携帯がポンコツのため更新遅いです。
台本形式と地の文の混合です。
ほのぼの、特にカップリングは決めません。
以上のことが大丈夫な方は
どうぞお付き合いください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1418568037
――――――
穂乃果「私たちが真姫ちゃんの目になるよ!」
穂乃果がそう言ったのは、朝練でのことだった。
真姫「はぁ? いきなりなによ?」
突然のことだったため、私は怪訝に感じながらそんな言葉を返した。
すると、穂乃果はビシッと私に指を向け、
穂乃果「その左目のことだよ!」
そう言った。
左目?
……あぁ、これ。
私は自分の左目に触る。
というより、左目を覆うように着けている眼帯を触った。
そう。
私は今、左目に眼帯を着けていた。
怪我とかじゃなくて、ただの物もらい。
そのせいで、左目が腫れてしまっている。
まぁ、あんまり見た目がよくないから、眼帯をつけてるってわけ。
でも……
真姫「別に、このくらい……何の支障もないし、大丈夫よ」
海未「確かに、いつもと変わらないように過ごしていますね」
そんな風に、海未も同意してくれる。
凛や花陽も、視界の隅でうんうんと頷いていた。
それを見て、私は穂乃果に向き直って、言う。
真姫「でしょ? だから、余計なことはしないでいいわ」
穂乃果「ぐっ! 余計なこと……」
私がそう言うと、穂乃果は膨れてしまった。
いや。
これくらいで膨れないでよ。
まぁまぁ、と言って穂乃果をなだめる役のことりには悪いとは思うけど。
まぁ。
いつもの穂乃果の思いつきだろうし……。
そう思って、私は話を終わらせることにした。
授業の時間も迫ってることだしね。
真姫「はい、この話はおしま――
そう、話を切り上げようとした時だった。
絵里「ちょっと待って」
真姫「……エリー?」
私の言葉を遮るように、エリーの声が響いた。
って、あれ?
エリーは?
絵里「こっちよ、真姫」
真姫「あっ」
エリーの姿が見えなくて、キョロキョロしていると、視界の左側から、エリーが現れた。
その顔には、少し呆れたような表情が浮かんでいる。
真姫「な、なに?」
絵里「……支障」
真姫「えっ?」
絵里「支障あるじゃない」
そう言って、ため息を吐くエリー。
そんなことないわ。
私はそんな風に、否定の言葉を出す。
けれど、エリーはそれを見て、またため息をついた。
そして、
絵里「…………希」
希「はぁい♪」
――さわっ――
エリーが希の名前を呼んだと同時に、私の体に変な感触が……。
いえ、体というより?
真姫「……っ!?」
希「素直にならない子にはぁ……ワシワシMAXや♪」
真姫「い、いやぁぁぁぁ!?」
――――――
真姫「はぁ……はぁ……っ」
花陽「真姫ちゃん、だ、だいじょうぶ?」
凛「ものすごく、息あがってるにゃ……」
真姫「だ、だいじょうぶよ……」
心配をしてくれる凛と花陽に答える。
ひ、ひどい目にあったわ。
真姫「希っ!」
希「なぁに?」
真姫「あなたねぇ……」
私は、ワシワシの実行犯を睨み付ける。
けど、当の本人はどこ吹く風。
ニヤニヤとしながら、気にしてない様子だった。
真姫「うぅぅぅ!」
絵里「まぁまぁ。真姫、落ち着いて」
指示したエリーも同罪よ!
そんな思いを込めて、唸る私をなだめながら、エリーは言葉を続ける。
絵里「真姫、あなた、希がどこから抱きついてきたか分かったかしら?」
真姫「はぁ? そんなの……」
いつもみたいに後ろから。
そう答えようとして、止まる。
そういえば、さっきの感触は……。
真姫「…………」
希「気づいたみたいやね、真姫ちゃん」
真姫「…………左から、でしょ」
私はため息を吐きながら、そんな風に結論付けた。
まぁ、触られた感じから簡単に分かることだけど……。
絵里「その通りよ」
絵里「普段なら、それくらい避けられたわよね?」
頷く。
後ろからならともかく、流石に左の普段視界に入る位置からのものなら避けられていた。
それは確かな事実だし。
それで?
これが、一体なんなのよ。
そう聞くと、エリーは
絵里「ほら、支障出てるじゃない?」
にこやかに、そう答えた。
穂乃果「そうだそうだ! 真姫ちゃん、支障出てるじゃん!」
ことり「ほ、ほのかちゃん……」
ここぞとばかりに便乗する穂乃果。
ことりもその様子に苦笑いを浮かべている。
真姫「うるさいわよ! こんなの、日常生活のうちに入らないわ!」
穂乃果「うぐっ、確かに……」
ことり「ほのかちゃん……」
はい、論破。
って、穂乃果、単純過ぎるわよ……。
いや。
今は穂乃果はどうでもいいわ。
なぜか穂乃果に賛同してるエリーや希をどうにかしないと。
真姫「とにかく希のそれを避けられなかっただけで、そんな風に決めつけないで」
絵里「でも、左側が死角なのは事実でしょう?」
真姫「そうよ。けど、薬も使ってるし、あと1週間もすれば治るわよ」
絵里「……でも」
エリーとのやりとりが続く。
正直、少しイライラしていた。
いつになく食い下がるエリーに……。
もうっ!
なんで、こんなにしつこいのよ!
だから、私はこう言おうとした。
ほっといて!
――なんて。
でも、その言葉は――
にこ「あぁ! もう! いい加減にしなさい!」
怒気をはらんだにこちゃんの一言に掻き消されてしまった。
にこちゃんは、そのまま私の目の前までやって来た。
そして、私のことを見上げ、言葉を続ける。
にこ「あんた、さっき、片足を側溝に突っ込みかけたわよね」
真姫「っ!?」
にこ「それに、体の左側にあった電柱にもぶつかってた」
真姫「なっ!?」
顔が一瞬で真っ赤になるのを感じた。
にこちゃんが言うそれは確かに今日の朝、登校するときにしてしまったミスで……。
って、にこちゃん、なんで知ってるのよっ!
希「ウチも見てたよ?」
真姫「!?」
絵里「……私も。真姫、私たちが見てたこと、気づいてなかったのね」
真姫「っ!?!?!?」
エリーに、希まで!?
うぅぅぅ。
こんなことって……。
にこ「真姫ちゃん」
下を向いて項垂れる私に、にこちゃんが声をかけた。
背の低いにこちゃんは、嫌なことに私の顔を下から覗き込むような形で私を見てくる。
真姫「なによっ!」
精一杯の虚勢。
正直、こんなので顔が真っ赤なのは誤魔化せるわけはないだろうけど。
そんな荒みかけた私に、にこちゃんは、
にこ「にこ達は、真姫ちゃんが心配なのよ」
そう言った。
普段はしないような真面目な顔で。
私の目をしっかりと見つめて。
にこ「今日は、真姫ちゃんが顔を真っ赤にする程度で済んだからいいけど」
にこ「もし、これが事故とかに繋がったら? 取り返しのつかないことになったら?」
にこ「……それを考えて、怖くなるのよ」
真姫「…………」
最後の言葉はボソリと、小さな声で。
にこちゃんはそう言った。
にこちゃんの言葉を聞き終わって、私は顔を上げる。
右側だけしか見えない不自由な視界。
そこには、心配そうに私を見つける8人の姿があった。
それを見て、私は気づく。
あぁ、そっか。
これは穂乃果の思いつきなんかじゃない。
これは皆が私のことを心配してくれて提案したことなんだって……。
真姫「…………皆、ありがとう」
気づけば、私はそう呟いていた。
私もずいぶん変わったわね。
でも、こんな風に素直に言葉を出せるようになったのは、嫌じゃない。
――――――
――――――
こうして。
私の左目が治るまでの期間、皆が私の目の代わりをしてくれることになったのだった。
――――――
今日はここまでです。
最初にも書きましたが
カップリングは特に考えてません。
皆でほのぼの会話とか絡んでいく感じですので、ご了承ください。
恐らく更新は明日になると思います。
――――――
昼休みのこと。
私は屋上で、凛と花陽とお昼ご飯を食べていた。
……んだけど、
凛「はい、あーん!」
真姫「ちょっと待って」
凛「?」
目の前には、首をかしげる凛。
その手には、私のお弁当と箸が握られていた。
つまり、
真姫「今日、凛が目の代わりをしてくれるのは分かったわ」
凛「うん! じゃんけんで勝ち取った一番目だからね!」
真姫「えぇ、それはいいの。けど、なんでその……あーんってしてるのよ……」
凛は、今日の当番?になったらしく、朝からずっと私を気づかってくれていた。
それは嬉しいしありがたいんだけど、これは必要ないでしょ?
別に左目が見えなくても、一人でお弁当は食べられるし。
なんて思っていたのだけれど、
凛「だ、だめ?」
真姫「うっ」
凛「凛、真姫ちゃんにあーんってしたいんだにゃ……」
そう言って、俯く凛。
うぅぅぅ。
そんな悲しそうな顔しないでよ。
そんな顔されたら……。
真姫「…………分かったわよ」
もうっ!
そんな顔されて、断れるわけないでしょ!
本当は、恥ずかしいから嫌なのに……。
まぁ、でも、
凛「真姫ちゃんっ!」
こんな風に、凛が笑ってくれるならいいのかしらね。
そんなことを思いながら、私は凛のあーんを受け続けたのでした。
花陽(真姫ちゃん、チョロい……)
――――――
――――――
凛「疲れたにゃぁぁ……」
花陽「今日は一段と海未ちゃん、気合入ってたもんね」
放課後の練習も終わって、帰路につく。
凛と花陽と一緒に。
真姫「お疲れさま、二人とも」
だれる凛とその隣で苦笑する花陽に、そう声をかける。
今日は私は見学だったから、凛たちに共感できないのがちょっと残念。
左目がこんな状態じゃなかったら、練習できたのに……。
左目を覆う眼帯を触りながら、クールな私らしくもないことを考える。
すると、
花陽「真姫ちゃん、痛むの?」
花陽がそう聞いてきた。
心配そうな顔だ。
凛「大丈夫? 真姫ちゃん?」
続けて、凛もそう言ってくる。
こちらも心配そうな表情をしてる。
いけない。
二人に心配かけちゃったわね。
真姫「大丈夫よ。ただ、これが邪魔なのよ。やっぱりいつもないものがあると、違和感があってね」
眼帯を指で軽く叩いて答える。
まぁ。
この答えでも間違ってはないわよね。
二人と疲れを共有できなくて、寂しかったとか、死んでも言えないし……。
花陽「それなら、いいんだけど……」
凛「そっかぁ」
凛「あっ!」
突然、凛が声をあげた。
私も花陽も、その声に体が跳ねる。
花陽「り、りんちゃん!?」
真姫「び、ビックリした……。なに? どうしたのよ?」
ごめんにゃ、と言って苦笑する凛。
凛はそのまま私の左側に回り込んできて――
凛「えいっ!」
――ぎゅぅぅぅ――
私の左腕に包み込まれるような感触が伝わる。
顔をそちらに向ければ、凛が私の左腕に抱きついているのが見えた。
真姫「な、なんのつもりよ、凛!」
凛「だって、今日の朝、真姫ちゃん、側溝に落たり電柱にぶつかったりしたんでしょ?」
真姫「うっ」
凛「だから、凛が真姫ちゃんの左側を守ってあげようと思って!」
凛は笑顔でそう言った。
た、確かに朝はそんなこともあったけど……。
そう言うと、凛はさらに得意気な表情を見せた。
これは昼休みと同じパターンに陥りそう。
そんな気配をなんとなく感じ取ってしまう。
けれど、私は同じ失敗を二度も繰り返すほど愚かじゃないわ。
昼休みは私だけで凛を止めようとしたのがそもそもの間違いだったわ。
ここは、凛のことを熟知している花陽に助けを求めましょ。
真姫「は、はなよ……」
花陽「あはは」
目で助けを求める。
けれど、花陽はそれに気づかないのか、ただ温かい眼差しで私たちのことを見守るだけで。
真姫「…………凛」
凛「なにかにゃ? 真姫ちゃん!」
真姫「この体勢は……」
凛「ぎゅってくっつくと温かくて、ほっとするにゃぁ。えへへ♪」
…………。
うん。
これは、また断れない雰囲気、なのね。
結局、私は凛を止めることもできず、真っ赤になりながら、家までの道を歩いたのだった。
――――――
――真姫宅
真姫「ただいま」
家に入って、一番にそう言う。
いつも通りの習慣。
真姫「…………」
けれど、返ってくる声はない。
これも、いつも通り。
当然よね。
たった今、鍵開けたんだから。
これで、声が帰ってきたら軽くホラーよ。
今日はパパもママも病院の方に行っていない。
だから、今日は家に1人。
まぁ。
そんなこと珍しくもないし、もう慣れてしまっている。
けれど、
真姫「……はぁ」
時々ため息が出てしまう。
今日はその、時々の日みたい。
病院が忙しいのは分かる。
総合病院というだけあって、規模の大きな病院だもの。
忙しくないわけがない。
パパ達が私のためにお仕事を頑張っているのも分かってるつもり。
だけど、やっぱり
真姫「寂しい、わよね」
こうやって、一人でいるときは本音がもれる。
いつもみたいに気を張っている必要がないから。
…………。
とりあえず、着替えてきましょうか。
――――――
――――――
夕食を適当に済ませた私は、部屋でベッドに横になっていた。
シャワーは夕食前に済ませたし、後は寝るだけ。
だけど、なんとなくまだ寝たくもない。
なにかを持て余してる感じ。
たぶんこれは練習が出来なかったせい。
真姫「それくらい、当たり前になってたのね」
ボソリと、ひとり呟く。
まったく。
最初は無理矢理入らされたようなものだったのにね。
今じゃ練習が出来なかっただけで、物足りなく感じるなんて。
あの頃の私が今の私を見たら、きっとビックリするわ。
そんなことを考えて、つい笑ってしまった。
――prprprpr――
真姫「ん?」
突然、携帯がなった。
デフォルトのままの着信音が部屋に響く。
誰かと思って、携帯を開くと、そこには『星空 凛』の文字。
私は通話のボタンを押して、携帯を耳に当てた。
『もしもーし! 真姫ちゃん?』
聞こえてきたのは凛の声。
まぁ、当然よね。
真姫「そうよ。どうかしたの?」
『うーんとね、今日のお礼を言おうと思って』
真姫「お礼?」
なにかあったかしら?
