モバP「杏なんて大嫌いだ」(79)
昨日vipで落ちたのを再挑戦です
「仕事しろ」
「やだぁ、疲れたぁ」
「……」
俺はあまり大きくはないアイドル事務所で、プロデューサーをしている。
この仕事に就いたのは半年程前で、まだまだ新人だ。
俺は、夢を持つ人間が大嫌いだ。
アイドルなんかは言うまでもない。
こんな俺が、アイドルのプロデューサーなどをしてるのは、爺ちゃんのせいである。
それは半年程前、暑い夏の日だった。
******
ブーブー、ブーブー
「おい○○○、電話がなっているぞ。出なくていいのか?」
先輩が、箸を俺のポケットに向けて尋ねる。
俺は、ポケットから電話を出して液晶を覗いた。
そこには、爺ちゃんの名前が映されている。
爺ちゃんからとは珍しいな、電話をかけて来たのは初めてだ。
爺ちゃんと最後に喋ったのは、俺が大学に受かった時だったろうか。
「すみません、電話にでます」
先輩は弁当を、大きな口の中に流し込みながら言う。
「ひいよ、ひいよ。…おまへの肉、くっへもいい?」
俺は苦笑いで「どうぞ」と答えた。
「もしもし、爺ちゃん?久しぶり」
「おお、ワシの愛おしい愛おしい孫よ」
俺の記憶が正しければ、俺の爺さんは特に厳しい人ではなかった。
しかし、俺を気持ち悪いほど大事にしているわけでもなかった筈だ。
「何かいつもと違わない?」
「そうか?それよりも、大事な話があるんだ」
頼み事かよ。俺は、力の抜けた笑いを一つして、「なに?」と言う。
「アイドルのプロデューサーをしてみんか?」
その一言が、全ての始まりだった。
何でも元々いたプロデューサーが、過労で倒れて仕事を辞めてしまったらしい。
俺は即答した
「嫌だ、絶対に」
過労で倒れるような仕事を、孫に勧めるな。
そうでなくても、アイドルのプロデューサー?
そんなものは御免だ。
俺は強く断って、電話を切った。
しかし、爺ちゃんは諦めなかった。
「ただいまー」
「あら、おかえり。○○○」
家に帰ると、エプロンをした母さんが玄関まで出てきた。
俺は実家暮らしをしている。
別に親に甘えている訳ではない。家賃や光熱費は、俺が払っている。
俺には、父さんがいない。
俺が小さい頃にどこかへと消えたらしい。まだ小さかった頃なので良く覚えていない。
「何か臭くない?」
「え?」
母さんは、スンスンと匂いを嗅ぐ。
「確かに」
そう言って母さんは、首を少し傾げ臭いの原因を考える。
そして首を正常な角度に戻して、笑顔を浮かべた。
「フライパンの火を付けっぱなしだ」
「…ヤバくない?」
「うん、ヤバイ」
母さんは、パタパタと小さな足音を立てながら台所へと向かった。
母さんの小さな背中をみると、きっと俺の父親は大きかったのだろうなと思う。
じゃないと、俺みたいにのっぽな奴が産まれないだろう。
母さんは少し抜けている。
だから、母さんを一人暮らしさせるのは少し恐いのだ。
決して、マザコンではない。
靴箱を開けて、俺の大きな革靴と、母さんの小さな靴を納める。
ネクタイを緩めながら、スーツのままで台所に行く。
呆然と立っている、母さんに尋ねた。
「大丈夫?」
母さんは、フライパンを両手で持ち上げて、俺にフライパンの中身をみせた。
見事なまでに、まる焦げだ。
「…大、丈夫?」
と母さんは、困ったように笑っている。
どうやってこれを見ると、大丈夫な可能性があるように思うのだろうか。
「大丈夫じゃないな」
俺にそう言われ、フライパンをコンロの上に戻す。
「どうしよう?」
「出前でも頼むか」
俺は携帯で、近くで宅配をしてくれる店を探す。
「ごめんねぇ」
母さんは小さな体を、もっと小さくして謝る。
「いいよ、ただ危ないから気おつけてね」
二人で台所を片付けているうちに、出前が届いた。
「いただきまーす」
「いただきます」
母さんの希望により、届いた超巨大ピザを食べる。
母さんは変わったものが大好きだ。小豆コーラを買って来るような人間だ。
どうせすぐに食べれなくなって、俺に押し付けるのだからやめて欲しい。
「美味しいねー」
母さんは柔らかく笑う。
「うん」
「…思ったより大きいね」
やはり、俺が処理しなくてはいけないのだろう。
「あっ、そうだ」
「どしたの?」
「今日ね、お父さんから連絡があったの」
俺は思わずに、眉間にシワを寄せる。
「え?」
「どうしたの?恐い顔して」
「いや、…何だって?」
「アイドルのプロデューサーをして見ないかって?」
俺は即答した。
「嫌だ」
「何でいいじゃない。可愛い女の子と居れるのよ」
「俺はアイドルが嫌いだ」
「ふーん、残念。お母さんをプロデュースして欲しかったのに」
「…は?」
母さんは、手で口を覆いながら笑う。
