八幡「やはり俺の世にも奇妙な物語はまちがっている」いろは「特別編ですよ、先輩!」 (900)

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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1410267660

>>1
代行ありがとうございました!
とりあえず最初の方だけ投下します。



↓本編



テッテッテレレーテレレーテレレー

テッテッテレレーテーンテレーン

タモリ「人の恨みとは恐ろしいものです」

タモリ「知らず知らずのうちに積み重なり」

タモリ「気づいた頃には時既に遅しです」

タモリ「果たして彼女にとってその恨みには」

タモリ「どのような意味があるのでしょうか?」

テレレッテッテレレーテッテッ

テレテッテッテッテッテレレレレーレー

テッテッテレレーテレレーテレレ

テーンテレレレレレン

冬休みが終わり、またこれまで通りの授業の日々が再開され、それに慣れ始めた新学期七日目の昼休み。俺は自販を求めて校内を歩き回っていた。

八幡「だりぃ……」

何で冬休みって夏と違ってあんなに短いの? 冬も二ヶ月くらい休ませろ。無論夏もな。

八幡「マッ缶マッ缶~♪」

午前の授業を耐え切った達成感からか、自然と鼻歌が出てしまう。周りには誰もいないし、問題ないだろ。

八幡「マッ……なん……だと……!?」

マッ缶が……ない……!

学校では初めて見たマッ缶の下の売り切れの文字。

八幡「そん……な……」ガクッ

マッ缶がないとか、これからの午後俺どうやって乗り切ればいいんだよ……。

八幡「いや、まぁなんとかなるんだけどな」

ピッ

ガタンッ

選ばれたのは、スポルトップでした。

4

八幡「……っ」ゴクッゴクッ

八幡「……ぷはぁ」ゴクリ

八幡「たまには悪くないな。この反骨精神がたまらなく好きだ」

八幡「あとはベストプレイスで飲むとしよう」



――て。



八幡「……ん? 何か聞こえたような……」



――誰か、助けて。

八幡「…………」テクテク

八幡「こっちの方から音がしたよな……?」

??「あっ! 先輩!!」

八幡「……? 今聞き覚えのある声がしたような……」

??「だから! そっちじゃなくて、こっちですよ!」

声は聞こえるが、そこには誰もいない。

八幡「……なるほど、誰もいないという事は幻聴だな。最近戸塚の事を考えすぎてて眠れない日が多いし」

何それ、気持ち悪い。

??「うわー、正直それはないです」

幻聴にしてもあれだな、随分と嫌なやつだ。まぁ俺の脳が勝手に作り出した声なら、これくらい普通か。むしろ本当にそうならもっと酷いまである。

八幡「しかし一色の声の幻聴とは……俺あいつの事好きなの?」

??「えっそれ告白のつもりですか、ごめんなさい、それはないです」

八幡「だよな、ないよな。よくわかってる。流石俺の心の声だ」

あいつの事を好きになるわけがない。

八幡「俺が全然可愛くないし可愛げもない小町な一色いろはを好きになるわけがない」

ラノベのタイトルにありそうだな、ないか、ないな。

??「先輩ー、そんなのどうでもいいから助けてくださいよー」

八幡「そんなの? 俺は俺のくせに小町の事をどうでもいいと言うのか?」

??「うわ……もうめんどくさいです……」

自分の心の声に呆れられた。じゃあ今思考して自分を肯定し続けている俺の精神は一体何なの? やだ、哲学的。我思う、故に我あり。材木座あたりに今度言わせてみよう。いや、ウザいな。やめるか。

さて、茶番はここまでにして――。

八幡「……で、どこに隠れているんだ、一色」

いろは「あっ、さっきのは冗談だったんですね」

八幡「決まってんだろ、もう一人の自分なんてそんな中二設定抱えて生きてねーし」

いろは「まぁ、よくわからないのは放っておいて、助けてください」

八幡「なら、俺の前に現れろ。隠れてるなんて男らしくない」

あっこいつ女だった。

いろは「……正直ボケとかツッコミとか、そんなのやってられる状況じゃないんですよね」

八幡「……?」

いろは「私ですね、今、先輩の足元にいます」

八幡「はっ?」

言われて足元を見る。そこには一つ、ペンダントが落ちていた。

いろは「それです、それが、私なんです」

一色の声は本気だ。ふざけているようではない。

そして何よりも驚くべき事は――



――その一色の声が、ペンダントから聞こえてきた、という事だ。



八幡「…………」スッ

いろは「やっと誰かに拾ってもらえました……。このままここで置きっ放しにされたらどうしようかと……」

八幡「…………」カチャ

ペンダントはボタンを押すと、開く仕掛けになっている。ぱっと見は何の変哲もない、ただのペンダントだ。

開くとその中は写真が一枚入るようになっていて、そこに入っていた写真は、一色いろはのだった。

八幡「……お前の熱狂的なファンのか、これは?」

いろは「違いますよっ!!」

八幡「!?」ポロッ

今、何が起こったか説明するとだ。

止まっていた写真の中の一色が、動いた。

ガッ!

いろは「いたっ!?」

ペンダントが地面に落ちると同時に一色の声が聞こえる。

八幡「……すげぇな、今の科学技術は。あんな小さいもので映像を映し出せんのか……」

いろは「映像じゃなくて、本人ですから! あと落とさないでください! 乱暴に扱われると、痛いんですからね!?」

八幡「しかも自動応答までできるのか。しかもこのリアル感。Siriなんて目じゃないな」

いろは「だから! ロボットとかじゃなくて、私、本人なんです!!」



いろは「何だかわからないですけど、私、ペンダントにされちゃったみたいなんですっ!!!」



今日はここまでです。
いろはす可愛い。
支援レスありがとうございました。
おやすみなさい。

こんばんは。作者です。
投下します。ゆっくりとやっていきますので、一時間くらい間があったりするかもです。
あと、一応誤解を受けるとあれなので、連投規制の理由を。

SS製作者総合スレより

■e-mobileの方へ
「e-mobile」ではスレ立て不可、連投もできません。
SSでスレを立てるならスレ立て代行をしてもらい、一レスごとに誰かに書き込んでもらう必要があります。
規制の理由は以下、e-mobileの人はこのスレで代行と支援を頼めば誰かやってくれるはず。

219 名前:lain. ★[sage] 投稿日:2010/11/09(火) 23:13:16.37 ID:???
e-mobileの荒らしがいたので現在規制を行っております。
再犯のため、プロバイダへの通報で対処致しますのでしばらくお待ちください。

なので、支援レス(空白、一文字でも)よろしくです。



↓本編



八幡「……はっ」

いろは「?」

八幡「ふざけるのも大概にしろよ。そんなので俺を騙せると思ったか?」

いろは「いや、だから本当に――」

八幡「どっかからマイクかなんかで喋ってんだろ? その声をこのペンダントから出す。少し機械に強ければこのくらい簡単にやってのける」

映像はちょっと無理な気がするが。

いろは「少しは信じてくださいよ!」

ソレカラドシタ



八幡「……しかしやっぱり信じられん」

いろは「それは私もですよ……」

八幡「そろそろドッキリでしたーって出てこないの? リア充のぼっちに対する仕打ちの一つじゃないの?」

本当、あいつら何なんだよ。何で俺がチラッと見た時に大爆笑してんの。俺の顔はそんなに面白いか?

いろは「……どうしよう」

無視ですか、そうですか。

八幡「葉山あたりに相談してみたらどうだ?」

いろは「それだけは嫌です」

八幡「何でだ? あいつなら絶対に助けてくれるだろ。そのための力や人脈も申し分ないし」

いろは「嫌ですよ。好きな人にこんなの、知られたくないですし……」

八幡「あーなるほどな」

まあ確かに今の一色の状況はあまり格好の良いものではない。そんなのを好きな人に見られたくないと思うのは人として当然の感情だろう。

八幡「……で、俺は別にいいと」

いろは「先輩は、どうでもいいので」

八幡「」

ショ……ショックなんか……受けてない……! 絶対にだ……!

いろは「しかし参りましたねー、これ」

八幡「おう……そうだな……」ショボーン

いろは「先輩元気ないですねー。そんなにショックだったんですか?」

八幡「何を言ってる。俺はいつもこんな感じだろ」

いろは「そうですか。まぁどうでもいいですけど」

八幡「」

いつも雪ノ下からの罵倒でこういうのには慣れていると思いきや、こういう無関心という精神攻撃もなかなか心にくる。一つ勉強になった。

八幡「原因に心当たりとかないのか?」

いろは「あー、そう言えば……」

八幡「どんなのだ?」

いろは「私の事を嫌いなグループの子に変な事を言われました」

一色を嫌いなやつだけで一つグループが出来るのかよ……。お前はどんだけ嫌われてんの?

八幡「変な事?」

いろは「はい……。誓いとか契約とか言ってましたね」

瞬間、脳裏に一人の男の姿がチラついた。コートを着た大男の姿だ。何だっけ、あいつの名前。

以下、回想

いろは「話って何?」

女子『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』

いろは「!?」

女子『閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する』

女子『―――――Anfang』

女子『――――――告げる』

女子『――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

女子『誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者』

女子『されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――』

女子『汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』

以上、回想、終ワリ

八幡「何を召喚するつもりだったんだよ、そいつは」

英霊でも召喚するつもりだっの? てか何でわざわざ一色の目の前でやったのか。しかもよりによってバーサーカーだし。行動が意味不明すぎて、もうわけがわからないよ。

いろは「召喚……?」

八幡「いや、こっちの話だ」

それともあれかな、令呪で自害させるつもりだったのかな。自害せよ、いろはす。何も持ってないけど、どうやって自害するんだろ。やっぱいろはすでか? 手で握り潰せてしまう程に耐久度の低いいろはすのペットボトルでか? それ聖杯手に入れるよりむずいんじゃね?

いろは「あの……先輩……?」

いや、逆に考えるんだ。いろはすのペットボトルで自害する方法はある。小さく握り潰して口から飲み込んでしまえばいけるんじゃね? そうか、いろはすのペットボトルは凶器だったのか。

いろは「先輩!」

八幡「うおっ!?」

いろは「何ボーッとしてるんですか。気持ち悪いです」

八幡「いろはすってすごいよな」

いろは「はい?」

最後まで水たっぷりだし、その気になれば自害にも使える。万能ツールなんじゃねぇか、これ?

いろは「ちょっと何言ってるのか、わからないですよ?」

八幡「いろはすの偉大さに気づいたんだ。別にお前は関係ないからな」

いろは「意味わからないですし、ちょっとイラっとくるんですけど」

さっきのお返しだ。さっきの無関心のせいでトラウマが再発したしな。

八幡「他には?」

いろは「うーん、特にないですね……。あれしか考えられないですし」

八幡「何で英霊召喚の呪文で、一色がペンダントになるんだか……」

いろは「本人に聞いてみるのはどうですか?」

八幡「そうだな、もしも本当にそれが原因なら、聞いてみればわかるかもしれない」

いろは「じゃあ先輩、お願いします」

八幡「えっ、俺が聞くの?」

いろは「他に誰がいるんですか?」

なん……だと……?

俺が後輩の教室に行く……?

八幡「無理だな、他の奴をあたってくれ。戸部とか」

いろは「えー、戸部先輩は当てにならなそうですし……」

可哀想。マジ可哀想、戸部。

いろは「先輩だけが頼りなんです! お願いします!!」

ペンダントの中で両手を合わせて一色は頼む。しかし正直言ってその姿は――。

八幡「……あざとい」

いろは「それは酷いですよ!?」

いろは「あー、今ので傷つきました。もう行ってくれないと、許してあげません」

八幡「何でお前の許しなんか得なきゃならんのだ」

最悪葉山に投げれば万事解決だしな。本当、便利すぎる。一色の気持ちなど知らん。

八幡「めんどいし、葉山に話して俺は帰るぞ」

いろは「だから~葉山先輩に知られちゃうのは嫌なんですってば~」

八幡「それに俺じゃ何もできねーし。助けを求めるなら葉山か戸部、どちらか一択だ」

いろは「むー……」

ペンダントの中の一色はプクーと頬をふくらめて、俺を睨む。だからあざといんだよ、お前は。

いろは「確かにそう言うなら止められませんね。何をするかなんて先輩の自由で、私は今何もできないですし」

八幡「だろ? じゃあ戻らせて――」

いろは「但し、このまま葉山先輩に話したら、私が元に戻ったあと、どうなっても知らないですからね?」ギラッ

八幡「はっ?」

いろは「一応先輩のせいとは言え、私、生徒会長なんですよ? その気になれば、何でもできるんですよ……?」

八幡「なっ……!」

いろは「そうですね……例えば、全校集会の時に先輩についてある事ない事言っちゃったりとか、校内放送を使って――」

八幡「職権乱用じゃねぇか。公私混同もいいとこだぞ」

いろは「いえ、この場合は有効利用ってやつです♪」

いい笑顔で一色は断言する。言っている内容は最悪だが。

八幡「うぜぇ……殴りてぇ……」

いろは「私は使えるものは何でも使いますから♪」

八幡「俺はお前の所持品じゃない」

いろは「でも、こう言ったら、先輩は無視できないですよね?」

八幡「くっ……」

ぼっちは目立つ事を望まないし、もっと言うなら、周りからの目の敵になるのは、最も避けなければならない事態だ。

俺には全校生徒を相手にして戦争を起こせるような力も、人脈も、コミュ力もない。かと言って学校中の人間が敵になってもどうにかやっていけるとは思えない。

つまり、今、一色いろはは、この俺を社会的に殺す事ができるという事だ。

まさかこいつを生徒会長にしたせいで、こんな状況になるとは。やはり行動とは、もっと考えてから実行すべきである。今後の教訓としよう。

八幡「……わかったよ」

いろは「えっ、本当ですか!?」

八幡「この状況で断れるわけねーだろ。ぼっちの最大の弱点を突きやがって」

いろは「えへへー」

八幡「褒めてない」

いろは「まぁ、先輩にどう思われようと、関係ないので。さぁ、じゃあ私の教室に行きましょうか?」

八幡「無理だな」

いろは「さっきと言っている事が違いますよ!?」

キーンコーンカーンコーン

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。結局昼食は食べられず仕舞いだ。

八幡「ま、そういう事だ」

いろは「まさか……これ狙ってました……?」

八幡「いや、偶然だ」

もちろん狙ってた。どう断ろうとも結局断りきれなくなるのは、わかっていたし、ならせめての時間稼ぎに賭けた。ベットは俺の昼食。腹減ったなー。

いろは「……いいですよ、まあ。じゃあ、放課後お願いしますね?」

八幡「おう、わかった」

さて、どうやって次は切り抜けるか……。

八幡「何も思いつかなかった……!」

いろは「逃げようと思っても無駄ですからね?」

八幡「おい、まだ教室内なんだから喋んな。変な声が聞こえたら怪しまれるだろうが」ヒソヒソ

いろは「そこは問題なしです。誰も先輩の事なんか見てませんし」

八幡「……否定は、できないな」ヒソヒソ

そうだ、戸塚がいるじゃないか! ……あっ、もう部活に行ってる。この世には神も仏もない。

いろは「なので、早く行きましょう!」

八幡「それでも大声はやめてくださいお願いします」ヒソヒソ

オンナノコノコエシナカッター? エーナンノコトー? イロハスー

いろは「じゃあ、お願いしますね♪」ヒソヒソ

八幡「…………」

もうやだ、お家に帰りたい。

八幡「……ここか」

いろは「そうですね」

八幡「てかお前いなくなったって事になってるんだよな。よく騒ぎにならないものだ」

いろは「サボったと思われたんですかね」

八幡「一応生徒会長だろ、お前は」

いろは「不真面目な生徒会長なんていっぱいいますよ」

八幡「あんなの漫画の中にしかいないからな?」

いろは「……また時間稼ぎしてますね? もう騙されませんよ?」

やはり同じ手段は通用しないか。もう手詰まりだし、覚悟を決めるしかない。

八幡「えーっと、何て名前?」

いろは「鈴木です」

うわー、てきとーな名前。

八幡「了解」ゴホンッ

八幡「すぅーはぁー」

ガララ

八幡「すんません。鈴木さんっていますか?」

ニネンノセンパイ? ナンデコンナトコロニ? イロハスー

鈴木「はっはい……私……ですけど……」

八幡「少し聞きたい事があるんだが……いいか?」

鈴木「はい……」

八幡「……一色についてだ」

鈴木「!!」ビクッ

動揺の仕方が尋常じゃない。これは……クロだな……。

八幡「昼あたりからいなくなっているらしい。何か知らないか?」

鈴木「いえ……私は何も……」オドオド

八幡「はぁ……」

この聞き方じゃ何も言うわけないよな。仕方ない。奥の手だ。

八幡「じゃあ、あの呪文は何だ?」

鈴木「!!」ビクゥッ

比企谷家奥義! カマイタチ!!(ただのかまかけ)

八幡「告げる……とかなんとか言ってたよな」

鈴木「あ……」サー

彼女の顔が青ざめていく。それで仮定は確信に変わった。こいつは、一色のペンダント化に関わっている。

もしも無関係であるなら、呪文詠唱などという痛々しい姿を見られた恥ずかしさで顔が赤くなるはずだ。

八幡「お前が……やったのか?」

鈴木「私は……何も……知りません……!」ダッ

八幡「あっ……」

タタタタタタタタタ……

八幡「……とりあえず犯人はわかったな。ほぼ確定だ」

いろは「そうですね……。ただ、それ以外の情報は得られませんでしたけど」

鈴木が何をしたのか、それがわかっていない限り、手の打ちようがない。

八幡「どうする? 帰る?」

いろは「どうしてこのタイミングでその選択肢なんですか!」

八幡「むしろベストなタイミングだろ」

大体奇妙系の話の一日目は何も得られずに終わるものなのだ。

八幡「もう何もできないしな」

いろは「じゃあ私はどうすればいいんですか!? こんな状態で家に帰れないですよ!!」

八幡「あーそうだなー」

いろは「うわーすごいどーでもよさそー」

八幡「もう正直に親に言ったらどうだ?」

いろは「それも嫌ですよ! なるべく多くの人に知られずに私は元に戻りたいんです!」

八幡「わがままだな……」

いろは「だって正直、親って面倒臭いじゃないですかー」

確かにめんどい時あるよな。同意はするが、生徒会長のセリフじゃねぇよ。少しは立場考えろ。職権は振りかざすくせに。

八幡「だからと言って今日中に解決しろなんて無理だぞ。あまりにも時間と情報が足りなすぎる」

いろは「……じゃあ、しょうがないですね」ケイタイピッ

八幡「!?」

いろは「ん、どうしたんですか?」

八幡「何で携帯持ってるんだ……?」

ペンダントの中の一色は携帯電話を手にしている。

いろは「あー、ペンダントになる時に一緒になっちゃったみたいですねー」ピピピ

八幡「一緒になっちゃったって……」

いろは「さて、親にメールは送りました!」

八幡「はっ?」

いろは「これから数日、友達の家に泊まると!」

八幡「なるほど、その友達にお前を渡せばいいんだな?」

いろは「えっ、違いますよ。先輩の家に泊まるんです」

八幡「はい?」



今日はここまでです。
支援レスありがとうございました。
てかほとんど同じ人じゃないか……!(驚愕)本当にありがとうございます!
おやすみなさい。
P.S.
かなりのんびりな進行で書いていますが、もう少し展開早くした方がいいですかね?

こんばんは。作者です。
職権乱用は正しくは濫用みたいですね。乱用も一応使えるらしいですが。勉強になりました(笑)
あと、今回の話には別作品のキャラが一人だけですが、登場しますのでご了承ください。
あと、戸塚はその存在自体がもう奇妙なんで、ネタが思いつかないです。



↓本編



八幡「どうしてそうなるんだ?」

いろは「だって今の状態知ってるの先輩だけですし~。こういうの頼めるのも先輩だけなんですよ~」

八幡「だからあざといんだよ。で、誰に渡せばいいの?」

いろは「誰にも渡さずにこのまま持って帰ってください♪」

状況が状況ならかなりすごいセリフなのではないか? はぅ~お持ち帰りぃ~! 何で戸塚じゃないんだ。

やはり俺の世にも奇妙な物語はまちがっている!

いろは「何だかんだ文句言いつつ先輩は助けてくれるんですね」

八幡「俺の平穏な学校生活が懸かっているからな」

いろは「なるほど、捻デレってやつですね」

八幡「……お前小町に会った事あるの?」

いろは「こま……ち……?」

八幡「あーないならいいや」

いろは「先輩の彼女ですか?」

八幡「彼女なんかいねーよ。妹だ。世界一可愛い俺の妹だ」

いろは「あー、あの時の……」

ポンっと手を打つ。そう言えばクリスマスイベントの時に小町いたな。

いろは「うわ……てかシスコンですか……」ヒキッ

八幡「なぜ人は兄妹愛を否定するのか……」

いろは「先輩だからじゃないですか?」

八幡「元凶俺かよ」

八幡「……頼むから声は出すなよ。うちは大体静かだから、少しでも喋ると小町あたりに聞こえる」

いろは「私はその小町ちゃんには会ってみたいなー。先輩の妹って興味がわきますし」

八幡「絶対に会わせん」

多分この二人意気投合しそうだし。小町がこんなやつに汚されていくなんて、八幡耐えられない!

いろは「何ですか、その思春期の娘を持つ父親みたいな言い方は」

八幡「まぁ、兄だからな」

いろは「普通兄って妹の事を嫌悪しません?」

八幡「あーそれよく聞くな。リアルの妹はクソだとか何とか」

いろは「じゃあ何で先輩は?」

八幡「俺の妹が小町だからだ」キリッ

いろは「……やっぱり気持ち悪いです」

ガチャッ

八幡「ただいまー」

小町「あっお兄ちゃんおかえりー」

いろは「お邪魔しまーす」

小町「えっ?」

いろは「あっ」

八幡「」

小町「お兄ちゃん、今変な声しなかった?」

八幡「そうか? 何も聞こえなかったが」

小町「そうかなぁ……今確かに何か聞こえたような……」

八幡「勉強のしすぎなんだろ。ほら、コーヒー入れてやるから、リビング行け」シッシッ

小町「あーうん。じゃあお言葉に甘えて」テテテ

ふぅ、危なかった……。ホッと胸を撫で下ろしながら、胸ポケットに入っているペンダントを手の甲で圧迫する。

ギギギ……

いろは「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい痛いですやめてくださいごめんなさい」ヒソヒソ

in 八幡's room



いろは「うわー、ここが先輩の部屋ですかー。つまんないですねー。必要最低限なものしかないじゃないですか」

八幡「悪かったな。特に趣味もねーし」

いろは「しかしさっきのは痛いですよ……」サスサス

八幡「お前はニワトリか。三歩あるいたら何でも忘れちゃうのか」

いろは「いやー、癖って怖いですね~。よその家に入るとつい反射的に言っちゃうんですよね~」

八幡「礼儀正しいアピールはやめろ。あざとい」

いろは「先輩、最近何でもあざといと言えばいいと思ってません?」

八幡「ナンノコトダカサッパリ」

いろは「図星なんですね……」

八幡「しかし……どうなってんだこれ」ジャラッ

どう見てもただのペンダントだ。喋るのと、写真が動くの以外は至って普通。――いや、それ普通じゃねぇな。

いろは「そんなジロジロ見ないでくださいよ……恥ずかしいですし……」

八幡「別にお前を見てるわけじゃねぇ」

いろは「それでもですよ。今の私このペンダントから見えるもの全部見えるんですから」

八幡「?」

いろは「あー、何て言えばいいんですかねー。何か球状に360度全部見えちゃうんですよ。例えるなら、プラネタリウムが下にもあって全部一気に見えちゃうみたいな」

八幡「へーそうなのかー便利だなー」

いろは「すごい棒読みですねー」

いろは「とりあえず、だから先輩からは私が見えない時も、私からは先輩の顔が見えちゃうんですよ。しかも360度見えるせいで、こっち見ると確実に目が合っちゃうんですよ!」

八幡「そうかー大変だなー」

いろは「先輩ちゃんと聞いてませんよね!?」

八幡「そんなのより元に戻る手がかりを探す方が先決だろ。悪いが我慢してくれ。俺の腐っている眼に免じて」

いろは「それむしろマイナスですよ?」

八幡「うっせ、窓から投げんぞ」

いろは「それだけはやめてください。ちょっとの高さから落ちただけで結構痛いので」

八幡「そういや、それについて気になってたんだけどさ」

いろは「何ですか?」

八幡「落としたりすると痛いんだよな?」

いろは「そうですよ。だから丁寧に扱ってくださいね?」

八幡「……じゃあ、触覚もあるのか?」

いろは「?」

八幡「だから、このペンダントに俺が触ったりすると、お前にその感覚が伝わるのかって事だ」

いろは「……そういうのは、ありますね」

八幡「マジかよ……」

いろは「ちなみに先輩は今、ペンダントの裏の方を擦ってますけど、そこ触られると私のある部分が触られたように感じるんですよね」

八幡「な……」

いろは「……お尻です」

八幡「うおっ!?」ポイッ

いろは「きゃっ!?」

ガンッ!

いろは「痛っ!」

八幡「す、すまん……。大丈夫か?」

いろは「丁寧に扱ってって言ったばかりなのに……」

八幡「わ、悪い……。まさかそんな事になってるなんて知らなかったものだから」

いろは「えっ、何の事ですか?」

八幡「はっ?」

いろは「えっ?」

八幡「…………」

いろは「…………」

八幡「一色」ギロリ

いろは「はっはいっ!?」

八幡「正直に答えてもらおうか」

いろは「なんれしょうか……?」

いろは(先輩が怖くて噛んじゃった)

八幡「本当に今のお前に触覚があるのか?」

いろは「もちろんあるに決まって――」

八幡「……!」ギロッ

いろは「ごめんなさい嘘です先輩をからかいたかっただけです」

八幡「そうか……」スッ

いろは(……許してもらえたのかな?)

ウワーヤメテクダサイセンパイー

ウルセェホンキデニカイカラオトスゾ

キャータスケテー

バカオオゴエダスナ

小町「……お兄ちゃん。そういうゲームは妹に聞こえないようにしてやってくれると、小町的にポイント高いんだけどな……」



今日はここまでです。
支援レスありがとうございました。
おやすみなさい。

投下します。



八幡「小町」

小町「なに?」

八幡「お前の周りで呪いみたいな噂って聞いた事あるか?」

小町「どうしたの、いきなり」

八幡「教室でその類の話を聞いて、少し気になったんだ」

小町「うーん……あっ」

八幡「あるのか?」

小町「呪いじゃなくて、おまじないならね」

八幡「おまじない?」

小町「うん、おまじない。好きな人と両思いになれるとか、いい事が起こるとか、そんな感じのおまじない」

八幡「そういうのってよくあるだろ。特に女子の間じゃ」

小町「そうなんだけどね。ただ、ちょっと普通じゃないんだ」

八幡「普通じゃないって?」

あれか、どこぞの部族みたいに変な音楽に合わせて変な踊りをしたりするのか?

