京太郎「血濡れの学校?」 (55)

コープスパーティに影響された非安価スレです。まんまキャラ互換にはなりませんが影響自体は多分にあると思われます。
残酷描写、キャラ崩壊の可能性がありますので閲覧にはご注意ください。
投下はかなり不定期になります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1408885729

開いた扉の向こうで崩れる男を想う。金の髪に前を開いた学生服、初め見た時はただの軽い男でしかなかったその人を。

「頼むよ憧……痛いんだ、俺もみんなと帰りたいんだよぉ…畜生、足がいてぇよ……」

息苦しさ、鼻をツンと刺すような刺激、滲む視界。周囲から聞こえる声が酷く騒々しく感じてしまうのは何故なのだろう。

「惑わされないで……彼は自分の意思で残ったはず」
「そうですよ新子さん。出たらいけません!」

両腕をつかむのは、今日知り合ったばかりの二人。彼と違って冷静で思慮深くて、今ここに居るのは二人の力があったからだというのは疑いようもない。

「憧ぉ……助けてくれ……頼む……」

そうだ。あんな風に泣きながら情けない声でこっちを見るなんて、ありえない。そんなのは。
 
「アンタはアイツなんかじゃ、ない」

だから。
お願いだから、こっちを見ないで。

インターハイを終えてはや一月、九月も真ん中を過ぎれば陽が傾くのも早くなる。17時前にはもう空が茜色に染まり出していた。
今日はもう部活も無いときたもんだ。それでも残ってたのは、会長から借りた本を返しに行くためだったのに。

「なんでいねーんだよ」

ノックをするまでも無く分かってしまう。最後の望みだった生徒会室の扉、擦りガラスの向こうから伸びるのは茜色の光。あからさまに誰も居ないときた。

「帰るか……お?」

踵を返す。廊下に光る赤い色の中、俺の目に映ったのは一つの黒い影。ゆっくりと、足音を響かせながら近寄ってくる姿は光の逆光に包まれていて、その顔を窺うことはできない。
ほんの少し、俺の体が固くなって……すぐに力が抜けていく。

「あれ、君は……麻雀部の須賀君だったね。どうしたんだい? こんな所で」

顔を茜に染めながら現れたのは、なんてことはない。目的の人が所属する生徒会、そこでの片腕。

「ども。えっと……副会長」
「はは、まあ接点が無い先輩なんて覚えられないよね。僕は内木一太……それで? どうしてここに?」
「いえ竹井ぶちょ、じゃなくて生徒会長を探してるんですよ。借りた本、返さないといけないんで」

そう言って鞄から本を覗かせれば、なぜか副会長が驚いたように目を見張る。

「その本! 君が持ってたのか!」
「へ?」
「会長が誰かに貸して、誰かってことを忘れたままでね……いや丁度良かった。返しに来てくれたのかい?」

目を輝かせて、とまではいかないけれど嬉しそうに鍵を回す副会長は、集会の時よりもはるかに親しみやすく感じる。
それと同時に感じるのは……まあ、この人も竹井先輩には苦労させられてるんだな、って所。ある意味親近感とも言えるそれは、3年と1年という垣根を少しだけ低くしたように思えた。

「本当に良かったよ。あ、せっかくだからコーヒーでもどうかな。インターハイの時に大量の缶コーヒーが寄付されてね……とにかく余ってるもんだから」
「なんすかそのチョイス! んじゃせっかくだし、いただいてもいいすか?」
「どうぞどうぞ。ようこそ生徒会室へ、ちょっと古臭いかもだけど我慢してよ」

