井之頭五郎「千葉市 花見町の豚骨ラーメン」 (36)

……。

ここが、花見町。

都会のイメージが強い中では、一際目立つ田舎っぽさ。

「…お」

…駄菓子屋。
…子供の頃は、よく見ていたが。

今は、そんなに見ない。

「…」

昔懐かしい、おばあの腰掛け。

「…」

「…どうも」コク

……寝てるのか。






時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。


『千葉市 花見町の豚骨ラーメン』

「…」

おばけの出る紙。

確か、こうやって…。

「…」

…今見ると、ただの埃。

後五枚、か。

「……!…ひっくし!!」

…鼻に入った。

まとめてやるもんじゃない。

「…あ」

いかん。
もうすぐ約束の時間だ。

ちと急ごう。

「…」

見るからに、変わったスーパーだ。

…入り口の真上に、サメ。

「テッコツ堂…」

名前だけ聞くと、工事の事務所のようだ。

「いらっしゃいませ。どうかなさいましたか?」

「…え、ああいや…私は…!!!!」

「…?私の顔に、何かついてますか?」

…顔。
どちらかと言えば、尻尾。

サメの着ぐるみ…。

「えと…私、吹雪さんとお約束しておりました、井之頭と申しますが…」

「井之頭さん…ああ!」ポン

…その格好でやられても、正直不気味。

「でしたら裏口から入って下さい。…あ、申し遅れました。私、ここの店員兼マスコットの青鮫と申します」

「は、はぁ…」

「では着いてきて下さい。こちらです」クルッ

……顔、そこにあったんだ。

それじゃ手足が反対じゃなかろうか。

「…という訳で、この入り口付近のコーナーには、こういったコンセプトでやってみるのはどうでしょう?」

「まぁ…素敵ですね。その場合は、どれくらいの費用になるのでしょう?」

「そうですね…まだ先方の連絡待ちなので何とも言えませんが、これくらいで…なるべくお安く致しますので」

「助かります…何から何までお世話に…」

「ああいえ、大丈夫ですよ…」

…クリスマス準備の内装を考えてくれ、か。

この町では一番規模のあるスーパーらしく、こういった事も気にしなければならないのだと言うが…。

…別に必要無いんじゃないだろうか。

「…井之頭さん?」

「!…は、はい。それでですね、この壁に掛ける時計なんですが、こちらは写真を持ってきましたので…」

「はい。…あら、とても素敵ですね…可愛らしいです」

「一応、一時間おきに中のからくりが動き出して三分程の小さな劇をやってくれるんです」

「あらあら、是非見てみたいですね。きっと、子供達が喜んでくれますわ」

……しかしこの人、店長という割には…。

「あら、こんな風になるんですねぇ…」

…何処かのお嬢様みたい。

「…!」

…仕事仕事。

「…あ、そうですわ。もしよろしかったら、こちらで夕食でも持っていって下さい。店員には言っておきますので」

…えぇ~。

それは、嬉しいけれど…。

折角の仕事終わりだから、何処かで食べたい。

…そう思ったら。

急に。

腹が。

減った…。





「もうちょっと頼みたい事もあるんですよ」

……これは長期戦になる予感。

「それではこの時計も含めた商品で考えさせていただきます。こちらの時計はレンタルという形でも可能ですのでよろしくお願いします。それではこれで!」

「えっ?い、井之頭さん?…あら、行ってしまいました…私何かしてしまったのでしょうか…?」

…よし、早速店を探すとしよう。

何処にしようか。

「…ん?」

……花見町商店街。

商店街、か。

「……?」

何だか少し良い匂い。

腹が減る匂いだ。

よし、今日は商店街攻略と行こうじゃないか。

「…」

色んな所がある。
あ、八百屋もあるのか。

「…!」

……良い匂いの原因、発見。

「…鬼丸飯店…」

…よし、ここにしようか…?

「…?」

何か、視線を感じるような気がする…。

「…」

後ろの、パン屋さん。

…パンかぁ。

…今は、パンよりはラーメンが良いんだけど。

いかんせん何かが俺を引き止めている。

…よし。
まずはラーメンを迎え入れる為の準備をしよう。

「あのー…すいません」

「は~い♪いらっしゃいませ~!」

…ここの看板娘だろうか。

さっきのテッコツ堂の店長さんみたいな感じがする。

…いや、こんなにきゃぴきゃぴはしてなかったかな。

「ええと…何かオススメってあるんでしょうか」

「オススメですか?でしたら先程焼きあがったばかりのクリームパンですわ♪」

「はぁ…じゃ、それ一つ下さい」

「かしこまりました!他にお買い上げのパンはありまして?」

…そんな上目遣いされても…。

「い、いえ一つで…」

「…見た所、この辺の方ではありませんわね?」

「え、ええ。…今日は仕事でここに来たんです」

「そうなんですか?…でしたら、前のラーメン屋はやめた方が良いですわ…」

「えっ?」

やめた方がいいって…。

「料理は美味いのですが、あそこには野性の猿がいましてよ…」

「さ、猿…」

しかも、野性…。

ちょっと怖いような、気になるような…。

「あら、いえ猿ではなくゴリラ?原人だったかしら?…名前はヘブッッッ!!!!」

「!?」

……ええ?

