律子「この胸のドキドキ」 (25)
昔から、ドキドキすると固まってしまう癖がある。
小学校の授業参観、中学校で好きな人を屋上に呼び出した時。そして、
伊織「律子」
律子「え……っ」
伊織「なに、ボーっとしてるのよ」
律子「ああ……ごめんなさい」
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伊織「全く。ちゃんと見てなさいよね? 私達の初ステージなんだから」
亜美「うあうあ、緊張してきたよ……」
あずさ「亜美ちゃん、大丈夫。これまで頑張ってきたんですもの」
伊織「そうよ、亜美。楽しく行きましょう!」
……伊織、声も足も震えてる。
律子「ねぇ、みんな」
竜宮小町の3人が、一斉に私の方を向いた。
後ろには、これから立つ大きなステージ。
律子「今日は、初めてのテレビ出演よ。完璧にやり切ることも大切だけど、何より自分で納得がいくように!」
あずさ「はいっ」
律子「ちゃんと、ここから見てるから。安心して踊ってきなさい!」
亜美「よっしゃー! りっちゃん、行ってくるね!」
あずさ「うふふ、頑張りますっ」
伊織「それじゃあね!」タタッ
律子「ええ、行ってらっしゃい!」
竜宮小町の初めてのテレビ出演、ライブ。
ドキドキが収まらなくて、この前の日は遠足が楽しみな子供のように、眠れなかった。
『みんなー! 竜宮小町でーす!』
律子「……アイドル、か」
アイドルとして活動していたときも、そういえばよくフリーズしたな、と思い返す。
P「律子」
律子「え……?」
P「ボーっとしてるけど、大丈夫か?」
律子「すみません、なんだか緊張しちゃって」
P「おいおい、心配させるなよ? 今日のファーストライブ、律子のアイドル人生のスタートなんだからな」
律子「分かってます」
プロデューサーも足が震えていたっけ。下手すりゃ、私より緊張していたのかもしれない。
その心理は、竜宮小町のプロデューサーとなった今なら良く分かる。
P「律子、セットリスト覚えてる?」
律子「ええ。……プロデューサー」
P「うん?」
律子「今日は、私のアイドルデビューの日です」
P「ああ」
律子「いま、すごく身体が強張っちゃってて。うまく出来ないかもしれません」
P「それは……」
律子「だからっ、今日が成功するように、私の」
声がつっかえた。
自分自身に魔法をかけるように、一度頬を手で叩く。
律子「私のこと、見ていてください」
プロデューサーはにっこり笑って、分かったと私の頭を撫でた。
P「安心して行って来い、律子!」
律子「はいっ!」
背中を押されて、ステージへ走る。彼の足の震えは、もう止まっていた。
引退するときは、コンサートの司会をする小鳥さんが隣についていてくれたっけ。
小鳥「律子さん」
律子「……えっ?」
小鳥「あの、ボーっとしてたので……声、かけちゃいました」
律子「すみません、小鳥さん」
小鳥「もしかして、精神統一の途中だったりしました? それなら、私こそすみません」
律子「いいえ、ただ、緊張してて……」
小鳥「……やっぱり、緊張しますよね。ラストライブは」
律子「……ですね」
Cランクで引退。マイナーアイドルなのに、引退ライブには、1000人が集まってくれた。
会場の袖から、私のイメージカラーだった、緑色のサイリウムが光る様子がよく見えた。
小鳥「緊張するときは、手のひらに人っていう文字を」
律子「いつのおまじないですか、それ……」
小鳥「えっ、これって今は通用しないんですか!?」
小鳥さんの純粋な気持ちが、私の緊張を和らげてくれた。
人の文字を飲み込んだからか、ラストライブの「魔法をかけて!」は、ものすごく声が伸びた。
高木「……律子くん?」
律子「は、はいっ!」
高木「どうしたんだね。急に固まってしまって」
律子「すみません……」
765プロの新しいアイドルユニットの企画書。
GOサインが出ると、自分がアイドルだった頃を思い出してしまった。
律子「昔のこと、思い出したんです」
高木「昔のこと?」
律子「はい。アイドルだった頃とか、竜宮小町のテレビ初出演とか」
高木「ああ、私もよく覚えているよ。……律子くんは、随分と成長したね」
律子「成長ですか?」
高木「ああ。頼りがいのある、素敵な女性になったと思うよ」
律子「ありがとうございます……照れますね」
高木「あとは、緊張しても固まらないようになれば、一流のプロデューサーだね」
律子「……見抜いてたんですか」
高木「はっはっは、そりゃあね」
律子「なんだか、お恥ずかしいです」
高木「いやいや、恥ずかしがることなど何もないさ」
高木社長は立ち上がって、社長室に飾ってあるいろいろなアイドルの写真を眺める。
その中には、緑色の光に包まれて笑顔で歌う私の姿もあった。
高木「私はいまでも、キミがステージに立ったら観客を魅了できると思っているがね」
律子「残念ながら、アイドルには戻りません。この企画書のユニットもありますし」
社長は、それもそうだね、と言って笑った。
でも、まだアイドルとしての私に未練があるのか、言葉を続ける。
高木「しかし、残念だ。律子くんの歌と踊りは、かわいらしい」
律子「それに、社長」
高木「うん?」
律子「私がステージに立ったら、今度こそ緊張でフリーズしちゃいますよ」
高木「ははっ、それもそうか」
律子「うふふ、ええ。だから、この場所が一番似合っているんです」
高木「プロデューサーとして、緊張で固まらないように。よろしく頼むよ?」
律子「うう、耳が痛い……頑張ります」
失礼します、と社長室を出た。ソファでは、美希と響と貴音が座って仲良く話している。
そういえば、あんなに緊張していたはずのライブでも、本番では一度も固まらなかった。
プロデューサーに小鳥さん、社長が励ましてくれたから、なのかもしれない。
だから私は、もっと楽しく歌ってもらうために、励ます側に行ったのかもしれない。
律子「よーっし! ねえ、美希、響、貴音!」
私が、この仕事を続ける限り――まだまだ、この胸のドキドキは続く。
律子かわいい。ありがとうございました、お疲れ様でした。
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