一度会話を交わせれば、あとは夏場の氷のように緊張感も溶けていく。互いの顔を見ながら踏み込んだ生徒会室は、内木さんの言うとおり、なんとも古臭かった。

「へー…腐った床、罅の入ったガラス、割れた電球。凄いっすね生徒会室って」
「……どこだ、ここは」

期待していたのは全力の否定。いや、ある意味肯定でも良かった。ドッキリでもなんでも、先輩が俺を騙してくれているんなら、それでも良かったのに。

「嘘だ…嘘だ、嘘だろ?」
「内木さん?」

俺はほんの数秒間、内木さんよりも幸せだったんだと思う。俺を見つめて戦慄する内木さんよりも、きっと。

数秒後、声を出さない内木さんの眼差しの先へと振り返った俺の目に飛び込んだのは、部屋と同じように汚れた真っ暗な廊下だった。

「憧! はやく帰ろうよー!」
「はいはい…っと、ごめん! 先に帰ってて。教室にケータイ忘れたかも…」

夕暮れに染まる校庭を横切る友達は、長い髪を真横になびかせている。足が早い人を例えて風になるって言うけれど、友達ならいつでも風に成れるんだと思う。

「えー? それじゃ一緒に行くよ!」
「いいって。すぐ戻るから、その辺走ってお腹空かしときなさい。晩御飯食べに行くんでしょ?」
「それもそっか。よーし、目標10周!」

大きすぎる独り言を背中に浴びて、私は苦笑しながら校舎へと入る。もともと生徒数の少ない阿知賀は部活で残る人も少なくて、夕方でも廊下に人気は無くなってしまう。
その中を、自分のものとはいえ足音の残響が聞こえるのは、少し怖く感じるもので。
軽く首を振って足早に教室への道を進む。幸いにも、赤い廊下も教室もそこに在る以上に私を怖がらせることは無く、携帯も最後に手放した時のまま、机の上に置かれていた。

「あっぶなー…無いと死んじゃう、なんてねー」

いつもなら少し重く感じる、替えたばかりのスマートホン。なんだか今日はその重さが私を安心させてくれるみたいで、どこか余所余所しかった私とスマホが仲良くなれた気がした。なんてね。

「えーと、携帯見つけたから今行く、っと。これで良しかな――」

いつもと同じ教室のドア。いつもと同じ、スマホを弄りながら出て行くドア。
そして。

「……なに、これ」

いつもと違う、真っ暗で息が詰まりそうな、木造の廊下。
同じ人の気配のない廊下でも全く違う、闇に染まった廊下。振り返れば、同じような教室が私を包んでいた。

「なによ、これ」

スマホが落ちる。固い音を立てて傷がつく新品のソレに、私は目を向けることもできなかった。

「照、鍵を頼んでもいいか?」
「ん」

受け取った鍵は部室の鍵。
インターハイが終わっても後輩指導は終わらない。むしろ来年は今よりも強く、その思いが麻雀部に渦巻いている。
その頼もしさに3年生も退くに退けず、こうして遅くまで残ってしまう。

「……嫌じゃない」

とはいえ私自身は口下手で。必要なことを伝えるにも、友人の手伝いが必要な時さえある。
独り言くらいなら出るけれど、主語が無いから万一誰かが聞いても驚かれてしまうだけ。

「失礼します、鍵を返しに……誰も、いない?」

人のいない廊下を歩き、職員室へと鍵を返しに行っても人は居ない。少し不思議に思うけれど何かしら席を立つこともある。
とりあえず鍵を保管場所に返して、廊下への扉の前で一度だけお辞儀をして。
振り返って扉を開けた時、扉のガラスに反射した夕日に思わず目がくらむ。

「っと……?」

ふらりと揺れる足元。廊下に踏み出したまま、眩んだ目を庇うように手で覆う。
そして少しずつ視界が戻って、手を除けたとき。

「なに……?」

廊下は古い木が所々腐り、隙間から覗く闇がどこか恐ろしくて。
職員室へと戻ると、やっぱり古臭い木の机と傷みきった教科書。それは私の学校で使う教科書とは違っていて、今私が居る場所が、さっきまでとは違うのだと思い知らされた。

