魔獣戦線まどか☆マギカ (41)
鹿目まどかが、数多の世界の捻れた糸を紡ぎ魂を差し出してまで叶えた願い。全世界全時空の全ての魔法少女が絶望し魔女へと変異する事への否定。
宇宙の法則を書き換えてまで行われし途方もない傲慢なエゴ、それは叶えられはした。しかし完全ではなかった。
値札と同じ金銭を払おうとした所で、店側が金を受け取らず売らない事が可能であるように、まどかの差し出したその身も因果も魂も、十全に思い通りには行かなかった。
世界が契約の承諾を、拒絶した──
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「殺せ」
「今のうちに殺せ」
暁美ほむらは警告した。目の前の地球外知的生命体へ。獣のように唸り、涙を激しくこぼしながら。
「案ずる事は無いよ、ソウルジェムが濁りきった瞬間から、魔法少女は消滅する。」
「ソウルジェムを塵にして殺せ、体をバラバラにして殺せ、魂一片たりとも、細胞一つでも生かしておくんじゃないわよ」
「会話を聞き取れていないくらいに磨耗しているようだね。」
「実験は成功と言える。」
「各地にも連絡しておこう、この相転移は莫大なエネルギーを発生させている。」
動けない肉体。爪が肉に食い込み、握り締めたリボンは赤黒いシミを広げている。
「出ないと私は生き返りお前たちに復讐する」
口々にデータの交信をする十三体の彼らは、皆一様に無個性で均一ではあるが、人類目線においてその顔には驚愕と喜びが僅かに見てとれた。
「君が話してくれた妄想は歴史の事実と証明されたよ。」
「ここで生き残れたならば、必ずや!貴様たちを八つ裂きにしてやる!!」
「さようなら、そしてはじめまして。」
「グク…一片の肉にまで千切られようと……」
「この世界最初の魔女、暁美ほむら。」
「地獄の底まで追ってゆき、ぶち殺してやる」
血走った目に、いや体中の血管が憎悪による興奮に耐えきれず破け内出血を見せる。黒く染まり始めた視界に、人の言語を成し得なくなり出した声帯に、血の味以外を感じない味蕾に、全ての細胞が敵を捉えて咆哮する。
「殺してやるぞインキュベェタァァァァァ!!!」
卵型の紫色の魂が反転し、ひび割れて行く。感情という雛が封じられた殻を突き破り、理性も本能も食いつぶして暴れんともがく。
『ダメ!ほむらちゃん!』
「はっ!」
白い。白い世界。違う、薄いベージュ、黒い点、影、皺。
荒い息のまま眼球をそこかしこに動かしても、自分がいる場所が病院のベッドだと、今見ているのは飽きる程眺めた天井だと、気付くにはかなりの時間がかかった。
あまりにも長い間、この場に戻って来ていない。戻って来れる筈が無い。だからそれは、ある種の逃避ですらあった。
飛び起きたとて景色は変わらない。そこから膨らむ恐怖と極僅かな期待。
まさかあれは全て夢なのでは無いか、魔法少女など存在せず何もかもが自分の空想だったのでは無いか。
力入らぬ身体をベッドから転げ落とし、這いながら世界を観察する。その爪には魔法少女の証の模様。
ではまた時間を巻き戻したか?しかしまどかの宇宙再編によってその力は消えた筈、ならば。
一番新しい記憶を呼び覚ます。
「ここは……魔女の結界……?」
魔女を守り、魔女の理想の世界を見せる。魔女に苦しみを与え、更なる絶望を辺りへ撒き散らす空間。
「いやあああああああああ!!」
忌むべき敵に、忌むべき姿にされた、その事実が狂乱へと彼女を導く。医者や看護師に取り押さえられ、薬で眠らされるまで。
200X年。
日本に突如発生したスーパーセルを皮切りに、世界を、人類を相次いで大災害が襲った。
空を埋め尽くすイナゴの群、高層ビルをなぎ倒す津波、プレートを無視した地震、火山から一斉の噴火、十字架がついた巨大棺の蜃気楼。
それから11年後、見滝原。
光が吹き出した。その身に蓄えていたエントロピーを凌駕するエネルギーが、さながら火山噴火の如く空中へ。地も結界もひび割れ砕け、眩い白い光となって。
そして砂金の砂時計はひっくり返る、翻天覆地のその日を刻む為に。神の目覚めを刻む為、神と呼ばれるDNAが覚醒する時を刻む為。
「君かい、暁美ほむらっていうのは?」
