新月の闇夜 国境の峠
森の中、明かりを落として走る黒塗りの馬車が一台。
御者「街から離れやした。もう明かりをつけても良いでしょう!? 馬が怯えちまう」
黒服の男「あと1時間も走れば国境を越える。このまま走れ」
御者「そうは言っても旦那、こう暗くっちゃ、馬の目だけが頼りですぜ」
黒服の男「通り抜けられれば良い。誰にも気づかれずに、おっと!」
ガコンと馬車が石を乗り上げる。
御者「ほら、道が見えないからこう揺れるんだ。あのお嬢さん方だって、乗りごこちは良い方が……」
黒服の男「お嬢さんだと? 余計な詮索はするなよ? 知りたがりは長生きしないものだ」
御者「へいへい……ああ、なんでこんなにおっかねえ仕事引き受けちまったんだろう」
黒服の男「つべこべ言うな。しかし……外套が無いと冷えるな、おっと」
ガコンっ
御者「中に戻っててくだせえ。揺れて転がり落ちでもされたらたまんねえや」
黒服の男「ぐ……しっかり走れよ」
馬車の中
小さなランタンを抱えるように持つ使用人の女と、その主人らしき令嬢。
2人の婦人に向かい合い、2人の荒くれ者が座る。
黒服の男が入ってくる。
令嬢と使用人の女は怯えて方をすくませる。
黒服の男「どうだ?」
荒くれ1「こっちの女はギャーギャーわめいてましたが、頬を一発張り倒せばこの通りでさ」
黒服の男「なにっ!? ……使用人を殴っただけか。こちらの方に手荒なマネはするなよ?」
荒くれ2「へへ、わかってますって」
メイド「……うぅ」
王女「あなたたち、どうしてこんなことを?」
黒服の男「私にとっては割の良い商売でしてね。貴女を秘密裏にお連れしたいお方がいるのですよ」
王女「私たちを連れ出しても……父と兄が、すぐに私たちを探しに兵隊をよこすでしょう」
黒服の男「たしかに厄介ですな。しかし、それも中原国の内でのこと」
王女「え?」
黒服の男「この馬車は国境へ向かっております。この意味がおわかりになりますな?」
王女「……」
突然、馬車が止まった。
姿勢を崩す一同。
黒服の男は御者台に飛び出す。
黒服の男「どうした!?」
御者「倒木でさ。道をふさいじまってるんです」
黒服の男「なに? ……くそ、小さなランタンとはいえ、目が慣れん」
御者「こりゃランタンつけて見なくちゃ、どうにもなりません」
黒服の男「仕方ない。おい、ひとり出て木を調べてこい」
荒くれ1「へい」
黒服の男「……どうだ?」
荒くれ1「完全に道を塞いでまさぁ。ずいぶん太い木で、5,6人いないと、とても動かせませんや」
黒服の男「そうか。おい御者、道から外れて木を避けられないか?」
御者「このあたりは落ち葉が深うございますから、下手に道から外れたら車輪が埋まって立ち往生しちまいますよ」
黒服の男「面倒だな……ん? おい、倒木の根元側、なんだそれは!?」
荒くれ1「根元? げっ!? こりゃ、斧傷でさ」
黒服の男「自然の倒木じゃ無いだと……しまった!」
黒服の言葉が終わるより早く、ゴキンと嫌な音がして、倒木を見ていた荒くれ者が倒れ込んだ。
倒木の影から、幽霊のように青白い男が立ち上がった。
剣士「安心しろ……峰打ちだ」
荒くれ1「て、てめえ……ぐへぁ!」
剣士の刀の峰が荒くれの首筋を打った。
再度ゴキンと嫌な音がして、荒くれは動かなくなった。
黒服の男「引き返せ! 早く!」
御者「そ、そんな急に出来ませんって、うお!?」
馬車を回そうと振り返った御者の目に、馬車の後方に新たに倒れる巨大な倒木が映った。
倒木は地響きを立て、馬車の退路を塞いだ。
道のわきからぬっと姿を見せたのは、熊のような大男。
木こり「逃がさ、ない」
黒服の男「襲撃だ! 外に出ろ、刀を抜け!」
荒くれ2「へ、へい! ……で、でかっ!?」
木こり「そーれいっ!」
荒くれ2「ひげしゃっ!?」
荒くれ者もそれなりに大柄だが、木こりの巨大な手は荒くれの身体を軽々とはじき飛ばした。
道脇の木に身体を酷く打ち付け、そのまま荒くれは気を失ってしまった。
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