昼下がりの女子中学生 百合ver (136)

百合、エロ、書きためなし
やんちゃな女子中学生と隣の真面目なお姉さんの話




平日の昼間に冷房をガンガンにかけて、冷たいウーロン茶を片手に私は自室の勉強机に座らされていた。
かったるい。それでも、学校へ行くよりはマシだった。

「ちーちゃん、できたら、言ってね?」

今時、家庭教師だなんて。

「はいはい……」

「はいは一回でいいんだよ?」

「生意気……」

ぼそりと私は言った。

「ひどいなあ……」

ごもっともだ。自分でも口が悪いと思っている。
自分で分かってるから、まだいいじゃんか。
それにしても、この人は相変わらず一度も怒ったり叱ったりしない。
この人――隣の家のお姉さんは。

「伊藤さん、大学に彼氏とかいないの?」

「き、急になあに?」

「だって、平日の昼間に学校サボるバカ中学生の相手するなんて、よっぽど暇か、馬鹿かどっちかじゃん」

「自分で馬鹿って言わないの……もお、それより休憩もうすぐ挟むから頑張ろう? ね」

「……真面目だよね」

「真面目だもん」

「学校行けば、すぐに保健室か職員室に連行される私とは違うわ」

「それは、髪の毛の色が茶色いからじゃないのかな」

「染まったもんは仕方ないし」

伊藤さんは困ったように笑った。


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うちには父親がいない。母親が言うには、海の向こうにいるらしい。生死は不明。なんじゃそりゃ。
母は朝早く、夜遅くまで家を空けている。仕事を2つかけ持っていて、ほとんど家にいることがない。
まあ、だから親の目を盗んでやりたい放題できるという利点もある。

学校の帰りにコンビニでヘアカラーを買って、そのまま家ですぐに試した。
きっかけは友人がしてたから。そいつは1週間の停学をくらった。
金髪だった。大きな黒いサングラスで登校してきて、頭に虫が湧いてやがると思った。

でも不思議なもので、見慣れると羨ましいと思えた。

「伊藤さん、できた。完璧」

「よーし、じゃあアイス食べていいよ」

「っしゃ」

どたどたと部屋を出て、階下のリビングへ向かった。

「アイス……」

冷凍庫を開けると、ハーゲンダッツが3つ。
2つ掴んで上へ持っていく。

「チョコで良かった?」

伊藤さんにアイスを差し出すと、彼女は喜んで受け取った。

「うん」

はにかむ伊藤さん。長く綺麗な黒髪を後ろに背中にかけ直す。白いうなじが見えた。

「伊藤さん、その髪暑くない? 切ってあげようか」

ぺりぺりと紙の蓋を剥して、私は裏をぺろりとなめる。

「ちーちゃん、覚えてないかな?」

「?」

「小さい頃に長い髪が綺麗って、褒めてくれたからそれ依頼伸ばしてるんだよ」

「言ったっけ?」

「言ったよ。えー、覚えてないの……」

あからさまに悲しそうな声を出す。

これは期待

支援
期待を隠し切れない

あげてしまった
申し訳ないです

今日はここまで

ゴミスレっと

期待

はよ

わっふるわっふる

「忘れてても特に支障はないでしょ?」

「あるよ。寂しいよ」

伊藤さんは唇を尖らせた。

「あー、ごめんなさいって。はい、これでいい」

「適当にあしらったなー?」

「しんないよ」

伊藤さんの細い腕が、私の首筋に伸びてくる。

「ちょ、な、なに!? アイス落ちるじゃん!」

「寂しいな、寂しいなー。昔は膝の上に乗ったり、おんぶしたりする仲だったのに」

「そんな昔のこと覚えてないし。つーか、暑いんですけど。しッ、しッ」

体を振って払うと、伊藤さんはこてんとカーペットの上のクッションに頭を預けた。

「やられたー」

「はいはい……伊藤さん、アイス溶けるよ。あ、ちょっと、もらっていい?」

「うん、あとあげるね」

「ラッキー」

「ふふ……ちーちゃんアイス食べるとき、下唇噛む癖あるよね」

「ぶッ……ごほッ」

伊藤さんの顔を見ると、にやりとしていた。

「どこ見てんの……」

伊藤さんの瞼の上に、手のひらを被せる。

「冷たいッ……」

「こっち見んな」

「見れないよー」

「……ごちそうさまでした。はい、今日はこれで解散」

私はアイスの空を丸めて、ゴミ箱に放り投げる。
スコン、と良い音がした。
伊藤さんが起き上がる。

「次は、理科いこっか」

「だる……」

「ちーちゃんはやればできる子」

「モチベーションが上がらないんだけど」

「そっか、どうしよっか」

逆に聞き返される。

「寝る」

「寝る?」

「5分だけ、お願い、ね?」

「んー、ホントに5分だけだよ?」

「うんうん」

私は、頷きながらベッドによじ登る。
アイスを食べた後に、冷房の効いた部屋で、タオルケットにくるまり惰眠を貪ることほど、至福もないと思う。

「5分後に起こしてー」

「……ずるいなあ」

「じゃあ、一緒に寝ようよ」

伊藤さんも寝てしまえば、共犯だ。
後で、母親にも言えまい。

「ねー、寝よ?」

伊藤さんの袖を引っ張る。

「そんな風に可愛くおねだりされちゃったらなー、断れないよね」

「ほんとは眠かったんじゃないの?」

「そんなことないよ」

ベッドのスプリングがぎしりと鳴る。
私はごろごろと脇に寄った。

「今日だけだからね」

伊藤さんが念を押してくる。

「ケチ」

「癖になっちゃうといけないから」

すぐ隣から甘い匂いが漂ってきた。
柔らかくて、鼻がくすぐったい。
大人っぽい香り。

「香水、つけてたんだ」

「え、うん」

香水なんて誰でも使う。ましてや、大学生。
でも、伊藤さんは香水を使うイメージが無かった。
私は勝手にショックを受けていた。ホントに勝手に。

「ちーちゃんは……中学生だし使わない?」

子ども扱いされたような気がした。

「普通に使うよ」

「おばさん知ってるの?」

「知るわけないじゃん。私が、何しようがあの人おかまいなしだもん」

「そんなことないよ」

「どーだか」

ぶっきらぼうに言って、伊藤さんに背を向ける。
それ以上は聞きたくない。

「……この匂いは好き?」

「別に、どっちでも……」

「そっか」

私はもう一度、伊藤さんの方に向き直る。

「私、伊藤さんの匂いの方が好きだよ。小さい頃から思ってたけど」

「え……あ、どんな匂いかな?」

「どんなって言われたら困る。なんか落ち着くの」

「そんなこと初めて言われた」

「ふーん……」

彼女はなぜか少し驚いていた。

瞼が重たくなってきた。
伊藤さんの指が、顔の方に近づいてくる。

「ふがッ……」

鼻をつままれた。

「子豚さん」

「ふらへんな」

めんどくさいので、私は目を閉じた。

「おやすみ」

「タイマーセットしておくね」

「ありがと」

ホントに、伊藤さんは私に甘い。
いつの頃かずっとそうだ。
母親よりも私を甘やかす。
なんのためにこんな年下の言うことを聞くのかわからない。
家庭教師で、お金をもらっているからか。
思考が鈍くなる。考えがまとまらない。
匂い。暖かい。頭を誰かが撫でている。

「すー……」

ピ、ピ、ピ、ピ―――

鳴っているのは、私の部屋の時計だ。
朝。違う、昼だ。さっき5分寝ると言った。

「はい、5分だよ」

「ん……」

なんでそんなにすぐに起きれるのか。

「起きないと顔に落書きしちゃうよ?」

「だめ……」

「頑張って、ほら」

薄眼を開けると、黒マジックの先端がぼんやり見えた。

「ちょッ!」

私は飛び起きる。

「あ、起きた」

「マジでする気だったの?」

「うん」

「勘弁してよね」

「ダイジョブだよ。水ですぐのくやつ。顔用」

「……なんで、そんなの持ってるの」

「なんでだと思う?」

伊藤さんの不敵な笑み。

今回は本当に百合エロあるんだよね?

