鳴上「ソード・アート・オンライン?」(542)

日曜 昼 ジュネス八十稲葉店

花村「ああ!! こいつはな、仮想空間の中でまるで現実みたいに動けるmmorpgなんだ!!」

鳴上「そ、そうか……」

花村「最近ゲーム雑誌とかでも期待されてて、俺も欲しくてよ……。
   うちの年末年始特別、八十稲場店限定福引のb賞に入ってんの知って、ゼッテェ当ててやるって思ってたんだけどな……。
   こっちに久しぶりに来た翌日に当てるなんて……はぁー、やっぱり悠は運も良いな……」

鳴上「はぁ……(本当はe賞のラブリーンのグッズを当てたかったんだけどな……)」

花村「クッソォー……なぁ!! プレイ感想とか、聞かせてくれよな!!」

鳴上「お、おう(なんだこのテンション)」

花村「……反応薄いな……。悠って、こういうゲームとかやったことあるのか?」

鳴上「いや、この福引でハードとか初めて貰ったし、ネトゲとかそういうのやったことないから……」

花村「お、マジか。じゃあ俺が基礎を教えてやるよ! どうせ明日以降皆と遊ぶし、時間ねぇだろうからチュートリアルは俺が済まさせてやるさ!」

鳴上「えっ? あ、あぁ……」

花村「いいか? こういうゲームってのは、町とか周辺でレート? ってのが決まっててだな――」


>陽介はゲームの基本を語り始めた……

>……長くなりそうだ……



鳴上「(なんとか切り上げて帰ってこれた……)ふぅー、ただいまー」

菜々子「あ、おかえりー!!」タタタッ

菜々子「あれ、その袋なぁに?」

鳴上「あぁ、これ? ジュネスの福引で当てたんだ」

菜々子「ジュネス!? 何が当たったの?」

鳴上「えーと、陽介曰くスゴイゲームを当てたんだ。
   本当はラブリーンのグッズ当ててあげたかったんだけど……ゴメンな、菜々子」

菜々子「ううん、大丈夫だよ。ねー、どんなゲームなの?」

鳴上「えむえむおーあーるぴーじー? っていうらしいけど……。rpgってくらいだから1人用かな……」

菜々子「そ、そうなんだ……。じゃあ一緒にはできないね……」

鳴上「ゴメンな。今度は、菜々子と一緒にできるの当ててくるから」

菜々子「うん!!」

鳴上「よし、じゃあ、お昼御飯作ろっか」

菜々子「今日は何作るのー?」

鳴上「そうだな、今日は――」

食後


鳴上「ふぅ……」カタッ

鳴上「(説明書もあらかた読み終わったし、さっそくやってみよう……)」

鳴上「いてっ……紙で切っちゃったか……まぁ血はすぐ止まるか」

鳴上「(……仮想現実の中で、実際に体を動かす感覚でプレイできるゲームか……)」

鳴上「(テレビの中の世界みたいな、世界なんだろうか……)」

鳴上「(……でも、凄く、面白そうだ)」スチャッ

鳴上「(名前を設定して……)」

鳴上「よし……」

鳴上「リンクスタートッ!!」

――


???「おやおや、またお会いしましたな」

???「どうやら、貴方はまた、新しい世界へと旅発たれるようだ……」

???「とある人間が作りだしたもう一つの世界……仮初めとも言えぬ世界へと……」

???「ですが、ご心配召されるな。一度真実を見出し、霧を退けた貴方だ」

???「如何なる虚飾にも惑わされず、貴方の信じる道を進みなされ」

???「貴方の紡いだ、世界と共に――」


――


鳴上「……す、すごい……」

鳴上「(この体……本当の身体じゃないのに、自分の思った通りにちゃんと動く……)」

鳴上「(そして……)」

鳴上「(芝生、空、雲、建物、霞みそうな程遠くに見えるそれぞれの風景……)」

鳴上「(まるで、本当にそこにあるみたいに、脈打ってるみたいに、景色が流れてる……)」

鳴上「(これが全部、仮想、ゲームの物なのか……)」

鳴上「(凄い……陽介に話を聞いてた時は、ピンと来なかったけど)」

鳴上「これが……ソード・アート・オンライン、なのか……」

――

スレ立ても投稿もこういう文書くのも初めてなんだ。気ままに見てって下さい

――


鳴上「(ゲームを初めて15分……)」

鳴上「(街の中を色々歩いてみたけど、広いな……どうすればいいのy)」ドンッ

鳴上/???「アイタッ!」ドサッ

鳴上「イテテッ……」

???「イタタッ……あ、わりぃ! ぶつかっちまって! 怪我無いか?」

鳴上「あ、あぁ……こっちこそゴメン。というか、ゲームだから怪我してないよ、大丈夫」

???「あ、それもそうか……ハハハッ、悪いな、俺もついさっき来たばっかでよ。
    武器とか見ながら歩いて、よそ見してたぜ。俺はクラインってんだ、よろしくな」

鳴上「俺はなる……ば、番長って言うんだ(設定しておいてなんだけど恥ずかしいなこれ……)
   俺もついさっき始めたばっかりなんだ」

クライン「そうか、よろしくな! しっかし、番長か! ハハッ、面白い名前だな!」

鳴上「は、ははは……(今からでも変えられるかな……)」

クライン「いやー、しっかし、圧倒されるよなー。こう、グルグル目ェ回っちまうぜ。
     俺フルダイブ初体験でよ、お前もか?」

鳴上「あぁ、偶然景品として当たったんだ」

クライン「へー、そりゃーツイてるなー。ん、あ、そうだ、一緒にフィールド出ねぇか?」

鳴上「え、フィールドに?」

クライン「あぁ。お前初心者って言ってもなんか、雰囲気的に俺より頭動きそうだし、お互い初体験って事で、記念に一緒に出てみねぇか?」

鳴上「あ、あぁ、それも良いな」

クライン「だろ? よーしっ、早速行ってみようぜ!」


――

クライン「うわっとっとっと!」バシンッ

鳴上「だ、大丈夫か?」

クライン「イタタッ、ヒー……この猪動くなぁー」

鳴上「そりゃそうだろ……フッ!」カキンッ

クライン「……つーか、お前、なんというかこう……動きが小慣れてるな……本当に初心者か?」

鳴上「あぁっ、初心者っ、だよっ!」カキーンッ

鳴上「よしっ、倒した」

ペルソナ使えたりしないよな?

>>12
ユニークスキルとして、出すかもしれない。そこまでの書き溜めはまだないんだ……。
キリト君の位置に、鳴上を置いてるから、ユニークスキルとしたらなんとかいけるかな、と

クライン「まだ俺なんてスキルの使い方すらまともにわかってねぇのに、バンバン使って……」

鳴上「あ、あぁ、元々、活動でって言うのかな。そういうので慣れてるんだ(シャドウに似た動きをするから反応できるとは説明できないしな……)」

クライン「へー、剣道かなんかか?」

鳴上「まぁ、そんなとこ、かな……」

クライン「へー、スッゲェなぁ……。
     ひーっ、しっかし、もう日が落ちてきちまってんなぁ。熱中しちまって、わかんなかったぜ」

鳴上「あぁ、もうそんな時間か。気付かなかったよ」

クライン「だが、まだ狩りはこれからだぜ! ……って言いたいとこだけど、腹減ってよ……。
     一度落ちるわ」

鳴上「あぁ、こっちにもご飯があるらしいけど、錯覚だけの気休めらしいしな。
   一回戻らないといけないのか」

ゴメン、>>12って書いてあるの、>>11だった。
すまない

クライン「へっへ、五時半にアツアツのピザを予約済みよっ!」

鳴上「準備万端だな」

クライン「おうよ! ま、飯食ったらまたログインするけどよ」

鳴上「そうか、俺もそうするかな」

クライン「なぁ、俺、この後、他のゲームで知り合ったヤツらと落ち合う約束してるんだ。
     どうだ? あいつらとも、フレンド登録しねぇか?」

鳴上「えっ? いいのか?」

クライン「あったりめぇよっ! お前良いヤツだし、あいつらともすぐダチになれるさ!」

鳴上「そうか……じゃあご飯を食べたら、また会おう。最初にぶつかった所で良いんじゃないかな」

クライン「ハハッ、そりゃあ忘れねぇ場所だな。いいぜ、大体今から45分後くらいにするか」

鳴上「あぁ、それでいい。……それと、ありがとう。一緒にフィールドに出てくれて」

クライン「おいおい、そりゃこっちのセリフだぜ。このお礼はそのうちちゃんとすっからよ。精神的にっ」

鳴上「……あぁ、ありがとう」

クライン「ほんじゃ、マジ、サンキューな。これからもよろしく頼むぜ。握手だ」

鳴上「あぁ、またフィールドに出たりする時があったら、何時でも呼んでくれ」グッ

クライン「おおっ! 頼りにしてるぜ!」

クライン「よしっ、じゃあメニュー出してっと……」シャリーン

クライン「……あれ?」

鳴上「どうか、したのか?」

クライン「ログアウトボタンがねぇよ」

鳴上「……よく見てみたのか?」

クライン「ん……やっぱどこにもねぇよ……」

鳴上「確か、説明書にはメインメニューの一番下に……」シャリーン

鳴上「(っ!)」

鳴上「(ログアウトボタンがあるはずの部分が空欄?)」

クライン「んなねぇだろ?」

鳴上「あぁ、無い……」

クライン「……ま、今日は正式サービス初日だかんな。こんなバグもでるだろ。
     今頃運営は半泣きだろうな、ハハッ」

鳴上「お前もな」

クライン「え?」

鳴上「今、5時25分だけど」

クライン「……」

クライン「っ!!」

クライン「俺様のテリマヨピザとジンジャーエールがぁーーーーっ!!」

鳴上「こういう時って、ゲームマスター? って人に連絡した方が良いんじゃないか?」

クライン「へ? いや、とっくに試したんだけど、反応ねぇんだよ……。
     他にログアウトする方法って無かったっけ?」

鳴上「……」

鳴上「(説明書には、ログアウト方法はメインメニューからのやり方しか書いてなかった……)」

鳴上「無い、はずだ……」

クライン「んな馬鹿なぁ……ぜってぇなんかあるって……」

クライン「戻れっ!」

クライン「ログアウトッ!」

クライン「脱出ぅーっ!!」

鳴上「……」

クライン「……」

鳴上「こういう、緊急時の切断方法とかも、説明書には書いてなかった……」

クライン「おい、おい。嘘だろぉ? あぁ、そうだ。頭からナーヴギアを引っぺがすか!」

鳴上「できない」

クライン「んがっ?」

鳴上「ナーヴギアが、俺達の身体を動かそうとする意思を、全部こっちの世界に持ってきている。
   全部、機械が現実の体に行く前に遮断してるって、友達から聞いた……」

クライン「マ、マジかよ……」

クライン「じゃあ、バグが直るのを、待つしかねぇのか?」

鳴上「もしくは、現実世界の誰かが、俺達の頭からナーヴギアをはずしてくれるまでだ……」

クライン「え、でも俺一人暮らしだぜ。おめぇは?」

鳴上「叔父と妹がいる……だから晩御飯の時には気づいてもらえるとおm」ガシッ

クライン「番長の妹さんって、幾つっ!?」

鳴上「は、はぁっ?」

クライン「なぁっ?」

鳴上「……菜々子はやらんぞ……絶対にな……!」ドゴンッ

クライン「(い、いてぇ! いきなり股蹴ってきやがった……!)ウゴッ……!」

クライン「って、あ、痛かないんだっけか……」

鳴上「あ、スマン、いきなり蹴って……」

クライン「い、いやぁ、こっちもいきなり肩掴んで悪かったよ……(あの目、マジだったな……妹の事にはもう触れないでおこう……)」

鳴上「それはそうと、変だと思わないか?」

クライン「そりゃ変だろうさ、バグなんだしよ」

鳴上「ただのバグじゃないような気がする……ログアウトできないなんて、今後のゲームの運営に関わるような問題なんじゃないか?」

クライン「まぁ、言われてみりゃあ確かに……」

鳴上「こんな大きな問題、発覚してから時間が経たなくても、アナウンスがあるはずなのに、それすら無い」

クライン「……」



ゴォオオーーンッ
ゴォオオーーンッ
ゴォオオーーンッ


鳴上/クライン「!?」

鳴上「(鐘……?)」

鳴上「(なんだ、一体……っ!? 体が、光にっ!)」スゥーン

鳴上「……」


ナンダナンダー!? ココドコダヨー


鳴上「(こ、ここは……最初の広場?)」

鳴上「(一体何が起こって……)」


ザワザワ ザワザワ


鳴上「強制的に……テレポートさせられたのか? 他のプレイヤーも……ん?」

鳴上「(鐘が、止んだ?)」

鳴上「(……他の人達も、状況が飲み込めてないみたいだ。ざわついている……)」

男「あ、なぁ……上で、なんか点滅してるぞ……」

鳴上「っ?」

<warning>


鳴上「あれは……っ!(どんどん空に表示が広がっている!?)」

クライン「おいおい、なんだ? 空一面真っ赤になっちまったぞ?」

鳴上「(それだけじゃない……隙間から……何かが漏れている!?
    液体が、形をなしているっ……)」

ナンダアレ、ゲームマスター? イッタイドウナッテンダ? コワイ…… ダイジョウブサ、セレモニーノツヅキダヨキット


gm「プレイヤーの諸君……私の世界へようこそ――」

鳴上「私の、世界……?」

gm「私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」

鳴上「なっ!?」

鳴上「(茅場晶彦……このゲーム、そしてナーヴギアの作者……!)」


マジカヨ、ホンモノカヨ スゴーイ

gm「プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気づいていると思う」

gm「しかし、これはゲームの不具合では無い」

鳴上「っ……!」

gm「――繰り返す」

gm「不具合ではなく、sao本来の仕様である」

クライン「し、仕様?」

gm「諸君は自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間の手による、
   ナーヴギアの停止、或いは解除もあり得ない」

gm「もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する、高出力マイクロウェーブが、
   諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる……」


鳴上「(生命活動を……停止?)」


ナニヤッテンダヨー ハヤクオワレヨー
コンナトコデチマオウゼ オイ、ナンダコノカベデランネーゾ!!


クライン「な、何言ってんだアイツ……なぁ鳴上」

鳴上「信号素子のマイクロウェーブは、電子レンジと似たような物だと聞いた……。
   リミッターさえ外せば、脳を焼く事もできるはずだ……」

クライン「じゃあよぉ、電源を切れば「いや」」

鳴上「ナーヴギアはバッテリーもあったはずだ」

クライン「なっ……。でもムチャクチャだろう? 何なんだよ!?」

gm「……残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が、
   少なからずあり、その結果、213名のプレイヤーがアインクラッド及び、現実世界からも永久退場している」

鳴上「213人も……」

クライン「信じねぇ……信じねぇぞ、俺は!」

鳴上「(正気じゃない……213人もの人が死んで、永久退場だなんて言い方……)」

gm「――このことを、この映像達のようにあらゆるメディアが報道している。故に、ナーヴギアが強制的に解除される可能性は、低くなっていると言ってよかろう」


gm「諸君らは、安心してゲーム攻略に励んでほしい」

鳴上「くっ……」

gm「しかし、十分に留意してもらいたい」

gm「今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。hpがゼロになった瞬間、
   諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に――」



gm「諸君らの脳は、ナーブギアによって破壊される」


鳴上「っ!!」

脳裏に、映像がノイズのように駆け巡る。
敵と対峙する自分、敵が突進をしかけ、自分は避け切れずに攻撃を喰らってしまう。
ゲージが赤になり、さらに灰色に飲まれ、空になる。
そして自分が、ガラス細工のように宙に砕ける――。
その破片が、この世界に消えて行く。

血の通わないこの体が死ねば……自分は、死ぬ……。


鳴上「……」


テレビの中で、シャドウと渡り合ってきた自分でさえ、腕に力が入らなくなっていた。
震え、強張り、悪寒が走る。
仮想の世界で死ねば、俺が死ぬ?
何故? どうして?


他のプレイヤー達も、そう思っているのだろうか。
先程のざわめきはとうに消え失せていた。

gm「諸君らが開放される条件はただ一つ」

gm「このゲームをクリアすれば良い」

gm「今君達がいるのが、アインクラッドの最下層、第一層である」

gm「各フロアの迷宮区をクリアし、フロアボスを倒せば、上の階に進める。
   第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ」


クリア? イッタイドウイウコトダ? テキトウナコトイッテンジャネーヨ!


クライン「クリア? 第百層だと? できるわけねぇだろうがっ……。
     βテストじゃ碌に上がれなかったって噂だぜ!?」

gm「それでは最後に、君達のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。
   確認してくれたまえ」

鳴上「?」


アイテム欄を確認すると、一つだけアイテムがあった。


鳴上「手鏡?」


それを選択すると、手のひらサイズの鏡が出現した。


鳴上「(何だ、これ……)」

クライン「う、うおおわあああっ!?」

鳴上「クライン!?(なんだ!? 光ってる!?)」


周囲の人間達も青白い光に包まれ、ついには自分までも包み込んだ。
そして、広場が空と同じ暗さに戻った。

鳴上「(一体、何が……)」

???「お、おい、大丈夫か、番長……」

鳴上「あ、あぁ……あれ……?」


振り返ると、クラインはいなかった。
クラインの声を出し、同じ服装をした野武士風の青年が、代わりにそこにいた。


鳴上「お前、誰だ?」

クライン「おめぇこそ誰だよ?」


握っている手鏡を見る。
エディットされたキャラの顔ではなく、自分自身の顔が映し出されていた。


アンタ、オトコダッタノー? ジュウナナッテウソカヨ!

鳴上「ってことは……」

鳴上/クライン「お前がクライン(番長)かっ!?」

クライン「へっ、なんで……?」

鳴上「わからない……まさか、ナーヴギアを被っているから……?」

クライン「あ? それってどういう……」

鳴上「頭全体を覆えるようになっていたし、ナーヴギアがそこから測定したのかも、しれない……。
   身長や体格も、キャリブレーションの時に、測定されたのか……」

クライン「あ、あぁ……なるほど」

クライン「でも、でもよぉ……なんだってこんなことするんだ?」

鳴上「それは……聞かなくても、答えてくれるだろ……」

クライン「……」

gm「諸君らは今、”何故?” と思っているだろう。何故、sao及びナーヴギア開発者の
   茅場晶彦はこんなことをしたのか、と」

gm「私の目的は既に達せられている」

gm「この世界を作り出し、干渉することのみに、私はsaoを創った」

鳴上「茅場……っ」

gm「そして今、全ては達成せしめられた」

鳴上「(全てが? プレイヤーをこんな所に閉じ込めることだけが、目的?)」グッ

gm「以上で、sao正式サービスのチュートリアルを終了する」

gm「プレイヤー諸君の……健闘を祈る――」

鳴上「お、おいっ!」


言いたい事だけを吐き捨てたgmから、黒い霧が立ち昇った。
不快なノイズ音と小さな破片を拡散しつつ、gmは漏れ出した場所へと帰って行った。

鳴上「……っ」


既に空は、元の夕焼けへと戻っていた。


重苦しい沈黙。
広場にいる全員が、重力で窒息してしまったのかと疑うように静まり返る。


自分の、手を見た。
説明書で切った傷から、血が滴り落ちている。
とめどなく、ドボドボと溢れて行く。
そんな生温かい錯覚に襲われた。

鳴上「これは……現実だ」

鳴上「(ナーヴギアを開発し、完全な仮想空間を生み出した天才……茅場晶彦……)」

鳴上「(テレビの中の世界を創った霧の主達と同じ……一つの世界を創造した人物……)」

鳴上「(そんな大それた物を創る人物が言う言葉――)」

鳴上「(これは、ゲームであっても遊びではない……)」

鳴上「(奴が言っていることは、本気なんだ……)」

鳴上「(現実で血が全て流れてしまえば死ぬように、この世界でこのゲージを無くしてしまえば……)」

鳴上「(この世界で死ねば、俺は、本当に死ぬ……っ!)」


イヤァァーーッ!!


一人が恐怖に身をすくませた時、感情のダムは崩壊した。
怒号をまき散らす者、悲鳴をあげる者、力なくその場に崩れる者。
死という、非日常的な現実を付きつけられ、プレイヤー達は狼狽している。


鳴上「(どうすればいい……)」


ふいに、陽介の言っていた言葉を思い出した。


鳴上「(vrmmorpgが供給する理想数……プレイヤー達が得られる経験値諸々は限られている……。
   この始まりの街周辺も、すぐに狩りつくされる……)」

鳴上「(つまり、先に進んだ方が効率良い、わけか……)」

鳴上「ちょっと来い、クライン」

クライン「あ、え? お、おう」


マップを確認し、広場を抜け、次の街へと繋がる道に付いた。


鳴上「よく聞いてくれ。俺は、すぐに次の村へ向かう。クラインも一緒に来てくれるか?」

クライン「え?」

鳴上「アイツの言っている事が本当なら、この世界で生きて行くには自分を強くしなきゃならない」

鳴上「人が多くいるような狩り場だと、すぐに物資なんかが無くなるし、今のうちに人の少ない、
   次の村を拠点にした方が効率が良い」

鳴上「俺は、その、こういう経験が一度あって、危険な場所とかそういうのに気付きやすいから、
   今のレベルでも次の村に辿りつけると思う」

クライン「え、でも……でもよぉ……」

クライン「俺は、他のゲームでもダチだったヤツらと、徹夜で並んでこのソフトを買ったんだ」

クライン「……アイツラ、広場にいるはずなんだ……。置いてはいけねぇ……」

鳴上「……」

鳴上「(待つべきか?)」

鳴上「(でも、その人達が付いてきてくれるとも限らない……死なないように、街に引き籠る人もいるはずだ……)」

鳴上「(もしそうなり、説得に時間をかけて、乗り遅れるのは痛いはずだ……)」

鳴上「(どうすれば……)」

クライン「……わりぃ」

鳴上「え?」

クライン「おめぇにこれ以上、世話になるわけには、いかねぇよな……」

クライン「だから、俺らのことは気にしねぇで、次の村に行ってくれ……」

鳴上「……っ」

クライン「俺だって、前のゲームじゃあギルドの頭張ってたかな。お前から見て盗んだテクで、何とかして見せらぁ」

鳴上「……そうか……」

鳴上「なら、ここで別れよう。俺は、一人で先に行く」

鳴上「何かあったら、メッセージ、送ってくれ……」

クライン「おう!」

鳴上「……じゃあ、またな。クライン……」

クライン「番長!」

鳴上「……悠で……」

クライン「ん?」

鳴上「悠って呼んでくれ……。番長って、言いにくいだろ?」

クライン「あ……そ、そうか……」

クライン「えっと、悠、よ……」

クライン「おめぇ、本当は案外、モデルみてぇな顔してやがんな」

クライン「結構羨ましいぜ……」

鳴上「……っ」

鳴上「お前も、その落ち武者みたいなツラの方が、数倍似合ってるよ!」タッタッタッ

クライン「誰が落ち武者だ! ったく……捨てゼリフじゃ、ねぇんだからよ……」


数歩走った所で、足を止めた。
振り返るともう、誰もいなかった。


鳴上「この選択が正しいかったのか……」

鳴上「(わからない)」


誰もいない露店街を走り抜ける。
このゲームで初めてできた友を置き去りして、この街から飛び出していく。

家も、菜々子も叔父さんも、陽介達も、現実も置き去りして、斜陽の野を駆ける。

鳴上「(っ! モンスター!)」


前方からモンスターが迫りくる。
足を止めず、自らを鼓舞させる咆哮と共に剣を抜く。


鳴上「(俺は……俺は……っ!)」


皆が泣いている姿が頭にちらつく。
チリチリと、頭と胸をかき混ぜる。

自分を惑わす妄想を振り切るように地面を蹴りだし、モンスターへと飛びかかる。


鳴上「(俺はっ!!)」

右から振われる爪を剣で初太刀でなぎ払い、
そのまま懐になだれ込むように、モンスターとすれ違いざまに剣を振う。
体重を乗せた剣が、重い一撃を放ち、モンスターを一閃する。


鳴上「(この世界で、生き延びてみせるっ!!)」



喉の奥ですり減らされたような彼の叫びが、モンスターの消滅音と共に夕闇へ消えていく。
動きだした足は、もう止まらない。


――


???「クックックッ、また、問題に巻き込まれてしまったようですな」

???「しかし、如何なる出来事にも、偶然ということは存在せず、全てが必然なのです」

???「貴方が関わったこのもう一つの世界……」

???「果たして、どのような様相を見せてくれるのやら……」

???「貴方の旅路を、また共に歩ませて頂きましょう……」

???「それでは、また……」

――

第一話 剣の世界 完

とりあえずアニメの一話部分まで書き溜めしてた分が終了したので、また溜めてきます。
スレが落ちてたら、また同じスレタイで立て直します



深夜は落ちないよ

>>45
あら、そうなんですか。教えて頂いてありがとうございます


鳴上「(このゲームが始まって、一カ月が過ぎ、その間に二千人が死んだ……)」

鳴上「(だが誰も、まだ第一層をクリアしていなかった)」

鳴上「(テレビの中で戦闘に慣れていた俺は、所謂βテスターと言われるプレイヤーにも引けを取らない程の腕に達していた)」

鳴上「(しかしそれでも、ボスの部屋にすらたどり着けていなかった)」

鳴上「(クライン達とは、連絡を取りたかったが、あの時の事が後ろめたくて、していない……)」

鳴上「(彼らとパーティを組めば、或いは……)」

鳴上「(……だが、そんな事も言ってられない。ついに今日……)」

鳴上「(ようやく、第一層ボス攻略会議が行われる)」


――第二話 ビーター

???「ハーイッ! それじゃあそろそろ始めさせてもらいまーすっ!」

???「今日は、俺の呼びかけに応じてくれて、ありがとう!」

???「俺は、ディアベル! 職業は、気持的に”ナイト”やってます!」


ジョブシステムナンテネーダロー ハハハッ


鳴上「(あの人がリーダーか……快活で良い人そうだ)」

ディアベル「今日、俺達のパーティがあの塔の最上階でボスの部屋を発見した!」


マジカヨ オイオイ


ディアベル「俺達はボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームも、いつかきっとクリアできるってことを
      始まりの街で待っている皆に、伝えなくちゃあならない!」

ディアベル「それが、今ここにいる俺達の、義務なんだ! そうだろ!? 皆!」


アァ、ソウダ!! ソウダナ!! イイゾ!!


ディアベル「それじゃあ早速だけど、これから攻略会議を始めたいと思う。まずは六人のptを組んでみてくれ」

鳴上「……」

鳴上「っ!?」

鳴上「(しまった! ptメンバーとか、集めて無かったんだ……)」

鳴上「(他の人は皆元々決まってるみたいだし……と、取り残されてしまった……)」

鳴上「(ん? あそこに一人……あぶれたのか?)」ノソノソ

鳴上「君も、あぶれたのか?」

???「あぶれてない……回りが皆、お仲間みたいだったから、遠慮しただけ……」

鳴上「ソロプレイヤー? っていうのか……俺もだ。だったら俺と組まないか?」

???「……」

鳴上「ボスは一人じゃ攻略できないって言ってただろ? 今回限りでも良い、力を合わせた方が1人でやるよりも断然良いはずだから」

???「……」コクッ

鳴上「よし、じゃあパーティ申請するから、よろしく頼む」シャリーン

???「……」シャリーン

鳴上「よし、申請完了。……え、えっと……不束者ですが……」

???「……?」

鳴上「いや、なんでも……(これは、アスナって読むのか?)」

ディアベル「よーし、そろそろ組み終わったかな? じゃあ――「ちょっと待ってんかー!」」

鳴上「(ん、なんだあの人? 髪ツンツンだな……頭に武器付けれたっけ……)」

???「ウィーッ! おっとぉ……」タッタッタッ

???「ワイはキバオウってもんや。ボスと戦う前に、言わせてもらいたい事がある」

鳴上「(? 聞いたことある声だな……)」

なんでや「こん中に! 今まで死んでいった二千人に詫び入れなアカンヤツがおるはずや!」

鳴上「(あぁ! わかった!)オーイ! 完二ぃーっ!」

なんでや「あん?」

鳴上「完二も来てたのかー! 半年見ない間に顔変わったなー!」

なんでや「完二って……オマエ誰や? ワイはキバオウや! 完二なんざ知らんわ!」

鳴上「あ、アレ?(あ、そうか。顔も現実のままなんだったな。忘れてた……)」

なんでや「なんや!? お前! さてはβテスターか!?」

鳴上「いや、知り合いに声が似てて……すまなかった」

なんでや「……ケッ、まぁいい」

ディアベル「……キバオウさん。それはつまり、βテスターに謝罪させるってこと、かな?」

なんでや「あぁ、決まってるやないか!」

なんでや「β上がり共は、こんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった!」

なんでや「ヤツらは旨い狩場やら、ボロいクエストをひとりじめして、自分らだけポンポン強なって、その後もずぅっと知らんぷりや」

なんでや「っ! こん中にもおるはずやで! β上がりのヤツらが!
     そいつらに土下座さして、溜めこんだ金やアイテムを吐きだしてもらわな、
     パーティメンバーとして、命は預けられんし、預かれん!」


キバオウの発言に、会場がざわつき始めた。


鳴上「……っ」

鳴上「(βテスターって人も必死だったんだろうから、一慨には責められないけど、
    この人の言う事も一理ある……皆の命がかかっている事なんだから……。
    だが、この場でこの発言は危険だ。この中にβの人がいるのかと、皆が疑心暗鬼になってしまう……)」

???「発言いいか?」

鳴上「(っ?)」



斧を背負った、筋骨隆々の黒い大男が挙手した。

なんでや「う、うおっ……(なんや、イカツッ……)」

???「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたい事はつまり、
    元βテスターが面倒を見なかったから、ビギナーが沢山死んだ……」

エギル「その責任を取って謝罪、賠償しろ……という事だな?」

なんでや「そ、そや!」

エギル「……このガイドブック、あんたも貰っただろ」ガサゴソ


そういって、手のひらサイズの本を取りだした。
自分も道具屋で貰ったものだ。だいぶお世話になった。


エギル「道具屋で無料配布してるからな」

なんでや「も、もろたで?」

エギル「配布していたのは、元βテスター達だ」

鳴上「(なっ……)」


自分が今まで重宝していたガイドブック。
それが公式の物ではなく、経験のあるβプレイヤーの手による物だったとは、思わなかった。
会場の人も、同様の事を小声で言い合っている。


鳴上「(こんな所で助けられていたなんてな……)」

なんでや「……くっ」

エギル「良いか。情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのに沢山のプレイヤーが死んだ。
    その失敗を踏まえて、俺達はボスにどのように挑むべきなのか、それがこの場で論議されると、俺は思っていたんだがな」


エギルがキバオウを見下したような目で睨みつける。
キバオウは何も反論できず、ただ下唇をかみしているだけだった。


なんでや「……けっ……わかった、席にもどりゃええんやろ、ったく……」

エギル「……すまないな、ディアベル」

ディアベル「いや、彼の意見も最もだったけど、君の発言のおかげで少しはβテスターへの誤解も解けたんじゃないかな。
      気にする事はないさ。席について、言う通りにボス攻略について論議しようじゃないか」

エギル「あぁ……」


鳴上「(ふぅ……何とか場を乱さずに済んだみたいだな……)」

ディアベル「よし、じゃあ再開しよう」

ディアベル「ボスの情報だが、実は先程、例のガイドブックの最新版が配布された」


オォー


ディアベル「それによると、ボスの名前はイルファング・ザ・コボルト・ロード。
      それと、取り巻きのルイン・コボルト・センチネルだ」

ディアベル「ボスの武器は、斧とバックラー。四段あるhpバーの最後の一段が赤くなると、
      曲刀カテゴリのタルワールに持ち替える。攻撃パターンも変わる、ということだ」


パターンガカワルノカ スッゲェジョウホウダナ

ディアベル「攻略会議は以上だ」


そういって、指揮官はガイドブックを閉じた。


ディアベル「最後に、アイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割り。
      経験値は、モンスターを倒したptのもの。アイテムはゲットした人のものとする」

ディアベル「異存はないかな!」


オウヨ ヤッテヤル ガンバローゼ オウ


ディアベル「よし! 明日は、朝十時に出発する! では、解散っ!」

――

鳴上「(凄いな、皆の士気も高まってる。自発的にパーティごとに戦略立てしてる……)」

鳴上「なぁ、俺たちも……ってあれ? どこ行ったんだ?」


――




噴水広場
第一層ボス攻略レイド達が、宴会を開いている。腕と酒とをくみ交わし、
結束の強さはとても堅くなっている様子だ。


鳴上「(全く、こんな路地にいるとはな……)」


明日、命を預けるかもしれないパーティメンバーを鳴上はようやく、宴会場そばの路地で見つけた。


鳴上「結構旨いよな、それ」

アスナ「っ?」

ローブを深々と被った、食事中のパーティメンバーに話しかけた。
まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。驚いたようにこちらを見つめた。
返事も無い。

鳴上「隣、座っていいか」

アスナ「……」


隣に腰掛け、自分も彼女と同じパンを取りだし、一口頬張る。


鳴上「うん、旨い……」

アスナ「……本気でおいしいと思ってる?」

鳴上「勿論。この街に来てから、一日一回は食べてるよ。まぁ、食べてるってのは、錯覚なんだろうけど」

アスナ「……」

鳴上「それに、ちょっと工夫もしてるんだ」ガサゴソ

アスナ「工夫?」

鳴上「はい、これ」


小さな土器のようなアイテムを取りだし、指で触れると、指先が青く光りだした。
その光をパンに塗りつける。


アスナ「……クリーム?」

鳴上「あぁ、そのパンに使ってみて」

アスナ「……」スッ


アスナも恐る恐る指を触れ、パンにクリームを塗った。
クリームは、どう見ても現実と同じように、甘い光沢を放ち、食欲をそそってくる。

アスナ「……」

鳴上「食べないのか?」

アスナ「……」カプッ

鳴上「……」

アスナ「……っ!」ングング

アスナ「……」カジッカジッカジッ

鳴上「(か、完食……)」

アスナ「……ハァーッ……」

鳴上「(良い溜息だ……)気にいった?」

アスナ「……少し」

鳴上「一個前の村で受けられる、”逆襲の雌牛”っていうクエスト報酬で貰えるんだ。
   初心者の俺でも良かったら、受けた感想とかコツとか教えられるけど、どう?」

アスナ「……ううん」

アスナ「おいしい物を食べる為に、私はこの街まで来た訳じゃない……」

鳴上「……じゃあ、何の為に?」

アスナ「私が、私でいる為。最初の街の宿に閉じこもって、ゆっくり腐っていくくらいなら、
    最後の瞬間まで自分のままでいたい……」

鳴上「……」

アスナ「この世界には、負けたくない……どうしても……」

鳴上「……」

アスナ「……」

鳴上「……一つ……」

アスナ「え?」

鳴上「一つ、話をしていいか」

アスナ「……」

鳴上「俺の、大切な友人の話だ……」

鳴上「その子は、とある有名な宿の子どもで、将来はそこを継ぐことを回りに期待され、重荷に感じていた。
   決まりきった道に、そこに沿って走らされている。皆の羨望の目の奥で、そういう風にその子は感じていたんだ」

アスナ「……」

鳴上「どこか遠くに行きたい、たまたま生まれついたこんな場所に束縛されるなんてうんざりだ。
   伝統なんてクソ喰らえだって、吐き捨てたりもしてた」

鳴上「学校にいる時も、友達に依存して、1人じゃ何もできないって、そう錯覚してたんだ」

鳴上「でもね、その依存していると思っていた友達が、その子に言ったんだ。
   ”外に出たいなら、だったらそんな自分を閉じ込める物を取っ払って、君ならどこまでも行ける”って」

鳴上「それに気付いてから、その子は変わったんだ。自分一人で生きていけるように努力し始めた。
   そしてその内、自分の本当の境遇にも気付けた」

アスナ「自分の、本当の境遇……?」

鳴上「あぁ、道は元々ある訳じゃなく、回りの人が、支えてくれる人達が、優しく道を教えてくれているんだ、ってね」

アスナ「……」

鳴上「君の現実での境遇や、ソロプレイしている理由なんて、俺にはわからない」
   それに、元々一人で生きていける、そんな芯の強さを、君は持っていのかもしれない」

鳴上「でもここに、明日君に命を預けて、そして命を預かろうと思ってる人間も一人はいるんだ」

アスナ「……っ」

鳴上「だから、少しは俺の事、信用してくれ。明日だけの暫定のパーティだけかもしれないけど、俺は君を、全力で支える」

アスナ「……えっと」

鳴上「はい、話は終わり。じゃあ、そういう事で、また明日頑張ろうな」

アスナ「え、あっ、どこに行くの!?」

鳴上「宿屋。明日はそれなりに早いから、君も早く休んだ方が良い。
   あぁそれと、これ」ポイッ

アスナ「うわっ」パシッ

鳴上「お、ナイスキャッチ。それ最後のクリームだから、良かったら使ってくれ。また明日な」

アスナ「え、あの……」

アスナ「あの人……一体……」



――

ちょっとまた溜めてくる

――


ダンジョンへの道


鳴上「確認しておこう」

鳴上「あぶれ組の俺達は、ルイン・コボルト・センチネルっていうボスの取り巻きに当たる」

鳴上「俺がスキルで、相手の攻撃を跳ね上げて防御するから、すかさずスイッチして飛びこんでくれ」

アスナ「……スイッチって?」

鳴上「……あれ、スイッチ知らないのか? もしかしてパーティ組むの初めてとかじゃ……」

アスナ「うん……」

鳴上「(組んだ事ないのか……まぁ俺も、クラインと最初に組んだ時以来だけど……)」

鳴上「それじゃあ、行くまでに説明しとこうか」

アスナ「え、あ、ありがとう」

鳴上「いや、大丈夫」


>今の伝達力ならこれくらい教えるのは余裕だ!

