「人殺しの僕と不死身の彼女」 (33)
人を殺すってどういうことなんだろう。
それはきっと世間的には心臓の鼓動を無理やり停止させるような
あるいは脳が修復不可能なほど壊れてしまう状況に無理矢理陥れることなのかもしれない。
どちらにせよ
僕が人殺しという事実は変わらない。
「綺麗だなぁ」
満天の星空。
雲一つなく澄み切った空気の中控えめに主張し続ける星の雫。
確かにそれは素晴らしいものだけれど。
それでも僕はもう手遅れだ。
「おや、珍しいの」
その丘で
普段なら誰もいないその丘で
僕に声をかけてきたその少女こそ
黒い髪を闇夜に溶け込ませるその少女こそ
僕が殺しても殺せない人間だったなんてあの時は思いもしなかった。
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「…君は?」
僕は一人の時間を邪魔された苛立ちからつっけんどんに質問を投げかけた。
少女はケタケタと笑った。
「少女じゃよ、ただのな」
見たところ14、5くらいの見た目だろうか。
どちらにせよ僕より年下であろうことは明白だった。
「こんな所に一人でいるなんて、お前、なんだ?」
質問を質問で返された。
別に僕がここにいる理由なんてない。
ただいたいから。
強いて上げるならそれが理由だった。
「酷い目をしておるのう」
まるで人殺しの目じゃ
そう言ってまたケタケタと目の前の少女は笑った。
馬鹿にしたように。
コケにしたように。
「…君もね」
悪魔のような目をしているよ
そう言って僕はその丘を去った。
次の日も彼女はいた。
この丘は日が出ている間は見晴らしがいい場所なのだけど夜は暗くてかなり危険だ。
こんな所に居るなんてまともじゃないだろう。
彼女も僕も。
「またかの」
「またかの、じゃないよ、夜に出歩くと危ないよ」
僕は諭す。
目の前の少女は小馬鹿にしたように笑いながらその場に座り込んだ。
「危ないものか、ここが一番綺麗じゃ」
綺麗ね…
心の中でその声を反芻する。
汚れていない少女にとってはここはただそれだけの場所なんだろう。
「飲むかい?」
僕は近くの自販機に売っていたホッとコーヒーを差し出す。
「すまないのう」
年寄り臭い喋り方をした少女は無表情で受け取った。
誰かと隣合うなんていつぶりだろうか。
「また聞くけど、危ないよ?」
「知っておるわ、そんなこと」
ふん、と鼻を鳴らして彼女はコーヒーを飲む。
その仕草だけは年相応のものだった。
「危ないからと言ってこの星を避けていたら勿体無いだろうに」
こんなにも綺麗なのじゃ
少女はそう言って短く華奢な腕を空へと伸ばす。
なにかに訴えかけるかのように
目を輝かせながら空を見続けていた。
「…今日はお前が先かの」
「残念だね」
僕は三日連続で彼女とであった。
彼女はケタケタと笑うと
「まぁ、良い」
と、僕の横へ座った。
「なぁ」
「え?」
唐突な少女の呼びかけに僕は間抜けな声をあげた。
その顔からは少しの寂しさが見て取れた。
「何故星はこんなにも綺麗なのだと思う?」
「…哲学かい?」
「まぁ、そんなもんかの」
「…さぁ、数が多いからじゃないかな?」
「…一つだったら綺麗じゃないと?」
「綺麗であっても目立たないと思うよ」
ふぅん、そういう考え方もあるのか
そんなことをブツブツつぶやいて彼女は下をむいた。
人と関わらないと決めていたわけじゃない。
だけど心のどこかで関わってはいけないんだと思っていた。
人を殺したから。
たった一人だけだけど。
確かに人を殺したから。
でも僕は居心地が良かった。
彼女がいると少しだけ和らいだ。
案外簡単なのかもしれない。
違うかもしれない。
それでも彼女といる時は幸せだった。