小町「おまじないの存在自体の噂はあるんだけどね、その具体的な内容は絶対に出回らないの」

八幡「……つまり、そういうおまじないがあるって噂はある。でも何をすればいいかは誰も知らないと」

小町「そういう事。それにおまじないと言っても良いものばかりじゃないし。誰かに悪い事が起こりますように、みたいなのもたくさんあるって聞いた」

八幡「なるほど、それが呪いみたいだと」

小町「うん。まぁ小町にはあんまり関係ないんだけどね」

八幡「そうなのか? むしろ被害に遭いそうだろ」

女子とかには嫌われそうな気がする。もしもいじめられたりしたら俺がそいつらを殺しに行くがな。

小町「お兄ちゃん、小町を甘く見てもらっては困るよ? お兄ちゃんと違って小町はいろんな人と仲良くできるし、嫌われたりしないから」

八幡「自分で言うな」

そういう意味では俺も問題ないか。スクールカースト最底辺に属する俺をわざわざ呪おうなんて思うやつはいない。誰かへの嫌悪の感情は、自分以上の人間に対して発生する。自分より下の人間は呪わなくても、自分のプライドを満たすための道具という役割を果たしているのだから、そんな事しなくて良い。

小町「雪乃さんとかに呪いがかかったりしたの?」

八幡「そんなんじゃねーから、安心しろ」

かかったのはお前の知らない人間だからな。嘘はついていない。

八幡「そうか……」

小町「小町はあんまり知らないけど、友達なら知ってるかもしれないし、聞いてあげようか?」

八幡「……頼む」

小町「…………」

小町はジッと俺の目を見つめる。

八幡「何だよ?」

小町「……今は聞かないけどね」

八幡「はっ?」

小町「お兄ちゃんが小町に何を隠してるか、今は聞かないでおいてあげるよ。ただ、もしも話せる時が来たら、話してくれると嬉しいな」

流石は俺の妹だ。何もかもお見通しってわけだ。まぁ、むしろバレて当然だわな。

いろは「何話してたんですか~?」

部屋に戻るとペンダントから声がした。

八幡「別に、ただの世間話だ」

いろは「妹相手に?」

八幡「今日学校どうだったとかそういう話だ。どうでもいいだろそんなの」

いろは「家での先輩ってちょっと気になるじゃないですか」

八幡「学校と変わらねぇよ。本読むか、ゲームするか、寝るか」

いろは「それ退屈じゃないですか? もっと外に遊びに行ったりした方が楽しいですよ?」

八幡「その楽しみよりも、家にいる方を選ぶね。外出るのダルいし」

いろは「将来は引きこもりかニートですね」

八幡「わかってないな。俺の第一志望は専業主夫なんだよ」

いろは「それでも、意地でも外に出たくないんですか……。やっぱり先輩はクズですね」

八幡「何とでも言え。俺はそんな自分を愛しているからな」

次の日の朝。

八幡・小町「「いただきます」」

そう言って朝食を食べ始める。少し経って小町は話しかけてきた。

小町「お兄ちゃん、あのおまじないについて友達にメールで聞いてきたんだけどね」

八幡「おお」

小町「結構あれ、酷い」

八幡「酷い?」

小町「うん、すごくね。あと、どうしておまじないの内容が明るみに出ないのかもわかった」

八幡「ほう」



作者、少し離脱します。

再開します。



小町「おまじないの専門家みたいな人が、千葉にいるみたいでその人が広めてるらしいよ」

八幡「つまり、そいつが犯人なのか」

小町「元を辿れば、だけどね。ただ、あくまでもその人は方法を教えるだけで、直接手を下すわけじゃないみたいだから、微妙なところなんだよね」

八幡「なるほど、で、酷いというのと、具体的な内容がわからないのは?」

小町「どっちも理由は同じで、その人はおまじないを教えるのにお金を取るみたい。中学生には高すぎる料金で」

八幡「いくらくらいだ?」

小町「五万くらいって言ってた」

そりゃ中学生には酷すぎんだろ。

小町「それでもおまじないの効果は絶大だって知っている人は知っているから、そのためになけなしのお小遣いを使っちゃったりするみたい。中には親の物を勝手に売ったりしている子もいるとか」

八幡「だから内容は絶対に出回らないのか。大金を出して得た情報を、わざわざ誰かに教えたくないからな」

小町「うん。それにおまじないを使ったなんて事も、誰にも知られたくないし。もしもこれがタダだったり、安かったりしたら、他の人から聞いたって誰かに言って、そのまま噂になるんだろうけど」

結果的におまじないの価値は上がり、多くの人間が金を持ってくるのか。

八幡「策士だな、そいつ。金稼ぎの才能がある」

小町「……真っ先にその考えに至るお兄ちゃん、小町的にポイント低いよ」

八幡「さて、と」

いろは「何をするんですか?」

八幡「今日は学校サボる」

いろは「ええっ! どうしたんですか!?」

八幡「ちょっと出かけるからな。お前にもついて来てもらうぞ」

いろは「それは、別にいいですけど……。ずっとここにいても動けないから暇ですし」

八幡「あと、一つ頼まれて欲しい」

ガタンゴトン

エーツギハーフナバシーフナバシー

いろは「……先輩」

八幡「…………」

いろは「すごく……目立ってるんですけど……」

ナニアノカッコー シッミチャイケマセン アンナフクドコニウッテルンダロー イロハスー

八幡「お前が選んだんだろ」

いろは「一番ボロボロに見えるのって条件付けたの先輩じゃないですか」

八幡「俺にも考えがあるんだよ」

いろは「どんなのかはわかりませんが、その継ぎ接ぎだらけの学ランは、ないですよ。と言うかよくそんな物を持っていましたね」

中二病時代の名残だ。あの頃の俺はこれがカッコ良いと思ってたんだよ。今思うと本当にわけがわからない。

八幡「もう静かにしていてくれ。これ以上目立ちたくない」

いろは「これ以上ないくらいに、目立ってますよ」

八幡「黙ってろ。今度は窓から電車の外に投げんぞ」

いろは「ごめんなさい」

八幡「……着いたな」

いろは「何ですか、このボロビル?」

八幡「少し会う人がいてな。一色、お前はこれから何があっても声を出さないでくれ」

いろは「……わかりました」

コツコツ

薄暗い階段をゆっくり上る。この先にいるのは、一色をこんな目に合わせた張本人だ。

コンコン

扉を二回ノックして取手を回す。

??「……客か?」

男は扉とは反対方向を向いていたが、俺が入って来た事に気づくと、こちらを向いた。俺は後ろ手で扉を閉めながら、中にいる男の顔を睨む。

??「阿良々木……じゃないな。誰だ、お前は?」

小町から聞いて調べたおかげで、こいつの名前は知っている。

貝木泥舟。

この男は、詐欺師だ。

貝木泥舟とは、西尾維新作の〈物語〉シリーズの登場人物である。
作中では、偽物語「かれんビー」から登場。喪服のような漆黒のスーツと、ネクタイ姿の中年の男。
職業は「詐欺師」であり、人を騙すことで生計を立てている。相手が、たとえ女子供であろうとも騙すことを厭わない。

ニコニコ大百科より抜粋

貝木「俺のところに男が来るとは珍しいな」

八幡「…………」

貝木「何だ、お前もおまじない目当てで来たのか? だとしたら、ずいぶんメルヘンな奴だ」

八幡「そんなんじゃねぇ。あんたに聞きたい事があって来たんだ」

貝木「聞きたい事か、そうか。俺はお前に教えたい事はないんだがな」

八幡「そりゃそうだろうよ。あんたは俺の事なんか知らないし。ただ、質問をするくらいはいいだろう?」

貝木「で、何だ、お前は俺に何を話して欲しいんだ?」

八幡「これについて」

俺は胸ポケットに入れていたペンダントを見せる。一色に再三忠告した理由はこれだ。下手に声を出されても話をややこしくするだけだ。

貝木「それがなんだ? 俺に関係あるのか?」

八幡「俺の知り合いがある日突然、このペンダントに変えられた。あんたならその原因を知っているんじゃないのか?」

貝木「そのペンダントの秘密を知りたいか? 教えてやる。金を払え」

八幡「いくらだ?」

貝木「諦めろ。マトモな制服も買えないようなお前には払えん」

八幡「いいから言ってみろよ。盗んででも払ってやる」

貝木「じゃあ三万だ。お前には無理だろう?」

八幡「…………」ヒラッ ユキチフタリトノグチジュウニン

貝木「ほぅ。よくそんな金を出せたな」

八幡「あんたが金次第で動く人間だってのは知ってたからな。かき集めてきた」

貝木「なるほど。……いいだろう。その努力に免じて話してやるとしよう」

八幡「ふぅ……」

いろは(先輩もなかなか外道だな~)

貝木「それに関して言ってしまえば、普段俺の関わっているような、現象とは無関係だ。本当にただのおまじないや魔法みたいなものでな」

八幡「…………」

貝木「そうだ、その前に名前を聞いておこう。俺の事をそこまで知っているという事は名前まで知っているのだろう? なら、そっちの名前を聞かなければフェアじゃない」

八幡「……知らない人に個人情報は漏らすなってかーちゃんに言われてるんで」

貝木「ならこの契約は破棄だな。金は返すがそのペンダントについては何も話さん」

八幡「……比企谷八幡」

貝木「じゃあ比企谷。説明するとだな、そのペンダントはどこかの誰かが作り出した呪術の結晶だ」

八幡「呪術……呪い……?」

貝木「まぁそんな解釈でいい。その呪いにかかった人間は、どんな仕組みか知らんが、ペンダントに閉じ込められる。滅多に成功しないんだがな」

八幡「ペンダントから出すには?」

貝木「……それを作った誰かは相当夢見がちな奴だったらしい。そして恐らく女だ」

彼は急に言葉を濁し始めた。

八幡「?」

貝木「あくまでも俺は誰かが作ったりした物を横流ししているに過ぎん。だからこれは俺の趣味ではない」

八幡「はっ?」




八幡「結論を早く言え」



貝木「そのペンダントに接吻する事だ」



八幡「えっ?」



貝木「その呪いを解くには、呪いのかかった人間の心を満たす必要がある」

貝木「そもそも心が満たされた人間に呪いは効かないからな」

貝木「だからそれに最も効率的らしい接吻が呪いを解く唯一の方法だそうだ」

八幡「いや……それは……」

貝木「きっとこれを作った人間は某夢の国のファンだったんだろうな」

千葉にもテーマパークありますね、それ。何で千葉なのに『東京』ってついてるんだろ。あとららぽも。

貝木「話す事は全部話した。じゃあな、比企谷八幡。もう二度と会う事もないだろう」

八幡「ま、待て! 本当にそれ以外に方法はないのか」

貝木「ないな。あぁ、二つ言い忘れた。接吻の場所はどこでもいいわけではなく、その人物の口にちゃんとしなきゃいけないのと、その接吻の相手は、呪いの対象が好意を抱いている相手じゃないと意味がないとか。本当に、どこまでもファンタジーだな」ガチャッ

八幡「それかなり重要なところだろ……」

貝木「じゃあな」ガチャン

貝木はそう言いながら部屋を出て行った。慌てて追いかけたが、もうそこに彼の姿はなかった。

八幡「……まぁ俺には関係ないな」

だって、後は葉山に任せればいいんだし。

八幡「……というわけだ。わかったか?」

いろは「先輩の性格の悪さは」

八幡「最近石とか投げてないなー」ブンブン

いろは「すいませんやめてください」

いろは「しかし……だからそんな服だったんですね」

八幡「あいつが相手によって金額を変えるようなやつだとわかっていたからな。俺からじゃ三万でも巻き上げられないと高を括ってたんだろ。普通の服装で行ってたら、二十万くらい請求されてたんじゃねぇの?」

いろは「先輩がめついですね」

八幡「あとであの三万払えよ?」

いろは「さすが先輩! 知能犯!」

八幡「それ褒めてねぇから」

八幡「じゃあ、葉山によろしく言っといてくれ」

いろは「えっ? 何を言っているんですか?」

八幡「逆にお前が何言ってるんだ? もう俺にできる事はないだろ」

いろは「まぁ……それは、そうですね」

八幡「お前は葉山が好きなんだろ? なら、あとの仕事は葉山のだ。前も言ったが、あいつなら絶対に助けてくれる」

いろは「でも、そんな、葉山先輩に、その……」

八幡「……あっ」

そう言えば……。

八幡「……すまん」

いろは「ようやく気づいたんですね」

八幡「ああ……」

そう言えば、冬休み前にディスティニーランドに行った時にこいつ、葉山に振られてたっけ。そんな状況でキスしろなんて頼めねぇよな。

八幡「……まいったな」

いろは「まいりましたね……」

八幡・いろは「「はぁ……」」

いろは(先輩)

いろは(私は、この数週間、いろいろ考えてきたんです)

いろは(あの時、葉山先輩に振られちゃいましたけど)

いろは(正直、めちゃくちゃショックってわけでもなかったんです)

いろは(もちろん直後は泣きそうでしたし、胸なんか張り裂けそうなくらい痛かったですよ)

いろは(それでも……時間が経つにつれて、そこまで傷ついてなかったと思うようになったんです)

いろは(ああなるのがわかっていたからなのかもしれませんけれど)

いろは(もしかしたら、恋に恋していただけだったのかもしれません)

いろは(先輩は本当に良い人です)

いろは(どんな人だって助けてしまう)

いろは(きっと傷つく、という事が何なのかを知っているから)

いろは(その痛みがどんなものか知っているから)

いろは(だから先輩は、みんなを助けたいと思ってしまうんでしょうね)

いろは(先輩は本当に優しい人です)

いろは(……もしいつか、私が本当に誰かを好きになるなら――)

いろは(――その時は、その相手が先輩みたいな人だったらいいなぁ、なんて思ったり)

いろは(もちろん言えませんけどね)



今日はここまでです。
支援レスありがとうございました。
お前ら貝木に気づくの早過ぎんよ(笑)
あともう少しで終わりですが、最後までごゆるりとお付き合いください。
それでは、おやすみなさい。

八幡「しかしどうすんだ、これ」

いろは「葉山先輩には……頼みづらいですよ……」

八幡「でもあいつ以外じゃ無理なんだよな」

いろは「…………」

ペンダントの中の一色は俯いている。確かに現状は笑えないから、仕方もない。

キスねぇ……。妄想では何回もした事あるけど、リアルでやった事なんかねぇよ。口すら童貞とかワロス。いや、ワロエナイ。

専業主夫を目指す俺には大きすぎる壁だ。

八幡「間接……とかは?」

いろは「先輩黙り込んで何を考えていたかと思ったら、そんな事を妄想していたんですかごめんなさい正直気持ち悪いです」

八幡「お前のために考えたくない事も考えてるんだろうが……」

いろは「で、間接ってどうやって?」

八幡「しかもスルーかよ。そうだな……葉山の使っていたペットボトルをゴミ箱から取るとか」

いろは「うわ、気持ち悪いですね」

八幡「…………」

いろは「それ誰かに見られたらどうするんですか?」

八幡「心配ない。俺も同じタイミングでジュースとかを飲み、葉山の直後に行けば怪しまれない」

いろは「どうしてそういう事に関してだけ、異様に頭が回るんですか?」

八幡「はっ。キングオブぼっちなめんな。お前らが所謂『お友達』とペチャクチャ喋っている間、無限の可能性について考えてんだよ。無限って言うくらいだから、終わりはないしな。それだけで一生を終えられるレベル」

いろは「つまり、こういう事態が来たら、みたいなのを考えていたと」

八幡「…………」

いろは「うわ……」ヒキッ

八幡「何か問題あるかよ」

いろは「もう吹っ切れちゃいましたね」

八幡「妄想くらいしたっていいだろ。どこぞの誰かさんみたいに形には残してないんだからな」

いろは「……それ誰ですか?」

八幡「夏でもコートを着ているようなバカだ」

いろは「あー」

わかっちゃうのか。あいつ後輩にまで知られてんのかよ。よかったな、ちょっとした有名人になってるぞお前。意味合い的には野々村っぽいけど。ダレガヤッテモオンナジヤオンナジヤオモテー。

……やべぇ、どっちが野々村でどっちが材木座かわからなくなってきた。

いろは「その方法を取るにしても、今日は無理ですよね……」

八幡「む……」

時刻は昼を過ぎたところ。今から行ってもいいが、平塚先生にドヤされるのは勘弁だ。今日は腹痛で行けなかった事にしよう。それがいい。それだけでいい。なんか混ざってんな、平塚先生繋がりか? ……本当に何言ってんだ、俺。

八幡「そうだな……。やれる事もないし、もう帰るか」

いろは「なら、どうせ外に出たんですし、遊んで行きましょうよ!」

八幡「断る」

いろは「却下です♪」

八幡「なん……だと……?」

俺の秘技、即答拒否を即答拒否で返すだと……?

いろは「先輩がそう言うのわかってましたし」

八幡「くっ……!」

そこまでこいつは俺の言動を理解してんのかよ……。わかってるなら、帰らせてくれ。

いろは「私もこんな状態ですし、カラオケ行きましょう!」

八幡「断る」

いろは「却下です♪」

八幡「それでもダメだ」

いろは「大声出しますよ?」

八幡「」

いろは(先輩、案外押しに弱いんですよね~)

八幡「……そして、本当にカラオケか」

いろは「最近は一人カラオケも立派な趣味として認められているからいいじゃないですか」

八幡「むしろそれが嫌なんだよ」

いろは「?」

八幡「一人で何かをするのは多くの人間が嫌がる。逆に言えば俺はそれができる自分を誇りに思っていたわけだ」

いろは「は、はぁ……」

八幡「だが今やヒトカラブーム? ヒトカラ専門店? ふざけるな。みんながやったらそれはもう一人じゃねぇんだ」

いろは「一見カッコ良い事言っているようで、よく考えるとカッコ悪いですね」

八幡「最近じゃ、ヒトカラに行くのに友達を誘う輩もいるらしいな。大人数で無駄に個室を埋めるんじゃねぇ。本物のぼっちは一人でしかカラオケなんか行けねぇんだよ! リア充どもは十人くらいで大部屋使ってウェイウェイやって、爆発しろ!」

いろは「最後のはただの先輩の願望ですよね」

八幡「80000番……80000番……」

いろは「ここってそんなに部屋の数あるんですか……?」

八幡「ない。だから他は三桁とかなのに、ここのカラオケはなぜか一つだけ80000番がある。この番号はマイノリティーなぼっちの鏡だな」

いろは「呪われてたりするんですかね」

八幡「むしろ、八幡大菩薩の恩恵があるんじゃねぇの? ……おっここだ」

いろは「うわ……本当にここだけ五桁もある……」

ニモツヲヨッコイショウイチ

八幡「よしと……ドリンクバー取りに行くか」

いろは「先輩、私はいろはすのみかんので」

八幡「どうやって飲むんだよ。あと、そんなの置いてねぇよ」

八幡「…………」ピッピッ

いろは「…………」ジー

八幡「…………」ピッピッ

いろは「…………」ジー

八幡「……ジロジロ見ないでくれない?」

いろは「他に見る物もないんですよ! あと、早く曲入れてください!」

八幡「えっ、お前が来たいって言ったから、お前からじゃねぇの?」

いろは「どうやって曲入れるんですか!」

八幡「代わりに俺が入れればいいだろ。てか、それよりもどうやって歌うの?」

いろは「ああ、そうですね……。じゃあマイクをテーブルに置いて、その前に私を置いてください」

八幡「……それ、ハウらないか?」

いろは「その辺の角度の計算はお任せします♪」

八幡「俺の数学の成績なめんな」

いろは「つまらないです早くしてください」

八幡「……はい」


八幡「……で、何入れりゃいいの?」

いろは「先に歌わせてくれるんですか?」

八幡「そもそも俺は乗り気じゃねぇしな。歌いたいやつが歌え」

いろは「それじゃ――」

~♪

八幡「…………」ポカーン

いろは「せ……先輩……。どうだったでしょうか?」

八幡「ちょっと、いやかなりビックリした。お前、めちゃくちゃ歌、上手いのな」

いろは「えっそれ口説いてます? ごめんなさい無理です」

八幡「だからなぜそうなる……」

八幡「ちげぇよ。純粋に上手いと思っただけだ」

いろは「そうですか! 上手かったですか!」

八幡「あぁ、少なくとも材木座よりはよっぽど上手い」

あいつ、声は良いんだけどな。

いろは「それあんまり嬉しくないですよ……」

八幡「いや、すごい褒めてる。こんなに褒めてる自分を褒めたいくらい褒めてるぞ」

いろは「それ途中から褒める相手変わってるじゃないですか!」

いろは「まぁ友達とかとよく来ますしね~。回数が多ければ自然と上達するものです!」

八幡「なるほど。俺が下手な理由はそこにあったのか」

ぼっちは基本カラオケとか行かないしな。家での鼻歌で十分。小町に聞かれる可能性があるのが、唯一のデメリットだ。

いろは「じゃあ先輩も一曲どうぞ♪」

八幡「人前で歌うの嫌なんだよな……トラウマあるし」

いろは「どんなのですか?」メガキラキラ

八幡「何でそんなに興味津津なんだよ……」

いろは「先輩の目がそんなに腐るまでのプロセスって気になるじゃないですか」

八幡「お前本当に性格悪いぞ」

支援レスありがとうございます!



以下、回想

あれは中学二年の時の事だ。

五月のあたまらへんにある遠足の後、クラス全員での打ち上げがあった。選ばれたのは察しの通り、カラオケ。

誘われて行ったのはいいが、俺は一曲も歌わず、二時間という時間を誰とも話さずに浪費した。

ふと、クラスの中心人物が言った。

リア充「比企谷くん、だっけ? まだ一曲も歌ってないけど、まだ歌わないの?」

これが悪魔の囁きだと、この時の俺は純粋だから気づいていなかった。

俺は最初は遠慮したが、そのリア充の言葉に負け、選曲の機械を手に取り、この場で歌っても浮かないようなリア充が好みそうな、J-POPの曲を選んだ。

リア充「おっ、次は比企谷の番か」

八幡「そ……そうだな……っ」

人前で歌う緊張に飲まれ、俺は周りの違和感に気づいていなかった。今にしてみれば、俺以外のクラスの誰もがニヤニヤしていたのは、不自然以外の何物でもなかったのに。

ジャジャッ ジャジャッ ジャジャッジャッジャー

伴奏が始まる。その瞬間に――

女子A「あっ、私トイレに行ってくる」スッ

女子B「私も私も~」スッ

ハナレテルキガシナイネ キミトボクトノキョリ

男子A「おいB行こうぜー」スッ

男子B「おう」スッ

ボクラハイツモイシンデンシンー フタリノキョリツナグテレパシー

気づいた時には、広いカラオケルームでただ一人、ポツンと以心伝心を熱唱する俺の姿があった。

いろは「せ……先輩……っ。プップププ……」

八幡「笑うなら笑え。遠慮はいらんぞ」

いろは「アッハハハハハハハハハ!! 先輩! 最高ですよ、それ!!」

八幡「本当に他の奴らは以心伝心だったんだろうな。一糸乱れずに出て行ったし」

いろは「もう……やめてください……っ。お腹……痛い……っ!」プルプル

八幡「しかも終わった途端に全員戻って来るのな。『あれ? 比企谷くんの歌終わっちゃったの? 聞きたかったわー』だってよ。思わずいづらくて帰ったわ」

いろは「か……っ!」プルプル

一色はペンダントの中で震えていた。こっちからしたら、その姿の方がよっぽど滑稽なんだけどな。

いろは「久しぶりにこんなに笑いましたよ……」

八幡「人のトラウマを大爆笑するとか、心ないにも程があるだろ」

いろは「それでも……っ、あっまた思い出しちゃって……プッ!」

八幡「こんなのはまだ序の口だぞ? 他にもまだまだいくらだってある。十七年間生きていて、未だに日々増え続けるからな。何なら今笑われたのだってランクインしてもいいくらいだ」

いろは「まだあるんですかぁ? 正直今のだけでも自殺ものですよ?」

八幡「ふっ、甘い。このレベルならまだ少なくとも五十はあるし、これより上のレベルが二段階に渡って残っている。これがどういう事かわかるな?」

いろは「うわぁ……聞きたいですけどまた今度ですね。今は歌いましょうよ!」

八幡「じゃあ以心伝心を……」

いろは「自分でトラウマ抉るんですか!?」

基本俺のトラウマネタは相手をゲンナリさせる事が多い。というかほとんどそうだ。なのにこいつは、それを聞いて引くどころが笑いやがった。

……それが、少し嬉しかったりする。

失敗談はその場の笑いを誘う役目を担う事もある。俺はそうなる事を心のどこかで望んでいたのだろうか。

別に雪ノ下や由比ヶ浜たちの反応が嫌だっていうわけじゃない。もちろんあれだって楽しい。

ただ、他の誰とも違って――いや、こんな笑い方をする人間をもう一人、俺は知っているが――俺のトラウマ話をただ無邪気に笑って聞いてくれるこいつが――

――少し、可愛いと思う。

いろは「先輩、どうせ二人で来てるならデュエットしましょうよ!」

八幡「はっ? 何で?」

いろは「えっ、そこ聞くんですか?」

八幡「質問を質問で返すな。てか、そりゃ意味がわからんだろ」

いろは「別にいいじゃないですか~、一曲くらい~」

八幡「嫌なもんは嫌だと――」

いろは「うーん、そうですねぇ……何を歌いましょうか……」

八幡「――言っても意味なさそうだな」

フタリダーカーラー トビラアーケーテー (ヘーエーエーエー)

トビダセールーヨーイマー (イーマー)

モウー (モオー!)

フタリダーカーラー

いろは「先輩……よく声出ましたね……」ゼーゼー

八幡「くっ……。高すぎんだろ、ハンス王子……! ヘーエーエーエーの所なんか死ぬかと思ったわ……」ゼーゼー

いろは「てか先輩も……なかなか上手いじゃないですか……!」ゼーゼー

八幡「そうか……? 大した事は……ないだろ……」ゼーゼー

いろは「何だかんだ、二人ともすごい歌いましたね~」

八幡「男一人のはずの部屋から女の声がするって店員が怪しんでたぞ」

いろは「まぁいいじゃないですか~。一人分の料金で二人歌えたんですよ?」

八幡「そこは得したような気分になるな、確かに」

いろは「だからもういいんですよ♪」

八幡「何がだ。てか根本的な問題が解決してねぇだろ」

いろは「現実逃避くらいさせてくださいよ……」

八幡「自覚ありだったのか……」

そうだ、物事は何一つ解決していない。

何一つ、進んでいない。



今日はここまでです。
たくさんの支援レスありがとうございました!
本当に今日は話が少しも進みませんでした(笑)
次の分からはちゃんと展開させようと思います。
おやすみなさい。

前回の訂正

>>237
誤)気づいた時には、広いカラオケルームでただ一人、ポツンと以心伝心を熱唱する俺の姿があった。
正)気づいた時には、広いカラオケルームでただ一人、ポツンと以心電信を熱唱する俺の姿があった。

>>241
誤)八幡「じゃあ以心伝心を……」
正)八幡「じゃあ以心電信を……」


↓本編


いろは「そう言えば先輩」

八幡「ん?」

いろは「今日で奉仕部二日休んでますけど、大丈夫なんですか?」

八幡「ああ、あいつらにはちゃんと言ってあるしな。当分行けないってだけだけど」

いろは「あ、そうなんですか」

八幡「だからまだ数日は大丈夫だ。むしろ心配すべきはお前だろ」

いろは「え?」

八幡「今日帰れなかったら二日間お前は家に帰っていない事になる。それは親としても心配するだろ」

いろは「そうですね……。一応連絡は取ってるんですけど、もっても明日までです」

八幡「過ぎたら?」

いろは「私が泊まってるって事になってる友達の家に迎えに来ると思います」

八幡「……つまり、それを避けるには明日の夜までに、お前を元に戻さなきゃいけないのか……」

いろは「時間、ないですね。でも葉山先輩に……その…………スしてなんて言えないです……」カァッ

八幡「状況が状況だ。もうなりふり構っていられないし、今から学校に行くぞ。ちょうどもう少しで放課後になる」

いろは「その服でですか?」

そう言えば俺が今着てるの、あのボロボロの学ランじゃねぇか。

八幡「……流石に一回帰るわ。チャリで行った方が楽だし」

at 校門

ちょうど終わったのか、大勢の生徒が校門から出て来る。中に紛れて入ればいいので楽なはずだが……。

八幡「サボったからか、入りづれぇ……」

いろは「誰も先輩の事見てませんから、大丈夫ですよ!」

八幡「……事実だが、お前に言われるとムカつくな」

いろは「自虐ネタを使う時は、相手からバカにされるのを覚悟して使うものですよ」

八幡「くっ……何も言い返せねぇ……!」

八幡「で、俺はどこに行けばいいの? 家?」

いろは「サラッと帰ろうとしないでください。そうですね、今ならまだ部活始まってないでしょうし、グラウンドて待ち伏せというのはどうでしょうか?」

八幡「お前にしちゃまともな意見だな……」

いろは「私の事を何だと思ってるんですか?」

八幡「……まぁいーや。行くぞ」

いろは「無視ですか!?」

八幡「……行くぞ。本当にいいんだな?」

いろは「もう他に手段ないですしね……。背に腹を決めます」

八幡「よし。……おーい、葉山ー」

葉山「おや、ヒキタニくんじゃないか。俺に何か用かい?」

八幡「あぁ、そうだ。まぁ俺がって言うのはちょっと違うんだけどな」

葉山「?」

ジャラッ

葉山に例のペンダントを見せる。それを見て葉山は首を傾げる。

葉山「それがどうかしたのかい?」

……どうやって説明すればいいんだ、これ?

