入空自殺 (24)
自殺をしようと思ったのは今から一月程前だ。
繁忙期に入り仕事が忙しく、働いて、帰って、寝て、また働いての繰り返し。
残業はそこまで多くはないし、
残業代もしっかり出るのでブラック企業、という奴ではないのだろう。
別段辛いとは思わなかったが、ふと思ってしまったのだ。
私はなぜ働いているのだろう、と。
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あまり贅沢な暮らしをしているわけでもなく、さしたる趣味はない。
仕事は忙しいが嫌なことは少ない。同僚や部下にも恵まれていると感じる。
給料もなかなかの額を貰っている。
人々からすれば、恵まれている生活、と言うべきなのだろう。
しかし、殆ど使わないので口座にはかなりの額が積み重なっている。
この働いて得た金の使い道がまるでわからなかった。
美味いものを食いたいとも思わなければ好きなバンドもなく、
何処かのアイドルグループのファンでもなければ好きな小説家も居なかった。
結婚もしていない。興味が持てなかったのだ。
そこでこの金の使い道を考えてみた。
家でも建てるか?
いや、火災や震災などが怖い。今のマンションで十分だ。
募金でもするか?
いや、正当に使われるという証拠がない、安心できない。
ギャンブルでもするか?
いや、熱くなれなければ金を払う意味がない。
みんなに酒でも奢るか?
いや、対等な付き合いで居たい。そんなことはしたくない。
どのような案も、まず否定から入ってしまうのであった。
これではキリがない、そう思い、自分の収支を見直してみた。
すると、気になる項目があった。
「国民年金」……「保険」……
それは老いてからの生活を支える為に自動的に積み立てられる金だった。
なるほど、ではこの私の貯金とも言えない貯金は老後の為にあるのか。
年老いてしまえば働けない。その時のためにあるのか。
納得しかけた。しかし、次の疑問が湧いてくる。
「私は年老いた時のために働いているのか?」
答えは、わからなかった。そこからはもう泥沼の思考である。
人はなぜ長生きしたがるのだろうか。
何も為すことなく生きているのは無駄ではないか?
限られたエネルギーとか資源とかを、なんとなく消費するのはあまりにも無駄な行為だ。
今、私はなんとなく生きている。
なんとなく仕事をし、なんとなく飯を食い、なんとなく寝る。
夢や目標なんかは何もない。絶望しているわけでもない。
特に何もないのだ。ただの歯車と相違ない。
決まった生活を繰り返しているだけである。
会社にとって、それはとても良いものだろう。
無遅刻無欠勤。有給は言われるがままに使い、問題のある行動もしない。
まさに完璧な歯車だ。だから私の給料は高いのだろう。
しかし、人間としては面白みというものに欠けている。
現に知り合いや友人というものは居ない。仕事上の付き合いだけである。
私はなんだか、少し寂しくなった。
この日本にいる多くの会社員はどのように生きているのだろうか。
趣味は、あるのだろう。金も恐らく。だが、それをする時間はあるのか。
きっと年老いて、会社を辞めるまでは働き続ける他ないのだろう。
無気力な人間が沢山生み出される。使いやすい歯車が山のように。
そして使えなくなったら解放する。そんな世の中なのではないかと思うと、
より一層、寂しくなってしまった。
しかも私には、年老いてからの趣味というものがない。
歯車から人間にほんの一瞬、戻ってしまっただけでこんなにも辛いものか。
また明日から歯車として働くことは、恐らく無理だ。
働く意義を見つけることができない。
この殺風景な部屋では、人間としての楽しみすら見出せない。
死ぬか。
ぽつりと呟いた。返事はない。止める者も、居ない。
未練も何もない。あるのは金だけ。私には金しかなかった。
その金すらも、一生遊んで暮らしていけるほどのものではなかった。
明日、線路にでも飛び込むか……いや、ダメだ。
遅延が出て遅刻してしまうものが出るかもしれない。
ではどうする?車道にでも飛び込むか?
