阿良々木暦「心が強くてニューゲーム」 (404)

「ねぇ、ちょっと。起きなさい!阿良々木くん!」

「は、羽川!?」

あれ、ここはどこだ?
僕はたしか、火憐と月火、それに神原を布団に寝かせて、その後に自分の家に帰ってから、それから……………

「どうしたの?そんな驚いた顔しちゃて。ちゃんと今日の朝、文化祭の出し物の案を一緒に考えるって言ったはずだけど……………さては阿良々木くん、私の話ちゃんと聞いてなかったわね?」

「えっ?…………いや、聞いてた聞いてた。チョー聞いてたよ」

文化祭?ああそっか、これ夢だ。多分あの後、家に帰って寝ちゃったんだな。それで昔の夢を見てるんだ。


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「文化祭っていっても、私達、もう三年生だからね。さして……………」

羽川の話を聞き流しながら、僕はこれからの事を考えていた。

まあ、夢の中に、あれからもこれからもあったもんじゃないのだけれど。

さて、どうするかな。正直、現在昼夜を問わず、それこそ一日中受験勉強に勤しんでいる身としては、夢の中くらいこのゆったりとした時間に身を任せるのが一番良いと思うんだけれど。

でも、折角なんだから……………

「参考までに、阿良々木くんは、去年一昨年、文化祭の出し物、何だった?」

「お化け屋敷と、喫茶店。いたって平凡といってもいいかもな」

「平凡だね。凡俗といってもいいかも」

「そこまでは言うな」

「あはは」?

「それじゃあ羽川。僕も参考までに聞いておきたいことがあるんだけどさ」

「ん?なにかな?」

「羽川って好きな奴とかいるのか?」

結局、一時は羽川の事が好きなんじゃないかとも思っていたけれど、こんな単純なことさえ、僕は聞いた事がなかったんだよな。

まあ、答を知ってしまっている身としては、正直罪悪感が半端ないけど、それでも折角の夢なのだから、言えなかった事を言いたくもなる。

「阿良々木くん。おふざけでもそういう事、女の子に気安く聞いちゃ駄目だよ」

怒られた。

普通に注意された。

なんだか、羽川にこうやって叱られるのも久しぶりだな。

やべ、なんかちょっとテンション上がってきた。

「いや、気安く聞いたのは悪かったけどさ、けど真面目な話、実際のところどうなんだ?」

「えっ?えっと……………うーん」

うわ、照れてる羽川って超かわいい。

…………いやいやまてまて、落ち着くんだ阿良々木暦。

僕がしたいのは照れてる羽川を眺める事じゃないだろう。

「あっいや、言いたくないんだったら別に良いんだけどさ。けど、もし好きな人がいるんだったら、遠回しにじゃなくて、きちんと自分の気持ちを伝えないと駄目なんだぜ」

「え?あ、うん。その忠告は有り難く受け取っておくけれど。それにしても、急にどうしたの?阿良々木くんが自分からそんなこと言うなんて、なにかあったの?」

「いや、別に大した理由じゃないんだ。ただ、今朝の占いで、親友にアドバイスをすると吉っていってたらさ」

「私を親友だと言ってくれるのは素直に嬉しいけどさ。けど、それを実行するのは少しばかり遅い気がするんだけど」

「だな。悪かったよ、下らない事言って」

これは夢なのだから、こんな事には何の意味もないし、ましてや、羽川に自分から告白させようとしてるわけでもないのだけれど。それでもやっぱり、これは、これだけは言っておきたかった。

それからはまあ、前の通りというか、現実の通りというか、とにかく羽川と文化祭の案を練りつつ、戦場ヶ原の事を羽川に聞いた。

「…………あー。そうだ、思い出した」

「え?」

「僕、忍野に呼ばれてるんだった」

「忍野さんに?なんで?」

「ちょっと、借金の返済をね」

「ふうん」

羽川は以前よりは納得したような反応を見せる。

それでも、やはり不審に思うところがあるようだ。

これだから本当、頭のいい奴の相手は苦手なんだ。

けど、今考えてみると、この察しの悪さもこのころの羽川翼なのだろう。

「というわけで、僕、もう帰らなくちゃいけないんだった。羽川、後、任せていいか?」

「埋め合わせをすると約束できるなら、今日はいいわ。阿良々木くん。大変かもしれないけど、代金はきちんと払わなきゃね」

「ああ、分かってるよ。じゃあ、後は任せる」

「忍野さんによろしくね」

「伝えとくよ」

さて、どうしたもんか。

この後はいよいよ、あいつの登場なのだから。

いろんな意味で気を引き締めていかないと。

「羽川さんと何を話していたの?」

教室から出ると、案の定、後ろから戦場ヶ原が声をかけてきた。

だが、今回は振り向かない。

振り向いたら、どんなことになるのかを僕は身をもって体験している。

「別に、ただの世間話さ」

「そう」

まるで、僕の答など初めから聞くきがないと言わんばかりに素っ気ない返事が返ってくる。

かと思うと、なかなか振り向かない僕に業を煮やしたのか、戦場ヶ原は僕に近づいてきて、そして、

「嘘をつく人には、お仕置きが必要ね」

「………………………っ!」

戦場ヶ原は、後ろから僕の耳、それも耳たぶではなく骨がある部分をホッチキスで挟み込んだ。

「好奇心というのは全くゴキブリみたいね。人の触れられたくない秘密ばかりに、こぞって寄ってくる。鬱陶しくてたまらないわ。神経にふれるのよ、つまらない虫けらごときが」

「虫けらって……………」

ああ、そういえば更正する前のこいつってこんなんだったな。まったく、これのどこに需要があったというのだろう。

「何よ。右側が寂しいの?だったらそう言ってくれればいいのに」

「いや、そんなことは一言も…………」

「だまらっしゃい」

ホッチキスを持っている左手と反対の手が振り上げられる。

なんだ、こんどは何をされるんだ?

なんて、半ば自棄っぱちになっていると、どうやら今度は、右の耳たぶをハサミで挟まれたよだ。

怖い。

一度同じ目に遭っているからこそ、こいつに躊躇が無いことは分かってるしな。

けど、一度こいつに傷つけられないと僕の不死がアピールできないし。

さて、どうしたもんかな。

「全く私も迂闊だったわ。『階段を昇る』という行為には人一倍気を遣っているというのに、この有様」

「なんだよ。もしかして、バナナの皮でも落ちてたか?」

「は?何を言っているのかしら。そんなバカみたいな理由で私が転ぶと思っているの?もしかして、私の事をバカにしているの」

戦場ヶ原の手に力が加わっているのが分かる。

ちくしょー。何あいつこんなシリアスな場面で嘘ついてるんだよ!

こんなところで貴重なガハラジョーク使ってんじゃねぇよ!

