アニ「ベルトルト、犬になって」(60)

チュンチュンチュン……

ゴシゴシ サッサッ

アニ父「ふんふーん……ん?」ゴシゴシ 

アニ父(なにか落ちている。ああ、アニの絵本か……)ピラ

『お姫様は王子様のキスで目覚めました。めでたしめでたし』

アニ父(アニはこの絵本が好きだよなあ)

アニ父(……いつか王子様が来てくれるのを楽しみにしていたりするんだろうか。ま、まさかな……)

アニ(7)「……じゃあお父さん、行ってきまーす!」

アニ父「! おお、いってらっしゃい。晩御飯作って待ってるから、早く帰ってくるんだぞ」スタスタ チュ

アニ「はーい」チュ

タタタタ……

アニ父「ははは、あんまり急いで転ぶなよー……って、アニはもう大きいから転んだりしないか……」

アニ父(家族の証のこのキスも、もう何回できるんだろうなあ……)

・・

アニ(7)「ベルトルト!」

ベルトルト(7)「アニ! 今日は練習お休みの日?」

アニ「うん。ライナーは?」

ベルトルト「ライナーは今日はお手伝いしてからくるって」

アニ「そう。なにしてたの?」

ベルトルト「わんちゃんがいたから遊んでた」

アニ「わんちゃん! どこ?」

ベルトルト「そこに……あ」

クウンクウン キャンキャン

アニ「2匹で勝手に遊んでるね」

ベルトルト「うん。楽しそうだし、手ださないで見てようか」


アニ「なにしてるんだろう……。でも残念だなあ、わたしも触りたかった」

ベルトルト「あまがみしたりしてたよ」

アニ「へえ~……」ジーッ

ベルトルト「な、なに……?」

アニ「じゃあ代りにベルトルトがわんちゃんになって」

ベルトルト「ええっ?」

アニ「犬ごっこしよう。わたしが飼い主ね!」

ベルトルト「え~犬ごっこって僕だけ犬なの……」

アニ「犬はわんしか言っちゃだめだよ。はい、始め!」

ベルトルト「えっ、わ、わん……」

アニ「うんうん。ベルトルト、お手して」

ベルトルト「わ、わんわん?」ポン

アニ「そうそう! よしよし、ベルトルト良い子良い子!」ナデナデ

ベルトルト「! ……わ、わんっ」

アニ「ベルトルト! ボールとってきて!」ポーン

ベルトルト「わんっ」タタタタ

アニ「よーし、ベルトルトは賢い犬だね! いろいろ教えてあげる!」ナデナデ

ベルトルト「わ、わんわんっ」

アニ「わんだけじゃなくて、くーんとかきゃんきゃんとか言って」

ベルトルト「く、くーん?」

アニ「そうそう。えっと、次はね……」


ベルトルト、アニー

ベルトルト「! ライナー!」タタタ

アニ「あ。……」

・・

マタナー

アニ「またね、ライナー!」

ベルトルト「ばいばーい! ……ね、ねえアニ、」

アニ「なに?」

ベルトルト「なにか怒ってる……? さっきからどうしたの?」

アニ「……ライナー来たら、勝手に犬ごっこやめたじゃない。楽しかったのに」

ベルトルト「! あっ、ご、ごめ……」

アニ「わたしよりライナーが好きだもんね、ベルトルトは」

ベルトルト「そ、そんなことないよお。二人とも大好きだよ」

アニ「……そう。……じゃあ、勝手に犬やめたベルトルトは罰ゲームね!」

ベルトルト「う、うん」

アニ「えーっと……。そうだ、わんちゃんはあまがみが好きなんでしょ?」

ベルトルト「あ、うん。そうだ……あわっ?」ガポッ

アニ「はい、罰ゲーム。わたしの手が口の中にある間、口閉めたらだめだよ」グイ

ベルトルト「……い、いひゃいよアニ……ひめられらい……」

アニ「さっき川で手洗ったから汚くないでしょ?」

ベルトルト「う、うん……アニの手、つめたい」

アニ「ベルトルトのお口の中は温かい。わたしよりあったかい気がする」

ベルトルト「そうなの?」

アニ「うーん……って、駄目じゃんベルトルト。犬なんだから、わんって言わなきゃ」

ベルトルト「あ、わんわん……、んっ、うっふふ」

アニ「え? どうしたの、ここくすぐったい?」

ベルトルト「うふ……っ、んくっ、うくくっ」