八幡「……えーっと、一言で言うとだな……」

八幡「……一色が、この中に閉じ込められた」

葉山「…………」

葉山「えっ?」

ですよねー、やっぱりそういう反応ですよねー。俺も最初そんなんだったし。

葉山「それってどういうことだ? 君なりの冗談なのかな? なら、笑ってあげられなくてごめん。そういうギャグはわからなくてね」

八幡「こらやめろ。昔のトラウマ思い出しちまうだろ」

懐かしいなー。みんながふざけた事を言い合ってて、俺も勇気振り絞って、渾身のボケをかましたら、普通に白けたっけ。あの時の『何やってんの、こいつ?』って視線は忘れられない。今でも思い出すと、うわあああああああああってなる。

葉山「で、本題は? その冗談のために来たわけじゃないんだろう?」

八幡「いや、本当にこれが本題なんだ。一色がこのペンダントになっちまって、元に戻せないんだ」カチャッ

ペンダントを開く。中身を葉山に見せるためだ。実際に中の一色が動いているのを見たら、嫌でも信じるだろう。

いろは「…………」

葉山「?」

いろは「……いま、先輩が言ったのは全部本当です。私がここ数日学校に来れてないのも、これが原因なんです」

葉山「!?」

葉山「ヒキタニくん!? これは一体!?」

八幡「さっき言った通り、一色がペンダントになっちまったんだよ」

うわー、この反応すごいデシャヴ。

葉山「信じられない……」

八幡「正直俺もだ」

いろは「先輩もですか!?」

八幡「こんなのより、ドッキリの看板持ってくる方がよっぽど現実的だろ」

いろは「まぁ……そうですね。私も自分がこうなってなかったら、信じられないでしょうし」

葉山「ここ数日部活に来ないと思ったら、そういう事だったのか」

いろは「はい、ご心配をおかけしました……」

葉山「いや、いろはが謝る事じゃない」

八幡「で、お前に頼みがある」

いろは「先輩、ここからは私に言わせてください」

八幡「お、おう」

俺が言う事じゃないな、よく考えたら。

八幡「じゃ、葉山。後は任せた」

葉山「えっ、ちょ、ヒキタニくん?」

いろは「…………」

一色は俺を止めない。つまり俺はここでお役御免という事だろう。明日になったら元に戻っている事を祈って、家に帰るとしよう。

葉山「比企谷」

八幡「あ?」

葉山「校門で待っててくれないか?」

八幡「いや、早く帰りたいんだけど」

葉山「いいから」

八幡「……わかった」

葉山の声が真剣味を帯びているせいで、俺は断りきれなかった。マジな顔になると恐いんだよ、こいつ。

言われた通りに校門で葉山を待つ。どうしてあんな事を言ったのか、想像できないわけではないが、それは俺の知っている葉山隼人なら決してしない事だ。

葉山は誰かを助けられるなら助けたいと思う人間だ。

それに固執するのに、葉山自身の過去が関係しているのかもしれないが、今の俺にそれを知る術はない。

少なくとも俺の今まで見てきた葉山隼人なら、一色いろはを助けるはずだ。

ただどうしてか、葉山は一色を助けない気がした。



そしてそれは、見事に的中してしまった。

十五分程待って、葉山は校門に現れた。

葉山「やぁ、ヒキタニくん」

その近くに一色の姿はない。嫌な予感が現実味を増す。

八幡「……一色は?」

葉山「……悪いが」ジャラッ

葉山はゆっくりと俺にペンダントを渡す。その中にはさっきと同じように一色がいた。

八幡「……何でだよ」

葉山「俺には、できないんだ」

八幡「だからと言ってお前がやらなかったら、一色はずっとこのままなんだぞ」

葉山「そういう意味じゃない。俺に、いろはを救う事はできないんだ」

八幡「何を言って……」

いろは「…………」

葉山「……じゃあ、俺は部活に行くとするよ。部長がこれ以上遅れたら示しがつかないからな」タッタッタッ

八幡「待てよ、なるべく早めに解決しないと――」

いろは「いいんです、先輩」

八幡「?」

いろは「……いいんです」

八幡「……ダメだったのか?」

いろは「女の子にそういう事を聞くのはデリカシーないですよ、先輩」

八幡「悪かったな……」

書き溜めが切れましたので、ゆっくりになります。ごめんなさい。



↓本編



八幡「……で、どうすんの?」

いろは「……今日も先輩の家に厄介になると思います」

八幡「いや、そっちじゃなくてだな。明日までにどうすんだよって話だ」

いろは「ああ……そうですね……。どうしましょう……」

八幡「…………」

ついさっきまであんなに元気だったのに、今の一色にはそのカケラもない。

葉山に何を言われたのかはわからないが、あまりいい返事ではなかったようだ。

いや――

――葉山は本当に一色を助けなかったのだろうか?

葉山と一色の言いぶりはどちらにも取れる。

一つは、葉山が何もせずに断ったという可能性。

もう一つは、葉山は一色のためにキスをした。

なのに、一色が元に戻らなかったという可能性。

前者ならまだ戻れる可能性が残っている。まだ慌てるような時間じゃない。

しかし、もしも後者の場合。

一色が元に戻る方法がもう何もないという事になる。

八幡「…………」

いろは「どうしましょう……先輩……」

八幡「わかるかよ、んなもん。そもそもお前らが何を話してたかも知らねぇんだからな」

いろは「……ですよね」

八幡「…………」

わからない。葉山と一色がどんな会話をしたのか。葉山は一体何をしたのか。何もしなかったのか。

しかし聞いても彼女は答えないだろう。聞いて答えるくらいなら、もう俺に言っているはずだ。

つまり、俺には言いたくない事が起きたと考えるのが妥当だ。

八幡「……どっか行きたいところでもあるか?」

いろは「妙に優しいですね……何かあったんですか?」

八幡「いつもふわふわゆるふわビッチなお前が、そんなにションボリしてたら、そりゃ不安にもなるだろ」

いろは「……そう、ですね」

どうも歯切れが悪い。いつもの一色なら前半部分でツッコミを入れるのに、それもない。これは相当重症だな。

ドンッ

八幡「あっすいません」

DQN1「どこに目ぇつけて歩いてんだぁ?」

ヤバい。関わっちゃいかんやつだ。

八幡「……すみません」

DQN1「あぁ、いてぇなぁ~。アザできちまったなぁ~」

うぜぇ、すごい喋り方うぜぇ。戸部と同じくらいうぜぇ。材木座程じゃないが。

DQN1「治療費弁償してもらおうかぁ~、あぁ~ん?」

前言撤回。やっぱ材木座よりもウザい。

こういう馬鹿にはとりあえず金を渡すに限る。ボコボコにされるよりもよっぽどマシだ。

八幡「わかりまし……あっ」

さっきの三万払ったせいで、財布ほぼ空っぽじゃねぇか!

八幡「\(^o^)/」

DQN1「さっさと金出せ言ってんのがわかんねぇのかぁ~?」

DQN2「やめなよ~。この子足震えちゃってるし~」

DQN1「こういうやつには世の中の厳しさってのを教えてあげなきゃでだなぁ」

むしろ理不尽の塊だろ。あ、それが社会そのものか。なかなか的を得てるじゃないか、このDQN。

DQN2「まぁどうでもいいけどぉ~? あっそのペンダント綺麗ねぇ」

DQN1「そうかぁ? ただの安物だろ?」ヒョイッ

いきなり、胸ポケットに入ってた一色が入っているペンダントを取られた。あまりにも唐突すぎて反応ができなかった。

八幡「!」

DQN2「そお? すごい綺麗だけどなぁ~」

DQN1「じゃあこれお前にやるわ。おい坊主、これに免じて許してやるから俺の前から消えな」

八幡「それだけは……渡せねぇ……」

DQN1「はぁ?」

八幡「返せっつってんだよっ!」ガッ

思いっきり飛びついてペンダントを取り返そうとしたが、そもそもの体格差のせいで、全く届かない。

DQN1「調子にのってんじゃねぇぞ!」バキッ

八幡「ぐっ!!」

思いっきり左頬を殴られる。喧嘩なんかした事がないから、うまれて初めての衝撃に脳が停止する。

DQN1「そんなに返して欲しいのかぁ~?」ジャラジャラ

チェーン部分でペンダントを振り子のように揺らす。今飛びつけば取り返せるのに、身体が動かない。ダメだ……このまま一色を助けられないままなのか……?



いろは「ちょっと!! 暴力をふるうなんて最低の人間がする事ですよっ!!!」



DQN1「!?」

八幡「一色……お前……余計な時にしゃべるなって……」

いろは「そんなんだからファッションセンスもダサいんですよ! 何ですかその格好、何十年前の流行りですか?」

DQN1「う……うえぇ……! 何か……変な声がする……!」

一方DQNが反応しているのは、あくまでも声に対して『だけ』のようで、内容は頭に入っていないらしい。

いろは「とっととその汚い手を離しなさい!!!」

DQN1「ひいぃっ!!!」ブンッ

恐怖のあまりDQNはペンダントを思いっきり投げた。地面に投げつけなかったのが救いで、山なりを描いてペンダントは飛んでいく。

カンカンカンカン……

ん、何の音だ? すごく聞き覚えがあるのに、それが何の音だか思い出せない。

いろは「きゃっ!!」

ついでに一色の声が一瞬聞こえる。相変わらずあざといな、お前は。

カンカンカンカン……

あぁ、思い出したわ。これが何の音か。

……これは……踏切の音だ。

ゴッガチャッカラカラ……。

ペンダントが地面に落ちる。そこは、踏切の中だ。

遠くから音が聞こえる。あと少しもしないうちに電車が来る。

一色の入ったペンダントは線路の上。

このままだと、どうなる?

八幡「くっ……!」ダッ

重い身体を無理矢理に動かし、走り出す。もう一刻の猶予もない。

八幡「はぁ……っはぁ……っ!」

カンカンカンカン……。

耳に入るのはやかましい踏切の音と、

プワーン。

電車が確実に近づいてきている音だけだ。

あともう十歩で踏切だ。中にあるペンダントは開いていてそこから一色の顔が見える。今にも泣き出しそうな顔だ。

周り360度見えるんだっけ? なら、電車が近づいてきているのが見えているのかもな。俺には見えないが。

今の俺には、一色しか、見えない。

電車の音がどんどん大きくなる。心臓の鼓動のスピードが一歩進むごとに早くなる。

間に合え、間に合え、間に合え――!!

黄色いバーをくぐり、思いっきり地面を蹴る。



八幡「いろはぁっっ!!!!!」



右手を伸ばし、もう一歩地面を蹴る。一瞬視界の隅に何か鉄の塊が映ったのは気のせいだと思いたい。

ガシッ!

掴んだ。確かに今俺は何かを掴んだ。手の中には光沢による光が見える。よかった……間に合っ……

ドンッッ!!!

いろは「……あいたたた……よかった、助かりました。先輩」

いろは「…………」

いろは「……先輩?」

ペンダントのすぐ隣に倒れている少年の頭部は、真っ赤に染まっている。

いろは「先輩、何か言ってくださいよ……ねぇ……」

いろは「先輩! 先輩!!!」

いろは「先輩っ!!!!!」



今日はここまでです。
支援レスありがとうございました。
おやすみなさい。

目をつぶって十数秒が過ぎると、鼓膜がわずかな空気の振動を捉える。

これは、音だ。音が聞こえる。耳がきこえる。HIROSHIMA?

その音はすぐに大きくなり、その正体がざわめきであることに気づく。

ザワザワ……。

光で目が潰れないかと思いながらまぶたを開くと、そこにはただっ広い何もない空間と、数えきれない程の人の姿があった。

八幡「……なっ!?」

八幡「何だよ……ここ……!」

真っ白い世界に集められた人々。十や百じゃきかない、何十万、何百万もの人が集められているように見えた。実際はもっと多いのかもしれない。

??「また会ったな。比企谷」

突然、後ろから話しかけられ、思わず全身に電流が流れたかのように震える。

八幡「!?」

その声には聞き覚えがある。――というか、ついさっき聞いたような……?

八幡「貝……木……?」

貝木「お前みたいなやつに呼び捨てされるとは酷く心外だな」

八幡「ここは……一体……?」

貝木「挨拶よりも先にまず質問か。少しくらい礼儀を知ったらどうなんだ?」

八幡「……コンニチハ」

貝木「……まぁいい。ここが何なのか知りたいか?」

八幡「知ってるのか?」

貝木「教えてやる。金を払え」

八幡「言うと思ったよ。……金なんかねぇ」

貝木「だろうな。まぁ俺も金を請求するはない」

八幡「?」

こいつが金を要求しない? 何を考えているんだ?

貝木「ここにおいて金など無意味なんだよ。いくら手に入れようが、手に入らない」

八幡「……?」

貝木「ここでは金よりもよっぽど情報の方が価値が上だ。ここで金があっても使えないからな。情報が金銭の価値の代替になっていると言ってもいい」

八幡「はぁ……」

貝木「だから俺はお前から金を取らない。その代わりに知っている事を話せと言っているんだ。それに見合うだけの情報を俺も与えよう」

八幡「とは言っても俺も何も知らないんだが……」

貝木「俺の聞きたい事は後に回す。その方が効率がいいからな」

貝木「あらら……じゃないな。比企谷、お前はここが何だと思う?」

八幡「……死後の、世界?」

貝木「なるほど、お前にはここが天国に見えるわけか。ならずいぶんとめでたい奴だ」

八幡「じゃあ逆に何だって言うんだよ……」

貝木「あくまでも俺の予想だが、臨死の世界じゃないかと俺は考えている」

貝木「臨死という言葉くらいは知っているだろう?」

八幡「ああ、死にかけ状態で生きてるとも死んでるとも言えない、みたいなやつだろ?」

貝木「そんな感じの解釈でいい。俺がここにいる奴らから聞いた話を統合すると、全員死にかけてここに来ている。車に引かれたり、高いところから落ちたりとかな」

八幡「あんたも、何かあったのか?」

貝木「職業柄危険と隣り合わせでな」

貝木は頭を指差す。何が原因かわからないが、頭をやったらしい。

貝木「お前はどうしたんだ、比企谷?」

八幡「電車にはねられた……みたいだ」

貝木「みたい……か。死ぬ理由なんて唐突でわからないものだ。気にしなくてもいいだろうよ」

八幡「別に気にしてなんかいねぇよ。ただ……」

貝木「ただ?」

……一色は無事なのだろうか。それだけが、気がかりだ。俺と違ってあいつはいろんなやつに好かれている。敵が多いのはきっとそのせいなのだろう。だから、あいつが無事であればいいと思う。あいつが死んで、俺が生き残ってしまうよりも、よっぽどいい。

八幡「……いや、何でもない」

貝木「ここはあくまでも臨死の世界で、誰も死んではいない。だからここから生きて戻るか、そのまま死ぬかは運次第って事だ」

八幡「なら、俺もあんたも死なずに済むかもしれないのか?」

貝木「そういう事だ」

できる事なら生きて元の世界に帰りたいと思う。しかし、それを恐れているのも事実だ。

もしも俺が一色を救えていなかったとしたら……。

俺は生き延びる事ができたとしても一生それを悔やみ続けるだろう。

いつか葉山に言われたっけな。

『もう、やめないか。自分を犠牲にするのは』

違う、違うんだ。

俺は誰かが傷つくのを見たくないだけなんだ。

誰かが傷つき、何かが失われた世界で生きたくない。それだけなんだ。

もしも一色が俺のせいでいなくなってしまったら、そんな自分を責めずにはいられないだろう。

だから俺はあんな無茶な事をした。それは一色のためではない。結局は自分のためなんだ。

誰かが傷つくくらいなら、自分でそれを負う。

自分の姿は、自分では見えないのだから、傷は見えない。

八幡「……俺は、戻れるのか?」

貝木「わからんな。ただもしも戻れたなら、この情報料を俺に払え」

八幡「あんたも死にかけてんだろ」

貝木「ああ、そう言えばそうだったな」

貝木は苦笑をする。まるで何かが噛み合わないような話し方だ。

貝木「お互い戻れたら払えよ? 利子はつけないでおいてやる」

八幡「……わかったよ」

参ったな。これじゃまた三万飛ぶのか? 俺の錬金術じゃ間に合わないぞ。

貝木「俺は他にも調べる事があるからな。ここでお別れだ」

八幡「ああ」

八幡「……運次第、か」

ピッピッピッ……

いろは「先輩……」

あの後すぐに病院に運ばれた先輩は、即手術を受けました。

幸いひかれた訳ではなくて、掠っただけだったみたいですけど、それでも打ち所が悪かったみたいで……。

まだ生きているみたいですが、目覚めるかどうかはわからないようです。

小町ちゃんが一番に駆けつけて、先輩がベッドでたくさんの管に繋がれてるのを見て泣き出しちゃうのを見て、胸が酷く痛みました。

私のせいで……先輩は……。

そもそも私が先輩に無茶な事を言わなかったら、こんな事にならなかったのに……。

いろは「先輩……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

自然と涙がこぼれる。これはきっと、後悔の涙だ。

いろは「先輩……どうしてあの時、助けてくれたんですか……?」

いろは「あんなの、無理だって、先輩もわかっていたはずなのに……!」

いろは「……なんて聞いたら、先輩はまた自虐的な事を言うんでしょうね。『お前の方が人から必要とされてる』とか言って」

いろは「でも、違うんですよ。先輩」

いろは「私なんかよりもずっと、先輩の方が人から好かれてるんですよ」

いろは「それに気づかないまま死んじゃったら、私、許しませんからね……!」

いろは「先輩……起きてくださいよ……!」

いろは「いつもみたいにくだらない変な事、言ってくださいよ……」

いろは「先輩と一緒にいるの、嫌いじゃなかったんですよ……?」

涙と、言葉が、止まらない。どうしても伝えずにはいられなかった。いなくなってしまったら、二度と伝えられないから。

いろは「……ずっと思っていて、言えなかった事を言いますね」



葉山『なるほど……そんな事が……』

いろは『……無理強いはできないですけど、よかったら一回だけ……なんて』

葉山『好きな相手って、言ったよな?』

いろは『えっ? あっ、はい。そうですけど』

葉山『なら、きっと俺じゃいろはを助けられない』

いろは『な、何でですか!?』

葉山『本当はいろはだって気づいているんじゃないのか? 君が本当に助けを求めるべき相手が誰なのか』

いろは『それってどういう……』

葉山『わかっていようがいまいが、どちらにしろ俺は何もしない。そもそも何もできないんだからね』

会話はそれで打ち切られた。あの時の私でも、葉山先輩の言いたい事はわかった。それを認める事はできなかったが。

それでも、今は――。



いろは「先輩は本当に良い人です」

いろは「どんな人だって助けてしまう」

いろは「きっと傷つく、という事が何なのかを知っているから」

いろは「その痛みがどんなものか知っているから」

いろは「だから先輩は、みんなを助けたいと思ってしまうんでしょうね」

いろは「……私も含めて」

いろは「先輩は本当に優しい人です」

いろは「だからなんですかね、私が――」



いろは「――先輩の事が、好きになっちゃったのは」



いろは「あーあ、言っちゃったなー。どうせ聞かれてないからいいですけど」

八幡「…………」カァァッ

いろは「」

いろは「あの……どこから……?」

八幡「俺は、何も、聞いて、ない……」

いろは「いや、嘘だってバレバレですから。それで、どこから、聞いてたんですか……?」

八幡「……謝ってたところ辺りから」

いろは「それほとんど全部じゃないですか!?」

八幡「…………」プイッ

いろは「あーーー!! すごい恥ずかしいんですけど!?」

八幡「知るか! 俺もめちゃくちゃ恥ずかしいんだよ!!」

いろは「知りませんよ!! 起きるなら起きるって言ってから起きてくださいよ!!」

八幡「無茶な事を言うなよ……」

いろは「本当にもう、先輩は、先輩は……っ!」

いろは「……っ、よがっ……だ……でず……っ」グズ…

いろは「先輩が……このまま死んじゃったら……どうじようって……ずっと思ってて……っ」

八幡「…………」

いろは「だから……本当に……っ、戻ってきてぐれて……っ!」

八幡「……悪かった。心配かけちまったな」

いろは「いえ……私の方こそ……。今まで無茶苦茶な事ばかり……」

八幡「いいんだよ、んな事は。結果オーライだ」

いろは「でも、先輩の足、折れちゃったんですよ?」

八幡「誰も死ななかったんだ、それだけで十分だろ。それに骨折には慣れてる」

高校入学初っ端からやらかした俺からしたら、こんなのチョロいしな。

八幡「だから、気にすんな」

いろは「でも、せんぱ――」

??「あーっ!! ヒッキー起きてるー!!」



すごい中途半端ですが、今日はここまでです。死ぬ程眠い。
支援レスありがとうございました。
あと臨死世界のところ長すぎた、反省。
おやすみなさい。

八幡「お……由比ヶ浜か」

結衣「お……じゃないよ!! 電車にひかれたって聞いてすごい心配したんだよ!?」

八幡「……すまん」

雪乃「それでも、無事でよかったわ」

八幡「足一本折れてるけどな」

雪乃「あら、あなたなら片足でも生活できるんじゃないの、一本足谷くん?」

八幡「俺をどこぞの野球のスターみたいな言い方するな」

雪乃「正確には打法よ?」

八幡「知っとるわ」

小町「あーーーーー!!!!」

八幡「よう」

小町「お兄ちゃんいつ意識戻ったの!?」

八幡「今さっきな」

小町「ついさっきなの!? ……よかった……大丈夫だったんだ……」グスッ

八幡「……何か、いろんなやつに迷惑かけちまったみたいだな」

結衣「そうだよ! だからもっと自分の事大事にしなきゃダメなんだよ!?」

八幡「あぁ……、本当にすまないと思ってる」

いろは(……先輩にもしもの事がなくて、本当によかった……。)



ピッピッピッ……



いろは「……zzz」スヤスヤ

ピッピッピッ……

いろは「……うーん」スヤスヤ

いろは「よかった……本当に……」ムニャムニャ

ビクッ

いろは「はっ……。何だ、夢か……」バッ

いろは「まだ……意識戻ってないんですね……」

ピッピッ……

ピーーーー

いろは「!?」

一時間後

結衣「……嘘だよね? ただ眠ってるだけなんだよね……?」

雪乃「由比ヶ浜さん……」

結衣「ねぇ、嘘って言ってよヒッキー! 冗談だとしても笑えないよ!!」

雪乃「……!」ガッ

結衣「離して、ゆきのん! ヒッキーは……ヒッキーは……!」

雪乃「気持ちはわかるわ、それでも、今は、落ち着いて……!」

結衣「いやだよ!!」

雪乃「由比ヶ浜さん!」

結衣「!!」

小町「お兄ちゃんは……本当に何で……」

結衣「…………」

小町「馬鹿だよ……大馬鹿野郎だよ……」

小町「こんな良い人たちを泣かすなんて……本当にゴミいちゃんだよ……!」ポロポロ

結衣「……っ、ひっく……ひっきぃ……っ!」

雪乃「比企谷くん……あなたって人は……!」ギリッ

小町「帰ってきてよ……帰って来てよぉ……っ! おにいぢゃん……!!」

いろは(…………)

いろは(……私の)

いろは(私のせいだ……)

いろは(私のせいで、先輩は……! 私のせいでみんなが……!)

いろは(私のせいで、私のせいで、私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで……!)

いろは「……もしも神様がいるのなら、言わせてもらいます……」

いろは「こんなの……ないですよ……!」

いろは「こんなの! こんなのっ!!」

結衣「この声……いろはちゃん……?」

いろは「お願いします……一生このままでもいいです……先輩と結ばれなくてもいいです……二度とわがままも言いません……!」

いろは「何でもしますから……先輩を助けてくださいよっ!!」

八幡「……運次第、か」

貝木「あ、聞き忘れてた事があったな。比企谷、俺が最初に出した条件を覚えているか? その質問がまだだった」

八幡「えっ、あー、そんな話あったっけな」

貝木「なるべく正確に答えてくれ。比企谷、お前が死にかけたのは『いつ』で、『どこ』だ?」

八幡「は? 何でそんな事を」

貝木「俺の情報に対する対価だ。理由なんかどうでもいいだろ」

八幡「……あんたと出会って数時間後、学校の近くの踏切でだ」

貝木「そうか……ここで一年か……。場所は、あまり関係ないようだな……」

八幡「?」

貝木「これで俺も目的を果たせた。じゃあな、またどこかで会おう」

八幡「何が聞きたかったのかよくわからんが、じゃあ」スッ

八幡「!?」

別れの間際に手を上げる事はよくある事だろう。しかし、その手が透けるなんて事は滅多に起こる事じゃない。

八幡「手が……!」

貝木「……そうか……残念だったな。お前は、死ぬようだ」

八幡「そんな……! 嘘だろ……?」

貝木「嘘じゃない。俺は何人もここでそうやって消えていく人間も見てきた」

八幡「元に戻れる可能性は……」

貝木「……さぁな。八割くらいがお前みたいにゆっくり消えていき、残りの二割は一瞬で消える。どっちが死ぬ方かは、明白だろう」

話している間にも、どんどん身体が薄くなっていき、それと一緒に力も抜けていく。

八幡「くそ……っ、納得できるかよ……こんなの……!!」ガクッ

もう、立っている事すらできない。

貝木「じゃあな、比企谷八幡」

八幡「まだ死にたくねぇよ……!」

貝木「…………」

八幡「まだ……俺は……」

八幡「……ろ……は……」

八幡「…………」

そうして、俺は、消えた。

比企谷のおかげで、俺の仮説の信憑性が増した。

この世界はきっと、臨死の世界だ。生きてもいない、死んでもいない、そんな中途半端な奴らが集められた一時的な場所に過ぎない。

コンピューターで言うなら、種類関係なくとりあえず集められるゴミ箱のようなものだ。

元に戻る事も、消される事も、どちらも可能な場所。

そしてこの世界で何よりも異様なのは――

――時間の概念がない、という事だ。

―――
――



あいつがこの世界にいるなんて確証はない。

それでも、今、俺は見つけなければならないのだ。あの男を。

貝木「この『時間』にもいないとなると、諦めるしかないかもな……」

その瞬間、見覚えのある髪型が見えた。あんな髪型をしているやつを、俺は『二人』しか知らない。

貝木「よぉ、やっぱりいたか」

??「ん? 誰だ、お前?」

カンカンカンカン……

踏切の音が鳴り始め、遮断機がゆっくりと下がり始める。

ゴッガチャッカラカラ……。

半分まで下がったところでペンダントが地面に落ちる。そこは、踏切の中だ。

遠くから音が聞こえる。あと少しもしないうちに電車が来る。

一色の入ったペンダントは線路の上。

このままだと、どうなる?

八幡「くっ……!」ダッ

重い身体を無理矢理に動かし、走り出す。もう一刻の猶予もない。

八幡「はぁ……っはぁ……っ!」

カンカンカンカン……。

耳に入るのはやかましい踏切の音と、

プワーン。

電車が確実に近づいてきている音だけだ。

あともう十歩で踏切だ。中にあるペンダントは開いていてそこから一色の顔が見える。今にも泣き出しそうな顔だ。

周り360度見えるんだっけ? なら、電車が近づいてきているのが見えているのかもな。俺には見えないが。

今の俺には、一色しか、見えない。

電車の音がどんどん大きくなる。心臓の鼓動のスピードが一歩進むごとに早くなる。

間に合え、間に合え、間に合え――!!

黄色いバーをくぐり、思いっきり地面を蹴る。



八幡「いろはぁっっ!!!!!」



右手を伸ばし、もう一歩地面を蹴る。一瞬視界の隅に何か鉄の塊が映ったのは気のせいだと思いたい。

ガシッ!

掴んだ。確かに今俺は何かを掴んだ。手の中には光沢による光が見える。よかった……間に合っ……

??「危ないっっ!!!」

彼、おそらく男であろうその人の声が聞こえた瞬間、俺の身体に強い衝撃がかかる。それは、電車が向かってくる方向からではなく、後ろからだった。

その衝撃のせいで身体が宙に浮き、一瞬遅れてまた身体に衝撃が走る。これは、地面……?

八幡「いつつ……」

??「危ないだろ、あんないきなり踏切の中に入ったら」

八幡「……すいません。助かりました……」

右手を見ると、そこにはちゃんとペンダントが握られている。開いてみると、中にはちゃんと一色もいて無事のようだ。

??「まぁ助かったからいいようなものを。あんな無茶をすると、親が悲しむからな。二度とするんじゃない」

八幡「本当に、ありがとうございました」

深く頭を下げる。この人がいなかったら今頃どうなっていたか……。

八幡「……?」

頭を下げながら、命の恩人の服装を見てみる。着ているのが制服であるから、この人も俺と同じ学生のようだ。しかし彼が着ている制服はあまりこの辺では見かけない。

八幡「あの……あなたは?」

??「僕かい? 僕の名前は阿良々木暦っていうんだ」

阿良々木暦とは、西尾維新作の〈物語〉シリーズ、およびそれを原作としたアニメの主人公である。

ニコニコ大百科より抜粋

時間の概念がないとはどういう事か。

俺が死にかけたのは、比企谷と会って『一年後』の冬の事だ。何があったかなんてのは、この際言わないでおこう。

しかしあいつは、自分が死にかけた――いや、もう死んだのか、死んだのは『俺と会った直後』だと言った。

他の人間にも聞いたが、少しずつ、その時間はズレていた。俺の主観の時間軸で言ったら、一ヶ月前、三ヶ月前、のように。

最初にいる場所から離れれば離れる程、その時間のズレは大きくなる、という法則も見つけた。

比企谷の前に聞いたやつも、俺主観で一年前に死んでいた。

よって、導かれる結論は。

この世界において、『時間』とは、『場所』なのだ。場所を移動すればする程に、時間も移動する。

この世界に、時間の概念はない、と言うのはそういう意味では間違っていると言えよう。

これから俺のする行動は、あくまでも俺自身のためだ。

俺が俺である事に矛盾を生んではいけない。

あのペンダントの件の後に、俺は一度だけ比企谷に会った事がある。

つまり、俺と出会った直後に死んでいてもらっては、死んで既に現実にいないはずの人間に俺は会ってしまった事になる。

その矛盾で、何が起こるのかはわからない。ただ、それで俺の存在が消えるなんて安っぽいSF的なオチはゴメンだ。

……ついでに俺も助けてもらえないだろうか。無理だろうな。

貝木「……久しぶりだな、阿良々木」

阿良々木「僕はお前に会った事ないぞ?」

貝木「そうか。そうだろうな。こんな『時間』にいるくらいだ。納得できる」

阿良々木「何を言っているんだ? どうして僕の名を知っている?」

貝木「タイムマシンに乗って来たって言ったら信じるか?」

阿良々木「信じないな」

貝木「だろうな。俺も信じない」

貝木「俺はお前に一つ頼みごとをしに来たんだが、その前に一ついいか?」

阿良々木「何だよ。僕は今わけのわからない場所に連れて来られたせいで混乱しているんだ」

貝木「……ここに来る前に何かしなかったか?」

阿良々木「あぁ、そう言えば、トラックにひかれそうな女の子を助けようとして……」

貝木「…………」

こいつは、本当にいつでも変わらないようだ。



今日はここまでです。
支援レスありがとうございました。
今回の部分、わけがわからなかったなら、解説とかします。
おやすみなさい。



本来の世界戦では八幡はやっぱり死んだのか?
でも貝木といた謎の空間で時空が歪んで(?)阿良々木さんが助けることができたのか?