パッと思い浮かばない。
だから、それを凛に直接聞くと、
『だって、真姫ちゃん、凛のわがままに付き合ってくれたでしょ?』
『お弁当の時も、帰りの時も』
とのことらしい。
あ、凛、その自覚はあったのね。
『だから、凛のわがままに付き合ってくれて、ありがとうにゃ!』
真姫「ふふっ」
『えっ? 凛、なにかおかしなこと言ったかにゃ?』
真姫「ううん、なんでもない」
むしろお礼を言うのは私の方なのに。
お弁当の時はともかく、帰りはちゃんと私がぶつかったりしないようにエスコートしてくれたわけだしね。
そんなことを考えて、ついおかしくなってしまった。
けど、そうね。
私もちゃんと伝えておかないと……。
真姫「凛」
『なに? 真姫ちゃん!』
凛の名前を呼ぶ。
たぶん、家に一人で寂しさを感じていたからだと思う。
だから、
真姫「凛がいてくれて、助かったわ。それに……楽しかった」
真姫「だから、こちらこそ……ありがと」
なんて、いつもの私らしく言葉少なに。
でも、いつもの私らしからぬ素直な言葉を伝えることができた。
『っ!』
真姫「凛?」
電話口の向こうで、息を飲んでるような雰囲気を感じた。
どうしたのかしら?
『…………ま』
真姫「ま?」
『真姫ちゃんが素直にゃ!?』
真姫「は、はぁ?」
『び、びっくりしたぁ……』
一体なにかと思ったら……。
このくらいでビックリするんじゃないの!
私だって、たまには素直になるわよっ!
そう答えると、凛は
『えへへ、ごめんにゃぁ』
なんて、笑いながら謝ってくる。
まったく、失礼ね。
真姫「とにかく、私は一応伝えたから!」
『うん! 伝えられた!』
照れ隠しに捲し立てるように、言う。
ほんと、らしくないことをしたわ。
それから。
しばらくなんでもないような雑談をして――
『あ、そろそろ、凛、お風呂に入ってくるね!』
十時を回った頃、凛はそう言った。
真姫「分かったわ。……それじゃあ、おやすみ」
『うん、おやすみ!』
真姫「あったかくするのよ」
『うん、じゃあまた明日にゃ!』
そんなやりとりをして、電話を切った。
少しの間、通話終了の画面を見つめる。
真姫「ふふっ」
なぜか笑みがこぼれる。
なんでかしら?
たぶん考えてもその答えは出ないだろう。
だから、
真姫「…………勉強でもしましょ」
そんな風に呟いて、ベッドから体を起こす。
まだ寝るには早いし、時間は有効に使わないとね。
そして、私は寝るまでの間、机に向かったのだった。
そういえば。
私の中の寂しさは、いつの間にか少しだけ消えていた。
――――――
今日はここまで。
読んでくださってる方には申し訳ないのですが
ちょっと言葉やら展開やらが出てこないので
次の更新までに少し時間が空くかもしれません。
本当に申し訳ないです。
――真姫宅
朝。
私はいつも通りの時間に起きて、家を出る準備をしていた。
これのせいでダンス練習も出来ないのに、朝練に行くのね。
なんて、朝からひねくれたことを考えながら、玄関に向かう。
その間も、なんとなく眼帯を触ってしまっていた。
眼帯の上からでも、患部を触るのは、あまりよくないんだけど。
でも、
真姫「……ほんと、邪魔よね」
そんな風に、つい毒づいてしまう。
こうしても治るわけでもないけれど、言わずにはいられなかった。
……はぁ。
とにかく早く学校に行きましょ。
ここに一人でいたってしょうがないもの。
心の中で、そう言って、私は靴を履いた。
もう両親は病院へ行って、家には誰もいないけど。
とりあえず、私は無人になる家に向かって、こう呟いた。
真姫「……行ってきます」
――ガチャッ――
ことり「あ、おはよう♪ 真姫ちゃん」
真姫「えっ?」
家のドアを開けると
そこには、ことりが笑顔で立っていた。
ことりの突然の来訪に、私の頭は軽くパニックを起こしていて……。
真姫「な、なんでことりが!?」
ちょっと上擦った声が出てしまう。
そんな私に、にこにこと柔らかい笑顔を浮かべることりはこう言った。
ことり「今日は、ことりが真姫ちゃんの左目当番です♪」
――――――
――通学路
真姫「ねぇ、ことり?」
ことり「なぁに? 真姫ちゃん♪」
なにやら上機嫌な様子のことりが、いつも以上に甘ったるい声を出す。
……私の耳元で。
真姫「なんで私に抱きついてるのよ……」
ことり「えへへぇ♪」
そう。
ことりは私の左腕に抱きついていた。
それこそ、昨日の凛と同じように。
笑顔のことりは、こう言葉を続ける。
ことり「だって、あったかくてぇ」
真姫「あ、あったかいって」
まぁ、それは確かに。
朝だから、あまり気温も高くないから、こうしていると温かいけど。
でも、流石に恥ずかしいわ……。
そんなことを考えて、私はことりから目を反らした。
ことり「ふふふ」
不意に、左側からことりの笑い声が聞こえてきた。
しかも、なんだか含みのある笑い方。
なによ!
そう言って、ことりの方に向き直る。
すると、ことりは私の顔を見て、にこにことしていた。
真姫「だから、なによっ! な、なにかあるなら、言いなさい!」
ことり「えっとね……ほら♪」
そう言って、笑顔のまま、ことりは私に携帯の画面を見せてきた。
そこには……って!?
真姫「なんで、私のこと撮ってるのよっ!? 」
携帯には、今さっき撮ったであろう私の横顔が写っていた。
ことり「だって、顔を真っ赤にする真姫ちゃん可愛くてっ♪」
悪びれる様子もなく、そんなことを言うことり。
うっ。
確かに、横から見ても分かるくらい顔赤いじゃない!
もうっ!
こんな写真ダメよっ!
消しなさい!
そう言いながら、私はことりの携帯に手を伸ばす。
そして、携帯に手が触れたその時、
ことり「真姫ちゃん! おねがぁい♪」
ことりが私に訴えかけてきた。
ことりの常套手段。
海未も陥落する必殺の上目遣い。
ふっ。
確かに、これを断るのは至難の技ね。
でも、私には効かないわっ!
ことり「まきちゃぁん……」
真姫「…………」
うるうると、目を潤ませることり。
……はぁ。
ほんと、私って――
真姫「……いみわかんない」
ことり「えへへっ」
――押しに弱いわ。
――――――
――――――
昼休みは、屋上で。
2年生3人とお弁当を広げていた。
本当は凛たちと教室で食べようと思ってたんだけど……。
ことり「連れてきちゃった♪」
穂乃果「ようこそ! 真姫ちゃん!」
真姫「…………」
強引に、ことりに連れてこさせられた私。
いや。
正確には、強引にではないんだけど。
海未「真姫」
ふと、海未が私に小声で話しかけてきた。
なによ、と私も小声で返す。
海未「もしかして、真姫もことりのあれにやられたのですか?」
真姫「あれ? ……あぁ」
聞き返して、数秒で思い至った。
『あれ』
海未が言っているのはたぶん、ことりの『おねがぁい♪』のことなんでしょう。
……まぁ。
口に出すまでもなくその通りで。
昼休み前に私の教室に来たことりは、私に対してそれを使った。
私にそれを断る術もなく、朝同様、ことりのお願いを聞くことになってしまったのだった。
海未「……やはり、ですか」
真姫「えぇ……」
どうやら察してくれたようで、海未は私に同情の目を向ける。
そして、こう続けた。
海未「意志を強く持ってください。そうしないと、ずっと流されてしまいますから」
経験者は語る。
幼馴染みなだけあって、海未の言葉は説得力があるわね。
その忠告、しっかりと心に刻むとしましょう。
ことり「ねぇ、真姫ちゃん♪」
真姫「な、なによ?」
ことり「ことりに、あーん♪ させて?」
真姫「ヴぇぇぇ!?」
ことり「おねがぁい♪」
真姫「…………」
え?
ちゃんと断ったかって?
……聞かないで。
海未(あぁ、すでに時遅し、ですか……)
――――――
――――――
真姫「ことり」
ことり「やーん♪ 真姫ちゃん、可愛いっ!」
真姫「ことりさん」
ことり「あっ、こっちのメイド服も似合うかも♪」
真姫「…………」
ことり「フリフリの衣装とかぁ、思い切って、パジャマとか♪」
真姫「…………」
放課後。
本来なら、屋上で練習をしている時間に、私とことりは部室にいた。
ことり曰く、次の新曲のための衣装を考えたい、だそうで。
私はその生け贄、もとい着せ替え人形になっているの。
まぁ、左側が見えないせいで
練習にも参加できない身だから、こういうところで貢献しとかないとね。
でも、正直、可愛いものを見て暴走することりの相手は中々にきついわ。
真姫「あの、こと――
ことり「あっ! 今度はこれ来てみてね、真姫ちゃん♪」
真姫「…………え、えぇ」
――――――
結局、ことりが落ち着いたのは、それから一時間くらいしてからのことだった。
ことり「ごめんね、真姫ちゃん。わたし、つい暴走しちゃって……」
そう言って、しゅんとすることり。
真姫「はぁ、ほんとよ」
ため息をひとつ吐く。
本当は気にしないで、とか言うべきなんだろうけど。
今回は本当に疲れたし。
それに――
真姫「まだ新曲もできてないのに、気が早いんじゃない?」
ことり「あはは……」
私の指摘に、ことりは苦笑いを浮かべた。
ことりもそれは気づいていたみたいで、それもそうなんだけど、なんて言っている。
真姫「まぁ、衣装も一朝一夕で出来るものじゃないし、早い段階から進めておくのはいいだろうけど……」
ことり「……うん。曲のイメージがないと、やっぱり、ね?」
やっぱりそうよね。
……新曲、か。
私も曲を作りたいから早めに歌詞が欲しかったりする。
だから、
真姫「海未はどんな感じなの?」
私はそれを聞いた。
作詞担当の海未。
彼女の詞がなければ、曲らしい曲も作れないし、イメージに合わせた衣装も作れない。
普段の海未なら、すぐに詞をあげてくれる。
だけど、どうやら海未は苦戦しているようで……。
ううんと首を傾げることりの様子からも、海未の作詞があまり順調でないことがわかってしまった。
真姫「芳しくないってわけ?」
ことり「そうみたい……」
ことりの表情が曇る。
きっとことりも海未のことを心配しているんだろう。
そんなことりを見ていて。
海未が苦悩してる様子を想像して。
真姫「…………ねぇ、ことり?」
私は、こう言っていた。
真姫「明日の私の左目担当は、海未にしてもらえない?」
――――――
今日はここまでです。
途切れ途切れの更新になってますが、ご了承ください。
完結したらのぞえりも書きたいです。
次の更新は夜になるかと思います。
では。
――――――
真姫「あ、海未」
そう言って、立派な玄関から真姫が姿を見せました。
左目はやはりまだ治らないようで、眼帯が真姫の雰囲気から浮いているように感じますね。
海未「おはようございます、真姫」
朝の挨拶をすると、真姫もそれに返してくれました。
……さて。
私は、真姫の隣に並びます。
もちろん左側に。
真姫「…………」
海未「…………」
しばらく無言で通学路を歩く私と真姫。
その間、私は周りの景色を見渡しながら歩きます。
真姫の家は私や穂乃果の家とは方向が大分違うので、面白いものですね。
すると、そんな私の様子が気になったのか、
真姫「どうしたの? キョロキョロして」
真姫は、そんな風に指摘をしてきました。
私としたことが他の方からも分かるくらい挙動不審だったのでしょうか。
いけないいけない。
気を付けなくては……。
私は、真姫に正直に思っていたことを話しました。
まぁ、ただ景色が物珍しかったというだけの理由なのですが。
真姫「ふぅん。ま、いいんじゃない?」
海未「真姫?」
真姫「こういう小さなことだって、もしかしたら作詞に役立つかもしれないんでしょ?」
海未「あっ」
そんなことを言う真姫。
その一言で、私は今日、真姫が私を指名した理由がわかったような気がしました。
だから、
海未「ふふっ、そうですね」
少しだけ赤い顔をする真姫に、そんな風に言葉を返したのです。
――――――
――――――
真姫「海未は無理なことを言ってこなくて助かるわ」
昼休み。
屋上でお弁当をいただいていると、真姫がそんなことを呟きました。
二人だけということもあって、真姫には珍しく本音を出せているようですね。
ただ、なにやらその声からは、疲れを感じられて……。
海未「まぁ……。凛、ことりと続きましたからね」
苦笑しながら、そう声をかけました。
それを聞いて、そうなのよ、とため息をつきながら真姫は言葉を続けます。
真姫「お昼は、なぜかお弁当を食べさせられたし」
真姫「昨日の帰りのも見たでしょ?」
海未「はい、昨日のあれですね」
真姫が言っているのは、昨日の帰り、ことりがずっと真姫の左腕にくっついていたことてしょう。
確かに、あれは……。
真姫「それに、凛にも同じことをされたわ」
海未「……あぁ」
少しだけ同情してしまいますね。
あれは確かに恥ずかしそうですし。
あ、あーんなんて……。
「海未ちゃんに食べてほしいな♪ はい、あーん♪」
いやいやいやいや!?