いや、それではドライバーに多大な迷惑がかかる。
刃物で刺すか?いや、家に刃物などない。
ここでも無趣味が仇となるか。
睡眠薬を買うか?いやいや、そもそも家で死んだら大家に迷惑だ。
……困った。死ぬのにも苦労する世の中とは思わなかった。
こういう時まで欲を出せないのはどういうことだろう。
とりあえずGoogleで「自殺 方法」で検索してみた。
どうやら、自殺をするのは生きているのが辛い人らしい。
別に私は辛くはない。環境も恵まれている。
しかし、生きていたいと思わない。それだけなのである。
様々な自殺志願者の苦悩を見ていたが、
「ああ、この人達に比べれば私は幸福なんだ。生きよう」とは思わなかった。
人は人、自分は自分である。
さて、改めて自殺方法を模索してみることにしてみた。
そんじょそこらで死んだのでは人に迷惑がかかる。それは避けたい。
それから今調べて知ったのだが、
遺産相続手続きをしていないと最期には政府に持っていかれるらしい。
その金で議員がゴルフに行くと思うとモヤモヤするので、金を使い切ることにした。
誰にも迷惑をかけず、金を使い切って死ぬ……か。
我ながら、なかなか難しい死に方だ。
それから数日後、色々な資料に目を通してやっと自殺方法が決まった。
まず操縦士の資格を取り、持ち金を注ぎ込んでダイナマイトとセスナ機を買う。
そして滑走路を借り、空へ。
そしてある程度の高度に達したらダイナマイトを爆破させる。
大量のダイナマイトであれば破片も残らないはずだ。
海に降り注いでも大した迷惑ではあるまい。
その日から私は変わった。
まず操縦士の資格を取るため会社に辞表を提出した。
部下や同僚だけでなく、上司も涙を流してくれた。
「今までお疲れ様でした、先輩!」
「ーー君、今までありがとう。お疲れ様」
「お前が居なくなって、俺も寂しいよ」
「ーー、お前は今までよく働いてくれた。
お前の夢に向かって……頑張ってくれ。お前なら出来るはずだ」
そんな言葉をかけてもらい、少し、未練ができてしまった。
しかし、もう後戻りはできない。私は会社を去った。
そして2年後。
私はついに自家用操縦士の資格を手に入れ、セスナ機を購入した。
さぁ、いよいよあの世へ旅立つ時である。
しかし問題が発生した。
ダイナマイトを扱うには資格だけでなく、都道府県の許可もいるらしい。
私はダイナマイトを扱うような仕事をしているわけでもないので、許可が下りるはずがない。
仕方がないので、セスナ機で上空まで飛んで飛び降りることにした。
ビルから飛び降りる人間は降りている最中にショック死するとどこかで聞いたことがある。
空高くからであれば余裕を持ってショック死するだろう。
装備を購入し、出発の日を待った。
この時間が、人生で最も長く感じた。
身の回りのものは整理し、マンションを引き払い、ホテルに泊まっている。
私が持っているものはセスナ機と装備、あとはこの身だけである。
早く眠れるように、私は睡眠薬を服用し、ベッドに身を投げた。
さて、翌日。ついに実行日である。
友は居ないが、一応友引の日は避けておいた。今日は先勝、離陸は午前中だ。
私は滑走路へ向かった。
滑走路には、事前に運び込んで置いてもらったセスナ機があった。
整備は終わっているので、今すぐ乗れるらしい。
私は装備を付けてもらうと、セスナ機に乗り込んで、離陸した。
離陸して海に出た後、緩やかに上昇を続けた。
上昇を続けている間、普通は人生を振り返ったりするのだろう。
私もそれに倣い振り返ってみたが、
辞表を出した時以外、あまり印象に残っている日はなかった。
なのでひたすら無心で上昇を続けた。
雲海を越え、ついに雲の上へ辿り着いた。
ここからは時間の問題だ。
素早く扉を開き、飛び降りる。
燃料は無駄を無くす為片道分だけの指定だ、長くは持たない。
扉を開ける操作をした、が、開かない。
何故だ?故障か?何度も押し続ける、しかし頑なに開かない。
仕方がないので窓を破ることにした。
しかし、手近に硬いものがなく破る事も出来なかった。
そうこうしているうちに、セスナ機は燃料を失った。
なぜこんなことになってしまったのか。
セスナ機の中に居たら死亡率が下がってしまうのではないか。
私は慌てに慌てた。今更生き延びるわけにはいかない。
そう思っていると、機体が大きく傾き
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