「気付いているんでしょう?」

戦場ヶ原は僕に問う。

あの時と、全く同じ目つきで。

「重さが、無い」

「そう、理解が早くて助かるわ」

「けど、全くないっていうわけでもないんだろう?」

戦場ヶ原の台詞を先取りしてみる僕。

どうすればこの場を丸く収められるかわからないけれど、とにかく、先手を取っていくしかない。

「ええ、そうよ」

「お前くらいの身長・体格だったら、平均体重は五十キロくらいなんだろうけど」

「適当な事を言わないでちょうだい。私くらいの平均体重は、四十キロ後半強よ」

やっぱり、そこは譲らないんだな。

「でも、実際の体重は、五キロ」

「重さ。想さ。重い、想い」

「あら、何か言ったかしら?」

僕がダメージを受けない為にはこの辺りか。

ここで、戦場ヶ原に少しでも興味を持たせれば、あるいわ。

「怪異」

「は?」

「怪異って言うんだよ、そういうの」

「………………………」

戦場ヶ原からの反応はない。多分、僕の言葉の真意を掴みかねているんだろう。

それでいい、それは、僕の言葉をきちんと聞いてくれている証拠だ。

「お前がいつそんな体に成ったかわからないけど、それでも、そうなったからには何かしらのきっかけがあるはずなんだ」

「……………………………」

「その体に成る直前に、何かに遭わなかったか?なんでも良いんだ。そう、例えば、蟹とか」

「……………………………」

戦場ヶ原はなおも言葉を返さない。それに、顔にも別段驚いたような表情は浮かべていない。

まったく、このころのお前って、本当鉄火面みたいだよな。

「蟹。蟹に遭ったのよ」

おもむろに戦場ヶ原はそう口を開いた。

もちろん、僕はこれからこいつが話す事を知っているのだから、それこそ、忍野みたいに見透かしたような、もう知っているのだから見透かすという言い方は違うんだけれど、とにかくそういう事は出来たが、それは止めておいた。

こいつは、忍野みたいに見透かしたような奴が嫌いなのだ。

「そして、重さを、根こそぎ持っていかれたわ」

「だったら」

だったら、お前の力になれるかもしれないと、僕はそう言った。

当然、僕の話を戦場ヶ原は信じようとしなかった。

優しささえも敵対行為と見なす。

このころの彼女は、そんな奴だったのだから。

だから、どうにか言葉を繋ぎ、ホッチキスとハサミから僕の両耳を解放して、今朝、と言っていいのかわからないけれど、とにかく忍がそうしたように、自分の皮膚を引っ掻いて自らの不死性をアピールし、どうにか忍野のところについてきてくれるとなるまでに、いくばかの時間がかかったのは言うまでもない。

「それじゃあ、私は先に校門に向かうから、少ししたらついてきてちょうだい」

と、戦場ヶ原は最後にそう言った。

「えっ?なんでだよ、一緒に行けばいいじゃないか」

「嫌よ。あなたのような人と校舎内を一緒に歩いているところを誰かに見られたりしたら、それこそ切腹ものよ」

「いや、そこまでは言わなくても」

「もちろん、この場合切腹するのは、あなた一人なのだけれど」

「………さいで」

「忍野、忍野さん?」

「そう。忍野メメ」

「忍野メメ、ね。なんだか、さぞかしよく萌えそうな名前じゃない」

「その手の期待はするだけ無駄だぞ。三十過ぎの年季の入った中年だからな」

なんて、そんな風に忍野の説明をしながら、自転車の二人乗りで忍野の居る廃墟へと向かった。

「ふうん、阿良々木くん。二人乗りするの上手いのね、誉めてつかわすわ」

「そりゃどうも」

まあ、あの頃に比べて二人乗りのコツみたいなものは掴めたし、なんだかんだ言ってもこのママチャリに乗るのは半年ぶりだから上手く行くかは心配だったのだが、やはり人間、自転車の乗り方というものはなかなかどうして忘れにくいらしい。

「けど、これくらいでいい気にならない事ね。あなたのその二人乗り技術はまだまだ発展途上よ。なおも精進が必要だわ」

「お前は一体、誰目線なんだよ」

なんで、そんなことお前に言われなくちゃならないんだよ。

そもそも、二人乗りの技術を向上させようなんて、羽川にばれたら叱られちまう。

あいつは、道路交通法には厳しいのである。

「ほら、ここだよ」

そんな事を話しているうちに、学習塾跡地にたどり着いた。

夢とはいえ、忍野との対面は半年以上ぶりだった。

まったく、皮肉なものである。

つい先程、探せと言われた男に、まさか夢の中で会うことになるなんて。

「おお、阿良々木くん。やっと来たのか」

なんて、相変わらずの台詞で忍野は僕達を迎えた。

一応、戦場ヶ原からは文房具を預かった。

今の戦場ヶ木が僕の事を信用していないのと違って、僕は戦場ヶ原の事を信用しているけれど、それでも、けじめはけじめ。

大事にしなければ。

とは言っても、正直なところ、このころの戦場ヶ原を信用しているからこその処置という側面が非常に強いのだけれど。

その、戦場ヶ原は、やっぱり明らかに引いていた。

「なんだい。阿良々木くん、今日はまた違う女の子を連れているんだね。きみは会うたんびに違う女の子を連れているなあ。全く、ご同慶の至りだよ」

「…………いきなり押し掛けたのは悪かったよ。けど、お前の力が必要なんだ。助け………いや、手を貸してくれないか?」

「なんだい、阿良々木くんがそんな態度をとるなんて珍しいな。なんだか、調子狂っちゃうよ。うん?」

忍野は。

戦場ヶ原を、遠目に眺めるようにした。

その背後に、何かを見るように。

「…………初めまして、お嬢さん。忍野です」

「初めまして。戦場ヶ原ひたぎです」

そんな感じで、軽く挨拶が終わったところで、前の反省をいかしてあらかじめ戦場ヶ原の身に起こったかとを、知っているとはいえ、形だけ聞いた事を忍野に話そうとした。

「えっと、忍野。今回力になってほしいのは、こいつなんだけど…………」

「こいつ呼ばわりしないで」

予想通り戦場ヶ原は、毅然とした声で言った。

「センジョウガハラサマが………」

「片仮名の発音はいただけないし、そもそも、そんな呼び方、私は求めていないわ」

「じゃあ、何て呼べばいいんだよ」

「女王様と呼びなさい」

「ガハラ女王」

目を突かれた。

「失明するだろうが!」

「失言するからよ」

はあ。どうやら僕は、こいつのホッチキスからは逃れられても、暴力と毒舌から逃れられないみたいだ。

まあ、今のは僕が悪いんだけど。

「そんなことより」

戦場ヶ原は忍野に向かい合った。

「私を助けてくださるって、聞いたのですけれど」

「助ける?そりゃ無理だ。きみが勝手に一人で助かるだけだよ、お嬢ちゃん」

「………………………」

うわ。

戦場ヶ原の顔が強張ってく。

しまったな。そう言うこともさっき教えておけばよかった。

「えっと、じゃあまず僕が簡単に説明するから…………」

「余計な真似を。殺すわよ」

「………………………」

戦場ヶ原が、またも、大枠を語ろうとした僕を遮った。

「自分で、するから」

「…………ああ」

「自分で、できるから」

どうやら、こいつの場合に限って言えばだけれど、僕の反省も、無意味のようだった。

二時間後。

僕は、忍野と吸血鬼改め忍の居ついている学習塾跡を離れ、戦場ヶ原の家にいた。

今回は、あらかじめ知ってた、というか何度も来たことがあるから驚くなんてことなかったけれど、それでもやっぱり戦場ヶ原は、

「母親が怪しい宗教に嵌まってしまってね」

なんて、そんな事を言った。

だからこれは、やっぱり言い訳だったんだろう。

誰へ対しての?

もちろん、自分に対しての。

「戦場ヶ原…………」?