「めぇぇぐぅぅぅみぃぃぃ?…誰が知的で可憐で美人な美輝ちゃんだってぇ?」

「…くっ!!そのすぐに頭に血が昇るその野蛮さが猿だと言いますのよ!!少しは自分の性格を見直したらどうですの!?」

「お前にゃ言われたくねぇよ!!!」
「上等ですわ!!!」

……俺、どうしたらいいんだろう。

……。

「……いただきます」

http://www27.atpages.jp/kamayademo/image/cream.JPG



……美味い。

焼きあがりだからか、パンがカリカリでフワフワだ。

「お前も平気なツラしてパン食ってんじゃねええええ!!!」

「!?」

「めぐみちゃん。こっちにバカ娘が来てなかったかい?」

「来てますわ… 」

「…そうだねぇ。見たら何となく何があったのか分かる気がするよ」

「いいじゃありませんの。…良い薬ですわ」

「はは。その通りだねえ。後一時間くらいしたらまた来るよ」

「ええ。お仕事頑張って下さい、ですわ♪」










「…」

「いでででで!!お、折れるぅぅぅぅ!!!」

「…!!?」

……いかん。
つい反射的に手を出してしまった。

「痛たたた…」

「す、すいません…大丈夫ですか?つい…」

「い、良いよ。いつもはこんなんじゃ済まないからね…」

「で、でも痛めてしまったんじゃ…」

「大丈夫大丈夫!!あ、そういえばお客さんですよね!さっきウチの店、入ろうとしてくれてたでしょ?」

「は、はい…」

「じゃ、食べてって下さいよ!それでチャラって事で!」

……何だか、嵐のような子。

あっけらかんとしてる。

「あ、私鬼丸 美輝って言います!お客さんは?」

「あ、はい。井之頭 五郎です…」

「井之頭さんね!…さっきはびっくりしたよ!あたし取り押さえる奴なんてそういないですからね!」

「はは…」

……もしかして彼女が言っていた猿って…。

「さーしゅっぱーつ!!」

……この子、なんだろうな。

「おや、帰ってきたのかい」

「そんな言い方無いでしょー!お客さん連れてきたんだから大目に見てよー…」

「何言ってんだい!気を使ってくれただけだろうが!!…全く、すいませんねぇ…ウチのバカ娘が…」

…絵に描いたような、女将さん。

エプロンと三角巾が、様になってる。

…まさにこの道何十年って感じだ。

これは期待できそう。

「…お客さん?」

「!…あ、いえ私の方こそ、手を出してしまいました…」

「良いんですよ。こいつは体だけは頑丈に出来てますから!」

「は、はぁ…」

「ま、とりあえず座って下さいな!」

気の良さそうな女将さんに促されて座ったはいいが…。



「美輝ちゃんに勝ったんだってよ、あの男…」
「凄えな…大戦鬼を取り押さえるなんて、あの男が嫉妬するぞ…」
「まさか美輝ちゃんが普通のサラリーマンに負けるなんて…」



……何だか居辛くなってる。

「…」

しかし、商店街に入る前から期待させてくれたこの店。

今、この瞬間も俺は攻め続ける中華の波に追いやられていた。

「……お」

今日は何だか疲れたし、少しばかり汗をかいた。

丁度いいのがあるな。

「あのー…すいません」

「はいよー!ご注文をどうぞ!」

「あ」

「?」

もう平気な顔してるんだ…。
凄い子だな…。

「え、ええと…じゃあ、豚骨ラーメンを一つ」

「はーい!母さん、豚骨ラーメン一丁!!」

「はいよー」

メニューが決まると、少し安心出来る。

今は雨宿りをしている感じ。

晴れるかどうかは、味次第だな。

「…」

…しかし、こう見ると。



「美輝ちゃーん!生中二つ!」

「はーい!少々お待ち下さーい!」

「美輝ちゃん!ぎょうざ二人前ー!」

「はーい!」




……随分一生懸命働いてるじゃないか。

何であのパン屋の子はあんな事言ったんだろう。

…それなりに良い子じゃないか。

…それなりに。

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