なにを考えているのですか、園田海未っ!
ぶんぶんと首を振って、変な想像を打ち消します。
真姫「海未?」
海未「ひゃい!?」
真姫「…………」
海未「…………」
真姫「…………大丈夫?」
海未「……問題ありません」
大丈夫です。
ことりのあ、あーんなんて考えてませんから。!
更新されてますかね?
真姫「ところで……」
お弁当を食べ終わった頃に、真姫が話を切り出しました。
と思ったら、
真姫「…………」
海未「? 真姫?」
なぜか口を『で』の形に開いたまま黙ってしまった真姫。
どうしたのでしょうか?
真姫「…………えぇと」
しばらくして、真姫はこう続けました。
真姫「最近、生徒会の方はどう?」
海未「? まぁ、忙しいですが、充実はしていますよ」
真姫の疑問に私はそんな風に答えを返しました。
しかし、このようなことでなぜ口ごもったのでしょう?
普通に聞けばいいでしょうに。
海未「しかし、真姫が生徒会のことを聞いてくるのは珍しいですね」
真姫「ヴぇぇぇ、べ、別になんとなく気になっただけよ!」
ふむ?
やはり真姫の様子が変ですね。
――キーンコーンカーンコーン――
と、そんなやりとりをしていたらいつの間にか午後の授業の予鈴が鳴ってしまいました。
まぁ、放課後も時間がありますし、その時にでも聞いてみるとしましょうか。
海未「それでは、真姫」
真姫「なに?」
海未「送っていきますよ、教室まで」
真姫「…………ありがと」
――――――
――――――
失敗したわね。
というか、時間が足りなかったわ。
本当は聞きたかったのは、生徒会のことじゃなかったのに。
昼休みに、海未に聞こうとしたのは作詞のこと。
作詞がはかどってないみたいだから、それをどうにか手伝えないか、ということ。
それに、どうにか海未の負担を減らせないかってこと。
だって、作詞はもちろん、練習メニューを考えたり練習を指揮しているのも海未なのよ?
それに、家での稽古。
生徒会のことだって、関係ない訳じゃない。
副会長だからって、仕事が少ない訳じゃないだろうしね。
なのに、
真姫「なんで、言葉が出てこないのよ……」
ボソリと呟く。
こんなとき、言葉が出てこない自分が嫌になる。
こんなの素直じゃなくても言えるじゃない……。
真姫「……はぁ」
花陽「……凛ちゃん、次の問題当たるよっ」
凛「Zzz……」
花陽「凛ちゃんっ」
真姫「…………はぁ」
ため息しか出ないわ。
――――――
今日はここまでです。
かなりペース落ちてて、申し訳ない。
更新はまた夜に。
――――――
海未「では、始めましょうか」
真姫「……なにを?」
なにも聞かされないまま、連れてこられたのは音楽室。
そこで海未と二人、机を挟んで座っていた。
海未「作詞ですよ」
真姫「えっ?」
海未「しばらく真姫は練習に参加できませんよね」
真姫「えぇ、まぁ」
海未「ですから、ダンス以外にできることを真姫に手伝ってもらおうということを、絵里と希と話していたのです」
ですから、今日は作詞を手伝っていただこうかと。
そう言って、海未は微笑んだ。
まさか海未からそれを言ってくるなんて……。
私が午後の授業で悩んでいたのは、なんだったのかしら。
海未「真姫?」
真姫「分かったわ。任せなさい」
午後の時間がまったくの無駄になったことを考えて、少しだけ自棄にやる。
ま、結果オーライね。
今日、海未に左目担当をお願いしたのだって、作詞で悩んでる海未の力になれたらって思ったからだし。
海未「よろしくお願いします」
そんな海未の一言で、二人での作詞が始まったのだった。
――――――
――――――
作詞開始から一時間。
私と海未は、
海未「…………うぅぅぅ」
真姫「…………はぁぁ」
疲弊していた。
二人とも机に突っ伏して唸っている。
他の人が見たらかなりシュールな光景でしょうね。
なんて考えながらも、体は動かない。
真姫「疲れたわ……」
海未「そ、そうですね」
海未が案を出しては、私が却下し。
私が海未の作詞ノートを見ようとして、海未がそれを慌てて止めたり。
私が海未の歌詞を聞いて、背中がむず痒くなったり。
そんな風に、作詞以外の作業で体力と気力を使ってしまった。
ほ、ほんと、なんであんなにはしゃいでたのかしら……。
しばらくして、少しだけ回復した私たちは、話をしながら、また思考を巡らす。
海未「なかなか進みませんね」
真姫「まぁ、そうね」
海未「…………」
真姫「…………」
無言。
手持ち無沙汰。
手元のペンをくるくると回す。
もちろん、そんなことをしても、どうにも考えがまとまらないけど。
真姫「海未?」
海未「…………ん」
煮詰まって、しばらく二人で無言でいたせいだと思う。
珍しいことに、海未がうつらうつらと舟をこいでいた。
やっぱり疲れてたのね。
今まで外見からは分からなかったけど。
海未の寝顔。
合宿で見て以来ね。
ほんと珍しい。
そう思いながら、海未の顔を覗き込む。
長いまつげ。
整った顔立ち。
それに、艶やかな黒髪。
大和撫子っていう言葉が本当に似合う。
綺麗。
素直にそう思うわ。
まぁ、話している分には真面目の皮を被った変な人なんだけどね。
真姫「ふふっ」
思わず、笑ってしまった。
まったく無防備なんだから。
ことりがいたら、きっと寝顔を撮られているわよ。
なんて、ね。
真姫「……お疲れ様、海未」
海未「んっ」
海未の髪を撫でてみる。
私らしくもない。
けど――
真姫「たまには、こういうのもいいわよね?」
それから、少しだけの間。
起きる気配のない海未の髪を撫で続けていた。
――――――
ふと、机の上にあるノートに目がいった。
海未が作詞している時に使っていたノート。
そういえば、結局、このノート見せてもらえなかったのよね。
……えっと。
真姫「…………海未が寝てるのが悪いんだからね」
そんなことを言って、ノートに手を伸ばす。
真姫「…………」
パラパラと、ノートをめくる。
そこには沢山の単語。
それに、ポエムが書かれていて。
中には、私には耐えられないようなフワフワしたものもあって……。
これが採用にならなくてよかった。
なんて、失礼なことも思ってみたり。
そして、
真姫「……これって」
あるページで、手が止まった。
そこには、『新曲』の二文字。
『チャンス』『奇跡』『ひとつになる』
そんな風に、単語が乱雑に書き込まれていて。
中でも、目を引いたのは……。
真姫「これって……」
――――――
――――――
一体、なにをしてるのよ……。
作詞をする海未と真姫の様子を見に来た私は、今、音楽室のドアごしに中の様子を覗き見ていた。
覗き見なんて、よろしくないのはわかっている。
けれど、入れるような雰囲気じゃないんだから、仕方ないじゃないっ!
だって、だって――
絵里「なんで、真姫は海未の髪を撫でてるのよっ」
中の二人に聞こえないように、小声で突っ込みを入れる。
海未もされるがままだし!
それに、真姫のあんな優しげな表情、見たことないわよ!?
ま、まさか……。
――――――
「海未の髪、綺麗よね」
「んっ、真姫っ、そんな……撫でないでください」
「ふふっ、可愛いわ」
「っ! 真姫っ」
「……海未」
「も、もっと、触って、ください……」
――――――
なんてことに。
絵里「っ! 流石に……」
そこまではないかもしれない。
けれど、女子校だとそういうのもあり得るって、希も言っていたし。
もし、二人の関係が……その、爛れたものなのだとしたら、私が正さないと!
引退したとはいえ、元生徒会長が黙っているわけにはいかないわ。
絵里「…………よし、決めた」
明日、その真偽を確かめるとしようじゃない!
――――――
今日はおそらくここまでです。
更新はまた夜に。
今日は更新できなさそうです。
読んでくださってる方、申し訳ありません。
今日の夜には必ず…
――――――
絵里「おはよう、真姫」
そう言って、現れたのはエリーこと絢瀬絵里その人。
というのも、昨日の夜、エリーから連絡があって、今日の左目担当をやってもらうことになったってわけ。
真姫「おはよう、それとよろしく、エリー」
そう言葉を返して、私はエリーの隣に並んだ。
そのまま二人で通学路を歩く。
絵里「どう? 左目は?」
真姫「まだ治りはしないわよ。まぁ、少しはましになってるけど」
絵里「そ。なら、よかったわ」
私の言葉を聞いて安心したのか、エリーは微笑んだ。
その様子を見て、
ほんと、綺麗よね。
なんて、素で思ってしまう。
海未も綺麗ではあるけれど、エリーはそれとはまた違った美しさがある。
金髪なんて、普通の日本人じゃ似合わないもの。
それに、スタイルもモデル並み。
そこは、さすがクォーターっていったところかしら。
まぁ、エリーのことだから
綺麗でいるための努力もしているんだろうけどね。
それに、身長も私と1㎝しか違わないのに、それ以上に見える。
オーラってやつ?
生徒会長を退いてもまだエリーの凄みっていうのは衰えないわね。
えっ?
人を素直に誉めるのは私らしくない?
……うるさいわね。
べつにいいでしょ。
絵里「……真姫?」
真姫「……えっ?」
絵里「あまり見られると、恥ずかしいのだけれど……」
どうやらエリーのことをじっと見つめすぎたようで、本人にそんなことを言われた。
心なしか顔が赤い気もする。
別に見てないわよ!
そんな風に答える私に、エリーは苦笑を返してくる。
真姫「な、なによ、その目はっ!」
困った子を見るような視線を送ってくるエリーに、私はつい詰めよってしまった。
いつものことだ。
いじっぱりで素直じゃない私はそんな反応をしてしまう。
まぁ、でも、エリーなら。
ごめんごめん、なんて謝りながら、大人な対応をしてくれるはずよね。
絵里「……っ!?」
真姫「…………エリー?」
てっきり、いつものように対応してくれると思ったら、予想外の反応をするエリー。
なんで、顔反らすのよ?
しかも……。
真姫「なんで、顔真っ赤なの?」
絵里「っ!? な、なんでもないわっ!」
真姫「???」
結局、エリーは私の質問に答えず、登校中、終始真っ赤なままだった。
一体、なんなの?
――――――
――――――
窓際一番後ろの、私の席。
そこで項垂れつつ、私は自分の失敗を反省していた。
失敗。
それはすなわち
絵里「真姫から昨日のことを聞き出せなかったわ……」
そう。
昨日、私は、真姫が海未と音楽室でいい感じな雰囲気になっていたところを目撃した。
そこから私は二人がただならぬ関係なのではと推測していた。
だから、今朝、その真偽を確かめようと思ったのだけど……。
絵里「はぁ」
だって、仕方ないじゃない!
真姫の顔があんなに近くに来たら、嫌が応にも昨日の二人の雰囲気を思い出してしまうんだもの。
そんなことを考えて、悩んでいたら……。
希「えーりち♪」
絵里「希?」
希が私に声をかけてきた。
困り顔をしてある私とは、対照的な柔和な笑顔を浮かべている。
希「どうしたん? 朝からそんな顔してると運気が逃げてまうよ?」
絵里「まぁ、ちょっとね……」
そんな風に言葉を濁して、目を反らす。
流石に、昨日のことを言うわけにもいかないものね。
海未と真姫がいい雰囲気になっていた、なんて……。
絵里「気にしないで、なんでもないのよ」
私はそう言って、笑顔を無理矢理作る。
この話はおしまい、と言う代わりに。
そう。
これは私がちゃんと見極めないといけないの。
だから――
希「えりち」
絵里「え?」
不意に、希に名前を呼ばれた。
気づくと、希の顔は私にどんどん近づいてきていた。
って!?
