阿笠「できたぞ新一……」 (25)

阿笠「これが……光彦君を痛めつけ、死に至らしめんとする世界に終止符を打ち」

阿笠「彼を救済するための……彼を、絶望から救うためのスイッチじゃ」

コナン「……本当かよ、博士」

阿笠「ああ、やっと……やっとできたのじゃ」

コナン「そのスイッチを押せば、光彦は救われるのか?」

阿笠「そうじゃ」

阿笠「すべての平行世界……ありえた世界の光彦君を……悲惨な運命の渦から救い出すことができる」

コナン「よし、じゃあ早速そのスイッチを押そうぜ」


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阿笠「まて新一!」

コナン「なんだよ博士……! 一刻も早くスイッチを押さねーと、またどこかの世界で光彦が殺されちまう!」

阿笠「それはわかっている! しかし、このスイッチは押して終わり、押せばみんな幸せ、大団円というようにうまくはできておらん」

阿笠「重大な……いや、もしかしたら」

阿笠「これまで、光彦君が受けてきたどんな仕打ちよりも恐ろしい……そんな副作用があるのじゃよ」

コナン「副作用……?」

阿笠「ああ……その副作用は」

阿笠「押した人間は、光彦君を救う代わりに……自らの存在を消すことになるというものじゃ」

コナン「自らの存在を消す……? つまり、死ぬってことか?」

阿笠「いや、死ぬよりももっと残酷な運命といっていいじゃろう」

阿笠「押した人間の骨も、髪の毛一本もこの世界には残らん……それだけではない」

阿笠「生きていた痕跡……その者が存在していたという事実すら消えてなくなる」

コナン「……マジかよ」

阿笠「ああ……誰も、その人間が生きていたことを知らない」

阿笠「かつて、世界を震撼させるような発明をした科学者」

阿笠「かつて、歴史に残る凶悪な事件を起こした殺人鬼」

阿笠「そして、数々の犯罪を解決してきた名探偵でさえ」

阿笠「このスイッチを押してしまえば、誰からも忘れ去られてしまうじゃろう」

コナン「……」


阿笠「スイッチを作る上で、何とかこのデメリットをなくしたいと、何度も試行錯誤を行ったが……」

阿笠「どうしても、取り除くことはできなかった……」

阿笠「それほどに、光彦君が背負っているものは大きいようじゃ」

阿笠「ワシの科学の力では……太刀打ちできない」

コナン「そうか……」

阿笠「……そんなボタンを、新一に押させるわけにはいかん」

阿笠「新一はまだ若い。難解な事件を解決することができる明晰な頭脳は、きっとこれからの世界でも役立っていく」

阿笠「お前の力で、多くの人々は救われるはずじゃ」

阿笠「だからこのスイッチは……ワシが押そう」

コナン「正気か!? 博士!」

阿笠「ああ、正気じゃよ」

阿笠「ワシにはあいにく、嫁もおらんし……ワシ一人が居なくなったところで、困る人間なんておらんじゃろう」

阿笠「それに、光彦君が苦しんでいる原因の大本は、ワシの発明のようじゃし」

阿笠「ワシがいなくなれば、間違いなく光彦君は、普通の少年として生きられるはずじゃよ」

阿笠「……まあ、ワシがこれまで作ってきた薬が1つも残らないってのは、ちょっと寂しいがの」

コナン「博士……ちょっと自虐的すぎねーか? 笑えないぜ」

阿笠「そうかのー」

阿笠「ま、というわけじゃ。ここはワシにまかせろ」

コナン「……はぁ……博士も老けたな」

コナン「長ったらしい話はおしまいかよ?」

阿笠「新一……?」

コナン「バーロー、博士がいなくなって困る人間だって大勢いるんだよ」

コナン「第一、博士の発明が無かったら、小五郎のおっちゃんの探偵事務所なんてとっくの昔になくなってるぜ」

コナン「俺が事件を解決するうえで、博士の力がどれほど大きなものだったか……わかんねーのか?」

阿笠「……」

コナン「それによー、光彦1人の命を助けらんねーような人間が、事件で1人、2人と救ったくらいで偉そうな顔してるのってなんかおかしくねーか?」

コナン「そんな人間が名探偵だなんて名乗ってたら、先人たちに申し訳ねーぜ」

コナン「“君を確実に破滅させることができるならば、喜んで死を受け入れよう”」

阿笠「それは……」

コナン「ああ、ホームズのセリフ」

コナン「光彦に絡まった数々の因果の糸を断ち切れんならよ、俺は喜んで死を受け入れるぜ」

コナン「一瞬でも、ホームズに近づけたんなら、探偵マニアとしては本望さ」

コナン「だからさ、俺に押させてくれよ、博士」

阿笠「……新一……」

阿笠「……」

阿笠「……くっ」

コナン「ハハ、何50超えたおっさんが泣いてんだよ、みっともねーな」

阿笠「すまん……」

コナン「泣いてる暇があるんならよ、この世の中の大勢を助けられるような薬をたくさん作って、世界に貢献しろってんだ」

阿笠「そうじゃな……」

コナン「しゃっくりを止めるためだけの薬とかは、だめだぜ?」

阿笠「あぁ……」

