学生「死にたい」(23)

先生「なぜですか」

学生「生きたいと思えないから」

先生「死ぬのは辛いですよ?」

学生「知ってる」

先生「学生の身分でどう知ってると言うんですか」

学生「首を吊ってみたり、電流を浴びてみたり、日本酒数合を一気飲みしたりしてみた」

先生「それはまた迷惑なことをしましたね」

学生「生きていても迷惑をかける」

先生「迷惑以上の恩を売れるかもしれないです」

学生「かもしれないだけ」

先生「そうですね」

学生「生きていれば良いことがあると信じるためには、良いことが何か理解してなければならない」

先生「良いことが何か分からないですか?」

学生「分からない」

先生「働いてお金持ちになるのは?」

学生「意味がない」

先生「何故ですか」

学生「死んでしまえば使うこともできないし、生きていても使いたいものがない」

先生「好きな人と楽しい時間を過ごすのは?」

学生「僕がいなければその人はもっと有意義な時間を過ごすことができる」

先生「なぜ君がいてはいけないんですか」

学生「僕は他人が楽しんでいることは好きだが、他人を楽しませる方法を知らないし、知ろうとしていない」

先生「何故その努力をしないんですか」

学生「失敗するのが怖いから」

先生「失敗したら次の挑戦をすればいいじゃないですか」

学生「一度失敗して二度挑めるほど強くない」

先生「一度も挑戦していないくせに何を言っているんですか」

学生「別に挑戦したことがないわけではない」

先生「ほう」

学生「友達に何かプレゼントしたりくらいはしたことがある」

先生「喜んでいました?」

学生「言葉の上では」

先生「裏で要らないと言われたんですか?」

学生「違う」

先生「なら何故上手く行かなかったと思うんですか」

学生「本当に喜んでいるのか分からなかった」

先生「フリかもしれないと?」

学生「僕にはものの違いなんて全く分かりませんから」

先生「それは嘘をつかれたことがないからかもしれないです」

学生「自分が人を理解できないのかもしれない」

先生「確かめようもないですね」

学生「そうですね」

先生「自分が楽しいと思うことをするのは良いことではないですか?」

学生「自分が楽しいと思えるのは人が楽しんでいるからであって、僕一人で何を楽しむなんて器用なことはできない」

先生「なら人と楽しめばいいです」

学生「自分が関わっていると人が楽しんでいないのではないかと不安になる」

先生「被害妄想です」

学生「被害妄想を感じずにはいられない状況を楽しめと?」

先生「それは難しいですね」

学生「だから楽しみなんてないんです」

先生「辛いですねえ」

学生「だから死にたい」

先生「そこに帰ってきますか」

学生「厳密にはいなくなりたい」

先生「何が違うんですか?」

学生「死ぬと家族は悲しむのでいなかったことにしたい」

先生「因果をねじ曲げでもしなければ無理ですね」

学生「なんでここに友がいるのか」

先生「友がいれば話も変わるかと思いまして」

友「普段はなんの話をしてるんですか」

学生「色々だよ」

先生「人生についてとかです」

友「人生ですか」

学生「友も先生も変なことを言うなよ」

先生「普段わたしに言っていることは変なことなんですか」

友「俺には変なこと言いますね」

学生「だから変なことを言うなと」

先生「そもそも学生はわたしに対する喋り方が変ですね」

友「確かにさっきからため口きいてますもんね」

学生「先生がそれで良いって言ったんでしょう」

先生「ああそうだったですかね」

友「この雰囲気に俺はついていけるんだろうか…」

学生「……」

先生「喋らないで番を飛ばすのはいかがなものかと思います」

友「僕もそろそろ辛いんですが……」

学生「じゃあ僕は席を外します」

先生「学生がいなければ意味がないでしょう」

友「そうだぞ、こんなわけの分からない状況に俺を置いていくな」

学生「先生の性格が悪い」

先生「わたしの性格が良いなんてことは一度も言った覚えはないです」

友「学生の態度が悪いんでは……」

学生「友も友で、来るなら来ると教えてくれればよかったんだ」

先生「わたしが秘密にするように言いましたから。彼を責めないでください」

友「そ、そういうことだから。悪いな」

学生「一体こんなことをして何を話すと言うのか」

先生「いつもより楽しく話せているでしょう?」

友「普段はこれより殺伐とした会話をしてるんですか」

学生「楽しく会話することが目的じゃない」

先生「楽しいことは好きでしょう?」

友「俺が蚊帳の外になり始めているけどどうすんのこれ」

学生「そう思うなら友も先生に突っ込んでやれ。無論ため口で」

先生「そうそうため口で構わないですよ。ただできればわたしの味方になってほしいですねえ」

友「えーっと…。とりあえず学生と先生は喧嘩してるわけではないですよね?」

学生「喧嘩と思ってもらっても構わない」

先生「これくらいなら楽しいので全然構わないですよ」

友「どうしてこうなった」

学生「やはり友を呼んだのは間違いだ」

先生「いやいやあのときの君はいつもより楽しそうでしたよ」

学生「苛ついていたんだ」