「お父さんに勧められて、アイドルをする事になったの。年齢詐称すれば、大丈夫だからやってみないかって。面白そうだからやる事にしたの」
確かに、母さんは驚く程若く見える。若い、というよりも幼いと言う方が正しいだろう。
まず、実年齢がバレる事はない。
老け顔の俺と一緒にいると、母が妹だと思われてしまう事がある程だ。
「ごめん、ちょっとトイレ」
俺はトイレに入って、ジジイに電話をかけた。
「何だ?我が愛おしい愛お「おいっ、コラジジイ!!」
俺の怒声を浴びて、嬉しそうに言った。
「どうやら、話を聞いたようだな」
「母さんがアイドル何て、駄目にきまっているだろ!」
「マザコン野郎の愛おしい孫に選択肢をやろう。一、プロデューサーになる。二、大事なママをアイドルにする」
そうして、俺はプロデューサーになった。
俺は決してマザコンではない。
******
プロデューサーを始めて半年程立つが、全く慣れる事はない。
それは、プロデューサーと言う名目ではあるが、実際の仕事は、マネージャーから何から全てをしなくてはいけない事が、一つの理由だろう。
そしてもう一つの理由は
「プロデューサーおはようにぃ☆今日も頑張るよ!きらりんパワー注入すぅ?」
俺に近い身長のある、諸星きらりが恐ろしい質問をする。
「いや、いいです。それよりもスケジュールは確認したか?」
「バッチしだよお☆」
「ははっ、そうですか。…それでは」
きらりの前から逃げて、どうにか俺の机まで着いた。
「ふう」
「疲れているみたいですね。プロデューサー?」
「うおっ?!」
後ろをみると、佐久間まゆが微笑を浮かべていた。
「ははっ、すっ、少しね」
「へぇ、ところでプロデューサー。さっきはきらりさんと何を楽しそうに話してたんです?」
きらりは物理的なダメージを与ええてくるのに比べ、まゆは心理的なダメージを与えてくる。
「い、いやあ、他愛のないはなしさあ」
「他愛のない話も、ぜーんぶ知りたいんです」
「あー、営業に行かないと行けないのを思い出した!」
俺は事務所に来て早速、営業へと逃げた。
扉を開けて、外に出ようと一歩踏み出すと、誰かにぶつかった。
「すまないっ」
「痛いなぁ、これはもう家に帰らなきゃ駄目だね」
俺が事務所で、最も嫌いなアイドルが倒れていた。
俺はこの小さな体の可愛らしいアイドル、杏が大嫌いだ。
「すまない、少し慌てて」
俺が手を差し伸べると、何を思ったのか俺の手を掴まず、杏も手をこちらに差し出す。
「何だ?」
「飴ちょうだい」
子供のように無邪気な笑顔を浮かべて、飴をねだってきやがった。
こちらからぶつかったので、渋々と飴を差し出した。
ロイヤルキャンディーという銘柄の、その名の通り高級な飴だ。
双葉杏が言う事を聞かない時に与えなくてはいけないので、常に胸ポケットにしまってある。
「へへっ」
杏は嬉しそうに飴を受け取ると、口の中に放り込んだ。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
「ちゃんと仕事しろよ」
「分かってる、分かってる」
絶対に分かっていないが、言ったところでどうせ無駄なので諦めて営業へと向かった。
俺がいつまで経っても慣れないもう一つの理由は、この事務所のアイドル達が個性的過ぎるからだろう。
******
午後からは杏のliveがあるので、杏を迎えに事務所へ帰ってきた。
「営業から戻りました」
「お疲れ様です、プロデューサー」
事務員のちひろさんが笑顔で迎えてくれた。
しかし、この事務員も癖がある。
「疲れたでしょう。どうぞドリンクを、いつもより値下しますよ」
何かあると、ドリンクを買わせようとするのだ。
このドリンクというやつが、中々疲れをとってくれる。しかし、恐ろしく高いのだ。
「遠慮しときます」
「そうですか?じゃあ、私がいただきます」
ちひろさんは、ドリンクのキャップを開けると、ぐいっと一気に飲み干した。
「あーっ、生き返る!」
こちらをチラと見ながら微笑んでいる。
「おい杏、liveに行くぞ」
早く事務所から出ないと、誘惑に負けてしまいそうだ。
「えー、疲れたぁ」
「何をしたというんだ」
「呼吸、あと食事、そういえば心臓もいっぱい動かしたなぁ」
この杏という奴は、とにかく働くのを嫌がる。
アイドルを目指したのだって、印税で一生働かなくていいようにという、冗談のような理由である。
しかし、ポテンシャルはかなり高く事務所で一番売れている。
俺は杏のふざけた夢も、そのふざけた夢を叶えようとするふざけたパワーも、高い能力を活かそうとしない所も大嫌いだ。
「ほら、早く行くぞ」
俺は杏を背負って無理矢理、車に連れて行った。
「いやー、誘拐だー」
「黙れ」
******
大きなステージなのに、殆ど動く事なくライブをしている。