「ごめんね、怒ってる?」
「怒ってないけど…早く行かないと、間に合わないよ」

私の少し先を小走りに行くのは、同じプロ小鍛治健夜さんお友達。同い年なのに私とは正反対と言うか、属性が違うと言うか…それでも不思議と相性は悪くなくて時々一緒に遊ぶこともあります。
今日は夜からかるーい食事会があって、そのために一緒の電車で行こうと待ち合わせていたのだけれど、少しだけ私の準備が遅くなって電車の時刻も迫ってしまっている。
怒っていないのは分かってるけど、それでも申し訳なさは無くならない。ちょっとだけだけど。

「はやりちゃん? 先に出てるね」
「うん。もーちょっとだけ待ってー、ブーツって穿きにくくって…」

そして私の前で玄関が閉じる。そこから1分もたたずに、ブーツの紐を結い上げて準備は万端!
ポーチを下げて、勢いよく玄関のドアを開け放つ。

「ごっめーん! お待たせ……え?」

ドアを開けた先に段差は無いことは知っている。健夜ちゃんがドアの前じゃなくて、数歩先で待つ癖があるのも知っている。
だから、私は勢いよく足を踏み出したのだ。
そう、目の前に広がる景色が夕暮れの光じゃなく、星も無い真っ暗闇であったとしても止まれない。それくらいの勢いで踏み出して。

「……どこ?」

振り返った先に在るのは玄関じゃなくて。
昔通った場所とは違うけれど、ガラス張りの広い空間と横並びの下駄箱は。

「昇降、口?」

かつて毎日通り過ぎた場所だと。
例え学校の形自体は違っても、用途を察するには十分だった。

メインは一つ、二つは低頻度更新なので基本的には問題ないかと。
もし難しそうなら短縮して畳むかもしれませんが。

見晴らしなら、屋上以上の場所なんてない。
先輩と一緒に昇る階段は、億劫だとか面倒だとか、そういう気分にすらならなくて。

「別に今日行く必要も無いと思うが」
「えへへ…そんなことないっす! 明日も明後日も今日とは違うっす! 今日は今日、明日は明日で」
「いや、さすがに毎日は行かないぞ」

苦笑する先輩も、あと数ヶ月で卒業。
思い出作りということであちこち遊びに行きたいけれど、まずは学校の中で思い出を作りたい。そのためにはやっぱり、屋上から見る景色が欲しいと思うから。

「っと、せっかくだから飲み物を買っていこう。何がいい?」
「じゃあポカリがいいっす! 先に行って鍵開けてるっすよー」
「ああ、頼む」

誰でも屋上に入れる学校とは違って、うちの高校は鍵がかかっている。
先輩は先生からも信頼されててすぐに借りられたけど、ほんとはなかなか手に入らないレアもの。
それはつまり、誰も入って来ないということで。ゆっくりお話するには一番の場所だということ。

「とはいっても夕方っすからね、あんまり時間は取れないと思うけど」

一段一段を駆け上がり、あっという間に屋上へ。
挿し込んだ鍵はカチャンと音を立てて、ほとんど抵抗も無く。問題になったのは、その後。

「あ、あれ…?」

軽く押しても開かず、強く押しても開かない。引けばいいかと引いてみてもやっぱり開かない。

「立てつけっすかねー…よい、しょっ!」

一度、二度、三度。徐々に体ごと押し付けて、体当たりのように押し開けていく。
そして数度目、もう押し付けると言うより叩きつけるようになったころ。

「せー、のっ! わぁっ!?」

ガシャ、と音を立てて勢いよく扉が開き、私の体はその勢いのままに転がってしまう。
お尻を突き出すような四つん這いで、誰も居なくて良かったとさすりながら立ち上がろうとした、その時。