>>419
そんな感じです~。

いろはぽっ///で吹いたわ(笑)


↓本編



この男も死にかけてここにいるのだろう。しかし、そう簡単に死んでしまうような奴だと俺は思えないし、もしこのままそうなるのなら、俺にできる事はもうなくなってしまう。

貝木「一つ頼まれてくれないか」

だから、こいつに託そう。

阿良々木「何だよ、今の僕にできる事なんか少ないぞ?」

貝木「いや、今でなくていい。……この『時間』だから、お前は中学三年か?」

阿良々木「そうだけど、だから何でお前は僕の事を知ってるんだよ?」

貝木「タイムマシンに乗って来たんだって言ってるだろう」

阿良々木「そんなの信じられるか!」

貝木「いいから聞け。じゃなきゃお前の妹を、今度は殺すぞ」

今度は、と言っても、こいつにはわからないだろう。

阿良々木「……!?」

貝木「黙ったな、それでいい」

阿良々木の思考が飛んでいる間に、比企谷が死にかけるであろう場所と時間を告げた。

貝木「そこに来るお前と同じ髪型の比企谷って奴を助けてやってくれ」

阿良々木「何で僕がそんな事を――」

貝木「お前以外に助けられる人間がいないんだ。もしもそいつが死んだらお前の責任だぜ?」

阿良々木「…………」

こいつはこう言われれば断る事ができない。我ながら卑怯なものだ。

阿良々木「でも、二年後なんだろ? 忘れてしまうかもしれない」

貝木「忘れないさ、お前なら。じゃあ二年間忘れないようにな」

忘れるな、よりもこういうセリフの方が強い事もあるんだぜ? 相手にもよるがな。このセリフのせいでこれから毎日こいつは俺との約束を思い出すだろう。まぁ、なんだ。たったの二年間だ、大した事はない。

阿良々木「わかった。最善を尽くすよ」

貝木「頼んだぜ。……ついでにお――」

阿良々木「なん――」フッ

……俺の分も頼もうとした瞬間、阿良々木は消えた。消え方から察するに、やはりあいつは生き残るようだな。他人の分は頼んで、自分の事を疎かにするとは……。

貝木「……馬鹿な奴だな、俺も」

そう俺は一人苦笑した。

八幡「阿良々木……」

阿良々木「そう。君は比企谷って言うんだろう?」

八幡「どうして……俺の……」

阿良々木「何年か前にね。君を助けてくれって頼まれたんだ」

何年か前? 意味がわからない。

八幡「……何年か前?」

阿良々木「タイムマシンに乗って来たとか言ってたな」

八幡「はぁ?」

タイムマシン? この人ちょっと痛い人なの?

阿良々木「でも本当にそうだとしても不思議じゃないだろう? 君がここで死にかけるのを予知していたんだ」

八幡「…………」

タイムトラベラーか。この人の言っている事が本当なのだとしたら、その可能性は否定できない。

八幡「てか、それ誰すか?」

阿良々木「そう言えば名前は聞かなかったな……。どこで会ったかも忘れたし、もう顔も覚えてない」

八幡「そうなんですか……」

阿良々木「さて、僕はもう帰るとするかな」

八幡「ま、待ってください。俺、まだお礼も何も……」

阿良々木「いいんだよ、さっきのお礼の言葉で十分だ。それに僕としても、この二年間ずっとこの日を待ち続けていて、ようやく胸のつっかえが取れたような気分なんだ」

八幡「はぁ……」

阿良々木「じゃあ、僕はもう行くよ」ダッ

ビュゥゥゥゥウウウウウン……

八幡「はやっ!」

八幡「……嵐のような人だったな」

いろは「まるで漫画かアニメのヒーローみたいな人でしたね……」

八幡「それより、大丈夫か?」

いろは「えっ?」 

八幡「いや、投げられてただろ」

いろは「あ、全然大丈夫です! むしろ先輩の方が……」

八幡「いや、俺もだ。あの人が上手く庇ってくれたおかげでほぼ無傷と言ってもいい」

いろは「そうなんですか……よかったです……」

八幡「流石の俺も死ぬかと思ったわ」

これはマジで思った。走馬灯みたいの見えかけたもん。一瞬戸塚も見えたし。天からのお迎えだったのかもしれないな。やだ、戸塚マジ天使。

これ二年後じゃなくて三年後では?明らかに半吸血鬼状態のアララギさんだよね?

>>449
いえ、まだ人間の時の阿良々木さんです。
この数ヶ月後に某吸血鬼さんと出会います。


↓本編



いろは「先輩」

八幡「ん?」

いろは「ありがとうございました……!」ペコッ

ペンダントの中の一色が深々と頭を下げる。こいつがこんなに素直に礼を言うなんて、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

いろは「先輩が助けてくれなかったら……私……っ!」

八幡「……正確には俺というよりもあの人が助けてくれたっていう方が近いけどな」

いろは「でも、先輩があの時走り出してくれなかったら、私は今頃粉々になってたと思います」

だから――と、一色は続ける。

いろは「本当に……ありがとうございました……!」

八幡「……顔、上げろよ」

いろは「…………」スッ

八幡「別に、礼を言われるような事はしてねぇよ。ただ俺は……」

俺は? 俺は今、何と言おうとしたのだろうか。

八幡「……いや、何でもない」

いろは「そこで切っちゃうのは生殺しですよ、先輩」

八幡「悪いな。俺も忘れちまったんだ」

いろは「む~。でも今日はあんまり強く言えないですし、諦めますよ」

八幡「今日だけなのかよ」

八幡「そういや、さっきの奴らは……」

と、その方向を見てみる。予想通りと言うか、そこには誰もいない。

八幡「やっぱ逃げたか」

いろは「先輩が踏切に飛び込むのを見て、逃げていきましたよ」

八幡「くそ……あいつらめ……」

だからバカは嫌いなんだ。話が通用しない奴ら程、うざったい存在もいない。

いろは「まぁ、お互い無事だったんですし、いいじゃないですか♪」

八幡「……そうだな」

八幡「てか忘れてたけど、お前どうすんだ?」

いろは「はい?」

八幡「いや、明日の夜までにどうにかしなきゃいけねぇんだろ」

いろは「あ~、そう言えばそうでしたね~。この短時間にいろいろありすぎて忘れてました」

八幡「おい本人」

いろは「…………」

八幡「?」

どうすればいいのか全然わからないんですよね。

葉山先輩の言っていた事がわからないわけではありませんが、正直認めたくないのが本音です。

いや、私が先輩の事を好きなんて、あり得ません。

どうして私みたいな可愛い女の子が、先輩みたいなクズ人間を好きになっちゃうんですか?

まず目は腐ってますし。……まぁ顔は悪くないですけど。

性格も捻くれててちょっとないですし。……それでも優しかったりするんですよね。

あれ? さっきから何で良いところ探してるんでしょう?

もしかして本当に……



……いや、それはないです。



……ないですよね?


次の日

八幡「結局何も思いつかなかったじゃねぇか! もう時間ねぇぞ!?」

いろは「そうですね……」

八幡「いやもっと危機感持てよ!? お前の問題なんだぞ!?」

いろは「わかってますよ……」

八幡「……ったく。葉山がダメなんじゃ他に手立てがないしな……。他に方法他に方法……」

結衣「ヒッキー!」

八幡「あ? 何だよ?」

結衣「今日は部室に来る?」

八幡「……最悪の場合は」

結衣「部室に来るのは最悪なの!?」

八幡「いや、そういう意味で言ってねーし」

いろは(相変わらずこの二人は仲良いですよね)

ズキンッ

いろは「……えっ?」

いろは(今、一瞬、胸が痛かったような……)

結衣「また私の事バカにしてー!」プクー

八幡「してねーよ。本当だ。ちょっと頭があれだなーって思っただけだ」

結衣「やっぱりバカにしてるんじゃん!」

いろは「……っ!」

いろは(どうしよう、どんどん胸が痛くなる。ただ先輩が由比ヶ浜先輩と話してるだけなのに……!)

いろは(嘘、嘘、嘘、嘘。こんなの嘘。まるで私が先輩の事を好きみたいじゃないですか……!)

結衣「……だから、私とゆきのんのこと、頼ってもいいんだよ?」

八幡「あぁ、その時はよろしく頼む」

いろは(ダメだ、胸が痛くて仕方がない。どうして、先輩が他の女の子と喋ってると、こんなにも胸が痛くなるんだろう?)

いろは(こんなにも切ない気持ちになるんだろう?)

いろは(こんなにも……その相手に嫉妬しちゃうんだろう……?)

いろは(そんなのきっと……いや、認めたくない)

いろは(認めちゃったら……私は……)

八幡「……ふぅ。参ったな……このままじゃあいつらに言うしかなくなるな」

いろは「……先輩」

八幡「何だ?」

いろは「少し、場所を移動しませんか?」

八幡「ここでも小声で話せば問題ないが」

いろは「いえ、行って欲しい場所があるんです」

八幡「……?」

何か思いついたのだろうか。一色がここまで言うのなら、きっとここでできない話なのだろう。

ガララ

八幡「で、どこに行けばいいんだ?」

いろは「えっとですね――」

雪乃「あら、比企谷くん」

八幡「おう、雪ノ下か」

いろは(……このタイミングで二連続はやめてくださいよ)

雪乃「こんなところで何をしているのかしら? あなたには用事があるんじゃないの?」

八幡「教室で少し休んで、今から動き始めんだよ」

雪乃「あら、あなたは年中休暇中じゃなかったのかしら?」ドヤァ

八幡「確かに語呂はいいが、それでドヤ顔はどうかと思うぞ。あと、俺は一応学生だから週休二日制なんだよ。むしろお前の言うような状況を手に入れるために、専業主夫を目指しているまである」

雪乃「どうしてそんなゴミのような発想しかできないのかしら……」

八幡「今、お前は全国の専業主夫志望の男子を敵に回したぞ」



いろは(また胸の痛みが……っ!)ズキンズキン

いろは(……もう、ダメです)

いろは(これ以上……自分に嘘をつき続けられないみたいです)

いろは(私は……私、一色いろはは……)

いろは(比企谷八幡先輩の事を……)

いろは(……好きになっちゃった、みたいです)

初対面での印象はそこまで良くありませんでした。

腐った目、捻くれた思考、自虐的性格。

プラスの部分が目に付くよりも先に、マイナスの部分ばかりが目に映りました。

けれど、私は先輩に興味がわきました。だって、こんな人間が現実に本当にいるなんて、思いもしなかったから。

でも、そんな風に先輩と過ごしていって、先輩の事を少しずつ知っていくうちに、私は心のどこかで先輩に惹かれ始めたんだと思います。

今思えば、先輩は何回も私を助けてくれましたね。

生徒会選挙の時や、クリスマスイベントの時。

――そして、あの踏切の時。

あの時、私は『ヒーローみたい』なんて言いましたけど

あれ、実は先輩の事だったんですよ?

もうダメだって、心の底から絶望し切った時に見えた、走ってくる先輩の姿が、どれだけ私の救いになったのかも――

心のどこかで惹かれている相手が、自分のために命を懸けて助けようとしてくれて、どんなに嬉しかったかも――

そして、その本人が自分の事を大切にしなくて、どんなに悲しい気持ちになったかも――

――きっと、先輩にはわからないでしょう。

あぁ、気づいてしまいました。

何で好きになってしまったのかが、もうわからないです。

もう、今の私は先輩の全てが好きになってしまったんです。

あんなにも貶していた特徴ですら、愛しいと感じてしまう。

腐った目も、捻くれた思考も、自虐的性格も。

全てが、愛しい。

でも、気づいてしまったから、私はきっともう、元には戻れない。

雪ノ下先輩も、由比ヶ浜先輩も、先輩の事が好きで、きっと、先輩も二人のどちらかの事が好きなんです。

少なくとも、その相手は私じゃないんです。

それに、あの二人は先輩の事を信じて、ずっとあの部室で先輩が来るのを待っていました。

それなのに、この数日ずっと先輩一緒にいた私が、『キスして』なんて、頼めるわけないじゃないですか。

そんなの、ズルいにも程があります。

だから、私は、もう、諦めましょう。

だって、口にしたら、先輩は私をまた助けてしまうから。

八幡「で、話って何だよ」

一色が指定したのは、俺がこのペンダントを拾った場所だった。確かにここならあまり人も通らない。

いろは「もう、いいかなって」

八幡「はっ?」

いろは「私に元に戻る方法は、多分もうないんです」

八幡「何だそりゃ?」

いろは「だからもう諦めて、お父さんやお母さんに正直に話して、このまま生きていこうと思ったんです」

八幡「いや、いきなり何を言ってるんだよ。ついさっきまで、どうやって元に戻るかって話してただろ」

いろは「えぇ、でも、やっぱり無理なんですよ。だって――」

いろは「――今の私に、好きな人はいないんですから」

八幡「はぁっ? 葉山はどうしたんだよ。あんなに好き好きアピールしてたじゃないか」

いろは「あれは、葉山先輩を好きになったわけじゃなかったんですよ」

八幡「じゃあ何なんだよ」

いろは「……恋に恋してたんですよ。私は私のステータスの補強のために、恋をしていた。いや、恋をしている振りをしていたんです」

八幡「…………」

いろは「だから……私は、元に戻れないんです」

八幡「んなの……」

いろは「今まで、ご迷惑をおかけしました……」

これで、終わりにしてしまおう。

……おかしい。一見筋が通っているようで、いくつも論理が破綻している。

俺の知る一色いろはなら、元に戻るために何だってする。

もし、葉山の事が好きじゃなくなったとしても、代わりの別の誰かを意地でも好きになって、そこまでしてでも元に戻ろうとするだろう。

なのに、今の一色はそれとは真逆に、諦めようとしている。

そんなの、あり得ない。

俺がこの数ヶ月間見てきた一色は、そんな事をしない。

つまり、結論を言うと、一色いろはは嘘をついている。

一色の態度が急変したのは、ついさっき、俺が由比ヶ浜と話し終えた辺りからだ。そして、その後には雪ノ下とも会って……。

……いや、その可能性を思いつかなかったわけじゃないよ? でもそんなのあり得ないじゃん? あるわけないじゃん? ジャンジャンうるさいな。立体機動上手いのか? てか誰に言い訳してんだ、俺。

あり得ない、あり得ない、あり得ない。

今までの黒歴史を思い出せ、比企谷八幡。俺は何度勘違いして心に傷を負ってきた?

そう、それはただの俺の願望で、ちっとも理論的仮説になり得ないのだ。

……でも、それ以外に今の状況にピタリと当てはまる仮説があるのか?

どうせ今まで数えきれない程の黒歴史を生んできた俺だ。

今更一つ増えたって、何も変わりはしないだろう。

八幡「一色」

いろは「……何ですか?」

八幡「すまない」

いろは「先輩何を……んっ!?」

一色が突然の俺の謝罪に困惑した隙をついて、俺はペンダントにキスをした。



もっと正確に言うと。



俺は、一色の唇を奪った。



冷たい金属の感覚が俺の唇を冷やす。あまりキスをしているような感じがしない。

一秒、二秒、三秒とおいて、ゆっくりと唇を離す。

ペンダントの中を見ると、顔を真っ赤にして俺を睨む一色がいた。

いろは「先輩……! 何やってるんですか……!」

その声は怒りで震えている。

いろは「どうして、私が必死でついた嘘も、先輩は……!」

八幡「……そりゃ――」

言いかけたその時、ペンダントが光り始めた。

いろは「何ですか……これ……!」

八幡「くっ……まぶし……っ!!」

光の強さはどんどん増していく。もう、目を開けてられない。

目をつぶる直前に、何かが割れるような音がした。



いろは「先輩……先輩……!」

声が聞こえる。その声は確かに一色の声なのに、どこか違う気がした。

ゆっくりと目を開く。

いろは「先輩……」

目の前には、一色いろはの姿があった。彼女はもう、ペンダントに閉じ込められておらず、その身体は前までのようにペンダントの外にあった。声が違って聞こえたのはこのせいか。

八幡「一色……、元に、戻れたのか……?」

いろは「みたいです」

ふと、足元を見ると、そこにはさっきまで一色が入っていたペンダントが壊れて転がっている。

八幡「…………」スッ

屈んでそれを拾い上げて、一色の方へ向き直る。

八幡「……悪かったな」

いろは「本当ですよ。いきなりなんて、酷すぎます」

八幡「だから悪かったって」

いろは「本当に悪いと思ってます?」

八幡「ああ、今すぐ土下座でもできるレベル」

いろは「なら……『見て見ぬ振り』、『気づいていて気づかぬ振り』をしないでくださいよ」

八幡「…………」プイッ

俺がペンダントにキスをする事によって、一色は元に戻れた。これが何を意味するか、わからない俺ではない。

あのペンダントの呪いが解けるのは、呪いの対象者が行為を抱いている相手がキスをした時のみ。つまり――

八幡「……っ!」カァァ

いろは「顔を真っ赤にしたいのはむしろ私の方なんですよ!?」

それが何を意味しているかはわかる。ただ、どうすれば良いのかがわからないのだ。

だから、とりあえずさっきのが恥ずかしくて、目を逸らす。

いろは「はぁ……先輩……」

八幡「……おう」

いろは「私、さっきのが初めてだったんですよ」

八幡「へぇ……。……えっ?」

いろは「えっ、そういう反応なんですか?」

八幡「いや、ゆるふわビッチだしそれくらい経験あるのかと」

いろは「私は別にビッチとかじゃないですからね!?」

いろは「だから……」

一色は一歩、俺に近づき、両手を俺の胸に当てる。その距離はほぼくっついていると言っていい。

八幡「な……何だよ……」

いろは「責任、とってくださいね?」

そう言うやいなや、今度は一色が俺にキスをした。

一色の唇は、想像以上に柔らかく、そして、温かい。

あまりの衝撃に俺は動けなくなってしまった。

永遠とも思える一瞬が過ぎ、一色の唇が離れる。

それと同時に一色は一歩下がった。その目はまっすぐ俺を見つめている。

手を後ろに組んで、頬を染めながら、彼女はこう言った。

いろは「……お返しです♪」

その表情は太陽よりも輝いた、満面の笑顔だった。

比企谷。俺がお前に話した事には一つ嘘がある。

あのペンダントの呪いを解くには、呪いの対象者が好意を持っている相手でないといけない言った。それが嘘だ。

本当に必要な条件は、二人がお互いに好き合っている事、つまり両想いである事だ。

お前はあの時、俺を騙しきったと思い込んでいたようだが、もちろんそんな訳があるわけないだろう?

今回の件からお前が得るべき教訓は、詐欺師を騙そうとするなど、神への冒涜にも等しいということだ。

まぁ俺は神など信じていないがな。



世にも
奇妙
な物語

テッテッテレレーテレレーテレレー

テッテッテレレーテーンテレーン

タモリ「人を想う感情」

タモリ「その力は私たちが普段思っているよりもずっと強大なものです」

タモリ「よってその力により訪れる結末は様々です」

タモリ「あなたもその強大さの波に溺れてしまわないように」

タモリ「お気をつけて」ニヤリ

テレレッテッテレレーテッテッ

テレテッテッテッテッテレレレレーレー

テッテッテレレーテレレーテレレ

テーンテレレレレレン

やはり俺の世にも奇妙な物語はまちがっている。特別編最終話。
『彼と彼女がそれに気づくまでの物語』
は終わりです。
……主人公って何だっけ?

この後にEDがありますので、ここまで読んでくださった皆様は、できるなら、もう少しだけお付き合いください。

コンビニより書き込み。
なので連投で行きます。

タモリ「この一月以上に渡ってお送りしてきた『世にも奇妙な物語』」

タモリ「いかがだったでしょうか?」

タモリ「一人の少年が迷い込んだ六つの世界」

タモリ「そのどれもが現実ではあり得ないと思われがちですが」

タモリ「事実は小説よりも奇なり」

タモリ「ふとした小さなつまづきから、そんな奇妙な世界に迷い込んでしまう事もないとは言い切れません」

タモリ「その扉は、あなたのすぐ隣にもあるのかもしれませんから」

タモリ「それでは、また」

https://www.youtube.com/watch?v=jsta3tEY43s

ストーリーテラー

タモリ



『世界は、材木座で出来ている』



比企谷八幡


材木座義輝


雪ノ下雪乃


由比ヶ浜結衣


戸塚彩加




材木座義輝×72億(友情出演)


脚本 作者




『白』



比企谷八幡


川崎沙希


由比ヶ浜結衣


三浦優美子


葉山隼人




平塚静


脚本 作者



『彼と彼女がそれに気づくまでの物語』



比企谷八幡


一色いろは


葉山隼人


比企谷小町


雪ノ下雪乃


由比ヶ浜結衣


阿良々木暦(友情出演)




貝木泥舟(特別出演)


脚本 作者




スペシャルサンクス


ここまで読んでくださった皆様


前スレから読んでくださった皆様


連投のできない作者のために支援レスをしてくれた皆様


俺ガイルという素晴らしい作品を世に生み出してくださった、渡航大先生


これまで俺ガイルSSというジャンルを作ってきてくださった、全ての俺ガイルSS作者様


総監督 作者


終わり

以上にて、『やはり俺の世にも奇妙な物語はまちがっている』全て終わりです。
この一月の間、本当にありがとうございました。
よかったら感想や、どれが一番好きかとか、逆にどこが面白くなかったかとか、書いて下さると嬉しいです。
なので、もう少しだけ、このスレは残しておきます。

うむ、よくわからん。また後でやる。



今回の話は、かなりのキャラ崩壊ありです。ご了承ください。



『あふたぁすとぉりぃ①』



ピッ

いつもと同じように自販機のボタンを押す。

ガタンッ

一秒おいて細長い物体が落ちてくる。その黄色いフォルムは今日も美しい。

カチャッ

開けて一口、舌の上に強烈な甘さが流れ込む。やはりマッ缶は最高だ。

葉山「お、比企谷もか」

ふと、後ろから声がかかる。振り返るとそこには校内一のイケメンリア充ボーイ、葉山隼人が立っていた。

今の時間は昼休み。そんな時間にここに来るのは珍しくない。

八幡「あぁ、ここ三日くらい飲んでなかったからか、脳が欲しがっててよ」

葉山「なるほどね」

八幡「そう言う葉山もか」

葉山「そゆこと」

ピッガタンッ

さっきと同じ音がする。しかしあれだな。男二人並んでマッ缶飲む姿というのは、実に異様だ。

葉山「……くぅ~っ! この甘さがたまらん!」

八幡「おい、キャラブレるどころか、崩壊してんぞ。HAYAMAファンクラブの会員が減っちまうぞ」

葉山「正直どうでもいいからね」

八幡「すげぇ事さらっとぶちまけんな、おい」

葉山「まぁ俺のためにそういうのを作ってくれるのが嬉しくないと言ったら嘘になるけど」

だろうな。自分の事を好いてくれる人たちがいて、嫌な気分になるわけがない。

葉山「……ただ、俺は自分のしたい事を自分のしたいようなやってるに過ぎないから、それくらいで嫌われるなら、そもそも好かれてもいなかったってことさ」

八幡「ふーん。本人がそう思ってるなら別にいいんじゃねぇの」

葉山「ああ」

三分の一ほど飲んで教室に戻る。その間葉山と話すのは他愛もない事だ。サッカー部での事とか、小町の事とか、一色の事とか、小町の事とか、マッ缶の未来の事とか、小町の事とか。

あれ、俺小町の事しか話してなくね?

ガララ

三浦「…………」イライラ

結衣「あははー……」アセアセ

海老名「葉山くんと比企谷くんが一緒にMAXコーヒーを買ってきて私のテンションもマックスブハアッッ!!!」ブシャッッ

三浦「……結衣、お願い」

結衣「う、うん」フキフキ

海老名「腐、腐腐腐……」ガクッ

おや、三浦が海老名の鼻血を拭かないとは珍しい事もあるものだ。……海老名さんは、いつも通りですね。

葉山「……優美子、どうしたの?」ヒソヒソ

結衣「あ……うん、ゆきのんがまだ来なくて……」ヒソヒソ

葉山「雪ノ下さん……連絡とかは?」

結衣「いつも遅れる時にはあるんだけどね……。今日はないから、優美子あんなにイライラして――」

三浦「聞こえてるんだけど。あとあーしはイライラなんかしてない!」バンッ

八幡・葉山・結衣「「「!!!」」」

海老名「ぐ腐っ!!」

だから海老名さんは少し自重してください。

ガラガラー

雪乃「遅れてごめんなさい」

三浦「遅い! あーしがどれだけ待ったと思ってるの?」

雪乃「だから謝っているじゃないの」

三浦「そうじゃなくて、何で遅れたのかあーしは聞いてるのっ」

雪乃「突然先生に呼ばれたのよ。ちょっとした用事だと思ったから連絡はいらないと思って」

三浦「…………」

雪乃「でも結果的には待たせてしまったわね。……ごめんなさい」ペコリ

三浦「そ、そう……。いつも遅れる時は連絡あるから、何かあったのかと思ったし……。……じゃあ食べよ?」ポッ

雪乃「う、うん」ポッ

三浦「いただきます」

雪乃「いただき……ます」

新たな百合ルートの開拓を見た気がする。由比ヶ浜も恋敵が多くて大変だな。

あのMAXコーヒー入れ替わり事件から数ヶ月が経ち、俺らの日常は既に元に戻っていた。

あれから変わった事と言えば、俺と葉山が友達になった事、そして――

――あの雪ノ下と三浦の仲が良くなった事だ。

俺らの直後に入れ替わった彼女たちに何があったのか、俺は知らない。気づいた頃には元に戻っていたのだから。

まぁ念のためと雪ノ下に聞いてみたらいろいろあって戻れたらしい。聞いた時は逆に俺と葉山が入れ替わってた事に驚いてたな。

それからだ、雪ノ下が昼休みにF組に来て三浦達と昼食を食べるようになったのは。

三浦「雪乃は弁当って自分で作ってるの?」

いつからか三浦は雪ノ下の事を『雪乃』と呼ぶようになった。が、しかし当の雪ノ下は――。

雪乃「ええ、そうよ。三浦さんは?」

三浦「だから、さん付けはやめろし」

雪乃「うっ……」

三浦「優美子って呼んでっていつも言ってるっしょ?」

雪乃「でも……」

三浦「……そっか、雪乃はあーしの事友達だと思ってないんだ」

雪乃「……! そういうわけでは……!」

三浦「ふーん」ニヤリ

雪乃「あっ」シマッタ

三浦「じゃあ今日こそ……ね?」ニヤニヤ

雪乃「…………」

雪乃「……ゆ……優美子」

海老名「おおっ!!??」ガタッ

雪乃「……さん」カァァ

三浦・海老名「「惜しい!」」

海老名さん大活躍ですか、この話。

結衣「……ヒッキー」

あ、いたんですか、ガハマさん。てっきりいなくなったのかと思ってました。

八幡「ん?」

結衣「ゆきのんが優美子に取られちゃったよ~!」

八幡「おもちゃを取られた子どもか、お前は。そもそもお前のものでもないだろ」

結衣「うぅ……そうだけど……」

八幡「そんなに嫌なら自分から行ってくればいいだろ?」

結衣「あの中に入るのはちょっと勇気が……」

アシタコソヨンデヨネー

ゼ…ゼンショスルワ…

八幡「……確かに」

雪乃「由比ヶ浜さん」

結衣「にゃ、にゃにっ!?」ビクッ

慌てすぎて猫になってんぞ。お前はどちらか言うと犬だろ。

雪乃「……今度の土日、空いてるかしら?」

結衣「えっ、あ、空いてるけど……?」

雪乃「そ、そう……。なら、ちょっと、お出かけに行かない……かしら?」

結衣「……えっ? それって、私とゆきのんで遊びに行こうって事?」

雪乃「そう……なるわね……」

結衣「もちろん行くよ!! ゆきのんから誘ってきてくれるなんて嬉しいし!!」ギュッ

雪乃「だからと言ってくっついていいとは言っていないのだけれど……」カァァ

変わった事に一つ付け足しだ。百合ノ下が百合ヶ浜に……じゃなくて、雪ノ下が由比ヶ浜にさらにデレるようになりました。百合っていいよね!