「まさか、こうやってサボろうとした時用に買っておいたの?」

「どうでしょう」

「……暇人」

「ちーちゃんが勉強してくれるように色々考えてるんだよ?」

目も完全に冴えたので、仕方なく私は勉強を再開した。
こんな風に、伊藤さんは昔から私の家によく出入りしていた。
お昼や夕飯もよく一緒に食べる。
伊藤さんの家に、おかずを届けに行くことも何度かあった。

去年の暮れには年も一緒に越した。
私と母親と伊藤さんと、伊藤さんのおばあちゃんと4人で。
伊藤さんの家には父親も母親もいない。
いるのは年老いたお婆ちゃんと、老犬が一匹。


伊藤さんの両親が亡くなったのはもう何年も前の冬だった。
路面が凍結していて二人の乗った車がスリップ。
民家に突っ込んで、二人とも即死だった。

お葬式に行った時、近所のおじさんが、『またか』と言ったのが今でも耳に残っている。
『またか』は事故に対してか、お葬式に対してかはわからない。
その時、そのおじさんがかなり小声で言ったのも知っている。
でも、私には伊藤さんが聞こえていたのがわかった。びくりと震えていた肩を見て、私はかける言葉が見つからなかった。
彼女は何も言わなかった。私だけがそれを知っていたのに。とても悔しかったのを覚えている。

うちの母親は、伊藤さんのことをよく気に掛ける。
伊藤さんのおばあちゃんのことも。
おばあちゃんは事故のショックから、少し体調を悪くしたみたいだった。
私が知っているのはそのくらい。
全部、母親からの受け売り。

私が気にしてもしょうがない。

「ちーちゃん」

「なに」

「ペン、落ちたよ?」

机の下を見ると、足元にシャーペンが転がっていた。

>>18
あります。むしろ百合エロのためのss

とりあえずここまで

期待

雰囲気すき

腰をかがめてシャーペンを掴む。
にょきっと伸びる伊藤さんの白い素足が視界に過る。

「……」

ふと、その足を掴む。

「きゃッ……なに?」

「ほっそー」

「そんなことないよ」

「いやいや、なにこれ枝?」

「枝って……」

「すっべすべ」

両手でふくらはぎをさする。

「くすぐったい!」

「全然日に焼けてないし」

私は、顔を上げる。

「顔も白いよね。伊藤さんは」

「最近、外出する機会ないからかな」

「彼氏は?」

「いません」

伊藤さんが理科の教材を右手で丸め潰し始めたので、はっとなって私は問題集の一問目に取り掛かった。

取り掛かり始めて、20分程。
問題はいっこうに進んだ気がしない。

「あー、もう無理! 飽きた! 限界!」

「あとちょっと、頑張って」

伊藤さんが肩を揉む。力がこもっていて逆に怖い。

「う……」

もう一度、ペンを握り直す。

「あ」

伊藤さんが声を上げる。

「?」

「けんちゃんの散歩行かないと……忘れてた」

「おばあがいるじゃん」

「おばあは今、腰痛めるの」

「私、ちょっと抜けるから。その間に、これ仕上げてね。20分くらいで戻るね」

「へーい」

「ごめんね。すぐ戻るね」

両手を合わせて頭を下げてから、伊藤さんはぱたぱたと部屋を出て行った。

支援

静かになった部屋で、きいきいと椅子が鳴る。
椅子ごとくるくると回って、家の玄関が開いて閉じる音に耳を傾ける。

「……」

立ちあがって、カーテンを少し開ける。
窓カラスから、伊藤さんが外に出て行くのが見えた。

「さて」

机の引き出しを開けて、メモ帳を一枚ぺりっとはぐ。
さらさらとメッセージを書いて、私は部屋を後にした。






――捜さないでください――

携帯を取り出して、暇そうな友人を適当に選ぶ。

「あ、もしもし?」

『なに?』

「今から、カラオケどう?」

『ふざけんな……今、学校だっつーの』

「めんど。ふけちゃいなよ」

『見つかった時の方がめんどいから。おまえ、いつこっち戻るの? てか、卒業式出るの?』

友達は笑いながら言った。

「さー、出してくれるんかな」

『しんないけど。っと、休憩おわるから、じゃ』

「あ、ちょっと」

切られた。

「友達がいないなあ」

バイト先のカフェに行けば、多少は相手をしてくれるかもしれない。
私の学校はバイト禁止だ。バイトをしていることは、誰にも教えてはいない。
年齢だって、偽って働いている。ボケてそうなじいさんが一人いるだけ。
はがれかけの張り紙にウエイトレス募集の文字があって、遊ぶお金が欲しくてふらっと入ったら即採用された。
きっと、女の子なら誰でも良かったのだろう。

暑苦しい太陽を浴びて、外をうろつくよりはカフェでのんびりする方がいい。
大通りに出て、私はタクシーを呼び止めた。
乗り込むと、運転手はフロントミラーでじろじろとこちらを見ていた。

「どちらまで?」

「この道まっすぐ行って、ガソリンスタンドの前の交差点で左に曲がって、さらに真っ直ぐ行った所の雀荘の隣まで」

そう伝えると、運転手は『ああ』と一つ返事で頷いた。
タクシーが発進する。

「お嬢ちゃん、学校は?」

「お休み」

余計な詮索が好きなようだ。

「冗談。見たとこ、中学生でしょ? うちの娘は行ってる時間だ」

「よそはよそ、うちはうちって言うじゃん」

「義務教育でそれはないなあ」

「ほっといてくれない?」

半切れで言うと、運転手は口笛を吹いて、首を左右に揺らす。

「最近の子は怖いなあ」

ぽつりと呟いた。

「学校はいっとけよ」

余計なお世話。他人は本当に余計なことが大好きだ。
誰も頼んではいないのに、自分のことくらい自分の好きなようにさせて欲しい。
何もする気がないのに、知りたがる。知って、どうするんだろう。
口だけで何もしないなら、知る必要もないのに。


「ふうッ……」


喉が渇いた。甘いアイスのせいだ。じいさんが作るアイスコーヒーが飲みたい。
赤信号で止まっている時間がもどかしい。ふと、外を見る。暑苦しそうなスーツを着た男性がぺこぺこと謝っている。

「……」

見るだけで暑苦しい。

「おじさん」

「どしたい?」

「娘さん、どこに通ってるの」

「すぐそこの橋の近くの中学校だよ」

同じ中学校か。

「ふーん。今、何年?」

「中3だね」

「へー」

「なになに?」

「べつにー」

「娘のこと知ってる?」

「知るわけないじゃん」

運転手の紹介パネルを見ても、思いつく苗字ではなかった。

「おじさんの娘、可愛いから一発で分かると思うんだが」

「おえ」

「申し訳ないけど、お嬢ちゃんも可愛いけど、お嬢ちゃんよりも可愛いんだ」

「そのフォロー全く機能してないんだけど」

運転手はがははと笑った。

「お、着いたよ」

緩やかに停車して、彼は料金表示を指さした。

「825円」

運転手――谷川さんはそう言って、こちらを振り返った。
鏡で見るより、たれ目だった。

タクシーの中は意外にも涼しかったらしく、熱気から逃げるように私はカフェの扉を開けた。
カランカランとベルが来店を知らせる。

昼間なのに、薄暗い。カーテンから差し込む光で、辛うじて一角だけ明るいけれど。

「店長ー」

カウンターにいない店の主を呼ぶ。
だいたい、お客が来なければ奥で横になっていることが多い。
勝手にカウンターの椅子に座って、伝票にアイスコーヒーと記入する。
待つこと、5、6分。のそのそと穴熊のような老人が姿を現す。

「なんにしましょう?」

店長は眼鏡をかけていなかった。
私が誰か分かっていないようだ。

「店長、ちさとです」

「え? あ、眼鏡眼鏡」

また、奥に引っ込んでいく。

「店長、お湯沸かすよー」

「あー、ちさとさん。かまわんかまわん」

店長はやや慌てて出てきて、カウンターの上の伝票に目を通した。
私の肩を押して、席へ座らせる。

「お客さんは座っとらんと。おお、昨日氷砂糖を買ってきとってな。好きじゃったろ?」

「ううん、嫌い」

私は首を振る。すると、店長は口の端を下げた。

「こんなに美味しいのに?」

「うん、前にも言ったし」

「そうか?」

「うん」

店長は首を捻る。捻ったまま、ヤカンに火をかける。

「そんなくそ甘いもの食べてると、糖尿になるよ」

「夜散歩しとるから大丈夫」

そんなので消費できるのか疑問だ。店長は作り置いていた粗挽きの豆をペーパーフィルターをセットしたドリッパーにぱらぱらと入れていく。

「ちさとさん」

「なに?」

「歌は好きかな?」

「普通」

「僕は好きなんだ。昔、アイルランドの酒場に行った時に隣の男性に歌ってやったら、とても喜んでいた。僕が歌ったのは日本の歌じゃなくてアイルランドの民謡だったから……オー、ダニーボーイ!」