「……え?」

どういうわけか、真っ暗な世界。手すりもドアも何もかも木造で、見覚えのない景色。むしろ見覚え云々というよりも。

「……何も、ない?」

校庭のボロボロになった知らない校庭の先。そこには僅かな明かりも無くて、ただ真っ暗な闇の空間だけが広がっていた。

廊下を歩く度、軋む音がするのが恐ろしい。

「鶯張りって廊下はあるけど、これは建築方法よりも築年数…というか、老朽化のせいだろうね」
「まあ…見れば分かりますよね」
「そりゃそうだ。いや、参っちゃうよ」

被せあう軽口もどこか勢いが無い。当然か、清澄とは違う構造の校舎に真っ暗な外、廃墟の廊下なんてコンボで平気でいられるはずがないんだから。
それでも最低限の電気は通ってるらしく、所々破損やらで付かない場所はあってもある程度の灯りは確保できていた。

「それにしても誰もいませんね…つか、ここがどこかも分かんないですけど」
「そうだね。はっきり言って異常と言うか、超常現象の類いにしか思えないよ」
「超常…?」

眼鏡を押し上げて、笑みを一つ零しながら指を立てる内木さん。どことなく竹井部長に似た感じがして、少し可笑しかった。
それのおかげかほんの少しだけ雰囲気がやわらいだように感じる。もし内木さんがこれを狙ったのだとしたら、あの部長を支えるだけはある…なんて、思ってしまう。

「いわゆるテレポートとかね。一瞬で別の場所に移動する奴だよ、漫画でもよくあるだろ?」
「ああ…じゃあそのせいで?」

つまるところ超能力と言う奴だろうか。咲や全国レベルの選手なら兎も角、あいにくそんな素敵な力は俺にはありはしない。
なんとなく興味が薄れていく俺の気分を察したのか、溜めることなく言葉を続けていく。

「もう一つ…まあテレポートとそんなに変わらないんだけど、異世界ってやつだね」
「異世界?」
「テレポートみたいに地球上のどこかじゃなくて、異次元、全く違う世界に入り込む…そうなると元の世界に戻るには、ただ校舎から出るだけじゃダメってわけなんだけど」
「…そんなこと、あるんですか?」
「本当にそんなのが在るかは分からないけどね。なにせ証拠もないし行った帰ってきたって話も無い。ただもしこれが異世界だとしたら、僕らを連れ込んだ存在がいるのかもしれないよ」

喉を鳴らす内木さんは、どこか楽しそうに見える。俺はと言えば半歩後ろから内木さんを追っているけれど、正直楽しさとは無縁だ。
外の闇の薄気味悪さ、朽ちた建物の恐ろしさ。お化け屋敷よりも遥かに気味が悪くて、自然と小さな物音にも敏感になってしまう。だからこそ…

「内木さん、今なんか聞こえませんでした? 女の子の叫ぶような」
「? いや、聞こえなかったけど…須賀君!? 走ったら危ないよ!」

ここが何なのかは分からない。けれどこんな場所で聞こえる声なんて、普通じゃない気がする。
内木さんの声を背中で聞きながら、薄暗い廊下を駆け抜ける。走って走って、思い切り廊下を蹴り付けたとき。

ミシリと、床がたわんだ。

「ってえな…! くっそ、マジで老朽化しすぎだろ!」

パラパラと髪から木屑が落ちていく。見上げればうっすらと見える電球の灯りに、周りが暗い事を気付かされてしまう。

「下の階に落ちたのか…よく無事だったよな」

受け身も取れない俺が、おおよそ二メートルの高さから落ちて激しい痛みを感じることもないってのは幸いだ。
あとは周囲の確認になるけれど、あまりにも暗すぎる。それに妙な臭いまで漂ってきて、袖で鼻を覆わないと居られないほど。

「ナマぐせ…なんだこれ? つか、スイッチどこだよ」

床に暗闇に手を伸ばせばヌルリとした感触。気持ちの悪さを我慢して壁を手探りに辿ると、ようやく木のザラッとした感覚が指先に触れる。

「スイッチ、スイッチは……あった、これか」

いい加減木のささくれ立った地味に嫌な壁の中、指先に固いものが触れる。兎にも角にも明かりを付けようとした俺を、不意に、不似合いな光源が照らした。

「っ! まぶし…でも助かった、誰か知らないけど」

眩いばかりの光。外が暗闇の中でそれだけの光ってことは、人工的なものってことだ。
いつの間にだとか思うことはあるにしても、むしろこんな場所に人が居るってことがありがたい。
出来る限り友好的に見えるよう、笑顔を作って手を差し伸べる。けれど――