八幡「何だかんだ言いつつ、この二人も問題なさそうだな……」

葉山「そうだね」

八幡「うぉっ、お前もいたのかさっきから」

葉山「さっきからずっと後ろにいたよ」

何それ怖い。

八幡「俺の後ろに立つな」

葉山「別に君はスナイパーじゃないだろう?」

八幡「元ネタわかんのかよ」

葉山「ところで、比企谷も土日は空いてるかい?」

八幡「あぁ? 空いてない事もないが、この前みたいな山登りなんてゴメンだぞ。噴火に巻き込まれたくねーし」

葉山「じゃあ、カラオケは?」

八幡「カラオケ……ねぇ……」

トラウマあるからあれなんだよな。今でも以心電信聞くと思い出すし。ただ――

八幡「……別に、いいけどよ」

まぁ、何だ。悪くないよな、そういうのも。

葉山「じゃあ詳しい事はまた後でメールするよ」

八幡「ん、わかった」

MAXコーヒー入れ替わり事件から何が変わったかと言えば、たった一人、友達が出来ただけだ。

だがそれでも、今の俺の周りは確かに変わった。同じように俺自身も変わりつつあるのだろうか。自分の変化は気づけないものだから断言はできない。

少し前までの俺なら、きっとこの状況さえも斜にとらえて、否定していたと思う。だから、もしかしたら本当に変わりつつあるのかもしれない。

しかし、それは今考えるような事ではない。きっとそれを考えるべき時は今よりもずっと先の未来であるはずだ。そんなのは遠い時間の流れの先で、過去を振り返る時の楽しみにしておくべきだ。

だから、俺はこの日々を精一杯に楽しもう。

今の俺にできる最善の策がそれであると信じながら。






その後――





F組内で『比企谷八幡がカラオケでDT捨テルを熱唱した後に、葉山隼人にDTと処女を奪われた』という噂が流れたが、出処が海老名姫菜であるため真偽は不明。





あふたぁすとぉりぃ『マッ缶と俺とリア充』は、おしまいです。
支援レスありがとうございました。

正直に言おう、最後のをやりたいだけだった。反省はしているが、後悔はしていない。

あと二話ですが、よろしくお願いします――なんて、もちろんこれも嘘かもしれないぜ。

おやすみなさい。

奇妙じゃないと言ったな。あれは嘘だ。

投下します。



↓本編



材木座×3「「「新しい朝がやってきた!! 目覚めよ、八幡!!!」」」

八幡「…………」

どのくらいあれから時が経っただろう。俺はまだ材木座になれずにいる。

材木座ウェーブ(命名俺)は、世界中を包み込み、世界中の俺以外の人間が全員材木座になってしまった。

そんなんで大丈夫かと思うが、どういうわけか世界はちゃんと機能している。電気の供給が途切れたりはしないし、テレビもちゃんとやっている。映っている人間が全員材木座な時点で見る気は失せるが。

だってあれだよ? アニメやってても全部登場人物の声が材木座なんだよ? プリキュアの声が全部材木座になってた時なんか卒倒しかけたわ。

どうせやるなら、熱血系ロボアニメやれよ。そっちの方がウケるぞ。

ニュースを見るためにテレビを点けると、アナウンサーの材木座が現れる。

材木座『朝のニュースです』

真面目に喋るとカッコいいな。だから何で無駄に声がいいんだよ、こいつは。

材木座『16日未明、材木座義輝さんが殺害された事件で、先日、材木座さんの殺害に関与したと思われる材木座義輝容疑者が――』

もうわけがわからないよ。

材木座「ふむぅ、最近の世の中は物騒だのぅ……」

材木座B「全くだ」

材木座C「お主もそう思わんか、八幡?」

八幡「…………」

人間慣れるもので、こんな異様な事態をようやく認められるようになった。

最初の一、二ヶ月はずっと小町たちを探してたが、結局どこにもいなかった。

いたのは、数えきれないほどに増え続けた材木座の姿のみ。俺が今生きてんのが不思議だ。いや、実際不思議じゃねぇけど、不思議だ。

ガチャッ

学校に行くために家を出る。どうせ行っても材木座しかいないのだが。

材木座×35「「「「「おはようだっ! 八幡!!!」」」」」

八幡「…………」

無視して歩く。何で材木座を何十人も率いて学校に行かなきゃいけないの?

材木座「なぁ八幡、我の新作のだな……」

材木座B「そんなのより我の方が……」

材木座C「顔色が良くないな、大丈夫か?」

八幡「だあああああああああああっっ!!! うるせぇっっ!!!」

何で全員俺に話しかけてくんだよ! 自分と喋ってろよ! いっぱいいるんだからよ!!

学校での授業がどのようなものかの言うと……、まぁ、想像通りだ。

材木座(教師)「この魔法の属性はだな……」

一応言っておこう。この世界には魔法なんかない。奇跡も魔法もないんだよ。ついでにまどマギは、この前TSUTAYAで借りて見ようと思ったら、声が全部材木座になってたよ。魔女の声も材木座とか誰得だよ。

本来こんな授業だと聞く意味もないはずなのだが、この世界ではこれがテストに出るし、入試もこれで行われる。本当にどうしてこの世界が成り立っているのか、不思議で仕方ない。

材木座(教師)「では、この石が持つ特性をわかるやつはおるかな?」

材木座「はいっ!」バッ

ずいぶん元気だな。コミュ障設定はどこに行った。

材木座(教師)「じゃあ、材木座殿」

お前もだろうが。

材木座「この石が持つ特性は、魔力を持ち主の体内に補給します」

材木座(教師)「よろしい。では、逆に短所は何かわかるか?」

材木座「魔力を補給する代わりに、持ち主の生命エネルギーを吸い取る事です」

すげぇな。それを使うやつにとっては『魔力>命』なのか。

材木座(教師)「正解。さすが材木座殿だ」

この教室にいる俺以外全員材木座なんですけど。

驚くべき事に、これらは異様なまでに真面目に行われている。そして、さらに驚くべき事に、これらは全て実在しない、材木座のただの妄想の産物だという事だ。いや、驚くべき事じゃないな。むしろ当然か。

ジャガンヲナメルナヨー!!

授業の終わりを告げるベルが鳴り、学校が終わった。てか何なんだ、このベルは。

材木座を引き連れて(俺の意志ではない)家に帰る。流石にうざいので、チャリで置き去りにしてやった。走り始めて数分すると、黒い車が止まっているのが見えた。

横まで走ると、突然扉が開き、中から人が飛び出してきた。

別の誰かであればいいなと思いながら、それが誰なのかを確認すると、やはりそれは材木座であった。

飛び出した材木座は俺の体を押し倒し、そのまま地面に押し付けた。いてぇよ。

材木座D「比企谷八幡を確保」

材木座E『ご苦労。至急ターゲットを始末しろ』

無線機のような物から材木座の声が聞こえる。

材木座D「はっ!」

八幡「何を……しやが……」

材木座D「比企谷八幡。貴様にはここで死んでもらおう」

カチッ

材木座(材木座D)は腰から銃を取り出し、それを俺に向ける。

材木座D「この世界において八幡、お主だけが異常だ。どうして我しかいない世界に、お主が存在している?」

八幡「知るか……んなもん……」

何万人に一人くらいの割合で、現状を異常だと認識する材木座がいる。が、そいつにとって異様なのは、『材木座が大量にいること』ではなく、『材木座しかいないはずのこの世界に俺、比企谷八幡がいること』らしい。

材木座D「お主がいるのがそもそもおかしいのだ。ならば、お主がいなければ良い」

??「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」ドカッ

材木座D「ぐぬぅっ!?」

材木座「大丈夫か、八幡?」バッ

俺を押さえつけていた材木座を吹っ飛ばした材木座は、俺にそう問う。

材木座D「なぜ……我の邪魔をする……」

材木座「解せんな。どうして我ともあろうものが、そんな簡単な事も理解できんのか」

材木座「我と八幡が、前世からの主従関係である。それだけで十分であろう?」

材木座D「くっ……!」

……何だこの状況。

材木座D「……だが、我にとって重要なのは我などではない。比企谷八幡、お主だ」カチャッ

またしても銃口を向けられる。あっ、こりゃダメだ。撃たれる。

バンッ!!

鼓膜が破れる程の銃声が鳴り響くと同時に、俺は反射的に目をつぶった。しかし、不思議と痛みはなかった。

八幡「……?」

恐る恐る目を開く。視界がわずかに暗い。

材木座「……ゴフッ」

八幡「……材木座?」

材木座は身を徹して俺を銃弾から守っていた。ここからでは見えないが、背中には撃たれた痕があるのだろう。

材木座「八……っ幡……。生き……ろ……っ」

口から血が吹き出る。あぁ、この材木座は、もう死ぬ。

材木座D「バカな奴め。たった一度庇ったところで何も変わらんと言うのに」

材木座「ゴラムゴラム……、我は……八幡を……っ!」

バンッ!!

もう一度銃声が鳴る。同時に材木座の体が大きく揺れる。

材木座「グハァッ!!」

材木座D「滑稽だな、自分に殺されるとは」ケプコンケプコン

材木座「それは……お主も同じこと……!」カチャッ

材木座D「!?」

俺を守っている材木座も銃を取り出した。何でお前らそんな銃持ってんの? ここ日本だよ?

ババンッ!!

二つの銃声がほぼ同時に鳴った。

材木座(材木座D)の巨体が倒れる。材木座の銃弾は、材木座(材木座D)の額を確かに撃ち抜いていた。

材木座(材木座D)のミスは、二発目を撃った時にすぐに撃鉄を引かなかった事だ。材木座が銃を出すのを見てから、奴は撃鉄を引いた。そのわずかな間で、材木座の弾道の精度が変わったのだ。

材木座「もう……我は……ダメだ……。八幡、我は、お主を……」

八幡「もう何も言うな……! お前は……」

ダンッ!!

材木座「ヌッ!」

ドサッ

目の前の材木座はそのまま無言で倒れる。額に丸い穴が空いていた。

八幡「材木座ぁっ!!」

材木座の元に走り寄る。その息は、もうない。

材木座E「ふむぅ、お主一人を殺すのにこんなにも手間取るとはな」

八幡「てめぇ、何でこんな……」

材木座E「この世界に、我以外の人間などいらぬ。それだけの事だ」

材木座(材木座E)は俺の脳天に銃口を向け、表情一つ変えずに引き金を引いた。





……これで死ねたら、いいのに。





八幡「…………」グッグッ

ロープの長さと結び目を確認する。……これなら大丈夫だ。

こんな世界で、生きていける気がしない。小町も、戸塚も、雪ノ下も、由比ヶ浜も、誰もいない。材木座しか、いない。

こんな狂った世界で、どうしてこれから生きていけると言えるのだろう。

八幡「だから……」

もう終わらせてしまおう。俺の人生と共に、この狂った世界を。

涙は枯れ果てた。

今の俺に残っているのは、ただの絶望だけだ。

それを足に込め、思いっきり椅子を蹴れば、俺は死ねる。

ガタッ!

椅子を蹴り飛ばした。次の瞬間首に強烈な圧迫感が押し寄せてくる。

しくったな。本来首吊りは首の骨を折って死ぬのが一番楽なのに。きっと、直前に小町の写真が見えてしまったからだろう。

だが、苦しむか苦しまないか、それだけの違いだ。

俺はもう、死ぬ。

……

…………

……………………

……どうしてだろう。

苦しいのに、死ねない……。

息をもう十分はしていない。それなのに、俺はまだ生きている。手を動かそうとすると、正常に動いてしまう。

八幡「……っ、っ!!」

いざという時のためにポケットに忍ばせていたナイフでロープを切る。重力に従って体は床に落ちた。

八幡「はぁ……はぁ……っ!」

生きている。

確かに、生きている。

八幡「何で……?」

俺は家を出て走り出した。すれ違う材木座の群れは無視する。

カンカンカンカン……

目的の場所に到達する。タイミングもバッチリだ。

ゴォーーーー

電車の音が近づく。右の方から来ているようだ。

遮断機を乗り越えて、線路の中央に立つ。

……死ねる事を願って。

プァーーーーーーー

電車が止まる時によく鳴らす音がする。もう一秒二秒もしないうちに、死ねるはずだ。

グシャッ

……

…………

……………………

八幡「はっ!」

目が覚める。そこは、どこともわからない森の中だった。

長い夢を見ていたのだろうか?

そう思うが、ズタボロになった服装からして、それは違うようだ。

電車にはねられて、ここまで飛ばされた?

ならなぜ生きている?

電車にはねられたら、普通人間は死ぬ……はずだ。……だよな?

嫌な予感を必死に噛み殺しながら、ポケットに入っていたナイフを手に取り、刃を喉に突き立てる。

こんな死に方は痛いからごめんだが、今はなりふり構っていられない。

俺は、ナイフを思いっきり喉に刺した。

ゴシャッ

痛みとかそういうのがよくわからないような『感覚』が、脳を突き抜ける。

今度こそ……。

ナイフを刺しきり、首の後ろまで刃は貫いた。

血がドバドバ流れ出る。しかし、それと同じように、傷口が猛スピードでふさがっていく。

ほんの一分もしないうちに、俺の喉の傷口はふさがり、痕はなくなっていた。

八幡「はぁ……かぁっ……!」

そして、俺は生きている。

八幡「そんなの……嘘だろ……?」



この世界で、比企谷八幡は――



――死ぬ事を、許されていない。



それから俺は何でもやった。

超高層ビルから飛び降りたし、危険と言われる薬品を大量に飲んだりもした。チェーンソーを用意して胴体を切断した事もある。

しかしどうやっても、俺が死ぬ事はなかった。

そしてそれはきっと今回も同じで――

材木座E「なぜだ……なぜ死なぬ……!?」

八幡「……また、か」

材木座E「もう十発は撃たれているであろう!? なのになぜお主は死なぬ!?」

八幡「……知らねーよ。死ねるんだったら、とっくの昔に死んでる」

材木座E「あわ……あわ……」

腰を抜かしている材木座(材木座E)を置いて立ち去る。

いつしか俺は死ぬ事を諦めて、死んだように生きるようになった。ただ息をし、飯を食い、寝るだけの毎日。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみもない毎日。これは『死』と何が違うのだろうか。

こんな日々は、一体いつまで続くのだろうか。俺がじじいになるまでだろうか。そもそも年をとるのか、それすら怪しい。

それでも、いつか迎える終わりを願って、俺は今日を生きていく。

――――――
――――
――




『お兄ちゃんは……本当に何で……』

『馬鹿だよ……大馬鹿野郎だよ……』

『こんな良い人たちを泣かすなんて……本当にゴミいちゃんだよ……!』

『……っ、ひっく……ひっきぃ……っ!』

『比企谷くん……あなたって人は……!』

『帰ってきてよ……帰って来てよぉ……っ! おにいぢゃん……!!』



比企谷八幡が死んだのは、ある冬の日の事だ。

彼は臆病だった。

失う事を恐れて、そのせいで自身の命を失い、そして、多くの人間の人生を奪った。

これは、そんな彼への罰なのだ。



以上であふたぁすとぉりぃ『世界は、材木座で出来ている』はおしまいです。支援レスありがとうございました。

いろはの話と微妙に繋がってたりします。
貝木が動かなかった時の世界という事で。

……どうしてこうなった?
作者が完全に暴走したからですね。ごめんなさい。

あふたぁすとぉりぃは次が最後の話になりますが、読んでくださると嬉しいです。

おやすみなさい。

ダスティンホフマンと聞いて、脳内にセブンが思い浮かんだけど、あれはモーガンフリーマンだったわ。

投下します。



↓本編



いろは「せーんぱい♪」

八幡「…………」

いろは「あのー」

八幡「……なんだよ」

いろは「わざわざ先輩のために教室まで来たのに酷くないですか?」

八幡「嘘つけ。葉山とかに用事があって来たんだろうが」

いろは「違いますよ! 本当に先輩に用事があったんです!」

八幡「あっそ。で、なに?」

いろは「今日一緒に帰りません?」

八幡「断る」

いろは「却下です♪」

『はちまんはあきらめた!』

だってこいつ一度これ始まったら、もう何言っても聞かないし。

いろは「先輩も部活あるんでしょうし、時間的にも問題ないと思います。だから放課後校門で待っててくださいね」タッタッタッ

八幡「お前そしたら人に見られ……」

八幡「ってもう行っちまったし……」

クラスメイト「…………」ニヤニヤ

……今更気にしても意味ねぇか。

一色が元に戻って早二週間。

あんだけいろんな事があったのにも関わらず、俺と一色の関係はあまり変わっていない。

俺としては何の問題もないのだが、それでも一色が話しかけてくる頻度を増やした程度で他に何もしてこないのは、多少不気味ではある。

が、しかし、俺の中の一色のイメージなら、むしろこれが正常であるようにも思える。

目的のためにどんな人も物も道具として使おうとする彼女が、俺を元に戻るための方法として使ったと言うのなら、それで納得できなくもない。

てかこれで本当にそうだったら、もう俺女子を信じられなくなっちまうってばよ。

そう言えば連載終わるそうですね、お疲れ様でした。

八幡「うーす。WAWAWA忘れ~」

八幡「もの!?」

雪乃・結衣「「あ……」」

扉を開くと、部室のど真ん中で、由比ヶ浜が、雪ノ下を、押し倒していた。

八幡「……お邪魔だったようで」

結衣「ち、違うの! ヒッキー!」

八幡「うん、わかった。違うんだよな。じゃあちょっとマッ缶買ってくるわ」ニコッ

結衣「だから違うのおおおおお!!!」

八幡「で、話をまとめると」

八幡「由比ヶ浜がここでアルゴリズム体操をしていて、『手を横に~♪』のところで雪ノ下に当たって、その拍子に押し倒してしまったと」

ピタゴラスイッチとか懐かしすぎんだろ。OPの装置すげぇ好きだったわ。あれまだやってんのかな。

結衣「うぅ……」

八幡「んなの信じられるかよ」

結衣「すごい恥ずかしいけど本当なんだよ……」

八幡「何でそんな奇行に走ったんだ?」

結衣「奇行とか言うなし!」

八幡「いや、誰がどう見ても奇行だろ。下手したら奇行種に勝てるまである」

結衣「?」

あっ、進撃ネタわかんないんすね。リア充ならわかるかと思ったわ。

八幡「で、雪ノ下。どうなんだ?」

雪乃「とてもバカらしいけれど、真実よ。由比ヶ浜さんが携帯でピタゴラスイッチの動画を見ていたら、突然踊りだして私に当たってしまったのよ」

結衣「…………」ジトー

確かにあれ妙な中毒性あるよな。俺も家では稀によくやるわ。一回小町に見られてから自重しているが。

八幡「……ん、待てよ?」

雪乃「?」

アルゴリズム体操の『手を横に~』は、最初ではなかったはず……。由比ヶ浜が突然始めて雪ノ下に手が当たるのはどう考えても不自然……。

まさか……。

八幡「……雪ノ下も一緒に踊っていた?」

雪乃「にゃ……なにを言っているのかしら。全く意味がわからないのだけれど。しょもそも私がそんな子ども用教育番組など見るわけがないでしょう。この歳でそんにゃのを見るのはあにゃたと由比ヶ浜さんくらいよ?」

八幡「…………」

雪乃「…………」カァァ

ビンゴかよ。雪ノ下がアルゴリズム体操を踊ってる光景とか全く想像できねぇ。

雪乃「ち、違うのよ。由比ヶ浜さんが二人でやってみたいって言ったから仕方なく……」

結衣「でもゆきのんノリノリだった――」

雪乃「……!」ギロリ

結衣「――わけないよね!」

ノリノリだったんですね、わかります。

八幡「ま、どうでもいいな」

雪乃「その悟りきったような顔は何なのかしら。気持ち悪いわよ?」

八幡「うん、わかったから。今度は俺も一緒にアルゴリズム行進やってやるから」

雪乃「っ! ではなくて、だから、私は……っ!」

八幡「いっぽすすんで」

雪乃「まえならえ」

八幡「いっぽすすんで」

雪乃「えらいひと」

八幡「ひっくりかえって」

雪乃「ぺこりんこ」

八幡「…………」

雪乃「あっ……」

結衣(ゆきのん可愛い……)



今日はここまでです。支援レスありがとうございました。おやすみなさい。

明日はコンビニから連投するよ。

こんにちは。作者です。
コンビニより投下です。
本来二つ、三つくらいに分けるべき話を一つにまとめてるので、ゴチャゴチャしてると思いますが、ご了承ください。

くだらないけど、楽しい毎日。それが続くのはやはり嬉しい。

何度も終わりかけたこの日々が、今も過ごせる幸福を、近いうちに俺は忘れてしまうだろう。人は幸せにはすぐに慣れてしまう生き物だ。それは俺も同様だ。

だから次に失ったら、そこでまた俺は気づくのだろう。今俺が手にしているものの重さを。

けれども、そうであるからと言って、毎日綱渡りするように過ごしたりはしない。それは失っていることと同義だ。失うことを恐れて、今を楽しめるわけがない。

八幡「じゃ、マッ缶買ってくるわ」

結衣「うん、行ってらっしゃい」

雪乃「私は野菜生活で」

八幡「む。由比ヶ浜は?」

結衣「わ、私は別にいいよ~」

八幡「マッ缶二本に野菜生活な。了解」

結衣「ちょっと!? ……でも、ヒッキーと同じなら、いいかな」

雪乃「比企谷くん」

八幡「ん?」

雪乃「……私も、MAXコーヒーで」

やはり比企谷八幡はマッ缶教の布教者である。

八幡「マッ缶売ってるかなー」

川崎「…………」

八幡「…………」

あっ、川なんとかさんだ。何でこんな時間にここにいるのだろう。

川崎「……ねぇ」

俺のことじゃない。スルーだ、スルー。

川崎「あんたの事呼んでんだけど」グイッ

八幡「モルスァ!?」

いきなり襟を掴まれて変な声が出てしまった。材木座かよ。

八幡「……何だよ」

喉を押さえながら振り返る。

……あれ?

川崎さんちょっと遠くないですかね? 振り返った瞬間にバックステップでもしたの? 俺ってそんなに気持ち悪い? てかさっきの瞬間首元付近の温度が多少下がったような……。川崎さんってまさか低体温症?

川崎「……やっぱり、何でもない」

八幡「……?」

変な感じだが本人がそう言うのならそうなのだろう。

八幡「じゃあな」スタスタ

川崎「うん……」



川崎「……ごめん」

八幡「おっ、今日はマッ缶あるな。やるじゃねぇか」

ピッガタンッピッガタンッピッガタンッ

八幡「マッ缶が三本も……! 夢のようだ……!」

缶の温度が冷えた手を温める。うん、冬はこれが最高。あっ、嘘だわ。一番はコタツだった。

夏も夏でいいが、冬に倍増される(俺調べ)マッ缶の甘さこそが至高だと思うのは俺だけだろうか?

相模「…………」

八幡「あ、わり」

後ろに並んでいたのは元文化祭実行委員会委員長の相模南だった。

体育祭が終わってから、俺と相模の間に接点はない。今だってすぐに部室に戻ればいいだけの話だ。

相模「あのさ……」

話し始めたのは相模の方からだった。話しかけられたからにはもう戻れない。

相模「あの時、ごめん」

八幡「は?」

相模「……文化祭の、時」

八幡「何を言って――」

相模「そ、それだけだから! ウチもう行くね!」タッタッタッ

八幡「何だったんだ……?」



相模「やっぱりあの時みたいには、うまくいかないな……」

材木座「はぁぁちぃぃぃまあああああああああああああんんん!!!」ズドドドドドド

八幡「おお、材木座か。どうした?」

今日はやけに知り合いに会うな。厄日か?

材木座「我の新作の原稿が出来上がったのだ! とくと読むがいい!」

八幡「設定集しか持ってこなかった時よりは成長したな」

材木座「そうであろう、そうであろう。だから早く読むのだ、八幡」

八幡「悪いが今は勘弁だ。どうしても今がいいなら雪ノ下も一緒に、ってことになるが」

材木座「それだけはやめて」

素が出てんぞ。どんだけ嫌なんだよ。まぁ、最初の時のことを考えれば当然か。あれはトラウマものだよな。

八幡「家帰ってから読むから、また今度叩いてやるよ」

材木座「うむ! ……えっ、叩くだけ?」

八幡「おう」

材木座「……まぁ、それでもいいな。もう……」

材木座はそううなだれながら、去って行った。あいつの書くのって最近は多少はマシにはなっているが、それも焼け石に水程度で、だいたい何かのパクりなんだよな。うまくやるんだったらまだ褒めようもあるが。

八幡「……そろそろ戻んねぇとな。マッ缶冷めちまうし」

テッテテッテテッテテッテレー

八幡「?」

https://www.youtube.com/watch?v=TYfHo77NStM

雪乃「こっちむいてふたりで まえならえー♪」

結衣「あっちむいてふたりで まえならえー♪」

結衣「てを よこにー あら あぶない♪」ユキノンダイジョウブカナ

雪乃「あたまを さげれば ぶつかりません♪」コンドハアタラナイワ

雪乃「てを よこにー あら あぶない♪」ユイガハマサンキヲツケテ

結衣「あたまを さげれば だいじょうぶ♪」ダイジョウブダヨユキノン

八幡「…………」

雪乃・結衣「ぐるぐるぐる ぐるぐるぐる ぐーる ぐる♪」×2

雪乃・結衣「ぱっちん ぱっちん ガシン ガシン♪」×4

八幡「……何だこれは」

雪乃「すって はくのが しんこきゅう♪」

結衣「すって はくのが しんこきゅうー♪」

雪乃「アルゴリズムたいそう おわりー!」

結衣「アルゴリズムたいそう おわりー!」

スマホ<ピタゴーラー

八幡「スイッチ♪」

雪乃・結衣「「!?!?」」

それからはまたいつもと同じように、俺と雪ノ下は本を読み、由比ヶ浜は携帯をいじって、結局誰からも依頼はないまま、今日の活動は終了した。

雪乃「そろそろ時間ね」

八幡「おう、じゃあ俺は帰るな」

雪乃「ええ、私は鍵を平塚先生に返しに行ってくるわ」

結衣「ゆきのん! 私は下駄箱で待ってるね!」

雪乃「えっ、由比ヶ浜さん、別に先に帰っててもいいのよ?」

結衣「いいの! 今日はゆきのんと一緒に帰りたいんだー!」

いつも通り仲の良いことで。お邪魔虫はそそくさ退散するとしますか。

八幡「じゃあな」

結衣「うん、ヒッキーまた明日ね!」

八幡「おう」

ガララーピシャッ

八幡「……まだか」

校門に来たはいいが、一色はまだ来ていないようだ。

八幡「SSでも読むか」

八幡「……げ、かがみんが可愛いとこ荒れてんじゃん……。負けずに頑張ってください……作者さん……」

本当に同情を禁じ得ない。あれ結構楽しみにしてるのに。面白いとこ荒らすんなら他のつまらないところでやれよ。例えば世にも奇妙な~とかふざけた名前の元ネタのパクりしかなくて、しかも支援なしに更新できない出来損ないのSSとかをよ。まぁ内容があれだから荒らす価値もねぇか。嘘ですごめんなさい荒さないでください。

八幡「他は……」

いろは「せーんぱい!」

八幡「ひゃうっ!?」

八幡「い……一色か……」

いろは「はい! 可愛い可愛いいろはちゃんですよ!」

八幡「はいはい。可愛い可愛い」

いろは「うわー、すごいてきとーですねー」ジトー

八幡「で、どこに行くの? 帰るの?」

いろは「そうですよ!」

八幡「わかったよ……。じゃあ千葉に……」

八幡「……えっ?」

八幡「……どうしてこうなった?」

いろは「何ででしょうねー?」

小町「いろは先輩はカレーは何かける派ですか?」

いろは「私は醤油かなー」

説明しよう。今俺の身に何が起こっているのか。

材木座『今北産業』

うるせぇ、脳内材木座は黙れ。

俺んちで
一色と
夕食を
食べている。

四行じゃねぇか。

八幡父「まさか八幡が家に彼女を呼ぶ日が来るとはな」

八幡母「そうねぇ、本当にびっくりだわ」

八幡「いや彼女とかじゃねぇし」

ヤバい、超恥ずかしい。何でこんな恥辱を浴びなきゃならないの? 昨日拾った十円をネコババしたからか? 仕方ねぇだろ、ギザ十だったんだから。

いろは「そうですね。『まだ』付き合ってませんよね」

何でそこを強調したの? 未来にその予定はあるの? 世界線はそうやって収束していくの?

小町「でもいろは先輩が未来のお義姉ちゃんか……。これはポイント高いよ……!」

何のポイントだよ。貯まれば何かと交換してくれるの? 大方期限切れで何も貰えずに終わるんだよな、ああいうのって。

あぁ、ダメだ。思考が安定しない。もうカレーの味がよくわからないよ、パトラッシュ。

八幡「いつの間にこんなことに……」

小町「小町が提案したんだよ、感謝してよね、お兄ちゃん!」

八幡「しねーよ。むしろ恨みで末代まで呪うまである」

小町「それお兄ちゃんの方も入っちゃうからね?」

八幡「しまった……!」

本格的にまともな思考ができないレベルになってんじゃねぇか! 今のは由比ヶ浜並に酷いぞ。

八幡母「一色ちゃんは八幡のどこが好きなの?」

いろは「えーっとですね……」

ちょっと待て。いろいろと待て。なぜ肯定した? そしてなぜ普通に答えた? こういうのって――

『えっ、そんなのじゃないですよ!』アセアセ

とかがデフォなんじゃねぇの? 何かいろいろ段階すっ飛ばしてるだろ。

いろは「……優しいところ、ですかね」カァァ

いや、すっ飛んでなかった。一応こいつ照れてるし。……って違う! 吹っ飛びすぎてて気づかなかったけど、やっぱり違う!