絵里「ちょっ、の、のぞみ!?」
希「…………」
絵里「っ!?」
反射的に目を閉じる。
まぶたの裏にはなぜか、昨日の真姫と海未の様子が浮かんでいた。
優しく海未の髪を撫でる真姫。
いい雰囲気の二人。
今の希の表情は、少しだけ、ほんの少しだけ、そのとき私が見た真姫の表情に似ていて……。
だから、私は目を閉じてしまった。
『なにか』をされる。
そう思ってしまったから。
けど、いつまで経っても、その『なにか』をされることはなくて、その代わりに、
希「ほら、やっぱり嘘ついてる」
絵里「…………えっ?」
そんな言葉が降ってきた。
ぽかんとする私を尻目に、希は言葉を続ける。
希「なんでもない、なんて大嘘」
希「えりちは、なにか大変なことを胸の内に隠してるみたいやね」
絵里「…………」
図星すぎて、言葉が出てこなかった。
もしメンバーに伝わったら、きっと大変なことになる。
そう思って、一人で解決しようとしていた。
なのに、希はそんな私の思いを見破っていて。
希「水くさいやん♪ そういうことはウチにも話してくれんと♪」
絵里「…………希」
ほんと、敵わないわね。
そう言うと、希は
希「伊達に、会長さんの補佐を一年もしてきたわけじゃないんよ」
そう言って、にっこりと笑った。
――――――
――――――
真姫「…………」
絵里「…………」
希「…………」
にこ「…………なによ、この状況」
この状況に、最初に突っ込んでくれたのは、にこちゃんだった。
昼休み。
お弁当を一緒に食べようと誘われた私は、先導するエリーの後についていった。
辿り着いたのは、アイドル研究部の部室。
そこには、エリーに誘われたのか希とにこちゃんもいた。
……そう。
そこまではよかったのよ。
まず、私を椅子に座らせたエリーは、机を挟んで対面に座った。
次に、希がにこちゃんをエリーの隣に座らせた。
そして、希が二人の後ろに仁王立ち。
部屋の照明は消えており、カーテンも閉めきられている状態。
照明は机上の電気スタンドのみ。
まるで、
希「取調室みたい……そう思った?」
私の心の内を読み取ったように、希が言葉を紡いだ。
まぁ、そう思ったけど。
真姫「なんの真似よっ、エリー、希」
とりあえず、そう聞いてみる。
正直、なにがなんだか……。
混乱する私。
意味深に黙る希。
ジト目で横に座るエリーを睨むにこちゃん。
私たちの間には、重々しい沈黙。
その沈黙を破るように、エリーは口を開いた。
絵里「……真姫」
真姫「なに?」
絵里「単刀直入に聞くわ」
真姫「だから、なによっ!」
絵里「あなた、海未と付き合っているわね?」
真姫「………………は?」
絵里「真姫、隠さなくていいわ」
絵里「同性でということに気が引けているのは分かる」
絵里「けれど、二人がもし本当に愛し合っているのなら、私はなにも言わない」
絵里「むしろ、二人を応援するわ」
絵里「みんなに受け入れてもらえるように、全力でバックアップするつもりよ」
絵里「ただ、その……」
絵里「学校で、変なことをするのだけは止めなさいね?」
絵里「わ、私たちは学校を代表するスクールアイドルなんだから、ね?」
真姫「…………」
にこ「…………」
希「…………ぷっ、くくっ」
絵里「だから、真姫」
絵里「真実を教えて」
真姫「イミワカンナイ」
え、一体、これはなんなのよ。
なんで、こんな話になっているのか、私には理解できなかった。
ただ、ひとつだけ、はっきり分かることもある。
それは――
希「くくっ、ふっ……」
うん。
あそこで笑ってる誰かさんのせいで話がややこしくなってるのはわかったわ。
――――――
――――――
真姫「というわけで、海未とはなにもないわよ」
絵里「そ、そうなのね」
勘違いしてごめんなさい。
昨日の出来事を話すと、エリーはそう言って謝った。
謝られても困るけど。
別に実害があったわけでもないしね。
にこ「ま、恋愛事なんて、アイドルにはご法度だしぃ? その辺は真姫ちゃんもわかってるでしょ」
真姫「当たり前よっ」
にこちゃんに言われるまでもないわ!
……それに、恋とはよく分からないし。
じゃなくてっ!
真姫「と、とにかくなにもないからっ!」
首を横に振ってから、私はエリーにそう言った。
エリーも納得してくれたようで、
絵里「わ、わかったわ」
若干、苦い表情でそんな風に返した。
そして、
希「いやぁ、誤解が解けてよかったわぁ♪」
にこにこしながら言う希。
いえ。
これは、にこにこというより、ニヤニヤね。
希「一事はどうなることかと思ったけど、よかったよかった」
絵里「そうね」
真姫「…………」
にこ「…………」
なにも知らないエリーは希に同意する。
取り調べの間、希の様子を見ていた私。
それに、たぶんにこちゃんも気づいてる。
だから、私とにこちゃんは無言で頷き合って、
にこ「絵里」
絵里「ん? なに?」
真姫「希はたぶん――」
希の罪を告発したのだった。
その後、希がエリーにどこかに連行されていったのは言うまでもないわよね。
――――――
とりあえず今日はここまでです。
毎度のことながら短くて申し訳ない。
次の更新は恐らく月曜日になるかと思います。
――――――
絵里「まったく、希も人が悪いわ」
希「えりちが勘違いしてるのが面白くて、つい♪」
放課後の練習終わり。
私は絵里と希と一緒に帰路についていた。
話題はやっぱり昼のこと。
真姫「ま、海未に言わなかっただけ、ましね」
海未が知ったら、真っ赤になっていたでしょうね。
ことり辺りは変にテンション上がりそうだし。
凛や花陽はどんな反応したかしら。
ふふっ。
希「……真姫ちゃん、楽しそうやね」
真姫「えっ?」
ふと、希がそんなことを言ってきた。
私の顔を見て、柔和な笑みを浮かべてる。
楽しそう?
私が?
その言葉に、いまいちピンと来なくて、二人に尋ねる。
すると、二人は微笑みながら、頷いた。
絵里「自覚ない? 真姫、笑ってるわ」
希「ほら、鏡で見てみ?」
希が私の前に突き出してきた手鏡。
そこには、緩んだ表情の私がいた。
真姫「なっ!? うぅぅ……」
それを見て、なんだか恥ずかしくなってしまう。
鏡の中の彼女の顔が徐々に赤らんでくるのを見て、さらに恥ずかしくなる。
そんな悪循環。
真姫「なんで、私……」
こんなに緩んでるのよ。
恥ずかしさで、言葉には出せない。
ただ、希はその先の言葉を察したみたいで、
希「楽しいんよ」
希「きっと、真姫ちゃんは今の日常が楽しいんよ」
そう言った。
そうね、ってエリーも希に同意してる。
絵里「真姫、最近ご両親が夜遅いことが多いんでしょ?」
真姫「えぇ、まぁ」
絵里「だから、じゃない?」
真姫「?」
だから?
絵里がなにを言いたいのか、捉えきれない。
そんな私の様子を見て、希はこう補足した。
希「みんなでワイワイできるのが、きっと真姫ちゃんは気に入ってるんと違う?」
希「朝からμ's の誰かが迎えに来てくれて、昼も誰かに振り回されて、帰りも話しながら家まで来てくれる人がいる」
希「騒がしいけど、楽しいやん?」
真姫「…………」
ウチもその気持ち、少し分かるしな♪
そう言って、希は笑いかけてくる。
希が言ってること。
いつもの私だったら、べつに、なんて素直じゃない言葉を返していたでしょうね。
けれど、なんとなく、今は、
真姫「……そう、かも」
それを素直に受け入れたい気持ちだった。
最近は両親も夜遅くて、家では1人。
学校では皆と会えるけれど、ここまでしつこくはしてこない。
まぁ、うっとうしいって言えばそうなんだけどね。
でも――
真姫「楽しいわ……」
手鏡に映るその顔は、見たこともないくらい優しい表情をしていた。
――――――
絵里「それじゃ、また月曜日に」
希「ゆっくりするんやよ♪」
真姫「えぇ」
私の家の前で、二人に別れを告げる。
ヒラヒラと手を振る希とエリーに背を向け、私は玄関の扉を開けた。
その時、
絵里「あ、ねぇ、真姫!」
エリーが声をあげた。
振り返る。
真姫「なに?」
私が振り向いたのを確認したエリーは言葉を続けた。
絵里「海未の作詞は順調だった?」
エリーの疑問はそのことだった。
あぁ。
そういえば言うの忘れてたわね。
昨日の帰り。
海未と交わした会話を思い出しながら、私は二人にこう答えた。
真姫「今回、私が作詞するから」
その言葉の裏には、自信。
それは、今さっきの会話で、ひとつのアイディアを閃いていたから。
みんなへの想いを込めた詞を作ろう。
そんなアイディアを。
――――――
更新遅れて申し訳ないです。
また少しずつ書いていきます。
――――――
花陽「真姫ちゃん、大丈夫?」
凛「顔色すごく悪いにゃ」
月曜日の朝。
私の家まで迎えに来てくれた凛と花陽は、出会い頭にそう言ってきた。
真姫「大丈夫。ただ少し寝てないだけ」
この土日の睡眠時間は合わせて四時間程度。
単純計算して、一日二時間しか寝ていない計算になる。
しょうがないじゃない!
作詞は思ってたよりずっと難しくて、気づいたら日が登りはじめてたのよ……。
花陽「ほ、保健室で休む?」
今日の左目担当を申し出てくれた花陽も、心配そうな顔で、私を見つめていた。
失敗だったわ。
凛にも花陽にも心配かけちゃって……。
罪悪感を感じながらも、大丈夫よ、とだけ答える。
意地っ張りというかなんというか。
その強情さには自分でも呆れちゃうわ。
未だに見えない左の視界と
鉛のように重い体をうっとうしく思いながら、私は二人と学校を目指した。
――――――
――――――
学校に着いてから、朝練の見学。
そして、午前中の授業を受けて、やっと昼休みになった。
ここまで昼休みが嬉しく感じたのは初めてかもしれない。
ただ――
真姫「うぅぅ」
食欲は一切なかった。
眠気と怠さで、胃が食べ物を受け付けてない。
だから、部室の机に突っ伏して、唸るしかできない。
花陽「真姫ちゃん……辛そうだね」
そんな私の様子を見て、花陽が心配そうな表情を浮かべている。
申し訳ないとは思うけど、朝と違って虚勢をはる気力も今の私にはなかった。
だから、つい花陽に弱音を吐いてしまう。
真姫「作詞するとか言ったの、誰よ……」
花陽「えっと……」
私だった。
もう、支離滅裂すぎ。
二日もかけて、作詞が終わってないこともたぶん私の気持ちを追い詰めてるんだと思う。
作曲ならすぐできるのに……。
そんなことを思いながら、ぐるぐると頭の回るなにかに、気持ち悪さを覚えていた。
花陽「…………そうだ! 真姫ちゃん!」
真姫「なに、花陽?」
不意に、花陽が私の名前を呼んだ。
そして、花陽はなにやら部室のパイプ椅子を動かし始めて……。
花陽「……はい、どうぞ」
真姫「?」
数分後には、ぴったりと四つのパイプ椅子が一列に繋がっていた。
四つの椅子のはしっこには、花陽が座っている。
ポンポンと自分の太ももを軽く叩きながら。
え?
これって、つまり?
花陽「膝枕、させて?」
花陽「いすを並べただけだから固いけど、花陽が真姫ちゃんにしてあげられることって、これくらいしかないから……」
困ったような笑みを浮かべて、花陽はそう言った。
保健室に行こう。
午前中、そう言っても聞かなかった私に配慮してくれたんだろう。
だから、部室で膝枕。
凛はエリー達のところにお昼ご飯を食べに行っているから、今ここには、花陽と二人っきり。
普段の私なら、こんな状況でも断ってたでしょうね。
だけど、
花陽「ほら! 花陽の太もも、太いからきっといい枕になると思うんだっ」
なんて。
自虐的な発言をしてまで、必死に私のために膝枕をしてくれようとしてる花陽の姿を見てしまったら……。
真姫「……わかったわよ、今日だけね?」
花陽「真姫ちゃんっ!」
そんな風に答えてしまっていた。
たまには、いいわよね?
――――――
――――――
真姫「…………すぅ」
花陽「ふふっ」
わたしが膝枕をし始めてすぐ、真姫ちゃんは眠ってしまっていた。
安心しきったような寝顔。
花陽の膝枕で安心してくれてるんだ。
そう思うと、なんだかあったかい気持ちになって、自然と笑みがこぼれちゃう。
花陽「…………」
真姫「……すぅ、んん」
花陽「…………えへへ」
ナデナデと、真姫ちゃんの頭を撫でる。
そうすると、普段の真姫ちゃんが見せないような表情を見せてくれる。
それが嬉しくて、ついつい撫でちゃう。
真姫「んんっ……」
花陽「……あっ」
撫ですぎちゃったみたいで、真姫ちゃんが身をよじる。
やり過ぎちゃったかな?
そう思って、真姫ちゃんの顔を覗き込む。
けれど、どうやら、起きてはないみたい。
よかったぁ。
心のなかでそんな風に呟いて、ほっと胸を撫で下ろした。
花陽「…………」
真姫「……んっ、すぅすぅ……」
しばらく、真姫ちゃんの寝顔を見て過ごす。
これは昼休み終わるまで起きないかも?
お昼前にこっそりお弁当食べておいてよかったぁ。
………………。
もうすぐお昼休みが終わっちゃうな。
あと少しで起こさなきゃいけないや……。
安心しきった寝顔を見て、少しだけ罪悪感。
だから、私は真姫ちゃんにこう声をかけた。
花陽「……真姫ちゃん、お疲れ様です♪」
真姫「すぅ……」
もちろん、小声で。
――――――
――屋上
花陽「左目の調子はどう?」
練習の合間に、花陽が私のところに来て、そう言った。
まぁまぁね。
そう返して、花陽にタオルを渡す。
花陽も、ありがとうって言って、それに答えた。
真姫「あと数日もすればきっと治るわ」
花陽「そっかぁ♪」
にこにこと笑う花陽。
その表情を見て、私は少し照れてしまった。
昼休みのことを思い出して。
二人だけだったとはいえ、花陽に完全に寝顔を見られてしまった訳だし……。
ま、そのおかげで眠気も気持ち悪さも治ったから、なにも言えないんだけどね。
って、昼休みのことはいいのよ!