「なによ」

「……………いや、なんでもない」

嫌な質問なんて、するべきじゃない。嫌な答が返ってくるだけなのだから。

ましてや、中途半端な慰めの言葉なんて、それこそ論外だ。

どれだけ僕がこいつと仲良くなろうと。恋人になろうと、それでも、深入りするべきではないことが、してはいけないことがある。

僕にわかる話じゃない。

知ったような口を叩くべきでもないのである。

ともかく、僕は戦場ヶ原の家でお茶を飲みながら、戦場ヶ原が風呂から出てくるのを待っていた。

もちろん、今回はきちんと着替えを用意させた。その辺に、抜かりはないはず。

戦場ヶ原の家を見渡す。

僕には既に、慣れた景色だった。

しかし、なるほど。最初の時こそ、僕は五百万だったなんて、文句を言ったりもしたけれど、それは、あの忍野の得意の見透かしで、戦場ヶ原が払えるギリギリの金額を要求したのかもしれなかった。

「シャワー、済ませたわよ」

戦場ヶ原が脱衣所から出てきた。

すっぽんぽんで。

「っ!なんで裸なんだよ!」

「そこをどいて頂戴。服が取り出せないわ」

「だったら、お前のその両手にもっている布は、一体なんなんだよ!」

「まあ、服といっても、私が取り出したいのは下着なのだけれど」

平然と、戦場ヶ原が、濡れた髪を鬱陶しそうにしながら、僕が背にしていた衣装箪笥の一番下の段を指さす。

「服を着ろ!」

「だから今から着るのよ」

「なんで今から着るんだ!」

「下着を忘れたからよ」

「だったらまずその服を着てから下着をつければいいだろうが!」

「嫌よ、ノーブラとか、ノーパンとか。なんで私がゴミのような阿良々木くんの、阿良々木くんのようなゴミの前でそんな格好しなければならないのかしら?」

「なんで全裸はオッケーなんだよ!それと、僕はゴミじゃねえ!」

ああ、なんでこうなるんだよ。

こいつ、やっぱりわざとやってるんじゃないか?

「なによ、阿良々木くん。まさかあなた、私のヌードを見て欲情したのではないでしょうね」?

「仮にそうだったとしても僕の責任じゃない!」

「心配しなくとも」 ?

白いシャツを水色のブラジャー上から羽織る戦場ヶ原。もう何をしても無駄なような気がして、僕は戦場ヶ原をただ、眺めるようにする。

「羽川さんには内緒にしておいてあげる」

「羽川って」

「彼女、阿良々木くんの片恋相手じゃないの?」

「それは違う」

「そうなんだ。よく話しているから、てっきりそうなんだと思って、鎌をかけてみたのだけれど」

「日常会話で鎌をかれるな」

「うるさいわね。処刑されたいの」

「何のどんな権限を持ってんだよ、お前は」

女王様か?

女王権限を持っていると言うのだろうか?

「よく話しているのは、向こうが僕に話しかけてくれているだけだよ」

勝手に話しかけてきているだけとは、冗談でも言えなかった。彼女の気持ちを、知ってしまっているのだから。

「ふん。羽川さんもさぞや大変でしょうね。委員長だからといって、友達のいないゴミにまで気を配らなければならないなんて」

「確かに、羽川は僕に気を配っているかもしれないが、しかし戦場ヶ原、友達ならお前にだっていないだろ」

「あら、私にも友達くらいいるわ」

「えっ、嘘」

あれ、こいつに友達なんていなかったはずだけれど。ここが夢だからか?

「私の友達は、沈黙と無関心だけよ」

「……………………… 」

そんな友達ならいらない。

戦場ヶ原は、やっぱり上半身から着替えてしまうつもりらしく、下半身には手をつけずにシャツの上からカーディガンを着ようとした。

「髪」

「えっ?」

「髪を乾かしてからの方がいいんじゃないか?」

「そんな事言って、少しでも私の薄着を長く見ていたいだけじゃないのかしら?ああい嫌だ嫌だ。これだから童貞は困るわ」

そう言いながらも、戦場ヶ原はカーディガンを着ずに髪を乾かし始めた。

こいつは、いちいち僕の言葉に悪態を返さないと気がすまないのかよ。

「羽川さんも、忍野さんの、お世話になったのね?」

「ああ。だから、一応信頼、してもいいと思うぜ。見た目はあんなんだけど、それでも、頼りになるやつなのは間違いないから。僕一人の証言じゃなく、羽川もそうだっていうんなら、お前も少しは安心できるんじゃないか?」

「そう。でもね、阿良々木くん」

戦場ヶ原は言う。

「悪いけれど、私はまだ、忍野さんの事を半分も信頼できてはいないの。それを簡単にできるほど、今までの私の人生は幸福じゃなかった」

ありったけの嫌みを込めて、戦場ヶ原は言った。

「だから、だからね、阿良々木くん。私は、たまたま階段で足を滑らせて、たまたまそれを受け止めてくれたクラスメイトが、たまたま春休みに吸血鬼に襲われてあて、たまたまそれを救ってくれた人が、たまたまクラスの委員長にも関わっていて…………そして、たまたま私の力になってくれるだなんて、そんな楽天的な風には、どうしたって、ちっとも思えないの」

