浦島太郎 (45)
少年は死に場所を探していた。
求められることに疲れ、求めることに疲れ、人として生きることに疲れたのだ。
切り立った崖の上や、樹海奥深くなどいわゆる自殺の名所を歩き回ってようやくたどり着いたのが海だった。
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波の音だけが響く砂浜。
北国だからかすでに少し肌寒いが、おかげで海で泳ぐ者はいない。
短い人生を何度も見返した。
別れの言葉は不要だろう。
海に足を入れる。
冷たい。痛いほど冷たい。しかしこの痛みもじきに感じなくなるだろう。そう考えると少し切ない。
一歩、また一歩と足を進める。もう首まで水に浸かっている。
後一歩で口も浸かる、と思われた。
しかし次のもう一歩は海の底に飲まれた。水の中とはいえ、重心を前に傾けた状態で足場がなければ体は前に傾いてしまうのが道理だろう。
頭のてっぺんまで海に飲まれた少年はそのまま体を海に任せ、その意識を揺れる波間のなかで失った。
本来ならばここでおしまい、になるハズだった。
少年は目覚めた。
すでに死んだハズなのに目覚めた、という感覚に苛まれ混乱した。
なぜ、まだ生きている?
「目が覚めましたか?」
女の声だ。魅了してくるような甘い声が少年の後ろから発せられた。
振り向き声の主を確かめる。
そこに立っていたのは美しい女性だった。
しかしただの美人ではなかった。
やけに肌が青白いし、目のほとんどが真っ黒なほど黒目も大きい。指には鋭い爪とヒレが着いており、その腕には鱗が美しくきらめいていた。
そして何より下半身にあるハズの足がなく、かわりにまるでイルカの尾ビレのような形をしていた。
しかしだ、彼女はその異様な姿を持ってしてもこの世の物とは思えないほど美しかった。
どんな男であろうと彼女に惚れないことはないだろう。
少年も例外ではなかった。
「あら?私の言葉、伝わってますか?」
「え、あ、はい……」
「そうですかぁ~!よかったぁ~、最近お客様がいらしてくれないのだもの、てっきり言語も変わっているかもなどと考えてしまいましたわ!」
「そ、そりゃ、よかったな……?」
この人魚は少年が想定していたのよりも賑やかだったようだ。
「では早速宴の用意をいたしますね!」
「え、なんで?」
「お客様がいらしたんですもの、宴を上げなければこの竜宮城の名に泥が着いてしまいますわ!」
目を爛々と輝かせながら少年の手を握り近づく。どこか幼げで、しかし女性としての美しさを持つ顔が目の前にある少年は気が気でなかった。
「実際はただ宴の言い訳がやってきて嬉しいだけじゃろうに」
いつの間にか人魚の横にいた老人魚が少年と人魚の間に入り、距離を取らせる。
「そんなことないわよ!……ですわ!」
やれやれと老人魚が首を振る。
近くにいた使用人魚らしき者に合図を送る。
「さ、楽しい宴の時間ですわよ!」
本来なら少年もこの誘いをキッパリ断り、また死に場所探しの旅にでたがるのだが、人魚特有の魅了の所為か、流されるがままであった。
宴は豪華な刺身料理が並び、美しい人魚娘たちが美しい踊りと歌で賑わっていた。
人魚も宴の時の妙酒にご満悦だった。
少年はただ座っていた。
宴は何日も続き、とうとう三週間経った頃とうとうその幕を引いた。
ほとんどの者が疲れ、泥酔し、宴というより宴会の、しかもだいぶ悲惨な宴会の図になっていた。
人魚も泥酔していたため、無理やり老人魚に叩き起こされ、土産物を渡すことになった。
ただ自殺のために海に入ったらいつの間にか宴に巻き込まれていた……
などと相談する相手もいない少年は、その土産物を半ば無理やり渡され、亀の背中に乗せられ先の砂浜へ送り返された。