――

ボス部屋前


ディアベル「聞いてくれ、皆!」

ディアベル「俺から言うことはたった一つだ」

ディアベル「勝とうぜ!」


アァッ ウンッ


ディアベル「行くぞっ!」


ディアベルが、重厚な装飾扉に手をかけた。錆ついた扉が、軋みながら開いてゆく。
開かれた扉の先に広がる薄い暗闇の空間。
その一番奥に、何かがいる――。


ディアベル「……」


ディアベルを先頭に、レイド達は慎重に中へと進んだ。
刹那、部屋に光が波をたてるように満ちた。
奥に鎮座していたボスが、部屋の中央へと躍り出る。


鳴上「(デ、デカイッ……!)」


自分の身の丈ほどはありそうな斧と、こちらの視界と攻撃を完全に防げるであろう巨大な盾。
それを軽々と持ち上げる体躯。情報で知っていたとは言え、対峙すると身がすくんだ。

鳴上「これが、ボスなのか……」


腹の奥底から放たれる咆哮によって、センチネル共も召喚され、同時に猪のような風体の巨人が身をかがめ、突撃を開始した。



ディアベル「攻撃、開始っ!!」


先方隊が掛け声と共に猛進する。
剣と槌とが重くぶつかりあい、互いの咆哮が交差する。戦端は開かれた。

槍と盾持ちの部隊が相手を牽制し、剣のプレイヤーが隙を突く。ボスと取り巻きを隔離する為、部隊ごとに敵に当たる。
ディアベルの指揮の元、統率された動きでボス達の体力を削っている。


ディアベル「a隊、c隊! スイッチ!」

ディアベル「ボスの攻撃が来るぞ! b隊ブロックッ!」

エギル「でいっ!」

キバオウ「オラァッ!」


ボスの体力も半分を切っている、今のところ死者は出ていない、順調だ。

ディアベル「c隊、ガードしつつスイッチの準備! 今だ! 後退しつつ、側面を突く用意!
      d、e、f隊、センチネルを近づけるなぁっ!」

鳴上「了解っ!」


自分はセンチネルをボスに当たる隊の方へと近づけない、それが最優先だ。


鳴上「てやっ!」ガキッ


取り巻きの槌を両手剣で受けとめ、敵の身体ごと浮かせ、隙を作る。


鳴上「今だっ! スイッチ!」


ローブの騎士が、自分の後ろから踊り出る。
その動きに無駄は感じられない。


アスナ「三匹目っ!」


その掛け声と共に、レイピアの突きがセンチネルの鎧の隙間へと伸び、貫い


鳴上「(どんなものかと思ってたけど、良い動きだ。
    速すぎて剣先が見えない!)」

アスナ「……よし……」

鳴上「……グッジョブッ! 俺も、頑張らなきゃな!」カキンッ



グァアアアァアアアッ!!


鳴上「!?」


地鳴りのような声が、無骨な石造りのボス部屋に響き、拡散した。


鳴上「(ボスの体力ゲージが四段目の赤に到達している。ここからパターンが変わるのか……)」


ボスは唸り声をあげ、両手の巨大な獲物を投げ捨てた。
ここからは曲刀に持ち替えると、そうパターンが決まっているはずだ。

キバオウ「情報通りみたいやな!」


虫の息と見た先方隊がボスを包囲しようとした、瞬間――。


ディアベル「下がれ! 俺が出るっ!」


戦闘より一歩後ろで指揮をしていたディアベルが、先方隊をかき分け前に出た。


鳴上「(いくらボスの体力が残り少ないからと言って、パーティ全員で包囲するのが安全なんじゃないか?
    一人で出るなんて……)」


先方隊をかき分けるディアベルの顔には、小さな笑みが浮かんでいた。

鳴上「(なんだ? 何か考えでもあるのか?)」


ボスに対峙し、スキルを発動するディアベル。


ディアベル「行くぞっ!」


ディアベルが地を蹴り出そうとした瞬間、イルファングが背中の太刀に手をかけた。


鳴上「(!? あれは、曲刀じゃない……あれは野太刀か! 情報と違う!)」


鳴上「ダメだっ! 後ろに飛べっ!」


ディアベルの切っ先がイルファングの身体を捉えようと振われた。
しかし、剣は空を切り、ディアベルはバランスを崩し倒れ込んだ。

ディアベル「!?」

鳴上「(は、速いっ!?)」


イルファングは、その体躯から到底想像のできない速度で、柱の幹へと飛び移っていた。
そして、撹乱するように次々と柱を飛び移る。
バランスを取り戻したディアベルが振り返った時には、野太刀が既に彼の死相を刀身に映し、彼を切り裂いていた。


ディアベル「ぐわぁっ!!」


地に叩きつけられバウンドしたディアベルを、イルファングの二の太刀が、ボールを飛ばすかのように吹き飛ばす。


キバオウ「ディアベルはんっ!」


太刀の勢いに乗り、先方隊の前へとイルファングが着地した。
野太刀は先程の斧と同等程度の大きさだったが、武器も、イルファングも、彼らには数倍も大きく映る。
咆哮も、ただ戦いの時に出るものではなく、獲物を狩る時のような獰猛なものに変わってしまった。

キバオウ「くっ……!」


鳴上「ディアベルっ!」

ディアベル「……」

鳴上「(体力が赤ゲージに到達している……このままじゃ……)回復薬だこれを飲めっ!」

ディアベル「かはっ……」

鳴上「何故一人で……っ!」


回復薬を飲ませようとした手が、何かに止められた。


鳴上「(えっ?)」


その手を止めたのは、ディアベル自身だった。

ディアベル「お前も……βテスターだったら、わかるだろ……?」

鳴上「何の……ことだ……」

ディアベル「ラストアタックボーナス……それによって手に入る、レアアイテム……」

鳴上「っ!?」


鳴上「(先方隊を突っ切り、自分で仕留めようとしたのは、それを狙って……)」


鳴上「君は……βテスターだったのか……」

ディアベル「君は、違う、みたいだな……ふっ……」


戦いの喧騒が遠くで聞こえる。あの神速を持つボスと、皆が戦っているのが、遠くに感じられる。
目の前で、息が止めろうとしているディアベルの呼吸だけが、嫌に耳に入った。

ディアベル「頼む……」

鳴上「(やめろ……)」

ディアベル「ボスを……」

鳴上「(死ぬなっ……!)」

ディアベル「ボスを、倒してくれ……」

鳴上「やめろっ!」

ディアベル「皆の、為に……」

鳴上「っ!!」


ディアベルを抱きかかえていた手が、空を掴む。
掴んでいた命は、破片となって、世界へ消えて行った

鳴上「(このデスゲームが始まった時、自分が強くなって、生き残ることを、優先してきた……)」

鳴上「(クラインを置き去りにして、俺は次の村へ進んだ……)」

鳴上「(だが、ディアベル……お前は、俺みたいな右も左もわからない、必死な初心者と違って、
    βテスターという優位な立場なのに、他のプレイヤー達を鼓舞し、見捨てなかった……)」

鳴上「(皆を率いて、見事に戦い抜いたんだ……っ!)」

鳴上「(皆ができなかったことを、お前はやっていたんだ……っ!)」

鳴上「……くっ!!」


獲物を狩らんと声をあげるイルファング。
指揮官がやられ、怖気づいたプレイヤーを刈り取るのも、時間の問題だった。

鳴上「(俺はっ……!)」


剣を握りしめた瞬間、隣に誰かが並び立った。


鳴上「(アスナ……)」

アスナ「あたしも……」

鳴上「……頼むっ」


イルファングに目線を合わすと、身をかがめ、その巨体へと走り出した。

鳴上「手順は取り巻きと同じだ! 俺が止めるから、すかさず撃ってくれ!」

アスナ「わかった」


鉄の塊を軽々と振い、プレイヤーを粉塵のように蹴散らす化け物。
ついに、その化け物と視線が重なった。


鳴上「うぉおおおっ!!」


イルファングのスキル技が放たれる前に、右下から切り上げ、体をガラ空きにさせた。


鳴上「スイッチッ!」


隙を突く絶好のタイミングで、アスナがイルファングの喉元めがけ、手首の捻りを加えて突きを放つ。
しかし、その切っ先はイルファング届かない。


鳴上「(っ!? 体勢復帰が早い!)アスナッ!」

アスナ「っ!?」


剣が届く前に、イルファングは体勢を立て直し、アスナをローブごと両断した。

鳴上「アスナッ!!」

鳴上「(俺のせいで……っ!?)」


が、次の瞬間、イルファングは脇腹をえぐられ、吹き飛んでいた。


鳴上「なっ!?」


イルファングが両断したのは、アスナのローブだった。
長い髪の一部を横で束ね、艶やかな栗色の髪をなびかせた美少女が、イルファングを飛ばした地点に立っていた。


鳴上「(あ、アスナか……良かった、無事で……)」

鳴上「よし……次来るぞっ!」


体勢を立て直し、迫りくる野太刀を次々に撃ち返す。
そしてできた隙にアスナが細剣と共に突進する。

鳴上「(守るっ……この子は! 今度こそ、守るっ!)」


イルファングの重たい三連撃を全て受けとめ、スキルを撃ち返す。


鳴上「(この角度から撃つ俺のスキルなら、この野太刀を跳ねあげられる!)」


しかし、剣と野太刀は水平に絡み合う事なく素通りし、二の太刀が鳴上の目の前に振われる。
体ごと吹き飛ばされる重厚の一撃。


鳴上「がはっ!」


後ろからスイッチの為に走り込んできたアスナにぶつかる形で受けとめらる

アスナ「(体力が、半分まで……)」


起き上がる間も無く、イルファングの影が二人にかぶさった。
スキルの際に放たれる赤い光が、イルファングの背面から輝き、振り下ろされる。



アスナ「(受けとめなきゃ……でもっ……)」


咄嗟に出たのは片手の細剣。これではとても受けきれない。


アスナ「(ダメッ……)」

エギル「ウォォォオオオッ!! ラァッ!!」


イルファングの一撃が、後ろから伸びてきた閃光に弾かれた。


アスナ「っ!!」


先方隊a「俺達も続けーっ!!」

b「うおぉおおおおっ!」


戦意を喪失しかけていた部隊が、前へと繰り出していく。


アスナ「……っ」

エギル「あんたらが回復するまで、俺達が支えるぜ!」

鳴上「お、お前……っ」

エギル「待ってろっ!」

部隊が、勇敢に剣を撃ちこむ。イルファングもガードするのが手いっぱいのようだ。


グァアアアアッ!!


しかし、イルファングは一太刀で包囲を崩し、その巨体を宙にあげ、渾身のスキル技を放つ。


鳴上「っ! 危ない!」

エギル「っ!」


また、目の前の仲間にイルファングが襲い掛かる。
イルファングを止める為に、剣を担ぎ、飛びかかる。

鳴上「(届け、届けよっ!)」


鳴上「届けぇええええっ!!」


片手に握らせた剣が、空中でイルファングを捉え、両断した。
イルファングは軌道を変えられ、地面に強かに打ちつけられる。

五点着地を決め、そのまま全速力でイルファングへと斬り込む。


鳴上「アスナッ! 最後の攻撃、一緒に頼む!!」

アスナ「了解っ!」

鳴上「(まだ体勢を立て直していない、今がチャンスだっ!)」

鳴上/アスナ「はぁあああああああっ!!」


鳴上「(身をかがめて懐に入れっ! ヤツの胴を切り裂け! もう誰も、死なせるなっ!)」


イルファングの咄嗟の振り上げ攻撃を鳴上が受けとめる。
スイッチしたアスナが、隙だらけの胴に突きの連撃を当て、よろめかせた。


鳴上「でやっ!」


鳴上の水平斬りが胴を捉え、イルファングに悲鳴をあげさせる。
そして引きの間髪も入れずに、流れるように胴体に重い一撃を斬り込む。


鳴上「はぁああああああああああああっ!!」

鳴上「(えぐれっ!! こいの胴体を切り裂いてくれっ!)」


胴体に斬り込まれたその剣は、勢いに任せて胴体ごと振り上げられ、イルファングを両断した。

閃光が、イルファングを包み込む――。


そして、閃光が、ガラスのように、砕けた。


鳴上「……」

アスナ「……」

エギル「……」

プレイヤーa「……や、やったー!!」


congratulation!!


そんな表示が、鳴上の頭上に表示された。


プレイヤーb「やったー!!」

c「やったぜおい!!」

d「スゲエ!! 勝ったぞ!!」


レイド達から歓声が湧きあがった。

鳴上「やった、のか……はぁっ……はぁっ……っ!?(なんだ、いきなり暗くなった?)」


目の前に、勝利メッセージの表示された。


鳴上「(ラストアタックボーナス……?)」


手に入れたアイテムは、コートオブミッドナイトという名前だった。
防具らしい。


アスナ「お疲れ様」

エギル「見事な剣技だった。congratulation!
    この勝利は、あんたの物だ!!」

鳴上「……いや……」


他のプレイヤーからも、祝福の声があがった。

鳴上「……ありg「なんでやっ!!」」


群がっていたプレイヤー達の奥から、歓声を破る声が響く。
そこには、ディアベルが死んだ場所で立ちすくむ、キバオウの姿があった。


キバオウ「なんで……なんで、ディアベルはんを見殺しにしたんや!?」

鳴上「……見殺し……?」

キバオウ「くっ……そうやろうがっ! 自分はボスの使う技知っとったやないか!」

キバオウ「最初からあの情報を伝えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや!」


その指摘に対し、プレイヤー達に動揺が走り、ざわつき始めた。

プレイヤーe「きっとアイツ、元βテスターだ! だからボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ!
       知ってて、隠してたんだ!」

鳴上「っ!?」


プレイヤーe「他にもいるんだろ!? βテスター共! 出て来いよ!」

アスナ/エギル「……っ」


ついにプレイヤー達が、お互いの事を疑い始めた。全員が全員を、嫌疑の目で見る。
お前なのか、どいつなんだ、俺は違う。そんな不毛な小声の言い争いが始まる。

鳴上「(まずい……このままじゃ……)」

鳴上「(ディアベルだって、βテスターだった……なのに、皆の為にと、最後に言ったんだ……。
    最後に、自分に悔いを感じながらも、人の心配をして、死んでいったんだ……)」

鳴上「(それなのに、このままじゃ……最悪の事態になる……。
    こんなの、βテスターっていう人間に対する、人種差別じゃないか!)」

プレイヤーe「誰なんだ! いるなら早く出て来い!!」


時間は無い。人間なんてその場の空気に流されれば、集団心理によって鬼にでもなる。
霧の事件の時に、嫌でも痛感していた。


鳴上「(これしか、ないか……)」

エギル「おい、お前! 言い方が過ぎるぞ!」


キバオウをたしなめていたエギルが歩み寄ってきた鳴上を視線にとらえる。


エギル「おい、あんたからもなんか言ってくれよ! コイツn「どけ、この初心者共が」」

エギル「なっ!」


鳴上がエギルの腕を押しのけ、キバオウと対峙した。

キバオウ「な、なんや! このβテスター様が! ワイに何の用や!」

鳴上「ふっ……βテスターだと? あんな名前だけで実力の伴わないヤツらと、一緒にしないでくれるか」

キバオウ「な、なんやと……?」


もう、後戻りはできない。しかし、これがこの場と、そしてこの先も続くデスゲームのクリアの為なら、
仕方なかった。

鳴上「あぁ、俺も所謂βテスターだ。だが、そんじょそこらのヤツらと一緒にするな。
   俺は、βテストの時に誰もたどり着いた事の無い層まで行った、一等偉いプレイヤーなんだからな!」

キバオウ「な、なんやって!?」

鳴上「他のβテスター共のほとんどは、戦い方も、旨い狩場も、全く知らずにただセコセコと進むだけの初心者ばっかりだったさ。
   今のあんたらの方が、まだマシってもんだ……」

鳴上「だが、俺はあんなヤツら、お前らとも違う……先に知らされた情報と違ったって、あんな風に刀を使う敵は、もっと上の層でもいたさ。
   だから、俺はそれを思い出して、お前らに優しく忠告してやったんだ。それなのに、まぁ無駄にして……」

キバオウ「なっ……」

鳴上「他にも、色々知ってるぞ。ガイドブックに乗ってるような序盤程度じゃなく、中盤レベルの事までなぁっ!」

キバオウ「な、なんや、それ……そんなん、βテスターどころやないやんか!? もうチートや、チーターやろそんなん!」


ソウダソウダー!! フザケンナー!!
ベータノチーターダカラ、ビーターダッ!!

アスナ「……」

鳴上「……ビーター、か。良い呼び名だな、それ」

キバオウ「なっ!?」

鳴上「そうだ、俺はビーターだ。これからは元テスターごときと一緒にするな……」


アイテム欄を操作し、先程手に入れたレアアイテムを装備する。
まるで見せびらかし、格の違いを解らせるような仕草で。


鳴上「ふっ……じゃあな、βテスターレベルの初心者共……」

キバオウ「……」

エギル「……」

鳴上「(これで、良かったんだ……俺一人が憎まれ、βテスターだなんて、馬鹿らしい差別は、無くなる……。
    ディアベルも、報われる……)」


プレイヤーの群れをかき分け、静かに次の層へと歩みを進める。

鳴上「(……これが、次の層への扉か……)」

鳴上「(また、色んなものを、置き去りにしちゃうんだな……)」

アスナ「待ってっ」

鳴上「……」

アスナ「貴方、戦闘中に私の名前呼んだでしょ」

鳴上「……すまない、呼び捨てにして……気に障ったのなら、謝る……。
   いや、それとも、読み方が違ったかな……」

アスナ「どこで知ったのよ」

鳴上「……視界の左上辺りに、自分の体力ゲージがあるだろ。そこの下にパーティメンバーの名前と体力が一緒に表示されてる」

アスナ「……」

アスナ「バ、ン、チョウ……」

アスナ「番長?」

アスナ「これが、貴方の名前?」

鳴上「あぁ、まぁな……」

アスナ「……」

鳴上「……」

アスナ「……フフッ……なんだ、こんな所にずぅっと書いてあったのね。
    それに……」

鳴上「?」

アスナ「変な名前」

鳴上「……ハァ……自分でも後悔してる、そっとしておいてくれ……」

アスナ「フフッ……」

鳴上「……君は、強くなれる。だからもしいつか、信頼できるような人からギルドに誘われたら、断るな。
   一人じゃ、絶対的な限界がある……」

アスナ「……なら、貴方は? 貴方が話してくれた事と、貴方がやろうとしてる事、逆じゃない……」

鳴上「……」


メニューを開き、パーティ欄を操作する。
解散のボタンを押した。


アスナ「……」

鳴上「(ゴメン、俺は……行くよ……)」

――


???「人の疑う心というのは、真に扱いにくく、また、柔軟なものでもあります」

???「貴方はそれを操り、貴方一人に嫌疑を向けた……」

???「絆の作る世界が如何に強いか知っているお客様が、このような行動を起こすのは、さぞや辛かったでしょう」

???「でも大丈夫、貴方の行く先に、必ず強い光があるはず」

???「私を超えるような力の持ち主の貴方なら、この世界の真実にも辿りつけるはず」

???「私に、また貴方の創る世界を、見せて頂戴……お客様……」


――
第二話 ビーター 完

アニメ準拠というか、saoの方はアニメしか見てないので、アニメの話数に沿って書いていきます。
あとノリでトリップ付けました……。
とりあえず、二話分の書き溜め、全て消費したので、次回投稿は結構先になるかと思われます。
読んでくれた方、レスを付けたりしてくれた方、有難うございました

???「我ら、月夜の黒猫団に……」

???「「「「「乾杯っ!!」」」」」

???「んでもって! 命の恩人、番長さんに……カンパイッ!!」

???「「「「「乾杯っ!!」」」」」

鳴上「か、乾杯……(ゴ、ゴレンジャイ……)」

???「ありがとう、ホントにありがとう……」

鳴上「いや、そんな……」

???「スゴイ……怖かったから……来てくれた時、ホントに嬉しかった……」

鳴上「あ、ああ……」

???「あの番長さん、大変失礼だと思うんですけど、レベルっていくつくらいなんですか?」

鳴上「……20くらい、だけど……(本当はその倍なんだけど、彼らくらいに合わせておこう……)」

???「へぇー、俺達とあまり変わらないのに、ソロなんて凄いですね」

鳴上「ケイタ、敬語なんて使わなくて良いよ。それにソロって言っても、一匹だけの敵を狙ったりとか、そういうセコいものだから」

ケイタ「あ、そう……そうか……あぁじゃあさぁ番長「それと」」

鳴上「……それと、ユウって呼んでくれ……案外この名前付けたの後悔してるんだ……」

ケイタ「あ、あぁわかったよ、ユウ」


――第三話 赤鼻のトナカイ


ケイタ「良かったら、うちのギルドに入ってくれないか?」

鳴上「えっ?」

ケイタ「前衛ができるのが、メイス使いのテツオだけでさぁ」

ケイタ「コイツ、サチって言うんだけど、前衛ができる盾持ち片手剣士に転向させようと思ってるんだ」ペチッンゴッ ペチッンゴッ

ケイタ「でも、勝手がよくわからないみたいでさぁ。ちょっと、コーチしてやってくれないかなぁ」

サチ「何よ、人をミソっかすみたいに……」

ケイタ「えっ?」

サチ「だってさ。急に前に出て、接近戦をやれって言われてもおっかないよ……」

ダッカー「盾の影に隠れてりゃ良いんだって」

ケイタ「全く、お前は昔っから怖がり過ぎるんだよ」

サチ「ぶぅーっ……」

一同「「アッハハハハハッ……」」

ケイタ「いやー、うちのギルド、リアルでは皆同じ高校のpc研究会のメンバーなんだよねぇ。
    あぁー、でも、心配しなくて良いよぉ。ユウもすぐに仲良くなれるよ、絶対。な?」

アァー モチロン ウン

鳴上「……(前の事件の時も、皆と力を合わせて戦って、初めて解決できた……。
   今回も、きっとそれは同じだ……)」

鳴上「……じゃあ、仲間に、入れてもらおうかな……」

鳴上「……よろしく」

テツヤ「よろしくな!」 ササマル「俺は、ササマルって言うんだ!」 ダッカー「一緒に頑張ろうな!」


――

2023年5月


サチ「ひっ……」

モンスター「キシャーッ!!」

サチ「ヒィッ……」

ササマル「えいっ!」ザシュッ

モンスター「キシャーッ!!」ブンッ

サチ「ひゃあぁっ!」カキンッ

鳴上「サチっ! 一度下がるんだ!」

モンスター「キシャーッ!!」ブンッ

鳴上「でやっ! 腕を落としたから側面がガラ空きだ! テツオ、スイッチ!」

テツオ「お、おうっ!」

テツオ「どりゃーっ!!」ブオンッ

モンスター「キシャーッ!!」パリーン

テツオ「ふぅ……」

鳴上「……」フゥ

テツオ「おっしゃー! レベルアップ!」テレッテッテー


オォー!! ヤッタナー!!


鳴上「……」


――


ケイタ「攻略組第28層突破かぁ……スゲーなぁ……」

鳴上「……」

ケイタ「ねぇ、ユウ。攻略組と僕たちは、何が違うんだろう?」

鳴上「……情報力かな……。彼らは、効率的に経験値を稼ぐ方法とか、独占してるから……」

ケイタ「うぅーん……そりゃあそういうのもあるんだろうけどさぁ、僕は意志力だと思うんだよ」

鳴上「意志力?」

ケイタ「……仲間を、いや、全プレイヤーを守ろうっていう意思の強さっていうかな……。
    僕らは、まだ守ってもらう側だけど、気持ちじゃあ負けないつもりだよ」

ケイタ「モチロン、仲間の安全が第一だ。いつか僕らも、攻略組の仲間入りしたいって、思ってるんだ」

鳴上「……そっか……そうだな」

ケイタ「なんちゃって……えへへ」


ダッカー「いよっ! リーダー! カッコイー!」ガシッ

ケイタ「うわ! オイオイ絞めるな!」

テツオ「俺達が、青龍連合や血盟騎士団の仲間入りってか?」

ケイタ「なんだよ、目標は高く持とうぜ? まずは全員、レベル30な!」

サチ「無理だよーっ!」


鳴上「……」

鳴上「(もし、黒猫団が急成長し、最前線に加われば、排他的な攻略組の空気を変えられるかもしれない……)」


シマッテルシマッテル!! ダイジョウブダヨ!! ココフィールドジャナイシ!! アハハハハ


鳴上「(俺ももう、レベル50間近……か……)」


――

宿屋


ケイタ「皆に報告がある」

ケイタ「えー、今回の狩りでなんと、20万コル貯まりました!」

「「「「「オーッ!!」」」」」

テツオ「そろそろ、俺達の家を持つことも、夢じゃなくなってきたな!」

ササマル「ねぇねぇ! サチの装備整えたら? 」

ケイタ「そうだなー」

サチ「……ううん……今のままで良いよ……」

ダッカー「遠慮すんなよー」

ササマル「いつまでもユウにばっかり前衛をやらせるのは悪いしさ」

サチ「ごめんね……」

鳴上「いや、構わない。サチの調子で、ゆっくりやれば良い……」

サチ「うん……」

ケイタ「悪いなユウ……。サチ、転向が大変なのはわかる。でもな、もうちょいだ!
    皆で頑張ろうぜ!」

サチ「……うん……」

サチ「……」


――

宿 個室

鳴上「(ふぅ……やっと夜中か……)」

鳴上「(黒猫団の皆に気付かれないように、夜中にレベル上げをしだして、どれくらい経つだろう……)」

鳴上「(そのうち、本当の事を言おう……俺が、世間で嫌われている、”ビーター”だって事を……)」

鳴上「(でも、いつ言おうか……)」カチャッ


――

フィールド


鳴上「(今日はこの先にするか……)」バウッ バウッ

鳴上「(うん? プレイヤー……?)」

???「おら! こっちにきやがれ!」

鳴上「あれは……クライン……」


クライン「ちぃっ……」ブンッ

モンスター「グルルッ」

風林火山a「でやぁあっ!!」ブンッ

クライン「どりゃあっ!」

モンスター「ガウッ!!」パリーン

クライン「ふぃーっ……」チャキン

クライン「ん……お、番長、番長じゃねぇかっ!! あ、おい! 雑魚は任せたぞ!」

風林火山b「おう」

クライン「最近見かけねぇと思ったら、こんな夜中にレベル上げかよ……ってあれ?」タタタッ

クライン「おめ、そのマークっ」

鳴上「……」

クライン「ギルドに、入ったのか?」

鳴上「あぁ……ちょっとな……」


オーイ、ツギノカッテイイゾー

鳴上「じゃあ、また……」

クライン「お、おう……」

鳴上「……(すまない……)」

クライン「ったくよぉ……まだあの時の事気にしてんのか……?」

鳴上「……それと……」

クライン「お、おう? な、何だ!? 番長!」

鳴上「俺の名前、番長じゃなくて、悠って呼んでくれ……それじゃあ……」

クライン「……悠……」


――

宿屋周辺

鳴上「(さて、そろそろ寝ないと、明日がキツイからな……早く寝よう)」ピピピッ

鳴上「うん? メッセージ?」

ケイタ『ケイタです。サチが出て行ったきり、帰ってこないんだ。
    僕らは迷宮区に行ってみる。
    ユウも何かわかったら知らせてほしい』

鳴上「サチ……」

鳴上「(こういう時は……スキルの、追跡を使うのか……)」ピピッ ピリンッ

鳴上「(宿屋の奥の路地……足跡……サチ……)」タタタッ


――

水路

鳴上「(この橋の下か……)」カツッカツッ

サチ「……」

鳴上「サチ……」

サチ「っ! ユウ……」

鳴上「皆心配してる。早く帰ろう。ね?」

サチ「……」


サチは寒そうに体を小さくして、座り込んでいた。
月明かりの当たらない、欄干の影に隠れて。

サチ「ねぇユウ……」

鳴上「うん?」

サチ「一緒に、どっか逃げよ?」

鳴上「逃げるって、何から?」

サチ「この街から、モンスターから、黒猫団の皆から――」

サチ「ソード・アート・オンラインから……」

鳴上「……心中でも、してくれって、言うのか?」

サチ「……それも、いいかもね……」

鳴上「……」

サチ「ううん……ゴメン……嘘。死ぬ勇気があるなら、安全な街中になんか隠れてないよね……」

鳴上「……そういう冗談は、好きじゃないな……」

サチ「ねぇ……なんでここから出られないの?」

鳴上「えっ?」

サチ「なんでゲームなのに死ななきゃならないの? こんな事になんの意味があるの?」

鳴上「……多分、意味なんて、無いんだ」

サチ「……」

鳴上「……」

沈黙が流れた。水路の囁くような音が、静かに流れている。


サチ「あたし……死ぬの、怖いっ……」

鳴上「……」

サチ「怖くて、この頃あまり眠れないの……」


今にも泣きだしそうなサチの小さく、胸が切り裂かれそうな悲鳴が思考を惑わす。
どうすれば、いいのか。自分にできる事は、言葉をかけることだけだった。

鳴上「……君は……」

鳴上「君は、死なない」

サチ「……っ。本当に……? なんでそんなことが言えるの?」

鳴上「君達のギルド、黒猫団も十分に強くなってきているし、危なっかしい真似も、あまりしていない。
   それに、俺とテツオが前衛にいるんだ。サチが無理して前に出ることなんて、しなくても良いんだ」

サチ「ホントに? ……ホントに私は死なずに済むの? いつか、現実に戻れるの?」

鳴上「あぁ、君は死なない。いつかきっと、このゲームがクリアされるまで……」

サチ「……っ」

サチ「……うんっ……」

何とか、サチをなだめた。
よく見ると、頬に涙の後が残っていた。



――

宿屋


鳴上「(よし、アイテム整理完了かな……)ふぅ……」コンコン

鳴上「ん? どうぞ?」

サチ「……ゴメンね……やっぱり、眠れなくて……」

鳴上「……」


――

鳴上「(それからサチは、俺の部屋に来て寝るようになった)」

鳴上「(俺の、君は死なないという言葉を聞いて、それを聞いて小さく笑みを作って、ようやく眠りに入る)」

鳴上「(このギルドにいれば安全だ。いつかきっと、この子も現実世界に戻れる。そう言い聞かす)」

鳴上「(サチのようにこのゲームに怯えているプレイヤーも多い。最初の街に籠って出てこない人も、大勢いるのだろう)」

鳴上「(俺も、あの事件がなければ、そうなっていたかもしれない……)」

鳴上「(俺は、一度、死ぬような経験だってしたんだ。サチのようなプレイヤーの為にも、その分俺が頑張らないと)」

鳴上「(皆、泣いて、笑って、現実と同じように、ここ生きているんだ……だから……)」

サチ「……ユウ?」

鳴上「ん……大丈夫、君は絶対に生き延びる(生き延びさしてみせる……)」

サチ「……うん、おやすみ……」

鳴上「あぁ、おやすみ……」

鳴上「(君たちは、俺が、絶対に守る――)」


手を月明かりの影に隠れた、天井へと突きだす。
その手で、空に浮かぶ何かを握りつぶした。


鳴上「ペル、ソナ……か……」


――


ケイタ「じゃあ、行ってくる。転移、始まりの街!」スゥーン

一同「「……」」

ササマル「マイホーム買うってさ……こんなに感動するもんなんだな」

ダッカー「親父くせんだよっ!」ペチッ


ハハハハハッ


テツオ「なぁ? ケイタが家を買いに行ってる間にさ、少し、稼ごうよ」

サチ「あ、家具を買うのっ?」

ダッカー「じゃあ、ちょっと上の迷宮に行くかっ?」

鳴上「落ちつけ。いつもの狩場でも、別に良いんじゃないか?」

ササマル「上なら、短時間で稼げるよっ」

ダッカー「俺達のレベルなら安全だって!」

鳴上「……」



――

第27層迷宮区


ダッカー「言ったろー? 俺達なら余裕だって!」

ササマル「もう少しで最前線に行けるかもな!」

ダッカー「あったぼーよー。……おっ? コイツは……」ペタッ シュイーン

鳴上「(隠し扉……こんなところに?)」


装置が作動すると、板金扉が姿を現した。ダッカーが扉を開ける。
部屋の中央には、宝箱が鎮座していた。


ダッカー「うっひょー! トレジャーボックスだー!」


そういって、宝箱に駆けだす。ササマル、テツオも同じように続いた

鳴上「(嫌な予感がする……)ま、待てっ! その箱はきっと――」


罠だ、という言葉を待たず、宝箱は開かれた。


刹那、不快な警告音と共に、四方の壁が真っ赤に光り出した。
入ってきた扉は閉まり、どこからかモンスターの息使いが聞こえてきた。


鳴上「(やはり罠だった……っ)」


転移結晶を懐から取り出した瞬間、壁がせり上がり、その向こうから数え切れない程のモンスターがなだれ込んできた。

鳴上「トラップだ! 皆! 転移結晶を使え!」

ダッカー「転移! タフト!」

ダッカー「……?」

ダッカー「て、転移っ! タフトッ!」

サチ「クリスタルが使えない……っ!」

鳴上「クリスタル無効化エリア……っ!」


モンスターの波が黒猫団を飲み込んだ。

鳴上「くっ!!」


まずバランスを崩したダッカーにモンスターが群がり、無慈悲な攻撃が行われる。
棘で貪るように串刺しにされていく。


鳴上「ダッカー! クソッ!!」


鞭のように振われた石人の腕がテツオを弾き飛ばし、テツオをコナゴナにした。


ササマル「テツオ! ……チックショオッ!」


ササマルも何とか槍を石人に差し込んだ。石人は意にも介さない。


ササマル「う、うわああああっ!!」


ササマルも弾き飛ばされ、破片へと変わって行った。
あっけなく、三人が殺された。本当に、あっけなく。

鳴上「クソッ、クソッ! クソッ!!」


背中に数発貰いながらも、石人と亜人の包囲を何とか切り崩し、サチの方へ向かう。


サチ「……くぅっ……」

鳴上「サチッ! ……くっ、邪魔だぁっ!」


敵を両断し、モンスターの波をかき分けて行く。


サチ「ユウッ!」

鳴上「サチィッ!!」



鳴上「(手を伸ばせ……例え届かない距離でも、サチの手を掴めっ!)」


サチが石人の攻撃を何とか押し返した。手はもう少しの所まで来ている。
届くはずだった。

鳴上「あと、少しっ……」


――手が届く前に、サチの身体が軽く跳ねた。


鳴上「……っ!?」


石人の手刀が、サチの背後から振り下ろされていた。死角から来たのだろう。鳴上の反応速度を持ってしても間に合わなかった。
サチのゲージに、色が無くなっていた。

鳴上「――っ!!」


サチ「……」

サチ「あ――、さ――」


――

congratulation!! level up!!


鳴上「……」


部屋に湧いていたモンスターを、どうやって全滅させたのか、覚えていなかった。
ただ虚しく、力無く膝をついて、自分のメニュー欄に表示されるこのうっとうしい言葉を眺めていた。

鳴上「(何がおめでとうだ何がレベルアップだ!!)」

鳴上「(レベルがこんなに上だって、戦いに慣れていると盲信していたからって……皆を、守れなきゃ……)」

new skill!!


