不知火の闇 (12)
京極SSですが、原稿用紙七枚分の文章量しかありません。
また、キャラ崩壊などもあると思いますので、気になる方はご遠慮ください。
楽しんでいただければ幸いです。
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筑紫の海にもゆる火ありて、景行天皇の御船を迎へしとかや。されば歌にもしらぬひのつくしとつづけたり。
私は──何を識っているだろう。ふとそんなことを考える。
例えば全知全能の神がいたとして──神は私の何を知っているというのだろう。
否。全知全能と云うからには──何でも知っているのだろう。だが───。
私の───。
何を識っていると云うのか。
1
知らない。私は何も知らない。
知らないし──何も識らない。
関口巽は自身をそう分析している。
そして其れは──残念なことに概ね正鵠を得ている。
しかし其れは──ある角度から見ればの話である。
また別の角度から見れば、関口は粘菌や菌にかなり専門的な知識を持っている。
其れは一般人から見れば『不思議』な、馴染みのない情報だが──否、だからこそ、関口巽はものをよく識っていると云う評価を彼に与えることもある。
然し彼は感じている。
そんなものはまやかしだと。
2
私は匣のような人間だ。
空虚だし──どんなものでも容れられる。
そう云う人間でありたいと──久保俊公は幼少の頃から思ってきた。
そして、未だ自分は匣として完成していないと──未だ中身が詰まっていないのだから匣では無いと──考えている。
知って──識って──自分を──脳髄を──
満たしたい。
そう考えて久保は──自分を満たす為──匣を完成させる為──蒐集者と──御筥様となった。
3
識っている人と話してみたい──由良伯爵は常々そう思っている。
生きていること、それがどうしても分らない。
死んでいることが生きていないことだと云うことは分かる。
ただ──
それでも『生きていること』は諒からない。
どうしても識りたい。識ることを──私の家族も屹度祝福してくれるだろう。妻達もどこかで見ていてくれるだろうか。
わたしは彼女らを独り弔い乍ら──どうしても話がしてみたい。識っている人と話してみたい。
勿論、生きていることに感謝し乍ら。
4
本を読めば、知りたくなど無くとも情報は自然と頭に入ってくる。ましてや、識りたいと思って本を読むのであれば、尚更である。
古書肆中禅寺秋彦は、『目眩』と云う、彼の知人が書いた小説を読んだ。大作に化けそうな印象を与えておき乍ら、宙ぶらりんな結末を迎えた物語だった。
然し──作者である関口がとても真剣にこの作品に臨んだことは伝わったし──彼が悲しみの内にこの物語を書いたことも読み取れた。
関口は自身の初の単行本を出版するにあたって──二冊を自宅の古本屋、「京極堂」に置いていった。
一冊は既に売って仕舞ったが──
一冊は自分の本棚に置いてある。
別の刻、久保俊公と云う新人賞受賞作家の『匣の中の娘』と云う本を読んだ。幻想小説という名前の日記だと感じた。
そして其れは──憑物を落とさなければならない──そう判断する為に十分足る衝撃であった。
また別の刻、由良昂允と云う詩人の書いた『在ることと在るもの』と云う詩を読んだ。
筆者の几帳面な性格と知識の瑕を内包したような作品であった。
そして──憑物の存在を感じさせるものであった。
知りたい。知りたい。知りたい。
識りたい。
「知りたいですか」
耳元で和装の男が囁く。
「この世には不思議なことしか無いのです。だからこそ私が──あなたの知りたいことを知っている私が──教えて差し上げましょうか」
私は答える。
「あなたが──私の────何を識っていると云うのか」
(了)
以上になります。
読んでくださった方、ありがとうございました。
最初と最後の主語は誰なんだ?
宴の誰かだよね?
>>10
別に誰とでも想像できるように書いたつもりですが、筆者のイメージとしては最初は関口、最後は久保、伯爵の両方に堂島さんが話しに行って、二人共に同じ反応されたって感じです。
飽くまでも筆者の意見です。
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