真姫「そ、それにしても――」
花陽「?」
思い出しかけた昼休みのことを
ブンブンと頭を振って追い出し、私は強引に話を逸らす。
真姫「凛は今日も元気よね」
花陽「……う、うん」
……我ながら話題の逸らし方がひどいわね。
うぅ、でも仕方ないわ。
これで行きましょ。
真姫「なんだか、一段と張り切ってない?」
花陽「え、えっと、そ、そうだね」
真姫「なんというか、テンションの上がり方がわざとらしい気もするわ」
花陽「…………そ、そうかな?」
真姫「……花陽?」
強引に振った話題とはいえ、なぜか花陽の食い付きが悪い。
おかしい。
いつもなら、凛の話になると、私から振らなくても饒舌になるのに……。
もしかして、
真姫「喧嘩でもしたの?」
花陽「うぅぅ……」
どうやら図星のようで、花陽は苦い表情をした。
花陽「喧嘩っていうわけじゃないんだけど……」
少し気まずくて。
俯くがちにそう言う花陽。
花陽の話を聞いたところ、なにやら昨日、凛と何かあったらしい。
そのせいで、気まずい思いをしてるって。
……そういえば。
昼も一緒にお弁当を食べてなかったし、朝も私を挟んで会話してた。
今日、二人だけで話しているところも見てないわね。
思えば、凛もいつもみたいに花陽に抱きついたりしてない。
その出来事の詳しい内容は言いたくないのか、うつむいたままの花陽。
はぁ、じれったいわね……。
真姫「それで、花陽、どうするの?」
花陽「……どう、って」
私の言葉には、答えない花陽。
ほんと……じれったい。
きっと花陽がどうしたいかなんて決まってるんでしょ?
真姫「仲直りしたいんでしょ?」
花陽「う、うん」
ほらね。
なら、やることはひとつじゃない。
真姫「ちゃんと、話、しなさい」
花陽「……うん、そうだね」
そう言って、花陽は顔を上げ、少しだけ微笑む。
凛と花陽がいつもみたいじゃないと、私が調子狂うのよ。
だから、早くいつも通りになりなさいよね。
なんて、憎まれ口を叩く私。
花陽はそんな私を見て、柔和な笑みを浮かべていた。
――――――
――――――
凛「かよちん♪」
花陽「凛ちゃん♪」
真姫「…………」
帰る時には、もういつもの二人だった。
練習の間、一旦二人で抜けた時があったから、きっとそこで仲直りしたんでしょうね。
でも、それにしたって。
真姫「早すぎない?」
少し呆れながら、二人にそう言った。
だって、やっぱり仲直りするの早すぎるもの。
凛「そう?」
花陽「そうかな?」
私の言葉に、二人は顔を見合わせた。
さっきまで気まずくなっていた人たちとは思えないほど、息が合ってる。
真姫「はぁ……」
思わずため息が出てしまった。
まったく。
私が心配する必要なかったじゃない。
こんなに早くに仲直りできるなら……。
それを二人に伝えた。
すると、花陽は
花陽「真姫ちゃんのおかげだよ」
そう言って、にこりと微笑んだ。
凛「そうだよ! 真姫ちゃんがかよちんの背中を押してくれたから」
それに、かよちんが凛に歩み寄ってくれたから。
花陽に同調しながらも、そんな風に言葉を続ける凛。
二人は真っ直ぐに私を見つめてくる。
って、そんなに見ないでよ……。
真姫「べ、べつに……」
なんだか二人の真っ直ぐな言葉がくすぐったくなって、私はつい顔を背けてしまう。
そんな私の様子を見て、
花陽「ふふふっ」
凛「えへへへ」
二人は笑った。
それで私も、なによっ、なんて二人に突っかかったりして。
それでも、二人は私に好意を示してくれて――。
りんぱな「「真姫ちゃん♪」」
真姫「は、離しなさいよっ!? は、恥ずかしいでしょ!」
家までの帰り道。
私は二人に両腕をやんわりと拘束されたまま、気恥ずかしさを抱えながら、帰る羽目になってしまったのだった。
――――――
――真姫宅
真姫「今日も疲れたわ……」
ため息混じりに、ぼそりと呟いた。
その声は、一人で過ごすには少し広い部屋に響く。
ほんと、疲れたわ。
作詞に費やした休日の方がいくらかましだったかも……。
なんて、ひねくれたことを思いながらも、気づけば、私の顔は緩んでしまっていた。
それはきっと、先週、希から言われたように、今の生活が楽しいから。
だから、だと思う。
不意に言葉が口について出たのは。
真姫「終わらなければいいのに……」
この日常が。
ポツリともれたのは、そんな言葉。
私はいずれ病院を継がなくてはいけない。
そのためには、勉強をして、医学部のある大学へ入って。
今だって、ちゃんと勉強との両立はしてる、できてる。
だけど、やっぱり皆とスクールアイドルができる期間は限られてるわけで。
それに、今のメンバーでいられるのも後半年もない。
真姫「…………」
真姫「……なに」
真姫「……なに、弱気になってるのよっ」
なんて、叱咤激励をして、自分を奮い立たせる。
まずは、目の前のことをやらなきゃね。
そんな風に決めて、私は机に向かった。
けれど、
真姫「…………終わらないでいてほしい」
今の日常を楽しいと思えば思うほど、私の中のその思いは膨らんでいってしまう。
結局、その日はただのひとつも詞が浮かばなかった。
――――――
――――――
希「おはよ、真姫ちゃん」
真姫「……イミワカンナイ」
私の朝の第一声がそれだった。
だって、本当に意味が分からないんだもの。
なんで、朝起きたら、私の部屋に希がいるのよ……。
周りを見渡す。
もちろん、ここは自分の部屋。
なら、昨日もしかして、希を部屋に上げていたり?
いいえ。
そんな記憶一切ないわ。
真姫「なんで、ここにいるのよ……」
寝ぼけ眼を擦りながら、目の前にいる希に問いかけた。
すると、希は、
希「よよよ、真姫ちゃん、もしかして昨日のこと忘れてしまったん?」
なんて、しなを作りながら、そんなことをいった。
って、えっ?
き、昨日のこと!?
私なにかしたかしら!?
希「うぅ、あんなに激しかったんに、忘れてしまったんやね……」
続いた希の言葉に、困惑する私。
は、激しかったって!?
ヴぇぇぇぇ!?
な、なななっ!
真姫「私、なにもしてないわよねっ!?」
希「…………」
真姫「黙らないでっ!」
しかも、目を逸らすんじゃないわよ!
不安になるじゃない。
希「まぁ、冗談はこれくらいにして♪」
真姫「なっ!?」
慌てる私の様子をひとしきり見て満足したのか、希はそんな風に言った。
どうやら、からかわれていたみたいね。
希によると、どうやらママが私のことを迎えに来た希を部屋に上げたみたい。
わ、私としたことが!
ママもなんでよりによって、希を部屋に上げちゃうのよ……。
頭を抱える私を尻目に、希はよいしょ、って言って立ち上がった。
そして、そのままドアの方へ向かっていって、
希「じゃ、ウチ、下で待たせてもらうな?」
希「早く着替えてくるんやで」
去り際にそう言って、部屋を出ていった。
真姫「…………」
真姫「……はぁ、着替えましょ」
朝から心臓に悪いいたずらするんじゃないわよ、まったく……。
――――――
真姫「いってきます」
真姫ママ「いってらっしゃい」
久しぶりに、言葉が返ってくる。
ママは今日、久々の休みらしく、玄関先まで私を見送ってくれていた。
まぁ、そのせいで希が部屋まで侵入してきたのだけど。
でも……。
言葉が返ってくるって、やっぱり悪くない気分だわ。
希「…………」
真姫「…………?」
ふと隣を見ると、希が私とママを見ていた。
なんでかしら?
どこか寂しそうな……。
まぁ、いいわ。
真姫「希」
希「ん? なに?」
真姫「いってきます、くらい言いなさいよ」
希「え?」
私の言葉にきょとんとする希。
はあ?
なんでそんな顔するのよ……。
真姫「ママに、いってきます、よ」
そのくらい普通でしょ?
別に、希がママに言ったっておかしくないだろうし。
そう思いながら、希に言う。
そうしたら、希は一呼吸置いた後、
希「いってきます♪」
真姫ママ「はい、いってらっしゃい」
満面の笑みでそう言ったのだった。
登校中、希は終始ご機嫌で。
私が、変な人、なんて言っても、にこにこしたまま私の左腕に抱きついていた。
ほんと――
真姫「イミワカンナイ」
――――――
――――――
希「~♪」
絵里「ご機嫌ね、希」
ひらひらと、愛用のタロットカードを弄っていると、えりちが声をかけてきた。
まぁ、自分でも上機嫌なのは分かってるし、他から見たら、バレてまうね。
希「ちょっと、朝にいいことがあったんよ」
内容には触れずに、えりちにはそう返す。
絵里「へぇ、なにかしら? 希がそんなに表に出すなんて珍しいから、気になってしまうわね」
希「ふふっ、知りたいん?」
絵里「えぇ、気になるわ」
ふふっ、どうしようかな?
なんて、勿体ぶった言葉を返す。
別に秘密にすることでもないんやけどな。
でも、
希「秘密にしとくわ♪」
絵里「えー? なによ、それ」
少し困り笑いのえりち。
ここまで勿体ぶっておいて、悪いんやけど。
まぁ。
今朝のことは、ウチと真姫ちゃんだけの秘密ってことで♪
希「代わりに、真姫ちゃんのレアな写真見せてあげるから許してぇな」
そう言って、今朝、こっそり撮った真姫ちゃんの寝起きの髪型を見せようと、携帯を取り出したところで、
にこ「それ、にこにーにも見せてほしいにこっ♪」
にこっちが話に割って入ってきた。
小悪魔な笑みを浮かべながら……。
――――――
――――――
希「真姫ちゃん、なんか、ごめんな?」
真姫「はぁ?」
昼休み。
エリーと希の二人とお弁当を食べていた私は、なぜか希に謝られていた。
なんで謝ってるのよ。
そう聞くと、目を逸らしながら、希は煮え切らない答えを返してくる。
希「えぇと、その、な?」
な?
じゃあ、わかんないわよ。
出かかった文句をぐっと飲み込み、一緒にいるエリーの方に視線をやる。
絵里「えぇと……」
エリーからも歯切れの悪い回答しか返ってこない。
一体なんなのよ……。
絵里「ま、真姫」
真姫「なに?」
絵里「その、目の方はどうなのかしら?」
訝しがる私の視線に耐えかねたのか
あからさまに、話を逸らそうとするエリー。
正直、雑すぎる話題の逸らし方だけど……。
まぁ。
私も人のことは言えないから、それに乗っかることにしましょ。
真姫「良くはなってるみたい。パパにも見てもらったけど、金曜には完治してるだろうって」
昨日の夜に、パパに診てもらった時に言われたことをそのまま伝える。
確かに、もうほとんど腫れは引いてるみたい。
痛みやかゆみもない。
もうそろそろ不便な生活ともお別れかしら。
そんなことを考えながら、左目を擦る。
正確には左目を覆う眼帯を。
絵里「そう。それはよかったわ」
希「えぇと、今日が火曜日やから……あと3日やね」
真姫「えぇ」
あと3日、ね。
まだ見た目が良くないから、眼帯は着けてるけど、それもあと3日もしたら、なくなるわけで。
せいせいするわ。
真姫「…………」
希「真姫ちゃん?」
真姫「……え、あっ」
希「…………ご飯、食べよか?」
真姫「そう、ね」
希にそう促されて、お弁当の続きを食べ始める。
そう。
きっと、せいせいするわ。
――――――
――部室
時は流れて、放課後。
皆がダンスの練習をしている時間。
私の目の前には、ルーズリーフが何枚も散らばっていた。
勉強というわけではない。
これは――
希「作詞中?」
真姫「っ!? の、のぞみ!?」
突然かけられた声に、思わず仰け反ってしまった。
その声の主を確認した私は、彼女のことをじとっと睨む。
真姫「……覗き見? いい趣味してるわね」
希「それほどでも♪」
真姫「褒めてないっ!」
ごめんな、と言いながらも、悪びれる様子のない希。
まったく。
いい性格してるわよね。
ま、もうこういうのにも慣れたけどね。
真姫「それで? 練習中じゃなかったの?」
希「ちょっと用事があってな。それより、真姫ちゃん、もしかして作詞難航してる?」
真姫「うっ」
気を取り直したのも束の間、希がそんな風に指摘してきた。
図星だったから、少し効いた。
だから、でしょうね。
真姫「べ、べつにそんなことないわっ」
なかなか素直になれない私は、こんなところでも強がってしまった。
最近はいい感じだったのに……。
真姫「私にかかれば、作詞なんて楽勝よっ!」
あーあ。
内心、天の邪鬼な自分に呆れながら、また見栄を張っちゃって。
どうしようもないわね。
なんて、思っていたら、
希「……の割りには、ぐしゃぐしゃに丸めた紙とか書きなぐったように黒く汚れた紙が多いみたいやけど?」
真姫「うぅっ……」
希に更なる追い討ちをかけられてしまう。
容赦なく抉ってくる……。
どうせ、意気込んだ割には進んでないわよ……。
今回、私が作詞するから(ドヤァ)とか言って、一番大事なサビも思い付いてないわよ……。
心の中で項垂れる私。
そんな内心に気づいたのか気づいてないのか、希はひとつ微笑んで、こんな提案をしてきた。
希「それじゃ、今日はウチと作詞しよか?」
――――――
真姫「作詞、したことあるの?」
希「ウチ? ないよ?」
真姫「…………」
即答だった。
まぁ、期待はしてなかったけど。
じゃあ、どうするの?
