あずさ「線香花火」 (26)


「お疲れ様ですあずささん。初めての仕事、どうでした?」

水着姿の写真を撮られる。
それが、私のアイドルとして最初の仕事だった。

その最初の仕事を取ってきたのが、目の前にいるプロデューサーさんである。
少し、不安そうな顔をしている。

私にとって初めての仕事は、彼にとっても初めての仕事だからだ。

「すごく緊張しましたけど、カメラマンさんもいい人で楽しかったです~」

率直な感想を述べると、ほっと安心したような表情を見せてくれた。


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労いの言葉を貰った後、背中にガウンをかけてくれた彼とは、出会ってもう数ヶ月になる。
優しい彼の人柄は十分理解していたし、それに少なからず惹かれている自分もいた。

彼が私のプロデューサーに着いたのは、桜が散り始め、所々葉が色付いてきた頃だ。
第一印象は優しそうな人。
そしてその印象は概ね間違ってはおらず、【優しそうな人】から【優しい人】へと微修正されることになる。
甘いだけでなく、失敗したりするとしっかりと叱ってくれる、だからこそ信頼できるし優しい人なんだと思った。


プロデューサーが着いたからといっていきなり仕事が舞い込むといった訳ではなく、現実にはレッスン漬けの毎日、そして一向に合格しないオーディション。
その繰り返しだった。
彼は私を、歌やお芝居の方面で売りに出したいようだったが、私の実力不足もあり、今終えたグラビア撮影などをメインに据えた方針に切り替えた。
そう話してくれたのがつい先日の事。
その時の悔しそうな表情が印象的で、多分その時から私は彼に惹かれていたのだろう。

皮肉にも方針を切り替えた途端に舞い込んできたのが今日の仕事だった。


ガウンを羽織ったまま控室へと戻り、私服へと着替える。
着替えが済み外へ出ると彼は携帯で何処かに電話をかけているようだった。
仕事の電話かもしれないと思い、控室に戻るべきか迷っていると彼と目が合った。
彼はにこりと微笑むと、二言三言何かを話した後通話を終え、電話を背広の内ポケットへと仕舞い込んだ。

「お疲れ様です、それじゃあ帰りましょう」

彼が言うには、今日は事務所に寄らず直帰をしていいとの事。
初仕事で疲れただろうと、それでなくとも時刻は間もなく20時になろうとしている。
スタジオ側の都合上、夕方からの撮影開始になってしまったのだが音無さんが気を遣ってくれたのだと話してくれた。


「音無さんにはお礼を言わないとですね」

事務所の事務仕事を一人で一手に引き受ける彼女には世話になりっぱなしだ。

「ははは、そうですね。さて行きましょう。送っていきますよ」

自慢にもならないが、私はよく道に迷う。
友人曰く、方向音痴の枠組みを外れているそうだ。
そのせいで友人にもプロデューサーさんにも何度と無く迷惑をかけている。
彼はそれも仕事の一環だし迷惑だなんて思わないでくれと言うが、実際問題金銭的にも時間的にも迷惑をかけているのは明白だった。


しかし最近では、迷わないよう送ってくれるようになった。
ありがたい話ではあるのだが、迷惑になっているのではないか、そう思いながらも言えずにいる。
道に迷う心配がなくなった事に対する安心感は勿論あるが、彼と共に過ごす時間が増えた事に胸の高鳴りを覚えていた。
だからこそ厚意に甘えていた。

「そうだあずささん、ちょっと寄り道していきませんか?」

自宅の最寄り駅の改札から出た所で、彼が突然そんな事を言い出した。
移動途中、珍しく会話が少なかったため少し驚いてしまう。

「寄り道……ですか?」

普段の優しい笑顔に、どこか企みを含んだような、邪な笑みになっている。
私を先導している彼が、コンビニに入って行った。


戸惑いながら彼の後に続くと、冷蔵庫の扉を開けて飲み物を取り出している。
何となく雑誌をめくっていると会計を済ませた彼が嬉しそうな顔して戻ってきた。
手には今買った物が入ったビニール袋が下げられている。
それなりに大きさがある。

「お待たせしました。さ、行きましょうか」

大きな袋を持って先を歩く彼の後ろを着いて進むと、家の近くの公園に入っていった。
ベンチに座って袋から買ったものを取り出している。
缶が2つほどベンチの上に置かれた。

「あずささん、ささやかですけど打ち上げしましょう!」


置かれた缶の一つを持ち上げて、私に見せてきた。
白い缶には、TVでよく見る発泡酒の名前が記されている。
さっき読んでいた雑誌にも広告が載っていた程だ。

「お酒……? い、いいんでしょうか?」

何となく、まだ仕事とプライベートの境界線が分かっていないため、今が仕事中なのかそれともプライベートなのかが測りかねている。
事務所に連絡して直帰の許可を得ているから、プライベートではあるのだろう。
しかし初仕事で張り詰めていたせいか、未だ緊張の糸は解れきっていなかった。