八幡「俺らまだ付き合ってないだろうが……」

小町「まだ?」

八幡「」

もうやだ、このままポルトガル星に飛んで行って、ポルトガル星人に殺されたい。何言ってんだ俺は。

それから俺と一色は、両親に質問という名の尋問をされ続けた。いつの間に犯罪者になってたのかと勘違いしかけたわ。

八幡「すげぇ疲れた……」

いろは「いい人ですね、先輩の親御さんは」

八幡「……まぁ、俺の親だしな」

いろは「ふふっ」

八幡「?」

いろは「いや、否定しないんだなーって」

八幡「俺は反抗期の中学生じゃねぇんだよ」

いろは「それでも素直に自分の両親を肯定できるなんて、なんかいいなって思いますよ?」

八幡「……そういうもんか?」

いろは「そういうもんです♪」

八幡母「八幡。一色ちゃんを送りに行ってきなさい」

八幡「わかってるよ。ったく……」

八幡母「返事は?」

八幡「……はい」

いろは「プッ」

八幡「はいそこ、笑うな」

八幡母「また来てね、一色ちゃん。今度はちゃんと彼女として」

いろは「はい。その時はまた」

だから間で踏むべきステップが二十個くらい飛んでるっつーの。何なの、飛び級しすぎて十歳で大学卒業しちゃう天才児ですか? それとも十歳で童貞卒業しちゃうヤリ……これ以上は何も言うまい……。

八幡「…………」スタスタ

いろは「…………」テクテク

八幡・いろは「「あの」」

八幡・いろは「「!!」」

八幡「そ……そっちからでいいぞ」

いろは「いえいえ、先輩からで……」

八幡「……じゃあ堂々巡りになりそうだしお前からな。拒否権はなし」

いろは「はい……」

目の前にいる後輩は、うつむきながら何かを言おうとしてはやめるを繰り返している。

いろは「私は……っ」

そこで言葉が詰まると、一色はもう一度深呼吸をして、言い直した。

いろは「私は、先輩のことが好きです」

八幡「…………」

そう言われるのではないかと予想はしていた。だが、それを止めさせるほどの勇気を、俺は持ち合わせていない。

いろは「……先輩は、まだ信じていないんですか?」

八幡「何をだよ……」

いろは「私のことをですよ。あんなことがあって、それでもまだ私を信じられないんですか?」

八幡「…………」

答えられなかった。俺はまだ彼女を信頼できるほどに、一色のことを知らないのだから。

いろは「はぁ……。先輩の攻略って大変ですね……。結衣先輩たちの気苦労がわかった気がします」

攻略ってなんだ、攻略って。俺は乙ゲーのキャラだったのか。あと乙ゲーって、口で言うと音ゲーと違いがないからどうにかして欲しい。

いろは「ペンダントのこともあったのに……?」

一色が何を言いたいのかはわかっている。しかしそれも信頼に足る情報ではないのだ。

八幡「あいつは詐欺師だ。あれが本当だという証拠がない」

いろは「それでも……!」

八幡「逆に、俺はお前の方がわからない」

いろは「えっ?」

八幡「……あれからそろそろ二週間だな」

いろは「…………」

『あれ』の意味をきっと一色もわかっている。

八幡「その間、今日を除いて、お前の俺に対する態度は今までとほとんど変わらなかっただろ。それでどうして信じられるんだ?」

いろは「それは……」

八幡「行動がちぐはぐすぎて、お前のことが俺はわからない。だからそんなの言われたって……」

いろは「なら……」

八幡「ほら、お前んちこの辺だろ。俺は帰る。じゃあな」

いろは「先輩!」

上着をギュッと引っ張られる。少し力を入れれば振りほどくことも可能だったが、なぜかその瞬間の俺には不可能だった。

いろは「一つ……宿題です……」

八幡「はぁ?」

いろは「私が……先輩の信頼に足る人間か、考えてきてください。期限は明日まで。真剣に考えた結果なら、それがどんな答えでも私は受け止めます」

八幡「……わかった」

いろは「約束ですよ?」

八幡「あぁ」

それを最後に俺と一色は別れた。

いろは「……いでくださいよ」

一色が何かを呟く声が聞こえたが、あまりにも小さすぎて俺には聞き取れなかった。

家に着くと親から質問攻めにあったが、適当に受け流してそのまま風呂場に直行し、今はベットの上である。時間の流れマジはえぇ。

寝転がって、読めと言われていた材木座の小説を読む。そこに描かれていたのは、奇妙な偶然によって引き裂かれてしまう二人の悲恋の物語だった。

その二人が、どこぞの誰かと誰かに似ているように感じたのは、なぜなのだろうか。

夜も更け、睡魔に襲われた俺は何の抵抗もせずそのまま睡眠に落ちた。

その夜、俺は夢を見た。

とりあえずここまでです。
ここでようやく半分くらいかな……?
連投できるとすごく快適ですね。

こんばんは。作者です。
少しだけ投下したいのですが、支援してくださる方はいらっしゃるでしょうか……?
いるなら投下します。

あと、三話の後日談は気合入りすぎてちょっとすごいことになっちゃったので、最後に回すことにします(笑)

ありがとうございます。
前編があって、そこで八幡が『何か』を見たあとの話です。本編には関係ありません。
その『何か』は、このあふたぁすとぉりぃの最後に回します。



↓本編



ぼんやりとした記憶が泡のように消えていく。

何かを俺は今見たはずだ。しかしそれを今の俺は覚えていない。わずかに残った感覚さえも、消えてしまう。

薄れゆく記憶と意識の中で最後に見えた光景は、どうしようもなく淡く、切ないものだったと今の俺には思えるが、その認識が正しいのかどうかはわからない。

薄れて、見えなくなって、そうして新しい何かが見え始める。

……カンカンカンカンカン

遠くから踏切の音がする。これはあの時の記憶なのだろうか。

「はぁ……はぁ……」

急に全身に痛みだし、呼吸が苦しくなる。

そうだ、俺は一色を助けるために、動かない身体を無理やりにでも動かして、走っていたんだ。

ただ、助けたい。死なせたくない。がむしゃらだった。

だから、あのペンダントを手にできた時、どれだけ安心できたことか。

「いろはぁっっ!!!!!」

彼女の名前を叫びながら飛び込む。ここであの人が現れて――

ドンッッ!!!

八幡『……えっ?』

結衣「……嘘だよね? ただ眠ってるだけなんだよね……?」

雪乃「由比ヶ浜さん……」

結衣「ねぇ、嘘って言ってよヒッキー! 冗談だとしても笑えないよ!!」

雪乃「……!」ガッ

結衣「離して、ゆきのん! ヒッキーは……ヒッキーは……!」

雪乃「気持ちはわかるわ、それでも、今は、落ち着いて……!」

結衣「いやだよ!!」

雪乃「由比ヶ浜さん!」

結衣「!!」

八幡『何だよ、これは……』

小町「お兄ちゃんは……本当に何で……」

結衣「…………」

小町「馬鹿だよ……大馬鹿野郎だよ……」

小町「こんな良い人たちを泣かすなんて……本当にゴミいちゃんだよ……!」ポロポロ

結衣「……っ、ひっく……ひっきぃ……っ!」

雪乃「比企谷くん……あなたって人は……!」ギリッ

小町「帰ってきてよ……帰って来てよぉ……っ! おにいぢゃん……!!」

八幡『何で……何で……、俺が死んでるんだよ……?』



とりあえずここまでです。
なるだけ早めに八幡視点は終わらせたいので、明日にコンビニから連投するかもです。
支援レスありがとうございました。
おやすみなさい。

おはようございます。作者です。
コンビニより連投します。

あの人は助けに来なかった? どういうことなんだ?

しかし現にこの俺は死んでしまった。

ならば今の俺は何だ? 幽霊なのか?

わからない。

これが現実で、あっちが夢だったのか?

わからない。

わからないわからないわからないわからないわからないわからない。

いくら問い続けても、その答えは返ってこない。

ただ小町たちの泣き声だけが聞こえる。

やめてくれ。

やめてくれよ。

俺のためにそんな泣くんじゃねぇよ。

??「こんなの……ないですよ……!」

この声は――一色?

いろは「……もしも神様がいるのなら、言わせてもらいます……」

いろは「こんなの……ないですよ……!」

いろは「こんなの! こんなのっ!!」

いろは「お願いします……一生このままでもいいです……先輩と結ばれなくてもいいです……二度とわがままも言いません……!」

いろは「何でもしますから……先輩を助けてくださいよっ!!」

その瞬間、ペンダントの周りが光で満ちた。

八幡「はっ!」ガバッ

八幡「……夢か」

季節が冬なのにも関わらず全身が汗でびっしょりと濡れている。あまりにも恐ろしい夢だったからだ。

もしもあの時、助けがなくて電車にひかれていたら、俺はどうなっていただろう。

八幡「!」

嫌な光景が頭をよぎる。それを振り払うように首を振る。忘れろ。考えるな。

八幡「……気分転換に散歩にでも行くか」

時刻は深夜二時。外出するには遅すぎる時間だが、なぜか俺は外に出たかった。どうせこのままだと眠れないし。

ガチャッ

家族を起こさないように静かに家を出る。こんな時間に外出するのは初めてだから、少しワクワクする。小学生の時の探検を思い出すな。あれ、楽しかったよな。俺はいつも一人でやってたけど。

コンビニ行ってマッ缶でも買ってこようかと思う。近場の自販だとすぐに着いてしまうから、敢えてのコンビニだ。どうせなら少しだけ遠出するのもいい。

ちょっとだけ新鮮な気分で周る風景は、いつもの夜のとは違って見える。

どこの家も灯りが点いていないし、どこからも音がしない。まるでこの世界に自分しかいないように思えて、ここが現実でないのではないかと錯覚する。

思いつくままに歩いていたら、例の踏切に足が向いていた。

八幡「ここで……」

俺は、死にかけた。

ボンヤリと遮断機を見つめていると、突然それが下り始めた。思わず時計を確認する。午前二時過ぎ。こんな時間に電車が走っているわけがないのになぜ?

カンカンカンカンカン……

わけもわからず立ち尽くす。まぁ場所的には安全な場所だから問題はない。ただ、踏切の耳障りな音が、深夜の町でどうしようもなく鳴り響き続けていた。

とりあえずここまでです。
終わりが見えない恐怖。

とりあえず修正を投下。
これを書いた時はまさかあの噴火があんなに酷くなるとは思わなかったんだ。反省している。

>>549
誤)葉山「……ただ、俺は自分のしたい事を自分のしたいようなやってるに過ぎないから、それくらいで嫌われるなら、そもそも好かれてもいなかったってことさ」
正)葉山「……ただ、俺は自分のしたい事を自分のしたいようにやっているだけに過ぎないから、それくらいで嫌われるなら、そもそも好かれてもいなかったってことさ」

>>566
誤)八幡「あぁ? 空いてない事もないが、この前みたいな山登りなんてゴメンだぞ。噴火に巻き込まれたくねーし」
正)八幡「あぁ? 空いてない事もないが、この前みたいなディスティニィーなんてゴメンだぞ。土日にあそこ行くなんて疲れるだけだし」

>>587
誤)驚くべき事に、これらは異様なまでに真面目に行われている。そして、さらに驚くべき事に、これらは全て実在しない、材木座のただの妄想の産物だという事だ。いや、驚くべき事じゃないな。むしろ当然か。
正)驚くべき事に、これらは異様なまでに真面目に行われている。そして、さらに驚くべき事は、これらは全て実在しない、材木座のただの妄想の産物だという事だ。いや、それは驚くべき事じゃないな。むしろ当然か。

今日世にも奇妙な物語やるみたいだね! 楽しみ!

最近ちゃんと23時から始められないですが、あんまし気にせんでください。
あと、今回は普段書く時の癖がかなり出てて、読みづらいと思いますが、ご了承ください。

投下します。



↓本編



時は遡り、一週間前。

……して…………。

…うして…………。

……なの……すよ…………。

微かに聞こえる誰かの声。それは息一つすれば聞こえなくなってしまうほどに小さく、か細い。

見えるのは曇りガラスに透かしたような、ボンヤリとした赤い色だけ。

ここは……どこだろう……?

いろは「うーん……」パチッ

いろは「……夢?」

いろは「せんぱい♪」

八幡「うぉっ! ……なんだ、お前か」

いろは「なんだとは何ですか。可愛い後輩が先輩に会うために山あり谷ありの苦難を乗り越えて、やって来たんですよ?」

八幡「すげぇな。うちの学校の廊下はそんなSASUKEみたいなことになってたのか」

いろは「そうですよ?」

八幡「そこ肯定しちゃうのかよ」

八幡「……で、なに?」

先輩の目がまっすぐ私を捉える。

いろは「いっ、いえっ! 特に何でもありません!」スッ

いきなりこっちを向かないでくださいよ! 先輩のことを正面から見れないんですから!

八幡「えっ、じゃあ何で来たんだ? 葉山ならあそこだぞ」スッ

いろは「ほっ……本当に何でもないんです! それじゃ……っ!」タッタッタッ

八幡「……何だったんだ?」

タッタッタッタッ…

いろは「……どうしよう。まともに目を見て話せない……!」ドキドキ

>>706
貴様!emobileだな!?
http://i.imgur.com/cV15E4P.jpg
支援は嬉しいです! ありがとうございます!
ですが、emobileだと結局僕が書き込めなくなっちゃうんです……。ごめんなさい……。



↓本編




――
―――
――――

意識が朦朧とする。ぼやけた視界だけが今の私に見える全てだ。

ファンファンファンファン……

ぼんやりとした意識で聞こえる踏切の音は、どこか調子外れだ。

恐怖心が私の意識に蛇のように巻きつく。正体のわからない恐怖は、その恐ろしさを倍増させる。

私は何に怯えているのだろうか。私は覚えているはずなのに、思い出せない。

『――っ!』

誰かが何かを叫ぶ。その次の瞬間、ぼやけた世界が真っ赤に染まった。

いろは「うーん……」ゴロゴロ

いろは「……ん」パチッ

いろは「……最近変な夢ばかり見るなぁ」ドサッ

あれから一週間が過ぎましたが、先輩との距離感は相変わらずです。

一応キスまでしたのに、それもどうなんでしょうか? 先輩のヘタレスキル高すぎです。

??「いろは」

ふと、誰かに呼び止められる。この声は――

いろは「葉山先輩!」

葉山「とりあえず戻れてだいぶ経つけど、大丈夫みたいだね」

いろは「はい。今のところは問題ないです」

葉山「……ヒキタニくんのおかげかな」

いろは「はっ……葉山先輩!? 何を言って……っ!」

葉山「おや、俺はヒキタニくんのおかげとしか言ってないんだけど」

いろは「あっ……」

葉山「ようやく、認められたんだね」

いろは「ちょっと何を言ってるのかわから――」

葉山「まぁ、ヒキタニくんは競争率高いから大変だろうけど、元に戻れたんだから君が一歩リードしてるんじゃないかな」

この人は私がペンダントになっていたことを知っている。そして、どうやったら戻れたのかも。うわ、恥ずかしい。

競争率が高い。それもわかっている。

雪ノ下先輩も、由比ヶ浜先輩も、もしかしたら私の知らない誰かも、先輩のことが好きなのだ。

いくら自分に自信のある私でも、あの二人に勝てるとは到底思えない。

もし本当に葉山先輩の言うとおりなら、それは私にとっては大きな武器になる。

それでも――

いろは「私には無理ですよ。雪ノ下先輩は綺麗ですし、勉強も運動も何でもできちゃう完璧超人のような人ですよ?」

勝てるのなんて胸くらいだ。それも先輩がそっちの方が、小さい方が好きなら勝ち目はない。

いろは「由比ヶ浜先輩も、可愛くて、優しくて、素直で、まっすぐで、何一つ勝てないです」

葉山「いろは」

いろは「はい……?」

葉山「人が人を好きになるのは、そういうところだけで決まるものじゃないんだ」

いろは「そんなの、ただの――」

葉山「いや、証拠はあるよ」

葉山先輩は一度フッと笑ってから、私に言った。

葉山「だって君は、比企谷を好きになったじゃないか」

息が詰まり、頭がハンマーで殴られたようにフラフラする。

いろは「ぷっぷぷ……っ!」

思わず笑いがこみ上げてくる。そうだ、確かにそうだ。

いろは「葉山先輩……! それはっ……ちょっとヒドくないですか……?」

笑いをこらえているせいでお腹が痛い。そうだ、私が先輩を好きになったのは、見た目とか性格とか、そんな安易なところではないはずだ。

そんなもので人を好きになるのなら、他にももっといい人はたくさんいる。むしろ先輩は下の方に位置してしまうほどだ。

でも、今の私は確かに先輩のことが好きだ。

姿を見かければ自然と頬が緩むし、声が聞こえれば耳をすましてしまう。

名前を呼ばれたらそれだけで心臓が跳ね上がるし、少しでも触れられたら一瞬で体温が急上昇だ。

葉山「わかってくれたようなら、何よりだよ」

いろは「ありがとうございました。少しだけやる気が出てきました」

葉山「じゃあ、頑張ってね。先輩として応援しているよ」

そう微笑んで、葉山先輩は去っていく。……やっぱりカッコいいなぁ、この人も。

いろは「先輩!」

葉山「ん?」

いろは「先輩も好きな人が出来たら、頑張ってくださいね! その時は後輩としてちゃんと応援しますよ!」

葉山「ああ。ありがとう」

これは私なりのケジメだ。葉山先輩に対して抱いていた想いの、ケジメ。

これで葉山先輩もこれからは何も、いえ、葉山先輩は几帳面だからそれでも気にしてしまうのだろうが、少しは気楽に私に接してくれると思う。

そしてこれは、かつて葉山先輩に恋をしていた自分への、さよならだ。


――
―――
――――

トンネルで反響するように私の耳に届く声は、誰かの泣き声だった。

『――――……』

何を言っているのかはわからない。ただ、泣いているのだけはわかった。

その声が胸を強く締め付ける。痛い、痛い、目から涙が流れ始める。

――私のせいだ。

どうしてか、私はそう思った。どこからか来たのかわからない罪悪感が、私の胸をさらに締め付ける。

『――カだよ……』

少しずつ耳に届く声が鮮明になる。もう少し、もう少しで何を言っているのかわかる。

いろは「…………」パチッ

いろは「またあの夢……」スッ

いろは「……あともう少しだったのにな」ゴロッ

ファナモ

>>724
今日のはまだ見てないので、ネタバレしないでくださると助かります。


↓本編



いろは「……バカですか、私は」

思いっきり自覚してしまったせいで、さらに先輩の顔が見られないんですけど!?

八幡「だから何しに来たんだ、お前は」

いろは「べっ、別にっ、先輩に会いに来たわけじゃないんですからね!?」タッタッタッ

八幡「どうしてそんなツンデレのテンプレを捨て台詞に逃げていく……?」

クラスメイト「…………」ニヤニヤ

八幡「俺もマッ缶買いに行こ……」

八幡(どうしてこうなった……)

いろは「どうしよう……こんなんじゃ攻略どころの話じゃない……」

いろは「話さずに攻略する方法なんてあればいいけど、そんなのないよね……」

ホーカーゴーノーブライジェネレーション♪

いろは「電話……小町ちゃん?」

あれから私と小町ちゃんはたまにメールをする程度の関係になっていた。その小町ちゃんから電話とは珍しい。

ピッ

いろは「はい、もしもし」

小町『こんにちはっ、比企谷八幡の妹の比企谷小町です!』

この子は元気だなぁ。どうしてあの兄の妹がこの子なのか。この世界は不思議なことだらけだ。世界の秘密を探る気はないけれど。

いろは「どうしたの?」

小町『いやぁ~、小町ようやく聞けたんですよ』

いろは「何を?」

小町『お兄ちゃんといろは先輩の間に何があったのかですよ!』

いろは「」

小町『大変でしたよ~? お兄ちゃんは口が固いんで本当に』

いろは「先輩が、話したんですか?」

小町『はい!』

いろは「……どこまで?」

小町『元に戻るところまでです♪』

いろは「」

いや、まだだ。元に戻る方法まで先輩がバカ正直に話すわけがない。きっと概要だけ話したに違いな――

小町『びっくりしましたよ~。あのお兄ちゃんがペンダントに対してとは言え、キスをしたなんて~』

先輩の口、妹に対してはガバガバじゃないですか!

いろは「…………」カァッ

小町『お兄ちゃんがこんなに成長するなんて、小町は嬉しくて涙が止まりませんよ……』

あれ? そのあとのことには言及しない?

いろは「……?」

小町『どうかしたんですか?』

いろは「あっ……」

どれだけ先輩が妹に弱くても、『あの事』だけは話さなかったんだ。

いろは『……お返しです♪』

いろは「~~~~!!」カァァァァァァァ

今思うと何やってるんですか私は! 恥ずかしすぎて恥ずか死にするレベルですよ!?

小町『で、小町から提案なんですけど』

いろは「うん」

小町『いろは先輩、うちにご飯食べに来ませんか?』

いろは「……うち……ごはん……えぇっ!?」

小町『もし来れるなら歓迎しますよ!』

いろは「いや、そんな迷惑かけられないよ!」

小町『別に迷惑なんかじゃないですよ~。お兄ちゃんが暴露している時に最後の部分、お兄ちゃんがいろは先輩にキスするところだけ、ちょうど親が聞いてて……、あ、お兄ちゃんはそれに気づいてないんですけど』

……先輩、なんでそんなところまで広まっちゃってるんですか。今度会ったらとりあえず何か奢ってもらいますよ? あっ、でもペンダントになったことは知らないっぽいからいいのかな。

小町『それでお母さんから『そのいろはちゃんをうちに呼んで』なんて言われたもので……』

いろは「それでもまだ付き合ってもいないのに、先輩のうちなんて、しかも家族に会うなんて……恥ずか……っ」

待て、一色いろは。これは逆にチャンスなのではないだろうか。

口ぶりからして、恐らく雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も、先輩の親には会ったことがないはず。これを乗り越えられれば相当のアドバンテージになる。

いろは「……いつにする?」

小町『おっ、やっぱりそう来ますか! お兄ちゃんの話からそうじゃないかなとは思ってましたが、やっぱりそうでしたか~』

いろは「?」

何を言っているのだろう。私は先輩が好きなことは明言していないはず……いや、もうそれに近しいことをずっと言ってましたね。ポルトガル星に飛んで行って、ポルトガル星人に殺されたい。

小町『では、明日で♪』

いろは「うん、じゃあ明日……って明日!?」

小町『思い立ったが仏滅ですよ♪』

いろは「それ吉日だから。仏滅だったら最悪だから」

小町『まーそんなの気にしないで、明日で大丈夫ですよね?』

いろは「そんな急に言われても心の準備が……!」

小町『予定はないんですね! じゃあ明日は両親に早めに帰って来るように言っておきます!』プツッ

いろは「ちょっと小町ちゃ……切れちゃった」

いろは「……どうしよう」


――
―――
――――

その夜の夢は、今までと違っていやにはっきりしていた。

視覚も、聴覚も、全てがはっきりとしている。

しかし、何もない。

何もない真っ暗な空間に私は立っていた。

夢だからか違和感はないのだが。

いろは『ここは……』

初めて声を発した瞬間、目の前に私のよく知る人間が現れた。

いろは『先輩……?』

私の前に、比企谷八幡先輩が、何も言わずにただそこに突っ立っていた。

いろは『夢の中で先輩に会えるなんて、ちょっと嬉しいですね』

昔の人って夢に好きな人が現れるのはその好きな人が自分のことを想ってくれているから、って解釈してたんだっけ。ロマンティックだけど、少し自分勝手な解釈だよね。

いろは『何か言ってくださいよ……?』

話しかけるが、先輩は少しも表情を変えず、ただその腐った目で私を見つめている。反応しないというよりも、反応がない。

まばたきはするし、呼吸でわずかに肩も上下する。だから人形のようではないはずのに、どこか不気味だ。

少し横に動いてみたら視線はどうなるんだろう、と思って右足に力を入れた瞬間、先輩は私に背を向けた。

いろは『先輩!?』

完全に私と逆の方向を向くと、先輩は歩き始めた。

いろは『どこに行くんですか! 待ってください!』

そう叫んでも、先輩の歩みは止まらない。走っても、その距離はどんどん離れていく。

いろは『先輩! ダメです! 行かないでくださいっ!!』

全速力で走る。喉が潰れるくらいに叫ぶ。なのに、先輩は止まらずに歩き続け、背中はどんどん小さくなる。

やがて、その姿は豆粒ほどの大きさになり、ついには消えた。

いろは『「先輩っ!!!」』ガバッ

目が覚めて布団が宙を舞った。周りを見渡すと、そこはいつもの私の部屋だ。

いろは「何なの……この夢……」

まるで、先輩が、どこかに行ってしまうようで、酷く怖い。

いろは「……大丈夫……明日学校で会えれば……」

そう自分に言い聞かせるが、悪夢の恐怖は消えてくれないままだ。

とりあえず今日はここまでです!
支援レスありがとうございました!

ようやく時系列が八幡視点の最初まで追いついたよ……
しかも時間が経って書きたいことが増えたせいで、ここでようやく半分くらいになってしまった……

当初の構想よりもずっと長い話になりそうですが、最後まで付き合ってくださると幸いです。

おやすみなさい。

いろは「先輩も部活あるんでしょうし、時間的にも問題ないと思います。だから放課後校門で待っててくださいね」タッタッタ

八幡「お前そしたら人に見られ……」

先輩が話しかけてくるが、無視して走り去る。無理、もう限界。先輩とこれ以上話してたら心臓がもたない。

今朝、小町ちゃんからメールが来た。

【両親ともにOKが出ました!

 なんだかんだお兄ちゃんのことが気になるんですかね!

 お兄ちゃんには言ってないので、先輩が連れて来てください!】

いろは「小町ちゃん……それハードル高すぎだよ……」

そのせいで今日一日は、ずっとソワソワして過ごすことになった。

いろは「…………」ブツブツ

放課後に……先輩の家で……先輩のご両親と……お食事……?

間に必要な段階がいくつか飛んでないかな、それ。

いろは「いや……でもそれは……」ブツブツ

クラスメイトA「いろはすが怖い……」

クラスメイトB「ずっと独り言してるよ……。何かあったのかな……」

いろは「それに……でも……いややっぱり……」ブツブツ

クラスメイト(いろはすが壊れた……!)

時は流れ夜。

いろは「お、おじゃましまーす」

小町「さぁどーぞ、いろは先輩!」

八幡「聞いてねぇぞ。一色がうちに来るなんて」

小町「だって言ってないし」

八幡「伝えとけや。ホウレンソウは常識だろ。お兄ちゃんガッカリだよ」

小町「ホウレンソウ?」

いろは「報告、連絡、相談のことだよ」

小町「あー、ならお兄ちゃんにはなくて大丈夫だね!」

八幡「最近妹が俺に冷たい」

時同じ頃、リビングにて。

八幡父「…………っ」ソワソワ

八幡母「あなた、顔がすごいことになってるわよ?」

八幡父「な……何のことやら……」ソワソワ

八幡母「男を連れてきた娘の父親じゃないんだから……」

八幡父「小町に男っ!?」ガタッ

八幡母「そんなこと言ってないから。少し落ち着きなさい」

八幡父「お……俺はいつでも落ち着いてる……! もうクールすぎて宅配業者立ち上げられるレベルだ……っ!」ソワソワ

八幡母「ダメだこいつ……早く何とかしないと……」ヤレヤレ

いろは「こんばんはー」ガチャッ

小町「この子が一色いろはちゃんでーす」

八幡母「こんばんは。あら、八幡にはもったいないくらいに可愛い娘ね」

八幡「なんだ、俺だけ置いてかれてるのか? それとも俺だけ世界線移動してたのか?」

いろは「何言ってるんです?」

小町「ただの中二病ですよ」

八幡「おい、俺をどこぞの材なんとかみたいに言うんじゃねぇ」

小町「もともとこの世界には七人の神――」

八幡「俺が悪かった」ドゲザッ

八幡父「ど、どうも……。八幡の父です……」

いろは「あっ、こんばんは~」ペコリ

八幡父「うちのバカ息子が世話になってます」ペコリ

いろは「いえいえこちらこそ~」

八幡「やっぱりおかしいだろこれ。時間軸十年くらい確実に飛んでるだろ」

小町「大丈夫だよ、お兄ちゃんの場合何年経ってもこんなこと起きないから」グッ

八幡「今目の前で起こってるんだけど」

小町「まぁ立ち話もなんですし、手洗ってきてください。洗面所はそこです」

いろは「あ、うん。ありがとね」

小町「いえいえ~。将来小町のお義姉ちゃんになるかもしれない人ですから~」

いろは「お義姉ちゃん……///」ポッ

八幡「何をバカなことを」デコピンッ

小町「あたっ! ……痛いなぁ」サスサス

八幡「ちょっとペチッてやっただけだから痛くねぇだろ」

小町「まぁね♪」テヘペロ

八幡「うぜぇ……」

小町「今日はお客さんが来るからってことで、夕食がちょっとだけ豪華なんだよ!」

八幡「それでカレーかよ。そのセンスにお兄ちゃんちょっと悲しくなっちゃうよ」

八幡母「カレーにしたのは私なんだけど?」

八幡「やっぱり特別なお祝い事にはカレーだよな!」

いろは「変わり身が早くないですか!?」

小町「……我が家ではお母さんに頭が上がる人がいないんですよ」ヒソヒソ

いろは「あー……」

八幡母「それにカレーは少なめで、チキンとかピザとかいろいろあるから」

八幡「すげぇな。俺の誕生日よりも豪華なんじゃねぇの?」

八幡母「……八幡の誕生日いつだっけ?」

八幡「」

衝撃的な発言に茫然自失している先輩は気づいていないだろうが、私は聞き逃さなかった。

先輩のお母さんが『いつだっけ?』のあとに小さく『忘れるわけないでしょ』、と呟いたのを。

……仲良いなぁ。

それから食事中は、先輩の両親からの質問のオンパレードだった。

何部に入っているのかとか、生徒会長って大変じゃないのとか、先輩のどこが好きになったのかとか……最後のは今の私に聞くことじゃないですよね。

そしてこの一時間ほど一緒にいてわかったのは、この家族がそれなりに仲の良いことだ。

先輩はよく自分のことはあまり気にされていないなんて言うけれど、実際そんなことはない。特に母親の方はよく先輩のことを見ている。

だから先輩の良いところも悪いところも、私の十倍は、小町ちゃんの二倍くらいは知っている――ように感じた。

父親もちゃんと気にかけているようだ。小町ちゃんとの比率は一対四くらい(当社調べ)だが。頑張れ、先輩。

何だかんだ言って、先輩は家族から愛されている。

先輩の家を出て十分くらいが過ぎるが、先輩との間に会話はない。普通こういうのって男の人がエスコートするんじゃないのかな。会話においても。

いろは「…………」

今日、先輩の家に来るようにと小町ちゃんに言われてから、私はずっと心に決めていたことがあった。

それは、この気持ちを伝えることだ。

ちゃんと、言葉にして。

そうじゃないと、この人には伝わらない。

言葉にしても伝わらないかもしれないのに、言葉にしないで伝わるわけがない。

だから、勇気を振り絞ろう。

いろは・八幡「「あの」」

いろは・八幡「「!!」」

タイミング悪すぎじゃないですか!? 先輩これ絶対狙ってましたよね!?