突然、表示が変わり、甲高い効果音を流した。


鳴上「(……ニュー、スキル……)」


新しく覚えたスキルの名前に、鳴上は愕然とした。


鳴上「……なんで今なんだよ……なんで今頃になってこれなんだよっ!!」

鳴上「なんでっ――」


――

12月24日


街が白銀に染まり、赤、緑、白、この三色を基調とした色付けで、街が装飾されている。
ツリーも建物も電飾をぶら下げて、雪という白銀の鏡にそれを照らして、街中を色であふれさせる。
ゲームに閉じ込められていると言っても、人々が活気に満ちた足取りで、それぞれ交差していく。
クリスマスイヴ。

そんな雰囲気に似つかわしくない、神妙な顔をした二人が、ベンチに佇んでいた。


???「ビーターと呼ばれる、本来βテスターですらないプレイヤーが、随分無茶なレベル上げをしてる……そんな情報が耳に入ってるよ……」

鳴上「……新しい情報、入ったのか?」

???「金を取れるものはないなー」

鳴上「情報屋、か……看板下げたらどうだ……」

情報屋「βテストにも無かった初めてのイベントだ。情報の取りようがねぇよ……」

情報屋「12月24日、今日の深夜に、イベントボス、背教者ニコラスが出現する……。
    あるモミの木の下にな……」

情報屋「有力ギルドのヤツらも、血眼になって探してんぞ……」

鳴上「……」


もうこれ以上聞き出せることは無い。そう悟って、席を立つ。


情報屋「お前、目星付いてんだろ?」

鳴上「……さぁな……」

情報屋「マジにソロで挑む気か?」


情報屋が彼の方を振り向いた時、もう黒ずくめの客は、人の波に消えていた。


――

宿屋


部屋の明かりも碌に付けず、戦いの準備をする剣士。


鳴上「(この世界で、死者の復活はありえない)」

鳴上「(だが、背教者ニコラスは、プレイヤーの蘇生アイテムをドロップするという噂がある)」

鳴上「(ソロで挑めば、恐らく俺は……)」

鳴上「死ぬ……」

鳴上「(誰の目にもとまらず、如何なる意味も残さず、死ぬだろう……)」

ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんて無かったんだ!!


鍵の主は、そう言い残して、身を投げた。


鳴上「(そうだ……俺が、俺の思い上がりが、君たちを殺した……)」

鳴上「(一度世界を救った自分ならこのくらい……心の奥底で、そう思っていたんだと思う……)」

鳴上「(俺が、自分のレベルさえ隠していなければ……)」

鳴上「(俺が、このスキルにもっと早く目覚めていれば……)」


――

迷いの森


鳴上「(もし俺がニコラスを倒す事ができれば、サチの魂は戻り、彼女の最後の言葉を聞くことができる)」

鳴上「(どんな言葉で罵られようと、俺はそれを受け入れる……)」


黒の剣士は走りだす。絶望という死に至る病を携えて。


――

鳴上「(確か、この先のワープポイントを経由すれば着けたはず……)」

鳴上「ん?」


自分の行く手を塞ぐように、青い光が無数に湧いた。
見覚えのある男と、似たような格好をしたプレイヤーと対峙した。


鳴上「……つけて来たのか、クライン……」

クライン「……よう、悠……」

鳴上「……」

クライン「蘇生アイテム狙いか?」

鳴上「あぁ、そうだ」

クライン「ガセネタかもしれねぇアイテムに、命懸けてんじゃねぇよ……」

鳴上「……」

クライン「このデスゲームは、マジなんだよっ……hpがゼロになった瞬間、俺達の現実世界の脳m「黙れよ……」」

クライン「っ……」

クライン「ソロ攻略なんて、無茶はやめろよ! 俺らと組むんだ!
     蘇生アイテムはドロップさせたヤツのもので、恨みっこ無し! それで文句ねぇだろ!」

腰に提げた剣に手をかける。


鳴上「……それじゃあ、意味が無いんだ……。俺一人でやらなきゃ……」


風林火山のメンバー達が鳴上の挙動に警戒し、構えた。
それをクラインが止める。


クライン「おめぇをよ……こんなとこで死なす訳にはいかねぇんだよ! 悠!」

鳴上「……」

鳴上が剣を抜くと同時に、風林火山のメンバー共々包囲されるような形で、プレイヤーが出現した。
慌ててクライン達が鳴上の方へと寄り、陣形を成した。


クライン「のわっ!?」

鳴上「お前も、つけられてたみたいだな……」

クライン「けっ……そうみたいだなっ……」


相手は聖竜連合。レアアイテムの為ならグレーな手段も厭わないギルドだ。
風林火山のメンバーもどよめいている。

鳴上「……」

風林火山a「おい、どうする!」

b「くっ……」

クライン「……えぇーいっ! チクショオッ!!」

クライン「行けっ! 悠!」

鳴上「っ……クライン……」

クライン「行くんだ! ここは俺達が食いとめる!」

鳴上「……」


鳴上は、クライン達にその場を任せ、ワープホールをくぐった。


鳴上「(すまない……)」



――

モミの木前

妖しく光る、モミの木が一本、天にそびえるように立っていた。
これが、クエストボス出現の場所だった。


鳴上「……」


鳴上がモミの木の下まで来ると、突然鐘の音が頭上から響いてきた。
微かに鈴の音と、何かを引きずるような音も聞こえる。

鐘が雪と森の間に児玉していく。


鳴上「……? あの光は……」


二つに連なった流星が、頭上を駆ける。
そこから、雪に紛れて、何かが降ってきた。

鳴上「……っ!?」


空高くから来襲した怪物は、豪雪を踏み砕き、雪の粉塵をまき散らした。


鳴上「(背教者、ニコラス……っ!)」


視線の定まらない赤い眼光。錆ついた機械を無理やり動かせるような音を出し、首を捻る怪物。
背教者ニコラス。蘇生アイテムをドロップするモンスター。


鳴上「……黙れよ」

ニコラス「?」

鳴上「サチを……」

鳴上「あの子を、あの子を返せっ!!」

肉を擦り潰すような巨大な斧が振り下ろされる。
それを、鳴上は寸での所で横にステップして避ける。


鳴上「はぁっ!」


ステップの運動を殺さず、前に突っ込み、電光石化の太刀がニコラスの足を払った。ニコラスはバランスを崩し、切り倒された巨木のようにダウンした。
間髪入れず、獅子奮迅と言わんばかりの剣技で追い打ちをかける。
突きでニコラスの巨体に無数の穴を空けると、すかさず一歩下がり、ニコラスの反撃に備える。


鳴上「(この巨体だ、速度を押し殺して一撃にかけてくるはず……)」


ニコラスが横に倒れたまま腕だけで、斧を横から振う。
空気抵抗さえも消し去る威力。しかし予想通りの大振りだ。

鳴上「たぁっ!!」


鳴上は上体を逸らすだけでそれを避け、乾坤一擲の一撃で縦になぎ払う。
カウンターの一撃が効いたのか、ニコラスからギリギリという摩耗音が聞こえる。


鳴上「(だけど、まだ体力の1/20も削れていない……)」


この巨大さなだけあって、体力も無尽蔵のようだ。
長期戦は免れない。


鳴上「(あのスキルは、使う度に体力、精神力を削られる……ここでも試したが、それは同じだった)」

鳴上「(まだ使いたくはない……)」

どす汚れた灰と赤の、サンタを模した馬鹿げた衣装。
そこから垣間見える、固まった泥のように光沢を失った、血の通わない巨体。
その無尽蔵の化物は立ち上がり、焦点の合っていなかった無機質な目線を、ようやく鳴上に向けた。


鳴上「ようやくふざけた面をやめたか……上等だ!」


無駄な大飛びはせず、細かな動きで撹乱しながら近づく。
ニコラスは害虫でも叩くように、無造作に斧を何度も叩きつけた。


鳴上「でありゃっ!」


隙を突き、足に、胴に、腕に、無数の剣撃を放っていく。
ニコラスは右往左往と、俊敏に動く鳴上を捉えようとしている。

鳴上「(そのデカさが仇だ。集団に対してなら大雑把な攻撃で散らせるだろうが、空を滑空するツバメのような速度を、捉えられる訳がない!)」


鳴上の気迫の剣が、ニコラスに浴びせられる。
体力ゲージが一段、また一段と消えて行った。


鳴上「よし、あと半分っ!!」


鳴上「(このペースなら、所持体力回復アイテム内で倒せそうだ!)」

しかし、体力をちょうど半分を切った時点で、それまで大雑把に攻撃していたニコラスの動きが突然ピタリと止まった。
電池が切れたように、本当にプツリと止まったのだ。



鳴上「(?)」


鳴上は咄嗟に攻撃をやめ、後方へと退き、身構えた。中盤の層ともなれば、敵のアルゴリズムが狂ったように見える事も稀にある。
前方からどのような一撃が来ようとも、防御する自信があった。


ニコラス「――っ!!」


声にならない声が、ニコラスの声帯から発せられる。
空中の雪を消し飛ばし、森全体に響き渡るような咆哮。

鳴上「……」

鳴上「(……何が変わった?)」

鳴上「(わからないが……)」

鳴上「(攻撃するしかない!)」

鳴上「だぁっ!!」


先程と同様に細かな動きで撹乱しようと駆けだした。
しかし、斧がいつの間にか自分の目の前まで飛んできていた。

鳴上「っ!?」


何とか反応し剣で受けとめるも、体ごと吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。


鳴上「(何だ、今の……)」


ニコラスは相変わらずとぼけた顔で鳴上を見下ろしている。


鳴上「(……フッ……攻撃速度が上がったのか……)」

鳴上「陳腐だけど、少しは芸達者じゃないか……」

剣を杖代わりにして、体重をさせて立ち上がる。
剣で受けとめたものの、体力ゲージが既に半分まで減っていた。
回復アイテムでそれを帳消しにし、またニコラスへと特攻を仕掛ける。

が、またも反応速度ギリギリの攻撃が鳴上を襲った。
そしてまた何とかそれを剣で防御する。


鳴上「(ダメージが貫通してくる……剣で受けとめてたらやらてしまう)」

鳴上「(少し早いが、使うしかないかっ……)」


手のひらを、空へと高々と突きだす。
空中の何もない所から、それを引き寄せる。鎖で無理やり引き出すような感覚。
すると、夜の闇の中から、一枚のカードが出現した。




我は汝……。


鳴上「ペ……」


汝は、我……。


鳴上「ル……」


汝、己が双眸を見開きて……。


鳴上「ソ……」


今こそ、発せよ!!


鳴上「ナッ!!」


鎖が引きちぎれる音と共に、黒い巨人が青い閃光に身を包み、発現した。
ペルソナ――。鳴上がテレビの中で開花させた、能力。
自らを鎧い、あらゆる外部の出来事と対峙するための能力――。


鳴上「……行くぞ……イザナギッ!!」


黒の巨人が、ニコラスへと斬りかかる。イザナギはニコラスの素早い攻撃を矛で難なく受けとめる。
その隙にすかさず鳴上が懐へ飛び込み、斬る。
怯んだ隙を見て、イザナギが自らの意思を持って、鍔迫り合いをしていた斧を押しのけ、胴体に突きを入れる。

鳴上「(このスキルを発現した時の気持ちが、お前らにわかるか!!)」

鳴上「(世界だって救えるこの力が、あと一歩習得が遅れて、仲間が死んでいくのをただ見ることしかできなかった、気持ちがぁっ!!)」

鳴上「お前らに、わかるかぁっ!!」


鳴上の怒気がニコラスを飲み込んで行く。イザナギの空を自在に駆る攻撃と、鳴上の鋭い剣撃。
みるみるうちにニコラスの体力が減り、ついに最終ゲージの赤いラインに到達した。
しかし、徐々にペルソナへとhpが吸い取られ、回復アイテムも消耗していく。
鳴上にも、後は無かった。

やっぱ番長がいるからキリトさんでないん?

最後の一太刀を浴びせようと、空へ体を躍らせた。
体の捻りを最大限に使ったスキル技で終わらせる――。
捻りの反動をつけた一撃を繰り出そうとした、その時だった。


鳴上の視界が、ニコラスの左手に突如出現した二本目の斧の存在を確認する。

>>165
キリトさんは今頃直葉とイチャコラしてます。
一応、鳴上をキリトさんの位置に置換した設定です。

鳴上「(二刀……っ!?)」


片方の斧を受けとめていたイザナギは身動きが取れず、防御に立ち回れない。
既に、攻撃が開始されている。空中ではあの速さの攻撃を避けることはできない。
トドメの一撃を放ったはずの鳴上の身体は、左手の斧によって叩き落とされていた。


鳴上「かはっ……!」


なんとか剣挟むことで、急所への直接ダメージは免れた。
しかし、体力ゲージは赤に到達し、もはやドットとも言える状況だった。

鳴上のhpの低下と共に、イザナギはノイズを走らせ、消滅してしまった。
そして、回復させまいと、ニコラスが右手の斧をダウン状態の鳴上へと投げつけた。


鳴上「(……あぁ、俺は、ここで死ぬのか……)」


剣を握る手から力が抜けた。
もはや避ける術は無い。


鳴上「(皆……クライン……サチ……ゴメン)」

鳴上「(俺はここで……)」


目を閉じて、終わりを、覚悟した。



――メッセージを再生します。



鳴上「っ!?」


メリークリスマス、ユウ。



鳴上「(これは、一体……っ!)」

鳴上「(サチの、声だ……)」

君がこれを聞いている時、私はもう死んでると思います。

なんて説明したら良いのかな……。

えっとね、ホントの事言うと、私、始まりの街から出たくなかったの。

でも、そんな気持ちで戦ってたら、きっといつか死んでしまうよね。

それは誰のせいでもない、私本人の問題なんです。

ユウは、あの夜からずっと毎晩毎晩、私に絶対死なないって、言ってくれたよね。

だから、もし私が死んだら、ユウはもの凄く自分を責めるでしょう。

だから、これを録音することにしました。

それと、ホントはユウがどれだけ強いか知ってるんです。

前にね、偶然覗いちゃったの。

ユウが、本当のレベルを隠して、私達と戦ってくれる訳は、一生懸命考えたんだけど、よくわかりませんでした。

ふふっ、でもね、私、君がすっごく強いんだって知った時、凄く嬉しかった。

凄く安心できたの。

鳴上「(サチ……)」


だから、もし私が死んでも、ユウは頑張って生きてね。

生きてこの世界の最後を見届けて、この世界が生まれた意味――。

私みたいな弱虫が、ここに来ちゃった意味――。

そして、君と私が出会った意味を、見つけて下さい。

それが、私の願いです。

……だいぶ、時間余っちゃったね。

じゃあ、せっかくクリスマスだし、歌をうたうね。

流れてきたのは、拙宅で、少し控えめな鼻歌。
真っ赤なお鼻のトナカイ。
楽しげで、でもすぐにかき消えてしまいそうな、そんな声。
彼女は、どんな気持ちで、これを録音したのだろう――。
死ぬと予感して、こんなことを……。


鳴上「(……っ)」


涙が溢れた。
自分が誰なのかわからなくなるくらい、泣きたい。
こんな風に、自分を責めないでと優しく言われて、自分は泣くしかなかったのだ

鳴上「っ!!」


不意に意識が戦闘へと戻る。
斧はまだ、ここに到達していない。


――代わりに目の前に、ペルソナカードが浮かんでいる。
アルカナは、塔――。


鳴上「サチ……っ!」


鼻歌は、まだ流れている。
彼女との絆はまだ繋がっている。

鳴上「マサカドッ!!」


目の前に荘厳な武士が躍り出た。
巨大な斧を、いとも軽々と鞘で振り払った。

隈取りを施し、両手を広げて、鳴上の前に厳かに仁王立つペルソナ。
鳴上を守護する、新皇と称した者。


じゃあね、ユウ。

君と逢えて、一緒にいられて、ホントに良かった……。


鳴上「五月雨斬りっ!!」



ありがとう。

さよなら――。



――

クライン「ハァッ、ハァッ……」


聖竜連合をなんとか退けた風林火山。
かなりの大人数を相手どった為、皆肩で息をしている。


クライン「……ん? おっ!」


ワープホールから鳴上が出てきた。生きている。しっかりと。
そして、手には、クリスマスの飾りのような物が握られていた。


クライン「悠っ!!」

生きて帰ってきたというのに、鳴上の様子は、酷く落ち着いていた。


鳴上「……ほらっ」

クライン「え? おわっちょっちょっ……」

鳴上「それが、蘇生アイテムだ……」

クライン「え、何々? 対象のプレイヤーが……十秒以内!?」

鳴上「次に、お前の目の前で死んだヤツに、使ってやってくれ」


鳴上は、そのまま街への道へ進もうとした。

クライン「お、おいっ!」


咄嗟に鳴上の服を掴んだ。


クライン「悠、悠よっ……おめぇは、おめぇは生きろよ! 最後まで生きろよ! 生きてくれっ!!」


涙がこぼれてしまった。今にも死ぬんじゃないかと思うような空気をまとっていた友を思って。

鳴上「……俺の願いは……」

クライン「……えっ?」


垂れた頭をもう一度上げ、友の顔を見た。
その顔には、少しの曇りも無い。


鳴上「俺が、そのアイテムを使って、叶えようとした願いは、叶ったよ。クライン」

クライン「な……それって、どういう……」

鳴上「使う必要が無くなったから、あげるって言ってるんだ。ギルドのリーダーであるお前の方が、
   ソロプレイヤーの俺よりも、数倍そのアイテムを役に立たせられる」

鳴上「だから、お前が持っててくれ……じゃあ、またな……」

クライン「な、お、おいっ!」


鳴上は転移結晶を使って、どこかへと消えてしまった。
蘇生アイテムを、ほぼ押し付けるような形で渡して。


クライン「……あの顔……マジだったな……」

クライン「……へへっ……」


――


???「貴方は、仲間を殺した理不尽なこの世界に屈することなく、またペルソナ能力を開眼させましたな」

???「クックックッ、機械でこしらえた偽りの世界でも、心象世界の力を発現するとは……」

???「やはり貴方は、実にいい御客人だ……」

???「これからも、この理不尽な世界へと屈することなく、邁進してくだされ……」

???「それでは、またお会いしましょう……」


――
第三話 赤鼻のトナカイ 完

やっと序盤の山にしようとしていた三話まで終わりました。
背教者ニコラスとの戦闘は原作を読んだことが無かったので、都合よく改変させて頂きました……。
キリト君と置換したは良いものの、中々鳴上にしかできない事をさせるのが難しいです。
お疲れ様です。

?月?日 八十稲場病院


薬品独特の鼻を突く臭いで覚醒した。
ここがどこなのかもよくわからないが、病室であることは確かだった。
だが一つ奇妙な事があった。
自分の身体ベッドに寝ているのを見下ろしている形で、自分の意識があるのだ。


花村「悠? 悠っ! おい、大丈夫かよ!」


病室のドアが乱暴に開かれ、茶髪の少年が入ってきた。
自分の相棒だ。
病院では静かにしろよ、陽介。


里中「あ、はなむらぁあ゛ああああっ」

完二「花村先輩っ!」


里中、天城、りせは顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
そんなに泣くと、せっかく可愛いのが台無しだぞ。

花村「おい、悠は一体どうなっちまったんだよ!?」

りせ「嘘、嘘よっ……先輩が、死んじゃうなんて……っ」

直斗「……残念ですが……ハァーッ……つい先ほど、ナーヴギアの信号素子が活発に動きだして……。
   鳴上先輩の脳死が……確認されました……」



イミガワカラナイ。
誰が死んだって?

花村「んなっ……ウソだろ……ウソって言えよ! なぁ! おいっ!」


おい、直斗は女の子なんだから、あんまり肩掴んで揺すってやるなよ、陽介。


天城「花村君……っ」

花村「なぁっ、直斗よっ! これ、ただのゲームなんだろ!? なんだって、悠が……」


何だこれ。
何で俺の名前が出るんだ。


直斗「先輩……」

花村「クソッ……チクショウッ……」



チクショオォオオオオオッ!!


――

鳴上「……っ」

鳴上「(夢……?)」

鳴上「(夢、だよな……)」


手の開閉で感触を確かめる。どうやらこっちが現実らしい。
安堵の溜息が漏れる。


鳴上「……」

鳴上「今頃、皆……どうしてるんだろう……」

鳴上「……まだ夜、か……」


窓の外を確認する。まだ日も落ちて間もない時間なのか、外には活気があった。


鳴上「(この前受けた依頼の情報も、まだ集まりきってない……)」

鳴上「(気晴らしついでに……その辺のフィールドに駆り出す、か……)」



――第四話 鋼の剣士

???「何言ってんだか……。アンタはそのトカゲが回復してくれるんだから、ヒールクリスタルは分配しなくていいでしょう?」


気だるそうに前髪をいじりながら、挑発的な声と態度でなじってくる。


???「そういうアナタこそ! 碌に前衛に出ないのに、クリスタルが必要なんですか?」

???「モチロンよ。”おこちゃま”アイドルのシリカちゃんみたいに、男達が回復してくれるわけじゃないもの?」

シリカ「……っ」


なんだこの年増女! と、今すぐに切り捨ててやりたかったが、頭上の相棒とともに堪える。


プレイヤーa「おい、二人とも……」

シリカ「わかりました! アイテムなんていりません! アナタとはもう絶対に組まない!
    あたしが欲しいっていうパーティは、他にも山ほどあるんですからね!」ズカズカ

プレイヤーb「ちょっと! シリカちゃーん……」

???「……ふん……」


鳴上「……」

――


夜 フィールド



シリカ「はぁっ……はぁっ……」

シリカ「(くっ……大型モンスター三体……私のhpは半分を切ってる……)」


巨大ヒヒ三体が、小さな獣使いの前に、壁の如く立ちふさがる。

ピナ「――っ」

シリカ「(……私とピナだけでも……倒すっ)」

シリカ「(何がおこちゃまアイドルよっ!)」


モンスターが吠えると同時に、木剣をシリカ目がけ振り下ろす。
何とかローリングで避けるも、飛び込んだ先から攻撃が飛んでくる。


シリカ「(バク転!)」


身軽な動きで大きく後ろへ飛び、体勢を立て直す。


ピナ「――っ!」


相棒の竜が息吹で傷付いた体を癒す。
しかし、雀の涙程の回復量で、とても回復が追いつかない。

シリカ「(ここは回復アイテムを……っ)」

シリカ「(っ!? 回復アイテムがっ!?)」

モンスター「ガァアアッ!!」


アイテムを探している隙を突かれ、木剣によって吹き飛ばされた。


シリカ「っ! あぁっ!」

シリカ「がはっ!」


木に強かに打ちつけられ、剣を落とす。
影によって輪郭のぼやけた三匹のモンスターが低く喉を鳴らし、迫りくる。

木に強かに打ちつけられ、剣を落とす。
影によって輪郭のぼやけた三匹のモンスターが低く喉を鳴らし、迫りくる。


シリカ「(hpが……あと一発喰らったら……もう……)」

モンスター「ガァッ!!」


また木剣が振るわれる。今度こそ、これを喰らえば、死ぬ。


シリカ「(防御しないと……っ! 剣が無いっ!)」


剣を落とした為に咄嗟の防御も間に合わず、反射的に目を瞑る。


シリカ「(もう、ダメッ……!)」

ヒヒの一撃が骨を叩き砕くような音を出した。
目を瞑り、身を固くしていたシリカだったが、その音の発生源が自分でないと気付き、音の場所へ視線を向けた。


シリカ「っ!? ピナッ!」

シリカ「ピナッ! ピナァッ!!」


攻撃に当たったのは相棒の竜だった。
シリカを守る為に、寸での所で身を挺して主人の盾となったのだ。


シリカ「(ピナのhpがっ……)」


ピナのhpバーが除々に減って行く。砂時計の粒が、下に落ちて行くのを止められぬように。
そして、バーが灰色に染まり、ピナの身体が発光し始めた。


ピナ「……」

シリカ「ピナ、ピナァッ!」


主人の悲痛な叫びに呼吸ですら返事をせず、相棒は息を引き取り、破片へと変わった。

シリカ「あぁ……あぁ……」

モンスター「……」

シリカ「(ここで……死んじゃうんだ……)」


小さな竜使いの息の根を止めんとする木剣が振り上げられた。


シリカ「(神様……っ)」


少女は体を強張らせ、振われる絶望に小さくなった。


しかし、いつまでたっても剣が自分の身体を叩く事はなかった。


シリカ「……」


獣達の方へ振り向くと、全てが青い光の破片へと変わっていた。
一瞬何が起こったのかわからず、それがどういう事なのか、理解するのに間が空いた。

シリカ「……」

シリカ「……えっ?」


獣達だった破片の奥に、剣を携えた男が一人立っていた。


ようやく状況を理解し、安堵すると共に、自分の盾になった相棒の事を思い出す。


シリカ「……ピナ……」


相棒の亡骸があった場所を見ると、一枚の羽が、淡く光っていた。
それを、優しく両手で掬う。変わり果てた相棒の姿に、胸が締め付けられた。
嗚咽が止まらない。

シリカ「ピナぁ……っ」

???「その羽は?」

シリカ「……ピナです……っ。あたしの、大事な……」

???「……っ。君は、ビーストテイマー? なのか……」

???「すまなかった……。もっと早くここに来ていれば、君の友達も……」


違う、この人のせいじゃない。無意味に躍起になって突っ込んだ自分のせいなのだ。


シリカ「いえ……あたしが馬鹿だったんです……。一人で森を、突破できるなんて思いあがってたから……」

シリカ「ありがとうございます……助けてくれて……」

???「えっと、もしかしてその羽、アイテム名とかあったりするんじゃないか?」

シリカ「……っ」

恐る恐る、メニューを開き、確認する。
名前は、ピナの心と、書いてあった。
また喉の奥から絞られるように、声と涙が出てきた。


???「……泣かないで……ピナの心が残っていれば、蘇生することがまだできる」

シリカ「っ!? ……本当ですか!?」

???「うん」


藁をも掴む思いで、命の恩人に訪ねる。


???「47層の南に、思い出の丘っていうフィールドダンジョンがあるんだ。
    そこの天辺に咲く花が、獣使いの相棒蘇生アイテムらしい」

シリカ「っ! ……47層……」


自分のレベルでは到底無理だ。逆に、今度こそ自分が死んでしまう。
可能性はあるのに、達成できない不甲斐なさが胸に押し寄せる。

???「……俺だけが行ってきても良いんだけど……その、主人本人もいないとアイテムが貰えないらしいんだ……」

シリカ「情報だけでもとってもありがたいです……。頑張ってレベル上げすれば、いつか……っ」

???「蘇生できるのは死んでから三日までだ……」

シリカ「っ! そんな……っ」

シリカ「あたしのせいで……ゴメンね、ピナ……」

???「……大丈夫、三日もあるさ」


そう言うと黒い剣士は立ち上がり、何やらメニュー欄で操作をした。
当然自分のメニューも開かれた。見たことの無いアイテム一式が送られてきた。

???「この装備、ここよりずっと上の層で手に入れて来たものだから、きっと君の強さを底上げできると思う。
    俺も一緒に行けば、多分何とかなる」

シリカ「な、なんで……」

???「うん?」

シリカ「なんで、そこまでしてくれるんですか……」


今まで何度も男のプレイヤーにチヤホヤされていたようなシリカだったが、
これは本当に彼の意図がわからず、つい聞いてしまった。


???「ふーん……そうだな……」

シリカ「……」

???「聞きたい?」


眼鏡の奥で優しく見つめる瞳に反して、いたずらな笑みを作る剣士。
吸い込まれるような雰囲気を持つ、不思議な人。

シリカ「……はい……」

???「君が……妹に、なんとなく似てたから、かな」

シリカ「……」

???「……」

シリカ「ぷっ……」

???「?」


何を言われるかと少し身構えていたが、少しボケたような答えで笑いがこみ上げてきた。

シリカ「あはははっ……」

???「? 今、笑うとこ、あったか?」

シリカ「いえ……でも、なんか変で……ふふっ。ごめんなさい……」

???「まぁでも、笑ってくれたから、良いよ。可愛い笑顔だった」

シリカ「っ! な、え、えーと! あ、そうだ! このくらいのお金じゃ足りないと思うんですけど……」


いきなり恥ずかしいことを言われて、誤魔化しとお礼の為に、コル操作画面を開いた。
しかし、それを剣士は止める。


???「いや、いいよ。俺もそこにちょっと用事あるし、手間じゃないから」

シリカ「そ、そうですか……え、えっとあたし! シリカって言います」

???「俺は番ty……えっと、悠だ。しばらくの間、よろしくな」


こうして、獣使いと黒い剣士は握手を交わした。



――

35層ミーシェ


???「お、シリカちゃん発見!」タッタッタッ

シリカ「?」

???「随分遅かったんだね! 心配したよ!」

鳴上「(コイツらは確かネカマとチャラ男だったもの……? 面識無いのになんで覚えてるんだろ)」

ネカマ「今度パーティ組もうよ! 好きなとこ連れてってあげるから!」

シリカ「お話はありがたいんですけど……」チラッ

鳴上「?」

シリカ「しばらく、この人とパーティ組む事にしたので……」ウデツカム

ネカマ/故チャラ男「むんっ……」ギラッ

鳴上「? 何だ?」

シリカ「えっとじゃあ、すみません……」グイグイ

鳴上「おっとと……」

ネカマ/故チャラ男「……」ジーッ

鳴上「(そっとしておこう……)」

シリカ「すみません……迷惑かけちゃって……」テクテク

鳴上「彼らは知り合い? というか、ファン、かな? シリカは人気者なんだな」

シリカ「いえ……」

鳴上「うん?」

シリカ「マスコット代わりに誘われてるだけですよ、きっと……」

シリカ「それなのに、竜使いシリカなんて言われて……良い気になって……」

鳴上「(マスコット……クマっぽくはないな……)心配ないよ……」

シリカ「っ?」

鳴上「必ず間に合わせるから……」アタマヲナデル

シリカ「……はい……」


――

シリカ「ユウさんのホームって、どこなんですか?」

鳴上「50層だけど、今日は戻るの面倒だし、ここに泊まるつもり」

シリカ「そうですかっ……ここ、チーズケーキが結構イケるんですよ!」

???「あーらぁ、シリカじゃなぁい」

シリカ「っ!?」

鳴上「……」

???「へー……森から脱出できたんだぁ……良かったわねぇ……」

シリカ「……っ」

鳴上「どうかした?」

シリカ「いえ、別に……」

???「あら? あのトカゲどうしちゃったの? もしかして……」

シリカ「ピナは死にました……。でも! 絶対に生き返らせます!」

???「へぇー……ってことは、思い出の丘に行くんだぁ……でもあんたのレベルで攻略できるのぉ?」

シリカ「……っ」

鳴上「できるさ」

シリカ「っ?」

鳴上「そんなに高い難易度じゃないからな」

???「ふーん……あんたもその子に垂らしこまれたのぉ? 見たとこ、そんなに強そうじゃないけど」

鳴上「そうだな。よく言われる。さ、シリカ、行こう」テクテク

???「……ふっ……」


――




シリカ「なんであんな意地悪言うのかな……」

鳴上「……多分、これがゲームだからじゃないかな」

シリカ「……え?」

鳴上「いくらこれが命のかかったゲームだったとしても、ここは現実じゃない。
   こういう場所で、人格が変わる人を、何回か見たことがる」

鳴上「中には、進んで悪事を働くような人だって、ゲームの中じゃ出てくる」

鳴上「俺達のカーソルは、緑色、だろ?」

シリカ「あ、はい」

鳴上「だけど、犯罪行為を行うと、カーソルはオレンジに変化する」

シリカ「……」

鳴上「その中でも、プレイヤーキラー……所謂、殺人者はカーソルが赤くなり、レッドプレイヤーって呼ばれる」

シリカ「っ! 人殺しなんて……」

鳴上「これが本来のゲームだったら、そういう風に、悪者を演じることも、ちょっと風当たりが強いだけで、できたのかもしれない」

鳴上「でも、このsaoは訳が違う……」

シリカ「……っ」

鳴上「このゲームは、遊びじゃないんだ……っ」グッ

シリカ「……ユウさん……」

鳴上「……ゴメン、暗い話しちゃったな……」

シリカ「……」

鳴上「……」

シリカ「……ユ、ユウさんは! 良い人です! あたしを、助けてくれたもん!」ガシッ

鳴上「……っ」

鳴上「……逆に、俺が慰められちゃったな……」

鳴上「ありがとう、シリカ……」

シリカ「(あ、すっごく優しい顔……カッコいい……)」

シリカ「(っ!?)」ボンッ

シリカ「……あぁーっ! あれーっ!? チーズケーキ遅いなぁー!?」ワタワタ

鳴上「……?」

シリカ「すみませーん! デザートまだなんですけどー?」アタフタ

鳴上「(面白い子だな……瞬間茹でたこ機……)」

シリカ「あ、えーっと! えっと! あ、そうだ! さっきまで眼鏡してたのに、今はどうして外してるんですか?」

鳴上「ん、あぁ眼鏡? ちょっと昔の癖でね……戦う時に付けてると、こうなんていうかな、シックリ来るんだ」

シリカ「し、っくり?」

鳴上「あぁ、前に付けてたのと似たのが、ちょうどあったから付けてるんだ……ほら、ハイカラだろ?」スチャッ

シリカ「は、ハイカラ……」

鳴上「あ、あれ、ダサいかな……」

シリカ「いえ! ユウさんはカッコいいですyえっと! カッコいい眼鏡だと思いますよ! ハイカラですっ!」

鳴上「ハイカラだろ?」

シリカ「(……すっごく落ちついて見えるけど、案外面白い人なんだな……)」


――

アニメだとわかりづらかったかもしれないが、レッドはカーソルが赤くなるわけじゃないよ
オレンジの中でpkする奴がレッドと呼称されるだけ

>>212
ご指摘ありがとうございます。
レッドと聞いて、言葉通りに受け取ってました……。

宿 個室

シリカ「ふぅ……」ボフッ

シリカ「……(こんな気持ちになるの、初めて、かな……)」

シリカ「(もう少しお話したいなんて言ったら、笑われちゃうかな……)」コンコン

鳴上「シリカー。まだ、起きてるか?」

シリカ「ユ、ユウさんっ!?」

鳴上「47層の説明を今からしようと思ったんけど、シリカがもう眠いなら、明日にするけど」

シリカ「あ、大丈夫です! 私も、今聞きたいと思ってた所で――」

シリカ「……」スッポンポン


――

シリカ「(危なかったぁ……)」

鳴上「よいしょっと……。……ん、シリカ? どうかしたのか?」


鳴上は机をシリカの座るベッドの前に設置し、思い出の丘攻略会議を始める。


シリカ「いえ! な、なんでも!(これから気を付けないと……)」

鳴上「そう……。さてと、このアイテムで……」


鳴上が変わった缶詰めのようなものを取り出し、机に置いた。


シリカ「えっと、そのアイテムは?」

鳴上「ミラージュスフィアって言う、立体映像を表示できるアイテムだよ」

鳴上「あ、明りを小さくしてくれる?」

シリカ「あ、はいっ」


鳴上の指示に従い、部屋の明かりを小さくした。

鳴上「よし、じゃあ起動させるね」


鳴上が缶の天辺部分をコンコンと叩くと、蓋のような部分が浮きあがり、ブルーライトが蓋と缶の間を一直線に伸びた。
そして、その光が球体状に広がる。その中に、小さな星屑が散らばり、地図のような物を映し出した。

シリカ「……わぁーっ! きれぇーっ!」

鳴上「えっと、ここが、47層の主街区。こっちにあるが、思い出の丘。で、こっちの道を……」


星屑の地図を指差し説明していた鳴上の動きが止まり、視線をドアの方へと向ける。


シリカ「ユウさ――」

鳴上「シッ!」


突然椅子から飛ぶように駆け出し、ドアを乱暴に開け放った。


鳴上「誰だっ!」


鳴上が視線を階段の方へ向けると、黒い影が慌ただしい音と共に影へ消えて行った。
どうやら盗み聞きされていたようだ。


鳴上「……」

シリカ「なん、ですか……?」


シリカも心配そうに鳴上の傍に寄る。


鳴上「聞かれていたな……」

シリカ「でも、ノック無しだと、ドア越しの声は……」

鳴上「いや、聞き耳スキルが高い場合は別のはずだ。そんなの上げてるヤツ、実際に見たことないけど……」

シリカ「なんで、立ち聞きなんか……」


一抹の不安を残し、部屋に戻る。
鳴上は扉を、扉の向こうを見透かすように、じっと凝視した。


――

47層フローリア

シリカ「わぁーっ!!」


辺り一面に敷かれた色とりどりの花が、やわらかな花びらを風に揺らす。
その風を吸い込み、肺を満たす度に、自分のずっと奥底で太陽の匂いが小さく弾ける。


シリカ「夢の国みたい……」


レンガ敷きの道、絵を彩る絵具の様に視界を満たす花々、深いようにも浅いようにも見える青空。
まるで自分が絵画やお伽話の中に迷いこんだような、そんな世界。
シリカは無邪気に花壇へと駆け寄る。


