ストライクウィッチーズ 2020 (68)

1

「…20世紀初頭、ライト姉妹によって発明された航空ストライカー・ユニットは第一次ネウロイ大戦において実戦投入され、その有効性を強く示した。
第二次ネウロイ大戦においてその能力は大きく向上し、冷戦期から今日に至るまで常に戦術戦略を構成する重要なファクターの一つとして君臨し続けている…」

夏の島の晴れた朝。
外よりも蒸し暑い格納庫に並べられたかと思えば、お偉いさんの長ったらしい話を聞かされる。

宮下里奈二等空尉は、直立不動のまま蒸し焼きにされて行く「拷問」に苛立ちを覚え始めていた。
本土から「いらっしゃった」空将補による拙い英語発音でのスピーチはひどく退屈で、不快感を増大させるばかりだったので、いつになったら終わるのだろう、彼女の頭の中はそれだけで一杯になってしまった。

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「陸上ストライカーはより汎用性の高いパワードスーツに置き換えられて久しいが、まだ無人航空ストライカーに有人機を置き換える程の能力は備わっていない。
即ち、諸君ら航空ウィッチにはこの先も小銃(ライフル)のグリップを握り続けて貰わなければならない…」

つい欠伸が出そうになるのを寸前で堪え、右隣に視線だけをチラと向けた。他の者がどうしているのか見てみたくなったのだ。
少し前方にいた幼いウィッチは恥ずかしいぐらいに大きな欠伸をし、眠気のあまりにその場に倒れこもうとしていた。年長のウィッチに短く制止されると、不機嫌そうにまた直立不動に戻った。

内心面白がりつつ前に視線を戻すと、将補の隣に立つ扶桑の軍服を着たウィッチが大きな欠伸をし、船を漕いでいた。まるでさっきの幼いウィッチの様に。

しかしさっきとは全く訳が違う。なぜならば、将補の隣はとても目立つ場所であるし、また彼女の年齢は恐らく成人に近く、それなりの階級であって然るべきだからだ。

同じ扶桑軍人の上官を情けなく思って見ていると、将補の長くて退屈な話がやっと終わった。
続いて登壇したのは、なんと先ほど寝かけていた扶桑のウィッチだった。
声を掛けられても気づかないので肩を叩かれ、体を強く揺さぶられてからやっと気づいた彼女は、寝ぼけ眼を擦りながら壇に上がった。

「えー…ただ今ご紹介に預かりました、織田栞二等空佐です。みんな宜しく」

パッとしない喋り方。

「えっと、まあ演習で死なない様にしてください。以上です」

ざわついた会場をよそに、彼女は壇を降りた。なんだあの態度は、とても軍人とは思えない。ましてあれが上官など、あり得ない。
宮下の苛立ちは、全く織田とか言う呆れた上官に向けられた。



1対1での空戦格闘演習の時になり宮下は驚いた。ランダムに充てがわれた対戦相手が、偶然にも織田二佐だったのだ。

「宜しく」

朝の壇上での惨たらしい姿とは打って変わって真剣な面持ちになった織田二佐の目は、しっかりと宮下を見据えていた。

「宜しく、お願いします。二佐」

今回のパシフィス島演習はこれ以上無く大規模な物で、世界各国から西側・東側問わず何人ものウィッチが集められているのだ。
にも関わらず、同じ国の1人のウィッチと当たるのはあまり無いはずだが…。

まあ細かい事はどうでも良い、この気に食わない上官に一矢報いてくれよう。
宮下は愛機たるF-2D<スーパーカイ>を履き、HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)の電源を入れた。
両目の前、バイザー状のディスプレイに戦闘に関わる各種情報が表示され、右耳のイヤホンに管制塔からの通信が流れる。