八幡「……じゃあ堂々巡りになりそうだしお前からな。拒否権はなし」

いろは「はい……」

わざと言わせないようにしていたのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。じゃあ今のは本当に偶然? 実は運命の赤い糸とかで結ばれてたりするのかな?

いろは「…………」

言葉は決まっている。なのに、それが口から出てこない。

強引に言葉にしようと喉に力を入れる。

いろは「私は……っ!」

しかし、途中で息が切れてしまって、うまく言葉にならなかった。

一度、深呼吸。すぅーはぁー……よし。

もう一度息を吸って、ずっと言いたかった言葉を告げた。

いろは「私は、先輩のことが好きです」

ようやく伝えられた。

しかし、先輩は私を信じてくれなかった。

まさか恥ずかしくてうまく話せないのがそんな風に取られていたなんて、計算外だ。

今、先輩に答えを出させたら確実に私は振られる。だから一日猶予をあげることにした。

もしも考える時間をあげたら、その時は――。

――それでも先輩が私の望む答えを返してくれるとは考え難い。

どうせなら一日と言わずに、一週間くらいにしておけばよかったかな。いや、ダメだ。そんな生殺し状態で来週までまともに過ごせる自信がない。

八幡「……わかった」

いろは「約束ですよ?」

八幡「あぁ」

先輩はそう言うと私に背を向けた。

その瞬間、私の脳裏に昨日の夢の光景がよみがえる。

真っ黒の世界の向こうに消えていく先輩の姿。

このまま放っておいたら、先輩が本当にどこが遠くに行ってしまうように感じた。

いろは「どこにも、行かないでくださいよ……」

そう呟いた私の声は冬の夜風にさらわれて、先輩の耳には届かなかった。

いろは「はぁ……」ドサッ

家に帰り自分の部屋に戻ると、一気に疲れが押し寄せてきて、そのままベッドに倒れ込んだ。もふっ、やわらかい。

いろは「……言っちゃったな」

……後悔していないと言えば、それは嘘になってしまう。告白するとはその成否に関わらず、それまでの関係を壊すことと同義だ。

一度言ってしまったら、もう前のような関係には戻れない。

私は間違えたのだろうか。もしそうなら、それは時期? それとも先輩に対して告白すること自体が間違っていたのか。

――それとも、先輩に出会ってしまったことが、そもそもの間違いだったのだろうか。

出会わなければ、好きになることもなかった。

今の関係を失うことを、恐れることもなかった。

あの時めぐり先輩と奉仕部に訪れなかったら、こんなことにはならなかったのだろうか。

いろは「そんなこと……ない……はず……」

これまで先輩と過ごしてきた日々を否定しようとする心の声を、必死で押し殺す。でも自信をもってそう言えるわけではない。

いろは「でも……」

たった一つの接続詞が口から漏れただけだ。ただその一言は私を後悔の沼に突き落とすのには十分すぎた。

いろは「どうして……」

どうしてあの関係で納得できなかったのだろう。

ただの先輩と後輩の関係、それだけでよかったはずなのに、私はそれ以上を求めてしまった。

今思うと本当にバカだ。あの先輩が応えてくれるわけがないのに。私なんかじゃダメだって、わかっていたのに。

先輩の求めた本物に、私がなれるわけないのに。

突き落とされた後悔の沼の中で、精一杯もがくも意味はなく、心はとどまることを知らずにひたすらその深淵に沈んでいく。

こんなことになるなら、こんな気持ちになるのなら――





――先輩に、出会わなければよかった。





眠りに落ちる寸前に私が口にしたのは、他の誰でもない今の私を否定する言葉だった。

今日はここまでです。
こんなにスラスラ支援してくださるとは思わなかったので、書き溜めが全部なくなっちゃいました(笑)
本当にありがとうございました。
思ったよりも早めに終わったので、今から書いて明日の朝にでもコンビニから連投で上げたいと思います。
P.S.
最近このスレで終わるのか不安になってきました。

おはようございます。作者です。
今回は作者が暴走しましたので、わけのわからない展開や超展開が続出しますが、ご了承ください。
投下します。


――
―――
――――

カンカンカンカン……

踏切の音が聞こえる。

ゴッガチャッ

その音と共に全身に激痛が走る。そうだ、私はあのDQNたちに投げられたんだ。

ゴォーと、電車が近づいてきている音が線路越しに伝わり、全身が恐怖で硬直する。

誰か……!

そう思い周りを見渡すと、飛んできた方から先輩が走ってきているのが見えた。でもダメだ。あの距離からではもう間に合わない。すぐそこまで電車が来ている。

いろは「ダメです! 先輩!」

私は叫んだ。しかし先輩には聞こえていない。

八幡「いろはぁっっ!!!!!」

先輩が必死の形相で私に突っ込んできて、その手が確かに、私を掴む。

ドンッッ!!!

……先輩は死んだ。

電車にはかすっただけだったらしいが、倒れて頭を打った時の打ちどころが悪かったらしい。

いろは「そんな……こんなのって……!」

目から涙が零れる。頭が回らない。先輩が死んだ? そんなの、嘘だ。しかしいくらほっぺをつねっても、夢は覚めない。ならば、こちらが現実なのだろうか。

いろは「……もしも神様がいるのなら、言わせてもらいます……」

いろは「こんなの……ないですよ……!」

いろは「こんなの! こんなのっ!!」

いろは「お願いします……一生このままでもいいです……先輩と結ばれなくてもいいです……二度とわがままも言いません……!」

いろは「何でもしますから……先輩を助けてくださいよっ!!」

そう叫んだ瞬間、世界が光に包まれた。

何もない真っ白な空間。何もないなんて不気味なはずなのに、不思議とそうは感じない。

いろは『……?』

突然真っ白な背景が少しずつ色付き始め、その色が物体を構成する。そうして一つの建物が出来て、その波が私を中心として猛スピードで広がっていく。

世界の再構成が終わり、そこでようやく自分が今どこにいるのかを把握する。

いろは『ここは……』

私が立っていたのは、学校の中だった。

しかも、奉仕部の部室の前だった。

いろは『……えっ?』

めぐり「一色さん。緊張するだろうけど、悪い人たちじゃないからね」

いろは『めぐり……先輩……?』

私の隣に立っているのは城廻めぐり先輩だ。そしてここは奉仕部の部室の前。はっと思い携帯で日付を確認すると、無機質なデジタル数字は数ヶ月前の日付を表していた。

いろは『なに……これ……?』

めぐり「ん? どうしたの?」

いろは『めぐり先輩……つかぬ事を聞きますが、私は今なんでここにいるんでしたっけ……?』

めぐり「えっ?」

めぐり先輩は不思議そうな表情を浮かべて私の顔を見る。確かに今の私の質問はおかしいのはわかっている。それでも認められないことはある。

めぐり「えーっと、一色さんが生徒会長に勝手に立候補したことになってたから、その相談……じゃなかったかな……?」

時間が、戻っている……?

これが先輩と出会った最初の時だ。それまでも見かけたことはあったが、ちゃんとした接触はこれが初めてだった。

もしも――

もしも、ここで奉仕部に相談しなければ、先輩は助かるのだろうか。

私と出会わなかったら、先輩は幸せになれるのだろうか。

わからない。問いかけても誰もその答えを返さない。

ただ、今ここでこの扉を開くのは間違っているような気がする。

ふと、平塚先生に呼ばれ、手を扉にかける。

目に焼き付いた先輩の頭が血に染まった光景が、私の手を扉から引き離す。

いろは『……っ!』

めぐり「……一色さん?」

もう一度取っ手に触れるが、どうしてもその扉を開くことができない。先輩がいなくなってしまうかもしれないという恐怖が、扉を開こうとする手を拒む。

いろは『……やっぱり、ダメですよ』スッ

扉から手を離すと、支えを失った手はさっきのが嘘のようにダランと落ちる。

めぐり「?」

いろは『奉仕部に相談するの、やめます』

めぐり「えっ!? どうしたの急に!?」

いろは『元々私がまいた種です。自分でどうにかします』

めぐり「それでもここまで来たんだから、少しくらい……」

いろは『いえ、このまま帰らせていただきます。平塚先生にはめぐり先輩から謝ってくださると嬉しいのですが……』

めぐり「本当にいい人たちだから……」

いろは『……知ってますよ』ボソリ

めぐり「えっ?」



??『それでいいのか?』



突然、後ろから誰かに声をかけられる。

いろは『!』

??『……ったく、てかどこだここは? 動きすぎたせいで変なところに来ちまったな』

いろは『あなたは……!』

??『おっと、名前を出すのはなしだぜ? 今回の話で必要なのは俺の名前じゃないからな』

いろは『今回の……話……?』

??『いや、何でもない。それで、そこに入らなくていいのかと俺は聞いているんだ』

いろは『……?』

この人は、今の私の状況に気づいている……?

いろは『あなたは……何か知っているんですか?』

??『知りたいか? 教えてやる。金を払え』

言うと思ってましたよ……。

??『……と言いたいところだが、生憎俺もここに来たばかりでよくわからん。力にはなれんな』

いろは『なら、さっきの言葉はどういう意味ですか?』

??『あぁ? 迷える子羊を見かけて口にした何の意味もない、忠告にもならない戯言だ。忘れろ』

いろは『…………』

この人が神に仕える神父にはどうやっても見えないなぁとか考えていると、痺れを切らしたのか口を開いた。

??『……しないで後悔するより、やって後悔しろなんて言うが、あんなの嘘っぱち以外の何物でもないよな』

いろは『?』

??『やらない後悔よりも、犯してしまった行動の後悔が大きいことだってある。むしろそっちの方が多いくらいだ。そんなのは、努力すれば夢は叶うなどとぬかしている成功者の台詞と同じくらいに、無責任で楽観的な考えだ』

いろは『何を――』

??『ただ……成功者は皆努力している。この言葉はあながちまるっきり嘘というわけでもないと思うがな』

いろは『……!』

??『……何を言ってるんだろうな。さてと、俺は行くぜ。さっさとこんなわけのわからない空間からもおさらばしたいものだ』

いろは『あの……』

??『ん?』

いろは『ありがとう……ございます……!』ペコッ

??『礼をするなら金を払え』

いろは『ここで払っても意味がないのはわかってるでしょう?』

??『……ちっ、どいつもこいつも』

その人は一度毒つくと、どこかに歩いて行ってしまった。

結局何しに来たんだろう、あの人は。

ただ、あの人の言いたかったことはわかった。

しない方がいいことだってある。やって後悔しろなんて万事に通用する理屈じゃない。

でも、やらなくては、行動しなければ、何も変わらない。

その結果が何をもたらすのかは誰にもわからない。求めない方が良いことだって、きっとある。

それでも、私は、先輩と一緒にいたい。

私は自分に嘘をついていた。

確かに先輩が死ぬことを恐れていたのも事実だ。しかし、それ以上に恐れていたのは、自分以上に大切な誰かが出来てしまうことだった。

その人が大切であればあるほど、失った時の悲しみは大きくなる。つまり私は得る前から失うことを恐れて、最初から得ようともしなかった。

しかしこれは今だけに言えることではない。これからだって生きている限りずっとついて回る問題だ。生きていればいつか、その誰かに会うことになる。それが先輩かどうかという違いはあれど。

なら、今できなくて、どうして未来でできると言えるのだろう。

行動すべきなのは、過去でも未来でもない。

今だ。

今なんだ。

めぐり「今の人……誰?」

いろは『……めぐり先輩、さっきのは取り消します。やっぱり、奉仕部に頼ることにします』

めぐり「……? 何だかよくわからないけど、じゃあ入ろうよ! 平塚先生がカッコつけたままで、少し可哀想なことになってるし」

いろは『可哀想……?』チラッ

ヒラツカセンセイ、ダレモハイッテコナイノデスガ

オカシイナーソコニイルハズナノニナー

ツイニゲンカクガミエルヨウニナッテシマッタンデスネ

ヤメロヒキガヤ。マルデワタシガイタイヤツミタイジャナイカ

いろは『……うわぁ』

この先の未来に何が待ち受けるのか、私にはわからない。もしかしたらこの選択を悔やむ日が来るのかもしれない。

めぐり「ほら」

めぐり先輩が私の背中を押す。

それでも、もう迷わない。大切な誰かと出会うことを、もう恐れない。

そう胸に誓い、私は奉仕部の扉に手をかけた。今度はすんなりと開いた。

いろは「…………」

いろは「……ん」パチッ

いろは「……寝ちゃってたのか」ムクッ

重たい身体を起こす。パジャマにも着替えないまま寝てしまったから、制服に皺が出来てしまっている。

いろは「あちゃー……」

時計を確認すると、午前二時を回っていた。変な時間に起きてしまったものだ。

いろは「あの夢は……」

何だったのだろう。あまりにも今の自分の状況に合致しすぎていて、少し怖い。

もしも――

もしも、あれが本当なのだとしたら――

――今、先輩は生きているのだろうか。

ただの夢が現実に干渉してくるなんて、漫画とかでなければあり得ない。

なのにあの夢は、今日の夢だけは、あまりにもリアルだった。まるで本当に起こったことを再体験している気分だった。

――――……

ふと、とても小さな音が聞こえた。

それは深夜でも耳をすまさなければ聞こえないほどに小さな音。音源は家の外からのようだ。

聞き覚えのある機械の無機質な音のように聞こえるせいで、嫌な予感がして心臓の鼓動が早まる。嘘だ、そんなはずがない。こんな時間なのに、そんなはずが、ない。

しかし予想は当たってしまう。

窓を開けてその音を確かめると、遠くの方からの音であったが、その正体がわかってしまった。

これは、踏切の音だ。

いろは「なんで……こんな真夜中に……」

いろは「……!」

ふいに脳裏に思い浮かんだのは、赤で塗り尽くされた世界と、扉を開いた時の手の感触。

どうしようもない精神的嫌悪感が全身を駆け巡る。

次の瞬間には、私は走り出していた。

もし、あの夢がただの夢じゃなかったら……

もし、あの時の私の選択が間違っていたら……

バカらしい、ただの夢だと理性が私を止めようと叫ぶ。しかしそれでも私の足は止まらない。

玄関を飛び出して音のする方へ走る。何もわからずにただ聴覚に従って走る。私を助けた時の先輩も、こんな感じだったのかな。

音がだんだん大きくなる。音源に近づいている証拠だ。もう十五分は経っているのに未だに鳴り止まないのはおかしいはずだったのだが、私はそれにも気づかないまま、ただ地面を蹴り続けた。

カンカンカンカン……

この交差点を曲がれば、あの踏切だ。

嫌でも想像してしまうのは、夢で目にしたあの悲惨な光景だ。ただの妄想であって欲しい。そこに先輩が、いないで欲しい。

走るスピードを落とさずに無理やりに最後の曲がり角を曲がる。

そこには――先輩の姿があった。

ここまでです。
自分の文章力と語彙力のなさに絶望。
そして終わりが見えてきて安堵。
ありがとうございました。

こんにちは。作者です。
投下します。
今後の予定。
いろはすのあふたぁ

三話のあふたぁ

おしまい
の予定です。

どうしてここにいるのかと思うよりも先に、行かせてはならないと思った。少しでも遅れたら、もう先輩に会えないと。

頭で考えたわけではない。心で感じたわけでもない。ただ、全身の細胞がそう私に知らせていた。

焦燥感が心拍数を高める。酸欠で脳が鈍る。寒さは、感じない。

私の足音は踏切の音で先輩には聞こえていないようで、少しもこっちを見ようとするそぶりがない。

嫌だ……嫌だ……嫌だ……。先輩を、また、失いたくない……!

いろは「先輩っ!!」

行かないで……!

いろは「行かないでくださいっっ!!!」

それは夢の中で叫び、そして届かなかった言葉。

ピクッと先輩の肩が震える。それからゆっくりとこちらへ振り向いた。

届いた……。

ただ言葉が届いただけ、反応してもらえただけ。それだけなのに、今の一瞬が涙が出そうなほどに嬉しくて、そのまま先輩に抱きついた。

八幡「一色!?」

名前を呼ばれる、それだけで胸の中が幸せで溢れる。

嬉しくて、嬉しすぎて、笑いながら泣いている顔が見られたくなくて、先輩の胸に額を押し付けた。

いろは「よかった……本当に……よかった……!」

八幡「お前、なんだってこんな時間に……」

いろは「それは……先輩も同じじゃないですか……」

先輩が、生きてここにいる。それがどれだけ今の自分にとって救いなのか、きっとこの人にはわからないだろう。

それでもいい。私だけがわかっていればいい。

八幡「てかお前離れ……」

そこまで言って先輩は言葉を切った。私の現状を察したらしい。

いろは「……先輩」

八幡「な、なんだよ……?」

察しは良くても、慣れないことへの順応性は低いらしく、焦っているのが声だけでわかった。

いろは「先輩は……今、生きて、ここにいますよね……?」

八幡「……ああ」

あれ? いつもの先輩なら『目が死んでると遠回しに言ってるのか?』とか言うはずなのに……?

八幡「……俺は、生きている」

いろは「そうですか……。なら、良かったです……」

無意識のうちに先輩の腰に回っていた、抱きしめている腕の力を強める。もっと、先輩の体温を感じていたい。今だけで、今だけでいいから、許して欲しい。

八幡「うぉっ……一色……!?」

……でも、やっぱりムードとかそういうのは壊すんですね。

気づいた時には踏切の音は鳴り止んでいた。その頃には私はもう腕を解いていて、今は先輩に家に送ってもらっている最中だ。

いろは「……何だったんですかね、あれ?」

八幡「遮断機の故障だったらしいぞ。駅員が言ってた」

いろは「あっ、そうなんですか。……って、なんで知ってるんですか?」

八幡「俺もわけわかんなかったから一回駅に行ったんだよ。そしたら駅員と業者かなんかの人が話してて、その時にちょろっと聞こえたんだ」

いろは「別に直接聞いたわけじゃないんですね。……まぁ、先輩らしいですけど」

八幡「うっせ」

いろは「じゃあなんで私が来た時にあそこにいたんですか?」

八幡「……別に、ただ何となくもう一回見に来ただけだ」

いろは「はぁ……」

先輩はどことなく言葉を濁した。それが少し気になった。

いろは「……ごめんなさい。今日一日だけで二回も家に送らせてしまって……」

八幡「もう日付は変わってるから実質一回だろ。気にすんな」

いろは「屁理屈ですね……。じゃあ……」

緊張を抑えるために、ニコリと笑ってみせる。

いろは「宿題……やってきましたか?」

八幡「……げっ」

宿題とは、私の告白に対しての返事のことだ。

いろは「忘れてたんですね……」

少しヘコんだふりをしてみる。先輩の良心を痛ませる作戦!

八幡「いや、まだ答えが出せないままでな……。あと、その表情はあざといぞ」

いろは「そう……ですか……って、あざといって何ですか!?」

八幡「……まぁ、なんだ」

いろは「?」

八幡「まだ今日が終わるまで丸一日あるしな」

いろは「は、はぁ……」

八幡「それまで待ってくれないか?」

いろは「……そもそも、その条件出したの私ですし、わざわざ確認しなくてもいいですよ」

八幡「そうか、ならよかった」

それからは私も先輩も特に口は開かずに、家の前で別れた。

八幡「じゃあ……」

先輩は右手を上げる。それに応じて私も右手を上げる。

いろは「……おやすみなさい」

八幡「ああ、おやすみ」

先輩の答えがどのようなものであったとしても、明日には今のこの関係は終わる。

……それが、少しだけ寂しかった。

さて、問いかけを始めよう。

まずは問いの作成だ。

俺が出すべき答えの問いは、

俺自身が一色のことをどう思っているかだ。

その思考のために必要なことは、まず無駄な思考材料の排除だ。

俺自身のスペック、一色の社会的地位、これらはいらない。

今、考えるべきことに、俺が一色につりあっているかは含まれていない。それを判断すべきなのは俺ではなく一色であり、そして俺以外の人間だ。

一色は俺のことを多少は知っている。だから一色が俺からしたら高嶺の花ほどの存在だということも承知しているはず。それでも彼女は俺に好きだと伝えた。

一色が肯定したことを俺が否定するなど、それは一色がそれまで考えてきたことの否定だ。侮辱にも等しい。

だからまずはそれを除外する。

それでは本質的な部分に取りかかる。

俺は一色が好きであるかどうか、それはすぐに答えが出る問題ではない。だから逆に考えてみる。あげちゃってもいいさ。

俺は一色のことが嫌いであるか。

答えはノーだ。確かに強引なところはあるし、性格も裏表あったりするが、それを補って余るほどの魅力を彼女は持っている。

性格の裏表も、むしろ裏の方が可愛いと思えてしまうほどだ。

つまり、嫌いではない。

次の段階に移る。

嫌いではないのなら、俺の一色に対する感情は、いわゆる無関心であろうか。

それもノーだ。一色のことは気になるし、それは今こう考えていることからも証明できる。どうでもいい人間のためにここまで考えるわけがない。

つまり、俺は一色のことをどうでもいいとは思っていない。

以上のことより、俺は一色のことが嫌いではないし、無関心でもないと言える。

……。

…………。

で、そこからどうすんのこれ?

何度考えてもそこで思考がストップする。灰色の脳細胞が活動を停止して、また最初からになる。カービィの0%を思い出した。ぼうけんのしょはきえてしまいました。

八幡「くそ、延々ループとか冗談じゃねぇぞ……」

壁にかけられたアナログ時計の短針は五を指していた。……なんで見えるんだ? ……あ、もう朝になってたんすか。どうりで灯りも点けてないのに見えるわけだわ。

八幡「やべぇな、学校あんのに……サボろうかな……」

八幡「……それも無理か。一色に答えを出さなきゃならんし……」

これはメールや電話で伝えるべき話ではない。直接、ちゃんと俺の口から言わなければならない。

八幡「しかしこんな時間になるまで考えて答えが出な――」

そこで気がつく。

そうか、そういうことか。

確信した瞬間、一気に全身に疲労がまわり、力が抜けた。足の力が抜けたせいで思いっきり尻もちをつく。

八幡「……少しくらい寝ておくか」

今からでは二時間くらいしか眠れないが、完徹よりはマシだろう。

暇つぶし機能付き目覚まし時計をセットし、ベッドに身体をあずける。

明日、どうやって伝えよう。

こんな選択をした自分が嫌になる。結局、何も成長していない。

だが、こんなことをするのは、きっとこれが最後だ。これで一色がどんな顔をするのか、想像できない。

この選択で俺たちの明日がどうなるのか、それはわからないが、今はバッドエンドに向かわないことを願おう。

思考が鈍り、まぶたが自然と閉じる。

目をつぶった十数秒後には、俺はもう眠りについていた。

ピッガタンッ

ピッガタンッ

マッ缶を二本買う。今日は売っててよかった。流石にこんな大事な時にスポルトップはあれだし。

大事な時だからこそ、マッ缶だ(宣伝)。

まぁなんだ。マッ缶はこういう時にちょうどいいからな。成功したら勝利の祝杯として飲めばいいし、失敗したらこの甘さに慰めてもらおう。

あれ、実はマッ缶はこの世界で最も偉大な飲み物なのでは? そうか、マッ缶の缶は聖杯だったのか。

これで壮大な罰ゲームだったら、俺は総武線に飛び込むぞ。他人の迷惑? んなもん知らんわ。

しかし毎度のことながら緊張する。過去の黒歴史のせいで、それに拍車がかかっていることもあって、吐きそうになってるレベル。

昨夜の俺の決意が吉と出るか、凶と出るかはわからないが、それでもこれがベストだと思う。

昨夜、解は出た。

あの時間は無駄ではなかった。むしろ、あの試行錯誤した時間こそが答えだったのだ。

そもそも、どうしてもっと簡単に答えを出せなかったか。

それは、この答えによって俺と一色の関係は大きく変わるからだ。どちらを選択したとしても、その関係変動は確実に起こる。

もしもこれがゲームであったなら、ここでセーブして二つの選択をどちらも選んだであろう。

しかしこれはゲームではない。この現実において、俺は選択肢を持ち得ない。

だからと言って、俺がいつも人生において、ここまで迷っているのかと言えば、それも違う。どうでもいい選択に時間を費やしたりはしない。

俺がここまで悩んだ理由、それは――



――俺が一色のことを大切な存在だと思っているからじゃないか。



大切だから、失いたくない。



大切だから、中途半端な気持ちで答えを出したくない。



ただそれだけの、簡単なことだったのだ。



一色にメールを送ったのは、つい五分ほど前のことだ。内容は、『お前が落ちてた場所に来い』と一文だけ。一色以外の人間には意味がわからないだろう。

自販機から徒歩数十秒のところに、その場所はある。

普段はほとんど人通りもなく、俺だってあのことがなければ、何の気も止めなかったであろう場所。

なのに、今はこの場所に愛着すら感じる。

俺と一色の奇妙な物語はここから始まり、そしてここでエンディングを迎える。

一色に告げる言葉も決まった。予測できる一色の答えの数パターンに応じた対応も準備済み。万全の状態で今日のこの時間を迎えられてよかった。

ふと空を見上げると、そこには雲一つない青空が広がっていた。太陽の光が眩しい。

この数週間のことを思い返してみる。いざ思い出してみると、いろんなことがあったと思う。

一色がペンダントにされたり、俺が踏切で電車にひかれかけたり、本当に、いろんなことが。

この数週間で俺と彼女との関係は大きく変化したが、それ以上に変わったものがある。

それは、俺自身だ。

誰かの足音が近づいてくる。昼休みという、青春が二番目に似合う時間帯に、こんなところに来るのは、俺の知る限り一人だけだ。ちなみに一番は放課後な。

「……先輩」

後ろから話しかけられる。彼女がついにここに来たようだ。俺を呼ぶその声は震えている。

今までの俺だったら、こんなことは絶対にしなかっただろう。対人関係は、特に女子とはある程度の距離をおいて接して、一線は越えないようにしていた。

でも、それを越えたいと思えるような人間に出会えた。

だから――



「よお、一色」



――伝えよう、俺の答えを。







以上にて第三話あふたぁすとぉりぃ
『彼と彼女のその関係が終わるまでの物語』は終わりです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

外は寒い……

まだ最後の話が残っておりますので、そこまで付き合ってくださると幸いです。

投下します。
時系列的には >>664 の後くらいです。が、あまりにも話が脱線しすぎたので、最後に回すことにしました。


↓本編



霧のようにぼんやりとした俺の意識は、空中をゆらゆらと舞い、そのまま地上へ降りていく。

その先にいるのは、『俺』だった。

俺の意識が、『俺』の体に入り込む。

瞬間、視界が変わり、俺は『俺』になった。

しかし、その体は自分の思い通りには動かず、俺の意思とは無関係に動き出す。夢だからなのか、違和感はあまり感じない。

『俺』がいるのは、一人暮らし用のアパートのようだ。様子から察するに大学生らしい。

『俺』がスマホのロックを解除する。そのアドレス帳にある名前は相変わらず少なく、一ページしかない。

あれ? と思う。そのアドレス帳の中にある名前で俺が知っているのは、父親と母親のくらいだ。その他の名前は何一つ俺は知らない。しかし違和感はそれだけではない。

さらなる違和感の正体は、その中に小町の名前がなかったことだと気づいたのは、『俺』がロックしてから少し経った時だった。

それから少しして、『俺』の元にメールが届いた。遊びのお誘いのようだ。この『俺』には友達がいるらしい。

『俺』が向かったのは、また別の誰かのアパートだった。入るとその中には男が三人いた。

男A「八幡おせーぞ」

八幡「わりーな。ちょっと買い出しに行っててよ」

男B「買い出し?」

八幡「ほれ」

ドサッとビニール袋を置く。

男A「さっすが八幡! 気が利くじゃねぇか!」

男B「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ!」

男C「そこにシビれる! あこがれるゥ!!」

八幡「うぜぇ……」

男A「やっぱ四人じゃねぇとな。三麻も悪くはないが」

三人で囲んでいたのは、麻雀卓だった。今まで三麻でやっていたらしい。

男B「で、何が入ってんの?」

男C「前みたいなMAXコーヒー二十本とかはやめろよ?」

八幡「それは流石にもうしねぇよ……」

男B「おっ、ビールと柿ピーじゃん。わかってんな」

男C「でもやっぱりMAXコーヒーもあるのな。四本だから許すが」

八幡「文句言うやつにはやらんぞ」

男A「もうちょいでこの半荘終わるから待っててくれ」

八幡「わかった」

それからの会話から察するに、『俺』は東京の私立大に入って一人暮らしをしていて、その中で出来た友人がこの三人らしい。

俺に友人が出来るとか流石夢だわ。

それからドンチャン騒ぎをして、『俺』が家に帰ったのは深夜の二時を回った頃だった。

『俺』は家に着くと同時に布団に倒れこむ。そのまますぐに眠りについてしまった。鍵開けっぱだぞ。不用心だな。

――おっ?