鳴上「この層はフラワーガーデンって呼ばれていて、フロア全体が花だらけなんだ」


花と花の隙間から、小さなテントウムシが飛んだ。
それを追うように視線を目の前の花から外した。そして、シリカはようやく回りの状態に気付いた。

シリカ「(……)」


手を繋ぎ優しく視線を交わす男女。花を摘み、小さく談笑しながら歩く二人組達。
そんな人間が広場一体にいた。


シリカ「(こ、ここ、これって……)」

シリカ「(カカカ、カップルばっかり……)」

鳴上「シリカ?」

シリカ「あ、はは、はいっ! お待たせしました!」

鳴上「どうした?」

シリカ「いい、いえっ! 別に!」


服を払ったり、髪をいじるなりして照れ隠しをする。

鳴上「……花、好きなの?」

シリカ「え、えぇと……その……」

鳴上「だったら、ピナを生き返らせた後でだけど、ゆっくり見ていこっか」

シリカ「え、えぇっ!?」


心臓がドクンと跳ねた。

鳴上「嫌じゃなければ、一緒にどう?」

シリカ「(ももも、もしかしなくてもデート!? お誘い受けちゃったの!?)」

シリカ「……い、いえ! いいい、行きましょう! 絶対!」

鳴上「お、おう……」


自分でもわかるくらいに頬の温度が上がっている。
恥ずかしくて、顔を合わせられない。


鳴上「よし、じゃあ思い出の丘に行こうか」

シリカ「は、はいっ!」


――

フィールド


鳴上「フィールドに行く前に、これ、渡しておくね」

シリカ「これは……転移結晶?」

鳴上「もし予想外の事態が起きて、俺が離脱しろって言ったら、必ずこのクリスタルでどの街でも良いから、飛ぶんだ」

シリカ「で、でも……」

鳴上「これを約束してくれないなら、俺は付いていけない」


クリスタルを差し出す鳴上の目に、拒否させるような甘さは残っていなかった。


シリカ「……わかりました」


初めて見る表情に、言い得ぬ感情を抱きつつクリスタルを受け取った。

鳴上「……ありがとう」

シリカ「……はい」

鳴上「よし、この道を進めば、思い出の丘だ」

シリカ「……」

鳴上「……」


先を歩き始めた鳴上に、慌てて付いていく。
並んで歩くものの、先程の表情を見て、話を振れない。


シリカ「(あんな顔するなんて……この人に何かあったのかな……)」

シリカ「(でも、そんな事聞けないし……)」

シリカ「(……た、他愛無い会話をしよう!)」

シリカ「あ、あのっ、ユウさん――」


シリカが鳴上の名前を呼び終えないうちに、シリカが何者かに足を捉えられていた。

シリカ「きゃああぁああっ!」

鳴上「っ!」


背後からモンスターの触手が音も無く地を這い、シリカの両足を掴み、宙に持ちあげた。
そのままモンスターの口の上まで引き寄せられる。


鳴上「シリカっ!」

シリカ「ひぃいいいっ! いやぁあああっ!」


大きく開け放たれた口にゾッとし、剣をやたらめったに振りまわす。
スカートを片手で押さえるのは忘れずに。

鳴上「シリカ! 落ちついて! そいつ凄く弱いから!」

シリカ「ユウさん! 助けて! み、見ないで助けて!」

鳴上「……(録画機能のあるアイテム……っ)」

鳴上「(くっ……! 無いっ……!)」

シリカ「うぅっ……いいかげんにぃっ!」

シリカ「しろぉっ!」


自分の足を掴んでいる触手を掴み返し、剣で両断する。
モンスターが悲鳴を上げ、怯んだ隙にもう片方の足を掴んでいた触手も斬り落とす。
そのまま自由落下の勢いに任せ、モンスターの脳天に全体重を乗せた突きを放つ。


シリカ「たぁああっ!」

モンスターが断末魔を上げ、砕け散った。
シリカも奇麗に着地を決めたが、恥ずかしげにスカートの辺りを押さえている。


シリカ「み……見ました……?」

鳴上「……」

シリカ「な、なんで視線を逸らすんですかっ!」

鳴上「(そっとしておこう……)」

シリカ「あ、待って! 先行かないでくださいよっ!」


――

シリカ「ユウさん、妹さんの事、聞いていいですか……?」

鳴上「ん? なんで、急に?」

シリカ「あたしに似てるって……言ってたじゃないですか……。
    現実の事を聞くのはマナー違反ですけど……ダメですか……?」

鳴上「……正確には、妹じゃなく、従妹なんだ」

シリカ「へっ?」

鳴上「親の都合で実家を離れて、叔父の家に一年間預けられてね。
   たった一年だけど、本当の兄妹みたいに過ごしてた」

シリカ「……そうだったんですか……」

鳴上「お母さんを事故で無くして、お父さんも仕事で忙しい……そんな家庭だったからか、
   凄く、しっかりした子だった」

鳴上「小さいのに、仕事で忙しい父親の代わりに家事をやって、
   回りへの気配りもできる……」

鳴上「一緒にご飯を作ったり、俺の陳腐な手品で笑ってくれたり……俺を本当の兄みたく、慕ってくれた……」

シリカ「とっても……良い子なんですね」


温和な顔で話していた鳴上に、急に陰りが出た。

鳴上「……でもね、俺がそこにいた一年間で起きた、ある事件に……その子も巻き込まれたんだ……」

シリカ「えっ!?」

鳴上「……その時に、その子が言ったんだ」

鳴上「『お母さん、なんでいなくなっちゃったの……なんで、私をおいていったの……』って……」

シリカ「……っ」

鳴上「俺は……少し、ショックだった」

シリカ「えっ?」

鳴上「自分でも、少し自惚れてたんだ。本当に、この子の家族になれてるって、
   良い兄でいられているって……」

鳴上「その時は、父親も娘としっかり向きあって、家族で母親の死を、ちゃんと乗り越えられたんだって、
   そう思ってた……」

鳴上「でも本当は、俺達に心の奥底にある気持ちを言わずに、我慢してただけなんじゃないかって、
   そう、痛感したんだ……」

シリカ「……」

鳴上「……君を助けたのは、その子が事件に巻き込まれた時と、重なって見えたから……」

鳴上「俺がもっと早く気づいていれば、その子が事件に巻き込まれる事も無かったから……。
   それで、君が襲われているのを見て、咄嗟に体が動いた……」

シリカ「……」

鳴上「……ゴメン……こんな話して」


何を考えてるのかわからない。何事にも動じない。
掴み所の無い、霧のような人。
そんな人が話してくれた、心の奥底から喋るような話。
きっとこの人も本当はその時、その子と同じくらい、つらかったんだ。


シリカ「……妹さんは……」


だから、私が言ってあげないと。

シリカ「妹さんは……ユウさんを、本当の家族だと、思ってます……」

鳴上「……」

シリカ「それほどまで、妹さんを思ってくれるユウさんを……妹さんは、きっと、ユウさんと同じくらい、
    お兄ちゃんの事を、大事に思ってくれているはずですよ……」

鳴上「……っ」


『でも、さびしくないよ……お父さんがいるから……』

『お兄ちゃんが、いるから……』


鳴上「……」

シリカ「だから、元気、出してください! えっと、その……」

鳴上「ありがとう」

シリカ「えっ」

鳴上「シリカには、慰められてばっかりだな……ありがとう、シリカ」

また、この目だ。
この人は、またこんな吸い込まれそうな目をする。
優しくて、溶かされそうで、包まれるような目。


シリカ「……」

鳴上「……きっと、そう思ってくれてるかな……」

シリカ「……」

鳴上「……シリカ?」

シリカ「……あっ! よ、よーしっ! あたしも頑張りますよーっ!」


照れ隠しに大げさな素振りで振り返り、速足で歩みを進める。
その瞬間、シリカの足元が強く光った。


シリカ「きゃあああっ!」


六本のシリカの胴体と同じくらいの太さもある触手が突如生え、シリカを絡めとった。

鳴上「またかっ!」

シリカ「ユウさぁーんっ!」


モンスターが捉えた獲物を物色するようにシリカを舐める。
が、モンスターはシリカを捕食することなく、鳴上にアッサリと両断された。


シリカ「いたっ……」

鳴上「大丈夫か?」

シリカ「あははっ……大丈夫で――」


着地で崩れた自分の座り方に気付き、咄嗟に両足を閉じた。
鳴上は意にも介さず、手を差し伸べた。


鳴上「立てるか?」

シリカ「えっと、ありがとうございます……」

鳴上「よっと……じゃあ行こうか(白だったな……)」


――

思い出の丘


シリカ「ここに……蘇生の花が……」

鳴上「あぁ、確か……ほら、あの台座だ」

シリカ「……っ」


自然と、駆け足になる。
これで、ピナが生き返る。


シリカが台座に近づくと、台座の上部が光り出し、小さな芽が咲いた。
すうると見る見るうちに育ち、蕾をつけ、花へと成長した。
シリカはそれを、爛々と見つめる。

シリカ「……」

鳴上「手にとってごらん」

シリカ「はい……」


慎重な手つきで茎を持ち、引っ張ると簡単に取れた。
プネウマの花、ピナを蘇生できる、大事なアイテム。


シリカ「これでピナが生き返るんですね……」

鳴上「あぁ」

シリカ「……良かった……」

鳴上「でも、この辺は強いモンスターが多いから、街に戻ってから生き返らせよう。
   ピナだって、きっとその方が良いと思うから」

シリカ「はいっ!」



――

フィールド出口前


街の入り口が見える橋まで来た。あと少しでピナを生き返させられる。
そう思うと、口が自然と綻んだ。
しかし、鳴上が突然シリカの肩を掴み、シリカを止めた。


シリカ「? ユウさん?」

鳴上「そこで待ち伏せてるヤツ……出てくるんだ……」


鳴上がそう言うと、木の後ろからゆっくりと人が出てきた。
十文字槍に黒と赤の装束。シリカも見た事のある人物だった。


シリカ「ロザリアさんっ!?」


パーティを組んだものの、ネチネチと小言を言ってくるいけすかない女。
一時期パーティメンバーだっただけの女が、何故こんな所に。

ロザリア「私のハイディングを見破るなんて、中々高い索敵スキルねぇ、剣士さん……。
     その様子だと、首尾よくプネウマの花をゲットできたみたいねぇ……おめでとう……」


ロザリア「……じゃ、さっそく花を渡して頂戴」


薄い笑みを作って喋っていたロザリアの顔に、急に殺気めいたものが現れる。


シリカ「な、何言ってるんですかっ!?」

鳴上「……そうはいかないなロザリアさん……」

鳴上「……いや、オレンジギルド……タイタンズハンドのリーダー、と言った方が良いかな?」

ロザリア「へぇー……」


オレンジギルド、所謂犯罪者集団。
盗みや、最悪の場合殺しだって何とも思わない連中

シリカ「でも……ロザリアさんはグリーン……」


そう、確かにロザリアの頭上にあるアイコンはグリーン。
それが何故オレンジギルドと。


鳴上「簡単な手口さ。グリーンのメンバーが獲物を見繕い、オレンジが待ち伏せて、ポイントまで誘い出す。
   昨夜、俺達の話を盗み聞きしていたのも、あんたの仲間だろ?」

シリカ「じゃあ……この二週間一緒のパーティにいたのは……」

ロザリア「そうよぉ……戦力を確認して、冒険でお金が貯まるのを待ってたの……」


舌舐めずりをし、目を細め、妖しくぎらつかせる。

ロザリア「一番楽しみな獲物だったあんたが抜けて残念だったけど、レアアイテムを取りに行くって言うじゃない?
     ……でも、そこまでわかってて付き合うなんて……バカ? それともホントに垂らしこまれちゃったの?」

シリカ「……っ」

鳴上「いや、違うが……」

ロザリア「……どういうことかしら?」

鳴上「あんた、十日前にシルバーフラグスってギルドを襲ったな……。
   リーダー以外の四人が、殺された……」

ロザリア「あぁ、あの貧乏な連中ね……」


ロザリアは悪びれる様子もなく、退屈そうに前髪をいじりながら答える。


鳴上「リーダーだった男はな……朝から晩まで最前線の転移門広場で、泣きながら仇討してくれるヤツを探していた……。
   彼はあんたらを殺すんじゃなく、牢獄に入れてくれと言ったんだ……。
   あんたらにその人の気持ちがわかるか……?」


まるで他人事のように鼻で笑い飛ばす。


ロザリア「わかんないわよ……」

ロザリア「マジになっちゃって、バカみたい……ここで人を殺した所で、ホントにそいつが死ぬ証拠なんて無いし……。
     それより、自分の心配をした方がいいんじゃなぁい……?」


そう言って指を鳴らすと、木に隠れていたタイタンズハンドのメンバーが姿を現した。
数は七人。内五人はカーソルがオレンジになっている。人殺し――。


シリカ「ユ、ユウさんっ! 人数が多すぎますっ!」


しかし、鳴上の表情は余裕に満ち溢れている。
シリカの頭に優しく手を乗せ、大丈夫と諭した。

鳴上「俺が逃げろって言うまでは、クリスタルを用意してそこで見てて」

シリカ「はいっ! ……でもっ!」


鳴上は悠々と前に歩みを進める。


シリカ「ユウさんっ!」

タイタンa「……? あの格好……黒の特攻服、黒縁の眼鏡に色素の薄い髪、刀身の小さな両手剣……」

タイタンb「……鋼の番長……なんじゃないか?」

タイタンc「ソロで常に最前線を維持してるっていう、あのビーターの攻略組……っ」

鳴上「(……当然です……)」


タイタンズハンドがにわかにどよめき立つ。

シリカ「……攻略組……っ」

ロザリア「攻略組がこんなとこにいるわけないじゃないっ! ほらっ! さっさと身ぐるみ剥いじゃいな!」

タイタンd「……死ねやぁーっ!」


無数の殺人者の刃が、歩みを止めない鳴上に襲いかかる。
鳴上はそれを避けようともせずに、まともに喰らう。
タイタンズハンドが列を成し、輪で囲い、何度も、何度も斬りつける。


シリカ「(助けなきゃ……ユウさん……)」

剣を抜こうとしても、腕が震えどうしても抜けない。
目の前で命の恩人が殺されそうになっているのに、クリスタルを握りしめ、見ることしかできない。
しかし、シリカは鳴上のhpバーの異常さに気付く。


シリカ「(ダメージを受けた途端……また回復して満タンになってる……っ)」

シリカ「どういうこと……っ」


タイタンズハンドの連中が連続でスキルを当てたというのに、逆に彼らが肩で息をしている。


ロザリア「……くっ、あんたら何やってんだ! さっさと殺しなっ!」


タイタンズハンドの連中も、鳴上のhpバーの異常さに気付いたのか、互いに目配せを始めた。

鳴上「……十秒あたり400ってとこか……それがあんたら七人が俺に与えるダメージの総量だ」

鳴上「俺のレベルは78……hpは14500……スキル大治癒促進によるhp回復量は十秒に体力の6%……。
   つまり、870回復する。何時間攻撃しても、俺は倒せない」

タイタンe「そんなのありかよ……っ」

鳴上「ありなんだよ」

鳴上「たかだか数字が違うだけで、こんな無茶な差が付く……。
   mmorpg初心者の俺だって幾度となく痛感したんだ……お前らにだってわかるだろ……」

ロザリア「チッ……」


鳴上が懐から、赤いまだら模様の入ったクリスタルを取り出した。

鳴上「これは、俺の依頼主が全財産をはたいて買った、回廊結晶だ……」

鳴上「全員、これで牢屋に飛んでもらうっ!」


鳴上は包囲していたタイタンズハンドをそれぞれ睨みつけ、たじろかせる。


ロザリア「グ、グリーンのアタシを傷つければ……アンタもオレンジに――」


言い終わる間も無く、鳴上の姿が忽然とロザリアの視界から消えた。
その代わりに、視界の端に自分の喉元に剣を構える、消えたはずの黒い剣士がいた。
喉を捉える曲剣の中から、自分の死相が見つめ返してくる。


鳴上「言っとくが俺はソロだ……一日二日くらいオレンジになることくらいどうってこと無いぞ……」

ロザリア「……」


力無く、オレンジプレイヤーの手から槍が落とされた。


シリカ「……」


――

宿屋

鳴上「ゴメンな、シリカ……君を囮にするような事になって……。
   俺の事を言ったら、警戒されると思って……」


シリカは優しく、首を横に振る。


シリカ「……ユウさんは良い人だから……怖がったりしません……」

鳴上「……」

シリカ「……やっぱり、行っちゃうんですか……」

鳴上「あぁ……五日も前線から離れちゃったからな……すぐに戻らないと、皆に置いてかれちゃうから……」


攻略組――元々自分よりもずっと強い人だと感じていたが、その言葉を聞いて、
更に自分の手の届かない遠い存在だと、そう感じてしまった。

シリカ「攻略組なんて、スゴイですね……私じゃ、何年経ってもなれないですよ……」


いつも以上に意識して会話がしづらい。また沈黙が流れた。


シリカ「え、えと、あたし……」

鳴上「……レベルなんて、ただの数字だよ」

シリカ「えっ……」

鳴上「この世界での強さ、レベルなんて、空想の物だ……。そんな物より、もっと大切なものがある」

シリカ「……」

鳴上「危険を省みずに、相棒を助けようとした、君なら、わかるはずだ」

シリカ「あたしに……」

鳴上「次は、現実世界で会おう。きっと、友達になれるから」

シリカ「……」

鳴上「この世界じゃなく、現実の世界で、一緒に花を見よう」


――きっと、遠い存在の人じゃない。自分がそう思ってるだけ。
この人も自分みたいに悩んだりしている。
現実の世界に、この人もいる。この世界でも、こうして一緒にいる。
そう思っただけで、自然と、笑いながらこう言えた。


シリカ「……はいっ……必ずっ……」


彼も笑みを返してくれた。

鳴上「よし、じゃあピナを生き返らせようか」

シリカ「はいっ」


アイテム欄から、ピナの心を呼ぶ。そっと両手に持って、机の上に乗せる。
そして、またアイテム欄からプネウマの花を選択する。

シリカ「(ピナ……いっぱい、いっぱいお話してあげるからね……)」

シリカ「(今日のスゴイ冒険の話……)」


プネウマの花から、そっと露がこぼれ、ピナの心に注がれた。
優しい光が、ピナの心から溢れてくる。


シリカ「(あたしの……たった一日だけの……)」

シリカ「(お兄ちゃんの話を……)」


――


???「悪の心に染まらず、牙無き人の為に奮闘する姿……見せてもらったわ……」

???「小さな者達の堅い絆……それを守ったことで、また新たな絆が芽生えたようね……」

???「恋愛のアルカナ……この絆も、また貴方の牙となる……」

???「……貴方はどの世界でも、女性の敵ね……」

???「でも、そういう所が、貴方の魅力でもあるのだけれど……」

???「それでは、また会いましょう……」


――
第四話 鋼の剣士 完

第56層 パニ


最前線のこの層で、ボス攻略会議が開かれていた。
聖竜連合、血盟騎士団、風林火山、その他にも屈強なプレイヤー達が暗がりの洞穴に集結していた。
ざわついていた会場を、一人の少女が沈めて、こう言い放った。


アスナ「――フィールドのボスを、村に誘い込みます」


一瞬の沈黙の後に、跳ねかえるようにざわめくプレイヤー達。


鳴上「落ちつけ。そんな事をしたら、村にいる人達が巻き込まれる」

アスナ「それが狙いです」

アスナ「ボスがnpcを殺している間に、ボスを攻撃、殲滅します」

鳴上「npcは岩や木みたいな背景じゃない。彼らは――」

アスナ「生きている、とでも……」


少女のキツイ眼光が、黒い剣士の反意を制止させる。


鳴上「……っ」

アスナ「あれは単なるオブジェクトです。例え殺されようと、またリポップするのだから」

鳴上「俺はその考えには従えない。もしかしたら、本当に人間の可能性もあるじゃないか」

アスナ「この作戦は、私、血盟騎士団副団長のアスナが指揮を執る事になっています。
    私の言うことには従って貰います」


鳴上と副団長の視線が、抜身の剣のような鋭さでぶつかり合う。
何度、こうして睨みあった事だろうか。


――第五話 圏内事件

エギル「よーう、また揉めたな」


会議が終わり、街に戻ろうと思った矢先、声をかけられた。


鳴上「……お、エギルか」

エギル「お前と副団長さんは、どうしていつもああなんだ?」

鳴上「きっと、気が合わないのか、それとも嫌われてるかだな」


彼女は第一層のボス攻略の時とは、もはや別人になっていた。
攻略組最有力と言われるギルド、血盟騎士団の副団長という地位を預かり、
攻略の鬼、冷静沈着な司令官、という人物になっていた。

鳴上「(誰か信頼できる人物……か……気の強そうな子だとは思ったけど、まさかここまでとは……)」

鳴上「ああは言ったけど、まさか攻略の鬼になるとは……」

エギル「人は見かけによらねぇ、ってな……それはお前も同じ事だと思うが……。
    ま、今回の攻略で、必要なもんがあったら、また俺の店にでも来いよ」

鳴上「わかった。そうさせてもらう。じゃあな」

エギル「おう、じゃあな」


第一層の時を思い出す。
彼女は協調する事を選び、自分は軸から外れる事を選んだ。


鳴上「……ビーター、か」


――

第59層 ダナク


穏やかな風が木々と草原を撫でて行く。
木の陰に寝ころび、体を空に預けるように目を瞑り、温もりを受けとめる。
意識がこの温もりと同化し、落ちて行く感覚。


「ちょっと、何やってんの?」


同化できなかった。


鳴上「……誰だ」


寝ころんだ体勢のまま、声の主を見上げる。
そこには、鳴上を見下ろす血盟騎士団副団長様が、仁王立ちしている姿があった。


鳴上「……そっとしておいてくれ」

アスナ「攻略組の皆が、必死に迷宮区に挑んでいるのに、なんでアンタはのんびり昼寝なんかしているのよ……。
    いくらソロだからって、もっとマジメに――」

鳴上「根を詰め過ぎだ」

アスナ「はぁ?」


鳴上の妙な答えに、アスナは片眉を上げた。


鳴上「これだけの良い天気で、良い気温で、こんな日和に迷宮区に行っても、勿体ない。
   迷宮なんて、天気の悪い日に行った方が効率が良い。天気が悪いと、そう他の人との用事もできないし」

アスナ「……貴方ね、わかっているの? こうして一日無駄にした分、現実での私達の時間が失われていくのよ?」

鳴上「でも今、俺達が生きているのはこの世界だ」

アスナ「……っ」


アスナは呆気に取られ、ただ髪を風に揺らし、目の前の素っ頓狂な剣士を見つめた。

鳴上「日差しも風も、温度も空も、現実でだってそう味わえないくらいの状態だ。
   実際のと変わらないくらい、気持ちがいい……」

アスナ「……そうかしら……天気なんていつも一緒じゃない」

鳴上「君も、こうして寝転がってみれば、わかる……まずは行動だ」

アスナ「どの口が言うのよ……」


悪態をついてみたものの、返事は返ってこなかった。
剣士は気候に身を任せ、無防備に寝息をたて眠ってしまった。

ふと、辺りを見回してみる。
風と草が囁き合い、流れてくる空気は、ビー玉を口に頬張った時のような鼻を抜ける清涼感がある。
頭上の木から漏れてくる光に目を細めると、光はプリズムに反射したように色を様々に変える。


アスナ「……」


また風が二人の間を抜けて行く。揺れる草むらがアスナを誘う。


アスナ「……」


――

鳴上「……」


日が落ちる前に鳴上は目を覚ました。


鳴上「はぁ……良く寝た……」


目を瞑り、大きくを伸びをして視界を右に向けた途端、体がビクリと反応した。
そこに、アスナが幼子のように、小さな寝息をたてて寝ころんでいた。


鳴上「……」

鳴上「まぁ、この気候なら風邪ひかないか……」

少し離れた道から、戦士達の談笑が聞こえてくる。
自分達の事を言っているのだろうか。


鳴上「……」


アスナから起きる気配は感じられない。


鳴上「案外、あんな事言って、わかってるじゃないか」


――

石垣に座り、沈んでいく太陽をぼんやりと眺める。
さすがに置いていく事もできないので、アスナの番をしていた。


鳴上「(くそっ……俺もまた寝そうだ……)」

アスナ「くしゅんっ」

鳴上「……ん?」


後ろを振り返ると、アスナがのそのそと起き上がっていた。
深く眠っていたらしく、呆けた顔をしている。まだ意識がハッキリとしていないようだ。
涎を垂らし、辺りを朦朧と見回している。


鳴上「おはよう。よく眠れた?」

アスナ「へっ……?」

アスナ「……っ!」


状況を把握したのか、アスナは目を鋭くし、レイピアに手をかけた。


鳴上「ん、敵か? ここフィールドじゃないぞ?」

アスナ「あ、アンタ……」


とぼけた剣士に手をピクピクとさせながらも、何とかレイピアから手を離す。


アスナ「ご飯一回……っ」

鳴上「は?」

アスナ「ご飯、何でもいくらでも、一回奢れ……それでチャラ……」

鳴上「……サー、イエスサー……」


――

第57層 マーデン レストラン


鳴上「……」

アスナ「……」


脅されるように来たものの、周囲の客達がひそひそと会話をし、鳴上達に視線を向ける。
血盟騎士団副団長、閃光のアスナ。片や孤高のソロプレイヤー、鋼の番長。
視線を向けられるのは最もだが、これではとても落ち着かない。
鳴上の二つ名は微妙なものだが。


アスナ「まっ……何て言うか……」

鳴上「うん?」

アスナ「今日は……ありがと……」

鳴上「あぁ……いや、どうってことないよ」

アスナ「街の中は安全な圏内だから、誰かに攻撃されたり、pkされることも無い……でも……」


アスナが少し、目を伏せた。

アスナ「……寝ている間は……別だし……」


デュエルを悪用した、睡眠pk。そういうものが横行しているのを、鳴上も耳にしていた。
本来、デュエルはプレイヤー同士の腕試しの為に利用され、圏内でもダメージを受ける。


アスナ「眠っている相手にデュエルを申し込んで、相手の指を勝手に動かして、okボタンをクリック……。
    そのまま一方的に攻撃を……なんて事件が実際起きたし、だから、その……」

アスナ「ありがとう……」


視線を鳴上の方ではなく、恥ずかしそうに窓の方に向けて、そう言った。


鳴上「はぁ……どういたしまして」

アスナ「……」

鳴上「……」


流れる沈黙。作戦会議ではよく反発し、面識はあるがさして親しいという訳ではない二人。
話題も無く、自然と黙ってしまった。

が、その沈黙を、濁った悲鳴がつんざいた。


鳴上/アスナ「っ!?」


二人はレストランを飛び出し、悲鳴の聞こえた広場の方へと駆けた。広場に着き、辺りを見回す。
アスナが時計台の方を見ると、異様な物を発見した。


時計台から宙に出された男、首から伸びる縄。
そして、胸に突き刺さった剣。


時計台の前には、プレイヤーが大勢集まり、その異様な現象を唖然と見つめていた。


鳴上「早く抜けっ!」


鳴上が吊るされた男に叫ぶ。男は何とか視線をを鳴上の方に向けたが、その焦点は定まっていない。
口を半開きにし、そこから呻き声と生暖かい空気が吐き出されていた。


鳴上「抜くんだっ!」


その声を聞いて、男は何とか胸に刺さった剣を抜こうと力む。
しかし剣は深々と刺さっていて、びくともしない。赤い小さな破片が、胸からどんどん溢れる。

鳴上「くっ……」

アスナ「君は下で受けとめて! 私は中に入って縄を切る!」

鳴上「わかった!」


アスナが時計台に入って行った。鳴上も言われた通りに男の下へ走る。


鳴上「待ってろ! 今助ける!」


男から剣を握る手から、徐々に力が抜けているのがわかる。
そして小さく痙攣もし始めた。


鳴上「クソッ!」


蝋燭に灯る火のように、最後の力を振り絞り、呻き声を上げながら男が力む。
しかし、その抵抗も虚しく、男の全身から力が抜ける。

男は破片に変わり、宙に投げだされた剣が地面へと突き刺さった。


また近くで悲鳴が上がる。絶対安全と思われた場所で、男が異様な死を遂げた。
鳴上の体に、テレビのノイズのような寒気が走った。


鳴上「(圏内で死ぬとしたら、デュエルに敗れる以外あり得ない……だったら……)」

鳴上「皆! デュエルのウィナー表示を探すんだ!」


野次馬達に呼びかけるも、群衆の中にそれらしき人物は見当たらない。


アスナ「中には誰もいないわ!」

鳴上「(クソッ……)」


――

時計台内部 上階


被害者は胸に剣を刺され、時計台内部から伸びた縄に首を吊るされていた。
凶器と思われる剣を持ち、注意深く観察する。


鳴上「どういうことだ……」

アスナ「普通に考えれば、デュエルの相手が、被害者の胸に凶器を突きさして、ロープに首をひっかけて、
    ここから突き落とした……ってことになるのかしら」

鳴上「だが、ウィナー表示がどこにも出ていなかった」

アスナ「あり得ないわ。圏内でダメージを与えるには、デュエル以外の方法は……」

鳴上「……」

アスナ「……」


不可解な事件に、淀んだ静けさが二人を覆う。まだ外の野次馬はざわついているようだ。
圏内でプレイヤーにダメージを与えるにはデュエル以外無い。
しかし、下は人通りの多い広場。そんな場所でのデュエルなら否が応でも人目に付き、ウィナー表示であっさりと見つかるはず。
しかし、見つかっていない。
そしてわざわざ首に縄をかけ、ここから吊るすという謎の行動。
誇示なのか、或いは――。

アスナ「どちらにしても、このまま放置はできないわ」

鳴上「あぁ……」

アスナ「もし圏内pk技なんてものを誰かが発見すれば、外だけでなく、街の中でも危険ということになってしまうわ」

鳴上「そうだな……」

アスナ「前線を離れる事になっちゃうけど、仕方ないか……」


鳴上の前に、手が差し出された。


アスナ「なら、解決までちゃんと協力してもらうわよ。言っとくけど、昼寝の時間はありませんから」

鳴上「君だってしてたくせに……」

アスナ「……っ!」


差し出された手を握った瞬間、思いっきり握りつぶされ、男として出してはいけないような声があげてしまった。


――

教会前広場に戻ると、野次馬がまだどこかに行こうともせず群れていた。
これは逆に、鳴上達には好都合だったが。


鳴上「すまない! さっきの一件を、最初から見ていた人はいないか! できたら話を聞かせてほしい!」


思い思いの事を喋り合っていた人々も、それに該当する人物を探すように辺りを見回した。
そして、少し間をおいて、一人の気弱そうな女性が鳴上達の前に出た。


アスナ「ゴメンね……怖い思いをしたばっかりなのに……貴女、お名前は?」

ヨルコ「あの、私、ヨルコって、いいます……」

鳴上「……もしかして、最初の悲鳴も、君が?」

ヨルコ「は、はい……私……さっき、殺された人と一緒に、ご飯を食べに来てたんです……」

ヨルコ「あの人……名前はカインズって言って……昔、同じギルドにいたことがあって……。
    でも、広場ではぐれちゃって……周りを見回したら、いきなり、この教会の窓から、彼が……」

ショックで涙が出ていなかっただけなのだろう。
知り合いの死んでいく様子を話す内に、その事実を理解していったのか、彼女の目から涙があふれ出してきた。
アスナが優しくヨルコの背中を撫でた。


アスナ「その時、誰かを見なかった?」

ヨルコ「一瞬ですが……カインズの後ろに……誰か立っていたような気が……しました……」


事件の大きな手掛かりに、鳴上とアスナが互いに目配せをした。


アスナ「その人影に見覚えはあった?」


ヨルコは少し考えてみたようだが、首を横に振った。


鳴上「その……嫌な事を聞くが、心当たりはあるかな? カインズさんが、誰かに狙われる理由……」


目撃者はまたも顔を伏せて、首を横に振る。気が動転して、まともに答えられないのかもしれない。
今日はここで切り上げ、彼女を宿屋まで送って行く事にした。
鳴上は、顔を伏せる前に彼女が見せた、瞳孔を広げ慄く、切迫した表情を見逃さなかった。



――

宿屋前


ヨルコ「すみません……こんな所まで送ってもらっちゃって……」

アスナ「気にしないで。それより明日、またお話を聞かせて下さいね?」

ヨルコ「……はい……」


一応、約束を承諾したヨルコは、一礼をして宿屋の扉を閉めた。

鳴上「さて……まだ時間良いか?」

アスナ「えぇ、私もちょうど、手持ちの情報を検証したかった所なの」

アスナ「あのスピアの出所がわかれば、それから犯人を追えるかもしれない……」

鳴上「となると、鑑定スキルがいるな……俺もお前も上げる意味が無いし、誰かに頼るしかなさそうだ」

アスナ「そうね……というか、そのお前って言うのやめてくれない?」

鳴上「そうか……じゃあ、貴女?」

アスナ「……」

鳴上「……副団長様?」

アスナ「……」

鳴上「閃光様?」

アスナ「……」

鳴上「……エビ?」

アスナ「何でそこでエビが出るのよ!」

鳴上「し、知り合いになんとなく似てたから……」

アスナ「はぁ……普通にアスナで良いわよ……

鳴上「りょ、了解……で、鑑定スキルだけど……フレンドとかにあては?」

アスナ「うーん、友達で武器屋やってる子が持ってるけど、
    今は一番忙しい時間だし……すぐには頼めないかな……」

鳴上「そっか……じゃあ、俺の知り合いの雑貨屋に頼むか……」


――

第50層 アルゲード


夜市を抜けた、掠れた貼紙が散りばめられた小汚い路地裏に、その雑貨屋はあった。
その店から出てきた客が、辛気臭い顔をして鳴上達とすれ違う。


エギル「まいどー! また頼むよー、兄ちゃん!」


店主の声とは裏腹に、客は溜息交じりにひらひらと手を振り返すだけだった。


鳴上「相変わらず、あこぎな商売やってるみたいだな、エギル」

エギル「……よう、ユウじゃねぇか!」


店主は作業を止め、常連客とカウンター越しに立つ。

エギル「安く仕入れて、安く提供するのが、ウチのモットーなんでね」

鳴上「後半はどうだかな……」


悪友同士がお互いの拳を親しげに、軽く打ちあう。
鳴上はこの店にとって勝って知ったるなんとやら、という程の常連である。


エギル「人聞きの悪いことを……って――!」

鳴上「? のわっ!?」


カウンターに鳴上の上半身だけが引きずり込まれた。
この世のものを見たとは思えない顔持ちでエギルが悪友に詰め寄る。


エギル「どうしたユウ……ソロのお前が、しかも、アアアスナと一緒とはどういうことだ!?
    ななな仲悪かったんじゃねぇのか!?」


――

エギル「スマン、重要な話だというのに、取り乱して……」

鳴上「いや、構わない。これが件のスピアだ」

エギル「これが、圏内にいたはずのプレイヤーのhpを0にした武器、か……」


突きさした後に中から対象をえぐり取る事の出来る枝刃を付けた、凶悪な見た目の武器を手にとってまじまじと見つめる。


エギル「デュエルじゃないのか?」

鳴上「ウィナー表示を発見できなかった」

アスナ「直前までヨルコさんと歩いていたのなら……睡眠pkの線もないしね……」

鳴上「突発的デュエルにしては、やり口が複雑過ぎる……事前に計画されたpkなのは、確実と思って良い」

鳴上「そこで……」

エギル「コイツを鑑定すれば良いってんだな? 任せろ……」


エギルがスキルウィンドウを開き、ルーペマークのボタンを押す。
解析が終わると、武器の情報が表示された。

エギル「……プレイヤーメイドだ……」


プレイヤーメイド。一気に事件の真相に迫れるかもしれない要素だ。


鳴上「本当かっ?」

アスナ「誰なんですか? 作成者は……」

エギル「グリムロック……聞いた事ねぇな……少なくとも、一線級の闘将じゃねぇ……。
    それに、武器自体も、特に変わった事は無い……」


期待した程のものではないが、それでも十分な情報だった。


アスナ「でも、手掛かりにはなるはずよ」

鳴上「あぁ……そうだな……。一応、固有名も教えてくれないか」

エギル「えっと……ギルティーソーンとなっているな……罪の茨ってところか……」


鑑定を終え、ギルティーソーンをエギルから受け取る。

鳴上「罪の、茨……」


赤褐色の刀身を見つめる。面に移った自分の視線が、返ってくるだけだった。
鳴上は突然持ち方を変え、自分の手に突き立てようとした。


アスナ「待ちなさいっ!」


寸での所でアスナが鳴上の手首を掴み止める。


鳴上「何だよ?」

アスナ「何だよじゃないでしょ! 馬鹿なの!? その武器で、実際に死んだ人がいるのよ!?」

鳴上「実際に試してみないと、わからないだろ」

アスナ「そういう無茶はやめなさいっ!」

そう言って、鳴上の手から強引に剣を奪い、エギルにずいと強引に持たせる。


アスナ「これは、エギルさんが預かってて下さい!」

エギル「え? お、おう……」

アスナ「全く……今度から、こういう無茶は禁止! わかった!?」

鳴上「は、はい……」

アスナ「……ったく……」


――

翌日 宿屋


灰色の隆々とした雲に覆われた早朝の街には、薄いもやがかかり、少し肌寒さが感じられる。
圏内で起きたという異様な事件の残り香は、この寒さに洗われたかのように、感じられなくなっていた。
そんな街の食堂で、鳴上とアスナ、そしてヨルコだけがテーブルにいた。