「ひっ!? い、いやあああああ!!」

手を伸ばした先。取り落したスマホの灯りが相手の姿を映し出す。長めの髪に、可愛い制服。桃色のカーディガンは腰を抜かした拍子に汚れてしまったのか所々黒くなっている。
よくよく見れば無防備に下着を晒しているわけだけど、そんなものは今、なんら重要なものではなかった。

「……なんだよ、これ」

一瞬視界に入った腕の色。差し出した手の平の色。ほんの一目見ただけ見えた、不吉な色。
…嫌な空気だ。女の子はこっちを怯えてみてるし、俺自身も息が荒くなるのが分かる。
ジジ、と電球が光を放ったのはその時のこと。それは俺が探し求めた光のはずだったけれど。

「きゃあああああ!!」
「なんだよ…なんなんだよこれは!」

赤、朱、赫、アカイ色。両腕は赤黒い色に塗れ、制服は汚れ。
そして落ちた場所を振り返れば。

「うっ…あ、ああああああ!!」

――床一面に散らばったナニカの中身を、俺の足が踏みにじった跡が残っていた。

今日はここまででー。このスレの更新はかなり低頻度になるかと思います。
ぼちぼちゆっくりやりますので、気が向いたら見てもらえれば幸いです。

ぼちぼち更新していきます。

女の子の目線が俺と部屋との間で交互に揺れている。
その目に含まれた恐怖の色に、俺は酷く気持ちが悪くなって、視線から逃げるように振り返った。

「トイレ…か?」

床にぶちまけられた内臓と、濁った赤いもの。見てるだけでも嫌な気分になりそうなのに、なぜか臭いは全くしない。
そして赤いの中に佇む小便器。昔懐かしい卵型の男子便器が数個と、個室が二つ。俺はどうやら手洗い場に落ちたらしく、便器の辺りは荒れていない赤カーペットのままだった。

「あ、ああ…や、だ…! 殺さないで!」
「ちがっ…俺は、今落ちてきたとこなんだよ! ほら、上! それにこの血みたいなやつ…乾いてる…」

恐ろしい勘違いを抱いていそうな女の子に、必死に指を天井へ向ける。そして手を汚す赤黒いものを払落そうとして、塗りたくられた汚れが意外なほど落ちていくことに気付く。

「あ…ぅ…」

少しずつ、少しずつだけど、女の子の目から不安と猜疑が薄らいでいく…気がする。少なくとも俺を真っ直ぐ見つめてくれてはいるようだ。

「な? とりあえずさ…」

下手に声を掛けるのも難しいかもしれない。まだまだ俺に対して怯えてるみたいだし…

「えっと…」

逡巡する俺と、怯える女の子。間に流れるなんとも微妙な空気を――

――キ、ィイ……

空気を鈍い刃物で刻むように、背中のほうから音が響く。
振り返る俺と女の子。その注目を受けて、知ってか知らずか。

「っ! とりあえず、行こう!」
「ぁ、う、うん…」

少し考えると、俺にとっては良かったのかもしれない。
思わずといった様子で立ち上がって、俺を追ってくる女の子の不安が、軋みながら開くドアへと移されていったのだから。

「――それじゃ、新子さんも気が付いたらここに居たのか」
「う、うん…携帯も通じないし、どうすればいいのか全然わかんなくて」

窓の外は変わらず暗いまま、月も星も無い空だけが広がっている。
その中で、出会ったばかりの少女…新子憧の持つ携帯電話の光源が、心に僅かばかりの平穏を与えてくれていた。