店長は唐突に昔の話を持ち出す。
かなりめんどくさい。

「英語は大事だ。英語を勉強するなら、英語の歌を覚えるのが手っ取り早い」

「うん、そうだね」

「だが、アメリカよりもやはりイギリスの英語が美しい。発音が綺麗だ」

店長は御年80歳。昔は、軍の通訳だったらしい。
戦後は、私の中学で英語を教えていたらしい。
へーって感じ。

「お湯湧いてるけど」

「おっと」

ヤカンを持ち上げる。

「ちさとさん」

「なに?」

「今度、美味しいコーヒーの淹れ方を教えよう」

「マジで?」

それは嬉しい。

「大事なのはね」

店長が右手で拳を作り、胸をトントンと叩く。心、とでも言いたげだ。
それから、人差し指でドリッパーに詰まった粉の中心付近にくぼみをそっと作った。

「ほーら、入った」

「何が?」

「それは、秘密」

ゆっくりとお湯を二回。回し入れて、少し蒸らす。

「アイスコーヒーの場合はね、氷を入れるから濃い目で大丈夫」

抽出した液体がサーバーに溜まっていく。一滴、また一滴と。それを見るのは好きだった。
店長は冷凍庫から氷を取り出して、サーバーにたっぷりと落とし入れる。

「There's a lamp shini' bright in a cabin……」

いつの間にか別の歌を歌い始めていた。
と、携帯がぶるぶると振動する。

「……あ」

着信あり。伊藤さんだ。
散歩から帰って来たみたいだ。

「はい、できた。シロップとミルクはお好みで」

目の前にはキンキンに冷えたアイスコーヒー。
私は携帯をポケットへしまった。ストローを取り出して、さくっとコップへ入れる。

「いただきまーす」

店長のしわがれた歌声を聴きながら、アイスコーヒーに舌鼓を打つ。
ずっとこんな日が続けばいいのに。
何にも縛られない。

店長はそのうちハーモニカを吹き出していた。
聞いてる内に、また眠くなってしまってうとうととしてしまう。
携帯はまだ鳴っていた。

(まあいっか……)

カウンターに腕を重ねてその上に顎を乗せる。背中に何か温かいものがかけられた。
ハーモニカの音はもう聞こえなくなっていた。

気が付くと、誰かの背中に負ぶわれていた。

「ふえ……?」

「気が付いた?」

伊藤さんだった。

「な、なんで?」

さっきまでカフェにいたのに。
今は、家の前にいる。

「楽しかった?」

ゆっくりと私を降ろしながら、伊藤さん。
笑ってはいない。

「別に……てか、なんで知ってんの。私のバイト先」

「おばさんにね前に教えて頂いたの」

「うそ……知らないはずなのに」

「同じ町内だからね。誰かが見てたのかもしれないね」

「……結局、どこ行っても一緒ってわけか」

「そんなにお家が嫌?」

「うん。いてもやることないし」

「勉強は?」

「……ごめんて」

斜陽が伊藤さんの顔を染める。

「心配した。あの書き置きはひどい」

「ちゃんと捜さないでって、お願いしたのに」

「私、そんなに信用ない?」

「はあ? なんでそうなるの」

「一緒にいたら迷惑だった?」

私はぎょっとした。伊藤さんは唇を震わせていた。
瞳が潤んでいた。

「な、泣くことないじゃん」

「泣いてないよお……」

手で目をこする。説得力はない。
鼻をすする音が、余計に罪悪感を募らせる。
私が悪い。そんなこと分かってる。でも、泣くほど?

「……おばあ、ご飯作って待ってるから、おいで?」

伊藤さんが私の手を掴む。じわっと湿っていた。
それがくすぐったくて、手を振り払おうとしたけれど、思ったよりも力強く握られていた。
頭一つ分背の高い伊藤さんが、私の顔を覗き込む。

「昨日の弁当の残りあるし……」

顔を逸らして言った。そんなひねくれた言葉しか浮かばない。

「いいから、行く」

腕を引っ張られる。私は俯きながら、多少足を引きずらせつつ、しぶしぶそれに従った。

おばあの作ったご飯が、コンビニの弁当より美味しいことは分かり切っていた。
伊藤さんの隣で食べるご飯がいつもの100倍美味しいことも分かっていた。

素直に甘えられない私が、天邪鬼な私が、こんなに優しくされていいのだろうか。
伊藤さんは、もっと怒ってくれても構わないのに。
私は、怒られたいのだろうか。


「ちーちゃん、玉ねぎ」

「食べれない」

「私のお皿に入れる前に食べる努力をしよう」

おばあがくつくつと笑う。

「ちさとちゃん、レモンの汁とポン酢をかけると食べよいよ」

「マジで?」

「マジで」

おばあはたまに若い子が話す言葉を使いたがる。
伊藤さんは冷蔵庫からポン酢と、レモンを取り出して玉ねぎにかけた。

「はい、ちーちゃん」

玉ねぎオンリーの皿を私の口元まで運んで、お箸で一口分つまみ上げる。

「じ、自分で食べられるから」

「そう?」

残念そうに、口を尖らせた。

いったんここまで

よい

玉ねぎはポン酢とレモンの酸っぱさで、何を食べているのかよくわからなくなっていた。
シャリシャリとした触感だけは残っていた。

「野菜はちゃんと食べないと、肌がガサガサになっちゃうよ」

「食べてるって」

「コンビニの弁当に入ってるやつ?」

「そうそう」

「言っておきますけど、あんなの食べた内に入りませんから」

伊藤さんがお説教モードに入った。

「他にも、食べたり……食べなかったりしてるし」

「どっちやねん」

「伊藤さん家で食べたり……」

「うちを勘定に入れるのはなしです」

「ああ、もううざ。なんで、伊藤さんにそこまで言われなきゃ……」

伊藤さんがミニトマトのヘタを力強くちぎったのを見て、私は続く言葉を言うのを止めた。

>>18>>20
今回は?前回もあったと?kwsk

>>44
18がどの作品のこと言ってるのか実はわからんのですが、たぶん「出張えろえろマッサージ (女子高生と女技士編)」とかエロになる前に、気力が切れてたかな

出張えろえろマッサージとチカン電車 百合verの人だよね?
出張えろえろマッサージ好きだったけどエロなかったのが残念すぎるから期待してる

おっそんなスレがあったのか
URLplz

>>46
ありがと。今回はいくとこまでいきたいです

>>47
尻切れだけど

「「出張えろえろマッサージ (女子高生と女技士編)」
出張えろえろマッサージ (女子高生と女技士編) - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398522549/)

私は罪滅ぼしにミニトマトのヘタをとって、伊藤さんの前に差し出した。
頬っぺたを膨らませて、次から次へと口に含んでいくので笑ってしまった。

「笑っはな?」

もごもごと伊藤さんが言った。

「顔、女として終わってるけど」

「ちーちゃんも!」

と、プチトマトを無理やり私の口の中にねじ込んでくる。

「や、やめッ……せめて、塩かけさせてッ」

そのまま食べたって美味しくないのに。

「口の中に直接かけてみる?」

「えんひょひひょきまふ……」

なんて、怖いことを思いつくんだこの女。
にこにこと笑うおばあも、孫の悪行を止めてくれればいいのに。

夕食が終わって、自分の家に帰ろうとしたら、伊藤さんに呼び止められた。

「今日のノルマ、明日のお昼にやる?」

「……あ」

腰に両手を当て、伊藤さんは人差し指を立てる。

「というか、やらないといけないからね」

「あーっと」

何か上手い言い訳を考えないと。

「うん?」

「明日さ、学校行く」

「ええ?!」

伊藤さんが後ずさる。

「そんな驚くこと?」

「ご、ごめんね。でも、大丈夫? 久しぶりだよね。それに、髪はどうしようか……」

おろおろと私の頭をポンポン撫でる。

「まあ、保健室に行かされるんじゃね?」

「むー……そうだ! 私のウイッグ貸してあげるよ。ちょっと、待っててね」

「え、いいって……あ」

小走りに、部屋へ向かう。
バカみたい。嘘に決まってるのに。学校行くなんて。
自分のことのように真剣に悩んで。

戻ってきた伊藤さんから私の髪の長さと同じくらいのウイッグを受け取った。
夏にこんなもの被ったら蒸れるじゃん、と思ったが口には出さなかった。

「これならばれないよ」

ばれなきゃいい、という発想はなんだか伊藤さんらしからぬものだった。
もしかしたら、それだけ私を普通に学校へ行かせたいのかもしれない。

「サンキュー……じゃあね」

「うん。お勉強は、週末に回すね」

「げ」

私は肩をがくりと落とす。

「ワンッ」

けんちゃんがいつの間にか玄関まで出てきて、私を励ますように吠えた。

「……わん」

ツケは後で回ってくるだけなんだと理解した。
玄関の明かりを背に笑顔で手を振る伊藤さん。私も小さく振り返す。
私の家は、そこから30秒で着いてしまう。その30秒、伊藤さんはずっと私に手を振るのだ。
けんちゃんもその隣で座っている。

彼女は知ってる。
その30秒の孤独を。
誰もいない家の暗さを。

だったら、家に来てよ。
なんて、その言葉は一度だって言えた試しがない。


次の日、身体はだるいのに開かれたカーテンから差し込む陽光で目が覚めた。
頭をぽりぽりと掻く。

クローゼットの取っ手に黒いウイッグと中学の制服がかかっていた。
行く気はなかったけれど、せっかく貸してもらったウイッグを使わないのももったいないと思い、おもむろに制服を取り出した。それに、タクシーの運転手の娘を探すのも暇を潰すにはいいかもしれない。
どれだけ可愛いか、拝んでやろう。

自分で学校へ行く理由を見繕って、私はベッドから重い腰を上げた。
冷蔵庫の中にはベーコンと、アスパラと、卵が三つあったっけ。
後、開封してない食パンがあった気がする。
あと、昨日伊藤家でもらった夕飯の残り。昼は、弁当でも買いに行こう。
いや、待てよ。給食があった。久しぶりに行くものだから、何か色々忘れてしまっている。