「大丈夫ですよ、もう帰るだけなんですから。今日は疲れたでしょう?」

多分、そういった事を見越してのこ打ち上げなのだろう。
恐らくは帰りの際に会話がなかった事で何か異変を感じたのかもしれない。
そういう事に気づくからこそ彼は、プロデューサーなんだと思う。

「そ、それじゃあ、少しだけ……」

変わらず笑顔の彼の横に、少しだけ間を開けて腰を降ろす。
彼がプルトップを押し上げ、口の空いた缶を私に寄越してきた。
受け取って、彼の音頭で缶同士を軽くぶつける。

「「乾杯!」」


お酒を飲むこと自体は好きだから、仕事で疲れた身体に染み渡る発泡酒はたまらなく感じる。
さすがにつまみまでは用意していないらしく、本当にただ飲むだけの簡素な打ち上げだった。

「今日は本当にお疲れ様でした」

何度か聞いたセリフではあるが、彼の顔には充足感が見て取れた。
方針を切り替えた時の悔しそうな感じはもう感じられない。

「いえ、やっとスタートラインに立てたんだって、そう思います」

そう、まだまだ最初の仕事を終えたばかりなのだ。
アイドルとしては本当に駆け出しで、年齢的には事務所の他のアイドルの子達よりスタートが遅かった分、焦りを感じていたりもする。


私の言葉を聞き届けた後、彼はビニール袋から何かを取り出した

「あずささん、花火やりません?」

取り出したそれは、夏になるとコンビニで売っている手持ち花火のセットだった。

ビニールのパックを開け、いくつか花火を取り出して手渡された。

同梱されていた火種にライターで日を付け、それを地面に置いた彼は自分から花火に点火した。


「お~、きたきた。ははは、何か懐かしいな」

激しい火花を散らす花火を持って、まるで子供のようにはしゃいでいる。
その姿に、思わず頬が緩んだ。
彼に倣って、渡された花火に火をつける。
同じように激しい火花が吹き出て、赤や緑に色を変えていく。
たったそれだけなのに、私も彼のように気分が高揚していった。

気づけば一緒にはしゃぎまわって、残ったのは数本の線香花火のみ。

「ありゃ、もう最後か」


残った線香花火を一本取って、火種から火を付けるとぱちぱちと火花を散らす線香花火。
その儚げな火花を、しゃがんで見つめる。
先端で丸く大きくなっていく赤熱した玉は、すぐに地面に落ちてしまった。

一瞬で花開き、少しの揺れで地面に落ちてしまう線香花火は、まるで芸能界の縮図を見ているようで。
自分がそうならないという保証なんかどこにもなく、今日までの上手く行かなかった日々を思い返して視界が少しだけぼやける。

「あずささん?」

そんな私の感傷的な空気を感じ取ったのか、彼が怪訝そうな顔で私を見ていた。
隠し事のできない間柄になってきたのかもしれない。


「いえ、この花火の様に、私も輝いたらすぐに地面に落ちちゃうのかなって

 そう考えたら少し、悲しくなってしまって」

まだ輝いてもいないのに、そんな先の事を心配しても何もならない。
そんな胸の内を打ち明けたら、彼は少し考える素振りを見せ、残った花火を全て掴んだ。


「確かに一本だけだったらすぐに落ちちゃいますよねでも……」

数本残った花火の中から二本だけ抜くと、こより状に束ねて先端に火を点けた。

「こうして、二本束ねたらより大きく輝いて落ちにくくなる」

花火先端の玉は一本だけの時よりも大きくなっている。

「一本があずささんだとして、もう一本が……」

「プロデューサーさんですか?」

彼の言葉を遮って問いかけてみた。

「まぁ、そんなところです」

照れている様子で答える彼。


「あと、あずささんを支えるのは何も俺だけじゃないんですよ」

そういった彼は残った花火全てに火を点け始めた。

「ぷ、プロデューサーさん!?」

無理やりこより状に束ねられた線香花火の先端には、巨大な塊が生成されている。

「ほら、こうやって俺だけじゃなくて皆で束になれば落っこちる心配もないでしょ?」

かなり無理矢理な理論ではあるが、実際花火は安定して落ちずに輝きを放っている。

「だからあずささん、不安だったり、挫けそうになっても、誰よりも近くで絶対に俺が支えますから」

断言した彼の目には、確固たる決意が秘められているような、そんな気がした。


「どんなに迷っても、どんなに辛くても、俺がずっとそばにいますから!」

歯の浮いてしまいそうなセリフを、真正面から投げかけてくる彼に、大きく胸がときめいた。
彼の顔をまともに見れなくなるくらいに。

「そ、それは……その……」

恐らく言葉以上の意味など無い。
この数カ月で、彼がいかに鈍感なのかを知ってきたのだから。


「ありがとうございます、プロデューサーさん」

だから、今はこれでいい。
この距離感でいい。

私というアイドルも、彼というプロデューサーも、そしてこの想いも。
まだ、始まったばかりなのだから。



おわり。

終わりです。

短いですね。
公園で小さな打ち上げを上げるシーンが書きたかった。
それだけです。

少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。

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