「サイファー2、離陸を許可する」

今一度ストライカーを確かめてからマイクに声を吹き込む。

「サイファー2、離陸する」

脚に力を目一杯込めるとF-2Dの魔導ジェット・エンジンのアフターバーナーが点火し、莫大な推力に押し上げられて宮下の体は勢い良く空に向かって発射された。

まっすぐと空を昇って行き、やがて高度5000mに達するとまた管制塔からの通信が入った。

「サイファー2、タガー1、演習開始」

「サイファー2、演習開始」

管制塔に返答すると同時にHMDの画面に目を遣る。奴はここからおよそ6000m、2時の方角の位置に居るらしかったが、その姿を見ることは出来なかった。

宮下は先手必勝とばかりに、「敵」へ数百メートル近づいて肩撃ち式SAMを向けてロックオン、「発射」した。
これは演習であり半分はコンピュータ上のシミュレーションであるので、実際にはミサイルは射出されない。
もしこれが実戦であれば、ミサイルは自軍のレーダー網からの情報を使って目標が見えずともそれに向かって飛翔し、破壊を試みる。
演習ではそれをそっくりコンピュータ上でシミュレートするのだ。

宮下はもう一基のミサイルも発射、その場から離脱しHMDに注視した。訓練通りの、完璧な動きだった。

地図上でミサイルと目標の光点が近づいて行き、接触した。しかし、目標の赤い光点は消えず、かわりにミサイルを示す青の光点だけが1つ、また1つと全て消えた。

外したか?いや違う、それならばミサイルは目標を通り過ぎなければおかしい。
ミサイルは目標に接触したところで「消滅」したのだ。
ミサイルの不具合などを加味されないこのシミュレーションで、消滅が意味するのはーーー。


「クソッ!」

宮下は舌打ちし、背中にぶら下げていた12.7mm重機関銃M2を構えた。
もう宮下にはミサイルが残されていおらず、よって銃で墜とす他に選択肢は無かった。
まだミサイルが残っていたとしても、敵はどうやら音速に近い速度で飛翔してくるミサイルを2発ほぼ同時に撃ち落とす化け物らしいのだ。
もはやミサイルは有効ではなかった。
  

目標の方角へ向かいながら、M2の安全装置を外す。相対距離が1000mに迫ったところで、サイトに目標の姿を捉えた。
900、800、700、600、と近づいて行き、500mを切ったところでサイトの真ん中の目標に向かって引き金を引いた。
バイザー上に3DCGで描かれる、無数の12.7mm弾が織田二佐に殺到した。
しかし織田はそれら全てを難なく躱し、推進器を一気に吹かして宮下までの距離を一瞬で10mまで詰めた。

そして、宮下が気づいた時にはーーーその首に模造剣が突きつけられていた。


「良い勝負だった…宮下二等空尉」

自らの敗北を伝える織田の声とHMDの画面に、宮下はただ悔しさで奥歯を食いしばる事しか出来なかった。

つづく

SAMじゃなくてAAMだわ


2


「どうか、ご指導をお願いしたいです」

初日の空戦演習が一通り終わった後。
休憩していたエヴァ・ハイドフェルト航空主任の元に、扶桑空軍の士官服を着込んだ少女が歩み寄り、そう言い放った。
気だるさを感じたが、仮にもクライアントの1人だ。無下にするわけにも行かまいと、しぶしぶチューブ入りゼリーを口から離した。

「はあ。ご指導を、ねえ。なんで私に?」


「明後日の空戦演習で、ある人を見返したいんです。あの見事な空戦機動をこなすあなたに、テクニックを伝授して頂けないかと」

見返したい。その言葉と少女の話すトーンはまるで合っておらず、その可笑しさにクスリと嗤ってしまった。

「ふーん、あなた、名前は?」

「これは失礼、申し遅れました。扶桑空軍の宮下里奈二等空尉です」

「エヴァ。エヴァ・ハイドフェルドよ。よろしく」

そう名乗って片手をぞんざいに差し出すと、ミヤシタはなんだか泣き出しそうな顔をして両手で強く握り返した。

「ありがとうございます」

「いや、別に。お客様のご要望にはお答えするのが、レッドイーグル社であります」

我が社の誇る、最高に悪辣な社長の口調を真似ておどけてみせた。気色悪い笑顔を浮かばせる気持ちの悪い奴だった。
その気持ちの悪い男のお陰で、こうして方々の軍事演習に呼ばれて金を貰えていると言う事実もあったが、エヴァはそれを無視したかった。