「そういう…須賀君もなんでしょ? もう何が何やらわかんないわよ…あんなのも、あるし…」

小さい光を受けて、新子さんの顔が歪む。顔色の悪さは暗闇だけで理由づけることはできないだろう。
俺自身もきっといい顔はしていないはずだ。なにせ……

「電気は通ってて水道は通ってないって、妙なモンだよな」

シャツを一枚犠牲にしても拭き取りきれない血の汚れ。臭いなんてのは…嗅ぐべきじゃないな。
軽く頭を振って努めて明るく話しかける。少なくとも、その努力だけは欠かさないつもりだ。

「そうだ、上の階に俺と一緒に来た人がいるんだよ。3年の人なんだけどさ」
「そうなんだ…それじゃあ、まずはその人に会いに行くわけ?」
「ん、まずはそっち…いや、ちょっと待ってくれ」

何か、何かを忘れてないか。
真っ赤な部屋があまりにも衝撃的だったけれど、その前はどうだった? 俺は何をしていた。
……走っていたはず。そう、軋む廊下を無理やり走ったせいで床が抜けて、更にその前には。

「っ! そうだ、女の人の悲鳴が聞こえたんだ! あれって新子さんじゃないのか!?」
「え? ひ、悲鳴なんて知らないけど…」

忘れたことを思い出す。そんなほんの一瞬の行為が、俺の中に焦燥感を芽生えさせていく。

「じゃああの声はやっぱり上の階か? くそ…階段を探すしかないか」
「えっと、とりあえず合流にせよなんにせよ、上に行くってことでいいのよね?」
「ああ…どうする、新子さんも一緒にくるか?」

俺としてはほとんど確認みたいな声掛けだったが、新子さんとしては少し違ったらしい。
薄い光の中、頬を膨らませて俺を小突きながら言った。

「あのね…女の子をこんなとこに放置するつもり? てゆーか、無理矢理にでもついてくわよ!」

…結局、怖いのは俺も新子さんも同じってわけで。
一人よりも二人が良い。そんな分かりきった結論が、漠然と膨れた不安を紛らわせてくれることが、今は素直に嬉しかった。

――Side,一太――

「須賀君! 居ないのかい!? …参ったね、こんな訳のわからない所ではぐれるなんて」

僕は頭を振って立ち上がる。割れ目も新しい床と、須賀君の駆けて行った方向から、ここから落ちた可能性もある…上から見える床はなぜか赤黒くて酷く気味が悪くて、僕はをそむけた。

「とにかく、まずは下へ行く道を探さないといけないね…」

それともう一つ気になるのは、須賀君が聞いたという女性の悲鳴。僕には聞こえなかったけれど、耳に自信があるわけじゃないから実際に悲鳴が上がっていたのかもしれない。
それなら…とりあえずとして進むべきは、須賀君が走って行った方向にすべきだろう。

「さて……っ!?」

向かいざま、目の端に映した抜けた穴。
何の気なしに通り過ぎようとしたその時。視界の端に黒い影が混ざった、気がした。

「……誰か、いるのか…?」

問いかけに返答は無い。見返してみても、そこには今さっきと同じ穴が開いている。
だというのに…気味の悪さが格段に違う。とてもじゃないけれど覗いてみようなんて気も起きないくらいに。

「なんだって言うんだ…」

強引に視線を切って、振り切るように足を踏み出す。
真っ黒なのに、どこか人のような影を払うように。体に滲む冷や汗に奪われた熱を、再び体に宿すために。

「あった! ここからなら下に行けそうだ」

穴を越して曲がった先にあるのは資料室やら図書室なんかが並ぶ場所。そのどん詰まりに、階段が。
上にも下にも繋がる道は、老朽化のせいで一部壊れているものの通るに大きな支障は無さそうだった。

「慎重に行かないと…」

漏れる声はただの独り言。分かっていても止めようとしないのは、やっぱり独りが寂しいというか、怖いからだと思う。
段々スムーズになってきた古いスイッチを探す動作も、指先で付けることだって目を向ける必要もなくなってきた。
…そのせいか、他へ気を回すことができるようになったみたいで。僅かな物音にも敏感になっているようだった。