私は顔を洗ってから簡単に肌の手入れを済ませ、制服に着替え、久しぶりに時間通りの朝食を終えて、うっかり鞄を持っていくのを忘れそうになりながら家を出た。

「自転車……自転車」

見ると、野ざらしの自転車は後輪がぺったんこになっていた。

「ふざけんな……」

私は携帯を取り出して、タクシーを呼んだ。

タクシーの中で、時間割表の存在を思い出したが時すでに遅し。
隣の誰かに見せてもらおう。まともに教室に入れるかは分からないが。
席替えが1度終わってるくらいか。私の席はそのままか、隅においやられたか。
はたまた、ないか。

なければ、保健室にでも行くか。

クラスの友人にメールを送る。
金髪から黒髪に戻した友人は、ウイッグの話を聞くとその手があったかと文面から悔しさがにじみ出ていた。
友人に聞くと、私の席は窓際の一番奥になったらしい。
最高の席じゃん、と送ったら友人は隣はいじめられっ子が座ってると送られてきた。

「何それ……うちのクラスそんなのあったっけ」

もっと平和で、のほほんとしてた気がする。
まあ、これも保健室行きになれば関係のない話。
しかし、苛められるような奴いただろうか。
クラスの半分以上の名前を思い出せない私には関係ない話かもしれないが。

「かったるいことしてんのね……」

面倒に巻き込まれなければいいけど。

学校の門は抵抗なく通ることができた。
幾人かの生徒がまばらに登校している。
同じ服を着て、同じ鞄を持っている。
暑苦しそうにしている所まで、似たようなものだった。

3年の教室がある校舎の入り口に、見知った顔の人物を見かけた。
生徒指導で、担任の男性教諭だ。横を通るときに、軽く会釈する。担任はスカートの短さと、髪の長さを素早く確認して、驚いた顔をした。

「ちさと!」

馬鹿でかい声で名前を呼ばれた。

「うっさい!」

こちらも負けじと叫び返す。
担任は、信じられないと言った表情のまま私を褒めまくった。
それが余りにもうざすぎたので、逃げるように教室へ向かった。

教室の前まで来て、何人かのクラスメイトが担任と同じような反応をしていた。
一部の女生徒には、その髪本物? と冗談めかして突っ込まれた。
そこは、適当にぼやかしておいた。

約1ヶ月ぶりの教室はチョークの粉の匂いがした。
なぜなら、黒板に描かれた落書きを一生懸命に消す少女がいたからだった。
彼女の周りだけ、少し煙っぽい。

慌てた様子で、一心不乱に黒板消しを動かす少女。こんな子いたっけ。

「ちさと、おはよ。何突っ立ってんの」

振り返ると、黒髪に染まった友人がいた。
そいつの髪の毛をわしゃわしゃと探ると、下の方に隠れた金髪があった。

「全部染めてないじゃん」

「それ、おまえに言われたくねーわ。カツラ女」

「……ちょ、それ絶対秘密」

「へいへい……てか、くさッ。チョークの匂い?」

「あれ」

「ああ、また」

「また?」

「ほら、バレー部の子に谷川っていたッしょ」

「いたっけ?」

「……いたの。そいつ、今、バレー部にハブられてるっぽいのよ。理由はしんないけど」

「例の私の隣の席の人って、谷川?」

「お察しの通り」

「……谷川ねえ」

私はもう一度谷川を見た。
バレー部らしくない、ツインテール。
全てを消し終え、谷川がこちらに視線を向けた。

「……ッ」

すぐに逸らされた。避けるように、元の席に戻っていく。
どっちにしろ隣なんだけどな。

まさかとは思うけど。私は後を着いて行くような形で、自席に向かった。
私の机は教室の掃除当番のおかげでほこりが全く被っていなかった。

友人がこちらへやってくる。仲の良かった男子達も私を見つけるなり、珍しそうに近寄ってきた。

「厄介者を寄せ集めた感じ?」

男子の一人が言った。

「んなこと言ってもさ、染めたくなった時に染めとかないと今が旬じゃんうちら」

と私は返す。

「おまえの場合それだけじゃないでしょ」

「何かしたっけ」

「隣のクラスの担任殴ったじゃん。覚えてないの?」

「ん? ……ああ」

「あれ、一応、クラスの伝説トップ5入り」

「あれは、髪の毛引っ張るから痛くってつい……」

「ついで殴るか普通?」

「いやいや、女の子の髪の毛引っ張るか普通?」

「女の子って柄じゃないッしょ。今日は、どんな伝説作りに来たんですか?」

「うざッ」

笑いながら、ふと、脇を見る。谷川がかなり居心地悪そうにしていた。
おもむろに机の中から文庫本を取り出して読書をし始める。

「ねえ、谷川ってハブられてるの? なんで?」

谷川は一度、体をびしりと固まらせた。

「ちさと、聞いても無駄。そいつ、何言っても無視するから。それでハブられたのに、自覚ないみたい」

「なんで無視すんのさ、適当に答えときゃいいじゃん」

谷川は何も言わない。

「おはよー」

女子バレー部のキャプテンが教室に入ってきた。
一瞬、谷川はそちらを振り向いた。
キャプテンの取りまきっぽい女子が、わらわらと近寄っていく。

「谷川ー」

キャプテンが谷川の傍まで来て、肩に手を置いた。
教室の空気が少しピリリとした。こちらを見ていない生徒も、きっと意識だけはこの二人に集中しているに違いない。

「なんで、消したの?」

楽しそうにキャプテンは尋ねる。
谷川は答えない。

「まーた、無視?」

「……」

本から目線を外す谷川。キャプテンは険しい目つきで見下ろしている。
ツインテールを揺らして、谷川は立ち上がった。並ぶと、二人ともバレー部だけあって、背が高いため圧巻される。
谷川はキャプテンに一言も返さず、その横をすり抜ける。

「は? ちょっと!」

朝のつばぜり合いは、谷川の不戦勝。
キャプテンは少し滑稽だった。

朝のホームルームが始まる頃に谷川は戻ってきた。
担任がやたらこちらをちらちら見てきたのが正直気色悪かった。
俺の想いが通じた、なんて思ってたらやだな。

ホームルーム後に、担任がこちらに向かってきそうな気がしたので、急いで友人とトイレに逃げた。


「あー、制服肩凝る……」

「ちさと、ちょっとデブった?」

「は、どこが?」

「なんか、制服むちむちしてない?」

「し、してないしてない」

女子トイレの鏡で確認する。
そう言われると、胸の方やウエストの方が少しきついかもしれない。

「陸上部のくせにヒッキーしてるから、運動不足でしょ」

「部活関係ないし」

「走れ走れ」

そう言えば、どこへ行くにもタクシーを使っていた。
そのツケだろうか。

出張えろえろ読み終わった
タイトルで損してないかwwすっごくよかったわ
こっちも追いついたし期待 あと>>46チカンの方のURLもplz

一限目の国語が始まった頃、教科書がないことに気が付いた。

「あー、谷川……さん」

「なに……?」

なんだ、普通に喋れるじゃん。

「教科書ないから見せてくんない?」

「いいけど……」

「ありがと」

席を近づける。ふと、視線を感じた。
顔を上げると、キャプテンがこちらを見ていた。
すぐに顔を背けられたけれど。感じ悪い。

「?」

教師が教科書に引用されている文章を読み上げ始めたので、仕方なく私も字を目で追う。
谷川は中3の割に発育が良かった。顔も悪くない。どちらかというと、可愛い。
男子にもモテそうだ。キャプテンのひがみだろうか。

私はふと気になっていた疑問をつらつらとノートに書き出した。

――なんでいじめられてんの?

谷川がすっと息を吸い込む音がした。
無視されるかと思ったが、彼女はその文章の横にこう書き加えた。

――私がキャプテンの告白を断ったから

「はあ?」

私は思わず声が出た。近くの生徒が振り返る。
笑って誤魔化した。

>>60
チカン電車 百合ver
チカン電車 百合ver - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1384092580/)

注意書きに近親を付け加えておきます

――マジぽん?

――うん

キャプテンは確か女子。
いや、確認しなくても性別は女。

――言っていいの、そんなこと

――うん

――他の連中知ってるの?

――知らないよ

――なんで私には教えたの?

――きまぐれ

――ひでえ

――なんか、もう疲れたからっていうのもある。それに、あなた滅多に来ないじゃない

――言えばいいじゃん。付きまとうなって

――言ったけど、しつこく言い寄ってきた

――ストーカー(笑)

――そうだよ。あの子はそういう子

――で、嫌いだと

谷川の手が止まった。
へえ。

――嫌いじゃないんだ

谷川はペンを置いた。それ以上、核心に触れるなとでも言いたげだった。

――誰にも言わないって。なんだ両想いじゃん

谷川はもう一度ペンを握る。

――他人事だと思ってる

――そりゃ、もち

――あんなことされても嫌いになれないから、たぶん好きなんだね

――付き合えばいいのに

――それ、本心?

