兄の助力により奴隷労働施設から樽で逃げ出した私たちは、長期の漂流で衰弱しきっていたものの、どうにか修道院近くの浜辺に打ち上げられた。
心優しいシスターたちのおかげで弱りきった体もある程度は回復し、未だ奴隷として残っている人たちや兄の安否を神に祈ることができるほどになった。
しかし完調には程遠いであろう事は誰の目にも明らかな状態なのに、あの方たちは旅立つという。
神の御前にて『共について行きたい』と許しを乞うたものの、突き抜ける胸の衝撃に私の思いは棄却され、無事生き延びる事のできた御加護への感謝と収容所の人たちへの切実な願いのため、神のお示しになる全てに従う事を誓約した私はそれに抗う術は無かった。
神は何故お許し下さらないのでしょうか。
私が足手纏いになるからなのだろうか。
それとも、私にはここで為すべきことがあるのだろうか。
様々に思案をするものの内心では完全に受け入れることは適わず、旅立ちの朝、一晩中泣き崩れた私にとってどうにか笑顔で見送ることができた事がせめてもの救いだった。
その日から私は修道女としての修行や修道院の務めに励むことで、徐々にその気持ちを抑えることが出来るようになり、特に務めの中で妊婦から赤子を取り出すという行為においては、その神々しさに、より深き信仰へと邁進することができた。
そして残りの許される時間の全てを神への祈りに投じ、日々経つにつれてあの方たちへの無事を祈る願いがその大半を占めるようになっていた。
理由づくことはなくとも修道女であるべき自分をようやく受け入れられるようになったとき、突如あの方たちは再びこの場所へに現れた。
『神の塔へ進むにはキミの力が必要なんだ』
王子様の城で起きている問題を解決するために私を求めて下さっている。
再会しえたことに歓喜して舞い上がってしまっては駄目だ。
私は沸き起こる感情を抑え、あの方たちが求めていることを必死に理解しようとした。
『その力を神様より授かる為には、新たな洗礼を受けねばなりません、6日…いえ、5日お待ち下さいませ』
―――――その間に起こる一幕の激情。
こんなかんじでどうですかね?
魔物使いの番外編で修道院女と屁が結婚するに至る奇跡の秘話です。
かなりブッ飛んだ内容なので苦手な方は気を付けてください。
19時頃には全て投下します。
洗礼には昼の12時に神の御前で跪く授受の行いを4度、そして夜の同刻に同じことを9度行う必要がある。
その時は下着などは一切身に着けず、薄い布を纏っただけの格好であるのだが、それに対して羞恥を感じることは神への冒涜でありもっての外のことなのだけれど、薄暗い礼拝堂ではそんな姿に気付く筈もなく、あの方たちは私に声をかけられることがしばしばある。
自制の念とは裏腹に私の顔が真っ赤に染まっていくのが自分でもわかる。
こんな格好は奴隷時代に慣れきっていたはずなのに。
「メンゴ、メンゴww儀式の最中は入っちゃアカンやった?ww」
「いえ・・・その、いけないということはありませんし、・・もう終えたあとですから・・・」
もう駄目、意識せずにはいられない。
神様に対する非礼の気持ちやこんな姿で王子様と対面する恥ずかしさ、話すことのできる喜びもあったかもしれない。
私は混乱していたのだ。
何故王子様は礼拝堂に来られたのかを考える余裕が、その時の私には無かった。
「おっとニアミスwwまた邪魔しちゃったww」
それでも幾度か鉢合わせする中で、多少なりとも王子様の行動を気にするようには、なっていた。
そして最後の洗礼を受ける5日目の夜、今までは私が洗礼を終わる頃対面することが多かったのに対し、その時は何故か先に王子様が先に礼拝堂へ入っていた。
今までに見たことのない真剣な姿、そしてその手に持つひとつのビン。
それ以外にも感じられる違和感がそこには存在する。
「わりぃwwわりぃww洗礼の前には出て行くつもりだったのにww」
違った、いつもの王子様だ。
「お祈りしておられたのでしょうか?」
「wwまぁ、明日出発だしww最後の神頼みww神頼みww」
今までもお祈りのために来られていたのだろうか。
礼拝堂から出ていく王子様の後ろ姿をみて、私は首を傾げる。
いけない、洗礼の時間だ。
余計なことは考えず集中しなければならない。
神の御前で膝をつき顔の前で手を結ぶ、その直後だったであろうか、王子様に感じた違和感の正体が頭をよぎる。