ちょっと自棄気味にそう聞く。
すると、希は
希「ウチと作詞するって言っても、今回作詞するんは、真姫ちゃんやからね。ウチはそれのお手伝いをするだけや」
そう答えた。
真姫「お手伝い、ね」
希「うーん、例えば……」
訝しんでいると、希は勝手に話を進める。
希「真姫ちゃんはどんな歌詞を作りたいん?」
例えば。
そう前置きして、まず聞いてきたのは、そんなこと。
それは簡単よ。
そもそも、それを思い付いたことから作詞をしようと思ったんだから。
みんなへの想いを込めた詞。
それが私の作りたい歌詞。
……まぁ。
こんなの誰かの前で言うのなんて、恥ずかしすぎる。
だから、死んでも口にはしないけどね。
真姫「…………」
希「その顔は、それはもう決まってるって顔やね」
真姫「……そうね」
どうやら私の表情から汲み取ってくれたようで、希は納得しているみたい。
希「じゃあ、次な?」
真姫「えぇ」
希「その曲をどんな雰囲気にしたいん?」
希の次の質問。
どんな雰囲気?
そう聞き返すと、曲のイメージのことだと補足された。
例えば、明るい曲とか悲しい曲だとか。
なるほどね。
それなら、断然明るい歌ね。
というか、このメンバーへの想いを込めるんだから、嫌が応にも明るい曲にはなるでしょうね。
真姫「…………」
希「……それじゃあ、次な?」
――――――
そうやって、私は希からの質問に答えていった。
それは、イメージだったり具体的な単語だったり、歌詞のモチーフなんて話にも広がっていった。
やがて、詞にも段々具体性が帯びてきて、少しずつ見えなかった出口が見え始めていた。
けれど、やっぱりサビの部分は決まらない。
決定的ななにかが見つからない。
空白のサビを埋めることができないまま、希は最後の質問を口にした。
それが――
希「真姫ちゃんは、その曲にどんな願いを込めるん?」
この曲にどんな願いを込めるのか。
それはつまり、私がμ's に、皆に何を願うかということで。
その質問に今の私は答えられなかった。
――――――
――――――
「ねぇ、真姫ちゃん」
なによ?
「ウチら、もう行かなきゃ」
は?
希、何いってるのよ?
「私も、行くわ」
「にこも行かなくっちゃ♪」
え、えっ?
エリー、にこちゃん?
「さよならやな」
「じゃあね、真姫」
「真姫ちゃん、さよならにこっ!」
…………。
なんで……。
なんで行っちゃうのよ。
「真姫ちゃん!」
「真姫」
穂乃果!
それに、海未!
エリー達がどこかに行っちゃったのよ。
早く探さないとっ!
「……真姫ちゃん」
ことり?
「ことり達ももう行くね?」
えっ?
ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!
こ、ことり!
「じゃあね、真姫ちゃん」
「お元気で」
「ファイトだよっ! 真姫ちゃん!」
ほのか?
うみ?
ことり?
……なんで、行っちゃうのよ。
「真姫ちゃん!」
「真姫ちゃん……」
りん。
はなよ。
…………ねぇ。
みんなはどこに行っちゃったの?
「どこかに行っちゃった」
どこか?
それってどこなの?
「凛たちにも分かんないよ」
…………。
ねぇ、ふたりとも。
「なに? 真姫ちゃん」
ふたりは、どこにも行かないわよね?
「…………ごめんね、真姫ちゃん」
……待って。
「バイバイにゃっ!」
待ちなさいよっ!
「じゃあね、真姫ちゃん」
待ちなさいってばっ!
りん! はなよ!
「………………」
「…………まってよ、みんな」
――――――
――――――
真姫「っ!?」
意識が覚醒する。
それと同時に、飛び起きた。
周りを見渡す。
視界に映るのはいつもと変わらない、私の部屋。
真姫「…………夢?」
そんな風に呟く。
……よかった。
私はほっと、胸を撫で下ろした。
のも、束の間――
穂乃果「真姫ちゃん?」
真姫「ヴぇぇぇ!?」
目の前にちょこっと現れたその子に、思わず悲鳴をあげてしまっていた。
って、穂乃果!?
真姫「なんで、あなたがここにいるのよっ!」
穂乃果「? 迎えに来たんだよ!」
真姫「迎えに来たって……」
穂乃果に言われて、思い出した。
そういえば、昨日の夜に穂乃果からメールが来ていたんだった。
明日の当番は穂乃果がやるって。
すっかり忘れていたわ。
……ん?
というか、
真姫「……なんで、穂乃果が私の部屋にいるのよ」
家が近い海未の家に上がり込むのならまだしも……。
そんなことを考えていたら、穂乃果はけろっとした表情で、私の質問にこう答えた。
穂乃果「真姫ちゃんのお母さんに入れてもらいました! えへんっ!」
真姫「…………」
ママ、昨日あれほど言っておいたのに……。
私はただただ肩を落とすしかなかった。
――――――
――――――
いってきます。
そう言って、家を出る。
昨日と違って、ママは家を出た後だった。
だから、家の中から返事はない。
その代わり、
穂乃果「いってらっしゃい!」
隣でそんな風に言葉を返す人が1人いる。
真姫「なによ、それ……」
穂乃果「えー? だって、いってきますには、いってらっしゃいって返さなきゃ!」
真姫「……イミワカンナイ」
出たわね。
意味のわからない、穂乃果理論。
たまに、穂乃果って、勢いと思いつきだけで生きてるんじゃないかって思うわ。
穂乃果「ほら、真姫ちゃんも!」
真姫「はぁ?」
穂乃果「いってきます」
真姫「…………」
穂乃果「いってきますっ!」
真姫「…………」
穂乃果「いってきますっ!!!」
真姫「……はぁ、わかった。わかったわよ」
ほんと、勢いと思いつきだけ。
その上、面倒で、強引な人。
…………。
……でも、
真姫「……いってらっしゃい」
穂乃果「うんっ! 真姫ちゃんもいってらっしゃい!」
まぁ、嫌いじゃない。
――――――
――――――
昼休み。
ことりの時と同じように、私は二年生三人とお昼ご飯を食べていた。
ちなみに、場所は生徒会室でだ。
ことり「はい、真姫ちゃん♪ あーん♪」
穂乃果「ちょっと、ことりちゃん! 今日は穂乃果の番なんだから、穂乃果にあーんさせてよっ!」
真姫「ちょ、押し付けてこないでっ!」
無理やりあーんをしてくる穂乃果とことりをどうにか押さえつけながら、私はそう言った。
一人だけならまだしも、二人相手だとあまり力の強くない私にはきついものがある。
だから、どうにか二人を止めようと、海未に話しかけた。
真姫「ちょっと、海未! 二人をどうにかしてっ!」
海未「……はぁ」
困り顔の海未。
その表情は、こうなった二人を止める大変さを一番思い知っているからでしょうね。
でも、今はそんなこと構ってられない。
自分の身はかわいいもの。
真姫「海未ってば!」
海未「はぁ、わかりました」
渋々といった様子で、海未は立ち上がった。
そして、そのまま二人のもとに近づき、まずは穂乃果の耳元でなにかを告げる。
穂乃果「っ!? 海未ちゃん、なんでそれをっ!?」
海未から何かしらを告げられた穂乃果は、衝撃を受けたようで、二、三歩後ずさっていった。
次は、ことりの耳元へ。
ことり「…………」
ことりは、すぐに無言になった。
心なしか顔が赤いような……?
一体、なにを言ったのよ。
私がそう聞いても、海未はにこりと笑うだけでなにも答えなかった。
まぁ。
二人と付き合いの長い海未だからこその何かがあったんでしょうね。
そう思って、深くは追及しないことにする。
触らぬ神に、ってやつね。
穂乃果「そういえば、真姫ちゃん、目は治ったんだね!」
お弁当を食べ終わった頃、穂乃果がそんな話題を振ってきた。
真姫「ま、そうね。大体は治ったわ」
私は左目の眼帯を触りながら、そう答える。
パパによると、思っていたよりも回復が早いらしく、もうほとんど治っているといってもいいくらいだそうだ。
たぶん、明日にはこの眼帯も外せるでしょうね。
せいせいするわ。
不自由だったこの一週間を思い返しながら、そう呟くと、穂乃果は、
穂乃果「でも、なんで、まだそれ着けてるの?」
もうほとんど治ってるのに。
私の眼帯を指差しながら、そんな疑問を口にした。
すぐさま、海未に人を指差してはいけません、なんて注意されていたけど。
ことり「でも、穂乃果ちゃんの言うことも気になるかも? だって、真姫ちゃんの左目、もう治ってるんでしょ?」
真姫「まぁ、そうね……」
海未に叱られてる穂乃果の疑問を拾って、そう聞いてくることりに、首肯する。
確かに、私の左目はほとんど治っている。
見た目もほんの少し赤くなっている程度。
それを、朝、穂乃果は見たんでしょう。
だからこその疑問だった。
邪魔くさいのに、なんで着けてるの?
なんて。
至極当たり前のことを指摘された。
本当は。
昨日の夜まで、着けていくつもりはなかった。
私だって、こんなの視界が遮られて邪魔くさいもの。
真姫「…………」
だけど、今日は眼帯を着けてきてしまった。
なぜ?
そんなの……知らない。
―― じゃあね、真姫ちゃん ――
べつに、あの夢が関係してるわけじゃない。
そんなんじゃない。
穂乃果「……真姫ちゃん?」
真姫「っ!」
穂乃果の一言で我に返る。
そして、首をブンブンと横に振って、
真姫「べ、べつにただの気分よっ」
そんな答えを口にした。
間違ってはいない。
眼帯を着けてきたのは、確かに気分だもの。
だから、あんなの、
―― さよなら ――
全然気にしてない。
その証拠に、
真姫「まぁ、明日はこれ、着けてこないから、当番は今日で終わり!」
穂乃果「えー!?」
真姫「終わりったら終わりよっ!」
ほらね?
これで、私の左目当番は終わり。
私はなんにも気にしてない。
――――――
今日はここまで。
次の更新は少し空くと思います。
年内に完結を目指しますが、どうなるかはわかりません。
――――――
真姫「…………ん、んっ!」
朝。
私は目を覚ました。
同時に、クリアな視界が広がる。
それがひどく懐かしく感じた。
そのまま、ベッドから起きて、姿見の前に立つ。
そこに映るのは、もちろん私の姿。
真姫「完璧ね」
左目を触りながら、ひとり呟いた。
パパが言っていた通りに、左目の腫れは完全に引いていて、以前と変わらない状態になっている。
ふふん!
やっぱり、私はこの方が様になるわね!
鏡に向かって、ウインクをひとつ。
真姫「…………はぁ、バカらし」
パジャマで鏡に向かってウインクをしている自分を見て、冷静になってしまった。
ほんと、バカみたいね。
うっとうしい眼帯が取れて、テンションが上がるのはわかるけど……。
こんなの私のキャラじゃないわ。
なんて思って、ついため息が出てしまう。
真姫「着替えて、早く練習行きましょ」
結局、いつも通りの低血圧のまま、私はのそのそと着替え始めた。
――――――
真姫「いってきます」
誰もいない家に向かって、そう言う私。
パパもママもやっぱり仕事で、家の中からは返事は返ってこない。
真姫「……いつものことよね」
声が返ってこない寂しさを少しだけ感じつつも、私は家を背にして、歩き出した。
……そういえば。
学校への道を歩きながら、私は一昨日の希とのやり取りを思い出していた。
朝、私のことを起こすために、部屋に上がり込んだ希。
そのあと、私のママに、いってきますを言った後、やけに上機嫌だったわね。
結局、あれは一体なんだったのかしら?
真姫「ほんと、変な人よね」
ぼそりと呟く。
真姫「…………」
変な人、と言えば、穂乃果もそうだわ。
昨日、私の左目当番をしてくれた穂乃果。
希同様、私の部屋に朝から上がり込んでいた。
……ママにはちゃんと言っといたから今後、そんなことはないでしょうけど。
とにかく。
そんな穂乃果と、いってきますといってらっしゃいの言い合いっこをして。
ふふっ。
なんで、あんな変なこと思い付くのかしらね。
真姫「…………でも、悪くはなかったわ」
悪くはなかった。
そんな気にさせる穂乃果も、また変な人。
って、あんまり余計なこと考えてると、朝練に遅れるわね。
折角、久しぶりに練習できるんだから、時間は有意義に使わないと。
私は、昨日よりもずっと早足で、左側もちゃんと見える道を急いだのだった。
――――――
――――――
凛「真姫ちゃんの目が治ってるにゃ!」
真姫「ヴぇぇぇ!? ちょ、凛っ!」
一時間目の休み時間。
凛が叫びながら、私に抱きついてきた。
ぐいぐいと抱き締めてくる凛を、なんとか引き剥がしながら、
真姫「昨日も言ったでしょっ!」
凛「聞くと見るとは大違いなのっ!」
真姫「なによそれっ!」
なんて、下らないやり取りを交わす。
確かに、所用で今日の朝練に出られなかった凛は、眼帯を着けていない私を見るのは久しぶりなのだろうけど。
だからって、テンション上がらないでよね。
朝から高い凛のテンションに、少しだけうんざりしてしまう。
まぁ、でも。
一番最初に私の左目当番として、私を助けてくれた凛には感謝しないとよね。
実のところ、あの時は視界が半分になってしまったことが不安で、仕方がなかった。
だから、凛の底抜けの明るさに救われた部分もある。
……お弁当あーんとか、左腕ぎゅーとか恥ずかしさも相当だったけど。
それでも、
真姫「……心配かけたわね」
凛「ううん! それより、真姫ちゃんが治ってよかったにゃぁ!」
感謝してるのよ?