薬が抜けきらない虚ろな意識の中で黒い魔法少女が私を見下ろしていた。彼女は知っている、何度目かの時の障害、常に付き纏って居るだけではまどかを守れないと証明した要因の一人。
呉キリカ。口を開いたが喉が動かなかった。だが唇の動きで意味は伝わったらしい。
「キミに用がある、悪いけれど来てもらうよ」
正直なところ拒否したかったのだが、状況を知りたいだろう?と言われては行かざるをえなかった。他に何のあてもないのだから。
「御機嫌いかがかしら?」
「用があったのでしょう、何かしら」
「根気がある割りにはせっかちなのね」
皮肉を微笑みに乗せてティーカップを置く織莉子に苛立ちを隠さない、何故だか隠す気が起きなかった。湧きあがる怒りが止まらなかった。
動き難そうなその服の白さにすら腹が立った。
「新約聖書にヨハネの黙示録という一節があるわ」
それに構わず織莉子は真っ直ぐに相手を見据え話し続ける。
「私は見た、ヨハネが見たのと同じアポカリプス──最後の審判の光景を、」
「青白い馬に跨った死というものが黄泉の国を従えて現われ、世界は暗黒に包まれる」
(まどかが魔女となって世界を滅ぼす姿、青白い馬は使い魔ってところか)
「そして巨大な光がゆっくりと世界に近づいて来るのを見たわ、あれは果たして神であったのかしら」
「宗教の話なら前の学校だけで飽き飽きよ」
織莉子は止まらない、それこそが指名なのだとどこかで悟っていた。
「その光に立ち向かう一匹の獣を見た、海の中から上がってくるのをね」
「七つの頭と十本の角、その角には十の冠、各々の頭には神を汚す名」
「その身は豹に似て足は熊の如く、その足は獅子の如く……」
「もう結構よ」
そう言って踵を回らすほむらを、鋭い爪が遮った。
「どいて」
「暁美ほむら、キミは何者なんだい、魔法少女でも魔女でもない、いやこの世界の存在ですらないんじゃないかい?」
「どけぇ!」
血走るその目は獣の如く、ほむらは盾から銃を抜いて邪魔な手を弾き飛ばすつもりであった。時を停止させて去るでもなく、互いにぶつかり合う事の徒爾を説くでもなく、彼女の彼女らしからぬ行動だった。
次の瞬間キリカの鉤爪はガラスのように砕け散り、勢いを殺し損ねた腕からは鈍痛と共に皮膚の裂けた刺す痛みが届いていた。
「えっ……」
払った結果として右上に伸びていた手にあるのは、左手の盾から出た拳銃ではなく見覚えのあるサーベルの柄だった。
「爪を砕くと同時に刃を銃弾のように飛ばすだなんて、えげつない事するね暁美ほむら」
「キミは剣を生み出せるのか」
腕の血に舌を這わせ敵意を確固とさせるキリカの事など瑣末な問題だった。
未知の経験が、またもや魔女の結界の見せる夢なのかと、さもなくば友人の剣をなぜ自分が持ちえるのだというのか。
「改めて言うわ暁美ほむら、あなたは魔法少女でも魔女でもない、もちろん魔女になりかけってことでもない」
「一体、どこから来たの」
「……分からないわ」
振り向くことも出来ず、彼女は白い魔法少女にこたえた。
短いが今日はここまで
原作者のご冥福をお祈りします
「未だ信じがたいわね」
「事実よ」
「だってあの子は…!」
「そうね、あなたの言った通りであった場合は矛盾するわね」
おおよそ中学生が起きているには似つかわしく無い時間が終わろうとしている。ほむらはそろそろ病室に戻らねば不審がられてしまうだろう。なにせ錯乱してすぐ失踪となれば、退院がさらに延期しかねない。
「でもこの世界には魔獣なんて存在しないし、インキュベーター達も戦う相手を魔女と言っているわ」
「もちろん魔法少女はいつか魔女になる、気づいている魔法少女がどれだけいるかは知らないけれどもね」
「じゃあ…!」
太ももにコブシをぶつける。その先を聞く勇気は無かったから。聞いてしまえば、まどかの願いが成就しないと認めてしまうから。
そうだ。もし彼女の祈りが叶っていたならば、鹿目まどかは一つの概念と化していたしソウルジェムが濁りきっても魔女が生まれない、代わりに穢れは魔獣として顕現するだろう。それも全ての時間軸と平行世界においてだ。
だがどうだ、彼女達はグリーフシードを所持していた。ならば可能性はどちらかしかない。
あの世界が嘘か、この世界が嘘か。
まどかの願いは叶わなかったか、叶ってから何かしらがあって失敗したか。
「または願いそのものが破綻していたか」