アスナ「ねぇ、ヨルコさん? 貴女、グリムロックって名前に、聞き覚えある?」


虚を突かれたようにヨルコは小さく声を漏らし、目を見開く。
そして、すぐにまた顔を伏せがちにし、答える。


ヨルコ「……はい……昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです……」

鳴上「……実は、カインズさんの胸に刺さっていた黒い武器……鑑定したら、作成したのが、そのグリムロックさんだったんだ……」


ヨルコの顔が、ショックで見る見るうちに青ざめていく。
黒目が不規則に揺れ、口を手で押さえ、動揺に飲まれている。

鳴上「落ちついて。何か、思い当たる事はないかい?」

ヨルコ「……はい……あります……」


鳴上の言葉で、何とか落ち着きを取り戻したヨルコが、語り始める。


ヨルコ「昨日……お話できなくてすみませんでした……。
    忘れたい……あまり、思い出したくない、話だったし……」

ヨルコ「でも、お話します……」


外は、雨が静かに降り始めていた。
ぽつぽつと、ヨルコの語りと同調するように、弱く、ゆっくりと降っている。



――

ギルドの名前は黄金林檎。所属人数八人の小規模ギルドだった。
半年前、そのギルドで圏外に繰り出していると、たまたま倒したレアモンスターが、
敏捷力を20も上げる指輪をドロップした。

そのアイテムの処遇が、ギルド内で話し合われた。
ギルドで使おうという意見と、売って儲けを分配しようという意見に割れ、
最終的には多数決を執った。

結果は、5対3で、売却。
前線の大きい街で競売屋に委託する為に、リーダーのグリセルダが一泊する予定で一人で出掛けた。



ヨルコ「……でも、グリセルダさん、帰って来なかったんです……」

ヨルコ「後になって、グリセルダさんが死んだ事を、知りました……。
    どうして、死んでしまったのか……未だにわかりません……」

鳴上「……そんなレアアイテムを抱えて、圏外に出るはずもない、か……。
   睡眠pkの線は……」

アスナ「半年前なら、まだ手口が広まる直前だわ」

鳴上「ただ、偶然とは考えにくいな……グリセルダさんを襲ったのは、指輪の存在を知っていたプレイヤー……つまり……」

ヨルコは視線を逸らし、小さく呟く。


ヨルコ「黄金林檎の、残り七人の、誰か……」

鳴上「中でも怪しいのが、売却に反対した人か……」

アスナ「売却される前に指輪を奪おうとして、グリセルダさんを襲ったってこと?」

鳴上「おそらく……」


鳴上は視線をアスナからヨルコに戻し、質問を開始する。


鳴上「グリムロックさんと言うのは?」

ヨルコ「……彼は、グリセルダさんの旦那さんでした……もちろん、このゲーム内での、ですけど……」

ヨルコ「グリセルダさんは、とっても強い剣士で、美人で、頭も良くて……。
    グリムロックさんは、いつもニコニコしてる優しい人で……とってもお似合いで、仲の良い夫婦でした……」

ヨルコ「もし、昨日の事件の犯人が、グリムロックさんなら……あの人は、指輪売却に反対した三人を、
    狙っているんでしょう……」

ヨルコは少し言い淀んだが、視線をまた鳴上達に戻し、意を決して告白する。


ヨルコ「指輪売却に反対した三人のうち、二人はカインズと私なんです……」


その言葉に、二人は思わず驚愕した。
この目撃者も、被害者になり得る。あの時の表情は、この事を思ってのものだったのか。


鳴上「本当に? もう一人は?」

ヨルコ「シュミットというタンクです……今は、攻略組の聖竜連合に所属していると聞きました……」

鳴上「シュミットか……聞いた事があるな」

アスナ「聖竜連合のディフェンダー隊のリーダーよ。でっかいランス使いの人」

鳴上「あぁ、あの髪の短い……」

ヨルコ「シュミットを知っているんですか?」

鳴上「まぁ、ボス攻略で、顔を見るくらいだけど……」

ヨルコ「シュミットに会わせてもらうことは、できないでしょうか……。
    彼はまだ、今回の事件の事知らないから……だとしたら、彼ももしかしたら、カインズのように……」


ヨルコが食いさがるように言う。
鳴上達としても、二人の会話から、また違う観点からの話が聞けるかもしれないということで、
アスナの聖竜連合の知り合いを介してシュミットを呼ぶことにし、この頼みを承諾した。


鳴上「よし、まずは、ヨルコさんを宿屋に送ろう。ヨルコさん、俺達が戻るまで、
   絶対に宿屋から出ないでくれ。いいね?」

ヨルコ「はい……」


外の雨は、霧だけを後に残し、いつの間にか止んでいた。


――

ヨルコを宿屋に送った後、霧の立ち込める道を、鳴上とアスナの二人が歩いていた。


アスナ「君は、今回の圏内殺人、どう考えてる?」

鳴上「現実的な候補として考えられるのは、正当なデュエル、奇知の手段の組み合わせによる、システムの抜け道。
   そして、圏内の保護を破る未知のスキル及びアイテムの存在……大まかにこの三つだけだ」

アスナ「そのくらいか……」

鳴上「一つ目はウィナー表示をあの大人数で誰も確認できていなかったことから、この線は薄いと思う。
   そして……三つ目の、スキルやアイテムの線も、俺は無いと思っている」

アスナ「どうして?」

鳴上「このゲームをやっていて俺が感じたものに、ルールの公正さがまず第一にある。
   何かこう、運だけで誰か一人だけに偏るようなシステムじゃない。
   そう考えるなら、そんな圏内で一方的に殺人できる方法が用意されているなんて、俺は思わない」

アスナ「なるほど……一理あるわね……」

鳴上「それと、一応の可能性として……」


自分も考えていた三つの可能性以外の意見を提示しようとする鳴上に、反応する。

アスナ「まだ何か?」

鳴上「ヨルコさんが犯人という可能性、だ……」


突拍子もない可能性に呆気にとられた。


アスナ「な、なんでそんなこと……」

鳴上「広場ではぐれたと言っていたけど、直前で二人でいた所を誰も見ていないってことになる。
   本当は彼女が殺し、目撃者を装っている……そういう可能性も、あるんじゃないかな」

アスナ「でも、証拠と動機が無いじゃない」

鳴上「……あぁ、俺も、言ってみただけだ。一応の可能性って、言ったろ?」

アスナ「だからってね……」

鳴上「こういう意見も、頭の中にしまわずに、他人に言って色々考えてみる。
   そういうのは大事だ。俺は、それを現実世界で体感してる」


妙な説得力に、アスナは押し黙った。

鳴上「そっちは、何か引っかかる事とか、無いのか?」

アスナ「……今のところは、最初に言ってた三つの中のどれかしか無いと、私は思ってる……」

鳴上「そっか……」


こういう時、直斗、りせや皆がいれば、犯人を見つけるのがもっと簡単なのかもな、と鳴上は思った。


鳴上「特別捜査隊……か……」


のっぺりとした、灰色の空を見上げる。
朝霧は、まだ晴れる様子を、一向に見せない。


――

四人が集まる宿屋の一室に、規則正しい音が響いている。ヨルコが泊っている部屋だった。
聖竜連合のシュミットが、落ち着かない様子で、肘を腿にのせ頬杖を突き、貧乏ゆすりをしている。
一方のヨルコは布を羽織り、窓を背にしてシュミットと向かいあうように座っていた。


シュミ「グリムロックの武器で、カインズが殺されたというのは、本当なのか?」


ヨルコが、小さくうなずく。
シュミットの顔から血の気が引き、両手で扇ぐような仕草をしながらヨルコに抗議する。


シュミ「何で今更カインズが殺されるんだ!? アイツが……アイツが指輪を奪ったのか?
    グリセルダを殺したのは、アイツだったのか……」

シュミ「グリムロックは売却に反対した三人全員を殺す気なのか?
    俺やお前も狙われているのか……」

ヨルコ「……グリムロックさんに槍を作って貰った、他のメンバーかもしれないし、
    もしかしたら……」


開け放たれた窓から、風が入ってきた。無造作に横にまとめられたカーテンが揺れる。

ヨルコ「グリセルダさん自身の、復讐なのかもしれない……」


ヨルコ以外の三人がその言葉に圧された。


シュミ「い、一体何を……」

ヨルコ「だって、圏内で人を殺すなんてこと……幽霊でも無い限りは、不可能だわ……」

シュミ「なっ……!」


そう言うと、ヨルコが幽鬼のようにぬらりと立ちあがった。


ヨルコ「あたし……昨夜、寝ないで考えた……」


瞳孔を広げたヨルコは、突然声を荒らげ、苦悶するように叫び始める。


ヨルコ「結局のところっ! グリセルダさんを殺したのは、メンバー全員でもあるのよ!
    あの指輪がドロップした時! 投票なんかしないで!」

ヨルコ「グリセルダさんの指示に従えば良かったんだわっ!」


鳴上とアスナは、息をのみながら、ただそれを見つめる。
一しきり言い終わり、力無く、窓辺にヨルコが座った。

ヨルコ「……グリムロックさんだけは、グリセルダさんに任せると言った……」

ヨルコ「だから、あの人には私達全員に復讐して……グリセルダさんの敵を討つ権利があるんだ……」


鳴上は、反応を窺う為、シュミットを見た。鎧がカチカチと音をたてている。
血の気が引き、震えているのがわかった。


シュミ「冗談じゃない……冗談じゃないぞっ……。
    今更……半年も経ってから、何を今更……っ!」

シュミ「お前はそれで良いのかよヨルコ! こんな訳のわからない方法で殺されていいのか!?」


ヨルコに詰め寄ろうとするシュミットを、鳴上が引き止める。

そうして、全員の視線がヨルコから離れた時だった。
肉を抉り取るような、高く鈍い音がした。

視線をヨルコに向ける。
口をぽっかりと開け、虚空を見つめる視線。力無く窓枠にもたれるヨルコ。
その背中に、ナイフが赤いノイズを発生させながら、深々と刺さっていた。


鳴上「ヨルコさんっ!」


鳴上が駆け出すよりも早く、ヨルコは窓から落ちていった。

鳴上「……っ!」


ヨルコの身体が地面に強かに打ちつけられる。
強烈なノイズが彼女の体を歪めた後、間を置くことなく、砕ける音と共に破片へと変わった。


鳴上「クソッ!」


自分達が目の前にいながら、ヨルコが殺された。
白昼堂々の圏内殺人。


破片は宙に消え、ナイフだけが乾いた音をたてて、そこに転がっていた。



――

???「さて、この世界での謎、貴方は真実を御掴みになられていますかな?」

???「……左様で御座いますか……」

???「謎は深まり、実体の無いものの存在を証明することは、霧を掴むにも等しい……」

???「果たしてこの事件の謎は、存在しないものの成せる業なのか……」

???「或いは……」

???「それでは、ごきげんよう……」


――第五話 圏内事件 完

鳴上はヨルコの落ちて行った場所から、視線を周辺の屋根へと向ける。
すぐ向かい側の屋根の上に、黒い影が走り去って行くのを捉えた。


鳴上「アスナ! 後は頼む!」


返事を待たず、窓から跳躍し、向かいの屋根へと飛び移る。


アスナ「っ! ダメよ!」


屋根の垣を次々と飛び移る影に、鳴上も同様に続く。距離はどんどん近づいていく。
並行に並んだ二つの屋根で、鳴上はようやく犯人の横につける。

マントを羽織ったその人物が、速度を緩めず、懐に手を入れた。
鳴上は飛び道具を警戒し、剣に手をかける。

しかし、取り出されたものは武器ではなかった。

鳴上「転移結晶……っ!」


咄嗟に杭を投げるものの、圏内仕様で犯人に当たる前に、紫の壁に弾かれる。


鳴上「クソッ、どこに行く気だ! 待てっ!」


時刻を知らせる鐘の音が響く。
同時に、犯人は青い光に包まれ、消えてしまった。


鳴上「……」


鐘が斜陽の街に響く。鳴上はそこに取り残されたように、ただ青い光の残り粒を見つめていた。


――第六話 幻の復讐者

アスナ「馬鹿! 無茶しないでよ!」


部屋に戻りなり、鳴上は怒鳴られた。
シュミットはまだ震えて、頭を抱えこんでいる。


鳴上「あぁ……すまない……」

アスナ「はぁ……それで? どうなったの?」

鳴上「ダメだ……テレポートで逃げられた……」


ヨルコを殺した凶器を回収し、戻ってきたが、収穫はこれだけだ。
むしろ、失ったものの方が大きい。

鳴上「宿屋は、システム的に保護されている……ここなら危険は無いと思い込んでいた……」


宿屋だろうとなんだろうと、相手は圏内でも問答無用でpkする手段を持っている。わかっていたはずだった。
自らの不甲斐なさを紛らわすように、拳を壁に当てた。
犯人に投げた杭が弾かれた時と同じように、紫の表示が壁の破壊を阻害する。


シュミ「あのローブは、グリセルダの物だ……」

鳴上「……」


ソファーに座り、うずくまるようにして震えていたシュミットが口を開いた。


シュミ「あれは……グリセルダの幽霊だ……俺達全員に復讐に来たんだ……。」
    幽霊なら……圏内でpkするくらい楽勝だよな……」

シュミットの口から、乾いた笑いがこぼれる。
部屋に、狂気の笑いと鎧の震える音が広がっていった。


鳴上「……幽霊じゃない」

アスナ「……」

鳴上「二件の圏内殺人には、絶対なシステム上のロジックが存在するはずだ……」


アスナは、眉をひそめ、ただ鳴上を見つめる。


鳴上「……絶対に……」


――

考えたいことがあるから一人にしてほしいと言われた為、鳴上達はやむなく宿屋を後にした。
勿論、反対はしたのだが、どうも止められる様子ではなかった。


アスナ「さっきの黒いローブ……本当にグリセルダさんの幽霊なのかな……。
    目の前で二度もあんなのを見せられたら、私にもそう思えてくるよ……」


鳴上は否定的にかぶりを振る。


鳴上「いや……そんなことは絶対に無い」

アスナ「……」

鳴上「そもそも幽霊だったら、さっきも転移結晶なんて使わないで――」


鳴上の頭の奥で、何か不快なものが引っかかった。
釣り針のように、引っかけられた自分の力だけでは取れない疑問。

鳴上「……」

アスナ「どうしたの?」

鳴上「……いや、なんでもない……」

アスナ「……」


先程まで人通りのあった広場から、少しずつ明りと人が消え、噴水の水の音が小さく聞こえてくるようになってきた。


鳴上「……」

アスナ「……ほら……」

鳴上「ん?」


アスナが何やら、紫の包みに入れたアイテムを差し出してきた。どうやら食べ物らしい。

鳴上「……くれる、のか?」

アスナ「この状況でそれ以外何があるの? 見せびらかしてるとでも?」

鳴上「じゃ、じゃあ、恐れながら……」


むすっとしたアスナから、包みを受け取る。


アスナ「そろそろ耐久値が切れて消滅しちゃうから、急いで食べた方が良いわよ」


包みの中には、バケットサンドが入っていた。
良く味の染みていそうな厚切り肉、ふわふわとしたスクランブルエッグ、色彩を鮮やかにする葉物。
店で出しても遜色ない形に、思わず唾を飲んだ。


鳴上「あ、あぁ……いただきます……」


大きく一口、かぶりつく。
そして、よく噛みしめる。

アスナ「……」

鳴上「……旨い……」


二口、三口と口に頬張る。
肉の塩気と、パンのやわらかいほのかな甘さが口に広がる度に、またかぶりつきたくなる。
野菜も入っている事で味にしつこさも無く、舌で転がるようなスクランブルエッグの食感も格別だった。


鳴上「旨いな……いつ持ってきたんだ?」

アスナ「耐久値がもう切れるって言ったでしょ? こういうこともあるかと思って、
    朝から用意しておいたの」

鳴上「さすが、血盟騎士団攻略担当責任者様……用意が良いな……。
   売ってる場所、教えてくれないか? これは、もう一度食べてみたいから……」

アスナ「売ってない」

鳴上「なるほど、売ってない……えっ?」


食を進める手が思わず止まった。

アスナ「お店のじゃない……あたしだって、料理するわよ……」

鳴上「……以外だな。家庭的で、良いじゃないか」

アスナ「……」

鳴上「でも、俺に食べさせるくらいだったら、オークションで売った方が儲けがあるのに――」


アスナが威嚇するように足で大きな音を出す。


鳴上「っ! おっとっと!」


驚いた拍子に、手からサンドが滑った。何とか掴もうとするも抵抗虚しく、具諸共地面に広がってしまった。
そして、破片になって消えて行った。


鳴上「あ……」

アスナ「おかわりはありませんからね」

鳴上「……」

鳴上の視線が、地面から離れない。
アスナにはただ茫然としているだけに見えたが、実際には違う。
何かに紛れ、見落としていた物が、自分の奥底で掬われる感覚。
胸のつっかえがあと一歩で取れそうな感覚に、鳴上は襲われる。

ロジック、抜け道、そこが重要なんじゃない。


アスナ「……どうしたのよ、いつまで見つめて――」

鳴上「静かに」

アスナ「……」


pk実質的不可能な圏内。デュエルのウィナー表示。
傷口付近から出る赤いノイズ。犯人の逃走方法。
そして、今目の前で消えたアイテム――。

歪な形をした歯車達が、まるでパズルのピースのようにかみ合い、動き出す。

鳴上「わかった……」

アスナ「えっ?」

鳴上「わかったんだ、やっと……そういうことだったのか……っ」

アスナ「どういうこと?」


視線をアスナへと戻した鳴上の目には、強い光が宿っている。


鳴上「俺達は、何も見えいていなかった……。見ているつもりで、実際は違うものを見せられていた……。
   どうして、俺はまたこんな事に気づけなかったんだ……」

アスナ「はっ?」

鳴上「……圏内殺人なんて、端からそんなものは存在しなかった――そういうことだ」


――

第19層 十字の丘


乾ききった落ち葉地面を覆い、霧が視界を覆う、墓場。その中にある、ねじれ枯れ木のすぐ下。
黄金林檎のかつてのリーダー、グリセルダの墓がそこにあった。

シュミ「グリセルダ……俺が助かるにはもう、あんたに許してもらうしかない……」


膝をつき、墓前に頭を下げる。


シュミ「すまない! 悪かった……っ! 許してくれ、グリセルダ!」

シュミ「俺は、まさかあんなことになるなんて、思ってなかったんだ……!」


シュミットの声が、静かな霧の向こうに掻き消えていく。
震えながら、頭を下げ続ける。

「……本当に?」

シュミ「っ!?」


どこからか声がする。聞き覚えのある、あの声。


「本当に?」


呪詛のように、その言葉が繰り返される。
こだまとなって頭の中に反響し、シュミットを覆う。


シュミ「っ!?」


後ろから異様な気配を察知し、振り返る。
しかし、いたのはただの野ウサギだった。

びっくりさせやがって。小さく、安堵のため息をつき、視線を元に戻そうとした。

その視線の目の前に、黒いローブの幽鬼が、立っていた。

シュミ「っ!!」


自分の両手が咄嗟に口を塞ぎ、声が声にならない。
目の前に突然現れた事象によって、体が恐怖に支配される。


「何をしたの……」

「貴方は私に……」

「何をしたの、シュミット……」


ローブの中から、鋭い光沢を放つ物体が現れた。
カインズを殺した狂気と、同じ形の物が、ローブの主の手に握られている。


シュミ「お、俺は! 俺はただ指輪の売却が決まった日……いつの間にかベルトポーチにメモと結晶が入ってて……、
    そこに、指示がっ!」

「誰のだ、シュミット……」


グリセルダとは違う、低く圧し殺された声が聞こえる。


「誰からの指示だ……」


幻聴ではない。枯れ木の影から、また一人、ローブに身を包んだ者が姿を出す。
信じられない光景に、シュミットの目が不規則に泳ぐ。


シュミ「グリムロック……? あんたも、死んでたのか……?」

「誰だ……お前を動かしたのは、誰なんだ……」

シュミ「わ、わからない……本当だ! メモには、グリセルダが泊まった部屋に忍び込めるよう、
    回廊結晶の位置セーブをして……」

シュミ「そ、それを、ギルド共通ストレージに入れろとだけ書いてあって……」

「……それで?」

シュミ「ひぃっ! お、俺がしたのは、それだけなんだ! 俺は本当に……殺しの手伝いなんかする気はなかった……。
    信じてくれ! 頼む……っ!」


目をきつく閉め、小刻みに震え、懇願するしかなかった。
自分がいつ、どこから、どんな角度で、裁きの一振りを受けるのか。頭にはその事だけで占められていた。
重い沈黙が、しばらく流れた。


「全部録音したわよ……シュミット……」


一瞬、何を言われたのか理解できなかったシュミットが、驚いたように顔を上げる。
そこには、グリセルダでもグリムロックでもない人物が立っていた。


シュミ「お、お前ら……」


――

アスナ「生きてるですって!?」


今までの前提を覆す鳴上の発言に、アスナは目を見開き、声を上げた。


鳴上「あぁ、生きてる。ヨルコさんもカインズさんも」

アスナ「だ、だって……」

鳴上「圏内でのプレイヤーのhpは、基本的に減らない。でもオブジェクトの耐久値は減る。
   さっきのバケットサンドみたいに……」


アスナには何がなんだかわからず、首を傾げた。


鳴上「カインズのアーマーはスピアに貫通されてた。スピアが削っていたのは、カインズのhpじゃなく、
   鎧の耐久値なんだ」

アスナ「じゃ、じゃあ、あの時砕けて飛び散ったのは……」

鳴上「そう、彼の鎧だけなんだよ……。
   そしてまさに、鎧が壊れる瞬間に、その中身のカインズは結晶でテレポートした……」

アスナ「あっ……」

先程鳴上が落として消えてしまったサンドを思い出す。
消滅エフェクトは、確かにプレイヤーが死んだ時のものとほぼ同じだ。


鳴上「少し状況が違うだけで、ヨルコさんも、同じだろう。
   彼女は最初からダガーナイフを刺した状態で、俺達と話したんだ」

アスナ「最初から?」

鳴上「よく思い出してみるんだ。あの部屋で、彼女は一度も俺達に背中を見せなかった。
   そして、服の耐久値が減っていくのを確認しながら会話を続け、タイミングを見計らって、
   外から飛んできたダガーが刺さった、という演技をする」

アスナ「ということは……黒いローブの男は……」

鳴上「あぁ、十中八九カインズだろう」

鳴上「ヨルコさんとカインズは、この方法を使えば、死亡を偽造できるのではないかと思いついた。
   しかも、圏内殺人なんて言う、恐るべき演出を付けくわえて……」

アスナ「そして、その目的は……指輪事件の犯人を追いつめ、あぶり出す事……。
    二人は、自らの殺人事件を演出し、幻の復讐者を作りだした……」

鳴上「シュミットの事は、最初からある程度疑ってたんだろう。
   ……ヨルコさんとフレンド登録、してたな」

アスナ「あっ……」

言われて、メニュー画面を開く。フレンド画面のヨルコの欄を表示させると、マップも表示された。


アスナ「今、19層のフィールドにいるわ……主街区からちょっと離れた、小さい丘の上……」

鳴上「そうか……」

アスナ「どうするの?」

鳴上「後は、彼らの問題だから……俺達の出る幕は無い。役割は終わったんだから……」

アスナ「うん……」


――

シュミ「録音……」


毅然とした表情でシュミットを睨むカインズとヨルコ。
ヨルコの手の上に、録音アイテムが浮遊していた。中が黄色く光り、稼働している。


シュミ「そう、だったのか……」


体から力がゆっくりと抜け、膝を地面に付けた。


シュミ「お前ら、そこまでグリセルダの事を……」

カインズ「あんただって、彼女の事を憎んでた訳じゃないんだろ?」

シュミ「も、もちろんだ! 信じてくれ!」


そうは言ったが、シュミットはばつが悪そうな顔して、うつむいた。

シュミ「そりゃ……受け取った金でレア武器のおかげで、聖竜連合の入団基準をクリアできたのは確かだけど――」


その先を言う前に、シュミットの身体に、小さな痺れが走った。
痺れが体中に回る。体が意のままにならず膝だけで座ることもできなくなり、上半身から倒れ込む。


肩に違和感を覚え視線をやると、投げナイフが刺さっていた。
それに仕込まれた毒のせいで、体が麻痺してしまったようだ。


「ワーンダウーンッ!」


愉快そうに、歪に弾んだ声が聞こえたと思うと、シュミットに影が覆いかぶさった。
見上げると、薄汚れた装束に身を包んだ、墓荒らしのような人間が立っていた。

その人数も一人ではなく、二人いる。ヨルコとカインズは、もう一人の方に剣を突き付けられ、身動きを封じられてしまった。

シュミ「まさか……こいつら……」


カーソルをオレンジ色にしたプレイヤー。pk、犯罪者か。


「確かにこいつは、でっかい獲物だ……」


霧の向こうから、静かに近づいてくる、低く威圧感のある声。その声の主が霧に中に浮かび上がった。
長身を覆う装束に、妖しげな光を放つ、巨大な刃が殺人者の異様さを一際醸し出している。
そして、それが握られている手に、奇妙な紋様が不敵な笑みを湛えている。


「聖竜連合の幹部様じゃないか」

シュミ「殺人ギルド……ラフィン・コフィン……っ」


ゲームオーバーが現実の死となるこの世界において、目的無くプレイヤーをpkする殺人ギルド。
数々の所業により、プレイヤー達に最も恐れられている集団。

プー「さて、どうやって遊んだものか……」


リーダーらしき男が無機質な声で言う。


ジョニー「あれ! あれやろうよ、ヘッド! 殺し合って残ったヤツだけ助けてやるぜゲーム!」

プー「んなこと言って、お前この前結局残ったヤツも殺しただろうがよ」

ジョニー「あぁーっ! 今それ言っちゃったらゲームにならないっすよヘッドォ!」


幼児が拙宅な遊びを喜々として提案するかのように、弾んだ声で言う殺人者達。
ヨルコ達に剣を立てている男も、薄らと笑みを浮かべてその会話を聞いている。
正気じゃない。シュミットの頭をそんな単調な言葉が支配する。


プー「さて……取りかかるとするか……」


ゆらりと足を引きずるように近づいてくる。視線とダガーがかち合った。
その異様な刀身のデカさに、シュミットの顔から血の気が引き、灰色になっていった。


プー「死ね」


殺人者は気だるそうに巨大なダガーを振り上げ、シュミットの頭へと振り落とさんとする。
シュミットの体は固まり、反射的に目を瞑った。

――その刹那。殺人者は刃を突然空で止めた。
何時までたっても自分が傷つかないのを不思議に思ったシュミットは、何事かと恐る恐る片目を開ける。
すると、殺人者の視線は自分の方では無く、霧の奥深くへと向けられていた。


耳をすますと、視線の方向から力強く地を叩く音が聞こえた。音はこちらに近づいてきている。馬が地を駆る音だった。
殺人者達は咄嗟に一歩下がり、隊列を組んだ。

馬が霧からシュミット達の前に姿を現す。馬は雄々しく体を空へと逸らし、乗り手は宙で身を翻し、颯爽と登場した。


鳴上「ギリギリセーフってところだな……」

シュミ「お、お前はっ!」


ヨルコと宿屋で話した時にいた、黒装束の剣士。
その剣士が、馬に乗り、このグリセルダの墓までやってきたのだ。
剣士は馬に小さく合図し、馬を避難させた。


鳴上「さて、どうする。もうじき援軍も駆けつけるが、攻略組三十人を相手にしてみるか?」

プー「チッ……」


鳴上が抜刀する。一触即発の間合い。狂人と達人の、必殺の視線が交わる。
場の空気が、先程よりも数段重い緊張感に満ちていった。双方剣を引かず、睨みあう。

プー「……」

鳴上「……」


リーダーが指を鳴らした。殺人者ギルドはそれを合図に、剣を素早く鞘に戻す。

緊張感が放たれた場に、茫然と力無く、ヨルコが膝をついた。


プー「行くぞ……」


ラフィン・コフィンの三人が、ゆっくりと鳴上の横を挑発的に歩く。
鳴上も剣を戻さず、三人に向ける。


鳴上「ふぅ……」


三人が霧の中へと完全に姿を消したのを確認して、剣を鞘に戻し、視線をヨルコの方へ向ける。

鳴上「また会えてうれしいよ、ヨルコさん」

ヨルコ「……全部終わったら、キチンとお詫びに伺うつもりだったんです……と言っても、
    信じてもらえないでしょうけど……」

鳴上「気にしてない。無事で何よりだよ」

シュミ「番長……」


麻痺が解けたのか、シュミットは片膝をつき、なんとか上半身を起こした。


シュミ「助けてくれた事には礼を言う……しかし、なんでわかったんだ?
    あの三人が襲ってくる事が……」

鳴上「わかったって訳じゃない。あり得ると推測したんだ」


鳴上は視線をカインズ達の方に向ける。


鳴上「なぁカインズさん、ヨルコさん。あなた達は、あの武器をグリムロックさんに作って貰ったんだね?」


ヨルコとカインズが一寸目を合わせた後、頷いた。

ヨルコ「彼は、最初は気が進まないようでした……もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって……」

カインズ「でも、僕たちが一生懸命頼んで、やっと武器を作ってくれたんです」

鳴上「残念だが、あなた達の計画に反対したのは、そういう理由じゃない」


ヨルコとカインズが虚を突かれたように、目を見開く。


鳴上「圏内pkなんていう、派手な事件を演出し、大勢の注目を集めれば、いずれ誰かが気付いてしまうと思ったんだ。
   俺も気付いたのは、つい30分前だ」

――

鳴上「まんまとヨルコさんの目論見通りに動いちゃった訳だけど……俺は嫌な気分じゃないな」

アスナ「そうね……」


カップの中のハーブを見つめる。小さな容器に、淡い緑色を放ち、液体の中をふわふわと浮かんでいる。


アスナ「ねぇ」

鳴上「何だ?」

アスナ「もし君だったら、超級レアアイテムをドロップした時、何て言ってた?」

鳴上「そうだな……俺は元々ソロだし、そういう経験をあまりした事は無いから、よくわからないな……」

アスナ「うちはドロップした人のもの。そういうルールにしてるの。
    saoでは、誰にどんなアイテムがドロップしたかは、全部自己申告じゃない?
    ならもう、隠蔽とかのトラブルとかを避けようとか思ったら、そうするしかないわ……」


不満を漏らすように言った後、アスナは表情を和らげた。

アスナ「でも、そういうシステムだからこそ、この世界の結婚に重みが出るのよ……。
    二人のアイテムストレージは共通化されるでしょ?
    それまでなら隠そうと思えば隠せたものが、結婚した途端に何も隠せなくなる」

鳴上「確かに」

アスナ「ストレージ共通化って、すごくプラグマチックなシステムだけど……、
    同時にとってもロマンチックだと、私は思うわ」

鳴上「現実的なようで、でも、二人しか共有できない秘密か……」


そんな会話をしていると、料理が運ばれてきた。
すぐには手をつけず、鳴上が質問をする。


鳴上「なぁ、アスナ」

アスナ「何?」

鳴上「君は結婚した事あるのか?」


鳴上は何気なく聞いた質問であったのに、アスナの何の気に触れたのか、
身を乗り出したアスナに、フォークで脅される自分の姿があった。

鳴上「な、なんだいきなり。俺はただ興味本位で――」

アスナ「面白半分でそんな事聞くんじゃないわよ!」


脛を思いっきり蹴られた。痛みは無いものの、アスナの怒りがひしひしと足に響く。


鳴上「ゲ、ゲームの中なのに、実際的なんて言ってたし、そういう経験がある人なのかと思って……」

アスナ「はぁ……全く……。ゲームの中だって言っても、身も蓋も無いって意味で実際的って言ったのよ」

鳴上「身も蓋も無い?」

アスナ「だってそうでしょう? ストレージ共通化なんて、ある意味現実とほとんど変わらないじゃない」

鳴上「ストレージ共通化、か……」


頭に小さな波紋が生じた。
まただ。まだ何か引っかかる事なんてあっただろうか。
でも、自分達は残してはいけない謎を、まだ掴んでいない気がする。

アスナ「何よ」

鳴上「結婚相手が死んだ場合、アイテムはどうなる」

アスナ「え?」

鳴上「アイテムストレージは共通化されている。片方が死んだ時、アイテムは一体どうなるんだ?」

アスナ「グリセルダさんとグリムロックさんの事?」

鳴上「あぁ」


鳴上の目に、先程までの呆けた気配は無くなっていた。
アスナもそれを察知し、思考する。

アスナ「そうね……一人が亡くなったら……」

鳴上「全てもう一人のものになるんじゃないか」

アスナ「じゃあ、ということは……グリセルダさんのアイテムストレージに入っていたレア指輪は……」

鳴上「指輪は、犯人ではなく、グリムロックのアイテムストレージに残るはずだ……」

アスナ「指輪は……奪われていなかった……」

鳴上「いや、そうじゃない。グリムロックは自分のアイテムストレージにある指輪を奪ったんだ」

アスナ「なっ……」


鳴上はそう言って、席を立ち、荷物を持った。


鳴上「急ごう。嫌な予感がする」


――

シュミ「グリムロックが……あいつが、あのメモの差し出し、そしてグリセルダを殺したのか?」

鳴上「いや、直接的にはやっていないだろう。恐らく、殺人の実行役は汚れ仕事専門のレッドに依頼したんだ」

ヨルコ「そんな……あの人が真犯人だって言うなら、何であたし達の計画に協力してくれたんですか?」


まだ信じられないという様子で、ヨルコが言い返す。


鳴上「グリムロックに、計画を全部説明したんでしょう?」


その通りだった。シュミットが以前から怪しいと睨んでいた二人は、グリムロックに計画の全てを話した。
シュミットに全て吐き出させ、事の真相を伝えると。
その上で協力を頼み、何とか武器を作って貰っていた。


鳴上「それを利用して、今度こそ指輪事件を、永久に葬るつもりだったんだ。
   あなた達三人が集まる機会をうかがい、まとめて消してしまえば、何も残らない」

シュミ「そうだったのか……だから、だからここに殺人ギルドの連中が……」

鳴上「あぁ。恐らく、グリセルダさん殺害の時から、既にパイプがあったんだろう……」

ヨルコ「そんな……」

グリセルダの無念を晴らす為と、奔走していた自分達は、ただの愚か者だった。
ヨルコは放心し、肩を落とす。カインズがそれを支えた。


アスナ「いたわよ」


木々の間からアスナと、丸型のサングラスと帽子をかぶり、靴の上まで伸びた長いコートを着た男がいた。
鳴上が、とある人物が近くにいないか、アスナに探すよう頼んでいたのだ。