「楽天的ねえ」

「そうじゃなくて?」

「かもしんね。でも、いいんじゃねえの?」

「別に、楽天的でも」

「………………………」

「悪いことをしてるわけじゃないし、そりゃ、ちょっとはズルしてるかもしれなあけれど、そんなのあんまり、気にしなくてもいいんじゃないか」

「悪いことを…………しているわけじゃない、か」

「だろ?」

「まあ、そうね」

戦場ヶ原は、しかし、そう言ったあとで、

「本当に、少しのズルとは、限らないのだけれどね」

「……………………」

「おい、カーディガンが裏返しで、しかも後ろ前だぞ」

「あら、本当ね。やっぱり、服を着るのは得意じゃないは」

「それに関しては、単純にお前の不注意だと思うのだけれど、やっぱり、重いのか?」

「ええ、そうね。こればっかりは、飽きることはあっても慣れることはないわ。けれど、意外に気がまわるのね。誉めてつかわすわ」

「そりゃどうも」

「ひょっとしたらだけど、頭の中に脳味噌が入っているのかもしれないわね」

「人間なんだから当たり前だろ」

「いえ、阿良々木くん。申し訳ないのだけれどさすがの私も、微生物を人間と呼ぶほどの器量は持ち合わせてはいないのよ」

「その台詞に対してのツッコミは二つ!僕は微生物じゃないっていのが一つ。そして、微生物にだって脳味噌があるというので二つだ!」

「微生物に脳味噌は無いわよ」

「え?ないのか?なかったっけ…………」

「微生物の多くは単細胞生物で、単細胞生物には明確に脳味噌と定義されている部分は無いのよ」

「そうだっけか……」

うーん。やっぱり生物は苦手だな。ひょっとしたら僕には、こんな呑気に夢を見ているだけの余裕さえ、ないのかもしれない。

「やれやれ、馬脚を露わしたわね、阿良々木くん。全く、あなたに脳味噌という存在を少しでも期待してしまった私が軽率だったわ」

「いや、そこは当然に期待してろよ!」

「ふむ。決めたわ」

戦場ヶ原は、白いシャツに白いカーディガン、そして、白いスカートを穿き、ようやく着衣を終えたところで、言った。

「もしも全てがうまく行ったら、北海道へ蟹を食べに行きましょう」

「もしかして、僕も連れていってくれるのか?」

「当選でしょ」

「了解」

「脳味噌の無い阿良々木くんには、蟹の味噌だけ食べさせてあげるわ」

「…………………」

そういえば、そんな約束もしたな。

受験が成功したあかつきには、二人でお祝いに北海道へ行くっていうのも、良いかもしれないな。

「ま、結界みたいなものだよ。よく言うところの神域って奴ね。そんな気張るようなもんじゃない。お嬢様ちゃん、そんな緊張しなくったっていいよ」

零時を少し回った頃、僕と戦場ヶ原は忍野に案内されて、三階の教室の中の、一つに入った。

「緊張なんて、していないわ」

「そうかい。そりゃ重畳だ」

言いながら、教室の中に入る。

「お嬢様ちゃん、目を伏せて、阿良々木くんがしてるみたいに、頭を低くしてくれる?」

「え?」

「神前だよ。ここはもう」

そして、三人、神床の前に、並ぶ。

二度目だとはいっても、おかしくなってしまいそうな感じだ。

自然、構えてしまう。

「なあ、忍野」

「なんだい?阿良々木くん」

「もしもの時は、僕が戦場ヶ原の盾になればいいんだよな

「はっはー。なんだい、今日の阿良々木くんは、やけに物分かりが良いね。何かいいことでもあったのかい」

「まあ、そうならないのが一番なんでけど

、もしもということもあるからね。その時はそうしてもらうことになるよ」

「分かった」

「阿良々木くん」

戦場ヶ原がすかさず言った。

「わたしのこと、きっと、守ってね」

「何故いきなりお姫さまキャラに!?」

「これは勅命よ」

「お前はいつまで女王キャラを引っ張るきだよ!」

忍野は供物の内からお神酒を手にとって、それを戦場ヶ原に手渡した。

「え…………何ですか?」

戸惑った風の戦場ヶ原。

「お酒を飲むと、神様との距離を縮めることができる、そうだよ」

「……未成年です」

「酔うほどは飲まなくていいんだってさ」

「……………………」

結局、戦場ヶ原はそれを一口、飲み下した。それを見取って、戦場ヶ原から返還された杯を、元あった場所に、忍野が返す。

「さて。じゃあ、まずは落ち着こうか」

「落ち着くことから、始めよう。大切なのは、状況だ。場さえ作り出せば、作法は問題じゃない。最終的にはお嬢ちゃんの気の持ちよう一つなんだから」

「気の持ちよう…………」

「リラックスして。数を数えてみよう。一つ、二つ、三つ………」

別に

僕がそうする必要はないので、僕は気持ち、戦場ヶ原の方に寄った。

神様から守りやすいように。

壁に、なりやすいように。

「落ち着いた?」

「………はい」

「そう、じゃあ、質問に答えてみよう。きみは、僕の質問に、答えることにした。お嬢ちゃん、きみの名前は?」

「戦場ヶ原ひたぎ」

「通っている学校は?」

「私立直江津高校」

「誕生日は?」

「七月七日」

淡々と。

変わらぬペースで。

呼吸音や、心臓の鼓動すら、響きそうな静寂。

「初恋の男の子はどんな子だった?」

「言いたくありません」

「今までの人生で」

忍野は変わらぬ口調で言った。

「一番、辛かった思いでは?」

「……………………」

そろそろだな。

そう思い、いよいよ僕は覚悟を決める。

途中、戦場ヶ原に、何があっても顔を上げるなと言えばいいんじゃないかとも思ったが、しかし、忍野の言った通り、何があるかわからないのである。

だったら、タイミングをずらさない為にも何も言わないのが正解だ。

なんて考えていると、いよいよ、あの場面に差し掛かった。

「あっ、ああああああっ!」

「何か、見えるのかい?」

「み、見えます。あのときと同じ、あのときと同じ大きな蟹が、蟹が見える」

どうやら、戦場ヶ原には、蟹が見えているらしが、何度立ち会っても、

「阿良々木くんには、何か見えるかい?」

「見え、ない」

見えるのは、ただ。

揺らぐ明かりと。

揺らぐ影。

蛇のときと同じで。

そんなものに、意味はない。

「だそうだ」

戦場ヶ原に向き直る忍野。

「本当は蟹なんて見えて、いないんじゃないかい?」

「い、いえ、はっきり。見えます。私には」

「だったら言うべきことが、あるんじゃないか?」

「言うべき、こと」

そのとき。

やはり戦場ヶ原は、顔を上げてしまった。

それを僕は、ろくに確認もせずに、戦場ヶ原の前に躍り出る。

「あ、阿良々木くん!」

戦場ヶ原の前に躍り出た僕は、しかし、見えない何かに押されるようにして、戦場ヶ原の横を掠める形で教室の一番後ろに、掲示板に、叩きつけられた。

そのまま、落ちない。

足がつかない。

張り付けられたごとく、そのままだ。

十字架に張り付けられた、吸血鬼のごとく。

「はっはー。やっぱり、今日の阿良々木くん一味違うね。いや、僕はきみのことを見直したよ。さすがは、僕のベストフレンドだ」

なんて、場違いな風に軽口を叩く忍野に対して、僕の方といえば、今にも意識を失いそうだった。

「くっ…………くはっ………………」

「仕方がないな。やれやれ、せっかちな神さんだ、まだ祝詞も挙げてないっていうのに。気のいい奴だよ、本当に。何かいいことでもあったのかな」

「お、忍野さん」

「わかっているよ、お嬢ちゃん。やむをえん、方向転換だ。まあ、僕としては最初から、別にどっちでもよかったんだ」

ため息混じりにそう言って、つかつかと、しかししっかりとした足取りで、僕の方に向かってくる。

そして、ひょいっと手を伸ばし。

僕の顔の、少し前辺りをつかみ。

軽く、引き剥がした。

「よっこらせ」

「がはっ!…………ぐ、忍野の………」

「大丈夫かい?阿良々木くん」

なんて、そんな声が聞こえてようやく前を見ると、そこでは、忍野が神を、踏みつけにしていた。

忍野は、自分の足元を見遣る。

価値を測るような細い目で。

「蟹なんて、どんなにでかかろうが、つーかでかければでかいほど、引っ繰り返せば、こんなもんだよな。どんな生物であれ、平たい身体ってのは、縦から見たところで横から見たところで、踏みつけられるためにあるんだとしか僕には考えられないぜ。といったところで、さて、どうする?お嬢ちゃん」

そしていきなり、状況が今だ飲み込めず立ち尽くしている戦場ヶ原に声をかけた。

「どうするって…………」

「始めからもういっぺんやり直すって手も、あるにはあるんだけれど、手間がかかるよ。僕としては、このままぐちゃりと踏み潰してしまうのが、一番手っ取り早いんだけれど」

「…………………………」

「ああ、安心してくれ。そうしたって、お嬢ちゃんの悩みは、形の上では解決するから」

「形の、上で……………」

「それにね、お嬢ちゃん。僕は蟹が、とてつもなく嫌いなんだよ」

食べにくいからね、と。

忍野はそう言って、

足を

足に力を。

「待って」

忍野の陰から声がした。

言うまでも無く、戦場ヶ原だった。

先程とは違い、きちんした目付きで、姿勢で、戦場ヶはそう言った。

「待ってください。忍野さん」

忍野は意地悪な笑みを浮かべ、戦場ヶ原野の呼び掛けに答えた。

「待つって、何をさ。お嬢ちゃん」

「ごめんなさい、阿良々木くん」

戦場ヶ原は言った。

「私を守ってくれてありがとう。ちゃんとできなくてごめんなさい。でも、」

そして、戦場ヶ原は忍野に視線を変えた。

「今度は、ちゃんと、できますから。自分で、一人で、できるから」

足を引いたりしない。

踏んだままだ。

しかし忍野は、踏み潰すこともせず、

「じゃあどうぞ、やって御覧」

と、戦場ヶ原に言った。

「ごめんなさい」

先程僕に言った言葉を、しかし、先程とは違って、土下座の形で。

まずは、謝罪の言葉だった。

「それから、ありがとうございました」

そこに、感謝の言葉が続いた。

「でも、もういいんです。それは、私の気持ちで、思いで、私の記憶ですから、私が、背負います。失くしちゃ、いけないものでした」

ズルをしてごめんなさいと、もう一度謝ったあとに、最後に、

「お願いです。お願いします。どうか、私に、私の重みを、返してください」

最後に、祈りのような、懇願の言葉。

「どうかお母さんを、私に、返してください」

だん。

忍野の足が、床を踏み鳴らした音だった。

おそらく、当たり前のようにそこにいて、当たり前にそこにいない形へと、戻ったのだろう。

還ったのだろう。

「…………ああ」

身じろぎせず、何も言わない忍野メメと。

全てが終わったことを理解しても、姿勢を崩すことなく、そのままわんわんと声を上げて泣きじゃくり始めた戦場ヶ原ひたぎを、阿良々木暦は、壁にもたれ掛かるような、そんな姿勢で眺めるように見ていて。