アニ「あは、ベルトルト、くんくん鼻鳴らして本当に犬みたい。なんか可愛い」

ベルトルト「か、かあいいって……っふ、んく、んふ」

アニ「アハ、こっちもくすぐったいな……。ほらベルトルト、あまがみもして」

ベルトルト「は、はい……」

アニ「もっと強く噛んでもいいよ。どんな味がする?」

ベルトルト「えー……あ、アニの匂いがする」

アニ「へえー」

ベルトルト「……あ、アニぃ……あごはずれちゃいそう……」

アニ「あ、うん。じゃあ、今日は罰ゲーム終わりね」

ベルトルト「ぷは。かは、けほ……」

アニ「もう一回川で洗わないと。ねえベルトルト、おもしろかったし、
   これから罰ゲームするときはわんちゃんのあまがみやってね!」

ベルトルト「ええー……もういいよお……」

・・

数年後 壁内、訓練所

倉庫

バタン

ベルトルト「待ってライナー、……」

アニ「……」

ベルトルト(後数ヵ月で解散って時なのに……。ライナーは壁内人類への罪悪感でおかしくなってしまった……。
      ……それで、とうとう……)

アニ「ねえ」

ベルトルト「!」

アニ「ライナーも困ったヤツだね。……近くにいないからってわたしのこと忘れるなんて」

ベルトルト「あ、……ライナーの側で何もしなかった僕にも責任はある……僕が悪いんだ……」

アニ「……」

ベルトルト(アニ……怒ってるみたいな顔だけど……すごく悲しんでる……。
      どうしよう……)

アニ「ベルトルト」

ベルトルト「うん、……?」

アニ「ほら、これ」

ベルトルト(手を差し出してる……どうしたんだ)

アニ「あんたが悪いと思ってるんでしょ? じゃあ罰ゲームしないといけないよね」

ベルトルト「え……っ」

ベルトルト(罰ゲームって、子供のときの? アニの……手を噛むやつ……イヤでも……)

アニ「……忘れたの?」

ベルトルト(あ……、アニの表情がどんどん曇っている……っ)

ベルトルト「い、イヤ、忘れてな……、……」

アニ「……」

ベルトルト「……」カプ

アニ「そうそう。罰ゲームのときは、ベルトルトは犬になる。犬なら飼い主にあまがみしないとね?」

ベルトルト「……う、うん……」カジカジ

アニ「……」

ベルトルト(……は、恥ずかしい……いい年してアニの手を口に含むなんて……。……だけど……)

アニ「……」

ベルトルト(なんだかなつかしいな……。アニの表情も……少し和らいでくれたような……そうでもないような……)

アニ「これができるうちは、ベルトルトは忘れてないっていう……戦士って証明になるね」

ベルトルト「……う、う……」

アニ「ベルトルト。これからは週に一回、わたしの指をあまがみすること。これが罰ゲーム。いいね」

ベルトルト「!? あ……は、はひ」

・・

数週間後

アニ「……そうそう……そのまま続けて」

ベルトルト「……、」ガジガジ

ベルトルト(本当に、あれから毎週、アニの手をあまがみしている。というか、
      申し訳程度にかんだり、なめたりしているだけだけど……)チラ

アニ「ふふ、ベルトルトのつむじが見えるなんて面白いね」

ベルトルト(あ、ちょっと楽しそう。
      しかし……こういう言い方するとなんだけど……これ、普通、男女逆だよな……、
      って、イヤイヤ、これは子供の遊びなんだ、そんなこと気にするのはおかしいぞ。
      ……うう、指が……上顎くすぐったい……。ああ、アニが冷静なだけに妙に恥ずかし……)

アニ「……あ」

ベルトルト「?」

アニ「ベルトルト、一本、白髪が……」

ベルトルト「あえっ!?」

アニ「……これは巨人化じゃ治せないしね……抜いてあげよっか」

ベルトルト「……う、ううん……」

アニ「でも抜くと増えるんだっけ……。よし、もういいよベルトルト」

ベルトルト「ぷは……、はあ、!?」

アニ「ふ……いつも頑張っててえらいね、わんちゃん」ナデナデ

ベルトルト「……っ、!」グウウ

ベルトルト(うわ、お腹が……)