過酷な奴隷時代にも、延々と漂流を続ける樽の中でも、どんな逆境であれ明るく振る舞い、落ち込む顔すら見せない王子が“神に祈る”という行為そのもの。
それ自体がしっくりこない。
邪念は決して許されないのにその違和感は不安へ変わっていく。
神の示す、胸に突き抜ける衝撃が3度目を迎えたとき私はその場から駆け出していた。
王子様を追いかけねば。
早く。
早く。
幸い扉を開いた時に月明かりに照らされた王子が浜辺に小さく映っているのが見えた。
「・・はぁ・・・はぁ、王子様、一体何をされているのですか、そのビンは?」
目を凝らし中になにか折りたたんだ紙のようなものを確認できたときには、王子がビンを慌てて放り投げていた。
「いやwwほらww手紙をねww・・・そうそう、奴隷仲間に届けばいいななんてw俺ロマンチ・・・」
「・・・ってwwちょっwwwその姿ww俺得だけどww荒ぶる本能が覚醒するしwww」
再び礼拝堂に走り出した王子様には流石に混乱してしまったが、その理由は明白だった。
同じく月明かりに照らされている私の姿は、薄い布が透けて見えそれは裸体も同然だったのだ。
まるで身体中の血液が逆流するかのように顔が沸騰する。
見られた。
見られた。
こんな姿を晒してしまった。
後に思い返すと過度な反応だったと感じるが、その時の私はいっそのことこのまま海に身を投じたい気持ちで一杯だった。
そんな状態で海に浮かぶビンが視界に入り込んだ時だった、今までにない強さの衝撃が胸を打ちつけたのは。
確かに王子にとってはロマンチスト過ぎるかもしれない。
それでも奴隷仲間に向け流した手紙のビンにそれほどおかしな点はないはずだ。
それなのに、気がつけば私はビンに向かい海に飛び込んでいた。
そして我に返ることができたのは、浜辺でビンを割りその手紙を読んだ時だった。
読み終えた頃には体中に汗が吹き出していた。
王子様が正常で無いことを確信すると共に、私が感じた違和感の正体が丸っきり逆だったことに気づく。
どんな逆境であれ明るく振る舞える王子が“神に祈る”という行為そのものがおかしいのではない。
全ての逆境に対し明るく振舞ってしまう王子そのものがおかしいのだ。
脱力し、歩くこともままならない状態であるが、私は王子様の元へ向かわなければいけない。
一歩。
もう一歩。
前に進む。
その道中に魔物愛好家のほうの方が私に対して何か叫んでいるが、余り耳に入ってこない。
「早まったことをするな!王子になにかされたのか!?」
「とにかく落ち着け!後で王子を半殺しにしておくから!」
「王子も若気の至りだったんだ、なんとか示談で頼む!」
恐らくは私のこの姿をみてなにか勘違いされていたのだろうが、正直構ってはいられなかった。
両足に力を入れることができるようになったとき、ようやく私は王子のいる礼拝堂に駆け出した。
―――――王子様が魔物使い様のお父様に宛てた手紙(やけにwが多かったので改訳)
貴方が命を絶たれた姿は今でも鮮明に覚えています。
貴方の息子と仲良くしてやってくれと言われたことを今でもしっかり覚えています。
私の所為で貴方は自身の命を失い、魔物使いは父親を失いました。
万死に値する罪だということ承知でおりましたが、なにぶんその後の奴隷生活は肉体的にも精神的にも過酷で卑劣を極めるものだったのです。
そんな中、私は非力でありながらもこの場を去る時までは魔物使いを支える事に罪滅ぼしの意味を見出しました。
色々な方の助力もあって今は奴隷収容所を抜け出すことができ、貴方の息子は元の道へ戻りつつあります。
本来であれば、今すぐにでも後を追い貴方の元へ、お詫び申し上げに逝かねばなりません。
自分勝手な私事なのは重々承知の上でお願い致します。
もう少しだけ、私に時間を与えて頂けないでしょうか。
我が弟と義母の犯した責任をとることさえ出来ればもう心残りはありません。
身勝手なのは解っています。
その上で、その上でもう少しだけ私に命をお与え下さることをお願い申し上げます。
―――――浜辺の修道院にて
スミマセン、色々驚いてしまい最後まで書き上がりませんでした。
書き溜めの文は投下しましたが、完結はもう少々お待ちください。
10時位には完結出来るかもです。
「王子様!馬鹿な考えはおやめ下さい!」
私は泣き叫び、抱きついた。