ああ、ひょっとしたらどんなことをしようと、きっと、戦場ヶ原のこの涙だけは、なくならない、これからの彼女に必要な、そんな涙なのかもしれないと、ただぼんやり、考えていた。

「何も変わらないなんてことはないわ」

なんて、ことの後始末が終わった辺りで、そんな話になった。

赤く泣き腫らした目で、僕に向かって。

戦場ヶ原は、そんなことを言った。

「少なくとも、大切なの友達が一人できたわ」

「僕のことか?」

なんて、そんな風におどけてみせる僕に対して、やはり戦場ヶ原は、照れもなく、それに、遠回しでもなく、堂々と、戦場ヶ原は、胸を張った。

「あなたのことよ」

「改めて、ありがとう、阿良々木くん。私は、あなたにとても、感謝しているわ。今までのこと、全部謝ります。図々しいかもしれないけれど、これからも仲良くしてくれたら、私、とても嬉しいわ」

不覚にも、こんなことを言ったらまたぞろバカップルなどと言われるかもしれないが、それでも僕は。

夢が覚めたら、真っ先にこいつに会いに行こうと。

そんなことを、思った。

後日談というか、今回のオチ。

翌日、いつもとは違い二人の妹、火憐と月火に叩き起こされることなく、珍しく自力で起きた僕は、やけに服が重く感じた。

まさかとは思い、前のようにダイニングの前の、洗面所に向かった。

そこにあるのは、ヘルスメーター。

乗った。

ちなみに、僕の体重は受験肥りして、現在五十九キロ。

メーターの数値は、五キロを指していた。

「…………おいおい」

なるほど、これで戦場ヶ原に朝から会いに行く口実ができたと思うことにしよう。

体重はまあ、影縫さんにでも、あとで相談するしかないか。

なんて、そんなことを考えながら、僕はひどく重く感じる携帯電話を手に取った。

「どうした?阿良々木先輩」

「ん、いや…………」

また夢か。

ここは…………

「それにしても、こんな山道で人間とすれ違うとは、意外だったな。阿良々木先輩の手前口には出せなかったが、私はてっきりこの階段、死道だと思っていたぞ。それに、随分と可愛い女の子だった」

ああ、やっぱりそうなのか。

千石撫子。

夢の中でさ、僕には合わせる顔なんて、ないんだけどな。

「ま、登ろうぜ」

と、僕は神原に言った。

「上から人が来たってことは、とりあえず上に何かがあるってのは確かなことだ」

「うむ。それもそうだな」

「と言いつつ、阿良々木先輩は立ち止まったまま私の胸から目が話せないようだった。なんだかんだ言っても男の本能には逆らえないようである」

「なんでお前がモノローグを語る!?」

「今回は番外編だから私が語り部なのだ」

「そんなわけないだろ!」

ていうか、お前の語り部すげえ真面目な感じだったじゃん。

ほんと、全然十八禁に指定されるような描写もなかったし。

「むう。なかなかうまくいかないものだ、こうすれば、阿良々木先輩くらい軽く虜にできると思っていたのに」

「そんなことを思っていたのか………」

「ところで、阿良々木先輩。さっきは聞きそびれてしまったのだが、山に行って、それからどうするのだろう?」

「いや、その質問をするのは随分と遅いと思うんだけど…………………ほら、忍野からの仕事だよ」

「忍野?ああ、忍野さんか」

そう聞くと、神原が複雑な顔をした。この後輩にしては珍しい反応だが、まあ、さもありなんという感じだ。

忍野メメ。

こっちの神原は、直接忍野に助けられてはいないものの、手を貸してもらってはいないものの、それでも、今後の相談などは結局忍野から話すことになったのだ。

「ああ。あの山の中に、今はもう使われていない小さな神社があるそうなんだけど、そこの本殿に、お札を一枚、貼ってきてくれ。っていう、そういう仕事」

「………なんだそれは」?

不思議そうに聞き返してくる神原。

「お札というのも不可解だが、しかし、そんなの、忍野さんが自分でやればいいのではないか?あの人は基本的に暇なのだろう?」

「僕もそう思うけど、まあ、『仕事』だよ。僕はあいつに世話になったとき、洒落にならないような多額の借金をしちまってるからな。……………お前だってそうなんだぜ?神原」