アニ「……なに気抜いてるの。……帰ろうか」クスクス

ベルトルト「あ、うん。……」

ベルトルト(アニは、あまがみさせてる間は、ちょっと雰囲気が和らいで、
      子供のときのような感じになる。
      ……奇妙なことになったけど、これはこれでいいかな)

・・

アニ「……ん」

ベルトルト「……」ペロペロ

ベルトルト(アニの手……昔と変わったな。今は立体機動でトリガーを握るから……、
      マメだらけだ……この厚さや固さがないと、あんなに早く動けないよね)

アニ「……ふ……、くすぐったいよ。そこばっかり、なにしてるの」

ベルトルト「……う、うう……」ペロペロ

アニ「ああ……アザやマメを舐めてるの? いたわってるつもり?
   ……なかなか大したものでしょ、それ」

ベルトルト(アニは僕の言わんとすることを察してくれる……本当に飼い主みたいに)

アニ「……ふ……、ふふ。くすぐったいって……」

ベルトルト(笑ってる……笑顔は同期の前でしか見せなくなってたのに。……同期の……)

アニ「……うっ、痛……」

ベルトルト「……あ……」

アニ「イテテ……、そこ、切り傷があるんだ……噛むと痛いよ。
   舐めるくらいならいいんだけど……」

ベルトルト(血の味がしている……、どうしよう。コレ消毒になるのかな。血も出たのは吸った方がいいよね。治さないと)

アニ「そんな熱心に吸わなくていいよ……なんか赤ちゃんみたいだね、あんた」

ベルトルト「ぷはっ。……」ジッ

アニ「? どうかしたの」

ベルトルト「アニ……それ、なんで治さないの?」

アニ「……」

ベルトルト「……」

ベルトルト(ライナーにも、同じひっかき傷がある。他の多くの同期にも。
      そして僕にはない。

      その傷は、104期で可愛がった猫がつけたものだからだ。
      初めはクリスタが飼ってたという猫が……。

      僕は猫がいたことすら知らなかった)


アニ「別に……なんとなくだよ」

ベルトルト「治しなよ。破傷風になるかも」

アニ「こんな小さな傷で……」

ベルトルト「治してよ……」

アニ「……」

ベルトルト「アニ、ぁ!? ……」ガポッ

ベルトルト(痛、……アニの手が口の中に……)

アニ「ほら」シュウウ

ベルトルト「!」

アニ「……治したよ。よくわかったでしょ、これでいい?」

ベルトルト「……うん」

ベルトルト(……アニの匂いと肉の焼けるような匂いが口いっぱいに……)

アニ「よし。ああそうだ。これ」

ベルトルト「え、……おかし?」ガサ

アニ「この時間、お腹空かせてるみたいだから。労ってあげようと思ってね」

ベルトルト「え、……あ、ありがとう!」ガサガサ

ベルトルト(ジャムをサンドしたクッキーだ。故郷でよく食べてた……なつかしいな……)パク

アニ「……」

ベルトルト「……あ、いっしょに食べようよ」(なんか気恥ずかしい……)

アニ「ああ、ありがとう。……ジャムを挟みすぎたね、手につく……」

ベルトルト「! あ……っ!」(さっき噛んだ手を口に寄せて……)

アニ「? ……ああ、これだと間接キスになるんだね。ごめん」

ベルトルト「い、イヤ……ごめん」

・・

入団式前日

アニ「じゃあ、最終決定だ。憲兵団はわたし一人で行く」

ベルトルト「……うん」

アニ「……今日は解散だね」

ベルトルト「あ。……あの」

ベルトルト(どうしよう。もう話せる機会は最後かもしれない)

アニ「……なに」

ベルトルト「……ねえアニ、必ず、生きて……故郷に帰ろう。勿論3人で。
      そしたら3人で、!」グイ

アニ「わかってるから、いいよ。……今そんなこと言ったら、なんだか死んじゃいそうだろ」

バタン

ベルトルト「あ……」

ベルトルト(そんな……物語じゃないんだからさ)

