井之頭五郎「東京都 稲城市のコロッケ」 (30)
…。
…バスを使ったのも久しぶりだなあ。
見事におじいとおばあだけだった。
…今日の仕事は久々の大仕事なんだけど、大丈夫なのか?
…遊園地の管理人から直々に依頼が来るなんてなあ。
時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。
『東京都 稲城市のコロッケ』
…。
「………えぇ~…」
これが、遊園地…。
…人っ子一人いない。
今日は、休みの日なのか?
「…お待ちしておりました。井之頭五郎様ですね」
「は、はい!?」
……。
…学生?
「…井之頭さん?」
「は、はい。井之頭です」
「……事務所に責任者を待たせております。ついてきて下さい」
「…は、はぁ…」
……な、何だかとんでもない所に来ちゃったぞ。
「…申し遅れました。私、このテーマパークの支配人秘書をしております。千斗いすずと申します」
支配人?
…あ、管理人じゃないんだ。
…でも、この子、多分学生だよなあ。
「あの~…」
「はい?」
「差し支えなければ教えて欲しいのですが、貴方は、学生さんですよね…?」
「…ええ、そうです」
やっぱり…?
…何か、ちょっと怪しくなってきたぞ。
「可児江君、入るわよ」
「ああ」
……。
「…あんたが、井之頭、五郎さんだな?」
…この仕事、引き受けて良かったのか…?
「……という事で、この甘城ブリリアントパークの支配人になったんだ」
「は、はぁ…」
……ここって、労働基準法とか大丈夫なのかな…。
ちゃんと、代金払ってもらえるのか、心配だ。
「……金なら心配するな。この夏の終わりにはこのテーマパークは日本一有名になっているからな」
「!」
……今思いっきり心読まれたな。
顔に出てたのかもしれない。気をつけよう…。
…でも、俺にどうしろってんだ…。
「ええと…私は個人貿易商で、アドバイザーではないんですが…」
「それは重々承知の上だ。しかしあんたは外国との太いパイプがあるんだろ?…それを頼らせてもらいたい」
外国って…言われてもなあ。
「このテーマパークは見ての通りオンボロの、しかもマスコット達は外見こそ可愛らしいかもしれんが内面はおっさんを極めた野郎共だ。そこで、だ!」
「え、は、はい」
「…あんたの、さまざまな国で培った目で、本場のテーマパークという物を作ってほしい」
「わ、私に?」
「そう。あんたは一人で、世界中様々な所を見てきた。その力をフルに発揮してほしいんだ!それがあれば、このテーマパークを建て直す為の布石となる!!」
……買い被りすぎです。
「……以上がこのテーマパークの全てです」
「…は、はぁ」
全てですって言われても…。
「…何か思った事はあるのか?」
「…正直に申し上げるとすれば…少し心配です」
「…何処が、だ?」
「ええと…例えばあの入場口なんですが……」
「……こんな感じでしょうか」
「…」
……流石に全指摘はまずかったか。
「……素晴らしい!!!」
「!?」
「流石に何十年も世界中を渡り歩いただけの事はある!今あんたが指摘した事は間違いなくこのテーマパークを建て直す力になる!」
「そ、そう、ですか…」
「…可児江君。で、その建て直す為の費用はあるの?」
「………無い!!!!」
………帰りたい。
「…全く、目も当てられんフモ」
「…!」
……不思議な、マスコット。
これ、何だかデジャヴ。
「しかし良い助言になったフモ。感謝するフモ」
「あ、はい…」
……なりきってるのか、なりきれてないのか…。
イマイチ分からん…。
「しかし金の事を心配していたらこの先の50万人など夢のまた夢だ!どんな事をしても、金はかき集める!!」
……随分野心家だ。
こういうの、若くていいなって思う。
俺も若い頃は、こういう時があった。
…何かノスタルジックな気分。
いかん。
ノスタルジックな気分になった途端…。
腹が。
減った。
「…では、また後日改めて来ます。それでは…」
「待つフモ!!」
「!?」
「…どうせこいつはお前に払う金も後回しにしてしまいそうだし……とりあえず代わりにもならんフモが、ここの名物を食っていってほしいフモ」
「名物…?」
「ついてくるフモ。……ああ、そうそう。名前はモッフル。よろしく頼むフモ」
……いや、出来ればそれ脱いで下さい。
「ここに座るフモ」
……腹が減ってたというのに、何だか無理矢理連れてこられてしまった。
…これで変な物を食わされたら、今日はどこか温泉でもつかるとしよう。
「…井之頭様」
「?」
「………」
……今度は、中学生くらいの外人女の子。
「…はじめまして。私は、ラティファ・フルーランザと申します」
「……あ、私、井之頭五郎です」
「…ふふっ。知っていますわ。本日は遠路はるばる…ありがとうございます」
「いえ…大丈夫です」
…腹は減っています。