「え?」

「あいつはあれでもれっきとした専門家なんだから。ロハで相談に乗ってくれるほど甘くはないさ。世話になった分は、働いて返さなきゃ」

「ああ、それで………」

神原は得心いった風に頷く。

僕はそんな神原の言葉を「そう」と、継いだ。

「だから、僕はお前を呼び出したってわけ。昨日、忍に血ィ飲ませに行ったとき、忍野に頼まれてな。お前も一緒に連れて行くよう、忍野から言われたんだ」

「ふむ。なるほど、借りたものは返さなければならないというわけか」

「そういうこと」

「わかった。そういうことならば是非もない」

神原はぎゅうっと、強く、僕の腕に抱きついてきた。

その行為の意味は複雑そうで推し量ることができないが、どうやら、何かを決意したらしい。

まあ、そういう意味では、貸し借りとかに関しては、神原駿河、とても義理堅い性格なんだよな。

「私の左腕は」

突然、神原は言った。

「忍野さんの話では、二十歳までに、治るそうだ」

「へえ、そうなのか」

「うん。まあ、このまま何もしなければ、だが」

「そりゃよかったな。二十歳過ぎりゃ、またバスケットボールができるってことじゃないか」

「そうだな。勿論、身体がなまっては望みも潰える。そのための自主トレはかかせないが」

と、神原。

そして続ける。

「阿良々木先輩は………どうなのだ?」

「僕か?」

「阿良々木先輩は………一生、吸血鬼なのか?」

「…………僕は」

一生。

一生………吸血鬼。

人間もどき。

人間以外。

「僕は………一生吸血鬼だよ。なんだかんだ言って、この能力に頼っちゃってるからな。まあ、慣れればむしろ、得なくらいだよ」

「私は強がりが聞きたいのではない。阿良々木先輩。忍野さんから聞いた話では……忍という少女を助けるために、阿良々木先輩は吸血鬼に甘んじているとのことだったが」

「……………………」

忍野、それにしても、口が軽いな。

まあ、相手が『左腕』の神原だからこそ、参考すべき先例として、あえてその話をしたんだろうけど。

「そんなことはないよ。忍のことは………まあ、責任だ。助けるなんて、そんな格好いいもんじゃないよ」

バルログさん

「それに、お前だって、今は直ぐその左腕を治してやるって言われても、拒否するんじゃないのか」

それが、彼女の責任なのだから。

「私のことをあまり買い被らないで欲しいのだが、まあ、そうだな。阿良々木先輩の言う通りだ」

「けど、僕の場合、吸血鬼の力に頼っちまってるってのは、本当なんだけどな」

自嘲気味に、僕は言った。

「そうか…………出過ぎたことを聞いてしまったな」

「そんなことねえよ。神原、僕のことを心配してくれてんだろ?」

「…………まあ」

「大丈夫だ。心配には及ばないよ」

本当は、全然大丈夫なんかじゃないのだけれど、でも後輩の前でくらい、格好をつけたって、いいだろう。

そこから五分ほど歩いて、僕達は神社の入口にたどり着いた。

「そうだ、バルカン後輩」

「なんだ?らぎこちゃん」

「ここの神社って、忍野が言うにはなんか良くないものが溜まってるみたいだからさ、お前は気分が悪くなるかもしれないんだ」

「そうか、では私は休憩できる場所を探しておくとしよう。なにもお札を二人で貼りに行く必要もないだろうしな」

「ああ、じゃ」

そう言って、僕は神原に背を向け、草を踏み分けるようにして建物の方に向かった。

そして、前と同じように本殿に札を貼って、神原を探した。

すると、やはり神原は重箱を脇に置いて。

呆けているように………佇んでいる。

「神原!」

声をかけ、肩に手を置く。

「ひゃうんっ!」

びくっと震えて、神原は振り向いた。

「あ、ああ…………なんだ、阿良々木先輩か」

「なんだ、どうしたんだよ?随時可愛い悲鳴をあげるじゃねえか」

「いや……………阿良々木先輩」

神原は、正面を指さした。

「あれを、見てくれ」

「………………………」

僕は言われた通り、神原の指さす方向を見た。

そこには予想通り、切り刻まれた蛇がいた。

ぐねぐねと長い、にょろりとしたその身体の節々を、刃物で五等分されて殺された、一匹の蛇の死体があった。

「悪い、羽川……………そろそろ予算枠を越超えそうだ」

神原と神社に行った次の日。僕は羽川と一緒に学校の近くにある大型書店に足を運んでいた。

「へ?予算枠って?」

「一万円」

「あー。参考書って割りと高いからね。内容を鑑みれば、しょうがないことではあるけれど」

羽川と、こうやって面と向かって話すのは久し振りだな。

最近あいつ、全然日本に帰って来ねえし。

「でも」

羽川は唐突に言った。

「私は、少し、嬉しいな」

「………何が?」

「阿良々木くんが、参考書選びを手伝って欲しいとかさ、そんなこと、言い出すなんて」

「まあ、いつまでも戦場ヶ原に頼りっぱなしってわけにもいかないしな」

「ああ、戦場ヶ原さんにマンツーマンで勉強見てもらったんだっけ?」

「そう。なんか、戦場ヶ原に勉強見てもらってさ、久し振りに勉強の仕方がわかったっていうか、思い出したんだよ」

「へえ、そういうことなら、私も全面的に協力させてもらうわ」

「……………………………」

全面的に協力。

しかし、この頃の彼女は、本当に戦場ヶ原が僕に勉強を教えていることを、快く思っていたのだろうか?

…………思っていたに決まっている。

彼女は、自分の気持ちを抱えながらをも、それが出来てしまうほどに、完璧だったのだから。

「はい。これでぴったり一万円」

「サンキュー。大事にさせてもらうよ」

その後、僕はやっぱり羽川に神原の事を問い詰められた。

「でもなー。僕、戦場ヶ原から、神原の面倒をちゃんと見るように、言われてるんだよな。神原の方も、同じようなこと言われてるみたいだし」

「それは、そうね。こんな感じなんじゃない?」

羽川は、そっと、その両手を僕の頭に伸ばしてきた。それぞれの手で、左右から僕の頭を触り、固定する。

「…………………………」

「はい、どうぞ」

羽川は両手で僕の頭の角度を調節し、僕を見上げるようにした自分の顔と、ぴったり正面に、向かい合うようにする。

「羽川。あまり僕を見くびらないでくれ。僕は、そんなに軽くねえよ」

前よりも少しは、強く濃くなれたはずだ。

「へえ、意外だな。誰にでも優しい阿良々木くんなら、結構引っ掛かると思ったんだけど」

羽川は、僕の頭から両手を離して、そんなことを言う。

意外そうな顔していたが、そこに取り乱した様子は………………なかった。

「お前が言いたいことはよくわかったよ。これからは気をつけるって」

「うん。戦場ヶ原さんも、その方が安心できると思うよ」

「ああ、そうだな」

「………、痛っ」

と。

そこで突然、羽川は右手を、今度は自分の頭部に添えた。

「大丈夫か?」

「いや、ちょっと……頭痛が」

「頭痛………」

でも、今の段階でこいつの問題をどうにかすることは、多分出来ないよな。

こいつの場合、僕が何らかのアクションを起こせるのは、あの猫が表に出てきてからだ。

「ああ、大丈夫大丈夫」

「羽川、誘っておいてなんだけど、今日はもういいから。帰って休んどけ」

「………うん。ごめんね、阿良々木くん」

そう言って。

羽川は、逃げるように、本屋さんから出て行った。

…………まあここまで来たら、どうせあいつの夢も見るんだろうな。

あいつのことは、その時にどうにかしよう。

羽川と別れた後、僕は呪術・オカルトコーナーに向かった。

千石撫子と、接触するために。

案の定、そこには帽子を被った女の子の姿があった。

「………千石」

『暦お兄ちゃんなんて、大嫌いだよ!』

不意に、そんな言葉が頭をよぎった。

ああ、もう、今はそんなこと考えている場合じゃないだろ!

「………あっ」

僕がそんなことを考えているうちに、いつのまにか千石の姿が消えていた。

…………しかたない、また、神原と一緒にあそこに向かうとしよう。

そう思って直ぐに、僕は神原の携帯に電話をかけた。

呼び出し音が五回くらい。

「神原駿河だ」

「神原駿河。得意技は二段ジャンプだ」

「嘘をつけ。あれは人間業じゃない」

「ん。その声と突っ込みは阿良々木先輩だな」

「………いや、そうだけどさ」

声と突っ込みで判断すんじゃねえよ。

間違い電話とかかかってきたらどうすんだ。

「神原、暇だったら、ちょっと手伝って欲しいんだけど」

「ふふ」

なんだか不敵に笑う神原。

「暇であろうとなかろうと、阿良々木先輩に望まれたとあっては、たとえそこがどこであっても私は向く所存だぞ。理由など聞くまでもない、場所さえ教えてもらえれば私はすぐさまそこへ行く」

「そうか、悪いな。昨日行った神社。そこの階段に入る前の歩道で、待ち合わせだ」

「わかった。ちょうど、自室でのいやらしい本を読んでのいやらしい妄想に一段落ついたところなのだ」

「…………………………」

自分から言うんじゃねえよ。

せっかくこっちが聞かないようにしてたのに。

「えっと、位置的には…………お前の方が近いだろうけど、僕は自転車だから、多分先について待っている」

「困るなあ、阿良々木先輩。この私が尊敬している阿良々木先輩を待たせるわけがないだろう。私の信用も地に落ちたものだな。よかろう、絶体に私が先に着く」

「変な意地を張られても、僕が困るんだが………まあ、なるたけ急いでくれ。ああ、長袖長ズボン、忘れずにな」

「わかった。阿良々木先輩の仰せの通りに」

「じゃ、よろしく」

僕が神社の入口に着いたときには、案の定神原はそこにいた。

「で、阿良々木先輩。私は何をすればいい?」

「ああ、そうだな。まずは………」

「脱げばいいのか?」

「何でそうなるんだよ!」

「いや、阿良々木先輩が望むのならば、脱がせてくれても構わないが」

「受動態か能動態かの話をしてんじゃねえよ!」

お前は僕の中学一年生の頃の妄想が具現化した姿なのか!?