杏のライブには三畳ほどの場所があれば、十分過ぎるだろう。
殆ど動いていない、しかし観客の方は異常な程盛り上がっている。
杏は大きな動きこそしないが、観客が望んでいるパフォーマンスを理解して動いている。
観客が盛り下がらないように、加減をしながら分かるように手を抜く。
中々出来る芸当ではない。
杏の小さな体は、青や赤、様々な色の照明に照らされて綺麗に輝いている。
小さな体を動かすと、それに合わせて会場が揺れる。
本当に綺麗だ。
そんな姿を見れば見る程、俺はこいつを嫌いになる。
俺は夢を持ち、輝いている奴が大嫌いだ。
これは嫉妬だ。
悪いのは俺だと理解している。
しかし、分かったからといってやめれるものでもない。
そんな簡単に思いを変えれるのならば、きっと、貧富の差をなくす事も簡単であろう。
理解をしても変われない。
理解していても、安い服を買って安いハンバーガーを食べて、貧富の差を広げる。
俺が悪いと知りながらも、俺は杏を嫌うのだ。
夢を持ち、才能があり、輝いて見える杏が眩しくて、嫉妬する。
******
「はぁ、疲れたぁ」
助手席に座る杏は、もう何度目か分からないほど、繰り返しそう言った。
「もうすぐで、お前の家に着くから」
「んー、今日も部屋まで負ぶっていってね」
「はい、はい」
「プロデューサーは車を持ってないの?」
「持ってるけど、何で?」
「いつも、事務所の車しか使わないから」
「ああ、俺の車はタバコ臭いから。アイドルに臭いがついたら、いけないだろ。それに車で事務所に来るのは疲れる」
「吸うのをやめなよ」
「簡単にやめれないんだよ」
前の職場よりも、遥かにストレスが溜まるのに禁煙なんて出来るか。
杏の住むマンションに着いた。
俺はいつも停める位置へと車を停める。
本当は停めては駄目そうな位置だが、杏を背負う距離を少しでも減らしたい。
いくら軽いといっても、やはり疲れるのだ。
「杏、鍵出せ」
「ん」
杏から鍵を受け取って、扉を開ける。
杏を背負ったままで、自分の靴と杏の靴を脱がせる。
奥の、杏の寝る部屋へと歩く。
一番奥の部屋なので、いくつかの部屋を過ぎる。
どの部屋も暗くて静かだ、そして静けさを強めるような、冷んやりとした空気が広がっている。
一人暮らしをした事がないので、こういう空間に暮らす事がいまいちイメージ出来ない。
奥の部屋に辿り着くと、杏をベッドへと放り投げた。
「あう、…ありがとプロデューサー。じゃあね」
杏は顔をベッドに押し付けたまま、手をヒラヒラと振った。
杏はいつも疲れているが、いつも以上に疲れているように見える。
まぁ、気のせいか。
「じゃあな、明日もちゃんと来いよ。明日は朝からサイン会だからな」
******
翌朝、杏は事務所に来なかった。
俺は慌てて杏の家に向かった。
「おい!杏!!起きてるか!」
ドアをどんどんと叩く。
しばらく叫んでいると、ガチャリと鍵の空く音がした。
俺は急いで扉を引く、しかしチェーンの鍵はついたままで、ガチャンっと引っかかった。
扉の隙間から中を伺う。
「杏?」
すると、怯えるようにこちらを杏が見ていた。
俺の顔を確認すると力無く笑った。
一体何を笑っているのだこいつは。
「おい!朝からサイン会だって言ったろ」
つい声を荒げて怒ってしまう。
杏はチェーンも外して、外に出てきた。
怒る俺に対して、何か不満がありそうだったが不満を出さずに、「ごめん」と呟いた。
「もう、いいよ。急いでサイン会に向かうぞ」
仕事場に着くと、しょげていた杏は切り替えて、いつもの気怠い雰囲気でファン達に。
「ごめん、ごめん。寝坊した」
と謝った。少しヒヤリとしたが、ファン達にウケてどうにかなった。
サイン会が終わると、急いで杏を車に連れ込んだ。
少し気になることがあったのだ。
「杏、お前何か隠してないか?」
「何かって」
「何かだよ。お前、最近いつも以上に変だぞ」
「別に…気のせいじゃない」
杏はふざけるように笑った。でも、目には明らかに疲労の色がある。
何かを隠しているのだろう。
でもこれ以上聞いても、誤魔化されてしまうだけだろう。
「どうにもならなかったら、俺に言えよ」
「大丈夫だって」
******
俺が書類を書き終え、体を伸ばしていると、ちひろさんが俺の机にお茶を置いてくれた。
ゴツゴツしていて、歪な形をしている湯飲みだ。
俺は見る目が無いので、これが良いものか悪いものかは良く分からない。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
ちひろさんはドリンクを買わせようとしなければ、良い人なんだが。
オッパイも大きいし。
「最近の杏ちゃん、何だかおかしくないですか?」