・・

約一ヶ月後 巨大樹の森

アニ「……ハア、ハア、」

アニ(やられた……巨大樹の森に誘いんだのは調査兵団の罠だったのか。

   巨人から脱出した今……向こうは油断をしている。……チャンスは今しかない。
   だがこちらの余力も……。まともにやりあったら、死ぬ可能性が高い……。
   なるべく早くカタをつけて……。   

   ! ……さっきの混乱で、指輪が壊れてる。変身するときは手を噛まなきゃ。手を……。……)

アニ「……ごめんね……」チャキ バシュンッ

・・

数週間後 憲兵団所有施設

バシュンッ バシュンッ

ベルトルト「……!」スタッ

ベルトルト(侵入できた。ここだ、アニは今……生きてここに……、調査兵団地下から、
      憲兵団に所有を移されて……、ここに囚われているんだ!)タタタタ

ベルトルト「アニっ、!!」ガチャ

結晶化アニ「……」

ベルトルト(……嘘だろ、アニ、結晶化……して)

ベルトルト(自決したのか)

ベルトルト(アニ……こんな冷たい中で最期を……。追い詰められて……そして……)コツン

ベルトルト(……根絶やしにしてやる)

ベルトルト(根絶やしにしてやる……根絶やしにしてやる根絶やしにしてやる根絶やしに根絶やしに根絶やしに)シュウウウ……

カンカンカンカンカン!!

「誰か侵入しているぞ!」

「どこだ!」

ベルトルト(根絶やしにねだ……。……)シュウウウ ムニ

ベルトルト「腕?」

ベルトルト(アニの腕だ)

ベルトルト(……僕の蒸気の熱で、結晶が溶けてる?)

「いたぞ!」

「おいそこで何してる、おまえ何者だ!?」

ベルトルト「ああ、アニ……、アニ、遅くなってごめん、ごめんね。罰ゲームを受けるよ……」チュ……カプ、ガリッ

アニ「!」

ピカッ

ズウウウウウン……

ベルトルト「……。!?」ハッ

女型の巨人「……」ゴオオオ……

ベルトルト「……アニ?」

「……め、女型の巨人が目覚めたぞ!?」

「なんということだ、オイ本部にれんら」ドンッ プチ

・・

屋外

ドスンドスンドスン…… ドスン

女型の巨人「オオ……」

ベルトルト「ああ、アニ、アニ……!」ヨタヨタ

シュウウ ブチブチブチブチ

アニ「……」ムク

ベルトルト「アニ、君、……眠りから覚めるなんてっ、……!」

アニ「……」ギュ

アニ「……童話じゃないんだから」


終わり

チュンチュンチュン……

コンコン

アニ父「アニ、入るぞ」

アニ(8)「はーい」

アニ父「おやつできたから……ああベルトルトくん」

ベルトルト(8)「こんにちは」

アニ父「こんにちは。二人とも、おやつがあるから降りてきなさい」

アニ「うん、すぐいく」


アニ父「ジャムを挟んだクッキーだぞ」

ベルトルト「! ありがとうございます」

アニ「待ってよベルトルト、まだ絵本途中でしょ?」

ベルトルト「え、でも、クッキー食べたい……」

アニ「クッキーは逃げないから! 絵本、最後が面白いって言ったじゃん」

ベルトルト「あっ、そ、そっか。ごめん……」

アニ父「こら、アニ……。二人とも、食べるときは手を洗ってからくるんだぞ」

アニ・ベルトルト「はあい」

バタン

アニ父(またあの絵本か。二人とも、まだまだ子供だな……)

スタスタスタ……

アニ「ベルトルト。はい、罰ゲーム」スッ

ベルトルト「は、はーい……」カプ

アニ「ふふ、くすぐったい。えっと、こうかな」

ベルトルト「っうう……うっくくく、うふ……っ」

アニ「ベルトルト、くすぐったがり。ほらほら」

ベルトルト「んぐっ、んく、んくくっ、あ、アニぃ、やめて……」

アニ「うん、もういいよ」

ベルトルト「あ……、けほ」

アニ「でね、ベルトルト。最後のページ。読んで」

ベルトルト「えっと……キスで、お姫さまは目覚めました……」

アニ「なんだか素敵でしょ?」

ベルトルト「うん……。お姫さまは、王子さまに見つけてもらって、幸せになったんだね」

アニ「それはどうかな」

ベルトルト「え?」

アニ「ずっと幸せかはわかんないよ。もし王子さまと気があわなかったら、
   結婚してもつらいと思うかもしれないでしょ?」

ベルトルト「アニ……現実的だね……」

アニ「でも、この瞬間、二人ともすごく幸せだったのは本当だ。
   そのことをこんなに綺麗に描いて残してるっていうのが、素敵だと思うの。
   そのあとの人生、幸せなときのことをいつでも思い出せるんだから」