「では、何をすればいい。遠慮せずにはっきり言ってくれ。私は無骨な人間だからな、遠回しに言われても、まろどっこしい………まろどっこ…………まろどっと」

「まどろっこしいなあ、おい!」

「申し訳ない。しろどもろどになってしまった」

「確かにしどろもどろだが!」

「で、なんだ」

「この上に、僕の昔の知り合いがいるんだが」

僕は階段を指さす。

「うん?」

「昨日、この階段を昇る途中ですれ違った女の子の、憶えてるよな」

「うん。ちっちゃくて可愛らしい女の子だった」

「…………………………」

「で………その子が、今日もここの神社に来ていると?」

「そういうことだ。多分な」

「うーん。いまいち状況が掴めないのだが」

「うん。まあ、それは後で話すよ。ともかく、お前に頼みって言うのは、その、昔の知り合いとは言え、声、掛けづらくてなだから………」

「なるほど。阿良々木先輩の言いたいことはわかった。阿良々木先輩の慧眼には恐れ入る、確かに私は、年下の女の子には強いぞ」

「だろうな。お前を呼んで正解だったよ」

「だか、そうなると…………」

神原は真剣な口調になって、言った。

「阿良々木先輩がそういう以上、勿論、手伝うにやぶさかではないが、阿良々木先輩は、当然、昨日のあれ、含んでいるのだろう?」

「まあ、そうだ」

「じゃあ、そういうことなんだな」

「ああ」

「やれやれ」

神原は、仕方なさそうに、肩を竦めた。

「阿良々木先輩は誰にでも優しい、という戦場ヶ原先輩の言葉は、どうやら本当らしいな」

「別に、そんなんじゃねえよ。ただ、気になったことをほっといて、それで助けられるばすの相手を助けられなくなっても、あんまり面白くねえしな」

「だが、それは、阿良々木先輩が必ずしも助ける必要はないのではないか?」

「……………………」

「いいのだ。独り言だ。いや、失言だった。では行こう、阿良々木先輩。早くしないと、彼女が用事を済ませてしまうかもしれない」

用事。

おまじないの、解除。

「ああ……………そうだな」

そして、神原とまた少し歩いた後、僕達は神社にたどり着いた。

「………………千石っ!」

僕は、千石の姿を捉えた瞬間、思わずそう呼びかけてしまった。これでは、神原にわざわざ来てもらった意味がない。

「やめろ、千石っ!」

「あ………」

千石は、僕を見た。

「暦お兄ちゃん………」

やめてくれ。

千石。

たとえ夢の中でだって、僕はお前に、そう呼んでもらう資格なんて、ないのだから。

「遅かったね。待ちかねたよ」

と、忍野は見透かしたような言葉で、僕を迎えた。

僕は火のついていない煙草をくわえた変人、もとい恩人、軽薄なアロハ野郎こと、忍野メメと、向かい合っていた。

一人で、である。

神原と千石には、僕の部屋で待機してもらっている。

やっぱり、千石を、出来ることなら忍野とは会わせたくなかった。

無論、千石からはきちんと、事情は聞いてきたから、前回のような失敗はおかさないつもりだ。

……………いや、どうなのだろう。

どんなに理由を並び立てたところで、結局僕は、千石といるのが辛くて、いたたまれなくて、だからここに一人で来たのかもしれない。

「それじゃあ早速、その妹的存在のお嬢ちゃんについての話をしようか。聞いている限り、切羽つまっているみたいだし」

「ああ、無事なのは、両腕と、首から上だけだ」

「うん、そりゃまずいね。それも、巻きついている蛇が二匹なら、なおさらね」

「………………………」

人を呪わば穴二つ。

しかし、今回空いている穴は三つある。

その後、僕は千石の事を忍野に話し、蛇切縄の対処するための、お守りを二つ貰った。

ちやんと、二つ。?

「これを使えば、千石は助かるし、千石を呪った奴のところに蛇が返ることもないんだな?」

僕は、今日何度目かの質問を、忍野にした。

「うん、そうだよ。けど、阿良々木くん。やけにそこのところを強調するね。何かいいことでもあったのかい?」

忍野は、僕を見てそう言った。

「今回、その千石ちゃんは完全なる被害者だからね。僕としては、出来るだけ力になりたいと思うんだけど、どうやら、阿良々木くんが気にしてるのは、そういうことじゃないみたいだね」

忍野は、なおも続ける。

「阿良々木くんは相変わらず優しいね。いや、そこまでいくと、もうただの物好きかな?どっちにせよ、加害者のことまで考えるなんて、バランサーの僕としては理解できないぜ」

忍野は、そう言って笑った。

本当に、つまらなそうに。

「別に、僕はただ、生きていれば誰だって、人を恨むこともあるだろうし、ましてやそいつらはまだ中学生なんだぜ。その二人だって、本気で千石に死んでほしいって願ったわけじゃ……………」

僕のその言葉を、しかし忍野は遮った。

「本気だったか、殺意があったかどうかなんて、この際関係ないと、僕は思うけどね。実際、千石ちゃんが死にそうになっているという事実は存在するんだから」

「…………………………」

「まあ、どのみちそのお守りを使えば、心配しなくても、呪い返しなんてことは起きないよ」

「………そうか」

「別に、前にも言ったかもしれないけど、阿良々木くんが何を思おうと僕の知ったことじゃない。ただ…………」

「ただ?」

忍野は、言葉を繋いだ。

「阿良々木くん。誰かを助けようとする気持ちは、そりゃ素晴らしいことだけどね。けど、あんまり誰も彼もどれもそれも助けようとしてたら、いつか痛い目みるぜ」

「………………………」

「いざという時に、誰を助けるべきなのかを、ちゃんと考えなきゃ駄目だ」

誰を助けるべきなのか。

……………助けるべき、相手。

「はっはー。僕としたことが、ちょっと喋り過ぎちゃったかな。別に、何もいいことなんて、なかったんだけどな」

忍野はそう茶化すようにして、会話を締めくくった。

相変わらず、こいつは見透かしたような態度ばかりをとるやつだな。

けど、

「わかったよ。お前の言いたいことは。肝に命じておくよ」

「わかればいいよ。僕だって、いつまでもここに住んでるわけじゃないからね」

忍野は、軽薄なままの口調で、そう言った。

「それも、ちゃんと理解はしてるさ」

「理解はしているけど、分かってはいない、かな。阿良々木くんは、ほっといていいものまで、どうにかしようとする傾向にあるからね」

「………でも」

それでも。

「知ってしまったら、どうしようもないだろ。そういうものがあるってことを、僕はもう、嫌っていうほど知ってしまっているんだから」

「はっはー、いっそ、委員長ちゃんみたいに、全部、忘れちゃえればよかったかい?忍ちゃんのこととかさ」

「そんなこと、無理に決まってるだろ」

羽川みたいには、いかないのだ。

「まあでも、常に意識はしてなくちゃ駄目だよ。忍ちゃんは、人間じゃないんだから。変な感情移入はするべきじゃない」

「それは、忍野…………」

「それに」

忍野は言った。

「阿良々木くんは、いつだってその気になれば………忍ちゃんを見捨てればいつだって、完全な人間に戻れるんだってこと…………僕としては、それも、忘れないでいて欲しいな」