――うん

――ずっと友達だと思ってたのに、急にそういう目で見れる?

――わっかんない

――そうだよね。分からないよね。私も分からない。ごめん、もう終わっていい?

――うん

谷川は背筋を伸ばして、黒板に書いてあることを写し始めた。
私も授業中だったことを思い出した。

――最後に、あんたの親父タクシーのドライバー?

――うん

ビンゴ。
暫く退屈しないで済みそうだ。

いったん抜けます

途中ウィッグが外れそうになる、という事態もあったがなんとか乗り切って放課後を迎えた。

「部活行かないのか?」

担任に呼び止められる。担任は陸上部の顧問だった。

「今日はパス」

「今日もの間違いじゃないか?」

「揚げ足取らないでくれます?」

「ま、教室で授業受けただけでも大きな進歩だな」

「でしょ? それじゃ、人待たせてるんでお先に」

「お母さんか?」

「なわけ」

教師が何か言う前に、私は階段を横切って視界から逃れていった。
さっき、伊藤さんからメールがあって、正門前まで迎えに来てくれているということだった。
たぶん、タクシーで出かける所を見られたいたんだと思う。

チカン電車 百合ver読んだことある
私のトラウマです

素晴らしい

一階へと降りようとして、女子トイレの方にバレー部のキャプテンと谷川が連れ立っていくのが見えた。

(なんだろ……)

そのまま無視して、伊藤さんの所へ行けば良かったのに。
二人の様子がなんとなく気になってしまって、私は足を忍ばせてトイレへと向かった。

壁に張り付きながら、トイレをそっと覗く。誰もいない。

「あれ……」

唐突に話し声。個室からだ。

『ね、なんで喋らないの?』

『……』

『喋るの嫌になるくらい、嫌いになったってこと? 気持ち悪いって思ってるの? それなら、そう言ってよ!』

『……』

『意地悪して悪かったわよ。お願いだから、喋ってよ。無視しないで!』

どうやら精神的に参っていたのは、キャプテンの方だったようだ。

『……喋ったら』

『谷川……!』

『喋っちゃったら、告白の返事を言わないといけないような気がして……』

『いいよ……もう。私、谷川に無視されるのが一番きつい。返事なんて、いらないから……』

『そうなの……?』

『う……ん』

『そんなものなの?』

『ち、違うけど、でもそうしないと今の関係から抜け出せないじゃん』

『私も、あなたとずっと友達でいたいよ』

『……うん、それでいいよ』

キャプテンの嗚咽が聞こえた。

>>67
すまん

『でも、知ったから。今のままなんて無理だよ』

『……谷川』

『……キャプテン、ねえ、友情じゃなくて恋愛感情だってどこで分かったの?』

『それは……』

『キスしたいの?』

キャプテンの声は聞こえなかった。

『胸とか、身体とか触りたい?』

『私を抱きしめたい?』

『一緒に寝たい?』

『したい……全部したいよ。谷川が私のものになればって思ってる。私のこと求めてくれればいいのにって。それを自覚してから、谷川のこと普通に見れなくなった』

『そっか……』

『私、短気だし優しくできないし……谷川のこと困らせてばかりだったね、ごめん』

『ううん、私もずっと傷つけてきたんだね』

『……いいの、一緒に部活やったり遊んだりするだけでも良かったの』

『……キスしよっか?』

谷川が言った言葉に私はむせ返りそうになった。
危うく立ち聞きしているのがばれる所だった。

『いいの……谷川?』

『やってみないと、嫌かどうかも分からないよ』

展開がおかしな方に進んできた。
私は、喉を鳴らす。



トイレが急に静まり返る。
それから、水音が聞こえた。
音がイメージへと変わる前に、私の携帯が鳴動した。

(やばッ……)

バイブ音のためか、二人が気付いた様子はない。
伊藤さんが呼んでいた。この後どうなるか、非常に気になったが、私は音もなくその場を離れた。




「ふー……」

正門に伊藤さんが立っていた。
少し、おどおどしている。

「お待たせしました」

「すぐ来るって言った」

「ごめんごめん」

「中学生にじろじろ見られて恥ずかしかったんだから」

「伊藤さんそんな変わらないって」

「むっかー!」

「口で言う普通?」

「あ、年増扱いしたな?」

「してないっつの」

「むう……」

「早く、帰ろ? 伊藤さん」

「あ、うん」


谷川も意地っ張りな奴だ。
結局好きだったんじゃないのか、と突っ込みたくなる。
つまらない争いに巻き込まれるところだった。
ただ、素直になることが大切だと言うのは、少しだけ学ばせてもらった。


家まで送ってもらって、伊藤さんが自宅へ戻ろうとしたので私は引き止めた。

「どうしたの?」

「……今日は、家に来ないの?」

「ああ、ちょっと課題が残ってて」

「そっか、じゃあ仕方ない」

ぱっと手を離す。顔が赤い。
期待を裏切られた時は、恥ずかしいという気持ちが込み上げてくるんだ。
伊藤さんと別れ、私は帰宅する。

「あー、慣れないことするもんじゃないわ」



ソファーに顔から突っ込む。久しぶりの学校だったためか、少し疲れた。
そう言えば、伊藤さんウイッグのこと何にも言ってくれなかったな。
学校のことも。

(当たり前じゃん……親じゃないんだから)

伊藤さんに気に掛けられたいのは、親離れできてないからだと思う。
電気を付けなければ、人が住んでいるのかさえわからない程静まり返るこの家に、彼女がいるだけでぱっと明るくなる。

携帯が振動する。
伊藤さんからだ。

『課題終わったら、そっち行くつもりだったんだよ? だから、待っててね』

それだけ言い終えて、携帯を切った。
あー、嬉しくない嬉しくない。
顔がにやけた。

そうだ。この間、教わったアイスコーヒーを作ろう。
後は、デザートを買って、だべってもいいし、映画を見るのもいい。私は制服を着替えて買い物に出かけた。
いつも、我がままばかりだから少しくらいこちらがもてなしたって変じゃない。

近所のスーパーでロールケーキを見繕って、無駄にウキウキしながら私は伊藤さんを待った。
後から考えると、なんて気持ち悪いんだろう、と思う。

もう10分くらいで行く、と伊藤さんからのメールが入ったので、私はアイスコーヒーを作り始めることにした。
丁度サーバーに抽出液が二人分溜まったころに、インターホンが鳴った。

「お邪魔しまーす」

「その辺に適当に座ってて」

「なんだか、コーヒーの良い香りがする……」

伊藤さんは鼻を引くつかせた。

「アイスコーヒー作ったんだけど、飲む?」

「え、ちーちゃんそんな特技あったの?」

「最近教わった」

「あのカフェで?」

「そ」

「いーなー、カッコイイ。それ、モテるよー」

「誰に……」

「それは、ほら、私とか」

「何言ってんの」

「何か手伝おっか?」

「冷蔵庫にロールケーキあるからお皿に出して」

「ええ? なんで、そんなにもてなしてくれるの? 罠?」

「はあ? んなわけ」

「私、誕生日再来月だよ?」

「知ってるから」

いい加減めんどくさい反応。
伊藤さんは跳ねるように、冷蔵庫へ駆け寄った。

「ケーキ久しぶりー! 美味しそう!」

4年も年が離れているのに、この子どもっぽいはしゃぎようにはいつも驚かされる。
スーパーで適当に買ったのは内緒にしておこう。

「シロップとミルクいくつ?」

「んー、1つずつ」

「はい」

「ありがとー」

用意が揃った所で、今やっている映画を確認する。

「飲んでいい?」

「どーぞ」

カランと氷が音を立てた。
横髪を耳にかけて、伊藤さんは口をストローへ付ける。
その仕草はとても女らしかった。

「んー!」

足をばたつかせる。

「何これ、お店のアイスコーヒーだよ!」

「でしょ?」

私は自慢げに言った。自分のストローに口を付けて、リモコンを操作する。

「伊藤さん、何見る?」

「映画も良いけど、今日の学校のお話聞かせて欲しいかな」

「つまんないよ」

「いいのいいの」


内心嬉しかったが、そんなことはおくびにも出さずに私は今日の出来事を話した。
さすがに谷川の話はできなかったけれど。

「でもさ、やっぱり思ったんだけど頭暑くて痒い」

「あ、やっぱり」

「やっぱりって」

「蒸れちゃうよねえ」

「こんだけ暑いと、明日はもう付けたくない」

「そんなこと言わないでー」

「伊藤さんは、私がガッコーに行っても行かなくても影響ないじゃん」

「あるよ。おおあり」

「?」

「ちーちゃんのお母さんに頼まれてるし」

それは知っていた。だから、伊藤さんの口から聞いたことで、今、自分自身がこんなにもショックを受けていることにも少し驚いていた。さっきまでのワクワク感が冷めていく。
私は伊藤さんを見ないようにして、アイスコーヒーを一口口に含んだ。
シロップもミルクも入れていないため、ほろ苦かった。
今、眉間にしわが寄っていても、苦いからと誤魔化せるだろう。