「まあ、ここに掛けなさい。エヴァ先生が、あなたのお悩みを解決しましょう」

立ちっぱなしの彼女に向かって、薄汚いパイプ椅子を優しく蹴飛ばす。

「はっ、失礼いたします」

ミヤシタはその椅子に、まさに軍隊のマニュアル通り、軍人らしくかつ仰々しく座った。
さっきの演習で見たミヤシタの空戦とまるで一緒だと思った。そして、これを言えば良いんだなと気づいた。

「ミヤシタ…あなたは、型にハマり過ぎね」




早朝の格納庫。暗い灰色のフライト・スーツを着込んで居ると、ミヤシタがやって来た。

「お早うございます。申し訳ありません、遅れてしまいましたか?」

そういって真剣に時計を確認するミヤシタに半ば呆れてしまった。

「今は0520。約束の時間より、10分早いよ」

本当はこいつも分かっている癖に、「遅れてしまいましたか」などと白々しい事を言うものだと思った。

ストライカーを履いて、薄暗い空に2人で向かった。
ミヤシタが上司に特別の許可を取って、早朝の特訓をする事にしたのだ。

「じゃあ、とりあえず、昨日のやり直しをしようか」

「り、了解…」

マイクで通信するのも煩わしいので、引っ付いて耳元に吹き込んだ。ミヤシタの耳がほんのり赤くなったのが不思議だった。

「やることは簡単、シンプルだ。昨日と同じ様にシミュレーション演習で、ミヤシタは私を墜とせ。分かったか」

「了解」

「よし、解散。お互いに背を向いて飛んで、今の座標から3000m離れたら状況開始だ」

「了解」

「じゃあ、また」

それぞれ推進器に点火し、まっすぐお互いの逆方向にすっ飛んだ。
音速に迫るスピードで飛べば、3kmはあっと言う間だ。
少し雲によそ見をしていると、すぐにHMDは「戦闘」の開始を知らせた。データリンクの情報を反映したマップが描写される。

ミヤシタを示す赤い光点が1つ、こちらに全速力で迫って来ている事が分かった。
そしてお決まり通り、ミサイルを2発撃って逆方向へ離脱。優秀すぎてヘドが出そうだった。

「こっちも、こっちのセオリー通り行きますか…」

そう言って1人で笑い、赤い光点のある方角に向けて推進器を吹かした。
エヴァの体は10000kgfもの膨大な推力によって急激に加速され、すぐに亜音速に達した。

相対距離がみるみる詰まって行く。1000mを切った所で、エヴァは更にアフターバーナーを点火。一気に超音速まで加速した。

すぐにミヤシタは視界に飛び込んで来た。20mまで近づいて、きつく旋回しながらポケットから取り出したMP7を発砲した。

吐き出された十発ほどの銃弾は、回避行動を取っていたミヤシタの動きを見切った様に的確な場所に飛び、命中した ーーー それはシミュレーションをミヤシタの敗北で終わらせるには十分すぎた。



「やっぱり、ずいぶんと格闘戦が苦手な様ね」

なぜそれを、と言った表情のミヤシタは手足の力がすっかり抜けてしまっていた。

「じゃなきゃ、あそこまでミサイルばっかに頼らないでしょう?2回空戦を見て2回ともミサイルを2発連射なんてねえ」

「格闘戦って、どうして良いか分からなくて」

ミヤシタは恥ずかしそうに俯いて言った。

「今のはこのストライカー…Su-27MK2改の偏向ノズルを使って強烈に旋回したから、あなたのF-2Dには真似出来ないね。
だけど安心して、F-2Dにも出来るとっておきの必殺技を教えるから」