花陽「り、凛ちゃん、真姫ちゃんは病み上がりなんだから、あんまり振り回したらダメだよ?」
私が凛に抱きつかれてもがいてるのを見かねたみたいで、花陽がそう言ってくれた。
凛「はーい! かよちんがそう言うなら、離すにゃ」
真姫「……ふぅ、まったく! 朝から抱きついて来ないでよねっ」
花陽の注意を聞き入れて、返事をした凛は、ようやく私を解放する。
ふぅ、助かった。
流石に朝から教室で抱きつかれるのは、注目を引きすぎてきついもの。
真姫「……助かったわ、花陽」
花陽「ううん。けど、凛ちゃんの言う通り、ちゃんと治ってよかった♪」
お礼を言うと、花陽はにこりと微笑んで、言葉を返してくる。
その笑顔を見て、私は
真姫「っ! あ、あたりまえでしょ!?」
花陽「ま、真姫ちゃん?」
凛「なんで、声裏返ってるの?」
つい、テンパって、声が裏返ってしまった。
うぅぅ、カッコ悪すぎよ……。
凛に指摘されて赤くなる頬を隠すように、俯く私。
でも、仕方がないじゃない!
つい、月曜日のこと思い出しちゃったのよ!
昼休み、花陽に膝枕してもらったときのことを!
あの時は前日作詞のために睡眠時間を削ってたせいで、フラフラで。
そんなときに、自分で役に立てるならって、花陽が膝を貸してくれた。
すごく、安心したわ。
作詞も思うように出来なくて、睡眠も不足していて。
身も心も疲れていた私を、花陽は癒してくれた。
すぐに、寝ちゃったのがその証拠ね。
でも、花陽の優しい笑顔を見ると、つい寝顔を見られたことを思い出しちゃって……。
凛「あっ! 赤くなったにゃ!」
真姫「う、うるさいっ!」
花陽「声も裏返っちゃってるよ……」
真姫「うぅぅぅ」
あぁ、もうっ!
からかわないでつ!
――――――
――――――
絵里「あら? 真姫、一人?」
昼休み。
部室で凛と花陽を待っていると、エリーがやって来た。
真姫「そのうち、凛と花陽も来るわよ」
そうなのね。
エリーは短く答えると、私の隣の席に座った。
……って!
真姫「なんで、隣に座るのよ!」
絵里「ダメかしら?」
にこりと笑うエリー。
真姫「他にも席はあるでしょ!」
絵里「まぁまぁ、別に私がどこに座ろうと私の勝手でしょ?」
そう言って、ウインクをひとつしてくるエリーに、呆れてしまう。
これ以上は無駄ね。
そう思った私は抵抗することをを諦めた。
真姫「はぁ。好きにすれば?」
絵里「えぇ、好きにするわ♪」
ため息が出るわね。
お堅かった生徒会長が、いつからこんな性格になったのかしら、なんて。
まぁ。
大方、希とか穂乃果あたりのせいなんでしょうけど。
少しして、
絵里「ちゃんと、治ったのね」
私の隣に座るエリーは、そう言ってきた。
その顔には、どこか安心したような表情が浮かんでいる。
真姫「当たり前。ていうか、それ、今日で二回目」
朝練の時にも、言われたわ。
エリーの言葉に私はそう返す。
絵里「そうだけど……安心したわ。痕が残らなかったのは、本当によかった」
ほっとした様子で、エリーは笑う。
まったく、エリーは過保護よね。
私のこと、というよりメンバーのことを心配してくれるのはわかるけど。
そんなことが分かって、私はどこかくすぐったくなる。
だから、
真姫「こういうときは、しっかりしてるのね」
真姫「勘違いで突っ走ってる時とは大違い」
絵里「うっ」
なんて、つい意地悪なことを言ってしまった。
真姫「『同性でということに気が引けているのは分かる。けれど、二人がもし本当に愛し合っているのなら、私はなにも言わない』だったかしら?」
絵里「うぅぅぅ……」
真姫「『むしろ、二人を応援するわ。みんなに受け入れてもらえるように、全力でバックアップするつもりよ』」
絵里「あぁぁぁ!!」
キリッとした表情で、いつかの部室で言われた言葉を言ってみる。
すると、エリーは顔を隠して、悶えて……。
いつも余裕のあるエリーだから、その姿は新鮮で。
元とはいえ、生徒会長がこんな変な人なんて、普通に学園生活を送ってたんじゃ気づかないでしょうね。
このエリー、ちょっと面白いかも。
……いやいやいや。
まずいわね、思考が希のそれに毒されてきてるわ……。
真姫「気をつけましょう」
絵里「……うぅぅぅ。エリチカ、おうちかえるぅ」
――――――
――――――
絵里「ところで、作詞はできたのかしら?」
真姫「……」
絵里「まさか、あれだけ時間があったんだから、出来ていないなんてことはないわよね?」
真姫「…………」
たぶん、昼休みにエリーをいじりすぎたせいでしょうね。
久々に放課後の練習に復帰した私に、一番にかけられたのは、エリーのそんな言葉だった。
笑顔が怖い。
真姫「……まぁ、まぁね」
目を反らしながら、そう答える。
まぁ、嘘は言っていないわ。
サビ以外は出来てるわけだし?
……肝心のサビは未だにできてないけど。
でも、これは流石に、作詞が終わってないことがバレるわよね。
そう思ったんだけど、
海未「流石、真姫ですね!」
真姫「ヴぇっ!?」
海未「この短時間で仕上げてくるとは! 私も見習わなくてはなりません」
約一名信じてしまっていた。
うぅぅ。
そんな眩しい笑顔を向けないで……。
まだ終わってないって、言わないとね。
……よしっ!
真姫「あ、当たり前でしょ? 私を誰だと思ってるのよ!」
海未「やはり真姫は素晴らしいですね」
真姫「でっしょー!」
のぞえりにこりんぱな「…………」
ことり「……あはは」
あぁ、私のバカ……。
――――――
――――――
ことり「真姫ちゃん、どうするの?」
練習の合間に、ことりが小声で話しかけてきた。
どうするのって……。
真姫「どうもしないわよ、べつに」
ことり「でもぉ……」
そう言って、ことりはチラリと海未の方を見る。
……まぁ。
確かに、信じちゃった海未には少し申し訳ない気もするけど。
でも、
真姫「……大丈夫よ」
どうせやることは変わらないし。
心の中でそう呟く。
そう、やることは変わらない。
ことり「真姫ちゃん……」
心配そうに見ないでよ。
大丈夫だから。
心配そうなことりの表情を見て、不意に思い出す。
そう言えば、海未を心配することりを見て、作詞をしようって思ったんだったわ。
それに、忙しい海未の力になりたいって思ったから。
海未には、いつかの借りも返さなきゃだしね?
――――――
海未「真姫、ことり、そろそろ再開しますよ」
海未の声に、二人して振り向く。
真姫「行きましょ、ことり」
ことり「……う、うん」
ことりにそう声をかけて、私はみんなのもとへ向かっていった。
――――――
――――――
凛「またねー!」
花陽「また明日、真姫ちゃん」
真姫「えぇ、また明日」
別れ道で、二人にそう言って、歩を進める。
久しぶりね。
側溝も電柱もちゃんと見える。
だから、不安はない。
なのに、
真姫「…………」
凛「? どうしたの、真姫ちゃん」
なぜか後ろを振り返ってしまった。
そこには、まだ凛も花陽もいてくれて……。
真姫「べつに。じゃあ、また明日」
花陽「うん、明日ね!」
そう言って、今度こそ別れる。
なんでだろう?
眼帯も取れて、せいせいしたはずなのにね。
なのに、
真姫「…………はぁ」
なぜかため息が出てしまう。
たしか、今日もパパ達は仕事で夜遅いはず。
ただいまをいっても、声が返ってこないことを想像して、またため息が出る。
ほんと、私、変わったわね。
――――――
――――――
――――――
「じゃあね、真姫ちゃん」
待ちなさい。
「ちゃんと、アイドル続けるのよ」
待ってってば。
まだ話したいことがたくさんあるのっ!
ねぇ、なんでいなくなっちゃうの。
「卒業」
卒業って。
…………そっか、そうしなきゃなのね。
「そうよ。だから、さよなら」
っ!
さよなら、なんて、言わないで。
また会えるのよね。
「――――――」
えっ?
なに、聞こえないわよ。
「――――――――」
ちゃんと、聞こえるように言いなさいよ。
ねぇ!
真姫「にこちゃんっ!!」
――――――
――――――
真姫「にこちゃんっ!!」
にこ「ひっ!?」
真姫「…………あれ?」
叫びながら、飛び起きるみたいに顔を上げた。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて、周りを見渡す。
ここって、部室、よね?
なんで、部室にいるんだっけ?
にこ「……真姫ちゃん、どうしたのよ」
呆然としていると、にこちゃんが私の顔を覗き込んでくる。
真姫「にこちゃん……」
にこ「ちょっと、大丈夫? あんた、うなされてたわよ?」
真姫「……べ、べつに」
にこちゃんから顔をそらす。
にこちゃんの顔を見て、ほっとしてしまったなんて、言えるわけないし。
そんなのバレたら、恥ずかしすぎるし。
にこ「ほんとに、大丈夫?」
訝しげな表情で、私のことを見てくるにこちゃん。
大丈夫だから。
そう言って、私はこの話題を打ち切る。
にこ「なら、いいけど……」
まだ納得してないんでしょうね。
でも、とにかくおしまいよ、おしまい!
真姫「それで、なによ? 話って」
強引に話を進める。
今さっき思い出したんだけど。
昨日の夜、メールでにこちゃんに呼ばれたんだったわ。
なにか話があるからって。
というか。
昼休みにわざわざ部室に呼び出して、一体なにかしら?
にこ「あぁ、今日の放課後空けときなさいって話よ」
真姫「はぁ?」
にこちゃんは、事も無げにそう言った。
放課後って……。
練習はどうすんのよ?
そう聞くと、にこちゃんは、
にこ「今日は練習なしよっ」
そんな風に断言した。
って――
真姫「なんで勝手に決めてるのよ……」
真姫「みんなの許可は?」
にこ「もう取ってるわ」
どうやら文句を言っても、聞かないみたい。
許可取ってるって……。
ライブも近いって言うのに、なに考えてるのかしら?
真姫「……拒否してもどうせ連れていくんでしょ」
にこ「分かってるじゃない」
ニカッと笑うにこちゃん。
はぁ、分かったわよ。
行けばいいんでしょ、行けばっ!
にこちゃんは、それだけ言って立ち上がった。
にこ「じゃ、そろそろ戻るわ」
真姫「はぁ!? それだけのために呼んだの?」
わざわざ呼び出しといて?
にこ「まぁ、そうね」
真姫「はぁ……」
ため息が出てしまう。
呼び出す必要なかったじゃない。
まったく、にこちゃんは……。
にこ「と、とにかく放課後ね! 教室まで迎えに行くわっ」
真姫「はいはい」
しっしっ、と手を振りながら、返事をする。
そして、そのままにこちゃんは部室の扉に近づいて行って――
――――――
「じゃあね、真姫ちゃん」
――――――
真姫「っ!?」
不意に、さっきの夢の言葉が甦ってくる。
あれは、そうだ。
にこちゃんの言葉だ。
にこちゃんが夢で私に言った言葉。
それのせいで、部室を去ろうとするにこちゃんの姿が夢の中のそれと重なって見えて――
――ぎゅっ――
気づけば、にこちゃんを後ろから抱き締めてしまっていた。
にこ「ちょ、な、なによっ!?」
真姫「~~~っ!!」
にこちゃんは、抗議の声をあげている。
なんで、私、こんなことしてるよ!
冷静な自分が心の中でそう言う。
すぐ離しなさいって、叫んでる。
けれど、私の身体は思ったように動かない。
まるで、自分のモノじゃないみたいに、意思に反して、にこちゃんをぎゅって抱きしめたまま。
にこ「は、離しなさいって!」
真姫「……ごめん」
にこ「ごめんじゃなくてっ!」
真姫「…………」
ごめん。
そんな言葉しか出てこない。
私より少し背の低いにこちゃん。
その身体は、私の腕の中にすっぽり入っちゃった。
真姫「…………」
にこ「…………」
にこ「…………真姫ちゃん」
……うん。
大丈夫よ。
あんなの、ただの夢なんだから。
自分に言い聞かせるように、大丈夫大丈夫って繰り返す。
しばらくして、体と意志が一致していく感覚があった。
真姫「……ごめんね、にこちゃん」
そう言って、私はにこちゃんを離した。
にこちゃんは、そのまま振り返らない。
まぁ……当然よね。
ただ、
にこ「……じゃ、放課後」
それだけを言って、部室から出ていった。
真姫「…………」
腕には、にこちゃんの温もりが残ってる。
うん、大丈夫。
にこちゃんは確かにここにいた。
まだどこかになんて、行かないわよ。
それはエリーも希も同じ。
卒業したって、きっと……。
真姫「…………大丈夫よ」
――――――
――――――
放課後。
教室で待っていると、約束通り、にこちゃんが迎えに来た。
にこ「さ、行くわよ」
真姫「……はいはい」
にこちゃんの顔は見ないで、後についていく。
にこちゃんもそれについては触れてこない。
まぁ、うん。
普通、そうなるわよ。
あんな風にいきなり抱きついたりしたら……。
にこ「…………」
真姫「…………」
にこ「…………」
真姫「……にこちゃん、えっと」
にこ「いいから、行くわよ」
真姫「……うん」
そのまま、私たちは教室を後にした。
――――――
――――――
真姫「…………」
にこ「…………」
真姫ちゃんと二人、無言で歩く。
真姫ちゃんがにこの少し後をついていくような形で。
向かう先は、アキバの電気街。
そこのアイドルショップに向かってるんだけど……。
それにしても。
一体、今日の真姫ちゃん、どうしたのよ?