やはり他の人から見ても、最近の杏はおかしいようだ。
「ですよね、何かありそうなんですけど教えてくれないんです」
「プロデューサーにも話してくれないんですか」
ちひろさんは眉をしかめる。
「何だか俺と杏が仲良いみたいに聞こえますよ」
思わずに俺は苦笑する。
俺と杏ほど噛み合わない奴はいないだろう。
「違うんですか、杏ちゃんは嫌いですか?」
というよりも、アイドルが嫌いです。
なんて事を言える訳も無く、適当に答える。
「嫌いじゃないですよ、でも俺と杏って凸凹じゃないですか。外見も内面も」
自分で言うのもアレだが、俺は真面目な方だと思う。
杏とは正反対の性格だ。
「だから噛み合うんですよ」
ちひろさんは何故か満面の笑みで答えた。
一体何がそんなに嬉しいのだろうか。
息を深く吸う。
肺に、汚れた空気が溜まるのが分かる。
「ふうーっ」
肺の中に溜まったものを、全て吐き出す。
俺の中から出てきた空気は、周りの空気と比べ明らかに異質な色をしている。
俺の作り出したものだと一目で区別がつく。
すると、汚れている空気が、不思議と愛おしいような気がした。
手を伸ばして掴んで見る。
空気は空気と混ざり合って、溶けてしまう。
握った掌を開けてみても、俺の空気は消えていた。
杏は何かを隠している。
きっと、大事な事だろう。
何故話さないのだ。俺はプロデューサーだぞ。
杏には話す義務があると思う。
何だか腹が立ってきた。
もしも、また仕事に支障が出たらどうするのだ。
俺に迷惑がかかるだけなら良いが、うちはまだ小さな事務所だ。
他のアイドル達にも迷惑がかかるかもしれない。
プロデューサーを辞めたくて仕方が無いのに、こんな事を考えるのはやはり、俺は真面目なのだろう。
真面目に生きるしかないからな。
夢なんて無いし、何も無い。
何にも無い、真面目に普通に、それ以外の生き方など分からない。
別に真面目に生きたく無い、それしか俺には出来ないだけだ。
息を深く吸う。
息を深く吐く。
白い空気が闇に浮かぶ。
「あーっ、ムカつく。プロデューサー辞めてぇ」
やはり、白は黒に溶けてしまった。
******
今日は憂鬱だ。
プロデューサーを始めてからは毎日が憂鬱だが、今日は一段と憂鬱な日だ。
今日は杏の大きなライブがある。
今日もまた、俺は杏を嫌いになるだろう。
「入るぞー」
杏の楽屋のドアをノックする。
杏の慌てた声が返って来る。
「ダメッ、ちょっと待って」
「いや、もうライブ始まるぞ。どうした?」
「えっと、いいから待ってて」
どんな時でもノンビリしている杏が慌てている。
これは何かある、もしかして最近の変な理由が分かるかも知れない。
そう思って俺はドアを開けた。
「ばっ、馬鹿!」
俺は言葉を失くした。
別にトラブった訳では無い。
そんなに良いものではなかった。
杏はステージ衣装を、覆い隠すように持っていた。
しかし、杏の小さな体では隠しきれていなかった。
衣装は、切り刻まれていた。
一体どういう事だ。あまりに予想のしない事態に言葉が出ない。
杏は、大きな瞳に涙を溜めている。
「ごめんなさい」
そう言って、溜めていた涙をこぼしはじめる。
「いや、謝るな。…説明してくれないか」
杏は泣きながら、俺に話す。
事の始まりは、二ヶ月程前らしい。
杏はその頃から、人気が出始めていた。
家に帰ると、白紙の手紙がポストに入っていた。
それが始まりだった。
そのうち白紙の手紙には、杏を傷付ける文字が入った。
手紙は電話に変わり、段々と色々な嫌がらせを受けるようになったらしい。
そして、今日は衣装を切り刻まれた。
「相手は分かるか?」
「多分」
「誰だよ?」
「サイン会によく来るファンの人だと思う。一度だけかかってきた電話の声が一緒だったと思う」
「何か恨まれる事をしたのか?」
「わかんない」
そう言って杏はメソメソと俯いてしまう。
二ヶ月の間、嫌がらせを受けているのか。
最近になるまで、全然気づかなかった。
俺は唇を噛みしめる。
「何で黙っていた?」
声が震えてしまう。
杏は消えそうなほど小さな声で「心配をかけたくなかった」と言う。
「何でだよ?俺が信用できないか」
「違うよぅ、だってプロデューサー仕事がいっぱいで大変そうだったから」
俺は、杏は自分が思うように生きていると思っていた、けれどそうではないようだ。
俺なんかが思っていたよりも、杏は優しい子なのかもしれない。
でも、やはり俺は杏が嫌いだ。
俺は杏の肩を掴んで怒鳴る。
「ふざけんな、ちゃんと言えよ!」
杏はそれでも「でも」だなんて泣きながら反論する。
「でもじゃねえよ!確かに俺は疲れてるよ、大嫌いなアイドルのプロデューサーなんかさせられてよ」
感情が昂ぶって、余計な事まで言ってしまう。
「特に、お前なんか大嫌いだよ!」