ベルトルト「へえー……なるほど……」

アニ「よくわかってないで言ってるでしょ」

ベルトルト「う……うん。ちょっと難しい……」

アニ「ふうん。……わたしも、誰かに聞いたことなんだけどね。
   ねえ。ベルトルトも本好きだよね? ベルトルトはどんなお話が好きなの?」

ベルトルト「僕? 僕は……戦わないで幸せになれる話が好き。
      敵だった人と仲直りできるような……」

アニ「ベルトルト……戦士向いてないんじゃない?」

ベルトルト「か、身体動かすのは得意だよ」

アニ「じゃあ反対で戦士大好きのライナーは本読むの?」

ベルトルト「僕の本を見せたりするよ。ライナーは、ヒーローが活躍する話が好きなんだ。
      『ヒーローは遅れて登場する』っていうのが特に」

アニ「ヒーローは遅れて登場する? ……天災は忘れたころにやってくる、みたいな言葉だね」

ベルトルト「ひ、ヒーローは天災じゃないよお、アニ……」

・・

8年後 憲兵団施設側の森

ズパッ ドスッ

「ぐうっ」 「がっ」

ベルトルト「……ハア、ハア」

アニ「ベルトルト。落ち着いて」

ベルトルト「! ……う、うん」

アニ「こうわたしをおぶさってちゃ、調査兵団相手に分が悪い。一旦おろして」

ベルトルト「君を置いてなんて、危険だよ、アニ……! 君は装備がないんだから!」

アニ「……! ベルトルト。誰かまた近づいてる」

ベルトルト「まだいるのか……! クソ……」

アニ「一度、身を潜めてやりすごした方がいい」

ベルトルト「……そうだね」

シュンッ バシュッ

ベルトルト「……クソ……、すまないアニ、僕のせいだ」

アニ「……」

ベルトルト「アニが憲兵団に管理を移されて……、地上にいたのは罠だったんだ。
      僕はまんまと引っかかり、今調査兵団に追われている……。

      側にあった立体機動しやすいこの森も、ここに誘導するためだったんだよ」

アニ「それ。わたしを助けなきゃよかったって意味?」

ベルトルト「えっイヤ、そうじゃ……」

アニ「でもそうなっちゃうよ」

ベルトルト「……っあ……」

アニ「……。! 静かに。兵が近くに来ている」

ベルトルト「あ、ああ」チャキ

バシュンッ、バシュンッ ……シュウウウウ

ベルトルト(降りてきた。……クソ、一体何人配置されて……)

「よう、王子様」

ベルトルト「……ユミル!」

アニ「ユミル……?」

ユミル「ああわたしだ。遅いと思ったが、まあうまくやってるみたいじゃねえか。
    ……このあたりはちょっとしたテリトリーでな……秘密の近道があるんだ。それを使って合流地点に急ぐぞ」

・・

タタタタタ

ベルトルト「ユミル……つまり、獣の巨人と接触があったのか?」

アニ「獣の巨人と……」

ユミル「ああ。どうにもアンタの故郷とやら、よほど緊急で知性巨人が必要らしくてね……。
    すぐに帰るよう、任務のお達しがあったよ」

ベルトルト「故郷に……」

アニ「故郷に帰れる」

ユミル「……。……さて、ライナーさんは……、お、向こうも来たところみたいだぜ」

ベルトルト「ライナー……! そうだ、これ渡さないと」

アニ「それは?」

ベルトルト「ライナーの指輪。修理をするために、預かったままだったんだ」

アニ「文字が彫ってない?」

『コキョウニカエロウ』

ベルトルト「これは……潜伏する間、ストレス解消に勝手に彫刻しちゃった……」

アニ「あんた、そういうちまちましたことが好きだね……」

ベルトルト「うん……、ライナー、これ!」ヒュッ

ライナー「!」パシッ

ユミル「……さて、じゃあとっとと故郷とやらに……」

ライナー「……。!! ユミル!!」ダッ ドンッ

ユミル「えっ、……!!」ドサ

パンッ

ユミル「!」(いった……っ銃声!? イヤ違う……なんだ!?)