明日までに、あなたがそれをモノに出来るかは別問題だけど。そう喉まで出かけたが、やめておいてやった。

しかしそれを聞くと、俯いていたミヤシタの顔はパアッと明るくなった。意外と単純なのかな、こいつ。

これで書き溜めた部分おわり
また溜まったらきます

3

パシフィス島演習3日目の朝。
南国の太陽がヤシの木すら燃えつくそうと酷く照りつける中、滑走路の上で宮下二尉は織田二佐と対峙していた。

「貴重なお時間を割いて頂いて、ありがとうございます!」

宮下は声を張り上げて、滲み出てくる敵意を隠しつつ礼を述べた。

「お前が再戦だと言うからな、面白いと思って来ただけさ。頭を下げる必要も無い」

口角を社交辞令的に上げながらも、その目は笑っておらず、改めて宮下に熟練したウィッチの強かさ、もしくは恐ろしさを実感させた。
だが、圧倒されているだけにも行かなかった。
昨日1日、「必殺技」の練習を積んだ。今こそその成果を見せつける時だ。


<サイファー2、タガー1、離陸を許可する>

管制塔からの抑揚の無い声が、そのまま彼女たちのゴングとなった。

「サイファー2、離陸する。では上空で、二佐」

「ああ。期待しているぞ、二尉」

ふたりは、ふたたび決戦の空へと飛び立った。



所定の空域に達すると共に訓練開始の合図を受け取った織田二佐は、HMDの地図画面に神経を張り巡らせた。
赤い光点が点滅しながらこちらへ近づき、ある所で二つに別れた。一つは逆方向へ一直線、もうひとつはこちらの方角へ向けてぐんと増速した。

敵の詳細情報は表示されないが、織田はそれぞれの光点の正体をいささか確信していた。
逆方向に向かう光点は宮下、こちらへ突っ込んで来るのはミサイル。
つまり、前と同じ様に射程内に捉えてからミサイルを発射し、そそくさと離脱しているのだろうと予測出来た。

一つだけ、脳天の奥に引っかかる事があった。どうして一発だけしか撃たなかったのか、であった。
昨日1日使って弾薬の節約だけ習って来たはずも無いだろう。きっと何か戦術を身につけて来ているはずだった。

織田は悪い予感がしたが、とりあえずはこのミサイルを撃墜しておく事にした。考えていても仕方が無いし、ミサイルも止まってくれないだろう。

本物の対物剣(アンチ・マテリアル・ソード) ー剣を媒介にして魔翌力を走らせて目標に斬撃を与える武器ー よりもやや重い、訓練用の模造剣を構えた。
赤い光点が近づく。100、90、80、70、60ーーー50mを切った所で、光点は真下の雲の中から姿を現した。
そして、刹那見えたその姿は織田を驚愕させ、呆気にとらせた。それはミサイルなどでは無かった。

しかしエースウィッチは伊達では無い。織田はすぐに気を取り直し、事態に対処した。放たれる12.7mm弾とグレネードを素早く躱しつつ距離を詰め、背後を取り、剣を突きつけた。


「…無念です」

しばらくして、擦れた声を聞いた。ミサイルだと思っていた光点は、宮下だったのだ。

「いや、前回の様にお前の完敗では無い。HMDを見ろ。私に被弾が2発もある」

宮下は振り向き、その泣く寸前の顔を見せた。

「喜べ。今まで何十回も空戦をやったが、私に弾を当てたのはお前で5人目だ。本当に良くやったな、驚いたぞ」

それを聞いた宮下は、涙を堪えながら「ありがとうございます」と叫んだ。

聞くと、一発のミサイルを逆方向に撃ってレーダー網を誤魔化し、敵を混乱させる事をある傭兵から入れ知恵されたそうだ。

説明した後で、失望されましたかと途切れそうな声で言ったので、大声で笑って肩を叩いた。
そんな事はどうでも良かったのだ。
ただ、初日の演習で気まぐれに指定した相手がここまで愉しませてくれた事が単純に嬉しかった。

「さあ下へ戻ろう。まだまだ演習は終わっていないんだからな」

はい、と言って返ってきた視線には、もう以前の様な怒りは見えなかった。

今日はここまでです
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読みにくいですごめんなさい

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