久「ゆみちん……」ゆみ「こら」 (9)
雪ね––––。
と、久は呟いた。
私は、何を当たり前の事を言っているんだ、と返した。普段は饒舌過ぎるくらいの久が、珍しく黙りこくったので、何事かと思えば––––。
ゆみ「長野なんだから珍しくも何ともないだろ」
と、私が言うと、久は少し考え込んでから、
久「ゆみって本当に理屈っぽいわね––––」
と、返してきた。
そして、また暫くすると久は何が可笑しいのか、ころころと笑い始めた。何も可笑しい事は云っていない筈なのに、何だかとても恥ずかしくなってきた。揶揄われてるのだろうか。
ゆみ「何だか少し変だぞ……」
久「あら?ゆみちん、怒っているの?」
ゆみ「はぁ……別に怒ってなんか––––」
やはり。
何時もの彼女だ––––。
雪がはらはらと降る。
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小雨より尚、少ないと謂った処だろうか。気にならない程ではないが、傘をさす程でもない。いずれも本降りになるには、まだまだ時間がかかるだろう。
帰りの駅までは––––。
と、考えた処で––––やはり私は少々理屈っぽいのかな、と先ほどの久の言葉が頭を過った。
私と久は、部長会議と評して風越女子へと集合した。最も、部長は蒲原なのだが何故か何時も私が行くはめになる。更に言うと、私も蒲原もすでに引退していて、本当は睦月が新部長なのだが––––まぁ、愚痴を云っても何も変わらないか。
会議も順調に進み、切りの良い処でお開きとなった。
その後は、それぞれ帰路に着くことにした。陽も落ちるのも早くなったという事で、そのまま何もせず解散、ということになったのだ。私と久は、その時、帰る道が途中まで同じだということで、一緒に帰ることにした。福路は歩いて帰れる距離だし、龍門渕は迎えの車が用意してあるとのことで、私と久だけが此処まで電車に乗って来たのだ。それでも、駅に着けば乗る電車はそれぞれ別である。
だから、私と久は今二人きりと言うことになる。
ただ、久は。
二人きりになった途端、何時もの飄々とした態度を一変させ、なんだか少し表情を強張らせ始めたのだった。緊張––––は、無いだろう。多分。
思えば、二人きりになったのなんて、夏の合宿以来である。
だから––––でもあるのか、少し意識してしまう自分がいた。
うわぁ、やばい。
もう、何を話して良いのか、全然判らないわ。
夏の合宿ではあんなに二人きりで話せたのに、あの後、ゆみのことを意識するようになってからか、どうも二人っきりだと気まずくなる。結局、頭を精一杯からから廻して、やっと出て来た言葉が、
雪ね––––。
だもの。当たり前じゃない。
ゆみも、少し呆れていたようだった。でも、おかげで少し何時もの本調子を取り戻せた気がする。そもそも何を緊張してたのかしら––––ゆみだもの。
緊張の糸が緩んだのか、自然と笑みが溢れ始めた。そんな私を、ゆみは不思議そうに眺める。ゆみの長い睫毛が覗く切れ長の瞳と一瞬目が合い、私は少しどきっとした。
なんだろう、今日の私。
私とゆみとは、同じ麻雀を愛する同じ部長––––ゆみはちょっと違うけれどもまぁ、同じようなものね。とにかく、そこまで二人きりだからと言って緊張するような間柄じゃないわね。
恋人同士、と言う訳でもないのだし–––––。
と、考えた時。
何だか無性に寒くなった。
久「ゆみちん」
ゆみ「うわぁ……久」
ちょっとだけ––––抱き寄ってみる。
久「もぅ、ゆみちんの体、あったかーい」
なんだか、どきどきしてきた。
ゆみ「はぁ……まぁ、いいが––––その、ゆみちんとか言うの––––」
久「あら?嫌だった?」
ゆみ「別に––––嫌ではないが。その、まるで–––––」