ライナー「! ぐ……!!」ボタボタボタッ

アニ「ライナー……!? !!」

パンッ パンッ パンッ パンッ パンッ

アニ「う! っく……! ……!」ガクッ ドサ 

ベルトルト「ぐ!! が……っ」ドサ

ドタドタッ

「今だ! 知性巨人どもを捉えろ!!」

「確実に一匹は捕えるんだ!」

ユミル(三人とも撃たれた!)「クソ……! なんだその妙な立体機動……!」カパ

ライナー「ユミル! ……二人を連れて故郷に向かってくれ!」ムク

ユミル「はあ? おまえ一人でここどうにかできる訳ねえだろ!」

ライナー「任務が優先だ!」

カッ

ドオオオン……

鎧の巨人「オオオオオオオオオオオオ!!」ドンッ ドンッ

ユミル「チ、……ああ、わかったよ!」ガリッ

カッ…… タンッタンッタンッタンッ

鎧の巨人「……スアナイ……!」

・・

シュウウ……

ベルトルト「……? ! ユミル!?」ガバ

ユミル「ベルトルさん。起きたか」

ベルトルト「ユミル。アニ。……ここは……?」

アニ「……奇襲にあったんだ。ライナーが食い止めてくれている。
   ユミルは、任務のためにわたしたちを故郷に連れてきた。……」

ベルトルト「……故郷。ここが……。

      ユミル……このまま、獣の巨人のところへ向かうの?」

ユミル「ああ。だが向かうのはわたし一人だ」

アニ「……ユミル」

ベルトルト「なぜ、君一人……なの」

ユミル「緊急に知性巨人が必要。それはつまり、そいつを無知性に食わせる必要があるってことさ。

    おまえたちを殺す訳にはいかない」

アニ「悪いけど……断る。そうなるのも戦士の本分だよ」

ユミル「知らねえな。わたしは助けられた恩がある。断じて、おまえたちを殺す訳にはいかない。
    わたしが一人行けば、ひとまず獣の巨人に追われることはなくなるんだ。
    おまえたち二人はほとぼりが冷めるまでどこかに身を潜めていろ」

アニ「……これでも戦士なんだけど。任務から逃げろっていうの? 舐められたものだね」

ユミル「へえ、死んでいいのか? ここで死んだら、誰がライナーを助けに行くんだ」

ベルトルト「! ライナーは……」

ユミル「楯になったんだよ。任務のためにな。食い止めてるとは言ったが、きっとあの妙な集団に囚われている……。
    ライナー奪還の為には。まずはおまえたちが巨人化する体力を得る必要がある。違うか?
    だいたいおまえらもいっしょに行ったら、わたしがお土産になる意味がないだろうが」

アニ「……」

ベルトルト「ユミル……いいの?」

アニ「!」

ユミル「ああ、いいんだ。もう決めたことだからな。言っていたじゃないか……生きて故郷に帰るんだろ?」

アニ「……わたしは、」

(アニ父「アニ……約束してくれ、……」)

アニ「わたしは……」

ユミル「……わたしは獣の巨人に、おまえたちは死んだというから。
  
    ひとまず……それでなんとかしてみせる。しかし所詮時間稼ぎだ」

ユミル「しばらくしたら、追っ手が来るだろう。どこか、おまえたちしか
    知らない場所に、隠れているんだ。……いいね」

・・

ギギギ…… 

ベルトルト「残ってる。……ここなら使える」

アニ「……秘密基地。また来れるなんてね」

ベルトルト「……うん」

バタン

アニ「真っ暗だ。……ベルトルト。巨人になれるまでどれくらいかかる?」

ベルトルト「逃げるときに、森で部分的に変身しちゃったから……。
      形だけでも2週間は」

アニ「あんたの大きさなら形があればなんとでもなるよ。
   あんたが転べば天災だからね。
   2週間……。それまで、ここで見つからないようにしないと」

ベルトルト「野草とか、生えていたよね。人里からも離れているし……きっとなんとかなるよ」

アニ「灯台もと暗し……と思って、わたしたちの故郷に来たけど……。
   ……いつ見つかって、仲間に殺されるかわからないね。最期くらい、戦士らしくすべきではあるんだけれど」