こんな事を言いたくはないのに、本音が全部こぼれてしまう。
俺は、夢を持つ人間が大嫌いだ。
アイドルなんて言うまでもない。
「けどさ」
俺の中に溜め込んでいたものまでぶつけてしまい、少し落ち着いて話しかける。
本当に余計な事を言ってしまった、と何だか笑えて来る。
「俺は男だぜ、可愛い女の子が泣いてるなんて放っとけないよ」
杏の涙を指で拭う。
杏の頬に触れると、思ったよりもずっと柔らかくて驚く。
「男は可愛い女の子に頼られると、それだけで嬉しくなる馬鹿なんだからよ、変な心配すんな。ほら、助けて、って可愛くお願いしてみろ」
杏はまだ少し泣きながらも、可愛く笑ってお願いした。
「助けて、プロデューサー」
「よっしゃ、任しとけ」
俺は夢を持つ人間が大嫌いだ。
アイドルなんて言うまでもない。
けど、俺は男だ。
可愛い女の子を傷付ける奴の方が大嫌いだ。
ライブの衣装はどうにかなった。
なったと言えるかどうか怪しいような気もするが、どうにかなった。
衣装の代わりに、いつも杏が着ているtシャツと短パンでライブをした。
働いたら負け、という名言の刻まれたtシャツだ。
思った以上にファン達に好評なようだった。
何だか、杏のキャラなら何をしても許される気がしてきた。
******
「本当に泊まるの?」
「じゃないと犯人を捕まえれないだろ」
一度だけかかってきた電話の声が似ているとだけの理由では、ファンを捕まえる事など出来ない。
捕まえるなら、現行犯だろう。
杏の話によると、最近は毎日ドアのポストに手紙や写真などが入れられるらしい。
そこを狙って捕まえてやる。
その為には、杏の家に泊まるのが一番だろう。
「何を心配してんだ?俺はロリコンじゃないから安心しろ」
女子高生はけっこう好きだったりするが、杏は小学生みたいだから欲情する事はあるまい。
杏の事だから、あまり気にしないと思って言ったが、頬を膨らませて黙り込んでしまった。
「あれ、怒った?」
「とときんの胸とか凛の足を、やらしい目で見る時があるの知ってるよ」
こいつは意外と周りを見ているな。
しかし、これについては仕方が無いではないだろうか。
今までは、華の無い職場に居たのだ、あれをやらしい目で見るなというのは無理だろう。
「そりゃあ、俺だって男だしぃ」
「凛は杏より年下だよ。杏の事はやらしい目で見た事ないよね」
だからどうした。お前はやらしい目で見られたいのか。
「…いいからもう寝ろ。夜更かしは美容の敵だ」
丑の刻を過ぎた頃に、誰かが階段を登ってくる足音が聞こえた。
俺は足音を忍ばせながら、玄関の方に行った。
足音は、この部屋へと近づいて来る。
そしてこの部屋の前で止まった。
恐らく犯人だろう。
一体どんな奴だろうか。
もしかしたら、いかれた奴かもしれない。凶器を持っているかも。
今になって恐怖が湧いてくる。
汗ばんだ掌をズボンで拭いた。
カチャッ カチャ
ドアノブを余り音を立てないように回してきた。
そして、鍵が掛かっているのが分かると、ドアの向こう側で舌打ちをしたのが聞こえた。
その音を聞くと、俺の中から恐怖は吹き飛んだ。
代わりに、抑えつけるのが難しい程の怒りが溢れる。
今すぐにドアを開けて、こいつをグチャグチャにしたくなる。
必死に抑えて、奴が何かを入れるのを待った。
数秒してポストから写真らしき物が入れられた。
それを手に取り、確認するとそれは、ライブ前に切り刻まれた衣装の写真だった。
俺は急いで鍵を開け、思いっきりドアを開けて外に飛び出した。
階段の方を見ると、大きな影が慌てて降りるのが見える。
走って階段を下りると、すぐに犯人に近づいた。
恐らく、動きが鈍い奴なのだろう。後ろから肩を掴んで、思いっきり引っ張った。
そいつは、コンクリートの床に鈍い音を立てて倒れる。
「ひいっ!」
そいつは、いかにもオタクっぽい見た目の男だった。
割と杏のファンにはそういった人が多いが、こいつはその中でも群を抜いてそれっぽい。
襟元を握り締めて、余り大きな声を出さないように声を絞って喋る。
気をつけないと大声で怒鳴りそうだ。
「何でこんな事をした、正直に言えよ」
こいつはこんな状況なのに、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべている。
「へへっ、杏ちゃんは泣いた時が一番可愛いんだ。僕は杏ちゃんを可愛くしてあげただけさ」
「おい、確かに泣いている杏は可愛いかった。いつもふてぶてしくて、ダラダラとしている女の子っぽくない杏が、小さな体を震わせて泣いている姿は可愛かったさ。かなりそそるものがあったさ」
俺はどうやら頭に血が登ると、本音をベラベラと喋ってしまうみたいだ。
「だ、だろう?!」
「しかし!」