「なんだビショビショじゃないか。・・・そっか読んだのか」
「貴方のお考えは絶対に間違っております!」
私の必死の訴えにも、王子様は優しく微笑み首を振るだけ。
いけない。
ちゃんと、伝えなくてはならない。
ちゃんと、伝わってもらわなければいけない。
あの方のお父様がそんな事を望んでいる訳がない。
絶対に有りはしないのだ。
そうだ、私は神に仕える修道女なのだ。
きっと、お父様の心が私に入り込んでいるに違いない。
「許す!王子よ、全部許す!」
私は無心で声を発し続けた。
「むしろ有難う!息子の為にむしろ有難う!」
「お主と息子が生を全うしてくれればワシはそれだけで満足だ!」
自分が何を言っているのかもはや理解できない。
「全然似てないwwあの親父はそんな喋り方しないってwwもっと荒ぶる漢だろww」
「最後のなんて、一般人なのに王子の俺にお主って呼ぶ人じゃなかったよ」
「でも最後のは、声が何故かそっくりだった気がする・・・」
「あの親父が本当に俺の生きることを望んでいるのかな」
「・・・本当に許してもらえるのかな」
「俺は生きていて許されるのだろうか」
王子様がひとつまたひとつと言葉を紡ぐ度、まるで閉ざされた扉がゆっくりと開いていくように何かに満たされていく気がした。
「当然です!当然ですよぅ」
私は更に強く抱きしめた。
「貴方に何の責があるのでしょうか。もしも神が罪を問うたとしても私が必ずそれをお諌め致します」
「・・・・・・・・・・・・・マリア」
もう心を委ねてくれている筈なのに、私の不安は一向に収まる気配がない。
涙でボロボロな私に対し、優しく微笑み私の名を呼び続ける王子様。
「マリア、こういう時はどうすればいいんだろう」
何かがおかしい。
泣くことができない?
もしかしたら、この方は涙を失っているのではないか。
―――――この場を去る時までは魔物使いを支える事に罪滅ぼしの意味を見出しました。
そう、手紙の一文。
自らの罪を受け入れ奴隷であった魔物使い様を励まし、勇気づける為に自身が悲しむことを禁じ苦しむことを封じ込めてしまったために起こる副作用。
明るく振舞うこと以外の感情を失っているのだ。
人は喜怒哀楽の全ての感情を持ってその精神は正常に保たれる。
その半分も失ってしまっては何れ精神が崩壊するのは至極当然だ。
どうすればいい、私はどうすればこの方を救えるのか。
どうすればいいの。
どうすれば。
―――――生まれてきた赤子はね、泣くことでしか息をする術を知らないの。
修道院の務めでシスターが私に教えて下さったこと。
―――――だからね、泣かない子にはこうしなきゃ命が繋がらないのよ
「王子様!王子様!王子様!王子様!」
私は泣きながら王子様のお尻を、叩いた。
王子様、王子様、王子様、王子様。
必死に、叩き続けた。
何度この音が礼拝堂に響き渡っただろう。
幾度めかの乾いた音にようやく混じり入る“生”(せい)の声。
「・・・ひくっ・・・うぁ・・まりあぁ、ま゛りあ゛ぁ」
まるで堰を切ったかのように溢れ出る涙、そして鳴き声。
私は王子様を苦しめるほどの力で抱き締めた。
「もっと、もっと泣いてください!精一杯叫んでください!私が全て受け止めますから」
この方がずっと心の底に仕舞い込んでいた苦しみと悲しみと涙の量は予想すらできない。
深い闇の中涙を流し続けた王子様が泣きやむのは礼拝堂のオペラグラスに夜明けの光が差し込む頃だった。
この方が二度と道を誤らぬよう私が道標となろう。
――――――私は誓い口付けをした。
まぁアレですよ、私も裸同然の姿であった訳で、夜明けまでの長い時間にこの聖なる場所を汚してしまうような許されざる行為もあったことは認めましょう。
私たちの結婚するに至る経緯が未だ誰にも語られることがないのは結婚式の挨拶で異なるエピソードに変わってしまったからだ。
『皆さんww俺たちが結婚できたのはww樽の中で放屁したおかげでーすww』
これが罰というのなら、私はそれを甘んじて受け入れなければならないだろう。
―――――――――the end
おわりです。
魔物使い4作に続く番外編です。
屁の嫁話なだけに出来るだけスカイハイな内容にしてみました。
次作は未定ですが、魔物使いの話にする予定です。
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