「もうこうしてお前ともそこそこの付き合いじゃの」
「そうかい?まだ二ヶ月くらいだよ?」
「命は短いんじゃよ、少年」
「少女に言われてもなぁ」
彼女はもはやお約束となったケタケタ笑いを繰り返す。
その姿は僕には勿体無いほど愛おしかった。
「親とか心配しないのかい?」
「おらんよ」
意味がわからなかった。
もしかしたら自分の聞き方が悪かったのかもしれない。
「保護者とか」
「おらん」
目の前の少女は顔色人使えることなくコーヒーを眺めながらそう言った。
「…余計なこと聞いちゃったね」
「別に気にしてもおらんわ」
彼女は手を伸ばしながら同時に伸びをした。
華奢な体が大きく反り返る。
「…私も聞いていいかの」
「なんだい?」
「お前、なんで毎晩ここに来るんじゃ?」
なんで、か。
考えたことなんてなかった。
彼女の望む答えはなんだろう。
君に会いたいから、と言えばいいのか。
それとも最初の頃の理由をいえばいいのか。
迷う。
「僕の話、聞きたいかい?」
「暇つぶしにはなるじゃろうて」
ケタケタ笑いながら彼女は頭を僕の方へ寄せた。
僕は浮遊感を抑えながら話した。
「人殺しってどう思う?」
「なんじゃ、唐突に」
目を瞑って頭を預けている彼女はゆっくりとそう言った。
「僕は人を殺したんだ」
「…」
黙る。
それは僕の話が疑わしい事だからなのか、それとも僕を警戒しているのか、そのどちらかだろう。
「そうかの」
しかし以外にも彼女はあっさりと応えた。
「誰だって過ちはあるじゃろうて」
優しさが、痛い。
「…だから、ここへ来たんだ」
「気を紛らわすために」
嫌だった。
いくら過去の事とは言え人を殺した事実は変わらない。
それは数年たった今でも目に見えないだけで確実に僕の心を蝕んでいる。
「…正直、そんな重いとは思わなかったの」
気にしなくてもいいよ
僕はそう言ってまた空を見上げた。
空は重く澱んでいた。
頑張って完結させたいです
とりあえずここまでです
つまらんと感じたらレスせずそっ閉じをお願いしす
「お前には話していいかもしれん」
そう呟くと彼女はスクっと立ち上がった。
その目は確かに僕を見ていたが、しかしもっと遠くを見ているようにも思えた。
「私は不死身なのじゃ」
彼女はそう言った。
言葉通りなら彼女は死なないということ。
有り得ない。
有り得ない。
そんな事がもしあるなら…
「信じれないという顔じゃのう」
ケタケタと、しかし彼女は悲しそうに笑った。
「証拠を見せてやってもいいがの」
お前に私が殺せるか?
笑いながら言った。
「…信じる信じないは別として…[ピーーー]わけ無いだろ」
優しいやつじゃの
そう言って彼女は澱んだ空を仰ぐように見続けたのだった。
僕と彼女がであってから月日が経った。
僕は飽きることもなく彼女とともに星を見続けていた。
だけど気付いたこともある。
彼女は星など見ていないということに。
それでも縋るように星をその目に焼き付けていたのだ。
「いつか言ったことじゃが」
「…」
「…私は不死身と言っても自殺だけはできないんじゃ」
「…まず不死身ってことが信じられないよ」
ケタケタと笑って彼女は答えた。
「お前のようなやつが人を殺すということも信じるに値せぬがの」
「…どうして自殺できないんだい?」
「出来んもんは出来んのじゃ」
体が拒むのだろうか。
もし仮に万が一不死身だというなら
体が自殺を拒んでしまうのだろうか。
「…私はな…星を見ておった」
不意に彼女は口を開いた。
もはや頭を預けてくるのはお約束の行為になった。
「別の理由もあったがの、とりあえずは星を見ておった」
「知ってるよ」
「数えていたんじゃよ、星を」
僕は体重を預けてくる彼女の頭を撫でながらゆっくりと頷いた。