「伊藤さんはさ、うちの親に頼まれたから一緒にいるの?」

「やっぱり一人娘が心配な親心、少し分かるし」

「余計なお世話だし」

「なに、どしたの急に」

「自分のことくらい自分で面倒見るから」

「でも、ちーちゃんまだ中学生だよ。心配になるでしょ普通は」

「伊藤さんも心配?」

「それはもちろん……って、ああ私がちーちゃんの親に頼まれて仕方なく一緒にいると思ってる?」

「別に」

「やだな。ちーちゃん、一緒にいたいから一緒にいるに決まってるでしょ?」

「……よく、そんな恥ずかしいこと言える」

「言わないと分からない子でしょ、ちーちゃん。それに、言っておかないと分からないままになっちゃうかもしれないしね」

伊藤さんは私の頭を抱きかかえる。
体が引っ張られて、伊藤さんの胸の方に頭を預けるような姿勢になった。

「ちーちゃんは寂しい時に、誰の隣にいたら安心する?」

「私は……別に寂しくは」

脳裏に浮かべた人達を自分の隣に並べてみる。
あの人、この人。そんなの決まってる。

「嘘おっしゃい」

「……伊藤さんは?」

「私はね、寂しい時はだいたい決まった人の隣にいるかな」

「誰……それ? 私の知ってる人?」

「うん知ってる人。私ね、寂しいなんて言ったらみんな気を遣っちゃうと思って今まで上手く言えなかったの。だから、言わずに隣にずっといるにはどうしたらいいかなって思ってちょっと考えてみたんだ」

「……」

「その人に、勉強を教えてあげるのはどうかなって。そしたら、気を遣わないでしょ?」

「それって……」

私を抱く、伊藤さんの腕に少し力が入る。

「急にいなくなったりしないでね」

「……」

「寂しくて死んじゃうから」

「物騒過ぎ……」

「前は、ちーちゃんの方がべったりだったのに。いつの間に追い越されてたのかなあ」

私の頭の上に伊藤さんの顎が置かれた。



ちょっと抜けます。

「顎が刺さってる」

「うりうり」

痛い。

「ちーちゃんは、寂しい時は誰の隣にいたい?」

「さあ……」

「私だけ恥ずかしい思いさせるの?」

「分かるでしょ……」

「分からないよ」

私は舌打ちする。触れられている所が熱くて、目を強く閉じる。

「私は……」

無理だ。言えない。私は、伊藤さんの手を押しのける。
今までどうやって甘えてきたんだろう。
いや、違う。甘やかされてきただけで、自分で甘えられる力なんてなかった。

「寂しい時は寂しいって言っていいんだよ?」

伊藤さんがぽつりと言った。それは、いつかどこかで聞いたことがある。
二人分の朝ごはんを用意していた母が、いつの日か一人分だけを作るようになった頃に、そんな言葉を聞いた気がする。
あの時、はっきりと言えば良かったのだろうか。強がらずに。
そうすれば、食卓の上には二人分の朝ごはんがまだ並んでいたのか。

「ちーちゃん?」

「あ……」

このソファーの上に、伊藤さんではなく母が座っていたのだろうか。
一番寂しいはずのあの人を置いて、私だけ寂しいなんて言っていいのか。
私は伊藤さんを母の代わりにしか見ていないんじゃないのか。

「ちーちゃん、自分の中だけでまたぐるぐる考えてるでしょ」

「……」

「いいよ、それでも。だから、こっち向いて」

振り返ると、今度は思い切り抱きしめられていた。

「ちょ……」

「あー、安心するなあ」

伊藤さんはわざとらしく言った。

抱き着いたまま、彼女はゆっくりと私と共にソファーに横になった。

「こういう抱き枕、欲しかったの」

「暑い……」

「ちーちゃんの髪の毛、首筋に張り付いてなんかやらしい」

「ど、どこ見てんの?」

さっと首を手で隠す。

「かーわいい」

「からかわないでくれる」

からかってるならからかってると言って。

「ホントに可愛いよ」

歯の浮くようなことばかり。
だが、伊藤さんも多少自爆しているようで、照れ笑いで誤魔化していた。
互いの吐息がかかるくらいに顔が近い。

「ちーちゃん、この間私の匂い好きって言ってくれたよね」

「うん……」

「私もちーちゃんの匂い、好きだよ」

にへらと口の端を緩めて笑う彼女。
4歳年上の彼女を、このソファーにずっと縛り付けておきたい。
そんな感情がトントンと心臓を揺らしていた。

今日はここまで

やべえよ…よく分からねえ感情がトントンと心臓を揺らしてるよ…

良いね……

繝峨く繝峨く縺吶k

いいなぁ早く続きが読みたいわ

伊藤さんの鼻先が、私の肩に押し付けられる。

「嗅がないでよ」

「にゃーん」

にゃーんじゃないし。
私は伊藤さんの顔の横に両手をつく。彼女の両膝を抑え込むように跨った。
まるで、私が押し倒しているような恰好だった。

「ちーちゃん?」

喉が鳴る。少し垂れた眉、小さい鼻。柔らかそうな唇。
何度も見てきたのに、なんで今さらこんな。

「……」

抵抗して。お願いだから。

「そんなに見つめられたら照れるよ」

嬉しそうにしないで。勘違いしてしまう。

――キューピーサンプンクッキング!

つけっぱなしのテレビの音が急に耳に入って来て、現実に引き戻される。

「あ……ごめん」

谷川達のせいだ。学校であんなことをして。
誰もが自分の望む結末を迎えられるわけじゃないんだ。
伊藤さんの身体から離れる。めくり上がったスカートから、顔よりももっと白い太ももが見えた。
もっと先、足の付け根まで視線が泳いでいく。それに自分で気が付いて、すぐに逸らした。

「ちーちゃん、もしかして私に何か言いたいことあった?」

きょとんとした声で伊藤さんが問う。彼女もまた、起き上がる。

「そんなのないよ」

なぜそんなことを聞いてくるのか。

「あるでしょー? いつも、勉強を教えてくださってありがとうございます! とか。いつも優しくしてくれてありがとう! とか。神様、仏様、お姉様一生ついていきます、とか」

「そんなアホみたいなこと考えてないっつの」

可愛いな、ホントこの人は。

「ひどーい」

頬を膨らませる。

「……伊藤さん可愛い過ぎ」

口が滑った。

「あ」

しまった、と思って伊藤さんを見た。
彼女は口もとを押さえて、固まっていた。
やばい、なにその反応。

「な、なに驚いてるの。さっき、自分も言ってたくせに。そ、その仕返しだから」

否定すると怪しまれそうな気がした。

「言うのと言われるのとでは、違うよ……でも、自分でもちょっとびっくりするくらい嬉しい……かも」

うッ。

「お世辞って線は考えたりしないの?」

「ちーちゃん、そんなこと言わないもん」

「……」

「もう一回言って?」

「はあッ? ……やだ」

頭おかしい。

「嬉しかったけど、一瞬だったからもうちょっと味わいたいな」

「へえ……味わうの、言葉だけでいいの?」

ダメだダメだ。何を言ってるんだ。

「?」

伊藤さんは首を傾げる。

「な、何でもない……」

ダメだ。雰囲気に流されるな。

「ロールケーキのこと?」

伊藤さんが、脈絡のないことを言った。

「ロールケーキ? ははッ……んなわけないじゃん」

分かってない。分かってないなら、分からせてあげればいいじゃんか。
言え、言ってしまえ。

「じゃなくてさ……私の」

ピンポーン!