海の中では意識が曖昧になるためか、気がついたら砂浜に倒れていた。
初めは悪い夢でも見ていたのでは、と思い、ため息交じりにカバンをまさぐって見たところ、手土産と称して渡された貧相な箱が出てきた。
夢ではないことはわかったが、もう少しいい土産はないのか、と愚痴りながら蓋を開けようとするが、開かない。どんなに力んでも叩きつけても踏みつけても。
開かない。
仕方がないのでカバンに戻し、ため息を着く。
「開けられない土産ってなんだよ」
ふと周りを見渡し、あることに気づく。
明らかに周りの空気が汚い。
振り返り、山だったハズの景色をみる。
そこには雲をも突き抜けそうな高層ビルが立ち並んでいた。
「なんだよ、これ……」
都会でもここまで高いビルが連なっている地域などない。加えてこんな田舎だ、高層ビルジャングルが三週間で出来上がるハズがない。
唖然としながらも一体何が起こったのか、それを知るために少年は歩き出した。
街の中はとても綺麗で、しかしどこか淀んでいた。街ゆく人々はSF映画のような服装で聞きなれぬ言語で会話していた。
時々少年の姿を見てはクスクスと笑う人々もおり、また殴りかかってくる輩もいた。おかげであざだらけだ。
何人か危なそうな連中が追いかけてきたので路地裏に逃げたところ、なんとか振り切れた。
「てめぇ、日の本のもんか?」
突然聞き慣れた日本語が少年の耳に届く。
声の主は足元に転がっていた。
ダンボールのようなものから頭だけだし、少年を睨みつける。
「日の本……?日本のことか?」
「あぁそうだ。その服、何十年前のもんだ、俺がガキの頃のじゃねぇか?」
咳き込みながらダンボールから体を出し、起き上がる老人。髪の毛はほとんど残っておらず、白髪も小汚い色に染まっていた。服はボロボロで引っ張っただけで千切れそうだ。
「何十年?」
「あぁ、そんなに状態のいいあの頃の服は見たことねぇ。なんでそんなもの身につけてんだ?」
「そりゃ、普通だろう?」
「お前、なに言ってんだ?普通?お前の普通は10年代の話か?」
「10年代?」
「ほー、なんだ、日本にも未だに未開の地はあるってか」
ボロボロの歯をニカリと光らせひしゃげた笑い声を路地裏に響かせる。
「もうすぐ22世紀だってのにまーだ21世紀気分のやつがいるとはなぁ~ひっひゃっひやっ」
「ま、まて、今、西暦何年だ!?」
「おいおい、田舎者には西暦文化すらなくなっちまったか?」
「そういうのはいいから!!」
「あー?っと、確か……」
「2096年だな」
何かの冗談だと思った。
悪い夢かとも考えた。
「戦争に負け、領土を大陸に飲まれてからもう60年か……俺も歳だなぁ」
領土を?戦争?負け?わけがわからない。
「じゃあ、なんだ、ここは日本で、でもあいつらは大陸人で、本当の日本人はこんなとこで寝っ転がって死ぬのを待つだけか!?」
「大体はもう死んじまったよ。俺たちは虫けら同然になったのさ」
いやだ、こんなのあんまりだ。
こんな未来を見たくないから死んだハズなのに、死のうとしたのに。
「おめぇ、随分若いが……どこから来た?」
「……どこでもいいだろ」
「まぁ、お前もお前なりに苦労したろうが、どこにいても同じだ。俺たちは満足に飯にありつくこともできねぇんだ」
「だったらなぜ生きる?なぜ死なない?!」
「死にたくねぇからだよ」
「死にたくない!?こんな状況で生きていると言えるのかよ!?」
「あー生きてるなんて大層なこといわねぇよ、でも死んでねぇだろうが」
「死んでるも同然だろうが!」
「……」
老人は黙り込んだ。目を閉じ、また座り込む。
「坊主、死ぬのが怖くないか?」
「もう死にたいのにまだ[ピーーー]てないのが不思議だ」
「そうか、俺は、まだ死にたくないな」
「なんのために?」