慈悲もない言葉に眩暈がした。じゃあまたやり直せばいいや、と切り替えるにはあの世界は居心地が良すぎた。
宇宙を作り変えてもエントロピーの問題は解決していないし、呪いは形を変えて世界を蝕む。
それでも友達は確かにいたし、思い出も仲間もあった。こんな世界を守っていこうと決意を新たにしていた。今更なぜ、ゲームのリセットのように戻ってまたすぐ歩きだせるものか。
「落ち込んでいる所悪いけれど、私達にはもう時間がないわ」
「私の予知って調整が効かなくて魔力を無駄遣いしているの、キリカも手伝ってくれたけれどもう限界」
「せめて残りはキミが使うといい、それで私達を殺してくれ」
グニャリと二人の並ぶ場所が歪む。魔女の結界が生まれ始めたのだ。
「私としてはあなただけでも生きて欲しいのだけれど」
「キミがいないならば生きる意味も無いし共に死ねるならばそれこそ本望だよ」
ほむらの前に二つのグリーフシードが投げられる。それはまだ新品ではあるが、二人の延命には少なすぎる量だった。
「待って!まだ話はっ」
「私が伝えられる事はあと一つだけ、」
「明日になったら、東へ走りなさい」
違う宇宙から来たのだとすれば、互いの常識にすら相違が発生してもおかしくはない。歴史が違えば価値観も変わる。戦勝国と敗戦国でその戦争の教育に誤差があるように。なにか決定的な差がほむらの知識と違うかもしれない。
だからニュースで知りえるようなものは時間をかけて語る価値は無く、未来の言える限りを伝える事が余命を燃やすに足る最後の希望だった。
二つのソウルジェムが、暴風と共に魔女の卵へと変貌した。
「勝手すぎるわ、一方的に話して居なくなるだなんて…」
心の整理がつかなくとも、現状の理解が出来なくとも、目の前の魔女や使い魔は自分を殺しに来る。GSを拾い生存本能が囁くままに攻撃をかわす。
武器は何故か生み出せる美樹さやかと同じ剣。試してみたが時間停止も盾の出し入れも出来なくなっている状態で、両手に刃を構え彼女の慣れない接近戦が始まった。
気が知れない。というのが正直な感想だった。
剣よりも槍が優れ、槍よりも弓矢や投石が優れ、やがて銃に変わり、砲に、ミサイルに変わった。戦いとは如何に安全に敵を殺すかが重要であり、接近をしないと意味が無い得物なぞもともと体が弱いほむらにとっては害でしかない。
止まった時間の中でゴルフクラブが曲がった事を思い出しながら、魔力で補わなければ年下にも劣る身体能力にげんなりとする。
よくもまあ美樹さやかは戦っていたものだ。頭の螺子が緩んでいるのか、そもそも螺子が無いのではないか。
白黒の市松模様の世界は、魔女の結界としては美しい分類に入るだろうか。美国の屋敷内の延長上にあるような、整った場所であった。もっとも、一辺三尺程度のその正方形の床に佇んでいてはすぐさま獣の腕が振り下ろされるのだが。
厄介な事にこの床はそれぞれの魔女のテリトリーであり、白にいる間の攻撃は確実に効かない、というのがほむらの見解だった。黒を踏む間にやたら世界がすばやく見えた事が根拠であり、事実既にいくつも「もらって」しまっていた。
文字通り攻撃の爪跡からは、そこを入り口として水晶球が光を撒き散らしながら飛び出す。流石に二本では捌ききれない。見えても頭が、体が間に合わない。
光の弾幕と爪の風。射程の違う攻撃を自在に繰り出し、全方向に目があるかのように攻撃をいなす鯨幕模様の魔女。対して戦いなれていないほむらはじりじりと魔力は減っていく。
「違う自分になりたい」「私が生きる意味を知りたい」「とっととしろよなー」「織莉子はもっとがんばります!」「これで全部かしら」「盗人猛々しいってこのことを言うのね」
チリチリと頭の片隅が焼けるような、記憶を熱した鏝で押し付けてきたかの如くビジョンが浮かぶ。繰り返し通った道のりの一つにすら存在しないデータ、他人の「本人からの目線の」記憶が雪崩込む。
精神攻撃かとも思ったが有利な状況下でそんな手を打つ魔女の気はしなかった。それよりも手が足りない事実こそ喫緊の課題で、残りの手札で可能な役は少ない。
「ならば『手数』を増やすまで」
意識の外からの言葉を口にすると、肩から先にもう二つほどの手が生えた。
四本ならば捌けるか。
迷いも疑問も浮かびすらしなかった。