こいつは分かっていないな。
「泣いている杏が俺に頼って来た時の方がグッときたね。想像しろっ、杏が声を震わせながらお前の名を呼ぶ」
「ああっ、あああっ!!」
こいつは頭を抱えて、眉間に皺を寄せている。
己の浅はかさに気づいたようだ。
「そしてお前に、助けて、と言うんだ!」
「うひょおおお!!僕が間違ってました!!!」
「うっひょおおお!そうだろう!!だから、杏に頼られるような人間になれぇ!!」
「でも師匠」
変態に師匠も呼ばれると、まるで俺が変態の師匠になった気分だ。
「何だ?」
弟子は涙をボロボロと溢れさせながら口を開いた。
「俺はっ、杏ちゃんにひどい事をしました。こんなクズな俺には杏ちゃんに頼ってもらう事なんて」
俺は右足を引く。そしてリラックスした上半身を捻りながら、後ろ足の右足から、体重を全て前に移動させる。
そして弟子に拳が触れた瞬間に力を込めて、思いっきり振り抜く。
鈍い音を立てながら弟子は吹き飛んだ。
「確かに、お前のした事は最低だ。お前は屑だ。お前のやった事は一生変わりはしない」
うずくまる弟子に近づいて、手を差し伸べた。
「でも、人は変われるんだ。変わろうぜ」
「しっ、師匠!」
俺と弟子が熱い抱擁を交わしていると、警察の方が来られて大変だった。
深夜に騒ぐのは駄目だな。
******
杏の受けた嫌がらせの問題は解決して、杏は調子を取り戻した。
そして、今までよりも一気に人気を伸ばしていった。
ジジイからも褒められて、給料も上がった。
アイドル達にも、少しずつではあるが慣れてきた。
でも、上手くいくほどに、俺の中にポッカリと空いた部分があるのが感じられた。
そこは本当に空っぽだ。
何にもない。
ただ虚しさだけが感じられる。
人は大人になるにつれて、大事な物を失っていくのに気付くと聞く事がある。
しかし、俺はそうではない。
元からないのだ。
初めから持っていないのだ、大事な物を。
だからそれを持っている奴が、羨ましかった。
俺はそんな奴らに嫉妬して、馬鹿だの無謀だのと笑っていた。
そうやって、自分を誤魔化していた。
けれど、それも出来なくなってきた。夢に向かって、努力し少しずつ夢に近付く少女達を、笑う事が出来なくなってきたのだ。
そうして必死に隠して来た、俺の中の隙間に目を背ける事が出来なくなった。
ある日、限界が来た。
ふと、ふざけた考えが頭によぎったのだ。
いつも降りる駅の、二つ程前の駅を過ぎた時に、ふざけた考えがよぎったのだ。
このまま、どこか遠くまで行ってみようか。
ふざけた考えだ、馬鹿らしい。
けど、今は何故かそれに妙に惹かれてしまう。
いつも降りる駅、そこに着いた時に俺は席を立たなかった。
電車はドアを閉める事を、機会音を鳴らして知らせる。
まるで俺に、本当にいいのかよ?と何度も尋ねているように聞こえた。
心臓の鼓動が高鳴る。
本当にこんな幼稚な事をするのか。
電車の扉は、空気の抜けるような音を立てながら閉まった。
ゴトンゴトンと電車が動き出すと、体が一気に軽くなった。
こうなったら、行けるとこまで行ってみよう。
電車を幾つか乗り換えたところで、ポケットの中の携帯が震える回数が一気に跳ね上がった。
時間を確認すると、事務所に着く筈の時間を一時間も過ぎている。
昼を過ぎた時に、外の景色を見ると海があった。
お腹も空いて来たので、次の駅で降りる事にした。
この頃には、携帯の方もだいぶ大人しくなった。
電車を降りると、冷たくて、強い風に身震いする。
辺りを見回すと、すぐ近くに飯屋があった。
取り敢えずそこに入って昼食を取る事にした。
飯を食べ終わって、次はどうしようか困る。
遠くまで来てみたが、当たり前だが何も変わらない。
ポッカリと空いた穴が、埋まるような事はない。
俺はなにを馬鹿な事をしているのだろうか。
ふらふらと彷徨うように歩く。
海の目の前まで行ってみた。
冬に来るとこではないな。
海には楽しくて騒がしい、そんなイメージを持っていた。
だけども、目の前に広がる海は孤独で淋しい感じだ。
まあ、夏の海と冬の海の違いなんだろうが。
携帯が震える。
誰かの声が聞きたくなって、誰からかも確かめずに出た。
「もしもし?」
「プロデューサー、どこにいるの?」
子供のように、高い声だった。
「杏かぁ」
「なに、どういう事?」
「いや、で何か用か?」
「用かじゃないでしょ!何してるの!どこに居るの!?」
杏は電話越しで怒鳴るが、まるで子供に怒られているようで少しも怖くない。
「いやぁ、なにしてるんだろ?」
ははっ、と声に出して笑う。
駅に降りた時に見た看板を、どうにか思い出す。
「△△△駅ってとこに居るよ。海が見える」
「どうしたの?壊れた?」
「ははっ、ひどい事を言うな」
