香さんはちょっぴり意地悪なのです」

雪歩「は、春香ちゃん?」

春香「妹をとられたみたいでちょっぴり寂しいから意地悪なのです」

 妹……?
 なんのことだろう。

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春香「今日ね、雪歩仕事先でもたっくさん祝われたでしょ?」

雪歩「うん。春香ちゃんずっと一緒だったから知ってるよね」

春香「そのたびに春香さんは気付いてしまっていたのです。タイミング悪かったり遠慮したりで中々おめでとうを言えなかった子を」

雪歩「え?」

 ……気付けなかった。どうしよう。そんな。

春香「というわけで、その子へのクリスマスプレゼントの意味も込めて、今公園に来るといいことあるよーってメールしたの」

雪歩「知ってる子なんだ」

春香「雪歩もね。公園で会ったんでしょ?」

 あっ。
 そっか、そういうことなんだ。
 ……そうだよ、今日という日に、会えずにいる。

春香「早く行ってあげてね。いつも元気なようでも、知ってる人はみーんな知ってる、繊細な子だから」

 そう、とっても繊細な子。
 抱きとめていないとどこかに飛び出してしまいそうな元気を持っているけど、いつも弱さを連れていて、泣いちゃう子だった。

春香「だけどここは踏ん張ってもらったの。雪歩、迎えに行ってくれるかな?」

雪歩「うん! 急いで行くから!」

 どこの公園かは、もう分かった。
 最初に会ったあの公園だ。


 事務所に来れば、言うチャンスはあったはずなのに。だけどできないよね。
 とても大切な時間だったから。それはあの子にも分かっていたはず。
 だから、遠慮をしてしまった。

 少しして、私が落ち着いた頃にでもメールか電話をするつもりだったのかな。
 そういうところで常に真面目だから。
 会うのは、明日からでもいいって思ったのかな。

 そうだよ。
 明日伝えられても嬉しいよ。
 いつでも嬉しいよ。
 だけどね、私は会いたいな。

 何より、耐えられないと思う。
 あとから引きずって落ち込む様子が浮かぶよ。

 いいのに。
 私は気にしないのに。
 だけど、気にしちゃうような、そんな彼女も可愛いと思っちゃう。

 雪がまだ少し積もっていた。
 人がいないから余計寒く感じる公園に、いた。
 ベンチで丸くなっている。本当に。膝を抱えてゴロゴロ。前に後ろに。
 こういうことをしちゃうんだよね。
 いつでも本気だから、突拍子もないことでも真面目になってやっちゃう。頑張りすぎちゃう。

 足を夜空に向けて、逆さまの世界をその目に映した時、そこには私がいる。
 そのまま動かなくなって、目をぱちくりさせた。

雪歩「愛ちゃん、ごめんなさい、遅くなっちゃいました」

愛「……ほあーーーー!?」


 思いっきり飛び上がり、空中で姿勢を真っ直ぐに整えた。愛ちゃん運動神経いいなぁ。
 着地した愛ちゃんはこっちを見……てない。視線が泳いでる。

愛「どどど、どうして雪歩先輩が!? メールは春香さんでしたよ!?」

雪歩「春香ちゃんに教えられて来たんですよ」

 マフラーとコートが少し乱れていたので、それを直してあげながら教える。
 紅くなった頬にそっと触れる。自然と撫でる動きになった。流石に冷たかったから。

雪歩「どこか暖かい場所に行きますか?」

 春香ちゃんが移ったのか、息がかかるほど近づいたかもしれない。

愛「あの、ここでいいです! あっ……雪歩先輩が寒くなければ」

雪歩「今日はいつもより暖かいから大丈夫ですけど……」

 一緒にベンチに座る。暖かいと言っても季節は冬。雪もまだ残っている。少しでも暖かくしてあげたくて、距離を詰めた。
 すると、愛ちゃんは一瞬私の顔を見上げ、腕に抱き着いた。ふわふわのコート越しに細い、それでいて力強い腕の感触が、柔らかな頬の感触が、小さくてもいつも元気いっぱいに動くしなやかな身体の感触が伝わって来る。
 ……こういう時、私はどうしようもない恥ずかしさと喜びを感じる。
 誰かがこんなにも近くにいるということと、そこから伝わる、愛おしい思いがいつもいつも私の心を甘く蕩かす。目が合えば互いに照れていることが分かってしまう。もう慣れたと思ったのに。私は一瞬、目を背けこの時間を止めようとも思ったけど、歯を見せて心底嬉しそうに笑う彼女にそんな考えも消されてしまう。