ああ、気が知れない。いくら才能が無いとは言え、こんな戦い方を選択できる彼女が。同じく才能がない故に、なんだか眩しく果てしなく狂って見えた。
痛覚を遮断し、ほむらは突進する。
「スクワルタトーレ!」
なんてね。と鼻を鳴らす。体中を貫く反撃も動きにくさしか感じない、飛び散る魔女の飛沫はむしろ体に馴染み、ただ敵を木っ端微塵にせんと中枢らしき場所に腕達を振るい、剣を突きたてる。
魔女の肉の奥でキラリと光ったものを無理やり引っ張り出してから、それがGSだと理解した。形容し難い不快な音を立てながら肉塊は崩れ落ちる。
切り裂きジャック本人だって、ここまで赤黒い身体にはならなかったであろう。
結界が消えた部屋、窓ガラスに反射する自分を見ながら、彼女はそう思った。
「でもまあ、違うあなた達に受けた借りは、これでチャラにしてあげるわ」
返り血を消すこと自体は容易いが、丹念に拭い去るには面倒だった。服や体を修復するのと同じように布そのものを作り変えながら、人気のない夜道を一人戻る。
先ほど連れて来られた時と道は変わっていないのに、慣れない道を進んでいた気がした。それが自分の変化のせいではなくて知っている町並みと物理的に違うからだと気づくのは病室でゆっくりと思索にふけってからだった。
「軍神アダムとイヴ、まるでオカルトね」
災害の謎に迫ると煽っていた週刊誌を眺めながら、言えた立場では無かったと独り言ちる。どうやら自分が知らない事件が割と頻繁に起きていたらしい。それも大規模な、極めて危険な。
ワルプルギスの夜が来たであろう日に世界中で起こった天変地異、いやそれこそワルプルギスの夜が巻き起こした事なのかもしれないが。その日から十一年も経っていたらしい。
「そんなに眠っていただなんて、いやそんな時間軸に戻ってきただなんてね」
となると同年代である美国織莉子も呉キリカも中学生のままの姿だったと言うことは、消耗し続ける爆弾を抱えたままでここまで生き残ったのだろう。それが並大抵の事ではないと初心者でも分かる。
見滝原。決して田舎では無いが国の行く末が左右される状態において最重要拠点の一角としてはカウントされないこの地に、中枢への復興が終わっていない現時点において積極的な政治による介入は行われていない。
その半混乱状態ではアンダーグラウンドの勢力が力を伸ばす事はある種の必然であり、多額の資金を有する企業が自分達に有利になるように動くものである。
この町はいま南北に分断されている、七年前の大地震で北側は死んだ。新しいのは一つのビルだけで、持ち主が一帯の土地を買い占め放置しているためにますます復興は進まない。ズタズタの道路では警察も消防も来れはしない。
「おい、そのじじいが飼ってた猫だ、こっちのボールの方が活きがいいぞ」
そんな場所でホームレスが自称ワールドカップを目指す若者達にリンチにされたって、爪垢がたまる程にも関心を持たれない。一歳にも満たない黒猫がロングシュートを決められても、世界はだからなんだと言う筈であった。
「おっ、これはこれは」
小さく痙攣する猫を拾いあげた女性へ、男達が口々に笑いながら近寄っていく。こんな場所に対して小奇麗な若い女。
「いけないな!若い子が夜中にウロウロしてちゃ」
「この辺は物騒なんだよ」
つい先日も若いアベックが襲われ、男は半殺し女も使い捨てられるまで犯されていた危険遅滞。逆に言えばそういう連中にとっては天国でもある。こんな所に来たからにはワケアリしかいないのだ。
一人の男が馴れ馴れしく肩を抱くと、彼女は猫にしか興味が無い為に体ごと払って歩き出した。
「やさしくしてるからってつけあがるんじゃねえぞ!」
当然逆鱗に触れた男は乱雑に後ろから抱きしめる。右手は顎を無理やり持ち上げ左手は胸に触れていた。
男はそっちの出方次第で野獣になると、話を聞くのは一発かましてからだと一同が揃って煽りだしたのだが、女の目には口元を塞がんとする手に釘付けであった。
もう、我慢出来ない。
女はその柔らかそうな母指球筋へ一息に牙を突きたてた。
コピペミスって区切り変だけど、OVAアポカリプスだと思って許して欲しい
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