鳴上「詳しいことを、話して貰いましょうか。グリムロックさん……」


グリムロックからは依然のような温和な雰囲気は感じられない。ただそこに立っていると言う感じで、気配が死んでいた。
背中に剣を突き付けられているというのに、口の端に笑みを浮かべて、余裕そうにしている。


グリム「やぁ、久しぶりだね。皆」

ヨルコ「グリムロック、さん……貴方は……貴方は本当に……」


グリムロックは口を開かない。サングラスで視線を隠し、ヨルコの方へ体だけを向ける。

ヨルコ「何でなのグリムロック! なんでグリセルダさんを……奥さんを殺してまで指輪を奪って、
    お金にする必要があったの!?」


目に涙を浮かべ、この事実を否定したい気持ちでいっぱいのヨルコは、懇願に似た形で叫ぶ。
それを、グリムロックは鼻で笑った。


グリム「金? 金だって……」


何がおかしいのか、グリムロックは突然笑い出した。
喉から漏れだすような低く、小さな笑いに、黄金林檎の三人はグリムロックに茫然と視線を取られる。
一しきり笑った後、突然笑いが止まり、グリムロックは静かに語り出した。


グリム「金の為ではない。私は、私はどうしても彼女を殺さねばならなかった……。
    彼女がまだ私の妻である間に……」


グリム「彼女は現実世界でも私の妻だった……」


その場にいた全員が、水を浴びせられたように驚く。
彼の独白は続く。

グリム「一切の不満も無い、理想的な妻だった……かわいらしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩もしたことが無かった」

「だが、共にこの世界に囚われた後、彼女は変わってしまった……」

「強要されたデスゲームに怯え、恐れ、竦んだのは私だけだった……。
 彼女は現実世界にいた時より、遥かに活き活きとして充実した様子で……」

「私は認めざるを得なかった。私の愛したユウコは消えてしまったのだと……」


グリムロックの声に、狂気が混じる。


「ならば……ならばいっそ合法的殺人が可能なこの世界にいる間にユウコを……、
 永遠の思い出に封じてしまいたいと願った私を、誰が責められるだろう?」


鳴上「……それだけの、それだけの理由であんたは妻を殺したのか」

グリム「十分すぎる理由だ……君にもいずれわかるよ、探偵君……。
    それが失われようとした時にね……」


グリムロックから乾いた笑いが出た。これで終わったのだ。後は牢獄に入れるなり、好きにすれば良い。
しかし、黒い剣士が、一歩踏み出した。


グリム「何?」


サングラスで隠れされた目を射抜くような視線。その目にグリムロックはたじろいた。


鳴上「人を殺し、あまつさえその事実まで消そうとした……殺した理由がなんであれ、
   殺した相手が誰であれ、それが真実だ」

グリム「何を言う……君のような若い子には、まだわからないだけだ!
    君だっていずれ経験するだろう。想う女性に好かれるという、あの体を貫くような感情を!
    骨身に沁みていくような、あの体を縦に突き抜けていく感情を!
    そしてその先にあるただ安息とした気持ちを! お前は知らないのだ!」

鳴上「都合良く捻じ曲げられたお前の言い訳なんて関係ない。
   お前はただの、独占欲に駆られた、人殺しの犯罪者だ!」

グリム「なっ……」


剣士の言葉が放たれる度に、体がすくんでいく。
杭を一本一本刺されていくように、彼の言霊が突き刺さる。

鳴上「現実と向き合え! この世界は、仮想であっても、俺達が生きている世界はここなんだ!
   ここで変わったユウコさんも、現実なんだ!」

グリム「黙れ、黙れぇっ!」


グリムロックが頭を抱え、悶絶するように膝をついてうずくまる。
帽子は地面に落ち、髪を必死で掻き毟り、否定する。


グリム「お前のような子供に何がわかる! 愛したはずの女性が、自分の知らない存在へと変わっていく……。
    何もできず、ただそれを見ることしかできない時の無力な心が……お前なんかに……」

鳴上「何故認めなかった」

グリム「な、なんだ……」

鳴上「誰だって、この世界では見たくもない真実と戦っている。
   グリセルダさんだって、死ぬ恐怖を味わいながら、きっと戦っていたんだ……。
   なのに、お前はそんな可能性すら認めず、いや考えず、自分の知らないグリセルダさんを否定した。違うか!」

グリム「……っ」

鳴上「誰にも見せない表情なんて、自分でも気付かない表情なんて、誰しもが持ってる。
   そんな事すらわからないお前に、語る資格は無い!」

グリムロックの脳裏に、彼女との記憶が走る。
この世界で見せた、少し勝気に笑う顔。
そして、現実世界で見せた、気弱そうな優しい笑顔。
どちらも同じ、自分の愛した人の笑顔に、寸分違わなかった。

真実に突き刺された体が、力無く放心した。


鳴上「……」

グリム「……」


鳴上の真言が終わると、黄金林檎の三人が、ゆっくりとグリムロックに歩み寄った。


カインズ「番長さん。この男の処遇は、私達に任せてもらえませんか?」

鳴上「……わかった」

シュミットとカインズに肩を担がれ、グリムロックが運ばれていく。
ヨルコはそれに続き、一度鳴上達の方へ振り返り、深く礼をした。
鳴上とアスナも、返礼する。
きっと、グリムロックは心から罪の重さを知り、後悔し、反省するだろう。鳴上はそう思った。

朝日が昇り始めた。墓場に残った鳴上達を、優しく、そして強く照らす。


アスナ「ねぇ……」


一仕事終え、大きく伸びをしていた鳴上に、アスナが尋ねる。


鳴上「ん、何?」

アスナ「もし君なら……仮に誰かと結婚した後になって、相手の人の隠れた一面に気付いた時、君ならどう思う?」

鳴上「俺なら、か……」


少し間をおいて、鳴上が答えた。

鳴上「嬉しいって、思うな」

アスナ「……っ」


アスナは大きく目を見開いて、朝日で影になってしまっている鳴上の顔を見た。


鳴上「結婚するってことは、それまで見えてた部分は好きになってる訳だろ?
   さっきも言った通り、誰にだって見えない部分はある。
   でも、そういう部分を知って、それが更に相手を好きになれる要素になるなら、良い事じゃないか」


影の中で、屈託の無い柔らかな笑顔で言う彼に、一瞬アスナの視線は奪われた。
アスナは平静を取り戻して、溜息をついた。


アスナ「……ま、いいわ……そんなことよりお腹減ったわ。
    さっきも食べそびれちゃったし」

鳴上「そうだな」

アスナ「二日も前線から離れちゃったわ……明日からまた頑張らなくちゃ……」

鳴上「あぁ、今週中に、今の層は抜けたいしな」


アスナは朝日を背に歩きだした。
しかし、急に腕を掴まれ、仰け反る。

アスナ「何よ?」


振りかえると返事は無く、鳴上はただ茫然とグリセルダの墓の方を向いていた。
アスナも視線を向ける。

墓の奥に生えた、大きな捻じれ枯木。朝日に照らされてできた影に、薄らと浮かぶ人影。
ローブに身を包み、短い髪を髪留めで留めた女性。


アスナ「……っ」


声が出なかった。顔を見たことも無い人だったが、それが誰なのか、一瞬でわかった。
その人物が、影の中で、自分達に小さく笑ったような気がした。

また視線を、鳴上へと向ける。まだ鳴上は茫然と、眺めている。
いつの間に消えたのか、それとも最初からいなかったのか、その人影は見えなくなっていた。
そこにはただ、朝日で輪郭が浮き彫りにされた、枯木が立っていた。

アスナ「ねぇ、番長君」


沈黙を破り、アスナが声をかける。


アスナ「フレンド登録しようか」

鳴上「えっ?」

アスナ「今までしてなかったでしょ? 攻略組同士、連絡をとり合えないのは不便だわ」

鳴上「いいのか? 俺は良くない噂がたってるし……」

アスナ「別に、それくらいいいじゃない。パーティを組めとも言ってないし。
    それに少しは友達作らないと」

鳴上「は、はぁ……」

アスナ「何気の抜けた声出してんのよ」


アスナが肩を強めに叩いた。鳴上には少し痛いものだったが、信頼というか、そういう情も感じられた。

アスナ「ご飯食べるまでに考えておいて。じゃ、まずは街に戻りましょうか」

鳴上「あ、それと」

アスナ「何?」

鳴上「俺の事、悠って呼んでくれ。その、言いにくいだろ、番長って……」

アスナ「ふーん……。わかったわ、番長君」

鳴上「あ、おい」

アスナ「呼んで欲しかったら、ちゃっちゃとフレンド登録しちゃいなさい。
    早く行くわよ」

鳴上「あ、待ってくれって!」


二人は朝日に背を向けて歩きだす。枯木の影が、二人に被さっている。
しかし、暗くは感じない。落ち着いた空気が、二人の間に流れていた。



――

???「ようこそ、ベルベットルームへ……」

???「新たなる絆、女教皇と月のアルカナを手に入れたのね……」

???「この世界での真実の絆、貴方は着々と見つけられているようね……」

???「心という器は、満たそうと思えば満たせる。そういう器よ」

???「でも独りでに満たされるものでは無い、そのことを忘れないで……」

???「心配しないで、私は、いつでも貴方を見ている……この世界でも、ね……」


――第六話 幻の復讐者 完

第48層 リンダース


静かに時が流れる小さな村。その端にある、これまた小さな茅葺屋根の水車小屋。
そこがリズベット武具店だ。

店内の作業場で、金属がすり減る音が聞こえる。
そこには剣を研ぐ一人の女性がいた。それがこの店の主人である。


リズ「うん! これでよし!」


丹念に磨かれた剣は鏡面のような光沢を映えさせ、最高の状態へと戻った。


アスナ「よっと……ありがとうリズ」


座ってリズの作業を楽しげに見ていたアスナが歩み寄る。
アスナは修理代をリズに手渡し、剣を受け取る。

そう言ってにこやかに笑うアスナ。しかし、リズはその耳にいつもは無かった物を見つける。
深い紫色の玉が付いたピアス。リズはそれを見て、ひとつの答えに合点がいった。


リズ「ぬふふ……そういうことねぇ……」

アスナ「な、何よ……」


世話焼きのオバさんのようなイタズラな笑みを浮かべながら、友人を肘でつつく。
そんな和気藹々とした会話をしていると、夕刻を知らせる鐘が聞こえてきた。


アスナ「あ、そろそろ行かないと!」


慌てながら出て行こうとする友人に、リズは色めきたつものを感じずにはいられなかった。
少し、友人が遠くに行ってしまったような気がする。


リズ「アスナは……大切なものが見つかったんだね……」

アスナ「え? 何か言った?」

リズ「ううん、何でもない。上手くやんなさいよ!」

アスナ「もう! そんなんじゃないわよ! ……じゃあまたね!」


慌ただしく出て行く友人に手を振り、一人工房に残された。
目は伏せられ、小さく、顔だけが笑っていた。

壁に掛けてある、掲示板を見る。メモや、注文書などが乱雑に貼られていた。
その中にある、写真を見つめた。

幸せではち切れそうな笑顔を浮かべた少女が、ピースサインを作り映っている。
周りに映っている、味のある顔をした職人達が、そんな彼女を親愛の目で見つめている。


リズ「私にも……見つかるかな……」


一人、手を握りしめて呟いた。
声はすぐに消え、工房の外から、水と水車の音だけが聞こえてきた。


――第七話 心の温度

工房内に熱気が籠っていた。その蒸されたような空間に、規則的な鋭い音が響いている。
リズベットが精錬された鉄を打ち、剣を作っている最中だった。赤く熱された鉄に、槌が何度も振り下ろされる。
間もなく、鉄の塊が紅色に強く光ると、一本の剣が精製された。
リズベットは静かに息を飲み、剣を取る。そして、剣の具合を鑑定した。


リズ「まぁまぁ、かな……」


簡単な評定を下すと、店の方から来客を知らせる鐘の音が聞こえた。


リズ「接客も仕事のうち、っと……」


剣を作業台に残し、鏡の前に立つ。
手袋を外し、髪を整え、身だしなみを整える。そして、自然な笑顔を作る。
今日も完璧である。


リズ「よし!」


工房と店とを分ける扉を開け、元気に接客を始める。


リズ「リズベット武具店へようこそ!」

店の端のウィンドウを見ていた客が、リズの存在に気付き、振りむいた。


鳴上「あ、えぇと、オーダーメイドを頼みたいんだけど」

リズ「オーダーメイド……」


リズは客のなりを見て値踏みする。黒装束に、大きく上着の前部分を開け放った長身の男。
顔は申し分ないが、いかんせん間の抜けた雰囲気がある。
総評からして、金を多く持っているとは思えなかった。大丈夫かな、と心の中で呟いた。


リズ「今、金属の相場が上がっておりまして……」

鳴上「予算は気にしなくていいから、今作れる、最高の矛を作って欲しいんだ」

リズ「と、言われましても……具体的に、性能の目標値とかを出してもらわないと」

鳴上「あぁ、なるほど」


そういうと黒ずくめの客は、自分の武器を差し出した。

鳴上「それなら、この剣と同等以上の性能ってことでどうかな?」

リズ「は、はぁ……」


何故矛を希望しているのに、この人は剣を差し出してきたのかと疑問に思いつつも、リズは剣を受け取った。
何ともなしに受け取った剣が予想以上に重く、体ごと持って行かれそうになってしまった。
そして、鑑定結果を見て更に驚く。


リズ「エル・カリエンテ……モンスタードロップの中では魔剣クラスの化物みたいね……」


予想以上の業物に、口に手を当て、リズは黙りこんだ。


鳴上「作れそうか?」


リズは神妙な面持ちで、ディスプレイされていた商品の中で、自分の中で最高の品と踏んだものを出した。


リズ「これでどう? あたしが鍛え上げた、最高傑作よ!」


手渡したものの、客は振るでもなく、ただ武器の重さを手で量っていた。
しっくりこないといった面持ちでリズを見る。

鳴上「少し軽いな……」

リズ「使った金属がスピード系のヤツだからね……」

鳴上「ちょっと、試してみても良いか?」

リズ「試す……って?」

鳴上「耐久力をさ」


そう言うと、客はいきなり矛を横にかざし、もう片方の手で持った剣を矛の上に置いた。
ぶつけて試す気だ。


リズ「ちょちょちょっと! そんな事したら、あんたの剣が折れちゃうわよ!」

鳴上「その時はその時さ……」


スキル発動の発光が始まる。剣速の見えない強烈な振りが矛にぶち当たる。
響き渡る金属音と共に、矛の先端部分が宙を舞い、床にカランとマヌケな音をたてて転がった。
矛は呆気なく折れた。

リズ「……」

鳴上「……」


そして、刃の部分は破片になって消えた。


リズ「ひぃあああーっ!」


顔から血の気の引いたリズが、客から強引に自分の名作を奪い取る。
刃の部分が根元から折れてしまっている。


リズ「修復、不可能……」

鳴上「あっ……」


持っていた柄の部分も虚空へと返っていった。
全身から力が抜け、立っていられなくなった。


鳴上「あっ……えと、その……落ちつけ」

リズ「何が落ちつけよこの馬鹿! なんて事すんのよーっ!」


胸倉をつかみまくし立てる。客も正直信じられないという面持ちで謝り倒す。

鳴上「悪かった! まさか本当に折れるとは夢にも――」

リズ「それはつまり! アタシの剣が思ったよりやわっちかったって言いたいの!?」

鳴上「あぁー……はっきり言うとそうだ」


掴んでいた服をはたくように離し、素っ頓狂のいけすかない客に怒りをぶつける。


リズ「言っておきますけどねぇ? 材料さえあれば、アンタの剣なんかぽっきぽき折れちゃうくらいのを、
   いっくらでも鍛えられるんですからね!?」

鳴上「は、はぁ……でも、あれが最高なヤツなら、これ以上望むのは無理なんじゃ……」


一挙手一投足、言葉の端から終わりまで、何から何まで頭の血行だけを良くしてくれる。

リズ「アタシを怒らせるのが本当に上手ね……。そこまで言ったからには、全部付き合ってもらうわよ!」

鳴上「え、全部?」

リズ「そう! 金属取りに行くところからね!」

鳴上「俺一人で十分だよ。そんなレアな鉱石取るってくらいなら、女性を連れて行くのは危ないから」

リズ「何紳士ぶっちゃってんのよ! 馬鹿にしないでくれる?
   アタシ、これでもマスターメイサーなんだけど」

鳴上「ふーん、それで、金属の当ては?」


興味無さそうに自分の剣を取り、身支度を始める剣士。
それに対して挑発的な語調でリズが説明を始める。


リズ「55層にある西の山に、水晶を餌にするドラゴンがいるらしいの。
   そいつがレアな金属を体内に溜めこんでるって噂よ」

鳴上「55層、か……やっぱり俺が――」

リズ「金属を手に入れるには、マスタースミスがいないとダメらしいわよ?
   それでも一人で行くつもり?」


したり顔で、澄ました顔をした客にリズは言った。
客は目を横に流し、しばらく考えてからまたリズを見返した。
そして、小さく溜息をついた。

リズ「どうするのー剣士さーん?」

鳴上「……俺の後ろでなら、構わない」

リズ「あ、アンタねぇ……」


リズの癇癪を遮るように、客が右手を差し出した。


鳴上「俺は、えっと、悠だ。剣ができるまで、よろしくな」

リズ「よろしく! ユウ!」


握手には応じず、そっぽを向いてつっけんどんな返事を返す。


鳴上「コンゴトモ ヨロシク……」

リズ「……はぁ……一応名乗っとくわ。リズベットよ」

鳴上「あぁ、よろしく。リズベット」


この客には、何とも危機感というか、そういうものが欠如しているとしか、彼女には思えなかった。
身支度をすませた剣士が、何故だか満足そうに笑っていた。


――

55層 西の山 山雪地帯


リズ「ハクションッ!」


見渡す限りの雪の景色。うず高く積る白い雪と、空の鬱蒼とした灰色、そして雪の合間に露出した岩のくすんだ紺色が、
グラデーションのように景色を作る。
しかしその景色も、冷気でできたもやのせいか、雑に霞んで見える。


リズ「寒い……」

鳴上「余分な服とか無いのか?」

リズ「55層がこんな氷雪地帯だなんて知らなかったのよ!」


悪態も声も、震えてまともに出なくなっていた。鼻も垂れてきている。
自分の身体を抱くように凍えていると、いきなり布が覆いかぶさってきた。
鳴上がアイテム欄から出した、防寒着だった。

リズ「な、何?」

鳴上「それ、羽織っといた方が良いよ」

リズ「あ、アンタは大丈夫なの?」

鳴上「鍛えてますから」

リズ「……一々少し的外れな事言うわね……」


悪態をつきながらも、その防寒着に体を包ませた。
ふと、体を包んだその温かさに、足が止まった。

リズ「……あたたかい……」


手を吐息で温めながら、視線を掴み所の無い、奇妙な黒い剣士の方へと向けた。
こんな男と二人きりで出掛けるなんて、妙な事になったな、とリズベットは胸の中で小さく呟いた。


鳴上「どうしたんだ、リズベット。もう限界か?」

リズ「まだ余裕よ! ていうか、どうせ呼び捨てにされるならリズでいいわよ」

鳴上「わかったよ、リズ」

リズ「屈託無さ過ぎよ、アンタ……」



――

先程まで降っていなかった雪が、淡く空の色を反射して、煌々としたような、汚れてしまっているような、
曖昧な美しさを放って、降り始めていた。

山の頂上付近は、巨大な石英のような鉱石が所狭しと乱立していた。
幻想的な風景に心を躍らせたリズベットが鉱石を覗きこむと、鉱石はリズベットと雪とを、景気から切り取るように鮮明に映し出した。


リズ「きれーいっ!」


喜々として走り出そうとするリズベットを、鳴上がフードを掴んで止める。


リズ「な、何すんのよ!」

鳴上「転移結晶の用意をしておいてくれ」

リズ「わかったわよ……」


不承不承といった感じで、リズベットは懐から結晶を取り出した。

鳴上「あと、ここからは俺一人でやる。リズはドラゴンが出たら、その辺の水晶の陰に隠れるんだ。
   絶対に顔を出したりしない事」

リズ「何よ? アタシだって素人じゃないんだから手伝う――」

鳴上「駄目だ!」


突然の険しい声に、リズベットはたじろいた。
鳴上の顔を見る。今までの少し間の抜けた人間はそこにはいない。
拒否させる隙すら無い、息がつまりそうな程強い眼をした黒い剣士が、対峙していた。
何も言い返せず、ただ、頷くしかなかった。


鳴上「ありがとう……」


剣士の表情が、また元の鳴上に戻る。
何か無条件で心を許してしまいそうな温かい目が、彼の目にまた浮かんでいた。
鳴上は、安心させるために、リズベットの頭を軽く触る。


鳴上「よし、行こうか」


リズベットは、残った感触を確かめるように、触れられた部分を両手で触った。
言いようの無い気持ちが、心と喉を締め付けた。

刹那、咆哮が山頂付近に轟いた。水晶に反響したその音は、恐怖の塊が奥底の見えない闇から這い出てくるような、そんな恐怖の感情を煽った。


鳴上「その水晶の陰に隠れろ!」


鳴上を一瞥し、リズベットは水晶の陰に隠れた。

それまで水晶の山と思われていたものが、突然動き出した。
腕が生え、翼が生え、まるで殻を破り捨てるように、水晶の中から巨大な竜が姿を現した。

竜は出てくると共に、頭部を宙へと高く持ち上げ、息を大きく吸い込んだ。


リズ「ブレスよ! 避けて!」


水晶の陰から叫ぶも、鳴上は一歩たりとも動こうとしない。
竜は飛びあがると、その反動を利用するかの如く、口から火炎を放った。

鳴上は一瞬身をかがめ、剣に手をかける。刹那、勢いよく振り上げられた剣が火球とかち合う。
その天へと跳ねあがる一太刀が、竜の火炎を両断した。


リズ「凄い……剣一本だけで……一体何者なの……」

振り上げた剣の勢いを借り、そのまま竜へと飛びかかる。
竜は翼をぶつけようとしたが、それを身を翻しながら避け、そこで得た捻りを利用し、空中で叩きつけるように斬る。
竜の外郭と剣とがぶつかり、甲高い音をあげた。その一撃で竜は地面に落された。鳴上の剣がその隙を逃さず、何度も竜の外郭を叩く。
竜も反撃を入れようと尾や翼をがむしゃらに振るが、鳴上は周りの柱のように乱立する水晶を足場とし、荒々しくも鋭敏な動きで回避する。

何とか体勢を戻した竜は一度宙へと体を戻し、再度突進を仕掛ける。鳴上も追いかけるように地を蹴り、宙へと躍り出る。
突撃に身を任せ振われた竜の爪が、鳴上を捉えんとする。これを鳴上は剣でいなし、勢いを殺さず二太刀で腕ごと斬り取った。

人間離れした動きを見せる鳴上の戦いに、リズベットは自然と心躍った。
水晶の陰から身を乗り出し、ひしひしと伝わる戦いの余波を感じながら、食い入るように見る。


リズ「ほら! さっさとかたをつけちゃいなさいよ!」


鳴上の勝利を確信したリズベットは、水晶の陰から離れ、催促した。


鳴上「馬鹿! まだ出てくるな!」

リズ「何よ! もう終わりじゃな――」


竜の赤い目が、小さな標的を捉える。宙へ更に高く舞うと、その巨大な体躯をリズベットの方へ向け、翼に威力を溜めた。
そして、翼の威力がリズベットへと振るわれる。風となった威力は雪を巻き上げ、雪崩のように水晶群を飲み込む。

鳴上「逃げろ!」

リズ「っ!」


咄嗟に走るも、横殴りの雪崩がリズベットを丸呑みにした。
リズベットを救出する為、鳴上は水晶を蹴り、リズベットの方へと突進するかの如く跳躍した。


リズ「きゃあああっ!」

鳴上「リズっ!」


雪崩に流され、体が宙へと巻き上げられる。
雪崩の勢いが死に、リズが目を開くと、真下に巨大な穴が口を大きく開けて、捕食せんと待ち構えていた。

リズ「いやあああっ! 嘘! 嘘ぉおっ!」


体が支えを失い、真っ逆さまに落ちて行く。振りまわした手は虚空を切り、穴の下へ吸い込まれるように落下する。
だが、空をすり抜けて行くその手を掴むものがあった。


鳴上「リズ! 掴まれ!」


腕から体を手繰りよせられ、そのまま体を抱きしめられる。
リズベットを包んだ体が下向きになり、暗闇への落下を続けた。


――

リズベットの意識が戻った。まだ体を縦に割られるような、落下時の身体の強張りが残っていた。
目を開けると、鳴上が自分の下敷きになり、倒れていた。


鳴上「生きてたな……」


リズベットは遠慮がちに鳴上から離れ、頷く。


リズ「うん……生きてた……」

鳴上「無事なら、良い。あぁそれと、一応飲んでおいてくれ、回復薬」


鳴上は懐から赤い液体の入った瓶を取り出し、リズベットに勧めた。
それを、リズベットは受け取る。


リズ「うん……」


鳴上のhpバーを見た。自分を庇う為に、下敷きとなったせいか、赤いラインまで低くなっていた。

鳴上「どうした? 早く飲んでおいた方が良い。hp、黄色くなってるぞ」

リズ「う、うん……。えと、ありがとう、助けてくれて……」

鳴上「礼はまだ早いさ……どうやって抜けだしたものか……」

リズ「え? テレポートすればいいじゃない」


転移結晶を取り出し、両手で空へとかざした。


リズ「転移! リンダース!」


しかし結晶はうんともすんとも言わず、沈黙しているのみだった。


リズ「そんな……」

鳴上「クリスタルが使えないってことは、他に脱出方があるはずだ……」

リズ「そ、そんなのわかんないじゃない! 落ちた人が100%死ぬって想定したトラップかもよ!?」

鳴上「なるほどなー……」


相変わらずの呆けた態度に、リズベットの肩から力が抜けた。
呆けたというか、むしろ呆れる程冷静、といった方が良いのかもしれない。

リズ「アンタねぇ! もうちょっと元気づけなさいよ!」

鳴上「ひとつアイディアがある」

リズ「ほ、ホント!?」

鳴上「壁を駆けあがる」


絶句した。


リズ「……馬鹿?」

鳴上「馬鹿かどうか……乾坤一擲さ……」


動じない剣士は立ち上がり、壁との距離をとる為に、後ろ向きに歩きだした。
そして、助走をつけ、勢いよく飛んだ。壁に足をつけても勢いは消えず、そのまま垂直に壁を駆けあがっていく。


リズ「うっそーん……」

鳴上はまだ壁を駆けあがっている。しかし、穴の中腹にも満たない場所で足を氷に取られ、滑ってしまった。


鳴上「のわっ!」


鳴上は勢いよく落下し、積もった雪に叩きつけられた。雪が粉塵のように舞い、鳴上型の穴が雪に出来てしまった。


鳴上「ですよねー……」

リズ「……」


――

リズ「なーんか変な感じ……」


ランプを間に挟み、寝袋が二つ、穴の底に並んでいた。
空からは明りが消え、雪がゆっくりと降っている。穴の中に入った雪が、ランプの明かりに反射して夜空に映し出されると、
さながら星のような、小さい輝きを放った。


リズ「現実じゃあり得ないよ……こんな初めて来る場所で、初めて会った人と、並んで寝るなんてさ……。
   しかも壁とか走り出すし、ホント変なヤツだね」


悪態ではない、心からの笑顔と共に言った冗談だった。


鳴上「良く言われる。特にこっちに来てからは……」


またリズベットから自然な笑いが出る。
一しきり笑った後、視線を鳴上から空へと向けた。

リズ「ねぇ、ユウ? 聞いていい?」

鳴上「なんだ、改まって」

リズ「なんであの時、私を助けたの?」


リズベットは体を起こし、鳴上を真剣な眼差しで見つめる。
鳴上は視線だけをリズベットに向け、ゆっくり瞬きをしてから言った。


鳴上「誰かを、見殺しにするくらいなら……俺が命に代えてでも守る……。
   俺の目の前で、人を殺させたりなんかしない」

リズ「……」


鳴上が体を起こし、正面からリズベットの視線を受けた。
平常な時とも、戦いの時とも違う、真剣な眼にリズベットが固まる。

鳴上「それが、君みたいなかわいい女の子だったら、尚更だ」



心臓がトクンと跳ねた。


リズ「……馬鹿だね、ホント……そんなヤツ、他にいないわよ……」

鳴上「惚れるなよ?」

リズ「馬鹿……やっぱり、変わってる……」

鳴上「うるさい……」


こんな状況でも、冗談混じりの会話が無くなるのが、惜しかった。
もっとこの人と、関わってみたい、そう思った。


リズ「ね……手握って……」

鳴上「……」


今にも散ってしまいそうな、不安げな瞳が、鳴上を静かに見つめる。
そして、リズベットは寝袋の中から右手を差し出した。鳴上は何も言わず、その手を握り返す。
強いとも弱いとも言えない力が、リズの手を包む。

リズ「温かい……」

鳴上「そっか……」

リズ「アタシもユウも、仮想世界のデータなのに……」

鳴上「……」


一瞬だけ、暗い気持ちが顔に出たが、リズの顔にまた笑顔に戻る。
安心を得た、安らかな幼子のような柔らかい笑みだった。
そして静かに、目を瞑る。ユウの感触を確かめるように、少し強く握ってみた。
鳴上も静かに、彼女の手を握り返してくれた。それで、十分だった。


鳴上「……おやすみ、リズ」


冷めた気温を感じない、安らかな時間が、ゆっくりと流れて行る。
ライトから発せられる温かな光が、鳴上とリズを包む。リズの心臓が小さく早鐘を打っている、しかし、不快な気分は無かった。
意識が、握られた手の温もりで溶かされていくように、落ちて行く。


――

穴に差し込む朝日で、リズは目を覚ました。大きく伸びをし、寝ぼけた目で横を見る。
すると、何か一心不乱に雪をかけ分ける鳴上がそこにいた。


リズ「あれ、何してんの?」


昨夜の事を思い出す。握られた手。ユウの眼。
恥ずかしさに口が奥にすぼんだ。頬を両手で叩いて、平静を取り戻す。
鳴上の背中越しに、掘られた穴を見る。


リズ「どうしたっての?」

鳴上「ん? あぁほら、これ」


鳴上の手に巨大な鉱石があった。驚きつつも、リズは鉱石を鑑定した。
その名前が、リズ達が探していた鉱石と合致した。


リズ「こ、これ……ひょっとして……」

鳴上「あぁ、俺たちが取りに来た金属なんだろうな。ドラゴンは水晶をかじり、
   腹の中で精製する。全く、見つからない訳だ」


そう言って、笑いながら鉱石をリズに渡した。

リズ「やったね……でも、なんでこんな所に?」

鳴上「この縦穴は、トラップじゃなく、ドラゴンの巣だったんだ」

リズ「え、えぇ?」

鳴上「つまり、そのインゴッドはドラゴンの排泄物だ。あの、食後に出したくなるあれだ」

リズ「……」


手に持っている鉱石と鳴上とを、リズの視線が行ったり来たりしている。
やがて、ようやく意味を理解したのか鉱石を乱暴に鳴上の方へ投げた。


鳴上「おっと、危ない。ま、何にせよ、目標達成だな。これで後は……」


鉱石を掴んでいた手を、複雑な気持ちで見た。
そして、ふと、疑問が頭に浮かんだ。


リズ「ねぇ、ここドラゴンの巣だって言ったわよね……」

鳴上「あぁ」

リズ「確かドラゴンは夜行性……ってことはそれはつまり……」

鳴上「……っ」

示し合わせたように二人は上を見る。
巨大な影が、光の向こうから猛スピードで突っ込んで来ている。


リズ「来たぁっ!」

鳴上「俺に捕まってろ!」


鳴上が強引にリズを担ぐと、剣を抜き、周りの雪を巻き上げた。
ドラゴンの視界は雪で遮られ、翼で雪をかき消した頃には鳴上達の姿は消えていた。

黒い剣士は仲間を担ぎ、壁を駆け登っていた。
十分な高度まで登った時、重力に身を任せるように後ろへと飛んだ。


鳴上「手を離すなよ!」


剣がドラゴンの堅い外郭を突き破り、背に刺さった。
ドラゴンはたまらず咆哮をあげ、旋回しながら急上昇していく。
強烈な重力が鳴上達を叩く。刺した剣で何とか、ドラゴンの背い食いついていた。

鳴上「外だ!」

リズ「きゃああっ!」


窮屈な穴からドラゴンが勢い良く飛び出す。突然ドラゴンは急停止し、鳴上の剣が背中から抜ける。
そのまま、慣性に任せて鳴上達が空へと射出される。雲を突き抜け、何も遮るものの無い高度まで、飛ばされる。
慣性の勢いが無くなり、体が自由になった所で、きつく瞑っていた目を開ける。


リズ「凄い……」


遮るものの無い、遠景を見渡す。
ちぎれた雲が、亜麻のキャンパスのように粗い下地を作り、その上に爛々と輝く朝日が描かれている。
その朝日が、雪を被った山々を紅く照らし、プリズムのように輝いている。
落下している自分の体を力強く打ちつける風が、そんな幻想的な景色を、現実だと教えてくれる。


鳴上「リズ!」


風の切れ間から、自分を呼ぶ声が聞こえた。視線を声の方へと移す。
鳴上の手が、そっと差し出されていた。
彼の顔を見た。自分の全てを受け入れてくれるような、奥の見えない黒目が、その視線を正面から受ける。
ゆっくりと、その手をとった。

リズ「ねぇ! ユウ!」


風のせいで、聞こえないかもしれない。


鳴上「何だ!?」


でも、これだけは、今言いたかった。


リズ「アタシ! ユウのこと! 好きぃっ!」

鳴上「もっと大声でっ! 聞こえない!」


彼の手を強引に引き寄せ、肩に手を回し抱きつく。


リズ「何でもなぁーいっ!」


風を切り、朗らかな笑い声が、鳴上と共に落ちて行く。



――

第48層 リンダース



リズ「本当に矛で良いのよね?」

鳴上「あぁ、よろしく頼む」


橙色にまで熱せられた鉱石と対峙する。リズは大きく深呼吸をした。
そして、その息を飲むと、意を決したように槌を振った。
熱せられた鉱石が、力を込めた一振り一振りにより、形を変えていく。

槌を振り下ろすその姿を、鳴上はただ息を潜めるようにして見る。
まるで剣の達人と相対したような空気が、目の前で流れている。思わず目が釘付けになった。
自分が何か出来るような隙は、一分も見えなかった。それ程までに、リズの振う槌に熱が籠っていた。

これは、錯覚なんかじゃない。満足の行く矛が打ち上がったら、気持ちを告白しよう。
その思いが、彼女に渾身の一振りを振らせる。

その一振りが振り下ろされた時、鉱石が紅く発光し始めた。
産声をあげるようなその力強い輝きが、鳴上から溜息を洩らさせる。
光と共に鉱石は形を変え、一つの武器へと変化した。

リズ「天沼矛……あまのぬぼこって読み……アタシが初耳って事は、情報屋の名鑑には載ってないはずよ……。
   試してみて」


リズがそう言うと、鳴上は何か隠し事をするように悩んでいた。


リズ「……どうしたの?」

鳴上「あ、いや……ちょっとな……」

リズ「ま、まさか……この期に及んで実は矛じゃなくて剣が欲しかったとか言わないでしょうね!?」

鳴上「いや、矛で良い……」


鳴上は、何か決意したように、体をリズの正面へ向けた。


鳴上「これから見る出来事は……二人だけの秘密にして欲しい」

リズ「え? それってどういう……」

鳴上「約束してくれるね」


鳴上の刺されるような視線に、リズの意思は既に呑まれ、頷くしかなかった。

鳴上「ありがとう……じゃあ、試させてもらう……」


そう言うと鳴上は突然右手を前に突き出した。
そしてゆっくりと手のひらを天井に向けると、一枚のカードが何処からともなく降ってきた。
何がしたいのか理解できないで見ていると、突如鳴上の足元に、無機質な表情を湛える、顔のような紋様が浮かび上がった。
巨大な紋様とカードから、青い閃光と炎の息吹が放たれる。