「今…何か音がしたような…?」

上から…? じっと息を殺していると、次第に音が近づいているのが分かる。
逃げたほうがいい。そう思うのに、僕の心ときたら随分とポンコツだ。

「……っ、ぅ……」

逃げればいいのに。それが無理なら声でも上げればいい。映画なら愚行かもしれないけど、震える足でただ棒みたいに突っ立つだけよりは良いはずだ。
……須賀君のように、思い立つより早く行動に移せないんだ。

「 れ すか? こ 、何処 分か  すか?」
「っ!? う、わっ!」

目の前だ。掠れて途切れる声が僕の目の前で響いた。思わず尻餅なんかついて、僕ときたら凄まじく情けないもんだ。

「な、な…なんだ、今の声は…」

前を見て、右を見て、左を見て。後ろまで見てみても人どころか虫の気配さえも無い。
顔から血の気が引いていくのが分かる。だって、こんな廃校で妙な物音なんて、まさにじゃないか。
ようやくジリジリと後ずさり始めた僕の体は、しかし……すぐに、何かにぶつかった。

「っ、あ……」

ほとんど仰向けのまま後ずさった僕。その両肩に触れる、どこか暖かくて、骨のように固い感触。

「ひっ!」
「そんなに怖がらなくてもいいっすよ…触ってれば、声も聞こえるっすよね?」
「だ、誰…?」

何時の間にとか、一体何者とか。色んな考えが頭の中でグルグルと回ってるけど、それよりも。

「う……」

今日の血の流れは忙しい。さっきまでは青くなったり、今は真っ赤に染まったり。
電球の灯りは乏しいけれど、それを見るには…良いのか悪いのか、どうにか光が足りていた。

「……? っ! な、何見てるっすか!」
「あいたっ!」

僕の頭を挟む二本の足。手でスカートを押さえてはいるけれど、真下から見上げる僕にはあまり効果が無い。
結局彼女が僕の上からどいてくれるまで、その時間は続いたのだった。

今日はここまででー。また次はいつになるかわかりませんが、ぼちぼちと進めていきます。

ほんの2レスだけ投下でー。なんとも遅レスというやら。

――Side.宮永照――


「……」

分からない。
ここがどこなのか、何のためにここに居るのか、何がどうなっているのか。
あの後職員室へ戻っても、白糸台とは全く違う…どこかの高校。しかもどの書類を見ても数十年前のものばかり。

「聞いたことも無い高校…けど」

どの書類にも、住所の類が全く書いていない。何県程度の情報すらもないのはさすがにおかしい。年数と日付はしっかり記載してあるのに…。
そしてその中に一枚、ぼろぼろの書類の中で妙に小奇麗なものが一枚だけ。

「廃校のお知らせ。それじゃあここは廃校になった高校?」

…他に有用な情報は無さそう。あまり動き回るのは危険かもしれないけれど、ある程度捜索は必要かも知れない。
束になっていた書類を机の上に置いて、立てつけの悪いドアを目指す。出る時に自然と明かりのスイッチに手が伸びで…そのまま付けたままで出て行くのは少しだけ気になったけれど、こんな場所でわざわざ明かりを落とす気も無い。

「せめて懐中電灯でもあればいいけど…」

果てしない闇とか、そんなことは言わない。それでも暗い空間からは不安が湧き上がるみたいで少し恐ろしい。

「……?」

なんとなく、前の方から何かの気配がする。
音はほとんどしないけれど…少しずつ近づいている?