先生「それでもいつもより生き生きしていました」

学生「見解の相違だ」

先生「残念です」

学生「確かに楽しいと感じる心がないわけではない」

先生「でしょうね」

学生「だが楽しかったことは忘れて分からなくなる」

先生「いまいちよく分からないです」

学生「思い出は事実として残っても、そのときどんな気持ちだったかは覚えていないし、覚えていてもその感覚は再現できない」

先生「分かるような分からないようなです」

学生「楽しくないときはどんなに楽しかった事実を引っ張りだしても何が楽しかったのか理解できない」

先生「そういうものではないんですか」

学生「楽しいときは楽しいから思い出す必要なんてないが、楽しくないときは楽しくないから記憶くらい楽しみたい」

先生「辛いときに楽しい記憶が救いにならないということですか」

学生「そう」

先生「なら楽しみがあればいいのでは」

学生「楽しいが分からないのに何を楽しみにできるんですか」

先生「そういうレベルで分からないんですか」

学生「そうでなくとも、何かに期待することができない僕が楽しみなものを作るなんて言うのが無理難題だ」

先生「期待したことがないと」

学生「肩をすかされない程度の期待ならしますよ」

先生「それは期待ではないと思います」

学生「なら期待はしてないです」

先生「では何故ここに来るんですか」

学生「行けと言われているから」

先生「でしょうね」

学生「誰ですかこの人は」

先生「わたしの患者の女さんです」

女「は、はじめまして…」

学生「は、はじめまして。学生です。ってそうでなくて何故この人を呼んだんですか」

先生「学生も女さんもいつも話し相手がわたしでは飽きると思いまして」

女「わたしは先生に来てくれと言われたので…」

学生「大体、こんなカウンセリング方法があるんですか」

先生「よそはよそうちはうちです」

女「先生がそういうのであれば」

学生「女さん、ただ先生の言うことに賛同してるだけだし…」

先生「なかなか鋭いことを言いますね」

女「先生は間違いなんて言わないからいいんです」

学生「先生は既婚者でしたっけ」

先生「そうですね」

女「…」

学生「(なんか急に怖くなった)と、ところで女さんは普段どんなことを先生と話しているんですか?」

先生「最初は君と似たようなことを話してたけど、最近は楽しく世間話をすることが多いですね」

女「わたしと話すのが楽しいだなんて///」

学生「(ちょっと機嫌治った?)そうなんですか、先生も隅に置けないですね」

先生「何を言ってるんですか、女さんに失礼ですよ」

女「」テレッテレッ

学生「(この人もはや会話に参加してない)ホントになんで呼んだんですかこの人」

学生「話に困ったら他人を呼ぶの辞めてください」

先生「でも楽しんでるように見えますよ」

学生「少なくとも女さんは怖かったです」

先生「良い人なんですがね」

学生「(この人は女さんに刺されるまで気付かなさそう)」

先生「何を考えているんですか」

学生「お葬式くらいは出るよ」

先生「勝手にわたしを殺さないでください」

学生「すみません」

学生「結局いなくなりたい願望は健在」

先生「ですね」

学生「先生は無能」

先生「あなたにそう思われるとは相当ですね」

学生「僕よりは有能」

先生「そんなことありませんよ」

学生「言い過ぎました、すみません」

先生「別に傷ついたとかではありません。事実わたしには何もできないんです」

学生「めっちゃ凹んでるようにしか聞こえない」

先生「凹んでるわけではないです。わたしも自分の無力さを知っているだけです」

学生「今日はもうこれでお終いに」

先生「でしたら今からわたしの話をきいてください」

学生「面倒なことになった」

先生「わたしは医者になりたかったんです」

学生「なれてないわけだが」

先生「そうです。結局頑張ってもできないことがあるのだと気付いたんです」

学生「……」

先生「君は目標もなく生きることが辛いと言いましたが、目標があっても達成できないと分かればそんなのは目標がないのと同じです」

学生「辛かったと」

先生「そうです。人によっては諦めなければできるという人もいるかもしれませんがわたしはそうは思わないです」

学生「諦めなければどうなるのか」

先生「壊れます。人形の様に操られるだけになるか、誰にも顧みられず動かなくなるかの違いはあると思いますが」

学生「……」

先生「君の考えだと、ここで死んでしまうのでしょうね」

学生「」コクン

先生「わたしも同じように考えましたが死ぬのを躊躇い、しばらく動かない人形をやっていました」

学生「……」

先生「この話はここでお終いです」

学生「はあ?」

先生「ここから先は自分で見つけないとなんの意味もないんですよ」

学生「言わんとすることは分かるけれど、先生の昔話をするのでは」

先生「今はこうやってしっかりと生きていますよって言うのがこの話のオチです」

学生「なんだかな」

先生「期待しましたか?」

学生「……そうですね」

先生「まだまだ捨てたものじゃないんですよ」

終わり

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