蒲原みたいだ––––とゆみが言った。
また何か、きゅっと胸が締め付けられるような感覚だ。
私は、
久「蒲原みたいじゃ嫌?」
と、返した。
ゆみ「嫌じゃないが––––その……」
口ごもるゆみもなかなかレアね。
久「わはは……」
ゆみ「蒲原の真似か––––」
久「似てたかしら?」
小さな雪は、この空と別れるのが名残惜しいのか、ゆっくり空中を舞っている。
ゆみ「そうだな……まぁまぁ似てたな、特に顔が––––」
久「それって、私の顔が間抜けだって言うの?」
ゆみ「いや、そう言う訳じゃ……って言うか、間抜けだなんて蒲原が聞いたら怒るぞ」
久「どうやって?」
何時の間にか。
二人の歩くスピードもゆったりとしてきた。
ゆみ「その……えっと––––」
私はゆみの顔を覗き込む。
同性の私でもうっとりするくらい綺麗な顔だ。こりゃ、学校でもファンみたいなのが多いな。
ゆみ「こら」
久「ぷっ……何、それ?」
ゆみ「わ、笑うな。蒲原が怒った顔なんて、三年一緒だった私でも見たことが無いのだぞ」
久「だって––––それじゃあ、間抜けなのはゆみちんの方じゃない」
三年一緒か––––。
ゆみ「大体、久の蒲原の真似だって、そんなに似ては––––」
久「あら、なら他のにするわ」
私なんか、この一年間だけ––––それも別々の学校でそんなに頻繁には遭えないし、現に二人きりになったのなんか、今日で久しぶり。
久「うむ」
ゆみ「睦月か……『うむ』だけじゃないか」
久「でも私、麻雀プロカードのこと知らないし……睦月さんと言えば『うむ』じゃない?」
ゆみ「いや、物真似でカードのことまで詳しく語らなくても良いんじゃないか?」
久「じゃあ、妹尾さんは……やめとこ、私がやったら痛い子ね」
ゆみ「まぁ、妹尾はあの可愛らしい見た目だからな……久じゃ」
久「むっ、久じゃ……何?」
ゆみ「いや––––久じゃ……その、イメージが違うと言うか、久も可愛いけど別の系統って言うか––––」
おっ、可愛いか。
私は心の中で小さくピースした。
久「可愛いとか、嬉しいこと言っちゃってくれちゃって。煽てても何もでないわよ」
ゆみ「いや、煽てたんじゃなくて……その、久は私なんかと違ってまた女性らしいと言うか––––」
久「ゆみちんも充分、可愛いらしいわよ?」
ゆみ「いやぁ、私はその、可愛いという感じでは……」
ゆみが照れる。
何時もの凛々しい顔じゃなくて、こんな顔もするんだと、私は少し驚いた。それと同時にちょっと嬉しい。ゆみが私にこんな顔を見せてくれるなんて。
久「それじゃあ最後に、とっておきのを––––」
ゆみ「久?」
もうすぐ。
駅に着く。風越から駅へはそれほど長い距離ではないのだ。
久「先輩、大好きっす––––っ!!」
ゆみ「うわっ」
もうすぐ。
この時が終わるなら––––。
ゆみ「い、いきなり抱きつくな……」
久「ねぇ、今日何日か知ってる?」
ゆみ「今日は––––12月20日だが……」
明日はゆみの誕生日。
明日はあの子にあげるから、今日だけ。今、この時だけは––––。
時間にしても数十分程度、そんなに長くはなかったのに、なんだかとてもゆっくりとした時間だった。とても、ゆっくりとした––––。
二人の––––。
積もるかしら、雪。
と、私は言った。ゆみは相変わらずの仏頂面で、『さぁな……』と答えた。
何故だか私とゆみは急に無口になって、まるで雪が音を連れて行ったように静かだった。なのに感覚だけはだんだんと透明になっていき、別れるというのにまた少し悲しくなった。風も吹いていない、冷たい雪空の下で二人。
この雪は、明日まで降り続けるかしら––––。
明日まで––––。
カン!
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