リズ「え、え、何ソレ!?」

鳴上「一応、街の中でも使えるんだな……初めて知ったよ。意味ないけど」

リズ「人の話聞きなさいよ! だから! 何なのよ! ソレっ!?」

鳴上「……ペルソナ!」


カードが握りつぶされた。鏡が砕け散るようにカードは粉々になり、鎖の引きちぎれる音が甲高く響く。
鳴上の身体が青い炎に包まれていく。

リズ「……何、あれ……」


そして、炎の中から、荘厳と立ち上がる黒い巨人。眼光鋭く、爬虫類のような印象を受ける白い面。
しなやかな柔らかさを感じる上半身に、黒の装束と頭に巻かれた長い白布が、炎に揺らめきたつ。
異形の巨人が、突如として、鳴上の背後から湧いて出てくるように出現したのだ。


鳴上「……ちょっと狭いな。かがまなくても何とか大丈夫だけど」

リズ「……なななによ! その人誰よ! モンスター!?」


魚のように、ぱくぱくと口を開けて喚くリズを見て、鳴上は愉快そうに笑いながら言う。


鳴上「ペルソナ。俺の固有スキルだ」

リズ「こゆう、スキル?」

鳴上「あぁ。ビーストテイマーとかそういうのとも違う、もう一人の自分を召喚するスキル」

リズ「もうひとりの、じぶん?」


頭が全く追いつかない。ビーストテイマーではないのに使役する存在がいるのがまずおかしいし、
もう一人の自分という哲学的なスキルがあるというのも、聞いたことが無かった。

鳴上「情報屋にも嗅ぎつけられてないと思うから、ペルソナの存在を知ってるのは、リズと俺だけだよ」

リズ「は、はぁ。光栄です……」

鳴上「さて……」


黒い巨人が自らの意思を持って動き出す。その長い手を伸ばし、作業台に乗っていた矛を掴む。
そして、重さを確かめるように、その矛をただじっと握っていた。


鳴上「ふん……」

リズ「え、えっと……」

鳴上「よし、これは重いな……良い矛だ……」


鳴上が表情を和らげると、巨人の輪郭が薄くなり、青い光を放ちながら、矛と共に消えていった。
呆気にとられ、茫然としていたリズの頭に、当然何かが触れた。


鳴上「魂が籠ってる気がするよ、ありがとう」


鳴上の手が、優しく頭を撫でていた。一気に現実に引き戻され、今度は恥ずかしさで体が強張る。
だが、嫌な気はしなかった。

リズ「……えっと今のは、何?」

鳴上「ペルソナ。さっきも言った通り、もう一人の自分を召喚するスキル」

リズ「……出現条件は?」

鳴上「うーん……自分の弱さを、認める事、かな……」

リズ「何ソレ、これゲームなんだから、もっと具体的な数値とか言いなさいよ」

鳴上「ゴメン。でも、実際そうだから、しょうがない」

リズ「変な男に、変なスキルねぇ……」

鳴上「うるさい……」


二人で、小さく笑い合う。鳴上の手が、そっとリズの頭から離された。
少し恨めしそうな顔をして、リズは鳴上を見つめた。


鳴上「さて、これで依頼完了だな。代金払わないと。いくら?」


リズは、胸のあたりに当てていた自分の手を握り、意を決した。

リズ「えっと……お金は、いらない……」

鳴上「え?」


鳴上のあの目を見れず、下を向く。
心臓が煽るように早鐘を打つ。体を、酸味を帯びた甘い痺れが包んでいく。


リズ「アタシを……ユウの、専属スミスにして欲しい……」

鳴上「……リズ?」


自分でもわかるくらい、顔が熱くなっていた。
口の中でモゴモゴと留まる言葉を、飲み込まないように、必死で出す。


リズ「フィ、フィールドから戻ったら、装備のメンテをさせて! 毎日、これから、ずっと……」

鳴上「リズ……」


彼の手へと、手を伸ばす。自分に、この世界で、本物と呼べるものを教えてくれた手へと。


リズ「ユウ……アタシ、アタシね――」

手があと少しで触れるという所で、扉の音が、その手を弾いた。


アスナ「リズ! 心配したよ!」

リズ「ア、アスナっ?」


突然現れた友に目を丸くする。アスナはそんなリズに駆け寄り、強く抱きついた。


アスナ「メッセージは届かないし、マップ追跡もできないし、一体昨夜は何処にいたのよ……」

リズ「……ゴメン……ちょっと、ダンジョンで足止めくらって…………」

アスナ「ダンジョン? リズが、一人で?」

リズ「ううん……この人と」


リズが指差した方を見て、アスナは目を見開いた。

アスナ「へっ? ……ユウ君!?」

鳴上「やぁ、アスナ。一昨日ぶりだな」

アスナ「ビックリしたぁ……そっか、早速来たんだ。言ってくれれば私も一緒したのに」


リズの中に、一抹の不安が浮かぶ。


リズ「二人とも、もしかして知り合い?」

鳴上「あぁ。一応、俺も攻略組でさ」


攻略組。その一言で、リズはまた仮想世界に引きずり戻された。


アスナ「強力な武器が欲しかったみたいで、リズのお店を紹介したの」

リズ「そうだったんだ……」

アスナ「私の親友に変なことしなかったでしょうね?」

鳴上「変な事?」

アスナ「またとぼけて――」

二人が、遠慮の無い会話をしている。喉を締め付けるような感情が、湧きあがってくる。
観客席から、あの二人がいる舞台を見ていうるような、そんな錯覚を覚えた。
そっか、そういうことね――。


アスナ「この人、リズに失礼なこと言わなかった?」


リズは下を向き、黙っていた。


アスナ「リズ?」

鳴上「……」

リズ「失礼も何も! アタシの店一番の武器をいきなりへし折ってくれたわよ!」


顔に出来た影を払うように、いたずらな笑顔を浮かべて、手を扇ぐようにして答える。


アスナ「えぇ!? ご、ゴメン……」

リズ「別に、アスナが謝ることないよ」

両手を合わせて謝る親友に、そっと近寄り、耳打ちする。


リズ「まぁ、変だけど悪い人じゃないわね。応援するからさ、頑張りなよ、アスナ」

アスナ「だから! そんなんじゃないわよ!」


顔を赤らめる友人を置き、リズはそう言って、扉の方へと駆けだした。


アスナ「リズ?」

リズ「ゴメン、仕入れの約束があったから、ちょっと出てくるね!」

アスナ「え? 店はどうするの?」

リズ「二人で、留守番、よろしくぅ!」


自分でも、声が震えているのがわかった。だが、自分ができる、精一杯の気遣いと強がりは、これだけだった。
扉を乱雑に開けて、出て行く。

アスナ「えぇ!? ちょっと! リズ!」

鳴上「リズ……」

アスナ「はぁ……全く、留守番って……。ね、ねぇ? ユウ君?」

鳴上「ちょっと、留守番頼む」

アスナ「へ?」


そう言うと鳴上は荷物を担いで、リズを追うように扉から出て行った。


アスナ「あ、ちょっと! どういうことよ……」


――

夕日が街を包んでいた。小川に光が当たり、波がゆらゆらと反射する。
その小川に架かった小さな橋に、鳴上は立っていた。


鳴上「リズベット……」


リズベットは、橋の陰にうずくまるようにして、隠れて泣いていた。
鳴上の声に、体を一瞬震わせ、それから間を置いてゆっくりと立ち上がった。


リズ「ダメだよ……今来ちゃ……」


鳴上の方へと振り向く。リズベットの目元は赤くなっていた。


リズ「もうちょっとで……いつもの、元気なリズベットに戻れたのに……」

鳴上「リズ……」

リズ「どうしてここがわかったの?」


涙をぬぐいながらリズが質問をすると、鳴上は遠くに見える街で一番高い塔を指差した。


鳴上「あそこの天辺から、街中見渡して、見つけたんだ」

リズ「相変わらずムチャクチャだね……」

小さく笑ってから、リズベットは日を避けるように、木陰の方へゆっくりと移動する。
そして、流れる小川の前でしゃがみこんだ。


リズ「慣れない冒険で、心がビックリしただけだと思う……。
   だから、アタシが言ったこと、全部、忘れて……」


両手で顔を包み、最後は涙で声がしゃがれながらも、リズベットは気丈に言った。
少しの沈黙の後、鳴上がそれを破るように口を開く。


鳴上「俺、リズにお礼が言いたいんだ」


リズベットから小さく驚く声が漏れ、夕日を背にした鳴上の方を、振り向いた。
鳴上は、水晶の山で竜と戦う前に見せた、あの真剣な表情をしていた。


鳴上「俺……ずっと、一人で生き残るくらいなら、死んだ方がマシだって、そう思ってきた……」

リズ「……ユウ?」

鳴上「あのペルソナの力をまた得て以来、ずっと、そういう風に錯覚してた……。
   でも、穴に落ちた時、一緒に生きてた事が、嬉しかった。
   俺も、他の皆も、生きる為に生きている。そして何かしら、皆が関わりを持って、暮らしている……。
   そんなこと、随分前に、わかってたはずだったんだけどな……リズに、また教えられたよ」

リズ「ユウ……」

鳴上「だから、ありがとう、リズ。俺に、大事なこと思い出させてくれて」


屈託の無い笑顔で、彼はまたこういうキザなセリフを言う。


リズ「アタシも……」


そんな彼の笑顔に、心につっかえていた、自分の本当の気持ちがさらけ出されていく。


リズ「アタシもね、ずっと探してたんだ……この世界での、本当の何かを……。
   アタシにとっては、ユウの手の温かさが、それだった……」


一瞬だけ暗い顔を見せた後、夕日に照らされたリズの顔に、また笑顔が戻る。
本当はただ眩しいせいで、泣き顔が出来なかっただけかもしれないが、鳴上には笑顔に見えた。

リズ「さっきの言葉、アスナにも聞かせてあげて……」

鳴上「リズ……」


鳴上に背を向けて、背伸びをするように空を見上げた。


リズ「アタシは大丈夫……まだしばらくは、熱が残ってる……。
   だからね、お願い……ユウがこの世界を終わらせて」


顔をあげても、流れる涙は落ちるのをやめてくれない。
今は、強がらせて欲しいのに。涙は止まらなかった。


リズ「それまではアタシ、頑張れるから……」

鳴上「あぁ、約束する。俺が、この世界を終わらせて見せる。人の可能性を、見せてやるさ」

涙をぬぐい、大きく溜息をついた。


リズ「武器や防具の修理が必要なら、いつでも来てよね」

鳴上「あぁ」


彼と最初に会った時よりも、眩しい笑顔で振り向く。
その時とは違う、作り物の笑顔では無い、心からの笑顔だった。


リズ「これからも、リズベット武具店をよろしく!」



――

???「ようこそ、ベルベットルームへ……」

???「過去の影を振り払い、新たな絆、運命のアルカナを目覚めさせたようね……」

???「この虚飾の世界で、貴方は運命という輪の中の一つに過ぎない……」

???「でも、貴方には自らの意思で、輪を動かす力がある……」

???「他の輪を、いくつも絡めてね……」

???「そうして行きつく先が、貴方にとっての真実であることを、祈ってるわ……」

???「では、また会いましょう……」


――
第七話 心の温度 完

剣と剣が交じり合う。金属のかち合う乾いた音が何度も響き、刃が走り、光る。
殴るように振るわれた剣を、鳴上はしなやかな太刀筋で受け、弾いている。
黒い剣士の首を狙う切っ先が、走った。上体を逸らし、それを寸での所で避け、鳴上は背を向け後退する。

相手は曲刀に力をたぎらせると、踏み込み、地を縮めるように素早く、後退する鳴上を間合いに捉えた。
しかし、背を向けた体勢で、鳴上は身を左へと転じ、すれ違いざまに相手の胴を抜いた。

振り切られた剣を引こうとする相手に、胴撃ちの振りをそのまま回転させ、間髪入れず二撃目を放つ。
悶絶した相手は足掻きの剣を振るうも、上体をかがめた鳴上をかすめ、下から来る刃に腹をえぐられた。

怯んだ相手に最後の横一閃を撃ちこむ。そして四角を描く、剣の軌跡が開いた。
相手は断末魔をあげ、破片へと変わって消えていった。


鳴上「まだレベルは上がらないか……」

敵を倒した後に出る獲得物の表示を見て、息を整えながら小さく呟いた。
鳴上のレベルは全プレイヤーの中でも、最高峰のものであった。
このデスゲームで、二年近くをかけて得た、数値である。

剣を払い、鞘に収める。
ふと、迷宮の中で何か遠くを眺めるように、視線をやった。

最近、どこからか視線を感じるようになった。
このゲームを創った、茅場晶彦の視線なのか、或いは――。
小さく息を漏らし、歩み始めた。


鳴上「帰るか……」


――第八話 黒と白の剣舞

主人公を番長に置き換えた感しかないからもっとペルソナの要素出していいんじゃない?

>>410
薄々感じてたから、一応、どこかで現実サイドを入れるつもりだったけど
そろそろ入れるね……スマン、早く九話に行きたかったんだ

東京 大学病院


花村「もう、お前の意識が戻らないで、二年、か……」


殺風景な病室の中で、そんな事を呟く青年がいた。
花村陽介、今このベッドで眠っている者の相棒である。

病室の窓はカーテンが閉められていた為、外は見えなかったが、雨の音だけがかすかに聞こえた。


花村「なぁ、悠。俺さ、大学でまた新しい友達できてさ、ソイツがまた面白いヤツで……まぁ、お前程じゃないけどよ。
   早く起きて、ソイツに会ってくれよ、な? 絶対、お前も気にいるからさ……」


返事は無い。小さな呼吸音だけが、彼の口から漏れている。


花村「俺達、知ってんだぜ? お前が、そっちの世界で頑張ってんの……。
   そっちの世界で、ペルソナの反応がまた出たって、聞いたんだ……。
   直斗が必死で捜査してさ、それで情報を掴んで、教えてくれたんだ……」


パイプ椅子に座り、前かがみになって相棒に語る。


花村「全く、どの世界でも、お前は凄いよな……そのゲーム、魔法とかないんだぜ?
   それなのにペルソナとか、チートだろチート……」

里中「花村……」


自分を呼ぶ声が聞こえた。扉の方を見ると、ダウンに身を包み、寒そうに立っている里中がいた。
ビニール傘を壁にかけ、病室に入ってくる。


花村「よう、お前も来たのか……」

里中「うん……ほら、これ、暖かい飲み物……」

花村「お、サンキュー」


小さな保温用の、温かいペットボトルを受け取る。
里中は寒そうに、ペットボトルを手の中で転がしながら、花村の隣に椅子を置き、腰かけた。

里中「アタシも、最近学校忙しくて中々来れないけど……ちゃんと休みの日は、なるべくここに来るようにしてる」

花村「そういや最近、お前とここで会うことも無くなってたな……」

里中「うん……そろそろ、実地があるから……」

花村「あー、そっか。でも、良かったな、学校がこの病院の近くで」

里中「うん。雪子も、旅館忙しくてあんまり来れないけど、オフシーズンになったら、できるだけ来るようにするって……。
   アタシも、一段落したら、雪子と来るつもり……」

花村「そうだな。その方が、悠も喜ぶかもな」


学校の授業も終わり、進路も決まった矢先、鳴上の意識がsaoに囚われた。
そのショックに陥りながらも、天城と花村は大学に合格し、里中は警察学校へと進んでいた。
天城は大学と宿の仕事、二足の草鞋の状態でも、暇を見つけては見舞いに来ているらしい。

花村「しっかし、りせはアイドル稼業が忙しくて来れないし、
   直斗は推薦で大学受かったみたいだけど、悠の為に捜査してるし。
   オマケに完二も完二で、今は頭がヤバイだろうし。
   後輩組は、来たくても来れない連中ばっかりになっちまった……」

里中「まぁねぇ……あ、この前ここで完二君とばったり会ったけど、目が血走ってたよ」

花村「あー……アイツ、最初は家継ぐとか言ってたけど、母親さんに大学には行きなさいって言われて、
   慌てて三年の秋から勉強し始めたからな」

里中「まぁ完二君も、あぁ見えて努力家だし、大丈夫でしょ」

花村「そうだな……」

里中「それに、こうして代わりに、アンタと菜々子ちゃんとかが、アタシ達よりも頻繁に来てくれてるんだから、
   鳴上君も、寂しいなんて思ってないはずだよ」

花村「ははっ、それもそうだな……」


花村は手に持ったペットボトルを開けずに、ただ手の中で転がしていた。

里中「飲まないの?」

花村「いや、暖かいからさ、もうちょっと、な……」

里中「そっか……」


そんな風に会話をしていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。


クマ「ヨースケーッ! 飲み物とご飯買ってきたクマー!」


ぎっしり詰まったビニール袋を引っ提げて、金髪の少年がドアを開け放った。


花村「馬鹿! 何度言ったらわかるんだよ! ここ病院なんだからもっと静かにしろ!」

里中「そういう花村も声落としなさいよ」

花村「あ、あぁ、わ、悪い……」


金髪の少年は意にも介さず、ベッドに歩み寄る。

クマ「ほらー、センセェー! センセェーの好きなグミクマよー!」

里中「鳴上君、グミ好きだったっけ?」

花村「……横のテーブルに置いといてやってくれ、クマ」

クマ「……わかったクマ……」


クマから喧騒が消え、心持か肩を落とした。
重いビニールをなんとか持ち上げて、置かれている花に触れないように、テーブルの上に静かに置いた。
花には、まだ艶があった。


クマ「あれ? ヨウスケ飲み物持ってるクマ?」

花村「あ、わりぃ。里中がくれたから、つい、な」

里中「ゴメンねクマ……買いだし行ってたんだ」


クマは首を大きく左右に振った。


クマ「全然イイクマ! 飲み物はお家で飲めるから、ご飯だけでも一緒に食べようクマ!
   チエチャンの分もちゃんとあるクマよー」


クマはそう言って、ガサゴソとビニール袋を漁り始めた。

里中「ハハッ、ありがと、クマ」

クマ「おやすいごようクマ! はい、ヨースケは焼きそばパン!」

花村「お、たまに食いたくなるんだよなぁ、コレ。ありがとな、クマ」

クマ「チエチャンはぶたしおバラどんってヤツよーん!」

里中「お、クマー、いつからそんな気遣いとかできるようになったのー?」

クマ「ムムッ、チエチャン達に逆ナンされるその日まで、クマの魅力度はアップし続けるクマ!」

里中「そのネタ、もう忘れてあげて……雪子かわいそうだから……」


病院の中だというのに、ついつい大きな笑いが起きてしまう。
やっぱり、お前の近くにいると、自然とこんな空気になるんだろうな――。
ふいに笑いが消え、視線が落ちた。考えている事と逆の、嫌な考えが、心の中に浮かんできた。

里中「というか、ここで食べていいのかな……ん、どうしたの? 花村」

花村「なぁ、クマ……」


顔を上げ、元気に振る舞うクマを見た。


クマ「どーした? ヨースケ」

花村「その……あんまり、気張んなくてもいいんだぜ……」


小さく呟くようなその声に、クマの表情が曇った。


クマ「い、いきなり、どうした? ヨースケ……」

花村「前、菜々子ちゃんが死にかけた時、お前あんなに心配して、落ち込んでたじゃねぇか……。
   目も当てられねぇくらいにさ……それなのに、今こうやって、お前は笑ってる……いや、笑ってみせてる。
   この病室来る前までも、家でも、ちょっと元気なさそうにしてたじゃねぇか。前みたいに。
   だから、あんまり、無理して明るくしようとしなくても、いいんだぜ? クマ……」

里中「ちょっ、花村……」


クマは黙りこみ、下を向いてしまった。何かを堪えるように、体が震えている。
それから、意を決したように両手を強く握りしめ、顔を上げた。

クマ「ヨースケは……センセイに早く帰ってきて欲しくないクマか?」


虚を突かれるような、その真剣な眼差しと言葉に、陽介が怯んだ。


花村「な、それ、どういう意味だよ、クマ」

クマ「クマは……ヨースケが言ったみたいに、ナナチャンが死にそうになった時、
   何もできずに、ずっと落ち込んでただけだったクマ……」

里中「クマ……」


両の拳が、苦しそうなくらい力強く握られている。


クマ「だから! 今度はもうナナチャンの時みたいに、落ち込まないって決めたんだクマ!
   クマ達が落ち込んでたから、きっとあの時ナナチャンの回復が遅れたんだクマ……」


クマの表情が、悲痛な、激しいものへと変わった。


クマ「だからきっと、いつも通りにして、皆で待ってれば、センセイは早く帰ってきてくれるって!
   だからクマはいつも通りにすごしてるんだクマ! 無理して笑ってるんじゃないクマ!」


クマの目が、潤んでいた。歯をきつく縛り、何とか泣くのを堪えているようだった。
花村はその姿を見て、何も言い返せなかった。

クマ「だから、ヨースケには、ヨースケだけは、そんなこと言ってほしくないクマ……」

花村「……ゴメン」

クマ「謝るくらいならそのしんきくさい顔をやめるクマ!」


花村は俯いて、顔に手を当てていた。ゆっくりと、震えるような息が吐き出される。
その音で、病室から人の音が消えた。ただ、鳴上に繋がれた機械が、規則正しく仕事をする音だけが、聞こえる。


里中「ほ、ほら! クマも辛気臭い顔するなって言ってるんだから!
   花村もいつもみたいに、なんか面白い顔しなさいよ!」


背中を叩き、励ます里中。花村は少し揺れただけで、そのまま動かない。

里中「あ、えーっと……」

花村「ったく……俺は顔芸なんて、趣味じゃねぇよ……」


俯きながらも、花村は悪態まじりに返した。
そして、深呼吸をしてから、花村も顔を上げる。
顔にはいつものお調子者の面が、浮かんでいた。


花村「わりぃなクマ。ガラにも無いこと言ったわ……。
   俺達にできることは、悠を信じて、いつも通りに過ごして、いつ帰ってきても、
   アイツが違和感感じないようにしてやることだよな!」


そんな花村の顔を見て、クマの顔から、怒りと悲しみにまみれた、複雑な表情が消えた。
そして、いつものように答える。


クマ「まったく、ヨースケは相変わらず、手のかかるぼーやクマねー」

花村「バーカ。お前程じゃねぇよ」


いつもの頭の悪い、でも心地の良い会話が、戻ってきた。

里中「あ、それと、違和感は感じるものじゃなくて、覚えるものですから」

花村「な、うるせーな。カッコイイこと言ったんだから、それくらい水に流せよ」

クマ「ちゃんと言葉を使えない男はモテないぞー、ヨースケ」

花村「お前に言われたくねぇよ!」


また笑いが起こった。いつも、に戻れた。
後は、アイツがこれに合流するだけだ。

そんな風に思った時、花村の携帯が震え始めた。


花村「ん、誰だ?」

里中「ちょっとー、病院の中なんだから切っときなさいよ」

花村「最近の携帯は電波とかそういう配慮もされてんだよ! はぁ、まぁいい。
   ちょっと出てくるわ。あんまりうるさくするなよ」

クマ「わかったクマー」


病室の扉をゆっくりと開け、そそくさと出口の方へ向かう。
病院を出るまでの途中で切れてしまうかと思ったが、予想に反して、切れる様子がない。

花村「随分長いな……」


嫌な胸騒ぎを覚えて、ようやく外へ出た。暗闇の奥で、雨がまだしぶとく降っている。
電話は直斗からだった。通話ボタンを押し、電話に出る。


花村「はい、もしもし」

直斗「あ! やっと出てくれた! 花村先輩、今日、病院に行くって言ってましたよね?」

花村「あぁ、そうだけど……どうしたんだ」

直斗「鳴上先輩の容体は、今どうですか?」


切羽詰まった声で、まくし立てられる。こちらの心も、何か乱されるようだ。


花村「はぁ? 容体?」

直斗「たった今、sao内から、強力なペルソナ反応を観測したんです」

花村の心臓が大きく跳ねた。不規則に揺れ、呼吸が乱れ始める。


花村「おい! 本当かよ!」

直斗「はい……以前の装置を、更に改良しましたから、正確なはずです。
   そして、前に観測した時よりも、反応が明らかに強くなっています」

花村「マジかよ……」

直斗「きっと、鳴上先輩が、必死で戦ってるんだと思います……。
   場所は74層。何度も頻繁にペルソナの反応が変わっていることから、恐らく……今ボスかと――」


話を聞かず、花村は携帯を握りしめ、病室へと走り出した。
アイツが戦ってる、しかも、強敵と――。

長い廊下をかけ、病室の扉を乱暴に開け、目もくれずベッドの方へと急ぐ。

里中「ど、どうしたの花村。そんなに息切らして」

クマ「どーしたヨースケ?」


ベッド横の、機械を見る。心拍数、その他の数値は変わっている様子がなかった。
電話口から、直斗の呼びかける声がまだ聞こえていた。


里中「あれ、まだ電話繋がってじゃん。誰から?」

花村「直斗からだ。お前も話を聞いとけ」


里中に携帯を渡し、視線を鳴上へ向ける。
心臓がまだ喚きちらし、体中に寒さの走る汗をかかせていた。


悠、死なないでくれ――。


――

フィールド 森


迷宮区を抜け、森の中をゆっくりと歩く。動物の声も聞こえない程、静かだった。
巨大な倒木をくぐり抜けると、ふと小さな鳴き声が聞こえた。草を揺らす音も聞こえる。


鳴上「どこだ……」


素早く構えを取り、目を凝らし、音の発生源を探す。
すると、遠くの倒木群の隙間に、うごめく影を見つけた。


鳴上「あれは……」


獲物を見つけたが、モンスターでは無いらしい。
しかし、うごめく影には、少し見覚えがあった。

腰の投げ杭に静かに手を伸ばし、二本取る。
獣はまだこちらには気づいていないようだった。

一本に威力を含ませ、獣の奥にある木へと投げる。
獣がその音に驚き、杭の反対方向へと大きく飛んだ。
しかし、大きく飛んだ獣が次に見たものは、自分に飛んでくる杭だった。


――

第50層 アルゲート


路地裏のしみったれた店に、一人驚き震える男がいた。


エギル「おいおい、s級のレアアイテムじゃねぇか……。
    俺も現物を見るのは初めてだぜ……」


店主はそう言って、持ってきた黒い客に視線を移す。


鳴上「俺も名鑑で姿は見たことあるけど、実物はこれが初めてだ」

エギル「おい、ユウ。おめえ金には困ってねぇんだろ? 買い取れって……自分で食おうとは思わんのか?」

鳴上「あぁ、現実だったらそれも考えたろうけどな……。、
   料理スキルを上げてないから、自分じゃどうにもできないんだ……」

エギル「二度と手に入んねぇかもしんねぇレアアイテムだが……俺達のスキルじゃただ焦がしちまうだけか……」

鳴上「そうだな……そんなスキルを上げてる人、そもそもあんまりいないだろうし……。
   どうしたものか……」


カウンターに頬杖をついて、二人は唸った。
そんな時、突然鳴上の肩が何者かにとんとんと叩かれた。

アスナ「ユウ君」


驚き、視線を声のした方に向ける。そこには純白の衣装に身を包んだ二人組がいた。
手を振り、声をかけてきたのはアスナだった。もう一人の男は鳴上を睨みつけている。


アスナ「こんにちわ」

鳴上「……っ」


剣士の頭に、ひらめきの電流が走る。
アスナの手を両手でひしと握った。


鳴上「シェフ確保」

アスナ「なによ……」


アスナの連れが、たしなめるように咳払いをした。
鳴上はそれを無視する。

鳴上「しかし、珍しいな。こんなゴミ溜めみたいな場所に顔を出すなんて」

アスナ「いつまで手握ってるのよ……」

鳴上「あ、ゴメン。確保したからつい」


悪びれる様子もなく、呆けた顔で、アスナの手を離した。


アスナ「まぁ、良いわ……。もうすぐボス攻略だから、生きてるか確認しに来てあげたんじゃない……」

鳴上「フレンドリストで、俺の位置とか、そういうのわかるんじゃないか?」

アスナ「生きてるならいいのよ。そんなことより、何よ? シェフがどうこうって」

鳴上「あぁ、そうだったな。今、料理スキルの熟練度はどれくらい上げてるんだ?」


鳴上が聞くと、アスナは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


アスナ「先週、コンプリートしたわ」

エギル「何っ!?」


カウンターで話を聞いていたエギルが、驚きの声をあげた。
気にせず、得意顔のアスナに鳴上は交渉を続ける。

アスナ「凄いでしょ」

鳴上「その腕を見込んで、頼みがある」


鳴上はアイテム欄を呼び出し、先程のレアアイテムを表示させた。
アスナは、目を細めていぶかしげにそれを見ると、驚きに体を怯ませた。


アスナ「こ、これ! ラグーラビット!?」

鳴上「この素材を提供するから、料理を作ってくれないか? 勿論、アスナも食べていいから」


目の色を変えたアスナが、剣士の胸倉をつかみ睨んだ。


アスナ「半分、私にも食べさせなさい。いいわね」

鳴上「え、あ、はい」


妙に殺気だった目に気圧され、頷いてしまった。
殺気の主は手を離すと、満面の笑みを顔に浮かべて、ガッツポーズをした。
どうも、この人には敵わない。

鳴上「悪いな、エギル。取引は中止で。俺はご飯食べてくるよ」

エギル「お、俺達、ダチだよなぁ、な? 俺にも味見くらい――」


鳴上が手のひらを突き出し、店主を制止する。


鳴上「女王様の命令は、絶対だ」


そう言って、鳴上とアスナはにこやかに店を出て行った。


エギル「そ、そりゃねぇだろ……」


――

店を出て、路地裏を黒と白の三人が歩く。



アスナ「で、料理はどこでするの?」

鳴上「あ、忘れてた」

アスナ「全く、どうせユウ君の部屋には碌な道具も無いんでしょ」


自分の部屋を思い出してみる。確かに、料理の道具などは無かった。
変な本があるくらいか。


アスナ「今回は、食材に免じて、私の部屋を提供してあげなくもないけど」

鳴上「本当か?」

アスナ「本当よ。というか女の子の部屋に呼んであげるって言ってるんだから、もうちょっと驚きなさいよ」


アスナは呆れながら、付き人の男の方を見た。

アスナ「今日はもう大丈夫です。お疲れ様」

男「アスナ様……こんな素性の知れぬ奴をご自宅に伴うなど……」


アスナはうんざりしたような溜息を漏らして、男を説得し始める。


アスナ「この人の素性はともかく、腕だけは確かだわ。多分、貴方よりレベルは10は上よ、クラディール」

ディール「私がこんな奴に劣ると?」


クラディールの眉間に、亀裂のような皺が生じた。


ディール「そうか、あのビーターの……」


合点したクラディールは、憎らしげに鳴上を睨んだ。


鳴上「あぁ、そうだ……」

ディール「アスナ様! こいつ等自分さえ良けりゃいい連中ですよ!
     こんな奴と関わると、碌な事が無いんです!」


クラディールがアスナに詰め寄る。そこには何か、ゆがんだものが感じられた。
アスナはクラディールの目に一歩も引かず、毅然と睨み返した。

三人の異様な空気に、周囲のプレイヤーが群がってきた。
アスナと鳴上を指差し、ひそひそと思い思いの事を言い合っている。
歩行者達を一瞥し、アスナは命令を下す。


アスナ「ともかく、今日はここで帰りなさい。副団長として命じます」


クラディールの返事を待たず、アスナは踵を返し、鳴上の腕を掴んだ。
そのまま鳴上が引きずられていく。


鳴上「お、おい。いいのか?」

アスナ「良いんです!」


引きずられながら、鳴上は残されたクラディールへ視線を向けた。
異様な感情の籠った目で、睨まれている。
胸の中に、何か不純物のようなものが浮かんできた。



――

第61層 セルムブルグ


時は夕刻を過ぎ、眩しい斜陽が、海の向こうへと沈もうとしていた。
海の上に浮かぶ街、セルムブルグ。海辺には、時に力強くなり、時に静かに流れる、
そんな海と対峙するような、荘厳な建築物が並んでいる。

海の目の前にある広場に着き、鳴上は辺りを見まわし、感嘆の溜息をついた。


鳴上「広いし、人は少ないし、解放感があるな……」

アスナ「なら、ユウ君も引っ越せば?」

鳴上「簡単に言うな……」


アスナについていくように、鳴上は後ろを歩く。


鳴上「それはそうと、本当に大丈夫なのか? さっきの……」

アスナ「いらないって言ったんだけど……幹部には、護衛を付ける方針になったからって……」


伏せがちに、アスナは答える。

アスナ「昔は、団長が一人ずつ声をかけて作った、小規模ギルドだったのよ……。
    でも、人数がどんどん増えて、最強ギルドなんて言われ始めた頃から、なんだかおかしくなっちゃった……」


意思が大きくなればなる程、最初に掲げた目的は、捻じ曲げられて解釈された。
以前にも、自分達が倒した敵がそんな解釈をしていたが、それはどこでも同じらしい。
彼女も苦労しているのだなと、鳴上は思った。


アスナ「まぁ、大したことじゃないから、気にしなくてよし!」


先程まで暗いトーンを消し、アスナは振り向いて明るく言った。


アスナ「早く行かないと、日が暮れちゃうわ」

鳴上「あぁ、そうだな」


――

鳴上「おじゃまします」


通された部屋は、生活感があり、とても落ち着きのある内装だった。
壁には植物も飾ってあり、全体的に緑と温かい薄めの黄色で統一されていた。
奥の部屋は、キッチンだろうか、オーブンが見える。


鳴上「しかし、これいくら掛かってるんだ?」

アスナ「うーん、部屋と内装で400万コルくらいかなぁ……。
    着替えてくるから座ってて」


そう言うと、アスナは他の部屋に行ってしまった。
言われた通りに、目の前にあったソファに座る。そして、部屋の中をまじまじと見た。


鳴上「400万コルか……俺もそれくらい稼いでたはずなんだけどな……」


そんな風に感傷に浸っていると、アスナの足音が聞こえた。
振り返ると、部屋着に着替えたアスナが部屋に入ってきていた。

肩をさらけ出し、袖に切れ込みが入った服。短めのスカートを履き、白磁気のような艶やかな脚が露出している。
何か、飾らない服のはずなのに、甘酸っぱい色香が漂っていた。
鳴上ですら、思わず視線を奪われた。アスナはいぶかしげに首を捻る。


アスナ「いつまでそんな格好してるの?」

鳴上「ん、あぁそうだな」


動揺は表情に出ていなかったらしい。ほっとしつつ、鳴上も普段着に着替え、アスナと共にキッチンへ向かう。

キッチンには調味料、調理道具、器具など、沢山の道具が設置されていた。
色とりどりの調味料や、整然と壁に並べられた器具は、部屋に彩りを添えている。

アスナがアイテム欄からラグーラビットの肉を選択し、トレイに乗せた。


アスナ「これが伝説のs級食材かぁ……で、どんな料理にする?」

鳴上「そうだな……ラグーって言うくらいだから、煮込み料理が良いんじゃないか?」

アスナ「あら、知ってるのね。以外」

鳴上「一応、現実世界じゃ料理作ってたからな」

アスナ「ふーん、そうは見えないけど。まぁいいわ、じゃあご希望通り、煮込み料理のシチューにしましょう」

そう言うと、アスナは大きめの鍋を調理台に置き、食材アイテムをトレイに並べた。
そして、ナイフを取り出し、食材にナイフの先をちょんと当てた。食材はそれだけで、適切な大きさにカットされていく。
鳴上はそれを興味津々といった目で見つめる。


アスナ「本当は、もっと色々と手順があるんだけど……saoの料理は、簡略化されすぎててつまらないわ」


そんな愚痴をこぼしながらも、アスナは楽しげに調理をしている。
鍋に肉と他の食材を入れ、オーブンの中へと入れた。数字を設定して、決定ボタンを押した。


アスナ「シチューはこれでよしっと。じゃあ付け合わせでも作るわね」


鍋つかみを外し、他の調理の為、調理台へと戻る。
鳴上はただ茫然と、突っ立っている。

アスナ「ふふん。ユウ君がそんな驚いたような顔するの、初めて見たかも」

鳴上「あぁ、俺は今、非常に驚いている……」

アスナ「なんでよ。私の腕を信用してなかったの?」

鳴上「いや、違う。料理の出来る女性を、初めて見たからだ」


カレー、オムライス、あの異形の物体が脳裏を過る。
苦汁を飲まされたように、顔が引きつった。


アスナ「あー……貴方もなんだか、苦労してたのね……」

鳴上「あぁ……」


過去に苛まれていると、オーブンから完成を知らせる甲高い音が聞こえた。
アスナが鍋つかみを装備し、オーブンからグツグツと音をたて、芳香の湯気を吐く鍋を取り出した。
鍋の蓋を開ける。肉と素材が染み込んだ、鼻孔の奥をくすぐる匂いに、鳴上は生唾を飲んだ。