ベルトルト「……駄目だよ。……ライナーを助けなるためには生きなくちゃ。……」


・・

バシャバシャ

ベルトルト「傍に、川もまだ通ってるね。……ざっと10年ぶりだけど、水はここで、」

アニ「静かに」

ベルトルト「!」

アニ「アレを見て。誰かいる。……」

バシャ

ベルトルト(……!)

アニ「……お父さん?」

・・

キイ

アニ「……お父さん……、……!」

ベルトルト「!」

ベルトルト(倒れている!)

アニ父「……う……、ぐううう~……っ」

アニ「お父さん! しっかりして」

アニ父「う……う……?」

アニ「お父さん……わたし」

アニ父「……ああ……アニ……。とうとう、……迎えがくるとはな……」

アニ「お父さん、……わたしは死んでないよ。ほら」ギュッ

アニ父「……!! ……アニ……アニ……! ああ、おまえ、帰って来てくれたのかっ、……ゲホッ!!」

アニ「お父さん、……っあ」

アニ父「ああ、ああ……、帰ってきてくれてありがとう。任務が終わったんだな。
    よくがんばった。もう戦士なんてやめて、好きなことをしなさい」ギュ

アニ「……」

アニ父「アニを頼む」

ベルトルト「……え、あ、……!」

アニ父「アニの顔を見るまで死ねるかと思ってたんだがもう十分だ、ああ……っ、っぐ」

アニ「お父さん?」ガシ

ベルトルト「……おじさん」ガシ

アニ父「……わたしは幸せだ……」

アニ父「立派になった子供らに手を握られて……逝けるなんてなあ……」

アニ父「……」

・・

ベルトルト「お墓を作ろうよ」

アニ「……ダメだよ」

ドサ

アニ「誰に見つかるか。……こうやってベッドに運ぶくらいしかできないよ」

ベルトルト「……アニのお父さんの最期なんだよ。最期に……会えたんだからさ」

アニ「……。じゃあ、親愛のキスをしてやってよ。ウチの決まりなんだ。か……。
   ……。いってらっしゃいのキスが。……」

ベルトルト「……うん。わかった」

・・

三日後

キイイ

ベルトルト「アニ。お帰り。……もう夕方だね。顔がばれないためには、これくらい暗くなくては。
      寒くなかった?」

アニ「……。お父さんが麓の村人に弔ってもらってるのを見たよ」

ベルトルト「……! そうなんだ……」

フッ

アニ「……蝋燭、とうとう消えちゃったか」

ベルトルト「アニの家からもらってきた物品には限りがある。
      暗いのは嫌いだし、寝ようよアニ」

・・



「う……、うううう」

「ううう、うぐうううう」

アニ「……トルト」ユサユサ

「ううっ、……! っは……」

アニ「ベルトルト、ベルトルト」ユサユサ

ベルトルト「! ……アニっ」

アニ「大丈夫?」

ベルトルト「あ……ご、ごめん。……寝言がうるさかったんだよね」

アニ「それはもう慣れたよ。あんた毎日うなされているから」

ベルトルト「……ごめん……そうだったの。それは本当にうるさかったね……」

アニ「どうかした?」

ベルトルト「……イヤ……。……僕が……」

アニ「……」

ベルトルト「僕が、うまくやらなかったから……、きっとそのせいで調査兵団に見つかって……
      それでライナーが……!