優しく、気をつけながら。
「…この世に神様がいるのなら…」
「…なんで私なんかを不死身にしたのかのう…」
…贅沢だ
死にたくなくても死ぬ人がいる中で
そんな贅沢な悩み。
「…あぁ、もうすぐ数え終わる」
何を言っているのか良く分からないけど彼女の顔に不満そうな表情は見て取れなかった。
「これもお前のおかげじゃの」
「…僕は何もしてないよ」
ぎゅっと
不意に
彼女は抱きついてきた。
その温もりは僕にとって考えられない程勿体なくて
だけど心の芯を暖めてくれるような
そんな温もりだった。
「ありがとうの」
ケタケタと、彼女は笑わなかった。
「どういたしまして」
僕は初めて彼女に笑いかけた。
次の日いつもの場所に行くと彼女はいなかった。
それが普通であると分かっていながら
僕は彼女を必死に目で探した。
「…落ちたわけじゃないよな…」
ここはこの街で星が一番綺麗に見ることが出来る場所。
唯一の高台。
故にここから落ちたら人たまりもないだろう。
「…不死身だっけか…」
僕は買ってきたコーヒーを一つだけ飲み干してあることに気づく。
「…手紙」
彼女の容姿には似合わないほどの達筆で
いや寿命すらも人と違うならもしくは似合っているのかもしれないが
とにかく彼女の置き手紙とわかるような内容の手紙が草腹の上にポツンと置いてあった。
やぁ、元気かの。
もしお前が今日も来ているなら残念じゃ。
私はいない。
今日は家にいるからの。
すまぬな。
もし良ければ明日の昼にでも私に会いに来てくれないか。
別に見せたいものなどないがの。
住所は裏に書いてある。
今日来ていないならどうしてこの手紙があるのかわからないが
だけど僕は
何を今更そんなことを
そう思うことに何の迷いもなかった。
彼女に会いにいく。
それが僕がここへ来る理由だから。
「おやすみ」
また、明日。
僕は人殺しだ。
きっと周りの人はそんなことないというだろう。
だけど僕は人殺しだ。
一番大好きだった
唯一の人を殺してしまった。
数年前トラックに巻き込まれて
意識も朦朧とした中で
確かに覚えているのは
彼女の中でうずくまる自分自身の泣き声。
彼女は死んでしまった。
否。
僕が殺した。
不死身なんかあるか知らないけど
だったらどうして彼女じゃないんだ。
彼女でもよかったじゃないか。
母さんでもよかったじゃないか。
こう考えることはどう考えても不死身の彼女に失礼だ。
だけど
やっぱり僕は母に不死身であって欲しかった。
僕は人なんて殺したくなかったから。
だから
僕は彼女に生きていて欲しかった。
「ここか」
僕は大学を休んでまで、ここへ来た。
きっとそれは彼女が大学なんかよりもよっぽど大事だからだろう。
昼の街は賑やかだ。
だからこそ僕はこうやって後ろめたい視線をなんとなく感じながら歩いているのだろう。
「お邪魔…します…?」
あれ程会っている彼女の家に行くのに挨拶をするのはなんだか奇妙なことに思えた。
「…?」
綺麗に整頓された。二組の靴。
少し古臭いが生活感のある部屋なのは間違いない。
しかし彼女自身の気配を感じ取ることはできなかった。
僕は無礼を覚悟で部屋の中へ
言うなればリビングの中へ入っていったのだった。
そこで見たのは。
見てしまったのは。
二つの
いや、一組の影だった。
「…ね、寝てる?」
そこに居たのは抱き合うような形で綺麗に美しく床に寝せられた男性と女性だった。
しかし体のあちこちには傷がありそしてもちろん不死身さなど見受けられなかった。
「…!」
気付く。
重大なことに。
僕の頭の中で嫌な予感がする。
最大限の警報を鳴らしている。
首に跡。
二人の首には縄が巻き付いたような跡があったのだ。
「…自…殺…?」
できないんじゃなかったのか?