「…ええと、名物と言えるものなのかどうか、分からないのですが…どうぞ、召し上がって下さい」
「…」
http://www.nakanohito.com/mt/archives/images/08_06/20080603-danshaku-croket.jpg
……。
……THE・コロッケ。
名物じゃ、ないよなあ…。
「…」
…でも、あんな顔して見られると、食べないとバチが当たりそうだ。
「…いただきます」
……。
ほんのり、甘い。
後、揚げたてだからか、外はサクサクしてる。
…肉は少なめの、ジャガイモ多め。
これ、ソースとかいらないな。
このままで十分美味い。
「…」
…でも、何より。
…優しい。
優しさが詰め込まれてる。そんな気がする。
…母親が我が子を包み込むような、そんな感じだ。
故郷を思い出す。
…俺は今、少年時代に戻っているようだ。
手についた脂も気にせず、衣が零れても気にせず。
ただひたすらかぶりついている。
…これ、名物決定。
「…美味しそうに食べてくださるんですね。嬉しいです…」
「美味しそうにだなんて…本当に美味しいです」
「ふふふっ。お代わりはいくらでもありますので…」
「あ、はい。いただきます」
「はい。召し上がれ♪」
……今日は、色んな意味で胸焼けしそう。
「……ご馳走様でした」
「…よく食べるフモ…」
「見てるだけで胸焼けするロン…」
「胃薬欲しいミー…」
「お粗末様でした。作った甲斐がありますね♪」
「あ、いえ…」
ついがっつきすぎたようだ。
…我ながら、よく食べた。
「…ふむ。やはりここのコロッケ、とっておくべきだということだな」
…そう思う。
「…で、腹も満たされた所で何かもっと手っ取り早く出来る解決策はあるか?」
「…手っ取り早く、ですか…」
……。
金もいらず。
準備もいらない。
…。
「…優しさ、だと思います」
「…優しさ?」
「このテーマパークの人達には、確かに優しさがあります。でも、それは目には見えない優しさです」
「…?」
「…あなた方は、優しさを隠して、本当の自分を隠してしまっている。…ええと、このコロッケみたいに」
「…コロッケ…」
「自分の言葉を隠して、強く出る事で偽りの自分を作ってしまっているんだと思います。自分を幸せに出来ないのに、相手を幸せにする事は、無理…だと思います」
「……俺の、事か?」
「…あなた方、です」
「…」
「…」
……やってしまった……。
「……本日は、とても勉強になりました。可児江君も、そう言っていました」
「…は、はい。…出過ぎた事を言ってしまいました」
…あれから、無言で事務所に戻っていってしまった。
…気難しい年頃の子供に、言う事では無かったかもしれない。
「良いんです。可児江君にはあれくらい言って。内部の人間達は相手が支配人である以上、あまり口は出せませんので」
「…そうですか」
…あの子、大丈夫なのだろうか。
「…夏が終わったら、またいらっしゃって下さい。必ずこの甘城ブリリアントパークを発展させますので」
「…ええ。吉報を待っています」
……割と本気で。
「……可児江君、入るわよ」
「…」
「…貴方らしくないわね。何も言い返さないなんて」
「…」
「…皆、貴方の優しさには気づいているわ」
「…そうでなかったら、今まで貴方についていくはずないもの」
「…」
「…だから、これからも貴方の隣で…………秘書であり続けるわ。…先に出てるわね」
「……バス停で、待ってるから」
……。
…結局、今日は何もせずに終わったな。
…正直、文化祭に来たようだった。
…でも、悪くないな。
少年よ、期待しているぞ。
……やはり、日本の未来は明るい。
ゴロ~
ゴロ~
ゴロ~
イッノッガシッラ
ゴロ~
ゴロ~
ゴロ~
イッノッガシッラ
……やっぱ胸焼けが凄い。
甘
今回久住さんがやってきたのは…?
「…やってきましたよ!!…よみうりランドですが…」
「甘城ブリリアントパーク……行ってみたい!!!(笑)」
「まあテーマパークですからねぇ…食うより見る、という五郎の楽しみ方ではな……おやおやぁ?これは一体…?」
毎度おなじみ、久住さんの好きな飲み物の登場…。
「……こういう所で飲む麦スカッシュ、たまらない!!(笑)」
そして久住さんが注文したものは…。
「あ!これですよこれ!コロッケあるじゃないですか~!……ラティファちゃんのではないですが…(笑)」
「……うん。優しいよねぇ(笑)店の中のパートの人の優しさがつまってます(笑)……失礼ですね…」
「これはもう一杯麦スカッシュを頼むしか…(笑)」
「「(笑)」」
「…あ、明日は浅草なんですよね?……じゃ、早く飲まなきゃ(笑)」
今回久住さんが行ったよみうりランド。
甘城ブリリアントパークの聖地となっていますよ!
稲城市にも行ってみましょう!
完
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