      ……今、捕まっていたら……どうすれば……、拷問されたり、兵士になるよう洗脳されて完全に……、僕が……っあわ?」ガポ

アニ「起こした罰だよ。あまがみして」

ベルトルト「……、……」ガジガジ

アニ「……すんすん鼻鳴らして……。子供の頃から変わらないね、ベルトルトは。
   ……泣きながら噛むなんて、妙なところで器用……」

ベルトルト「……う、うう……」カジカジ

ベルトルト(……僕は最低だ。僕は……ライナーを助ける自分をイメージできない。
      むしろ……考えれば考えるほど怖い。……彼の命が危ぶまれていてもなお、怒りより恐怖が先に立っている。
      情けない……こんなでよく戦士がやれたよ……)

アニ「ねえ」

ベルトルト「!」

アニ「……子供の頃、あんたがかくれんぼでここに隠れててさ。見つけるのが遅くなったからって、
   泣いてたことがあったよね。みんないなくなったと思ったって。

   確かに、ずっと日に当たらないと怖い。
   世界にもう誰もいないみたいだ」

ベルトルト(誰もいない……。……そうだ、アニは、お父さんを亡くしたばかりで……。
      ……アニ……寂しいはずなのに……)

ベルトルト「ごめん、君のほうがつらいのに。ごめん……傍にいるのが僕なんかでごめんね」

アニ「……」

ベルトルト「あ……なにかできることは、ないかな……」

アニ「……ライナーみたいに変に罪悪感持ったりして、おかしくならないでよ。
   兵士のライナーみたいに」

ベルトルト「うん……もちろん」

アニ「じゃ、泣くのやめて。すんすんうるさいんだ」

ベルトルト「……ごめん……止まらないんだ」

アニ「泣いてるといつもライナーが見つけに来でもしてたの?」

ベルトルト「……僕、戦士をしてたつもりだったけど……こんなんじゃ……」

アニ「……ベルトルト」

ベルトルト「……はい」

アニ「犬になって」

ベルトルト「……。うん」カプ

アニ「……ん、……ふふ……」

ベルトルト「うう……う……」ガジガジ

アニ「っはは……、ないて噛んで……っ、やっぱりわんちゃんだね、ベルトルトは」

ベルトルト「……っふ……、っはあ、……うう……っ」ペロペロ

アニ「っくく……、よしよし。……っんん……?」

ベルトルト「うう……」カジカジ

アニ「……は……っ、あ、……ふふ、なんか、いつもよりくすぐったいよ……ベルトルト……」

ベルトルト「……アニ……、ごめん、ごめんね……」カジカジ

アニ「……? いいよ、ベルトルト……よしよし」

ベルトルト「ぷは、……アニ……僕、……僕、故郷に……」ギュ

……ザッ

ベルトルト「……」ピタ

ザッザッザッザッザッ

アニ(誰か来ている)

ベルトルト「……あ……っ」ヒクッ

アニ「ベルトルト。大丈夫、こんなすぐには追っ手は来ないよ。……ベルトルト」

ベルトルト「……」フラフラ

アニ「ベルト、……」

アニ(行ってしまった。……楽しかったのに。仕方ないなあ……)ムク

キイイイ

アニ(……まぶし、!?)

・・


わーん、わーん

ライナー(7)「ああもう、悪かったって、泣くなよベルトルト……」

アニ(6)「ライナーがかくれんぼしててベルトルトを見つけるのを忘れたんでしょ。
     可愛い……しょうにん?のお姉さんを見つけてさ」

ライナー「う……。あー、よしよし、ベルトルト。じゃ、合い言葉をつくろう」

ベルトルト(6)「……合い言葉……?」

ライナー「ああ。それを言えば、俺は必ず迎えに来てやる」

ベルトルト「合い言葉……。ライナーは、僕とアニが大切なんだよね?」

ライナー「ああ! もちろんだ」

ベルトルト「大切な場所を、故郷って言うんだって」

ベルトルト「僕にとっての故郷はライナーとアニだよ。ライナーの故郷も、僕とアニなんだよね。
      だから、合い言葉は、僕を見つけて……いや、故郷に来て、ううん……」

ベルトルト「ライナー、合い言葉は、故郷に帰ろうだ」

ライナー「故郷に帰ろう」

ベルトルト「うん。ライナーは強いから、ごうもんは平気だろうけど……。
      みんなにやさしいから、僕のことを忘れることもあるかもしれないでしょう。

      そう言ったら、僕を見つけてくれ」

アニ(……わあ、ベルトルト、目をきらきらさせてるよ。……まぶしい)

・・

アニ「……まぶしい」

アニ「……。……ライナーのほうがすきだもんね、ベルトルトは」


ベルトルト「……ライナー」

ベルトルト「君は……今、……!」




終わり

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