昼休みは抱きついてくるわ、今はいつもの真姫ちゃんみたいな覇気がないわ。
……はぁ。
まったく調子狂うわね。
仕方ない。
これは、最後まで取っておこうと思ったんだけど……。
にこ「真姫ちゃん!」
にこは、くるりと振り返り、真姫ちゃんの名前を呼んだ。
そして、キョトンとしてる真姫ちゃんの目の前に、あるものを突き出した。
真姫「っ!? な、なによっ、これっ!」
それを見た途端に、真姫ちゃんの顔色が変わった。
リンゴじゃないかってくらい真っ赤に。
ぷぷっ。
慌ててる慌ててる。
何を見せたのかって?
私が見せたのは、一枚の写真。
そこには――
真姫「わ、私の……ね、寝顔……」
そう。
真姫ちゃんの言う通り、写真には真姫ちゃんの寝顔が写っていた。
それは、いつか希が真姫ちゃんの家に侵入、もとい、お邪魔したときに撮ったもの。
それを、にこがもらったってわけ♪
にこ「ふ、ぷぷっ!」
真姫「に、にこちゃん、これどこでっ!」
にこ「えー? それは言えないにこぉ♪」
真姫「くっ!」
にこが写真の出所をぼかすと、真姫ちゃんは悔しそうに顔を歪めた。
真姫「言いなさいよ!」
にこ「えー♪ そんなこと言われてもぉ♪」
真姫「もうっ!」
痺れを切らした真姫ちゃんが、にこに詰め寄ってくる。
そのまま鋭い目つきで、にこを見つめてきて……。
……うん。
やっぱり、真姫ちゃんはこうじゃないと、よね?
真姫「……なに、ニヤついてるのよ」
にこ「にこぉ? なんでもない♪」
真姫「……むぅ」
さて、真姫ちゃんが元の真姫ちゃんに戻ったところで……。
にこ「さ、行くわよ、真姫ちゃん!」
真姫「ちょ、にこちゃん、まだ話はっ!?」
話を強引に終わらせる。
そして、真姫ちゃんの腕を引いて、アキバの街に繰り出していった。
――――――
――――――
にこちゃんに連れられて、アキバの街へ。
アイドルショップでグッズを見て回ったり、CDショップで新曲のチェックをしたり。
μ's に入って、少しはそういうものに触れる機会は多くなったけど。
にこちゃんが私を連れていくのは、普段なら自分では回らないような場所で。
だから、新鮮だった。
それがすごく刺激になった。
もう少しでなにかが掴めそうなほどには。
それに、今朝のあの夢が少しだけ気にならなくもなったし。
だから、ふと思ったの。
もしかして、にこちゃんは……。
――――――
――――――
真姫「ねぇ、にこちゃん」
夕日で、景色が赤く染まる帰り道。
私は、ふと立ち止まってにこちゃんの名前を呼んだ。
にこ「どうしたのよ?」
私の数歩先を歩くにこちゃんも、立ち止まり、振り返る。
その表情は、夕日のせいで、陰になって見えない。
今、にこちゃんはなにを思ってるのだろう?
それを思いながらも、私の口は止まらない。
どうしても、気になってしまったことを聞きたくて。
真姫「ねぇ、もしかして、今日連れ回したのって、私のため?」
聞きようによっては、自惚れのようにも聞こえる台詞。
私のため、なんて自意識過剰も甚だしいわ。
にこ「はぁ? なによ、それ」
にこちゃんは、そんな声をあげる。
ほら、やっぱり。
そんなわけない。
でも、
にこ「にこはただ自分の買い物を――」
真姫「でも、これって私じゃなくてもよかったわよね?」
にこ「うっ」
真姫「むしろ、花陽とかの方が喜んで付き合いそうだし」
にこ「そ、それは……」
私の言葉にどもるにこちゃん。
表情が見えなくても、目が泳いでるのが簡単に想像できる。
それを見て、私は確信した。
真姫「……にこちゃん、私が作詞上手くいってないの気づいてたんでしょ?」
にこ「べ、別にそんなんじゃないわよっ!」
ほら。
やっぱりね。
にこ「ただ、真姫ちゃんなら暇そうだしいいかなぁって!」
わざわざ練習を休みにしてまで?
にこ「うぐっ……」
にこちゃんは言葉を詰まらせた。
やっぱり、そうみたい。
たぶん、希辺りから聞いたんでしょうね。
作詞煮詰まってるって。
だから、私を連れ出した。
詞のヒントを見つけるつもりか。
それとも、単に気分転換させるつもりだったのかも。
とにかく、今日のこれは……。
真姫「私のために」
にこ「…………」
真姫「にこちゃん――」
にこ「あー、もうっ! 違うわよ」
私の言葉を、にこちゃんが遮った。
そのまま、にこちゃんは捲し立てるように言葉を続ける。
にこ「これはμ's のため! 作詞が終わらないとどうしようもないでしょ!」
にこ「だから、勘違いするんじゃないわよっ!」
なんて。
真姫「ふふっ」
早口言葉みたいに話すにこちゃんを見ていて、つい笑みが出てしまっていた。
にこ「なによっ」
真姫「べつに?」
にこ「うぐっ」
悔しそうな声を出すにこちゃん。
その表情が見れないのは残念ね。
でも、きっとにこちゃんからは、私の表情が見えてる。
たぶん、今の私はどこか楽しげな笑みを浮かべてるんでしょうね。
――――――
――――――
真姫「じゃあね、にこちゃん」
にこ「えぇ、また月曜に」
分かれ道で、そう言い合う。
にこちゃんも流石にもう落ち着いていて、そのまま手を振って去っていった。
そして、私はまた一人になる。
真姫「…………」
無言で歩く。
隣には、誰もいない。
真姫「……はぁ」
ついため息が出てしまう。
また一人での夕食なのだと考えると、少し寂しくなってしまって……。
いやいやいや。
そんなことない!
……なんて。
強がるのももうやめにするわ。
素直になろう。
私は寂しいんだ。
だから、あんな夢を見てしまった。
にこちゃんが、エリーが、希が。
みんなが私の側からいなくなってしまう夢を。
生徒会長がエリーから穂乃果に変わって。
どうしても代替わりとか卒業を意識しなきゃいけない時期になってきた。
たぶん最近、私の左目のせいで、みんなが私のことを気にかけてくれていたから。
側にいてくれたから。
尚更、誰かが隣にいない今を、寂しく感じてしまう。
真姫「贅沢なのかしら……って、あっ」
そう呟いて、顔を上げる。
気がつけば、もう家についてしまっていた。
ふと家を見上げて、思う。
広い家。
大病院のお嬢様。
それが、うらやましい。
私は周りからそう言われてきた。
だけど。
私からしてみれば……。
いつも三人一緒の穂乃果と海未とことりが。
幼なじみの凛と花陽が。
短い間でも深い仲のエリーと希が。
すごく仲のいい家族がいるにこちゃんが。
うらやましい。
真姫「…………」
誰かとの強い繋がりがある皆が、うらやましかった。
私にはそんな強い繋がりがない。
だから、その分、μ's の皆との時間が大切で、終わらないで欲しいって願ってる。
だから、一人でいる今が、
真姫「寂しい」
―― ガチャッ ――
そう呟きながら、私は誰も待つ人のいない家の、扉を開けた。
――――――
『おかえりなさいっ!』
――――――
真姫「は?」
一瞬、理解が追い付かなかった。
だって、誰もいないと思ってたから。
なのに、そこには、
穂乃果「おかえり、真姫ちゃん!」
凛「ほらほら! 早く上がって!」
絵里「鞄、持つわよ」
ことり「料理あっためはじめよっか♪」
希「はいはーい♪」
花陽「ごはんももう少しで炊き上がります♪」
海未「とりあえず真姫は、着替えてきてください」
皆がいた。
って、えっ?
なんで、いるのよっ!
にこ「真姫ちゃんの快気祝いみたいなもんよ」
真姫「に、にこちゃんまで」
理解できない状況に、慌てていると、キッチンの奥からエプロンを着けたにこちゃんが出てきて、そう言った。
快気祝いって?
あっ、この左目のこと?
左のまぶたを軽く触る。
バタバタと、キッチンやらリビングやらに戻っていく皆を見ながら、私はにこちゃんと言葉を交わす。
にこ「はぁ、大変だったのよ? あんたに悟られないで、連れ回すの」
真姫「えっ?」
ため息をつきながら、そんなことを言うにこちゃん。
……あっ。
もしかして、にこちゃんが私を連れ出したのって?
にこ「そ。このためよ」
真姫「そ、そうだったのね……」
にこ「……まぁ、真姫ちゃんの気分転換のためっていうのもあったけど」
ボソリと、にこちゃんはそう補足する。
その顔は少しだけ赤い。
にこ「とにかく、着替えてきなさい。にこもあと一、二品作るから少し時間かかるし」
真姫「……わ、わかったけど」
――――――
――――――
穂乃果「一番! 高坂穂乃果、歌います!」
希「いえーい!」
凛「いえーい!」
ことり「穂乃果ちゃん、さいこうっ♪」
絵里「穂乃果! 私も歌いたいわっ!」
海未「え、絵里、落ち着いてください」
花陽「……あはは」
ごはんを皆で食べて、その後。
なんだか宴会みたいな雰囲気になるリビング。
私はそれを少しだけ輪から外れた位置で見ていた。
そこに、
にこ「なに、黄昏てんのよ」
そう言って、にこちゃんが冷やかしてきた。
べつに、黄昏てなんかないわよ。
そう答えると、にこちゃんはあっそ、なんて興味無さげな言葉を返してくる。
真姫「ねぇ、にこちゃん」
にこ「なによ?」
真姫「今日はありがと」
私は素直にそれを口にした。
いつもの私だったら、絶対言わないであろう言葉だ。
にこ「……真姫ちゃんらしくない」
真姫「そうね。私もそう思うわ」
にこ「ふふっ、なによそれ」
真姫「さぁ?」
ただ、なんとなく。
それを口にしたくなっただけ。
にこ「あっそ。意味わかんないわね」
真姫「えぇ、意味わかんないわ」
――――――
にこ「ねぇ、真姫ちゃん」
真姫「なに?」
にこ「真姫ちゃんは、新曲にどんな願いを込めるの?」
不意に、にこちゃんはそんなことを聞いてきた。
どんな願いを込めるのか。
それは、いつか希が私に聞いてきたこと。
私はそれに答えられなかった。
私は、μ'sへの想いを詞にしようって決めた。
だから、その質問は、私がμ's になにを願うかってことを聞いている。
真姫「…………」
今の私は、それに答えられる?
心のなかで、自問してみる。
…………うん。
大丈夫。
私は、答えられる。
ひとつ頷いて、にこちゃんの問いに私はこう答えた。
真姫「終わらないでほしいって」
真姫「皆との、こんな日々が、ずっと続いて欲しいって」
真姫「そう、願うわ」
そんなことは無理だって分かってはいる。
夢で見たみたいに、いつか卒業していく。
けど、
真姫「だからこそ、私はその気持ちを歌にしたいのよ」
今、皆と歌って踊ってはしゃいでいたい。
幼稚だけど、熱い気持ちを。
歌にしたいって、そう思った。
にこ「ふぅん」
私の言葉を聞いて、にこちゃんはそう言った。
興味無さげな言葉。
だけど、
にこ「ま、悪くはないわ?」
小声でそう言ったのを、私は聞き逃さなかった。
ふふっ。
素直じゃないんだから。
なんて、自分のことを棚にあげて。
真姫「ほら、にこちゃん! 私たちも歌いに行くわよ!」
にこ「は? ちょ、待ちなさいって!」
いつもとは逆の立場で、私がにこちゃんを引っ張りながら、みんなの輪の中に入っていったのだった。
――――――
――――――
――――――
皆と一緒にいたい。
この日々が終わらないでほしい。
それが私の願い。
願うことならば、いつまでも歌っていたい。
願うことならば、いつまでも踊っていたい。
願うことならば、いつまでもはしゃいでいたい。
そんな幼稚で熱い願い。
………………。
ほんと、変わったわね、私。
だけど、こんな私も嫌いじゃない。
皆が変えてくれた私を、私は少しだけ好きになれる気がする。
だから、私はそんな自分の素直な想いを、この歌に込めた。
えっ?
それはどの曲なのかって?
それは――
――――――
――――――
真姫「終わらない、パーティー」
真姫「始めよっ♪」
―――――― fin ――――――
以上で
『穂乃果「私たちが真姫ちゃんの目になるよ!」』
完結になります。
稚拙な文や表現だったかと思いますが、読んでいただいてありがとうございます。
また、レスやコメントを下さった皆様に感謝です。
また近いうちに
ラブライブssを書きたいと思ってますので、その時は読んでやってください。
過去作も読んでいただけたら幸いです。
以下、最近の過去作です。
凛「凛、病気なのかもしれない」
凛「凛、病気なのかもしれない」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1417454685/)
【ラブライブ】にこ「貴女の外側には」
【ラブライブ】にこ「貴女の外側には」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1417890274/)
では、またどこかで。
このSSまとめへのコメント
よかた