「……」

慎重に、慎重に音を立てず階段下の隙間へ身を隠す。埃っぽいのに虫の一匹も居なくて…ほっとする反面、気味悪さも感じる。
……数分程度かけて、ようやく足音が聞こえてきた。慎重に歩いているみたいで、随分ゆっくりと音を立てない様に歩いている。

どうする? 話しかけるのは簡単かもしれないけど、どんな相手かも分からない。
ここは一旦相手の姿を確認してからが良い…かな。

そう考えて息を殺した私は、けれど、次の瞬間には不恰好に声を漏らしてしまっていた。

「……瑞原プロ?」
「え?」

少しだけ滑稽な光景かもしれない。私は階段の下で丸まったまま、瑞原プロは…首だけをこっちに向けて、ぽかんと口を開けていた。

「そっか…宮永さんもいつの間にかここに居たんだね」
「はい…」

ひとしきり目を丸くしあった私たちは、軽い自己紹介の後で行動を共にすることにした。
当然の帰結と言うべきか、お互いこんな場所を一人で徘徊する気は無い。そうなれば、私達が連れ立って歩くのは当たり前。

「それじゃあ、瑞原さんは昇降口に?」
「うん。けど外に行こうとしても道自体が無くて…こうやって、校舎の中に何か無いかなって」
「そうですか…」

瑞原さんの半歩後ろ。私が意識してるわけじゃなくて、瑞原さんのほうが自然と一歩早く出ている。
…違うかな。私が怯えてるところを、瑞原さんは何でも無いように踏み出した。だから釣られて歩き出した私よりも早いんだ。

「あの…瑞原さん、職員室は…」
「うん、色々資料があるかもだけど、宮永さんは一度探索したんだよね? それならもう一回同じ場所で丁寧に時間を掛けるより、他のところに何か無いか見て回るのがいいと思うんだ。情報の質は下がるかもしれないけど…種類は違うんじゃないかな?」
「種類…」
「そう。正式な書類とか、そういうのでは住所が無くても図書室の文献とか…地元のお話なんかあったら良いかな。ある程度有名な伝承とか、地元出身の著名人とかの話があればここがどの辺りなのか分かるかもしれないし」
「……」
「あれ? どうしたの?」

驚きと言えばそうかもしれない。いつもテレビで見ている瑞原さんはなんというか、ぶりっ子の感じが少し苦手だった。
でも今、私と歩く瑞原さんは本当に大人っぽくて、私のその場の考えより何歩も先を行っていて。
こうして私を気遣ってくれていることでさえ、私との違いを…大人らしさを見せてくれていた。

「いえ…けど、ここがどこか分かっても、外に出られないなら…」

……後ろ向きな思考が膨れ上がっていく。これじゃいけないと思っていても、頭が少しずつ下へ向いてしまう。
小さく漏れたため息が届いたのか、ふと気付くと瑞原さんの目が、私に向いていた。

「宮永さん…」
「……すみま――」
「えいっ☆」

ぽふ、と。柔らかい手が私の頭を叩く。
ほんの少しだけ小さい手が、優しく私の頭を梳いていく。気持ちいいとはお世辞にも言えないけれど。

「はややっ、ここはおねーさんに任せてねっ☆ 照ちゃんはおねーさんのお手伝いさんだよっ」

テレビを付ければ聞こえる声。子供と、大人に人気の牌のお姉さんの声がそこにはあって。

「……はい、おねーさん」
「はやっ!? なんだー、照ちゃんも見てくれてたんだね。嬉しいなっ☆」

にこにこと笑いながら私を子ども扱いして。
……冷めた目で見ていても、何度も目にすればお決まりの言葉なんかは覚えてしまう。
不思議とスルリと流れた言葉に、照れた様子でポーズを返す瑞原さん。それがあんまりにもテレビ通りだから、思わず子供みたいな笑みを浮かべてしまった。

「……ふふ」
「うんうん、女の子は笑顔が一番だよ! それじゃあレッツゴー!」

意気揚々と歩く瑞原さんに着いて歩く。
そんな幼稚園児みたいなことだって、こんな短時間で自然なことのように感じてしまう。
大人の人と、子供の私。そこには高い高い壁があるけれど、ちっとも嫌だとは思わなかった。

今日はここまででー。極少量。

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