そう言えば、前に俺もひどい事を言ったなぁ。
「なあ、前にお前の事を大嫌いだって言ったろ」
「…覚えてるよ」
「あれな、俺はお前が羨ましかっただけだから気にすんなよ」
「…別にきにしてなかったし」
少し、杏の声のトーンが上がった気がする。
「じゃあな、寝るわ」
「えっ!?」
何かを言おうとする電話の電源を落として、眠りについた。
起きた時には、何かが変わるだろうか。
*****
目を覚ますと隣に杏がいた。
幻覚かな。幻覚だろう。
杏は仕事があるのだ、ここにいるはずがないじゃないか。
でも、待てよ。
その理屈だと俺もここにはいないはずだ。
俺は杏に気づかれないように、そっと手を伸ばす。
手の甲が、杏のほっぺたにぶつかる。
手を裏返して、手のひらで頬を触って見る。
柔くて、気持ち良いな。
どうやら本物のようだ。
「何してんの?」
「プロデューサーにその質問を返すよ」
「ははっ、何でかな」
杏は俺を呆れたように笑って、海の方を見た。
「ねえ、私の何が羨ましかったの?」
「…簡単に言うと夢を持って、才能を持ってるところかな」
杏は「私の夢ね」と苦い笑みを浮かべた。
「夢ないの?」
「ないなぁ、昔から無いんだよ。何かやりたい事とか」
「ふーん」
「流れで生きてきて、これからも何となく選んだ物を着て生きていくんだろうけど、嫌なんだよ。俺じゃなきゃ駄目なものが欲しいんだ」
「ここまで来たら見つかった?」
杏は茶化すように言う。
「見つからない」
「じゃあ、杏があげるよ」
「何を?」
「プロデューサーじゃなきゃ駄目なもの」
「何だ?」
「杏のプロデューサー。杏はプロデューサーじゃなきゃ嫌だよ」
杏は目を細めて、優しく微笑む。
こんな笑い方もできたんだな。
「あと、夢も上げよう。杏をトップアイドルにする事。どうかな?」
「それは、簡単に叶えれそうな夢だな」
杏が眩しくて、杏から目を逸らす。
俺は杏を知れば知るほど、話せば話すほどに、杏の良いとこを見つけてしまう。
嫉妬して、嫌う事が出来なくなった俺には、とても直視できやしない。
「まあ、悪くないや」
本当は嬉しいのに、ついそんな風に言ってしまう。
興奮すると本音が言えるのにな。
「ありがとうな杏」
「いいよ、プロデューサーの事好きだから」
いつもと変わらぬトーンで言うから、意味が掴めずに「プロデューサーとして?」と驚きながらも、平然を装って尋ねる。
「ううん、異性として」
杏は悪戯をした子供のようにな笑顔を俺に見せた。
俺は恥ずかしくて「あっそ」だなんてそっけない事を言ってしまう。
杏は鋭いから、俺の気持ちがばれてしまうと怖くなった。
でも杏は、悲しそうに笑った。
何でこういうとこは鈍いんだよ。
そして、俺もちゃんと言えよ。
ポッカリと空いたところを、モヤッとしたものが埋めてしまった。
少しモヤモヤするけども、とても心地が良い。
******
「ちょっと待てよ、杏。心の準備が」
「うるさいなぁ」
躊躇う俺を、後ろに杏は勢いよく事務所のドアを開ける。
「杏、プロデューサーを自分探しの旅から連れ戻しました」
きゃあああ、やめて。
そういう風に言われると恥ずかしくて死にそう。
穴があったら入りたい。
これだけ個性的なアイドル達が居るんだ、一人ぐらい穴掘りの上手い奴がいないかな。
「戻りました、すいません。ご迷惑をかけました」
「見つかりました?自分」
ちひろさんの素敵なスマイルで、心をズタボロにされる。しかし、俺が悪いので反抗できない。
「自分探しって何ですか?」
千枝ちゃんが純粋な瞳で俺に聞く。
やめてくれよ。
******
「プロデューサー」
俺は、杏の家に杏を送っているところです。
「プロデューサー」
杏ちゃんの髪から、少し甘い匂いが漂ってきます。
とてもいい匂いです。
「プロデューサー!」
「あっ、ああ何だよ」
「杏の家を過ぎてる」
「うっ、知ってるわ!」
杏は俺に怒鳴られてしょげてしまった。
しょげた顔も愛おしい。
一体俺は何をしているのだ。
初めて恋して、素直に慣れない男の子じゃないんだぞ!
ちゃんとやるんだ。
思い出せ、どうやって初めての彼女を作った?
あれ。うん。そうだ。
俺は彼女を作った事が無かった。
それなら、初めての告白はどうやった?
…うん、うん、うん。
告った事無かったな。
というか初恋ではないだろうか。
二十一歳にして初恋かよ。
いくらなんでもおかしいだろ。枯れてんのかよ俺。
しかし、どうしよう。
一体どうすればいいのだ。恥ずかしくて冷たく当たってしまう。
「プロデューサーはさ、杏の事を嫌いなのぉ?」
いつの間にか杏は泣いていた。
何をやっとるんだ俺は!
落ち着け、冷静に、優しい言葉を掛けてやるんだ。
「何で答えなくちゃいけないんだ」
俺の馬鹿野郎!!