――

シチューを一口すする。余計な酸味を感じない、肉の旨味が引き立つ濃厚な味。
舌でしっかりと味を感じると、奥の方でほのかな甘みを感じる。
濃い目の味付けだというのに、後味は引きずらない、絶妙なバランスになっていた。
メインの肉を噛む。甘噛み程度の力で、繊維がほぐれていく。
だが、しっかりと噛めば、弾力のある歯ごたえが返り、口に旨味が広がっていく。
自分でもこの味は出せない、そう鳴上は思った。

鳴上は付け合わせのパンやサラダにも舌鼓を打ちつつ、時間をかけて完食した。

二人合わせて、満足の溜息をつく。


アスナ「s級食材なんて、二年も経つのに初めて食べたわぁ……今まで頑張って生き残ってて良かったぁ……」

鳴上「そうだな……」


食後のハーブティーを一口飲む。甘い味と匂いが、鼻から抜けていく。

アスナ「不思議ねぇ……なんだか、この世界で生まれて、今までずっと暮らしてきたみたいな。
    そんな気がする……」

鳴上「俺もたまに、現実世界の事を、思い出さない日がある。
   俺だけじゃない……この頃は、急いでクリアしようっていう気概を持った人が、少なくなった」

アスナ「今、最前線で戦ってるプレイヤーなんて、500人いないでしょ……。
    皆、馴染んできてる。この世界に……」


その言葉に、鳴上は俯く。
命のかかった、非現実的なゲーム。そんな非日常に、自分の有り所を見出している人もいるはずだ。
むしろ、現実世界に戻りたくない人も、中には――。


アスナ「でも――」


その思考を遮るように、アスナは続ける。


アスナ「でも、アタシは帰りたい」


アスナは淀みの無い瞳を浮かべ、芯の籠った声で言う。


アスナ「あっちでやり残したこと、いっぱいあるから」

鳴上「……そうだな。俺達が頑張らないと、支えてくれる職人の人達にも、顔向けできない」

アスナの言葉に、自然と顔が綻び、そう言えた。
そんな顔を見て、アスナはいきなり手のひらを突き出してきた。


アスナ「あぁー、やめて」

鳴上「どうした?」

アスナ「今までそういう顔をした人から、何度か結婚を申し込まれたわ」

鳴上「結婚? 何度も申し込まれた事があるのか?」

アスナ「えぇ、まぁね……というか、今ちょっとからかったつもりなんだけど。
    ちょっとは動じなさいよ」

鳴上「はぁ……」


鈍感なのか、動じないだけなのか、よくわからない剣士を見て、アスナは大きく溜息をつく。
鳴上は何でもないようにお茶を飲んでいる。


アスナ「ま、その様子だと、今まで何人も垂らしこんできたようね」


飲んでいたハーブティーが気管に入り、大きくむせた。
下を向いて、何度も咳をする。

アスナ「あ、貴方、もしかして本当に……」

鳴上「い、いや、誤解だ……」


こぼしたお茶をナプキンで必死でふき取る。
それでなんとか誤魔化そうとする。


アスナ「全く……まぁ、いいわ。ちゃんと拭きなさいよ」

鳴上「は、はい……」


アスナはやれやれと言った感じに小さく鼻を鳴らし、ハーブティーに口を付ける。
そのカップを置くと、急に深刻そうな顔を作り、何か一瞬考えたような表情を浮かべて、口を開いた。


アスナ「ユウ君は……ギルドに入る気は無いの?」

鳴上「え?」


突然の質問に、手を止め、アスナに視線を向けた。

アスナ「貴方があの時、ビーターという汚名を着て、集団に馴染めないようになったのはわかってる。
    でもね、70層を超えた辺りから、モンスターのアルゴリズムに、
    イレギュラー性が増してきてる気がするんだ……」


鳴上も、静かに首肯する。


アスナ「ソロだと、想定外の事態に対処できない可能性があるわ。
    いつでも緊急脱出できる訳じゃないのよ……」

鳴上「俺は安全なレベル水準はキッチリ保ってるよ……」


そう言った後、鳴上の顔に一瞬、何か陰鬱なものが浮かんだが、すぐに表情を戻した。


鳴上「それに、今の俺の状態だと、パーティメンバーはいてもいなくても変わらないんだ」

アスナ「あら?」


鳴上の眼前に、鋭く光るテーブルナイフが、神速で突き付けられた。
奇妙な殺気を立てて、アスナが睨む。

鳴上「わかった……アスナはいると、だいぶ変わるよ……」

アスナ「そっ」


高飛車な顔をして、アスナがナイフを引いた。
鳴上は大きく息をついて、胸を撫でおろした。


アスナ「じゃあ、久しぶりにアタシとパーティ組みなさい」

鳴上「えー」

アスナ「えー、じゃない。今週のアタシのラッキーカラー、黒だし」


ナイフを手の上で回しながら、澄ました表情で言う。


鳴上「それは良いとして、ギルドの方は大丈夫なのか?」

アスナ「うちはレベル上げノルマとか無いし」

鳴上「じゃあ、あの護衛は」

アスナ「置いてくるし」


八方塞がりである。

何とか、策は無いかと思慮する時間を作る為に、お茶を飲もうとした。
しかし、すぐに空だと気付く。
アスナは得意顔を浮かべ、片手でティーポットを持ち、焦る鳴上を見た。
鳴上はアスナの奥に、何か圧力のようなものを感じて、静かにカップを置き、お茶を注いでもらった。

注いで貰ったお茶を飲もうとすると、アスナからパーティ申請が送られてきた。
ゆっくりとお茶をすすり、悪あがきをする。


鳴上「そっとしておい――」


言い終わらず、剣圧が鳴上の顔を襲った。
テーブルナイフが先程よりも明確な殺気を帯びて、目の前に突き付けられていた。
睨みつけるアスナの目には、微塵の隙も無い。


鳴上「頑張らせて貰います……」


指が、自分の意思を殺して、パーティ承諾ボタンを押した。
それを見て、アスナは満足げに、屈託の無い笑顔を浮かべた。


――


アスナ「今日は、まぁ一応お礼を言っておくわ。ごちそうさま」


日は既に落ち、街頭の小さな明かりが道に整然と並び、照らしていた。
人通りもまばらになり、周囲は閑静な住宅街と化していた。

鳴上「こちらこそ、また頼む。とってもおいしかった。
   また、レアな食材を手に入れた、持ってくるよ」

アスナ「レア食材だけじゃなくっても、普通の食材だって、腕次第でおいしくなるわよ?」

鳴上「そうだな」


小さく笑い合った後、二人は静かに空を見上げた。
正確には、空では無かった。遠くに霞んで見える、巨大な迷宮塔。
それを登った先にある、次の層が空を覆っていた。
その天井に、不規則な大きさや強さで散りばめられた光が、星空のように輝いている。


鳴上「今のこの状態……この世界が、本当に、あの茅場が創りたかったものなのかな……」


返事は返ってこない。二人はただ、無言にそびえる世界を見ていた。


――

面白いんだけど、今のところもとのsaoに比べてどうなの?
ほとんどそのまま?
なんか鳴上に違和感がすごいんだよ。

第74層 カームデット


鳴上「遅い」


転移門の前に立ち、待ちぼうけをくらった剣士が、大きく伸びをしていた。
待ち合わせ時間をとうに過ぎているのに、誰かが門をくぐってくる気配も無かった。

どこか買いだしに行っているのかと思い、門に背を向け、周囲の店などに視線を移す。
荒野の中に、ポツンと浮かぶように出来た小さな町だった為、店も一通り眺めるだけで捜索が終わってしまった。

気だるい欠伸が、体の底から湧くように出た。
そんな風に気を抜いていると、背後の転移門が光り始めた。


「避けてーっ!」


転移門を振りかえると同時に、悲鳴と共に何かが鳴上にのしかかった。
咄嗟に体が動かず、そのまま何かに鳴上は押し倒され、砂埃が上がった。

鳴上は呻き声を上げながら、のしかかった何かを退かそうと手を動かした。
しかし、手は何か柔らかいものを掴んでいた。

>>457
ペルソナ使って戦闘シーンを書きたいだけだったし、むしろ自分でもここまで続けるとは思ってなかった
基本的に、ほとんど置き換えただけだ……自分でもどうしたものか悩んでる……

鳴上「こ、これは……」


今まで触ったことの無い、しかし触っていると何かこう落ち着くような、不思議な物体を何度も掴んだ。
そして、鳴上は一つの答えに辿りついた。


「いやぁあーっ!」


刹那、強力な左裏拳が、鳴上の身体を弾いた。
吹き飛ばされ、受身も取れずに転がり、オブジェクトに叩きつけられる。
なんとか体を起こし、頭をさする。オブジェクトが事務的に、紫の破壊不可表示を出した。

小さく呻き声を漏らしながら、自分が引き飛ばされた方を見た。
すると、誰かがそこで小さくなっていた。
赤と白を基調とした衣装、横で結われた、腰まで届く長い栗色の髪、そして腰に提げたレイピア。
武器を見て、鳴上は誰だか悟り、先程の感触を思い出す。


鳴上「新感触だった……あ、おはよう、アスナ」


何とも無い顔で爽やかに挨拶すると、アスナは今にも噛みつきそうな目で鳴上を睨み返した。
一瞬、その目にたじろぐ。

しかし、アスナは睨むのをやめ、転移門を一瞥して、鳴上の方へ駆け寄り後ろに隠れた。
転移門が青く光り、作動していた。中から白い装束に身を包んだ、線の細い男が出てくる。


鳴上「何だ?」


男は出てくると、辺りを見渡した。鳴上とアスナを捉えると、こちらに体を向けた。


ディール「アスナ様。勝手な事をされては困ります。ギルド本部まで戻りましょう」

アスナ「嫌よ! だいたいアンタ、なんで朝から家の前に張り込んでんのよ!」

鳴上「なるほど……」


男は微塵も悪びれた素振りを見せずに続けた。


ディール「こんな事もあろうかと、一カ月前からずっと、セルムブルグでアスナ様の監視の任務に就いておりました」

アスナ「そ、それ、団長の指示じゃないわよね?」

ディール「私の任務は、アスナ様の護衛です。それには当然ご自宅の監視も――」

アスナ「含まれないわよ! 馬鹿!」


クラディールは大きく溜息をつき、ゆっくりと近づいてきた

ディール「聞き分けの無い事を仰らないで下さい……さぁ、本部に戻りましょう」


鳴上を見向きもせず、後ろに隠れたアスナの手を掴み、強引に引きずる。


鳴上「待て」


鳴上が、クラディールの腕を掴み、制止させた。


ディール「何だ貴様」

鳴上「悪いな。アスナは今日、俺の貸し切りだ」


相当な力で握り、クラディールからアスナの手を剥がす。
クラディールが、憎悪の目で鳴上を睨む。

鳴上「安心しろ。責任を持ってアスナは守る。それに、今日はボス攻略をしようって言う訳じゃないんだ。
   本部に一人で行って、事の次第でも団長に説明してこい」

ディール「ふざけるな! 貴様のようなザコプレイヤーに、アスナ様の護衛が務まるか!
     私は栄光ある血盟騎士団の――」

鳴上「お前よりはまともに務まる。いいから行け」


クラディールの血色の悪かった顔に、突如赤みが帯び始めた。
目が張り裂けるように見開かれたかと思うと、クラディールは突如、メニュー画面を呼び出した。


ディール「そこまでデカイ口を叩くからには、それを証明する覚悟があるんだろうな」


鳴上の目の前に、指示画面が開かれた。デュエル申請を受諾するか、と書いてある。
この場で実力を見せつけてやる、ということだろう。
鳴上はアスナに目配せをした。アスナはしずかに頷く。


鳴上「本当に良いのか」

アスナ「大丈夫。団長には私が報告する」

鳴上「わかった」


承諾ボタンを押し、決着方法を決める。初撃決着モード。決戦は一太刀で決まる。試合開始までのカウントダウンが始まった。
クラディールが両手剣を抜刀し、構えた。重量を相手に叩きつける事を目的とした、装飾華美な重厚の剣だ。

ディール「ご覧下さいアスナ様! 私以外に護衛が務まる者などいない事を証明しますぞ!」


鳴上も眼鏡をかけ、腰に提げた剣へと手をかける。剣を抜き、自分の右側へ水平に構える。
周囲のプレイヤー達が、二人を囲み始めた。
鋼の剣士と血盟騎士団という異色の勝負に、ざわつき始めた。
見世物になっているのが気にくわないのか、クラディールが舌打ちをした。

カウントがゼロへと迫る。
火蓋はまだ切られていないが、両者は互いの隙を探すように、剣気をぶつけ、睨み合っていた。

鳴上はクラディールの剣を注意深く見る。刃と柄の接合部である、細い部分を凝視した。
弱点はあそこか。鳴上の狙いは定まった。

カウントがゼロになり、クラディールが力み声を上げ、突進を仕掛けた。
鳴上は姿勢を低くし、相手の間合いへ潜るように踏み込む。
両者が間合いに入った。クラディールと鳴上の、一閃の如き剣が振られる。

クラディールは剣の軌道に入った鳴上に向かい、口角を吊りあげ、嘲笑った。
鳴上の剣速が、クラディールより若干遅れ、なおかつその剣の軌道が自分を捉えていなかったからだ。
クラディールの脳裏に、確信的な勝利が浮かぶ。

二人の体がすれ違う。その刹那、耳を突く金属音が響いた。
剣を振り抜き、両剣士が互いに背を向け、砂埃を上げて踏み止まった。

会場が静まり返る。
両者のhpバーにはカケラの変化も無い。

その代わりに、クラディールの剣が、宙を舞い、地面に突き刺さった。


ディール「ば、馬鹿な……」

折れた剣が破片となって消滅する。そして、クラディールが膝から崩れ落ちた。
鳴上の剣圧に飲まれ、固唾を飲んで静まりかえっていた野次馬が、彼の成した技にざわつき始める。

武器破壊。武器の脆い部位を、正確な角度で狙い、耐久値をゼロにし、破壊する技術。
その高難度な技により、クラディールの剣は破壊されたのである。
鳴上は、クラディールの体ではなく、端から自分に向かってくる剣だけを狙っていたのである。
相手の身体よりも、一直線でわかりやすく振られた剣を狙う事の方が、容易かった。


鳴上「どうする。武器を変えるか、負けを認めるか」


鳴上は剣を収め、威圧するようにクラディールを睨む。
クラディールは血相を変え、アイテム欄から装飾ナイフを取り出した。
獣のような咆哮をあげて、腰だめのナイフと共に、鳴上に猛進した。

しかし、クラディールのナイフは乾いた音をたてて、空中へと舞いあげられた。

ディール「あ、アスナ様……」


アスナが横から二人の間にに割り込み、細剣で跳ねあげたのである。
クラディールは割りこんできたアスナに睨まれ、うろたえた。


ディール「あ、アイツが小細工を! 武器破壊も、何か仕掛けがあったに違いないんです!
     そうでもなければ、この私が! 薄汚いビーターなんかに!」


激しい剣幕で喚く部下に、副団長が毅然とした表情で命令を下し始めた。


アスナ「クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。
    本日をもって、護衛役を解任。別命があるまで、ギルド本部で待機。以上」

ディール「な、なんだと……このっ……」


クラディールは顔に影を落とし、怒りを堪える為に歯を食い縛った。
鳴上としばし睨みあったが、突然クラディールが肩を落とし、目を伏せた。

体の向きを変え、足を引きずり転移門へと歩いていく。そして、未練たらしく二人を見た後、ギルド本部へと転移していった。


それを見届けると、アスナから力が抜けた。鳴上は咄嗟に彼女の肩を持って支えた。

鳴上「大丈夫か?」

アスナ「ごめんなさい……嫌な事に巻き込んじゃって」

鳴上「事件には慣れてるさ。ただ、アスナの方が心配だ。本当に、あれで良かったのか?」

アスナ「えぇ。今のギルドの息苦しさは、ゲーム攻略だけを最優先にして、
    メンバーに規律を押し付けた私が原因だと思うし……」


過去の自分を省みて、顔を伏せた。剣を力無く持ち、黙り込んでしまった。

鳴上「――俺を見ろ」


突然聞こえた低い声に、アスナは目を張り、振り向いた。
その声の主は、鳴上だった。眼鏡を取り、力強くアスナの瞳を見つめている。
目が合った瞬間、彼の瞳の奥から、何か鎖のような物が伸びて、自分の目の奥と繋がれて、
動かなくなってしまったような、錯覚を覚える。体が動かなくなった。
これから何を言われるのか、否が応でも身構えさせれる目だった。

しかし、見つめる目から、ふと、力が抜けて、彼の顔が和らいだ。いつもの、何処か抜けたような優しい顔に戻った。


鳴上「それは……しょうがないさ。逆に、アスナみたいに皆を引っ張っていくような人がいなかったら、
   もっと攻略が遅れてたはずだ」

アスナ「あ、えっと……」

鳴上「今、ソロでやってる俺がこういうと説得力無いかもしれないけど、そういう、皆をまとめる苦労は、わかる。
   だから、たまには俺みたいなヤツと、馬鹿やっても、良いんじゃないかな。
   誰にも文句を言われる筋合いは無いはずだ、と俺は思うよ」


アスナは目を点にして、鳴上の話を聞いていた。

鳴上「元気、出た?」

アスナ「はぁ……まぁ、ありがとうって、言っておくわ」

鳴上「いえいえ」

アスナ「最近は主導権握ってたと思ったんだけどなぁ……」

鳴上「何の主導権?」

アスナ「何でも無いわよ……まぁ、今日はお言葉に甘えて、楽させてもらうわね。
    フォワードよろしく!」


鳴上の肩を軽く叩いて、意気揚々と歩き出す。


鳴上「え、嫌だ」

アスナ「拒否権はありません。明日はアタシがやってあげるから」


騒がしい二人組が、フィールドの方へと消えていった。


群衆の中で、フードを被った長身の男が、事の一部始終を静観していた。
その男は、人ごみを後にし、何処かへと歩き出した。


――

迷宮区


宙を舞う二枚の木の葉が、互いにぶつかり、落ちていくように、剣がかち合っていた。
骸骨のモンスターが、アスナに必殺の四連撃を繰り出す。
身をかがめ、逸らし、飛び、燕のような速さで、アスナはこれを全て避けた。

後ろに一旦下がると、身を低くしながら撹乱するように左右にステップし、敵の盾の死角から突いた。
怯んだ隙に、しゃがみこみ、二振りの下段払いを繰り出す。
そして、屈伸から飛びかかると、敵の喉元に最後の一撃を放った。


鳴上「やっぱり、上手い人がいると、戦闘が安定するな……」


少し離れた所で、鳴上は呆けたように戦闘を見つめながら、呟いた。


アスナ「ユウ君! スイッチ行くよ!」

鳴上「あぁ!」


体の後ろから前へと、全体重が運ばれた突きが、敵の盾と真正面からぶつかる。
盾が弾かれ、敵の身体が大きく仰け反った。
そして鳴上が前へと躍り出る。大きく飛びあがり、顔の横に剣を構え、威力を溜める。
そして、電光石火の突きが振り下ろされた。


――

出現するモンスターを難なく倒し、メニュー画面でマップを確認しながら先へと進む。
この迷宮のマップもほとんど埋まっている。残すはボス部屋だけだった。


アスナ「ユウ君。あれ……」


マップに目を落としていた鳴上が、アスナの指差した方を向く。
視界のずっと奥に、物々しいレリーフが施された、巨大な門がそびえていた。


アスナ「ボス部屋、みたいね……」

鳴上「行ってみよう」


門の目の前まで来た。まだ見ぬボスの威圧感が、門の外からでもひしひしと伝わってくる。
巨大な何かがいることは、確かだった。

アスナ「覗くだけ覗いてみる?」

鳴上「ボスモンスターは、次への層の門を守護し、部屋以外へは、絶対に出ないはずだ……。
   ドアを開けるだけ、開けてみよう。ボスの姿を見ないと、攻略法の立てようが無い」

アスナ「そ、そうだね……」

鳴上「一応、転移結晶の準備はしておいてくれ」


二人は懐から青いクリスタルを取り出し、もう片方の手で剣を構えた。


鳴上「いいか?」

アスナ「うん……」

門に手をかける。巨大な門が、地面と擦れる音をたてながら、ゆっくりと開いていく。
門が開ききられた。鳴上とアスナが、明りの無い、暗闇の部屋へと足を踏み入れる。
奥行きのわからない、暗闇の空間。その向こうから流れてくる冷たい空気が、鳴上達を撫ぜていく。

突如、静寂を破り、部屋に明りが灯り始めた。音をたて、部屋を囲むように明りが灯されていく。
そして、巨大な輪郭が、部屋の中心に浮かび上がった。

荒波に削られた岩石の如く、隆々とした体躯。頭に生えた、禍々しい角。
そして、片手に握られた、鉄の塊のような剣。
威厳と恐怖によってなされた巨体が、鳴上達と対峙した。


鳴上「こ、これが……」


鉄の塊が振り上げられる。
獣の咆哮が、鳴上達を呑み込んだ。


――
第八話 完

やっとペルソナ使い放題になる……

???「ようこそ、ベルベットルームへ……」

???「貴方の旅路も、以前に増して長くなりましたな……」

???「目の前に立ちはだかる、巨大な壁……」

???「この壁を越えなければ、貴方の未来は閉ざされ、この世界の謎も埋没していく」

???「貴方の力が、試される時ですな……」

???「それでは、ごきげんよう……」



――第九話 青眼の悪魔

鳴上「し、死ぬかと思った……」


ボス部屋からどれだけ走ったのかも覚えていない。
息の持つ限り、迷宮を走り続け、なんとか落ちつける場所を見つけて、座り込んでいた。
まだ息が乱れている。


アスナ「あれは苦労しそうだね……」

鳴上「そうだな……パッと見では、あのデカイ剣しか見えなかったけど、特殊攻撃もあるだろうな……」

アスナ「前衛に堅い人を集めて、どんどんスイッチしていくしかないね……」

鳴上「盾装備の人が、最低でも十人は欲しいな……」

アスナ「盾装備ねぇ……」


二人の呼吸がようやく落ち着いた。アスナが訝しげな視線で鳴上を見る。

鳴上「なんだ?」

アスナ「両手剣で、ここまで前に出るような戦い方で、よく一人で生き残ってきたね」

鳴上「どういう意味だ」

アスナ「ソロでここまで潜りこんでいるのに、片手に盾を装備したりできない両手剣を使ってるっていうのが、
    なーんか、腑に落ちないのよねぇ」

鳴上「別に良いじゃないか。好きで使ってるんだ、これは」

アスナ「でも両手剣のメリットって、相手のガードを崩したり、一撃にかけたりする事にあるじゃない?
    一人でっていうより、むしろ集団戦で役に立つ部類だと思うんだけど」


アスナが的確に、鳴上の不審な点をあげていく。


アスナ「それに、リズに矛だとか作らせてたでしょ。なんで使いもしない武器を作らせたのかしら?」

鳴上「そ、それは……」

アスナ「怪しいなぁ……」


痛い所を突かれ、鳴上は視線を外した。アスナは半目で、鳴上を詮索するように睨み続ける。
一歩も退ず、アスナがじわじわと刺さるような視線を送られ、ただ鳴上は黙して我慢するしかなかった。

アスナ「まぁいいわ。スキルの詮索は、マナー違反だものね」


笑顔を浮かべて、アスナは話を切り上げた。鳴上が安堵の溜息をつく。


アスナ「さ、遅くなっちゃったけど、お昼にしよっか」


アスナがメニュー画面を操作すると、バスケットが現れた。


鳴上「お、準備いいな」

アスナ「アタシの手作りよ。ちゃんと手袋外して食べてね」

鳴上「押忍」


アスナがバスケットの中からサンドを取り出し、鳴上に渡した。
匂いを嗅ぐと、以前食べた物とは、また違う香りが漂ってきた。
肉はぶ厚く、照り焼きの色艶が食欲をそそる。今回も、野菜に彩られ、視覚的にも申し分無かった。
両手で掴み、大きく口を開けて頬張り、噛みしめた。

鳴上「ブリリアント!」


大げさでは無く、絶妙な味付けだった。芳醇な香りに、肉の柔らかい噛みごたえ。
そして、どこか懐かしく、親しみのある味に鳴上は驚いていた。


鳴上「この味は、一体、どうやって作ったんだ」


興味津々の鳴上を見て、アスナは得意顔でメニュー画面を開いた。
すると、目の前一杯に、何か事細かく書かれた画面が表示された。


アスナ「一年の修行と研究の成果よ。アインクラッドで手に入る、約百種類の調味料が、
    味覚再生エンジンに与えるパラメータの計算をして、全部解析してこのデータを作ったの」


そう言うと、バスケットの中から、不思議な色をした小さな瓶を取り出した。
鳴上は手を出し、その瓶の液体を舐めた。

興味津々の鳴上を見て、アスナは得意顔でメニュー画面を開いた。
すると、目の前一杯に、何か事細かく書かれた画面が表示された。


アスナ「一年の修行と研究の成果よ。アインクラッドで手に入る、約百種類の調味料が、
    味覚再生エンジンに与えるパラメータの計算をして、全部解析してこのデータを作ったの」


そう言うと、バスケットの中から、不思議な色をした小さな瓶を取り出した。
鳴上は手を出し、その瓶の液体を舐めた。


鳴上「マヨネーズ……」


続いてもう一つの瓶を取り出し、鳴上の手に少量垂らす。
その味に、鳴上は体を震わせた。


鳴上「こ、この味は……日本人の日本人による日本人の為の調味料……醤油!」


目を見開き、驚愕する。アスナはそんな姿を見て、クスッと笑った。

アスナ「サンドイッチのソースはこれで作ったのよ」

鳴上「凄い……これは、お店で売っても良いくらいじゃないか?
   絶対に売れると思う」

アスナ「そ、そうかな……」


アスナは頬を赤らめて、視線を伏せた。


鳴上「アスナみたいに料理ができる女性は、素直に尊敬するよ」

アスナ「……その言い方、本当に今までどんな料理を食べてきたのか気になるんだけど……」

鳴上「料理じゃない。あれは図画工作って言うんだ……。
   絵具をぶちまけたみたいなカレー、無味で不味くて激辛なオムライス……」


過去の出来事を述べるにつれ、鳴上の顔が恐怖に凍っていった。
アスナも苦笑いでその話を聞く。

アスナ「ひ、一人くらいそんな人がいたくらいで……」

鳴上「一人じゃない、三人だ」

アスナ「あー……」


鳴上は俯いて、黙りこんでしまった。


アスナ「ま、まぁ、アタシの気が向いたら、また作ってきてあげるから――」


何者かの足音が聞こえた。鳴上達の前にあったテレポート地点から、何人者男達がこちらに歩いてくる。
男達はくたびれ、こちらに気付く様子もなく近づいてくる。鳴上達は咄嗟に構えた。

だが、鳴上は男達の中心にいる人物を見て、構えを解いた。

鳴上「クライン……」


その声に気付いたのか、クラインも鳴上を見て目を見開く。
そして、親しげに笑い合った。


クライン「おー、悠じゃねぇか! しばらくだな!」

鳴上「ギルドの皆も一緒か。というか、まだちゃんと生きてたんだな」

クライン「相変わらず正直に物を言うな……あれ?」


鳴上の傍らにいた女性を見て、クラインは驚いたように声をあげた。


クライン「なんだよ! ソロのお前が女連れってどういう……こと、なんだ……」


その女性がアスナだと気付き、クラインが口を半開きにして、その場に固まった。

鳴上「攻略会議で一緒になってるかもしれないけど、一応紹介しとく。
   コッチはギルド、風林火山のリーダー、クライン。で、コッチは血盟騎士団のアスナ」


紹介を受けて、アスナが小さく会釈をした。しかし、クラインは固まったまま動かない。
鳴上が不思議そうに、固まったクラインの顔の前で、手を振って意識を確認する。
すると突然、クラインは姿勢を正し、頭を下げ、片手をピンと差し出した。


クライン「こここんにちわ! くくクライン、24歳独身! 恋人募集中――」

鳴上「ペルソナッ!」


突然自己紹介を始めたクラインに、鳴上の右フックが炸裂した。



「リーダーッ!」

鳴上「あ、間違えた……」


風林火山のメンバーが、鳴上とアスナを取り囲んだ。
五人の屈強な男達が、毅然と立ちはだかる。場に緊張感が走った。

「あ、アスナさんじゃないですかーっ!」


突如、五人の野太い歓喜の声がシンクロし、アスナに群がろうと押しかけた。
前にいた鳴上が壁になってそれを止める。アスナはただ、目を丸くしていた。
男達はと言えば、純粋な目で、アスナにお近づきになろうと何か口ぐちに言っている。


鳴上「わ、わるいヤツらじゃないんだ……リーダーの落ち武者はともかく……」


鳴上の足が何かに強く踏まれた。
痛みに顔をゆがめた鳴上に、お返しにと言わんばかりに、クラインがしたり顔をする。


クライン「誰が落ち武者だこのやろう!」


クラインが鳴上の首根っこを掴み、ヘッドロックを決める。
悪友二人と、風林火山達の無邪気なじゃれあいを見て、唖然としていたアスナが笑い始めた。
それを見て、首を掴んでいたクラインが鳴上の肩を掴み、アスナに背を向けて、小声の内密話をし始めた。

クライン「ど、どういう事だよ悠よぉ」

鳴上「あー、まぁ、色々」

アスナ「初めまして。しばらくこの人とパーティ組むのでよろしく」


背を向けるクライン達風林火山に、アスナが弾んだ声で自己紹介をすませる。
鳴上以外の男集から、納得いかないと、間延びした声が上がった。


クライン「テメェ! 悠!」

鳴上「お、落ち着け」


鳴上がクライン達をなだめていると、アスナの顔に突如緊張感が走った。

アスナ「ユウ君」


遠くから、不規則に並ぶ足音が聞こえてきた。
顔から全身全てを覆う鎧に身を包んだ集団が、こちらに隊列を組んで歩いてくる。
物々しい装備で身を固めているが、どこか歩く姿に覇気が感じられない。


鳴上「あれは……軍か……」

クライン「第一層を支配してる巨大ギルドが、どうしてここに?」

アスナ「25層攻略の時に大きな被害が出てから、クリアよりも組織強化って感じになって、
    前線に来なくなってたけど……」


隊列が鳴上達の前に来ると、先頭にいた司令官らしき人物が、休めと兵に命じた。
兵達が次々と崩れ落ち、座り込んで肩で息をし始めた。
司令官が鳴上達に歩み寄り、名乗り始めた。


バッツ「私はアインクラッド解放軍、コーバッツ中佐だ」

鳴上「番長、ソロプレイヤーだ」

バッツ「君らはこの先も攻略しているのか?」


コーバッツが高圧的な言い方で質問をする。

鳴上「あぁ。ボス部屋の所まで行った」

バッツ「なるほど。では、そのマッピングデータを提供してもらいたい」


さも当然と言うように、コーバッツが要求する。


クライン「た、タダで提供しろだと!? テメェマッピングする苦労がわかって言ってんのか!」

バッツ「我々は一般プレイヤーに情報や資源を平等に分配し、秩序を維持すると共に!
    一刻も早くこの世界から、プレイヤー全員を解放する為に戦っているのだ!
    故に、諸君が我々に強力するのは、当然の義務である!」

アスナ「アナタね!」

クライン「テメェ!」


クラインが剣に手をかけた。しかし、鳴上がそれを制する。


鳴上「落ち着け。どうせ、街に戻って公開する予定だったんだ。構わない」


メニュー画面を呼び、マップ画面を広げた。

クライン「おいおい、そりゃ人が良すぎるぜ悠」

鳴上「マップのデータで、商売をするつもりは無い。ほら、持っていけ」


コーバッツはマップデータを受け取ると、協力に感謝すると事務的に礼を言い、踵を返した。


鳴上「ボスに挑む気か。なら、やめておいた方が良い」

バッツ「貴様には関係無い。挑むか挑まないかは、私が判断を下す」

鳴上「ボスの姿を見たが、生半可な人員じゃ手も出せずに終わるぞ。
   お前の仲間も疲れきっているし、一度出直すんだ」


司令官は振り返り、血気盛んに唱える。


バッツ「私の部下達は、この程度で音をあげる軟弱者ではない!
    貴様ら! さっさと立てぃっ!」


兵隊達が、その無思慮な掛け声に、呻き声をあげながら立ち上がる。
そして、鳴上達を残し、邁進する司令官に引きずられるように、ボス部屋へと向かっていった。

クライン「大丈夫なのかよ、あの連中……」

アスナ「いくらなんでも、ぶっつけ本番でボスに挑んだりしないけど……」


軍の兵隊達の背中が、遠のいていく。
鳴上は胸の中に、妙なざわつきを感じた。


鳴上「一応、後をつけてみよう」

アスナ「えっ?」


予想外のその一言に、アスナは小さく声を漏らした。
風林火山のメンバー達は、そうでなくちゃと、鳴上に余裕の表情を向ける。
鳴上はそれを見て、小さく鼻を鳴らした。


鳴上「お前らも、十分お人よしだよ……行こうか」


鳴上が先頭を歩きだし、クラインを除いた風林火山のメンバーがそれに続いた。
アスナもそれに続いて歩こうとしたが、クラインに呼びとめられた。

>>461,462,463
それなら原作買って読めよ。ここまでは少し名前を変えた、ただの著作権侵害の無許可引用じゃないか。
違和感ないっていうか読み込んでないだけだろ!
こっちは普段から例えば銀魂のアニメの脚本がその回は横手美智子か下山健人かぐらいはわかるぐらいに読み込んでるんだよ!
文や言葉ってのは中身が出るんだ!

まずは入門として平成の仮面ライダーを仮面ライダーディケイドまで見て脚本が誰かをチェックしていけば井上敏樹という人物の脚本かわかるようになるはずだからそこからキャラの特徴を考えていってそれぞれの脚本の人の頭の中のキャラの人物像を想像していくとどんどんわかるようになっていくはずだからそこから今度は仮面ライダーwを見てその話の脚本の人が長谷川圭一って人か三条陸って人かわかるようになったらとりあえずこのssにおける鳴上のゲームともアニメとも違うことで起きる違和感がわかるはずだからそこまでいってくれ
好きなアニメの脚本の人がレギュラー脚本の誰かくらいはわかるようになってから違和感の有無について言及して欲しいよ!

後付けだけど>>1さんはこのレスを気にしないでください。
視聴者様の意見を見すぎると大体面白くなくなります。

それでも言いたくてしょうがなかった

>>500
大事な事を忘れて、自分でも少し有頂天になっていました
余りにも本編に頼り過ぎていたと思います
これから修正、というには余りにも遅すぎるかと思うので、もう投稿は中断いたします

>>500
お前が茶々入れてくれたおかげで>>1が更新中断すると言ってるだろうが!!
毎回楽しみにしてたのに……
どう落とし前つけてくれんの?
つまんない御託並べんな屑!!

>>503
>>500さんの意見は至極正当なものですし、私も途中からこのままではと思っていました
歯止めがきかずにいた所を、制していただけたので、今はむしろ、感謝したい程です
叱責を受けるべきなのは私のはずです。何かご不満がありましたら、私に言って下さい
場をかき乱し、皆様にも、貴方にもご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ないのですが、
投稿はもう中止させて頂きます。本当にすみません

色々と、皆様のレス頂いて自分でも少し混乱しています
一度中止すると言った後で、言うのもとても女々しいですが、私も続きをまだやってみたいです
もし続きを投稿するとしたら、一度他の、本編に頼り過ぎない作品を書いて、出直して来ます
ですが、完結作品の方にもう上がっていますので、ここで続きの投稿はしないかもしれませんが……

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2013年11月24日 (日) 03:25:31   ID: 9_yYFEwK

面白いです

2 :  SS好きの774さん   2015年04月20日 (月) 22:05:38   ID: Uf2bGy44

続きまだ?

3 :  SS好きの774さん   2015年05月07日 (木) 00:06:34   ID: nyHzvcz2

終わりとかもったいなさ過ぎる(-_-;)

4 :  SS好きの774さん   2015年06月18日 (木) 22:33:59   ID: XQHMCv22

そういわずに書いてはくれませぬか?

5 :  SS好きの774さん   2015年07月09日 (木) 19:39:31   ID: 6oaycJ7m

鳴上である必要性を感じないssだった。

6 :  SS好きの774さん   2015年10月19日 (月) 22:39:36   ID: ULniCxgv

鳴上要素皆無ですやーん

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