心臓が脳内で飛び出た。

「誰か、来たっぽいね。郵便屋さんかな……。ちーちゃん?」

「ちょ、ちょっと出てくる」

ソファーから跳ねるようにして、玄関へと向かった。
扉を開けると、谷川が立っていた。

「……なんで、ここに」

疑問だけが、ぽんと口を付く。
本当に、なんで。

「ちょっと相談しに」

「は……? つか、なんで家の場所知ってんの?」

廊下が軋む音。

「だあれ?」

振り返る。よく見ると、伊藤さんの衣服は少し乱れていた。

「ちょ、いいからリビングで待ってて」

それを隠すように、私は伊藤さんを追いやる。

「取り込み中?」

谷川が真顔でそんなことを言った。

「ち、違う!」

「お友達なら紹介してくれたっていいじゃない」

伊藤さんはリビングから顔だけ出して言った。

「友達? こいつが?」

「違うの?」

伊藤さんが言った。

「だって、今日初めて会話したのに」

「いやいや、今まで何度もしてるから」

谷川は私の肩を強く握る。

「あいたッ……ば、やめろ! 馬鹿力!」

「やっぱり、仲良しさん?」

伊藤さんの声が寂しそうなものに変わる。

「ちが」

「そうです」

頭が痛くなる。

ちょっと抜けます

女の子に生まれたかった

あぁ、これいいなぁ
汚れた心が浄化されていく…

この文字の空気感が堪らない

「ロールケーキ食べる?」

伊藤さんは谷川をもてなしたいのか。

「谷川、ちょっと外来て」

「ちーちゃん、無視しないでよー」

「伊藤さんは少しハウス」

「私、いぬぅ……?」

私は谷川の腕を引っ張り玄関の外に連れ出した。
外は蒸し暑かった。

「タイミング、まずかった?」

「別に……あと、この際あんたがなんでウチを知ってたかはおいとく。相談って何? さくっと言って、さくっと終わらせて」

「聞いてくれるの?」

「聞かないで追い返したって後味悪いし」

「じゃあ、さくっと聞いて欲しいのだけれど、逃げてきたからかくまって欲しい」

何から突っ込めばいいのやら。

「どっから?」

「どこからって言うか、キャプテンから」

「……また喧嘩したわけ?」

「あなたも聞いてたと思うけど、トイレでキスした後」

「ちょ、ちょっと」

何で、知ってる。

「服を無理やり脱がされて、あわや貞操の危機に瀕するところだったの」

耳がおかしいのか、こいつの頭がおかしいのか。

「変な人を見るような目で見ないで」

「あ、ごめん」

「おかしいのはキャプテンだけだから」

「……で、そのキャプテンはどこに?」

「部活にでも行ったんじゃない」

「あんた、どうやって逃げてきた?」

「みぞおちを思い切り殴ってきた」

見かけによらず、大胆な女だった。

「キャプテンの性欲のはけ口にされるところだった」

「わざわざ言い直さなくていいから……」

私はこめかみを抑える。

「身体が目当てだったのかな」

「男じゃあるまいし……」

飄々と語るが、谷川の表情は暗い。

「好きだから、抑えられないこともあるんじゃない?」

「トイレでも?」

「トイレじゃなければ良かったわけ?」

谷川は少し考える素振を見せる。

「さあ」

「まあいいよ、家入んなよ」

「いいの?」

「それが目的じゃないの?」

「うん」

話なんてやっぱり聞くんじゃなかった。




先ほどまで、私と伊藤さんが座っていたソファーに、伊藤さんと谷川が座っていた。

「谷川さん、背高いね。私と同じくらい?」

「168cmです」

「あー、私より2cm高い」

どうでもいい話に花を咲かせている。
私はというと、一人分のアイスコーヒーを作る作業に取り掛かっていた。

「お二人は、どういう関係なんですか?」

「ええ?どういうって言われても、姉妹?」

「へー、そうなんですか」

「違う!」

いちいち突っ込まないといけないような会話をしないで欲しい。

「違うらしいですよ」

伊藤さんと谷川がくすくすと笑っている。
変な光景だ。

「谷川さんはちーちゃんの同級生?」

「一応。でも、彼女は私のこと名前すら憶えてなかったみたいです」

「ちーちゃん酷い!」

「ごめんって!」

私は振り返らずに謝る。

「ちーちゃんみたいな不良債権でも、仲良くしてあげてね」

「はい」

なんのこっちゃ。

「どのあたりに住んでるの?」

「私もこの辺りに住んでるんです。区が違いますけど」

「小学校も一緒だったのかな」

「あ、いえ中学校に上がってからこちらに引っ越してきたので」

「へえ、どこから来たの?」

「広島です。転勤族なので、転々としてましたけど」

「そっか……、ちーちゃん仲良くしてあげてね」

「さっきから、意味が分かんないですけど」

コトン、とアイスコーヒーの入ったコップを机の上に置き、私はソファーの横の一人掛けの椅子に座った。

続きはまあ今日の昼とかに

すごい期待してるぞ

映画を見るのは止めて、適当にチャンネルをいじった。

『……を流れる坪井川で来月から行われる精霊流しの準備として、市民らが精霊舟や灯籠作りの……』

他県で行われた昨年の精霊流しの映像が放映される。

「このアイスコーヒー美味しい」

コップを両手で持ち、谷川が言った。

「でしょ?」

伊藤さんが自慢げに返す。
何で嬉しそうにするのか。
突然の爆竹音。テレビの中からだ。

「わッ」

谷川が驚く。

「なに?」

私は聞いた。

「いや、音、慣れてなくてびっくりした」

「初めてじゃないでしょ?」

中学に上がってから転校してきたなら、昨年の精霊流しで、騒々しい破裂音は経験しているはずだ。

「もしかして、ご実家の方でお参りしてた?」

「はい、こっちに引っ越してからも毎年本家に帰ってたので。向こうは、行事とかもなく普通にお墓参りするだけでしたし」

「今年もかな?」

「そうですね」

そう言えば、もうそんな時期か。何年か前までは母親に手を引かれて中学校の川のそばまで精霊船の後を付いて回っていたっけ。昨年は、伊藤さんとおばあと回ったけど。気が付いたら、夏休み。来年には卒業。何もかもいつの間にかに近づいてくる。

昼寝中かな

カレンダーを見ることも、テレビを見ることも、時間を追うこともだんだんと少なくなっていた。
いつからだろう。一緒に追う人がいないからか。

「ちーちゃん、今年は浴衣来てもらうからね」

「いや」

私は首を振る。

「浴衣着るんだ?」

谷川が面白そうな顔をしている。

「着ないって。動きづらい」

「可愛いのに。ねえ、谷川さん」

「そうですね」

「言ってろ……」

ちらりと伊藤さんを見る。笑っている。なんとなくほっとして、かじりかけていたロールケーキに手を伸ばした。
昨年の伊藤さんは、綺麗だった。薄紫色の生地の浴衣で、サイドポニーにして。
川を見下ろした際に、少し俯いた細い首筋が思い出される。

哀れを誘うような後姿。そんな幼さは、伊藤さんの望むところではないのだろうけど。
彼女に普通ではない感情を抱くようになったのは、そんな脆さを愛しいと思ったからなんだろうか。
そんなことを自覚してしまってもしょうがないけれど。

>>108
別の作業してるから、亀更新

その後も他愛もない話で時間は潰れていき、陽も沈み始めた頃、谷川は帰宅した。
明日、谷川とキャプテンがどんな状態になっているのか。それは、明日もウイッグを被ってみないと分からない。

「落ち着いた子だね、谷川さん」

「そう?」

猫被ってる感じだったけど。それを大人びてると言えば、そうかもしれない。
谷川がいなくなり、急に二人きりになった。
いつもなら、そんなこと気にしない。今日は、色々なものに感化されてしまって敏感になっているんだ。
そわそわとしている私に気が付いたのか、伊藤さんは、