「へへっ、そっか、ごめんね。でも杏の事を嫌いでも、杏は好きだからね」
俺は帰りの車で泣きじゃくった。
俺がこんなツンデレボーイだとは思わなかった。
家に帰ると、母さんが寝巻き姿で迎えてくれた。
「おかえりぃ」
「ただいま」
「自分は見つかったのかな?」
母さんはにやにやとしながら言う。
クソジジイか、あいつが教えたのか。
「んー、見つかった見つかった」
「良かったねえ」
俺は母さんと自分の靴を納める。
それを見て母さんは「ごめんね、納めるの忘れてた」と謝った。
「ねぇ、父さんってさツンデレだった?」
母さんは、蒸発した父さんの話をするのを嫌がらない。
というかむしろ、喜んで話す。
「えへー、そうだねぇ、ツンツンでした。何で分かったの」
「何となく」
どうやら俺は、父親譲りのツンデレらしい。
♀
「ふあぁ」
目を覚まして時計を見る。
朝の六時だ。前まではいつも、ギリギリの8時まで寝ていた。
けど、最近はいつも六時に起きている。目を覚まして、プロデューサーの事を考えると胸がフワフワとしてあったかくなる。
そうすると、眠気など消えてしまい朝起きれるようになった。
でも今日は、何だか胸が痛い。
理由は分かっている。
プロデューサーに嫌われているからだ。
前にも嫌いだと言われたけど、優しくしてくれるから嘘だと思った。照れ隠しなんだと思い込んでいた。
でも、違ったみたいだ。
杏の気持ちを伝えると、プロデューサーは冷たい態度を取るようになった。
やっぱり迷惑だったのか。
言うんじゃなかった。
とときんや凛のような子に言われるなら別だろうが、こんなちんちくりんに言われても迷惑だろう。
事務所に行くのが辛いなぁ。
でも、プロデューサーに会いたいや。
「おはようございまぁす」
事務所に来るのは何て疲れるんだろうか。
杏の体力では来たら、もう帰る力しか残らないや。
「帰りたい」
「じゃあ、帰れ」
プロデューサーの冷たい言葉が飛んでくる。
来て早々に心を折られそうだが、どうにか泣かずに踏ん張る。
「にょわー。プロデューサー杏ちゃんをイジメちゃメー☆」
あっ、プロデューサーが逝った。
「きらり、落ち着いて!」
お詫びに杏に昼食をプロデューサーが奢るということで落ち着いた。
杏の事できらりがあんなに怒るとは思わなかった。
「ごめんねプロデューサー、杏のせいで」
パスタを食べながらプロデューサーに謝った。
「本当にな、お前が先に余計な事を言ったのに」
「…ごめんね」
杏が謝ると、プロデューサーは余計に苛々している。
「プロデューサー、ごめんね」
余計に怒らせると分かっても謝らずにはいられない。
だって嫌われたくない。
「ごめんなさい、だから嫌わないでよぉ」
耐え切れずに泣いてしまった。
いけない、迷惑をかけるともっと嫌われる。
けどそう思えば思うほど、涙は止まらなくなる。
どうしよう、プロデューサーにもっと嫌われる。
その時、ブチんっ、と何かが切れるような音がした気がした。
♂
ブチんっ、と俺の中で切れる音がした。
多分キレタ音だろう。俺が俺に対して。
こんなに可愛い女の子を泣かして、俺は馬鹿じゃないか、死んだ方がいいんじゃないか?
俺は立ち上がって杏の方に近付いた。杏の頭に手を伸ばす。
杏はビクンと身体を震わせて身構える。
杏の頭をクシャクシャに撫でる。
杏は目を丸くしてこちらを見る。
ああ、可愛すぎる、愛おしすぎる。
俺は思わずに杏を思いっきり抱き締めた。
「ふぇっ!?え、プロデューサー?」
「ああ、可愛い!可愛いよ杏!!お前は何で可愛すぎるんだよ、俺を殺す気か!?萌え殺す気なのかい!計画殺人か!?」
呆然としている杏と、周りの客達を放置して俺は暴走する。
「あああ!いい匂いがするぅ、なにこれこの不思議な匂いヤバ過ぎ!小さい手も口も可愛いよ大きな瞳も超ラブリーです!!!俺に嫌われたと思って傷付かせてごめんね!そして、そんな杏にときめいてゴメンよお!!!」
色々と吐き出すと落ち着いてきた。
ああ、ヤバイ。逃げよう。
「店員さん。これお金!お釣りは要らないから!」
杏を抱きかかえて、店から飛び出した。
「あーっ、走ったあ、はあっ、疲れたぁ」
事務所までノンストップで走ってしまった。止まると杏に何か聞かれそうで怖かったから。
「よし、入るか」
事務所に入ろうとすると、服の裾を掴まれてしまった。
「説明してよ」
ですよねー。
「えっと、つまりな」
なんて言えばいいのだろうか。
色々と考えてみても、分からないのでそのまま答えた。
「俺はツンデレなんだ」
何て馬鹿な説明の仕方だろうか。
きっと、最近の中高生ならもっと素敵に伝えれるだろう。
「…そう、なんだ」
杏は涙をボロボロとこぼした。
「ええっ、どうしたの!?」
また何か傷つけるような事をしただろうか。
杏はどんどん涙をこぼして、大声をあげて泣いている。
「だって、…ひっく嬉しくてっ、!グスンっ嫌われ、たと思った」
このままでは事務所にまで聞こえてしまう。
「杏少し、声を抑えて」
「じゃっ、じゃあ、 キスして?」
ここは覚悟を決めるしかあるまい。キスってもちろんソフトの事だよな?いきなりディープはないよな?
キスの時って目をつむるもんかな、何秒ぐらいするのかな。
色々な考えを吹き飛ばして、キスをする。
杏の唇に触れると、ジンワリと幸せな気持ちが込み上げてきた。
オワリ
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