身体が動く。

『俺』が眠ったおかげで、俺がこの身体を動かせるようになったようだ。トンデモ設定でも夢だから納得できるな。

『俺』のスマホのロックを解除する。番号は見えていたから覚えていた。

真っ先にアドレス帳を確認する。やはり、その中には小町の名前も、雪ノ下や由比ヶ浜たちの名前がない。

メールする相手は大体さっきの三人か親ばかりだ。親とのメールを見ても、小町の名前が出て来ることはない。

最終的にはメールで家族三人と言っているのを見て、俺は確信した。

この『俺』には、妹、小町がいない。つまり一人っ子だと。

他にもいろいろ物色してみる。『俺』とは言え、俺であることに変わりはないからなのか、いやらしいものの類いは一つもない。

まぁスマホとPCあれば、いらないですしね!

八幡「……む」

本棚で見つけたのは高校の卒業アルバムだった。その表紙を見て思わず息を飲んだ。

そこには、『海浜総合高校』と書かれていた。

『俺』は、総武高校ではなく、海浜総合高校に通っていたようだ。どうりで雪ノ下や由比ヶ浜の名前がアドレス帳にないわけだ。そもそも同じ高校に行ってないのに、出会えるわけがない。

ページを開くと、意外と言うかやっぱりと言うか、俺が写っているのは、個人写真と集合写真だけだった。最後のページも白紙のままだ。

『俺』も俺と同じようにぼっちライフを満喫していたらしい。流石俺だわ、素晴らしい。

アルバムを取ると、奥に紙がはさまっているのが見えた。取り出すと、それは封筒だった。封が切られていたので中身を取り出すと、三枚の便箋と一枚小さな紙が入っていた。

差出人は――

八幡「……奉仕部?」

その小さな紙には、『奉仕部(雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣)』と書かれている。

八幡「どういう……ことだ……?」

『俺』は奉仕部に入って雪ノ下たちに会ったことがあったのだろうか。ならばどうしてアドレス帳にその名前がないのか。それほどまでにこの『俺』と雪ノ下たちとの関係は壊れてしまったのだろうか。わからない。

多少罪悪感があるが、無視して中身を見る。手書きの手紙が印刷されたもので、それが雪ノ下や由比ヶ浜からのものだとは、すぐにわかった。



『拝啓――比企谷八幡様』



――――
―――
――




今回はここまでです。続きは金曜日に投下します。支援レスありがとうございました。
次の更新が本当にラストになる予定です。

こんばんは。作者です。
少し量が多いので、コンビニよりです。
異様に長くてグダグダしているのは、何だかんだ終わらせたくなくて、「あともうちょっとだけ、あともうちょっとだけ……!」と延ばしてしまったからです。ごめんなさい。

では、投下します。


――
―――
――――

雪ノ下たちとのあの日から一年が過ぎた。受験生である俺は予備校から帰る途中に大雨に降られ、タイミング悪く傘を持っていなかったから、ずぶ濡れで玄関をまたぐことになってしまった。

八幡「はぁ……ついてねぇな……」

ただいまの次に出た言葉はそれだった。最近の俺はついていない。第一志望の判定はEばかりだし、未だに話せる相手が出来ない。高校というコミュニティの中では、この三年間で既に関係は完成されきっている。そんな中に入り込めるほどのコミュ力があるなら、今頃俺はぼっちをここまで極めていない。

風呂に入り、寝衣に着替えてリビングに入ると、唐突に母が俺の名を呼んだ。

八幡母「八幡」

八幡「んっ?」

八幡母「あんたに手紙が届いてたよ」

八幡「俺に手紙?」

誰だろう、俺に手紙を出すなんてそんな物好きなやつは。あれかな。ローソンとかファミマとかあの辺かな。ファミチキください。

八幡母(こいつ……直接脳内に……!?)

手紙の差出人は俺の予想とは違い、企業系ではなかった。

封筒には俺の名前と住所以外は何も書いてない。

部屋に戻り、その封を開ける。

中には三枚、三つ折りでたたまれた便箋と、一枚小さな紙が入っていた。

小さな紙には、『奉仕部(雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣)』と書かれている。

八幡「あいつらから、手紙……!?」

わけがわからない。ようやく忘れかけていたのに、どうしてこんな蒸し返すようなことを? と言うか、どうやって送ったんだ?

裏面には見慣れない住所が書いてある。どこだよここ。

てか三枚? 雪ノ下と由比ヶ浜はわかるがもう一枚は誰だ? 平塚先生?

どれから読むべきなのかと迷っていると、一枚だけ裏面に何かが書かれているのを見つけた。

『この手紙から読んでくれ』

久しぶりだね。比企谷八幡くん。私のことを覚えているだろうか。どこぞの怪しい発明家、とでも言えば君にはわかるだろう。

とある事情でここを離れることになった。君には辛い思いをさせてしまったからね。柄でもない私が手紙を一通書くことにした。こんな特別サービスは君だけなんだよ?

私はこれから当分、いろいろと追われる身になる。だからここを離れるのと一緒に、あの『俺ガイル』の世界を完全に独立した世界にするつもりだ。それにより私なしでも存在し続けられる世界になる。

君にわかりやすく言うなら、異次元空間と言うのが一番近いかな。この世界とは全く違う次元の空間に、『俺ガイル』の世界を丸ごと転移させるんだ。

何を言っているのかわからないだろうから最初から説明するとね。

『俺ガイル』の世界を作ったのが私だということは知っているね? 実はもっと言うと、あの世界は私が操作して成り立っていたものなんだ。

それは、逆に言えば私なしではその存在を維持できない世界とも言える。

最初にも言ったけど、私はこれからいろんなところから追われる身になる。もうわかっただろう? 私にもしものことがあったら、あの世界は消滅してしまうんだ。

だから、その前にあの世界を私なしでも存在し続けられるものにする。そのためには、あの世界を別の次元の空間に移動させないといけない。それ以外に存続させる方法はない。

ただ、それは逆に言ってしまえば、この世界と『俺ガイル』の世界とのリンクを完全に切ることになる。つまりそれ以降、私たちは二度と『俺ガイル』に干渉できなくなるんだ。

その時は、たとえ私が仮想現実体験装置を使うことを許可したとしても、君は二度とあの世界に入れない。

だからその前に最後に、君たちに一通だけ手紙を送る機会をあげよう。

これが本当に最後だ。リンクが切れたら、その時はもう私でもどうにもできない。

しかし、だからと言って常に彼女たちの世界の命運が私にかかっているというのも、それはそれでおかしな話だろう。それは神にも等しい行為だ。そんな責任を私は持てないし、持つ権利もない。

それが『俺ガイル』を独立させる一番の理由だ。それに、これはいつか絶対に行われるべきことだったし、君ならわかってくれると思う。

既に彼女たちには、この旨を伝えてその手紙を一緒に送らせてもらった。残りの二通がそれだ。

私としても君の分の手紙も送ってあげたい。期限はこの手紙が君に届いてから二週間後だ。それを過ぎたら、『俺ガイル』の世界を別の空間に移動させる。一日でも遅れたら、君が最後に彼女たちに伝えたいことは、未来永劫届くことはない。

住所は同封した紙に書いてあるところに送ってもらえればいい。

こんな唐突になってしまったことを心から謝罪するよ。

さよならだ、比企谷くん。達者で。

八幡「何だよ……これ……」

この手紙は間違いなくあの博士からだ。

仮想現実体験装置。

彼が作った最高傑作。それによって俺は雪ノ下と由比ヶ浜に出会うことができた。

もしかしたら、俺は心のどこかで少し期待していたのかもしれない。

雪ノ下たちともう一度会える可能性を。あの博士がバグを直してもう一度『俺ガイル』の世界に入れる日が来ることを。でなければ、こんなにショックを受けていないだろう。

――そんなの、期待してはいけなかったのに。

結局俺は、あの日二人と約束したことを守れていなかったのだ。

八幡「嘘……だろ……?」

膝から力が抜け落ちて、頭が真っ白になる。

本当に、彼女たちに、会えなくなる……?

もう二度と、干渉すらできなくなる……?

俺はその日に、残りの二枚の手紙を読むことができなかった。

それは次の日も、そのまた次の日も同じで、その間、俺は死んだような日々を送っていた。

授業も上の空。何も考えずに終わる一日。

結局自分の中で気持ちの整理がついて、読めるようになったのは、手紙が届いてから三日目のことだった。

八幡「ふぅ……」

心臓がドキドキする。模試の判定見る時の十倍は確実にしている。

丁寧に、丁寧に、折りたたまれた便箋を開く。

一枚目は、雪ノ下からの手紙だった。

拝啓――比企谷八幡様

なんてあなたに書くのは野暮ね。こんにちは。雪ノ下雪乃です。
こちらは元気にやっています。記憶を受け継いだまま最初に戻ったから、私と由比ヶ浜さんはまだ、あなたのことを覚えているわ。――他の人は忘れてしまったのだけれど。

結局あれ以降に奉仕部に誰かが入ってくることはなくて、今も私と由比ヶ浜さんの二人で奉仕部をやっているの。

何もせずに私は本を読んで、由比ヶ浜さんは携帯をいじったり、たまに来る依頼者に手を差し伸べたり、そんな風に私たちは過ごしているわ。不満はないけれど、それでも、もしもあなたがいたら……なんて思わないなんて言ったら、きっとそれはきっと嘘になるわね。

そちらはどうなのかしら? 一人くらい話せる相手が出来たのならいいのだけれど……。その腐った目では難しいのかもしれないわね。

ただ、奉仕部でのあの数ヶ月間で、あなたが少しでも変わったのなら、あの日々が無駄ではなかったと思えるの。

もう二度とこうやって言葉を交わすこともできなくなるみたいだけれど、比企谷くんなら大丈夫よね。これからも、きっと。

最後に。

あなたと出会って、この奉仕部で過ごした日々を、私は忘れない。たとえあなたが忘れてしまったとしても。

さよなら。

あなたと出会えて、あなたと一緒にいられて、よかった。

――雪ノ下雪乃

やっはろー! 由比ヶ浜結衣です!
まだあたしのこと覚えててくれるといいんだけど……。あと、お菓子はちゃんとガマンしてるからね。

こっちではみんな元気だよ。小町ちゃんも、彩ちゃんも、隼人くんも、中二も、みんな……。

……やっぱりヒッキーがいないのは寂しいな。こんなこと言っても意味ないのはわかっているんだけど。こんな風に話せるのが本当に最後なんて、ヒッキーと本当に別の世界に別れちゃうなんて、もう、どうやっても会えないなんて、ヒドすぎるけど、しょうがないのかな……。

ヒッキーは元気でやってるのかな? ちゃんとあたしたちみたいな話せる相手が出来たのかな? またどうせ『ぼっちがサイコー』とか言うんだろうけど、あたしたちと一緒にいた時のヒッキーは、楽しそうだったから……ちょっと心配だったり……。

なんか書きたいことがいっぱいでうまくまとまらないや……。

だからこれだけ。どうしても伝えたかったことを書くね。

あたしね、本当にヒッキーのことが大好きだったよ。

これからもヒッキーのことは忘れないと思う。

でもね、ヒッキーにあたしたちのことを忘れないで、なんて言うつもりはないんだ。ヒッキーにはヒッキーの人生があるから、いつか別の誰かに恋をしたり、付き合ったり、結婚したりして欲しい。あたしたちに、とらわれないで欲しい。

……それでもたまには思い出して欲しいなんて書いちゃうのは、あたしのわがままなのかな。

バイバイ、ヒッキー。元気でね。

今まで、楽しかったよ。

――由比ヶ浜結衣

気づいた時には、頬に涙がつたっていた。

博士の手紙だけでわかっていたつもりだったが、そんなことはなかった。この二人の手紙によって、俺は改めて痛感してしまった。

俺は、もうこの二人には、永久に会えないのだと。

この手紙はあくまでも原本ではない。デジタルの世界のものをこちらには持ち込めないのは、わかっている。

それでも、向こうで二人が書いた手紙を印刷したものであったから、彼女たちがどんな思いで、これを書いていたのかは、痛いほどに伝わってきた。

雪ノ下の字は最後の方になるにつれて震えていたし、由比ヶ浜の便箋には点々と涙の跡が見て取れる。

それを見て、その日が来るのを期待していたのは、俺だけではなかったのだと悟った。

俺も、彼女たちも、もしかしたらもう一度会えるかもしれないと、心のどこかで願っていたのだ。

しかし、それは永久に叶わない夢となる。博士のことを恨まないわけがない。俺はそんな聖人君子ではない。

けれど、それがそもそも八つ当たりでしかないとわかっているから、このどうしようもない気持ちのやり場が、見つからない。

ただ必死でこれ以上、涙を流さないように拳を握りしめる。が、それも無駄で流れる涙は止まらない。

八幡「っ……!」

あんなにもあの時に強く誓ったのに、結局治っていない。今俺の周り人がいないのは、その表れじゃないか。

博士がいつかバグを直してくれるかもしれない。あの世界とこの世界を結合したりしてくれるのかもしれない。そんな期待をしていたから、俺は誰かと関わることをしなかったのだ。

その時が来れば、また、雪ノ下たちに会える。

そんな、何の根拠もない未来予想をしていた。

では、その時とはいつだ?

いつまで俺は彼女たちの存在に甘えているつもりだったんだ?

次の日。

予備校の隣にあるユザワヤで便箋と封筒一式を買い揃えてきた。

ペンを片手に机の前に陣取る。さて、何と書こうか。

由比ヶ浜ではないが、書きたいことが多すぎてまとまらない。

八幡「とりあえず……」

問いかけは無意味だ。この手紙の返事はないのだから。

だから俺は、自分の現状と彼女たちに伝えたいことを書くべきなのだ。

しかし、そこまで絞っても、やはり文章はとどまることを知らずに、次から次へと脳内から湧き出てくる。

八幡「まいったな……」

某日 午後十時

郵便ポストの前に立つ。結局あれから徹夜して一通り書き上げ、二日かけて推敲した。俺の手の中には、一封の封筒がある。最後にもう一回予備校で読み直し、封をした。中に入っているのは、送られて来た時と同じく三枚の便箋。

博士宛と、奉仕部の二人宛だ。

八幡「すぅー、はぁー……」

深呼吸をして、もう一度住所を見直す。大丈夫だ、まちがえていない。

ポストに半分まで差し込むと、誰かに話しかけられた。

??「比企谷くん」

八幡「……あんたは」

俺の目の前にいたのは、あの博士だった。

博士「やぁ、久しぶりだね」

八幡「どうして、ここに?」

博士「それをもらいに来た」

博士の指が俺の持っている物を指す。

八幡「直接受け取れるなら住所を書く必要がなかっただろ。しかもあんな遠いところ」

博士「こちらにもいろいろ事情があるんだ」

八幡「あっそ」

博士「うん」

八幡「……まだ――」

博士「間に合うよ。予定より一週間も早い」

八幡「…………」

この博士にも言いたいことはたくさんあった。しかし、いざ会うと何を言えばいいのかわからない。

博士「……何か、私に言いたいことはないのか?」

八幡「……!」

博士「恨み言一つないなんてことは、ないだろう?」

俺の考えなど、見透かされている。この博士に隠し事など無意味だ。

八幡「確かに恨んでないわけじゃない」

博士「…………」

八幡「でもそれ以上に感謝している」

博士「!」

八幡「あんたがいなかったら俺は、あの二人にも、他のやつらにも出会えなかった。あんな楽しい日々を送ることもなかった」

博士「……そうか」

八幡「それに、『俺ガイル』がなかったら、俺はもっとダメな人間になっていたと思う」

人と関わることの良さも知らないまま、きっと『人と関わるのは悪だ、欺瞞だ』と知ったかぶりをしていたに違いない。

――あの、四月の時の『比企谷八幡』のように。

八幡「だから、俺があんたを恨むのは筋違いなんだ」

博士「……そう言ってもらえると、こっちも嬉しいよ。あれを作った甲斐があるというものだ」

八幡「じゃあ、これをあいつらに」

手紙を博士に渡す。俺の思いをできる限り詰め込んだ封筒だから、直接渡せて安心した。

博士「確かに、受け取った」

八幡「……これから、あんたはどこに行くんだ?」

博士「さぁてね。予定は未定さ。とりあえず世界一周でもして来ようかな」

そう言って彼は笑う。その表情はまるで少年のようだと俺は思った。

博士「おっと、そうだ」

そうおもむろにポケットに手を突っ込む。三秒かけてその手が取り出したのは、ハガキほどの大きさの袋だった。

八幡「……?」

博士「中を見てごらん」

テープを剥がし、指先を中に滑り込ませる。硬い何かが爪に当たった。

感触からして何かの紙かカードのようだ。面に触れないように端を持って袋からゆっくり取り出す。

八幡「これは……!」

博士「本当はそれも一緒に送ろうと思ってたんだけどね。私としたことが入れ忘れていた」

博士の言葉は耳に入らなかった。

俺の意思に反して、手が震えた。

袋に入っていたのは――



――クリスマスにディスティニーランドで三人で撮った写真だった。



俺のマフラーを掴み笑顔を浮かべる由比ヶ浜に、キョトンとした表情で由比ヶ浜の隣にいる雪ノ下。そして、不機嫌そうな顔と、腐った目でカメラを見る俺が、そこには写っていた。

それを目にした瞬間、今まで思い出さないようにしていたいくつもの思い出たちが、一斉に頭の中をよぎった。

『ごめんなさい。それは無理』

『建前とか全然言わないんだ……。なんていうか、そういうのかっこいい……』

『……ありがと、バカ』

『だから、誰からも褒められなくても、一つくらい、いいことがあっても許されると思うわ』

『ヒッキー。もし、ゆきのんが困ってたら、助けてあげてね』

『事故がなくったって、ヒッキーはあたしを助けてくれたよ。そんでこうやって一緒に花火大会に行ったと思う』

『じゃあ、正しいやり方を知っているの?』

『違うよ。待たないで、……こっちから行くの』

『本当に、誰でも救ってしまうのね』

『……でも、今はあなたを知っている』

『……あなたのやり方、嫌いだわ』

『ああいうの、やだ』

『馴れ合いなんて、私もあなたも一番嫌うものだったのにね……』

『今度はね、あたしたちが頑張るの。今までずっとヒッキーに頼ってきたんだって気づいたから』

『わかるものだとばかり、思っていたのね……』

『……罪悪感って消えないよ』

『言ってくれなきゃわかんないことだって、あるよ』

『……私には、わからない』

『あたしだって、全然わかんない。でも、わかんないで終わらせたらダメなんだよ!』

『あなたの依頼、受けるわ』

『あたしも、手伝う……』

『いつか、私を助けてね』



『……さよなら』



『バイバイ、ヒッキー』



最後に頭に浮かんだのは、あの日、涙でボロボロになった二人の顔だった。



思い出とともに、膨大な量の感情が胸の中に雪崩のように流れ込んでくる。泣かないように歯を食いしばっても、溢れる感情の波は止められなかった。

八幡「雪ノ下……由比ヶ浜……っ」

この一週間だけで、何度俺は涙を流しただろう。何度、この胸の痛みに耐えかねて叫んだだろう。

終わったことをいくら嘆いたって、結果も現実も変わらない。

だが、あの日々が大切だった、自分にとってかけがえのないものだったのだという事実も変わらない。

――だから、あの世界にいたことは、俺の青春ラブコメは、まちがっていなかった。

博士「落ち着いたかい?」

八幡「……みっともないよな」

博士「いや、いいんだよ。それが若者の特権さ。泣きたいだけ泣いて、怒りたいだけ怒って、笑いたいだけ笑えばいい。大人になると、それが少し難しくなるからね」

八幡「…………」

博士「だから、泣いてもいいと私は思うよ」

八幡「そう……か……」

だが今だけは我慢しよう。そんなのは家に帰ってからでもいい。

ピピピ…

博士「おっと、そろそろ時間だな。私はもう行くよ。もう二度と会うこともないだろうから、これが今生の別れだな」

八幡「……さよなら」

博士「ああ、さよなら。手紙でも書いたけど、達者で」

博士はそう言うと、その姿を消した。あの感じだと瞬間移動する装置でも作ったようだ。あの人に不可能はないんじゃないかと思う。

そして、俺一人だけが取り残された。

もう一度、渡された写真を見る。また目元が熱くなるが、今度は間一髪で堪えた。

空を見上げると、雲一つない星空が広がっていて、それがたまらなく寂しいと感じた。

この空の下に、彼女たちはいない。

俺の空と、彼女たちの空は、つながっていない。

俺の世界と、彼女たちの世界は、永遠に平行線をたどったままで、決して交わることはない。

それでも、どこか別の世界であの二人は生きている。住む世界は違えども、三人とも同じ記憶を持って、これからを生きていく。

それだけで、十分じゃないか。

もう『過去』にすがるのはやめよう。俺が生きるのは『現在』であって、希望を持つべきなのは『未来』だ。

『過去』は、たまに振り返るくらいの存在でいい。

ふと、頬に冷たい感触があった。

八幡「……雪だ」

黒い夜空から降ってくる白い雪は、次々と地面に落ちて水になっていく。

あの世界でも、今頃こんな雪が降っているのだろうか。そんな、確認もできないようなことを思いついた、間抜けな自分に苦笑する。

いつか、俺にはまた大切なものが出来るのだろう。

それは友人かもしれないし、恋人かもしれない。そしてその人たちと過ごす日々の中で、あの世界でのことを思い返さない日が増えていくのだと思う。



それでも、奉仕部に連れて行かれ、そこで過ごした日々を、俺は――



――きっと忘れない。




【Epilogue】

八幡「うーん……」

八幡「あれ、ここは俺んち……? いつの間に帰って来たんだ俺?」

最後に覚えているのは、半荘でビリだった罰ゲームでウィスキーを飲まされたことくらいだ。そこから先の記憶はない。

八幡「……鍵は、かかってる。ちゃんと自分で帰ってきたのか、俺は」

記憶がない時点でちゃんとしていないなんて話は今は置いておこう。

八幡「…………」

何年か前の、夢を見ていた。

そこでは俺はまだ高校三年生で、大学受験の直前期で少し病んでいて、そして、本当の意味での『別れ』を経験した。

八幡「……あれ?」

本棚の奥に封印していたはずの封筒が外に飛び出していた。昨日酔った勢いでこれを読んだのだろうか。だからあんな夢を見たのだろうか。

八幡「もうこの一年くらい見てないな……」

それは意図的ではない。大学での生活に追われて、自然と見る頻度が減っただけだ。

意図的に思い出そうとしないで、彼女たちの名前を口にすることもできなかった高三の時とは違う。

便箋を取り出し、開く。

今はもう、この手紙を見て涙を流すことはない。後悔も、悲しみも、そこまで感じない。

ただ、懐かしさだけが、胸の中を埋め尽くす。

ポロっと何かが床に落ちる。拾い上げてみると、それは博士から貰った写真だった。

写真の中の三人はあの頃と少しも変わらないままだ。その時、人がなぜ写真を撮るのかがわかった気がした。

一度過ぎ去った時は決して戻らない。ただ、そのカケラを保存することくらいなら、写真は可能にする。

だから人は写真を撮る。その大切な瞬間をほんのカケラだけでもとっておきたいから。

切り取られた瞬間の中の俺たちは、いつまでも輝いていて、俺にはその姿がひどく眩しく見えた。

――同時に、微笑ましいとも。

八幡「……フッ」

自然とほおが緩む。こんな気持ちになるのは久しぶりだ。

ふと、写真から目を離して窓を見ると、外であの日のように雪が降っているのが見えた。静かに、白い結晶が街に降りていく。まるで、この街を包み込むかのように。

八幡「……たまには」

たまには、たまになら、昔のことを懐かしむことも許されるのかもしれない。

八幡「授業は、サボるか」

どうせこの天候ならほとんど休講だろうし、行く気分でもない。




八幡「――俺も」



口から言葉がひとりでにもれる。しかしそれを止める気は起きない。



八幡「俺も、お前たちといられて――」



――本当に、幸せだった。



EDテーマ

『END THEME(秒速5センチメートルより)』

http://www.youtube.com/watch?v=IG_FY3v0uWk

ストーリーテラー

タモリ



『恐怖小説』


比企谷八幡


材木座義輝


雪ノ下雪乃


由比ヶ浜結衣


平塚静



比企谷小町


脚本 作者




『マッ缶と俺とリア充』


比企谷八幡


葉山隼人


雪ノ下雪乃


由比ヶ浜結衣


三浦優美子


戸部翔



海老名姫菜


脚本 作者


スペシャルサンクス

MAXコーヒー

『そして比企谷八幡は夢から覚める』


比企谷八幡


雪ノ下雪乃


由比ヶ浜結衣


平塚静


相模南



博士



エンディング

「Song for friends」


脚本 作者



『世界は、材木座で出来ている』



比企谷八幡


材木座義輝


雪ノ下雪乃


由比ヶ浜結衣


戸塚彩加



材木座義輝×72億(友情出演)


脚本 作者

『白』



比企谷八幡


川崎沙希


由比ヶ浜結衣


三浦優美子


葉山隼人



平塚静



脚本 作者



『彼と彼女がそれに気づくまでの物語』



比企谷八幡


一色いろは


葉山隼人


比企谷小町


雪ノ下雪乃


由比ヶ浜結衣


阿良々木暦(友情出演)



貝木泥舟(特別出演)



脚本 作者

『あふたぁすとぉりぃ』



比企谷八幡


雪ノ下雪乃


由比ヶ浜結衣


一色いろは


葉山隼人


材木座義輝


三浦優美子


海老名姫菜


比企谷小町


川崎沙希


相模南


城廻めぐり



????(特別出演)



博士(特別出演)



脚本 作者



スペシャルサンクス


ここまで読んでくださった皆様


支援レスをしてくださった皆様


感想やコメントを書いてくださった皆様


俺ガイルという素晴らしい作品を世に生み出してくださった、渡航大々先生


これまで俺ガイルSSというジャンルを作ってきてくださった、全ての俺ガイルSS作者様


総監督 作者


終わり

以上でおしまいです。
読んでくださり本当にありがとうございました。
質問があったら、お答えします。

……これ以上コンビニにいるのは、限界だ……!


悲しくなったけどハッピーエンドじゃなくてよかった
何が言いたいのか自分でもわからんけど乙

本当に最高だった
乙です

>>885
ありがとうございました。
三話の後に「八幡に救いを」という感想があって、「違うんだ、ハッピーエンドではないけど、この八幡は救われたんだ」っていうのが書きたくて書きました。
作者的には、ベストエンド(Best End)ではなく、ベターエンド(Better End)を書いたつもりです。

>>886
ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで、書いてよかったと思えます。

ようやく全部終わったので、文字数を計算してみたら、
9,433(一話)+13,228(二話)+33,971(三話)+7,378(特別編一話)+12,979(特別編二話)+45,454(特別編三話)+3,428(あふたぁ一話)+5,339(あふたぁ二話)+28,997(あふたぁ三話)+12,099(最終話)=172,306文字

……ヤバい。こんなに書いたの初めてだよ……。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年09月23日 (火) 23:07:51   ID: RoUdYkwM

続きはまだかしら?

2 :  SS好きの774さん   2014年09月30日 (火) 23:50:07   ID: TWykmuxk

これ超面白い

3 :  SS好きの774さん   2014年10月22日 (水) 13:28:31   ID: xdyR0Liq

素晴らしい、その一言に尽きる。

4 :  SS好きの774さん   2014年11月08日 (土) 00:59:56   ID: hsvbS63C

おもしろすぎる

5 :  SS好きの774さん   2014年11月16日 (日) 18:19:05   ID: 3VjGJoVk

最後らへん作者痛すぎだろ
面白かったけど

6 :  SS好きの774さん   2015年03月09日 (月) 05:29:02   ID: _xFl36ia

マックスコーヒーって千葉じゃなくて茨城のじゃねえの?

7 :  SS好きの774さん   2015年04月19日 (日) 19:26:12   ID: qIow5wiG

ちょー面白かった!

いろはす可愛い

8 :  SS好きの774さん   2015年05月11日 (月) 15:50:17   ID: EOT8yYby

良かった。 面白かった。 でもな~何かラストが腑に落ちない…Better endだからね。しょうがないね。

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