不死身の彼女の親が不死身なんて分からないけれど
でも…
自殺だけはできないんじゃ
思い出す。
彼女の事を
思い出す。
彼女の言葉を
思い出す
彼女を。
ここへ来たのは星を見るためじゃ
ほかの理由もあるがの
自殺だけはできないんじゃ
「…」
心臓が早鐘を打つ。
なんで自殺ができないんだ。
不死身と言う彼女の言葉を信じたわけではないが
それでも彼女は
もしかして
あの丘はこの街で一番高い場所。
落ちたら人たまりもない。
なぜ彼女はあそこへ来た?
僕に合うと言う理由以外で
なぜあそこへ来た?
吐き気がする。
そんなことありえる訳が無い。
だってあんなにも
あんなにも星を眺めていたじゃないか。
星に手が届く訳なんかないのに
それでも必死にもがいていたじゃないか。
走り出す。
いつもの場所へと。
僕と彼女が出会った
始まった場所へと。
「おや、バレてしまったかの」
息を切らした僕を見ながらケタケタと彼女は笑う。
「すまんのう、迷惑をかけて」
「君は…本当に不死身なのか?」
「…信じる信じないは別として…ホントに確に不死身じゃよ」
現に私は八回は殺されておる
殺されて。
もう確定だ。
自殺ができないのは。
死んでしまうから。
自分で死を望んでしまったら
本当に死んでしまうから。
それを両親の自殺で知ってしまった。
永遠の命の…突破口…。
「…なんで…」
「お前といる時間が楽しかった、それ以外に、あるかの?」
ケタケタとケタケタとケタケタと
彼女は泣いて笑っていた。
「…全く、いつの時代も邪魔ばっかりしおって」
「お前のような人間は多かったがの」
「…」
黙って僕は話を聞く。
「…もう耐えられんのじゃよ」
人の死に慣れてしまうほどに
私の心は老いてしまった。
「じゃから、これきりじゃ」
ふっと笑うと彼女は間髪入れず後ろ向きに飛び降りた。
「だったら僕も行こう」
僕だって、君と一緒にいたいから。
君が大事だから。
「な…」
君が泣くほど悔しくて
君が死ぬほど辛いなら
僕が背負おう。
その罪を僕だけが背負おう。
「…何をしておる、このバカが」
飛び降りてから地面に落ちるまでわずか数秒だったにも関わらず
でも確かに僕たちは声を交わした。
「…私を死なせてはくれないか」
「死なせない」
自殺なんて有り得ない。
君が自分から死を選ぶというのなら
僕が止めよう。
僕が阻止しよう。
僕が殺そう。
「…君が死ぬまで僕は君を殺す」
「…そうか、なら私が死ぬまで傍に居てくれるかの?」
何を今更
まだいくらでも星はある。
きっと数え終わる頃には二人とも死んでるよ。
空中で。
普通なら身動きひとつ取れない状況で
僕は彼女の家から拝借した
ギラつく果物ナイフで
正確に
笑顔で
彼女が地面に到達する前に
その喉笛を引き裂いていた。
人を殺すことは等しく悪だ。
だけどたとえ悪だとしても
僕は彼女を殺すことに何の躊躇いも無かった。
「ずっと一緒だよ」
ケタケタと僕は笑った。
「お前は馬鹿かの」
「面目ない」
彼女は不死身だから大丈夫だとしても
僕は普通の人間だ。
あの高さから飛び降りて死ななかっただけでも奇跡だが
しかしそれでも馬鹿と言われてもしょうがないほど体は包帯でぐるぐる巻だった。
「これでは星が見に行けないではないか」
プクっと頬をふくらませる彼女。
ああ、こんな表情も見れるのか。
「…時間ならたっぷりあるさ」
僕は外を見ながらそう言った。
「…そうじゃな」
彼女は白魚のような手を僕の指に絡ませて呟いた。
「約束だよ、僕は君を殺す」
人殺しの僕と
「約束じゃ、お前は私とずっと一緒じゃ」
不死身の彼女。
「君が死ぬまで」
「お前が死ぬまで」
あれ、めちゃめちゃ短くなった。
見てくれた人はありがとう。
書きたいことだけ書いたらすげえコンパクトになったね。
おやすみなさい。
ちなみに不死身の彼女の両親の死因は自殺ごっこ
なんてこったい
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