愛「春香さんから、公園で待ってるといいことあるよってメール来たんです。何かなって思って待ってたら、雪歩先輩来てくれました!」

雪歩「春香ちゃんには、感謝しなきゃいけませんね」

 春香ちゃんが愛ちゃんに気付いてくれていなかったら、どうなっていただろう。

雪歩「愛ちゃん、今日は私に会いに来てくれたんですよね。春香ちゃんから聞きました」

愛「ええっ!? 春香さん気付いてたんですか!? ……そっか、だからメールくれたんだ。なんだかあたし、春香さんにはいつも助けられちゃってます」

雪歩「愛ちゃんが泣きそうな時や危ない時は、春香ちゃんが傍にいてくれたんですよね」

 アイドルになれたきっかけも春香ちゃん。
 愛ちゃんが一時期凄いことになった時に落ち着かせてくれたのも春香ちゃん。
 なのに私は……。

雪歩「ごめんなさい、気付いてあげられなくて。やっぱり、こんな私――」

愛「ああっ! ダメです雪歩先輩! 先輩は今日誕生日ですよね!? 生まれた大切な日にそういうことは言っちゃダメなんです!」

 慌てて止めるその姿まで可愛らしい。
 そうだ。沢山の祝福を貰ったんだ。その締めくくりに私がこんなのじゃいけない。


雪歩「愛ちゃん、こっちに来てくれますか?」

 頷き、小さな身体が膝に乗る。その温もりを背中から抱きしめ、意識せず軽く前後に揺れる。

雪歩「今日はクリスマスなんですよ、愛ちゃん」

愛「雪歩先輩の誕生日ですよ」

 段々とはずんでいく声。よかった。喜んでくれている。私もだよ。

雪歩「お祝いの言葉を、贈り物を、沢山いただきました。申し訳なさを感じながら、だけど嬉しさがそれを上回るんです」

愛「誕生日ってそうですよね。無条件に可愛がられるみたいで気恥ずかしい時もあります」

雪歩「だけど、贅沢にもなっちゃうんです。どうしても」

 ちょっとだけ抱きしめる両腕の力を強める。自然と互いの距離は狭まる。

雪歩「ちょっとだけ、わがままです。気付きもしなかったのにって、自分で嫌になるけど、贅沢したいです」

 右手を自由にし、そのまま愛ちゃんの頭を撫でながら、

雪歩「愛ちゃんからも、欲しいです」

愛「勿論です! あげちゃいます!」

 一番弾んだ声は、喜色満面といった風で。くるりと翻り、押し倒されるんじゃないかというぐらいに抱きしめられる。


愛「雪歩先輩、誕生日おめでとうございます!」

雪歩「はい、ありがとうございます、愛ちゃん」

 右手は絶えず愛おしい後輩の頭を撫で続ける。止まらない。

愛「雪歩先輩温かいです」

 それは愛ちゃんもだよ。
 今の顔は、ちょっと、先輩って慕ってくれる愛ちゃんには見せられないから、見られないようギュッと抱きしめる。

雪歩「えへへ、へ」

 あ、顔が締まらなすぎて声が漏れちゃった……。
 恥ずかしさのあまり抱きしめる手に力が入り右手は彼女の頭から首へ背中へ味わわんと暴走しつつある。
 なんとしなきゃと思うけど、一度弛んだものは中々……。

愛「雪歩先輩、プレゼントもあるんですよ! 誰かに相談しながら選ぼうかなって思ったんですけど、あたし一人でブローチ選んでみたんです!」

雪歩「えへへ……ありがとうございます」

 胸が高鳴る。顔が熱くなる。もう恥ずかしいとか申し訳ないとか、嬉しさはそんなものを軽々と飛び越えてしまっている。

愛「だから、渡したいのでちょっと放してくれませんか?」

雪歩「もう少しこうしていたいですぅ」

愛「あたしもそーですけどー! うー! 雪歩先輩ー!」

 そのまま少し笑い合いながら、互いにクリスマスを、誕生日を祝う。結局、プレゼントを受け取ったのは少し経ってからだけど、互いに僅かに触れる素肌から体温を感じていられたのは時間にすればほんのわずかだったと思う。

 流石に時間が押している。私は愛ちゃんの手を取りながら立ち上がった。

雪歩「やっぱり、少し歩きましょう。クリスマスも誕生日も、もう少し楽しみたいです」

愛「はい!」

 腕に抱き着く愛ちゃんを、私は愛おしく思う。
 今日に生まれて良かった。
 生まれてきて良かった。

愛「先輩の誕生日に、クリスマスに、一緒にいれて嬉しいです!」

 ギュッと抱きしめる愛ちゃんを、私はすぐにでも抱きしめてあげたい。
 だけど、まだいい。
 贅沢はこれから。
 誕生日だもん。ちょっとだけ、もう少しだけ、お姉ちゃん気分で。

 春香ちゃんに感謝しなくちゃ。

雪歩「愛ちゃん」

愛「なんですか?」

雪歩「今日は、本当に嬉しい日です」

 互いを繋ぐ彼女の腕を、空いている腕で包んだ。

愛「~♪」

 鼻歌混じりに歩いていく。曲は愛ちゃんと愛ちゃんのお母さんの代表曲。
 誕生日、もう少し、もう少しだけ長く、ゆっくり。
 可愛い後輩との時間をもう少し。


おわり

終わりです
雪歩おめでとう
あいゆきで誕生日でした

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