「なんでもない、明日のためにだ」
その場を去った少年はまた、幾度か路地裏の日の本の者たちと出会ったが、求めるものはなかった。
そして最初の、始まりの砂浜へ戻ってきた。
日もくれ始め、夕日が海に映し出されるが、何処か全体的に黄ばんでいて美しさのかけらもない。
そして街を見渡す。夜のライトアップが始まり、ショーでもやっているのか、一層賑やかになる。
しかしそこに日本特有の技術による美術はそこになく、ただ安そうないかにも芸術品のような建物が並んでいる。
その街は一見賑やかで、楽しげで、でも中身はすっからかんで、少し前の、過去の自分のようで、反吐が出る。
周りの期待に応えるために自分を作り、しかしそこに自分はなく、他人の期待が高まるばかりの日々。
人の欲は無限で、求めることは人の常で、求められるのもまた人の常で、それに耐えきれなくなった。
思い出してしまった。
うずくまる。
嫌だ。
周りの人間も周りの物も周りの環境も周りの全ても自分でさえも嫌になった。
逃げた。
逃げた先に逃げなかった先の絶望を見た。
逃げた。
逃げども逃げども逃げられなかった。
「苦労は買ってでもしろ」
クソ親父のクソみたいな家訓。
苦労しても苦労しても先に苦労しかなかった。
苦労の連続。
心の破綻。
崩れる自我。
忘れたい。
「あぁ……あああああああああ!」
なんのためにここまで来た!?
なんでこんなところに送られた!?
なんで望まぬことばかり起きた!?
どうして俺の望みは……
浦島太郎
ふと頭に浮かんだ童話のタイトル。
なぜ思い浮かんだか。
思い出か。
思い入れか。
違う。
今、俺が浦島太郎なんだ。
とすると手土産が玉手箱か。
あれを開ければ、どうなる?
浦島太郎は歳を取り白髪の爺さんになってお話は終わった。
今俺が使えば?
[ピーーー]る?
くっあはは、はははははは!
[ピーーー]る![ピーーー]るんだ!
カバンから箱を取り出す。
先ほどよりボロボロな質感があるが、関係ない。
これを開ければ俺の肉体は朽ち果て死ぬことになるだろう。
とうとう俺の望みが叶う日が来たのだ。
さぁ、殺せ!俺をこの世界から消し去ってしまえ!
箱に力を入れ、その蓋を外す。
先ほどよりもずっと楽に開けた。中から溢れ出る煙を吸い込む。
あぁ、体の内側から朽ち果てて行くのを感じる。
内臓がサビのような物に覆い尽くされ、砕け散る。
指先が砂のような小さな粒子となり風に消えてゆく。
激しい痛みを伴うが、それすら気にならないほどの快感が体を駆けずり回る。
腕が落ちた。膝が砕けた。倒れた拍子に腰も外れた。とうとう首までサビが広がった。
すでに意識はなかった。ただ笑い声だけが砂浜に響き渡っていた。
あはははははははははははひははは!
少年は跡形もなく朽ち果てた。体だったものは砂に紛れ認識できないレベルだった。
少年は死んだ。望み通りに死んだ。苦行の人生の果て、最後の最後に臨んだことは、誰にもいつか訪れる死だったのは果たして虚しいのだろうか。
その後ここの砂浜の砂を踏むと笑い声のように聞こえたため一度は人気スポットとなったが、それも長くは続かず、しばらくしてまた無名の砂浜へ戻った。
余談だが21世紀最後の日、日本列島にしばらくぶりに大地震が襲いかかって来た。
耐震されていなかった多数の高層ビルがドミノ倒しに倒れ、全国的に壊滅的な被害を負い結果ほろんだのだが、それはまた別のお話。
童話の最後のように語るのならば、そうだな……
少年は自分の最後の願い事をかなえ、幸せに眠りましたとさ。めでたしめでたし。
いましお
お目汚し失礼しました。ではおやすみなさい。
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