「忘れないさ。僕は、そんな選択肢を選ばないと決めたことを、忘れない」

「あっそ」

忍野は、これで話は終わりだと言わんばかりに、いや、実際終わりなのだけれど、露骨に話を切り上げた。

「それじゃ、早くその千石ちゃんのとこに行ってやれよ。早くしないと助かるものも助かんなくなっちまうぜ」

学習塾跡を出、僕は寄り道をせずに、自宅へ帰った。

そして再度、今度は三人で北白蛇神社へと向かった。

「千石」

「あ、何……暦お兄ちゃん」

びくっと反応する千石。

怒られると思ったのかもしれない。

「お前、本当はその痕、痛いんだってな」

「あ…………」

千石の顔が、さっと真っ青になった。

「そ、その………怒らないで、暦お兄ちゃん」

「別に、責めてるわけじゃないさ。ただ、大丈夫なのかなって、思っただけ」

「そ、その」

ぎゅっと、帽子を深く被り直す千石だった。

顔を隠すように。

見られたくないかのように。

「締め付けられるようで、痛いけど……我慢できないほどじゃないよ」

「我慢しなきゃいけないのが、そもそもおかしいんだよ。痛いときは痛いで、いいんだ」

「その通りだぞ」

神原が横から口を挟んできた。

「縛られるだけならまだしも、縛られっぱなしというのは、存外、肉体的にはきついものだ。蛇だろうが縄だろうがな」

「縛られるだけがまだしもになる理由も、暗に精神的なきつさを除外した理由も、僕にはわからねえよ、神原」

千石はそんなやり取りに、やはり忍び笑い。

よかった。自分が千石の前でちゃんと喋れてるか不安だったけど、どうやら問題ないみたいだ。

「よし………着いたぞ」

一番前を歩いていた僕が、当然、一番乗りだった。

神社跡。

神が居座る前の。

人が死ぬ前の。

「神原。気分は大丈夫か?」

「うん。思ったより平気だ」

「何か馬鹿なこと言ってみろ」

「私は車の中で本を読んで、酔って気分が悪くなるのが好きだ」

「何か面白いことを言ってみろ」

「仕方ないではないか!やらなければお金をくれないと脅迫さるたのだ!」

「何かエッチなことを言ってみろ」

「好きな女の子が処女かと思ったら猩々だった」

「よし」

やっぱ、最後が微妙なんだよな。

「じゃ、とっとと準備するか」

「そうだな」

前回と同じように、土に木の棒で線を引き、懐中電灯同士を繋いで、スクエアを形成した。

いわゆる結界といつやつだ。

そして、そのスクエアの内部に………千石が這入る。

一人で。

スクール水着ではなく、月火の目を盗んで拝借した薄手の服で。

「阿良々木先輩。薄着の服ならば、わざわざ妹さんから借りなくても、私が持っていたのに」

「スクール水着なんて着せれるか。年下の女の子に神社でスクール水着を着せるとか、どんな変態だって話だ」

「そうか?私には、そのシチュエーションはすごく味が出ると思えるがな」

「なんでこの場面で、味なんて出さなきゃならないんだよ」

「それに、阿良々木先輩が購入した本の中には、そのようなシチュエーションのものもあったと思うのだが?」

「……………………………」

お前、どんだけ僕のことストーカーしてんだよ。

ていうか、なんで僕はそれに気づかないんだよ。

いくらなんでも鈍すぎるだろ。

神原との掛け合いはそのくらいにして、僕は千石に、忍野から渡された二つのお守りを、千石に手渡した。

「で、真ん中に座って………シートの上な。そのお守りを力一杯握って、目を閉じて、呼吸を整えて…………祈れば、いいんだってさ」

「祈るって………何に?」

「何かに。多分、この場合は………」

蛇。

蛇神。

蛇切縄。

自分、自身に。

「わかった………頑張る」

「おう」

「暦お兄ちゃん………ちゃんと見ててね」

「……ああ」

「撫子のこと………ちゃんと見ててね」

「…………任せとけ」

僕は結界から外に出て、蚊取り線香の設置を終えた神原と並んで、少し離れた位置から回り込むように、千石の正面に移動した。

「じゃ…………」

と。

千石は既に目を閉じていた。

両手をぎゅっと、胸の前で握り締めている。

儀式は、既に、始まっていた。

「しかし、阿良々木先輩は本当に、手当たり次第、人助けを行うのだな」

儀式を見守る最中、神原は言った。

「まあ、できる限りは、助けたいと思うよ。それが、甘えでも、無責任でも、自己満足でも」

自己満足に甘んじる覚悟。

果たして、火憐には偉そうに言ったものの、僕にはそれが、できているのだろうか?

「戦場ヶ原先輩はそんな阿良々木先輩のことを好きなんだと思うし、そういうところが阿良々木先輩の魅力なのだと私も思う。でも、願わくば」

神原は言った。

「もしも、それでも誰か一人を選ばなくてはならない状況が訪れれば、そのときは迷わず、戦場ヶ原先輩を選んであげて欲しいな」

忍野は、誰か一人を考えておけと言った。

神原は、誰か一人は戦場ヶ原にして欲しいと言う。

「………………………」

それはきっと、

「自分を犠牲にするのは、阿良々木先輩の自由だけれど、戦場ヶ原先輩のことは、大事にしてあげて欲しい。…………まあ、本当は、私にこんなことを言う資格はないのだろうけどな」

「いや、それはきっと、それはお前だからこそ、言えることだろう」

「………なら、いいのだが」

「心配には及ばないよ。僕はあいつのことを、一生背負うって決めてるからな」

「そうか。あ…………阿良々木先輩」

あれ、と神原は、正面を指した。

首元から、鱗痕が消えていく。

鎖骨から、鱗痕が消えていく。

二匹の蛇切縄が、千石から、離れていく。

「滞りなく、進みそうだな」

「うん」

「本当に、よかった」

「暦お兄ちゃん…………」

儀式は、何事もなく、無事に終わった。

さすがに二匹の蛇となれば、全て消えるのに多少時間はかかったが、それでも結果は上出来と呼べる部類だった。

蛇が去り、

意識を取り戻したらしい千石が、僕と神原のところへ、覚束ない足取りで、近付いてきた。

しかし、それで彼女が苦しくなくなるわけではなく。

泣かなくていいわけでも、ない。

「暦お兄ちゃん。助けてくれて、ありがとう」

だから、やめてくれ。

千石。

お願いだから、ありがとうなんて、そんな聞くに堪えない言葉…………言わないでくれ。僕に、お前からそんなことを言ってもらう資格はない。

僕は、あろうことか、お前を本気で、殺そうとしたのだから。

後日談というか、今回のオチ。

翌日、二人の妹、火憐と月火に叩き起こされた僕は目を覚ました後、散歩に出かけた。

目的地もなく、ぶらぶらと歩いてるつもりだったが、ふと立ち止まると、そこは、千石撫子の家。

「暦お兄ちゃん?」

なんて、そんな声が聞こえるわけもなく、僕は直ぐに、その家を通り過ぎた。

すると、二人の中学生くらいの女の子とすれ違った。

何気なくその女の子達に目をやると、二人は、千石の家に入っていた。

とても、楽しそうに。

友達と遊ぶのが、待ちきれないといった様子で。

「よかったな」

本当にいい。

最高だ。

声を上げて、笑いたいくらいに。

声を上げて、叫びたいくらいに。

>>230
はい?

「な?でこだYO?」

「今日もブラザーたちに、ご機嫌の予告をお届けするよ!」

「ツイスターゲームを漢字で書こうシリーズ!」

「撫子は撃墜の「墜」に「星」って書いてツイスターゲーム」

「いったいいくつの星があのゲームで落とされてきたのかな?」

「いつの日か、『撃墜王』って呼ばれてみたいものだよね」

「シャルウィゴーでチェケラウ!」

「次回、心が強くてニューゲーム 其ノ伍」

「こっちの方が、台詞が多い気がする………」

今回は、最終回ではなく、短編に近いものです。
今さらですが、名前をつけることにしたので、気にしないでください。

それと、私事ですが、夢物語の>>1さん、見てくれていて光栄です。

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