「どうしたの?」

顔を覗いてくる。

「ううん……そうだ、おばあは今年一緒に回れそう?」

「どうだろう。腰が良くなってたら」

おばあ早く治って。今年は耐えられないかもしれないから。

「おばあ病院とかは?」

「行くほどじゃないけど、針とかお灸とか行ってるよ」

「効くの?」

「痛みが楽になるって言ってたけど。正直、気休めだと思うよ」

「ふーん……」

小さい頃からおばあには心配ばかりされていた。
3食ちゃんと食べたかとか、学校は行っているかとか、そんなことばかり聞いてくる。

「早く良くなったらいいんだけど……」

伊藤さんがぽつりと言った。沈んだ笑顔。
無防備に投げ出された腕が、なんだが折れそうな細さで、私は思わず掴む。

「ちーちゃん?」

長い髪が揺れると、伊藤さんの香りがした。

「今日は、香水つけてないんだ」

「だってちーちゃんつけてない方が好きって言うし」

「うん、好き」

どうして、そんなに従うの。

「……今日、やけに素直だね」

「素直になって悪い……?」

「悪くないよ。成長してるんだねえ」

お姉さんぶった口調。冷たい腕を私は引きよせる。
子ども扱いされたのに、不思議と穏やかな気持ちだった。
彼女もまた何かを我慢していることを思い出したから。

ふいに、チャンネル変えてごめん。そんな風に笑わせてごめん。
伊藤さんを安心させてあげられないのが悔しかった。両手を後ろに伸ばして、抱きしめる。

「甘えん坊さんだ……」

「伊藤さんも、甘えていいから……」

私なんかに甘えることなんて嫌かもしれないけど。
今、誰よりも伊藤さんの傍にいるのは、私。私だけだ。

「……私、甘えたら面倒くさいよ」

「いいの」

「で、でもね……ちーちゃんに甘えるのも照れ臭いと言いますか」

「今さら何言ってんの。私も同じだから」

右手で彼女の右耳を触る。
守ってきた一線。その線が、曖昧に溶けていく。

「ッ……や」

「気持ちいい?」

守ってきたのは私だけだ。
伊藤さんは、線ごと知らないふりをしている。

「私が……何もしないと思った?」

触れるか触れないかで耳をいじる。

「気付いてたでしょ? ねえ、伊藤さん。私の家に来るなんてひどいね……私は、そんなに大人じゃない」

「だ、ダメだよ……これ以上は」

彼女の首筋にかぶりつく。
鎖骨をなめ上げてやる。
苦悶の表情を浮かべる伊藤さん。

「ダメ?」

私はにやりとした。
伊藤さんが、身震いする。

「いいじゃん、甘えさせてあげるから……」

唇を結んで、伊藤さんは目を閉じる。
それで、抗ってると言うのだろうか。

「そういうつもりで来たんじゃないの?」

多少吹っ切れた私の言葉に、伊藤さんは言葉に詰まっていた。

「想像しなかった?」

彼女は顔を伏せた。
背中をさすってやりながら、耳を舐める。

「ひッ……」

耳元のいやらしい音に否応なく反応している。
伊藤さんは無意識に私の脇腹を掴んでいた。
くすぐったい。

彼女の肌はしょっぱかった。
私は下唇を噛んでいるのに気が付く。
しょっぱいアイスだ。

「ちーちゃん、そんなの……どこで」

「別に……伊藤さんの傍にいるとなんかムラムラして、自然とこうしたいなって思ってた」

「そんな……」

「じゃあ、伊藤さんはこうされたいって、思わなかった?」

彼女の細い指を口元に近づける。
ちゅぱちゅぱと吸い上げた。
涎まみれになる右手。

「……ッ……」

「言いなよ。寂しかったんでしょ……いっぱい舐めてあげる」

左手も同じように舐めつくす。
両手を堪能した頃には、伊藤さんは腰が砕けたように、ふにゃりとソファーからずり落ちてしまった。

すばらしい!!

「顔、だらしないけど?」

「うッ……やだ、見ないでえ」

腕で自分の顔を隠しながら、伊藤さんは後ずさりする。
私はソファーから立ち上がり、彼女を見下ろした。

「楽しくなってきた……」

「ひえッ……ちーちゃんの狼」

エアコンが効いているとはいえ、額にうっすらと汗が滲んできた。
ウサギのように怯える伊藤さんが可愛くてしょうがない。
背筋を何かが這う。背中も冷やりと汗ばんでいる。

「次は、どこ舐めてほしい?」

質問しながら、彼女の太ももを掴んだ。
スカートからはみ出た膝に軽く口づける。

「ちょっと、待って……」

「待てない」

キャプテンのこと悪く言えないな。
体を欲するのは、むしろ自然な感情かもしれない。
太ももを撫でまわしていると、伊藤さんは上半身をくねくねと揺らせた。

「やめッ……てッ」

そこまで嫌がっているようには見えなかった。

「……中学生に指舐められて感じちゃった?」

目じりに涙を溜めて、伊藤さんは首を振る。

「私、男の子だったら良かった」

両腕を服の上から胸に這わせる。
羽毛を詰め込んだようだ。彼女の身体はとても柔らかい。

「そしたら、もっと伊藤さんのこと気持ち良くさせられたのに」

「い、いいよ、ちーちゃんは女の子で……ッ」

「ううん、他にも、堂々と好きだって言えるし、もっと格好悪くても、伊藤さんの傍にいたいって幸せにしたいって言ってた。でも、女で中途半端な私にはさ、中途半端な愛し方しかできないわ……」

可愛い可愛いと愛でることなんて、誰にでもできる。
誰にでもできることを、私はしたくなんかないのに。

「……私は、たぶんちーちゃん以外の人にこんなことされたら嫌……だよ」

「伊藤さん……嫌じゃないの」

「ちょっと、びっくりしたけど……私も甘えたかったから、それ黙ってたしお相子」

額に張り付いた髪をかき分けて、彼女のおでこにキスをした。

「伊藤さん……伊藤さん……」

「ちーちゃん、名前で呼んでくれていいんだよ」

「……」

いいの? 
怖くない?
大切な人を思い出さない?
大丈夫?

「かや……ちゃん」

「ありがとう……」

あの、葬式の日以来、私は初めて彼女の名前を呼んだ。
何がかやを傷つけるのか分からなくて、怖かったと言えばそうだ。
彼女から見た世界が分からないのに、何を彼女にあげられるんだろうと思った。
ちっぽけな頭で、ぐるぐると考えていた。
何かを与えて傷つけるなら、与えないことで守った方がいいんじゃないかと思った。

知って、何もしないのなら、初めから聞かない方がいい。
知ったなら、何かしてあげたい。結局、知らないと何もできない。

それから、7月は急速に終わりを告げた。猛暑と台風を何度か乗り越えた8月。

谷川とキャプテンは相変わらずだった。恋愛のアドバイスができる程私には経験がなかったし、部活終わりに襲われたと呆れながら述べる谷川の顔はそこまで嫌悪もなかったので、まあいいかと放っておいた。
思春期だし、しょうがないじゃん、と一蹴すると怪訝な目で見られた。
カンが良さそうだから気づかれたかもしれない。


そして、今日は精霊流しの日。
かやと私はあちらこちらで破裂する爆竹の音に、耳を手でふさいで精霊船を眺めていた。

「うっさ……」

「でも、綺麗。見て」

握っている手とは逆の方でかやが指を指した。
いつもはあくせくと働く人の波が広がる交差点。今は、無数の霧子灯篭が横切っていく。

「でも、ちーちゃんはもっと綺麗」

「かやの方が……」

無理矢理に着せられた浴衣。かやは少ししゃがんで、満足そうに私の頬にキスをする。

「ちょっとッ」

「ありがと」

観衆は何度も繰り返される破裂音と、「なんまーど、なんまーど」とホイッスルに合わせて船を動かす男衆に目を奪われていて、私たちのことなど気にも留めていない。

「おばあも見てるかな」

「二階から見えるからね……今のも見られてたりして」

「おいおい……」

冗談じゃない。



「あ、大きいの来たよ」

10m以上はある船体がぬっと交差点の中心に入ってくる。
担ぎ手もさっき通っていた船の倍以上いる。
観衆から喝采が沸き起こる。

「……ん?」

担ぎ手の中に、見慣れた顔があった。

「どうしたの?」

かやが尋ねる。

「んー……店長がいたような」

まさか、あの人80歳だし。

「どれどれ?」

二人で、群衆にまみれる担ぎ手を睨んだが良くわからなかった。

「店長もさ……早くに息子を亡くしたって言ってた」

「そっか……」

私は気遣いながら、かやの横顔を見た。

「船、流し場に向かってるね、行こうか」

かやの手を引く。少しでも離してしまえば、きっと人波に飲まれて、ちりじりになってしまうだろう。

「そうだね」

死者の御霊を乗せた船が、どんちゃんどんちゃんと死者の国に誘われていく。
海の向こうへいるらしい生きてるか死んでるかも分からない父に思いを馳せながら、母もどこかで見ているかもしれない。
仕事に追われながらも、私の幸せを願う母は、同じように父の幸せを願っているのだろうか。

「ねえ、かやちゃん」

「なあに」

「旅行行かない?」

「いいけど、突然だね」

「いいじゃん、今思いついた」

「どこに?」

「どこでもいいけど」

「えー……寝てる時に変なことしない?」

「ぶッ……しないし」

「……嘘つき」

かやがぶっきらぼうに言った。
確かに、最近がっつき過ぎたかも。

「嫌なら止めるし」

「その言い方卑怯だから……」

「かやちゃんが温かいのが悪い」

「え、私のせい?」

「うん」

私は笑う。昨年は、こうやってからかうこともできなかった。
ただ見守るだけだった。今年は彼女の幸せを堂々と祈ろう。

「ちーちゃんのえっち……」

「ちょっと」

いささか死者の前でするには、不謹慎な話だ。それでも、弔いの煙で誤魔化すように涙を隠す彼女はもういない。
終わる気配を見せない夏の夜。慰めることを忘れたのか、時間が止まったように思えた。
ずっと、続けばいいとさえ思ったけれど、彼女と共に大人になりたいから。

おじさんおばさん、ごめんなさい。

「なんまーど、なんまーど」という掛け声と爆竹の音が重なる。
生温い風が、船を追い越すように私たちの横を通り過ぎていった。

おわり


なんか、エロくならんかった、ごめん←

乙乙

雰囲気が良かった

エロくはないが官能的だな
良かったで

>>122
読んでくれてありがと

>>123
女の子だからこそ出せる雰囲気ってあるよね

>>124
直接的なエロが書きたかったんだけどなぜこうなった
ありがと

乙です
ずっと読んでいたくなるなぁ、これ

>>126
そんな風に言ってもらえると書いたかいある。尻切れで申し訳ない

よかった
よかったけどエロエロ補完として旅行編書こう?


谷川とキャプテンはどうなるんだろう?

>>128
書いていいのよ?

>>129
キャプテンが少しずつ大人になっていって、それに谷川が徐々に惹かれていくところまでは想像できた

逆にこのぐらいのエロで良かった
エロすぎると逆に萎えかねない

おつ

本編はこれぐらいでいいと思うよ
でも旅行編も書いてくれるとありがたい

確かに番外編でも短編でもあると嬉しい


直接のエロなしは残念だけど今回も面白かった


すごくよかった。最後までしっとりとした空気感が堪らなかった
番外編でも次回作でも早く読みたいわ

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