コナン「……」

コナン「今までのこと、少年探偵団のことも……結構、楽しかったぜ、博士」

コナン「俺がいなくなっても、少年探偵団、続けてくれよな」

阿笠「……わかった、新一」



コナン「……フゥ」

コナン「そんじゃ、光彦を助けてくるぜ」

コナン「待ってろよ光彦! 驚くなよ、ホームズ!」




―――――カチッ―――――

……ここは

『ぎゃあああああああああああああああ』

……どこだ

『やめてくださいよおおおおおおおおおおおおお」

……この声は

『ぎええええええええええっ』

……誰の

『殺してください』

……俺は

『誰か助けてください』

……一体

『誰か……』

……

『誰か…』

……光彦

……

……

……助けに来てやったぜ

……

光彦「……」

……

光彦「コナン君……」

よぉ、なんか久しぶりに会った気がするな

光彦「ええ、そうですね。僕もそんな気がします」

大分、元気そうじゃねーかよ

光彦「ええ、元気です……」

……

光彦「……」

悪かったな、光彦

光彦「え?」

何人、何十人、何百人もの俺が……俺たちが、お前を痛めつけちまってよ

光彦「……」

光彦「……何言ってるんですか」

……

光彦「僕は、気にしていませんよ……そんなこと」

光彦「確かに痛かったり……痛いなんて言葉では言い表せない状況にあった自分もいますけど」

光彦「痛めつけられていない、みなさんと一緒に、楽しい学校生活を送れた自分もいます」

光彦「どちらにしても、みなさん、少年探偵団や、博士という存在がいたから……僕もそこにいることができた」

光彦「スリリングな事件を解決したり、くだらないことで笑いあったり、サッカーをしたり……することができたんですから」


光彦「そして何より……僕のことを……こんなにも大切にしてくれる友人がいる……!」

光彦「僕こそ謝りたい! 僕なんかのために……こんな、むごいことを……!」

“僕なんか”なんていうんじゃねーよ、全く

俺が行動した意味が無くなっちまうだろ? もっと自分に自信を持てって

光彦「すいません……!」

光彦「でも……! 僕を救ったことで、コナン君は……! コナン君の存在は、この世から消えてしまったんですよ!?」

んー……まぁ、な

存在したことなんて誰も覚えてねーんだし、寂しがる奴も特にいねーだろ……何も問題なんてないさ

光彦「僕は寂しいですよ!」

大丈夫だって、おめーも俺のことなんてすぐ忘れる

光彦「そんなこと……!!」

けどよ

そう思ってくれただけで、俺は嬉しいぜ。助けたかいがあるってもんよ。ありがとな、光彦

光彦「コナン君……!」

じゃあ、そろそろ俺は行くぜ

光彦「コナン君!!」

じゃあな、光彦―――

光彦「コナン君!!」ガバッ

光彦「……」

光彦「……あ、あれ……」

気づいたときには、僕は自分の部屋のベッドの上に居ました。

さっきまでコナン君と話していたのは……夢だったのでしょうか。

手には、なぜか……コナン君がしていた眼鏡が握られていました。

学校に行っても、コナン君は見当たりませんでした。

博士の家へ行っても、事件が起きても……

コナン君は現れませんでした。

普通に警察が来て、警察が解決していくのでした。

周りの人に聞いてみようかとも思いましたが、どうしても“コナン君のこと、知ってますよね?”の一言が出ません。

YESという答えが返っていないという確信が……どこかにあったのかもしれません。

本当に、コナン君は……いなくなってしまったのです。皆さんの心の中から……この世界から。

しかし、僕だけは……はっきりと、明確に……彼がいたという事実を、覚えているのでした。

放課後、河川敷を訪れると、眼鏡をかけた少年がサッカーをしていました。

つま先でボールを思い切りけり上げると、ボールはあらぬ方向へと飛んで行ってしまいます。

ごめん、という声と、いいよ、という声が二つ、聞こえました。

ふと、コナン君の華麗なボールさばきが見たくなりました。

コナン君、最後の推理は、間違っていたみたいです。

やっぱり寂しいですよ、僕は。

だって、コナン君は……僕の大事な友人だったんですから。

これからも、僕は一生、あなたのことを忘れないでしょう。

きっと。いや……絶対に。

数十年後

彼は漫画を描いていた。

ある一人の小学生探偵が、数々の難事件を解決していくものであった。

『名探偵コナン』と題された漫画は男女問わずの大人気となり、アニメ化や映画化もされた。

人々の心には、再び、“江戸川コナン”という少年の存在が刻み込まれることになったのである。

インターネットの各所でも、『名探偵コナン』についての話題が取り上げられていた。

某大型掲示板においても、その人気はひときわ目立っていた。


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